【プリンス・スノーホワイト】(2)

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月の物のため、2日ほど休んでいた、スノーホワイト付きの侍女アグネスは登城しますと、王子が病気で寝ていると聞きます。
 
「あら、様子を見てこようかしら」
「それが医者が誰も入れるなと言っていて」
 
アグネスは驚きます。伝染病でしょうか?
 
「それでも私は殿下の傍に行かなければならない」
と言ってアグネスは強引にスノーホワイト王子の居室に入りました。そしてベッドの所に行くと
 
「殿下、お具合はいかがでしょうか?」
と訊きました。
 
「あ、アグネスか。私、お腹空いた」
などと王子のベッドの中で言っているのは、王子ではなくイレーネです。
 
「あんた何やってるの?」
「だから殿下の影武者」
「殿下はどこ?」
「それがローマまで秘密のお使いに行ってるって」
「ローマ〜〜!?」
と言ってから、アグネスは小さな声でイレーネに訊きました。
 
「その話、誰から聞いたの?そして誰の命令で影武者してるの?」
「ソリス参謀長だけど」
「ソリス閣下が?」
 
アグネスは考えました。これは・・・殿下の身に何か起きたのでは?
 
「イレーネ、あんたのお世話はローラに頼んでおくから」
「アグネスは?」
「私は・・・」
と言ってから、これはハモンド大公の力をお借りしなければならないとアグネスは判断しました。
 
「秘密の使いに行く。そのことはローラとあんた以外には誰にも言わないで。特にソリス様や女王陛下には絶対に言っちゃダメだよ。私はまだ月のものが重くて城から下がっていることにしておいて」
 
「あ、うん」
 
それでアグネスは乗馬用のズボンに着替えると、愛用の馬を出して一路東の国アルカスへと向かったのです。
 

その頃、妖獣とスノーホワイトたちが遭遇した黒川のほとりで、ステファンがマルガレータを介抱していました。
 
「お兄様・・・」
「大丈夫か?」
 
マルガレータは自分の身体をあちこち確かめています。
「私は大丈夫です。かすり傷程度。それよりスノーちゃんが」
 
「どうした?」
 
「何か見たこともない大きな獣に襲われたのです。致命傷を与えたつもりはあります。スノーちゃんには水の中に潜るよう言いましたが、間一髪だったと思います。獣は私が矢を頭に撃ち込んだので凄い悲鳴をあげて。それでもすぐ倒れず、私に向かってきたので槍で心臓を突いたのですが、こちらものしかかれて気を失ってしまったようです」
 
「ではあの子は無事か?」
「たぶん。でも下流に流されたかも。探しに行きましょう」
「うん。立てるか?」
「はい、何とか」
 
それでステファンとマルガレータの兄妹は下流に向けてスノーホワイトを探しに行ったのです。
 

その頃、スノーホワイト本人は、何とか川から這い上がっていました。
 
川の流れが思ったより速かったことと、獣?に襲われた時、左腕でかばった際、獣の爪が腕をかすめて、少し怪我したので、その痛さもあって少し気が遠くなり、思ったよりたくさん流されてしまったようです。
 
這い上がってからその痛い左腕を見ると少しえぐれていますが、このくらいは1ヶ月もすればきれいに治りそうです。それよりもスノーホワイトは王家の者であることを示すプレートを中に入れている腕輪を紛失していることに気付き「参ったなあ」と思いました。きっと獣の爪がこちらの腕をかすめた時に輪が切れてしまったのでしょう。あるいはあの腕輪のお陰で怪我が小さくて済んだのかも知れません。
 
自分をかばってくれたマルガレータが無事かどうかも心配ですが、それよりも今は自分がこのあとどうするかが問題です。
 
腕輪に入れていたプレートが無くても、なんとかアルカスまで辿り着けば、ハモンド公は自分の顔を覚えていてくれるのではないかという気がしました。これまで3〜4回会っています。
 
持ち物を確認すると、護身用に持っていた短剣も、ステファンから借りた銀貨を入れた袋も紛失しています。靴もありません。
 
「これは困った。とにかくどちらかに向かって歩いて、誰かいたらアルカス方面への道を訊くしかないかな」
とスノーホワイトは思いました。
 
それで立ち上がったら、左足に痛みが走ります。どうも川に流されている間に岩か何かにぶつけたようです。あざもできていますが、骨は折れたりしていないようです。
 
「でもちょっと痛い」
とスノーホワイトは呟きました。
 
スノーホワイトは川に落ちているのでずぶ濡れです。取り敢えず着ているドレスの裾を少し手で絞り、また穿いている女物のパンティは一度脱いでこれも絞ってから穿き直しました。ドレス自体を一度脱いで絞りたい気分だったのですが、あいにくこのドレスは後ろを締めるようになっているので自分では脱ぎ着することができません。それで服が濡れていて、この冬のさなかでは寒くてたまらなかったのですが、仕方ないのでそのまま歩いて行っていました。ただ風が無いのが幸いでした。この状態で風が吹いていたら簡単に凍死できそうです。
 
左足が痛いのも問題ですが、裸足なので、踏みしめる雪が冷たくてたまりません。それでも時々立ち止まって足を揉んだりしながらも身体を温めるため早足で歩いていました。
 

時々休みながら1時間近く歩いた時、スノーホワイトは小さな小屋があるのを見ました。
 
わあ、人がいる!と思って近づいて行きます。小屋の戸をノックします。返事はありません。
 
「こんにちは」
と声を掛けますが、やはり返事はありません。
 
「お留守なのかなあ」
と思い、ちょっとドアを押してみたら鍵などは掛かっていなかったようで簡単に開きます。
 
「お留守ですか?」
などと言いながら、スノーホワイトは小屋の中に入りました。
 
小屋の中では暖炉に火が入っていて、赤々と燃えていました。スノーホワイトは「暖かそう」と言って、そばに寄り、暖炉に当たっていました。
 
そして、身体が温まってくると次第に眠くなり、スノーホワイトはすっかり眠ってしまいました。
 

「君君」
という老人のような男性の声で目が覚めます。
 
「君は誰かね?」
と背の低い老人は訊きました。
 
「ごめんなさい!旅の者です。川に落ちてずぶ濡れになって、それで歩いていたらここに辿り着いて、暖炉があったかそうだったので、ついここで休んでしまいました。すぐ出ますね」
とスノーホワイトは言いました。
 
「すぐ出ると言っても、もうすっかり暗くなった。こんな遅くに女の子をひとりで外に出す訳にはいかない。良かったら今夜は我々の家に泊まって、明日出発されるとよいであろう」
と眼鏡を掛けた30歳くらいかな?という感じの人が言います。
 
「待て。そなた怪我をしているではないか」
と40代くらいの難しそうな顔をした人が言いました。
 
「実はよく分からない獣に襲われたんです。その時怪我してしまって。その後水に落ちて、獣からは逃れられたのですが」
とスノーホワイトは言います。
 
「獣にやられた傷なら、そのままにしていてはいけない」
「うん。薬草を塗ってあげよう」
「済みません!」
 
それで結局その難しそうな顔をした人が壺の中に入っていたピンク色の薬を怪我した所に塗ってくれました。痛みがやわらぎ、すーっとした感じもします。
 
「足も怪我しているな」
「こちらはどこかにぶつけたみたいです」
 
「どれ・・・」
と言って、薬草を塗ってくれた人は足にも触っていましたが
「骨は折れていない。しかし痛みが引くまではあまり動き回らない方がいい」
「とりあえず湿布を貼っておこう」
 
と言って、あざのできている所をきれいに拭いた上で膏薬を貼ってくれました。
 
「ありがとうございます」
 
「そなた裸足だが、靴は?」
「それも水に落ちた時に無くしてしまって。持っていた財布も失ったんですよ」
 
小屋の住人たちは顔を見合わせていました。
 
「取り敢えず、怪我が治るまで、数日ここに滞在なさらんか?靴は新しい物を作ってあげるよ」
とリーダー格っぽい老人が言いました。
 
「本当ですか?助かります。アルカスまで辿り着いたら、必ず御礼もしますので」
「そなた、アルカスの者か?」
「いえ。ノガルドの者ですが、アルカスにいる知り合いを訪ねていく所だったのです」
 
「なるほど。しかし女の子ひとりで?」
 
あ・・・そうか。僕、今女の子の服を着ているから、女の子と思われているんだ、とスノーホワイトは思ったものの、まあそれでもいいかと思います。
 
「連れの女性がいたのですが、川に落ちた時に、その人ともはぐれてしまったのです」
 
「その女性も心配だな」
「実は獣に襲われた時彼女がかばってくれて。彼女は猟師の娘で、弓矢とか槍を持っていたので、何とかなっていることを祈りたいのですが」
 
「森に慣れている者なら、何とかしているかもしれんね」
 

「そうそう、君の名は?」
「申し遅れました。スノーと申します」
「雪ちゃんか。可愛い名前だ」
「髪も長いし、どこか貴族の娘さん?」
「ええ。大した家系ではないのですが」
 
「わしはブリック」
といちばん年上の人が言います。
「俺はクリット」
と50歳くらいの感じの落ち着いた雰囲気の人。
「私はアルツ」
と薬草を塗ってくれた40代くらいの人。
「僕はオイスト」
と眼鏡(*10)を掛けた30代くらいの人。若くてもこの人は全体の中心になっているようにも見えました。
 
「俺はフィディ」
と27-28歳くらいの体格のいい人。
「僕はグルー」
と25-26歳くらいの優しそうな感じの人。
「私はヘレナ」
と言ったのは20歳くらいの女性。
 
この7人は一緒にこの付近で鉱山の仕事をしているということでした。
 
「ひとりだけ女性なんですね」
「ああ、こいつは女に見えるけど男だから」
「嘘!?」
「うん。私は身体は男なんだよ。でも心は女だからいつも女の格好をしている」
とヘレナ自身は言っています。
 
「へー!そういうのもいいですね」
とスノーホワイトは言いました。
 

ともかくも、その日はその小屋に泊めてもらうことになりました。料理もみんなから少しずつ分けてもらいました。
 
「取り敢えず、わしの鶏肉を少し分けてあげよう」
「俺のパンも少し分けてやるよ」
「私のじゃがいもも分けてあげるよ」
「僕の野菜も分けてあげるね」
「俺のスープも少しやるよ」
「僕のワインも少しあげよう」
「私のチーズも少しあげるね」
 
「みなさん、ありがとう!」
 
それで7人の住人から分けてもらったごはんでスノーホワイトはその晩の食事をしたのでした。
 

7人の住人たちはみんな背が低く、だいたい身長140〜160cmくらいです。スノーホワイトは13歳の普通の男の子なので、だいたい160cmくらいあります。結局いちばん背の高いフィディがベッドを譲ってくれたので、そこで寝ることにしました。フィディはオイストのベッドとアルツのベッドをくっつけて、その2つのベッドに3人で寝ていました。
 
「明日は取り敢えずあんた用のベッドも作ってあげるよ」
「すみません!だったら、私ここのお掃除したり、みなさんのお食事作ったりしますね」
「ああ、それは助かる」
「でもあまり無理しないように。怪我が酷くなるから」
「はい、すみません」
 
それでスノーホワイトは怪我が治るまで1週間くらいこの人たちの小屋に滞在することにしたのです。ベッドと靴を彼らが翌日作ってくれたので、取り敢えず寝る場所が確保できましたし、小屋の周辺を歩く程度は問題無くなりました。
 

川に流されたスノーホワイト王子の行方を捜していたステファンとマルガレータは、なかなかスノーホワイトが見つからないので焦り始めていました。
 
「スノーちゃんはアルカスに行くと言っていました。ひとりでそちらに向かっているということは無いでしょうか?」
とマルガレータは兄に訊きます。
 
「その可能性はあると思う」
とステファンも言います。
 
「だったらこうしよう。お前はこのまま闇の森を抜けてアルカスに行ってくれないか?実はスノーはノガルドの王族のひとりなのだよ」
「うっそー!?」
 
「レザンナ女王に追われている。もし国境を越えることができていたらいいが、まだ迷っていたり、あるいは女王の追手につかまったりしたら大変だ。だからハモンド大公の宮殿に行ってそこでスノーの消息がつかめなかった場合は、大公にお願いして、スノーを保護するための人手を派遣してもらうと助かる」
 
「でもそんな話、私が向こうで話して誰か信じると思います?」
 
ステファンは考えました。
「だったらこの袋を持って行ってくれ。この中にはスノー様が持っていた金貨や宝物、それにスノー様がこれを確かに私に預けたという書き付けが入っている。これを見せたら信じてもらえると思う」
 
「分かりました。では私はこれを持ってアルカスに向かいます」
「すまんが頼む」
 
それでふたりは別れて、ステファンは引き続きスノーホワイトを探し、マルガレータは、アルカスに向かってハモンド大公に協力を求めることにしたのです。
 

スノーホワイトが七人の鉱夫が住む小屋に来た3日後、お城ではレザンナ女王が鏡に向かって尋ねていました。
 
「鏡よ鏡、この地上で一番美しい女は誰?」
「レザンナ様、それはあなたです。あなたがこの地上の女の中で一番美しい」
 
しかし女王は心配になって再度訊きました。
 
「鏡よ鏡、この地上で一番美しい者は誰?」
 
「それはスノーホワイト様です。レザンナ様も美しいが、スノーホワイト様はレザンナ様の千倍美しい」
 
レザンナ様はあまりの驚きに座っていた椅子から転げ落ちそうになりました。
 
「待て。スノーホワイトは死んだのではないのか?」
「生きています。怪我をなさっていますが、東の森の闇の森の中、七人の鉱夫が住む小屋で休んでおられます」
 
「しかしお前はこないだ訊いた時には、この地上の者で一番美しいのは私だと言ったではないか?」
「先日レザンナ様がお尋ねになった時、スノーホワイト様は川の中に居て流されておりました。地上に居た訳では無いので、地上に居た者の中ではレザンナ様が一番美しかったのです」
 
レザンナはこの鏡を叩き割ってやりたい気分になりましたが、とにかくすべきことが分かりました。
 
スノーホワイトは怪我をしているといいます。おそらく妖獣に襲われた時に負った怪我であろうと女王は思いました。しかしあの王子がひとりで妖獣を倒したとは思えません。誰かが協力していたのではないか、もしかしたらあの猟師ステファンあるいはその仲間か?などと考えます。今スノーホワイトが滞在している小屋に住む鉱夫というのも、あの猟師の協力者かも知れないと考えました。
 
どうもスノーホワイトの味方が増えつつあるようなのも気になります。しかしレザンナ女王は、とりあえずスノーホワイトさえ抹殺できたらよいと考えていました。
 

レザンナ様はこの国に住む魔女クレーテを呼び出しました。100歳を越えているのではないかと、その筋では噂されている老魔女です(*11)。
 
「これはお久しぶり、50-60年ぶりかな。ネフィーラよ」
「その名前を人前で呼ぶな」
と女王は厳しい顔で言います。
 
「ふふふ。出世したものよのう。今ではノガルド女王で、フォーレ皇帝様か」
「その話も人前でするな」
 
「何か入り用か?報酬次第では引き受けるぞ」
「東の森の闇の森の中に住んでいる七人の鉱夫というのは分かるか?」
「ああ。あいつらなら分かる」
「その小屋に今、13歳くらいの娘が滞在している。そいつを殺してきて欲しい」
 
「そのくらい、お前さんでもできるだろう?」
「私がその子を殺す所を万が一にでも人に見られたら困るのだ」
 
クレーテは「ふーん」と言って少し考えていましたが、やがて言います。
「だったら、あんたがオスマン帝国の皇帝から巻き上げた400カラットのルビーをもらおうか」
 
レザンナ女王はしばらく考えていました。
「きちんと殺したら、くれてやる」
「では」
 
と言ってクレーテは手を振って、レザンナ女王の部屋を出て行きました。
 

アグネスは南方の草原を馬で一気に駆け抜けてアルカス国に入りました。国境にはアルカス側の警備兵が居ました。しかしアルカスとノガルドが断交しているといっても“スノーホワイト王女”の側近は特別です。アグネスは亡きゲオルク先王直筆の「スノーホワイトの侍女長に任ずる」というお墨付きを持っていたので、そのまま通してくれました。
 
そしてハモンド大公の宮殿に駆け込み、スノーホワイト王子の所在が不明になっていることを告げます。
 
「もし殺されてしまったのであれば、病死とか何とか発表すると思うのです。それが無いということは、恐らくはお城の外のどこかに監禁されているのではと私は疑っているのです。しかしノガルド軍は要所要所をフォーレの軍人が押さえていて、うかつに動かせません。信頼できる方を数人貸して頂けないでしょうか?」
 
とアグネスは大公にお願いしました。
 
「それはすぐ対応しよう」
と言い、司令官のローレンツに命じて潜入任務のうまい者を4-5人、すぐ召集するよう命じました。それでアグネスと一緒にノガルドに向かおうとしていた時のことでした。北の国境で怪しい女を捕らえたという報せが入ります。
 
「ノガルド王国のスノーホワイト王女様の書き付けを持っていたのですが、弓矢に槍など持っていますし、風体も怪しいもので」
と宮殿に報せに来た国境警備兵は言います。
 
「いや、それは本当にスノーホワイト様のお使いなのでは?」
「それが、書き付けの内容が、金貨や宝物をステファン殿に預ける、と書かれておりまして、スノーホワイト姫が預けたのは男と思われるのですが、捉えたのは女なのです」
 
「それは女装しているのでは?」
「あ、それを言われると。。。。」
 
「私が直接そちらに行く」
とハモンド大公はおっしゃったのですが、長男のロベルト王子(21)が停めました。
 
「父上、ノガルドで何か異変が起きているとすれば、その混乱の中から一気にこちらに侵攻してくる可能性があります。そういう時に父上が宮殿を離れてはいけません。ここは私が参ります」
 
すると次男のレオポルド王子(19)が言いました。
 
「兄上、父上、その役目私にさせて下さい。スノーホワイトは私の許嫁(いいなづけ)です」
 
「分かった。それではレオポルド、そちが国境に行き、そのスノーホワイト殿の書き付けを持っていた女を取り調べよ。必要なら、そのままノガルド領内に入って必要な行動を取りなさい」
 
「御意」
 
アグネスは、なんでこの宮殿ではスノーホワイト王子は“王女”ってことになってるの〜?と思いましたが、それは今は些細なことです。何とか
スノーホワイト王子を無事救出してから、性別問題はあらためて議論した方がいいと思いました。
 

そこでアルカス国の司令官が選任した精鋭の軍人5名(アレクサンドル・ジークフリート・ユリウス・ジャンヌ・ロンメル)、それにレオポルド王子とアグネスという7人で、国境警備兵が先導して、“怪しい女”を捕らえている北方の国境へと急ぎました。急ぐので全員馬で駆けたのですが、アグネスがしっかり他の6人に付いてくるので
 
「君すごいね」
とレオポルド王子が感心して言っていました。
 
「私はスノーホワイト様の楯になれと言われていますので、馬術も武術もかなり鍛えられました」
とアグネスは答えました。
 
精鋭5人の中でジャンヌは30歳くらいの女性でしたが、アグネスは最初彼女が女性ということに気付きませんでした。髪も短くしているし、たくましい身体付きです。途中で気付いて
 
「あなた、女の人だったのね!」
と本当に驚いて言ったら
 
「ああ、こいつを女とは思わない方がいいぜ。この中で俺の次に強いから」
と一番逞しい身体付きをしているロンメルが言います。本人も
 
「僕のことは男と思ってていいよ。その内女の子を嫁さんにするつもりだから」
などと言っています。
 
するとアグネスが
「かっこいい!」
と憧れるように声をあげたので、ジャンヌはかえって照れていました。
 

普通なら4〜5時間掛かる所を早い馬を使っているので2時間ほどで辿りつきます。そしてレオポルドが捕らえた女を取り調べました。しかしレオポルドはその女を見るなり、この女は悪い者ではないと思いました。取り敢えず男が女装しているようにも見えません。
 
「君の名前は?」
「マルガレータ・フンボルトと申します」
「弓矢や槍を持っているのは?」
 
「狩猟の免許を持っているので。むろんアルカス領内では決して使用しません。それよりも、すみません。こうしている間にもスノー姫様に危機が忍び寄っているかも知れません。私は、何とかハモンド大公陛下にご協力を頂きたいのです。スノー姫様は女王陛下から命を狙われているご様子なのです」
 
とマルガレータは言った。
 
「スノー姫様って、スノーホワイト姫のこと?」
とレオポルドが訊くと
「スノーホワイト様は王子なのでは?」
とマルガレータは言います。
 
レオポルド王子はアグネスと顔を見合わせました。
 
「王族の中にスノーという名前の姫君がおられる?」
とレオポルド王子は訊きます。
「おりません。もしや、本名を名乗ると危険なので、スノーと名乗っておられるのかも」
とアグネスは答えました。
 
レオポルドは国境警備兵に訊きます。
 
「この者が持っていた書き付けは?」
「こちらでございます。この袋と一緒に持っておりました」
 
と言って、警備兵は紙と袋を渡しました。
 
「物凄い量の金貨が入っている。この内側に入っている小さな袋は?」
 
と言って、王子が小さな袋を取り出すと、そこには見覚えのあるムーンストーンのペンダント、そして確かにスノーホワイトが大事にしていた、母君の形見ということであったオパールの指輪もあります。
 
「これは間違い無くスノーホワイト姫のものだ」
と王子は言いました。
 
マルガレータは、レオポルド王子が盛んに「スノーホワイト姫」とか
「スノーホワイト王女」とか言うので、首をひねっています。
 
王子は書き付けを読みます。
「この者、ステファン・フンボルトに私の金貨および宝物を預かってもらっている。私の使いなので丁重にお取り扱いせよ/スノーホワイト・ド・ノガルド」
 
「ステファン・フンボルトというのは、もしかして君の親族か?」
とレオポルド王子はマルガレータに訊きました。
 
「私の兄です。兄と2人でスノー様の行方を捜していたのですが、なかなか見つからないので、もしかしたら先にアルカスに入られたかもということで私がこれを持ってアルカスに行き、兄は引き続きスノー様を探しております」
 
アグネスは「スノー様」と「スノーホワイト王子」と「スノーホワイト姫」といった名前の混乱が生じていることを認識し、取り敢えずここは話を簡単にするため、詭弁を使うことにしました。
 
「マルガレータよ、スノーホワイト様は本当は姫様なのですが、男の兄弟がおられないことなどもあって、様々な都合で王子を名乗られることもあるのです」
「そうだったんですか!私はてっきりスノーホワイト様は男の王子と思っておりました!長い髪は女の方だったからなんですね!ブリーチングも遅かったし」
 
「ですから、あなたが探していたスノー様というのが、間違い無くスノーホワイト姫様ですよ」
「なるほど!それなら納得できます。あの方は、素敵な姫様でしたよ」
とマルガレータは言っています。
 
「もしかして、最初スノーホワイト様と一緒だったの?」
 
「はい。最初は私がスノー様に付き添ってアルカスへと歩いて行っていたのですが、途中見たこともないような獣に襲われて。手応えがあったので獣は倒したと思います。でもその時、スノー様を川に逃がしたのですが、そのまま流されてしまったのです。それで行方を捜しておりました」
 
「たぶんその見たこともない獣というのは、レザンナの使い魔ではなかろうか。あの女は色々怪しい獣を飼っているという噂がある」
 
などとレオポルド王子は言っています。いやしくも女王の地位にある人を『あの女』呼ばわりするのは、さすがに他の者にはできません。
 
「スノーホワイト姫は泳ぎも得意ですから、溺れたりはしてませんよ。きっと森の中で迷子になったのではないでしょうか」
とアグネス。
 
「だったら、マルガレータよ。私たちをその姫とはぐれた付近まで案内してくれ。一緒に探そう」
とレオポルド王子は言った。
 
「はい!」
 
それで精鋭たちとレオポルド・アグネス・マルガレータの8人に加えて国境警備兵5人も加わり13人で国境を越えて、ノガルド領に入りました。
 

その頃、ちょうどソリスはフォーレの都ヴァルトに到着したのですが、皇帝が数日姿を見せないので城は騒ぎになっていました。
 
ソリスはフォーレ帝国軍のトップであるライナー元帥と会い、ケーンズ陛下はノガルド領内でトラブルがあったが無事であること。数日中にはこちらに帰還なさるということを伝えて安心させます。
 
「これは陛下から元帥殿への手紙です」
「分かった。ご無事であれば問題ない」
 
しかしソリスは結局こちらの騒動を鎮静化させるために、元帥以外にも何人もの軍部や官僚の要人と話すハメになり、すぐには別の妖獣をノガルドの都アッシュに連れていくことができなかったのです。
 

一方、レザンナ女王から「七人の鉱夫と一緒に居る小娘」の殺害を請け負ったクレーテはその翌日になってやっと、鉱夫たちの小屋を見つけ出しました。過去にクレーテが知っていた場所から引っ越していたので、探し出すのに時間が掛かってしまったのです。
 
鉱夫たちがいる間は無理だろうと考え、昼間、彼らが仕事に行っている間を狙うことにします。なおクレーテには、レザンナ女王が飼っているカラスが同行していました。クレーテの仕事を見届けることと、念のためスノーホワイトの居場所を確認するためです。
 
クレーテはその7人が出て行ったのを見て、自らに魔法を掛け、30歳くらいの農婦に化けて、小屋の戸をノックしました。
 
「はい、どなたでしょう?」
とスノーホワイトはドアを開けないまま返事します。
 
「小間物屋でございます。娘さんですか?髪飾りとか、腕輪とか、興味ありませんか?」
 
「申し訳ありませんが、私はただの留守番なので、勝手にお買物する訳にはいきません。それに私はその手の物には全く興味がありません」
 
実際スノーホワイトは男の子なので、本当にアクセサリーには興味無いのです。
 
「見るだけでも見ては頂けませんか?お代はパンの一切れでもいいですので。私の子供にパンを食べさせてやりたいのです」
などと農婦に化けたクレーテは言います。
 
子供にパンをやりたいとまで言われると、元々優しい心を持つスノーホワイト王子は
 
「だったら少し見てみようか」
と言って戸を開けました。
 
クレーテはスノーホワイトを見てびっくりします。これほどまで美しい姫はめったに居ないぞと思いました。こんな美女を殺すのは心が痛む思いですが、仕事はしなければなりません。
 
「なんと美しい娘さんでしょう。その黒髪には何もつけておられないのですか?」
「食事の時にピンで留めたり、運動をする時に紐で縛ったりするだけですよ」
「そんなもったいない。もっと美しく飾ればよいのに。殿方にも喜ばれますよ」
「私は別に男の人に喜ばれても仕方ないので」
「それは何とまあストイックな。でもいつかは男の方と結婚なさるのでしょう?」
「気持ち悪いこと言わないでください。男と結婚するつもりなどありません」
 
この姫は男嫌いなのだろうか?とクレーテは疑問を感じたものの、ことば巧みにこれが似合いそう、あれが似合いそう、とやって、とうとう黄色い髪飾りをちょっとつけてみようかなと言わせる所まで持って行きました。
 
「お嬢さんの髪をこうまとめてですね」
と言ってクレーテはスノーホワイトの後ろに回り込んで髪をまとめると、そこに“死の魔法”が掛かっている髪飾りを刺したのです。
 
すると刺した途端、スノーホワイトはその場で倒れてしまいました。
 

手首を取り脈をみて、確かに死んでいることを確認します。
 
「この通り確かに殺したぞ」
とクレーテは自分に付いてきているカラスに向かっていいます。その言葉はカラスを通して、レザンナにも届きました。カラス自身もスノーホワイトの身体に留まり、確認しているようです。やがて「カー」と鳴きました。カラスもスノーホワイトの死を確認したのです。
 
「ご苦労。では城に帰還されよ」
とレザンナもカラスを通してクレーテに伝えました。
 
それでクレーテは帰ることにしました。
 
ところが小屋を出た所で、ばったりと1人の男に遭遇しました。
 
「誰だ?」
と男は言います。
 
「ただの農婦ですが」
「嘘をつけ。お前、魔女だろう?見た目は30歳くらいなのに、その手のしわはどうみても70歳か80歳を越えている」
とステファンは言いました。
 
「はっ」としてクレーテは自分の手を見ました。そこまで気が回っていなかったのです。
 
クレーテはいきなり剣を抜いてステファンに突いてきました(西洋の剣は基本的に突くもの。この時代はまだ有名なレイピアが生まれる前でエストックと呼ばれる菱形の刀身を持つ長い剣が主流)。
 
ステファンはさっと身をかわします。そして自分も槍を取り出しました。
 
クレーテとステファンの戦いは数分続きましたが、腕力と敏捷性に勝るステファンがやがてクレーテを圧倒し、ステファンはクレーテの右肩と左足に槍を刺して相手が動けないようにします。
 
それで、こいつそこの小屋から出てきたなと思い、中に入ったのですが・・・
 

「スノーホワイト様!」
と言ってスノーホワイトの倒れている所に駆け寄りました。
 
「スノーホワイト様!スノーホワイト様!」
と呼びかけて身体を揺すりますが、スノーホワイトはぐったりしていて全く反応しません。胸の所に耳を当てますが鼓動が聞こえません。口と鼻の上に掌をかざしてみましたが、息もしていないようです。
 
「まさか亡くなった?」
と言って青くなります。
 
そして呆然としたまま、スノーホワイトの身体を抱きかかえて小屋の外に歩き出てきました。
 
ちょうどそこに、レオポルド王子・アグネス・マルガレータと、ジャンヌにロンメルという5人がこちらにやってきました。
 
「お兄様!」
とマルガレータが声を掛けますが、レオポルド王子はステファンが抱いているスノーホワイトの方に先に気付きました。
 
「スノーホワイト殿!」
と言って駆け寄ります。
 

「どうしたのだ?」
と王子が訊きます。
「心臓が動いていません。息もしていません」
とステファン。
 
「まさか死んでおられるのか?」
と駆け寄ったジャンヌが言います。
 
「お前が殺したのか?」
とレオポルド王子がステファンに詰め寄るように言います。
 
「私が見つけた時はこの状態でした。そこに倒れている女が何かしたようです」
 
するとロンメルがクレーテのそばに寄りました。そして刀を突きつけて言います。
 
「正直に言えば、何らかの配慮はしよう。言わなければお前は今から、想像を絶する苦しみを味わうことになる」
 
と物凄い形相で言いました。
 
「ひー!」
とクレーテはロンメルのいかにも拷問慣れしているかのような表情に悲鳴をあげてしまいました。
 
その時、近くで様子を見ていたカラスが勢いよく飛んでくると、そのクチバシでクレーテの首の後ろの部分、頸動脈を刺しました。
 
「ぎゃっ」
という声をあげてクレーテは倒れました。
 
「そのカラスを逃がすな!」
とレオポルド王子が言います。
 
ジャンヌがナイフを取り、逃げて行くカラス目掛けて物凄い速度で投げつけました。ナイフが当たってカラスは地面に落ちます。
 
「生かしておいたほうがよかったですか?」
とジャンヌが訊きますが
 
「いや。よくやった。カラスは何もしゃべるまい。逃がして飼い主の所に戻られるよりはここで始末して良かったと思う」
とロンメルは言いました。
 

その時、死んだようにしているスノーホワイト王子の姿を見ていたアグネスが
 
「その髪飾りは何でしょう?」
と言いました。
 
後ろ髪がまとめられ、そこに黄色い髪飾りが刺さっているのです。
 
「侍女のお主が知らぬのか?」
とレオポルド王子がアグネスに訊きます。
 
「ええ。見たこともありません。そもそもスノーホワイト様がこんなセンスの悪い髪飾りなどつける訳がありません」
 
「それは私の趣味でも無いな」
とマルガレータが言います。
 
「外してみよう」
とレオポルド王子。
 
「待って。手で触らないで」
とジャンヌが言い、布でその髪飾りを持つと、スノーホワイトの髪から外しました。
 
するとどうでしょう! 今まで死んだようにしていたスノーホワイトがハッとしたように目を開けたのです。
 
「殿下!」
「スノーホワイト殿!」
「スノー様!」
 
とみんなが驚いて、そして喜んで声をあげました。
 

レザンナ女王は、クレーテが猟師ステファンに捕らえられ、今にも自白しそうだったので、やむを得ず始末し、お使いのカラスもやられたので、これはもうアルカスと近い内に全面戦争になるかも知れんと考えました。その場合怖いのは、国内にかなり居る不満分子たちです。彼らはアルカスの侵攻に呼応して蜂起する可能性もあります。ソリスと相談したいのですが、そのソリスがなかなか戻って来ないので、イライラしています。
 
鏡に訊いてみます。
 
「鏡よ鏡、この世で一番美しい者は誰?」
 
先日「この地上で」と尋ねたら、川の中で流されている最中だったスノーホワイトは対象外などと言われたので、今度は「この世」と言ってみたのです。
 
「それはスノーホワイト様です。レザンナ様も美しいが、スノーホワイト様はレザンナ様の千倍美しい」
 
「やはり、生きていたか。クレーテは失敗したな」
と女王は独り言のように言いました。
 

一方、鉱夫たちの小屋では、生き返ったものの、体調が万全ではない感じのスノーホワイトを、取り敢えずベッドに寝せて、アグネスが介抱していました。レオポルド王子の一行は3組に分かれてスノーホワイト“王女”を探していたのですが、ジャンヌがひとりで予め定めていた集合場所に赴き、他のメンバーと合流して、この小屋に全員を連れてくることにしました。
 
「しかし勝手に入ってしまったが、この小屋は誰のものだろう?ベッドが姫のものの他に7つ並んでいるが」
とレオポルド王子が言いますと
 
「ここはこの界隈ではわりと有名な七人組の鉱夫の小屋です。この近くの鉱山で宝石の採掘をしています」
とステファンが言いました。
 
「そのような人たちがいるのか」
「警戒心が強くて、人付き合いの悪い連中ですが、性格は良い奴らですよ。しかし怪我していたのを治るまでとはいえ、他人を泊めてあげるのは珍しい」
とステファンは言います。
 
「まあ女の子では自分たちに害を及ぼしたりしないだろうと思ったんじゃないの?」
とマルガレータが言います。
 
ちなみにステファンはアグネスから「スノーホワイト様のことをみんな王女様と思い込んでいるので、面倒になるから、事件が落ち着くまで話を合わせておいて」と言われて了承しています。
 

やがて7人の鉱夫たちが小屋に戻ってきますが、何だか人が大勢居るのでびっくりします。彼らとは顔なじみであったステファンが代表して説明しました。
 
「なんと、スノーちゃんが襲われたのか?」
「襲った奴は倒したし、スノーは少し毒にやられたものの、今回復しつつある。君達に迷惑を掛けて済まんが、彼女が回復するまで数日この小屋に滞在させてもらえないか?アルカス領内に待避させようと思うが、今の状態であまり動かしたくないので」
 
「分かった。そういうことなら、滞在してよいが、我らは昼間は仕事に出るから、スノーの身は守れないぞ」
と鉱夫たちのリーダー、ブリックは言いました。
 
「大丈夫だ。昼も夜も交替で常に2〜3人は姫のそばに居るようにするから」
とレオポルドが言います。
「それならよい。しかし、スノーちゃんはいったい誰に狙われているのだ?」
 
「この国の女王を名乗っている女だよ」
とレオポルド王子は言います。
 
「なぜ女王に狙われる?」
「この子がこの国の正当な女王になるべきスノーホワイト王女だからだ」
 
「待て。スノーホワイト様は王子ではないのか?」
とブリックは戸惑うように言いました。
「姫君なのだが、男の兄弟が居ないので、王子も兼ねておられるのです」
とアグネスが言います。
 
「そうだったのか!てっきり、スノーホワイト様は男の王子かと思っていたよ」
とブリックは言いました。
 
その会話を聞きながら、まだ起き上がる元気がなくてベッドで休んでいるスノーホワイトは「どうなってんの〜?僕、勝手に女の子ということにされているみたい」と思ったものの、アグネスから「殿下の性別問題は、落ち着いてからあらためて言いましょう」と言われたので、黙っていました。
 

ジャンヌとともに、他の捜索隊のメンバーが小屋にやってきました。ここで善後策を話し合うため、レオポルド王子はいったん国に戻ることにします。捜索に参加してくれた国境警備兵の内4人が王子に付き添って国に戻り、残った警備兵ヤコブ、精鋭5人とステファン・マルガレータ・アグネスの合計9人が3人ずつ3交代でスノーホワイトの護衛をすることにしました。
 
“女性の”スノーホワイト姫の警護なら女性が常に1人入った方がいいということで、アグネス、ジャンヌ、マルガレータの3人が各組に分散して入ることにしました。
 
それでレオポルド王子は翌朝、アルカスに向けて出発しました。ここから国境までは森の中を歩いて半日くらいです。
 
「ねえ、トイレに行きたい時、どうすればいいの?」
と小さな声でスノーホワイトはアグネスに訊きました。
 
「私が付き添いますよ」
と言って、アグネスが助けて身体を起こさせ、一緒に小屋の外に出ます。念のためヤコブが少し遠くから見ています。スノーホワイトとアグネスで一緒に小屋の裏のトイレにしている場所まで行き、そこでトイレをさせます。
 
「僕、女の子みたいにしゃがんでしないといけないの〜?」
「アルカスの兵も見ていますから、そうしてください」
 
スノーホワイトは2年ほど前にブリーチングをするまではドレスを着ていましたが、男の子なので、おしっこだけの時はドレスの裾をめくって立ってしていました。でも、今はみんなに姫君と思われているので、そういうことができません。
 
なお、服はレオポルド王子が用意してくれた新しいドレス(但し華美でない物)と女の子用下着に着替えています。着替えはアグネスだけが付いて背中の紐を締めたりするのをしてあげました。
 
「私はまだいいですが、ジャンヌやマルガレータには殿下が男の子であることを悟られないでくださいね。レオポルド殿下も、あなた様を自分のフィアンセの姫君と思っているので、こんなに協力してくれているのですし」
 
「まさか、僕このままレオポルドのお嫁さんにならないといけないなんてことはないよね?」
「それはさすがに無理ですから、後で説明してよくよく謝りましょう」
「でもレオポルドに手の甲にキスされちゃったよ」
「そのくらいは我慢してください」
 

アルカスでは、帰還したレオポルド王子と、父ハモンド大公、兄のロベルト王子、および大臣・軍の司令官も入って話し合いをしました。
 
レオポルドが、アルカスの軍を率いて危険なレザンナ女王を排除したいと主張しますが、司令官のローレンツは反対します。
 
「現在、ノガルドは、フォーレ、ハンナと三国同盟を結んでおり、極めて強力な軍事力を持っています。アルカスだけの軍事力ではとてもかないません。万一激突すればこちらの敗戦は必至です。わが国もフォーレ帝国連合に組み込まれてしまい、大公陛下もご家族も全て亡き者にされてしまうでしょう」
とローレンツは言います。
 
「ではこのまま私の許嫁を見殺しにするのか?」
とレオポルドが言います。
 
議論はかなり白熱したのですが、やがてレオポルドの兄のロベルト王子がこのようなことを言いました。
 
「スノーホワイト王女はレオポルドの許嫁です。親族を保護するのは国際法上も認められる行為です。ですから、レオポルドに兵を30人ほど預けましょう。その30人の兵で、王女を“お迎え”に行くのです」
 
全員がロベルト王子の言葉の“深い意味”に腕を組んで考えました。
 
大公がレオポルドに意味ありげに視線を向けます。レオポルド王子は決意を秘めた表情で頷きました。
 
「分かった。ローレンツ、兵の中から志願者を募れ。レオポルドに命を預けても良い者たちを」
と大公は言いました。
 
「ありがとうございます、父上、兄上」
「ではお前は、姫をお迎えするための準備をするように。1〜2日中にもお迎えの一団は出発する」
「分かりました」
 

クレーテに襲われて倒れてから3日も経ちますと、やっとスノーホワイトも小屋の周囲程度を散歩できるくらいの体力が出てきます。
 
「あの老婆はやはり母君が放った刺客だったのだろうか?」
とスノーホワイトはアグネスに相談します。
 
「間違いなくそうだと思いますよ」
とアグネスは言います。
 
「僕はこの後、どうすべきだろう?」
「それは殿下がご自身で決めなければなりません」
 
アグネスはわずか13歳の王子に難しい決断をさせるのは辛いとは思ったのですが、周囲の人間が何か進言してよいことではありません。
 
「ねぇ、今のままだとどうなると思う?」
「うーん。。。。レオポルド殿下がお戻りになると、そのままアルカスに迎えられて、レオポルド殿下の妃(きさき)になることになるのではないかと」
 
「そんなの、僕は嫌だ!」
とスノーホワイトが言うので、アグネスはうっかり吹き出しそうになりました。
 

翌日の日の夜、ちょうど夜中の12時で、夕方〜夜の組のマルガレータ・ユリウス・アレクサンドルの3人と、夜〜朝の組のジャンヌ・ステファン・ロンメルの3人が交代するので引き継ぎをしている時でした。
 
夜中なので鉱夫の7人は寝ています。
 
その交代をスノーホワイトはだいぶ体調が戻ってきたこともあり、小屋の外に出て眺めていました。
 
その時
「スノーホワイト」
と声を掛ける者があります。え?と思って振り返ると、そこには数日前いったんアルカス領に引き上げたレオポルド王子の姿がありました。
 

引き継ぎをしている6人は“姫”のそばに誰か現れたので緊張した面持ちをしたものの、レオポルド王子と気付き、“許嫁同士”だから、そっとしておいてあげようと考え、その場に留まって、遠くから見ていました。
 
「スノーホワイト殿、私はあなたがまだ幼かった頃から、何度もあなたを見てずっとお慕いしておりました。幸いにも私はアルカスの世継ではありません。結婚して一緒にノガルドを治めませんか?」
 
スノーホワイトは「その話はやめて〜」と思ったものの、アグネスから釘を刺されています。今は話を合わせてレオポルド王子に協力してもらわないと、自分はレザンナに殺されるのを待つだけになってしまうでしょう。そこで必死に考えてこう答えました。
 
「レオポルド様。今回は私のために本当に手を尽くしてくださって、とても感謝しております。でも今はまだそのような将来のことまでとても考えられないのです。どうかしばらくお返事は待って頂けないでしょうか?」
 
するとレオポルドは微笑んで言いました。
 
「いいですよ。僕は11年待ったから、まだ2年やそこら待つのは構いません」
「ありがとうございます」
「ここであなたの唇にキスしたい所だけど、それはお返事をもらうまで我慢することにして、代わりにこれを」
 
と言って、レオポルド王子はりんごを1個取り出しました。スノーホワイトはびっくりしますが、微笑んで受け取りました。
 
「どうぞ、私のキス代わりに一口かじって下さい」
とレオポルドが微笑んで言います。
 

それでスノーホワイトも、まありんごくらいはいいかと思い、一口りんごをかじりました。
 
その途端、スノーホワイトは突然息がつまり立っていられなくなりました。その場に崩れるように倒れてしまいます。
 
驚いたのは遠くで見ていたステファンたち6人です。急いで駆け寄りますが、レオポルドは倒れたスノーホワイトを介抱するどころか、笑みを浮かべて立っています。
 
「誰だ貴様?」
とロンメルが言いました。
 
「ふん。名乗るほどのものではない。じゃあな」
と言うと、“レオポルド”の姿は、霧のように消えてしまいました。
 
「今のは?」
「多分レザンナだ!レオポルド様に化けていたんだ」
 
ジャンヌがスノーホワイトを抱くようにして起こしますが、スノーホワイトは全身の力が抜けてしまっているようです。
 
「息はあるか?」
「ありません」
「脈は?」
「ありません!」
 
「おお!何ということだ!」
「我らは役立たずだ。おそばに付いていたのに!」
 
「そのりんごをかじった途端倒れたぞ」
「おそらくこのりんごに毒を染み込ませていたんだ」
 
「鉱夫たちの中に薬物に詳しい者がいたな」
「見せてみよう」
 

それでジャンヌが抱き上げたまま、小屋に入ります。そしてスノーホワイトのベッドに寝せますが、騒がしい様子に仮眠していた昼組のアグネス・ヤコブ・ジークフリート、そして鉱夫たちも目を覚ました。
 
「スノーホワイト様!スノーホワイト様!」
とアグネスは必死で呼びかけますが、反応はありません。
 
「アルツ殿、何の毒にやられたか分からないか?」
とロンメルが薬物に詳しい鉱夫のアルツに訊きます。
 
「そのりんごに毒が仕込まれていたのか?」
「どうもそのようです」
 
「貸して」
と言って、アルツはりんごを取ると、少しナイフで切り取り、すりつぶしてからフラスコのようなものに入れてなにやら調べているようです。
 
「これはツェンネリンだ」
とアルツは言いました。
 
「どういう毒なのだ?」
「ツェンニンという鳥の羽を100年以上経った枷酒に10年以上浸して作る。無味無臭無色だが、強い毒性を持つ。僅かでも飲めば絶命する」
 

「スノーホワイト様を、スノーホワイト様をお助けする方法は無いのですか?。私が身代わりになって助かるなら、私の命を捧げます」
と悲痛な顔でアグネスが言います。
 
「解毒剤は存在する」
とアルツは言いました。
 
「但し副作用が出るがいいか?」
「今はそれをためらう時ではない。ぜひ処方してくれ」
 
「今は私も持ってない。材料を取ってくる必要がある」
「どこにあるのです?」
「ちょっと危険だが、行きますか?」
 
「私が行く」
とステファンが言います。
「私も行く」
とロンメルが言います。
 
「そなたたち2人が一番頑強そうだな。一緒に取りに行くか?」
「頼む」
 
「その解毒剤はどのくらいの内に飲ませなければならないのです?」
とアレクサンドルが訊く。
 
「6時間が限界だ。それ以上経つともう生き返らない。それも解毒薬を注射するまでの間、“死を進行させない”薬を30分に一度、注射する必要がある。誰か注射の心得のある者は?」
 
「私はスノーホワイト様に何度もお注射をしました」
とアグネスが言います。
 
「だったらそなたに頼む。きちんと時間を守ってくれ。打ち過ぎてもダメだ」
と言って、アルツはアグネスにその薬と打つ場所、そして一度に打つ量を指示しました。
 
それでアルツはロンメル・ステファンと一緒に薬の材料を取りに出かけて行ったのです。
 

さて、レザンナは霧のように消えたように見えましたが、実はネズミに変身してその場を逃れていました。先日は見張りのカラスが投げナイフにやられていたので、地を這うネズミの方が、ばれないだろうと考えたのです。そしてある程度その場を離れてから、コウモリに変身し、お城に飛んで帰りました。
 
女王の姿に戻ります。そして鏡に尋ねました。
 
「鏡よ鏡、この世で一番美しい者は誰?」
「レザンナ様、それはあなたです。あなたがこの世の者の中で一番美しい」
 
その答えを聞いて、レザンナは笑いをこらえることができませんでした。
 
「やったぞ!やっと私が一番美しくなったぞ」
 
それで女王はひとりでシャンパンを開けて乾杯しました。
 

レオポルド王子の一行は朝5時頃、小屋に到着しますが、スノーホワイト“姫”が、レオポルド王子に化けた(恐らく)レザンナに毒のりんごを食べさせられて死んだという話を聞き、絶句します。
 
「現在、鉱夫で薬に詳しいアルツ殿と、ロンメル、ステファンが解毒剤の材料を取りに行っています。それを処方すれば助かる可能性があるということです」
とアレクサンドルは説明しました。
 
「私に化けたというのであれば君達に落ち度は無い。君達はよくやってくれている」
とレオポルド王子は最初に言いました。
 
「ありがとうございます。私の責任は後できちんとしますが、今は姫様が助かることをお祈りしていていいですか?」
とアレクサンドルが言いますので
 
「うん。みんなで姫の回復を祈ろう」
と王子は言い、兵たちには少し休むように言った上で、自分もアレクサンドルたちと一緒にお祈りをしました。
 

アルツたちはレオポルド王子が来てから20分ほどで小屋に戻ってきました。
 
「ステファン殿、お怪我を」
「このくらいは平気平気」
 
「そなたの治療もしたいが、先にこの姫の治療を優先する」
と言ってアルツは薬を調合していました。調合は10分ほど掛かりました。その薬を新しい注射器に取ります。
 
「さて」
とアルツは言いました。
 
「この薬を注射すれば今の患者の状態を見る感じではだいたい3割くらいの確率で蘇生すると思う」
「3割か・・・」
 
「普通は死んだ人は生き返らないのだよ」
とアルツは言います。
 
「それは構わない。試して欲しい」
とレオポルド王子が言いました。
 
 
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【プリンス・スノーホワイト】(2)