【プリンス・スノーホワイト】(3)

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「ただこの薬には副作用がある」
とアルツは言いました。
 
「副作用?」
「それでも良いか?」
「どういう副作用なのですか?」
とアグネスが訊きます。
 
「性別が変わってしまうのだよ」
「え!?」
 
「本来人間は男としても女としても生きられる力を持っている。普通その片方は裏に隠れている。この薬は死んでいる表の身体の代わりに、眠っている裏の身体を起動する。そうすることによって生き返らせることができる。いったん生き返れば裏側に行った身体も時間を掛けて蘇生していく。しかし表と裏が再度入れ替わることはない。この薬を処方すると、ツェンネリンを中和して無毒化するのと同時に、裏に隠れているもうひとつの命を表に引き出す。だから、この薬を打てば、生き返りはするものの、男は女になり、女は男になってしまう」
 
とアルツは言いました。
 
「なんと・・・」
 
「ではスノーホワイト姫は、男になってしまうのか?」
とアレクサンドルが言います。
 
アグネスは呆然としています。
 
レオポルド王子もショックを受けたようですが、それでも言いました。
 
「構わない。今は性別より命が大事です。その薬を打って下さい」
 
「分かった。では打つぞ」
とアルツは言い、身体の数ヶ所にその薬を打ちました。そして心臓マッサージをします。
 

「生き返る場合はだいたい5分程度以内に反応がある」
とアルツは心臓マッサージをしながら言いました。
 
みんな祈るように見ています。アグネスはもう目を瞑り両手を強く組み合わせて、祈っています。
 
1分、2分、経過します。
 
そして3分ほど経過した時、今まで青ざめていたスノーホワイトの顔色が少しだけ良くなります。
 
「おお、変化が現れた!」
 
アルツが心臓マッサージを中断します。アルツは脈を確認しようとしたのですが、それを待ちきれないようにアグネスがスノーホワイトの胸に耳を当てます。
 
「心臓が動いてます!」
 
口や鼻の付近にジャンヌが手をかざします。
 
「息をしておられる!」
 
「これはきっと生き返る!」
とロンメルが言いましたが、アルツはまだ厳しい顔で様子を見ています。
 
しかし5分ほど経った時、スノーホワイトはぱちりと目を開きました。
 
「ここは?(Wo bin ich?)」
とスノーホワイトが声を出しました。
 
「スノーホワイト様!」
「みんな、スノーホワイト様の傍にいますよ」
「アグネス?」
 
「良かった。生き返った。良かった。本当に良かった(*12)」
アグネスはもう涙が止まらない様子でした。
 

アルツはアグネス以外の全員に小屋の外に出るように言いました。
 
「姫は生き返った。しかしこれから副作用が出る。おそらく1日くらい、明日の朝くらいまでの内に、あの方の身体は変化して男になってしまうだろう」
とアルツはみんなに言いました。
 
「苦しむだろうか?」
「苦しみはあまり無いと思う。しかし身体の変化でかなり気分が悪くなると思う。必要なら途中で対処療法もする。ただ、この変化が起きている間は、飲み物も食べ物も口に出来ない」
 
みんな厳しい顔をしていますが、ステファンだけはむしろ首をひねっていました。
 
「ステファン殿、何か?」
とアレクサンドルが訊きます。
「あ、いや。今はいいです。後でちょっとアグネス殿と話します」
とステファンは言いました。
 
「レオポルド殿下、残念ですが、スノーホワイト姫との結婚は難しくなるかも知れません」
とアレクサンドルが言います。
 
「それについては明日の朝までに少し考えさせてくれ。ともかくも今は姫が生き返っただけで私は嬉しい」
と王子は悲痛な表情で答えました。
 

アレクサンドルはレオポルド王子に従ってやってきた“お迎え隊”のリーダーであるボルツ中尉と相談し、ノガルド領内に数人の斥候を出すことにしました。その能力の高い5名を指名し、首都アッシュ他、国内数ヶ所で相手の動きを調査することにします。
 
アレクサンドルがまず確認しておきたかったのは、レザンナ女王はスノーホワイト姫が死んだと思っているだろうが、それを公表するのか、それともしばらく伏せておくのかという点でした。また第2の都市・ボウルなど領内数ヶ所にいるはずの反女王勢力の様子も探らせたいと考えていました。これを調べる者にはアグネス直筆の手紙を持たせました。
 

ステファンはアグネスと話して、2人だけで小屋の中に入り、他の者を全員外に出させました。
 
「スノーホワイト様。とにかくも回復なさって、私は本当に嬉しいです。私が代われるものだったら代わりたいと思いましたよ」
とアグネスは言う。
 
「アグネスにはこれまで何度も苦労を掛けたね」
とスノーホワイト王子も彼女をいたわるように言います。何とか生き返ったものの、まだ顔色はけっこう青白く、身体もきついようです。
 
「それでスノーホワイト様、実は辛いことを私は言わなければなりません」
 
とアグネスは言いました。このことを誰が告知するかは議論したのですが、アグネスが自分に言わせてくれと言ったのです。
 
「え?何?」
 
「スノーホワイト様はレザンナ様に仕込まれた毒に倒れられました。しかしアルツ殿の調合した解毒剤で回復しました。ところがこの解毒剤には深刻な副作用があるのです。それが今から出始めると思います」
 
「え?僕どうなるの?」
とスノーホワイトは戸惑っている様子です。
 
「実は性別が変わってしまうのですよ」
「え〜〜〜!?」
「変化はだいたい1日くらいの内に起きるとアルツ殿からお伺いしました。ですから、多分明日の朝くらいまでには性別が変わってしまうと思います」
 
「ちょっと待って。性別が変わるって?」
 
「他の人たちはどうもスノーホワイト様を姫様と思っているようなのです。ですから、みんな女から男に変わってしまうと思っていますが、実際には現在スノーホワイト様は男の方なので、たぶん明日の朝までに女の人に変わってしまうのではないかと思います」
 
と言ってアグネスはちょっとステファンを見ます。ステファンも頷いています。
 
「うっそー!?」
 
「でもスノーホワイト様、結構女の子になりたいとか、思ってませんでした?」
とアグネスが言うと
「えっと・・・」
などと言いよどんでおられるので、結構その気もあったようです。
 
「でも女の子になるって、僕の身体どうなるの?」
「私も良くは分かりませんが、たぶん、おちんちんとか、たまたまとかが無くなって、女の人のような形になるんだと思いますよ。おっぱいは膨らむかどうか微妙ですね。13歳では、まだおっぱいが膨らんでいない女の子もいますし」
 
「じゃ、僕のおちんちん無くなっちゃうの?」
「多分」
「どうしよう・・・」
 
「まだそのおちんちんがある内に、使ってみます?」
「使うって?おしっこ?」
 
「おちんちんには他にも使い方があるんですよ」
「え?そうなの?」
「もうこんなこともできなくなってしまいますから、1度やってみましょう。ステファン殿、すみません。私の背中の紐を解いてもらえませんか?」
とアグネスは言いました。
 
ステファンは黙って彼女の服の紐を解いてあげました。そして後ろを向きました。本当は小屋の外に出たい所ですが、警護のためには離れられないのです。
 
「スノーホワイト様が女の身体になった後でも、役に立つことだと思いますよ」
と言いながら、アグネスは王子のベッドの中に入りました。
 

翌朝までにスノーホワイト王子の身体は完全に変化してしまいました。
 
最初にたまたまが身体の中に入りこんでしまいました。そしてお昼過ぎくらいからおちんちんが縮み始め、夕方くらいにはほとんど真っ平らなお股になってしまいました。やがてそこに縦の筋(すじ)ができ、どんどん深くなって溝(みぞ)のようになります。溝の縁は二重になって、内側の縁はヒダ状になります。小さくなったおちんちんは溝の上部の所に収まりました。おしっこの出てくる所はおちんちんとは離れてしまい、それより少し下の付近に落ち着きました。そしてその縦の溝のいちばん下の部分に穴ができ始め、どんどん深くなっていきました。スノーホワイトがおそるおそる指を入れてみると、中指が全部入ってしまいました。
 
スノーホワイトが本当は男であったことをアルツにだけまず打ち明けますと、びっくりしていました。
 
「私はこれまで女装している男も、男装している女も一目で見分けていたのに」
などとも言っていました。
 
しかしアルツは、女から男へではなく、男から女へと変化していくスノーホワイトの身体を診てくれました。
 
「苦しかったり痛かったりはしないか?」
「それはないですけど、凄く変な気分です」
「おそらく、それは女の素が身体の中に行き渡って行ってるからだ」
 
「女の素?」
 
「男を男らしくしているのは体内に男の素があるからだ。女を女らしくしているのは体内に女の素があるからだ。今そなたは体内の男の素が無くなって代わりに女の素が血液とともに身体中に浸透していきつつある。それでそなたの気持ちなども随分女らしいものに変わると思うよ」
 
「わぁ・・・」
 
夜中の3時すぎくらいからは、おっぱいも膨らみ始めましたが、スノーホワイトはそれを見て「これすごーい」と何だかむしろ喜んでいるようにも見えて、ついアグネスも微笑んでしまいました。
 
結局朝までには完全に女の身体になってしまったのですが、スノーホワイトは特に苦しんだりすることもありませんでした。
 

アグネスはレオポルド王子だけを中に入れました。
 
その場に居るのはスノーホワイトとアグネス、アルツ、ステファン、そしてレオポルド王子だけです。
 
「レオポルド王子殿下、私はこれまで嘘をついておりました」
とアグネスは言いました。
 
「そのことでお叱りを受けましたら、責任を取って自死してもよいと思っております」
 
「一体何の嘘をついていたのだ?」
とレオポルド王子はいぶかしげに言います。
 
「実は、皆様、誤解なさっていたようで、面倒になりそうだったので話を合わせていたのですが、スノーホワイト様は元々男の王子様だったのです」
 
「は?」
 
「とても美しいお顔の持ち主ですし、性格もとてもお優しい方で、なぜかドレス姿が似合ってしまうので、国民の間でも、よく王子様ではなく王女様と誤解する人たちが多かったようで」
とアグネスは言います。
 
「何の冗談?」
 
「スノーホワイト様がまだ2歳の頃、スノーホワイト様と、レオポルド様、ポーラ様が一緒に遊んでおられるのを見て、ハモンド大公様と亡きゲオルク王がお話をされて『あの2人を結婚させよう』とおっしゃったのですが、その時、どうもハモンド大公様は、レオポルド王子様とスノーホワイト王女を結婚させようという意味に取られたようなのですが、ゲオルク王はスノーホワイト王子とポーラ王女を結婚させようという意味で言ったのです」
 
「え〜〜〜!?」
 
「ですから、スノーホワイト王子様は、レオポルド王子様に友情を感じておられて、レオポルド王子様から頂いたムーンストーンのペンダントも友情の証として、よくパーティーなどで着けておられました。でも男ですので、レオポルド王子様に恋愛的な感情を持たれたことはありません」
 
「うーん・・・」
 
ここでスノーホワイト自身が言います。
 
「レオポルド王子殿下、そういう訳でせっかく私に思いを寄せて下さり、今回は私を救うために手を尽くして頂いて、本当に感謝しておりますが、私は殿下のお気持ちに沿うことはできない身なのです。本当に申し訳ありません。代わりに殿下がお申し付けになることでしたら、何でも私のできる範囲で応じたいと思っています」
 
それを聞いて、レオポルド王子は悩んで腕を組み、その場に座り込んでしまいました。
 

レオポルド王子は目を瞑ってそのまま10分くらい考えていましたが、ふと目を開けますと、アルツの方を見て訊きました。
 
「あの解毒剤の副作用は出たのか?」
「出ました。スノーホワイト殿の身体は完全に性別が変わってしまいました」
 
「だったら、今スノーホワイト殿の身体は男なのか?女なのか?」
「女です」
 
「だったら、何も問題無い気がするのだが」
とレオポルド王子は考えるようにして言いました。
 
「ん?」
 
「みんなスノーホワイト殿のことは姫君だと思っていた。私もスノーホワイト殿は姫君だと思ってずっと慕っていた。そして、今スノーホワイト殿は女なのだから、今まで通りでよいのではないか?」
とレオポルド王子が言いますと今度は
 
「ちょっと待って」
とスノーホワイトが焦って声を出します。
 
アグネスが言います。
 
「実はその線も私はチラッと考えました。いっそのこと、このままスノーホワイト様はそもそも王女様であったということにしてしまったらどうだろうかと」
 
「うん、それでいいと思う」
とレオポルド王子は言います。
 
「待ってよ。だったら私はどうすればいいの?」
と情けない顔でスノーホワイトは言います。
 
「殿下はふつうに王女殿下としてふるまえばよいと思います」
とアグネス。
「それで私の妃になってくれないか?」
とレオポルド王子。
 
「うっそー!?」
 
「スノーホワイト殿は、先ほど何でもすると言われた」
「はい?」
「だったら、私と一緒になってくれてもいいよね?」
「え〜?」
 
「レオポルド様、スノーホワイト王女が元は男だったとしても構いませんか?」
とアグネスが訊きます。
 
「そんな細かいことは気にしない。今女であれば問題無い」
とレオポルド王子。
 
「そんなぁ」
「だから私と結婚して下さい。スノーホワイト王女」
「待って。心の準備が」
 
「私のこと嫌いですか?」
「嫌いではないよ」
「だったら、突然女になってしまって戸惑うこともあるかも知れませんが、私も色々フォローしますし、きっとアグネス殿も色々助けてくれるでしょうから何とかなりますよ」
 
「でも・・・」
「突然妃と言われてもどうしていいか分からないかも知れません。でもただ私と一緒に居てくださって、仲良くしてくださればいいんですよ」
 
スノーホワイトはそれでも悩んでいるようでしたが、やがて
 
「一緒にいるだけならいいよ」
と言いました。
 
「では婚約成立ですね」
とアグネスは笑顔で言いました。
 

「アルツ殿、こういうことにしないか?」
とレオポルド王子は言いました。
 
「スノーホワイト王女は、元々女だった。しかし解毒剤の副作用は奇跡的に出なかった。それで今でも王女は女のままである、と」
 
「私はそれでいいですよ。およそ医療に携わるものは患者の秘密は決して他言しないことになっています。私は専門の医者ではありませんが、医者と似たようなことに関わっている者として、同様に守秘義務があるつもりです。他の人に訊かれてその問題に答えることは決してありません」
とアルツは言いました。
 
それでスノーホワイトは元々女であったことにしてしまったのです。
 

レオポルド王子とアグネスはステファンとアルツを残して小屋の外に出ると、周囲に居る人たちに言いました。
 
「スノーホワイト殿はかなり回復なさった。一週間くらいは寝ていなければならないものの、無事だ。そしてみんな喜んで欲しい。解毒剤の副作用は奇跡的に出なかった。スノーホワイト王女は女のままだ」
 
思わず歓声が起きます。
 
ジャンヌとマルガレータも手を取って喜びあいました。
 
「良かった。だってあんな美人が男になったらいけないよ」
とマルガレータ。
「全くだよ。僕みたいなのは男になってもいいけどさ」
とジャンヌ。
 
「ジャンヌさん、もしかして男になりたいの?」
「なりたい。男になれなくても女の子と結婚したい」
「誰か可愛い子、紹介してあげようか?」
「ほんと?」
 

スノーホワイトたちは安全のため、場所を移動することにしました。鉱夫たちが以前使っていた小屋が少し離れた場所にあるので、スノーホワイトとごく少数の護衛、そしてアルツだけがそちらに移動し、レオポルド王子が連れてきた兵士たちなどはそのまま元の小屋の周囲に野営していました。そちらの小屋の近くには擬装用のお墓まで作り「スノーホワイト王子ここに眠る」などという墓標まで書きました。
 
スノーホワイトが“性変”してから3日経った日、お城から侍女のローラとフロム中尉がやってきました。2人はスノーホワイトが姫様になってしまったと聞き驚きますが、
 
「それは全然構わない気がする。スノーホワイト様、元々女の子になりたかったでしょ?」
などとローラは言います。
 
「女の子になりたくなかったか?と訊かれてなりたくなかったと答えたら嘘になるんだろうけど、色々変な気分だよ」
とスノーホワイトも気の許せる相手に本音を吐露します。
 
「姫様になったら、たくさん可愛い服を着られますよ」
「実はちょっと楽しみにしている」
 
「おちんちん無くなったのはどんな気分ですか?」
「それが、あまり大して違い無いみたいな気がして」
「へー!」
 
「それよりおっぱいが少し膨らんだのがなんか楽しい気分」
「やはりスノーホワイト様、女の子になる適性があったんですよ」
「そうかも」
 
「でもスノーホワイト殿下がご無事で良かった。私たちはいったん城に戻ってやや不安がっているみんなを安心させますよ。スノーホワイト様に何かあったのでは、という噂がかなり立っています」
 
とフロム中尉は言いましたが、スノーホワイト王子は停めます。
 
「私が無事であることは、中尉とせめてフランツ軍曹、ローラとイレーネくらいまでに留めておいてください。私の侍女たちの中にさえ女王の間者は絶対居ます。女王には私が死んだものと思い込ませていた方がいいのです」
 
「確かにそうかも知れない」
 
「フロム中尉。それよりフェルト中佐と連絡を取ってくれません?」
「はい。どのようなことをお伝えしましょう?」
「耳を傍へ」
「はい。失礼します」
 
それでスノーホワイト王子が囁いた内容にフロム中尉は頷きました。
 

マルガレータが入って来て、
 
「姫様、頼まれていたもの調達してきました」
と言いました。
 
「その使い方、教えて」
「はい。少し練習しましょう」
と言ってスノーホワイト姫を小屋の外に連れ出すと、使い方を教えて練習させました。
 
その様子をロンメル、ジャンヌ、ステファンらが見守っていました。
 

やがて一週間たち、スノーホワイトはほぼ完璧に体調を取り戻しました。
 
「それでは姫様をアルカスへお連れします」
 
と王子が連れてきた小隊の中で特にその命を受けていた分隊のバルト軍曹が言ったのですが
 
「今私はアルカスへは行けません」
とスノーホワイト姫は言いました。
 
「私はノガルドですべきことがあります」
とスノーホワイトは言います。
 
「レザンナを倒すのです。あれを放置していたら、私はまた殺されます。私は戦いを望みませんが、身を守るためなら戦います。それにレザンナの治世下で国も乱れています。ノガルドの国を守るためなら、私はこの手を血で汚すことを厭いません」
 
その言葉に一同から拍手がありました。
 

「それでは私たちもスノーホワイト姫と一緒にアッシュ(ノガルドの首都)に参ります。手勢30名ほどですが、少しでもお役に立てると思います」
とレオポルド王子は言ったのですが、スノーホワイト姫は首を振ります。
 
「それはやめて下さい。アルカスの軍人がアッシュに入れば、ノガルドとアルカスが戦うことになります。これはノガルドの国内問題です。ノガルドの者だけでやります」
 
「しかしノガルドの者と言っても・・・」
 
「私が居ます」
とアグネスが言いました。
 
「私たちもノガルド人です」
とマルガレータとステファンが言います。
 
「乗りかかった船だから、俺たちも協力するよ。俺たちもあの自称・女王にはかなりむかついていた」
と鉱夫たちのリーダー、ブリックが言います。
 
「フロム中尉に頼んで、絶対に信頼できて協力してくれる人達を集めています。私が城内に入ったら、彼らが要所を押さえてくれる手筈になっています」
 
するとレオポルド王子が言った。
「スノーホワイト。私はあなたの夫です。ですから、私もノガルド人ということでいいですよね?」
 
「ノガルド人になってくれるのであれば」
とスノーホワイトは答えます。
 
「私は王子の護衛ですし、スノーホワイト姫様とも親しくなりました。私は王子と一緒にノガルド人になってレザンナを倒したい」
とジャンヌが言います。
 
「その話、俺も乗せてくれ」
とロンメルが言いました。
 
結局、そのふたりがレオポルド王子の護衛も兼ねて付きそうことにしました。
 

作戦は明け方実行することになりました。
 
闇の中首都に潜入しましたが、特に大きな騒ぎにはなりませんでした。夜間の警備をしている兵士に何度か見とがめられたものの、“スノーホワイト王女”と分かると、みんな剣礼で見送ってくれました。
 
スノーホワイトはアグネスがローラを通じて入手してくれた式典用の女性王族のドレスを着ていました。
 
まず身の軽い鉱夫たちが密かに城の壁を越え、城門を開けました。鉱夫達は、フロム中尉やローラの所に行き連絡を取ります。ローラと連絡を取るのは、ヘレナが担当しました。ヘレナは普通に見たら女性にしか見えないので、男子禁制のエリアに入っても怪しまれません。
 
開いた城門から、スノーホワイト王女とアグネス、護衛に付いているジャンヌとマルガレータ、そしてレオポルド王子と護衛に付いているステファンとロンメルが入ります。
 
侵入に気付いて衛兵が駆けつけて来ますが、スノーホワイト王女は
 
「私はスノーホワイトである。レザンナを倒しに来た。通せ」
 
と言って通ります。すると多くの兵が剣礼したり控えたりしていますが、中には攻撃してくる者もいました。そういう者は、ジャンヌやロンメルが遠慮無く倒しました。
 
兵の中には、むしろスノーホワイト殿下に協力したいと申し出る者もあったので、そういう者は自分に続くようにスノーホワイトは言いました。それで王宮の玄関に到達した時は、一行は既に20人ほどに増えていました。
 
玄関の詰め所には近衛隊長のマルスが詰めていました。スノーホワイトは女王に殺されたものと思っていたマルスが仰天しますが、近衛兵を連れて飛び出してきました。
 
「スノーホワイト殿下、生きておられたか」
 
「マルス殿。貴殿には色々武術を教えて頂いた恩があるが、ここは国家のため、私は通られねばならぬ」
 
「私は女王陛下の犬です。殿下が女王陛下に危害を加えるおつもりであれば、私はそれを排除せねばならぬ」
 
スノーホワイトとマルスは剣を抜いて睨み合いますが、そこにロンメルが割って入ります。
 
「王女殿下。ここは私にお任せ下さい。先に行ってください」
「分かった頼む」
 
とスノーホワイトは言い、アグネスやレオポルド王子と一緒に先に進みます。
 
近衛兵が数人、それを阻止しようとしましたが、ジャンヌやステファンが剣や槍で排除しました。そして逆にスノーホワイトに協力したい申し出る近衛兵もいたので、それを加えて一行は30人近くに膨れあがり、王宮内を歩いて行きます。
 

「何事だ?」
と言って飛び出してきたのは、つい1時間ほど前にやっとヴァルトから戻ってきた、ソリスでした。
 
「スノーホワイト殿下!生きておられましたか」
と言いつつ、ソリスはいきなり剣を抜きます。
 
「それならここで死んで頂く」
とソリスは言います。
 
ソリスはケーンズ皇帝不在の状態で、不安がっていた軍部や官僚、更には反皇帝の狼煙を上げようとした反乱分子などの処理にまで手こずり、約半月ぶりにアッシュの都に戻ってきていた所でした。
 
「ソリス参謀長。私は閣下にも色々指導して頂いた恩があります。しかし私はレザンナ女王に3度殺されるところでした。私は争いは好みませんが、殺されるなら反撃します。通して下さい」
 
とスノーホワイトは言いました。
 
「それは無理だ。ここがあなたの墓場になるのです」
 
とソリスが言います。
 
「待て。そなたの相手は私だ」
 
と言ってレオポルド王子がスノーホワイトの前に出ます。
 
「スノーホワイト殿、あなたは外国人を使って反乱を起こされるのか?」
とソリスが言いましたが
 
「国を乱しているのはむしろそなたたちであろう。それに私はノガルド人になった。スノーホワイトと結婚したから」
 
とレオポルド王子が言いますと、ソリスは驚いていました。
 
「男同士で結婚ですか!?まるで皇帝ネロとスポルス・サビナですな。だったら勝負しようではありませんか?レオポルド殿下」
「望む所だ。念のため言っておくがスノーホワイトは立派な女性だ」
 
スノーホワイトは心配そうな顔をしますが、レオポルドは素早くスノーホワイトにキスして「僕は大丈夫だから行って」と言い、スノーホワイトも頷きます。
 
ジャンヌがその場に残り、スノーホワイト・アグネス・ステファン・マルガレータの4人で先に進むことにします。騎士同士の決闘にジャンヌは基本的には手を出さないものの、万一誰かがソリスを助太刀しようとしたら、それを阻止するためにジャンヌは残ったのです。
 

その頃、城内の各所では、フロム中尉やフランツ軍曹、また彼らが絶対に信頼できる者と見込んで頼んでおいた軍人たちの手により、女王やソリスに忠実であった人物が「スノーホワイト殿下の命令である」と言って、一斉に拘束されていました。スノーホワイトの侍女たちが控えている部屋にも女性兵士が数名入ってきて3人の侍女が拘束されました。
 
この「スノーホワイト派」の兵の中には実はボウルに居るフェルト中佐が手配して送り込んでいた兵たちもいました。
 
スノーホワイトは3日前からこのクーデターを準備していたのです。
 
やがて玉座に進みます。ここまで来たのは、スノーホワイト王女とアグネス、ステファンとマルガレータおよび場内に入ってからスノーホワイト王女に従いたいと言って付いてきた兵士たちですが、アグネスや兵士たちには入口の所で待っているように言い、スノーホワイトとステファン・マルガレータだけで中に入ります。
 
玉座にはレザンナ女王が、わざわざ王冠をつけ正装をして座っていました。最初にレザンナはステファンに言いました。
 
「この嘘つき猟師め。お前は後で死刑にしてやる」
「緊急避難だ。報酬は返すぞ」
と言ってステファンはスノーホワイト殺害の報酬でもらった金貨・銀貨の袋を女王の前に持って行って置きました。レザンナはじっとそれを見ていました。
 

「しかしスノーホワイトよ。立派になったな。母は嬉しいぞ」
とレザンナは言います。
 
「これまで育てて頂いた恩は忘れませんが、私を殺そうとするのであれば反撃させて頂きます。私は母君を倒します」
とスノーホワイトは言いました。
 
「少し待ってくれ」
と言ってレザンナは玉座から立ち上がると、近くに持ち込んでいた鏡に問いました。
 
「鏡よ鏡、この世で一番美しい者は誰?」
 
「それはスノーホワイト様です。レザンナ様も美しいが、スノーホワイト様はレザンナ様の千倍美しい」
 
レザンナは首を振りながら聞いていましたが、ふと思いついたように再度訊きます。
 
「鏡よ鏡、この世で一番美しい男は誰?」
 
「それはレオポルド王子です。スノーホワイト様の夫君です」
 
レザンナは「へ?」という顔をしてスノーホワイトに訊きます。
 
「お前、レオポルド王子と結婚したの?」
「結婚する約束をしました」
「そうか!それはおめでとう」
「ありがとうございます」
 
「そうか。スノーホワイト王子がレオポルド王子と結婚するとは。何と楽しいことであろう。いいよ、いいよ。幸せになってくれ。しかしどちらがお嫁さんな訳?」
「私が妻になりますが、レオポルド王子に婿に入ってもらい、ふたりでこの国を収めます」
 
「そうかそうか」
と言って、レザンナは何だか大きな声を出して笑っています。スノーホワイトは、この人もう気が触れているのではと思いました。レザンナは最後にもう一度訊きました。
 
「鏡よ鏡、この世で一番美しい女は誰?」
 
「それはスノーホワイト様です。女に変わり王子様から王女様になられたスノーホワイト様が、この世の女の中で一番美しい」
 
それでレザンナは怪訝な顔でスノーホワイトに訊きました。
 
「お前、女になったの?」
「ですからレオポルド王子と結婚しますよ」
「そうか。それは良かったなあ」
と言って、レザンナはまた笑っています。
 
そして
「同じ女としてまで、スノーホワイトに負けるなんて!」
 
と嘆くように言うと、いきなり剣を抜いて鏡をたたき割ってしまいました。
 

「美しさではお前が私に勝った。しかし力でも私に勝てるかな?」
とレザンナは言います。
 
「勝ちます。そして私がその玉座に座り女王になりますから、母君はそこをどいて下さい」
とスノーホワイトは言いました。
 
「だったら奪い取るが良い」
 
とレザンナが剣を持ったまま言うと、いきなり巨大な妖獣が現れ、こちらに向かってきます。
 
ステファンがすぐにスノーホワイトの前に立つと、自分のクロスボウで妖獣の眉間(みけん)を撃ちました。妖獣が倒れるので、ステファンはその後、槍でトドメを刺そうとしていましたが、スノーホワイトはマルガレータだけを連れて先に進みます。
 
女王が勢いよく剣を振りました。すると、物凄い風のようなものが玉座からこちらに吹いてきました。とっさにマルガレータがスノーホワイトの前に立ち、身を挺して女王の攻撃からスノーホワイトを守ります。
 
スノーホワイトは彼女を遠慮無く楯にしたまま、身体をすぼめ、既に一杯に引いていたクロスボウを女王に向け、発射しました。
 

レザンナはスノーホワイトの放った矢を腹に受けると、剣を落とし、前転でもするかのように前に倒れ込み、そのまま玉座から転げ落ちました。王冠も転がり落ちます。
 
「スノーホワイト。強くなったなあ。国王たる者、文武両道に長じ、天使のような外見の美しさと、魔神のような内面の強さを併せ持たねばならぬ。そなたは私が理想とした王だ。私は負けた。そなたに王位を譲る」
 
とレザンナは言いました。
 
「母上。ここまでしっかり育ててくれてありがとうございました。譲位も承ります。母上にはトドメを刺させて頂きます」
 
と言って、スノーホワイトは自分の剣でレザンナの心臓を突き刺しました。
 
小さな声を挙げてレザンナは絶命しました。マルガレータが歩み寄って女王の死を確認しました。ステファンも歩み寄ってスノーホワイトの肩を叩きます。アグネスも走り寄って、スノーホワイトの身体をしっかりハグしました。スノーホワイトは剣を落とし、その目から涙がこぼれ落ちました。
 

その頃、ロンメルとマルスの戦いはロンメルの勝利で決着がついていました。マルスは息も絶え絶えです。
 
「殺せ」
とマルスが言いましたが、
 
「お主はまだ助かる」
と言ってロンメルは剣を収め、近くに居る兵に、医者を呼ぶように言いました。
 

一方、ソリスとレオポルド王子の戦いも決着がついていました。
 
ソリスの剣が折れ、王子はソリスの右肩を強打して力が入らないようにした上で、心臓の真上、胸板から2mmくらいを剣で突き刺しました。
 
「強いなあ。かなり鍛えられましたな?」
「スノーホワイトにふさわしい男になるべく日々身体を鍛えている」
「それは偉い。我が国も安泰だ」
 
しかし王子はいつまで経っても、ソリスの心臓を貫こうとはしません。
 
「なぜそこで停める?俺を生かしておいたら後悔するぞ」
とソリスは言います。
「お主はまだ利用価値がある。こいつを拘束しろ」
 
と言ってレオポルド王子は剣を引きました。兵が寄ってきて「閣下失礼します」と言い、ソリスを拘束します。そしてこちらもすぐ医者を呼びました。
 

王宮内は1時間もしない内に、スノーホワイト王女派が完全に掌握し、拘束されたり王女たちを攻撃して倒された者以外の全員がスノーホワイト王女に忠誠を誓いました。
 
夜が明けてから首都アッシュ全体にレザンナ女王が逝去し、スノーホワイト王女はレザンナ女王から死の直前に譲位され、新しい女王になられるというお触れが行われます。
 
「スノーホワイト様って王子様じゃなかったんだっけ?」
「いや王女様でしょ?」
「それはどちらなのかという議論が昔からあった」
 
「女王様になられるのであれば、やはり王女様なのでは?」
「だよな。王子様が女王様になられる訳無い」
 

翌日にはレザンナ女王の葬儀が盛大に執り行われ、その翌日にはスノーホワイト女王の即位の礼が行われました。スノーホワイトは実母のエレノア様が使っておられた喪服と儀礼服で、この式典に出ました。もっとも背丈が無いので本来の膝丈ドレスがロングドレスになってしまっています。レオポルド王子はスノーホワイトの婚約者として両式典に出席し、事実上のスノーホワイトの配偶者として、新女王をサポートしました。
 
女王が交代したことは1ヶ月ほどで全土に知れ渡りますが、元々スノーホワイト“王女”の人気が高かっただけに、あちこちで歓喜の声があふれました。
 

ノガルドとアルカスはレザンナ女王の時代は断交していたのですが、レザンナが倒されたことが知れるとハモンド大公自身がすぐにアッシュを訪れ、両国の友好関係の再開を共同で宣言しました。レオポルド王子は取り敢えずスノーホワイト女王の補佐役としてアッシュに留まることにしました。ジャンヌとロンメルも王子の側近として一緒にノガルドに留まることにします。
 
なお、スノーホワイトとレオポルドがまだ13歳と19歳でかなり若いので、摂政としてハモンド大公の大叔父で74歳のオルガン子爵がノガルドに赴任し、スノーホワイト女王が16歳になるまで3年間限定で、様々な助言と補佐をすることにしました。
 
ノガルド王室にゆかりのある貴族もいるにはいるのですが、スノーホワイトは数人の側近と話し合い、むしろノガルドにしがらみの無い人物の方が使いやすいとして、老齢でもあり、また元々無欲なことで知られるオルガン卿に期間限定でお願いすることにしたのです。オルガン卿の温厚な性格はノガルドの貴族たちにも好意的に受け入れられました。
 

今回の一連の動きで大きな功績をあげたステファン・マルガレータの兄妹については、スノーホワイトは自分の側近になって欲しいと要請し、ふたりは承諾しました。それでステファンはスノーホワイト女王の侍従、マルガレータはスノーホワイト女王の侍女の肩書きで、実質女王のボディーガードとなることになります。ふたりは女王のお出かけの時はいつも付き従って警護をしていました。
 
スノーホワイトにはまだ幼いこともあり、侍女団は居ても、侍従団が作られていなかったのですが、フランツ少尉(軍曹から昇進)が侍従長になり、侍従団が結成されました。ステファンは副侍従長にすると言われたのですが、そんな柄じゃないと言って断り、フランツ少尉に次ぐ「身分証明書番号002」の侍従ということで妥結しました。
 

すぐそばに居たのに、レオポルド王子に変装したレザンナにスノーホワイト姫を殺されるという失態を演じたことについて、アレクサンドルはハモンド大公に「責任を取って自死したい」という上申書を出したのですが、大公は、スノーホワイト姫は助かったのだから、何も責任を取ることはないし、レオポルド王子も君たちに責任は無いと明言していると言って、それを却下。代わりにノガルドに行ってレオポルド王子を支えてくれないかと言ったので、それに従い、ジャンヌやロンメルと合流しました。
 

フォーレの都ヴァルトでは、いったんソリスが騒動を収めていたものの、結局ケーンズ皇帝はその後も全く姿を見せないため、とうとう反皇帝派が蜂起してしまいました。
 
数日にわたる戦闘の末、反皇帝派が勝利。そのリーダーを務めたバイサー騎士団のルーカス卿は、国名を元に戻してナンキ王国の再建を宣言しました。ナンキ王国は「王の任期制」を採用し、バイサー騎士団のメンバーの中から5年に一度互選で国王を選出するという、かつてのチュートン騎士団国のような政治システムを採用しました。
 
ノガルド女王となったスノーホワイトはルーカス新国王と連絡を取り、ノガルドとフォーレの同盟は、そのままノガルドとナンキの同盟として継承することを確認しました。
 
ハンナ国の領域は、フォーレ帝国ハンナ州ということになっていたのですが、フォーレ帝国が崩壊したことから、ハンナ知事に任命されていた人物は身の危険を感じて逃亡してしまい、結局、亡きハンナ国王の従妹で他国の王子と結婚してそちらに出ていたヴァレリー王女が帰国して新女王になり、ハンナは独立を回復することになりました。
 
それで結局、ノガルド・アルカス・ナンキ・ハンナの4ヶ国同盟が成立することになったのです。
 

ノガルド国内では、スノーホワイトがフェルト中佐を将軍に昇進させ、ソリスに代わる国軍参謀長に任命しました。後任のボウル市長には民衆指導者のリュッソーを指名しました。
 
ソリスやマルスなど、レザンナ女王時代の幹部は裁判に掛けられ、ソリスには死刑、マルスに永年収監の判決が出ましたが、スノーホワイト女王は恩赦を与え、首都アッシュ近くのムスタング山の斜面を開墾して、ここでホップの生産をさせることにしました。この開墾事業には、レザンナ女王派の人々、フォーレ帝国の幹部などをしていてその後の革命でこちらに逃げてきていた人たちなどを積極的に雇用しました。
 
彼らを野放しにしておいて不穏な動きを見せられたら困るので、どうせなら監視しやすい首都の近くに集めてしまおうという考えで、その全体を束ねる役にノガルド・フォーレ両国のレザンナ・ケーンズ派に顔が利くソリスを登用したのでした。
 
レザンナとケーンズが同一人物であることを知っていたのは(生き残った者の中では)ソリスだけで、彼はそのことを誰にも言わなかったので、結局突如失踪したケーンズ皇帝の行方は歴史上の謎になってしまいました。
 
なお、この開墾地で生産されたホップは、その後ノガルドで良質のビールを生み出していくことになります。
 

レザンナが倒れてから半月ほどしたある日。スノーホワイト新女王は数人の大臣と連続して会談をし、その後、カーサス州の知事とも会談し、更に軍の幹部とも会談した後、食事を執務室に持って来てもらって食べながら書類10枚に目を通してサインし、それをローラに持って行かせた所で、やっと仕事が途切れ、「ふーっ」と大きく息をつきました。
 
「頑張っているね」
と言って入って来たのはアグネスです。
 
「疲れる〜!」
「仕事がたくさんあるでしょ?」
「女王というお仕事がこんなに忙しいものだとは思わなかった」
 
「女王様のお仕事は、だいたい単純な事務処理が、ふつうの官僚の2倍くらい、それに人と会う仕事がだいたい年間400人くらい、外国の要人と会う仕事が年間40人くらい、国内を巡回する仕事が年間30回くらい、式典に出る仕事が年間80回くらい、儀式をする仕事が年間300回くらい、はあるからね」
 
「レザンナはそんな凄い量の仕事をこなしてたの〜?」
 
「儀式とか式典は全部サボってたからソリスが代行してた。事務処理もデモスに全部やらせてた。レザンナ様にはあまり会いに来る人はいなかったから、その系統の仕事は少なかった」
 
「僕もさぼりたーい」
「そういう男みたいな口調はダメですよ」
「なんか女ってそのあたりの制約がめんどくさいね」
「女になってしまったんだから仕方ないですよ。頑張って下さい」
 

「ねえ、アグネス」
とスノーホワイト女王は小さな声で訊きました。
 
「なんですか?陛下」
とアグネスも小さな声で聞き返します。
 
「あのさ、僕が女王になって以来、侍女の誰も僕に添い寝しなくなったんだけど、どうしてかな?」
 
アグネスは吹き出しました。
 
「それは陛下が女になってしまったからですよ。さすがに男を添い寝させる訳にもいきませんし。寂しいですか?」
「いや、そういう訳ではないんだけど・・・僕が男だったら、女の子が添い寝してよかったの?」
 
アグネスはこの人、全然分かってないのかなあと考えながら答えます。
 
「あれは陛下がどこかの姫君と結婚した場合の練習をしてもらうためだったんですよ」
「練習?」
「夜の生活の練習ですよ」
「夜の生活って?」
「陛下、ほんとに分かってないんですね!」
とアグネスは呆れたように言いました。
 
「私と一度しましたでしょ?」
「あっ・・・」
「気持ち良かったですか?」
「凄く気持ちよかった!」
 
「陛下は女の人になってしまったから、今度はあの時、私がしたようなことを殿方にしてあげないといけないんですよ」
 
「・・・僕にできるかな?」
「きっとできますよ。何なら練習してみます?」
「練習?」
「優しく練習相手をしてくれる人を手配しますよ」
「ほんとに?」
 
とスノーホワイト女王はアグネスに言いました。期待とかしているのではなく、とても不安そうな顔をしているので、ほんっとに知らないんだなあとアグネスは思いました。東宮時代のスノーホワイト様は、ラテン語に古典に数学に音楽に運動に剣術にと教育されているものの、確かにそういう教育だけはしてないもんね!と思います。
 
「じゃ今夜手配しますから、きちんと沐浴しておいてください。特にお股の付近はきれいに洗っててくださいよ」
と言うと、部屋を出て行きました。とりあえず身体を洗うのは侍女のウルズラに手伝うよう指示しておきました。
 

その夜、ウルズラに手伝ってもらってきれいに身体を洗い、アグネスの指示で用意されていた、真っ白の絹の下着と真っ白いドレスを身につけます。まだ女の下着を初めて着けてから2ヶ月ほどなので、着ける度にどきどきするのですが、自分はもうついこないだまで着けていた男の下着を着けることはないんだよなと思うと、それもちょっと寂しい気もしました。ドレスを着た後、ウルズラはムーンストーンのペンダントも掛けてあげました。
 
「あれ?これは?」
「陛下が一番お気に入りのペンダントでしょ?」
「うん、そうだけど」
 
ベッドに入って待つように言われていたので待ちます。部屋には侍女のテレーゼとヴィクトリアが控えています。スノーホワイトは彼女たちとおしゃべりしながら待っていました。
 
ドアが開きます。スノーホワイトはベッドから起き上がってそちらを見ました。
 
「レオポルド?」
「スノーホワイト陛下、夜のお勤めの練習のパートナー、務めさせて頂きます」
「え〜!?レオポルドが?」
「こういうことは初めてでしょうけど、優しくしてあげますから、怖がらなくていいですからね」
 
「ねえ、これ私どのようにすればいいのかな?」
「大丈夫ですよ。分からない所は全部教えてあげますから」
と言うと、レオポルドはベッドの傍まで寄ります。
 
「そのペンダントをつけて待っていてくれたんだね?」
「うん、まあ」
 
「キスしていい?」
「うん。キスくらいはいいよ」
 
それでレオポルドはスノーホワイトにキスをしました。
 
「お召し物を脱がせますよ」
「これ脱ぐの?」
「はい。脱いだ方が気持ちいいですよ」
 
それでレオポルドはスノーホワイトのドレスの背中の紐をほどいてしまいます。
 
「レオポルドうまいね。私、他の子のドレスの紐を締めたり解いたりするのも苦手」
「練習していればできるようになりますよ」
「レオポルドは練習したの?」
「ドレスで練習しましたよ」
 
レオポルドが言う意味は、誰かに着せたり脱がせたりして練習したのではなく、ドレスだけを置いて、紐を解いたり締めたりする練習をしたという意味なのですが、スノーホワイトはそのあたりもよく分かっていません。
 
レオポルドは服の紐をほどくとペンダントを外して枕元に置いた上で、ドレスを脱がせてしまいます。スノーホワイトは下着だけになるとちょっと恥ずかしい気持ちになって頬が赤くなります。実はスノーホワイトはまだ女物の下着に慣れていないので、その自分でも慣れていないものを見られて恥ずかしがっているのですが、レオポルドは裸に近い状態を見られて恥ずかしがっているのだろうと思い「可愛い!」と思いました。
 
「僕も服を脱ぎます」
と言って、自分のシャツとズボンを脱いでしまいます。
 
「レオポルドって結構たくましい腕をしているね」
「スノーホワイト陛下。あなたをしっかり抱くためです」
「レオポルド、足も太い」
「スノーホワイト陛下。あなたを支えるためです」
「レオポルド、石けんの匂いがする」
「スノーホワイト陛下。あなたと素敵な思い出を作るためです」
 
「レオポルド・・・」
「何ですか?」
「その・・・パンツが凄く膨れているのは何?」
「あなたとひとつになるためですよ」
 
と言うと、レオポルドは再度スノーホワイトにキスをしました。
 
そしてスノーホワイトの胸当てを外し、自分のシャツを脱ぎます。スノーホワイトがドキドキしているのが分かりましたが、レオポルド自身も実は初めての経験なのでドキドキしています。アグネスは自分以下、誰か好みの侍女が居たら夜のお相手させますと言っていたのですが、自分はスノーホワイト以外とはそういうことをしたくないのでと言って断っていました。
 
再度キスしてからスノーホワイトのパンティを脱がせます。スノーホワイトが物凄く不安そうな顔をしています。レオポルドは自分も物凄くドキドキしながらパンツを脱ぐと、指で“その場所”を確認しました。
 

テレーゼとヴィクトリアが、スノーホワイトとレオポルドがひとつになった日付と時刻をきちんと記録します。テレーゼたちはそのまま警護も兼ねておふたりの営みを見守りました。
 
夜更け過ぎ、別の侍女と交代して部屋の外に出ます。記録をまだ起きていたアグネス侍女長に提出しました。
 
「ご苦労さま」
とアグネスがふたりにねぎらいの言葉を掛けます。
 
「アグネスが見届けなくて良かったの?」
と地位の上下はあるものの古くからの同僚なので気易い言葉でテレーゼが訊きます。
 
「だって私がその場に居たら嫉妬しちゃうし」
 
「・・・」
「それどっちに嫉妬する訳?」
 
「もちろんレオポルド王子に嫉妬する」
「アグネス、やっぱりスノーホワイト様が好きなんだ?」
 
「もちろんお后になれないことは納得していたけど、愛人にでもしてもらえたらって、心の隅ではよく考えていたよ。純粋な欲求の処理係でいいからさ」
 
「女同士になっちゃったら、どうにもならないね」
「うん。だから思い切ることにした」
 
「でも女同士で気持ち良くなる方法もあるらしいよ。古代ギリシャでは男同士でも女同士でも、そうやって楽しんでいたらしいから」
とテレーゼが言います。
 
アグネスは一瞬考えたものの言いました。
「ねぇ、それ詳しく教えてくれない?」
 

アグネスは実はスノーホワイト女王のバックアップ業務で多数の書類を処理していたのですが、少し仮眠して、翌朝もうレオポルド王子は自分の部屋に帰ったろうというタイミングでスノーホワイト女王の部屋に行きました。
 
スノーホワイト女王はボーっとしていました。
 
「おはようございます。どうでした?」
「気持ち良かった」
「それは良かったです」
「でも、まだよく分からなくて」
「だったら今夜も練習なさるといいですよ。私がレオポルド殿下にお伝えしておきましょうか?」
 
スノーホワイトはしばらく考えていたものの言いました。
 
「自分で伝える」
「はい、それでいいですよ」
 

「ところでスノーホワイト様。ここだけの話ですが」
とアグネスは訊きました。
 
「なぁに?」
と訊くその言い方はかなり女っぽい雰囲気です。やはり昨夜“女”になったから、女としての自我も育っているのかな?とアグネスは思いました。
 
「男としての愛の営みと、女としての愛の営み、どちらが気持ち良かったですか?」
とアグネスが尋ねると、スノーホワイトは口元に手を当てて、しばらく恥ずかしそうな顔をしていましたが、やがて言いました。
 
「これアグネスだけに言うからさ、他の子には言わないでよ」
「私は陛下のことは決して誰にも言いませんよ」
 
「女の方が男の倍、気持ちいい」
「それは良かったですね」
「うん。やっぱり女になって良かった!」
 
アグネスはその言葉に吹き出しそうになりました。
 

スノーホワイト女王とレオポルド王子はレザンナ女王の喪が明けた1年後に結婚式を挙げる予定だったのですが、式は延期になってしまいました。
 
それはスノーホワイト女王が妊娠し、出産したからでした。
 
スノーホワイトは出産の時も
「僕にできるかなあ、不安だよお」
などとアグネスに言っていたものの、産んでしまうと
 
「思ったより辛くなかった」
などと言っていました。
 
14歳での出産は、さすがに早すぎるのではないかと言われましたし、その件でレオポルド王子が「申し訳無かった。次はしばらく自重する」とコメントまで発表したのですが、国民はスノーホワイト女王の男児出産を祝福してくれました。
 
世間ではスノーホワイトは女王と名乗っているが、実は女装の男王ということはないか?という噂もあったのですが、スノーホワイトの出産によりその噂は消えてしまい、やはり女王様だったんだ!ということで国民は納得してくれました。
 
スノーホワイトとレオポルドの結婚式は出産の半年後にあらためて行われました。
 
その後、スノーホワイトは19,21,24,26,29歳の時に、更に2人の王子と3人の王女を産みました。
 
スノーホワイトの出産に関して周囲は前後半年程度の休養を勧めたのですが、事務的な処理はレオポルドやアグネスたちにある程度任せても、国内の行幸のスケジュールは出産して2ヶ月も経つと入れて、超人ぶりを見せていました。
 

なお、スノーホワイトが最初に産んだ王子はゴールドと名付けられました。
 
そしてお城では実はゴールドと同じ日、ほぼ同じ時刻に生まれた女の子がいました。その子はシルバーと名付けられました。その子を産んだのはアグネスで、実はスノーホワイトの要請で隣り合った産屋で産んだのです。スノーホワイトが実際に赤ちゃんを産み落とすまで「不安だ」「僕に産めるかな」などと物凄く不安そうな声を出していたので、アグネスは
 
「じゃ私も一緒に産みますから」
と言って、隣の産屋から自分も出産に臨みながらスノーホワイトを励ましていたのでした。
 
ゴールドはレオポルド王子を父親とし、スノーホワイト女王を母親とする子供なのですが、シルバーはアグネスを母親とし、スノーホワイト王子を父親とする子供なのです。あの日の1回だけの交わりでアグネスは妊娠してしまったのでした。つまり、スノーホワイトは1日にして、1人の子供の母親と1人の子供の父親になってしまったのです。
 
ゴールドとシルバーは受胎したのは1ヶ月違うのですが、ゴールドが早産になったため、結局同じ出産日になってしまいました。
 
なお絶対にそのことを他人には言えないものの、アグネスはあの時、自分の排卵日が近いことを意識した上で《万一の場合》に王室の正当な子孫を残すことを狙って、わざと王子とセックスしたのですが、その試みは成功したとも言えます。このことを何となく意識していたのはローラとマルガレータくらいでした。むろんスノーホワイトは全然気付いていません。
 

スノーホワイトはシルバーについて
「この子は確かに私の子供である」
 
というお墨付きも与えた上で、王位継承権は無いことを宣言し、女大公の称号を与えました。シルバーは表向きにはレオポルド王子とアグネスの間の子供ということにしていました(どっちにしてもゴールドとシルバーは兄妹として振る舞うことができる)。
 
アグネスは出産してから1ヶ月もすると公務に復帰し、シルバーとゴールドの2人にお乳をあげながら、超多忙なスノーホワイトの事務を相当代行しました。アグネスはスノーホワイトとそっくりの署名をすることもできるので単純な承認書類などはどんどんアグネスが代理署名しました。
 
アグネスは一切の政治的な地位を望まず、高額の報酬の提供も拒否し、全ての賄賂の申し出も断って、純粋にスノーホワイト女王の侍女長として、ステファンたちと共に、ずっとスノーホワイトを支えていきました。
 

なお世間的には兄妹ということにしていますが、本当はシルバーの産声の方が一瞬早かったので、実はシルバーの方がお姉さんです。しかしそれも話が面倒になるからということで、スノーホワイト、アグネス、レオポルドの3人で話し合い、ゴールドがお兄さんということにしました。
 
シルバーに王位継承権が無いことはスノーホワイト女王が宣言しているにも関わらず、シルバーはやはり微妙な出生なのでかなり注目を浴びながら育つことになります。物心付く前から縁談がたくさん舞い込んできました。しかし母親のアグネスは
 
「私自身も野心は無いし、この子はちゃんとゴールド様を支えていけるように教育しますから」
といつも言っていました。
 
ゴールドとシルバーは兄妹(姉弟)なので顔がそっくりでした。それで小さい頃はこっそり入れ替わって、周囲の人間を混乱に陥れて遊んだりしていました。シルバーは公的にはレオポルド王子とアグネスの子供ということになっているのに実際はシルバーがスノーホワイトによく似た超美人であったことから、本当はこの2人はスノーホワイト女王が産んだ双子なのでは、と世間の人たちは噂をしていました。
 
成長してからは、ゴールドはスノーホワイト政権の国務大臣、シルバーが外務大臣となって活躍します。
 
そしてずっと将来、ゴールドの子供と、シルバーの子供が結婚(従兄妹同士の結婚)することになるのですが、それはまだ遠い遠い先の物語です。
 

スノーホワイトがゴールドを出産してから1年ちょっと経った時。それはスノーホワイト女王の即位2周年が過ぎて少しした頃のことでした。
 
スノーホワイトが
「アグネス、アグネス」
と焦ったような声で呼ぶので、一体何事かと思って駆け寄りますと
 
「僕どうしたのかな?怪我しちゃったのかな?」
などと言っています。
 
「どこを怪我したんです?」
「あのね、あのね、お股から凄い血が出てくるの。どこを怪我したらこんなに血が出るんだろう?」
などとスノーホワイトは言っています。
 
アグネスは額に手をやって、呆れたような顔をしました。
 
「それは月の物です」
とアグネスは言いました。
 
「何だっけ?それ?」
とスノーホワイトが真剣に訊くので、アグネスはため息を付きました。
 
この人には性教育がゼロから必要だ!!
 
しかし、考えてみると、結局スノーホワイトは月経を1度も経験しないまま先に出産を経験してしまっていたのです。
 
「取り敢えず処理しましょう」
と言って、アグネスはまずスノーホワイトのお股をきれいに拭いてあげた上で布を当てさせました。
 

「まず、男の子と女の子の身体の違いから説明しましょうか。スノーホワイト様、男の子と女の子の身体は何が違いますか?」
 
「えっと、男の子にはちんちんとたまたまがあって、女の子には割れ目ちゃんとか、サネとか、秘密の小さな穴と秘密の大きな穴があって、おっぱいも大きいことかな。何か女の子の方がたくさんあってお得な気がしない?」
 
「私は男になったことがないので分かりません」
「男の子もけっこうよかったよ」
「男に戻りたいですか?」
「ううん。女の子の方が快適だからこのままでいい」
 
「まあ、それでですね・・・」
 
と言って、アグネスはスノーホワイトに性の仕組みについての講義を続けました。
 
 
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【プリンス・スノーホワイト】(3)