【夏の日の想い出・何てったってアイドル】(中)

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「アイドルフェスタですか?」
 
私は民法FM局の盛田編成部長からの電話に戸惑いながら返事をした。4月の中旬のことであった。
 
「ええ。今年も6月27日・土曜日にやるんで、その出場者の選考委員になって頂けないかと思いまして」
と盛田さん。
 
「びっくりしましたー。アイドルフェスタに出てくれというんじゃないよな?と」
「済みませんね。一応ローズ+リリーはもうアイドルは卒業ということで」
「そうですね。じゃ、お伺いしますね」
 

それで主催のFM局の会議室に出て行くと、来ているメンバーは盛田さんの他、★★レコードの町添部長、◎◎レコードの岩瀬部長など各レコード会社の制作部門のトップのほか、上島雷太(ワンティス)、蔵田孝治(ドリームボーイズ)、Elise(スイート・ヴァニラズ)、後藤正俊(タブラ・ラーサ)、海野博晃(ナラシノ・エキスプレス・サービス)といったミュージシャン・ソングライター、田中晶星先生、山上御倉先生、香住零子先生、平原夢夏先生といった専業作曲家さんである。
 
きゃー、何か凄いメンツじゃんと思って、さすがの私もビビるが、Eliseが私を見ておいでおいでしてくれたので、私はその隣に行って座った。
 
「私は一昨年初めてこの会議に出てビビったよ」
などとEliseは言っている。
「私もビビります!去年は?」
「妊娠中だったから徳子(Londa)に代理で出てもらった。ビビったと言ってた」
「なるほどー」
 
上島先生が手を振るし、蔵田さんも手を挙げるので、こちらは会釈しておいた。
 
「一昨年もこんな感じのメンバーだったんですか?」
と私はEliseに小声で訊く。
 
「一昨年はゆきみすず先生、本坂伸輔さん、溝川泰治さん、逢坂柘植子さんがいたかな。その代わり、ケイ、後藤正俊さん、田中晶星さん、平原夢夏さんが入っている感じ。去年は分からない」
 
「今旬なクリエイターを集めているんですね」
「だと思う。呼ばれなくなったら自分の旬が過ぎたということかな」
「怖いなあ」
「厳しいよね、この世界は」
 

会議は最初に盛田部長からイベントの趣旨が説明された後で、各レコード会社の責任者は退場して、クリエイターだけが残った状態で、各レコード会社から提出された一定数の歌手の楽曲を実際に聴き「将来性」「大衆性」「歌唱力」を各々100点満点で採点するという作業方式で進められた。最高点と最低点を付けた2人を除いた8人の採点の平均値で順位を付けるフィギュアスケート方式である。これは演奏者と直接関わっている採点者の影響を排除するためだ。
 
レコード会社はランダムだし、アーティスト名もアナウンスされない。情実を排した選考をしようということのようである。2008年にKARIONや貝瀬日南が出た時も、こんな感じで採点されて出たのかと思うと、KARIONにしても貝瀬日南にしても、ほんとによく評価してもらったんだなと私はあらためて思った。恐らくKARIONは歌唱力の点数、貝瀬日南は大衆性の点数が良かったのだろう。
 
選考は全部で32組のアーティストの演奏を5分単位で流していくので3時間ほどかかり、最後は私も頭が空白になる感じであった。
 
「Eliseさん。この選考が中堅のクリエイターでやってる訳が分かりました」
「うん?」
「これ御大には体力的に無理ですよ」
「うんうん。私も思った」
 
と私とEliseは小声で言い合った。
 

それでかなりクタクタになって「お疲れ様でした」と声を掛けて、上島先生や蔵田さんに捕まらないうちにさっさと逃げようということでEliseと一緒に部屋を出る。そして出口の方に行きかけていたら、★★レコードの南さんとバッタリ会う。南さんは、女子高生っぽい子を2人連れていた。その2人の方が私とEliseに気付き
「おはようございます!」
と元気に挨拶する。
 
こちらも「おはようございます」と挨拶する。すると南さんは
 
「ちょうどいい。紹介しておきますね」
と言って
「こちらは6月下旬にデビュー予定のムーンサークルのセレナちゃんとリリスちゃん」
と南さんはふたりの子を紹介する。
 
「ムーンサークルのセレナです。よろしくお願いします」
「ムーンサークルのリリスです。よろしくお願いします」
 
とふたりが深々と頭を下げる。
 
「こちらは知ってると思うけどスイート・ヴァニラズのエリゼさんと、ローズ+リリーのケイちゃんね」
「Eliseです。よろしくお願いします」
「ケイです。よろしくお願いします」
 
「今日は番組の出演ですか?」
「いや、出演できるように営業して回っている所」
「あれ?どこの事務所ですか?」
「∞∞プロなんだよ。事務所の子も来ていたんだけど、急用が入ったみたいで。いいよいいよ。ボクがFM局には連れて行くからと言って引率してきた」
「∞∞プロは菱沼さんとこ?」
「うん。その下に付いてる寺下君って子」
「ああ。会ったことはあるな」
 
そんなことを話していた時、南さんが唐突に言った。
 
「ね、ね、この子たちのメジャーデビュー曲をおふたりに頼めない?」
「へ?」
私は驚いてしまったのだが、Eliseは少し考えるようにして
 
「取り敢えずこの子たちの歌を聞かせてよ。生で」
と言った。
 

それで局の人を掴まえて空いているスタジオを借り、伴奏音源を流してふたりが歌う。私もEliseもそれを目を瞑って聴いていた。彼女たちが歌ったのはインディーズで出したという『いちごの想い』という曲である。
 
ふたりが歌い終わった後、私は腕を組んで考え込んだ。Eliseも考えている。
 
「この曲、昔、日野ソナタさんが歌った曲ですよね?」
「です。インディーズではこの曲と、谷崎潤子の『ラブ・ティーポット』をカップリングしたんです」
 
Eliseが言った。
「あんたたちにこの曲は合ってない」
 
私も頷いた。
 
「ふたりとも上手い。特にリリスちゃんの歌唱力が高いから、もっと曲で魅せるようにした方がいいと思いますよ」
と私も言った。
 
「お、同意見」
と南さんが言う。
 
「菱沼さんはアイドルに難しい曲歌わせてもって言うんだけどね。こんな簡単な曲じゃもったいない気がするんだよ」
 
「可愛いのは充分可愛い。でも歌は歌で魅せればいい」
とEliseは言う。
 
「じゃ、お二人からこの子たちに合いそうな曲を提供してもらえません?」
 
私は言った。
「デビュー曲だけならいいです。その後までは責任持てません。今面倒を見る歌手を増やす余力が無いんですよ」
 
Eliseは
「まあ2枚目のシングルまでならいいいよ」
と言う。
 
「ではそういうことで」
と南さんは笑顔で言った。
 
その話の進行に驚いていたふうのセレナとリリスは
「よろしくお願いします」
と一緒に言って頭を下げた。
 
私はこのふたり、息が合っているなと思った。
 

そのアイドルフェスタは6月27日に幕張で行われるのだが、それと同日大阪ではロックフェスタをするということで、私たちローズ+リリーはそちらに招待された。いつもの年は同じ会場でアイドルフェスタ・ロックフェスタと連続してやっていたのだが、今年は翌日幕張の会場を使って外タレのコンサートが計画されていて設営の都合があったのと、大阪で新しく《夢舞メッセ》という会場ができたので、そのこけら落としにこのイベントを入れることにしたというのがあった。
 
ロックフェスタの方に招待されたのは、スイート・ヴァニラズ、サウザンズ、スカイヤーズ、バインディング・スクリュー、ローズ+リリー、XANFUS, 貝瀬日南、小野寺イルザ、川崎ゆりこ、槇原愛、ハイライトセブンスターズ、ステラジオ、ゴールデンシックス、などの面々である。
 
なお川崎ゆりこの後輩の品川ありさとアクアは幕張のアイドルフェスタの方に参加する。アイドルフェスタには他に南藤由梨奈、遠上笑美子、鈴鹿美里、丸口美紅、森風夕子、北野天子、それに私たちがFM局で遭遇したデビューしたてのムーンサークルも出ている。一応2013年以降にデビューした1995年度以降生まれの歌手・ユニットに限定されたので、谷川海里(1993生)や丸山アイ(1994生)は対象外になる。
 
なお、出演者の頭数には入れられていないもののヴァーチャル・アイドルの宮城イナイも1曲歌うことが予告されていた。
 
(宮城イナイは5分間の歌唱PVを作るのに半月近くかかるらしく、制作中の《ライブ》のために手一杯で、1曲提供が限界だったようである。
 

「ああ、スリファーズは対象外になったのか」
 
私はその日うちのマンションを訪れた春奈に言った。
 
「そうなんですよ。年齢では私たちはまだ18歳なんですけどね〜。デビューが2010年だから」
と春奈。
 
「坂井真紅・富士宮ノエルもそのデビュー年の制限でアウトだったみたいね」
と、うちに「お酒の調達」に来ていた鮎川ゆまが言う。
 
ゆま本人は出場しないが、南藤由梨奈のバックバンドとしてアイドルフェスタに出ることになる。彼女はラッキーブロッサム時代はロックフェスタの常連であった。
 
「去年まではデビュー年の制限は無くて、年齢条件だけだったんですけど今年は出場希望者が多かったらしくてデビュー年で足切りしたみたいです」
 
「集団アイドルが乱立しているからなあ」
「そろそろ名前を覚えきれなくなってきましたよ」
 
「小野寺イルザとかは、もうアイドル卒業してポップス歌手になっちゃったしね」
 
「私たちはどういう方向に行けばいいんだろうなあ」
と春奈は悩んでいるようである。
 
「それぞれ自分の方向性を見出していけばいいと思うよ。アイドルからポップス歌手に行こうとする子は多いけど、たいてい失敗している」
 
「まあ求められる歌唱力が違うからね」
「演歌歌手になっちゃう子も時々いるね」
「あれはファンの大半を置き去りにしちゃう」
「性別変えちゃう人もいるよね」
「いや、そういう話はあまり聞かない」
 
「歌はやめてタレントとして生き残っていこうとする子は多い」
「谷崎潤子ちゃんなんかはその成功例かな」
「あの子はむしろアイドル辞めてから売れるようになった感じ」
「もったいないよね。本当は歌もうまいのに」
「曲に恵まれなかったんだよなあ、あの子」
 
「歌手が売れるには歌唱力よりも実はいい歌に当たるかどうかだからね」
とゆまは言う。お酒を「持って行く」ためにだけ来たはずが、既にカティサークを開けて飲み始めている。
 
「ラッキーブロッサムだって、最初に雨宮先生の『月の秘密』が注目されたのが大きかったし」
とゆま。
 
「ローズ+リリーもやはり上島先生の『その時』の反響が凄かったんだよ」
と私も言う。
 
「XANFUSは『DOWN STORM』, KARIONは『優視線』かなあ」
と政子。
 
「でもローズ+リリーは2011年の『夏の日の想い出/キュピパラ・ペポリカ』、KARIONは2011年『星の海』2012年『海を渡りて君の元へ』の連続ヒットで再ブレイクしたことでトップアーティストになったと思う。それが無ければどちらも消えて行っていたと思うよ」
とゆまは言う。
 
「実際、何もしてませんでしたからね。『夏の日の想い出』までは」
「まあ何もしてない振りしてたね」
 
「ケイがさっさと性転換手術してれば、もっと早く復帰できたかもね」
と唐突に政子が言う。
 
「途中での再ブレイクというと、XANFUSも2010年『Dance don't Love』、2005年デビューの篠田その歌も2009年『愛の悪魔』で再ブレイクしたことでアイドルからポップス歌手に転身成功した」
とゆま。
 
「AYAは実はデビュー曲の『スーパースター』以降そういう曲が無いよね」
とゆまは付け加えた。
 
「うーん。だからアイドルを続けるんですかね?」
と春奈が訊くが私は否定する。
 
「そういう消極的な理由ではないよ。AYAはアイドルでいられる限りアイドルでいようと決意したんだと思う。沢田研二や松田聖子的な路線を進もうとしている」
 
ゆまも頷いている。
「でもこのあたりで大ヒットが欲しいよね」
 

6月は何だかドタバタしていた感じもある。6月上旬には明智ヒバリの件と青葉の神社のシーサーの件で沖縄まで日帰りしてきた後、4日から15日まで、ローズ+リリー初の世界ツアー兼アルバムのロケハンをしてくる。その直後、6月17日に和実と淳の結婚式に出て、その晩21時半頃に小夜子が3人目の子供(ほたる)を出産。更に日付が変わって18日の3時頃に私の姉の萌依が最初の子供(梨乃香)を出産。この日はベビーブームだったのだが、この月、私たちは更にもうひとつの出産に関わることになる。
 
6月27日(土)に大阪でロックフェスタが行われるので、私と政子は26日の夕方、車で大阪に移動しようと思っていた。私は1月に買ったエルグランドを初めて自分で運転することになるなと思っていた。一応専任ドライバーの佐良さんも来てくれるのだが、ふたりで交代で運転する予定である。
 
夕方秋風コスモスと川崎ゆりことがやってきて、アクアの次のCDのことで打ち合わせしたいと言った。
 
「社長のコスモスちゃんが来るのは分かるけど」
と私が言うと
「私、いつの間にか副社長になってたんです。いきなり名刺渡されてびっくりしました」
などと川崎ゆりこが言っている。
 
ふたりは、ゆりこの車で来たのでマンションの普段リーフを駐めている駐車スペースに駐めてもらった。実はリーフはウォッシャー液が漏れてしまうということで、販売店に持って行って見てもらっている所である。車の底面を何度か段差や駐車場のバーなどにぶつけているので、それで外れたのではないかなどと言っていた。
 
「そういえばコスモスちゃんは運転しないんだっけ?」
「私、教習所の実車で2日続けて車を壊しちゃって。あんた運転したら絶対事故起こすから免許取るのはやめなさいと言われました」
 
「ああ、それはその方がいい」
 

「でもアクアのCDって、前作は上島先生の作品と東郷誠一さんの作品をカップリングしてましたよね」
「ええ。でもやはり上島先生は、アクアちゃん小さい頃からよく遊園地とかに遊びに連れて行ったりしていて、自分の息子みたいな気がしてどうも冷静に作れないとおっしゃるんですよ。それで次は別の方にお願いできないかということで、上島先生がケイ先生を推薦してくださいまして」
 
と言って、上島先生の名刺を見せる。裏に先生の字で
《ケイ様。申し訳ないですが、次の龍虎(アクアの本名)のCDお願いできないでしょうか?》
と書かれている。
 
「うーん。上島先生から言われたら断れないけど、私も今余力が無いので、今回だけならということにさせてもらえません?」
「はい。いいです。次はもしよろしければ誰か他の方を推薦して頂くと嬉しいのですが」
 
「あはは。誰に押しつけよう?」
 

そんなことを言っている内に20時頃になって、千里がやってきた。
 
「おはようございまーす、お嬢様方」
などと言って入ってくる。
 
「醍醐先生!ごぶさたしていて済みません」
 
などとコスモスもゆりこも言っている。
 
「あっと面識あったんだっけ?」
と私が訊くと
 
「春風アルトさんの結婚式で私たち会ったんですよねー」
とコスモスが言っている。
 
「そんなに昔に!?」
「あの時、同じテーブルにAYAのゆみちゃん、大西典香、コスモスちゃん、ゆりこちゃんがいたんだよ」
と千里は言っている。
 
「へー!」
「それで余興ではその4人のクァルテットという凄いものが見られたんだ」
「それ見たかった!」
「醍醐先生がピアノ弾いてくださったんですよ」
とゆりこが言っている。
 
「夏風ロビンさんも出る予定だったんですけど、ドタキャンで」
「あぁ」
 

「でも千里、日本代表の合宿やっていたのでは?」
 
「うん。練習は19時で終わって、ちょっと今夜大阪まで行ってきたくてさ。それで抜け出して来た。朝までには東京に戻る。それで良かったら冬のエルグランド借りられないかと思って。私のインプ、今車検に出してるんだよ。ちょうど代表合宿中だから使わないだろうと思ってたもんだから。ミラではさすがに大阪往復やりたくないから」
 
「なるほどー。でも何か急用なの?」
「どうもさ。例のあの人が今夜あたり産まれそうな気がして。私の占いでは」
「千里の占いなら当たりそう。でもまさか、それを見るのにわざわざ大阪まで?」
 
「気が進まなかったんだけど、あいつも私と同じNTCで合宿中でさ、今奥さんはマンションにひとりなんだよ。彼女のお母さんは名古屋の病院に入院中だし。あの人、友だちが全然居ないらしいんだよね」
 
私は一瞬考えた。
 
「ね、ね、今千里も彼も同じ場所で合宿中なわけ〜?」
「さすがにセックスはしてないよ。合宿中だし」
 
まあいいけどね!
 
「でも気になるなら彼が行った方がいいのでは?」
「私もそう言ったんだけどさ。あいつ夜通し運転して大阪まで往復してまた明日の合宿の練習をする自信が無いっていうんだよねー。軟弱な」
 
「いや、それがふつうの感覚という気がする。じゃ、矢鳴さんと交代で?」
「うん。エルグランド貸してもらえたら、そうするつもり。一応矢鳴さんは今自宅から都心に向かっている最中」
 
「でも今夜、私たちも大阪に行くね」
と政子が言う。
 
「あ、何か用事あるの?」
「明日大阪でロックフェスタというのがあるんだよ。ゴールデンシックスも出るはずだけど」
「あ、そうか。カノンから声を掛けられたけど、合宿中だから無理〜と言って断っておいたんだった」
 
「ゆりこちゃんも出るよね。いつ移動するの?」
「私は明日朝の新幹線です」
「健康的だ」
 
「私たちは明日早朝の大阪のラジオに出るんで、朝5時頃には放送局に入りたかったんだよね」
 

そういう訳でその日はアクアのCDの件はうやむやの内に私は引き受けてしまったような雰囲気になり、コスモスとゆりこは帰り、私たちは結局佐良さんと矢鳴さんが来るのを待ってからエルグランドで一緒に大阪に移動することにした。矢鳴さんと佐良さんが来るということは、ふたりで交代で運転することになるので、私の出番は無さそうである! 結局また運転できないのか、と思いながらゆりこの車を出すのに私が(出入口を開けるため)一緒に駐車場まで降りて行ったら、ゆりこが
 
「あれ、今、エルグランドのライト消えてますね」
などと言う。
 
「ん?」
「あ、そういえば、エルグランドのヘッドライトが点いたままだったんですよ。お部屋にお邪魔したら言わなきゃと思って忘れてました」
とコスモスが言い出す。
 
「え〜〜!?」
 
コスモスたちが来た時ライトが点いたままで、今消えているということは・・・つまりバッテリーが上がっている!
 
それで私は上から政子を呼んでエルグランドのキーを持って来てもらう。千里も一緒に付いてきた。
 
果たしてエンジンが掛からない!
 
「ごめーん。犯人はきっと私だ」
と政子が言っている。政子は(リーフが修理中なので)エルグランドを使って今日の午後、食料品の買い出しに郊外のスーパーまで行ってきたのである。
 
「冬、ブースターケーブルは? ゆりこちゃんのポンガDXをそばに持って来てバッテリー同士つないで始動すればいいよ」
と千里が言う。
 
「ごめん。持ってない」
「ゆりこちゃんはブースターケーブル持ってない?」
「すみません。ブースターケーブルって何ですか?」
 
千里は頭を抱えた。
 
千里が和実に電話するが少し話してすぐ切った。
「和実と淳は今福島らしい」
「ああ」
千里は桃香にも電話していた。
「桃香は今日もうビール飲んでしまったので運転できないらしい」
「あらら」
 
千里は他にも何人か近くに居そうな人に電話していたが、全員遠くに出てるかあるいはお酒を飲んでいるか、あるいはブースターケーブルを持っていないということであった。
 
「JAFを呼びます?金曜の夜だから時間かかりそうですけど」
とコスモスが言うが
 
「でもそろそろ出ないとやばくない?」
と政子が言う。
 
今時刻は21時すぎである。大阪まではノンストップで走って6時間掛かるが休憩を入れると7時間見ておく必要がある。今出て到着予定は朝4時である。
 
「だったら、ケイ先生、私のポンガをお使いになりませんか?」
 
私と政子と千里はお互いの顔を見合わせた。
 
「そうしようか?」
「あ、私も一緒に行っていいですか?」
とゆりこが言う。
 
「ちょっと待って。その車何人乗りだっけ?」
「5人乗りですよ」
 
「じゃ、ゆりこちゃんと、私と政子と千里と、もうひとり乗れるか」
 

ちょうどそこに佐良さんと矢鳴さんも到着した。
 
それで話し合いの結果、佐良さんに同乗してもらって大阪に向かうことにし、矢鳴さんには何か適当な車を持ってきてもらってエルグランドのバッテリーの再起動をしてから、楽器や衣装などの類を積んで追って大阪に向かってもらうことにした。ローズ+リリーの出番は明日の夕方なので、それまでに到着すればよい。
 
それで最初はポンガDXの運転席に佐良さん、助手席にゆりこちゃんで後部座席に千里・私・政子が乗った状態で出発した。車のサイズがヴィッツサイズであまり荷物が載らないこともあり、ゆりこちゃんの衣装・着替えは、エルグランドを再起動したあとで、コスモスが同乗してゆりこのマンションに向かい、積んでもらうことにした。
 
マンションを出てから渋谷方面に向かい首都高に乗って東京ICに入る。そのまま東名をひたすら走る。
 
足柄SAで運転交代するが、ゆりこが運転したいと言うので運転席に座らせ、千里が助手席に乗り、佐良さんは後部座席に来て仮眠してもらうことにする。それでゆりこの運転で車は出発する。
 
足柄SAを出てすぐ、御殿場JCTから新東名に行って欲しかったのだが、ゆりこはそのまま東名を走り続けた。
 
「あれ?今のところ分岐しないといけませんでした?」
「うーん。まあこのままでもいいか」
「まあ初めて通る時はそういうのなかなか分からないよね」
 
それから少しして千里が尋ねた。
 
「ゆりこちゃん、高速はこれまでどのくらい走った?」
「はい。1月にペーパードライバー講習を受けた以来です。このスピードって気持ちいいですね」
 
千里が参ったという顔をしている。私も同感であった!
 
「ゆりこちゃん、次の愛鷹PAで運転交代しようか?」
「え〜?もうですか? もう少し運転したいですー」
「んー。じゃ、その次の富士川SAで交代。あと30kmくらい」
「そうだなあ、仕方ないか」
 
ゆりこもそれで妥協したのでそこまで彼女に運転させ、その後で千里が代わることにした。
 

ところで東名は足柄SAがけっこう標高の高い所にあり、そこまでは上り坂、その先はしばらく下り坂になる。
 
ゆりこはどうしても加速しがちな車を度々ブレーキを踏んで減速していた。それに気づいた千里が注意する。
 
「ゆりこちゃん、そんなにブレーキ踏んではいけない」
「え〜? 踏まないとスピードが上がるんですよー」
「うん。だからセカンドに入れよう」
「セカンドって何ですか?」
「えっとね。このセレクトレバーを2の所に移動させる」
「あ、それ下り坂で使うんですか?」
「そうそう。上り坂でも使うけどね」
「へー」
 
それでゆりこはシフトを2に落とした。ところがそれから数分した時のことである。
 
「あれ〜? どうしたのかな。ブレーキが利かない」
とゆりこが言い出す。
 
仮眠していた佐良さんがパッと目を覚ました。
 
「ブレーキは踏み込めますか?」
「踏めるけどスカスカするんです」
 
「フェード現象かな?」
と私が言う。
 
「うん。ブレーキ踏みすぎたのかも」
と助手席の千里も言う。
 
「シフトをローに入れて。いや私がやる。ゆりこちゃんはハンドルしっかり握って運転に集中して」
と言って千里は助手席からセレクトレバーを操作してローに入れる。千里はもう自分のシートベルトを外している。
 
「サイドブレーキ引くからみんな気をつけて」
と言って千里はサイドブレーキを入れた。凄い音がする。車は若干減速した感じではあるが停まらない。後部座席の右側、運転席の真後ろで寝ていた政子が目を覚ます。
 
「ゆりこちゃん。私が運転する」
と言って千里は最初に運転席の位置を少し下げ、ゆりこのシートベルトを外してからハンドルを掴み、ゆりこの上に乗るようにした。
 
「ゆりこちゃん、助手席に移動して」
「はい」
 
ゆりこが何とか助手席に移動する。ふたりともスリムなのでできるワザだなと私は思った。
 
「ゆりこちゃん、自分のシートベルト締めて」
「はい」
 
千里は自分のシートベルトを自分で締める。そして車の窓を全開にした。空気抵抗を上げるためである。それでも車はなかなか減速しない。ちょうど急な下り坂にかかり、速度はむしろ上昇する。
 
「やむを得ない。側面を擦って停める。ゆりこちゃん、車ごめんね。私が新しいの買ってあげるからさ」
 
そう言うと、千里は
「左側を擦るから、ゆりこちゃん、佐良さん、できるだけ身体を中央寄りにしてください」
 
と言って車を左に進行させ左側を道路の側壁にわずかに当てた。
 
凄まじい音がする。ゆりこが「きゃーっ」と悲鳴をあげる。
 
しかし車はそれで10秒ほどで停止した。千里がすぐセレクトレバーをPに入れた。
 
「生きてる?」
とゆりこが言う。
 
「まあみんな生きてるみたいね」
と私は言った。
 
「取り敢えずJAFを呼びましょうか」
と佐良さんは言ったのだが
 
「いや、私はちょっと例の妊婦が凄く気になるのですよ」
 
と言って千里はどこかに電話しているようである。
 
「静岡在住の友人を呼び出しました。富士川SAで落ち合って、彼女の車を借りて大阪に向かいます」
 
「富士川SAまでは?」
「この車を運転していきます」
「運転できるの〜?」
 
「15分も冷やしたら大丈夫ですよ」
と千里は言う。
 
私は佐良さんを見る。
「まあ確かにフェード現象はブレーキオイルの加熱で起きたものだから冷えれば回復することはしますが」
 
「じゃ20分待ってから出発しましょう。私が運転しますよ」
 
「いや、私に運転させてください」
と佐良さんが言った。
 

それで結局少し長めに30分待ってから出発した。富士川SAで待っていてくれたのは、私も会ったことのある、雨宮先生の弟子のひとり、福田さんであった。彼女は自分のフリードスパイクを持って来てくれたので、私たち5人は彼女の車に乗り込んだ。激しく損傷したポンガDXは、福田さんがそのまま静岡市内の工場に持ち込んで修理を依頼することにした。
 
側面を当てて車を停止させるなどという荒技をしたわりには損傷が意外に小さかったので、千里も佐良さんも「これ修理で行けそうですね〜」と話していた。ただ外車なので部品の取り寄せに時間がかかるかもとふたりは言っていた。
 
「もっともこれメーカーはフィンランドなんですけどね。工場は中国なんですよ。だから部品はもしかしたらわりとすぐ来る可能性はあると思います」
と佐良さんは言っていた。
 
結局富士川SAを出発したのは0時半頃である。ここまで佐良さんが運転してきたので、千里が運転席に座った。
 
「しかし助手席に乗っていたのが醍醐先生で良かったです。私たちと同程度のドライビング・テクニックを持っておられるから」
と佐良さん。
 
「全くです。私やマリが助手席だったら、やばかった」
と私も言う。
 
「まあ雨宮先生のおかげですけどねー」
「千里、結局国際C級ライセンスは取ったんだっけ?」
「まだ。レースに2回以上出て順位認定されないといけないんだよ。こないだ1度は出たけど、もう1回出ないとライセンスはもらえない」
 
「凄い。出たんだ?」
「予選敗退しちゃったんだけど、コンソレーションレース(敗者復活戦)で優勝してとりあえず1回順位認定された」
 
「最初のレースでそれだけ走れたら充分ですよ」
と佐良さんは言っている。
 
「じゃ、佐良さんも東京から足柄までも走っているし、牧之原SAあたりで私が交代しましょう」
と私は言うが
 
「冬は明日の朝から放送でしょ?今夜はずっと寝ていた方がいいよ。この後は佐良さんと私で交代で運転するよ」
 
と千里は言った。
 

そして少しうとうとしていた私は車が停止する感覚で目を覚ました。
 
ん?と思うと車はどこかのマンションの前で停まっている。
 
「あれ?」
と言って佐良さんも今目を覚ましたようである。政子もゆりこも熟睡している。
 
「ここどこ?」
と私が訊くと
「大阪府内某所。冬、悪いけど運転席にちょっと座っててくれる?」
と千里は言って、車を降りてマンションの玄関に歩いて行った。
 
「あ、うん」
と私は言ったのだが、佐良さんが
「私が座りますよ」
と言って助手席から運転席に移動する。私は時計を見た。1時!?
 
「今、彼女、大阪府内って言いました?」
と私が言う。
「そう聞こえました。あれ?」
と言って佐良さんは車のキーを回してONの位置にし、電気系統が使えるようにする。それでカーナビを見ると、現在地は豊中市である。
 
「なんでこの時間にこの場所に居るんでしょう?」
「私も分かりません!」
 
私と佐良さんが首をひねっていたら千里から私の携帯に着信がある。
 
「ごめん。冬、手伝ってくれない?奥さんが倒れている」
「え〜!?」
 

それで千里がマンションの玄関のロックを部屋の中から解除してくれたので、私と佐良さんは千里から聞いた3331号室まで上がっていった。細川という表札が出ている。千里がドアを開けてくれたので中に入る。
 
奥さんが倒れていて苦しんでいたのに、千里が取り敢えず毛布を掛けてあげたようである。
 
「これ救急車呼んだ方がいいですかね?」
「いえ、病院はかかりつけの所に行った方がいいし、フリードスパイクで運びましょう」
「マリさんたちは?」
「あのふたりは朝まで寝ていてもらっていいから、この部屋で休んでもらいましょう」
「なるほど、それがいい!」
 
それで3人で奥さんを下まで降ろした。ゆりこがすぐ起きてくれたので鍵を渡して、政子とふたりで3331号室の窓際の部屋で休んでいてくれるように言う。こんな時に政子ではそのあたりが怪しい。他人の部屋のドアホンを鳴らしかねないが、ゆりこなら大丈夫であろう。政子は熟睡していたが、千里が脇腹をちょっとつねると目を覚ました。
 
「面白い起こし方だ」
「ここ割と敏感なんですよ」
「覚えておこう」
 
それで車を汚さないように座席に毛布を敷いた上で奥さんを後部座席に乗せ、千里が目的地の病院をカーナビにセット。佐良さんが運転、私が助手席、千里が後部座席にしゃがむように乗って車はスタートする。千里が病院に電話して産まれそうなのでそちらに向かうという旨を伝えた。
 
「阿倍子さん、何時頃産気づいたの?」
と千里が尋ねる。
「10時に始まったドラマを見ていて急にお腹が痛くなったから、10時半くらいかも」
と奥さん。
 
「じゃ2時間半もあそこで苦しんでいたんですか?」
と佐良さんが運転しながら聞く。
 
「携帯近くになかったんですか?」
と私が尋ねる。
 
「電話しようとしたら突然画面が落ちちゃって。あちこち触るけどどうしても起動してくれなくて。その内、私もう苦しくて、それどころじゃなくなって」
 
「ああ、そんな時にダウンされるとリセット方法まで思いつきませんよね」
 
「私、もうこのまま死ぬのかしら。やっとお産まで来たのにと思って」
「頑張ってね。これからが本番だよ」
「はい」
 

千里は細川さんにも電話した。向こうは阿倍子さんに電話しても「電波の届かないところか、電源が」のメッセージが返ってくるので、どうしたものかと思っていたらしい。緊急事態なので、監督にお願いして合宿から抜けさせてもらい、明日の朝1番の新幹線で大阪に戻ると言っていた。それを阿倍子さんに伝えると、少し安心したような顔をした。
 
千里はその後、なんと青葉を呼び出していた。
 
「学校があるのに申し訳ないけど、大阪まで来てもらえない? これ遠隔では無理だと思うんだよ」
「分かった。朝一番の特急でそちらに向かう」
「ごめんね」
 
やがて病院に到着する。3人で協力して奥さんを病院の中に運び込む。医師はすぐに診察してくれて、そのまま分娩室の中に運び込んだ。
 

「さて、このあと、どうしましょうか?」
と佐良さんが言う。
 
「私は緊急事態なんで、私も監督に連絡して明日の練習を休ませてもらうことにする。貴司が来るまで奥さんに付いている」
と千里が言う。
 
「それがいいだろうね」
「だから冬も佐良さんも貴司のマンションに行って一緒に休んでいてくれない?それで朝4時くらいに起きてフリードスパイクを佐良さんに運転してもらって放送局に行けばいい」
と千里。
 
「でも、本人たちが不在の時に、勝手に部屋に4人も泊まり込んでいいの?」
「気にしない、気にしない。奥さん助けてあげてるんだし。追って貴司にも話しておくよ。あ、マンションの合い鍵、冬に渡しておくね」
 
と言って千里は自分のバッグから鍵を出して私に渡してくれる。鍵の1本はゆりこに渡したはずだ。これはそれと別の鍵?
 
「ね、この合い鍵ってまさか普段から千里持ってるの?」
「うん。その件はあまり突っ込まないで」
「大いに突っ込みたいんだけど!?」
 

しかしやはり明日(既に今日だが)の予定優先にさせてもらうことにする。私と佐良さんはフリードスパイクで細川さんのマンションに戻ると、教えてもらった暗証番号で地下の駐車場の出入口を開け、言われた場所にあった客用駐車場に駐めた。そして33階まで上がり、3331号室に入る。
 
その時、唐突に私はこの部屋の番号が気になった。
 
千里って平成3年3月3日生まれだったはず。まさか、千里の誕生日に合わせてこの部屋を借りたとか?
 
そもそもここって千里(せんり)だし!
 
何か突っ込みたい所が満載だぞ?
 

部屋の中に入ると、果たして政子とゆりこは客用寝室のベッドでふたり並んで寝ていた。私たちは言われていたように押し入れから布団を出してそこで寝たが、もしかして千里って堂々とこのマンションに入って来て、ここで細川さんと浮気しているのでは?という大胆な想像をしてしまった。
 
その時、唐突に私は強烈なメロディーが頭の中に浮かんできた。
 
私は他の3人を起こさないように静かに布団から出ると、マンションの居間に行き、灯りをつける。最初に阿倍子さんが倒れた時に汚していた床を掃除した。これ放置してると、寝ぼけて起きた政子かゆりこが間違って踏みそうだもんね。それから、ふと見ると千里のバッグが放置されているのに気づいたので、開けてみたら五線紙が入っている。少し拝借することにして、私はそこに今思いついたメロディーをつづり始めた。
 

佐良さんに起こされて目を覚ます。五線紙を見ると、曲はメロディーをほぼ書き終わっているようだ。ここまで出来ていれば後からでも何とかなるだろう。それで私はタイトルの所に『Inner Atack』と書いた。
 
「済みません。マリさんが起きてくれないんですけど」
「了解」
 
それで私は寝室に行き、昨夜千里がしたように政子の脇腹をちょっとつねってみた。
「わっ」
と言って政子が起きる。
 
「マーサ、お仕事だよ」
「はーい」
 

それで、ゆりこはそのまま寝せておいて、佐良さんにフリードスパイクを運転してもらい放送局に向かう。その車の中で政子は紙を1枚取り出した。
 
「昨夜のあの事故が凄いインパクトでさ。詩を書いたんだよ。冬、曲を付けて」
「OKOK」
 
見ると「I can't Stop」というタイトルが付けられている。何だかまんまだなあ、と私は思った。
 
放送局の仕事が終わったところで矢鳴さんからの連絡が入る。私たちも服を着替えてからロックフェスタの会場に入りたいので、放送局の人に言ってフリード・スパイクをしばらく駐めたままにしておくことにして、矢鳴さんに放送局まで来てもらい、私と政子と佐良さんがエルグランドに乗り込み、佐良さんの運転で豊中市の細川さんのマンションまで行き、客用駐車場に駐めた。
 
部屋に上がって、私と政子は少し仮眠させてもらう。佐良さんと矢鳴さんも仮眠していたようである。千里に電話してみると、まだ産まれないということである。出てきそうなのに出てこないということで、奥さんはずっと分娩室に入ったままらしい。食事などが取れる状況ではないので点滴を受けているということだった。
 
シャワーを借りて、汗を流す。佐良さんにお使いを頼んで近所のコンビニに行ってもらい食料を買ってきてもらってそれを食べる。他人のマンションで勝手にこんなことしてていいのかと私は不安も感じたのだが、ここは千里の好意(?)に甘えさせてもらう。
 
それで昼すぎに全員でエルグランドに乗り込んで、ロックフェスタが行われる夢舞メッセに向かう。途中放送局に寄って矢鳴さんを降ろした。彼女はフリードスパイクで病院の方に向かう。
 
ともかくもそういうことで、私たちとゆりこは今日のライブ会場まで辿り着いたのであった。
 

「あれ、思ったんですけど、やっぱり私のミスでああなったんですかね」
とゆりこが言う。
 
「まあ下り坂ではあまり過度にブレーキを踏んではいけないということをこれで覚えてもらえば。大事には至らなかったし」
 
「すみませーん。頑張って練習してもっとうまくなりますね」
「うん。でも死なない程度に練習頑張ってね」
「はい!」
 

今日のライブにKARIONは出ていない。それで今日はローズ+リリーのみの演奏になる。スターキッズの面々と合流して、簡単な打ち合わせをした。
 
幕張で8時からアイドルフェスタが始まっており、それが終了した15時からFMの中継元が切り替わり、大阪のロックフェスタが始まった。先頭はハイライトセブンスターズで、若いパワーをそのままぶつけたような演奏をした。その後ゴールデンシックスが落ち着いた演奏で聴衆を魅了する。今日の演奏は全てそのまま全国ネットでFM局で放送されている。
 
今日のゴールデンシックスは、Gt.リノン KB.カノン B.ナル Dr.キョウ Pf.コー Fl.フルル と紹介していた。このバンドもホントに出てくる度にメンツが違う。今回は大阪での公演ということで関西在住のメンバーも参加しているらしい。そういえば彼女たちは毎回誰が参加できるか分からないからそもそもスコアを作る段階で「誰と交代してもいい」アレンジをするのだと言っていたなと思い至る。KARIONとかは私しか弾けないような曲が多すぎるかな?と私は少し苦笑した。
 
こういう「交代可能な」アレンジをするか、「特定の人しか弾けない」アレンジをするのかというのも、音楽の構成の仕方の真逆の手法だよな、と私は考えた。
 

控室でモニターを見ながらステラジオの演奏を聴いていたら、ふらりとAYAのゆみがやってきた。何だかとっても可愛い服を着ているので
 
「可愛い!」
と思わず近くに居た貝瀬日南が声をあげた。
 
「日南ちゃんも可愛い服着ればいいのに」
「私はさすがにもうミニスカ穿く自信無い」
「コスモスちゃんなんて80歳になってもミニスカ穿くって言ってるよ」
「あの子にはかなわん!」
 
「ねえねえ。今日の幕張のアクアはズボン穿いてたけどさ、またあの子にミニスカ穿かせちゃおうよ」
などとゆみは言っている。
 
「こないだドラマでアクア、ミニスカ穿いてたけど、すっごい可愛かったよね。乗せれば絶対ステージでも可愛いスカート穿くよ。あの子、ふだん否定しているけど、絶対女装趣味があると見た。女装経験が無いならあり得ないほどスカートが似合ってるもん」
 
などと日南も言っている。私はポーカーフェイスを保つのに苦しい気分だった。
 
「ついでにあの子の飲むコーラとかに女性ホルモン混ぜておいてさ」
「ああ、いいね。あの子が声変わりしたら世界の損失だよ。疲れているだろうからニンニクエキスの注射とか言って、エストロゲン直接打っちゃう手もあると思う」
「いっそ去勢しちゃいたいよね」
「うん。眠っている内に病院に運び込んで」
などとふたりは《悪い相談》をしている。
 
「あれ?でも今日出演してたっけ?」
と日南が唐突に疑問を呈す。
「ううん。でも顔パスで入って来た」
などとゆみは言っている。
 

「ねぇ、ケイ、何かいい曲無いかな?」
などとゆみはこちらに向き直って言い出した。
 
「1月に出した『変奏曲』も4月に出した『雨傘』も売れてるじゃん」
「売れてる。でもあれはこのまま引退か?とも思っていたファンが、私がまたシングル出してくれた。良かったというので御祝儀で買ってくれているんだと思うんだよね」
 
「まあそうだろうね」
「パーっと売れる曲無い?」
「売れる曲が分かったら苦労しないなあ」
 
「でもさ、ケイたちってたくさん曲を書いてるじゃん。どういうのを自分たちで歌おうと思うの?」
「それは私たちに合いそうな曲だよ」
「適材適所かぁ」
「そうそう。これは誰々に合いそう、これは誰々に合いそう、とだいたいマリが決めちゃう」
 
「マリちゃん、私に合いそうな曲無い?」
「そうだなあ。今朝ケイに渡した詩はどうだろう?」
「あれまだ完成してないんだよ」
と言って私は書き掛けの譜面を見せる。
 
「何か面白ーい」
とAYAは興味津々の様子である。
 
「ねえ、これちょうだい」
「まあいいけど」
 
「以前、ゆみちゃんに歌ってもらった曲があったね」
と政子が言う。
「『2度目のエチュード』だね。もう5年前だけど」
と私は言う。
 
「あれが実は私にとっては最大のヒット曲なんだよ。50万枚を越えて売れたのは、あれと翌年の『カチューシャ』だけ。その次に売れたのが今回の『変奏曲』で42万枚、その次はデビュー曲の『三色スミレ/スーパースター』の38万枚」
 
「記録上は実は『天使に逢えたら』はAYAにとってもミリオン」
「うん。でもあれはローズ+リリーと一緒に歌った曲だからね」
 
そんなことを言っていたら、政子は
「そうだ。ゆみちゃんに歌ってもらうなら歌詞をちょっと改訂する」
と言って、私が持っていた譜面に《赤い旋風》を使って書き入れて行く。
 
「ほほお、アイドルっぽくするんだ?」
「うん。だってゆみちゃんは可愛いアイドルだもん」
「うん。その路線で行くことにした」
 
「じゃ完成したら譜面とCubaseのデータ送るから下川先生の所でアレンジしてもらうといいよ」
「あ、それが今アレンジはPolarStarの杉山さんにお願いしているのよ」
「あれ?そうなったんだっけ?」
「音源制作もPolarStarと一緒にやる。打ち込みは使わない」
「へー。方針転換したんだ?」
「うん。復帰する時に気分を変えたいんで生バンドでやらせてと社長に直訴して、認めてもらった」
「杉山さんたちも久しぶりに仕事ができて良かったね。でもバンドメンバーはそのまま?」
「実は杉山喜代志さん(G)、諸添夏紀さん(B)、神原みどりさん(Sax)の3人だけが残っていてくれた。それでドラムスとキーボードは新しく、青竹博史さん、真申光一さんという方にお願いした」
 
「真申さんってラッキーブロッサムの?」
「そうそう。大物でびっくり。でもラッキーブロッサムが解散した後はヤマハでエレクトーンの先生をしてたんだって」
「へー」
 
「青竹さんって、以前ローズ+リリーの音源制作に参加してくれた人かな?」
と政子が言う。
 
「うん。確か『After 2 years』の時の人だよ」
と私は答えた。
 
 
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【夏の日の想い出・何てったってアイドル】(中)