【桜色の日々・中学3年編】(2)
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(C)Eriko Kawaguchi 2012-09-25
そんなことも言いながら、私たち3人は一緒に浴室に移動した。身体を洗ってから、湯船に入ると、カオリと由芽香がいた。
「お、ハルは、ちゃんとこちらに来たね」
「いやぁ、たいへんだったのよ。私が男湯に入るというから、心配して荻野君が一緒に付いてきてくれたんだけど、旅館の人に見とがめられて、女の子を男湯に連れ込んで何するつもり?とか。荻野君が警察に突き出されそうな雰囲気で」
「あらら」
「すぐ女湯に行きますから見逃して下さいとお願いして、こちらに来た」
「ハルが痴漢行為をしようとするから、荻野君がとばっちり受けたのね?」
「痴漢になるんだっけ?」
「女の子なのに、男湯をのぞこうとするのは痴漢だよ」とカオリ。
「うむむ・・・」
「だけど、ハルちゃん、もう女の子の身体なのね?」
と由芽香がまじまじと私の身体を見て言う。
「いや、そういう訳じゃ無いけど、いろいろ誤魔化しが」
そんなことを言っている内に、令子も入ってきた。私を見て
「うんうん。ちゃんと、こちらに来たね。よろしい」
などと言う。
「ハルったら、男湯に入ろうとして、とばっちりで荻野君が警察に逮捕されたんだって」
「まだ逮捕されてないよ−」
「じゃ、指名手配?」
「されてない、されてない」
「まあ、ハルは女の子なんだから、そんなことしたら、他人に迷惑掛けるよ」
と令子。
「さっさと性転換しちゃったほうがいいよね」とカオリ。
「同意、同意」
「え?これ、ほんとにまだ性転換してる訳じゃ無いの?」と由芽香。
「ああ、ハルはこういうの誤魔化すのうまいんだよ。私とカオリは、ハルと何度か一緒に女湯に入ってるよ」と令子。
「へー。どうやって誤魔化してるんだろ?」と由芽香が感心している。「あまり、じろじろ見ないように」と私は笑って言う。
「ねえ、令子。ハルが自分の胸はAAAカップだって主張してるんだけど」と環。
「ああ、それはあり得ない。見たら分かるじゃん。私がAAカップだよ。私より明らかに大きいでしょ?」
「ああ。見比べたら一目瞭然だね」と美奈代。
「Aカップより大きくない?」
「微妙な線かな。あとで女子部屋に拉致して解剖だな」と環。
「よし、解剖決定」と美奈代。
「やはりそうなるのか・・・・・」
私は部屋に戻ると、荻野君に謝った。
「ごめんねー。私がわがまま言ったもんだから、迷惑掛けちゃって」
「ああ、大丈夫だよ。特にあの後、何も言われなかったから」
私は浴衣のまましばらく窓際で涼みながら、髪を乾かしていた。今日もらった京都の簡易ガイドブックを眺めていたのだが、そのうち伊藤君が
「吉岡〜!」
と大きな声で私を呼ぶ。
「なあに?」
と私が訊くと
「な、俺たち男3人でちょっと話したい内密の話があるんだ。吉岡、ちょっとしばらく、女子部屋にでも行って来ない?」
「あ、そうだね。そういえば、環から召喚状をもらってたんだ。行ってくる」
「うん。行ってらっしゃい」
という訳で、私は浴衣のまま、バッグだけ持って環の部屋に行った。
「おお、来たね。それじゃ、解剖を始めよう」と環。
「荻野君、無事だった?」と美奈代が訊く。
「うん。逮捕されてなかったよ。でも何か、男3人だけで話したいことがあるからって言うから、私席外して来た。。。。って、あれ?私も男なのに」
「いや。ハルは女だってのに」
「メジャー持ってる子がいたから借りて来たから、ちゃんとバストサイズを計ってみよう」とみちる。
「あはは。脱ぐね」
「いや、脱がせるのが楽しい」
「もう・・・・」
「よし、解剖開始」
と言って、環と美奈代が私に飛びつき、私を押さえつけて浴衣を脱がせ、ブラを外す。
「ちょっと、くすぐったい、くすぐったい」と私は笑いながら言う。
「もっと『いやー、やめてー』とか言いなよ」
「いやー、やめてー」
そんなことをしている内に部屋の襖が開いて、誰か来たようだ。
「ねえねえ、みちる、明日のスケジュールだけど・・・何やってんの?」
と令子の声。
「ハルの解剖だよ。令子も参加しよう」
「OK。じゃ、パンティー脱がせちゃうね」
と言って、令子は私のパンティーを下げて外してしまった。
「ちょっとー。それまで取るの?」
「当然」と環。
そういう訳で、私は全裸にされてしまった。
取り敢えず、私がお股の所を手で隠している間に、バストを測られる。
「アンダーバスト64cm」
「細いなあ・・・・」
「トップバストは75.2cm」
「11.2cm差ならBカップでもいいよね」
「切り上げして12cmだね」
「切り上げなの?」
「当然。小さいサイズのブラ付けるのは身体に良くない。トップとアンダーの差が、AAは7.5cm, Aは10cm, Bは12.5cm。だから、Bカップと判定する」と環。
「ああ、やはりBカップあったか」
「よし、これをホームルームで公表しよう」
「ちょっと、ちょっと」
「ハル、もう女性ホルモン飲み始めてから3年くらいでしょ? 充分成長してて不思議じゃないよ。むしろ遅いくらいじゃない?」と令子。
「へー、そんなに前から飲んでたのか?」とみちる。
「まあ、この件はホームルームでは言わないから」と令子。
「もう・・・・」
「で、その手を外してみようか?」
「こちらは勘弁してよ〜」
「そこに何があっても何も無くてもホームルームでは発表しないからさあ」
「そんなの発表する意味無い!」
「この4人だけの秘密だよ」と美奈代。
「まあ、このメンツならいいか」
と言って、私は手を外した。
「よく観察させて」と言って環は私に足を開くよう要求し、マジマジとそこを見た。
「ああ、分かった。ここに押し込んであるのか」
「そうそう。接着剤で留めて、出てこないようにしてるんだよ」
「中に押し込んでるのって、ボールとバット?」
「ハルはボールはもう無いんだよね」と令子。
「えー?ホントに無いんだ」
「うん。だから、バットだけ。でもその事、あまり他人に言わないで」
と私は言う。今日はこの部屋に、しゃべりたがる好美が来てないのが幸いだ。
「剥がし液ある?」と環。
「ちょっとー!外して見る気?」
「いいじゃん。別に減るもんでもないし」
「ああ。ハルは接着剤と剥がし液をいつもバッグの中の巾着に入れてるよ」と令子。「よし。剥がしてみよう」と環。
「えーん」
環が私のバッグの中から勝手に巾着を取りだし、その中から剥がし液を取り出して「ふた」を溶かしてしまった。
「開封〜」
「お、ちゃんと、おちんちんあるんだね」
「あるよー」
「何か、私とカオリはハルのおちんちん、もう見慣れちゃったけどね」と令子。「そんなに見せてるのか?」とみちる。
「そんなに見られてるんだよー」と私。
「まあ、ハルの解剖はよくやってるから」と令子。
「あんたたち、どういう遊びやってんのよ?」
「でもこれ、以前見た時より、縮んでない?」と環。
「ああ、ハルのおちんちんは毎年0.5cmくらいのペースで縮んでる」と令子。
「へー」
「小学4年生の時に7cm, 6年生の時に6cm, 去年計った時に5cm」
「よし。計ってみよう」
「う・・・・」
「4.6cmくらいかな?」
「ああ、また縮んでるね」
「毎年0.5cm縮んでいくと、9年後には消滅する訳か」
「うん、消滅するだろうね」
「9年後というと24歳?」
「でも多分ハルは消滅する前に手術して、これ取っちゃうよ」
「ああ、むしろそうかな」
「実際問題として、もうこのサイズだと、少し大きなクリトリスだって主張できそうだよね」
「確かに、凄く大きな子もいるらしいね」
私はやっと服を着せてもらった。「大きなクリトリス」も体内に戻した。
「だけど、ハルを男子部屋から拉致してきたの?」と令子。
「ああ、自主的に来たよ、ハルは」
「へー」
「うん。なんか、男子3人だけで話したいことがあると言われたから出てきた」
「ああ、それは多分、ハルをレイプする相談をしているんだよ」
「そんな馬鹿な。レイプのしようもないのに」と私は言うが
「いや。できないことはないよね。あそこ使えば」と美奈代が言う。
「ねぇ、ハル、T君とはどこまでやったの?」とみちる。
「多分 C までしたよね?」と令子。
「え?だいたーん!」と美奈代。
「してないよー。ちょっとだけ入れられたけど・・・」
「やっぱり、やっちゃってるじゃん」
「ハルもとうとうロストバージンか」
「でも、多分、今ここにいるメンツでまだバージンなのは、美奈代くらいじゃない?」
とみちる。
「あ、実は私も去年の秋に体験した。環にしか言ってなかったけど」と美奈代。
「じゃ、ここにいる5人は全員非処女か」
「まあ、その件はこの5人の秘密ということで」
「ハルにまだおちんちんがあったということも秘密にしておこうね」とみちる。
「あるということが秘密なの!?」
修学旅行の3日目は小グループに分かれての大学見学であった。うちの市の公立高校は、ほとんどの学校が修学旅行を行わない。それで、中学3年のこの時期に関西の大学の見学をして来ようという趣旨である。県内や広島・岡山などの大学に行く子も多いが、やはりその後の就職先探しのことも考え、関西の大学まで出てこようという子も多い。
私は兄ふたりが関西の大学に行っていて、おそらくその方面で就職するだろうと思っていたので、あまり干渉されたくない気持ちもあったので自分は関東方面に行きたいと思っていた。一応担任には名門私立狙いみたいなことは言ったものの、本当は関東の国立上位(東大はさすがに除く)を狙うつもりでいた。
それで関西の大学を見ても仕方無いのだが、令子やカオリと同じグループで動くことにしていた。
一応標準コースとして、京大・神戸大・阪大・大阪市立大・大阪府立大と国公立を巡るコース、関西大・関西学院大・同志社・立命館のいわゆる「関関同立」
を巡るコース、産近甲龍(京都産業大・近畿大・甲南大・龍谷大)コース、摂神追桃コース(摂南大・神戸学院大・追手門学院大・桃山学院大)コース、女子大コース(同志社女子・京都女子・武庫川女子・神戸女子・大阪樟蔭女子)などが設定されていたが、それ以外でも4人以上のグループであれば自分たちでチョイスして回っても良いことになっていた。実際にはこの「小グループの行動」
がしたくて、わざと標準コースと微妙に違うコースを設定したグループが多かった。但しただの遊びにならないよう、訪問先は4校以上で、訪問先の大学の門で記念写真(証拠写真)を撮ってくること、ということになっていた。またグループのリーダーが所属するクラスの担任に定時連絡を入れることになっていた。
私は令子・カオリ・みちると4人で、立命館・同志社・京都女子大(以上京都市)・関大(吹田市)・阪大(豊中市)と5ヶ所を巡るコースを設定した。リーダーはみちるである。
一応女子大の見学は女子だけにして下さい、というお達しがあっていたので、私もこの日はセーラー服を着るつもりで、そのために今回の修学旅行にはセーラー服を持って来ていたのだが(それに女子だけのグループで行動していて、ひとりだけ男子が混じっているのは何かと不都合が起きやすい)、実際には1日繰り上げて2日目から着ることになってしまった。
最初、立命館・同志社を巡る標準コースの子たちの乗るバスに同乗させてもらって、この2校を回った。その後別れて同志社から京都女子大に行く。今日のコースは京都市内を西から東に横断する感じだ。
「みちるは実際問題としてどこ狙ってるの?」
「うん。同志社女子大もいいなあと思ってるんだけどね」
「今日のコースに入ってない」
「だって遠いもん」
「確かに・・・」
「でも女子大の入ってるコースで、ハルは・・・と先生に言われたからセーラー服着せます、ということで納得してもらえたけど、実際問題として入れてくれるのかね?」
「それまでに戸籍も女になってれば問題無いんじゃない」
「あれ、20歳まで戸籍の性別は変更できないんだよ」
「不便ね」
「でも身体だけでも直してれば、個別交渉で許可してもらえる可能性もあるかも?」
「どうなんだろうね」
「だけど、受験勉強してる最中に性転換手術とかあり得ないしなあ」
「高校に入る前に手術しちゃったら?」
「18歳以上でないと手術してくれないんだよ。20歳以上でないとダメという病院も多い」
「不便ね」
「ハルの誕生日って何月だったっけ?」
「5月だよ」
「ってことは高校3年の5月以降なら、一応手術可能か」とみちる。
「むしろハルは赤ちゃんの内に性転換しておくべきだったね」とカオリ。「私は幼稚園の頃から、ハルのことは女の子と思ってたよ」と令子。
この女子大の学食でお昼にする。重箱に入ったお弁当が美味しそうだったので3人ともそれを食べるが、大勢の女子大生でごった返していて、賑やかである。
「でもそれぞれの大学ごとに何か空気が違うね」
「ああ、それは感じた」
「私、同志社より立命館の空気の方が馴染みやすい気がした」とカオリ。
「まあ、庶民的だよね」
「たぶん、そのあたりを感じ取っておくことが、この見学の目的だろうね」
「あれ、ハルのお兄ちゃん、同志社じゃなかった?」
「うん。上の天兄(あまにい)ね。天兄にはあの空気が合ってる気がするよ」
「へー」
「基本的には同志社・関西学院(かんせいがくいん)がお嬢様・お坊ちゃま、立命館・関西大(かんさいだい)が庶民的ってところなんだろうね」
「なるほど」
「かんせい?」
「ああ。関西学院って『かんさいがくいん』じゃなくて『かんせいがくいん』
なんだよ」
「えー?そうだったの? 私『かんさいがくいん』と読んでた」
「まあ、直接関わりがある人や地元の人以外は、ついそう読んじゃうよね」
「へー」
「ちなみに東京で関学出身です、と言ったら関東学院大学と思われちゃう」
「関東学園大学もあったりして」
「『めいだい』出身と言って、関西じゃ名古屋大学を想像するけど、関東じゃ明治大学を想像するようなもの?」
「『きんだい』も大阪周辺じゃ近畿大学だけど、北陸じゃ金沢大学だし」
「同じ漢字で『神大』と書いても『しんだい』と読むと神戸大学、『じんだい』
と読むと神奈川大学」
「漢字が同じというのなら『長大』は『ながだい』と読むと長野大学か長岡大学、『ちょうだい』と読むと長崎大学」
「『しんだい』は信州大学・新潟大学もだよね」
「『じんだい』には仁愛大学もある」
「でも関関同立のポジションは大きいけど、ここの京都女子大もけっこう良いポジションに付けてるよね」
「有力私大のひとつだよね」
「私、こういう女子大の雰囲気も割と好きだなあ」と私が言うと
「じゃ、やはり大学受験前に性転換しなくちゃ」と言われる。
「うーん。。。。」
お昼を食べた後は京都駅に移動し、JRで吹田まで行って、関大に行く。
「ああ、ここも雰囲気が柔らかくていいなあ」
「少し立命館と似てるね」
「というより、大阪の町のノリがそのままここにはある雰囲気だよね」
「私、もしここに入ったらジャージで通学しちゃいそう」
「ああ、そういう学生もいそうだね」
「女を忘れた4年間になったりして」
「そのあたりは女子大の方がもっとやばいよね」
「ああ・・・それはとってもそうかも。男子の目が無いと凄く適当になりそう」
最後は阪大の豊中キャンパスに行った。
令子が何だか目を輝かせている。
「どうしたの?」
「私、ここ好き」
「へー」
「ここに通いたい」
「だったら、かなり勉強しなきゃ」
「うん。頑張る。ここの空気を感じて、やる気出てきた」
「ほほお」
「同志社と雰囲気少し似てるけど、緊張感の系統が少し違うよね」
「うんうん。私、こういう緊張感は好き」と令子。
「私も、この緊張感いいなと思った」と私。
「ハルは早稲田狙いだっけ?」
「実は内心、一橋か筑波あたりもいいなと思ってる。でもまだそんなことは言えない成績だけどね」
「言うだけはタダだよ。東大理3狙いです、と言っておけばいい」
「それ言ったら笑われるよ」
「ハル、人に笑われるのは平気な性格と思ってたけど」とみちる。
「うん、まあ割とそうだけどね」
「むしろ、笑われたりするのを楽しんでるよね、ハルって」とカオリ。
「目立ちたがり屋だもんね」
「だいたいセーラー服着たり学生服着たりしてるのも注目されたい心理が働いてる面無い?」
「おお、新たな見解だ」
「やはりタレントさんとか向きかな」
「会社勤めなら絶対営業向きだよね」
「化粧品のセールスとかしたら、凄い成績あげそう」
「ああ、言えてる。ハルって雑学で、どんな話題にも付いてくしね」
「しかも相手を立てるのがうまい」
「他人とおしゃべりする仕事に向いてるよ」
「ああ、そうかもね」と私は言った。
修学旅行が終わった週末、地元のお祭りがあったのだが、ここで私たちの学校のチアチームにお呼びが掛かった。地元出身で中堅の歌手の里帰りコンサートをこのお祭りに合わせて県民会館大ホールで行うことになったのだが、そのバックダンサーを頼まれたのである。
そういう話を家でしていたら、その日たまたまうちに来ていた伯母(母の姉)が
「あら、そのコンサートのチケット、私2枚もらったのよ。うちの父ちゃんはコンサートなんて分からんって言ってたし、晴音(はると)ちゃんも出るんなら一緒に見に行かない?」
と母を誘う。
「あ、そ、そうね・・・・」
と母は少し焦っていた。
当日。公演は2時間ほどであるが、2時間ずっとという訳では無く、途中のブレイクタイムと、アンコールの時という指定だった。チアのメンバーの中にファンだという子が数人居て、サインをもらって喜んでいた。
前半、ノリのいいナンバーを歌っていく。伴奏はいつもこの人の伴奏をしているバンドを連れてきている。ほか、PAも専属の人を連れてきていたが、照明は地元のイベンターが手配した人がしていたようであった。都会でのコンサートなら歌に合わせてみんな手拍子を打つところだが、この公演はチケットを地元の商工会と農協・漁協で配っていることもあり、そういうコンサートに慣れていない田舎のおじちゃん・おばちゃんばかり集まっているので、歌の間は手拍子がなく、一曲終わるごとに拍手が入るクラシック方式だ。手拍子無しでは歌手も少し歌いにくそうな雰囲気。
チアチームの中で「ちょっと可哀想」と言っている子もいた。
「まあ、田舎だし許してね、ということで」とカオリ。
「これ、アンコールの拍手も来なかったりして」
「あ、アンコールは拍手が無くても、強引にやっちゃうらしい」と真奈。
「アンコールという概念自体を知らない観客が多そうだもんね」
やがて前半最後の曲となる。ここに「美保」「粟嶋」「玉造」「黄泉比良坂」
など、地元の地名を何個か歌詞の中に読み込んだ歌を歌う。ここで私たちは上手と下手から12人ずつステージに走り込み、歌手の後ろで踊り始めた。全員、赤いポロシャツに白いミニプリーツのお揃いの衣装。色とりどりのボンボンを持って笑顔で踊る。何ヶ所か「ゴーゴー」とか「ヤー!」などといった合いの手も入れる。それまでちょっと歌いにくそうにしていた歌手が、このバックダンスで少し気分良くなった雰囲気だった。
途中、右端にいた真奈と左端にいた朱絵が隊列から飛び出して、手拍子を打ち始めると、客席の中にも手拍子を打ち始める客が出て、最後はほんとにノリノリの雰囲気になって、前半のステージが終了した。
歌手が衣装換えのために舞台袖に下がり、バックバンドの人たちも下がるが、私たちは踊り続ける。音楽は録音したものが流れ続けている。私たちは4組に別れてピラミッドを作って、上に乗っている子(私とカオリと2年の彰菜・佐紀)が、そのまま空中で宙返りしたり、中央に大きなピラミッドを作った上で、その前で朱絵と2年生の雪帆が連続後転などのタンブリング技を見せたりすると、客席にかなりどよめきが起きる。
最後はハイ・スプリットを2基(トップは彰菜と佐紀)作り、大きな拍手を受けたところでまた左右に分かれて舞台袖に下がる。入れ替わりに歌手とバンドが再登場して、後半のステージを始めた。
後半、私たちは主催者の依頼で、客席の脇の通路に立ち、歌手の歌に合わせて手拍子を打った。すると、それにつられて歌を歌っている最中に手拍子を打つ客が少し出てきて、後半はやっと普通のコンサートっぽくなってきた。どうも若い頃、ライブに行っていた経験のある人たちが観客の中に少しいたようで、その人たちが「手拍子打ちたいけど、打っていいのかな・・・誰も打たないし」
という感じで遠慮していたのが、ちゃんと打ってくれるようになった雰囲気だった。それで後半はかなり盛り上がったコンサートとなり、アンコールの拍手もしっかり、テンポ100くらいのゆっくりしたリズムで会場全体が統一された。
歌手とバンドが再登場する。アンコールのお礼の挨拶をしている間に私たちは客席側から直接ステージに駆け上がり、歌手の後ろでスタンバイした。バンドの人達の演奏が始まるのと一緒に踊り出す。真奈と朱絵は最初から大きな身振りで拍手をしている。会場もしっかり拍手をしている。
そして、私たちのダンスをバックに歌手は2曲歌って、ライブを終了した。
控え室で、学校の体操服に着替えてから私たちは解散した。カオリたちとおしゃべりしながら帰ろうとしていたら、会場前に母と伯母がいた。きゃー。
「晴音(はると)ちゃん、どこにいたの? 私全然分からなかった」と伯母。
「あ、えっと・・・」
「あ、ハルは後ろの列にいたのよ。赤いポロシャツに白いショートパンツ。前列は女の子ばかりにして男の子は後ろだったから、分かりにくかったわよね」
と母。
「うん、まあ」
カオリが吹き出しそうなのをこらえていた。実際には私とカオリが前列の中央にふたり並んで、まさに歌手のすぐ後ろで踊っていたのであるが。スポットライトが結構まぶしかったが、なかなか楽しかった。
後日、主催者の方から、その歌手のすぐ後ろに私とカオリがいる写真データを記念にもらった。私は大事に自分のパソコンの中にしまった。なお歌手が下がっていた間の演技は許可を得て顧問の先生が撮影してくれていたので、それもコピーさせてもらって一緒に格納した。
翌週から学校では体育で水泳の授業が始まった。私は小学校の時は水泳の授業は全部見学してしまったのだが(6年生の水泳大会だけ女子水着で出た)中学では、もう完全に開き直って女子用水着を着て、授業に出ていた。もちろん女子更衣室で着替える。
「なるほど、そうか」と突然由芽香が言うので
「何?」と訊くと
「ハルって、水泳の授業がある日はセーラー服で出てくるのか」
と言う。
「いや、校長先生から女子更衣室使う時はセーラー服でって、釘刺されたし」
と私は言うが
「いや、女子更衣室使う時だけじゃなくて、ハルは、いつもセーラー服を着ていればよろしい」
とみんなから言われる。
「でもハルの彼氏はハルが学生服を着てる方がいいんでしょ?」
「そうみたい。でももう気にしないことにした」
「ふーん。わりとドライなんだ」
「そうだね。別に好きって訳でもないから」
「好きじゃないの〜?」
「うん」
「それでなぜ付き合ってるのさ?」
「うーん。成り行きというかサービスだよ」
「まさか援交ってわけじゃないよね?」
「まさか。お金のやりとりは無いよ」
「あ、でもハルって援交が出来る性格のような気がする」
「うーん。。。そうかな?」
「ハルは本当は森田君が好きなんじゃないの?」
「え?違うよ。私が好きなのは荻野君だよ」
「あ、そっちか!」
「荻野君とはデートとかしたことないの?」
「うーん。。。。日時決めて待ち合わせしてってのはしたことないけど、町とかで偶然会って、そのまま少し散歩したり、公園で缶ジュースとか飲みながら話したりしたことはあるよ」
「充分デートのような気がする」
「キスは?」
「えっと・・・・したことある」
「あるんだ!」
「セックスは?」
「したことないよ〜! だいたい私、男の子とセックスする機能無いし」
「いや、きのうがなくても、あ・・すならあるよね」
「今何か凄く大胆な発言を聞いた気がした」
夏休みに入る直前、私たちは韓国に行ってくることになった。
市内の中学校から200人ほどの団体で、韓国のJ市を訪れる。J市はうちの市と姉妹市になっていて、この行事は毎年行われており、向こうからもこちらに同程度の人数の中学生が訪問する。
人数が多いのでこちらからはB767をチャーターして「出雲縁結び空港」から泗川(サチョン)空港へ運航する。(韓国側はA330をチャーターしたらしい)
市内に20ほどの中学校があるので、1校あたり10人である。費用は往復の航空券(チャーター代)と宿泊費は市から出るということで、パスポートなどを取るのと、空港までの交通費、および(公的なもの以外の)食事代が自己負担である。
中学3年生の希望者の中から抽選だったのだが、私の名前を勝手に令子が書いて出したので、私、令子、環の3人が当選してしまった。それでパスポートを作らなきゃ!ということで、7月に入ってすぐの月曜日、母と一緒にパスポートセンターに行って申請してきた。
市役所で取って来た戸籍抄本・住民票を申請書類に添付し、本人確認書類として健康保険証カードと生徒手帳を見せる。
「はるとさん?はるねさん?」と窓口の人から訊かれる。
「はるとです」と私は答える。ちゃんとそう申請書に書いてるんだけど。
「ああ『晴音』と書いて『はるね』なんですね。あ、ちがった、『はると』
なんですね」
「ええ。署名も HARUTO YOSHIOKA にしてますが」
「あ、ほんとですね!」
書類を受け付けてもらった6日後の日曜日にパスポートを受け取ってきた。翌月曜日に学校に持って行き、やはり週末に受け取ってきた、令子・環と見せ合っていた時、
「あれ?ハルのパスポート・・・」と環が《そのこと》に気付く。
「性別が F になってるけど」
「え!? わ、ほんとだ!」
「でも、ハル、戸籍や住民票出したんでしょ? ハルって戸籍上も女なんだっけ?」
「男だったと・・・・思うけど」
と言ったが、私は急に自信がなくなった。自分の戸籍なんてしっかり見たことなかったけど、私たぶん三男だよね・・・・?
「あ、分かった。申請の時に生徒手帳を見せたよね」と令子。
「うん」
「ハルの生徒手帳、ハルはセーラー服着て写真に写ってるし、性別女になってるじゃん」
「それはそうだけど」
「申請に行った時もセーラー服着てなかった?」
「着てた」
「それで混乱して、 F にされちゃったんじゃない?
「ああ、あり得る、あり得る!」と環。
「うーん。困ったな。訂正してもらいに行かなくちゃ」
「でも間に合う? J市に行くの、木曜日なのに」
「うーん。。。。」
「もう、これは女で通すしかないね」
「でも航空券の性別と違ってたら、飛行機に乗れないよ」
などと言っていた時、教頭先生が教室に入ってきた。
「おお、ちょうど3人揃ってる。君たちの分の航空券が出来てきたから、名前に間違いが無いか確認して」
と言って、航空券を3組渡してくれた。教頭先生が今回うちの学校から付き添いで行ってくれる。
「名前も年齢も間違いないです」と令子・環。
「・・・・先生、私の航空券、性別 F になってます」と私。
「え? あ、すまーん。間違った」
「間違っても仕方無いですよ。ハルは学籍簿で女になってますもん」と環。
「図書館の端末で生徒手帳スキャンすると、3年3組・よしおかはるね・女って表示されるよね」
「いや、生徒名簿を見ながらリスト作ったのだけど、君の性別は気をつけなきゃと思ってて、気をつけたつもりが女にしてしまった。名前はちゃんと『はると』
にしたんだけど」と教頭は申し訳なさそうな顔をしている。
「いや、間違いなく、女の子だもん、ハルは」と令子。
「すぐに旅行代理店に持っていって直してもらってくるから」
と教頭が言ったが、その時、環が
「待って下さい。これ、このままでいいです」
と言う。
「今、お互いのパスポート見せ合っていたところなんですが、ハルったら、パスポート、間違って女で発行されちゃってるんですよ。ほら、先生に見せてごらんよ」
「おお、ほんとだ!」
「だから、バックれちゃいましょうよ、先生」と環。
「しかしバレたら、困ったことになる」
「絶対バレませんよ。ハルとはこないだの修学旅行でも一緒に女湯に入りましたよ」
「え?そうだったの? しかし女湯に入っても大丈夫なら、出入国検査くらい大丈夫か?」
「ええ、絶対大丈夫です。だいたい、ハル、セーラー服着て行く気じゃなかった?」
「うん。それはそのつもりだったけど」
「セーラー服着て、男性名義の航空券持ってる方が、よっぽどトラブりますよ」
「確かに!」
そういう訳で、この初めての海外旅行で、私は「性別 F」のパスポートを使うことになってしまった。
朝、セーラー服を着て、着替えなどを持ち、パスポートも確認して母に車で集合場所の駅前まで送ってもらった。やがてやってきた令子・環、それからコーラス部とチアリーダーでも一緒の由紗ともハグし合う。
空港連絡バスで空港に行く。チェックインし、手荷物検査を経て、出国審査に行く。性別 F と印刷されたパスポートと航空券を提示する。
係の人は両者の記載を見比べているようで、こちらの顔も見てから何か訊いたりもせずに
「はい、OKです」と言って、通してくれた。
「ありがとうございます」と返事をしてパスポートと航空券を受け取る。
「ほら、大丈夫だったでしょ?」と環がいう。
「まあ、この格好で性別 M だと、場合によっては別室でゆっくりとお話を、なんてことになってたかもね」と令子。
「うーん。それはそれで大丈夫だと思うけどなあ。私みたいな人、最近多いみたいだし」
泗川(サチョン)へのフライトは、何だか「昇ったらすぐ降りる」感覚だった。私は隣り合った令子・環とひたすら機内でおしゃべりしていた。
空港では機内で書いた 性別で FEMALE にチェックを入れた入国カードを提出する。今回は外国でもあるし、さすがに私もドキドキしたが、係の人は特に何も言わずに通してくれる。
「カムサハムニダ」と笑顔で言って、私はパスポートを受け取った。
「ね。大丈夫じゃん」と環。
「うん。ちょっと開き直ってきた」と私。
「もう開き直りついでに、2学期からは完全にセーラー服で学校においでよ。ハルがこんな中途半端な状態を2年以上続けるとは思ってもいなかった」
と令子。
「ほんとほんと」と環。
韓国ではいくつかのバスに分乗し J市に向かう。学校単位で別れて、J市内の中学を表敬訪問する。私たちの中学の10人(+教頭)は市内の J女子中学という所に行った。日本では女子中学というのは私立の中高一貫校でしか見ないが、韓国の場合、ソウルなどでは共学が一般的になってきたものの、地方では結構男女別学が残っているらしい。
校長室で向こうの学校の代表の子たちと対面する。彼女たちが着ている、いわゆる《セーラーブレザー》が凄く可愛い!
こちらは「アンニョンハセヨ(男子はアンニョンハシムニカ)」と挨拶し、向こうは「こんにちは」と挨拶した後は、お互いに話しやすい英語で会話した。(私はもちろんアンニョンハセヨと言った)
こんな場で何を話したらいいんだ?とも一瞬思ったが、向こうが「パレーボールでこないだ全国大会まで行った」というネタを振ってくれたので、お互いの学校のスポーツ関係など、クラブ活動の話でけっこう会話が盛り上がる。みんな英語はかなり文法も怪しいし、間違った応答などもあったが、気は心で何とかお互いの気持ちが通じた感じだった。
しばらく話してから、音楽室に案内される。ブラスバンド部の人たちが私たちを歓迎して演奏をしてくれるということだった。彼女たちはなんと私たちのために嵐の『WISH』と、ORANGE RANGEの『アスタリスク』を演奏してくれた。
すると由紗が「ハル〜、私たちも何かお礼に歌おう」と言い出す。歌えそうな環も誘って、由紗と3人で急いで話し合う。
「BoAとか行けない?」
「Everlasting なら歌えるかも」と環。
「それ行こう」と言っていたら教頭先生が
「君たち、済まないけど、日本語で歌うのは・・・・」と言うので
「ラララで歌いましょう」
「OK」
というので、私たち3人はアカペラで 韓国人歌手 BoA が日韓両方でヒットさせた曲『Everlasting』(日本では『TVのチカラ』のエンディングテーマに使用された)を「ラララ」で歌い出す。すると、ブラスバンドの子たちが音を出してくれたので、私たちは彼女たちと一緒にこの曲を歌った。向こうの案内役の子が一緒に韓国語で歌ってくれる。私たちは4人並んで歌った。演奏が終わると、みんな拍手。私たちは一緒に歌ってくれた子、そしてブラスバンドの子たちとも握手して、この交歓を楽しんだ。
その後、私たちはお昼を食堂で向こうの生徒たちと一緒に食べた後、教室で授業風景を見学させてもらったり、あちこちの部活の練習風景などを見学した。最後は、むこうの代表の子たちと全員握手して、訪問を終えた。
その日の晩御飯は J市風ビビンバであった。「ここのは普通のビビンバと少し味付けが違うんですよ」とガイドさん。
「これ、乗ってるのユッケ?」
「そうみたいね」
などと言っていたら、「ユッケが苦手な人は加熱しますからと」とガイドの人が言うので、令子は加熱したものにしてもらっていた。私や環は生のまま美味しい、美味しいと言って食べたのだが、令子は「私、馬刺しとかも苦手だから」と言う。
ホテルの部屋は、私、令子、環の3人で1部屋である。10人の内(私も入れて)女子が6人なので、3人ずつ2部屋になっていた(男子は4人で一部屋)。
「ハルが男装とかしてきていたら、無理矢理脱がせて女の子の服を着せる所だけど、今日は最初からセーラー服だったから、手間は省けるけど、ちょっと私の楽しみが無くなった感じだな」と環。
「環はハルを女装させることに燃えてるよね」と令子。
「それは令子も同じじゃない?」と環。
「ハルが女の子になっちゃうと、こういう遊びできないな」
「お手柔らかにね」と私は笑って言った。
「でも教頭先生からうちの親に電話あったんだよ。今度の韓国行きで、ハルを私と令子と同室にしてもいいかって」と環。
「ああ」
「うちの母ちゃんもハルのことは分かってるから、全然問題無いですと答えてた」
「うちにも同じ電話あったよ」と令子。
「修学旅行の時もハルは女子部屋で寝たんですよ、と付け加えておいた」
「ああ、教頭先生も大変ね」と私は他人事のように言う。
「そもそも、ハルはもう男の子じゃないしね」と令子は微笑んで言った。
私たちはちょっと修学旅行の時のことを思い出して、その話でも盛り上がった。
結局あの日、私が環たちに「解剖」された後、(着衣で)かなりおしゃべりをして消灯時間になり、森田君や荻野君たちの部屋に戻ろうとした時、環たちの部屋に4組の海老原先生が入ってきた。
「ああ、吉岡さん、ここにいた」
「あ。はい。済みません、ちょっとおしゃべりしてました。ちゃんと男子部屋に戻りますから」
「あ、そうじゃなくて、こちらであなた今夜は寝てくれない?」
「はい?」
「さっき男子部屋の荻野君たちから申し出があってね。吉岡さんがあまりにも色っぽすぎて、自分たちは冷静さを保つ自信がないし、可愛い女の子がそばに寝てると思うと、とても落ち着いて寝られないから、吉岡さんを女子部屋の方に変えてくれないかって」
「ああ、やっぱり」と環。
「浴衣着てるから、色っぽさがストレートに出てるよね」
「ねぇ、福沢さん(環)、幸坂さん(美奈代)、平野さん(みちる)、どうかしら?あなたたち3人、吉岡さんとかなり仲が良いわよね。ちょうどこの部屋は3人で、あと1つお布団が敷けるから。あるいは、我妻さん(令子)たちの部屋でもいいのだけど。あちらの部屋の4人もみんな吉岡さんと仲の良い子ばかりよね。4人部屋だけど、少し工夫すれば5つお布団敷けるかなと思って」
「こちらで大丈夫ですよ」と環。
「ええ。私たち、過去に何度かハルの裸も見たことあるけど、裸にしてみても女の子にしか見えないの確認してるし」とみちる。
「あれ?吉岡さんって、そんな状態なんだっけ?」
「さっきも、私たちと一緒に女湯に入ってきたんですよ」
「へー!」
そういう訳で、その日私は環たちの部屋で一緒に寝ることになったのであった。私が部屋に置いていた荷物は荻野君が持って来てくれた。
「いや、ごめんな。何か僕も他のふたりも、今夜いっぱい理性を保つ自信が無くって」とほんとに申し訳なさそうに言う。
「そりゃ、ライオンの前にうさぎを置いて、このうさぎを食べるなと命令してもライオンは我慢できないよね」と環。
「うん、そういう感じ」と荻野君。
荻野君がちょっと照れるような顔をして戻って行った。
「じゃ、よろしく」と言って先生も帰って行き、(消灯時間なので)令子も自分の部屋に戻った後、環が私の首に抱きつくようにして、小声で訊いた。
「こら、白状しろ、ハル」
「何を?」
「今日、荻野君と何かしたでしょ?」と環が訊く。
「えっと・・・・ちょっとキスしたかな」と私。
「ああ」
「それで、ふだん冷静な荻野君でさえ、もう自分を抑える自信が無くなったんだよ」と環。
「でも、ハル、T君とも付き合ってるんじゃなかった?」
「あっと・・・彼とは1学期いっぱいで別れる約束だし」
「おお、それでもう次の彼氏を見つけたんだ。やる〜」
「えっと、別に荻野君とはそういう関係じゃないけど」
「そういう関係じゃなくてキスする訳?」
「頬にしただけだよぉ」
「でも、ハルって、そもそも昔から荻野君のこと好きだったでしょ?」とみちる。
「うん、まあ・・・・」
「荻野君とキスしたの、多分初めてじゃないよね?」
「うーんと、5回目くらいかなぁ・・・」
「結構してるじゃん!」
「バレンタインとホワイトデーのチョコを交換したこともあると聞いたけど」
「ちょっと、ちょっと、誰がそんな話を」
「あ、もしかしてハルがN高校に行きたいのって、荻野君が行くからじゃないの?」
「えー?それは違うよぉ。家から近いからだよぉ」
「今夜たっぷり時間あるし、ちょっと拷問してみようか?」と環。
「えー? 勘弁して〜! だいたいもう消灯時間だよ」
「拷問は電気消してもできるよね」と美奈代。
「ひー」
韓国訪問の2日目、私たちは市内を色々案内してもらった。観光名所にもなっているお寺や博物館、お城などにも連れて行ってもらった。そのお城は豊臣秀吉による朝鮮侵攻の際の激戦地だったと聞いていたので、私たちは朝の内に用意しておいたお花を捧げた。
最後は市内の体育館に行った。ここに今回日本から来た200人と、各々の生徒が訪問した学校の代表200人とが集まっていた。私たちは昨日会った子たちと再び笑顔で握手をした。
市の偉い人?がスピーチをし(韓国語でのスピーチだが、文章単位で切って傍に控えている通訳の人が日本語に訳してくれた)、私たちはお互いの友情を誓って式典を終えた。
帰りはまた泗川(サチョン)空港からチャーターしているB767-300機で出雲空港に戻る。韓国での出国手続き、日本での入国手続きで、私はまた性別 F と印刷されたパスポートを使ったが、もちろん何か咎められるようなこともなかった。私も完全に開き直ってしまった。
私が無事、ノートラブルで入出国したので、教頭先生もホッと胸を撫で下ろしていた感じだった。万が一バレた場合は、教頭先生も責任を問われる所だったろうから、結構ヒヤヒヤであったろう。
学校に戻ってから、校長先生に報告をする。全員レポートを書いて月曜日までに提出するよう言われた。今回の(一応)代表であった2組の重道君は、今回の訪問を文化祭で報告することにもなった(代表は実は10人でジャンケンして決めたが、韓国では移動の際の人数確認くらいしかすることは無かったようであった)。
1学期の終業式が終わった後、私は町でT君と待ち合わせた。
「じゃ、今日のデートでお別れね。これからお互い受験勉強忙しくなるだろうけど、そちらも頑張ってね」
「うん。晴音(はると)ちゃんも頑張ってね」
彼は私を男名前で呼んだ方が心地良いようなので、彼にはこの呼び方を許している。今日は私も終業式に出たままのワイシャツと学生ズボンの上下だ。傍目にはたぶん男の子2人が友人同士で散歩でもしているかのように見えるだろう。
私たちはマクドナルドでジュースを飲みながら話し、それから城址公園を散歩して、芝生に座っていろいろ話した。
「でも、僕、この2ヶ月くらい、晴音ちゃんのこと、男の子だと思い込もうとしたんだけど、結局ダメだった」
「そう?」
と言って私は小首を傾げる。
「ああ、そんな感じのちょっとした動作が全部女の子っぽいんだよね」
「そうかもね!」
「やっぱり、晴音ちゃんって、ほんとに女の子なんだなあ」
「あまりまじめに男の子として生活したことないから」
「今まで恋人とか作ったことなくて。。。。晴音ちゃんみたいな子となら付き合えるかなと思ったんだけど、高校入ったら、やはり男の子の恋人作ってみる」
「ああ、T君はたぶんその方がうまく行くと思うよ」
「晴音ちゃんは、ふつうの男の子か・・・・あるいは、自分も女の子になりたいと思ってる男の子となら、うまく行く気がする」
「ああ・・・私と同族の子か・・・話が合うかも知れないね」
「彼氏とふたりで女装したりとか」
「ああ、それも楽しいかもね」と私は笑いながら答えた。
城址公園で2時間くらいおしゃべりしてから、そろそろ帰ろうかということになる。
「じゃ、ほんと頑張ってね」
「そちらもね」
「ね・・・・最後にキスしていい」
「うん、しよう」
と言って、私たちは木の陰で抱き合い、唇を合わせた。T君とは何度もキスしていたが、この時のキスだけはなぜかドキドキしてしまった。
私たちはそれから手を握って城址公園の入口の橋の所まで行き、手を振って笑顔で左右に分かれた。
まあ、お互いの恋愛対象があまりかみ合ってなかったし、継続できる恋ではなかったなと思いつつも、それでも交際自体は楽しかったなと思い返していた。
そのまま家に帰る気分じゃなかったので、町に出て、本屋さんに寄り立ち読みしていたら、通路を通る人とぶつかってしまった。
「あ、ごめんなさい」
「いや、こちらこそ」
「あれ?」
「あ、ハルちゃん」
「荻野君!」
「なんかハルちゃんとは不思議とよく町で会うなあ」
「ああ、私たちけっこう行動範囲が重なっている気がするよ」
「図書館とか本屋さんとか」と荻野君。
「ブックオフとか文具店とか」と私。
私は小学校の時に凄く熱心に言い寄ってきた男の子と1度だけのデートをした直後にも荻野君と遭遇したな、というのを思い出した。
「お茶でも飲まない?」と荻野君が誘う。
「そうだね」と言って、私たちは本屋さんで問題集を買った後、本屋さんでもらった割引券を使い、本屋さんの片隅にある喫茶コーナーに行き、紅茶を注文した。
「ハルちゃん、デートでもしてきた?」
「よく分かるね」
「ハルちゃんの色気が凄いから」
「えー!? そんなに色気ある?」
「うん。僕がハルちゃんをデートに誘いたくなるくらい」
「ふふ。映画くらいなら付き合ってもいいよ」と私は答える。
「トランスアメリカでも見る?」
「ごめん。あれは話題が身近すぎて見たくない。多分見てたら辛くなるから」
「ああ、そうかもね。じゃカーズ」
「うん。私、ピクサーのアニメ好き」
そういう訳で、その日私は荻野君と一緒に『カーズ』を見に行った。映画館に行く前に、私は本屋さんのトイレで、ふつうのポロシャツとスカートに着替えた。
「ああ、ハルちゃんは、やはりこういう服装の方がしっくりくるよ。さっきまでは男装女子中学生にしか見えなかったから」
などと言われた。ワイシャツと学生ズボンを入れた紙袋を荻野君が持ってくれた。
映画は純粋にエンタテイメントに徹しているので、楽しく見ることができた。私たちはひとつのポップコーンのバケツを分け合って食べながら観覧した。
「3Dって、最初にトイストーリー見た頃は違和感あったけど、だいぶ慣れてきた」
私たちは映画の後、近くのロッテリアに入り、少しお腹が空いたので、ハンバーガーを食べながら話していた。ポテトをLサイズを頼んでふたりで分けて食べる。荻野君とは「ふつうの友だち」感覚なので、こういうのが気兼ねない。
「でも僕はアニメは2次元の方が何となく落ち着くよ」
「私も!」
「なんか不自然なんだよね。男装してるハルちゃん見てるみたいで」
「えーっと」
「あと、特殊な眼鏡掛けて見るタイプは凄く疲れるよ」
「ああ。そういえば何か話題になってたね」
「チキン・リトルの立体映像版をちょうど東京に行った時やってたんで見たんだけど、二度と立体映像では見たくないと思った」
「へー」
「来月公開予定のスーパーマンがまた別の方式で立体映像版をやるみたいだけどね。やはり東京だけの公開になるみたいだけど」
「なんかそんな映画ばかりになったら映画見たくなくなるかもなあ。。。。」
「たぶん、本来の3次元空間と違って不自然だから、人間の視覚が混乱するんだろうね。だから、技術が進歩すると、その内、見ても疲れないものになるのかも知れない。今は多分技術発展期なんだよ」
「ああ、その可能性はあるね」
私たちは映画のことから、学校でのこと、勉強の話題など、いろいろな話をしたが、会話は楽しく、とてもリラックスできた。
「N高校はでも凄いみたいね。毎日授業が0時間目から7時間目まであって、3年生になると9時間目まであるとか」と荻野君。
「わあ。かなり鍛えられるね」
「塾に行く必要が無いよね。って、田舎じゃあまりまともな塾も無いけどね」
「確かにね。見学とかしてきた?」
「うん。こないだ行ってきた。僕は東大行きたいから、そういう凄く鍛えられるところというのは大歓迎だけど、今から武者震いがする思い」
「東大か・・・・私も東京のどこかの大学に行くと思うから」
「じゃ、東京でも友だちでいれるかな」
「そうだね」
「たぶん・・・・僕たち『友だち』なんだろうね」
「ふふ。そんな気がする。まあ、1回くらいはセックスしても良いよ」
「・・・・その言葉、僕忘れないからね」
私は微笑んだ。
「高校出たら、性転換するんでしょ?」
「うーん、どうしようかな」
「大学1年生のうちにやっちゃったら?」
「お金貯めないと手術受けられないよ」
「あ、そうか。高いんだよね?」
「うん。100万くらい」
「大変だ!」
「バイト頑張らないといけないなあ」と私は独り言のように言った。
ロッテリアで1時間くらい話していたら、近くのテープルに環・美奈代・みちるが来て、私は彼女たちと目が合ってしまう。
「あ、ごめーん。デート中だよね? 私たち奥の方のテーブル行くね」
とみちるが言ったが
「あ、デートじゃないから気にしないで」と荻野君が言う。
「うん。一緒に話そうよ」
と私も言うので、結局テーブルをくっつけて5人でおしゃべりすることになる。
「今日、ハルはT君とデートすると言ってなかった?」
「デートしたよ。それで予定通り、きれいに別れてきたよ」
「へー」
「その後で、バッタリ荻野君に会っちゃって」
「それで一緒に映画見てきた」
「・・・デートの掛け持ち?」
「だから荻野君とはデートじゃないよ」
「そもそもハルは今日はカッターとズボンで学校に出てきてたのに」
「T君とのデートが終わってから、この服に着替えた」
「なるほど。男の子としてT君とデートした後、今度は女の子として荻野君とデートしたのか」
「だからデートじゃないって」
その日、私と荻野君は、けっこう環たちから、その付近を追求された。
「でもさあ。ハルが1学期の間、結構学生服を着てたのは、T君がその方がいいと言ってたからでしょ? もう別れたのなら、2学期はもう完全にセーラー服にしちゃいなよ」とみちるが言う。
「同感、同感」
「やはり、ハルの家まで行って、男物を全部没収してこないとダメだなあ」と環。
「ちょっと、ちょっと」
「だって、ハルは男物なんて持ってる必要ないじゃん」と美奈代。
「あ、それ、僕も思うよ」と荻野君まで言う。
「ほら、ボーイフレンドからも言われてるんだから、ちゃんと女の子になろうね」
とみちるも楽しそうに言った。
「環。どうせ没収するなら、服じゃなくて、おちんちん没収しちゃえばいいよ」
「ああ、それイイネ!」
「でも没収したおちんちんどうするの?」
「令子がよく男になりたいって言ってるから、くっつけちゃおう」
「なるほど」
「それ、私と令子が小学1年生の頃、よく言われてたよ」
と私も笑って言った。
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【桜色の日々・中学3年編】(2)