【桜色の日々・男の子をやめた頃】(1)

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四月下旬のある日、進平は町に出て、本屋さんで専門書を物色した後、お茶でも飲もうかと思ってスタバに入ろうとした所で、見た記憶のある人物と遭遇した。
 
「こんにちは、荻野君でしたっけ?」と進平。
「こんにちは、寺元さんでしたっけ?」と荻野君。
 
その日は進平と晴音がドライブデートの最中に雨に遭っている荻野君を見てピックアップした日のすぐ後であった。
 
ふたりは何となく一緒にオーダーして、何となく一緒のテーブルにつき、コーヒーを飲みながら雑談した。
 
「へー、じゃ吉岡さんとは半同棲状態なんですか?」
「うん。このまま結婚してしまうと思う。あいつ夏にも性転換手術すると言ってるし」
「わあ、そこまで進行してるんですね。でも彼女、高校卒業する前に性転換しちゃうんじゃないかと思ってた時期もあるんですけどね」
「あいつ、そんなに女子高生してたんですか?」
「こないだは、どこまで言っていいのかなと思って控えめに言ったんですが、中学でも高校でも、実際問題として彼女、ほとんど女子の制服着てましたよ」
「へー。じゃ何で大学に入った頃は男装してたんだろう?」
 

私は高3の秋に失恋したのを機に、女として生きて行くことに一時的に自信を喪失してしまい、いっそ男として生きようかとして、男装生活を送った(但し大学1年の間はバイト先のレストランでは本来の女の子の姿に戻りウェイトレスさんとして勤務していた)。
 
そんな大学2年の春。またまた健康診断の季節がやってきた。昨年はなぜか学籍簿が女子になっていて、女子の健康診断の日に呼び出されてしまったので、自分は男性であると申告し、翌日1人だけやってもらったのだが、今年はちゃんと男子の方に入れられていたので、私はふつうに男子の同級生たちと一緒に大学内の診療センターに行き、検診を受けることになった。
 
尿を採取して提出し、採血室で血を取られた。
 
そのあと検診室に入ると、みんな服を脱いでパンツ1丁になって列に並んでいる。きゃー、やはり男子の検診はこんな感じなのか、とちょっと気後れした。みんな裸になってから問診票に記入しているが、私はまだ脱ぐのがためらわれて、先に問診票に記入する。そして記入が終わってから服を脱ぎ始めた。おそるおそるトレーナーを脱ぎズボンを脱ぐ。靴下も脱いでTシャツとトランクスになり、列の最後尾に並んだ。
 
「あれ?吉岡、Tシャツ脱がないの?」とひとつ前にいる同級生に訊かれる。
「あ、えっと少し調子が悪いから」
「へー。風邪でも引いた?」
 
最近はずっと男装なのでブラこそ着けていないものの、バストはあるから男子の同級生の前でこのシャツは脱げない。私はバストが目立たないように少し猫背ぎみの体勢を取っていた。
 
「足の毛は剃ってるの?」などと訊かれる。
「うん。まあ。毛の無い方が好きだから。ショートパンツなんかも穿くし」
「ショートパンツか・・・スカートって訳じゃないよね?」
「えー?なんでー?」
 
そのあとしばし前の方の数人と雑談などしていたら、年配の看護婦さんが突然近づいてきて「あなた、ちょっと」と声を掛けられる。
 
「はい?」
「服を着て、こちらに来て」
「はい」
 
私は何だろうと思い、クラスメイトに手を振り、服を置いている所に戻って、手早く身に付けると、その看護婦さんに付いていった。
 
「あの、何でしょうか?」
「あなた、なんでこの時間帯に来たの?」
「あ、えっと・・・・今日の9時にここに来るように葉書をもらったのですが」
「御免なさい。何かの間違いね。午後からまた出て来てもらうのも大変だし、せっかくだから、どなたか空いている先生に診てもらいましょう」
「あ、はい?」
 
私は何が何だか訳の分からないまま、看護婦さんに誘導されるまま、ひとつの診察室に入った。
 
「先生、この子、間違って男子の時間帯に呼び出されてしまったみたいで」
と看護婦さん。
「あら。それは申し訳無かったわね。どこかで性別の入力をミスったのね」
と診察室にいた女医さん。
 
あ・・・・と、その会話で私はやっと状況が飲み込めた。列に並んでいる私を見て、てっきり女子と思い込んだ看護婦さんが、なんで男子の健診時間帯に女子がいるんだ?と思い、ひとりだけ別の診察室に誘導してくれたということのようである。
 
私はもともと声変わりをしていないので、ふだんは男の子のような声を作って出しているものの、その声でも聞きようによっては女の子の声にも聞こえないことはない。
 
「じゃ、健診しましょう。服を脱いで」と言われるので私は素直に脱いだ。
 
「あら、ノーブラなの?」
「ええ、最近付けてないです」
「若い人には、たまにいるのよね〜。でもちゃんと付けておいた方がいいよ。肩の筋肉の負担にもなるしね」
 
私の胸はAカップサイズ程度あるので、トランクスだけになった私を見ても、女性の身体に見えてしまう。それで女医さんも私を女子だと思い込んでいるようだ。私が持っていたカルテを見ているが「吉岡晴音」という名前も充分女の子の名前に見える。聴診器を胸と背中に当てられた。
 
「うん。問題無い感じですね。あなたちょっと細いけど、その割りには血液検査の結果を見ても、この年代の女の子にしては鉄分とか赤血球も比較的高いし、充分健康ですね」
「ありがとうございます」
 
ということで、この年の健康診断は無事?終了した。考えてみると、男子の方に並んでいたら、最終的にTシャツを脱いだところで騒ぎになっていたかも知れないので、これで良かったのだろうか??
 
後日送られてきた健康診断の結果表では、私の性別はしっかり「女」と印刷されていた。
 

この年の春、私は新学期早々父と電話越しに喧嘩してしまって、仕送りを止めると言われてしまったのだが(後で母に聞くと、知人の借金をかぶることになってしまって、その金額自体は株を売ったり銀行から少し借りたりして何とかしたものの、かなりイライラしていたらしい)、こちらは前期の授業料を納めなければならない時期であった。
 
私は2月までバイトしていたお金の貯蓄があったので、それでギリギリ授業料は払ったものの、生活費が無くなってしまい、取り敢えずアパートの家賃は大家さんに事情を話して4月分を待ってもらい、電気代・ガス代などは敢えて滞納し4月の1ヶ月は食費も1日500円に抑えて何とか乗り切った。バイトは探していたものの、学校の勉強と両立できそうなものがなかなか見つからない。
 
やがてゴールデンウィークが近づいてくる。私は、この連休の期間中の期間限定バイトでもないだろうかと思って探していたら、23-24日の復活祭にあわせて埼玉県の△△市で行われるイベントのスタッフの緊急募集があり、電話して面接に行ったら採用してもらった。作業しやすい服であれば服装は問わないというので、ポロシャツにジーンズという格好で出かける。
 
仕事はまさに雑用で、会場内の清掃、荷物の運搬、ステージの設営、場内の案内、迷子のお世話、何でもありだった。イベントが朝9時から夜9時までであったが、こちらの作業は朝7時から夜11時まで1日2万円、2日で4万円という美味しい仕事であった。
 
金額的には美味しいものの、体力的にはなかなかハードだったのだが、私たちのグループの責任者の金崎さんという30代の女性が気配りがきいてポジティブ思考だったし、また少し疲れている風のスタッフには休憩を与えてくれたりしたので私はこの2日間、とても気持ち良く働くことが出来た。将来自分も金崎さんのような管理者になりたいものだと思った。
 
「へー、じゃ金崎さんはこういうイベント一筋なんですか?」
「そうなんだよね。高校生の頃からこの手のバイトやってて、大学卒業しても仕事が見つからずにずっとバイトし続けて、バイト人生20年だよ」
「凄いベテランなんですね!」
「いろんな会社と関わり合ってきたから、結構声を掛けてもらって。おかげで何とか食って行けてるかな。でもいろんなのやってきたね〜。この手のフェアから、コンサート、お祭り、結婚式の司会やエレクトーン弾き、葬式もやれば、神社の巫女さんもしたし、タロット占い師も塾の先生もしたし、お正月や卒業シーズンには着物の着付け、夏はプールの監視、冬はスキー場のスタッフ、映画とかのエキストラは今でよくやってるし、乗せられて実はCD出したこともあるけど、300枚しか売れなかったよ」
 
「CDって歌手?」
「そうそう。一応大手の★★レコードからね」
「凄い!メジャーデビューしてたんだ」
「メジャーだから300枚も売れたんだろうね。自分で吹き込んでインディーズとか扱ってくれてるレコード屋さんに置かせてもらったって、普通は10枚も売れないよ」
「ああ、そんなものでしょうね」
 
金崎さんとは何だか話が合う感じで、束の間の休憩時間や待ち時間などに結構話をした。
 

イベントの初日、作業の手が空いたので、場内の見回りに出かけた。すると4-5歳くらいの長い髪の女の子がひとりで何かを探すようにして歩いていた。迷子かな?と思って私はその子に声を掛けしゃがんで同じ目の高さになって話しかけた。
 
「君、誰と一緒に来たの?」
「お母さんとお姉ちゃんと来た」
「お母さんはどこ?」
「さっきまでいたのに、どこかに行っちゃった」
「大変だね。お母さん、探すの手伝ってあげようか?」
「うん」
「君、名前は?」
「かわだあかり、4歳」
「よしよし。あかりちゃん、放送してくれるお姉さんの所に行こうね」
「うん」
 
その子の手を引いて中央の案内所の所に行ったが、誰もスタッフがいなかったので自分で放送のスイッチを入れて場内呼び出しをした。5分もしないうちに、30歳前後の女性が小学2〜3年くらいの女の子を連れて飛んできた。
 
「あ、お母さん!」
「あかり、良かった!」
 
しばし抱きしめていろいろ声を掛けていたが、やがて立ち上がり
「どうもありがとうございました」
と御礼を言う。
 
「見つかって良かったですね」
「お母さん、このお姉ちゃんがここに連れてきてくれたんだよ」
「そうでしたか。本当にありがとうございます」
「いえいえ。こちらも仕事ですから」
 
親子は去って行ったが、あかりちゃんから「お姉ちゃん」と言われたなと思い私は苦笑した。
 

この2日間の仕事中、私はトイレはスタッフ控え室に隣接するトイレ(男女共用)を使っていたので「どちらのトイレに入るか」というのは考えずに済んだ。
 
ただ、1度場内の見回りをしていた時、急に尿意をもよおしたことがあった。近くにあったトイレ(男子トイレ)をのぞいてみると誰もいなかったので、これ幸いと中に入り、個室に入って(マジックコーンを使って立って)用を達してホッとする。手を洗って出た所で、バッタリと金崎さんに遭遇した。
 
「わっ、びっくりした。中で何かあったの?」
「あ、いえ。急にトイレに行きたくなったので飛び込んだだけです。済みません」
「でも男子トイレに?確かに空いてるよね。女子トイレはどこも混んでるもん」
「あ、えっと・・・」
「ま、スタッフのネームプレート付けてれば仕事で入ったんだろうと思ってもらえるから咎められないけどね」と金崎さんは笑っている。
「そうですね」
 
この時、初めて私は『ひょっとして私って女の子と思われてる?』ということを思い立った。
 
それからよくよく観察してみると、スタッフのネームプレートの名前の欄の下線が赤い線か青い線かで、どうも男女が分けられているようだということに気付く。
 
私のネームプレートの下線は赤だった。どうも最初から女子とみなされていたようだ。でもまいっか!
 

2日間のバイトを終えて月曜日はまた大学に出て行ったが、昼休みに携帯に着信があった。みると金崎さんの携帯である。何かイベントの件で残務とかあったのだろうかと思いオフフックする。
 
「もしもし。昨日・一昨日はありがとうございました」
「そちらこそお疲れ様。ところで、吉岡さんって、◇◇◇◇大学だったよね?」
「はい」
「人に何か教えたこととかある?」
「昨年、一時期家庭教師のバイトをしていました」
「黒板の前に立ってみんなに説明するとかいう経験は?」
「あ、それはいつも学校のゼミでやってますね」
 
「じゃ、行けるかも知れないなあ。実はうちの父が学習塾の教頭をしてるんだけどね」
「へー」
「中学生向けのゴールデンウィークの集中講座の講師が急に足りなくなっちゃったの。予定していた人が2人交通事故に遭っちゃって」
「きゃー」
「私が顔が広いから誰かピンチヒッター捕まえられないかって頼まれちゃって。ひとりは私が昔大手の学習塾で講師していた時の友人が捉まったんだけど、あとひとりがなかなか見つからなくて。その時、ふと吉岡さんのこと思いついたのよ。吉岡さんって言葉がハキハキしてて聞き取りやすいから、講師向きじゃないかなと思うんだよね」
「やりたいです。人に教えるの好きです」
「じゃ。そちらの講義が終わってからでいいから、塾まで出て来てくれない?住所は・・・・」
 

私はメモして、その日の午後の講義が終わった後、出かけて行った。
 
早速英語のテキストを渡され、金崎さんとそのお父さんの教頭先生の前で即興で講義をした。設問のところは生徒にやってもらうと称して金崎さんに当てた。「おっ」とか言いながらも、生徒役を無難にしてくれた。
 
「Everyone are running to the school」と金崎さんが答える。
「よく出来ました、と言いたいところですが惜しい。Everyoneは単数扱いなので Everyone is running to the school. とします。Everyoneというから沢山いそうなのだけど、たくさんいるそのひとりひとりに注目して言う表現なので単数なんですね」
と訂正する。
 
30分ほど講義をしたところで「そのくらいでOKです」と教頭先生から言われる。
 
「さすが◇◇大生ですね。頭の回転が物凄く速い。それに英語の発音がきれい」
「そのあたりは大学受験の時に鍛えられたので」
「高校どこですか?」
「**N高です」
「毎年東大に6〜7人入ってるよね?」
「よくご存じですね。私の年には9人合格しました」
「おお、凄い!」
 
授業をする時のセンスがいいので採用すると言われた。
 
「今回やってもらいたい講座は合宿コースでね。4月29日から5月8日まで10日間、草津温泉に泊まり込みでやるんですよ」
「それはまた凄い合宿ですね」
「難関進学校を目指している生徒向けの講座なんです。5月2日と6日は一応平日なのですが・・・」
「あ、私の方は大丈夫です」
 
「一応報酬は1日2万4千円で、勤務時間は休憩2時間を入れて朝7時半から夜9時半までですが、初日は午後から、最終日は午前中で終わりなので実質9日間ということで21万6千円の報酬になります。時給2000円ですね」
「分かりました」
「それとこれは残業として付けるのが困難なのですが、時間外にも生徒から質問などされた時は対応して欲しいのですが」
「それは全然問題ありません」
「宿泊は個室を用意します。食事代は塾持ちです」
「ありがとうございます」
 
金崎さん自身も講師として参加するということで、心強いと思った。
 
「そうそう。うちは講義中、服装もしっかりしようということで、生徒にはそれぞれの学校の制服を着てくるように言ってあるので、教師の方もジーパンとかじゃなくて、スーツを着るように言ってあるのですが、吉岡先生はスーツはお持ちですか?」
「あ、いえ持ってません。買った方がいいでしょうか?」
 
私はイースターのイベントのバイト代4万がまだ手つかずだったのでそれで、スーツ1着くらいは買えるかな?と算段をした。
 
「あ、じゃ私のを貸すよ」と金崎さん。
「ウェストいくつだっけ?」
「64です」
「じゃ、私の古い服が入るな。私今69になっちゃったけど、64だった頃の服がまだとってあるのよね。未練で。それ4〜5着持って行くから、ローテーションで着るといいよ」
「わあ。ありがとうございます」
 
スーツが4〜5着も必要なら、買ってたらそれで今回のバイト代が吹き飛ぶ所だったと思ったが、しかし金崎さんが貸してくれるということは・・・・やはり女物だよね? やはり、私って女子ということになってるのね。
 
「今回の合宿は男女分離方式なんですよ。合宿って、勉強に集中するのにもいいけど、特殊な心理状態になるから、恋愛も発生しやすいんですよね。それで男子の参加者と女子の参加者を別のホテルに分離していまして。まあ、ホテルの外に出た時に偶然遭遇して恋が芽生えるようなケースまでは制御できませんけど。それで、女子の講習の方はできるだけ女性の講師で、男子の講習の方はできるだけ男性の講師で固めるようにしたので、なおさら人手が足りなくて」
などと教頭先生が言う。
 
これはとても自分は男ですとは、言い出せなくなったなと私は思った。
 

当日は教頭先生の車で拾ってもらった。後部座席に私と金崎さんが乗る。金崎さんが「お父さん、後部座席見ないでよね〜」と声を掛けて、私は車内で桜色のスカート・スーツに着替えた。
 
「わあ、私、この色大好きなんですよ」
「それは良かった」
 
下着は昨年レストランでバイトしていた時に使っていた女物の下着を、押し入れの奥にしまっていたのを出してきて、身に付けてきた。3ヶ月ぶりにブラをすると、ちょっと新鮮な気分だ。やはり女の子ライフもいいよなあ。ゴールデンウィーク明けたら、女の子に戻っちゃおうかなと心が揺れる。
 
私たちは現地まで行く間、後部座席でたくさん会話をして、すっかり打ち解けてしまった。「伸子さん」「晴音(はるね)ちゃん」と名前で呼び合うようになった。
 
「へー。テレホン・オペレータとかもしてたんですか?」
「うん。私けっこう可愛い声が出せるのよ。こんな感じで」
「わあ、伸子さん、可愛い!」
「晴音ちゃんも、何通りか声出してるよね」
「えっと、今出してるのが割と地声っぽいですけど、えっとこんな感じにすると少し可愛いかな」
「あ、可愛い、可愛い。それで講義やりなよ」
 
「そうですね。でもテレホン・オペレータって、通販とかのですか?」
「あれこれやったなあ。通販もやったし、コンサートの電話予約とか、放送局の視聴者参加番組の受付とか、携帯電話会社の苦情係とか、あと面白かったのが出会い系のサクラね」
「え〜!?」
「女子大生になりきって、いろんな男性と話ができて、あれはあれで面白かった。当時もう30歳過ぎてたんだけどね。この声で話すと、当時は充分女子大生で通用したのよね」
「今でも通用しますよ!」
「あれは効率良かったんだけどね。その会社潰れちゃったからなあ」
「へー」
「ああいうの、個人経営が多いからどうしても経営が不安定なんだよね」
 

この合宿では、私は中学1〜2年生クラスの英語と数学を担当することになった。ずらっと教室に女子中学生が並んでいて、女子校の気分である。私はテキストに沿って、授業を進めていった。途中で生徒のひとりが
「Ms Yoshioka, I have a question」
と言って立ち上がる。発音のきれいな子だ。
英語で質問してきたので、こちらも英語で答えた。
「Thank you, ma'am」
「You are welcome. But I can't believe you haven't known such a thing. You seem to be much excellent in English」
「Thank you for the praise」
 
ここで日本語的な発想で「Not really」とか「That's not」と言うのではなく英語的な発想で褒められたのだからとちゃんと褒められたことへの御礼を言ったことで、私はこの子はかなり出来る子だと踏んだ。たぶん、こちらの力量を計るのにわざと質問をしたのであろう。これはなかなか真剣勝負だぞと思わされた。
 
その後は比較的スムーズに行き、途中ほんとに微妙な部分への質問が(日本語で)飛んできたので、日本語で解説する。そうして最初の授業は終わったが、「That's all for this period. See you.」と言って教室を出たら、数人の生徒が追いかけてきた。
 
「Ms Yoshioka, are you a university student?」
「Yes」
「Which university do you belong to?」
「◇◇◇◇ university」
「Oh Great!」
 
「Do you have a boy friend?」
「No」
「What is your birthday?」
「May 10」
「Taurus?」
「Yes」
「What is your blood type?」
「AB」
 
しばし数人の女生徒と英語で会話をしたが、かなり個人的なことを聞かれたような感じもあった。しかし生徒たちには結構気に入ってもらえたかな?という気はした。
 

その日最後の授業を終えて職員室に戻り、終礼をして報告書を書いてから自室に戻ろうとしていたら、生徒数人に声を掛けられた。
「あ、吉岡先生、お風呂一緒に行きませんか?」
「うん、いいよ。じゃ着替えとか持ってくるね」
「じゃ、ロピーで待ってますから」
 
私は急いで自室に戻ると着替えとお風呂セットを取り、アソコの処理をしてから、1階のロビーに降りた。生徒たちと合流して談笑しながら大浴場に向かう。合宿に参加している生徒でこのホテルにいるのは女子ばかりで、講師も大半が女性だが、一般の泊まり客もいるので、男性客もけっこう歩いている。私は生徒たちと一緒に女湯の暖簾をくぐった。
 
女湯に入るの久しぶりだなあと思った。ここ1年ほど男性として生活していたが自分の身体では男湯には入れない。ほんとに男に戻るのならバストの縮小手術とかをする必要があるが、様々な犠牲の上にせっかく入手したバストを取る決断はできずにいた。そして最近、やはり女としての生活の方に戻ろうかという気もしてきている。
 
女生徒たちと一緒にワイワイ話しながら服を脱いでいく。スーツの下はブラウス。ワゴンセールで1枚1000円のを3枚買ってきたので洗濯して回す必要がある。それを脱ぐとスリップ。この肌触りは女物の下着って捨てがたいと思わせる魅力を持っているが、生徒たちはスリップを着けずにブラウスの下はもうブラジャーという子がほとんどのようである。ストッキングを脱ぐ。レストランでバイトしていた時のストックが3枚あったが、新たに100円ショップで3枚仕入れてきた。伝線が避けられないからどうしてもたくさん用意しておく必要がある。スリップを脱ぐとブラジャーとショーツというスタイルになる。
 
「先生、おっぱい小さーい」などと生徒から言われた。
「まだ成長期なのよ。これから大きくなるの」と笑顔で答えた。
 
私は小学6年の夏から中学2年の頃まではまじめに女性ホルモンを飲んでいたのだが、中3の時に去勢した後は、分量を減らして飲んでいたので、その時期以降あまりバストが成長していない。特にここ1年ほどは男装生活していたのでホルモンを飲むのを週に1度くらいまで減らしていたし(完全にやめるとホルモン・ニュートラルになるので、それはさすがに避けていた)、エストロゲンだけにしてプロゲステロンは飲むのを中断していた。そのため、この1年はバストは全く成長していない。
 
私はプラを外し、ショーツも脱いで完全に裸になった。タオルとブラシを持ち、生徒たちと一緒に、おしゃべりしながら浴室に入った。
 
この時期、私はあそこをいわゆる潜望鏡式で隠していた。その年の夏に覚えるふつうのタックの方法と違って、この方式ではそのままおしっこをすることができない。そのため、ふだんは開放していて、必要な時の直前に処理する必要があった。ただ、私がやっていた方式は陰毛を剃る必要がないので繁みの中に全体が隠れる利点はある。またこの頃は潜望鏡方式の発展系で、陰嚢の皮を利用して割れ目があるように見える小細工もしていた。棒の方は排尿の問題があるから、必要な時の直前にやるが、皮の方は今朝やってきていて、これは10日間放置の予定である。接着剤で留めるから、あまり留めたり外したりというのを高頻度にはしたくない。
 
身体を洗ってから浴室に入り、またまた生徒たちとたくさんおしゃべりをした。
 
「先生、高校はどうやって選んだんですか?」
「家からいちばん近い所にした。歩いて通学できたのよね〜」
「そんなのあり?」とひとりの生徒。
「ありじゃない?」と別の生徒。
 
「ただ、問題はそのいちばん近い高校が、県内でも随一の進学校でレベルが高かったから、高校入試に向けてかなり勉強したよ」
「わあ、どのくらい勉強してました?」
「だいたい夜1時くらいまでかな」
「凄い。それで朝は何時に起きるんですか?」
「中学生の頃は6時。起きてから朝御飯作って、ラジオの英語講座聞きながら朝御飯食べて、食器を片付けて7時半に家を出てたよ」
「わあ、ちゃんとお手伝いもするんだ」
 
「高校になると朝の補習っていうか、0時限目と言ってたんだけどね、それを受けるのに6時半に家を出ていたから5時起きになったね」
「それでも朝御飯作るんですか?」
「うん。高校の時はお弁当も自分で作ってたよ。女の子なら、そこまでちゃんとやりなさい。嫌なら女の子やめなさいって言われてたし」
「私、女の子やめたいかも」
 
「夕方も7時限目まで授業受けて帰ってから、晩御飯を作る。一応晩御飯の材料はお母さんが買っておいてくれたんだけどね。作るのは私の担当」
「凄い。でもそしたらお料理は得意ですね?」
「うん。いつでもお嫁に行ける自信はあるよ。相手がいないのが問題だけどね」
 
などと言いながら、自分はお嫁さんに行くのだろうか?それともお嫁さんをもらうのだろうか?と少し疑問を感じた。
 

生徒の方は講義が朝8時から夜9時まで、お昼と晩の食事休憩をのぞいて11時間(英語2 数学2 国語2 理科2 社会2 模試1)なのだが、講師の方は朝7時半から朝礼をやって、夜は終礼が9時半まであり、昼食・夕食の休憩をのぞいて12時間勤務だが、実際の講習は、中1〜2年のクラス2つ(学力別に2クラス編成)の英語2時間、数学2時間、それに隣のホテルでやっている男子の方の講習でやはり中1〜2年のクラスの英語2時間で合計6時間であった。残りの時間は「疲れたら寝ていてもいいです。むしろ疲労のたまった顔で講義をしてもらっては困るので」とは言われたが、講義の予習やテストの採点などでほとんどの時間を費やした。その日やる講義の内容に自分でも分からない場所が万が一にもあってはいけないので、しっかりと内容を吟味していた。
 
そのお陰か生徒の評価も良かったようで「吉岡先生、夏休みにもまたお願いしますよ」などと言われた。ああ、将来塾の先生なんてのもいいかな、という気もする。一応高校の教師の免許は取るつもりで、1年の時からそれ用の講義もちゃんと受講していた。ただ、学校の先生だと自分のような者は排除されそうな気もする。しかし塾の先生なら性別に関して比較的緩いのではないかという期待もあった。
 

しかし何にでも興味津々の世代なので、講義中にふざけたことを質問する奴もいる。
 
「Ms Yoshioka, May I ask you a question」
「Yes?」
「I want to know how to musturbate」
 
男子クラスで英語の授業をしていた時のことである。
 
「Well, I am not familiar with boys' manner, but if you hold your joystick and you feel high, it is the way!」
 
こんなのは動じずに冷静に答えるに限るのである。
 
「Thank you ma'am」
と言って座った生徒は隣の生徒からパンチを食らっている。
 
更に便乗して
「チンコのこと、joystickって言うんですか?」
などと聞く生徒までいる。
 
「色々な言い方するね。joystick, fishing rod, love pole, skin flute, sausage,middle leg, old man, girl catcher, まあ、だいたい聞けば想像付くでしょ。そんな曖昧な表現をせずにダイレクトに言えば、dick とか cock とか penis とか」
 
そんなことを言っていたら、なんかそれをマジにノート取っている奴がいる!dickとcockのスペルまで尋ねられた。全く!そんなの男の先生に聞いてよ。
 
やれやれ男子はもう、なんて思っていたら女子クラスでもこんなことを聞かれた。
 
「Ms Yoshioka, when making love with a boy, can the girl also feel good?」
「Yes. we can feel high, too, unless the boy is selfish」
「Ah! selfish!」
「Boys don't know how girls will feel good, so we'd better tell them where we feel good, how we feel good」
「I see」
 
と言って座った生徒は隣の生徒から「大胆〜!」などと言われていた。
 
「One more thing. If you make love with a boy, you MUST make them use condom. If he insert without it, you can become PREGNANT even if he didn'd shoot inside. Juice leaks a little before the shot. You see?」
とみんなを見回して言う。
「I see」と多くの生徒が頷くように言った。
 
「先生、あれのことJuiceって言うんですか?」
「Love juice とも言うよ。日本語ではlove juiceというと女の子の方のだけど、英語ではどちらを指す場合もある。baby juiceともいう。babyの素だもんね。正式にはSemenかな」
「スペルマとかザーメンというのは英語じゃないんですか?」
「スペルマはイタリア語、ザーメンはドイツ語」
 
「射精はshootなんですか?」
「shootというよ。発射ってことね。正式には ejaculation」
 
「女の子のは正式には何て言うんですか?」
「Vaginal lubricationかな?」
 
これもスペルを尋ねられたので板書する。やはりノートしている子たちがいる!女の子たちもやれやれである。
 
そんな話を伸子にしていたら「年齢が近いから聞きやすいのよ」と言って笑っていた。「さすがにうちの父ちゃんとかには聞けないでしょ。何か物が飛んで来そうで。晴音はそもそも優しい雰囲気持ってるから答えてくれそうな気がするのね」
 

10日間の講義を終えて5月8日のお昼すぎ、昼食を取ったあとで撤収作業の手伝いなどをしていたら「吉岡先生」といってひとりの女生徒に声を掛けられた。
「何かな?」
「Could you spare me a few minutes?」
と英語で言うので
「Of course」と言い、生徒と一緒にホテルの庭に出た。中1〜2年の上位クラスにいた子で、積極的に質問などもして、授業を盛り上げてくれた子である。名前は確か結理(ゆり)だ。
 
「Can we speak in English? so that no one could hear us」と結理。
「OK」
「I suppose .... you are a man, aren't you?」
 
私は思わず微笑んでしまった。
「.... Yes, I am. But how did you know that?」と私は尋ねる。
「Because I am a boy, too」
「No kidding!?」
「YES, I am. Our school grants me to wear girl's uniform, and I go to school as a girl student.」
「That's good for you」
 
「But I am worring about high school. Do you think they grant me a school life as me now too?」
「Perhaps, some grant you, and some don't grant you」
彼女は頷いている。
 
「You can search the school which grant your sexuality, and you can go there. As you are good at study, you can go to any school where grants your life」
「Ms Yoshioka, which uniform did you wear in high school?」
「I wore boy's uniform and girl's uniform, in junior high school, in senior high school」
「Both?」
「Yes. I wore sometimes girl's and sometimes boy's」
「That's interesting!」
 
私の性別には彼女以外にも数人気付いた子がいたと言っていた。ただ、それを人に言ったりして、そのことで私がクビになったりしたら悲しいから、特に他の先生たちのいる所ではその話はしないようにしようと言っていたということであった。私は彼女たちに感謝した。
 
「夏休みの講習にも出てこられます?」
「そうだね。今回は直前にダウンした先生がいて、そのピンチヒッターだったから。でも機会があったら参加したいね」
「ぜひまた吉岡先生の授業が聞きたいって、塾に手紙書いておきますね」
「ありがとう」
 
私は彼女の勉強と、女の子としての生活の双方にエールを送った。私たちは握手して別れた。私たちは携帯の番号とアドレスを交換したので、その後も時々彼女からは連絡があり、励ましたり、たわいもない会話をしたりした。
 
「でも、先生、女湯に入ってましたよね。もう手術済みなんですか?」
 
などと後日電話で話した時に聞かれた。
 
「いや、まだ。下はちょっと誤魔化してた」
「そうなんだ! タックしてたんですね? 私もまだタックだけど」
「タック?」
「あ、知りません? あそこ隠すワザをタックって言うんですよ」
「へー」
 
私はそれをネットででも調べてみようと思ったのだが、その後急に忙しくなったので、実際に調べてみたのは少し先のことであった。
 
「先生、胸はホルモンですか?」
「うん。小学6年の時から飲んでる」
「わあ、凄い。私はほんの半年前にやっと飲んでいいって、お許しもらって飲み始めて。だから胸がまだ小さくて」
「私も小さいけどね。でも中学生なら、まだ全然胸無い子もいるから大丈夫だよ」
「ええ、私もそれで助かっています」
 
ある時は少しペシミスティックになっていたようで、こんなことを言っていた。
 
「なんで、おちんちんなんてあるんだろう」と結理。
「邪魔だよね」
「要らないのに付いてるんですよね。なぜ私に付いてるんだろう。これのお陰で、ほんとに悩んだし何度死のうと思ったか」
 
「結理ちゃんが、あんまり出来がいいから、少し苦労させようと思って神様が付けちゃったのかもね。その苦悩に耐えられる強さを持ってるもん」
 
「おちんちんなんて、全部この世から無くなってしまえぱいいのに」
「普通の男の子は無くなったら悲しむよ」
「大事だと思わされているだけじゃないのかなあ。実はおちんちんに支配されてるんですよ」
「でも無いと子供作れないからね」
「生殖のために利用されてるんですね」
「そうかもね。その代わり快楽を与えられる」
 
「私、ホルモン飲むようになって、オナニーしなくても済むようになって、やはりあれは異常だったような気がして。毎日オナニーのために使ってた時間がもったいない。男の子って、おちんちんの奴隷なんじゃないかな?」
「喜んで奴隷になってるのかもね」
「私、男の子やめて良かった。子供は作れなくなったけど」
 
そうか。考えてみると、私も男の子なんて、とっくにやめてたのかも。彼女と電話していてそんなことを私は思った。
 

塾の合宿が終わって東京に戻ったら翌日から大学の授業は始まる。私は合宿でけっこう疲れていたのだが、また頑張って大学に出て行った。しかしもらった報酬で、とりあえず滞納していた家賃・電気代・ガス代・水道代を払えたのはホッとした。しかしまた何かバイトを探さないと。今回のバイトでの蓄えは夏休みまでももたない。
 
合宿から戻ってきて、10日間女として生活したことと、結理に会っていろいろ話したことで、私の心は男と女の間を激しく揺れていた。それで少し気持ちを落ち着かせようと思い、私は女物の下着をつけ、上は中性的な格好をして街に出た。渋谷の街を少しぼんやりとして歩いていた時、ひとりの男性とぶつかってしまった。
 
「あ、ごめんなさい」
「あ、こちらこそ済みません。。。。って、なんだ吉岡か」
「あ、寺元。何してたの?」
と訊いてから、進平の隣に同い年くらいの女性がいることに気づく。
 
「あ、ごめーん。デート中だった?」
「あ、うん。これ朱実ね」
「朱実さん? 邪魔しちゃってごめんね。じゃ、また」
と言って離れようとした時、その朱実さんが口を開いた。
 
「ちょっと。この子誰よ?」
「え?友達だよ」
「どういう友達?」
「どういうって、普通の友達だけど」
「普通って、その子ともデートする訳?」
「デート?? なんで俺が男とデートしなきゃいけない?」
「へ?」
 
私はすぐに状況を把握した。そっか。今日は中性的な服装で出てきたからなあ。
 
「あの、朱実さん。何か誤解があるようですけど、私、男です」と私。「えー!?」と朱実。
「うん、こいつは間違いなく男だよ」と寺元。
「ほんとに?何かで証明できる?」
 
「触っていいです」
と言って私は彼女の手を取り、自分のお股のところに当てた。
「わ、確かに付いてる!」
 
「吉岡が女だったら、俺もデートしてみたくなるかもしれないけど、男だからなあ。俺、男と恋愛する趣味は無いから」と寺元。
「了解」
 
「ふふふ。私も何かの間違いで女の子になっちゃったら寺元君を誘惑しちゃうかもしれないですけど、残念ながら男なので。それじゃまた」
 
と言って私はふたりのそばを離れた。
 
しかし・・・・なんだか流れで言ってしまったけど、女の子になって男の子と恋をするってのもいいなという気がした。そういえば自分はここ1年ほど男として暮らしていたのに、女の子と恋をしていない。
 
寺元が彼女を連れていたのを思い浮かべる。ああ、私も恋人がほしいな、という気がしてきた。誰か気になる女の子とかいなかったっけ・・・・
 
と考えるが、交流のある女友達というと、高校までの同級生などをのぞくと、涼世くらい? 涼世をデートに誘ったら応じてくれないかなあ。けっこうあの子デートまではしてくれそうな気がする。もっとも彼女とは友達感覚しかないのだけど・・・
 

などということを考えたりもしていた翌日。教室でその日の授業が終わった後、少しぼーっとしていたら、寺元から声をかけられた。
 
「あ、昨日はデートの邪魔しちゃって、ごめんね」
「いや、あのくらいは全然問題無いんだけどさ」
「うん」
「吉岡、どうかしたの? 何か悩み事でもあったら相談に乗るよ。昨日も何か考えてるみたいな感じだったし」
「いや、実はバイトがなかなか見つからなくて」
 
といった感じでバイトの件を寺元に相談したら、彼が以前やっていたという出会い系サクラのバイトを紹介してもらった。そして、私はそのバイトがきっかけで、とうとう女の子としての生活に戻ってしまったのであった。
 

私が女の子に戻ってすぐの頃、大阪の令子から「女の子になったハルを見たい」
と言われたので新幹線で大阪まで行ってきた。
 
私はてっきり令子も女の子の格好で来るだろうと思っていたのに、男の子の格好で待ち合わせ場所に現れたのでびっくりした。
 
「すごーい。漢らしい!」
「ふふ。ハルちゃん。今日は僕とデートしよう」
「うん。いいけどね」
 
令子は私の腕を取って一緒に夕方の大阪の街を散歩した。
「私、もう東京暮らしも1年以上になるけど、東京より大阪の方がほっとする感じだなあ」
「やはり関西の人間の気質が身にしみてるんだよ。東京の人は『この服、1万円もしたんだよ』と友人に自慢するけど大阪の人は『この服たった1000円だったんだよ』と友人に自慢する、と言うね」
「私、『たった1000円だったんだよ』と言うタイプだな」
「ハル、大学出たら大阪で仕事探したら?」
「そうだね。大阪の方が、私の性別にも寛容かも知れないなあ。ってレイはまだ男の子続けるの?」
「ううん。今夜が最後。明日から女の子に戻る」
「ふーん」
 
イタリアンレストランで食事をした後、レンタカーを借りて令子の運転でドライブした。
「ドライブしながら話していると話題が途切れないよね」と私が言ったが「それはその相手と凄く相性がいい場合だと思うよ」と令子は言う。
「ああ、そういうもの?」
「あるいはどちらかが相手のことを凄くよく考えてくれている場合」
「なるほどー」
 
「ハルはドライブデートの経験あるんだ?」
「うん。去年の6月頃、少し男の子と恋愛っぽくなったのよね。本格的に進展する前に別れちゃったけど」
「性別問題で?」
「それカムアウトする前に壊れちゃった」
「ふーん。良かったんだか悪かったんだか」
 
令子は車を郊外の少し派手な外装で横長のホテル?に付けた。
「ね。。。。もしかして、ここって」
「ラブホテルだよ。正確にはこのタイプはモーテルと言うけどね」
「えー!?」
「デートだもん。やはり食事してドライブした後はホテルだよ」
 
「うっ。そんなこと、昔言われたな」
「そういうデートしたことあるんだ?」
「小学生の時だよ。食事はお好み焼き、ドライブは一緒に電車に乗っただけ」
「ホテルは?」
「そんなとこへ小学生が行けないし、物陰でキスした」
「その話は今初めて聞いたな」
「だって良い思い出だもん」
「優しい男の子だね」
「うん。そう思う」
 
「さ、お部屋へ行こう、行こう」
「えーっと。。。。」
 
令子に連れられて駐車場から階段を上り、部屋に入った。駐車場と部屋が直結しているから誰にも会わなくて済む。いいな、こういうの。
 
「さあ、Hしよう」
「ほんとにするの!?」
「だって今日は僕たちは恋人だからね。但し僕が男の子でハルは女の子だから間違わないでよね。お風呂入っておいでよ」
「うん。じゃちょっと汗流してくる」
 
私たちは交替でお風呂に入り、ホテルのガウンを着たままベッドに腰掛けた。「さあ、始めようか」と令子が言う。
「えー?」と私は言ったものの、令子は着衣のまま私に抱きつきキスをして、そのままベッドの上に押し倒す。ちょっと、ちょっと!?
 
「こんなことしてたら本気になっちゃったりしてね」などと令子が言う。私はその言葉でホッとした。本気じゃないってことだよね?
「おちんちんの無い男の子と、ヴァギナの無い女の子じゃ、Hのしようが無いしね」
「そうだよね。安心した」
 
「でも、ハルは男の子の受け入れ方は研究しておいた方がいいよ。手術前に男の子とHする可能性、けっこうあるでしょ」
「うーん。。。。」
 
「ヴァギナが無ければ、Aにインサートしてもらうか、あるいは手を丸めた中にしてもらうとか、脇にはさむとか、お口でしてあげるとか、あるいは素股とか」
「なるほど・・・・」
「こういうのは、普通の女の子でも使うテクだよ。特に若い子の中には簡単にはヴァギナを使わせたがらない子もいるしね」
「ふーん」
 
「おちんちんに見立てたマジックとか筆とか使って研究しておきなよ。ぶっつけ本番じゃ彼氏を気持ちよくさせてあげられないから。彼が気持ちよくなれなかったら、その後の交際に響くよ。やはり女の子とは違うなと思われちゃったら、本気で愛してもらえないもん。女の子と同等、あるいはそれ以上と思わせなくちゃね」
「そうだね。本気でちょっと研究してみようかな・・・・・」
 
「でも今日は楽しもう」
と言って令子は着衣の上から私の胸やあそこを触る! ひぇー!
でもこれ気持ちいいじゃん!!
 
「おっぱいは絶対揉まれるし。もう少ししっかり育てなよ。ハル、まじめにホルモン飲んでないだろ?」
「うん。中学生の頃はわりとまじめに飲んでたけど、あまりバスト大きくならなかったから、少し挫折して高校時代はそれほど飲んでない。大学に入ってからは男装生活してたから、かなり量を減らしてた」
「中学時代はタマが付いてたからじゃないの? 機能停止してても付いてるのと付いてないのとでは違うと思う。今のハルの体質なら、ちゃんと飲んでればちゃんと育つよ」
「そうかな・・・・そうかもって気もする」
 
結局その日は着衣のまま私たちはベッドの上で30分ほどじゃれあった。令子はペニバンを持ってきていて、それを穿いて、私に触らせたり舐めるように言ったりしたが、最後はこちらのアソコの入口に当てられた。
「ここにインサートしちゃっていい?」
と言いつつ、既に先が少しもう中にめり込んでいる。
 
「いやぁ、やめてー!」
「しょうがないな。やめとくか」
と言ってやめる前に令子はそれを確かに私の中に少し挿入した。きゃー。
 
「でもさ。僕も今日で男の子やめちゃうから、おちんちん切っちゃう」
と言うと、令子はバッグから大型のカッターを取り出して、ペニバンのペニスに当てた。
「ね、一緒に切り落とさない?」と令子が言う。
「えーっと」
「ハルも遠くない時期に自分の切るでしょ?予行練習」などと言って、令子は私の手を取り、ふたりで一緒に、そのペニスを切り落とした。ポロッとペニスが床に落ちる。私は一瞬、自分のが切り落とされたような錯覚を覚えた。
 
「ふふふ。ふたりの初めての共同作業」
「結婚式なの?」
「結婚式でペニスをふたりで一緒に切り落とすってシュールじゃない?」
「シュールすぎる!」
「ペニス入刀ですって司会がアナウンスして。あ、そうだ。男の子同士で結婚する時はジャンケンで負けた方が結婚式でおちんちんを切り落とされるなんての、どうだろ?」
「そういうカップルは双方付いてるから楽しいんじゃないの?たぶん」
 
「かもね。さて、これで私は女の子になれたけど、ハルもちゃんと女の子になれますように、おまじないしようか?」
「おまじない?」
「私のを触ってみてよ。女の子の構造、よく分かってないでしょ?ハル」
と言って、令子はペニバンを脱ぎ、更にはその下に付けていたブリーフまで脱いでしまった。
 
「えー?でも」
「小さい頃はお互いのずいぶん触ったじゃん。今日は私はハルのをかなり触ったし、ハルも遠慮せずに、私のを触って自分の形をどうしたいのか、しっかりイメージを持った方がいい」
「よし。じゃ、触っちゃうよ」
 
と言って、私は令子のあの付近に生で触った。ちょっとどきどき。
「あ、そこがクリトリスだよ」
「なるほど・・・・ここ、おしっこ出るところ?」
「うん」
「ここがヴァギナか・・・・」
「ちょっと指を入れてみてごらんよ」
「それはまずいよ」
「私、別にバージンじゃないから大丈夫だよ」
「そうなの?いつの間に・・・」
 
と言いながら、私は令子のヴァギナの中に少しだけ指を入れた。
「凄く湿ってる」
「興奮したからね」
「あ、そうか。興奮もしたよね」
「普段はそこまで湿ってないよ」
 
「人工的に作ったヴァギナって、たぶんあまり湿られないよね」
「さあ。私もそのあたりは詳しくないけど。色々やり方はあるんじゃないの?ローション使うとか」
「うん」
「ローションは、手とかAとか素股とかでする時も使うといいと思うよ」
「あ、なるほど!」
「アナル・ホト?」
「へ?」
「その言い方は、こう聞こえるってこと」
「むむむ」
 
私たちは過激なじゃれ合い、触り合いの後、普通の服に着替えて(令子は『もうおちんちん切っちゃったから』と言って、女物の下着を付けた)時間までお茶を飲みながら、ふつうに会話をした。その後、精算してホテルを出る。
 
「へー。そのカプセルにお金入れるんだ」
「面白いでしょ?」
カプセルに5000円札を入れてボタンを押すと、カプセルはパイプの中に吸い込まれて行った。ほどなくカプセルが戻ってくると、お釣りの500円が入っていた。
「なんだか楽しい!」
「ね!」
 
「前にも使ったことあるの?」
「うん。ここじゃないけど、男の子と一緒に来たことあるよ」
「すごーい。私、大学に入ってからはまだHって未体験」
「予言してあげる。ハルは今年中にはこの手のホテルにきっと来るよ。男の子と一緒にね」
「うーん。本気で少しHのしかた、研究しよう」
 
ホテルを出た後、私が深夜のJR高速バスで東京に戻るので、バスターミナルまで、車で送ってくれた。
 
「ふーん。女性専用車両のチケットだ」と令子から指摘される。
「私はふつうに電話で予約しただけなんだけど、女性専用車両になってた」
「土日は客が多いから、できるだけ男女を分離したいんでしょ、バス会社も。じゃ、気をつけてね」
「うん。ありがとう。そちらもね」
「あ、言い忘れる所だった」
「ん?」
 
「8月13日に同窓会やるから」
「同窓会?」
「6年3組のだよ。詳細はメールするね」
「うん。どこで?」
「大阪。帰省する子はそのまま車に分乗するなりJRや高速バス使うなりして帰ればいいしね」
「なるほど」
「来るよね。ってか頭数に入ってるから来てよね」
「了解! その時はもう令子は女の子だよね?」
「もちろん。今夜で男の子はおしまい。おちんちん切っちゃったしね」
「確かにね!」
 

小学校の6年3組のメンツというのは妙に団結力が高く、これまでも中学や高校の夏休みに集まったこともあったが、高校を卒業してからは初めてになる。どうも大学1年でやると、浪人中の子もいるからというので昨年は見送ったものの、今年はやろうよということになったようであった。
 
クラス委員だった、みちるは岡山の大学に通っているのだが、彼女がコンサートで大阪に出て来た時、偶然会場で大阪在住の環と会ったことから、具体的な話がスタートしたらしかった。環が同じ大学に通っている木村君と話し、木村君の方で男子の方に連絡が取れるだけ取り、女子の方は、みちる・環から出発して、同じく大阪にいた令子、京都のカオリなどからもつながりのある子にどんどん連絡してということで、32人の同級生の内、30人まで連絡が取れたという。中高生の頃はあまりこの手の集まりに来てなかった子や、私立の中学に進学して中高生時代は交流が途切れていた子まで来ていた。医学部を目指すために2浪中の子も来ていて、みんなに励まされていた。
 
「でも捕捉率が高いね」
「mixiの利用者検索で4人発見したからね」
「凄っ」
 
同窓会は8月13日の土曜日午後に大阪で開かれた。帰省する子たちは、そのまま島根に帰ろうということだったが、私は帰省しないつもりだったので、新幹線で東京から大阪往復の予定で行った。
 
「あれ!?吉岡が女になってる」
と笹畑君に言われた。
 
「え?なんで?私、ずっと女だったじゃん」
「でも、男に戻ったというか男になったって聞いてたのに」
「それは2ヶ月前までの話だね」と私は答える。
 
「うん、情報が古いよ」と令子も言うと
「あれ?我妻も男になったとか言ってなかった?」と笹畑君は言うが
「毎朝ヒゲ剃るのは大変だぞと聞いたからやめた」などと答えていた。
 
「ヒゲって、我妻、男性ホルモンとかやったの?」
「やってない。女をやめる決断はできなかった」
「吉岡は男やめたの?」
「ハルは小学生の頃にもう男はやめてたね」
 

 
進平の「どうして晴音は大学に入ったころ男の格好をしてたんでしょうね?」
という問いに対して荻野君はしばらく考えていたようであったが、やがて口を開いて言った。
 
「ちょっとあったみたいですね・・・・言っていいのかな・・・いいことにしよう。寺元君、優しそうだし、過去のことは気にしないでいてくれそうだし。僕なんかには何も言わなかったんですけどね、どうも高3の秋に失恋したみたいで。それで女の子でいることに自信を失って、卒業間際のころから、男の子の服を着ていることが多くなったんですよね。もう卒業間際だったから、その変化自体に気付かなかった人も多いんじゃないかと思うんですけど」
 
「ああ、なるほどね。性別を越えるって、元々かなり無理をしているから、ちょっとしたことで自信を失うと、そうなっちゃう時期もあるんでしょうね」
 
「こんなことも聞いちゃっていいかな・・・・」と荻野君。
「ん?」
「寺元君自身、ひょっとして、女の子になりたいとか思ったことってなかったんですか? こないだもふと感じて、今も微妙に感じるんですが」
「あははははは。それはない、それはない」
「そうですか」と荻野君は少し楽しそうに言った。
 
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【桜色の日々・男の子をやめた頃】(1)