【夏の日の想い出・大逆転】(上)

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2011年の夏。それは本当に全てが大逆転した時であった。
 
6月に私はローズクォーツのメンバーと一緒に震災の避難所・絨毯爆撃ツアーなどというものをやった。1ヶ月の間に、福島・宮城・岩手の避難所を300ヶ所ほど回った。震災の避難所の数は一番多い時期で2000ヶ所くらいと言われたがこの時期は500-600ヶ所ほどになっていたので、避難所の半分くらいを回ったはずである。
 
この時期は私も事実上1ヶ月学校を休んでいるし(授業内容は友人たちに録音してもらってそれを送ってもらい聞いていた)、政子とのゲリラライブもできなかったし、さすがにKARIONの方にも全く関わることができなかった。
 
その間にKARIONの★★レコードの担当者が交替したことを和泉との電話で知った。
 
「これまで3年間担当してくれた山村さんが退職するんで、その後任に滝口史苑さんって人が担当になることになった」
「その人、聞いたことある」
 
「うん。****とか****とかの担当もしてる。昔**レコードに居た時代は****とか****を売り出してる」
「凄腕担当者なんだ!」
 
「こないだ挨拶に行ったけど、私がじゃんじゃん売ってあげるからね、って凄く張り切ってた」
「へー!」
 

「ところでさ」
と和泉は言った。
 
「冬、手術の跡の痛みはもう大丈夫なの?」
「うん。平気だよ」
「だって、ふつう、性転換手術受けたら半年は静養してないといけないとか言わない?」
「私の場合は回復が速いみたい」
「ほんとに?」
 
「・・・今その近くに人居る?」
「いないよ。ここ、私のマンションだから」
 
「実はかなりきつい」と私。
「やはり」と和泉。
 
「実はまだ痛くてふつうの椅子に座れないんだよ。ドーナツ座布団持ち歩いているけどね」
「出産した後と似たようなものか」
「あそこに傷を負っているという意味では似たようなものかも」
「ああ」
 
「昨日も一昨日も何度か倒れそうになった」
「性転換手術の後で、1ヶ月も経たない内にライブハウスで歌ったりも無茶だと思ったけど、まだ2ヶ月しか経ってないのに1ヶ月で100ヶ所とか無茶すぎない?」
 
「100ヶ所と聞いてたんだけどさ、ちゃんと数えてみたら計画表には476ヶ所の避難所の名前が載っている」
「うそー!? じゃ1日16ヶ所くらい?」
「うん」
 
「健康な人でも無茶すぎるスケジュールだよ、それ」
「でも始めた以上はやり通すしかない」
「それを拒否しないのが冬の悪い癖だな」
「うーん」
 
「私さすがにちょっとそれ口出しさせてもらう」
「えっと・・・」
「それ、浦中さんの管轄?」
「うん」
「だったら、社長から丸花さん(○○プロ社長)に話を通してもらって、浦中さんに言ってもらう。いいよね?」
「うん」
 
そういう訳で、この和泉の介入で、計画は大幅に減らされ、476ヶ所の予定だったのを(他の慰問も多いであろう)都市部の避難所を中心に減らして、289ヶ所に計画は削減されたのであった。でも後で話を聞いたら、浦中さんは最初100ヶ所くらいピックアップしてよと須藤さんに言っていたのが、須藤さんが何も考えずにどんどんリストアップして476ヶ所になっていたらしい。やはりこういうのの犯人は須藤さんだ。
 
たださすがにこの1ヶ月の仕事はきつすぎたので、結果的にこれで私はローズクォーツを辞める決心をしたのであった。
 

7月8日、昨年の9月に録音したまま、放置されてしまっていた“ローズ+リリー・メモリアル・アルバム”『Rose + Lily after 2 years』が、ようやく発売になった。
 
ローズ+リリーの公式な音源としては、2009年6月に発売した『ローズ+リリーの長い道』以来、実に2年1ヶ月ぶりのアルバムである。しかし「メモリアル・アルバム」などというぶっそうな副題が付いていた。
 
「メモリアル」というのは追悼という意味である。更に「after 2 years」と書かれていて、ローズ+リリーが終わってしまってから2年経ったので、それを懐かしんでアルバムを作ってみた、というように取れる。つまり、これだけ見ると、これがまるでローズ+リリーの最後のCDというようにも取れるのである。
 
そしてこの時点で翌週7月15日にはローズクォーツのファーストアルバム『夢見るクリスタル』が発売されることが予告されていた。この動きを見れば私がローズ+リリーを辞めて、今後はローズクォーツで活動していくのだというメッセージに見える。特にローズ+リリーの「最後のアルバム」を出した翌週にローズクォーツの「最初のアルバム」を出す、という順序は重要であった。
 

「ケイちゃんって、やはり嘘つきだ」
と上島先生は私に言った。
 
「だってさ、アルバムの中身を見たら分かるじゃん。ローズ+リリーのアルバムは、かなり力(りき)が入っている。先行公開していた『恋座流星群』とか『Spell on You』みたいな名作もあるけど『用具室の秘密』とか『積み木の城』
も凄く凝ったアレンジがしてあって、意気込みが見える。この2曲はケイちゃんの編曲だよね?」
 
「はい、そうです」
 
「それに対して『夢見るクリスタル』は、見劣り感が半端ない。これどうしてうちの下川に編曲依頼しなかったの? 『みんなの顔』とか凄くいい作品なのにアレンジでダメにしちゃってるよ」
 
「下川先生に依頼する予算が無いと言ってました」
「うそ。スポットなら1曲3万でやるから、20曲でも60万でしょ」
「それが、このアルバムの制作費は200万円で、上島先生への作曲御礼が4曲分80万円(印税とは別に支払う)、サポートミュージシャンさんの謝礼が60万円、スタジオ使用料が楽器のレンタル料含めて40万円、その他の雑費で10万円で、これで既に190万円。とても余裕が無かったみたいです。最終的には230万くらい掛かってしまったとこぼしてました」
 
「えーー!? 200万円でプロのバンドのアルバム作るって無茶でしょ。シングル作る費用にもならないよ」
「ですよね」
 
「だいたい、ブックレットの制作費とか、写真代、ヘアメイク代とかは?」
「ヘアメイクは各自で自主的に。写真は須藤が自分でコンデジで撮影してました。ジャケットのデザインも須藤が作って、ブックレットはマキが書いてます」
 
「ミクシングやマスタリングは?」
「須藤が自分でやりました」
 
「それでか! ほとんど自主制作CDじゃん。これミキサーが良ければ、それだけでも印象が随分変わる。これどの曲もバランスが悪いし、音の定位が不安定で聴いてて落ち着かないんだよ。まるでドラムスのセットを持って走り回りながら打っているかのようだよ」
「ああ」
 
「ローズ+リリーのアルバムの制作費は?」
「1500万円です。かなり抑えたんですけどね」
「それも抑えすぎだと思う。ローズ+リリーのアルバムなら制作費に宣伝費まで含めて1億掛けてもいいと思う。特に2年ぶりのアルバムだったんだから」
 
「町添さんがTVスポット打とうというのを須藤が断っていたようです」
「断る意味が分からん!」
 

「まあ、それでさ」
と上島先生は言う。
 
「この2枚のアルバムを並べて聴いたら、ケイちゃんはローズクォーツの活動はこれで区切りを付けて、今後はローズ+リリーに主軸を移すんだろうなと思うんじゃないかな、ファンは」
 
「そうですかね・・・」
「それなのに『メモリアル・アルバム』なんて副題付けるから、ケイちゃんは嘘つきだと言うんだよ」
と言って、上島先生は笑っている。
 
「実は、これを機会にローズ+リリーはUTPからも★★レコードからも外してインディーズに移ろうかと思っていたんです。それで★★レコードと最後のお付き合いということでメモリアルというタイトルを考えたのですが、町添さんから、今後の制作は私に全部任せるから、次のアルバムも★★レコードから出して欲しいと言われました」
 
「あはは、そりゃそうでしょ。シングルが90万枚、アルバムが40万枚も売れるアーティストを逃さないよ。無料公開した『雪の恋人たち』はあれ何万件ダウンロードされたの?」
 
「85万DLです。でも実力で売れた訳ではないですけどね。私のスキャンダルで売れたようなものだから」
「スキャンダルなんて、きっかけにすぎない。みんなが知ってくれて、その結果評価してもらえたら、それでいいんだよ」
 
と上島先生が言うと、そばで聞いていた奥さんの春風アルトさんが
「あなたみたいに、しょっちゅう女性スキャンダル起こしてたらもう今更気にならないでしょうけどね」
などと言った。
 
「いや、こないだのはスキャンダル未遂ということで」
と上島先生。
 
実は上島先生と人気女優さんとの密会写真を週刊誌が報道しようとしたのだが、その女優さんのプロダクションがいち早く察知して雑誌社に圧力を掛け、表沙汰になる前に停めたのである。
 
「いや、ホテルに行ったのなら既遂じゃん」
と奥さんは言った。
 

「とうとう既遂になっちゃったんだね」
と小風は言った。
 
私は四月上旬に性転換手術を受けたのだが、私は4月中は自宅で静養していたし5月はゴールデンウィークにローズクォーツの「瀬戸内海ツアー」をやり、その後、山村星歌の音源制作、ローズクォーツの『夢見るクリスタル』の制作、『一歩一歩』の制作をした後、6月は避難所絨毯爆撃ツアーをしたので、全然和泉や小風たちと会う機会が無かった。KARIONの方も、4月は東北方面で激励無料ライブをする一方、主として関西や九州で支援チャリティーライブをやっていて、忙しかったのである。私は和泉たちと電話ではたくさん話しているが、なかなか会えずにいた。
 
「まあ、手術が終わって、意識を回復してから『おめでとう、これであなたは女になれましたよ』と看護婦さんに言われた時は、とうとうやっちゃったな、という気分だった」
と私も言う。
 
「さっさと性転換しちゃいなよ、とかなり煽ったけど、正直実はもう性転換済みなのではという気もずっとしてた。本当にまだ手術してなかったんだね」
と小風。
 
「してなかったよ」
 
「でも冬、凄く顔色がいい。とても性転換手術から3ヶ月程度の人とは思えない」
 
「それがさ、実は先月末に凄腕のヒーラーさんに偶然会ってね。私を見て、『これは痛いでしょ』と言うんだよね。それで、その人にヒーリングしてもらったら、劇的に痛みが引いたんだよ」
 
「へー」
「実はその人の勧めで、胸に入れてたシリコンバッグも抜いちゃった」
「え? じゃ、それマジ胸?」
「うん」
 
「これだけ胸があったら、そもそもシリコンなんて入れる必要無かったのでは?」
「胸が小さいの悩みだったから」
「だって、冬は高3の頃に既にDカップくらいあったよね」
「そんなには無いよぉ!」
 
「ね、ね、4月に性転換手術受けたって実は嘘なんじゃないの?」
「なんで〜?」
 
「だってね」
と言って、小風は美空・和泉と顔を見合わせる。
 
「高校時代に既に冬は性転換済みなんだろうとしか思えなかったし」
「まだ付いてたよー」
 
「その付いてるの誰かに見られたことある?」
「うーん。。。。見てる人は凄くレアという気もする。高2以降ではマリしか見てないよ」
 
「マリちゃんじゃ信用できないよね」
「うん。口裏合わせそうだもん」
 

「まあ、それでさ。小風を既遂にしないようにしようというのが今日のテーマでさ」
と和泉は言った。
 
「そんなに不満なの?」
と私は小風に訊く。
 
「正直、みーちゃんが私が辞めるの絶対許さない、なんて言わなかったら、今日、私は芸能契約解除申入書を提出してたよ」
 
と言って、小風はバッグの中から書類を出して私たちに見せた。親の署名捺印も入っている。
 
「だって滝口さんのやり方にはどうしても納得できない」
 
小風はその場で★★レコードの新しいKARION担当になった滝口さんのことを激しく非難した。
 
「そもそも、アレンジャーの田中さんがKARIONのことを全く理解していない。KARIONの魅力は4人の声のハーモニーだよ。それを下手なアイドルグループみたいなリレー歌唱で歌うというのは納得いかない」
と小風。
 
今回の『恋のブザービーター』では全曲をアイドル歌謡の編曲に定評がある田中廣台さんがアレンジを手がけている。
 
「でもそれはみんながそれぞれ歌が上手いから、それを見せてあげたいからと滝口さん言ってたじゃん」
と和泉は滝口さんを弁護する。
 
「私たちは美しいハーモニーを作れることで、実力をちゃんと見せている。そりゃ私も美空もメロディー歌う自信はあるし、キャンペーンで、いっちゃんの喉の調子が悪かった時に私が代わりにメロディー歌ったこともあったけどね。滝口さんも田中さんも、これまでのKARIONのCDをちゃんと聴いてないんじゃないの?」
 
小風はかなり怒り心頭という感じである。でも、私と会う前の段階で美空や和泉にかなりなだめられていただろうから、最初はほとんど滝口さんと喧嘩状態だったのではという気がした。
 
小風の滝口批判はたっぷり1時間続いた。私たちはずっとそれを聴いていた。
 
「だいたいさ、いっちゃんは、不満無いの?」
「歌手の仕事は、どんな曲でも言われた通りに歌うことだよ」
と和泉は言うが
「そんな優等生の回答は聞きたくない」
と和泉にまで怒りをぶつけている。
 
「みーちゃんはどうなのさ?」
と小風が訊くと
「私は歌うことができていたら、それで幸せ」
などと美空は答える。
 
「うむむむ」
 

私たちは不満を言う小風を頑張ってなだめた。
 
「私たちずっと何十年も一緒にやっていくと言ったじゃん」
と美空は言う。
 
それを言われると小風も辛いようだ。
 
「取り敢えず、今回は滝口さんの言う通りに制作してみない? それで滝口さんが間違っていたら、答えはファンが出してくれると思う。レコード会社に対するいちばん強い圧力を持っているのはファンだよ」
と私は言う。
 
小風もかなりみんなからあれこれ言われたので、だんだん不満の勢いが弱くなってくる。そして言った。
 
「だったら、今回は我慢する。でもさ、私たちずっと一緒にやっていくと言ったよね?」
 
「うん。そうだよ」
「だったら、冬、今回の音源制作のキーボード弾いてよ。それから月末からのKARIONツアーに付き合って」
 
「音源制作は、何なら今から行こうか? 夜中に私のパートだけ再録しちゃう」
「うん、そうしよう」
 
「ツアーは御免。マリがやっと、ローズ+リリーの復活に同意したんだよ。それで今月下旬、スタジオに入って音源制作して、まだ公表はしてないけど、今月27日にローズ+リリーの新しいシングルを発売予定。その後全国キャンペーン」
 
「凄っ! とうとう復活か!」
「長かったね」
 
「でも全国キャンペーンするなら、KARIONのツアーの日程に連動させて」
「なんだったらF15に乗ってもらって」
「あれ、二度と乗りたくない!」
 

それで取り敢えず、スタジオに行くことにする。私たちは夜中の23時に郊外のファミレスに入って個室で話をしていた。3時間くらい居たのでスタジオに行こうという話をした時は既に午前2時であった。
 
それなのにスタジオに電話したら、電話口に滝口さんが出た! 電話をした和泉は焦った感じだったが、そのあたりはさすが和泉である。うまいことを言う。
 
「実はこれまでレギュラーにピアノを弾いてくれていた人が、今回どうしても都合が付かないというので、他の方を手配していたのですが、偶然今夜だけなら時間が取れるということなんですよ。それで今から行って、彼女の分だけ録音したいのですが」
 
滝口さんは驚いていたようだが、それは構わないと言う。
 
電話を切ってから私たちは話す。
 
「こんな時間まで何してたんだろう?」
「いや、ここまでの音を仮ミックスしてもらって聴いてたけど、どうしても何かが変だと思って悩んでいたって」
と和泉。
 
「そりゃ根本的なやり方が間違っているんだから変に決まっている」
と小風。
 
「まあまあ」
 
「でも冬をこのまま連れて行っていいんだっけ?」
と美空が訊く。
 
「ケイだと分からなくすればいい」
と小風。
 
「どうやって?」
「ちょっとメイクしてもらおうか?」
「ん?」
 

それで私は当時さすがに、すたれ始めていた「パンダ・アイメイク」を小風の手でされてしまった。私の目の周りに何重にもアイライナーを入れながら、小風は物凄く楽しそうだった。
 
「人にアイライナー入れられるのって怖くない?」
と美空。
「マリよりは絶対マシ」
「マリちゃんに何かされた?」
「アイライナーを眼球にぶつけるから、あの子」
「ああ、マリちゃんらしい」
「怖い、怖い」
 
その後、深夜開いているドラッグストアに寄り、紫色のカラームースを買って塗られる。何か爆発ヘアになってしまった。
 
「ああ、ロッカーっぽい」
「これで会社訪問したら帰れと言われるけど、ミュージシャンなら普通だよね」
 
などと言いながら小風は楽しそうにスマホで私の写真を撮っていた。
 

それでスタジオに行く。
 
「おはようございます。水沢歌月と申します」
と滝口さんに挨拶したら
 
「あなたが水沢歌月さん!」
と驚き、取り敢えず名刺交換する。
 
取り敢えず私の正体には気付いていない雰囲気。それに私のアイメイクや髪は全然気にしてない様子。
 
(この時期、まだ《ケイ》の写真はあまり出回っていなかったのもあると思う)
 
「らんこ!?」
と言って、私の渡した名刺を不思議そうに見る。
 
「私、作曲者としてクレジットする場合は水沢歌月ですけど、演奏参加する時は、らんこの名前を使ってます」
 
「へー! 本名?」
「いえ、本名は美冬舞子というんです」
 
「舞ちゃんか。可愛いじゃん。でも何で《らんこ》なの」
「それは、いずみ・みそら・らんこ・こかぜ、というので尻取りになるようにと小風が決めちゃったんです」
 
「尻取りなんだ!?」
と言って滝口さんは可笑しそうにしていた。
 

それで私がキーボードパートをその場で弾くと
 
「凄っ!」
と言われる。
 
「こんな上手いキーボードプレイヤーがいたのか。でもあんまり上手すぎるとアイドルっぽくないからさ、手加減して弾いてくれない?」
などと言われる。
 
小風が何か言いたそうだったが、私はそれを手で制して
「了解です」
と言い、少し抜き気味の演奏をした。それで滝口さんは満足そうであった。
 
「らんこ、ヴァイオリンも行ってみよう」
と和泉が言う。
 
「あ、ヴァイオリンも上手いんだ?」
と滝口さん。
 
スタジオに来る途中、自宅マンションに寄って(政子は熟睡していた)持ってきていた愛用の《Marilyn》を取り出し、取り敢えず普通に演奏してみせる。
 
「うまーい! でも、抜き気味にお願いできるかしら?」
「分かりました」
 
「結局、ファンは自分の等身大のパフォーマーに親しみを感じるんだよ。AYAとか秋風コスモスが売れてて、KARIONが売れてないのはおかしいと思ってたろうけど、上手すぎて親しみを感じられないんだよね。だからもっと等身大になった方がいいんだ。ローズ+リリーとか巧妙だよね。歌の上手いケイちゃんと下手くそなマリちゃんのペアだけど実際はほとんどはマリちゃんのファンだよね。まあ、そもそもオカマさんなんて問題外だしね。あれケイちゃん外してマリちゃんのソロの方がもっと売れると思うなあ」
と滝口さんは言う。
 
小風が笑うのをこらえて苦しそうだった。私も内心苦笑していた。
 
それで感情表現を抑えて、やや機械的な弾き方をしてみせる。それで滝口さんは満足している感じであった。
 
私のパートの録音はそれで朝5時頃に終わり、4人で早朝から営業しているファミレスに行った。客が他に居なかったので、また小風の不満大会が始まるが、私が演奏に参加したせいか、さきほどよりは少し弱い感じ。1時間ほど不満をしゃべっていたら、小風も少しは落ち着いた感じであった。
 

この月、私と政子は7月中旬から下旬にかけて上島先生の『涙のピアス』と、マリ&ケイの『聖少女』をカップリングしたCDを制作し、7月27日に発売する予定だった。
 
ところがそこに唐突に上島先生の気まぐれと須藤さんの勘違いとが重なり、私たちはローズクォーツ名義で『夏の日の想い出/キュピパラ・ペポリカ』
を制作することになってしまった。ただしローズクォーツ名義といっても、歌は私と政子の2人で歌っているので実質ローズ+リリーのCDであった。
 
これを『涙のピアス/聖少女』を制作販売するために用意していたスタジオ予約と、全国キャンペーンのスケジュールを転用して制作・宣伝することになったのだが、27日から31日までの5日間に仙台・東京・名古屋・大阪・福岡の5ヶ所でキャンペーンする予定だったのが、須藤さんの手にかかると22日から31日まで、10日間に全国40ヶ所でキャンペーンということになってしまっていた。(私はその日程を須藤さんと町添さんが話し合って決めたと聞いていたので、後で町添さんから「なぜ40ヶ所なの?」と訊かれた時こちらが訊きたい気分だった)
 
「ごめーん。KARIONのライブに付き合えない」
と私は和泉に電話して言った。
 
「だから、冬って、なぜそういうのに『無理です』と言えないのよ。だいたいその身体で40ヶ所って無理でしょ?」
「うん・・・何とか痛め止めの注射自分で打ちながら頑張る」
 
「痛み止めじゃなくて、小風の遺伝子を注射したい気分だなあ」
 
それで、ローズクォーツのキャンペーンが7月31日で終了するので、その後の公演にだけ付き合うことにする。
 
しかしその時、和泉のそばに居た小風が受話器のそばに顔を近付けて言った。
 
「ね、マリちゃんも付き合わせない?」
「ん?」
 

この時期、私は青葉のヒーリングをひじょうに高頻度で受けている。
 
最初にヒーリングされたのは6月28日で「クロスロード」のメンバーが東京に集まった時である。この時、ほんの数分のヒーリングを受けただけだったのに性転換手術の痛みが劇的に改善され、それで私は彼女を信頼するようになった。
 
それで彼女の勧めで7月6日に豊胸手術で入れていた胸のシリコンバッグを抜く手術を受けた。その晩、電話を掛けて遠隔ヒーリングをしてもらったが、これも胸の手術の痛みが物凄く軽減されたし、ヴァギナの方もまた痛みが減った。そして12日にはこちらから富山を訪問し、直接ヒーリングを受けている。
 
22日から『夏の日の想い出・キュピパラ・ペポリカ』のキャンペーンが始まるが、初日に札幌・青森でキャンペーンした後、翌日は仙台から始めるというので、他のメンバーは直接青森から仙台に移動したのだが、私は途中でみんなと別れて一ノ関で新幹線を降りてレンタカーで大船渡に来ている青葉の所に寄った。
 
実は震災の後、最後まで見つからずにいた青葉のお母さんの遺体がやっと見つかったので、これまで仮葬儀だけしていた他の家族(父・姉・祖父・祖母)の分まで含めて本葬儀をしたのである。
 
この時、葬儀の席上で私は、葬儀の導師をしていた青葉のお師匠さん・長谷川瞬嶽と目が合った。瞬嶽はその時、私にニコッと微笑みかけただけだったのだが、その瞬間で私のヴァギナの手術の傷跡はほとんど全快してしまったのである。青葉のお姉さん・桃香が手配してくれた宿に泊まり、翌朝レンタカーで仙台に向かったのだが、その出発前に再度私をヒーリングしてくれた青葉が驚愕していた。この時、瞬嶽に会っていなかったら、私はこのキャンペーンの途中で倒れていたかも知れない。
 
その後、私のキャンペーンは関東方面を回った後、27日に高崎から長野まで動き回った。翌日28日は金沢から始めるので私はまたクォーツの他のメンバーとは別れて高岡に寄り、青葉のヒーリングを受けることにしていた。
 

《はくたか》を高岡駅で降りて、青葉の自宅に行く。12日に続いて2度目の自宅訪問である。
 
この時、ヒーリングをされながら楽器の話などしていた時、青葉が話の流れでこんなことを言った。
 
「冬子さん、ローズクォーツではキーボード、KARIONではキーボードとヴァイオリンを弾いておられますけど、他にも色々楽器なさるんですか?」
 
私は唐突にKARIONの名前が出てきたので驚愕する。
 
「・・・・KARION?」
「名前クレジットされてないけど、冬子さんの演奏ですよね。波動が同じだもん」
 
「青葉、波動で分かっちゃうんだ!?」
「あれ?秘密だったんですか?」
 
「割とトップシークレットなんだけどね」
 
私はこの子には何も隠し事ができないのだということを認識した。
 
「あと、作曲者の水沢歌月というのも冬子さんですよね?」
「参った、参った。でも誰にも言わないでね」
「はい。私たちは守秘義務がありますから」
 

青葉はそうにこやかに言ったが、不思議そうに付け加えた。
 
「でもなぜ秘密にするんですか? 何か契約上の問題でもあるとか?」
 
「契約上の問題は、初期の頃は綱渡り的に違反にならないように処理していた。でも去年《サマーガールズ出版》を作って、全ての権利をそこで管理するようにしたから、ローズ+リリーの名前を使わない限り、他の事務所やレコード会社と共同作業するのは構わない」
 
と言って、私はサマーガールズ出版の仕組みを青葉に説明した。
 
「それはうまい仕組みを作りましたね。しばしばライブで特別参加したゲストアーティストの演奏が、レコード会社間の権利の関係で消去してライブ盤には収録されていることがありますよね」
 
「うん。あるある。でも私の場合、全部消したらKARIONの曲が成り立たないから」
 
「でもそれならどうして? こういうの詮索すべきじゃないのかも知れないですけど」
と青葉は言う。
 
私は溜息をついて「その問題」について説明した。
 
「実はマリの精神的な問題なんだよ。マリは高校2年の時にローズ+リリーとして活動していて、自分のこんな下手な歌でお金を取って人に聞かせていいのだろうかとずっと悩んでいたというんだよね。それで私の性別が明らかにされてから契約不備が問題になってローズ+リリーの活動が停止してしまった後、物凄い自信喪失に陥ってしまった。それをみんなで励まして何とか回復させてきた。本人も少しずつ歌いたいという気持ちが強くなってきている」
 
青葉は頷きながら聞いている。
 
「そんな中で、このことがバレてしまうと、マリは私があんなに歌の上手い子たちと一緒にKARIONをやっているのなら無理して歌の下手な自分と一緒にローズ+リリーをする必要はないだろうし、自分の出番は終わったと思ってしまうかも知れないという懸念があったんだ。それでずっと隠していたんだよ。正直ファンの人たちには申し訳無いと思っている」
 
青葉はじっと聴いていた。そして少し考えるようにしてから言った。
 
「マリさんとは、先日うちの家族の葬儀の時にお会いしましたが、そういうリハビリはもう終了していると思います。今はむしろ早く歌手として本格的に復帰したいと思っていますよ」
 
「そう思う?」
と私は訊いた。
 
「マリさんの魂は熱く燃えてました」
と青葉は笑顔で言う。
 
「ですから、これを秘密にするの、冬子さんも終わりにしませんか?」
 

ローズクォーツのキャンペーンは7月31日に広島で終了した。私はタカたちと別れて夜の町を散歩していて、老齢の占い師さんと会う。占い師さんは私に、あなたは家庭の主婦に収まる人では無く、バリバリ仕事をするタイプだと指摘される。この指摘に私はドキっとした。
 
正直この時期、私は性転換手術を受けて女の身体になることができ、せっかく本当の女の子になれたのなら、誰かお嫁さんにしてくれたりしないかな、という気持ちがちょっとだけ湧いていた。でもやはり、私の生きる道は音楽なんだなあ、ということを改めて考えさせてくれた。
 
この占い師さんの指摘で私の心は揺れずに済んだのだと思う。
 
占い師さんは、他に3年ほど前に私の運命に大きな転換点があったことも指摘した。それはローズ+リリーとしてデビューした時期だ。私が一時休養していたことを言うと、2010年7月8日までに復帰していなかったら、復帰できなかったろうと言った。
 
私と政子は2010年5月3日に★★レコードと正式契約を結び、プロ歌手として復帰している(町添さんがこの日バンコクで政子の父と直接契約書を交わした)。更に5月16日には、鍋島先生の一周忌の番組にふたりで出演して実質的に活動を再開していた。
 
そしてもうひとつ占い師さんは27歳で私が子供を作るということも予言した。
 

少し昂揚した気分を鎮めようとカフェに入ったら、バッタリと和泉・小風と遭遇した。私はこの日KARIONは岡山ライブと認識していたのでびっくりしたのだが、美空が牡蠣を食べたいというので広島で泊まったということだった。その美空は牡蠣をたらふく食べて寝ているということであった。しばらく色々とおしゃべりしてから、別れ際に和泉は、昨日福岡ライブの後で書いた詩ということで『星の海』という美しい詩を私に託して、曲を付けてね。朝までにお願いと言った。
 
ところが和泉たちと別れてホテルに戻ろうとしていたら、政子から電話が掛かってきて食糧のストックが無くなり、「お腹空いたから」私の居る広島まで新幹線で来たなどという。
 
それで私はタクシーで広島駅に行き、政子を拾って深夜営業しているお好み焼き屋さんに行った。政子は美味しい、美味しいと言って、食べながら『蘇る灯』という、これもまた美しい詩を書いた。そして朝までに曲を付けてねと言った。
 
でも政子は閉店時刻を1時間もオーバーしてお好み焼きを食べ、その後ホテルに戻ってから、愛し合って寝たので、私が短い睡眠から目を覚ましたのは明け方5時だった。
 
しかしその日はなぜか不思議な高揚感が持続していて、私は『星の海』『蘇る灯』
の両方に1時間ほどで曲を付けてしまったのである。この時、自分でも独特の心理状態にあることを感じていた。
 

書き上げた曲を和泉に取り敢えず手書き譜面のままホテルからFAXで送り(和泉はNTTのグリーンファックスに登録しているのでパソコンでFAXを受信できる)、仮眠していたら8時半に政子に起こされた。
 
「冬〜、お腹空いたよぉ。朝御飯に行こう」
「だって、マーサ、3時頃までお好み焼き食べてたのに」
「その後、冬と愛し合って、カロリーは消費したよ」
「うむむ」
 
それでふたりでホテルの1階のレストランまで降りて行き、バイキングで朝食を取る。政子は牡蠣フライが出ていたので「これ好き〜」と言って、たくさん取って食べていた。
 
「美味しいなあ。でもこれ生じゃないよね?」
「うーん。私には分からないけど、生の牡蠣は9月くらいからじゃない?」
「ちょっと聞いてみよう。すみませーん」
 
と言って政子は通りかかったスタッフさんを呼び止めて、この牡蠣は生かどうかを尋ねた。スタッフさんが店長さんを呼んできた。
 
「この牡蠣は冷凍物でございます。来月になると生が入り始めると思うのですが」
「ありがとうございます」
 
政子はそれでもたくさん牡蠣フライをお代わりしていたが、唐突に言う。
 
「ね、どこか生の牡蠣が食べられる所無いかなあ」
「夏に牡蠣の生は無理でしょ」
 
と私は答えたのだが、唐突にあることを思い出した。それで従姉の千鳥に電話してみる。
「千鳥さん、朝早くからごめん。ちょっと教えて」
「大丈夫だよ。旦那も送り出して今多歌良(たから)と遊んでいた所だから」
 
「多歌良ちゃん、元気?」
「元気すぎて目が離せない。変な物が床に落ちてたら口に入れるから、掃除も手抜きできないしさ」
 
「ああ、親が娘に躾けられている感じか」
「冬ちゃんも、あと何年かして子供産んだら経験するよ」
「うーん・・・」
 
「あ、それで何だっけ?」
「そうそう。能登の岩牡蠣ってのがあったよね」
「うん」
「あれ、夏がシーズンでしょ? 今行けるかな?」
「どうだろ。多分大丈夫だと思うけど。ちょっと聞いてみようか?」
「うん、お願い」
 
千鳥からの電話はすぐ掛かってきた。
「聞いてみたらね、奥能登の中島って所のお店でお盆前までは生の岩牡蠣が食べられるって」
「わあ、ありがとう! そこの電話番号教えて」
 
「うん。予約もしてあげようか?」
「お願い」
「人数は?」
「私と政子の2人。でも政子がたくさん食べるから4人分で」
「いつ来る?」
「明日の午前中とかできる?」
「10時開店らしいから、10時に予約入れようか」
「うん。よろしくー」
 

そして電話を切って言う。
 
「ということで、明日の午前中に予約入れてもらうよ」
「わぁ、どこなの?」
「石川県の能登半島」
「能登半島と言うと、気多大社とかあったっけ?」
「それは羽咋(はくい)だね。それよりずっと北。奥能登だよ。近くに無名塾が定演している能登演劇堂なんてのがある」
 
実は昔、その演劇堂で公演したことがあるのである。
 
「へー。どうやって行くの?」
 
「新幹線とサンダーバードの乗り継ぎかな」
「飛行機は?」
「広島空港から北陸方面に行く便は無いんだよ」
 
「新幹線からサンダーバードにはどこで乗り換えるんだっけ? 名古屋?」
「名古屋まで行っちゃうと《しらさぎ》になるね。サンダーバードは大阪から富山までだよ」
「大阪に寄るならタコ焼きも食べたい」
「はいはい」
 

それで朝食が終わった後で広島駅に行き、高岡行きの切符を買って乗る。
 
「高岡?それどこ?」
「金沢と富山の中間地点くらいかな。実は元は高岡が富山県の中心地。国府があったんだよ」
「へー」
 
「高岡に青葉が住んでいるから、そこに寄っていく。私がヒーリング受けたいから。今日は和実も来ているらしい」
「あ、6月に会った、メイド喫茶の子ね?」
「そそ」
 
私は新幹線の中で昨夜(というか今朝)書いた『蘇る灯』の譜面をDAWソフトに打ち込み、ヘッドホンで政子に聴かせてあげた。
 
「美しい〜。冬はやはり天才だ」
「ありがと。マーサが美しい詩を書いてくれたからだよ」
「でもこれ聴いたら、お好み焼き食べながら書いた曲とは思わないだろうね」
「夜のフェリーターミナルか駅のホームででも書いたと思うかもね」
「ふふふ」
 
それで新大阪で新幹線を降りて、構内のタコ焼き屋さんで、タコ焼きを3パック買う。そしてサンダーバードに乗ってから、政子は「美味しい美味しい」と言いながら食べていた。2個ほど私に「あーん」と言って食べさせてくれた。
 

高岡駅からタクシーで青葉の自宅に入る。和実と恋人の淳さんも来ている。ふたりともゴスロリの服を着ている。「和実に無理矢理着せられた」などと淳さんは言っている。青葉までゴスロリを着ている。
 
「ゴスロリも美人が着ると可愛いよねぇ」
などと言って政子は和実の服にあれこれ触っている。
 
「私、他にも持って来ているから、政子さん、着てみます?」
「え?いいんですか? あ、それなら冬も」
「いいですよ」
 
というので、私までゴスロリを着ることになった!
 
「ゴスロリが5人並ぶと、凄いインパクトがあるね」
と言って、青葉のお母さんが笑っていた。
 
「お母ちゃんも着る?」
と青葉は言うが
「さすがに勘弁して。あんたたちみたいに私はウェスト細くないよ」
と言ってお母さんは笑っている。
 
「でもこの5人の中で戸籍上も女の子というのが1人だけというのが信じられない」
「それは言いっこ無しで」
 
明日能登の岩牡蠣を食べに行くと言うと、和実・淳に青葉も行きたいと言った。結局、5人で行くことにし、電話して予約を8人分に変更してもらった。(7人分でいいかと思ったのだが、政子が『8!』と言った)
 

「あ、そうそう。和実たち、震災ボランティアお疲れさん」
と私は和実に声を掛ける。
 
「いえ、だいぶ落ち着いてきましたよ。当初はほんとに食糧不足でひたすら食糧を運んでいたのですが、最近は衣服関係が多くなりました。先月は扇風機もだいぶ運びましたね」
と和実。
 
「何してんの?運送屋さん?」
と政子が訊くので
 
「和実と淳さんは、震災のボランティアで、生活物資を東北地方に運んでいるんだよ」
と私は説明する。
「へー、放送局とかに集まってきた物資?」
「違う。自分たちで買って運んで行ってる」
「うっそー。それ、お金大変なのでは?」
 
「私が勤めてる喫茶店に募金箱を置いているんです。実はそこに募金が集まってくるから、それで物資を買って届けているんですけどね」
と和実。
 
「だったら、冬、私たちも寄付しようよ」
と政子。
「冬子さんには先日も500万寄付していただきました」
と和実。
 
「じゃ、私も500万寄付する」
と政子は言い
「ね、私の携帯操作して、送金して」
などと言うので、操作してあげた。
 
「あと、これ個人的に用意してきた」
と言って私は和実に厚い封筒を渡した。
 
「これは・・・」
「ボランティアの人たちのお弁当代とか、和実が個人的に出してあげてるでしょ。その分に補填して」
と私が言うと、和実は、ちょっと涙を浮かべて
「ありがとうございます。助かります」
と言って受け取った。
 

その後、青葉の部屋に行き、下着だけになってヒーリングを受ける。和実たちは遠慮して下の居間にいたが、政子は付いてきた。
 
「それ、もしかして裸になった方が、もっとよく効きません?」
と政子。
「それはそうですが」
と青葉。
 
「じゃ、裸になっちゃおう」
と言って私は裸になった。
 
すると裸の私がヒーリングを受けているのを見て政子は一緒に私の肌に触り、
「冬って、肌がきめ細かいよね」
「あ、それは割と子供の頃から褒められていた」
「誰に?」
 
「えっと、友だちに」
「それって、男の子?」
「そんな、男の子に肌を見せないよ」
「つまり、女の子に裸を見せていたんだ」
「えっと・・・・」
 
「図星のようだ」
「冬子さん、物事を隠すのが下手すぎます」
と言って青葉は笑っている。
 
「でも、それ気持ち良さそう」
「マーサもヒーリング受けてみる?」
「いいんですか?」
 
というので、私が終わった後、政子が裸になって横になり、青葉のヒーリングを受けた。
 
「身体の気の巡りは問題ないですけど、心に色々詰まってますね」
「そんなのもヒーリングで治せます?」
 
「ちょっと失礼」
と言って青葉は政子の左手を自分の左手で握った。
 
「あ・・・・」
 
それから青葉と政子のセッションは30分くらい続いたが、その間、政子はたくさん涙を流した。
 
「たくさん泣いてください。その方が心の詰まりが解消されていきます」
「なんでだろ。悲しくないのにたくさん涙が出てくる」
「それだけ政子さんが心に無理をさせていたんですよ」
 

「私、歌いたい」
と政子は言った。
 
「歌おうよ」
と私は言った。
 
「私、ステージで歌いたい」
「じゃさ、明日、牡蠣を食べた後で、ステージで歌わない?」
 
「どこかホール借りるの?」
「他のアーティストのゲストコーナーに出るんだよ」
「あ・・・」
 
「ほら、高3の時、XANFUSのゲストコーナーに出たじゃん」
「うん」
「あの時は覆面をして顔を隠していたけど、今度は顔を曝しちゃおう」
「行ける気がする」
「よし」
「あ、でもダメ。まだローズ+リリーと名乗る自信が無い。私下手だし」
 
「下手かどうか、ちょっと何か歌ってごらんよ。それで青葉に判定してもらおう。この子、絶対嘘は言わないから」
 
「よし」
というので政子は裸で寝たまま『キュピパラ・ペポリカ』のメロディーパートを歌った。ふつうは私が歌っているパートである。
 
「どうですか?」
「60点です」
と青葉は言った。ほんとに正直な子だ。もっと色を付けてくれてもいいのにと思った。でもそれが青葉だ。
 

「60点か・・・・まだそんなものだよね。でも歌ってもいい気がした」
 
と政子は言うので、結果的には青葉の辛口採点が良かったのかも知れない。
 
「よし、歌おう」
「冬も付いててくれる?」
 
「もちろん。私とマーサはいつも一緒だよ」
「で、誰のゲストコーナーに出るの?」
「明日、KARIONの金沢公演があるんだよ」
「KARIONか?」
と政子の顔が険しくなる。
 
「嫌?」
「ううん。いづみちゃんの前で今の私の歌を聴かせてやる」
「よしよし」
 
政子も本当にかなり本調子になってきているなと私は思った。政子の心理状態に関しては確かに青葉の指摘が正しいのかも知れない。
 
「曲はね。『岸辺の協奏曲』と『蘇る灯』と『花園の君』」と政子。
「えっと、一応発表済みの曲にしようか」と私。
「じゃ『恋座流星群』『坂道』『Spell on You』」
「了解。じゃ伴奏音源を送っておく」
 
「でも冬ってKARIONと親しいの?」
「小風とよくメールしてるよ。和泉も中3の時以来の友人だし」
「あ、そういえばそんなこと言ってたね」
 
とこの時は政子もあまり私を追求しなかった。
 

その晩は高岡市内のホテルに泊まり、翌朝、青葉・和実たちと合流して能登に行く。私が借りたレンタカーのインサイトと、和実たちのプリウスで移動する。青葉にどちらに乗る?と聞いたら悩んでいる。
 
「どうしたの?」
「どちらの車に乗っても当てられそうな気がします」
「ぶつけたりしないよ」
「いや、そういう意味じゃないです!」
 
「私たち別に車の中ではHしないよ」
と政子が言うので
「じゃ、そちらに同乗させてください」
と青葉は言った。淳さんが頭を掻いていた。
 
でもその後で政子が
「まだ車内でHしたのって10回くらいだよね?」
と私の方を見て言ったら、青葉が天を仰いでいた。
 

海岸沿いの道路を北上して氷見まで行き、国道415号で山を越えて石川県に入る。能登半島の石川県側と富山県側を行き来するには、どっちみちどこかで山越えの険しい道を通過する必要があるのだが、このR415を越えるルートが、一番「マシ」
な道である。それでも政子は車酔いして「ごめん、ちょっと休もう」と何度か言い、休憩したので、和実たちとはかなり距離が離れた感じであった。どちらも行き先はカーナビにセットしているから問題無い。
 
羽咋まで降りてきた後、国道160号で七尾市まで行く。
 
「高速とかないの?」
と政子が訊くが
 
「能登有料道路はあるけど、輪島・珠洲方面まで行くんじゃなかったら、あまり乗る意味が無い」
と私は答える。
 
「能登有料道路より、こちらの方が良い道ですね。道幅も広いしカーブも少ない」
と青葉も言う。
 
「だったらわざわざお金出して有料道路通る意味がない気が」
と政子。
 
「もっともこちらで100km/h出したら捕まりますけど」
「でもそんな人いるよね?」
「まあ、夜中は警察もあまり張ってないから。捕まったら一発免停ですけど」
「それに能登有料道路も実は最高速度70km/hだから100km/hで走っていると運が悪ければ捕まることもある」
「うむむ。やはり有料道路に乗る意味が無い気がしてきた」
 

七尾市街地の手前で左折し、国道249号の田鶴浜バイパスに乗る。
 
「あれ?ここ高速?」
「違うよ。でも、能越自動車道が七尾までつながったら、ここを能越自動車道の一部に転用しようという話になってる」
「へー。高速っぽい道路だよね」
「ついでにみんな高速っぽい速度で走ってるね」
 
高田ICで私がいったんランプを降りた後、またランプを上がるので、
「え?降りるの間違えた?」
などと訊かれる。
 
「ふっふっふ。見ててごらん」
と言って、私はランプの途中にある分かれ道を左手に分岐する。
 
「何これ?」
「この農道に入るには、高速のランプの途中から分岐する必要があるんだよ」
「ややこしい!」
「ね?」
 
「これ農道なの?」
「そうだよ。ほら、すぐ隣を高速の高架が走ってる」
「でもこの道も高速みたい!」
「田舎には高速と言われても信じたくなるような立派な農道があるんだよ」
 
それで農道を最後まで行った後、そのまま海側まで突き抜けて七尾湾周回道路に入った。
 
「すごーい。海の上に道がある!」
「ふふふ。この道も知る人ぞ知る道なのさ。能登半島には砂浜の上を走る道もあるよ」
「へー。それ通りたい!」
「じゃ、帰りに」
 
「冬子さん、よくこんな道を知ってますね。さっきの農道だって凄く分かりにくいと思ったのに」
と青葉が言う。
 
「どちらも知ってるのは地元の人だけだろうね」
と私。
 
「なんで冬は知ってるの?」
と政子。
 
「中学の時に来たことがあったから。その時数日掛けて能登半島内をあちこち走り回ったんだよ(公演も5ヶ所でしたし)。それで運転していた人が裏道好きで、入り方を解説しながら走ってくれたんだよね」
「へー」
 
「でもまだ運転免許取る前ですよね? 自分が運転できるとそういうの覚えるけど、運転しない人はそういう記憶残らないと思うのに」
と青葉。
 
「まあ、それは青葉と同じだね」と私。
「うっ」
 
「なるほど。その時、自分で運転したんだ?」と政子。
「あはは、内緒、内緒」
 

国道415号では和実たちの車がずっと先に行ったはずなのに、こちらが裏道を抜けてきたせいか、私たちが牡蠣料理店に着いてから5分ほどして和実たちが来た。出てきた牡蠣を見て政子が
 
「すごーい!巨大!!」
と言って、はしゃいでいた。和実も淳も「これは凄い」と言いながら食べていた。
 
「普通の牡蠣は冬がシーズンなのですが、この岩牡蠣はふつうの牡蠣が終わる頃から食べられるようになって、だいたい8月中旬までなんですよ。うちは岩牡蠣はお盆前まで営業します」
とお店の人は説明してくれた。
 
「9月になったら普通の牡蠣が始まりますよね?」
「はい、お陰でうちは年中営業していられます」
 
「普通の牡蠣が夏に食べられないのは性転換するからだよね?」
と政子が唐突に訊く。
 
「そうそう。冬の間は性別が無いんだけど、暖かくなるとオスかメスかどちらかになる」
「どっちになるって決まってないの?」
 
「決まってない。同じ個体が年によってオスになったりメスになったりする」
「面白いかも。牡蠣の恋愛は大混乱だね」
 
「そうだね。この人と添い遂げようと思っていても、いざ夏になってみたら、同性になってたということありそうだね」
「でも翌年は異性になることもある」
「うん」
 
「私同性でも恋愛していいと思うけどなあ」
と政子が言うが
「まあ、それでは繁殖できないから」
と私は言う。
 
「そういえば、青葉ちゃん、こないだ、私たちみんな子供が出来るって言ってたね」
と政子。
 
「ああ、その問題は後で和実ちゃんに追求された」
と青葉。
 
「私と冬も、和実さんと淳さんも女同士だけど、子供できるのかな?」
「多分できますよ」
と青葉は言う。
 
「私、子供を産めるのかも知れない」
と和実。
 
「ふふふ」
「どうしたの?」
「冬も立派な赤ちゃん産んでね」
「私が産むの?」
「冬が妊娠したら私が認知するから」
「うーん・・・」
 

お昼前にお店を出て、和実たちと別れて(青葉も和実たちの車に同乗して高岡に戻る)、今度は横田ICから能登有料道路に乗り、金沢に出た。でも政子は
「何この道路は〜〜!?」
と叫んでいた。
「ジェットコースターに乗っていると思えばいい」
と私は言っておく。
 
「田舎の人はジェットコースター要らないね、これかなり凄い」
「まあ360度回転したりはしないけどね」
「ほんとに?」
「そんな道はさすがに存在しないと思う」
 
千里浜ICで有料道路を降り、なぎさドライブウェイに入った。
 
「うっそー!ほんとに砂浜を走るんだ!?」
「地図には載ってない道だね。舗装もされてないし。でも道路標識はある」
「よく、これ砂浜にタイヤがめり込まないね」
「ここの砂浜の砂が特別なんだよ。ふつうの砂浜ならめり込む」
「へー」
 

今浜ICから再び能登有料道路に戻り、白尾ICで降りて津幡バイパスに入り、金沢山側環状道路を通って鈴見交差点を右に行き、KARIONのライブがあるホールまで行った。着いたのは14時頃だった。
 
バックステージパスを見せて中に入る。
 
「私の分までバックステージパスがあるんだ?」と政子。
「当然。それが無きゃ入れない」と私。
 
KARIONのリハーサルが行われていた。政子はじっと和泉たちが歌うのを見ていた。
 
15時半頃リハーサルが終わり、ステージから降りてきた3人と握手する。その時初めて、★★レコードの滝口さんが私たちのことに気付いた。
 
「あなたたち、もしかしてローズ+リリー?」
「はい、そうです」
 
と言って私は「ローズ+リリー/ケイ」の名刺を出す。政子もマリの名刺を出す。滝口さんも私たちに名刺をくれた。
 
「でもなぜここに?」
「今日のゲストコーナーに出演させて頂きます」
「聞いてない」
「町添部長に話が通っているはずです」
「うっそー」
 
と言って滝口さんはすぐ電話している。
 
「はい、分かりました」と言って電話を切るが
「なんで早めに言っておいてくれないのよー」
などと文句を言っている。
 
しかし滝口さんは先日「水沢歌月」に会っているのに、私と同じ人物ということに気付いていない感じ。やはりあの時のパンダメイクと爆発紫ヘアーが効いたようだ。
 
 
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