【桜色の日々・中学3年編】(1)

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2006年4月。私は中学3年になった。始業式を済ませ、新しいクラスでホームルームをする。親友の令子やカオリ、また男子で親しい荻野君などと同じクラスになれたので、ちょっと嬉しかった。
 
委員会活動で私は図書委員に選ばれる。これで3年連続の図書委員である。ホームルームが終わった後で図書館に集合しミーティングして、図書委員長を互選する。だいたい3年の男子から委員長、女子から副委員長を選ぶのが習慣であった。最初、委員長を互選して、私同様1年でも2年でも図書委員をしていた6組の平松君が選出された。彼は図書館報の編集もずっと1年からしていたので、ごく自然に選ばれた感じだった。
 
「さて、副委員長なんですが、これは委員長が男子なので女子から選びたいと思うのですが」と図書館担当の吉田先生。
 
「やっぱ吉岡さんじゃない?」と3年の女子から声が上がる。
「あ、吉岡さんもずっと図書館報の編集してるし、いいんじゃないですか?」
と別のクラスから来ている子。
「吉岡先輩、どんな本がどこにあるか全部頭の中に入ってるから頼もしいです」
と2年生の子。
 
「ちよっと待って。女子から選ぶのでは?」と私は慌てて言う。
「え?吉岡さん、女子ですよね」
「何でか今日は学生服着てるけど、司書室で図書館報の編集している時はいつもセーラー服着てるよね」
「だいたい、吉岡さん、3年3組の女子枠で選ばれてきているのでは」
「う・・・」
 
確かにそうなのである。3組の図書委員は伊藤君と私だ。
 
そういう訳で、私は反論できないまま、図書委員の副委員長になってしまった。
 

その日の帰り、友人達と一緒に学校を出る。朝雨がぱらついていたのでみんな傘を持ってきている。学校を出た時はまだ何とか持っていた天気が、学校を出て、2分もしない内に崩れて雨が降り出した。みんな傘を広げる。
 
「でも、ハルっていつも可愛い傘だよなあ」と環。
「そんなに可愛いかなあ」
「センスいいよね。前使ってた動物柄の傘も可愛かったけど、この花柄の傘も可愛いし」とカオリ。
「あの動物柄の傘ね〜。気に入ってたんだけど、台風の日に折っちゃったんだよね〜」
「最近の傘って修理できないらしいね。親骨・受骨を留めている所がチャチいから」
「うちのお母ちゃんが子供の頃は、傘が壊れたら傘屋さんに持っていって修理してもらってたらしいけど、当時は今と傘の値段自体が違うかもね」
 
「ああ。傘の値段自体は昔からあまり変わってないらしいよ。ただ貨幣価値が変わっているから、実質はかなり安くなってるらしい」
「オイルショックの時が一番高くなったらしいね。傘布が石油製品だから」
「その後は中国産の安物大量流入で『傘屋さん』なんてのが商売成り立たなくなっちゃったみたいね」
「その安物が、修理不能のやつだね」
 

おしゃべりしながら帰って行く内にひとり別れふたり別れて、私はやがてひとりで家に向かって歩いて行く。降りが激しい。ズボンの裾が濡れてしまう。ああ、やだなあ、これだからズボンって。でも今日みたいな雨の降り方ならスカートでも濡れちゃうかな?、などと思いながら公園を横切っていったら、中央にある大きなケヤキの木の所で、中学の制服を着た女の子が雨宿り?している。見たら、今年初めて同じクラスになった、確か・・・出沢由芽香だ。
 
「傘持ってないの?」と私は声を掛けた。
「うん」
「入って行きなよ」と言って私はそばによる。
「じゃ、取り敢えず」
と言って、彼女は私の傘の中に入った。
 
「出沢さんのおうちってどこだっけ?」
「○○町」
「わあ、じゃ、まだかなりあるね。うちに寄ってよ。私、すぐそこの※※町。うちで傘貸すから」
「うん。じゃ借りようかな」
 
ということでふたりでひとつの傘を使いながら歩く。
 
「朝来る時は降ってなかったんだよね〜。大丈夫かなと思ったんだけど」と由芽香。
「そんな時に限って降るよね」
「でも可愛い傘だね。お姉さんの?」
「ううん。私のだよ。こういうの好きなんだ」
「へー!」
 

当たり障りの無い会話をしている内に、私の家に着く。
 
「入って、入って」
と言って彼女を中に入れる。
 
「わあ、びしょ濡れだね。このままじゃ風邪引くよ。服貸すから、着替えてから帰った方がいいよ」
「あ、うん」
 
「お母ちゃーん」と私は母を呼ぶがいないようだ。
「あれ〜。買物に出たかな? あ、出沢さん、上がって上がって」
 
と言って彼女を家に上げると、自分のタンスを置いている小部屋に誘導する。
 
「あれ?セーラー服が掛かってる。妹さんの?」と由芽香。
「ううん。私のだよ。今日は始業式だから、学生服で出て行ったけど、結構セーラー服で出て行く日もある」
「は?」
 
「あ、えっと、この下着、こないだ買ったばかりで未使用だから、あげるよ。返却しなくてもいいから。あと、このポロシャツMで、スカートは61だけど、出沢さん、細いからたぶん入るかな」
 
「その服は・・・・お姉さんか、妹さんの?」
「ううん。私の。私、女のきょうだい居ないんだよねー。あ、私も着替えよう」
と言って、私は自分の着替えを取ると、小部屋を出る。
 
「のぞいたりしないから、その部屋で着替えて。私お茶でも入れてるね」
 
そう言うと私は台所に行き、まず湯沸かしポットに水を入れ、スイッチを入れた上で、手早く学生服の上下を脱ぎ、ブラとショーツも交換すると、桜色のカットソーと白い膝丈スカートを身につけた。着替えた下着は洗濯機に放り込み。学生服とズボンはハンガーに掛ける。
 
小部屋の襖が開いて、出沢さんが出てくる。そして、そっとこちらを見ると
「へー。吉岡君って、そういう服を着るんだ?」
 
「うん。だいたいいつもこんなものだよ」
「なんか凄く自然!女装してる男の子じゃなくて、ふつうに女の子に見える。学校にセーラー服で来ることもあるの?」
「うん。結構やってる」と私は微笑んで答える。
 
「そういえば、女の子たちとばかり話してるなと思って見てた」
「令子やカオリとはもう古い付き合いだよ」
 
お湯が沸いたので、紅茶を入れる。ティーサーバーに茶葉を入れ、お湯を注いで茶葉が「落ち着く」のを待ち、その間に冷蔵庫から牛乳を出してくる。ティーカップを2個出して来て砂糖を入れ、そこに紅茶を注ぐ。よく混ぜて砂糖を溶かしてから牛乳を入れ、ひとつ由芽香に勧めた。
 
「美味しい!」
「これはセイロンのウバだから。ミルクティーには合うんだよ」
「へー。私、紅茶の銘柄とかさっぱり」
「お母ちゃんがけっこう紅茶好きなもんだから。でもうちはコーヒーはあまり飲まないから、そちらはよく分からなくて」
 
「ふーん。。。。そうだ!吉岡君、図書委員に伊藤君とふたりで選ばれたでしょ?なんで男子ふたりなんだろうと思ったんだけど」
「私って、昔から女子扱いだから。生徒手帳もほら、こうなってる」
と言って、生徒手帳を見せる。
 
「えー!?セーラー服で写真に写ってるんだ!」
「制服ならどっちの制服でもいいと言われたから。しかも性別は女になってるし。去年は男と印刷されてたんだけどなあ。先生がごめーん、間違ったって言ってたけど、私はこちらの方が嬉しいです、と言ったら、じゃそのままでということになっちゃった」
「へー。でも面白ーい!」
 
そんなことや、あんなことで話が弾んでいる内に母が帰宅した。雨がまだかなり降っていたので、母に頼み、車で由芽香を家まで送ってもらった。
 
私は彼女と最初は「出沢さん」「吉岡君」だったのが、すぐに打ち解けて「ユメちゃん」「ハルちゃん」になっていた。
 

中学では毎年4月に校内マラソン大会が行われていた。男子は10km, 女子は7kmのコースで行われるのだが、私は一応「男子」なので10kmのコースを走ることになる。今年は昨年まで使っていたコースの一部が道路のバイパス工事のため使えなかったので、違うコースになった。そこで、間違えやすい箇所に何人か先生が立っていた。
 
先にコースの短い女子からスタートし、10分遅れで男子がスタートした。私は女子と混じって走っても後ろから数えた方が楽という人なので、どんどん中心集団から離されていったが、私より遅い(というより運動不足っぽくて走れない)男の子も何人かいて、私は後方に数人の男子を見ながら走って行った。また女子でもう走るのに疲れて歩いている子が何人かいて、私は「ファイト!」
と声を掛けながら抜いていった。
 
途中何人か、道案内の先生を見て、指示される方向に走っていく。公園の所に来た時、先生が右に行けという指示をしたので、私はそちらに走って行った。
 
少し走った時、後方に誰もいないのを見て、あれ?と思った。さっきまでは100mほど遅れたところを数人走っていたのに。疲れて歩き始めたか?などとも思いながら、私が走って行き、やがてまた先生が立っている所があった。その先生は私を見ると「ちょっと、ちょっと」と言って停めた。
 
「吉岡、なんでこっちから走ってくるんだ?」
「え?コース違うんですか?」
「こちらは女子のコースだぞ」
「えー!?」
「分かれ道に**先生、立ってなかった?」
「**先生に右と指示されてこちらに走ってきたのですが」
 
「もしかして**先生、お前のこと知らなかったのかな?お前、ふつうに見たら女子に見えるもん」
「えー?男子のゼッケン付けてるのに。。。。どうしましょうか?」
「うーん。いいことにしようか。このままゴールまで走って行け」
「はい」
 
そういう訳で、結局私は女子のコースを走ってしまったのであった。成績表には「女子の部110人中92位」と印字してあった。本来うちの学年の女子は109人だが私を入れて110人になるのである。この成績表は母には見せたが「お父ちゃんには見せられないねえ」などと言って笑っていた。
 

結局、私には声変わりは来なかった。練習して男の子っぽい声も出せるようにはしていたが、学生服を着て授業を受けている時でも女の子の声で押し通しているので、男の子の声を使う機会はあまり無かった。
 
女の子の声が出るので、音楽の時間はソプラノを歌っていたし、また誘われてコーラス部に入り、やはりソプラノ・パートで参加していた。コーラス部に出ている時は基本的には女子制服を着ていた。
 
5月の初めには大会があったので参加してきた。参加できるのは1校35人までなのだが、元々部員数が20人ほどしかいないので、入部したばかりなのに、みんなで出よう、という感じで私も行って来た。
 
「でも最近、ハルは女子制服を着ている比率がますます高くなってない?」
と小学校の時からの友人、由紗などは言う。
 
「多少、そんな気もする」
「もうずっと女子制服着ていても、誰も何とも言わないと思うなあ」
「そうだね−。それでもいいような気もしてくる」
 
「お父さんには結局まだカムアウトしてないの?」
「そうそう。何となく言い出すタイミングが無くってね」
「お母さんと、あと今大阪の大学に行ってる風兄(かざにい)は知ってるんだけどね。お母さんには服を買ってもらったり、あれこれ同意書にサインしてもらったりしてるし」
 
「ハルは高校はどこ受けるの?」
「そうだなあ。家から近いしN高かなあ」
「近いからなのか!?」
「スーパーサイエンス・ハイスクールのH高にも興味あるけど、遠いし」
「ああ、理数系に興味あるんだ?」
「うん。何となく。大学は理学部行こうかな、とか思ってるし」
「へー。ハル、数学も理科も得意だもんね」
「でもN高校はレベル高いよ」
「そうなのよ!それが問題なのよ!!」
 

進路の問題ではゴールデンウィーク5月中旬に三者面談があり、母が学校に出てきてくれた。その日は私は学生服を着ていた。
 
「それではN高校を狙いますか?」と担任。
「はい、行きたいと思っています」
「今の吉岡君の成績なら、頑張れば行けるでしょうね。あそこに行くからにはやはり上位の大学狙いですか? どこか行きたい大学があります?」
 
「そうですね・・・東京方面に行こうかな、と」
「ほほお」
「お茶の水女子大とか」と私。
「えっと・・・・」
 
「とも思ったんですけど、入れてくれなさそうなので、私立ですけど早稲田の理工学部あたりを狙おうかと思っています。国立の1.5倍くらい学費が掛かりますが、奨学金を受けて、大学に入ったらバイトもするつもりですし」と私。
 
「この子のふたりの兄も関西の私立大学に行ってますが、この子が大学に入る前に卒業してしまいますから、何とかなるかなと」と母。
 
「なるほどですね。早稲田は学内にも色々奨学金があるから、うまくするとそういうのももらえるかも知れませんしね。レベル的には上位国立並みですが、N高校で上位の方にいれば、充分狙えるでしょうね。もっとも3年間ひたすら勉強してないといけないけど」
 
「N高校に行く以上はそのつもりです。もちろんその前にN高校自体に合格できるように、今しっかり勉強します」
「うんうん。何か校外の教材してますか?」
 
「進研ゼミを以前ちょっとやってたんだけど・・・・」と言って母の顔を見る。「また、あれしようよ」と母。
「うん。そうする」
 
その後、少し勉強の仕方などについて先生と話をした。
 

話が一段落したところで先生はおもむろに言った。
 
「それで、ひとつ、これは個人的なことではありますが、場合によっては中学側からも話を通しておいたほうがいいかなと思ってですね。その・・・吉岡君のセクシャリティのことなのですが」
「はい」
 
「その・・・吉岡君、今日は学生服を着てますが、しばしばセーラー服を着ていることもありますよね。高校では制服はどうしますか?」と担任。
「そうですね・・・」
「お前、実際どうなの?」と母。
「うん・・・」
「お前、ほんと、日によって学生服で学校に行ってる日とセーラー服で行ってる日があるよね」
「まあ、そうだね」
「最近はどっちかってっとセーラー服で行く日の方が多い気もするけど」
 
「吉岡君自体の心がまだ不安定なのかな?」
「ええ。そうかも知れないです。先生、もし学校からお話しておいてもらった方がいいなら、お願いできませんか?」
と私は言った。
 
「分かった。来月くらいになるかも知れないけど、場合によっては、お母さんも一緒に高校の方に行ってもらえますか?」
「分かりました」
 

N高校はレベルが高いので、うちの中学から受けようと思っている子もそう多くない。上の学年でこの3月N高校に合格したのは10人である。令子は学年トップなので、N高校に行く気満々であった。荻野君や木村君も安全圏っぽかった。ほかに女子ではカオリや環が「N高校にするかH高校にするかだけど、どうしよう」などと言っていた。ふたりとも、私と同様にボーダーラインで、この1年の勉強次第という感じであった。
 
先生から言われた、私の性別問題だか、私の生徒手帳は1年の時は単純ミスで「女」になっていたものの、2年生の時はきちんと?訂正されて「男」になっていた。しかし3年生では、またまた「女」で印刷されていた。写真は3年間、セーラー服を着た写真で通したので、私は「男」と印刷されていた2年生の時でさえ、ふつうに女子で通じていた。
 
もっとも私は中学の時に校内では、セーラー服3割、学生服7割くらい着ていた感じであった(と思うのだが、令子は『セーラー服8割』と主張する)。そんな中で3年間、ほぼ女で通してしまったのが図書委員とチアリーダーだった。
 
図書委員の方は、1年生の1学期はそもそも担任の先生に女子と思い込まれていたので女子枠で図書委員に選ばれたこともあり、貸出しの受付ではいつも女子制服を着ていたのだが(学生服の子が2人並んでいたら女子の生徒が本を借りにくいから、などと言われた)、そのパターンは2学期になっても、また2年・3年になっても続いた。
 
また私は図書館報の編集委員になっていたので、編集作業のある時は司書室で作業をしていたのだが、その時もだいたい女子制服であった。また、編集作業が無い週でも司書室に入り浸っていることが多かったので(司書室内のパソコンで、よくお絵描きして遊んでいた)、私は授業が終わった後は女子制服に着替えて司書室にいるもの、と友人達にも先生達にも思われていたようであった。
 

チアの方では、私は学生服で出てきていた日でも、そのままチアの着替え場所になっている体育館の右側の用具庫に行き、他の子たちとおしゃべりしながら衣装に着替えてから、練習していた。
 
「でも最初びっくりしましたよ」と1年生の女子。
「学生服着ている人が控え室にいて、一緒に脱ぎだしたから」
「ああ、最初は驚くよね」と3年生。
 
「でも、学生服脱いだら、ブラ付けてるし、おっぱい少しあるみたいだし」
「この子、一応アレが付いてはいるけど、男性能力はもう無いから」
とカオリが言う。
「へー!じゃ、もうアレ以外は女の子なんですね!」
「もう面倒だから、アレも取っちゃったら?」と朱絵。
「うーん・・・結構取りたい気分かも」
 
チアでは、私とカオリが3年生のスタンツ(組み体操)ではだいたいトップに乗っていたので、真奈が下で号令を掛けることが多く、真奈が2年生の秋から部長を務めていた(チアは3年生は10月上旬まで)。
 
チアとしては5月中旬と9月末の運動部の大会の応援と、10月上旬の校内体育祭でのパフォーマンスが本番なので、4月から5月と、9月から10月上旬まで全員集まって練習していたが、それ以外の時期も有志でダンスやスタンツの練習はずっとしていて、だいたい毎週火曜と金曜の放課後に集まり1時間くらい練習していた。出てくる人数は5〜10人程度だったが、私、カオリ、真奈、朱絵、などはずっと出てきていた。
 
チアリーダーは人数を揃えるのに1年生は最初各クラスから2人ずつ徴用するものの、その後はダンスの好きな子を誘ったり、あまり興味の無い子は辞めたりで実質クラブ活動に準じるものになっていた。
 
つまり2年生の途中から3年生前半に掛けて、私は図書委員・チアリーダー・コーラス部の3つを兼部していたようなものである。
 

しかし3年生にもなると、友人があちこちのクラブにいるので、それ以外でも結構誘われてあちこちに顔を出していた。5月の下旬には、一度茶道部のお茶会に出てきた。本式なら小振袖でも着れば良いのだろうが、持っている子は少ないので、浴衣でということで、私も浴衣を持っていき、出てきた。
 
「わあ、可愛い浴衣だね」と言われる。
 
私が持っていったのは、濃紺地に白・赤・ピンク・黄なでど染め抜かれた花の模様の浴衣である。
 
「ハルは男物の浴衣を持ってくるのだろうか、女物の浴衣を持ってくるのだろうかって、賭をしようかなんて言ってたんだけどね」
「私、男物の浴衣なんて持ってないよぉ」
「結局、誰も男物の浴衣には賭けなかったから、賭け未成立だった」
「うふふ」
 
「お姉さんか誰かの?」
「ううん。私のだよ。去年の夏に買ってもらって、花火大会とかに着てったよ」
「へー」
 
しかし和服を着て、お茶など頂いていると、ちょっと大和撫子の気分になって、これはなかなか良かった。
 
「ハル、成人式にはやはり振袖着るの?」
「成人式か・・・・そうだなあ。その頃、私どうしてんだろ?」
「きっと、その頃はもうパーフェクト女の子になっちゃってるよね」
「うーん。やはりそうなってるかなあ・・・」
「でも今既にパーフェクト女の子だったりして」
「えーっと・・・・」
 
私は小学校3年生の12月に見た『夢(?)』で、20歳頃に自分のおちんちんが無くなると言われたことを思い出していた。
 

3年生の1学期、私はひとりの男の子と付き合っていた。名前を仮にT君としておく。熱心にラブレターを送ってきたので、私は一度会って、自分は普通の女の子とは違うから、がっかりすると思うと言ったのだが、男の子でも構わないから付き合って欲しいと言われ、受検もあるしと言って、1学期末までの限定で交際することにした。
 
しかし付き合い始めてまもなく私は、彼は「男の子でも構わない」のではなく「男の子の方がいい」のであることに気付いてしまった! 最初のデートの日も私がちょっとサービスしようかなと思い、可愛いワンピースなど着ていったのだが、少し不満そうで「わざわざ女の子の服着なくても、ふだんの男の子の服でいいよ」などと言った。「ごめーん。私、男物の私服全然持ってない」などと言うと「じゃ、スカートじゃなくてズボンならいいよ」などと言われた。
 
結局彼とデートする時は、ズボンを穿いていたり、あるいは学校の男子制服の格好ということになることが多かった。結果的には中学3年のこの時期に私は彼との付き合いがあったことで、男子制服を着ている率が少し上がっていたような気もする。
 
「T君は高校はどこ受けるの?」と私は聞いた。
「広島の私立高校を受けるつもりなんだ。男子校なんだけどね」
「・・・・もしかして、T君にとっては天国とか」
「いや、そういう訳でもないと思うけどなあ。でも、僕は女の子苦手だから、気楽かも知れない」
 

彼と交際しているというのを聞いて、令子やカオリは驚いたようであった。
 
「T君は男の子専門だから、ハルみたいな子には関心持たないかと思ってたのに」
「えー? カオリ知ってたんだ?」
「割と有名だと思ってたんだけどね。ハルは知らなかったのね」
 
「凄く熱心なラブレターくれたから。一応1学期末までの限定交際。夏休みからは受検勉強も忙しくなるしね」
「まあ、ちょうどいい言い訳だよね」
 
「でも、ハルって男の子も女の子も好きになるのは知ってたけど、同性愛の男の子とでも付き合えるのね−」
「あ、それは気にならない。たぶん同性愛の女の子とも行けると思う」
 
「パンセクシュアルって奴ね」
「バイセクシュアルとはまた違うんだ?」
「男の子も好きになるし、女の子も好きになるのがバイセクシュアル、そもそも相手の性別をほとんど気にしないのがパンセクシュアル」
「なんか難しいなあ」
 

T君は私に対して物凄く積極的で、デート中にも何度かキスされたし、彼の自宅に行った時は、かなり際どいことまでされた。
 
最初はふつうにお話していたのだが、やがて私のそばに寄ってきて
「キスしていい?」
などと訊く。
「いいよ」
と私が微笑んで言うと、キスされたが、彼はそれで歯止めがなくなってしまったようで、私の身体にも触ってきた。
 
「吉岡君って、凄く女の子っぽいよね」
「そうだね。けっこう女の子の中に埋没してるかな」
「あれ?吉岡君、おっぱいあるんだね」
「うん。小さいけどね」
「ブラジャーしてるね」
「ずっとしてるよ」
「ね、セックスまではしないから、お布団の中に入らない?」
「そうだなあ・・・」
 
と、私は渋ったものの、私自身、そういうちょっとHなことに興味があったのと『まあ、妊娠はしないしね』と思ったので、彼に言われるまま、彼が敷いたお布団の中に一緒に入った。その日は彼の両親は出かけていて、私たちふたりだけだった。
 
彼はお布団の中で私の服を脱がせていった。
 
「女の子の下着つけてるんだね」
「うん。中学生になった頃からずっとだよ」
「僕、男の子とこういうことしたことないんだ。でも吉岡君、女の子みたいで、なんか不思議な興奮をしてしまう」
 
「T君、高校入ったら、ふつうの女の子とも付き合ってみるの、いいかもね。男子校でも学校外の活動で、女の子と知り合う機会はあるでしょ」
「僕、女の子には興味無いつもりだったんだけど、転んじゃうかも」
 

あそこにも触られる。でも女の子パンティを穿いているので、そのパンティの上から触るほうが、彼としては興奮するようである。
 
「女の子パンティ穿いてるんだね」
「私、基本的には女の子だから」
「あれ?触ってるのに大きくならない」
「そのおちんちんは偽物なの。形だけだから機能は無いんだよ」
「へー。ああ、でも我慢できない。脱がせちゃおう」
 
ブラはたくさん上から触られたのに外されなかったのだが、パンティを脱がせたくなったのは、その中におちんちんがあるからかな?などと私は思った。パンティを下げられてから直接、触られる触られる。
 
「ほんとに大きくならないんだね」
「T君のにも触ってあげるね」
 
私はサービスで彼のに触ったが、もうかなり大きく硬くなっている。きゃー。
 
「あれ?吉岡君、タマタマは?体内に押し込んでるの?」
「私、女の子だからタマタマは無いよ」
「えー?無いんだ」
 
彼がひどくがっかりしたような顔をする。ふふ。ほんとに男の子が好きなんだ。彼は更にその奥の方まで手を伸ばしてきた。きゃー、ちょっとそこは勘弁して〜、と思っていたのに、彼はその付近を触りまくる。
 
「ねー。指とか入れちゃだめ?」
「だめー。そこは進入禁止」
「うん。分かった」
 
彼はなごり惜しそうにその付近に触っていた。禁止と言っていたのに指の先を少し入れられたので、さすがに抗議した。抗議すると彼も素直に抜いてくれた。彼がそこを触り終えた時、私は手を洗うことを要求した。その付近に触った手で他の所には触られたくない。彼も素直に手を洗ってきてから、また私のおちんちんにたくさん触っていた。
 
そのうち我慢できなくなったようで
「自分で出すから、見ててくれない?」
 
と言うので見ていてあげる。彼は激しく自分のをつかんで動かし、やがてビュッと液体が飛び出す。わぁ・・・私は自分では射精の経験が無いので、男の子ってこうやって出すのか、と思ってそれを眺めていた。彼はしばらく放心状態だったが、やがて手を拭いてから、また私の身体を弄び始めた。
 
しかしバストには全然触ろうとしない! こういう触られ方はあまり好きじゃないなあ。私、やっぱり同性愛の男の子とはうまくやっていけないかも、などと私は思った。
 
彼とは約束通り1学期末で別れたのだが、デート中にキスしたり、服の上からあの付近に触られることは何度かあったものの、こういう濃厚なことをしたのは、その時一度だけだった。
 

N高校との接触は結局5月末の水曜日になった。担任が女子制服を着て来てと言うので、その日は母と一緒にセーラー服で学校に出ていき、担任と校長と少し話してから、一緒にN高校に行った。
 
「基本的にはうちの高校では性別が曖昧なことを理由に受入れ拒否したりすることはありません」
とN高校の校長は最初に明言してくれた。
 
「ありがとうございます。ただ、私自身の性別意識がまだ少し不安定な所があって、今の中学でもこうやってセーラー服を着ていることもあれば、学生服で出てきてる日もあって」
と私は自分の現状を正直に説明する。
「一応、生徒手帳は、セーラー服着て、性別も女で発行してもらっているのですが」
と言って、生徒手帳の身分証明欄を提示した。
 
向こうは校長と生活指導主事・保健主事が面会してくれたが、3人ともその説明に頷いている。
 
「あなた、声が女の子なのね」と保健主事。
「はい。声変わりは来なかったので」
「これから来るということは?」
「無いと思います。もう睾丸も無いので」と私。
「あら、そうなの?」
 
「私、小学校の4年生以降勃起の経験も無いし、夢精も含めて射精の経験が一度も無いんですよね。ずっと女性ホルモンも飲んでいるのでバストも少しできています。今、トップとアンダーの差が9cmくらいあります」と私は更に言う。
 
「9cmなら、充分Aカップね」
「はい。クラスにはまだ私よりおっぱい小さい子も居て、私の胸に触って『悔しー』とか言われます」
と私は微笑みながら付け足した。
 
「体育とかは今そちらの中学ではどうしてるんですか?」と生活指導主事。「それもけっこう曖昧ですね」と私は言う。
「ふだん体育の時間は女子と一緒にしていることが多いですけど、男子の方でマラソンとかしている時もありますし、運動会とか球技大会とかでは男子の方に出ることもあります。水泳は女子と一緒です。私、男子用水着は着れないので」
 
「Aカップの胸があったら、男子用の水着にはなれないわね」と保健主事。
 
「トイレとか更衣室はどうしてますか?」
「私、男子と一緒には着替えられないので、だいたい女子更衣室です。トイレも女子トイレにしか入りません」
「ああ、そうでしょうね」
 
結局、N高校側も「制服であれば」男子制服を着ていても女子制服を着ていても構わないと言ってくれた。ただ、できたら男子制服を着ている時は男子に準じて、女子制服を着ている時は女子に準じて行動してもらえたらと言われる。
 
「では、こちらに合格できるように勉強頑張ります」
と私が言い
「あなたがうちに来てくれることを楽しみにしてますよ」
とN高校の校長が言ってくれて、面談は終わった。
 

N高校からの帰り、校長が私に言った。
 
「吉岡さん、あの場では僕も敢えて言わなかったんだけど、君、しばしば学生服のまま、女子トイレとか女子更衣室使ってるでしょ?」
「あ、はい」
「女子トイレや女子更衣室を使うときは、女子制服を着ているようにしない?」
「そうですね。気をつけます」
と私は素直に答えた。
 
学校に戻ってから、それを注意されたことを話していたら、環が
「つまり、ハルは学生服で出てきた日は、体育の時間は、どこかで学生服からセーラー服に着替えて、それから女子更衣室で体操服に着替えればいいんだね」
「うむむ。。。そういうことになるのか! でも学生服からセーラー服に着替えるの、どこでしよう? 女子トイレもダメって言われたしなあ」
 
「家でセーラー服着て出てくれば問題なし」と令子。
「うーん・・・・・」
 

3年生の6月には修学旅行もあった。その少し前のこと。
 
「吉岡君」と私は担任から呼ばれた。
「今度の修学旅行なんだけど、君、男子のほうの部屋に入れるべきか、女子のほうの部屋に入れるべきか、悩んでしまったんだけど」
 
私がこの時期、ちょっと(恋愛事情で)学生服を着ている率が結構高かったのと、私の身体に一応まだ男性器が付いているので、ふだんの体育の更衣室などまではいいものの、女子生徒と同じ部屋に泊めていいものか、悩んでしまったのだろうと私は想像した。
 
「私はどちらも行けますから、どちらでも大丈夫ですよ」
と私は答えておいた。
 
それで結局、私は男子の方の班に入れられていた。
 
修学旅行の当日、私は男子制服を着て集合場所に行った。
「なんで、男子制服着てるの?」とクラスメイトから訊かれる。
 
「昨夜徹夜しちゃってさ。どうせ今日は午前中はずっと列車の中だから、寝ていたいのよね。セーラー服で寝てるとアレだし、学生服で寝ちゃう」
「でも席は?」
「ああ、男子の方に入れられてるけど、隣は森田君だから大丈夫。話し相手がなくて寂しいだろうけどね」
 
そういう訳で、初日午前中、私は列車の中で(乗り換えの時以外)ひたすら寝ていたのである。
 
うちの中学の修学旅行は大阪・京都方面であった。智頭急行のスーパーはくとを使って往復するが、早朝にこちらを出て大阪に着くのはお昼である。初日は大阪に着いてから、まずは大阪城を見て城内でお昼を食べた。
 
「いつも思うけど、学生服を着ているハルって何か違和感を感じるな」
などとカオリからも言われる。
 
「セーラー服姿の女の子が列車の中で爆睡しているのは絵にならないけど、学生服姿の男の子なら、構わないかなと思って」
「いやいや。ハルの場合は学生服を着ても男装している女の子にしか見えない」
と令子。
 
「そうなんですよ、君の隣の女の子、何で学生服着てるの? とか##先生から訊かれたんですよ」
と隣の席だった森田君。
「ああ、ふつうにそう思うよね」
 
「でもなんで修学旅行の前日に徹夜なんかするのさ?」
「それが大変だったんだよ。ゲームしてたら、その中のチャットに入ってた女の子が今から自殺するなんて言い出してさ。その場にいた子数人で、悩みだったら聞くよとか、頑張らなくていいから取り敢えず生き延びてみようよとか説得するのに大変で。何とか落ち着かせたところで時計見たら4時半でゲゲっと思った。朝6時集合だしさ。30分だけ寝てから起きてきた」
「わあ、お疲れ様」
 

午後、最初は「未来科学館」という所を見学に行った。様々なハイテク機器やハイテク素材のサンプルが置いてあり「へー」とか「すごー」とか言いながら、みんな見ている。
 
そんな機器の中にプロフィールチェッカーというのがあった。
「この機械はこのゲートを通った人の、年齢・性別を瞬時に判断して、そこのパネルに表示します」
と係の人が説明する。
 
「よし、やってみよう」
と言って、みんな通っている。
 
カオリも環もちゃんと「15歳・女」と表示される。令子は「13歳・女」と表示される。
「ああ、きっと、おっぱいの成長度も見てるんだよ」と言った男子は速攻で蹴りを入れられる。それを見て笑いながらゲートを通った荻野君は「21歳・男」
と表示される。
 
「うーん。。。僕、そんなに老けてみえるかなあ」
「荻野、きっと顔判定方式の酒やたばこの自販機使えるぞ」
「ああ、そうかも」
「今度実験してみない?」
「買えたら、謹慎くらっちゃうよ」
 
そんな様子を見ながら、私もゲートを通る。
 
「14歳・女」と表示されてしまった。
 
「おお、すごーい」
「学生服着てるのに!」
 
「これ、どういうポイントで判断してるんですか?」と環が訊く。
「ええっと。超音波で、身体全体の骨格的なものと、顔のパーツの配置などを見て判断しているのですが。。。。。あと年齢に関しては配置以外に眉の形、顔のしわやたるみなども見ています」
と、学生服の子に「女性判定」が出たので、係の人も頭を掻いている。
 
「男性が女装していたり、女性が男装していても、顔のパーツの位置関係は誤魔化せないので、だいたい見破るのですけど」
などと係の人が言ったら
 
「ああ。やはり!この子、男装女子学生ですから」と環。
「あ、そうだったんですか!」
と係の人はホッとした表情をした。
 

その日は他に工場の見学などをして、大阪郊外のホテルに宿泊した。
 
ホテルの部屋は4人部屋であった。同室になったのは、森田君・荻野君・伊藤君であった。単純に名簿順に切ると、こうなる訳がないのだが、私と比較的仲の良い男子3人と同じ部屋にしてくれたようであった。
 
その日泊まったホテルは各部屋にお風呂が付いていた。
 
「吉岡、先に入れよ。この3人は誰もお前の入浴をのぞいたりしないし」
と森田君が言ってくれたので、私は
「ありがとう。じゃ、お風呂入って、今日は早く寝ちゃおう」
と言って、お風呂セットを持ち浴室に入った。
 
ユニットバスなので、トイレとバスが一体化している。自分が入浴している間に誰かトイレには入ってくるかも知れないので、下着が見えないように学生服とズボンで下着を包むようにして棚の上に置き、お風呂に入ってカーテンを閉めた。
 
身体を洗った上でお湯を溜めて少しのんびりしていたら、いつの間にか眠ってしまっていた。やばー、っと思って起き上がり、少し熱いシャワーを身体に掛けて身体の細胞を目覚まさせる。お湯を流し浴槽を軽く洗ってからあがり、バスタオルで身体を拭いて新しい下着(ブラとショーツ)を身に付ける。続けて学生服とズボンを着ようとして。。。。え?と思う。
 
そこにあったのは学生服とズボンではなくセーラー服とスカートであった。
 
なんで?
 
浴室の外には男の子3人。下着姿を晒す訳にはいかない。仕方ないので私はそこにあったセーラー服とスカートを身につけた。
 
外に出ていくと、森田君が申し訳無さそうに言う。
 
「吉岡、ごめん。さっき、福沢さん(環)が来て、止めたんだけど、吉岡が男子制服を着るなんて許せんといって。吉岡の荷物を勝手にあさって『なーんだ、ちゃんと女子制服も持ってきてるじゃん』といって、それを脱衣場に置いて、学生服は回収していっちゃったよ」
「また環か!」
 
「でも、吉岡さん、学生服あまり似合わないもん。セーラー服の方が似合ってる」
などと森田君は言っている。うーん。。。。
 
環が持って行ったのなら、修学旅行が終わるまで学生服を返してくれるとは思えない。いや、環のことだから、学生服を宅急便で送り返したりしているかも!ということで、私は潔く諦めて、しばしセーラー服姿で窓際で涼み、旅先のパンフレットなどを眺めていた。
 
荻野君が寄ってきた。
 
「吉岡さん、なんか凄く色っぽいね」
「そう?」
「今、狼の小屋に羊が1匹入ってるみたいな状態だよ」
「えー? でも私、女の子の機能は無いし」
「無くても構わないって、みんな思ってるよ。もっとも今部屋にいるのはおとなしい狼ばかりだから、吉岡さんを襲ったりはしないだろうけどね」
「あはは、襲いようがないと思うけどなあ・・・・ね、荻野君、ちょっとベランダに出ない?」
「ん?いいけど」
 
私は森田君と伊藤君の視線が来ているのを意識しながら、ガラス戸を開けて荻野君とふたりでベランダに出、そして戸を閉めた。
 
「これ、友だちでは令子とカオリにだけは言ったんだけど、荻野君にも言っておいた方がいいかなと思って」
「T君との交際のこと?」
「あ、えっと。それは別に秘密じゃないな。あ、そうかT君にも知られてしまったんだった。詳しくは話してないけど。でもT君とは1学期いっぱいで別れるよ」
 
「ふーん。で、何かあったの?」
「私ね・・・・もう男の子じゃなくなっちゃったの」
「もしかして性転換手術しちゃった?」
 
「あ、それはまだ。私の年齢でそれやっちゃうと、また18〜19歳頃に調整が必要になっちゃうんだって。でも、私、睾丸取っちゃった」
「それって、春休み?」
「分かっちゃってたんだ・・・・」
「吉岡さん、新学期から、物凄く女っぽくなってたもん。もしかして女の子になる手術しちゃったのかな、とか勝手に想像してた」
 
「私の睾丸、小学3年生の頃に機能停止しちゃったのよね。5年以上経過して、このまま放置しておくと癌とかになりやすいから取った方がいいとお医者さんに言われたの」
「じゃ、吉岡さんは小学3年生の時にもう女の子になってたんだよ」
「あ、そうかも知れないなあ。手術するのにお母さんに話して同意書にサインしてもらって。でもお母さんが何も言わずにサインしてくれたので、よけい涙が出ちゃった。私、お母さん説得するのに凄く大変だろうなと思ってたのに」
 
「お母さんはずっと吉岡さん見てるから、気持ちもよく分かってたんだよ」
「そうかもね。私って親不孝だなあと思う」
「そんなことないよ。子供は作れなくなっちゃうだろうけど、孫を作ることだけが親孝行じゃないよ」
「うん、そう考える。何ができるのか自分なりに考えて行こうかな」
 
「吉岡さん、上のきょうだい2人とも男の子だしさ。女の子がひとりいると、特にお母さんとしては色々と楽しみもあると思うよ。お父さんとお母さんの娘として、自分の存在をしっかり考えてみようよ」
「そうだね。私、娘なんだよね」
 
「可愛い女の子だよ」
「えへへ」
「女の子は女の子の服を着ていた方がいいよ。修学旅行はこのあとその服で行くしかないし、学校でも、もう女子制服で押し通しちゃったら?」
「そうだねぇ・・・・」
 
私と荻野君がちょっといい雰囲気で話していて、笑顔で室内に戻ってきたので荻野君はそのあと森田君と伊藤君から質問攻めにあったらしいが、私は眠くなってきたので、そのまま体操服に着替えて(着換える時は3人は後ろを向いていてくれた)、眠ってしまったので、その夜のことはもう知らない。
 

翌日、私が女子制服を着て集合場所に出て行くと、カオリが
「おお、セーラー服着てる」
と言って、嬉しそうな顔をしてハグしてきた。
 
カオリはハグ魔であるが、さすがに昨日の学生服姿の私にはハグしなかった。カオリにハグされると、あ、今日はなんだか普通の日だ、という気になる。環と目が合う。環はVサインをしてきたので、こちらも笑顔で手を振っておいた。
 
隣のクラスの海老原先生(女性)なども
「あ、ちゃんと女の子に戻ったね。何で学生服なんか着てるんだろと心配したよ」
などと言っていた。
 
その日はバスで京都に移動して、清水寺・八坂神社・知恩院・下鴨神社・金閣寺・龍安寺などを回った。金閣寺でクラス単位の記念写真を撮ったが、昨日はこの手の写真を撮らなかったので、私の中学の修学旅行写真は、しっかりセーラー服で写ることになったのであった。
 
しかし私はその日セーラー服で出歩いていて、こういう服を着ていた方が便利だなと思った。昨日は学生服を着ていたので、トイレで実は困っていた。普段学校ではセーラー服を着ている時は女子トイレを使うものの、学生服を着ている時は、職員室の近くにある多目的トイレを使っている。それでも4階の3年生の教室から1階までの往復が面倒だが、旅先では、なかなか男女共用で使える多目的トイレそのものが見つからず大変だった。
 
しかしセーラー服で出歩いていると、ふつうに女子トイレを使えるのでその面のストレスが全く無かった。自分はやはり女として生きて行く方が楽なのかも知れないなあと改めて思った。
 

その日の宿は京都市内の和風旅館だった。昨日は各部屋にユニットバスが付いていたのだが、今日の宿は各部屋にはトイレのみ付いており、お風呂は大浴場である。
 
「吉岡、今日お風呂はどうすんの?」と伊藤君が心配して訊いた。
「え?どうもしないけど」
「女湯に入るの?」
「まさか。私、おちんちんまだ付いてるし、男湯に入るよ」と私は答える。
「入れるの?」
「胸をタオルで隠しておけば大丈夫だよ」と私。
「むしろ、お股をタオルで隠して女湯に入らない?」と傍にいたカオリ。
「う・・・それはちょっと悩むな・・・」
 
「だけどセーラー服で男湯の脱衣場に入っていったら、パニック起きるよ」
「うーん。。。旅館の浴衣に着替えて行こうかな」
 

そこで、昨日と同様に同室になった、森田君たち3人が後ろを向いてくれている間に私はセーラー服を脱ぎ、旅館の浴衣を着た。
 
「なんか色っぽい・・・気がする」と伊藤君。
「ね?やばくない?ほんとに男湯に入れる?」と森田君。
 
「じゃ、僕付いて行ってあげるよ」
と荻野君が心配して付いてきてくれたので一緒に大浴場の方に向かった。
 
廊下の突き当たりのところで、左手に「男湯」という青い暖簾、右手に「女湯」
という赤い暖簾がある。
 
ああ、男湯に入るのって何だか久しぶりな気がするな、と思いつつ、荻野君と一緒に青い暖簾をくぐった。
 
「ここがいいよ」
と言って、荻野君が角の所のロッカーに誘導する。
「ここなら、端っこだから、僕がここに立っていれば、他の人の目には触れないから」
「ありがとう」
と私は微笑んで言って、浴衣を脱ごうとした。
 
その時のこと。
「ちょっと、君たち」
と声を掛けられる。旅館の人のようだ。
 
「そちらの子、女の子だよね? 君、女の子を男湯に連れ込んで何をするつもり?」
 
最初、私が男湯にいることを咎められたのかと思ったのだが、どうも、荻野君が私を無理矢理男湯に拉致したと思われているようだ。これはまずい。
 
「いえ、私、男ですけど」
と言うが、そもそも女声だし、全く説得力が無い。
 
「ふざけないで。今警察を呼ぶから、ちょっと来なさい」と旅館の人。
 
警察!? それはやばすぎる。
 
「ごめんなさい。私、ちゃんと女湯に行きますから、見逃してもらえませんか?」
「君、拉致されたんじゃないの?」
「違います。自分でここに来たんです」
「ほんとに?」
 
「ごめんね、エイちゃん、私がわがまま言ったから」
と言って私は荻野君の頬にキスをした。荻野君がギョッとしている。
「ああ、あんたたち恋人?」と旅館の人。
「はい、そうです」と私は答える。そういうことにでもしないと、荻野君が警察に突き出されそうな雰囲気だった。
 
「では済みません。女湯の方に行きます」
と言って私はお風呂セットを持ち、男湯の脱衣場を出た。旅館の人が付いてくる。ちゃんと私が女湯に行くかどうか見届けるつもりのようだ。
 
でも女湯に行くには「シフトチェンジ」が必要だ。私はそばにあったトイレにまずは飛び込んだ。男湯に入るつもりだったので露出させていた例のものを体内に格納して「ふた」を閉じた。
 
トイレから出てきたところで環と美奈代にバッタリと出くわす。ああ、またこういうタイミングに、なぜ環は来るのだろう?
 
「おお、ハル、一緒にお風呂入ろう」と環。
「うん」
と私は答える。旅館の人はまだこちらを見ている。
「ハル、どっちに入るの?」と美奈代が小声で訊く。
 
「実は今、男湯に入ろうとして旅館の人に見つかって摘まみ出された」
「そりゃ、女の子が男湯に入っちゃいけないね」と環。
「じゃ、女湯に入るの?」と美奈代。
「入る。開き直った」と私。
「よしよし」と環は私の頭を撫で、環と美奈代で、両腕をつかまれ、私はこちらこそ本当に拉致される雰囲気で、女湯と書かれた赤い暖簾をくぐった。
 
やっと旅館の人が安心したように、戻っていくのを目の端で見た。
 

「そういえば、ハルは小学校の修学旅行でも女湯に入ったよね」と美奈代。「入ったというか、環とミナに拉致されたんだけどね」と私。
「そうだったっけ?」と美奈代。
「ハルが、すごく女湯に入りたさそうにしてたから、連れてってあげたんだよ」
と環。
 
脱衣場の中で、ちょうど3つ続きで空いている所があったので、そこを使うことにして、一緒に服を脱ぐ。
 
「女の子と一緒に服を脱ぐのはいつも体育の時間に更衣室でしてるから問題無いよね」と美奈代。
「でも更衣室では裸にはならないよ」と私。
「まあ、確かにそうだけど」と環。
 
私は浴衣なので、すぐに浴衣を脱ぎ、ブラも外してしまう。
「胸、けっこう成長してるね」と言って環に触られる。
「これ、Bカップくらい無い?」
「無い、無い。私のトップとアンダーの差、5cmくらいだよ」
「5cmってAAAカップ?」
「それは絶対嘘だ。これがAAAカップだなんてあり得ない」
「Aカップより大きいのは確実だよね」と美奈代。
「よし。あとで、女子部屋に拉致して解剖してサイズ測定しよう」と環。
「えーん」
 

私はショーツもさっと脱いでしまう。
「あれ? おちんちんもう無いの?」と美奈代。
「おちんちん付けたまま女湯には入れないから、さっきトイレで外して来た」
「へー。でも小学校の修学旅行ではおちんちん付けたまま女湯に入ったじゃん」
「それやると逮捕されるから」
「ハルは日常的に逮捕されてもおかしくないことをたくさんしている気がする」
「あはは」
 
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