【夏の日の想い出・夏のセイテン】(下)

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ローズ+リリーのステージも昨日のKARIONと同様午後1番に入っていた。おかげで政子はお腹いっぱいお昼が食べられないなどと文句を言っていた(昨日の美空と同じ)。
 
先にスターキッズおよび若干のサポートの伴奏者が上がっている。その段階で既に「ナナちゃーん」などという声が響き、七星さんが手を振る。今日は入ってもらったサポートミュージシャンは、トランペットの香月さん、ヴァイオリンの松村さん・伊藤さん・桂城さん、フルートの黒浜さん、オルガンの山森さんである。よく入ってもらっている宮本さんは今日は入っていない。最初は月丘さんがグロッケンの前に立ち、山森さんがキーボードの所に居る。
 
なお今日は炎天下で演奏することからヴァイオリンは全て電気ヴァイオリンを使用することにした。サマーガールズ出版が所有するヤマハの「サイレント・ヴァイオリン」を6丁持って来て使ってもらった。
 
そして「苗場ロックフェスティバル初登場、ローズ+リリーのおふたりです」というアナウンスとともに、私と政子はステージに上がった。
 
4万人(というが実際には5万近くいる気がした)の大観衆から物凄い拍手と歓声があがるが、私たちを見ると、やや戸惑ったような雰囲気。
 
「こんにちは!ローズ+リリーです」
とふたりで一緒に挨拶する。
 
私は観衆の戸惑うような声に応えるようにマリに尋ねる。
 
「マリ、今季節は何だっけ?」
「冬だよ。winter(ウィンター), l'hiver(リベール)」
 
「私夏かと思ってた」
「私は冬だと思っていた」
「それでこんなコートを着ているのね」
 
私もマリもアースカラーのロングダウンコートを着ている。
 
「それではマリが冬だと言うので『雪の恋人たち』」
 
と言って、私たちは最初の歌を演奏しはじめる。
 
月丘さんのグロッケンが雪の降る様を表すような美しい曲である。山森さんもフルー管系の音で美しい音のハーモニーを奏でる。ヴァイオリン三重奏が音に深みを与える。
 
観客は手拍子もせずに聞き惚れているようであった。
 

演奏が終わってからおしゃべりをする。
 
「この歌は私たちが高校1年の2月に山形県の白湯温泉にスキーに行った時書いたものです。その時実はスリーピーマイスのエルシーとティリーに偶然遭遇したんだよね」
 
「そうだったっけ?」
「マリ覚えてない?」
「いや、どこかで格好良いお姉さんたちに会ったのは覚えてるんだけどね。あの温泉スキーに行った時だったのか」
「そうだよ」
 
「ところでその時、ケイは男湯に入ったんだっけ?女湯に入ったんだっけ?」
「当時はまだ男の子だったから男湯だよ」
「当時既に女の子だったから女湯じゃないの?」
「そんなことはない」
 
「だってこういう証拠があるしね」
と言ってマリは松原珠妃の『ナノとピコの時間』のCDケースを見せる。わざわざカメラの人がそのCDを接写してジャンボビジョンにも映る。私の小学生の時のピキニ姿が4万の大観衆にさらされ、笑い声が起きる。
 
「それ偽装なんだけどなあ」
「でもこの写真を見る限り、この時点で既におちんちんは無いみたいだし」
 
と言ってから、スタッフの人のサインに気づき
 
「あ、済みません。おちんちんって言っちゃいけないそうです」
と言う。
 
「この写真、虫眼鏡で見ると、お股の所に縦筋があるのも分かるんですよね。だから割れ目ちゃんがあったのは間違いないと」
 
と言ってから
 
「あ、済みません。割れ目ちゃんって言っちゃいけないそうです」
と言う。
 
「マリ、あまりやってると来年からお呼びが掛からなくなるよ」
「それはまずいな。このフェス楽しいのに」
「結構個人的にチケット買って来てたよね」
 

「それでは次に、制作中のアルバムに入れる予定の曲で『雪を割る鈴』聞いて下さい」
 
拍手をもらい演奏を始める。
 
月丘さんは自分のキーボードの所に戻り、山森さんとダブルキーボードになる。3人のヴァイオリニストが奏でる美しい弦の音にフルートや七星さんのサックスが絡む。
 
舞台袖から、ふたりの女性ダンサーが登場して踊り始める。ローズ+リリーの公演にダンサーを入れるのは初めてである。
 
雪がしんしんと降るような雰囲気の、静かでメロディアスな曲に、ふたりのダンサーの静かでスローな踊りがうまくマッチする。ふたりは歩くように、そして舞うように踊る。ふたりとも身長がかなりある。長身のふたりが手をピシッと伸ばすと、物凄く美しい。ふたりともかなりダンスが巧い。
 
 
歌の方はAメロBメロ・AメロBメロと繰り返す。
 
ここで2度目のBメロ途中で唐突にXANFUSの2人が数人のスタッフさんとともに、舞台袖から巨大な鈴を持って登場する。ふたりの登場に拍手が起きる。音羽がサーベルを持って、大きく振りかぶり、
 
「えい!」
と大きな声とともに、その鈴をたたき割る。
 
すると小さな鈴が大量にその大きな鈴の中から飛び出し、物凄いチリンチリンという音が響き渡る。
 
突然アップテンポの間奏が始まる。
 
それまで弱い感じでチャチャチャチャチャチャとハイハットを打っていた酒向さんがズンタズンタズンタズンタという感じでバスドラとシンバルで強烈なリズムを刻み始める。七星さんのサックスが元気なモチーフを演奏する。
 
ふたりのダンサーも突然ジャンプを入れた激しい踊りに転じる。
 
私とマリのふたりは着ていたコートを脱ぐ。下に赤と白のAラインのドレスを着ている。私が赤でマリが白である。歓声が上がる。
 
ふたりとも大きな声で歌い出す。ギターとベースが時折駆け巡るような音の動きを見せる。月丘さんはエレピの音で、山森さんはリード管系の音で雰囲気を盛り上げてくれる。そしてお客さんも大きな手拍子をしてくれる。
 
サビ16小節の後、Cメロを提示してまたサビ、更にAメロをアップテンポにしたものからまたCメロ、サビサビで終了。
 
最後は走り抜けるかのような音で終止。ダンサーのふたりもくるくるっと各々2回転スピンした上で背中をピタリと付けて手前側の足を大きくあげたポーズで終止した。
 

物凄く大きな拍手が送られ、歓声も凄い。私たちは大きくお辞儀をした。
 
「踊ってくれたのは、元マリンシスタのダンサー、近藤うさぎさん・魚みちるさんでした」
と私が紹介すると、大きな拍手が送られた。
 
短いMCの後、『言葉は要らない』『ネオン〜駆け巡る恋』『時を戻せるなら』と演奏するが、この3つの曲では山森さんがオルガンの音でキーボードを弾いてくれる。
 
その後、七星さん・鷹野さんがヴァイオリンに持ち替え、私も彼女たちと同じヤマハの電気ヴァイオリンを持って伊藤/松村/桂城/ケイ/鷹野/七星の六重奏をフィーチャーして『花園の君』を演奏。
 
更に私が胡弓を持って『あなたがいない部屋』を演奏した。
 
「だけど歌っているうちに結構暑くなってきたよ。ねぇ、マリやはり今は夏だということはない?」
と私は尋ねる。
 
「そうだなあ。私は冬だと思っていたんだけど、ケイが夏だというのなら。夏ということにしておいてもいいよ」
 
「じゃ次の曲行く?」
「うん。じゃヴィヴァ!サマー!」
 
そんな曲はローズ+リリーのレパートリーには無いので、観客は「新曲だろうか?」という感じの雰囲気。
 
しかしヴァイオリンを持っている5人はヴィヴァルディ『四季・夏』の第3楽章を弾き始める。"Presto"(急速に)という速度指示が付いているアップテンポの曲である。それに酒向さんのドラムス、近藤さんのギターがリズムを刻む。月丘さんと山森さんのキーボードが和音を添える。そして私とマリは歌い出す。
 
つまり『ヴィヴァ・サマー』というのは『ヴィヴァルディ・サマー』の略だったのである。会場内でこの言葉遊びに気づいた人たちがポツポツと出たようで、ちょっと面白い反応が起きていた。
 
そして私たちはこの曲の間奏部分で着ていた赤と白のドレスを脱いでしまう。実は、背中のしつけ糸を切るだけで簡単に脱げるように作られていて、この切る作業は、UTPの窓香と、サポートで入ってもらっていた△△社の長沼さん(本来はピューリーズの担当)がやってくれた。
 
ドレスを脱いだ下は紅白のビキニである。私が赤いビキニ、マリは白いビキニを着ているが、実は白いビキニはとっても透けやすい。このビキニを着るのにその下に付けるアンダーショーツとブラカップは、ビキニの色と合わせて結構な試行錯誤を窓香がしてくれたようである。
 
私たちがビキニ姿になったので、また歓声が上がっていた。
 

その後、『あの夏の日』を演奏する。
 
冒頭のブラームスのワルツのモチーフがフィーチャーされている部分は今日は黒浜さんがフルートで吹いてくれた。
 
更に『夏の日の想い出』を演奏する。こちらはパッヘルベルのカノンを意識したストリングアレンジがされている。これを今日は本当に3人のヴァイオリニストでカノン(追っかけっこ)をしてもらった。2小節ずつずらして演奏してもらうのである。
 
観客が盛り上がっている所で『100%ピュアガール』に行く。ここでまたふたりのダンサーが入り、今度はちょっとエアロビっぽい雰囲気の踊りを踊ってくれた。
 
「だけど冬も以前は不純物が混じっていたけど、ちゃんと不純物を除去して100%ピュアな女の子になれたね」
などと曲が終わった後マリが言うと、またどよめきがある。
 
「不純物ってパナナ?」
という声が客席から掛かる。
「そうそう。ケイってバナナ嫌いだもんね」
 
私のバナナ嫌いはファンには結構知られているので笑い声が起きる。
 
「だからバナナとチェリーを取り除いてちゃんと桃になったんだよ。ケイのお股はほんとにスッキリしたね」
とマリが言うと、また客席がざわめく。
 
「マリ、だからそういう話はダメだって。ほら。運営さんが渋い顔してる」
「あ、ほんとだ。ごめんなさーい。来年もこのフェスに来たいので自粛します」
 
というと観客が「来年も来てね」と声を掛けてくれる。私たちはお辞儀して応える。
 

「だけど昔、このフェスじゃないけど、フェスが終わった後の会場で歌ったね」
「あの時、夜宴を書いたんだよね」
「じゃ、それ歌おう」
 
ということで『夜宴』を演奏する。この曲では月丘さんがグロッケンを打ち、ピアノは山森さんが弾いてくれた。
 
更に発売したばかりのシングルから『Heart of Orpheus』『恋人たちの海』を歌った上で、大ヒット曲『神様お願い』、そして『ピンザンティン』を歌ったが『ピンザンティン』は、ちゃんとお玉を振ってくれる人たちが居て、さすがに驚いた。わざわざこの曲のために苗場までお玉を持って来てくれたなんて、ファンは本当にありがたい。
 

「いよいよ最後の歌になりました」
 
観客の「え〜〜!?」という声を受け止める。
 
「この苗場の舞台にピッタリの曲。『苗場行進曲』」
 
と言うと大きな拍手・歓声がある・
 
酒匂さんのドラムスがズンタタタというマーチのリズムを刻む。この曲だけのためにスタンバイしてくれていたスポーツのユニフォームを着た女性の集団が入ってくる。彼女たちがステージ上で行進を始める。私たちは歌い始める。観客も手拍子を打ってくれる。
 
これまで何百曲ものヒット曲を書いてきた東堂千一夜先生の楽しい1曲である。歌詞も昭和的懐古調で、やや年齢層の高い今日の観客にもなじみやすい曲のようだ。
 
そして演奏が終わる。
 
「今年の第40回記念全日本クラブバスケット選手権で優勝した千葉ローキューツの皆さんでした」
と私は行進をしてくれた人たちを紹介する。
 
その後、更にダンサー、サポートミュージシャンをひとりずつ紹介する。そしてスターキッズの面々を紹介する。
 
「そして私たちローズ+リリーのマリとケイでした」
「またお会いしましょう」
 
私たちは熱狂する大声援の中を満面の笑顔で退場した。
 

7月から8月に掛けての時期はKARIONのミニアルバムの制作を進めた。これは元々フルアルバムの形で9月に発売する予定であったものである。
 
アルバムのタイトルは『動物の舞踏会』である。
 
実質的なタイトル曲は泉月(森之和泉+水沢歌月)の『ZOOっと愛して』というコミカルな曲。動物の鳴き声を多数フィーチャーしたもので、実際の動物の声を関東のいくつかの動物園をシーズンオフの6月に回って収録し使用している。この作業をしてくれたのは、★★レコード技術部の弓川さんという若い技師である。鳴いてくれるまでひたすら待つというのが多く大変だったようだ。ほんとにお疲れ様である。
 
マリ&ケイから提供したのは『首を長く伸ばして待っているわ』という曲で、キリンを意識した歌詞になっている。PVでは弓川さんが撮ってきてくれた実際のキリンの映像を混ぜている。
 
広花(広田純子作詞・花畑恵三作曲)には『踏まれても壊れない愛』という曲を書いてもらった。これは象を意識したものである。象に筆箱を踏ませてみようかというアイデアがあったものの、加藤さんの「やめときましょうよ」という判断で見送りになった。一応当該文具メーカーには口頭で了承はもらった。
 
櫛信(櫛紀香&黒木信司)から頂いたのは『ネズミたちの天国』という問題作と言われた曲である。現在、福島県田村市で農地の復興に向けて、今年いっぱい土地の整備に取り組んでいる櫛紀香さんが書いた淡々とした詩にSHINさんがバラード調の曲を付けたもの。数年間放置されていてネズミが大量に発生していた荒れた土地と、そこに傾ける復興への情熱を歌った熱い曲である。この歌は発売後の個別ダウンロードが大きく、FMでも随分掛けてもらえた。
 
PVでは女装の!櫛紀香さん自身が出演して、ネズミを銃で撃って退治するゲームをやっているところが映っていた。このゲームは何ですか?という問い合わせがあったものの、実はPV作成のためにゲーム会社に依頼して1週間で作ってもらったシューティング画面だけのソフトである。ゲーム会社は気をよくして実際のゲームに仕立てて発売する意向を示した。
 
なお櫛紀香さんの女装は、★★レコード所属のメイクの専門家が半日掛けて顔のマッサージなどから始めて作り上げた顔で、凄く美しくなっていた。櫛さん本人が「鏡を見て自分の人生に迷いが生じた」というコメントを寄せていた。
 
福孝(福留彰作詞・相沢孝郎作曲)からは『電子恋愛事情』という曲を頂いた。このアルバムの中では箸休めとなる、動物の名前をタイトルに入れていない曲である。ネットワークを通して愛を育てて行くカップルを歌ったものだが、この曲は《電気フォーク》ともいうべき新しい路線を模索している。福留さん自身が数年前から構想だけ描いていたというもので、リズム楽器は入れずに、相沢さんのエレキギター1本でKARIONの4人が歌っている。
 
アルバムを締めくくるのは照海(葵照子作詞・醍醐春海作曲)の『鶴紀行』という曲。これは彼女たちが実は高校時代に書いていた曲らしく、釧路湿原の鶴を見て書いたという雄大な雰囲気の曲である。春のツアーに出演してもらった《カンパーナ・ダルキ》の人たちに入ってもらって重厚なストリング・セクションが鶴たちの飛行と舞踊を象徴した曲に仕上げた。
 
この曲は『ネズミたちの天国』に次ぐダウンロード成績をあげた。
 

2014年8月4日(月)。
 
KARIONの4人が苗場ロックフェスティバルの後処理と、何とか音源がまとまったアルバム『動物たちの舞踏会』のキャンペーンに関する打ち合わせをしていたら★★レコードの加藤課長が、加藤さんと同年代くらいの感じの女性を伴って訪問してきた。
 
「滝口君から聞いていたと思うけど、こちらKARIONを新しく担当してもらうことになった土居有華さん」
 
「初めまして」
「よろしくお願いします」
 
と挨拶を交わす。土居さんは1980年生まれで加藤課長よりひとつ下。M大学卒だが、実は滝口さんと同じレコード会社に入り彼女の下で5年ほど働いたものの結婚を機に退職したらしい。それで滝口さんが★★レコードに移籍した頃に偶然遭遇して「子供の手が離れたのなら、また仕事しない?」と誘って、★★レコードに入ったということであった。要するにばりばりの滝口派のようで、小風が渋い顔をする。
 
「まあ滝口君はアイドル畑が長かったんだけど、土居君はR&B系の仕事が多いんだよ。本人もアメリカのドナ・サマーとか、スティービー・ワンダーとか、マーヴィン・ゲイとか個人的に良く聴いていたらしい」
と加藤さんが言うと
 
「あ、マーヴィン・ゲイ好き」
と小風が言う。
 
これで小風は土居さんのことが結構好きになったようであった。
 
「アイドル系と違ってR&B系の人は、自己の個性が強くて、あまり音楽そのものに干渉されるのを好まないんですよね。ですから私は基本的に音作り自体はアーティストやプロデューサーさんにお任せして、私は広報とか予算取りとか対外交渉などを中心に仕事させてもらいたいと思っています」
 
と土居さんも言い、私たちもそういうやり方が快適ですと言った。
 
彼女は他にいくつかのR&Bやポップス系の女性歌手を担当しているものの、メインに担当していた歌手が3月で引退して、この数ヶ月は引退後の記念アルバムに関する作業などをしていたらしい。今後はKARIONが仕事の中心になるので、KARION専任と思って、いつでも気軽に呼び出してくださいと言っていた。
 

「それで夏のKARIONのツアー。詳細決定が遅くなってしまったけど、こうなったから」
と言って加藤課長はツアーの日程を見せる。
 
8.16(土) 東京国際パティオ(5000)
8.17(日) 大阪ユーホール(10000)
8.20(水) 金沢スポーツセンター (5000)
8.23(土) 札幌体育センター(6000)
8.24(日) 宮城ハイパーアリーナ(7000)
8.27(水) 岡山桃太郎メッセ(5000)
8.30(土) 福岡マリンアリーナ(11000)
8.31(日) 沖縄なんくるエリア (10000)
9.06(土) 愛知スポーツセンター(8000)
9.07(日) 横浜エリーナ(12000)
 
「なんか巨大な会場ばかりですね」
と和泉は言ったが、私は頭を抱えた。
 
「どうしたの?」
と和泉が訊く。
 
「加藤さん、これって・・・」
「うん」
と加藤課長は楽しそうに私を見る。
 
「何?」
「ローズ+リリーのツアーをやる予定で確保していた会場だよ」
「それでこんなに大きいところばかりなのか!」
 
「今のKARIONならこのキャパ行ける」
と加藤さん。
「最初で最後かも」
と和泉。
「ローズ+リリーのおさがりでなければ、こんな会場確保してもらえなかったろうな」
と小風。
 
「やる自信無い?」
と加藤さんが訊くのに対して、私たちは
「やります!」
と元気な声で言った。畠山さんも頷いている。
 
「OK」
と言って加藤さんは会社に電話を掛ける。すると次の瞬間このツアー日程が★★レコードのサイトに掲示され、5分後にはぴあのサイトにも掲示された。
 
準備万端だ!
 
三島さんが慌ててKARIONのファンクラブ会員に一斉メールをするため自分の席に行った。
 

その週の週末は今度は三浦半島某市で『サマーロックフェスティバル』が行われる。これに、またまたKARIONもローズ+リリーも出る。ローズクォーツも出る。
 
「ローズクォーツの方にはケイはまた人形で参加かね?」
「あれ壊れたのでは?」
「人形はまた作れるだろ?」
「でもあれ400万円掛かったらしいぞ」
「400万をジュリア、壊しちゃったのか?」
「ギャラがマイナスだったりして」
「向こう1年間ただ働きだったりして」
 
むろんあれはジュリアの責任ではないので、損失額はサマーガールズ出版で負担している。しかし氷川さんはその壊れたフィギュアの再利用を提案した。
 
今年市内に新たに建設された最大1万人収容(ライブで使う場合は5-6000人)の体育館がFステージとして加わり、このイベントもほんとうに大きなフェスに成長してきた。(公園を利用したA−Cステージ、市内の高校を利用したD−EステージとこのFステージの間は、チケットを持っていれば無料の巡回バスで行き来できる)
 
ローズクォーツはこの新しいFステージに出演する。順番は午前中のラストである。室内ステージなので、緞帳の上げ下げがある。その緞帳が上がると、Ozma Dream のジュリア・ミキの間にケイの姿がある。
 
「こんにちは!ローズクォーツOMです」
とジュリアとミキが挨拶する。
 
「あれ?ケイちゃん。ここに居ていいの? KARIONも同じ時間帯だったよね?」
「私、別にKARIONとは関係ないけど」
 
正確にはローズクォーツは11:00-12:00で、KARIONは11:20-12:20 と時間帯は20分ずれている。しかしローズクォーツが出ているFステージと、KARIONが出演する「歴史の町」のBステージの間は巡回バスで20分近く掛かる。今から歴史の町に向かっても、KARIONのステージには間に合わない。
 
「やはりKARIONの蘭子とローズクォーツのケイって別人?」
「なんか似てるって言われるんだよねー」
 
などと会話する。
 
「でも私、挨拶だけのつもりだったから、後はOzma Dreamに任せて消えるね」
と私は言う。
 
「うん。じゃ、後は任せて」
「よろしく」
 
と言って《ケイ》の姿はフェイドアウトする。
 
「あれ〜。ケイちゃん、実体かと思ったらホログラフィだったのか」
「やはりケイちゃん今頃はBステージの方に居るんだよ」
 
などとジュリアとミキは会話する。客席で失笑が漏れる。
 
その時
「え〜?私はホログラフィじゃないよ。ここに居るよ」
とケイの声がする。
 
「嘘?」
とジュリアは言ったが、その時、ジュリアたちのすぐ後ろにあったホログラフィ投影用の薄い幕が巻き上げられる。するとその後ろにケイの姿がある。
 
が・・・・
 
「ケイちゃん、腰から下はどうしたの?」
とミキ。
 
「え?」
とケイの声。
 
そこにはケイの上半身だけがあり、下半身が無いのである。
 
「やはりケイちゃん、こないだ苗場で死んじゃったから、もう幽霊になって足が無いのよ」
とジュリア。
 
「嘘?私、幽霊なの?」
 
「祓い給へ、清め給へ」
とミキが祓詞(はらえことば)を唱える。
 
「私、祓われちゃうの〜?」とケイの声。
「迷わず成仏して」とミキ。
「成仏させるのなら、祓詞じゃなくてお経では?」とジュリアが突っ込む。
「私、お経はナンマイダーしか知らない」とミキ。
「それお経じゃなくて念仏」とケイの声。
 
「でも成仏する時、ケイって男として成仏するのかな、女として成仏するのかな?」
「成仏する時は女でも変成男子(へんじょうなんし)して男になるらしいよ」
「じゃせっかく痛い手術を受けて女になっても、死んだら男に戻されちゃうの?」
「可哀想に」
「私たちがローズクォーツのヴォーカルはずっとしてあげてもいいから、極楽に往生してね」
 
そんな会話をしていた所に、セーラー服姿のタカとなにやら抱えたサトが入ってくる。
 
「ケイ、忘れ物だよ」
とタカが言う。
 
サトが持って来たのは《ケイ》の下半身である!
 
サトがそれをケイの上半身が浮かんでいる所の下に置くと、ジョイント金具を取り出して金槌で釘を打って、上半身と下半身をつないで固定してしまった。
 
「これでOK」
とサト。
 
「やった! 私の下半身があった」
と私の声。
 
「この下半身、女の子かな?男の子かな?」
 
などと言ってジュリアがケイの下半身に触っちゃう。
 
「おちんちん付いてないみたいだから、女の子だね」
「ケイ良かったね、女の子になれて」
とミキ。
 
「タカも女の子にしてあげようか?」
とジュリア。
 
「嫌だ」
とタカ。
 
それでやっと演奏が始まった。
 

モニターを見て、声を出す訳にはいかない美空と政子が笑い転げていた。
 
私は通信設備のスイッチを切り、防音ボックスから出る。ボックスの外で待機していた和泉・小風と一緒にステージに上がる。
 
「こんにちは、KARIONです」
と4人で言って私たちは歌い始めた。
 
今日のステージはアレンジは先日の苗場のものをそのまま流用している。参加しているミュージシャンもほぼ同じである。曲目もほぼ同じだが、MCはほとんどアドリブなので若干違った展開になる場合もある。曲順も多少入れ替わる。
 
『四つの鐘』『雪うさぎたち』『海を渡りて君の元へ』『アメノウズメ』
『魔法のマーマレード』『ビートルズのように』『恋のソニックブーム』
『コーヒーブレイク』『夕映えの街』と演奏して行く。
 
この『夕映えの街』では苗場と同様に千里が巫女衣装を着けて舞を舞ってくれた。その後フルート三重奏をフィーチャーした『雪のフーガ』を演奏するが、千里は巫女衣装を脱ぎ、その下に着たドレスでこの曲のフルートを吹く。あと2人の演奏者は今日は風花と、もう一人は千里の友人で、都内の音楽大学の大学院生である水野さんという人である。実は「醍醐春海の一部」なのだそうである。
 

この曲が終わって和泉がMCをしている間に、例によってバスケットのゴールが運び込まれてくる。すると千里は自分のフルートを水野さんに預けてドレスを脱ぐ。ドレスの下にはバスケットのユニフォームを着ている。
 
この巫女→ドレス→ユニフォームという、バックパフォーマーの衣装チェンジには、あれれ?という感じの観客が結構居たようである。
 
ボールが投げ込まれて千里がドリブルを始める。それに合わせてDAIがドラムスを打ち『恋のブザービーター』の演奏が始まる。この演奏の間、千里はずっとボールをドリブルしていて、時々ボールを背中側に回してみたり、あるいは足をくぐらせてみたりなど、芸術的?な動きをするので、客席からそれで歓声があがったりもしていたようである。
 
そして最後は例によって美空がピーっと笛を吹き、千里はその笛が鳴っている間にシュートし、ボールはダイレクトにゴールネットに飛び込む。7000人ほど居そうな観衆がどよめく。
 
拍手の中、千里はボールをドリブルしながら退場した。
 

美空が千里を紹介する。
 
「今、『夕映えの街』で巫女舞を披露し、『雪のフーガ』でフルートを吹き、『恋のブザービーター』で素敵なバスケットパフォーマンスをしてくれたのは実はKARIONの曲をいつも書いて下さっている作曲家のひとり醍醐春海さんでした」
 
醍醐春海が公衆の前で紹介されたのはこれが初めてだったので観客はかなりどよめいた。
 
「彼女は中学の時からずっと神社で巫女さんをしていて、以前市民オーケストラでフルートを吹いていましたし、高校時代に日本代表になったこともあるバスケット選手なんですよね。お正月の皇后杯にも2度出場しているそうです。それで曲も書けるって凄いですね。天は彼女に二物どころか四物を与えてますね」
 
それで拍手が起きるので、千里は龍笛を片手に再登場すると挨拶代わりに短い曲を吹いた。
 
PAを使わずに生の音で7000人入った会場の隅まで音を届ける。そのパワフルな演奏に観客は息を呑むようにしていた。2分ほどの演奏が終わった所で物凄い拍手である。千里は深くお辞儀をして退場した。
 
千里と入れ替わりに、さっきフルートを吹いてくれた風花と水野さんが登場し、トラベリングベルズのメンバーは下がる。そして風花がグロッケン、水野さんがピアノを弾いて、私たちは最後の曲『Crystal Tunes』を歌った。
 

演奏が終わると暖かい拍手が会場に満ちる。私たちは全員手をつないで斜め上に挙げて。その拍手に答えた。
 
ステージから降りる。機器の入れ替えが始まる。
 
次の出番の南藤由梨奈がこちらを見てお辞儀をする。一緒に居るバックバンドの鮎川ゆまがこちらに手を振る。
 
「あんたたち、ほんとに美しく締めるなあ」
とゆまが笑顔で言う。
 
「取り敢えずここに★★レコードの売上の半分が集中しているね」
と加藤さんが笑いながら言う。
 
「そんなに集まってますかね?」
と隣に居る鷲尾さんが言う。彼女は本来は遠上笑美子の担当のはずだが、何かで徴用されてここに来ているのだろう。また彼女は実はKARIONの初代担当でもある。
 
「KARION、ローズ+リリー、南藤由梨奈、マリ&ケイ、醍醐春海、そしてケイちゃんや醍醐さんがこっそり書いている多数の曲を入れると絶対うちの売り上げの50%越えてる」
 
こっそり書いてる? 何だそれ?と私は思ったのだが
 
「加藤さん、そのこっそり書いてるというのはやめてください。私もケイちゃんもまるで悪いことしてるみたい」
などと千里は笑って言う。
 
「じゃその件は内密ということで」
と加藤さんが言うので、この話はそこまでとなった。
 
しかし、マリ&ケイが鈴蘭杏梨・秋穂夢久などのペンネームでも書いているように、千里も醍醐春海・鴨乃清見以外のペンネームを持っているのだろうかと私はその時は漠然と考えた。
 
美空の表情を見ると、どうも美空はその一部に関わっている雰囲気だ!
 

南藤由梨奈(12:30-13:10), Rainbow Flute Bands(13:20-14:00), チェリーツイン(14:10-14:50), XANFUS(15:00-16:00), 遠上笑美子(16:10-16:50), AYA(17:00-18:00), スカイロード(18:10-18:50)を経て19:00からローズ+リリーの出番になる。Bステージのラストである。
 
私たちはそれまで控え室で他のアーティストたちと色々おしゃべりしていた(政子はほとんど寝ていた)が、その中で、ローズクォーツのステージでは、ジュリアがまたまた《ケイ》のフィギュアにぶつかり、今度は首が取れてしまったというのが伝わってきて、私も苦笑した。
 
『ケイ再び死亡!』というのがツイッターで多数ツイートされていたようである。
 

そして19時。私とマリは今日のBステージの締めくくり役としてステージに上がっていった。
 
「みなさん、こんばんは!ローズ+リリーです!」
と私たちが言うと、観客も
「こんばんは!」
と答えてくれる。
 
「今日は楽しめましたか?」
「楽しめたよ!」
「じゃこれから最後の1時間、マリとケイと一緒に駆け抜けよう!」
「おぉ!」
 
と観客のノリは十分である。
 
それでノリの良い『疾走』から演奏を始める。バックに全力疾走するマラソンランナーの姿が映し出される。これは絵里香さんの高校の時の後輩の選手で、現在宮崎県の企業チームに入って2016年のリオデジャネイロ五輪を目指している人である。
 
この曲の作詞者である高岡さんと夕香さんは愛車のポルシェでハイウェイを疾走するイメージで歌詞を書いたふしがあり、実際この詩を書き上げた直後にそのポルシェで中央道を走っていて激突死してしまったのだが、作曲者の上島先生、当時の★★レコードの担当者であった加藤課長との話し合いで、人間の足で疾走するイメージに「イメージの上書き」をしようという提案がなされ、高岡さんのお父さんおよび夕香さんの妹の支香さんの承諾を得て、こういうビデオを制作したのである。
 

更にリズミカルな曲を『愛のデュエット』『女神の丘』『Spell on You』
『影たちの夜』と演奏して行く。『女神の丘』では巫女衣装を着けた2人の女性が扇を持って舞ってくれたが、これは近藤うさぎ・魚みちるの2人である。
 
魚みちるは実は1日お稽古を受けただけなのだが、近藤うさぎは高校時代に日本舞踊部に所属していて、男子生徒なのに女物の着物を着て、女踊りや女舞を習っていたらしい。
 
「男なのに女舞が巧いって褒められたんですよ」
などと彼女は笑って言っていた。
 
その曲の後は、ヴァイオリン六重奏の『花園の君』に始まり『花の女王』
『あなたがいない部屋』『雪の恋人たち』と静かな曲を演奏する。
 
そして『雪を割る鈴』を演奏するが、また近藤・魚のペアにダンスで入ってもらい前半は静かな音楽と踊りが続く。しかし今日はKARIONの小風と美空が大きな鈴を運んできて剣道の経験者である小風が美しいフォームで剣を振ると、鈴が割れて多数の小鈴が賑やかな音を立てる。
 
曲はアップテンポになり、私たちは衣装を一枚脱いでキャミソールとミニスカの衣装になり、曲の後半を歌った。ダンスの2人も激しいダンスに転じ、そのまま終曲へと走り抜ける。
 
続いてMCも無しに曲は『キュピパラ・ペポリカ』『夜間飛行』と続く。夜間飛行には実際のジェット機のエンジン音を録音したものを音源で流した。
 
「それでは最後の歌になりました。元気に行きましょう。『夜宴』」
 
拍手とともに伴奏が始まる。月丘さんのグロッケンが美しく夜空に響く。私たちは5年前にこの曲を書いた時のことを思い出しながら、思いっきり歌った。
 

演奏が終わって拍手が起きる。私たちは深くお辞儀をする。スターキッズやサポートの演奏者、ダンサーが退場する。
 
拍手がアンコールの拍手に変わる。私たちはステージに立ったままその拍手を受け止めた。スタッフがステージ中央にキーボードを1台運び込んでくる。私はその椅子に座る。政子が私の左側に立つ。
 
「アンコールありがとうございます。『ずっとふたり』」
 
拍手が収まり、私は前奏から弾き始める。そして一緒に歌い出す。昨年KARIONの音源製作をしていた時に、押しかけてきた政子がスタジオで書いた詩に私が曲を付けたのだが、その後、その曲を聞いて政子は全く新たな詩を書いた。可愛らしく、そして暖かい愛の歌である。観衆は静かに聴いてくれている。
 
やがて歌が終わる。また凄い拍手。私たちは深くお辞儀をして退場する。
 
拍手がまたアンコールを求める拍手になる。
 
スターキッズがステージに戻る。拍手がひときわ強くなる。私とマリもステージに戻る。
 
『ピンザンティン』の前奏が始まると大きな歓声が起きる。観客の一部が早速お玉を振り始める。近藤うさぎ・魚みちるが入って来て、私とマリにお玉を渡す。彼女たちもお玉を振って踊り始める。
 
「サラダを〜作ろう、ピンザンティン、素敵なサラダを」
「サラダを〜食べよう、ピンザンティン、美味しいサラダを」
 
マリのお気に入りの曲のひとつ。食の讃歌である。
 
私たちは元気にこの歌を歌い、この夏の日のステージを終えた。
 

この日は、横須賀市内のホテルでローズ+リリー、KARION、XANFUSの合同打上げをした。スターキッズ・トラベリングベルズ・パープルキャッツほかサポート・ミュージシャンも都合のつく人は全員来ている。近藤・魚のペアも来ているし、風花や千里も来ている。無関係のはずのチェリーツインの紅ゆたか・紅さやか・桃川さんまで来ている。音楽番組で共演したことのある音羽が確保して、「まあまあ」などと言って引っ張ってきたらしい。
 
最初に加藤課長の音頭で乾杯するが、その後少し談話していた時トイレに行きたくなったので席を立つ。廊下を少し歩いてトイレの所まで行った時、そこから出てきた千里とばったり遭遇する。
 
「千里、これ桃香には言ってあるの?」
と私は小声で訊いたのだが
 
「言ってない。私の音楽活動は内緒」
などと言っている。
「でも遅くまで帰らなかったらバレない?」
「土日は、桃香はたいてい誰か女の子とデートしてるから」
 
「いいの〜!?」
「私と桃香は基本的には友達だからそれぞれの恋路には文句は言わない」
「でも桃香のこと好きじゃないの?」
「好きだよ。でも私も桃香以外にも好きな人がいるからね」
「例の大阪の彼氏か」
「うん」
「でも彼結婚してるんでしょ?」
「私も桃香と結婚してるし」
「分からん」
 
と私は音を上げた。
 
「冬子。私さ」
と千里は珍しく何か悩んでいるような顔をした。
 
「どうかしたの?」
「もしかしたら不義の子を作ってしまうかも」
 
私は千里の言葉の意味を取りかねた。
 
「それ千里が父親になるの?母親になるの?」
「それがどちらがいいのか、まだ分からないんだよね」
「うーん・・・・」
 
私も答えに窮したのだが、ひとこと言った。
 
「千里、その彼氏のこと好きなんでしょ? だったら作っちゃえばいいよ」
 
すると千里は少し考えてから言った。
「そうだよねー。やっちゃおうかな」
「うん。そして桃香の子供も産んじゃいなよ」
「それもいいな」
 
「だけどさ」
と千里は言う。
 
「うん」
「何時間もベッドに寝たまま針を刺しては出し刺しては出しされるの、凄く痛いらしい」
と千里が言う。
 
「何だかそれマジで痛そうだね」
と私は答える。
 
「それを成功するまで、生理周期の度に、あと何度か繰り返すことになりそう」
「うーん。。。。私はそんなのやりたくないな」
 
と言ってからふと思って尋ねる。
「千里、生理あったんだっけ?」
 
すると千里はニコっと笑って言う。
「冬子も生理あるでしょ?」
 
「うん」
と言ってから、私はまた悩んでしまった。
 
私の生理って、いつから始まったんだっけ??
 

私がトイレを終えて部屋に戻ると、もう席が入り乱れ始めていた。
 
紅ゆたか・紅さやかは、黒木さんや加藤課長などの近くで何だか男同士盛り上がっている雰囲気だった。土居さん(KARION担当)と福本さん(XANFUS担当)は和泉・小風となにやら話し込んでいる。魚みちるはどうも桃川さんと意気投合したようでハイピッチでお酒が進んでいる感じ。政子と美空は取り敢えず食欲に走っている。私は音羽・光帆に千里・近藤うさぎなどがいる付近に入る。
 
「近藤さんって、どこかで見た記憶があったんですけど、ローズクォーツの性転換ノススメのPVに出ていた方ですよね?」
と音羽が訊いた。
 
「よくご存じですね。一般に公開されたビデオでは顔出ししていないのに」
「個人的に興味があったんで、キャンペーンに応募したら抽選に当たったもので」
 
「ああ、性的な違和感持つ人は興味惹かれたでしょうねー」
 
「醍醐さん、あなたも出てましたよね?」
と音羽は訊く。
 
「そのあたりは内緒で」
 
「近藤さんも醍醐さんも、手術は終わっているんでしょ?」
「あのビデオに出演した5人は全員終わってますし、戸籍も変更済みですよ」
「すごいなあ。ふたりともこうして見ていても、全然元男性だったようには見えないのに。あ、ケイもね」
と音羽は最後に思い出したように私の名前を付け足した。
 
「私は背が高いのがコンプレックスだったんですけどね。マリンシスタのダンサーにはモデル出身とかで背の高い子が多かったから気楽でしたよ」
と近藤さんは言う。
 
「音楽の世界は割と居やすいですよね。私もそれであまり苦悩せずに済んでいるような気がするし」
と音羽は言う。
 
「バスケの世界も背が高い人多いでしょ?」
と近藤さんが千里に訊く。
「うん。バスケでは女子でも180cm以上が珍しくない。おかげで私は背丈のことではあまりコンプレックス持たずに済んでいた」
と千里も答える。
 
「女子でも180cm以上が普通かあ。やはり凄いなあ」
「バレーはもっと凄い。逆に背の低い人がいない」
 
という声に、私は蔵田さんのシークレットブーツのことを思い出して、つい、思い出し笑いをしそうになった。
 

「近藤さんが小中学生の頃《どんな女の子》だったのか興味あるなあ」
などと、この手の話が大好きな政子が寄ってきて言う。
 
「私は取り敢えず高校までは男子として通学してますよ。でも高校出てすぐに性転換手術受けたんです。お金も親が出してくれて」
と近藤さん。
 
「そういう理解のある親はいいなあ」
という声が出る。
 
「醍醐さんは性転換すると言ったら父親から日本刀で斬られそうになったらしい」
と政子。
 
「ああ、その手の話もしばしば聞く」
 
「でも醍醐さん、小学生の時に性転換したんでしょ? やはりお父さんもびっくりしますよ」
と政子。
 
「私が性転換したの21歳の時だと言っても信用しないよね?」
と千里。
 
「だって高校時代に女子選手としてインターハイとか国際大会とかにも出たんでしょ?高校に入る前に性転換が終わってないとあり得ないじゃないですか?」
と政子。
 
「うーん。そこを指摘されると弱い」
 

「ケイなんて幼稚園の時に性転換しているからね」
と政子が言うと
 
「ああ、やはりケイちゃんって、ほんとに小さい頃に性転換したのね?」
と近藤さん。
 
「私が性転換したの19歳の時なんだけどなあ」
と私は言ったが
 
「そういう無意味な嘘はやめよう」
と光帆にまで言われてしまう。
 
「だって小学6年生で女の子ビキニ姿をこうやって曝しているんだから、それ以前に性転換は済んでいるのは間違いない」
と言って政子は松原珠妃の『黒潮』の写真集を取り出して開いてみせる。
 
「おぉ。こんな写真集があったのか」
などという声が出ている。
 
「そもそも男装のケイの写真って全く存在しないし」
と政子。
 
「正直言うと意識して抹消していた。男の格好をした自分の写真を残したくなかったから」
と私は言う。
 
「ああ、それは私もやった」
と近藤さんも千里も言う。
 

「でも結構友達が私の男子写真持っているんですよ」
と近藤さんは言う。
 
「私も友達が誰か持っているだろうな」
と千里は言うが
 
「たぶんお友達は醍醐さんの女の子写真しか持っていないというのに1票」
と、いつの間にか寄ってきている美空が言う。
 
「美空ちゃんには色々知られているからなあ」
と千里。
 
「でも私も色々醍醐さんにしゃべっちゃってるからなあ」
と美空も言う。
 
「美空ちゃんにどういう秘密があるんだろう」
「取り敢えずおちんちんの話とか」
「美空ちゃん、おちんちん付いてたの?」
「内緒」
 

「でもおちんちんなんて付いてたら、取り敢えず切っちゃえばいいよね」
などと光帆は大胆発言をする。
 
「やはり18歳の時点で性別は自分で選択できる制度に」
「性格が優しかったり顔が可愛かったりして女の子にしてあげた方がよさそうな子は強制手術で」
「ネット小説ではよくある話だ」
 
「私のパートナーはこれまでに、おちんちん3回くらい切られたらしい」
と千里が言うと
「おちんちんって切ってもまた生えてくるんだっけ?」
などと質問が出る。
 
「さあ、私はおちんちんなんて付けたことないから分からないなあ」
などと千里。
 
「醍醐さん、おちんちん付けたことないって、やはり生まれた時からおちんちん無かったとか?」
「内緒」
 

その日はアルコールも入ってたことで、私・政子・音羽・光帆・千里・美空などが集まった付近では、どうもおちんちん談義に明け暮れた感もあった。
 
千里がバッグの中から《擬装用おちんちん》を取り出してみせると
 
「おお、これ私が使ってるのより精巧だ」
 
などと音羽が大胆なことを言っていた。
 
「なるほどこれでまだ手術受けてない振りしてた訳ですか」
「ケイはどんなの使ってたの?」
「使ってないって」
 
「これSTPできる?」
と音羽が訊く。
「STPは別途、適当なものと組み合わせるといいよ」
と千里は答える。
「メディスン・スプーン使える?」
と音羽。
「ああ、それは大丈夫。トラベルメイトもOK」
と千里。
 
光帆も興味深そうに触っている。でも、何だか話が見えないんですけど!?STPって何さ? しかし千里のバッグも魔法のバッグだ。色々なものが出てくる。若葉の鞄とどちらが凄いだろうと私は思った。
 
美空まで
「見せて見せて」
と言って触って
「すごーい。本物みたい」
などと言い、
 
「本物に触ったことあるの?」
などと突っ込まれていた。
 
私も酔っていたのでよく覚えてないが、この「おちんちん」は最終的に音羽がお持ち帰りした気がする。
 

翌日、政子とふたりで東京に帰ろうとしていたら、ホテルの1階で音羽・光帆のふたりに遭遇したので、一緒に帰ることにして、私のカローラフィールダーのリアシートにふたりを乗せ、横浜横須賀道路に乗った。
 
「醍醐さんとたくさん話したというの鏡子(浜名麻梨奈)たちに話したら羨ましがられそうだ」
などと音羽は言っている。
 
「彼女、これまでほとんど露出してなかったからね」
と私は答える。
 
「あの子、就活が20連敗とか30連敗とか言ってたから、やはり一般企業への就職を諦めて音楽業界でずっとやっていく気になったんじゃないかな」
 
「就活?する必要無いでしょ」
と光帆が言う。
「だと思うんだけどねー」
と私。
 
私は加藤さんが、千里が「こっそり書いている」と言っていたことから、実際彼女の年収は自分と大して違わないくらいあったりしないか? などとも考えていた。
 

「ところで最近、ゆみ(AYA)と会った?」
と音羽が訊く。
「いや、なんか会う機会が無い」
と私。
「昨日も打ち上げに誘おうと思ったらもう帰ったと言われたのよね」
と光帆。
 
「私も美来(光帆)も全然話す機会が無いんだよね」
と音羽。
「そういえば私も半年くらい全然話していない気がする」
と政子も言った。
 
「笑美子ちゃん(ゆみの妹)の方とは何度か話したよ」
と光帆。
 
「あ、私もー」
と私も言う。
 
「しばらくテレビからは離れていたのが、最近いくつかドラマに出演したりしたね」
「まさか歌手やめて女優になるつもりとか?」
 
「それはもったいないと思うけどなあ。充分歌えるのに」
「この春にマネージャーも交代したんだよね。デビューした時からずっと担当していた高崎さんから、若い井深さんに」
 
「そうそう。それでやっと運転免許返してもらったんで車買ったって」
「それは聞いてなかった。何買ったの?」
「ポルシェ・カイエンSハイブリッドだって。これ笑美子ちゃんから聞いた話」
「すげー車だ」
「一度乗せてもらったけど二度と乗りたくないと思ったって」
「危ない話だ」
 
「しかしカイエンなんて、私たちなら10年ローンだな」
などと光帆は言ってる。
 
「10年は無いでしょ。3年くらいで払えない?」
と私は言ったが
「お酒やめたら払えるかも」
と光帆。
 
「お酒飲みすぎると肌が荒れるよ〜」
 

「ところで昨日の打ち上げに出てたメンツの中で性転換してる人って何人だっけ?」
と音羽が言うので私は数えてみた。
 
近藤うさぎ、千里、私。。。。桃川さんもかな? 確か造膣手術を受けていたはずだ。もっとも彼女は戸籍上の性別はチェリーツインのデビュー前に変更していたらしい。ペニスと睾丸さえ無ければ性別変更は通るんだとか言っていた。
 
「4人じゃないかな」
と私は答えた。
 
「あれ?4人いた?」
「どうかしたの?」
 
「私は3人かと思ってたから。でも5人ってのは勘違いかな」
「誰か5人って言ったの?」
 
「あ、いや多分適当に言った数字だよ」
と音羽は言った。
 
 
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【夏の日の想い出・夏のセイテン】(下)