【女子大生たちの縁結び】(上)

前頁次頁目次

 
2009年春。千里は故郷の北海道を出て、千葉のC大学に入学した。これまで性別曖昧な中高生生活をしていたので大学に入ったら、キッパリ女子大生生活にしようと思っていた千里であったが、初日から思わぬトラブルがあり、男装で学校に出て行く羽目になる。それで
 
「女子ですよね?」
と訊かれて千里はつい
「ボク男ですよ」
と答えてしまった。
 
千里がそんなことを言うのでその日は男子のグループに誘われて飲み会に行ったものの場違いを再認識。誘った男の子たちも「この子は違うようだ」と思ったようで、その後一切男子からは誘われなくなった。そして週明け、千里は女子のクラスメイトから和菓子の食べ放題に誘われたのを機に、女子のクラスメイトたちと親しくなっていった。
 

「あ、動かないで、動かないで」
と後ろの席で朱音が言う。
 
千里は今日は教室で腕を取られて指にマニキュアをされていた。
 
「今度は左手ね。右手今塗ったばかりだからすぐには物に触らないようにね」
 
と言って朱音は今度は反対側の手にもマニキュアを塗っていく。
 
「どう? きれいでしょ」
「うん。なんかピカピカしてていいね」
「千里、色白だから、こういう淡い色のエナメルが似合う気がするよ」
 
2009年の春。千里はこんな感じで、しばしば朱音や友紀たちの《おもちゃ》にされていた。
 

その日は朱音・友紀・玲奈と4人でファンシーショップを覗いてから甘味処に行くというコースになった。
 
「こないだ美緒、例の彼氏と一緒に歩いてるの見たよ」
「え?じゃ縒りを戻したの?」
「あ、その件聞いてる。恋人としては別れたんだけどセフレになったんだって」
「はぁ!?」
「どういうこと?」
「なんかセックスの相性が凄くいいらしいのよ。各々その後恋人作ったけど満足できなくてすぐ別れちゃって」
「ちょっと待て。あの後、恋人作って更に別れてって、交際期間は何日間なんだ?」
「で、そんな時ばったり会って、ホテル行こか?うん、行こか、と話がまとまったらしくて」
「懲りない子だなあ」
「さすがに今度はちゃんと付けてやったらしいよ」
「そりゃやる以上は付けなきゃ」
「でお互い凄く気持ちよかったらしくて、また会おうよということで」
「でも恋人じゃないんだ?」
「そうそう。お互いにセックスを処理するだけの目的」
「よく分からん」
 
千里はそんな話を聞きながら、蓮菜が田代君とセフレ状態に陥っていると言っていたことを思い起こし、自分もまた貴司と友だちと言いながら何度かセックスしたことも思い起こしていた。
 

「桃香、今日も教室で見なかったね〜」
「あの子、かなり遅刻が多いというか、丸1日出て来ない日も多い」
「朝が弱い性格みたいね。起きて時計を見たら4時で、朝の4時か夕方の4時かで悩んだとかこないだ言ってたし」
「桃香が朝の4時に起きることはないと思う」
 
「おかげで、だいぶ代返してあげてるなあ」
「出席取る授業は出てないと単位もらえないもんね」
 
女の子同士(千里も含む)のネットワークで出席すべき授業に来てない場合はお互いに代返してあげている。朱音もけっこうバイトで休むので友紀や真帆が代返している。千里はこの時期は男声を使っていたので、彼女たちの代返は利かないはずなのだが、真帆や友紀が代返して先生から咎められたことはないらしい。
 
ファンシーショップで千里がシナモロールのメモ帳やボールペンなどに触って吟味していたら、友紀から
「千里、こういう店に慣れてるっぽい」
などと言われる。
 
「あ、ボク、中学の頃、シナモロールのお財布使ってたんだよね」
「へー!」
「あ、でもシナモロールって男の子キャラだから、男の子が使ってもぎりぎりセーフなのかも」
「確かにそうかも」
 
「でも今使ってるのも、なんか可愛いよね」
「ああ、これ?」
と言って千里は愛用のミッキーマウスのトートバッグの中からお財布を出してみせる。
 
「ちょっと見せて」
「これ、LizLisaだ」
「うん。高校時代に恋人からバースデイプレゼントにもらったんだよ。別れちゃったけど、お財布はそのまま使っている」
 
「うーん・・・」
と言って、朱音たちが悩んでいる。
 
「ね、その千里にプレゼントしてくれた恋人って、男の子?女の子?」
「え?えへへ、えへへへ」
 
千里の反応に朱音たちは顔を見合わせていた。
 

甘味処では朱音は抹茶パフェとコーラ、友紀は黒蜜トコロテンとみたらし団子のセット、玲奈はクリームあんみつと磯辺焼きのセット、千里は白玉ぜんざいと抹茶のセットを頼んだ。
 
「千里が少食なのはだいたい分かったな」
という声が出る。
 
「甘いのが苦手で辛党ってわけじゃないよね?」
「うん。お酒は基本的に苦手〜」
「一度男の子たちの飲み会に行ってたよね?」
「1度だけね。ひたすら烏龍茶飲んでた」
「なるほど」
「でも男の子たちの話題に付いていけなかったよ」
「ふむふむ」
 
「やはり千里って女の子と話してることが多かったんだ?」
「そうだね〜。ボク、小学校の頃から女の子の友だちしかできたことないよ」
「ああ、やはりそういう傾向か」
 
「千里女装するよね?」
「そんなの、しないよぉ」
「いや、それは絶対嘘だ」
 
「スカート穿いたことない?」
「無い無い」
「スカート貸してあげるから穿いてみない?」
「勘弁して〜」
 
「千里ウェストはいくつ?」
「59かな」
「・・・・・」
 
「69じゃなくて?」
「ズボン買うのに困るんだよねぇ。63くらいからしか普通置いてないから」
「・・・・・」
 
「ちょっと整理しておきたいのだが」
と考えるようにして玲奈が言った。
 
「59とか63とかいうズボンって、それ紳士用かなぁ」
「紳士服のズボンだと73か76くらいしか無かったと思う」
と千里。
 
「つまり千里はメンズのズボンを穿いてるのかなぁ、それとも?」
「えー?ボクがメンズ穿く訳ないじゃん」
「ふむふむ」
 

「そういう訳で、私が両親の代理込みで結婚式に出席することになったから」
と千里は従姉の愛子に電話して言った。
 
6月下旬に愛子の姉・吉子が結婚するのである。
「うん、聞いた聞いた。よろしくねー」
と愛子は答える。
 
「でも、びっくりしたよ」と千里は言うが
「私もびっくりしたー」と愛子も言う。
 
「彼氏はどんな人?」
「私も実はよく知らないんだけどね」
「うん」
「化学製品を色々作っている会社に勤めているらしい」
「合成樹脂とか化学繊維とか?」
 
「あ、そんな感じみたい。実は今年の春に転職したばかりらしいのよね」
「あらあら」
「それで向こうもまだ職場に慣れる前だしというので結婚には消極的だったらしいけど、できちゃったからにはちゃんと結婚するって」
 
「結婚に消極的なら、ちゃんと避妊もしなきゃねー」
「あ、それは私も姉貴に言った」
 

「それでちょっと相談なんだけどね」
と千里は言った。
 
「私、何着て出席すればいいかなあと思って」
「うん?」
「高校時代に2度知り合いの結婚披露宴に出た時は制服で出たんだけどね。礼服作んなきゃいけないかなと思いつつ、どんなの作るべきかと少し悩んでいて・・・」
 
その千里の躊躇うような言い方で愛子は察してくれた感じであった。
 
「《どんなの》じゃなくて《どっち》かを悩んでいるんでしょ?」
「うん、まあ」
「男物か女物かということだよね?」
「うん。実はそうなの。こういうこと相談できるの愛子ちゃん以外に無いなあと思って実は今日は電話したのよ」
 
「あのさぁ、千里」
「うん」
「千里、まさか男装とかして結婚式に出るつもりじゃないよね?」
 
千里は相好を崩す。
 
「レディスでいい?」
「私はそのつもりだったよ」
「披露宴は何時からだっけ?」
「結婚式が夕方5時半からで披露宴は6時半から」
「じゃイブニングドレスになる? それとも和服?」
 
「うちの母ちゃんはもちろん黒留袖だし、おばちゃんたちは色留袖らしいけど、私たちの世代は洋装にしようよ。和装は大変だしさ。それで実は女性親族の衣装をまとめて頼もうかと言っているんだよ。面倒くさいじゃん。うっかり序列と服のレベルが合ってなかったらやばいしさ」
「ああ、それ難しそう」
 
「だから身長とスリーサイズ教えて」
「身長は168cm, スリーサイズはB80W60H85くらいかな」
「了解」
「あ、念のためバスト88くらいにしてもらった方がいいかも」
「了解了解」
 
私の体形って《ある問題》の後遺症で突然変わることあるからなぁ。サイズが足りなかったら、パッド入れるならブレストフォーム付けて行くなり、すればいいし、と千里は思ってサイズを言い直した。
 
「でも千里さ、高校の時に制服で結婚式に出たって、それ男子制服?女子制服?」
「え? あははは」
「ふーん、女子制服を着て出席したのか」
「えへへ」
 

「ところで、結婚式の場所はどこだっけ? 茨城(いばらき)って聞いたけど、水戸かどこか?」
「違う違う。大阪の茨木(いばらき)だよ」
「えーー!?」
 
「音で聞いたら分からないよね」
「でも何でそんな遠い所の人と。高校か大学の時の知り合い?」
「ううん。ネットで知り合ったんだよ。ふたりとも考古学だか民俗学だかに興味があるらしくて」
「へー」
「一緒に田舎の方をフィールドワークしてたらしいよ」
「ほほぉ」
 

ところで大学の1年生の授業には体育の時間もある。千里は前期はソフトボールを選択した。体育の授業の服装は、特に指定の体操服とかは無いのでジャージなど動きやすい服装であれば何でも可ということだった。
 
授業の前後に着替える子と、体育のある日は朝からそういう服を着てきている子とがいたが、千里は着替えるのは色々問題があるよなと思って、朝から着てきていた。
 
授業は男女合同である。千里が選択した時間にソフトボールをやる子は全部で24人いたので12人ずつでチーム分けした。内野4人・外野6人に投手・捕手ということにする。
 
「この中で野球とかしてた人?」
と訊かれるが誰も手を挙げない。
 
「じゃ中学や高校で野球部じゃなくても運動部だった人?」
と訊かれるが反応無し。
 
ところがそこで宮原君が
「あ、村山君、バスケット部だったとか言ってなかった?」
と千里に声を掛ける。
 
「うん、まあ」
 
それで取り敢えず投げてみてよと言われてピッチャーズプレートに行く。他の子が適当に内外野に散る。やれやれ、結局やることになるのか。それでホームベースの所に座った紙屋君のミットめがけて投げる。
 
バン!という鋭い音がして、一瞬紙屋君が体勢を崩しボールをこぼす。 
「あ、ごめーん」
と千里は言ったが
「いや、今のは僕の体勢が悪かった。次はちゃんと捕る」
と言って投げ返すので、再度投げる。今度は紙屋君もちゃんと捕る。
 
「村山、ウィンドミルができるんだ?」
と1塁に入っている渡辺君が言う。
 
「うん。小学校の時に習った」
「凄い。それにボールが速い!」
と渡辺君。
「うん。速いしボールが凄い重たい。さすが元運動部。これ簡単には打てないよ」
とキャッチャーの紙屋君は言った。
 

ゲームが始まると、実際、誰も千里のボールを打てない。相手チームは三振か内野ゴロばかりである。もっとも内野を守っているのがみんな素人ばかりなので後逸したりして何度かランナーが出たものの、後続をピシャリと押さえて、2塁も踏ませなかった。
 
一応3回まで投げたところで、紙屋君と交代し(キャッチャーは渡辺君がして)、千里は4回以降はショートに入ったが、千里は守備範囲が広いし、ショートの深い所に飛んだ球を1塁に矢のような速度でしかもストライクで送球するので、普通ならヒットになってそうなものもかなりアウトにした。
 
千里のすぐ後ろ、左センターの位置で守っていた友紀が「立っているだけで済んで楽だった」などと言っていた。
 
「村山君、すごくコントロールがいいね」
と千里の玉を受けていた紙屋君が言う。
 
「ミットを構えている所にジャスト来るから、ほとんどミット動かす必要が無かったんだよ。内角ギリギリとか外角ギリギリとかにもピタリと入れてきてたし。あれでみんな三振の山を築いてた」
 
「そうね。ボク、デッドボールを出したことないから」
「あ、けっこうソフトボールやってたんだ?それとも野球?」
「ソフトは昔少しやってた。小学校の時、野球部に入れてくださいと言ったら、野球部は男子だけだからと言われて、女子のソフトボール部の練習に参加してたんだよね。正式部員じゃなかったんだけど」
と千里はうっかり言ってしまう。
 
「・・・・」
「村山、やはり女なんだっけ?」
「え?男ですけど」
 
と千里は言ったものの、紙屋君と渡辺君が顔を見合わせている。少し離れた所で宮原君や友紀が何だか頷いていた。
 

千里は大学に自転車で通学しているのだが、その途中に市民体育館がある。そこがずっと気になっていたのだが、ある日とうとう千里はその体育館の駐輪場に自転車を駐め、中に入ってみた。
 
中でバレーをやっているグループ、卓球をやっているグループ、マット運動をやっている人などがいる。
 
千里がそれをじっと見ていたら、受付の人が
「どちらのグループですか?」
と訊いた。
 
「あ、いえ個人なんですけど」
「予約はしてます?」
「いいえ」
「でしたら、こちらに名前書いてください。何の競技をしますか?」
「あ、えっと、バスケットの練習していいですか?」
「17時までの1時間ならバスケットのゴールの所使えますよ」
「ではお願いします。バスケットのボールも借りられますか?」
「ええ。ではコート使用料が200円とボール代50円で」
「はい」
 
それで千里はお金を払い、ボールを借りて体育館の中に入った。今日はシューズを持って来てないので裸足になる。ボールをドリブルする。興奮する感覚が一瞬にして戻ってくる。それでコートの中を走る。そしてスリーポイントラインの外に立つ。ボールをセットして、撃つ!
 
ボールはリングには当たったものの、外側に落ちてしまった。
 
うーん。やはり数ヶ月のブランクのせいかな。筋肉も完璧に落ちちゃってるし。少し鍛え直さなきゃ。
 
ネットの下で弾んでいるボールを見て、千里は微笑んだ。
 

5月下旬のある日、千里が大学で体育の授業でソフトボールをやっていたら突然雨が降ってきた。もう授業時間も残り30分だったので、今日はもうこれで終わります、ということになる。みんな急いで校舎に戻る。
 
参ったぁ、ずぶ濡れだ。これは着替えなきゃ。
 
みんな着替えるのに男女別に更衣室に入っていく。千里がそれを見て立っていたら、宮原君が声を掛けてくれた。
 
「村山、着替えないの? 着替えある?」
「あ、うん、あるよ」
と千里は笑顔で返事したが
「着替える前にトイレに行ってくる。じゃ、また」
と言って、千里はみんなとは別の方角に行った。
 

知っている人と遭遇しないように、2階に上がる。多目的トイレを使いたかったのだが、あいにくふさがっている。参ったなあ。意を決して男子トイレに入ろうとしたら、ちょうど中から出て来た男の子に
 
「ちょっとちょっと、こっちは男子トイレ」
と言われてしまった。
 
多目的トイレが開くのを待っていると身体が冷える。仕方無い!
 
千里は女子トイレに入った。列ができているのでその最後尾に並ぶ。むろん千里がそこに居ても誰も騒がない。やれやれ。千里はじっと列が進むのを待った。 

5分ほどで列ははけて、個室に入る。取り敢えず着ている服を全部脱ぎ、それから身体が冷えてホントに尿意もきていたので、おしっこをしてペーパーで拭く。それから新しい下着を身につけ、カットソーとジーンズを穿いた。濡れた下着とジャージ上下をビニール袋に入れてからスポーツバッグに収める。流して個室から出る。
 
すると目の前に何と友紀が居る。千里が笑顔で手を振ると友紀も手を振り、千里と入れ替わりに個室に消えた。それで手を洗って外に出たが、後から友紀に追及されるかもと冷や汗を掻いた。
 

それでトイレの外に出て「ふぅ」と息を付いたら
 
「あれ?村山君?」
と声を掛けられる。
 
ぎょっとして振り向くと、紙屋君だ! えーん。せっかく他の子と会わないようにと思って別の階に来たのに、友紀に逢うし紙屋君にまで逢うし。 
「あ、どもー」
「今、村山君、女子トイレから出て来なかった?」
「気のせい!気のせい!」
 
と言って千里は笑顔で手を振ると、次の教室へ向かった。
 

6月の上旬頃、家庭教師のバイトを終えて、いったん千葉駅まで出て、バス乗場で自分のアパート方面に行くバスを待っていたら、近くになんと桃香が来た。ぎょっとする。こちらはブラウスにスカート、パンプスといった格好である。やっばー、何と言い訳しよう?と思ったものの、どうも桃香はこちらを認識してない雰囲気である。
 
千里はこの時期は大学には一貫して男装して出て行っている。髪も伸ばしかけてはいるが、まだまだ短い状態である。しかし今千里はふつうに女の子の格好をしているし、髪も女性のショートヘアである。お化粧もしている。これでは同一人物とは思えないか、と考え直した。
 
桃香の携帯が鳴る。どうも音声着信のようだが、桃香は取らない。それで何度も掛かってくる。桃香はため息をつくと、とうとう電話に出た。
 
「はい」
とぶっきらぼうに答える。
 
「うん。だから悪いけど、私たちはもう終わったんだよ。ただの友だちというのであれば付き合ってもいいけど、もう恋人には戻れない。それは分かって欲しい」
と桃香。
 
向こうは何か訴えている模様。
 
「うん。今こちらに出て来られても私は会わないよ」
と桃香は言ったのだが
 
「え〜〜!?今もう千葉駅に居るの?」
と本当に驚いたような様子。
 
電話を切る。桃香はどこかに移動しようかとも思った感じであったが、やがてここで対決して、きっぱり話をする選択にしたようである。
 
やがてその恋人らしき女の子!?がやってくる。人目があるにも関わらず彼女は桃香に抱きつこうとしたが桃香は拒否した。
 
ふたりは結構激しくやりあっている。周囲の人はみんな石化している。 
女の子は桃香に涙を流しながら自分がいかに桃香を好きかということを訴えているが、桃香はもうこの恋は終わったのだと言ってあくまで冷静だ。話し合いは15分以上続いた。千里はふたりのやりとりを自分と貴司との関係に置き換えて考えてしまい、ちょっとこちらまで涙が出た。
 
するとその様子を見たのか、彼女が千里を見て
「あれ?もしかして、そちら桃香の何か?」
などと言った。
 
すると桃香はつかつかと千里の所まで歩いてくると、いきなり千里にキスをした。何〜〜〜!?
 
千里は突然のことで抵抗できず、そのままキスされていた。
 
「弥生。そういう訳で、私は今この子と恋人関係なんだ。だから弥生の気持ちには応えられない」
 
すると弥生と呼ばれた女の子は
「そうだったの。ごめんね」
と言った。
 
「友だちでは居てくれる?」
「うん。友だちならいいよ」
「分かった。自分の気持ちを少し整理してみる」
 
それで弥生は泣き顔で駅の方に戻ろうとする。
 
「あ、待って、弥生。汽車賃、半分出してあげるよ」
と言って、桃香は財布から1万円札を3枚出して彼女に渡した。
 
「ありがとう。桃香優しいね。でもちょっと多いよ」
「ラーメンでも食べてから帰りなよ。千葉のラーメンも美味しいよ」
「そうする。ごめんね」
「気をつけて。変なこと考えないよね」
「うん。大丈夫だと思う。ね、握手していい?」
「いいよ」
 
それでふたりは握手をして別れた。
 

彼女を見送ってから、桃香は千里に言った。
 
「済みません。突然変な事しちゃって」
「男にキスされたんじゃないから、このくらいいいですよ」
と千里はバレないように女声で答える。
 
「学生さん?お勤め?」
「市内の神社で巫女さんしてるんですよ」
「巫女さんか・・・・。彼女、新しい恋人を見つけられるかとか占えます?」
「いいですよ」
と言って千里はバッグの中から『TAROT OF THE OLD PATH』というタロットを取り出す。このタロットはとても優しい絵柄なので千里のお気に入りのタロットのひとつだが、少しレスビアン色があるのである。こういう案件を占うには最適だと思った。
 
1枚引く。
 
「運命の輪。彼女次第ですね。ちゃんと心の目を開いて見ていれば良き人と巡り会えますよ」
 
「そうかも知れない。あの子、いったん夢中になると回りが見えなくなるんですよ」
「彼女、あなたと同じ携帯ストラップしてましたね」
「ええ。実はペアで買ったんです。でも外しちゃおうかなあ」
「友情の印ってことにしちゃえばいいんじゃないですか?」
「うん。私もそのつもりだったんだけど」
 
千里はもう1枚カードを引いた。
 
「それは?」
と桃香が尋ねる。
 
「あなた自身の運命を引いてみました。よけいなお世話かも知れないけど」
「いや、教えてください」
「女帝。ちょっと面白いカードですね」
「というと」
「普通の女性の枠組みから少し外れるような人を恋人にするかも」
「なるほど。私も実は変わった子が好きなんですよ」
「いい人が見つかるといいですね」
 
「ありがとう。私、あまり占いって信じないんだけど、あなたの占いは何だか当たりそうな気がする。あ、見料は?」
「じゃ、そこに持っておられるマクドナルドのクーポンで」
「あ?こんなのでいいの? じゃ」
 
と言って桃香は手に持っていたクーポンを千里に渡した。その時千里はそれを受け取り自分のバッグに入れようとして、うっかりバッグの上の方に入っていたミントのスプレーを押してしまう。
 
「あ、ごめんなさい」
「いえいえ」
 
ミントのスプレーはまともに桃香に掛かってしまったのだが、その時千里は、桃香の身体から何かが剥がれ落ちるような雰囲気を感じた。
 
ちょうどバスが来たので千里は目的地も見ずに「あ、バスが来たから」と言って、桃香に挨拶してバスに乗った。
 
『今桃香から剥がれ落ちたの何だろ?』
『妖怪の類』
『妖怪〜!?』
『あの子、いろいろ憑けてたよ。あまり関わりにならない方がいいよ』
『でも友だちなんだよ』
『だったら祓ってあげるか』
『どうやって?』
『そうだなあ』
 
《りくちゃん》もすぐにはいいアイデアが浮かばないようであった。
 
千里はバスに揺られながら考えていた。
 
さっきのタロット。
 
女帝ってカードは女装者を表すこともあるカードだよな。。。。
 
まさかね。
 
しかし女の子にキスされたのなんて初めて!
 
千里は実はまだちょっと心臓がどきどきしていたので、その感覚を忘れない内にバスの座席でバッグから五線紙を取り出すと、そこに音符を書き込み始めた。その五線紙のタイトルの所には『マルスに吹く風』というタイトルだけが記入されていた。こういうタイトル指定で曲を作ってくれという依頼だったのである。 

バスは結構走っていたような気がする。やがて終点と言われたので降りたら都賀駅だ。あれ〜? こんな近く? たくさん乗った気がしたのにあまり時間が経ってなかったのかな??
 
取り敢えず曲がまだ未完成なので近くのマクドナルドに入り、フィレオフィッシュのサラダセットを頼んで、それを食べながら曲の続きを書く。メインのメロディーとサビは書いているので、それをもとに楽曲を構成していく。歌うユニットがとても歌唱力のあるユニットなので、その実力をよく引き出すように作り込む。特に音域の広い、S1,S2の2人には敢えて3オクターブほどの音域を使わせる。 
千里はその作業をそこで2時間近くやっていた。
 
ワンオーダーではねばりすぎだよなと思い、追加でシャカシャカチキンとコーヒーを頼み、テーブルに戻った所で、向かい側のテーブルに見知った顔があるのに気付きドキッとした。
 
千里が反応したので、そのテーブルに居た彼はこちらにやってきた。
 
「村山君だよね?」
と紙屋君は言った。
 
「あははは、見なかったことにしといて」
と千里は焦って言う。
 
「可愛いよ!」
 
紙屋君は、千里が作業中みたいだから声は掛けないよと言って、自分のテーブルに戻った。千里も彼のことは忘れて譜面に集中し、それから更に2時間ほど掛けて、もう閉店の時刻です、という声を聞いたあたりで、ようやく曲はまとまってきた。
 

閉店なので、紙屋君と一緒にマクドナルドを出た。
 
「作業は終わったの?」
「うん。だいたいね。後は自宅に戻ってパソコンに入力した上で調整するよ」
「どうやって帰る?」
「うーん。タクシーかなあ。JRもモノレールも終わっちゃってるし」
「じゃ、相乗りしていかない?」
「でも私、変な所に住んでるよ?」
「変な所って、ダンボールハウスとか?」
 
千里は吹きだした。
 
「ダンボールハウス並みにオンボロかも知れないけど、一応住所のある家だよ。ただ、私**町なんだよね」
「大学から遠いね! 地元だったっけ?」
「ううん。私、北海道」
「あ、じゃ、親戚の家とか?」
「ううん。格安物件だったからなんだよ」
「へー。でもそしたら、村山君のアパートに寄ってから、僕のアパートに行ってもらえばいいよ」
 
「提案。その順序が逆なら相乗りしていい」
「うん、それでいいよ」
 

駅前に居たタクシーに乗り、**町経由**町と告げる。
 
「ねえ、村山君のこと誰にも言わないからさ」
「うん」
「明日また会ってくれない?今日みたいな感じの格好で」
 
ふーん。中身が男と承知で、デートの誘い? まあ会うくらいはいいよね。私、貴司にふられたし。
 
「明日、というか今日はさっきの譜面を調整して納品しないといけないんだよ。日曜ならいいよ」
 
「じゃ、日曜の11時。千葉駅前で会わない?」
「千葉駅は人に遭遇しそうだから、どこか他の駅で」
「じゃ・・・都賀駅前で」
「いいよ」
 

しかし先週貴司に振られたばかりだというのに、今日は女の子にキスされるわ、男の子にデートに誘われるわ。まあ私はレスビアンじゃないから桃香と恋愛する可能性はないだろうけど、他の男の子とちょっとデートしてみるのもいいよね? 
千里は土曜日いっぱいかけてKARIONのアルバム用の楽曲を作り上げ、データを仲介してくれている新島鈴世さんに送信した。そしてぐっすり寝て日曜は朝から美容液パックした上でゆっくりとメイクし、セミロングのウィッグを着けて都賀駅に行った。金曜日は家庭教師の帰りだったので清楚なブラウスにスカート、普段使いのパンプスだったが、今日は花柄のワンピースに可愛いめのサンダルで髪はシュシュでまとめている。
 
紙屋君は10:50に車でやってきた。
「待たせちゃった?」
「ううん。私も今来たところ」
「よかったらドライブしない?」
「いいよ」
 
紙屋君が助手席のドアを開けるので彼のフィットの助手席に乗った。
 

「髪が長いね」
「伸ばしたいんだけどね。まだまだ短いからウィッグ」
「金曜日より長い気がする」
「うん。何種類かのウィッグを気分次第で使うんだよ」
 
「僕さ、クラス分けの日に村山君見た瞬間、村山君が女装している姿を想像しちゃったんだよね。この子、ほんとに女装しないのかなぁ、ってずっと思ってた。けっこう女装するんでしょ? なんか不自然さが無いもん」
 
「うーん。まあ、好きかな。でも私、女の子の声が出せないんだよね。だから声を出すような場面のある場所には行けないんだよ。だからハンバーガー屋さんとかは、指で差してオーダーするの」
 
「へー。でも実際、声聞かない限りはバレないと思うよ」
 

「ね、村山君って苗字で呼ぶのもあれだし」
「千里って呼んでいいよ」
「じゃ、僕のことも清紀って呼んでよ」
「うん」
 
結局彼の車に乗って東京ドイツ村まで行った。
 
「へー。ドイツ村なんて初めて来た」
「実は僕も初めて」
 
「ガソリン代・高速代を清紀君が出してくれたから入場料は私が出すよ」
と言って入場券とアトラクションの回数券を買う。回数券は取り敢えず1綴り買い、使ったらまた園内で買えばいいよねということにした。
 
「だけど《東京》を名乗るには東京から随分遠いね」
「東京ディズニーランドとか新東京国際空港とか、看板に偽りがあるよなあ」
 
取り敢えず中に入り園内を散歩した。
 
「・・・・」
「ね?」
「うん」
「どのあたりがドイツなのかな・・・」
「僕もよく分からない」
 
ずっと歩いて行くとスーパーチェアというのがあったので一緒に乗る。 
「まぁ普通の遊園地と思えば」
「そうだねー」
 
などと言いながら歩いて行くと、やがて観覧車がある。
 
「観覧車って、遊園地の最後に乗りたいけど」
「ここが一番奥っぽい」
 
取り敢えず乗る。
 

「でも男の子と一緒に居る感じがしない」
と紙屋君は言う。
 
「まぁ、そんなこともあるかもね」
と千里は答える。
 
「実は本当に女の子なのに、男の振りをしてたなんてことはないよね?」
「どうかな?」
と言って千里は微笑む。紙屋君がドキッとするのが分かった。
 
「清紀君、将来何になりたいの?」
「理学部ってあまり明確な進路が無いんだよね。学校の先生というのは一応考えているから教職に必要な課程は取っておくつもりだけどね。研究者になるほどの頭は無いし。コンピュータのソフト技術者か、あるいは専門とは無関係に一般の営業職なり技術職なり」
 
「教職考えている人は結構居るけど、あれも狭き門だもんね」
「まあ門が広い所は辞める人も多い」
「確かに」
 
「千里ちゃんは何になりたいの?」
「私ね・・・・実は大きな問題があってさ」
「うん」
「男として就職する自信が無いんだよね」
 
「・・・千里ちゃん、教室でもだいたい女子とばかり話してるよね」
「うん。中学や高校でもそんな感じだったんだよ」
「いっそ、女として就職しちゃったら? 女で通りそうな気がする」
「高校の友だちに、いつもそれ唆されてた」
 
「・・・・千里ちゃん、恋愛対象はもしかして男の子?」
「まあ、女の子と恋愛したことは無いよ。女の子とは友だちにしかならないから」
「なるほどねー」
 

「金曜日は何か楽譜書いてたね。バイトなの?」
「そうそう。譜面をとりまとめて1曲1万円という割と美味しい商売」
「へー。そんなのがあるんだね」
「ふつうは音楽大学の学生とかがやるんだけどね。ちょっとコネでやらせてもらってるんだよ」
「ああ、コネはいいなあ」
「でも音楽理論はかなり勉強したよ、さすがに。あまり有名なところでなければ音楽大学に合格する自信あるよ。芸大とかは無理だけどね」
「楽器は何かするの?」
「ピアノはまあまあ弾くけど、ほぼ自己流だよ。ヴァイオリンは弾くけど下手だし。あとはフルートくらいかなあ」
「いろいろ、やってるじゃん!」
 
その日は結局、園内を散歩したり、ボートを漕いだりして時間を過ごした。(ボートに3回乗って回数券を使い切った!)お昼は園内でピザを食べたが、メニューもドイツとは関係無さそうで物産コーナーにはドイツならぬ千葉の物産が並び、ふたりで「うーん」と悩んで眺めていた。
 
帰りはアクアラインを渡り、海ほたるで休憩してお茶を飲んだ後、対岸の川崎に出て川崎市郊外のファミレスで夕食を取った。最後は千葉駅まで送ってもらったが
 
「また会ってくれる?」
「いいよ」
と会話を交わして、握手して別れた。
 

6月中旬の水曜日、千里が市民体育館でジャージにバッシューを履き、マイボールでドリブルやシュートの練習をしていたら、そこにやはりバスケットをやるっぽい女の子が3人入って来た。
 
「すみませーん。こっちのゴール使ってもいいですか?」
と訊かれるので千里は
「どうぞー。私はこちらのゴール使ってますから」
と答える。
 
それで彼女たちは千里が使っているのと反対側のゴール付近で練習を始めた。そして10分ほど練習していた時、再び彼女たちが声を掛けてくる。
 
「そちらひとりですか?」
「そうですよ」
「よかったら2on2やりませんか?」
「あ、いいですね」
 
千里も実はパスする相手が欲しいと思っていたのである。
 
それで向こうの浩子さんという人と千里が組み、夏美さんという人と夢香さんという人相手に2対2の攻防戦をする。
 
千里が浩子の方を見ずにいきなりパスしたりするので、最初彼女も「わっ」という感じで、あやうく取り損ねるところだったが2度目からはしっかり取ってくれるようになる。
 
「千里さん、フェイントすごーい!」
「夏美、全部抜かれてたね」
 
「ちょっと組合せ変えません?」
ということで、千里・夏美 vs 浩子・夢香の対決にする。浩子は確かに夏美より、かなり上手い感じだ。それでも千里は100%浩子を抜いた。
 
「かなわない! もしかしてプロですか?」
「ただの素人ですよ」
「いや、素人は有り得ない」
 
「高校時代にバスケ部だったんですよ」
「今はどこかの企業チームかクラブチーム?」
「どこにも入ってないです」
「お勤め?」
「大学生ですよ」
「そちらの大学にはバスケ部は?」
「あるみたいだけど、やるつもりはないです。理系なんで勉強が忙しいんですよ。だから時間の取れた時だけ、ちょっとひとりで汗流してるんです」
 
「だったらもしよかったら、時間の合う時だけでも一緒に練習しません?ひとりじゃ、パスとかリバウンドの練習できないでしょ?」
「うん。それはあるんですけどねー」
「私たち、だいたい毎週月曜・水曜・金曜のこのくらいの時間に練習してるんです」
「じゃ、たまたま出会ったら」
「ええ、それでいいです」
 
「クラブチームか何か作ってるんですか?」
「千葉ローキューツって言うんですけどね」
「ローキューツ?」
「籠球とcuteを合成したことばで」
と浩子が頭を掻きながら言う。
 
「あ、いいんじゃないですか?」
「メンバーは登録してる人は15人くらい居るんですけど、練習に出て来てるのはだいたいこの3人で」
「たまに出てくる子があと1人」
「まあその子が凄く巧いんだけど」
「今度彼女が出て来た時に手合わせしてくださいよ」
「残りは試合の時の人数合わせに近い状態で」
「ああ、クラブ活動って、そんなものかもですね」
「もうひとり上手い人がいるけどずっと入院してるんですよね」
「それは大変ですね」
 

千里は1時間だけの練習ということで借りていたのだが、結局ローキューツの練習に合流する形で、3時間近く一緒に汗を流した。
 
かなり汗を掻いたので体育館付属の更衣室で着替えてから帰るが
「ちょっとお茶でも飲んできません?」
と誘われた。
 
結局マクドナルドに入るが、千里が「あ、クーポンあるよ」と言って先日桃香からもらったクーポンを出すので、それを使ってみんな適当に注文した。運動した後なのでお腹が空いたのか、ビッグマックのセットとか、クォーターパウンダーとか頼んでいる。千里もベーコンレタスバーガーのサラダセット(ドリンクは爽健美茶)を頼み、途中でドリンクはお代わりした。
 
「千里さん、凄くうまい」
「パスもシュートも正確」
「スリーポイントが凄いですね。ほとんど外さない」
「まあ、フリーで撃てばですね」
「私たちのレベルではフリーになっちゃう!」
 
「高校は結構強い所に居たのでは?」
「そうだなあ。インターハイには行きましたけど、あえなく強豪に負けて帰ってきました」
「いや。インターハイに行けるのが凄い」
「ですよー。ふつうはインターハイなんて、漫画か何かの世界だもん」
「うちじゃ浩子だけだよね?インターハイ行ったのは」
「1度だけね。強豪同士が潰し合って棚ボタで行けたけど1回戦であえなく負けて帰って来た」
 
「千里さん、あれだけスリーを入れられたらシューティングガードでしょ?」
「私、身長も無いし、体格も無いから、ゴールの近くに寄ったら勝負にならないから、遠くから撃つの専門で」
「いや、あれだけスリー入れられるのなら近くに寄る必要ないです」
 
「うちのチームに欲しいなあ」
「試合の時だけでも出てきません?」
「あはは。その件はまた後日検討ということで」
「バスケ協会の登録証持ってますよね?」
「ありますよ」
と言って千里はバッグの中からカード入れを出して、そこから登録証を出す。 
「おっ写真付きだ」
「選手で写真まで付けてる人は珍しいですね」
「私と似た名前の人が居て、少しトラブったんですよ。それで写真を付けておくことにしたんです」
「ああ、そういうこともあるんですね」
 
「へー。北海道の高校ですか」
 
とカードの裏を見て浩子が言う。カードの裏面には《旭川N高校バスケット部(女子)》と書かれたシールがまだ貼られている。
 
ああ、さすがに千葉では北海道の高校の名前は知られてないよなというので千里も少し気楽である。
 
「選手登録されてるんだったら、今月中にチーム登録したら試合に出られるよね?」
「うんうん」
「もし他のチームに登録するつもりがなかったら、登録だけでもうちに登録してくれません?」
「うーん。それはさすがに少し考えさせて」
「じゃ、月末にもう一度連絡していいですか?」
「いいですよ」
 
それで千里は浩子と携帯の番号とメールアドレスを交換した。
 

6月20日(土)。紙屋君と3度目のデートをした。
 
先週2度目のデートでは東京に出て渋谷の町を一緒に歩いたり、新宿のライブハウスで食事をしたりした。この日はディズニーランドに行こうよと言われ、朝から舞浜まで出かけて行った。ドイツ村に行った時は目的地を知らなかったので花柄のワンピース、先週は東京の街ということでゴシック系のドレスを着て行ったが、今日は動きやすいようにオリーブデオリーブのポロシャツとミニスカである。靴もミズノ製のピンクのウォーキングシューズである。
 
パスポートおごるよと言われたものの、高いし悪いよということで割り勘にする。その代わり食事はおごってあげるよということだったので、それは受け入れる。 
ドイツ村と違って楽しめるアトラクションがたくさんある。軽くスペースマウンテンに乗ってから、ホーンテッドマンション、イッツアスモールワールドなどを見て歩く。アトラクションに乗ることが目的ではなく、楽しい時間をすごすことが目的なので、あとはあまり並ばなくても良さそうなところがあれば入ってみるというパターンで、半分は散策目的という感じになった。
 
和食の店で海鮮丼を食べてお昼御飯にした後は、アトラクションにも乗らずに偶然空いたベンチに座り、いろいろおしゃべりした。話の内容は彼の中高生時代の話が主で、千里はもっぱら相槌を打っていた。
 

「なんか結構曇ってきたね」
「まだ早いけど出ようか」
と言って午後4時頃、園外に出た。
 
「少し早いけど、晩御飯でも食べようか?」
「そうだね」
 
というので、車で少し走って習志野市内のイタリアンレストランに入り、パスタとピザを食べた。ワイン飲む?と訊かれたが、未成年だし清紀君は運転するから飲めないし、私ひとりだけ飲むのは悪いよと言って、コーラで乾杯した。 
食事が終わる頃になって言われる。
「ね、ホテル行かない?」
 
ドキっとする。今日は3回目のデートだ。私は他人にはさんざん3回目のデートまでにはセックスしちゃえよ、などと煽っている。
 
「私、男の子だよ」
「構わないよ。コンちゃんも持ってるし」
 

無言の同意をした感じになった。彼の車で、何だかお城みたいな形をしたホテルに行った。中の部屋に入ると中身もファンタジーな作りである。童話の世界にでも入り込んだような感じ。女の子受けする感じだ。
 
「先にお風呂入りなよ」
と言われる。
 
まあここまで来ちゃったら仕方無いよな。でも私の身体見たらびっくりされるかな・・・。そんなことを考えながらシャワーを浴びた。一応服を着て浴室から出てくる。
 
「じゃ、ベッドの中で待っててよ。僕も汗流してくる」
「うん」
 
それで彼が浴室に入った間に千里は服を脱ぎ、裸になってベッドにもぐりこんだ。やがて彼が浴室から出てくる。灯りを消しているが、窓から入るわずかな光で見る感じ裸のようだ。
 
「寝ちゃった?」
「起きてるよ」
「していいよね?」
「うん」
 
それで彼はベッドの中に入って来た。
 
「あれ?千里ちゃん、おっぱいあるんだ?」
「うん」
「へー。豊胸手術とかしたの?」
「ううん。ホルモンだよ」
「ホルモンでここまで大きくなるって、かなりやってたんだ?」
「そうだね。中1の時からだから」
「すごーい」
 
と言ってその乳首を舐めてくれる。きゃー、結構気持ち良い。これ貴司よりうまいかも。と思いながら千里は彼に乳首を舐められていた。彼は右の乳首を舐めながら左の乳首は指でいじってくれる。これもまた気持ちいい。あーん私入れられる前に逝っちゃいそう。
 
千里がかなり感じているふうなので彼はおそるおそる手を下の方に手を伸ばしてきた。何かを探している感じ。
 
「・・・千里ちゃん、おちんちんどこ?」
「え?無いけど」
「えーー? なんで?」
「なんでと言われても・・・」
「性転換手術しちゃったの?」
「うん」
「うっそー!? そこまでしてる人がなぜ大学に男の格好で出てくる?」
「うーん。なりゆきというか」
「ふだん、女の子の格好で出歩いているんでしょ?」
「うん」
「だったら、大学にもそういう格好で出てくればいいのに」
「だよねー」
 
「でもごめん、僕、おちんちんのない子には性欲が湧かない」
「えーーー!?」
 

結局、ベッドから出て服を着てお茶を飲む。紙屋君は千里の裸体を見て 
「すごくきれい。僕がふつうの男の子なら、その場でやっちゃいたくなっていたと思う」
と言ってくれた。
 
「ごめんねー。私が女の子の身体だって言ってなくて」
「ううん。でも千里ちゃん、ふつうに女の子の格好で大学に来てれば、きっとデートに誘う男の子がいると思うよ」
 
「そうだなあ。それもちょっと面倒くさいけど」
「・・・もしかして、好きな男の子いるの?」
「好きなのかなあ。自分でも分からなくなることある。とりあえずこないだ、私振られたんだよ。恋人できたと言われて」
 
「でもまだ諦めてないんでしょ?」
「かも知れない」
「だったら頑張ればいい。彼が結婚しちゃうまでは挽回のチャンスはあるよ」
「そうだよねー」
 
「でもこうしていると、千里ちゃんって元男の子だったというのが信じられないくらいに可愛い」
 
「ありがとう。清紀君って、私みたいな子で、まだおちんちんが付いてる子がいいんだ?」
「うん。最悪タマは取っていてもいいけど、おちんちんは無いと萎えちゃう」
「でもそういう子はわりと居ると思うよ。性転換手術ってハードル高いもん。去勢までしてその先に行けずにいる子多いから、また探すといいよ」
 
「そうだね。ねえ、僕、千里ちゃんと恋人にはなれないけど、お友だちということでいい?」
「うん。いいよ」
 
それで彼とはまた握手した。
 
そしてその時、結局紙屋君とはキスもしなかったなというのを千里は認識した。 

6月26日・金曜日・友引。千里の従姉、吉子が大阪の茨木市内のホテルで結婚式を挙げた。千里はこの結婚式に、両親の代理込みで出席するのに大学の講義は欠席して、前日の夜から自分の車で大阪に移動した。途中のSA/PAで時間調整し朝の通勤ラッシュが終わったあたりで下道に降り、《前回》来た時も駐めた駐車場に駐め電車で茨木に移動する。
 
会場になっているホテルに入って行くと、まだ普段着状態の愛子が居た。手を振って近づいて行く。
 
「おはよう!」
「おはよう!」
と声を交わす。
 
「今日は長い髪で来たんだ?」
「うん。まだ自毛は充分伸びてないんだよ。だから普段でもショートヘアのウィッグ使ってる」
「なるほど」
「服によって髪のセットが必要なら、どこか近くの美容室に行ってくるけど」
「いや、その髪はそのままで大丈夫だと思う。でもこのウィッグ良くメンテされてるみたい。枝毛とかが無いよね」
と言って愛子は千里の髪に触る。
 
「うん。そのあたりはちゃんとやってる」
 
「でもこの服、可愛いね」
「2次会はこの服で出るよ」
 
千里はバラの模様のオレンジ系のワンピースを着てここに来ていた。結構お気に入りの品である。朝、桂川PAで着替えてきた。
 
「ちゃんと女の子してきたから安心した。ちょっとゴシックっぽいかな」
「そそ。これヴィクトリアン・メイデン」
「へー」
「高校時代に東京に出て来た時に人に乗せられて買っちゃったんだけど、あまり着ていく機会が無くってさ」
「確かに高校生には少しおしゃれすぎるかもね」
 
「あ。これ御祝儀ね」
と言って、千里は母と父の連名の祝儀袋と自分の名前の祝儀袋の2つを渡す。 
「なんか重たいんですけど」
「バイトの給料が入ったばかりで懐が温かいんだよ」
「もしかして御両親の分も千里ちゃんが出したの?」
「まあね。うちお金無いから」
「でも大丈夫?」
「平気平気。今回ちょうど色付けてもらったからたくさんあったんだよ」
「じゃ遠慮無くもらっておくね。あとで交通費渡すね」
「さんきゅ。何か手伝えることあったら手伝うけど」
「それはいくつか頼みたいことがある。千里ちゃんは遠慮無く使えるから」
「うん。遠慮無くこき使って」
 
「千里ちゃん運転免許持ってたっけ?」
「春に取ったよ。まだ若葉だけどね。今練習で週に4日くらい乗ってるよ」
「それだけ練習してたら凄い。車買ったの?」
「うん。中古で安いやつだけどね」
「どこか遠出とかした?」
「直江津と会津若松まで往復やったのと、大阪往復も今日が5回目」
 
「もしかして車で来たの?」
「うん」
「すごーい! だったらかなり距離数乗ってるでしょ?」
「4月からの3ヶ月間で8000kmくらい」
「そのくらい運転してるなら、車も頼めるな」
「車は豊中市に置いてきちゃったけど、必要なら取ってくるけど」
「あ、大丈夫。車は姉貴のヴィッツを使ってもらえばいいんだけど、ドライバーが居ると助かるのよ」
 
「さすがに花嫁さんには運転させられないよね」
「うん。ヴィッツをこちらに持ってくるのも、お父ちゃんが運転してきたんだ。姉貴は街乗り専門だったみたいだから」
「ああ、しばしば自分の町から出たことないドライバーとかいるし」
「そうそう。姉貴はまさにそれだったみたい」
 

千里はそれで細々とした荷物を運んだり、駅から会場まで何人か人を運んだりした他、受付に立ったりもした。
 
「千里って美人だし、人あたりが軟らかいから受付にはピッタリ」
などと愛子から言われた。
 
「でも受付に居たら愛子ちゃんと随分間違われた」
「それも便利だな」
「取り敢えず男の子と思った人は居ないみたい」
「それは有り得ない」
 
少し遅めのお昼を愛子と一緒にホテルのレストランで取った後、レンタルしてもらっていたイブニングドレスに着替える。昼の間はこれにショールを掛けておく。 
そのくらいの時間になってやっと吉子本人と母の優芽子に会う。式当日の花嫁さんは無茶苦茶忙しいのである。
 
「吉子さん、きれーい」
と言って写真も撮らせてもらう。本人1人だけの所、母と並んだ所、愛子と並んだ所と持参のコンデジで撮影する。愛子・千里と並んでいる所も優芽子が撮ってくれた。
 
「でもこの衣装なかなか大変。妊娠中だから、緩めにはしてもらっているけど」
と吉子。
 
「まだ妊娠してるってのは分からないですね」
「今4ヶ月だから、ぎりぎりかな。この後は急速に大きくなってくるはず」
「なるほどー」
 
「結婚式を挙げるタイミングとしてもぎりぎりだよね」
と愛子も言う。
 
「でも千里ちゃん、美人になってる〜」
と優芽子は嬉しそうに言う。愛子とはよく会っていたし、吉子とも高校時代何度か会ったものの、優芽子と会うのは5年ぶりであろうか。
 
「ご無沙汰しておりまして」
「ますます女らしくなってきている感じ。でも愛子と千里が並んでると双子みたい」
などと優芽子は言っていた。
「顔の作りがほんとに似てるよね」
と吉子。
 
「鬼も十八・番茶も出端です」と千里。
「あら、鬼ってこと無いわよ」と優芽子。
「それか、おにいさんだったりして」と千里。
「千里は間違いなく、おねえさん」と愛子。
「えへへ。玲羅は私が高1の頃以来、お姉ちゃんって呼んでくれてる」
「うんうん。それでいいはず」
 
そんな会話をかなりしてから花嫁の父(優芽子の夫)政人が
「あれ?もしかして千里ちゃんなの?」
などと言う。
 
「はい、そうです」
「全然気付かなかった! 全然女装してる男の子には見えない」
 
「千里は男の子の服を着せても、男装している女の子にしか見えない。一度男子制服を着た千里を見たことあるけど、お兄さんの服でも借りて着たの?って感じだったよ」
と吉子。
 
「万一男装でここに来ていたら、取り押さえて無理矢理脱がして女の子の服を着せようと思ってたけど、自主的に女の子の服で来たから手間が省けたね」
と愛子。
 

15時前に美輪子(新婦の叔母)、それに清彦・滝子(新婦の伯父夫妻)が到着する。
 
「おお、千里はやはりこちらの衣装だな」
と美輪子から言われる。
 
「おばちゃん、ご無沙汰ー」
と言って千里は美輪子とハグする。
 
滝子も
「すっかり美人さんになって」
と言うが、清彦は
「え?千里ちゃんなの? どうしちゃったの?」
などと言っている。
 
「千里は前からこんなものだよ、兄ちゃん」
と美輪子は笑顔で言う。
 
「千里は小学生の頃に性転換したんだよ」
などと愛子が言うと
 
「えー?そうだったんだ!?」
と本気で信じているっぽい。
 
後で母が聞いたらショック受けないだろうかと千里は少し心配した。
 

18時からホテル内の神殿で神式の結婚式が行われた。こちらの親族は優芽子・政人・愛子、清彦・滝子、千里、美輪子と7人、それに優芽子の親友の女性2人、優芽子が勤めていた会社の上司の部長さん。向こうは新郎の御両親、妹さん、伯父夫婦、父方の祖母・母方の祖父母と8人に、新郎の上司2人であった。
 
なお、優芽子の両親(千里の祖父母)・政人の両親は4人とも健在ではあるが高齢で長旅は辛いだろうということで今回の結婚式には出席していない。新婚旅行が終わった後で、夫婦で札幌に行って挨拶してくる予定である。
 
結婚式は巫女としてなら中学高校時代に何度も出ているが、出席者として出るのは初めてだ。
 
新郎と媒酌人に親族、新婦と媒酌令夫人に親族が各々巫女に先導されて入場する。新郎新婦が祭壇の前に座り、その後ろに媒酌人夫妻が座り、親族も各々の席に着席する。ホテル内の神殿なので結構狭い。
 
斎主が入場するのを待っていた時、後ろで《きーちゃん》が言う。
『千里、銚子(ちょうし)と提子(ひさげ)の蝶が違う』
『ああ。逆に付けられてるね』
 
本物の神社では絶対に有り得ない間違いだが、ホテルとか結婚式場の神殿では時々うっかり逆に取り付けられていることがあるというのは聞いたことがあったが、まさか従姉の結婚式で間違いがあるとは。しかしどうやって注意する? 
千里は突然うずくまる。
 
「千里、どうしたの?」
と隣にいる美輪子が声を掛けたが、新婦側担当の巫女さんも寄って来た。 
「お具合が悪いですか?」
そう尋ねた巫女さんの耳元近くで千里は
「銚子と提子の雄蝶・雌蝶の飾りが逆です」
と小さな声でささやいた。
「え?」
と驚いたように巫女さんも小さな声で言う。
 
千里は何事も無かったかのように、すっくと立ち直った。巫女さんは祭壇前に戻るが新郎側担当の巫女さんに小声で話している。三三九度用の銚子と提子を見ているが、どうもそちらの巫女さんも不確かなようだ。
 
やがて60歳くらいの斎主さんが入場してくるが、巫女さんが小声でささやく。すると斎主さんは顔色ひとつ変えずに、それがまるで式次の一部でもあるかのように、銚子に付けられていた雄蝶の飾りと提子に取り付けられていた雌蝶の飾りを外し、交換して正しく取り付けた。
 
そして式が始まった。
 

斎主さんが新郎新婦に祓串を振ってお祓いし、それから祝詞が読み上げらる。三三九度が行われるが、新婦は妊娠中なので飲む振りだけをする。しかし何といってもこれが結婚式のいちばんの見せ場である。
 
ふたりの巫女が銚子と提子を持ち、斎主が大中小の杯を重ねたものを持って、新郎新婦の前に出る。提子を持つ巫女がもうひとりの巫女が持つ銚子にお酒を注ぐ。神職が小の杯を新郎に渡す。銚子を持つ巫女がそこに三度に分けて酒を注ぐ。新郎が3度に分けて飲み干す。杯をいったん神職に返し、神職はその杯を新婦に渡す。銚子を持つ巫女が三度に分けてお酒を注ぐ。新婦が飲む振りだけする。いったん杯を神職に返すがお酒は入ったままである。ここに銚子を持つ巫女が更に3度に分けて酒を注ぐ。これを新郎は3度に分けて飲み干す。 
中の杯は新婦→新郎→新婦となるので最後に新婦に渡す時は注ぐ振りだけして実際には注がない。最後に大の杯で新郎→新婦→新郎とリレーされる。結局、新婦が飲まないので、新郎は実質ひとりで2人分飲むことになる。
 
三三九度の後は、新郎新婦が一緒に誓いの言葉を読み上げ、玉串の奉納をした上で指輪の交換をする。指輪を付けたところで清彦・愛子・千里に、向こうの妹さんと伯父さんも写真撮影をした。
 
その後、巫女さんによる神楽舞が奉納される。この付近の玉串奉納・指輪交換・神楽舞の順序はけっこう神社によって異なるようだ。留萌と旭川のQ神社は指輪交換の後で玉串奉納だったが千葉のL神社は今回と同様、玉串奉納の後で指輪交換になっている。
 
その後親族の固めの杯である。千里は美輪子から未成年なんだから飲む振りだけにしておけと言われたので、口だけ付けて飲まなかった。
 
最後に斎主からお祝いの言葉があり、それで退場となった。
 
 
前頁次頁目次