【女子大生たちの縁結び】(下)

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外に出てから愛子から訊かれる。
「千里、体調大丈夫?」
「ああ、あれフェイクだから」
「へ?」
 
「何か巫女さんに注意してたね」
と美輪子が言う。
 
「そうそう。三三九度に使う銚子(ちょうし)と提子(ひさげ)の飾りが逆に取り付けてあったんだよ」
「えーー!?」
「ホテルとか結婚式場とかの神殿では結構間違ってることがある」
「へー」
 
「お酒は提子(ひさげ)から銚子(ちょうし)に注ぐんだよ。その銚子から杯に注ぐ訳だけど」
「うん」
「蝶の折り方には、中央が山になる雄蝶と中央が谷になる雌蝶があるんだけど、注ぐ側の提子(ひさげ)にオスの蝶、注がれる側の銚子(ちょうし)にメスの蝶を取り付ける」
「ああ、それは合理的」
 
「逆に取り付けられてると、女の子が男の子に注入しちゃうことになる」
「それはちょっとやばいね」
「まあ最近は色々なカップルもいるけどね」
 
「でも気付かずにそのまま結婚式やっちゃうこともあるだろうね」
「まあ巫女さんもバイトだからね。ベテランさんだと気付くだろうけど今日の人はどちらも高校生って感じだったし」
 
「あ、そうか。千里ちゃん巫女さんしてたんだ?」
と優芽子が言う。
 
「中学高校とやってたから6年間だよね」
と愛子。
「うん。経験年数だけは食ってる」
 

結婚式が終わった所で、式場に入らなかった親族まで加わり記念写真を撮った。この写真は留萌の母にも送ることになるが・・・・母は父に見せないだろうなと千里は思う。
 
少し休憩して披露宴が始まる。新郎はタキシード、新婦は純白のウェディングドレスである。千里は親族のテーブルに就く。隣は美輪子と滝子である。 
新郎も新婦も若いというのもあるのだろう。予算が膨らみすぎないように出席者は絞ってある感じで、双方20人ずつくらいである。開式の辞に続いて、司会者がふたりのプロフィールを紹介する。
 
新郎が中学・高校・大学とバスケットをしていたという話に「へー」と思う。そしてその後、実業団の**に入り、などと聞くので「凄っ」と思っていたらそちらが廃部になり、工業技術者として新たな人生を見出してと言う。確かに実業団って企業の都合で割と簡単に廃部になるからなあと思う。ふと貴司のことを考えていたら司会者は「しかし今年の春、MM化学から声が掛かり、再度、バスケット選手としての道を歩み始められました」と言うと、千里は何〜!?と思った。
 
それって、貴司の会社じゃん!
 
じゃ新郎って貴司の同僚なの??
 
千里は慌てて会場内を見回すが、招待客の中に貴司は居ない。ふぅっとため息をつく。
 
新婦のプロフィールが紹介され、新郎・新婦の上司から祝辞が述べられる。新郎の祝辞は高倉部長さんという人が述べてくれたが、この人は結婚式にも出ていた。そしてこの人は・・・貴司から聞いていた、自分自身でも高校時代にテニスをしていたという人だろう。それで社員選手に凄く優しく仕事面でも色々配慮してくれるのだという。但し規律を破る部下には厳しいとも言っていた。貴司も飲酒禁止、車は絶対安全運転などの誓約書を提出している(でもこないだは飲んでた。そもそも未成年だったのに!)。
 

ケーキの入刀をする。
 
何人か写真を撮りに行く。千里もケーキの所に行って笑顔で「初めての共同作業」をするふたりの写真を撮った。もっとも既に子作りまでしていて初めての共同作業もあったものではない気もするが。
 
その後、バスケ部の監督さんで船越さんという人が乾杯の音頭を取る。この人も結婚式に出ていた。静かな雰囲気の監督さんだ。スラダンの安西先生を彷彿させる太め体形で、性格も闘志を内に秘めたタイプかな?と千里は思う。熱血タイプより貴司には合いそうだ。
 
食事が始まる。祝電が披露される。
 
「このくらいの人数の披露宴は雰囲気がいいね」
と千里は隣の美輪子に言った。
 
「あんた前にも披露宴出たことあるんだっけ?」
「うん、友だちのに1度出たのは同級生の女子全員招待してたから200人くらい。もうひとつ音楽の方でお世話になっている先生のご友人の結婚式に私も一緒に出たのは招待客800人くらい」
「どっちも凄いね」
「同級生のは会費1000円」
「凄っ」
 
「友だちのはみんなでからかいに行ったようなものだったけどね。飲み物くらいしか飲んでないし。音楽の方のは半分裏方みたいなもんだったから、御祝儀は1万円しか出してないけど。料理は少し食べたかな。どちらも立食パーティ方式だったよ」
 
本当の金額を言ったら卒倒されるかも知れないので1万円と言ったが、実際には上島雷太の結婚式で御祝儀は30万円出している。高校生だし直接の関わりも無いからその程度でいいよと雨宮先生から言われたのだが、その金額を聞いた時は「大根ちょうだい」「はい。100万円」みたいな話かと思った。全くあの業界の習慣はとんでもない。
 
「ああ、そのくらい招待客がいたら遠慮無く使える裏方が欲しいよね」
「うんうん。私はそういう役所だったみたい。余興で歌う人の伴奏とかもしたし」
 
そんなことを言いながら千里は高校の時披露宴でバスケのパフォーマンスしたなというのを思い出していた。
 
「でもあんた少食だから元々料金は要らんって感じでしょ」
「そうかも」
「バスケしてた間はたくさん食べてたけど、辞めたら元の食事量に戻しちゃったし」
「うん。バスケしてた時はカロリーの消費量も凄かったもん」
「1年の時はバスケしてるのに信じがたい少食だったけどね」
「あれは練習サボってたからね」
「なるほどー」
 

「でも高校の時の結婚式は、あんた何着て行ったの?」
「制服だよ」
「そうか。高校生は制服でいいもんね」
「うん」
 
と千里は答えたが、美輪子はまた少し考えてる。
 
「それって男子制服?女子制服?」
「私が男子制服でそういうのに出る訳ないじゃん」
「確かにね〜。あんた卒業式も女子制服だったし」
「えへへ」
「あんたの卒業アルバムCDのコピーもらったけど、男子制服を着てる写真が1枚も無かった」
「あ、それお母ちゃんからも言われた。でも制服の件は、美輪子さんから唆された分もかなりある気がする」
「あはは」
 

やがて余興が始まる。
 
新郎の祖母が『高砂』を謡う。
 
「最近ではなかなか聞かなかったね」
などと美輪子が言う。
 
「へー。そうなんだ? よくテレビドラマの披露宴のシーンでやってるけど」
「まあ謡える人があまり居ないんだよ」
「なるほどー」
「去年出た結婚式ではやってた?」
「やってたよ。音楽関係の人だから、演奏する人もたくさんいた」
「ああ、そうだろうね」
「民謡の人もいたけど、演歌、ロック、ポップス、ジャズ、ラテンといろんな音楽が出て来たよ」
「それは凄い」
 
新婦の伯母である清子は『てんとう虫のサンバ』を式場のエレクトーン奏者の伴奏に合わせて歌った。その後は新郎・新婦の友人たちが出てやはり歌を歌ったり、小話をしたりする。
 
その内、新郎の同僚の人が前に出て行き
「それではMM化学バスケ部のメンバーによるフリースタイルバスケットです」
と言うと、会場のドアが開いて、ユニフォームを着た男性が10人くらい、どどどっと入ってくる。千里は思わず顔をテーブルに埋めた。
 
「どうしたの?」
と美輪子から訊かれる。
 
「私、居ない振り」
「はぁ?」
 

テーブルに顔を付けたまま音だけ聞いていると、どうもみんなでボールをドリブルしながら、隣の人と交換してみたり、あるいは踊ったりしているようだ。 
「千里、これ凄いよ。ちょっと見る価値あるよ」
と美輪子が言うが
「私、聞いてる〜」
と千里は答える。
 
どうもバスケットのゴールも持ち込まれているようで、シュートされてバックボードやリングの揺れる音がする。
 
かなりパフォーマンスが続いて、そろそろクライマックスかなと思っていた頃、ひとりパスされたボールを取り損なったようで、ボールが床を転がる音。そしてそのボールは千里の近くまで来る。そして
「あ、済みません」
という貴司の声。
 
もう!
 
千里は顔を上げて席を立つ。ボールを拾う。
 
こちらを驚いたように見る貴司の顔が目の前にある。
 
千里はニコリと微笑むと、新郎新婦席のそばに部員4人で抱えているゴールをめがけてシュートする。
 
ボールはバックボートにも当たらず、直接ネットに飛び込む。
 
思わず会場内から歓声、そして拍手が起きる。高倉部長がピーピーピーと3ポイントゴールを認める笛を吹いた。
 
「撤収!」
という船越監督の声が掛かり、部員たちは駆け足で退場する。貴司は笑顔で千里と握手をしてから退場していった。
 

「びっくりした! 貴司君がいたんだ。全然気付かなかった!」
と美輪子が言う。
 
「私も新郎のプロフ紹介で貴司の会社の名前が出て来て、ぶっ飛んだよ」
「あんた、彼とはどうなってんの?」
「今は友だちだよ」
「ふーん」
「向こうには彼女も居るしね」
「へー」
 
と言いながら、美輪子は千里の顔を見詰めるが、千里が微笑んでいるので美輪子は千里の心情を読みかねている感じであった。
 

愛子が「千里ちゃん、何か出し物とかできる?」と訊くので「龍笛を吹くよ」と言って笛を持ち、前に出て行く。
 
結婚式で吹く、おめでたい神楽の曲を吹く。するとあちこちの席で雑談をしていた招待客が話をやめてこちらを向く。えーっと、そんなに緊張しないでほしいんだけどなと思いつつ、千里は無心で吹いていた。
 
天空に意識を移すと、今日は龍が5体もやってきた。その龍たちと戯れるように笛を吹く。最初は神楽の曲だったはずが、そのあたりから自由な旋律に移行する。来てくれた龍の1体は前回豊中で吹いた時に来てくれた龍だ。それで千里は龍たちに「今日は落雷は勘弁してね〜」と言って、笛を吹いていた。千里の笛は7−8分続き、最後はとても明るい旋律で終始した。
 
拍手がありお辞儀をする。千里は龍たちに「ありがとねー」と言って去っていくのを見送る。ふと横を見ると、会場のドアを開けて、貴司がこちらを見ていた。ニコっと微笑むと、貴司はドキっとした顔をした。
 

余興がだいたい終わった所で新郎新婦がいったん退場してキャンドルサービスをする(今日の披露宴では新郎も新婦もお色直しをしない)。その後、両親への花束贈呈をして終了である。
 
新郎新婦が拍手に包まれて退場する。新婦が手に持ったブーケを友人たちの居るテーブルに向けて投げた。
 
・・・つもりが、手許がくるって千里たちのテーブルに飛んでくる。千里はそれを反射的に受け止めてしまった。一瞬どうしよう!?と思ったものの、笑顔で花嫁に戻す。それで再度狙いを定めて投げて、友人たちのひとりが無事キャッチした。
 
「ごめーん」
「私はノーカウントだから、彼女が直接受け取ったのと同じ」
と千里は微笑んで言った。
 

新郎新婦退場の後、司会者から中締めの宣言がなされ、出席者も退場する。千里が外に出て行くと、貴司が待っていた。
 
「お化粧してると凄くおとなっぽい」
「そういや、お化粧して会ったの初めてだね。でも、お化粧くらいでよろめいたりしないでよね」
 
貴司はそれには答えない。
 
「新婦の親戚なんだっけ?」
「うん。従姉妹なんだよ」
「そうだったのか」
「新郎のこと全然知らなかったから、MM化学って会社名出た時はびっくりしたよ」
「千里、大学でバスケしてるんだっけ?」
「全然」
「スリーが衰えてない」
「当然」
「やはり練習してるんだ?」
「秘密」
 
「そうだ。誕生日プレゼントありがとう」
「20歳おめでとう」
「ありがとう」
「これでお酒が飲める?」
「いや、それでも選手は原則として飲酒禁止」
「こないだは飲んでた」
「ごめーん」
「まあ、残らないものがいいだろうと思ったから」
「うん。その方が何かと面倒が無い」
「彼女から追及されることもないだろうしね」
「まあね。でも凝ってたね。クッキーの配列で20という数字とTHのイニシャルを作って」
「バタークッキーとチョコクッキーを単に並べただけ」
「でも凄い。それに美味しかったよ。千里ほんとに手作りのお菓子上手い」
「どういたしまして」
 
「そうだ。今日知ったけど、新婦は妊娠中だったんだね」
「うん。このカップルは後先がちょっと入れ替わっちゃったけど、貴司はちゃんと順序を守ってね」
「結婚するまでは確実に避妊するよ」
「もう彼女とした?」
と千里が訊くと
「いや、その・・・」
と何だか恥ずかしがってる。何なんだ?この反応は。
 
「実は1回だけした」
「ほほぉ」
「千里は新しい彼氏とはしたの?」
「2回したけど」
「そうなのか」
 
なぜ残念そうな顔をする!? 私も貴司がとうとう他の女の子としちゃったというのは悔しいけどね。
 
「そうだ。さっきの披露宴で龍笛吹いたからさ、二次会ではヴァイオリン弾いてくれない?」
「ヴァイオリン持ってないよ」
「貸してあげるからさ」
「持って来てるの?」
「いつも自分の車に積んでる。結構道の駅とかで弾いてる」
「ふーん」
 
「でも龍笛凄かった。聴く度に進歩してる」
「私、横笛とは相性がいいみたい」
「練習嫌いな千里が唯一ハマった楽器かな」
「かもねー」
 

親族女性控室でイブニングドレスを脱ぎ、この会場に着て来たVictorian Maidenのワンピースを着る。メイクを少し直してから、ロビーに出て行くと貴司がヴァイオリンケースを持ってきていた。
 
「千里、凄く可愛い」
「ありがと。貴司も品の良いスーツだね」
「うちの会社と提携している**紡ブランドの生地で作ってある。少しあらたまった席とかに出ていくのに使ってるけど、イージーオーダーで12万円した」
「おっ、凄い」
「普段会社の仕事で着ているスーツは1万円の」
「それは安すぎる気がする。もう少しいいの着たら?」
「でも千里のこのワンピも高かったでしょ」
「そんなことないよ。これ3万円だよ」
「こんな可愛いのに3万円は安いね!」
 
それでヴァイオリンをケースごと渡される。
 
「一応調弦しといた」
「ありがとう」
「このヴァイオリン、このまま千里に預けるから」
「なんで〜? 私貴司に預けたのに」
「だから千里に又貸し」
「うむむ」
 
結局このようにして、このヴァイオリンは2013年夏に貴司が結婚するまで、ふたりの間を何往復もすることになるのである。
 
千里はヴァイオリンの共鳴胴の中からレターパッドを取り出す。
 
「へー。可愛い詩を書くね」
「こないだ千里が詩をここに入れてたのに気付いて、それで僕も書いてみた」
「この詩は私がファイリングしとこう」
「千里の詩は僕がファイリングしとくよ」
 
しばし2人は見つめ合った。
 

「あ、千里、ちょっと手伝って欲しいんだけど」
と言って愛子が寄って来た。
 
「あ、ごめんなさい。お話中だった?」
「ううん。終わった所。じゃ、また後で」
「うん。また二次会で」
と言って貴司とは握手して別れる。
 
「ごめーん。もしかして彼氏だった?」
と愛子は千里と一緒に花嫁控室の方に行きながら言う。
 
「元カレなんだよ。新郎の同僚だったんだ。もうびっくり」
「へー! 凄い偶然だね。あれ?ヴァイオリン?」
「うん。二次会で弾くから」
「わあ、楽しみ」
 

二次会は新郎新婦のネットの友人で関西方面に在住の人、新郎が所属するバスケット部の部員ほぼ全員が来て、祝福してくれた。立食パーティー形式にしたので、食欲旺盛なバスケマンたちがたくさん食べていたが、料理もどんどん追加していた。
 
友人の中にエレクトーンのセミプロの人がいて、伴奏を一手に引き受けてくれてそれで歌を歌う人も多かった。貴司も『Best Friend』を歌っていた。千里は貴司から預かったヴァイオリンでセリーヌ・ディオンの『To Love You More』を演奏した。
 
愛子や美輪子などと話をしていたら、バスケ部監督の船越さんが寄って来た。 
「ね、ね、君さっきの長距離からのシュート凄かったね」
「中学高校時代にバスケットをしていたので。実は中学の時のそちらのチームの細川選手の後輩なんですよ」
「そうだったんだ!」
「高校時代は別の高校になったので、インターハイ行きを掛けて対決したこともあったんですよ。細川さんが勝ちましたけど」
「じゃ、君もかなりの強豪に居たんだ!」
 
と言ってから少し考えている。
 
「えっと・・・細川君と対戦したの?」
「そうですけど」
「だって男女なのに?」
「ああ、彼、その頃は女の子だったんですよ」
「えーーー!?」
 
愛子も美輪子も吹き出していた。
 

千里が船越さんと何やら話しているので貴司が寄って来た。
 
「監督、この子はインターハイBEST4まで自分のチームを連れていったんですよ」
と貴司が言う。
 
「BEST4!? 凄いじゃん」
「ええ。しかもその中心選手です。毎回チームの得点の3割くらいひとりで稼いでましたから。スリーポイントの達人だったんですよ」
 
監督はマジで驚いている様子。
 
「今はバスケしてないの?」
「してないです。中学高校の6年間で燃え尽きたかなと思って」
「今はお勤め?」
「いえ、大学生です」
「そちらの大学にはバスケ部無いの?」
「あるみたいですけど、やるつもりはないです。うちが貧乏だから学費稼ぐのにバイトもしないといけないし、理系なので勉強も忙しいし」
 
「関西のどこかだっけ?」
「いえ、千葉です」
「千葉市内?」
「はい」
「千葉に僕の友人が監督やってる女子バスケのクラブチームがあるんだけど顔出してみない? 僕が紹介状書いてあげるよ」
「時間無いですよー」
「練習はパスして試合に出るだけでもいいからさ」
 
そういえばこの監督は元々関東の大学バスケ部の監督をしてたんだったと貴司から聞いていた話を思い出す。それで結局、一度顔だけでも出してみるということになり、監督が紹介状を書いて貴司に託すという話になってしまった。 

二次会の後、新郎新婦が新婚旅行に出発する(実際には今晩は京都市内のホテルに泊まり、明日から移動する)のをホテルの玄関で見送り解散した。貴司が千里に声を掛ける。
 
「新幹線で来たのなら新大阪か京都まで送って行くけど」
「自分の車で来たよ」
「車はどこに駐めてるの?」
「千里(せんり)中央」
「・・・・」
「貴司のマンションの近くだよ」
「・・・・」
 
ふたりはしばらく見つめ合っていた。
 
「そこまで送って行くよ」
「うん」
 
貴司と並んで出て行くのを、美輪子が笑顔で見送っていた。
 

ホテル近くの駐車場に貴司のアウディが駐めてある。千里は例によって「助手席は彼女専用で」
と言って後部座席に乗り込む。
 
「今何時だっけ?」
と言って貴司がG-Shockの腕時計を見る。千里はその腕時計を見詰めていた。 
「10時半か。まだ結構お店開いているだろうから、どこかで軽く夜食でも食べていこうよ」
「そうだね」
 
貴司が車を出発させる。
 
「でも千里かなり車に乗ってるね?」
「うん。今8000kmくらい」
「凄っ。あっという間にこちらが抜かれそうだ」
「ずっとドライブノート付けてるからいつどこに居たかも全部分かる」
「それは良いことだと思う」
「貴司はどのくらい走った?」
「まだ15000kmくらいだよ!」
「少ないね」
「いや千里が多いだけだと思う」
「そうかな。毎日練習で100km程度走ってるだけなんだけど。後は何度か長距離走ったから」
 
「千里ってハマると本当に熱心に練習するよね」
「最初だけね」
「うん。そこが千里の問題点なんだけどね」
「私、飽きっぽい性格なのかも」
「ああ、それはそうだと思う。ただ千里ってその最初のスタートダッシュで普通の人が何年も掛からないと到達できない所まで行っちゃうんだよな」
「ああ、私時々自分でも天才じゃんと思うことある」
「いや、千里は天才だと思う」
「貴司には負けるけどね」
 

道路沿いにあったお寿司屋さんに入った。
 
「大丈夫?ここ結構人目があるけど」
「うーん。まあ見られたら見られた時だな」
「ふーん」
 
千里が言ったのは、貴司の顔は大阪近辺では知られているので、貴司が彼女以外の女性と食事などしている所を誰かに見られてブログに貼られたり、あるいは彼女の知り合いが見て変に思ったりしないかという問題である。ただし千里としては問題になってくれた方がいい!
 
特上2人前を注文する。
「私、あまり食べきれないよ」
「残ったのは僕がもらうよ」
「うん」
「でも高2の頃は千里けっこう食べてたのに」
「今ちょっと訳あって食事制限してるんだよ」
「ダイエット?」
「ううん。お医者さん(ということにしておこう)の指示なんだよ」
「千里、どこか身体悪いの?」
「私、昔から血糖値が高めなんだよね。だから今1日1400kcalにしてる」
「1400は厳しい! 僕はその倍は食べてると思う」
「貴司はスポーツ選手だもん。もっと食べていいと思う」
 
「うん。チームの中では僕がいちばん少食みたい。ステーキ3〜4枚お代わりする奴とか、ラーメン4杯くらい食べる奴とかいるし」
「それはまた凄い」
 

貴司とゆっくり話すのは5月末に一緒に敦賀までドライブした時以来だ。1ヶ月ぶりなので、貴司はその間にやった試合の話や、チームメイトの笑い話などを楽しく話す。千里は主として聞き手にまわり、相槌などを打ちながら聞いていた。 
でも本当に貴司ってバスケットが好きなんだなというのをあらためて感じる。中学の頃以来、ふたりでデートして話すことといったら、いつもバスケの話ばかりだった。
 
「でも大阪まで走ってきて、結婚式・披露宴に出て疲れたでしょ。なんか色々と雑用とかもしてたみたいだし」
「うん。荷物運んだり、人を運んだりしたよ」
「それはお疲れ様。汗も掻いたんじゃない?」
「うん。結構掻いた。おうち帰ったらシャワー浴びなくちゃ」
 
「あ、何だったらうちでシャワー浴びてかない?」
「うちって・・・貴司のうち?」
「うん」
「行っていいの?」
「友だちだし」
「そうだね〜。友だちのうちのシャワー借りるくらいいいかな」
 

それでお寿司屋さんを出て府道2号に乗り、千里(せんり)ICを降りた後、千里(ちさと)が駐めている駐車場の方には行かず、貴司のマンションに行く。マンションの地下駐車場にアウディを駐め、エレベータで33階に上がる。
 
貴司の部屋はその階の31号室(3331号室)である。
 
「ここの住所書く時って、自分の名前と生年月日を書く気がするんだよね」
と千里は言う。
「まあね。千里は平成3年3月3日0時1分生だから」
と貴司。
 
「貴司予言してあげる。貴司ここに住んでる限り結婚できないよ」
「あはは、そうかもね」
 
貴司が鍵を開けて中に入る。千里も「お邪魔しまーす」と言って一緒に入る。 
「バスルームそちらだから。シャワーでもいいし、お湯を溜めてもいいし」
「けっこう暑いしシャワーでいいよ」
「バスタオルは脱衣場に積み重ねてるの適当に使って」
「了解」
 
千里がシャワーを浴びて、新しい下着に交換し、普段着のカットソーとスカートでバスルームから出てくると、貴司はネットをしていた。
 
「あれ?それ新郎のmixiのページ?」
「そうそう。たくさんお祝いメッセージが書き込まれている」
「いいよね〜。こうやって手軽にお祝いができるというのは」
「うん。祝電はそれなりに価値あるけど、お金が掛かるもん」
 
ちなみに貴司と千里はマイミクにはなっていない。貴司の母のページあるいは貴司と同学年のバスケ部で千里の中学の時の先輩でもある久子のページを通してお互いのページに到達できるし、お互いの日記は「友人の友人まで」の公開にしているので、互いに相手の日記はいつも見ることができる。
 
「貴司もシャワー浴びてきたら?」
「うん。そうする。あ、その間ネット見ててもいいよ。Taka2のidを使って」
「いいの?じゃ借りようかな」
「Taka2のパスワードはrumoi33だから」
「・・・・あのさ、そういうの彼女に知られたら振られるよ」
「あはは。バレないって」
 
などと言って貴司はバスルームに消えた。
 

千里は取り敢えず自分のメールチェックとmixiのホームのチェックをした上でこちらも吉子のページにお祝いのメッセージを書き込んでおいた。
 
その後、ニュースなどを見ているうちに貴司もバスルームから出てくる。 
「千里何だったら仮眠してから帰る? ベッド使っていいよ。襲ったりしないから」
「貴司のその手の言葉もあまり信用できないけどなあ。でもベッドに私の匂いを付けたら彼女に悪いから、毛布貸してよ。ここのカーペット暖かそうだからカーペットの上で少し仮眠してから帰ろうかな」
 
「だったらソファで寝るといいよ」と言われたので千里は毛布を借りてソファで仮眠することにした。貴司が灯りを消してくれた。
 
「千里、もう寝ちゃった?」
「なあに?」
「実はさ・・・」
「ん?」
「彼女と1回したんだけど」
「うん」
「実は到達できなかった」
「ふーん」
「彼女は気にしないでって言った。向こうは僕が初めてなのかと思ったかも」
「女の子とするのは初めてなんじゃない?」
 
「でも千里とは何度もして毎回逝ってたのに」
「ヴァギナって鍛えてないと、基本的に緩いんだよ。だから私のスマタで逝くより逝きにくいと思うよ。スマタだと圧力の加減がしやすいもん」
「でも千里のヴァギナでも毎回逝ってた」
「私にヴァギナは無いけど」
「話が面倒になるから、そういう嘘はやめといてよ」
 
「まあ私にヴァギナがあったとしたら締める練習頑張ってしてたと思うな。普通の女の子のヴァギナ以上にコントロールが難しいんだよ。元々身体についてた器官じゃなくて、無理矢理身体に開けた穴だからね」
「どうやって練習したの?」
「だから私、ヴァギナ無いってのに」
「だから、そういう無意味な嘘はやめてってのに」
 
「まあ気合いだね」
「そのあたりはよく分からないな」
「貴司も性転換してみると分かるよ」
「うーん。性転換すると彼女と結婚できなくなるからな」
「貴司が性転換したら私がレスビアン婚してあげるよ」
「なんか良く分からない世界だ」
「うふふ」
 
「でも次する時は何とか到達したい」
「セックスしてること忘れるといいよ。彼女とは結合してるだけ。オナニーで到達するつもりになればいいんだよ」
「なるほど、それはひとつの考え方だ」
 
「テンガとかで練習してごらんよ。うつぶせになってテンガに入れてそれでピストンして、彼女とつながっていることイメージして、それで逝く練習。それで逝けたら、逆に彼女としている時は彼女のこと忘れてテンガでやってるつもりになれば逝けると思う」
 
「それ何だか合理的な気がする。テンガ買って来ようかな」
「ふふふ」
 

「だけど自分の元奥さんに新しい彼女とのセックスを相談するもんなんだ?」
「逆にこんなこと相談できる人がいない」
「ああ。確かにね。男の人同士だと女性側の事情が分からないだろうし」
 
「でもそしたら千里、僕が気持ち良く逝けるように、色々してくれてたんだ?」
「セックスは恋人同士、夫婦同士の最高のコミュニケーションだよ。でもただの男の快楽と思ってる人、男にも女にも多い」
「だよねー。でも相性もあるんじゃない?」
「あると思うよ。私と貴司はセックスの相性が良かったんだろうね」
「うん。そうだと思う」
 
「念のため言っとくけど、貴司が他の恋人と付き合っている限りは私は貴司からたとえ求められてもセックスNGだからね」
「いや、さすがに自制する」
「3月に一度去勢されて懲りたでしょ?」
「あれはホントにごめん」
「もう毛は生えそろった?」
「何とか」
「良かったね」
 
「今も本当は千里とセックスしたくてたまらないけど我慢してる」
「それは彼女のためにも我慢してもらわなくちゃ」
「ね」
「ん?」
「そばでオナニーしてもいい?」
「それは勝手にやって。私は寝る」
「うん、ごめん。おやすみ」
「おやすみ」
 

それで貴司は千里が寝ているソファに背中をもたれて、ズボンを下げ、パンツも下げて、自分のをいじり始めたようである。振動がこちらにも伝わってくる。もう。せめて振動が伝わらない場所でやって欲しいな。こちらまで欲情しちゃうじゃん。
 
貴司はしばらくやっていたが、どうも逝けないようだ。
 
「千里、寝た?」
「どうしたの?」
「なぜか逝けない」
「最近オナニーしてないの?」
「実は彼女とのセックス失敗した後、1度もしてない。正確にはこないだ一度しようとした時もできなくて。その時は疲れてるからかなと思ったんだけど。今夜もうまく行かない。何だか八割くらいまで来てるのに残り20%がどうしても満ちてくれないんだよ」
 
「ああ、それは精神的な問題だろうね。自分の男性機能に不安を持っちゃったんだよ。よくいるんだよね〜。初夜に失敗したあとEDになっちゃう男の人って」
 
「どうしよう?」
「男性機能使えないんなら、もうそれ放棄して手術受けて女性機能を使えるようにしてもらったら?」
「いやだ〜!」
 
「もう、仕方無いな。私の左手だけ貸してあげるから、そこでやってごらんよ」
「えーー!?」
「私の身体は彼氏専用だし、私と結合したら貴司も浮気になっちゃうでしょ?」
「分かった」
 

「一緒に寝てやっていい?」
「狭いよ、このソファ」
「ベッドに行く?」
「それは彼女に悪い」
 
そんなことを言いつつ、貴司は避妊具を付けると、千里の毛布の中に入って来た。千里は身体の左側を下にして横向きになり、左手を軽く握って貴司の下腹部に持って行ってあげた。
 
「入れていい」
「左手にならね。私の本体に入れようとしたら、包丁持って来て切断するから」
「怖いなあ」
 
それで貴司は千里の左手の中に入れてきた。あぁあ、結局Hなことをすることになるのか。まあいいけどね。今夜は私が結構唆してしまった面もあったし。貴司の恋人に嫉妬しないと言ったら嘘になるもん。もういっそ、彼女との仲、壊して略奪しちゃおうかな。
 
などと思っていたら、うしろで《こうちゃん》がワクワクしたような顔をしている。『勝手な親切はしないように』と釘をさしておく。
 
「けっこう気持ちいい」
「高校時代もおてての中は結構やったよね」
「うん。千里、彼氏と手でする?」
「まだそこまではしないな。今は私の中で出すので精一杯みたい」
「でも悔しいなあ。他の男が千里としてるなんて」
「貴司だって彼女とたくさんすればいいんだよ」
「それができたらいいんだけど」
 

そんなことを言いながらも、貴司は千里の手をヴァギナに見立ててピストンをしていたが、2−3分で逝ってしまった。
 
「やった!逝けた!」
「良かったね」
「ちょっとだけ自信回復できたかも」
「これでおちんちん切って女の子にならなくても済むね」
「それしたくなーい」
 
「ね、そばで寝ていい?」
と貴司が訊く。
 
「いいよ。そのあたりは友情の範疇で」
「うん」
 
それで貴司は避妊具の始末をした上で、千里を抱きしめ、そのまま眠ってしまった。ちょっとぉ。抱いていいなんて言わなかったのに、とは思ったものの、貴司の寝顔を見て微笑む。何だか幸せそうな顔をしている。もし私が好きなのなら、恋人とか作らずに私を口説いてよね。
 
そう思いながら千里は貴司が眠っているのをいいことに唇に軽くキスをすると自分も眠った。
 

結局千里は朝まで貴司のマンションで眠ってしまった。起きたら朝6時である。貴司がまだスヤスヤ寝ている感じなので、取り敢えずお米を研いで炊飯器に移しスイッチを入れた上で、冷蔵庫の中などを覗いて、食材をチェックする。でもさすが男の子のひとり暮らしだけあって、まともなものが全然無い。 
「お味噌も無いというのは困ったもんだ」
 
と千里は独り言を言うと、部屋の鍵を勝手に借りてマンションの外に出た。コンビニに行って、タマネギとジャガイモにシーチキン、カレールーを買う。部屋に戻って、シーチキンカレーを作り始めた。
 
御飯が炊きあがる頃にカレーは出来上がる。
 
「あれ?なんかいい匂いだ」
と言って貴司が起きてくる。
 
「おはよう。御飯勝手に炊いたよ。食材が無かったから、コンビニに行って適当な材料買って来て、シーチキンカレー」
「凄い!朝からカレーが食べられるとは?」
「朝からは入らない?」
「食べる!」
 
それで千里がカレーを盛りつけると、貴司は美味しい、美味しいと言って食べている。ああ、ほんとに貴司の奥さんになりたいなという気分になってしまう。千里は少食なので(実はまだ食事制限中)、少なめに盛った1杯だけ食べたが、貴司は5杯も食べて、カレーも御飯も、ほぼ無くなった。
 
「あれ?でも千里、コンビニに行って来たの?」
「うん」
「でもオートロックなのに」
「ごめーん。鍵を勝手に借りた」
「でもマンションのエントランス入る時に暗証番号が要るのに」
「貴司のことだからきっと9133じゃないかと思ったから」
「うっ」
 
千里は1991年3月3日生である。
 
「貴司、キャッシュカードの暗証番号も9133にしてたしね」
「あはは」
 
「まあ、入れなかったら貴司を呼び出して開けてもらうつもりだったけどね」
「そのあたりの最悪の場合をきちんと考えているのが、やはり千里って理系思考なのかもね」
「私、よく理系らしくないって言われるんだけどな」
 

「よし。御飯も食べたし、私、帰るね」
と言って千里は立ち上がる。
 
「うん。ありがとう」
「また来るよ」
「うん。来て。僕も千里のアパートに行くかも」
「いつでもどうぞ」
 
「じゃ送って行こうか?」
「大丈夫。ここから駐車場まで歩いていけるから」
 
「あ、千里、ガソリン代と駐車場代あげるよ」
「要らない、要らない。今日は元々従姉の結婚式に来たんだから。そちらから交通費はもらったよ」
 
「あ、そうか。そうだったんだ」
と言ってから貴司は思い出したように言う。
 
「そうだ、先週もらった、僕の誕生日のプレゼントだけどさ」
「うん」
「あれ、切手とか、宅急便の伝票とかもついてなかったんだけど」
「ああ。直接、ここの郵便受けに放り込んだから」
「千里、あれ持って来たんだ!」
「まあ、ドライブのついでだよ」
 
「来たんなら声掛けてくれたらいいのに」
「掛けられないよぉ。彼女が居たら悪いじゃん」
「うーん・・・」
 
「まあ貴司が30歳になっても独身だったら、結婚してあげてもいいから、それまでは頑張って恋愛しなよ」
「30歳・・・・」
「その間に3−4回結婚してもいいよ」
「そんなに結婚する自信は無い!」
 
「もっとも、その時、私が結婚してたらごめんねー」
と千里は言う。
 
「10年先、僕たちどういう関係になってるんだろうね」
と貴司は自問するように言った。
 
「たぶん友だちだと思うよ」
と千里は笑顔で言った。
 
「今、千里に物凄くキスしたいんだけど」
「女にとってね。自分の恋人が他の女とセックスするより、その女とキスしたという方がショックは強いんだよ」
「・・・・・」
「キスは恋人同士だけ」
 
と言って千里が手を出すので、貴司はその手を両手で握って握手した。 

「避妊具のゴミ、私が捨てておこうか? 彼女に見られたらやばいでしょ?」
「あ、大丈夫。見えないようにして捨てるから」
「お風呂場はチェックして長い髪とかが残らないように掃除しといた」
「なんて親切な!」
 
「じゃね」
と言って千里は着替えのボストンバッグ、引き出物、ヴァイオリンケースを持って出ようとしたのだが、
 
「それ荷物多い。僕が持つよ」
と言って貴司は引き出物の袋を持ってくれた。
 
「これ重い!」
「結婚式の引き出物ってなんでこんなに重いんだろうね」
「何が入ってるんだろう?」
「さあ」
 
そんなことを言いながら、ふたりでマンションを出て駐車場まで行った。ここは1日2000円maxで2日目に入っているので精算には4000円が必要だ。千里が財布を出して精算しようとしたら、
 
「これは僕に出させて」
と言って貴司は駐車場代を精算してくれた。
 
「ありがとう」
「千里、その財布使ってくれてるんだ」
「だって貴司が買ってくれた財布だもん」
 
また2人は見つめ合ってしまったが、
「あ、ゆっくりしてたら出られなくなる」
と千里が言って、ふたりで車の所まで行く。精算してから5分以内に出なければならないことになっている。
 
引き出物とヴァイオリンケースにボストンバッグを荷室に入れ、千里が運転席のドアを開ける。またふたりは見つめ合う。
 
「ね、もう少し話したい」と貴司。
「じゃ、車に乗る?」と千里。
「うん」
 

それで千里が運転席、貴司が助手席に乗って、千里のインプレッサは発進した。 
「今日は練習あるの?」
「うん。13時から練習試合があるんだよ。だから結婚式を金曜日にした」
「新郎はまさか出ないよね」
「さすがにお休みだよ」
「試合はどこで?」
「京田辺市なんだけど」
「だったら送って行くから、試合に必要な用具を取っておいでよ」
「あ、そうしようかな」
 
ということで、千里は車をいったんマンションの前に駐める。貴司が降りてユニフォームやシューズなどを持って来た。
 
「お待たせ」
 
車は再度発進する。
 
「できるだけ近い所に居た方がいいよね」
と言って、千里は車を石清水八幡に向けた。
 
「お参りして行こうよ。戦勝祈願」
「そうだね」
 
駐車場に車を駐めて、徒歩で境内に入っていく。お山に登るケーブルカーはあるが、無論そちらには行かない。まともな参道の方に行く。
 
「ここ初めて来た」
と貴司が言う。
「私も初めて〜。あ、高良神社だよ」
「例の徒然草に出て来た所だっけ」
 
「そうそう。ここにお参りしただけで、山の上まで登らずにそのまま帰っちゃったという話ね」
「でも知らないと人ってそういうものだよ」
「熊野の那智大社にお参りに行って、飛瀧神社にお参りしただけで帰っちゃう人もいる」
「現代の仁和寺の法師だな」
 
少し歩くと広い空間があり、向こうに参道の入口の鳥居がある。
 
「あ、こんにちは」
と千里。
「ん?」
と貴司があたりを見回す。
 
「あの鳥居の所の狛犬さんがこちらを笑顔で見たんだよ。だから挨拶した」
「へー!」
「ここは優しい神社だ」
「ふーん」
 

しかし貴司は5分も歩かないうちに言う。
「ここは厳しい神社だ」
「ああ、歩くのはなかなか大変」
「千里は平気?」
「歩くことはさすがにたくさん鍛えたから」
「千里、足触っていい?」
「うん」
 
貴司が千里の足に触る。
 
「余計なお肉が無い。この足は全部筋肉」
「うん。だから私はもう可愛い女の子の貴司の恋人ではないんだよ」
「千里は可愛いよ」
「そういうことは彼女に言いなよ」
 
「でも千里、高2の頃よりむしろ筋肉が発達してる。練習欠かしてない」
「でも5ヶ月ほど練習してなかったんだよ」
「じゃ、やはりあの試合の頃の筋肉とか凄かったんだ?」
「ふふ」
 

長い上り坂を登って行き、やがて総門をくぐって、本社の境内に入る。お参りしたあとで、休憩所に入り、甘いものを食べながら、またお話する。
 
「千里、やはりバスケ続けなよ。どんな形ででもいいからさ」
「実は半年やってなかったのでなんか抑えられなくなって、こないだからひとりで体育館に行ってドリブルしたりシュートしたりしてた」
「その成果が昨日のシュートか」
 
「まだ1割も戻って来てない感覚なんだけどね」
「大学のバスケ部に入ったらたぶん十割戻る」
「そこまでやる時間は無いんだよね。私、バイトもしないといけないし」
「奨学金だけではなんとかならない? 僕今少し余裕あるし、生活費くらいなら千里に送金してもいいよ」
「愛人契約?」
「違うよぉ」
「でも貴司となら割り切って愛人契約してもいいよ」
「・・・・・」
 
「ちょっとマジにならないでよ。冗談なんだから」
 
と千里が言うと、貴司は何だかがっかりしたような顔をしている。もう!自分に恋人が居ることを忘れないでよね。
 
「でも今回は私何とか自制したけど、いつも自制できるとは限らないからね」
「それは僕も同じだな」
 
千里は急に寂しそうな顔をして言った。
「私たち、会わない方がいいのかなぁ」
 
すると貴司は即座に言った。
「いや。僕は会いたい」
 
「会いたいというよりセックスしたいんだったりして」
「それは自制するよ」
「私、暴走して貴司の恋路を邪魔する場合もあるかもよ」
「それはお互い様だな。僕も千里の恋路を邪魔するかも知れないよ」
 

そんな少し腹芸的な会話もあったものの、ふたりの会話はやはりバスケのことがほとんどであった。最近のNBAやJBLの注目選手の話、また技術的な話なども随分した。貴司は今いるチームの各選手の話も裏話付きで色々話してくれたが千里は
「貴司もきっと裏話付きで噂されてる」
と指摘する。
 
「気にしない」
「噂が暴走してたりして」
 
「まあ、なるようになるさ」
 
その言葉は自分たちのこの後の展開のことのようにも千里は感じられた。 
やがて11時をすぎるので京田辺市に移動することにする。山を降りて駐車場のところまで行き、また千里が運転席、貴司が助手席に乗って車は出発する。千里は試合のある体育館の駐車場に直接車を乗り入れた。
 
「見ていかない?」
「見ていこうかな」
 
それで一緒に体育館の中に入り、貴司はチームの控室に、千里は2階の観客席に行った。
 

千里が観客席に座った時は相手チームがコートで練習していたのだが、やがて彼らが下がって貴司たちのチームが練習を始める。それを船越監督が見守り、いろいろと指示を出している。披露宴の時も静かな雰囲気の人だなと思ったがコート上の選手への指示も静かに行っている雰囲気である。船越監督がこちらを見た時、一瞬目が合うので千里は会釈する。すると向こうも会釈を返してくれた。
 
練習が終わった後、少し休憩時間に入ったようである。試合は13時からと言っていた。今12:30なので30分ほど休憩になるのであろう。千里が少し目を瞑って身体を休めていたら貴司が近づいてくる。その気配で覚醒して笑顔で貴司を見る。貴司がドキっとした表情をした。
 
「あ、えっと千里。これうちの監督が書いてくれた推薦状」
「ああ。例の話か」
と言って千里は封筒の中の紙を出す。
 
「何これ?ちょっと気恥ずかしい」
 
手紙にはこう書いてある。
『千葉市内に住む村山千里君を紹介します。高校時代にインターハイでBEST4になったチームのSGです。スリーポイントの名手でチーム得点の3割くらいをいつも稼いでいました。1on1も上手いしスティールなども巧い。パスをするのも受けるのも巧い。ロングパスを直前まで振り向かずにキャッチするので後ろに目が付いてるなどと言われていました。彼女自身いろいろ忙しいようなのですが、時間などが合えば、取り敢えず練習に参加させてもらえないでしょうか?

船越涼太』
 
「なんかまるで凄い選手を紹介するみたい。貴司随分誇大広告したでしょ?」
「いや、千里は凄い選手だから」
「ふーん。クラブ名は千葉ローキューツか」
と推薦状の宛名を読んでから
 
「ローキューツ!?」
と自問する。
 
「どうかした?」
「いや、このチームの子たちとこないだから何度か一緒に練習した」
「へー!」
「体育館で偶然一緒の時間になったんだよ。それで一緒にやりません?とか言われて」
「じゃ、縁があったんだ」
 
「うむむ。どうしよう? 推薦状なんて放置するつもりだったのに」
「取り敢えず、持って行ってみれば? うちの監督、電話しとくからって言ってたよ」
 

貴司の試合の相手は大学生のチームのようだが、かなり強い所である。はっきり言って勝負になっていなかった。完璧なワンサイドゲームなのだが、それでも貴司や、フォワードの人(後で真弓さんという人だと知る)は相手の強烈なディフェンスをかいくぐって何とか得点をあげていた。この2人でMM化学の得点の大半を稼いでいる雰囲気であった。
 
試合は122対46というトリプルスコアで大学生チームの勝利だったが、試合終了後、貴司や真弓さんは向こうの選手から握手を求められていた。
 
千里は、ふと貴司にそそがれている視線に気付き、その視線の元を探した。あ、あの人か。。。
 
千里は入口から入って右側の観客席で見ているのだが、その視線の人物は入口側の観客席で見ている。清楚な感じのブラウスにプリーツスカート。ふーん。これが貴司の彼女か。
 
千里が彼女を見てしまったせいか、彼女も「え?」という感じでこちらを見た。視線が合ってしまったので、千里は笑顔で会釈をする。しかし彼女はこちらを険しい目で見た。ふふふ。やはり女同士、こういうのは勘で分かるよね?宣戦布告かな?上等! まあ私は勝負自体するつもりは無いけどね!
 

千里は4月下旬から家庭教師のバイトをしていたのだが、一応契約は2ヶ月単位になっている。千里はこれを更新しないことにした。それでお仕事は6月末で終了となる。
 
「先生が来るとあの子、熱心に勉強していたのに残念だわあ」
などとお母さんから言われるが、この子の場合、その、人が来ないと勉強しないというのが最大の問題なのである。
 
「済みません。自分自身の勉強の方が思ったより忙しくて、続けられない感じなんですよ」
と千里はお母さんには言っておいた。
 
「ああ、理系は大変なんでしょうね」
 

家庭教師のバイトをやめたのは教える以上こちらも結構な準備をしなければならない割りに、実入りはそれほどでもないので「割が合わない」という問題が大きかったのだが、それでは次は何をしようと思う。
 
学生課に顔を出すか、あるいはバイト情報誌で探してみるかなあと思っていた時に、父の古い友人で、漁師を辞めた後、東京に出て来ている福居さんという人から連絡があった。
 
父の友人なので、その手前千里は男装で会いに行った。
 
「確か千里ちゃん、千葉に来たと言ってた気がしたから、武矢さん(千里の父)に連絡して、電話番号教えてもらったんだよ」
と福居さん。
 
「だけど武矢さんもがんばってるみたいだね」
「何個か落としてしまった単位もありますけど、必修科目は確実に取っているので、多分このままこの秋には卒業できると思います」
 
千里の父は地元高校の臨時講師をしつつ自分もNHK学園高校で勉強しているのである。
 
「じゃ、向こうは千里ちゃんに半年遅れで高卒になるんだ」
「ですね」
 
「だけど千里ちゃん、少し髪が伸びたね」
と知人は言う。
 
「そうですね。高校時代はバスケするのに五分刈りにしてましたが。やめたので少し伸ばしてもいいかなと。スポーツもしないのに丸刈りにしてたら別の筋の人と間違われそうで」
「ああ、そっちとは関わりたくないよね」
「ですね」
 
「千里ちゃんとこ、バスケは強かったんだっけ?」
「うちの高校、女子は強くて私の在学中もインターハイとか行ったんですけどね。男子はそれほどでもなくて道大会準優勝が最高でした」
「いや、道大会準優勝も凄いよ」
 
多少世間話をした上で本題に入る。
 
「実はね。知り合いから塾の夏期講座の講師をしてくれる人がいないかって打診されてね。千里ちゃんのこと言ったら、C大学の学生さんなら歓迎ということなんだよ。もし興味あったら、と思ったんだけど」
 
「あ、やってみたいです。私、人に教えるのは好きです」
 

それでその塾まで連れて行ってもらった。塾の社長さんと面接をする。 
「何かで人に教えたことはありますか?」
「ええ。4月から6月まで家庭教師をしていました」
「そちらは辞められたんですか?」
「ええ」
「辞められた理由は?」
「やはり勉強の方が忙しくなってきたので。高校生に全教科教えていたので、こちらの準備も凄まじかったんですよ」
「なるほどですね」
「夏休みの間で担当教科が多くなければ時間は取れると思います」
「了解です」
 
ちょっと講義をしてみてくれと言われて、渡された英語のリーダーのテキストを元に、塾の事務の人?数人を相手に講義をしてみた。
 
「分かりやすい教え方ですね。英語の発音もきれい」
と言われて、《試験合格》のようであった。
 
「夏期講座は**女子高の校舎を借りて、7月18日から8月29日まで行われるのですが、そちらの御都合はどうですか?」
 
「毎週日曜は、うちの研究室でゼミやってるんですよ。平日は都合の付かない先輩なども入って。それから8月3日から7日が期末試験で、あと8月8-9日も別件で予定が入っているので外してください。その前も7月中は平日は試験前の授業なので外してもらうと助かるのですが」
 
「では7月18日,25日,8月1日と、その後、8月10-12日,17-22,24-29日の合計18日間お願いしていいですか?13-16日はお休みになるので」
 
「はい、それでお願いします」
 

千里は服装も注意された。
「今日は面接なのでその程度の服装でも構いませんが、講義ではスーツを着ていただけますか?」
「あ、はい」
「それから髪が少し長いようなので、もう少し切ってください」
「分かりました」
 
千里のこの時期の髪は「女子にしては短い」のだが、「男子にしては長い」のである。
 
それで千里は約1年ぶりに散髪屋さんに行くことになる。
「済みません、耳が出るくらいまで切って下さい」
と言って後は目を瞑っていた。
 
まだ丸刈りされるんじゃないからいいけど、もう床屋さんには来たくないなと千里は思う。この仕事もこの夏だけかなあ。私には男は装えないもん。 

背広については貴司に電話して頼んだ。
 
「貴司さ、背広1つしばらく貸してくんない? こないだ言ってた1万円のスーツでもいいからさ」
「はあ? そんなもの何すんの?」
「実は塾の先生なのよ」
「まさか、千里、男の先生なの?」
「お父ちゃんのお友だちの紹介だったから、なりゆきで」
 
「千里、私、女になりましたってお父さんにカムアウトすべきだと思う」
「それはいつかやるけどさ」
「だいたい20歳になったら戸籍の変更しないといけないから、その時はどっちみちカムアウトするでしょ」
「うん。それはそうなんだけどね。でも結構憂鬱。髪も切ったし」
 
「まさか五分刈り?」
「まさか。塾の先生が丸刈りだったら生徒逃げてく」
「いや、丸刈りの先生はいるけど」
「そうだっけ?」
 
結局貴司は3万円のスーツ1つとワイシャツも洗い替え用に2枚にネクタイを3本、こちらに送ってくれるということであった。
 

少し時間を戻して、6月29日、吉子の結婚式から戻った週末開けの月曜日。千里は市民体育館にバスケができる格好で出て行った。すると先日から一緒に練習していた浩子・夏美・夢香の3人に加えて、もうひとり姿があったのだが、その人物を見て、千里も向こうも驚いたような声を挙げる。
 
「溝口さん!」
「村山さん!」
 
「何?何?知り合い?」
と浩子が訊く。
 
「高校時代のライバル」
と溝口さんが言う。
 
「へー!」
「もしかして溝口さん、ローキューツのメンバー?」
「うん」
「溝口さんほどの人なら、どこかの大学のバスケ部に入るか、実業団かと思ったのに」
「うちは村山さんとこにさんざん叩かれて、実績残せなかったからね。インハイにも一度も行けなかったし。だから実業団からは声が掛からなかったんだよ」
 
「あはは。ごめんなさーい。今はお勤め?」
「そう。千葉市内でOLやってる。夕方からたまにここで練習してたんだけど、まさか村山さん、このチームに居たんだっけ?」
 
「それなんですけどねぇ、これ」
と言って、MM化学の船越監督からもらった推薦状を渡す。
 
「うちの監督に?」
「中も見ていいと思いますよ」
 
それで開けて見ていると、それを見た浩子たちが「凄っ」などと言っている。「インターハイ、強豪に負けて帰って来たといってたけど、BEST4だったの?」
「うん、まあ」
「そりゃBEST4まで残った所はみんなとんでもない強豪ですよ」
 
しかし溝口さんは
「これは村山さんを低く見すぎ」
などと言う。
「村山さんは日本一のシューターです、くらい書くべき」
 
それで浩子さんが監督の西原さんを電話で呼び出す。監督は試合の時以外はめったに練習には顔を出さないらしい。30分ほどでやってきて、船越さんからの紹介状を見せると
「うんうん。連絡は受けてた。ちょっとそのスリーポイントってのを見せてよ」
 
というので実際に撃ってみせる。10本撃って10本とも入る。
「凄っ」
と西原監督は言ったが、溝口さんは
「今日はかなり調子悪いね」
などと言う。
 
「なんで〜?全部入ったのに」と浩子。
「だってバックボードに当たってから入ったのが4本もあった。村山さんの本来の実力なら、全部ダイレクトに放り込む」
「ええ。まだ感覚が完全には戻ってないんですよ。実はまだ1割程度の感覚」
「これで1割なの〜?」
 
「村山君、うちのチームに入ってくれない?」
と西原さん。
「実は7月3日までに登録完了すれば今年度の公式戦に出すことができるんだよ」
 
「部費は月千円だけど試合とかの交通費宿泊費はその都度実費。あとスポーツ保険には必ず入って欲しいからそれが年間1600円。ユニフォームはストックがあるけど個人で持ちたい場合は濃淡セットで16000円」
とキャプテンの浩子が補足説明をする。
 
「いいですよ。溝口さんも居るし、浩子さんたちとは何となく意気投合しちゃったし。ユニフォームは個人のを作ろうかな」
 
「バスケ協会の登録証持ってる?」
「はい」
と言って千里が登録カードを見せると、
「よし、すぐ手続きする」
と監督は言って、その場でノートパソコンを取り出し、登録手続きをした。 
そういう訳で、千里は大学ではバスケはしないつもりだったのだが、千葉市内のクラブチームに籍を置くことになったのであった。
 
 
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