【夏の日の想い出・空を飛びたい】(下)

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この11月のKARIONのツアーでは私は基本的にキーボードだけを弾くことになっていた。何かの時のために一応愛用の《Flora》のヴァイオリンは持ち歩いていたものの、それを弾く予定は無かった。7月のライブの時はキーボードを弾きながらヘッドセットマイクを付けて歌ったのだが、今回は権利関係の調整がまだ付いていないので歌唱には参加しないでと言われた。しかし小風は一応私が出てきてステージに参加したことで、私を許してくれている雰囲気だった。
 
7月のライブの時と比較して増えたのは10月下旬に発売したばかりのシングルの曲3つだけだが、それだけでもライブ構成のやりくりは楽になっている。
 
新曲『秋風のサイクリング』でスタートし、前半にこれまで出た3枚のシングルの曲を演奏していく。そして前半最後は樟南さんから頂いた乗りの良いナンバー『Shipはすぐ来る』であった。
 
ゲストコーナーでは今回のツアーにはKARIONのデビューCDでバックコーラスを務め、来年の2月か3月くらいにメジャーデビュー予定であった《ミルクチョコレート》が出演した。今回のツアーに全部付き合う。KARIONのバックコーラスからメジャーデビューへというので、今回のコーラス隊を務めてくれた中学生4人組が熱い視線で千代子と久留美のペアを見ていた。
 
ちなみに《ミルクチョコレート》というのは、千代子の子供の頃からのアダ名が「チョコ」で、久留美は名前を逆読みすると「ミルク」なので、ふたりが半ば自虐的に付けたユニット名だったが、インディーズでCDを出してライブなどもしたりしていると、覚えやすくて良いという反応が多く、本人たちも気をよくしていた。
 
ふたりの音楽は基本的にはポップロックで、KARIONとは全く違う傾向の音楽である。楽曲は青島リンナや道上前略などの∴∴ミュージックのアーティストにも楽曲を提供しているシンガーソングライター、山吹亜技斗さんの提供だった。(山吹さん自身はインディーズでのんびり活動しているので、世間的に見ると作曲家だが、本人はシンガーソングライターと自称している。福留彰さんと似たような活動だ)
 

後半は新譜の中の曲、福留さんの『嘘くらべ』から静かにスタートする。後半はアルバムの中の曲を9曲演奏し、最後は『水色のラブレター』で締める。単独ダウンロードが10万件近く来ている凄い曲である。CDは1人で数枚買う人もあるかも知れないが、ダウンロードは1人1つのストアでは1回しかダウンロードできないから、これは本当に10万人の人が聴いてくれているということになる。私も和泉もありがたいねと言っていた。
 
幕が下りてアンコールの拍手がある。幕が開き美空・和泉・小風の3人が出て行き、御礼の挨拶をする。そしてアンコール曲『空を飛びたい』を今回のツアーでは、相沢さん・木月さん・鐘崎さん・黒木さん・児玉さんの、トラベリングベルズの中核5人の伴奏で歌う。
 
そして更にアンコールの拍手。あらためて和泉が挨拶をして本当に最後の曲として『Crystal Tunes』が告げられる。相沢さんたちは下がり、私とグロッケン奏者が出てきて、グランドピアノとグロッケンシュピールのみの伴奏でこの美しい曲が奏でられ、ツアー初日札幌公演は終了した。
 

翌日の仙台公演、翌々日の金沢公演については何も言われていなかったので、丸花さんに電話して確認したら、出られそうなら出てと言われたので出ることにした。それでその日は結局母に連絡して和泉たちと一緒に札幌に泊まり、翌日飛行機で仙台に移動して、公演に出た。更にその後、飛行機で小松に移動して、金沢市内で泊まり、11月3日のKARION金沢公演に出た。
 
公演が終わってから3日の夕方、小松空港で羽田行きを待っていたら政子から電話が入る。
 
「冬、1日からどこに行ってたの?」
「あ、ちょっと○○プロさんの用事」
「へー。それで私、冷凍室のストックが無くなっちゃって」
「ああ。じゃ火曜日くらいに作りに行く」
「今日は〜?」
「今日はまだ用事がもう少し掛かる」
「私、お腹空いた〜」
「スパゲティくらい自分で茹でられない?」
 
と言ったのだが、10分後くらいに
「鍋の底に大量にスパゲティがくっついて取れないんだけど、これどうしたらいいの?」
と電話が掛かってきた。
 

11月7日(金)。私と政子は須藤さん、津田社長と一緒に、午後学校を早引きして、鍋島康平先生の御自宅を訪問した。これまで何度かご挨拶にという話はあったものの、先生の御都合が付かず(実際には体調が良くなかったようであることを別ルートから私だけは聞いていた)、延び延びになっていたが、この日は大丈夫ということであったので、私たちの学校はあるものの、鍋島先生のご負担にならないよう昼間の訪問となったのである。
 
政子は学校の制服であるが、私が私服だったので、須藤さんから「これ着て」
と言われて、ふたりお揃いの女子高生の制服っぽい服を着せられての訪問となった。
 
「ふふふ。女子高生の冬は可愛いなあ。でもさあ、冬、実はうちの高校の女子制服を持ってたりしないの〜?」
などと訊かれる。
 
「そんなの持ってる訳ないじゃん」
「ほんとかなあ」
などと政子は少し疑っている雰囲気だ。確かに政子にも何度か女子制服姿は曝してるが、借り物ということにしている。
 
「だいたい男の子が女子制服買いに行っても売ってくれる訳無い」
「そりゃ、普通の男の子ならね。でも冬は《男の娘》のほうだから」
「女装してなきゃ男の子としか思われないよ」
「いや、冬は学生服を着ていても女の子に見える」
 
「まさか! それに知ってる? うちの高校の制服は作る時に販売店から高校に依頼者の名前がオンラインで照会されて、高校側のシステムが承認しないと受け付けない。だから部外者はもちろん、男子生徒でも女子制服を作ることはできないんだよ」
 
「あ、そんなシステムあったんだ」
「よからぬ目的のために制服作ろうとする奴がいるからさ。うちの高校の制服は可愛いから、特に神経とがらせてるみたい」
「うーん。でも冬なら何とかしそうだけどなあ」
 
実際は私の性別のことを理解してくれていた高田先生が、私が女子制服を作ることができるように、洋服屋さんからの照会用データベースに私の名前(唐本冬彦・冬子の両方)を追加しておいてくれたのである。
 

鍋島先生の御自宅は、田園調布の静かな住宅街にあった。家の作りもしっかりしていて、中に入ると調度や家具も品の良いものを使っている。そんなにお金を掛けている訳ではないものの、センスの良さが感じられ、さすが芸術家の家だと思わせられた。
 
「おはようございます。ローズ+リリーのケイと」
「マリです」
と挨拶したら
 
「おお、可愛い子たちだねぇ」
とこちらに寄ってきて、いきなりマリに抱きつこうとし、マリから蹴りをくらった。フェイクガールの私ではなくトゥルーガールのマリの方に行ったのは勘がいいなと思った。須藤さんが慌てていたが、先生は
 
「うんうん、元気で良い」
と楽しそうにしていた。
 
先生は私の祖母(若山鶴乃)と同い年だったはずなので今年82歳になるはずだ。病気をして少し老けたなどとおっしゃっていたが、まだ70歳前後にしか見えない。しかも作曲家として現役で、毎年数人の歌手に新曲を提供している。目が若くてまるで少年のようなきれいな目をしている。私はこの先生きっと女遊びも現役だなと思った。
 
「だけど僕を蹴ったくったのは、ゆきみすず君以来だ」
などと言っている。津田さんは
「すずくりこさんには蹴られなかったんですか?」
と言って笑っている。
 
「あの子にはグーで殴られた」
と先生。
 
確かにゆきみすず先生とすずくりこ先生はスノーベル時代に鍋島先生の曲を一時期歌っていたことがあった。
 

美味しいアッサムの紅茶を入れてもらい、しばし歓談した。
 
「あの曲は前に****君に歌ってもらったんだけど、確か数百枚しか売れなかったんだよね」
「演歌のようで演歌とは少し違う雰囲気の曲ですから。演歌歌手が歌うより、こういう子たちが歌った方が、曲に合ってたんでしょうね」
と津田社長。
 
「うん。CDを聴いたけど、凄くロックっぽいアレンジになってたね。これは面白い!と僕も思ったんだよ。ミクシングのセンスもいいね。若いミクサーさんでしょ?」
 
取り敢えず先生があのアレンジを気に入ってくださっているようでホッとする。先生に献納したCDは、最初に雀レコードから出したものではなく、★★レコードから再版したものなので、実は須藤さんのアレンジ・ミックスしたものを私が密かに再調整させてもらったものである。
 
「あれは須藤君のアレンジ・ミックスじゃなかったっけ?」
と津田さんが言うが
「そんな気もしてたんですが、聴いてみると私の仕事じゃないみたいだから、あの時、スタジオのミキサーさんに頼んだような気がします」
と須藤さん。
 
「ああ、その時担当してくれた人がたまたまセンス良かったんだろうね」
などと津田さんは言っていた。
 
細かいことを記憶していないアバウトな須藤さんらしい。おかげでこちらの裏工作がバレなくて済む。
 
その場で鍋島先生がピアノを弾いてくださって、私と政子が『明るい水』を一緒に歌った。それを津田社長がMP3レコーダーで録音していたが、これは結果的には鍋島先生の最後の実演演奏記録になったようである。(鍋島先生の全集を作った時に収録された)
 

先生はマリが持っているオーラから、
「君、詩人でしょ?」
と言い、その後、ふたりで結構、和歌や俳句の話で盛り上がっていた。
 
津田さんも頷きながら聴いていたが、須藤さんはその手の話には興味が無いようで途中から半ば心ここにあらずという感じにしていた。
 
「でもマリ作詞・ケイ作曲の『遙かな夢』は凄くいい歌だよ」
と先生は褒めてくださった。
 
「正直、上島君の『その時』より出来がいいと思った。こちらをタイトル曲にしても良かったと思う」
 
「それはさすがに褒めすぎです。この子たちをうぬぼれさせますよ」
と津田さんは釘を刺す。
 
「でも津田君、次のローズ+リリーのCDにも、このふたりで書いた歌を入れた方がいい。2曲か3曲入れてもいいと思うよ」
と先生はおっしゃった。
 
津田社長も頷きながら
「それは私もそれがいいかなと思ったんですよ」
と言う。
 
「どうかした事務所なら、アイドルが作詞作曲したり、アイドルが楽器を演奏したりするとイメージが壊れるとかいって嫌いますが、うちはそんなの何も気にしない事務所ですから」
と津田さん。
 
「まあ、プロデューサー的な人がいないから適当にやってるだけだよね」
と鍋島先生も歯に衣(きぬ)を着せない。
 
そんな感じで、私たちと鍋島先生の対談は(須藤さん以外)とても楽しく過ぎて行ったのであった。
 

さて翌日11月8日は午後に大阪でKARION公演、夕方から横浜でローズ+リリーの初ホールライブという無茶なスケジュールである。私はそのハードスケジュールに備えるため今夜はぐっすり寝ておきたかった。
 
ところが鍋島先生の家を辞して、自宅に戻り夕飯の支度をしていたら、上島先生から私の携帯に直接電話が掛かってきて「新曲をあげるから今夜取りに来て」と言われた。この時はまだ私は、上島先生のこの手の言葉の意味を知らなかった。
 
須藤さんに連絡すると、それなら政子も連れて頂きに行こうということになり、3人で御自宅を訪問することになった。私は母に急用が出来た旨を告げて
 
「このシチューの鍋はこのまま40分煮込んでから、ルーを入れれば食べられるから」
と言って、出かけた。
 
私たちが上島先生の御自宅を訪問すると、数人のアーティストが応接室で待機していた。篠田その歌も居て、お互い手を振って挨拶代わりにする。そして上島先生は何やら演歌系レコード会社の担当さんと話し込んでいる。
 
私たちは前の人の予定がずれているのかな、などと思いながらも緊張してひたすら待っていたのだが、その内、その歌が席を立ち、私にも、ちょっと来てという感じのジェスチャをしたので、私も席を立って廊下に出た。
 
「遅くなったけどデビューおめでとう」とその歌。
「いえ、こちらこそ挨拶に行かずにごめんなさい」と私。
 
「でも献納CDは聴かせてもらったから。上島先生、無茶苦茶リキが入ってるじゃん」
「ムーちゃんにあげてもいいくらいの曲だと思った」
「私は最近少し手抜きされてる気がする」
「うーん・・・」
 
「今、先生はAYAに力入れてるからね」
「凄く売れそうな曲を渡してるね」
「冬に渡したのはAYAに渡してる曲とは違う意味でリキ入ってる。あれは実験曲だと思う」
「やっぱり?」
 
「普通、アイドルにこういう曲を歌わせないでしょ?」
「うん。何か微妙な違和感があったんだけどね」
 
「ところで今日はもしかして『新曲あげるから取りに来て』と言われたんじゃないの?」
「うん」
「それってさ『今夜もしかして時間が取れたら曲を書くことができるかも知れないから、来て待っていると優先して書くかもよ』程度の意味だから」
「えーー!?」
 
「でも上島先生から曲をもらってるアーティストとしては、そんなこと言われたら取りに来なきゃいけない。眠ったら後回しにされるから徹夜覚悟。でも頑張って起きていても、その日はもらえないかも知れない。私も過去数回空振りになったことある」
「ひゃー」
 
「だから、こちらが先にダウンしないように、適当に休んでいた方がいいよ。私はこういう時は、頭の9割くらいを眠らせて待機してる」
 
「そんなこと出来るって、禅宗の修行僧並みだね!」
 

それで私もできるだけ意識を飛ばして身体と精神を休ませながら待っていた。その内、23時頃に政子は眠ってしまう。須藤さんが起こそうとしていたが、いったん起きてもまたすぐ寝てしまう。困ったなあという顔をしていた須藤さん自身も1時頃には眠ってしまった。待っている他のアーティストにも、ダウンする人が相次いでいる。
 
上島先生がレコード会社の人と打ち合わせを終えたのが2時過ぎで、その時点で起きていたのは、私とその歌ともうひとりの歌手の3人だけであった。
 
それで上島先生は最初に篠田その歌に曲を書き始めた。その途中で雨宮先生が来訪する。雨宮先生は明らかに酔っていたが、いきなりその歌にキスしようとして、思いっきり蹴られていた! なんか今日は女の子が偉い先生を蹴る所ばかり見る!!
 
上島先生はそれを笑いながら見ていたが、やがて曲を書き上げてくれて、その歌は3時すぎに「じゃね」と言い笑顔で帰って行った。
 
もうひとり待っていた人にそれから1時間ほどで曲を書き上げてその人も4時頃帰宅する。残り起きているのは私と雨宮先生だけである。上島先生は大量の人が応接室で寝ているので
 
「この人たち起こしちゃ悪いね。モーリー、ケイちゃん、こっちに来て」
と言って、私たちを居間の方に連れていき、そちらで本棚の上からヴァイオリンケースを取ると、中から楽器を出して、それで作曲を始めた。上島先生がヴァイオリンを弾くことは知ってはいたが実物を見たのはこの時が最初だった。
 
「相変わらず雷ちゃん、ヴァイオリンが下手ね」
などと雨宮先生が言う。
 
「放っといてくれ」
と笑って言いながらもヴァイオリンで音の流れを探っているようで、少し弾いては五線紙に書き込み、少し弾いては書き込みというのを繰り返している。
 
私はその様子を見ながら、ふと本棚の上にもうひとつヴァイオリンケースがあるのに気付いた。
 
「あれ、ヴァイオリン、もうひとつあるんですか?」
と私が訊くと
 
「それは高岡の遺品なんだよ」
とおっしゃる。
 
「ああ、そうだったんですか」
と言って、私はじっとそのヴァイオリンケースを見つめていた。
 

「ケイちゃんもヴァイオリン弾くの?」
と上島先生が訊くので
 
「ええ、少し」
と答えたのだが、雨宮先生が
「ケイちゃんはヴァイオリンのプロ」
と言っちゃう。
 
「ほほぉ」
「だって、ケイちゃんは篠田その歌のヴァイオリニストだったんだよ」
「え?そうなの?」
 
「そうですね。初期の頃、伴奏させてもらってました」
「雷ちゃんの作曲家としての処女作『ポーラー』のPVで、ケイちゃんヴァイオリン弾いてたから」
「えー、凄い!」
 
私はその頃のことを雨宮先生には話していないのだが、自分で色々調べたのであろう。
 
「私そのPV見たわよ。当時はあどけない可愛い女子中学生だったけど、今は少し色気もある女子高生に育ったわね」
 
「お恥ずかしいです」
 

「だけど、ケイちゃんの『遙かな夢』を見た時、やられたと思ったよ」
と上島先生は語る。
 
「だから私言ったでしょ。この子凄い才能持ってるからって」
「うん。あの日モーリーに言われてライブに行く予定をキャンセルして『その時』
を書いたからね」
 
「え?そうだったんですか? こないだ聞いたのでは浦中さんから頼まれた晩、たまたま時間が空いてたから書いてくださったと」
 
「私が言ってキャンセルさせたのよ」
と雨宮先生。
 
「わあ!」
 
「こないだも言ったように、僕は君のことはライバルだと思っているから、僕を追い越すような作品を書きなさい」
 
「はい。頑張ります!」
 
「ところでケイちゃんの楽曲のまとめ方って、ちょっと蔵田君っぽいよね。ケイちゃん、もしかしてドリームボーイズ好き?」
 
ってか、蔵田さんの曲をまとめてるのが私だからね〜。
 
「あ、その件は済みません。守秘義務でお話しできません」
「ああ、蔵田君と少し関わりがあるのか」
 
と言って上島先生は納得したような顔をした。
 
「でも蔵田君と関わりがあるのなら、僕から楽曲をもらって叱られなかった?」
「叱られましたが、許してもらいました。上島先生がもし今後も書いてくださるなら、私の楽曲とカップリングで出していくのがいいとも言われました」
 
「だったら、僕もますます燃えるね。蔵田君とケイちゃんをまとめて粉砕できるような曲を頑張って書くよ」
 
と上島先生は楽しそうに語った。
 

そして先生は2時間ほど掛けて『甘い蜜』という、ほんとに甘い感じのポップスを書き上げられた。
 
「宣言する。この曲はミリオン行くから」
と先生はおっしゃる。
 
「ありがとうございます。これで私もミリオン歌手になれます」
 
と私が答えるので、雨宮先生が楽しそうに見ている。
 
「ケイちゃんって遠慮とかしないし常にポジティブだから気持ちいいね」
「私もマリも遠慮とか謙遜とかを知りませんので」
 
「うん。スターはそれでいい」
と上島先生は楽しそうにおっしゃった。
 

私が政子と須藤さんを起こして上島先生の御自宅を辞したのは朝6時であった。
 
「私、夕方まで寝てていいですか? まだ眠たい」
と政子が言うので
 
「それじゃ17時くらいまでには横浜の会場に入って」
と言う。
 
「ケイは私の家に来て一緒に寝ない?」
と政子から言われたが
 
「ごめーん。○○プロから頼まれた用事があるから行ってこなくちゃ」
と言う。
 
「先週もそれで出てたね」
「うん。色々としてくださってるから、こちらも頑張らなきゃ。あ、それで須藤さん、そちらが長引いたら、私、会場に入るの18時くらいになってしまうかも知れません」
 
「うん。開演は19時だから、18時半くらいまでに来てくれればいいよ」
と須藤さんはアクビしながら答えた。
 
須藤さんはあまりリハーサルというのが好きではないようで、今回のツアーでも、当初はリハーサルの予定が全く入っていなかった。結果的には札幌や福岡などではリハーサルをしているのだが、それも伴奏の人に言われて渋々という感じであったが、私としては、そのおかげで助かった面も多かった。
 

私は政子たちと別れると、タクシーに乗っていったん自宅に戻り、タクシーを待たせたまま、母に徹夜になったことを謝って、そのまま急いで着替え、ヴァイオリンを持つとタクシーに戻って八王子駅まで行ってもらい、横浜線に飛び乗り新横浜に出る。そして新幹線で大阪に入った。タクシーの中でも寝ていたが、新横浜ではわざと新大阪終点ののぞみに乗り、車中で熟睡した。新大阪駅で車掌さんに揺り起こされて下車した。
 
会場に行くと、和泉たちが待っていた。
 
「優秀、優秀。ちゃんと来たね。明日も大丈夫だよね?」
と小風から言われるが
 
「明日はローズ+リリーが札幌だから無理」
と答える。
「神戸の公演が終わってから駆け付けられない?」
「神戸から札幌まで、どうやっても6時間は掛かる。そもそも明日は札幌日帰りにするので午後の時間の公演だから、完璧に時間も重なっているんだよ」
 
「やはり蘭子が2人いないから悪いんだ」
「ごめーん」
 

その日の公演は14:58に終わった。私は幕が下りるのと同時に和泉たち3人とハグするとKARION公演では一貫して付けているロングヘアのウィッグを外して楽屋口に走って行き、待機させておいたタクシーに飛び乗る。新大阪駅に急行し、新幹線に飛び乗る。15:17のに乗るつもりだったが1つ前の便15:07が少し遅れて入って来たため幸運にもそれに乗ることができた。
 
一方、会場では長身の望月さんが私が使っていたのと同じウィッグを付けて、私のヴァイオリンケースを持ち、和泉たち3人と一緒に別途タクシーに乗り込み15:10くらいに会場を離れた。それで公演が終わった後で楽屋口の方を見に行った人は「いづみ・みそら・こかぜの3人と洋子」がその時刻にタクシーで会場を出たように見えたはずである。
 
私の方は車内でいったん男装しておいた。今回の11月のツアーの「移動中」は私は概ね男装していた。そして新幹線が17:24に新横浜に着くと横浜線ホームへと走る。そして17:29の横浜線に飛び乗る。菊名で東急に乗り継ぎ17:48に横浜のみなとみらい駅に到着。そこからまた走って楽屋に飛び込んだのは17:53であった。これを見た人がいても、男性スタッフが楽屋口に駆け込んだようにしか見えなかったであろう。
 
「冬ちゃん、なんで男の子の格好なの?」
と須藤さんから言われるが
「今着替えます」
と言って、大急ぎで汗を掻いている下着から全部着替えて、ついでにステージ衣装を着けた。私は政子を促して18:00の開場の際、ドアが開く直前、ホールのロビーで待っているファンの人たちに笑顔で手を振った。歓声が上がっていた。
 

ローズ+リリーの公演では、発表している曲が、2枚のCDで10曲だが、その大半がカバー曲である。オリジナル曲は実際問題として『その時』と『遙かな夢』
しか無いのだが、『明るい水』『七色テントウ虫』『ふたりの愛ランド』もそれに準じる扱いにしようということで、(私と加藤課長と松原珠妃の間で)話はまとまっていた。
 
最初はノリの良い『ふたりの愛ランド』で幕開けする。
 
伴奏の人たちの楽しそうな音に乗って私たちはこの曲を熱唱した。石川優子とチャゲのデュエット曲であるが、私たちは石川優子のパートを私が、チャゲのパートをマリが歌っている。2000人クラスの会場で歌うのはマリは初体験であったが、のびのびと楽しそうに歌っているのを見て、私はやはりこの子はスターだというのを認識した。
 
その後、まずは女性デュオの曲を歌う。
 
PUFFYの『アジアの純真』、ピンクレディの『UFO』、Kiroroの『長い間』、t.A.T.u.の『All the things She said』(英語版)、Winkの『愛が止まらない』。
 
『All the things She said』は先月のキャンペーンでもよく歌った曲で、間奏でキスしたら叱られたが、今回のツアーではキスはしていない。この時期はまだ私達もかなり自制的だった。
 
この後、リリーフラワーズの『七色テントウ虫』を歌った後、少し長めのMCをしてから、今度は女性グループの曲を歌う。
 
AKB48の『会いたかった』、モーニング娘。の『LOVEマシーン』、SPPEDの『White Love』、Princess Princessの『Diamonds』、と歌い、JITTERIN'JINNの『夏祭り』で盛り上げてから前半最後は上島先生の曲『その時』をしっかりと歌い上げた。
 

ゲストコーナーには同じ△△社のロックバンド Crewsaw が登場して3曲演奏してくれた。彼らはこのツアー全部に付き合ってくれる。これも最初の原案では△△社のインディーズの女の子歌手を歌わせるということになっていたのが松原珠妃が「メインのアーティストと競合する子を出してどうする?」と言い、全く傾向の違う Crewsaw を指名したのである。その場で津田社長に電話して直談判で出場を決めてしまった。ちなみに、Crewsawのスケジュールは真っ白なので、即ツアー同行を同意してくれた。
 
ミニスカの女子高生デュオが歌っていた所に突然背広を着たおじさんたちが入って来て演奏を始めるので観客は戸惑っていたが、彼らが結構ノリの良い曲を演奏するので、会場はすぐ手拍子で満ちて、雰囲気は良かった。
 

私たちはその演奏を聴きながら、服を下着から全部着替えてお茶を飲み休憩していたが、政子は私たちの伴奏でサックスやフルートを格好よく吹いてくれた七星さんに憧れてしまったようで
 
「何歳くらいからサックス吹いてるんですか?」
「そのフルート、総銀ですよね? どこのメーカーですか?」
などと質問したりして、楽しそうに話していた。
 
七星さんも政子のことが気に入ったようで、政子が中学時代吹奏楽部でフルートを吹いていたというと、あれこれフルートのことで話題が盛り上がっていた。
 

やがてCrewsawの演奏が終わり、私たちが伴奏陣と一緒にまた出て行く。
 
後半は『遙かな夢』を歌った後で、実力派女性歌手の歌をたくさん歌った。
 
松原珠妃自身が「これは歌ってもらわなきゃ」と言った『黒潮』、保坂早穂の『ブルーラグーン』、芹菜リセ『黄色い鍵』、松浦紗雪『追想のロンド』、花村かほり『帰りたい』、Superfly『愛をこめて花束を』、MISIA『忘れない日々』。そして宇多田ヒカル『Automatic』。
 
このあたりは絶対に「並みのアイドル歌手」には歌えない、声域が広い曲ばかりである。松原珠妃は、このデュオの最大の魅力はケイの歌唱力なんだから、それを見せるのが絶対必須と言って、こういうラインナップを決めたのである。MISIAの『忘れない日々』で私はMISIA同様ホイッスルボイスで超高音も出している。
 
アレンジはいつも珠妃の曲のアレンジをしてくれている芸大作曲科出身の若手女性アレンジャーさんが特急でしてくれたのだが、4オクターブ近い声域を持つ私と1オクターブ程度の声域のマリの声で「デュエット」に聞こえるように編曲するのに彼女はかなり悩んだらしい。
 
『Automatic』を歌い上げた所でMCをする。
 
「みなさん、ローズ+リリーの初ライブ、熱心に聴いてくださってありがとうございます。いよいよこのライブも最後の曲になってしまいました。これは年末くらいに発売するCDに入れる予定の曲ですが、実は今朝できあがったばかりの曲です。上島雷太先生作詞作曲の『甘い蜜』」
 
これを演奏することは私自身が今日のお昼、KARIONの公演前の休憩時間に思いつき、珠妃、上島先生、秋月さんに電話してOKを取り、大阪から新横浜に移動する新幹線の中でノートパソコンでアレンジ譜を書き上げて、こちらで印刷し、直前にバンドの人たちに配ったものである。須藤さんは今朝できた曲のアレンジ譜が目の前にあるのでびっくりしていたが、伴奏の人たちは初見能力の高い人たちばかりなので、問題無く演奏してくれた。
 

いったん幕が下りるが、アンコールの拍手で呼び戻される。KARIONも私は和泉・畠山さんと話し合って、アンコール前に「お色直しをしない」方針を採っているが、ローズ+リリーでも政子と2人で須藤さんにお願いし、着替えずにアンコールの拍手があったら、お客さんを拍手で疲れさせないようにできるだけ早く出て行くという方針にさせてもらった。
 
汗だらけではあるが、観客の声援で疲れも吹き飛ぶ気分だ。
 
アンコールの御礼を言う。
「では私たちのインディーズ・デビュー曲『明るい水』」
 
この曲は元々はやや演歌っぽい曲で、音階もヨナ抜きであるのだが、須藤さんがとてもポップなアレンジをしたのが結果的には受けた感じもする曲である。今回のツアーでのアレンジも、その線に沿って、結構ロック的なアレンジにしてある。とても楽しい歌なので、政子も本当に楽しそうに歌っている。「明るい水」というのは、もちろんお酒のことで、みんな酔っ払ってしまえば喧嘩も無くなる、平和な世の中になる、という楽天的な歌だ。大きなプロダクションなら、女子高生にこんな歌を歌わせていいのか?と考えたろうが、その辺りのアバウトなのが弱小プロダクションの良さである。
 
かなり盛り上がった所で、大きな拍手の中、私たちは伴奏の人たちと一緒に下がる。しかしアンコールの拍手で呼び戻される。私と政子の2人だけで出て行く。
 
「アンコールありがとうございます。それでは本当に最後の曲。松田聖子さんの『SWEET MEMORIES』」
 
私がグランドピアノの前に座る。そして私のピアノ伴奏でふたりで歌う。甘くせつないこの名曲を、しっとりと歌いあげて、私たちの演奏は終わった。
 
割れるような拍手の中、私たちはステージ前面に並んで丁寧にお辞儀をし、幕が降りた。
 

そういう訳で私たちの既存のCDには入っていたものの外されてしまった曲が『渚にまつわるエトセトラ』『A.S.A.P.』『恋に落ちて』『恋のコンチェルト』
『甘い視線』である。松原珠妃の「あんたたちには合わん」のひとことでセットリストから外された。
 
その松原珠妃はこの横浜公演を見ていてくれて、後で私に電話してきて
「マリちゃんのスター性が凄い。あんたたちはすぐミリオン歌手になる」
と言った。
 

翌日はKARIONは神戸公演。昨夜和泉たちは大阪に泊まっている。こちらは札幌公演なので、さすがに掛け持ちは無理である。私は早朝から羽田に行き、政子と須藤さんと合流。新千歳に飛んだ。7月のKARIONキャンペーン、10月のローズ+リリーのキャンペーン、今月1日のKARIONライブに続いて4度目の北海道行きである。KARIONもローズ+リリーもANAなのでマイルがどんどん貯まる。私は今年はブロンズメンバー確実だな、と思った。
 
この日は曲順を少し入れ替えた。先頭を『その時』でラストを『ふたりの愛ランド』
にしてみて、『明るい水』は最初の方に置き、『甘い蜜』はアンコールにしてみた。このあたりは須藤さんや帯同してくれている秋月さんの意見で調整しているのだが、結構毎回コロコロと入れ替わった。また昨日の今日では無理だったが、翌週からは一部曲の入れ替えなどもしたので、この月のツアーで私たちが歌った曲は全部で30曲ほどに及ぶ。
 
また昨日の横浜公演ではリハーサルをしなかったが、今日の札幌公演は伴奏陣から、一度客のいないところで確認しながら演奏しておきたいという要望が入りリハーサルを行った。秋月さんは帯同しているレコード会社の技術スタッフに頼んでリハーサルも全部録音させていた。
 
この日のお昼御飯はジンギスカンだった。政子は蟹が食べたいと言ったのだがKARION同様、蟹で万が一当たったりしたらということから、最初ハンバーガーなどという話だったのだが、蟹がダメならジンギスカンと政子が言い、ジンギスカンなら、そう当たることもあるまいというので、伴奏陣も入れて一緒に食べに行った。七星さんと私たちは並んで座ったのだが、七星さんが政子の食べっぷりを見て呆気にとられていた。私はいつか美空と政子を並べてこういう焼肉系のものを食べさせてみたい気分になってきた。
 
お昼から帰って来た所でパソコンを開けてメールチェックしたら和泉からメールが入っている。何だろうと思ったら
「いい詩ができたから曲を付けて」
 
というメールだった。『優視線』という、敢えて「上から目線」で書いた三角関係の曲だ。あの子も可愛いかも知れないけど、私の方が絶対勝つんだもん、という強気の恋歌である。私は何だか、私と政子と和泉のことを言われている気がして苦笑いした。
 
でもいつも美しい詩を書いている和泉も、こんな詩が書けるのかと思って楽しくなり、ちょうど政子が
 
「ジンギスカン食べ足りなかった」
と言って、ヴァイオリニストの女子大生を誘って、ケーキを食べに行っていたのをいいことに、すぐ曲を付けて返送した。
 
なお、私はこの時期、auのデータ通信専用カード W05K で通信していた。ノートパソコンもCubaseを「軽く」使えるパワーのものが欲しいと思って9月に買った富士通のCore2-Duo T8100(2.1GHz) のWindows-XP機(VistaからDG)でメモリーも4GB積んでいた。私のプロ作曲家としてのスタート時期を支えてくれた名機だった。
 
一方の和泉は一貫して愛用しているPanasonicのシリーズで、通信は《京ぽん》を使用していた。ウィルコムなので、都市部では大丈夫なのだが、キャンペーンやPV撮影などで、どうかした場所にいると圏外で通信できないこともあった。
 

なお、この日はローズ+リリーの『その時』がBH音楽賞の新人賞を受賞し、その授賞式が東京で行われていた。私たちは札幌に居て出られないので、甲斐さんが代理で授賞式に行き、賞状と盾をもらってきていた。この年は、AYAも私たちと一緒に新人賞を受賞しているが、KARIONは選外だった。後で聞いたのでは、最下位で新人賞の枠に滑り込んだ子と僅差だったらしい。
 
その和泉たちだが、その日はステージ上のキーボードの上に私が大阪公演で置き去りにしておいたヴァイオリンと、カトレアの花瓶が乗せられていたらしい。御丁寧に花瓶には黒いリボンまで付けてあった。それで、その花瓶については何も説明しなかったので、観客の中から「キーボード奏者死亡?」などという噂が流れ、実際事務所やレコード会社にも問合せの電話が掛かってきたらしい。
 
キーボード奏者が「柊洋子」であると認識しているファンも結構いて
「まさか、柊洋子さん、亡くなったんですか?」
という質問もかなりあったようだが、レコード会社はそもそも柊洋子という名前を知らなかったし、事務所で対応した人も
「伴奏者やスタッフが亡くなったという話は聞いていませんが」
と、戸惑うような反応だったらしい。
 
カトレアの花瓶は、もちろん小風の悪戯である。
 

翌週の土曜日。11月15日。この日は午後が名古屋でKARION, 夕方から金沢でローズ+リリー。今回のツアーでいちばん大変な日である。
 
私は朝から新幹線で名古屋に移動し、リハーサルを経て、13時開演のKARIONのライブに出演した。私が元気にキーボードを弾いている姿を見て、公演後
「柊洋子さん、生きてた!」
という書き込みがネットにかなりあったらしい。
 
私は基本的にこのツアーではキーボードのみの演奏予定だったのだが、この名古屋公演でだけは、『水色のラブレター』で、今回のツアーで頼んでいるサポートの女性ヴァイオリニストさんと、ツイン・ヴァイオリンで伴奏した。
 
彼女は芸大の出身らしかったが、休憩時間に彼女から
「♪♪大学の学生さんですか?」
と訊かれた。アスカが♪♪大学に行っているし、○○ミュージックスクールで私にヴァイオリンを指導してくれた先生も♪♪大学の出身なので、私の演奏にその系統の音を感じたのかも知れない。
 
私が普通の高校生ですよと答えると、ぜひヴァイオリン科に進学しましょうよと随分勧められた。
 
そしてこの日は進行が少し遅れ、15:20にセカンドアンコールの『Crystal Tunes』
が演奏終了した。演奏が終わると私は観客の声援に応えて手を振っている和泉たちをステージに置き去りにして舞台袖に下がり、ウィッグを外して望月さんに渡すと、待たせてあったタクシーに飛び乗る。
 
小牧基地に急行してもらう。女性のドライバーさんを指定していたので私は車内で服を脱ぎ、男装になった。予め発行してもらっていた通行証で基地内に入ると「これを着て下さい」と言われて耐Gスーツを着せられる。
 
「ところでF15には単座機と複座機があるけど、どちらがいい?」
と三佐の階級章を付けた中年の幹部自衛官に訊かれる。
 
「えっと、どう違うのでしょうか?」
「複座だと2人乗りだから、パイロット付き。単座だと1人乗りだから君が操縦することになる」
 
「イーグルの操縦なんて無理です!」
「楽しいよ。超音速で旋回すると身体がバラバラになりそうな感覚だから」
「遠慮します。私、自動車の免許も持ってないから。複座でよろしくです」
 
それでF15JDの後部座席に乗り込んだが、
 
「君、急ぐの?」
と前の座席に乗っているパイロットに訊かれる。
「はい」
 
「じゃ、超音速で飛ぼうか?そしたら3分で到着する。亜音速だと10分掛かる」
 
亜音速の3倍の速度で飛んだ時に掛かるGを考えたら恐ろしい。
 
「済みません。亜音速でお願いします」
「超音速楽しいのに! 身体が潰れそうでさ」
「あはは」
 
それで酸素マスクを付けるように言われ、飛行機は滑走路に入り離陸したが・・・・
 
それから10分間?のことは私はできたら忘れたい。あれは絶対超音速出ていたと思う。
 

ともかくも気絶も免れて(これはやはり耐Gスーツのおかげ)小松基地に無事到着した。いや「生還」した気分だった。
 
「何か性転換手術でも受けてる気分でした」
「あはは。君、性転換して女の子になったら、きっと美人になるよ」
「やっちゃおうかなあ。これを経験したら何も怖くない気がします」
「ああ、そう言う人はよくいるね〜」
 
私は御礼を言って、耐Gスーツを脱ぎ、待たせてあったタクシーに飛び乗る。北陸自動車道を快調に走って、金沢西ICで降りて国道8号線に入ったが。。。。この運転手さん、8号線も北陸道も速度が変わらない!! いいのか?こんなに出して?
 
8号線を降りた後も、市内はうまい具合に空いていて(さすがに市街地は50km/hで走ったが)、スイスイと金沢駅まで到達した。金沢駅西口で降りた時に時計を見たら16:40だった。僅か1時間20分で名古屋から金沢まで来てしまった。F15イーグル凄い!!
 
金沢駅の構内を走り抜けて音楽堂の楽屋口に飛び込む。金沢駅の東口は混むのでわざと混まない西口で降ろしてもらったのである。私が男装で来たのでまた咎められたがすぐに女の子の服に着替え、ロビーに出た。入場を待って並んでいるファンがいたので手を振っておいた。
 

その日は公演が終わってから金沢市内のホテル(というか、公演会場そばのホテル)に泊まったのだが、この日、私と政子は再度ふたりの関係を見直し、当面ふたりは「友だち」でいること、「友だち」だから、一緒のベッドに寝ても平気だけど、もしセックスしたくなったら枕元に置いておくコンちゃんを開封すること(《御守りルール》)、また私と政子が書く曲のクレジットを「マリ作詞ケイ作曲」ではなく「マリ&ケイ作詞作曲」にすることなどを決めた。
 
この日の金沢のホテルの一夜というのは、私と政子にとって、ひじょうに大きな節目となる日でもあったのである。
 
夜中にふと目が覚めて、自販機のお茶を買いに外に出た。その時携帯にメールが来ていることに気付く。見たら小風だ。
 
《こちらは那覇だよ〜。沖縄暑いくらい。蘭子は何時に来るの〜?》
と書いてあるので
《明日は大阪公演だから無理。ごめーん》
と返信する。すぐ返信が来る。こんな夜中なのに起きているのか。いや多分連日の疲れで熟睡できずに夜中目が覚めてしまったのだろう。
 
《じゃ蘭子の写真公開決定》
《勘弁してよー。今度肩揉んであげるから》
 
《蘭子のマッサージ気持ちいいもんなあ。じゃ似顔絵で勘弁してやろう》
 
どういう似顔絵を公開するんだ? と思う。
 
そのまま小風と30分近くメールチャットを楽しんだ。
 

小風と
《さすがにそろそろ寝ようよ》
というやりとりをしてから部屋に戻り、パソコンの方のメールチェックもしたら和泉からメールが入っていた。
 
「またいい詩が出来たから曲付けて〜」
というもので、『恋のクッキーハート』という可愛らしい詩だった。私は微笑んだがさすがに眠いので、その夜はそのまま寝た。
 

翌日私と政子は須藤さんと一緒にサンダーバードで大阪に行った。この日の公演は18時開演である。終わった後、新幹線で東京に戻られるスケジュールである。この日もまたリハーサルをおこなった。
 
この日、和泉たちは沖縄で公演をしている。先日の神戸ではキーボードの所に花瓶を置いていた小風だが、この日は等身大のフィギュアをキーボードの所に置いていた。最初の内観客もそこに演奏者がいるのかと思ったようであった。後半では更にそのフィギュアにヴァイオリンを持たせていたらしい。
 
私たちの方は大阪公演が終わったら新幹線で帰るが、私は先日大阪でKARIONの公演をして新幹線で横浜に移動したばかりなので、なんか記憶が混乱しそうな気分だった。(実際この頃の私の記憶はあれこれ混乱しているし矛盾している)
 
この新幹線の中で政子が寝ていたので、昨夜和泉からメールしてもらった詩に曲を付け、東京駅に到着する前に返信した。
 

22日はKARIONが鹿児島、ローズ+リリーは岡山であった。
 
この日、小風はキーボードの上に黒縁の写真立てを置いておいた。それで鹿児島公演が終わった後、
「まさか、柊洋子さん、亡くなった?」
という書き込みがネット上にあったが、神戸・沖縄の公演を見ていたファンから
 
「それ、こかぜちゃんの悪戯」
というコメントが入っていた。
 
なお、私と政子は岡山公演の後、夕食を食べてから福岡に移動し、福岡のホテルに泊まった。この日、私は政子に唆されて、またまた女湯に入ることになる。1月のKARIONキャンペーンで泊まった福岡のホテル(今回のホテルよりはずっと安っぽい所)、2月に行った東北の温泉、9月の熱海の温泉以来、4度目の女湯だ。
 
しかし私は女湯に行くなんて無茶〜と言って抵抗しながら、政子に強引に連れられて、深夜の大浴場に行ったのであった。政子とは自宅のお風呂で一緒に入ったこともあるが、大浴場で一緒に入ったのは、これが初めてとなった。
 
なお、この日政子は「マスカット」という詩を書き、私はそれに曲を付けた。
 

そして翌日11月23日は、KARION, ローズ+リリーともに福岡である。私は○○プロからの指示なのでと須藤さんに断り、朝からホテルを出て天神に出る。お昼前に鹿児島から移動してきた和泉たちと合流する。そのままアクオスに入って、リハーサルに臨んだ。
 
「小風、なんか色々悪戯してるみたい」
「公演に出てこない蘭子が悪い」
 
「小風たちは今夜は福岡泊まり?」
「そうそう。明日新幹線で高松に移動する。蘭子は?」
「今日は最終の飛行機で東京に戻る。それで明日また仙台に新幹線で行く」
「信じられない。福岡に泊まって明日直接仙台に飛べばいいのに」
「あまり泊まると、お母ちゃんのお小言が」
 
「・・・・ね、まさか、蘭子ってこういう仕事をしていることを親に言ってないとか」
 
「うん、やるならちゃんとお父ちゃんに言ってからやれとお母ちゃんに言われてたのに、お父ちゃんと全然話ができない状態が続いてるもんだから、そのことをお母ちゃんにも言えなくて」
 
「それ絶対揉める!」
 
「だよねぇ。政子の方もやばいんだけどね」
「何か問題あるの?」
「あの子、今年の春にお父さんがタイに転勤になって、付いてこいと言われたのを、△△△に行きたいから勉強頑張りたいんで日本に残ると言って、今ひとり暮らししてるんだよね」
 
「それで歌手やってたら、普通親は怒るね」
「うん。だから困ってる」
 
「でもそれバレるの時間の問題だよ」
「そんな気がする」
 
「蘭子、性転換しちゃったことも、親に言ってないでしょ?」
「・・・性転換はまだしてない」
 
「私たちにまで隠さなくてもいいじゃん!」
 

そういう訳でこの日は13時から15時までKARIONの公演に出て、すぐに築港のムーンパレスに移動し、ローズ+リリーのリハーサルを簡単にやった後、公演を18時から20時までして、その後福岡空港を21:30のANA最終便で東京に戻った。
 
さすがに疲れて飛行機の中で爆睡していた。
 
そして翌日24日の振替休日は政子と一緒に朝から仙台に移動し、仙台でリハーサル+公演をして、夜の新幹線で東京に帰還した。
 
その日KARIONの方は福岡から新幹線とマリンライナーで高松に移動し、公演をする。この日はキーボードの所には、葬儀屋さんから借りてきた?という感じのスタンド花が立て掛けられていた。
 
そして私はこの25日から28日まで高校の修学旅行が入っていた。(25日長崎・26日菊池温泉・27日別府に泊まる)
 
ここ毎週週末に全国を走り回っているのに、新幹線で九州往復である。さすがに私は新幹線の中でもパスの中でもひたすら寝ていたので、この修学旅行で見学した内容は全く覚えていない。
 
ただ、阿蘇の米塚の所で『天使に逢えたら』という美しい曲を書いた。
 
この修学旅行では、別府で早朝、目の不自由なお婆さんを誘導して女湯に入ることになる。また、琴絵にとうとう、私と政子がローズ+リリーであることがバレてしまった。
 

修学旅行から帰った日は自宅でとにかくひたすら寝ていたが、翌日29日は仕事が待っている。今日は横浜からである。
 
朝から横浜に出て行き、KARIONのリハーサル、そして公演をする。この日の公演も13時開演で15時くらいに終了。新幹線で名古屋に移動し、18時頃にローズ+リリーの会場に入った。駅と会場との距離の関係で8日に大阪から横浜に移動した時より時間が掛かったが、間に合うので問題無い。それで19時から21時までローズ+リリーのライブをして、新幹線で帰宅する。
 
何だか1日でKARIONとローズ+リリーの両方の公演に出るのに慣れてしまってもうこれが日常のような気分になってくるのが恐ろしい。
 
そして両方のツアーの最終日、30日はどちらも東京である。
 
その日は13時から新宿の文化ホールでKARION。これが15時頃に終わって、16時頃には中野のスターホールに到着。ここでリハーサルもした上で19時から21時までの公演に臨み、1ヶ月間の怒濤の「ダブルツアー」を完了した。
 

12月7日(日)。私と政子はローズ+リリーの『その時』がYS大賞の新人賞を受賞したので、授賞式に出るため出かけて行った。秋月さんが可愛いミニスカの衣装を用意していたので、それに着替えて出席する。
 
このYS大賞新人賞も後の08年組の中で受賞したのはAYAとローズ+リリーのみである。私たちはこの時初めてAYAのゆみと声を掛け合った。
 
「AYAさん、受賞おめでとう。最優秀新人賞取れるかと思ったのに惜しかったね」
「ローズ+リリーさんもおめでとう。まあ、どうしても演歌の方がこの賞は強いから」
 
この年のYS大賞最優秀新人賞は27歳の新人演歌歌手が取った。27歳で新人というのがさすが演歌の世界である。
 
「でもRC大賞の最優秀新人賞は行けるんじゃないですか? 少なくともCD売上枚数では今年の新人の中で最多のはず」
と言うと、ゆみは声を潜めて
 
「ここだけの話、私あれ取りたくない。RC大賞の最優秀新人賞を取って、そのあと大成した歌手が少ない」
「確かにね〜」
と私も小声で応じる。
 
この時期はお互いに半ば儀礼的な挨拶に留まっているが、この話だけはお互い本音トークだった。RC大賞は最も権威のある賞なのに、最優秀新人賞にしても大賞にしてもどうもゲンが悪く、大賞を取った歌手はその後たいてい不調に陥り、最優秀新人賞を取った歌手の多くが短命に終わっている。
 
「でも私、2月の頭にAYAのライブを人に誘われて見に行って、その時に凄い!と思ったんですよー」
と私が言うと
 
「わぁ、インディーズ時代から見て頂いてたなんて感激です」
などと、ゆみは言う。
 
「でもローズ+リリーは『その時』惜しかったですね。あと少しでプラチナディスク達成だったのに」
 
「次で頑張ります。AYAさんは今回40万枚くらい行っているし、次はダブルプラチナ行くといいですね」
と私も答えた。
 

ところで10月頃、ローズ+リリーのプロフィールがよく分からないことからKARIONの仮面ユニット説というのがあった。ローズ+リリーの『遙かな夢』で声が3つ聞こえることから、これが実はKARIONの3人の声なのでは? というのがひとつの論拠になっていた。小風の声がマリの声と声質が似ているという背景もあった。
 
しかしもうひとつ、KARION別働隊説というのがあり、ローズ+リリーはKARION準メンバーの柊洋子と小風のデュオなのではという説もあったのである。それは小風の声とマリの声が似ているというのと、柊洋子の顔とケイの顔が似ているというのが論拠にあった。
 
柊洋子にしてもケイにしても、公式の写真が存在せず、遠距離から盗撮したようなものしか無かったものの、両者を見比べると、似ていると言われていた。
 
ここで、この「柊洋子」がドリームボーイズのバックダンサーの「柊洋子」と同一人物なのか同姓同名なのかというのも意見が別れていた。実はドリームボーイズのファンサイトで、柊洋子と誤って別の子の写真を掲載しているサイトもあり、それが更に混乱を引き起こしていた。
 
実際当時、柊洋子さんとケイさんは同一人物ですか?という問合せはよく★★レコードにあったらしいが、実は同一人物であることを知る人自体が存在せず、把握していないが多分別人では?という回答をしていたらしい。
 
またKARION準メンバーの柊洋子とドリームボーイズのバックダンサーの柊洋子がもし同一人物であれば、それは絶対ケイでは有り得ないという意見も多かった。蔵田派の柊洋子(2009年1月のドリームボーイズ・関東ドーム・ライブにも出ているからこの時期蔵田孝治と円満な関係であることは確実)が、ライバルの上島雷太から楽曲をもらってデビューするなんて有り得ないという主張である。
 
そして柊洋子とケイが別人であるという意見が大勢になったのがこの11月のライブツアーであった。このツアーで柊洋子はKARIONのツアーに登場し、ケイはローズ+リリーのツアーに登場していて、その掛け持ちができるとは思えなかったというのがある。
 
KARIONの札幌公演の日はローズ+リリーは公演していないが、関東のローカルFM局の「生番組」に出演していた。ただこの「生番組」は実は録音が結構混ざっているのではないかという噂が以前からあった。そして23日の福岡と30日の東京は日程と場所がダブっているので無理すれば掛け持ちできないこともない。
 
29日の横浜と名古屋に関しては、洋子が横浜の会場を出たのを15:15に目撃されているのだが、それから新幹線で移動すると18:45くらいに会場に入れるという計算になった。何か少しでも予定外のことが起きたら開演に間に合わないので、そんな危険は冒さないのではという意見が多かった(同感!)。
 
更に8日の大阪と横浜については、15:10に洋子は大阪の会場を出ていて18:00に横浜の会場に姿を見せているので、どういうルートを使っても間に合わないという結論になったようである。
 
そして決定的だったのが15日である。15日午後のKARION名古屋公演で柊洋子はアンコールでピアノを弾いている。これが終わったのは15:20で、そのあと他の3人と一緒に15:40頃楽屋口でタクシーに乗るところを目撃されている。ところがケイは16:50頃に金沢音楽堂のロビーに姿を現し、ファンに手を振ったのを目撃されている。名古屋市中村区のZホールから金沢市駅前の音楽堂までわずか1時間10分で移動する方法が考えられないので、やはり柊洋子とケイは別人という説が主流となる。
 
ただ、推理小説的トリックがあるのではとか、双子説・従姉妹説などのバリエーションはくすぶっていた。
 
 
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【夏の日の想い出・空を飛びたい】(下)