【桜色の日々・高校進学編】(1)

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3月。私は県立高校の入試を受けた。私は中学の「制服」で出かけて行った。
 
第1志望をN高校の理数科、第2志望を同校の普通科にした。こうしておけば理数科の合格ラインに達してなくても、普通科の合格ラインを(大きく)越えていればN高校に行くことができるので、少ないリスクでハイレベルの理数科を受けることができるのである。
 
受験願書は父が書いてくれたので、しっかり性別・男に丸を付けられてしまった。個人的には性別・女に丸をした願書を出したかったのだが、仕方無い。
 
一応ハイレベルの高校を受けるということで、念のため市内の私立K高校の特進科も併願しておいた。むろん合格したが、公立高校の合格発表まで入学金等は収めなくてもいいので、そちらは当面放置だ。
 
朝、N高に出て行くと、同じ教室で受験する令子と目が合う。私たちは言葉は交わさず、笑顔で手を振ってから自分の席についた。ここは精神集中する場面。おしゃべりなどして心を乱してはいけない。
 
試験官からいくつか注意があり、まずは最初の時間、国語の試験が始まる。
 
問題は公立高校の共通問題だから、県内随一のレベルのここの理数科に合格するには全科目ほぼ満点に近い点数を取る必要がある。イージーミスが許されない厳しい戦いだ。国語という科目は、問題の文章の内容を読み取る試験ではなく「出題者の意図を読み取る」試験なので、設問の仕方などから、何を答えて欲しいかというのを考えて回答していく。このあたりは、夏休み以降、友人たちと一緒にやってきた勉強会でかなり鍛えてきたポイントである。
 
50分の試験時間の内、35分くらいで解答を終え、再度しっかり見直す。国語は勘違いがいちばん怖い。しかし満点の取りにくい科目であり、また理数科を受ける子の中には不得意な子が多い科目でもあるので、高得点を取ると大きく優位になる。
 
10分で見直しをした後、再度残りの5分で2度目の見直しをしてタイムアップとなる。私は休憩時間は目を瞑り、心を落ち着けて集中力を高めた。
 
2時間目は数学だ。得意科目なのでスイスイ解いていく。25分ほどで解き終えた。見直しを始める。解き方が何通りかある問題では別の解き方をして答えが一致することを確認する。数学は理数科の受験生の大半が満点を取ると考えておいた方がいい。私も満点を取るつもりでしっかり見直した。
 
やがて3時間目社会となる。ここが天王山だ。国語とは別の意味で高得点を出しにくい科目なので、これで差が付くのは間違いない。受験対策でも社会に使った時間がいちばん多い。
 
これで休憩となる。
 

大きく伸びをしたら、その腕を令子につかまれた。微笑んで一緒に外に出て、トイレに行く。
「どう?感触は?」
「今の所いい感触かな」
「私も。大きなミスはしてないつもり」
 
女子トイレは例によって長い列ができているので、待っている内に結構会話が進む。私たちは敢えて問題自体の話はしない。今合ってた間違ってたということを話す必要は無い。不安を増幅させるようなことはしないのが賢い。
 
教室に戻り、令子の机の所で一緒にお弁当を食べるが、話はむしろ大学受験の話をしていた。
 
「難関10大学って分かる?」
「ああ、そのあたりの情報が私怪しい」
「まずは旧帝大7校。言える?」
「えっと・・・東大、京大、大阪大。。。名古屋大?」「うん」「東北大も?」
「そうそう」「あと2つ。。。えっと・・あ、そうか。九州大」「あと1つ」
「あ、分かった。北海道大だ」
「言えたね。これにあと3つ、一橋大、東工大、神戸大を加えて10校」
「へー。一橋大・東工大・神戸大って、そんなにレベルが高いんだ!」
 
「この難関10大に東京医科歯科大学・東京外国語大学と私立の早慶を加えたのが『雲の上』だよ。その下は旧六・新八に始まって、MARCH・関関同立といった比較的上位のグルーピングからやや知名度の落ちるグルーピングまで、色々なランク付けがあるけど、結局この『雲の上』との壁は大きい。単純な偏差値の数字差以上の距離感がある」
「ああ」
 
「上位14校は才能のある人が一所懸命勉強して、初めて通る大学」
と令子。
「私みたいに才能の無い人はどうすればいいの?」と私。
「まあ、運というものもあるから」
「うふふ。じゃ、その運に賭けてみよう」
 
「ね、ほんとの所はどこ狙ってるの?」と令子。
「◇◇◇◇大学」と私。
「ほほぉ」
「いや、実は東京にある国立大学で理学部のある所といったらそこしかなくて。だから本当はお茶の水女子の理学部に行きたかったんだよ」
 
「あはは。じゃ、よくハルがお茶の水女子って言ってたの冗談じゃなかったんだ?」
「うん。だから、一緒に雲の上まで行こうよ」
「うん」
 

4時間目の英語はやはり点数を稼ぐ科目なので、ほぼパーフェクトに書いた。微妙なのが最後5時間目の理科で、高得点を取らなければならないのに簡単には高得点が取れない科目である。どうしても各自苦手な分野があるので、その分野から出題されていると辛い。しかし運が良いことに全く分からない問題は無かったので、何とか全部解答することができた。90点は取れた感触だった。
 
私は50分の試験時間を使い切って最後まで迷う所をよくよく考えて選択した。
 
試験終了の合図で、シャープペンシルを置き、私は目を瞑って大きく息をした。頭が空っぽになる。なぜか不思議な笑みが浮かんだ。
 

令子と一緒に集合場所に行く。
 
今日この高校を受けたのは、女子の友人では、令子・カオリ・環・みちるの4人である。仲良しグループの中で、美奈代・好美・朱絵・由紗・由芽香は結局H高校を選択した。みな公立には行きたいので、模試の成績を見て、無謀な挑戦はしていない。
 
N高組では、私と令子・みちるの3人が理数科・普通科の併願、カオリ・環は最初から普通科を第1希望にしていた。
 
5人で取り敢えず近くのスーパーに入り、休憩コーナーで自販機の暖かい紅茶を飲みながら、今日の報告をする。
 
「試験は、みんな感触はどうだった?」
「私は天に祈る」と環。
「良き幸運を」
「私はほぼ全部満点にしたつもり」と令子。
「まあ誰も令子の点数は心配してない」
 
「私は480点くらいかなあ。たぶんボーダーライン」と私。
「私は多分460くらい。ハルより微妙かも」とみちる。
「まあ、ふたりとも理数科に落ちても普通科は大丈夫だろうね」
「私は通ったつもりでいるけど落ちたらショックだなあ」とカオリ。
「幸運を祈ろう」
 
「H高組はどうだったかな?」
「今情報交換中・・・・」
「ふーん。ミナ(美奈代)・あっちゃん(朱絵)・好美は感触良かったみたい。由紗と由芽香は微妙だと言ってる」
「みんな公立行けるといいね」
 
「K高校に行くとなると通学距離が長いもんね」
「そうそう。まだH高校の方が近い」
「やはりみんな通学の便の問題が大きいか」
 

「でもハルはちゃんとセーラー服で受験したんだね」
「こないだのK高校の方も、女子制服で受けに行ったよ」
「K高校は面接も受けたんだよね?」
「もちろん」
「何も言われなかった?」
「特に」
 
「今日の受験票、見せてよ」
「うん」
と言って、私はN高校の受験票をみんなに見せる。
 
「ああ、ちゃんとセーラー服で写った写真を貼ってるんだ」
「あれ?性別は男になってる」
 
「お父ちゃんに男って書かれちゃったんだよ。その時点では学生服の写真を貼っておいた。その後で写真は貼り替えて提出した」
「おお、偽装工作だ」
「そもそも3年間女子中学生やっておいて、そのことをお父さんにカムアウトしてないというのがおかしい」
「うーん。結局、今年なんて2学期以降は私ほとんどセーラー服で通学したからなあ。その内、気付かれるかとも思ったんだけど」
「まあ、父親なんて、そんなものかもね」
 
「K高校の受験票もこんな感じ?」
「そうそう。セーラー服の写真で、性別は男になってた」
「でも、その件は面接の時に何も訊かれなかったんだ?」
「性別までいちいち見てないのかもね」
「うーん。。。。目の前にセーラー服の子がいれば、それで女の子としか思わないのかもね」
 

「でも、高校はもう完全に女子制服で通学するんでしょ?」
「それ迷ってるんだけどねぇ・・・」
「なぜ迷う?」
「今更迷うなんてあり得ない」
「高校では女子制服で通うから、女子制服で受験したんじゃないの?」
 
「うーん。そこまでは考えてない。ただ自分にとっては女子制服着ている方が自然だから、それを着て受験しただけで」
「お父ちゃんとも、一度ちゃんと話し合ったら?」
「うーん。。。それがなかなか出来なくて」
「でもいつかは話さないといけないよ」
「そうなんだけどね・・・」
 

友人達としばらくおしゃべりしてから帰宅する。セーラー服のまま、しばし母と試験の様子などあれこれ話してから、17時になったので、普段着に着替えて晩御飯の支度をしよう・・・・としていたら、父が帰宅した。
「お帰り。随分早いね」
「停電になって、仕事にならんから今日はもう帰ろうという話になった」
「へー」
 
「晴音(はると)、試験どうだったか?」
「うん。感触良かったよ。ただレベルが高いから、もしかしたら理数は落ちて普通科になるかもね」
「まあ、その時はその時だな」と父。
「でも、受験勉強かなり頑張ってたよね」と母。
「ほんと、お疲れ様だな。そうだ! 今日は温泉にでもいかないか?」
「へ?」
 
「受験勉強の打ち上げで、のんびりお湯に浸かって、すき焼きか何かでも食べよう」
「ああ、それもいいかもね、たまには」と母。
「久しくそういうことしてなかったし。たまにはいいだろう」と父。
 
うーん。そういえば確かに家族と温泉に行くなんて、随分してない気がした。「そうだね。たまにはいいかもね」と私はのんびりと返事するが、内心かなり焦る。私、男湯には入れないよ〜。
 
父が車を運転して、玉造温泉まで行った。私たちが行った所は受付はひとつで中で男湯・女湯が別れている形式だ。母が3人分の料金を払い中に入る。そして私と父が男湯の脱衣場、母が女湯の脱衣場に入る。
 
しかしここで私は
「ごめーん。車の中に忘れ物」
と言う。
「何やってんだ? ほれ、取ってこい」
と言って、父は車のキーを貸してくれた。
 
私はキーを受け取ると、男湯の脱衣場を出て、いったんロビーをぐるりと回り、それから今度は女湯の脱衣場に入った。ふっと息をついて、服を脱ぐ。
 
セーターを脱ぎ、ポロシャツにブーツカットのジーンズ、防寒用に着ていたミニスリップを脱いで、ブラとショーツを脱ぐ。私はタオルとシャンプーセットを持ち、女湯の浴室に入った。
 

身体を洗い、浴槽に浸かって、大きく息をした。母が私を見つけて近づいてきた。
「あんた、やっぱりこちらに入るのね」
「うん」と言って私は微笑む。
 
「お父ちゃんには車に忘れ物した、といって向こうから離脱してきた」
「もしかして、修学旅行とかでも女湯に入った?」
「私が小学3年生の時に、天兄・風兄も一緒に家族5人でここに来たよね。兄ちゃんたちふたりは中学生で」
「そんな前かねぇ」
「あれが私が男湯に入った最後だよ」
「そう・・・・」
「小学校の修学旅行も中学の修学旅行も女湯に入ったよ。他にも何度か令子たちと一緒に女湯に入ってる」
 
「お友だちと一緒だと心強いかもね。でも、あんた胸大きくなったね」
「Bカップだよ」
「もう立派な女の子だね」
「えへへ。それでさ」
「うん」
「お母ちゃん、悪いけど、高校の女子制服代、出してくれない? 出世払いで返すから」
「うん。分かった」
 
「ごめんね。よけいなお金使わせて」
「女の子にお金使うのは親の楽しみなんだよ。ところで、お前、いつおちんちん取ったんだっけ?」
「・・・えっと、まだ付いてるけど」
「あら、そうなの?」
 

女湯の脱衣場から出てくる所を父に見られたくないので、先に上がった。身体を拭き、着替えのブラとショーツ、スリップを着て、その上にここに着て来たポロシャツとジーンズを穿いて、女湯の脱衣場を出た。
 
自販機でお茶を買って飲みながら、しばらく涼んでいたら、男湯の脱衣場から父が出てきた。私を見つける。
 
「晴音(はると、お前風呂入ったのか?」
「入ったよ。気持ち良かったよ」
「全然気付かなかった」
「あ、車の鍵、ありがとう」と言って鍵を父に返す。
 
「最近お前とあまり話せてなかったから、男同士ゆっくり話したかったのに」
「いつでも話そうよ」と私は笑って答える。
 
「まあ、でも高校入試も終わったけど、もうそのまま大学入試の臨戦態勢なんだろうな」と父。
「うん。N高校に合格したら1年目からもう補習、補習だよ」
「しっかり鍛えられろ。お前、早稲田に行きたいと言ってたな」
 
「そうだねー。早稲田にちょっと憧れている先生がいるから」
「ああ。そういうのもいいだろうな。ただ、お前が在学中に俺は定年になってしまうから」
「大丈夫だよ。バイトもするし。奨学金も受けるし。でも少しだけ手伝って」
「うん。男の子はしっかりした所出た方がいいし、俺もまだ再就職して頑張る。女の子なら遠くにやらずに県内の短大か専門学校にでもやる所だけど、男はやはり四年制大学出てた方がいいからな」
 
うーん。。。こういうこと言われるとカムアウトしにくいなあ・・・・
 
「天尚(あまお)は京都の同志社、風史(かざみ)は大阪の関大、お前は東京の早稲田か。。。みごとにみんなバラバラの町に行くな」
「お互いあまり干渉されたくないんだよ」
「ああ、男の子はそんなものだろうな。でも独立心があっていいと思うぞ」
 
「でも、ボク、国立に行くかも。もしかしたら。その方が学資も楽だし」
「ああ。それは助かるけど。東京で国立というと、東大か?」
「さすがにあそこに行く頭は無いよ。東京方面ってことで、一橋とか筑波とか横浜国大とか千葉とか」
「筑波って言ったら、昔の東京教育大学か」
「うん。更に古くは東京高等師範だよね」
「あそこ、うちより田舎じゃないか?」
「かも知れないという気はする」
 
「お茶の水女子大とかも考えたんだけどね、入れてくれなさそうだから」
「そりゃ、女子大は女しか行けんだろ?」
「ふふ」
 
さて。このあたりから「話」を持って行けるかな?と思ったのだが、その時、ロビーに置いてある大きなプラズマテレビで、ニューハーフタレントさんが出てきて話し始めた。父が顔をしかめる。
 
「こいつは好かん」
「そうなの?」
「男から女に変わったとか。化け物じゃないか」
「そ、そう?」
 
えーん。こんなこと言われると、カムアウトできない!
 
「そういえば、お前いつも髪長くしてるな」
「うん。まあね」
「女みたいに長い髪は気持ち悪いぞ。切ったらどうだ?」
「そのうちね」
 
「中学ではその髪、注意されなかったか?」
「別に」
「高校はもっと厳しいぞ、きっと」
「そうかな。でもこれ女の子にも見えちゃう髪の長さだよね」
「うん。だから、入学前にきれいに切ったらどうだ?」
 
「ねえ、お父ちゃん、ボクがもし女の子になっちゃったりしたら、どうする?」
「そんな悪夢みたいなことは勘弁してくれ。しかしうちの会社にもいたよ。息子が女になっちまったって。いつの間にか、おっぱい大きくして、チンコも取ってしまってたらしい」
「へー」
「もう刺し殺してやろうかと思ったけど、取り敢えず勘当したと言ってた」
「へー!」
 
取り敢えず今日はカムアウトできないな、と私は思った。刺し殺されるのは嫌だ!
 

3月15日は中学の卒業式であった。
 
公立高校の合格発表の前に中学の卒業式があるというのは「後は知らん」という意味では?などという説もあるけど、合格した子、合格できなかった子というのが曖昧なままの方が良いこともあるのだろう。
 
中学の入学式の日には、セーラー服を荷物の中に隠し持って、学生服で登校した私だったが、卒業式はしっかりセーラー服で出て行った。
 
なんだか結局男なのか女なのか曖昧なまま過ごしてしまった3年間だったなあと我ながら思い返す。
 
小学校の時の友人はそのままほぼ中学に上がってきたけど、高校への進学ではみんなバラバラだ。あるいは今日限りに二度と会えない子もいるかも知れないと思うと、少し感傷的な気分になった。
 
実際広島の私立高校へ行く子も何人かいるので、そういう子たちとは手を取り合い、ちょっと涙を流したりして別れを惜しんだ。私は体育館での卒業式が終わった後、ホームルームに行く途中で、3年生の1学期だけ交際したTを見つけ手作りのクッキーを渡した。
 
「形に残らないものの方がいいだろうと思って」
「うん。ありがとう」
 
私たちは握手をして笑顔で別れた。彼は希望通り広島の私立男子高校への進学が決まっていた。
 
教室に行き、先生のお話を聞く。お話を聞きながら、また色々な思いが胸に込み上げてきた。
 
ひとりずつ卒業証書が渡される。「伊藤君」と呼ばれ、男子から名簿順に呼ばれていく。男子の方の最後まで行っても私の名前は呼ばれない。そのまま女子の方に行き「我妻さん」と令子が呼ばれる。私は微笑んだ。女子の最後の方「雪下さん」と好美が呼ばれ、その後、クラスで最後に「吉岡さん」と私の名前が呼ばれた。呼ばれた順序が卒業証書の連番の順序だから、私は結局この中学を女子として卒業することになる。「はい」と返事して受け取りに言った。「卒業証書。吉岡晴音(はるね)」と読み上げられて、私は証書を受け取った。
 

「ただいまあ」と言って家に帰ると、母が「お疲れ様でした」と言って迎えてくれた。
 
「そうだそうだ。その卒業証書持ってるところ、記念写真」
「セーラー服のままでいいの?」
「あんた、この3年間の内7〜8割はセーラー服で通ったでしょ?」
「そんなに着てたかなあ・・・」
「だから、セーラー服の方があんたの本来の服だよ」
「えへへ」
 
卒業証書を広げた所を母がデジカメと携帯で写真に撮った。
 
「これ、私のお宝ファイルにしよう」と母。
「ふふ」
「次は高校の入学記念写真だね」
「女子制服で写ってもいい?」
「あんた、もちろんそのつもりなんでしょ?」
「うん」
 

翌日。私は9時半に家を出て、N高校に行った。10時から合格発表である。発表が行われる玄関前に既に多数の受験生たちが来ている。カオリを見つけて寄って行く。
「お早う、早いね」
「うん。なんかドキドキしてさ」
 
やがて、環とみちるが来て、令子は発表の直前、9時59分になってからやっと来た。
 
高校の先生が数人出てきて、受験番号を書いた掲示板を立てた。自分の番号を探す。
「きゃー、理数科に通ってる!」
とみちるが嬉しそうな声をあげた。
「よかったね。おめでとう」
「ハルは?」
「通ってた」
「おめでとう」
「令子は?」
「うん。受験番号あったよ」
「理数科だよね?」
「うん」
 
「カオリは?」
「うん。番号あった」
「よかったね」
 
私たちは難しそうな顔をしている環に声を掛けあぐねた。しかし令子が声を掛ける。
「環、どうだった?」
「うん・・・」
と環は暗い顔をする。
「だめだった?」
とみちるが心配そうに訊く。
 
「合格してた」と環。
「だったら、そんな顔をするなよ」と令子が言い、それから笑顔になった環をみんなでもみくちゃにした。
 

私たちは各々受験票を提示して高校の先生から入学案内の書類をもらい、それから近くのスーパーに移動し、休憩所に行って自販機のコーラで祝杯を挙げた。
 
「情報交換。H高の5人も全員合格してたって」とみちる。
「良かった、良かった」
「週末は慌ただしくなったり、それぞれの家での話し合いとかあるかも知れないから、火曜の午後、10人で集まろうという提案が来てるけど」
「OKOK」
「じゃOKするねー」
 
「家庭内での話し合いって言っても、学費の安い公立をキャンセルして高い私立を選択ってのは、多分無いよね」
「無いと思う。勉強もK高の特進に行くよりN高やH高の補習の方が確実に鍛えられるし」
「N高の補習の凄さは有名だけど、H高もかなりのものだもんね」
「まあ、補習を受ける受けないは個人の自由だけどね」
「だてにどちらも毎年東大に何人も送り込んでないよね」
 
「この後の日程はどうなるんだっけ?」
「19日月曜までに入学手続きでしょ。22日木曜に入学者説明会。ここで教科書や学校推薦の辞書とか必要なら買って、制服の採寸。4月に入って2日月曜に新入生の健康診断。一週間後の9日に入学式だね。制服は6日仕上がり」
と入学案内の封筒の中に入っていた紙を見ながら、みちるが言う。
 
中学の担任の先生にもみちるは電話を入れていた。
 
「結局、N高の理数に通ったのは、私たち3人と、男子では荻野君だけだって」
「わあ」
「木村君は普通科だったらしい」
「体調でも崩したのかな」
 
「でも定員40人の狭き門にうちの中学から4人も通ったってのが凄いけどね」
「やっぱり勉強会の効果があったね」
 
私たちは夏休みから毎日受験に向けて勉強会をしてきていたのである。
 
「でも、これって進学実績表には、男2女2と載るのかな、それとも男1女3で載るのかな」と私が言うと
「男1女3に決まってる」
とみんなから言われた。
 
「どうもさ、ハルはまだ高校に学生服で通うか女子制服で通うか、迷ってるみたいなんだよね」と令子。
「もう迷うことがないように、おちんちん取っちゃえば?」と環。
「みんなで押さえつけといて、切っちゃおうか?」とみちる。
「ああ、それもいいね」とカオリ。
 

帰宅して母に合格していたことを報告すると、母は会社に出ている父にすぐ連絡を取り、父の承諾を得て、母がすぐに私を車に同乗させて郵便局に行き、入学金を指定の用紙で振り込んでくれた。そして、その振込用紙の控えを持って、そのままN高校に行き、入学手続きをしてくれた。私は中学の女子制服を着て行った。
 
「22日、来週の木曜に入学者説明会があって、そのあと女子は別室で制服の採寸があるのですが、160人まとめてやるので時間が掛かるんです。それ以前にショッピングセンターの○○屋さんでも制服の採寸は可能ですが、どうなさいますか?」と学校の人が言った。
 
「あ、じゃこの子連れて出てきたついでに行ってきます」
と母が言い、私を連れて市郊外にあるショッピングセンターまで連れて行ってくれた。
 

「あんた、女生徒として全然疑問を持たれてなかったね」
と母は車の中で運転しながら言った。
 
「まあ、今日はセーラー服で来たしね」
「だけど、あんた男子として合格してるの?女子として合格してるの?」
 
「どっちなんだろう・・・入学願書は男で出したけど、中学から行った内申書は女になってると思う」
「ああ」
 
「でも、男女どちらの制服を着てもいいと言われてたから」
「ああ、そうだったね」
「結局中学の時と似たような感じになるかも」
「あんた自身、自分の性別を迷ってるの?」
「迷いようが無い、って友だちは言うんだけどね。私、もう男には戻れないもん」
 
「戻れないというか・・・・あんた、男の子だった時期あったっけ?」
「あまり自信無い」
 

「中学の制服の採寸は、お友だちと一緒に行ったんだったね」
 
「うん。その時は私、付いてくだけで、作るつもりなかったんだけど、みんなが採寸した後で『じゃ次はあなたね』と言われて、作らないと言ったんだけど、採寸だけでもしておけば、とか友だちに唆されて。でも結局作っちゃった」
 
「結局まだお父ちゃんには言ってないのね」
「ごめーん。こないだ温泉に行った時に思い切って話そうと思ったんだけど、テレビに出てきたニューハーフタレントさん見て『化け物だ』とか、それから知り合いに息子が性転換してしまった人がいて、もう刺し殺そうとしたとか、そんな話を聞いて、なんかカムアウトできなくなっちゃった」
 
「ああ。。。自分の息子がそうなってると知ったらショックだろうね」
「うん。大学に入ってから仕送りしてもらえない可能性はあるよなと思ってるから、できるだけ頑張ってバイトするよ。でも大学入学までにお父ちゃんと揉めちゃった時は、大学の入学金と前期授業料までは、お母ちゃん助けてくれない? その後は自分で何とか頑張るから」
「うん。私もへそくり貯めておくようにする。でもそれなら国立に行って」
 
「うん。実は◇◇◇◇大学を狙ってる。かなり勉強しないと無理だから、まだ令子にしか言ってなかったんだけど」
「ふーん。頑張りなさい」
「うん」
「令子ちゃんは、どこ狙ってるの?」
「阪大だよ」
「おー。さすが頭のいい子は違うね!」
 

ショッピングセンターの中に入っている洋服屋さんに行き、N高校の制服ということで採寸をしてもらった。採寸をしてくれたのは、中学の制服を作った時の人だった。最初に「合格おめでとうございます」と言われた。
 
「ありがとうございます」
「あなた、中学の制服を遅れて頼んだ人よね?」
「はい。その節はお手数お掛けしました」
「あれ、ギリギリ入学式に間に合って良かったよね」
「ええ、助かりました」
 
「今度は学校での採寸会より早く来たのね」
「懲りましたから」
「うん。でもN高は補習とか凄いみたいだけど、頑張ってね」
「ありがとうございます」
 
中学の制服はW61, B90で作っていたのだが、まだまだ身体が成長期でしょうから少し余裕があった方がいいですよと言われ、W64 B95 で作ることにした。
 
「あなた身長は中学入学の時すごく高かったけど、それから変わってないわね」
「ええ。身長の伸びは止まったんだと思います」
「じゃ、着丈・スカート丈はそのままでいいかな・・・」
 
そんなやりとりをしていたら、母が何だか嬉しそうな顔をしている。
 
「お母ちゃん、どうしたの?」
「いや、娘の高校制服を作るのが、こんなに楽しいことだとは思わなかった」
と母。
 
「ああ、女の子はそういう楽しみがありますよね」
とお店の人も笑顔で言った。
 
制服は早めに注文を入れたので、月末にできるということだった。
 

家に帰ってから、併願していたK高校の方は、ネットから、受験番号と渡されていた暗証番号を使って、辞退の手続きをした。夕方父が戻ってくると、改めて「おめでとう」と言われる。その日はお祝いにすき焼きをした。
 
私が材料を手際よく切って食卓に運んでくるので
「お前、料理上手いんだな」と父から言われる。
「だって、晩御飯の支度は、お母ちゃんと1日交替でしてるよ」と私。
「あ、そうだったんだっけ?」
「この子、料理のレパートリー多いし、お魚もさばけるし、揚げ物も上手いし、ハンバーグも餃子も上手に作るし、いつでもお嫁さんに行けますよ」と母。
 
「お前、嫁に行きたいの?」と父。
「あ、けっこう行きたいかも」と私。
「そういう気持ち悪いのは勘弁してくれ」
と父が言うが、私と母は顔を見合わせて笑った。
 

20日。火曜日。
 
中学の友人達で集まる。私はアースカラーのTシャツの上にお気に入りの桜色のカットソーを着て、下は黒いスリムジーンズを穿いて出かけた。
 
待ち合わせ時刻の少し前に着いたら、環と美奈代が先に来ていた。
「おはよー。ふたりとも改めて合格おめー」
「そちらも、おめー」
「でも残念だよね。環とミナ、仲が良いのに別の高校になっちゃって」
「まあ仕方無いね。私N高は無理だったし」と美奈代。
「私は阪大狙ってるから、どうしてもN高行きたかったし」と環。
 
「みんな行き先は確定したのかな?」
「**君がC高落ちちゃって」
「わあ」
「あの子の家、家計が苦しい上に下に弟さんが3人いるからって私立は受けてなかったのよね」
「どうするの?」
「工業の定時制二次募集を受けるって話。どっちみち高校に入ったらバイトしたかったらしいし」
「大変だね」
 
「ところで、ハルはなぜズボン穿いてくるのさ?」
「え?別にズボンでもスカートでもいいと思うけど」
「ハルはスカート穿かなきゃね〜」と美奈代。
「そんなこと言ってる、環もミナもズボンじゃん」
「私たちはいいのよ。でもハルはスカートなの」
「なんで〜?」
 
「おお、ここにちょうどW59のスカートが」
と環がバッグの中から、妙に可愛いスカートを取り出す。
「わあ、可愛い! でも59じゃ、タマりんも私も穿けないね」
「おお、そこにちょうどW59の女の子が」
「それはそれは。ぜひ穿いてもらおう」
 
「分かったよ。穿いてくるから貸して」
「私には小さいのよ。あげるから」
「うん。じゃ、もらう」
 
私は笑って環からスカートを受け取り、トイレの中で穿き換えてきた。
 

やがて、みんな集まってくる。
「なんか、ハルが凄く可愛い格好してる」と由紗。
「環のせいだよー」
「おー、まい、らう゛りー、ハル〜」と言ってカオリはまたまた私をハグする。
 
10人集まったところで、環が提案をした。
「メーリングリスト、作ろうかと思うんだけどね」
「どういうのだっけ?」
「そのメーリングリスト専用のアドレスにメールすれば、ここにいる全員に同じ内容のメールが届く」
「ああ」
「そのメールに返信した場合、全員に返信される」
 
「要するに、このメンツだけの井戸端会議って訳ね」
「そうそう」
「何を話すの?」
 
「ふつうのおしゃべり」
「今日はちゃんとハルは女子制服を着てきたかとか話すのね」
 
「さすがにハルも高校生になったら、ちゃんと女の子の格好するんじゃない?」
「いやぁ、監視してないとまだ危ない気がする」
 
「私、携帯持ってない」
「パソコンでもいいよ。どっちでも自分の都合のいい方で参加すればいい」
「両方登録してもいい?」
「全然問題無し」
 
「登録するアドレスから halgirl@****.net 宛てに「subscribe」と書いたメールを送って。本文に自分は誰だって書いておいてね」
と言って、環は登録方法を書いた紙を全員に配る。
 
「りょうか〜〜い」
 
「halgirl って・・・・」
「やはりハルがちゃんと女の子しているかどうかの監視なんだ!」
「その報告は、みちる、よろ〜」
「アイ」
 
そしてこのメーリングリストは20年以上続いていくのである。
 

22日の入学者説明会。
 
私は母と一緒に中学の女子制服を着て出て行った。まだ普通科のクラス編成が行われていないので、理数科も普通科も一緒に、ごちゃ混ぜ状態で体育館で先生たちの話を聞いた。
 
私は令子・カオリを見つけて傍に寄っていったが、令子のお母さん・カオリのお母さんは、うちの母とも顔なじみなのでお互いに
「合格してくれたのは嬉しいけど、これからが更に大変そうですね」
などと話していた。
 
私がセーラー服を着ていることについては、令子のお母さんもカオリのお母さんも見慣れているというか、むしろ男の子の格好をしている所をほとんど見られていないので、母も最初は少し恥ずかしそうにしていたが、
 
「でも本当にハルちゃんは、こういう格好が似合ってますよ」
などと令子の母から言われて、やや嬉しそうな顔をしていた。自分の子供が褒められるのは純粋に嬉しいものなのだろう。
 
高校の先生のお話は、やはり大学進学に向けての話が半分くらいを占めており、大学のランキングとグループ(旧六・新八やMARCH・関関同立など)の説明、補習の体制や、普段の学習の仕方などについての説明などが行われた。
 
その日は教科書を購入したが、辞書は既に持っているものと同レベルだったので特に買わなかった。他、体操服と上履き・体育用シューズを買ってもらった。
 
「体操服は男女で違うのね」と母が呟くように言ったら
「ええ。デザインは同じですが、高校生にもなると男女で体型が違うので、それを考慮してあります。それと仕上げの色も似てますが女子の体操服は下着が見えにくい布地を使っています」と販売の担当者が説明してくれた。
 
布地が違うせいか、女子の体操服の方が500円高い。
 
母は私をいったん売場から引き離してから
 
「あんた、女子の体操服でいいんだっけ?」と訊いた。
「そうだね。私、もし男子の制服着ていく時もブラは付けてると思うし。それに私、体型も女の子体型だし」と答える。
「そうだよね」
 
と言って母は女子用体操服のSを買ってくれた。
 

3月30日の金曜日。制服が仕上がったという連絡があったので母と一緒に取りに行った。中学の制服は、親戚からもらったお祝いを使って自分で買って最初の内は隠し持っていたので、母に打ち明けた時は仰天されたのだが、高校は最初から母も承知の上である。受け取った時、何だか物凄く嬉しい気持ちになったが、母も嬉しそうな顔をしているのを見て、自分ってそんなに親不孝でもないのかも知れないな、という気持ちになった。
 
自宅に帰ってから、その紺のブレザーとチェックのスカートの制服を早速着てみて、リボンも可愛く結び、母に記念写真を撮ってもらう。データを令子とカオリにメールしたら《可愛い*^^*》《らぶりぃ^^》というお返事が来た。
 
夕方。今日は御飯の当番だったので、カレーを作った。17時半くらいにできあがったのだが、私は急に自分のことをちゃんと父に話したくなった。それでカレーを仕上げた後で、私は高校の制服に着替えて来た。
 
「どうしたの?」と母。
「この格好をお父ちゃんに見せてちゃんと言う」と私。
「うん、それがいいかもね」
 
ところがその日は父がなかなか帰ってこない。19時すぎになってやっと母の携帯にメールが入る。
 
「・・・・ハル、お父ちゃんね、緊急の仕事が入って今夜は帰られないって」
 
私はどっと疲れた。カムアウトって、こんなに難しいの??
 

結局父に打ち明けられないまま、4月に入り、2日の月曜日には健康診断があった。私は合格発表の時にもらった封筒の中にあった健康診断の案内に書かれていた日時を見て、出かけて行った。ボタンの無い、脱ぎやすい服装で、という指定だったので、カットソーの上にセーターを着て、下は着脱しやすいコットンパンツを穿いて出かけて行く。
 
会場になっている体育館に入っていくと、カオリがいたので、取り敢えずハグする。いつもの習慣である。
 
「カオリ、なんか今日は胸が大きい」
「脱ぎやすい服装ってんでセーター着てきたけど、胸が目立つよね」
「もしかして普段、締め付けすぎてない?」
「でも、ハルも結構胸があるね」
と言ってカオリは私のバストを撫で撫でする。
 
カオリはハグ魔だが、他の子のバストに触るのも好きだ。これだけ美人なのに彼氏を作ったこともない。ひょっとしてレズっ気があるのでは?、などとも疑うのだが、本人は否定している。
 
やがて令子・みちる・環もやってきて、やはりカオリにハグされ、胸も触られている。
 

「あれ、今いるの女子ばかり?」
と私は突然そのことに気付いて言った。
 
「そりゃ、男子と女子を一緒に健康診断はできないでしょ」
「あっそうか」
「男子は午前中に終わったみたい。中島君から聞いた」
「へー」
「でも私、女子で良かったのかなあ」
「何を今更」
 
「中学でも女子と一緒に身体測定してたのに」
「うん。でも私がもらった書類でこの時間が指定されてたってことは、私は女子ということになってるのね」
「ハルは女子に決まってる」
「何を今更」
 
そんなことを言っていたら、ちょうど保健室の先生が通りかかった。
 
「あら、あなた例の子ね?」と私に声を掛けてくる。
「あ、はい。その節はお世話になりました」
 
「でも、こうして私服で見ても、あなたほんとに女の子にしか見えないね」
「そうみたいですね」
 
「あら。。。でも、私、この件、確認しておくの忘れてた。他の女の子と一緒で良かったのかなぁ。。。別室扱いにする?」
と先生。
 
「この子、中身は完全に女の子ですから、ふつうに他の女子と一緒で問題無いですよ」
とみちる。
「中身というか心だけじゃなくて、身体も、胸はあるしタマは無いし、女に分類していいと思います」とカオリ。
 
「それに本人の恋愛対象は男の子だから、女の子の下着姿とかヌードとか見て興奮したりもしないし。中学でも女子と一緒に身体測定してましたよ」
と環。
 
「あと、女子の健康診断って、列を作る時は着衣で、脱ぐのは検査されたり測定されたりする時だけでしょ? 問題は少ないです」
と令子。
 
「ああ、じゃ、大丈夫かな」と先生。
 
「まあでも、取り敢えずこれを見てください」
と環は言うと、私のセーターとカットソーを掴んで一気に脱がせてしまった。
「ちょっと何するの!?」
「実物を見てもらった方がいいのよ」
 
私は上半身はブラジャーだけになった。
「これだけバストがあったら、女の子で通るでしょ?」と環は言う。
 
「あら、ほんと。これ結構サイズあるわね」と先生。
「Bカップのブラが、ほとんど余ってないです」と環。
「うんうん。これなら、少なくとも絶対男の子と一緒には健康診断できなかったね。じゃ、このままよろしくね」
 
「はい」
と周囲の4人が返事して、先生は向こうの方に行った。
 
「ん?どうしたの?ハル」
「いや。私って、いい友だち持ってるなと思って」
「そうだね。ハルは友だちに恵まれてると思うよ」とみちるは笑顔で言った。
 

4月9日月曜日。今年はこの日が入学式であった。
 
私は新しい高校の女子制服に身を包み、出かける・・・・つもりでいたのだがちょっと面倒な事が起きた。
 
「晴音(はると)もとうとう高校生か。そうだ、母さん、入学式に行く前に記念写真を撮ろう」と父が言い出したのである。
 
「あなた会社は?」
「うん。今日は週末に害虫駆除の薬剤を撒いたのを業者が片付けるから9時半の出社なんだ」
 
私は母と顔を見合わせた。これはカムアウトの絶好のチャンスだ。でもカムアウトすれば確実に揉める。入学式の朝からそんな騒動を起こしたくない。仕方無いので、私は学生服を着ることにした。
 
学生服を着るのは何だか久しぶりだ。ちょっと変な感じもする。胸がちょっときつい。ワイシャツのボタンを留めるのを断念した。それでも玄関先で父と並んだところを母が写真に撮り、母と並んだところを父が写真に撮る。
 
「じゃ校門前まで車で送って行こう」と父は言い出す。
 
うーん。。。凄く迷惑なんだけど・・・・
 
しかし今は揉めたくないので、私は学生服を着たまま、母と一緒に父の車でN高校の校門のところまで送ってもらった。母は入学式の行われる体育館に行く。私は1年R組(普通科は1〜7組だが、理数科はR組である)の教室に学生服のまま入って行った。令子とみちるが驚いたような顔をして寄ってきた。荻野君も寄ってくる。
「なんで学生服なんて着てるの?」
「いや、ちょっと成り行きで。説明しようとすると、長い話になるのだけど」
 
などと言っていたら、担任の先生が入ってきた。みんな席につく。先生は名前は中村で担当教科は物理と自己紹介し、その後、生徒が出席番号順(男女別名前順)に名前と出身中学に「ひとこと」を言うことになる。
 
私は当然ながら女子のいちばん最後である。前の席にいる子が
「##中学から来ました山本純子です。テニスが好きで、中学1〜2年の時はテニス部にいました」
と自己紹介して座る。次が私だが、学生服を着ているのでどよめきが起きる。
 
「えー。**中学から来ました、吉岡晴音(はるね)です。友人たちの間ではとんでもない変人ということで通っています」
と言って座る。
 
担任の先生も戸惑うような顔をしている。
 
「あ・・・えっと・・・吉岡さん、君の性別のことは聞いてはいるのだけど、君、男子として通学するの?」
「えっと、そのあたりは曖昧に」
「いや、君は女子として合格してるので・・・その、このクラスも男子20名、女子20名のつもりだったのだけど、君が男子になると、男子21名・女子19名でバランスが崩れるし、そもそも様々な用具とかも男女20名ずつで用意しているんだよね」
 
「ハル、女子制服に着替えてきなよ」とみちるが少し怒ったような顔で言う。令子と荻野君が拍手をした。
 
「君が女の子になってくれると、こちらも助かるんだけど」と担任。
「了解です! では性転換してきます!」
 
と私は言うと、女子制服を入れているスポーツバッグを持ち、そばにあるトイレ(もちろん女子トイレ)に飛び込むと、個室の中で手早く女子制服に着替え、教室に戻った。
 
「すみません!ちゃんと女子になりました」と私は担任に報告した。
「あ、その方がいいね。君、さっきは男装してる女生徒って感じだったし」
と中村先生は笑顔で言う。
 

短いお話があった後、みんなで入学式の行われる体育館に行った。入場していく時、保護者席に座っている母と目があった。母が少し驚いた顔をして、すぐに笑顔になって手を振った。私は目で返事した。
 
国歌を斉唱したあと、校長がけっこう長い話をする。その後、PTA会長の挨拶、同窓会代表の挨拶が続いた後、新入生代表で理数科の赤星君が「新入生の決意」
というのを朗読する。それに対して在校生の代表で生徒会長が「歓迎の言葉」
というのを述べた。最後に校歌を斉唱して式を終えた。
 

入学式が終わった後、生徒はホームルームにまた戻り、保護者は食堂で待機することになる。私は体育館を出たところで令子に小声で訊いた。
 
「ね、さっき担任の先生が『君は女子枠で合格しているから』と言ってたけど、合格するのに男子枠とか女子枠とかあるの?」
 
令子も小声で答える。
「今年の入学者は普通科が男子140名・女子140名、理数科が男子20名・女子20名。純粋に成績順に合格させて、男女の数が同じになると思う?」
 
「あ・・・・」
 
「特にそのことは明言されてないけど、実際には男子と女子で別々に選考されてるんだよ。普通科では男女のレベル差は大したことないと思うけど、理数科ではどう考えても、男子の方が水準が高い。だから女子の方で最後に合格した子と同じ点数を取った男子は落ちたはず。まあ、普通科に回ったろうけどね」
 
「わあ・・・じゃ、私男子として受けていたら合格できなかったのかな?」
「どうだろう。ハルはかなり高得点だったみたいだし、内申書も悪くなかったはずだから、たぶん男子の合格ラインも越えてるよ」
「だったらいいけど」
 
「まあ、でもそろそろ、ハルも男か女かちゃんと明確にしないといけないということだね。もう周囲がハルを男ではなく女として扱っているんだもん。もう中学の時みたいに性別曖昧な学園生活はやめようよ」
「そうだねぇ・・・」
 

私たちはホームルームに戻ろうとしたのだが、生徒手帳用の写真を撮りますという案内があり、私たちのクラスは会議室に行った。各自出席番号と名前を言って、どんどんデジカメで撮影される。
 
私も「1年R組40番・吉岡晴音(はるね)です」と言ったら、次の瞬間写真を撮られた。可愛い顔とか作る余裕が無いじゃん! この件は他の子も似たような文句を言っていた。
 
写真撮影の後、あらためてホームルームに移動し、担任からまたお話がある。主として生活面や校内の規律の問題、また男女交際についても「節度ある交際をしてください」と言われた。
 
「彼氏彼女と高校生になったらHしようね、なんて約束してた人もいるかも知れないけど、する時はちゃんとコンドームを付けてするように」
などとストレートに言う。あ、こういう言い方する先生は好きだなと思った。
 
なお、様々な委員については最初はお互い誰を推薦していいか分からないだろうから、明日から予定されている合宿が終了した後で選任しましょうということになった。
 
やがて11時になり、担任は
「では11時半になったら、食堂に移動してください」
と言って教室を出た。
 
 
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