【桜色の日々・小4編】(1)

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それは小学1年くらいの時だったと思う。どこかバスに乗ってお出かけするというので、私は桜色のシャツを着て黒いタイツを穿かされ、ベージュのショートパンツ(この当時はまだベージュという言葉を知らず白っぽい短パンと思っていた)を穿かされたが、タイツにもショートパンツにも前の穴が無かった。
「これじゃ、おしっこできないよ」と母に言ったが、「タイツもズポンも下げてすればいいのよ」と言われた。
 
この時着た桜色のシャツが、ボタンの付き方がふつう着ているのと逆でボタンを留めにくかったのを覚えている。髪もブラシできれいに整えられ、桜の花の形の髪飾りを付けてもらったのが何だか可愛くて嬉しかった。
 
その日は兄2人と父はおらず、私と母2人だけのお出かけだったが、長距離バスに乗って、結構遠くまで行った。泊まりではなかったが、何か妙に印象に残っている。
 
母のお友達?とお昼を食べた気がするのだが、トイレに行こうと思って席を立ちお店の人に場所を訊いて言われた所に行くと、小便器が無くて個室がずらっと並んだトイレだった。何か変わったトイレだなと思い、個室に入りズボンとタイツを下げて座っておしっこをした。
 
そこがもしかして女子トイレだったのではないかと思い至ったのは、小学3〜4年生になってからである。
 
この時のことを後になって母に訊いたことがあるが、母はそういうのは記憶がないという。でもあんな可愛い格好をしてお出かけしたのはあの時だけなので、私にはとてもいい思い出である。バスに乗り合わせたおばあちゃんから「可愛いね」と言ってもらったのも子供心に嬉しかった。
 

小学3年生のクリスマスイブに私は夢を見た。ただ「夢」とは思うのだが、どこまでが夢でどこまでが現実なのか、よく分からない夢でもある。その日は父は出張中で母と兄弟3人でのクリスマスイブだったが、母から兄弟3人に大中小の箱のプレゼントをもらった。
 
天尚(あまお)兄がもらった大きな箱には顕微鏡が入っていて、兄は物凄く喜んでいた。風史(かざみ)兄がもらった中くらいの箱にはゲーム機とドラクエのソフトが入っていた。そして私がもらった小さな箱にはサンタ人形が入っていたが、その時、そのサンタ人形がなぜか物凄く嬉しかった記憶がある。(ところが後で聞いてみると、母は私にサンタ人形などを贈ったことは無かったはずでお菓子だったと思うと言うのである)
 
その晩、サンタ人形を枕元に置いて寝ていたのだが、夜中そのサンタ人形が大きくなってふつうの人間のサイズになった。そしてその人形はこんなことを言った。
「君がいちばん望んでいるものを届けに来た」
「何がもらえるんですか?」
「君、女の子になりたいでしょ?」
私はドキッとした。そんなことは確かに時々考えていた。
 
「だから君を女の子にしてあげる。ズボンとパンツを脱いで」
私はドキドキしながら布団の中でズボンとブリーフを脱いだ。サンタは私の布団をめくると
「こういうのが付いてると女の子になれないからね。取ってあげるね」
と言って、私のおちんちんとたまたまをつかむと、ぎゅっと引っ張って身体から取ってしまった。
私がお股を見ると、もうおちんちんとたまたまは無くなって、代わりに割れ目ちゃんができていた。
 
「これでもう君は女の子だよ」
「でも・・・・突然女の子になっちゃったら、お母さんから叱られちゃう」
「おやおや、それは困るね。じゃ、君が女の子になっちゃったことがバレないように、偽物のおちんちんを付けてあげるよ」
 
そういうとサンタは私のお股に何かをぐいっと押しつけた。すると以前と同じような感じで、そこにはおちんちんが付いていた。
 
「そのおちんちんは偽物だから。付いてないのと同じ。君は女の子だからね」
「はい」
「その偽物のおちんちんは、たぶん君が20歳頃になった時に、無くなるよ」
と言うとサンタはどこかに去って行った。
 
朝起きた時、サンタ人形は枕元に無かった。私は自分のお股を触ってみたがおちんちんは付いていた。
 
でも自分としてもこの後のおちんちんというのは「偽物」かも知れないという気がしていた。このおちんちんはあまり大きくなることがなく、自分でいじっても硬くはなるものの長さは10cmくらいまでにしかならず、また、実際問題として、自分であまりそれを大きくしたりすることもあまり無かった。
 
ずっと後になってこの夢のことを親友の清花に言ったら、きっと思春期の性意識の目覚めだったんじゃないの?と言われた。「晴音はきっと元々自分は女の子だという意識を持っていたんだよ。それをその時、明確に自己認識したんじゃないかな」などと彼女は言っていた。
 

そしてそれは小学4年生の2学期のことであった。この年、私たちのクラスは学芸会で「白雪姫」をすることになった。出演する役は、白雪姫・王様・お后様・狩人・鏡・七人の小人・王子様である。基本的には白雪姫・お后様が女の子、王様・狩人・鏡が男の子の役だが、王子様については白雪姫とのキスシーンがあるということから女子を割り当てる方向で考えることになった。小人は男の子4人・女の子3人という配役で、合計男子7人・女子6人ということになる。
 
この配役をクラス会で決めていったのだが、まず白雪姫についてはクラスで一二を争う美人のカオリが多数の推薦で決まり。本人もやる気十分であった。王子様役は女子で成績トップの令子が推されて本人も了承した。
 
令子とは私は小1の時から仲が良かったが、いつも凛々しい令子と、いつも女の子っぽい私の組み合わせは、小学1〜2年の頃は「男女逆転カップル」だね、などとよく友人たちから、からかわれたものである。実際彼女がタキシードを着て、私がウエディングドレスを着て結婚式を挙げるシーンなどというのを結構想像した。もっとも恋愛的な意味で彼女を好きになったことはなく、彼女とはずっと友だち感覚であり、その関係は中学高校になっても続き、30代になった今でも、彼女とはよくメールのやりとりをしている。
 
王様役は体格の良い高岡君が自分で名乗りを上げた。狩人役は最初立候補者がいなかったのだが「じゃ、僕がしようかな」と司会をしていた学級委員の荻野君が言い出して、みんなの拍手で決まる。鏡役には低音の声が特徴的な伊藤君が「やってみようかな」と言って拍手される。そして主要な役で最後まで決まらなかったのが、お后様の役であった。
 
基本的には女子の役なのだが「あんたやったら?」などと言われた子が「嫌だ」
と拒否したりして、全く決まらないのである。あまりにも決まらないので白雪姫役に決まっていたカオリが「私がやろうか?誰か白雪姫を代わってよ」などと言い出したが、みんな「西本さんが白雪姫しないと締まらない」と言って反対する。司会役の荻野君がかなり困っていたようであった。
 
実は当時私は荻野君のことが好きだった。男の子同士になってしまうから告白とかはできなかったけど。そこで好きな荻野君が困っているのを見て、私は黙っていられなくなった。
「すみません。僕がお后様しましょうか?」
と言うと、あちこちから「あぁ!」という声が上がった。
 
「本来女子の役だけど、吉岡さんなら行けるよね」と数人が言う。
司会の荻野君がホッとしたような顔をしていた。
「お后様の衣装と、リンゴ売りのおばあさんの衣装と2種類、どちらも女物の服を着ることになるけど、いい?」と訊く。
「ええ、全然問題無いです」と私は答えた。
 
そのあと小人役の7人については荻野君が「もう僕から指名しちゃいます」といって指名する。指名された人たちは「まあ小人ならいいか」と言って受けてくれて、配役が決まった。
 
2学期最初の学級会でこれが決まり、出演することになった13人で毎日放課後練習をした。台本は先生が用意してくれていて、先生がいろいろ指導をしてくれた。
 
むろん練習は衣装など着けずに普段着でしていた。衣装については、PTAの方に相談して、そういうのを作るのが得意な人が3人で分担して作ってくれることになり、出演者のサイズが測られ、そのサイズでお願いすることになった。
 
私は「鏡よ鏡、この世で一番美しいのは誰?」という有名なセリフを自分の高い声を使ってわざと機械的な雰囲気で話し、おばあさんの扮装の方では逆に低い声でお年寄りっぽい雰囲気を出して「名演技だ!」などと褒められた。
 
9月の下旬には衣装が出来てきたので、付けてみて練習をした。私は堂々と女物の服が着れるので、ワクワクした。最初にリンゴ売りのおばあさんの服を身につけてみる。地味な服で着心地はいまいちだけど、私はスカートだというだけでけっこう気分が良かった。
 
次にお城でのお后様の衣装。悪役なので、少し毒々しいくらいに真っ赤な服になっている。白雪姫の白い衣装と対照的である。白雪姫の衣装が、裾のふわっと広がった服なので、こちらは逆にタイトスカート風である。
 
「吉岡君、おばあさんの方は何とかなるかと思ってたけど、お城でのお后様の衣装の方も、なんか違和感無いね」などと担任の先生が感心していたが、王子役の令子や、小人その2役で私と1-2年でも同じクラスだったみちるなどが「当然ですよ」などと言って笑っていた。
 
私がその服で歩きながら演技していたら、小人その4役の好美が
「スカートなんて穿き慣れてないと思うのに、よく転ばないね」
と感心したふうに言ったが、隣にいたみちるが
「たぶん穿き慣れてるから平気なんだよ」
などと言って笑っている。私はポリポリと頭を掻いた。
 
練習は順調に進み、いよいよ10月の学芸会本番になった。
 

その日の朝の学級朝礼で担任の先生が難しい顔をして入ってきた。起立・礼・着席とやった後「実は困ったことになった」と言い出す。
 
「今日の学芸会で白雪姫役をすることになっていた西本(カオリ)さんが凄い熱を出して。風邪のようだということで、今日はとても出て来られないらしい」
「えー!?」という声があちこちから上がる。
 
「そこで申し訳ないけど緊急に誰か今日の白雪姫の役を代わって欲しい」
「だって、セリフが覚えられませんよ」
「うん。それで一緒に出る予定だった子で誰か白雪姫のセリフが入っている人はいない?」
みんな顔を見合わせている。
 
「我妻(令子)さん、どう?僕は頼めるの君しかいないと思ったんだけど」と先生。
「無理です。私、最後の方にちょっと出るだけだから、全然まじめにみんなの練習を聞いてなかったし」
 
「先生、もっと前の方から出てる子でないと無理ですよ」と学級委員の荻野君。
「そうなると、小人役の平野さんか、雪下さんか、畑中さんか・・・・」
「無理です。私たちほとんどセリフないから、台本自体あまりまともに見てないです」
と平野さん。
 
その時、令子が私に向かって「ハルちゃん、セリフ入ってない?」と訊いた。
「・・・・覚えてると思う」
「ハルちゃん、やりなよ、白雪姫。他にできる人いないよ」
 
「え?でも男の子が?」と先生が言ったが、みちるも
「吉岡さんなら大丈夫ですよ。半分女の子みたいなもんだもん」と言う。
 
そこで緊急に白雪姫のセリフのあるところを会話形式でやってみる。
 
荻野君が演じる狩人との会話は、私自身が荻野君のことを好きなので熱心に見ていたのでスムーズに会話が出来た。小人との会話も何となく覚えていたので、2ヶ所訂正されただけで、ほぼ間違いなく言えた。そしてリンゴ売りのおばあさんとの会話はもちろん全部言える。ここの部分、リンゴ売りのおばあさん役は、小人その1役の木村君がやってくれた。
 
「完璧だね。これなら本番までの間に2回くらい練習したら行けますよ」と荻野君。
 
「ハルちゃん、声を出す時に無理に高い声出さなくていいよ」と令子。
「高すぎて不自然になってる。お后様はそれでもいいんだけど、白雪姫はもっと自然な声が良い」
「でも男の子っぽくなっちゃうかなと思って、ってこのくらいのトーン?」
「うんうん。そのくらいの方がかえって女の子っぽく聞こえるよ」
「ほんと?じゃこのくらいのトーンでしゃべってみよう」
 
「でも白雪姫の衣装が着れる?カオリ、かなり細いよ」
「でも吉岡さんもかなり細いよね」
「着てみます」と言い、衣装を持って衝立の陰に行き着換える。可愛い衣装だ。真っ白なドレス。裾がふわっと広がっている。身につけてみるとウェストはむしろ少し余るくらいの感じだった。タイトスカートのお后様の衣装でも結構ワクワクしたが、こんな可愛い衣装はまた素敵だ。不思議な気分になる。
 
出て行くと全員無言である。
 
「えっと・・・・みんなどうしたの?」
「いや、吉岡さん、なんでそんなに可愛くなっちゃうのよ?」とみちる。
「ハルちゃんが女の子の服着れるのは知ってたし、というか小学1年の頃に私の家に遊びに来た時によく着せ替え人形にしちゃってたしね。でもこんなに可愛くなるとは思わなかったよ」と令子。
 
担任の先生も驚いて声が出ないようだったが、我に返ったように
「よし、これで全体の通し練習してみよう」と言う。
 
結局、お后様役は、お城の所を(小人その2役だった)みちる、リンゴ売りのおばあさん役を小人その1役の木村君がすることになり、ふたりは必死でセリフを覚えていた。小人その1とその2は小人その3,4の子が横滑りし、3,4にはこのお芝居に出る予定の無かった子を2人徴用してやってもらうことになった。(小人3〜7は単独のセリフは無く、小人全員で言うセリフのみである)
 
私が着る予定だったお后様の衣装を着ようとしたみちるが
「これ細すぎる。私ウェストが入らない」などと言う。
家庭科の金野先生にお願いして緊急にウェストの調整をしてもらうことにした。
 
リンゴ売りのおばあさんの衣装は当然男の子の木村君には入らない。これはウエストサイズが違いすぎて救いようがないので、先生が緊急に自宅の奥さんに電話しておばあさんっぽい衣装を調達して急いで持って来てもらうことにした。
 

そうして本番は始まった。
 
「鏡よ鏡、この国で一番美しいのは誰?」とお后役のみちる。
「はい、それはお后様です」と鏡役の伊藤君。
しかし白雪姫が10歳になった時、鏡の答えが変わる。
「お后様は美しい。しかし白雪姫はその千倍も美しい」
 
お后様の命令で狩人が白雪姫(私)を連れて森へ。そして射殺しようとするものの撃てずに逃がしてくれる。森を迷いながら歩く私は小人の家に辿り着き保護される。
 
しかし鏡の言葉からお后様は白雪姫が生きていることを知る。そしてりんご売りのおばあさんに化けて毒リンゴを食べさせようと森の小人の家までやってくる。
 
下心満載のおばあさんを木村君がうまく演じてくれて、あどけない言葉を返す私とのやりとりが好対照で続いていく。そしてやがておばあさんがくれたリンゴを一口食べた私はそのまま崩れるように倒れる。
 
お城に帰ったお后(ここはみちる)が鏡に向かって問う。お后様がいちばん美しいという鏡の言葉に満足するお后様。
 
仕事から帰ってきた小人たちが白雪姫の死体を見つけ悲しみ、お葬式を始める。そこに通りかかった王子様(令子)。
 
「なんと美しい姫だ。どうか私にキスをすることを許してください」と小人たちに頼み込み、棺の中の私にキス(する真似)。するとパッチリ眼を覚まし、起きあがる私。ここで練習の時はそんなことしなかったのだが、令子は私を抱きしめた。さすがにこちらも驚いたが、予定通りであるかのように演技を続ける。
 
「白雪姫、どうか私の妻になってください」
「はい」
と答え、ふたりが手を取り合って、ステージ前面に出て来る。そこに小人たちが祝福の花束を渡す。これで大団円である。
 

 
「抱きしめられた時、びっくりしたー」と私。
「キスもしちゃおうかと思ったんだけどね」と令子。
「えー!?」
「幼稚園の頃はキスしたことあったじゃん」
「うん。あの頃は無邪気だったしね」
「まあその後はキスしてないけど、ハルと私って仲良しだから、いいかなと思った」
「うん。令子だから焦らずに演技を続けられた」と私も笑って答えた。
 
「でも我妻さんが王子で、吉岡さんが姫って、性別逆転カップルだね」
「私たち、小1の頃にそれ随分言われたよね」と令子は笑って答えた。
 

うちの母はお后役で私が出ると聞いていたので、男の子がそんな役をしてうまくできるのかしらと思いながら見に来たものの、実際見てたら、私が白雪姫役で出て来たので、ぶっ飛んだらしい。
 
「あら?白雪姫役ってカオリちゃんって聞いていたのに」
「急病で他の子が代役することになったんですって」
「へー。でもあの子も凄く可愛いわね」
「誰だったかしら、あの子?あんな可愛い女の子がうちのクラスにいたっけ?」
 
などといったお母さんたちの会話を聞いて、母は穴があったら入りたい気分だったと言っていた。
「でも、あんたホントに可愛かったよ」と笑顔で付け加えてくれた。
 

カオリは翌週風邪が治って出て来たが「みなさんご迷惑お掛けして御免なさい」
と謝っていた。特に私には
「白雪姫役とかやらせちゃって、ごめんねー」と特に謝っていた。
「恥ずかしくなかった?」
「いや。緊急事態だし、そんなこと考える余裕無かった。セリフ間違えないようにするので必死だったもん」
「でも、みんな吉岡さんの白雪姫も可愛かったって言ってた。私見たかったなあ」
 
せっかく練習したカオリの白雪姫も見たいという要望が出たため、学級会の時間に、カオリ版・白雪姫をクラスのみんなの前で上演した。お后様を私が演じる本来のバージョンである。おお、さすが可愛い!と大好評であったが、一部の生徒から吉岡版・白雪姫の方も、もう1度見たいなどという要望が出て来たので、次の学級会の時間に、私の白雪姫、平野・木村ダブルキャストのお后様でまた上演した。こちらも可愛い!と好評であった。王子役の令子はもう悪ノリして、カオリの白雪姫には本当にキスしたし、私の白雪姫は本番の時と同様にぎゅっと抱きしめて、場も盛り上がっていた。
 
「カオリは割と早熟な方だから、お姉さんの白雪姫、吉岡さんは少女っぽくて妹の白雪姫って感じだよね」などと、みちるなどは言っていた。また、私の白雪姫を見たカオリも「可愛い!ねえ、私の妹になってよ」などと言って、私は彼女ともけっこうこの後仲良くなって行くのである。
 

この年の体育の授業では2学期にけっこうフォークダンスをやった。私たちの世代では、あとで大学に入ってから聞いてみると、フォークダンスは無かったと言っている人も多く、やっていたという人たちも、マイムマイムとかジェンカといった、全員同じ踊りを踊るタイプをやっていた人が多かったようだが、うちの学校は最初にオクラホマミキサーを習い、そのあとコロブチカと、男女で踊り方の違うものをこの年はやっていた。
 
うちのクラスは男子17人・女子15人の32人クラスだったので、こういうダンスをすると、男子が2人余る。そこで名簿順にならんで男子で最後になる私が女子の方に並んで踊るのが、恒例となっていた。
 
「なんか吉岡さん、そのクルリと回る時の仕草が可愛い」
などと男子からも女子からも言われた。女子たちは私に何度も踊らせてその雰囲気をコピーしようとしていたくらいであった。
 
オクラホマミキサーにしてもコロブチカにしても、1フレーズごとに男子が1人ずつ先に進んでいきパートナーがずれていく。それで次が私と組む所という所で終わってしまった男子から「あと1回で吉岡と組めたのに」などと言われることもあった。
 
元々先生は、女子のパートを踊る男子は交代制にするつもりだったようだが、(他の男子が余るクラスではだいたいそういうことになっていたようである)「吉岡さんで固定してください」という要望が男子からも女子からも出たので先生は私を個人的に呼び出して、そんな意見があるのだけど・・・と言った。私は笑って、女子のパートでいいですよと言ったので、うちのクラスではこれが固定制となった。
 
10月下旬にあった運動会を見に来たうちの母は、女子のパートを踊っている私を見た他の父兄が「あら、あのショートパンツで踊っている女の子踊り方が可愛いわね」
「あ、学芸会で白雪姫した子よね」「女子もブルマじゃなくてショートパンツでも良かったのね」などと言っているのを聞いて、ずっと下を向いていたと言っていた。うちの学校では翌年から女子の体操服はハーフパンツになり、この年はブルマが使用された最後の年であった。
 

やがて12月になりクリスマスの季節がやってきた。
 
うちのクラスでもクリスマス会をしようということになり、クリスマスイブが月曜日だったので、その日の学級会の時間に、お互いにプレゼントを持ち寄って交換をすることになる。ケーキとおやつ代で300円、プレゼントは200円以内という予算。そのプレゼント交換でプレゼントを配る役として、学芸会で王様・お后様・白雪姫・王子様役だった、高岡君・私・カオリ・令子の4人が指名された。学芸会の時の衣装を少しアレンジしてプレゼントの袋を持って出てきて、みんなにプレゼントを配る役である。
 
21日の金曜日お昼に職員室に4人が呼ばれてその打ち合わせをした。衣装の調整は、事前の照会で令子の大学生のお姉さんがしてくれることになっていた。学校での打ち合わせが終わった後、令子とカオリで衣装を持って行こうなど言っていたのだが「ハルもおいでよ」と令子から言われて、私も一緒に行くことにした。
 
3人で4人分の衣装を持って行く。
「ハルがふつうの男の子なら4つとも持たせちゃうんだけど、ハル、腕力無いもんね」と令子。
「うん。ごめんねー」
結局私が2つと、カオリと令子が1つずつ持っているのである。
 
「へー。じゃ、ハルちゃん、小1の頃、女の子の服着てたんだ?」
とカオリ。
「そう。何か似合いそうな気がするから、着てごらんよ、とか言って着替人形にして遊んでたのよね」と令子。
「少し記憶が曖昧だけど、いっぱいスカート穿いてた記憶がある」と私。
「一度確か一緒に遊園地にも行ったよ、その格好のままで」
「あの頃は、私も性別というもの自体、良く分かってなかったから」
と私は笑って答える。
「スカートを穿くのは女の子だけということも良く分かってなかったかも」
 
「ね、そういう時、トイレはどうしてたの?」とカオリ。
「うーん。記憶無いんだよね」と私。
「たぶん、ふつうに女子トイレを使ったと思うよ」と令子。
「そりゃスカート穿いてて男子トイレには入れないよね」とカオリ。
「でもその後はスカート穿いてないの?」
 
「穿いてないよ」と私は笑って答える。
「うちのお母ちゃん、ハルのこと、女の子と思い込んでいたから私の着せ替え遊びも笑って見てたんだけど、2年生の時に男の子ってバレちゃったから、やめなさいって言われたのよね。だからうちではスカート穿いてないけど、他で穿いてたら私は分からないな」
「他に穿くような所は無いよ。うち、男の兄弟ばかりだから女の子の服自体調達できないしね」
 
「でも白雪姫の衣装付けた時のハルを見て、私、絶対ハルは今でもふだんから女の子の服を着てると思ったけどな」と令子。
「着てない、着てない」
「だって、あんなに着こなすってあり得ないもん」
「ホントに可愛かったね。びっくりした」とカオリ。
 
「ハルって女装美人だよね」と令子。
「何それ?」と私。
「ハルは男の子としてそんなに美男子って感じでもないじゃん。美形な方だとは思うけど、木村君とか荻野君みたいに、女の子が憧れちゃうようなタイプの顔立ちじゃないもんね。男の子としての美形度はたぶん70点くらい。それなのに女の子の服を着ると、凄い美人になっちゃうんだもん」と令子。
「ああ、たしかに」とカオリ。
「ハルちゃんが女の子だったら、私けっこうライバル意識持ってたかも」
「まあ、私はお嫁さんには行けないから」と私は笑いながら言う。
 
「ハルちゃん、性転換手術って知らない?それ受けて女の子になっちゃえば、お嫁さんにも行けるよ」とカオリ。
「え?そんなこともできるんだ?」と私は答える。
私が性転換手術という言葉を聞いたのはこの時が初めてであった。
 
「女の子になりたい?」と令子。
「えっと・・・・・」
「恥ずかしがらなくてもいいよ。ハルなら女の子になっちゃってもいいと思うなあ」
「そうかな。。。でも性転回手術?って、どんな手術なんだろう・・・」
「性『転換』手術だよ。気分転換の転換。やっぱり男の子にあって女の子に無いものを取っちゃって、女の子にあって男の子にないものを付けちゃうんじゃないの?」
「わあ・・・・・」
私は言葉の上で飲み込んでも具体的なことはゆっくり考えてみようと思った。
 
「でもハルちゃんは好きになるのはどっちなの?女の子?男の子?」
「うーん。。。。それどちらもあるんだよね。自分でもこういうの変かなって思ったりしてたけど」
「ああ。それバイって言うらしいよ」
「バイ?」
「男の子だけど男の子が好きになるのがホモ、女の子だけど女の子が好きになるのがレズ、男の子でも女の子でも好きになるのがバイって言うんだって」
と令子が言う。
「へー。じゃ、私みたいな人はわりといるのかなあ」
「男の子好きになったり女の子好きになったりする人もいるし、女の子になりたいと思ってる男の子もいるよ」
「そうなのか・・・・」
 
「今ハルは荻野君が好きでしょ?」と令子。
私は真っ赤になってうつむいてしまった。
「わあ、図星」とカオリ。
「実は・・・お后様の役が決まらなかったでしょ。荻野君が困ってたから、助けてあげたいと思って、名乗り出たの」
「やっぱり。なんかそんな気がしたよ、あの時」
「へー。でもその結果、白雪姫することになっちゃった訳か!」とカオリ。「あれはさすがに焦った」と私。
 
「あ、私分かった!」とカオリ。
「何?」
「ふつうの男の子が男の子を好きになったらホモなんだけど、ハルちゃんの場合は、男の子を好きになってもホモじゃないね」
「え?なんで?」と令子。
 
「ハルちゃん、実は女の子なんだよ。だから男の子を好きになる場合が普通で女の子を好きになっている時はレズなんだ」
「あ、そうか。そう考えた方がすっきりするね」と令子。
「え?じゃ私は男の子を好きになるほうが普通なのかな」
「だと思うよ」
 
「ハルちゃん、おちんちん付いてるかも知れないけど、それきっと偽物だよ。たぶんハルちゃん、おちんちん付いてないのと同じ」
私はドキッとした。ちょうど1年前に見た夢のことを思い出していた。
 
「じゃ偽物おちんちん、偽物男の子、真女の子だね」と令子。
「そうそう」
「ハルが女の子であるなら、今日は久しぶりに女の子の服を着てもらおう」
「えー!?」
 

令子の家に到着し、完璧に顔見知りであるお母さんやお姉さんたちに挨拶する。この家に来るのは1年ぶりだ。小学2年生の頃までは良く来て一緒に遊んでいたのだが、3年生頃から何となく男女の壁のようなものを感じてしまうようになり、微妙に疎遠になってしまっていた。それでも、私と彼女は「ハル」「令子」と呼び捨てで名前を呼び合う関係だけは維持していた。
 
「へー、これをアレンジするのね」と上のお姉さんの晶子さん。
「そうそう。クリスマスっぽい雰囲気にしたいのよね」
「王様とお后様の赤い服は、袖口とかに白いボアを付ければそれっぽくなりそう」
「白雪姫の白い服はむしろ白いまま、ブーケとか縫い付けて華やかにすればいいんじゃないかという気がしたんだけど」
「ああ、それでいい感じになりそうね」
「王子様の黒い服はどうしようかなあ」
「スパンコールとか付けてキラキラした感じにしたらどうかな?」
「うん。それでけっこういい雰囲気になるよね。これも袖口に白いボア付けようかな」
 
今いる子だけでもこの服を着た所を見たいと言われたので、令子が王子様の服、カオリが白雪姫の服、私がお后様の服を着た。
 
「ああ、ハルちゃん、王様じゃなくてお后様だったんだ!」と晶子さん。「実際の学芸会ではカオリの代役で白雪姫だったんだよね」と令子。
「あんたが王子様だから、性別逆転カップルだね!」
「そうそう。1年生の頃、よくからかわれてたよね」と令子。
「でもハルちゃん、さすが女物の服を着ても違和感無いね」とお姉さん。
「でしょ。白雪姫のお后様からは離れて、可愛い雰囲気にしてあげて」
「うんうん」と晶子さんは私たちを見ながら構想を練っているようであった。
 
「じゃ、材料買いに行こう」
と言って晶子さんの車で手芸屋さんに行くことにする。
「あんたたちも付き合いなさいよ」
と言われて、私たち3人も一緒に行くことにしたが、各々の衣装を脱いで元の服に戻ろうとした所で令子が
「ハルはこれを着てみよう」と言って服を渡す。
「えーっと・・・」
「しばらくこの手の服を着てないんなら、久しぶりに着てみるのもいいんじゃない?あるいはいつもこの手の服を着てるなら、全然恥ずかしがらなくてもいいでしょ?」
などと悪戯っぽい表情で言う。
「じゃ、そのあたりは曖昧に、借りるね」
「よしよし」
 
という訳で、私は令子から借りた女物の服を身につけた。お母さんが「あら?」
と言う。「たまにはいいでしょ?ハルとっても可愛いんだもん」と令子。「あ、私もこういう服、わりと好きですから」と私も言ったので
「うーん。まあ、本人が好きならいいか」とお母さんは笑っていた。
 
「あ、お母さん、この衣装、取り敢えず洗濯してくれる?」と晶子さん。
「いいけど、今洗濯したら乾くの明日の昼くらいになっちゃうよ」
「じゃ、コインランドリーで乾燥機に掛けてきてくれない?」
「了解」
 

晶子さんの車で町に出て、手芸屋さんで4人でいろいろ話しながら商品を選び、先生から渡されていたお金を使って材料を買う。そのあと、町に出て来たついでにということで晶子さんのおごりで、ケーキ屋さんに入った。ここは女性限定のお店である。
「ちょうどうまい具合に全員女の子だからね」とお姉さんは笑っていた。
 
「わあ、これ美味しい」と私が言うと
「この手の服を着てれば、ひとりででも来れるよ」と令子が言う。
「いや、ひょっとしたらさ」とカオリ。
「ん?」
「ハルちゃんだったら、ふだんの服ででもここに入ってきて咎められない気がする」
「ああ、そうかもね」
「たぶん女子トイレにふだんの格好で居ても、誰も疑問を持たないよね」
「うん、そんな気がしてきた」と令子。
「ちゃっかり普段女子トイレ使ったりしてない?」
「そこまでの勇気は無いよ」と私。
 
「『そこまで』ということは、『そこまで』行かないことならしてるのね」
私は困ったように笑う。
「でもほんと、女装で町を歩いたりはしてないよ。スカートで町に出て来たのは小学1年の時以来だよ」
「なんか微妙な表現だね」
「まあ今日の所はあまり追求しないでおいてあげるか」
 
「とりあえず私とも呼び捨てにしない?カオリって呼んでよ」
「うん。そうしよう。私もハルって呼んで」
 

そのあとプレゼント交換に使うプレゼントを物色しに行った。ファンシー・ショップに入る。
 
「ハルはこういうお店は平気でしょ?」
「うん。この手のお店には入るよ。学校では使ってないけど、家で使ってる鉛筆、メゾピアノだし」
「学校にも持ってくればいいのに」
「お母ちゃんから停められてるから」
「ふーん」
 
私は男の子に当たってもあまり問題無さそうな感じのディズニーのレターセットを買った。令子は鉛筆3本のセット、カオリはボールペンを選んだ。
 
レジの方へ行こうとしていた時、私はふと低い棚に置かれている商品に目を留めた。それはサンタ人形だった。思わず手に取る。わあ、これ去年夢で見たのに似てる!
「どうしたの?」
「うん。これ以前うちにあった人形に似てるなと思って」
「へー」
「500円だし、買っちゃおう」
 
厳密には夢に見たものはこれよりひとまわりくらい大きかった気がする。多分同じシリーズの少しサイズの大きな商品なのだろう。
 

家まで車で戻り、取り敢えずお茶を飲んで少しおしゃべりした後、買ってきたボアやスパンコールを取り敢えず衣装に当ててみようということになる。
「あれ?衣装は?」
「コインランドリーで乾燥機に掛けてきたよ」
「あ、そうだった。それ頼んだんだった」
「もうそろそろ乾燥終わってると思う」
「あ、じゃ、私取って来ます。どこですか?」と私は言った。
 
「分かるかな?この家の前の道、右側にずっと行った所にお風呂屋さんがあるのよ。そこの中なんだけど」とお母さん。
「ああ、お風呂屋さんの煙突がありますね。あそこですね」
「そうそう」
「じゃ、行ってきます」
 
私は服を入れるバッグを持つと、お風呂屋さんに向かった。さてコインランドリー、コインランドリーと・・・・あれ?それらしきものが見あたらない。ちょうどそこへお風呂屋さんの人かと思う人が中から出て来た。
 
「あの、すみません。コインランドリーありますか?友だちから取って来てと頼まれたんですが、場所が分からなくて」
「ああ、コインランドリーは脱衣場の中にあるのよ。そこ入ってすぐの所だから。コインランドリーだけ使うのには、お風呂代要らないからね」
「ああ、そうだったんですね。ありがとうございます」
 
お風呂屋さんの人は裏の方に行ってしまった。
私は中に入ろうとして「あっ」と思った。
 
お風呂屋さんの入口は男女に分かれている。どちらに入るの?
 
ここに洗濯物を持って来たのは令子のお母さんである。お母さんが男湯に入る訳がない。当然、女湯の方に入った筈だ。つまり洗濯物は女湯の中にあるのでそれを取ってくるには女湯に入る必要がある。
 
私は正直な話、この頃、女子トイレにはけっこう成り行きで入ったことがあり、入るのに実はあまり抵抗が無かったのだが、さすがに女湯には入ったことが無かった。いったん戻って令子かカオリに来てもらう?というのも一瞬考えたが『ま、いいよね』と私は思い直して女湯の扉を開けた。中で自分が裸になる訳ではないし。
 
「コインランドリー使います」と番台の人に声を掛けて中に入る。
 
ちょうど夕方に掛かる時間帯なので、けっこうお客さんがいる。ここは近くに大学があるので、学生さんがわりとやってくるようだ。20歳前後かなという感じの女の子が多数いる。裸になっている人もいて、きれいな形のおっぱいが目に飛び込んで来たが、私は「わあ、いいなあ」と思ってしまった。私も女の子ならそのうち、あんな感じのおっぱいができるんだろうに、などと思うと少しせつない気持ちになる。
 
でも私はあまりそちらは見ないようにしてコインランドリーの場所を探し、すぐに分かったので、乾燥機の並んでいる中で、見覚えのある衣装の入っているものを開け、取り出して1つずつパタパタとしてからバッグに入れた。そしてあまり脱衣場の中は見ないようにして、お風呂屋さんを出た。
 
家に戻り、衣装をバッグから取り出した。
「ああ。きれいに乾いてるね」などと言い、衣装を畳の上に広げて、ボアやスパンコールをその上に置いてみる。いい雰囲気だ。
 
私たちは18時近くまでデザインについてあれこれ検討をした。そのあと晶子さんが車で、私とカオリをそれぞれの家まで送ってくれた。私は帰る間際に元の服に戻った。
 

その夜、布団の中で私はサンタ人形を見ながら、1年前の夢を思い出していた。そしてカオリから聞いた『性転換手術』ということばを思い起こす。
 
男の子にあって女の子にないもの・・・・・やはりおちんちんとたまたま?取っちゃうのか。昨年の夢ではサンタさんにおちんちんとたまたまを取られて代わりに割れ目ちゃんができていた。
 
女の子にあって男の子にないもの・・・・・割れ目ちゃん?その中におしっこが出てくる所があって、女の子のおちんちんみたいなのがあることまでは知っている。そんなことをずっと前に令子と話していたら「もうひとつあるんだよね」
と言っていた。そのあたりは自分にとっては謎の世界だ。
 
そして今の同世代の女の子にはまだ無いけど、そのうちできるもの。おっぱい。私は今日洗濯物を取りに行って入った女湯で見てしまった、お姉さんたちの形の良いおっぱいを思い起こした。いいなあ・・・それも性転換手術というので付けてもらえるんだろうか?それとも性転換手術すると、おっぱいが膨らんでくるのかな?
 
去年のサンタは「20歳になる頃、偽のおちんちんは無くなる」と言っていた。それって、その頃、性転換手術というのを受けちゃうということなのかもね。そんなことをその夜、私は思っていた。
 
その晩見た夢の中で、私は病院でお医者さんに手術されていた。
「メス」というお医者さんの声に看護婦さんがメスを渡す。お医者さんが私のおちんちんとその下にある袋をメスで切ってしまう。その切った後を縫い合わせて、割れ目ちゃんができる。手術が終わった後自分の身体を鏡に映してみると、お股のところには何も無く割れ目ちゃんがあって、おっぱいはきれいに丸く膨らんでいる。それから私は白いウェディングドレスを着て結婚式を挙げていた。
 
その後、私はスカートを穿いて学校に出て行き、少し恥ずかしげな表情をして女子の友人たちの所に寄っていった。
 
目が覚めてから、結婚式と学校のシーンは順序が逆だよなと思った。しかしそういえば自分はスカートで学校に出て行ったこと無いんだな、などというのも考えていた。
 

月曜日。この日は終業式だったのだが、その終業式が終わった後の学級会で、クリスマス会をした。買い出し係の子たちがみんなの机にケーキを配る。ファミリーサイズのファンタをついで回る。いつも音楽の時間にピアノを弾いているみちるが、教室に置かれている電子キーボードを弾いてみんなで、ジングルベル、エーデルワイス、きよしこの夜、を歌った。
 
そしてプレゼント交換である。あらかじめみんなが出しているプレゼントを4つの袋に分けて入れている。プレゼントは明らかに女の子用という感じのものは女の子に配る袋に、男の子用という感じのものは男の子に配る袋に入れている。
 
高岡君、令子、カオリ、私の4人が晶子さんがアレンジした衣装を付け袋を持って登場する。高岡君の「メリークリスマス!」という声を合図に、みんなにプレゼントを配り始めた。
 
高岡君と令子の王様・王子様で女子に、私とカオリのお后様・白雪姫で男子にプレゼントを配っていく。高岡君は元々女子に人気があるし、令子も宝塚の男役に憧れるようなノリで一部女子にファンがいるので、けっこう歓声が上がっていた。
 
カオリは女子の中でむろん人気No.1、プレゼントを手渡されただけで嬉しそうにしている男子がいる。私はそれを見ながら微笑んで「私の方でごめんねー」
などと言いながらプレゼントを配ったが、令子から「ハルちゃんから渡されて嬉しそうにしてた男子、けっこういたよ」などとささやかれた。
 

学校が終わってから、カオリから「この後うちでもクリスマス会するから、ハルも来てね」と言われた。
 
いったん家に戻ってから友だちの家でクリスマス会をするということを言い、(「会費がいるんじゃないの?」と言われ、500円玉1枚と100円玉5枚もらった)カオリの家の方に行こうと思って、カオリの家を知らないことに気付く。令子の家に電話してみたら、ちょうど令子が出て、今から行こうとしていたので、一緒に行こうと言われる。そこでまず令子の家に行った。
 
「よし、ハルはこれに着換えて行こうね」と服を手渡される。
「なんか、そういう展開になりそうな気がしたよ」と私は笑って答えた。
 
渡された服はライトグリーンのポロシャツと桜色のセーター、それにやや紫がかったピンクのニットスカートである。その桜色のセーターを見た時、ああ、これ1年生の頃に母と一緒にお出かけした時の服の色に似てる、と思って少し懐かしい気持ちがした。
 
お母さんは出かけているということであったが、晶子さんとその下の中学生のお姉さん・浩子さんがいて、私が渡された服に着替えると「おお、可愛い!」
などと言ってくれた。
 

令子と一緒にカオリの家に向かう。
 
「ねえ、金曜日は私も気付かなかったんだけど、後から思ってさ」
「ん?」
「ハル、洗濯物をコインランドリーに取りに行ったじゃん」
「あはは」
「あそこのコインランドリー、脱衣場の中にあるよね」
「うん」
「どちらの脱衣場に入ったの?男湯?女湯?」
「だって、お母さんが乾燥機使いに来たんだから、洗濯物は女湯の脱衣場の中だよね」
「じゃ、やっぱり女湯の方に入ったんだ!」
「少なくとも物心付いてからは、女湯に入ったの初体験だった」
「ふーん。本当に初体験かどうかはさておいて、ハルは女湯の脱衣場にいても誰も何とも思わないだろうね」
「服を脱がなければね。そんな気がしたから、ちゃっかり入っちゃった」
 
「女の人の裸を見た?」
「だって、脱衣場だから」
「どう感じた?」
「大学生のお姉さんたちが多くて、きれいな丸いおっぱいしてる人がいて」
「うん」
「いいなあ。私にもそのうち欲しいな、と思っちゃった」
「やっぱり、ハル女の子になりたいんだね」
 
「なれると思ってなかったから、あまり気にしないようにしてたんだけど、こないだカオリから性転換手術って話を聞いて。。。。自分でも受けたいななんて思っちゃった」
「いいんじゃない?性転換手術しちゃいなよ。確か18歳くらいになったら、受けられるはずだよ」
「へー。じゃ、高校卒業してからか・・・・・それまでは仕方ないから男の子してるかなあ」
 
「今のハルなら、女子トイレとか女湯の脱衣場とかにいても、誰も変に思わないけど、中学や高校で男子制服着てたら、それできないね」
「そんなこと言われると、何か切ない気分になっちゃう」
「でもまあ、外見が男の子でも、心が女の子であれば、あまり問題ないかもね」
「心か・・・・」
 
「ここ1年くらい、私とハルって少し話しづらい感じになってたけどさ、私、ハルのことは、やっぱりふつうの女の子の友だちだと思うことにする」
「うん」
「だから、前みたいにふつうに遊ぼうよ」
「そうだね」
「うちに来たら、いつでもスカート穿かせてあげるよ」
「私、けっこうスカート好きかも。でも最近、女の子たちあまりスカートを穿かないよね」
「うん、少ないよね。スカートが好きなのは、みーちゃん(平野さん)とか、マリアンとかくらい。カオリなんかもスカート穿いてる所、ほとんど見たことないもん。私も今日はハルに合わせてスカート穿いてきたけど、学校にはズボンで出て行ったしな」
「そのうちスカート穿くのは、私みたいな子だけになっちゃったりして」
「ありそう!」
 

カオリの家に着くと、既にクラスメイトの女子が3人来ていた。私と令子が入って行くと、最初カオリとみちる以外の2人は私のことが誰か分からない感じであった
「えー!?吉岡さん?可愛い!」という。
 
「悔しいけど、私より可愛いよね」とカオリが笑って言う。
「今日は女の子だけのクリスマス会なんだけど、ハルは女の子と同じだから、ここにいてもいいでしょ?」
「うんうん。元々女の子っぽいと思ってたけど、白雪姫で、本人も女の子として目覚めた感じだよね」とみちるは言い、
「カオリも令子も『ハル』って呼んでるんだね。私もそれでいい?」
と付け加える。
 
「うん。お互い呼び捨てってことで」と私は笑って言う。
結局この場にいた全員と私は名前の呼び捨てで呼び合うことになった。ただし愛称が固定している、みちるのことは「みーちゃん」、朱絵のことは「あっちゃん」
である。
 
カオリのお母さんがフライドチキンとサラダ巻き・ローストビーフを作ってくれていた。また、プティケーキがたくさん買ってあって、好きなだけ食べてね、ということであった。飲み物はファンタ、コーラ、クー、ウーロン茶が並んでいて、それも好きなのを好きなだけどうぞということだった。私はプティケーキを2個(イチゴとモンブラン)をもらい、サラダ巻き・ローストビーフ少々、フライドチキン2本を食べて、ウーロン茶を飲んでいた。
 
「そういえば7月にカオリのお誕生会で集まった時に、クラスの男子に女装させたら、どうなるかって話をしてたんだよね」と璃梨香。
「へー」
「いちばん可愛くなりそうというのは木村君、その次あたりが藤原君とか丸山君かなという話をしていたんだけど、かなりその件で話したあとで、ふと誰かが『忘れてたけど吉岡君は?』と言い出したのよね」
「みんな、ハルを男の子として分類してなかったから、女装させるという発想ができなかったのよ」
「うんうん。だって今更女装させなくたって、充分女の子で通りそうな気がするし」
「でもこうやって、女の子の服を着ると、凄い美人になっちゃうのね。不思議」
「女装美人だって、令子に言われた」と私。
 
「白雪姫の衣装を着て出て来た時、みんな絶句してたもん」と令子。
「みんな黙ってるから、凄く変になってるのかな?って不安になったよ」と私。
「一応女の子の服は着こなせる自信あったけど、あんな可愛い服を着たのは初めてだったしね」
 
「ああ、やはり普段からふつうに女の子の服は着てるのね」と朱絵。
「いや、そういう訳じゃないんだけど」と私は頭を掻く。
「そのあたりは、その内じっくりと拷問して自白させようかと」と令子。
「拷問されちゃうの?」
「足の裏をくすぐったり、黒板でキーって音を立てたり」
「ああ、あのキーって音、私苦手」
 
「でもハルはやはり可愛い系の服が似合うみたいだからと思ってこれを着せて来たのよね、今日は。ハルにスカート穿かせたから、私もついでにスカート穿いて来たんだけど。本当は畳に上がるからスカートは本来避けるんだけどね」
 
みちるが頷く、彼女もふだんスカートが多いのだが、今日はズボンで来ている。
 
「あ、ハル今女の子座りしてない?」とみちる。
「うん。最初、斜め座りしてたけど、背中がきついから、さっきこちらに変えた」
「男の子だと、女の子座り自体ができないみたいね」
「え?そうなの?」
「ハルは少なくとも1年生の頃から女の子座りしてたね」と令子。
「男の子は骨格が違うから女の子座りできないって聞いたよ」
「じゃ、ハルは女の子の骨格なんだ!」
「うーん。ふつうに小さい頃からこういう座り方してたけどね。女の子座りと言うんだというのは2年生の頃に令子から習ったんだけど」
 
「ハル、女の子の骨格なら、赤ちゃん産めるかもね」
「ハル、性格が優しいから、いいお母さんになりそう」
「そ、そう?」
 
「ハル、赤ちゃん産めるなら、そのうち生理来るね」
「え〜!?」
「生理来ちゃったらどこから出てくるんだろう?」
「きっと、その時はおちんちんが自然に取れちゃって、生理が出てくる穴ができるんだよ」
「あはは」
 

そんなこと言ったりしたので、その晩は夢の中で、お風呂に入っている時にお股の付近を洗っていたら、ツルリとおちんちんが身体から取れちゃって、割れ目ちゃんが出来てしまう夢を見た。取れてしまったおちんちんを手に取りこれどうしよう?なんて夢の中で私は思っていた。
 
この時期、彼女たちとは何となくふつうに生理の話や男の子との恋愛や性の話とかもしていた。そんな話の中で、女の子の割れ目ちゃんの中には、女の子のおちんちん、おしっこが出てくる穴のほかに、生理が出てくる穴があることも知るようになった。そしてその生理の出てくる穴から、赤ちゃんも出てくること、男の子とのセックスというのは、そこに男の子のおちんちんを入れて、それで赤ちゃんができるんだということも、学校で習うより前に彼女たちとの会話で知ることになる。(そもそも性交の実際の仕方なんて学校では教えてもらえなかった)。彼女たちとはオナニーの話まで平気でしていたので、私は男の子のオナニーの仕方より早く女の子のオナニーの仕方を知ってしまった。
 
「ハルはどのくらいオナニーするの?」などと女の子数人で集まっている時にカオリから訊かれたこともある。
「うーん。。。。週に1〜2回かなあ。。。寝る前とかに好きな子とキスしたり、抱き合ったりしてる所とかを想像してたら、なんか頭の中が凄く気持ちよくなって、心臓がドキドキして・・・・」
「それで、アレをいじるの?」
「え?いじらないよ。ずっと気持ちいい状態が続いていって、眠れなくなっちゃうのよね」
「でも大きくなるでしょ?気持ち良くなったら」とみちる。
「ううん。むしろそういう時はアレが無くなっていて男の子を受け入れられるような気がしちゃう。本当に無くなってないかなと思って触ってみることあるけど、普通に付いてる。でも大きくはなってないよ」
 
「それ、絶対オナニーじゃないと思う」と令子。
「そうかな?」
「いや、オナニーだと思う。私もそんな感じだもん」と璃梨香などが言う。私たちは、あの付近に触らずに気持ち良くなるだけ、というのがオナニーに入るか入らないか、けっこう真面目に議論した。
 
そういうのを『ドライ』というのだということを知ったのは、ずっとずっと先、私がもう性転換した後であった。
 
「ちなみに訊くけど、その好きな子って、女の子?男の子?」
「え?男の子だけど?」
「愚問だったね」とみちる。
 

恋のキューピッド役をしたこともあった。朱絵が好きな男の子のこと考えると眠れなくて、などと言っていたので、私やカオリなどで「告白しちゃえ、告白しちゃえ」と煽った。するとお手紙書いてみようかななどと言って、書いたものの、渡す勇気が無いと言い出す。それで私が代理で渡すことにした。
 
放課後、その男の子に私が声を掛けて、手紙を渡した。朱絵は今にも逃げだしたい雰囲気なのを、カオリとみちるで押さえていた。
 
私が彼に可愛いマイメロの封筒に入った手紙を差し出すと、彼が一瞬照れるような表情を見せた。あ、ちょっと誤解されたかな?という気もしたが、よけいなことは言わずに彼が手紙を開くのを待つ。
 
「あ、西村さんなんだ!」と彼は驚いたような声を上げた。
「うん。もし良かったら少し話してあげて」
と言ってカオリたちの方に手招きをする。カオリに背中を押されて、恥ずかしそうな顔をして、朱絵がやってきたので、後は任せて、私たちは退散した。
 
結局このふたりはそのあと1年くらい交際したようであった。
 

この頃、仲良くしていた女の子たちはみんな6年生頃までにみんな生理が来るようになっていき、私はちょっと取り残されていくような気分だった。みんなたいていナプキンはお母さんが買ってくれていたが、みちるなどは自分で買いなさいと言われているとかで、私は令子と一緒に何度か彼女のナプキン買いに付き合った。3人で選んでいたら、メーカーのお姉さんからサンプルをもらってしまったこともある。私が持ってても仕方ないからと令子に渡そうとしたら、
「ハル、ひょっとして生理来ることあるかも知れないし、念のため持っておきなよ」などと言われて、そのまま持っていた。
 
メーカーの人が学校に来たこともあった。生理の話は男の子も知っていたほうがいいということで、全員で生理周期の話などを聞いていたのだが(実際には半分も理解していなかったと思うが)、話が終わった後で女の子にパンフレットを配りますねといって「月経の話」というパンフレットが配られたのだが、私の机にも配られてしまった。受け取ってから、へーと思って中を読んでいたら、隣の席の森田君が「あれ?なんで吉岡も持ってるの?」と訊いたので、本来女の子だけに配られるものであったことに気付いた。
 
斜め後ろの席のカオリが「ハルには必要になるものなんだよ」と笑って言っていた。
 
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【桜色の日々・小4編】(1)