【夏の日の想い出・月の三重奏】(上)

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2013年12月。大学生として最後の師走。
 
私と政子、それに小風・美空・和泉の3人、そしてOzma Dreamの2人も12月2日の月曜日に卒論を提出し、卒業できることがほぼ確定した。槇原愛は模試の成績が良かったので、本気でM大学を受けることにした。結果的に槇原愛は和泉たちの後輩ということになりそうだが、和泉たちの卒業と入れ替わりで入学することになる。
 
なお、私たちの大学の友人では、小春と博美は12月の最初の週に論文提出できたが、礼美はまだ完成しておらず「期限までに何とか頑張る」と言っていた。
「バイトしばらく休ませてもらった方がいいよ」
と私たちは真剣に礼美に言った。
 

さて、私たちの卒業がほぼ確定したことで、町添さんは速攻で私たちのライブを入れてしまった!
 
12月下旬の3連休に、KARION, ローズ+リリー、ついでに XANFUSのライブを3日連続でやろうという企画である。
12月21日(土)がXANFUS, 22日(日)がKARION, 23日(祝)がローズ+リリーで、会場は両国の国士館と聞いて、私は驚いた。
 
「よく、そんな会場がこんな時期に取れましたね!」
「ああ。1年前に押さえておいたから」
「凄い!」
「ケイちゃんといづみちゃんの卒論提出が遅れていたら、キャンセル料が大変だったよ」
「ひゃー!」
 
などという会話はしたものの、町添さんのことだから、万一の場合はXANFUS3日間、あるいは1日はスリファーズやスイート・ヴァニラズあたりにやらせるつもりだったのではないかという気がする。
 
実際私たちも和泉たちも「3日間ともスケジュールを空けておいて」と言われた。つまり、どうもお互いの公演にゲスト出演する演出があるようである。多分、卒論と関係のないXANFUSは最初からこの3日間を全部リザーブされていたのであろう。
 
イベントの詳細は私たちが卒論を提出したその日、12月2日(月)に発表され、チケットは7日の土曜日に、XANFUSが朝10時、KARIONが昼12時、ローズ+リリーが14時に発売されたが、3公演とも各1分で売り切れた。座席数は各7500席であるが、一般発売されたのが7000席で、残り500席はFM放送などの招待枠。内300席が、福島・宮城・岩手の放送局で募集された(最寄り新幹線駅からの往復券付き:今回のスポンサーになった電器メーカーの好意による)。
 
しかしXANFUSとローズ+リリーの瞬殺は当然だが、KARIONも瞬殺したことに、私も和泉も驚いたのだが「まあ、電話を掛ける側のノリだね」などと町添さんは言っていた。
 
これまでのKARIONの実績からすると、7500席のソールドアウトには1時間近く掛かりそうな気がしたのだが、元々これら3ユニットのファンはお互いに結構重なっている部分もあるので、多分XANFUSの座席が取れなかったファンが、そのまま2時間後のKARIONに賭けたのであろう。
 

「ところで水沢歌月はKARIONのライブのピアノを弾くよね?」
と和泉が言ったが
「それはいつものようにパスで」
と私は答える。
 
「あるいは私たちと一緒に並んで前面で歌う?」
「そちらもパスで」
「覆面してもいいよ」
「うむむ!」
 
「出場しないと、水沢歌月の正体しゃべっちゃうぞ」
「それはあと何年か待って」
「ふーん。何年か待ったら発表してもいいんだ?」
「えーっと」
 
「蘭子が出なかったら、蘭子は男の娘だって言いふらすのはどう?」と小風。「写真付きでね」と美空。
「待ってよ〜」
 

12月4日(水)。スターキッズが3枚目のアルバム『Moon Road』を発売した。2012年5月の『Prelude No.5』(12万枚), 同年12月の『Phantasia Ecostic』(22万枚)に次ぐもので、前作と同様に全ての楽曲をアコスティック楽器で演奏している。
 
楽曲はマリ&ケイが2曲提供し、近藤さんが2曲書いた他は七星さんが残りを全部書いている。七星さん自身のサックスまたはフルートがメロディーを演奏するインストゥルメンタルのみの楽曲構成にしたのも前作同様である。
 
「要するに歌が入っていると、BGMとして使用するのに邪魔なんだよなあ。私たちのCDってBGMとして使う人が多いから」
などと七星さんは言っていた。
 
一部の楽曲にフィーチャーされているクラリネットは名前をクレジットしていないが実は私が吹いたものである。またタイトル曲『Moon Road』にフィーチャーしたヴァイオリン三重奏は、私と松村さんと鷹野さんである。
 
ちなみにジャケットでは、満月・半月(上弦)・三日月の写真を並べた前に、鷹野さんがヴァイオリン(撮影用にアスカのヴァイオリンAngelaを借りた)、七星さんがフルート(ムラマツ24K純金)、近藤さんがギター(Gibson J-185)を持っている所が写っていた。
 
このCDは、スターキッズ自身のファンクラブでの告知の他、ローズ+リリーのファンクラブでも情報を流したこともあり、好調な売れ行きを示していた。
 
「この感じだと前作より売れるかも」
などと加藤課長などは言っていた。
 

そして・・・・この12月4日、スターキッズの近藤さんと七星さんが結婚した。
 
この日ふたりは午前中に「新譜発表・結婚記者会見」なるものを★★レコードで開いた。記者会見の冒頭、巫女さんが出てきて記者たちの前で三三九度をやっちゃった。更に指輪の交換までやっちゃう。居並ぶ記者たちは何となく拍手をしたが・・・
 
「あの・・・今のは?」
という質問が出る。
 
「私たちの結婚式です」
「今のが結婚式だったんですか!」
 
「記者前結婚式ですね」と近藤さん。
 
七星さんも笑顔で
「私は新譜を持って新婦になります」
などと駄洒落を飛ばしていた。
 
「おふたりはいつ頃からのお付き合いでしたっけ?」
「ローズ+リリーの『After 2 years』を2010年9月に制作したのですが、その時知り合って親しくなりました」
「その縁でスターキッズを結成したんです」
 
「それではローズ+リリーのおふたりがキューピッド代わりなんですね」
「はい、それで今日の夕方、午後6時から開く披露宴では、ケイちゃん・マリちゃんに仲人をしてもらいます」
 
「仲人って普通、夫婦の人がするのでは?」
「あのふたり、夫婦並みに仲が良いですから、それで充分です」
 

そういう訳で、披露宴では私とマリが黒無地の和服を着て仲人を務めた。披露宴に参列するのは、マキの結婚式、姉の結婚式の他、友人の結婚式にも2度ほど出ていたが、仲人をするなんてのは初めてだ。
 
しかし『記者前結婚式』をやっちゃったのにも象徴されるように色々型破りな披露宴であった。七星さんは「披露宴の主役の花嫁がずっと席にいないのは間違っている」と言い、お色直しはしないことにした。どうせ2度目の結婚式だしなどと言って、両親への感謝文も無し。余興では花嫁自らピンクゴールドの可愛いサックスでスタンダードナンバーの『Misty』を吹いた。
 
「婚礼衣装を普通に着るとさ、締め付けがきつくて、とても楽器吹けないから、吹ける程度にしといてくださいと着付けの美容師さんにお願いした」
などと言っていた。
 
ちなみに七星さんはそれまでふつうのゴールドのサックスを使っていたのだがこの披露宴でピンクゴールドのを吹きたいと言って、これまで使っていたのと同じサックスの色違いのを買っちゃったのである。今日発売するCDが売れたら、その印税で払うからお金貸してと言われて、私は笑って立て替え払いしておいた。
 
なお、乾杯の音頭は★★レコードの加藤課長が取ってくれた。
 
仲人の私たちも『言葉は要らない』を私のピアノ伴奏で歌った。更に政子は私が白いワンピースを着て、従姉の披露宴で歌っている所の写真をスライドに掛けちゃった。「中学生の時のケイの写真でーす」などと言っていたが、どこでその写真を入手したんだ!?
 
近藤さんの友人代表は鷹野さん、七星さんの友人代表は山森さんが務めてくれて、山森さんは某遊園地が所有する、移動可能なパイプオルガンを会場に持ち込み、メンデルスゾーンの結婚行進曲(『夏の夜の夢』より)、クラークの『トランペット・ヴォランタリー』、バッハの『主よ人の望みの喜びよ』、と弾いてくれた。
 
ちなみに「移動可能」とは言っても、高さが2.5m, 幅が8mほどある巨大なもので、外から実際の会場まで運び込むことが可能かどうかを式場の人と一緒に事前に慎重に計算した上で実現したものであった。遊園地側も宣伝になるからと言って演奏中の写真を撮影することを条件に無償で貸し出してくれたものである。
 
このオルガンのストップの操作は、私の古い友人でもあるオルガニスト、夢美が務め、夢美もついでに1曲『展覧会の絵』を弾いた。夢美の演奏に山森さんはそばで自らストップ操作をしてあげながら頷くようにしていた。実力を認めてくれているのだろう。
 
夢美は、それ以外にもこの披露宴の余興で歌を歌う人たち(多くは現役の歌手)の伴奏をエレクトーンでしてくれていた。これは私が頼んだものである。
 
実は彼女は4年ほどヨーロッパで留学兼武者修行をしていて、この秋に帰国したのを捕まえ、徴用したのであるが、ずっとヨーロッパに行っていても、日本のポップスをしっかりキャッチしていたようで、「私の曲分かります?」
と少し不安げに言う、やや売れてない歌手の曲もきれいに弾いてあげていた。
 
「私は日本にいるのに、ここまでレパートリー無いわ」
と言って山森さんがまた感心していた。
 

さて、近藤さんと七星さんがこの時期に結婚したのは、ローズ+リリーの休養中でないとハネムーンの時間が取れないからというのもあった。でも実はふたりが結婚を決めたのは11月の中旬で、話を決めてからわずか半月での挙式となった。無論七星さんは妊娠はしていない(ふたりは子供を作るつもりは無いなどと言っていた)。更にふたりは同居もしないという話だった。お互いに別々のスケジュールで仕事をこなしているので、一緒に住むことがストレスになるんだ、と七星さんは言っていた。
 
「日常生活と性生活は別」
 
などと七星さんは言う。
 
「冬ちゃんたちは、日常生活と性生活と創作活動が渾然一体みたいだけどね」
「あはは、すみませーん」
 
「でも、浮気の心配は無い?」
と政子が心配したが
「ああ、浮気は子供を作ったりしない限り自由ということで申し合わせた」
などと七星さんは言う。
 
「近藤さんが浮気しても平気なんですか?」
「別に構わないよ。私も気に入った男とは寝るし」
と、どうも開き直っているようだ。
 
「わあ、凄いなあ」
と政子は言うが
 
「良い子は真似しないように」
と私は釘を刺した。
 
なお、当初ふたりは結婚式も挙げないなどと言っていたのだが、私と政子で唆して、新曲発表と同時に結婚発表、即日挙式、などということをしたのであった。それでこの日に結婚式披露宴があることを予め知っていたのは、ふたりとごく親しい人たち、多分20人くらいだけであった。
 
またふたりは新婚旅行代わりに、全国のライブハウスで演奏するなどと言って結婚式の翌日から12月20日まで16日間に全国16ヶ所のライブハウスに出演するスケジュールを入れていた。
 
(21日からは国士館ライブがあるので、それで拘束されるが、結果的には5日から23日まで19日間連続ライブするようなもの。なお、ワンティス公演の伴奏者候補からスターキッズを外したのはこのライブハウスツアーが入っていたため、上島先生・雨宮先生との合同練習が困難であったためである)
 
「何ならふたりだけで全国回って演奏してきたら?」
などと新婚旅行に付き合わされることになる鷹野さんが呆れて言っていたが、近藤さんは
「いや仕事にすれば、新婚旅行の旅費が経費で落とせる」
などと訳の分からないことを言っていた。
 
突発的に結婚を発表して夕方から披露宴などと言ったので、平日でもあり、来たくても来られない人もかなりあったようだが、結果的にはそれで来場者を絞ることができた感もあった。ふたりはどうせ来る人少ないからと言って、30人キャパ程度の会場を想定していたのだが、私は万一の時は動員掛けるから100人規模の会場を確保するよう言った。
 
近藤さんも七星さんもスタジオミュージシャンとしての活動が長いし、現役でもあるので、その関係の人がたくさん来てくれたし、比較的名前の売れた歌手の顔も結構並んでいた。その人たちが中央テーブルに挨拶に来るので、結果的に私たちもその人たちと色々会話を交わした。
 

超大物歌手・松原珠妃(まつばらたまき)も来ていた。今年6月に某音楽雑誌がやっていた「日本の歌姫ランキング」では読者投票で3位に入っていたが、1位が30歳の松浦紗雪、2位が35歳の保坂早穂だったので、25歳の松原珠妃は、このランキングが出た直後のネットの反応では、実質的な1位だよね、という意見も多かった。
 
「おーい、冬、来たぞー」
と言って珠妃がやってくるので、私は仲人席から降りて和服のままハグする。彼女は綺麗な振袖を着て来ていた。
 
「このくらいの振袖なら花嫁より目立ったりしないよね?」と珠妃。
「うん、大丈夫だよ。でもよく、時間取れたね〜」と私。
 
「たまたま空いたんだよ。仕事が1件キャンセルになって。私にはインサイダーで情報流してくれてても良かったのに」
と珠妃。
「ごめーん」
 
「冬、松原珠妃さんと知り合い?」と政子が驚くように訊く。
「私の元先生」と私。
「私の元生徒」と珠妃。
 
「冬、その件について後でじっくりと。でも七星さんとの縁は?」
「七星さんは珠妃さんのバックバンドを結構長期間やってたんだよ」
「えー? そうだったんだ?」
 
「元々、七星さんが高校時代にローズ+リリーのバックバンドに入ってくれたのも、珠妃さんの推薦」
と私が当時の事情を明かすと
「えーー!?」
と政子。
 
「そういう意味では、珠妃さんは、近藤さんと七星さんの縁を作った一人」
「すごーい。でも、どうも冬は昔のことをまだまだ隠してるな」
 
「政子ちゃん、冬の昔のこと色々教えてあげようか? 写真もあんな格好したのとか、こんな格好したのとかあるよ。 ネタ1件につき100億円くらいで手を打たない?」
と珠妃。
 
「もう少しディスカウントしてください!」
 

私とは高校以来の付き合いになるアイドル歌手の貝瀬日南ちゃんなども来てくれていた。今年出したアルバムで、七星さんが曲を提供してくれて、演奏にも参加してくれたのだという。貝瀬日南は○○プロで、プロダクションの方針として、CDの音源作りでは打ち込みは原則として使用しないが、今回はその七星さんのサックスをフィーチャーした曲が結構評判になり、個別ダウンロードが凄い事になっているようだった。
 
「今あの曲のダウンロードが7万件来てるのよね。私ここ3年くらい5万枚を越えるヒットが無かったのに」
「おお、すごいすごい」
 
「でも音源制作の時に、格好いいお姉さんだなあ、ってちょっと憧れる気分だったから、結婚するって聞いて、とにかく今日の予定が無かったから飛んで来たんだよ」
「ありがとう」
 
「ところでさ」
「うん?」
「さっき私、歌った時に伴奏してくれたエレクトーンの人」
「うん」
「もしかして何か凄い人?」
 
「うん。川原夢美さんって言って、私が子供の頃、愛知県に住んでいた時の友達なんだけどね。高校の時にエレクトーンの世界大会で優勝してるから」
「きゃー! 道理で。歌ってて、この人、凄く上手い!と思ってたよ」
 
「ちなみに中学の時も同じ世界大会のジュニアの部で3年連続優勝した。だから大人の大会まで入れて4年連続優勝」
「すごーい」
 
「夢美ちゃんと仲良くしたいけど、忙しいみたい」
と政子。
「ケイの小さい頃の女の子ライフをかなり知ってそうなのに」
 
「マリちゃん、ケイちゃんの『少女時代』の探求に燃えてるのね?」
と日南が楽しそうに言った。
 
「そうなんだよ。ケイには『少年時代』は存在しなかったという仮説を立てていて、その検証をしている所」
 

七星さんたちの高校や大学の友人達も、あるいは買物や家事を放置して、あるいは会社を早退して駆けつけてくれたりしていた。結果的には出席者は90人くらい、ちょっとだけ顔を出した人も入れると140-150人になったようであった。
 
「なんか御祝儀に分厚い札束包んでる人がいる!これ70-80万ありそう」
と七星さんが焦ったような声を出す。
 
「ああ。この世界って相場が異常だから」
と私は答える。
 
「きゃー。松原珠妃さん、100万円の小切手+ディナーショーのペア招待券」
「松原珠妃さんのディナーショー、5万円くらいしたかな」
 
「わあ、貝瀬日南ちゃんもこれ30万くらいありそう。給料安いだろうに申し訳無いなあ」
「今回のアルバムで七星さんが書いた曲が物凄く売れてるってんで特別ボーナスもらったらしいですよ」
 
「それにしても・・・わっ!ケイちゃんとマリちゃんの御祝儀袋、300万の小切手が入ってる!」
「まあ、ノリで」
 

12月18日(水)、XANFUSの5周年記念アルバムが発売された。
 
ローズ+リリーの『Flower Garden』に刺激されて、KARIONが『三角錐』を作り直してハイレベルなアルバムにし、更にそのふたつのアルバムに刺激されてXANFUSもこのアルバム『Dance ∞ (infinity)』をハイレベルに制作した。
 
これまでのXANFUSのアルバムは2009年11月に出た2ndアルバム以降、神浜(神崎美恩作詞・浜名麻梨奈作曲)の曲を2〜3曲入れてそれを中核とし、それ以外のソングライターさんの曲を8〜10曲程度入れるパターンが定着していた。しかし今回は神浜の曲を7曲も入れている。
 
そしてそれ以外の曲として神崎美恩作詞・吉野美来作曲の歌が3曲入っている。吉野美来(よしのみらい)というのはXANFUSの光帆の本名である。元々神崎美恩は光帆と組んで曲作りをしていたのだが、その後光帆がXANFUSでデビューして忙しくなり、なかなか曲を付けてあげられずにいた時、代りに音羽の友人であった浜名麻梨奈が曲を付けたのが当たったことから、XANFUSの曲は神崎美恩と浜名麻梨奈で作るのが定着したのである。
 
神浜の曲はいつものようなダンスナンバー、神光(とファンサイトで呼ぶのが定着した)の曲はライトロックという感じの仕上がりになっている。この3曲に関しては、浜名やパープルキャッツのmikeなどにアドバイスをもらいながら完成させたことを光帆自身がブログに書いていた。
 
そして残りの2曲は、マリ&ケイ作詞作曲、森之和泉作詞+水沢歌月作曲の歌が入っていて、これはXANFUSのファンたちにも驚かれた。
 
「これ、どちらも《お付き合い》で書いたような曲じゃないね」
「マリ&ケイにしても、森之和泉・水沢歌月にしても、無茶苦茶リキ入ってる」
「むしろ自分たちで使いたいような曲を提供してくれている」
 
ファンサイトではそのような評が書かれていた。
 

XANFUSのアルパムを番組で紹介してくれたFMのパーソナリティさんなども、こんなことを言っていた。
 
「このマリ&ケイ『柔らかい時計』も、森之和泉・水沢歌月『輝く季節』にしても、自分たちのシングルとして出してミリオン狙えるような曲ですね」
 
「私たちも楽曲見てびっくりしました」と音羽。
「ケイからも歌月さんからも、ライバルの私たちに提供するのに個別ダウンロードで下位になりそうな曲などは提供できん、と言われました」
と光帆。
 
「個別ダウンロードって、あれは結構残酷ですよね」
「そうなんです。曲の出来不出来が、如実に出てしまう。でも今回個別ダウンロードの最下位はきっと私の曲だな」
と光帆は言うが
 
「いや、光帆さんの3曲も凄く良い出来ですよ」
とパーソナリティさんはフォローしてくれた。
 
「ケイからもらった『柔らかい時計』を見て浜名が凄い興奮して負けるものかというので『Triple Moon』書いて、少しは対抗できたかな、なんて言ってたらそこに歌月さんから『輝く季節』の譜面が届いて、またぎゃぁ!とか言って、丸2日スタジオに閉じこもって『The Ball Lover (舞踏会の君)』を書いたんです」
 
と音羽が状況説明する。
 
なお、『Triple Moon』にはギター三重奏がフィーチャーされているが、弾いているのは、パープルキャッツのmike, 音羽, ともうひとりは実はスリーピーマイスのティリーなのだが、それはクレジットされていない。
 
「あ、ball って舞踏会の方のボールですね」
「ええ。タマではありません」
 
「ちなみに先頭曲の『Infinity Inaccessible (*1)』は、歌月さんの『アメノウズメ』を聴いて、浜名が燃えて書いた曲で、アルバムラストのKARIONと一緒に歌った『優しく踊って』はケイの『あなたがいない部屋』を聴いて刺激されて書いた曲です」
 
(*1)到達不能無限。数学用語。整数論の無矛盾性は最初の到達不能数までの超限帰納法によって証明されている。いわば人知をもって把握できる限界を越えた超無限大であり、西洋魔術のアイン・ソフ・アウルに擬する人もいる。
 
「ああ、『優しく踊って』はKARIONのハーモニーが美しいですね」
「ええ。あの4人、ほんとにきれいに歌います」
 
「4人!?」
「あ、はい。歌月さんも歌唱に参加してますから。良く聴いて頂くと4声あることが分かると思います」
「じゃ、歌月さんがXANFUSの音源制作のスタジオに来られたんですか?」
「ええ。来ました。初めてお会いしましたが、可愛い方ですね」
「おぉ!」
 
「でもそれだけ刺激受けて浜名さんが曲を書いたのなら、今回、ケイさんと歌月さんは、このアルバムの功労賞ですね」
「全くです。でもそれぞれ、1ヶ月分くらい働いた気がした、なんて浜名は言ってました」
 
「どれも物凄くクォリティ高いです。来年の音楽賞を独占するのでは?」
「いや、ケイも歌月さんも乗ってるから、そう簡単にこちらに独走させてくれないですよ」
と光帆は本気で言っている感じであった。
 

12月21日。両国国士館3日連続ライブの初日、XANFUSのステージが始まる。
 
出たばかりのアルバムの中の曲『Beat Heaven』の前奏とともに幕が上がったので観客は総立ちになる。XANFUSのライブは、会場がダンスホールになるのが常である。しかし観客が戸惑ったような反応を見せる。
 
ステージ前面にふたりの歌唱者が立っているが、音羽と光帆ではない。誰も見たことのないふたりだが、ふたりともとても歌が上手い!
 
そしてふと見ると、バックで演奏しているのもパープルキャッツではない。よくよく見ると、ギターを弾いているのが音羽、ベースを弾いているのが光帆で、キーボードはKARIONのいづみ、ドラムスはローズ+リリーのケイであることが分かる。
 
そのあたりの認識ができていったあたりから、少しずつ拍手が湧き上がって行った。
 
やがて演奏が終わった所で、ギターを弾いていた音羽とベースを弾いていた光帆が前面に出てきて「ハーイ! XANFUS参上!」と名乗りを上げる。
 
「紹介します。今の歌を歌ってくれた人。神崎美恩! そして浜名麻梨奈!」
 
客席から「きゃー!」とか「おぉ!」という声とともに物凄い拍手がある。ふたりが公衆の前に出たのは初めてであった。ふたりは客席に向かってお辞儀をし、そして手を振って舞台袖に下がった。
 
「あと、いづみとケイもありがとう!」
 
それでいづみと私も手を振って下がる。
 
「音羽のギターはプロ級だと、先日スカイヤーズのYamYamさんからお墨付きを頂きましたが、私のベースはにわかベースです。kijiちゃんに習って1日特訓して、取り敢えずこの曲だけルート弾きで弾けるようにしました」
 
と光帆が言うと拍手とともに笑い声が聞こえる。
 
「さあ、それでは続けて演奏行きましょう!」
 
ということでパープールキャッツのmike, kiji, noir, yuki が入って来る。
 
「それでは『Triple Moon』です」
と言うと、いづみと私が再度ギターを持って入ってくるので、また歓声が来る。
 
それでmikeさんと、いづみ・私の3人でギター三重奏をして、それでこの曲を演奏した。
 
それにしても三重奏ついてるなと私は思った。スターキッズの『Moon Road』
でヴァイオリンの三重奏をして、こちらはギターの三重奏である。私たちの演奏に乗せて、いつものように音羽と光帆が激しくダンスしながら歌う。
 
ふたりによれば、声を出す時は身体は動いていないのだというが、それにしても、やはり相当の腹筋が無いとできないワザだ。
 
本当に月が空に3つ登っているかのように3つのギターが絡み合う、小気味よいリズムで演奏を終えた。
 
「いづみ、ケイでした!」
と光帆が私たちを再度紹介してくれて、和泉と私は下がった。
 
その後は通常の演奏に移行した。
 

この日の折り返し点のゲストコーナーでは、ローズ+リリー with スターキッズが覆面の魔女を入れて4ボーカルでKARIONの『雪うさぎたち』と『アメノウズメ』
を歌い、その後、KARION with トラベリングベルズがローズ+リリーの『花園の君』
『天使に逢えたら』を歌うという演出があった。KARIONはこの曲のためだけに、サポートのヴァイオリニストを6人並べる(但し譜面は旧譜)という凝りようであったし、こちらも『アメノウズメ』のためだけに、箏の奏者2人と鼓奏者1人を入れて演奏した。
 
なお、ローズ+リリーが覆面をした2人(覆面の魔女)と一緒に歌ったのに対抗して?KARIONと一緒に演奏したヴァイオリニスト6人も覆面をして《覆面の弦楽器奏者》などと称していた。
 
『雪うさぎたち』は、KARIONの原曲が雪の庭を静かに雪うさぎが跳ね回っている感じなのに対して、ローズ+リリー版は雪うさぎたちのダンスパーティーみたいだという評。『天使に逢えたら』はローズ+リリーの原曲はキキとララみたいなお茶目な天使という感じなのに対してKARION版は熾天使か智天使が来ているみたいと評された。
 
要するにローズ+リリーがKARIONに負けてるじゃん!
 
アンコールは、ファーストアンコールでは、KARION, ローズ+リリーを入れて7人でXANFUSの新曲『優しく踊って』を歌った。ここで覆面の魔女と、覆面の弦楽器奏者も、覆面のまま並んで一緒に歌った。
 
そしてセカンドアンコールではXANFUSのふたりに、神崎さん・浜名さんを入れて4人で『DOWN STORM』を歌い、観客が熱狂していた。
 

まだ翌日、翌々日があるので、その日の打ち上げは1時間ほどで軽く済ませて帰宅する。すると帰る途中のタクシーの中で小春から電話が掛かってきた。今日の公演を幸運にもチケットをゲットして観に来ていたらしい。ライブで物凄く興奮したというのがよく伝わってくる口調だった。
 
「でも神崎さんと浜名さんが出てきたの、ほんとにびっくりしたよ」
「まあ、5周年ということで1度ファンの人たちに挨拶するのもいいかなというので、何をしゃべろうかと考えていたら結局挨拶代わりに歌を歌っちゃおうということになったみたいね。神崎さんって元々光帆といっしょに歌のレッスン受けてて歌うまいし、浜名さんはカラオケの達人で、歌えない曲がまず存在しないって人だから」
 
「すごいなあ。ね、ね、今日神崎さん・浜名さんが出てきたってことはさ、明日はやはり水沢歌月さん、出てくるよね?」
「さあ、それは聞いてないなあ」
「博美が明日のチケットをゲットしてるんだよ。ああ、報告が待ち遠しい」
「へー!」
 

2日目。KARIONのライブ。幕が開く。冒頭で『アメノウズメ』を演奏する。
 
昨日のXANFUSライブの様子がネットに大量に書かれて盛り上がっていたので観客はきっと何かサプライズがある、と思って期待している。
 
ところがステージには普通に、こかぜ・いづみ・みそらの3人が並んでいて、後ろには普通に8人の伴奏者が楽器を弾いている。
 
それでいったんざわめきのようなものがあったのが沈静化していったのだが・・・途中で「え?」という声が会場のあちこちで起きる。隣同士話すような人たちが大量に出て、やがてそれが歓声や拍手になって、観客は熱狂した。
 
KARIONのバックバンドは8ピースだが、トラベリングベルズのメンバーは5人である。それでいつも3人のサポートミュージシャンが入っているのだが、今『アメノウズメ』の伴奏をしている人たちをよく見ると、キーボードを弾いているのが光帆、グロッケンを弾いてるのがマリ、ヴァイオリンを弾いているのがケイである。
 
やがて演奏が終わり、和泉・小風・美空が声を揃えて
「こんにちは! KARIONです!」
と挨拶する。
 
「そして今の演奏の伴奏者、グロッケン、マリ!」
 
マリが「今年の1月に練習始めたので、いづみちゃんには遠く及びませんけど3年後くらいには追いつけるように頑張る」とコメントする。
 
「うん。頑張ってね。私も追い抜かれないように頑張るから」
と和泉は言ってから次に
「キーボード、光帆!」
と紹介する。
 
光帆は「昨日は素人ベース、今日は素人キーボードですみませーん。キーボード歴は子供の頃から15年以上あるんだけど、全然上達してないです」
とコメント。
 
「いや、この難曲をちゃんと弾いたから偉い。この曲のキーボードはピアノの達人の歌月が弾く前提でスコア書いてるからね」
と和泉。
「そしてヴァイオリン、ケイ!」
 
私は「どもー。素人ヴァイオリンで済みません」と言ったが、
 
「6000万円もするヴァイオリンの銘器を持って来ておいて、素人ヴァイオリンは無いと思いまーす」
 
と和泉は笑いながらコメント返しをした。観客席から「えー!?」という声が聞こえてきた。
 

その後は私たち3人が下がり、普通にサポートミュージシャン3人が入って、更にコーラス隊として Voice of Heart が入り、通常のライブの形で演奏は進行した。前半の最後には新曲『雪のフーガ』と『月に想う』を歌ったが、『雪のフーガ』のフルート三重奏は、光帆・私と七星さん(Yamaha YFL-271, Muramatsu DS, Muramatsu 24K)、『月に想う』のサックス三重奏はSHINさん・私・七星さん(実は音源制作と同じ顔ぶれ Yamaha YAS-875, AKAI EWI4000s, Yanagisawa A-9937PGP - 音源制作時はA-9937GP)で吹いた。
 
ゲストコーナーは昨日と同じパターンである。
 
XANFUSがパープルキャッツと一緒にローズ+リリーの『影たちの夜』と『花の女王』
を歌い、ローズ+リリーはスターキッズと一緒にXANFUSの『The Ball Lover』と『Automatic Dolls』を歌った。
 
今日の場合、どちらも2人組のユニットなのでほとんどそのままの編曲を使用した。ただしこの時、XANFUSはローズ+リリーのように、ほとんど身体を動かさずに軽い身振り手振りだけで歌ったし、ローズ+リリーは逆にXANFUSのように激しく踊りながら2曲を歌った。
 
私は小学校から高校に掛けてチアをやっていたので、結構ダンスも得意なのだが、政子は体育の時間のダンスも適当にやってたという子だったので、この2曲を踊るため、そして踊りながら歌うために毎日腹筋200回のメニューをこなしてダンスの特別レッスンを受けた。でも「踊りながら歌うの、やっぱりきつい。次はパス」
などと言っていた。
 
後半に入る時、いづみがスタッフの人に手伝ってもらい、何やら等身大の人形を抱えて入ってくる。
 
「今日のライブは特別だから、歌月ことらんこに、私たちと並んで4人で歌おうよと言ったのですが、恥ずかしいと言うものですから、代わりに『らんこ人形』
を持って来ました」
 
といづみ言うと客席で笑いが起きる。
 
「ちなみにその人形の顔はうちの社長が描きましたが、全然似てないと私たちは言いました」
と小風。
 
人形の顔は後ろの座席からは全然見えないのだが、前の方の席で見ると、もしかしたら人間の顔かも知れないというレベルである。
 
「はい、らんこちゃん、マイクを持とうね」
と言って、美空が人形にマイクを持たせる。
 
それで後半のKARIONの歌唱が始まった。このライブはKARIONにとっては結果的にアルバム発売後の初ライブになったので、前半はアルバムの曲を中心に、後半はこれまでの好評だった曲を中心に演奏していった。
 
かなり歌が進んだ所で、美空が発言する。
 
「らんこちゃん、立ってるだけで全然歌ってくれない」
 
すると小風が
 
「困った子だねぇ。じゃ罰として箱をかぶせちゃう」
 
と言うと上から箱が落ちてきて、らんこ人形に被さってしまった。客席が爆笑になる。
 
「では歌に行きましょう。『雪うさぎたち』」
といづみが言って歌がスタートする。
 
KARIONが初めてミリオンセラーを達成したシングルの表題曲である。静かな曲だが、この時客席の一部で「あれ?」という顔をする人たちがいた。それがやがて、隣同士小さな声でささやき合うような姿が見られた。
 
やがて終曲。演奏は『僕の愛の全て』になる。
 
福留さんが3日間なにもせずに(食事も取らなかったらしい。飲んでいたのは水とブラックコーヒーくらい)放心状態のようにした末に書いたというが、とても美しい曲である。和泉の友人のツテで集めたヴァイオリニスト10人に入ってもらってこの曲に入っている弦楽セクションを演奏してもらった。実は昨日のゲストコーナーで『花園の君』を演奏するのに入ってもらった人たちも含まれている。M大学の学生で作るオーケストラや弦楽奏団に所属している人たちである。
 
歌い終わってから小風が
 
「らんこ! 少し反省した? まじめに働かないと、らんこの恥ずかしい写真ばらまくぞ」
と言うと会場が爆笑になる。そして小風は
 
「こら、何とか言え!」
と言って、大きな剣を持つと、えいや!という感じで、箱をぶった斬った。小風は中学時代、一時期剣道をやっていたので、剣を振るのが様になっている。
 
すると箱が割れるが、そこにあったのは「らんこ人形」ではなく、マイクを普通に持ち、お面を付けた人であった。花のお面である。
 
そしてそれと同時に同じようなお面を付けた人が左右の袖から大量に走り込んで来る。
 
「次の曲、『歌う花たち』、今日最後の曲です!」
といづみが叫んで演奏が始まる。
 
ステージ上には花のお面を付けた人が50人くらいいる。その50人で合唱する。いつの間にかトラベリングベルズのメンバーも同じお面を付けている。サポートミュージシャンの中でピアノを弾いていた人が下がって、お面を付けた人が代わりにピアノの前に座って演奏した。
 
お面を付けてないのはKARIONの3人、Voice of Heartの4人、そしてグロッケン奏者とヴァイオリン奏者だけだ。グロッケンもヴァイオリンもお面を付けて弾くのは大変そうだ。
 
ステージ上が合唱の雰囲気なので観客席も合唱である。和泉はマイクを客席に向けながら笑顔でこの歌を歌った。それで幕が降りた。
 

もちろん客席は大きな拍手をしてアンコールを求める。やがて幕が上がって、いづみ・みそら・こかぜの3人が出てくる。
 
そして、いづみは衝撃的な一言を放った。
 
「アンコールありがとうございます。ところで先ほど演奏した『歌う花たち』
でピアノを弾いたのが水沢歌月でした」
 
「えーーー!?」
 
という声が会場からあがる。さすがにこれはその場にいた全員にとって不意打ち、寝耳に水であったろう。誰もそんな所に注意していなかった。ただ、多くの人がピアニストがあそこで交替したことは覚えていた。なぜ代わったのかなと何気なく思った人たちも多くいたが、誰もそれが歌月がピアノを弾くためだったのだとは思いもよらなかったであろう。
 
いづみは驚きの声は黙殺して更に
「その直前の『雪うさぎたち』と『僕の愛の全て』でも、歌月ことらんこは、例の箱の中でちゃんと私たちと一緒に歌いました。箱が上から落ちてきた時、手品のテクニックでらんこ人形と、本物のらんこが入れ替わったんです。ですから今日のらんこは2曲私たちと一緒に歌い、1曲ピアノを弾きました」
 
と説明する。客席は物凄くざわめいている。実は確かに『雪うさぎたち』以降コーラスではない、メインのボーカルが4つ聞こえることに気づいた人たちはいたのであった。客席ではその話が近くの席同士で飛び交っている雰囲気。
 
そしていづみは、にこやかな笑顔で
「ではアンコールにお応えして『Crystal Tunes』」
と言う。
 
ここで私とマリが手を振って出て行き、ピアノとグロッケンの前にスタンバイする。そしてローズ+リリーの伴奏でKARIONがこの美しい曲を歌った。歌のスタートともに客席も静かになりパーンパパンというおとなしい曲向けの手拍子が打たれる。私とマリが伴奏するのは夏フェスの時の再現である。実は蘭子と水鈴が伴奏しているのだが、そのことは観客は知らない。
 
やがて曲が終わり、拍手とともに幕が降りる。そしてセカンドアンコール。
 
幕が開くと、KARION, XANFUS, ローズ+リリーの7人が一緒に出てくる。後ろに、TAKAOさん、近藤さん、mikeさんの3人がアコスティックギターを持って出てきて、ギター3重奏をバックに7人で『星の海』を歌った。
 
そうして感動とともにKARIONのライブは終了した。
 

その日のライブが終わり、また短い打ち上げの後、帰宅している最中に今夜は博美から電話が掛かってきた。昨日の小春は興奮しきっていたが、今夜の博美は、感動した!という雰囲気だった。
 
「らんこ人形の演出にああいう意味があったというのにも驚いたけど、あのキーボードの交替も、なんでそこだけ交替したんだろう?とは思ったけどさ、まさか水沢歌月に代わったのだとは思いもしなかったよ。冬、歌月さんとは会ったの?」
 
「ううん。出演者もみんな気付かなくて、和泉の言葉にびっくりしてたよ。そもそも合唱団を2組入れて、現場は騒然としてたから、たぶんその合唱団の中に紛れてスタンバイしてたんだろうね。2組呼んだのがミソだよ。知らない顔があっても、向こうの合唱団の人だと思うから。それで恐らく出番が終わったら今度は客席にでも紛れ込んだんじゃないかな」
 
この2組の合唱団が入っていたというのは、この時の合唱団の人のツイートでも拡散し、なるほど、そこに紛れ込んでいたのか!ということでネット上で多くの人が納得したようであった。
 
「あくまで秘密主義なんだね。でも歌月さんの歌とピアノを生で聴けたのは感動だよ、やはり」
「よかったね」
 
「ね、ね、昨日の小春のレポート聞いて、今日は自分で体験して欲が出ちゃった。明日のローズ+リリーのチケット、何とかならない?」
 
「うーん。だったら、昨日・今日のレポート、明日のライブの様子をコトたちに送ってくれるなら考えてもいい」
 
「よし! じゃ、小春にも連絡して今夜中に送るよ」
「よろしく〜」
 

そして3日目。12月23日。三日連続両国国士館ライブの最後はローズ+リリーの番である。
 
2ベルが鳴り、客電が落ちる。勢いよく、ドラムスワークが入ってギター、ベース、キーボードの音も鳴り始めるので、客席は総立ちになり、手拍子が打たれるが、聞こえてきたのはオリビア・ニュートン・ジョンのヒット曲『Xanadu(ザナドゥ)』である。そして歌っているのも、ローズ+リリーの声ではない。客席の中に戸惑いの空気が広がる。
 
そして幕はまだ開かない。
 
しかし手拍子は、一応続く。もしかしたら前座が入るのか?と思った人たちもかなりいたようである。そして、この歌声に聞き覚えのある客も結構いた。
 
「アンちゃーん」「エミーちゃーん」「バーニーちゃーん」「リンダちゃーん」
という掛け声が掛かる。
 
この歌声は《ロリータ・スプラウト》の歌声なのである。もしローズ+リリーの前座という形ででも、ロリータ・スプラウトが登場したら、それは彼女たちの初ライブということになる。
 
曲は終わる。そこでやっと幕が開く。
 
そこに居たのはマリとケイの2人である。ただ、その近くにけっこう大きなコンピュータシステムがあり、白衣を着た技術者っぽい人が座って操作をしている。
 
取り敢えずマリとケイがいたので、観客は「マリちゃーん」「ケイちゃーん」
と呼ぶ。私たちは客席に向かって手を振る。
 
私はまず普通の声でマリに言う。
「ご挨拶しなよ」
 
則竹さんが右手で1の数字を示す。
 
「初めまして、アンです」とマリのマイクから声が響く。
 
「えーー!?」という声が観客席でこだまする。
 
続けて則竹さんは2の数字を示す。
 
「初めまして、エミーです」とまたマリのマイクから声が響く。
 
則竹さんは私の方に向かって3の数字を示す。私はマイクで挨拶する。
 
「初めまして、バーニーです」
 
そして則竹さんは4の数字を示す。続けて、私は言う。
 
「初めまして、リンダです。ファンの皆さん、私たちに名前を付けてくれてありがとう」
 
客席は呆気にとられている様子。則竹さんは両手を開いてこちらに示す。
 
私とマリは一緒に挨拶する。
「みなさん、こんにちは。ロリータ・スプラウトです」
 
スピーカーからは4つの声が響いた。
 

私はリンダの声で客席に向かって説明した。
 
「事情をお話しします。ローズ+リリーは2008年12月19日に契約書が不備であったことが指摘されて活動停止に追い込まれてしまいました。しかし実はケイとマリの両親と★★レコードの間では短期間で話し合いがまとまり、2009年1月1日付けで、ケイとマリは★★レコードとの専属契約をしましたので、音源制作販売はすることができるようになりました。ケイとマリが自粛していたのはあくまで有料ライブのみです」
 
客席がざわめいている。
 
「それで『甘い蜜』『長い道』を発売するとともに『雪の恋人たち』を無料公開しました。当時は諸事情で既存音源を使ったことにしていましたが、実は『長い道』
のタイトル曲はケイとマリの歌を新たに録り直していますし、『雪の恋人たち』は2009年夏に全て録音しなおしたものなんです」
 
「えーーー!?」という声が客席に広がる。
 
「当時、『雪の恋人たち』のマリの歌が『甘い蜜』より上手いのは何故だろう、という声があったのですが、それは活動停止に追い込まれた後の休養期間中にマリがたくさん歌の練習をして上達していたからでした」
 
「わぁ」という感じの声が客席のあちこちで起きる。
 
「それで、そんなことをしていたらマリがかなりやる気を出してきて、もっと歌いたい!CDも出したい!と言い出したんですね。それで、じゃ受験勉強期間中だけど、あまり負荷が掛からないように1日2時間くらいずつのスケジュールでCD制作しちゃおうか? なんて言ったら、マリは『まだローズ+リリーとしては歌う自信が無い』と言うんです。それじゃ、ローズ+リリーと分からないようにこっそり歌っちゃおうかというので、あれこれ考えたあげく思いついたのが、声を変形させて歌うというものでした」
 
客席はかなりざわめいている。
 
「最初はRolandのUA-100Gという、声を変形させるエフェクターを使ってデモ音源を作ってみたのですが、もっと自然な感じになるようなものを★★レコードの技術部の則竹さんが開発してくださいまして、ふたりで歌うと4重唱になるようになっています。基本的にマリのリハビリのためのプロジェクトでしたので、リードボーカルはマリが歌う《アン》が取っています」
 
「あぁ」という感じの納得するような声。
 
「なお、ロリータ・スプラウトというのはローズ+リリー・タイニー・スプラウトの略で、つまりローズ+リリーの小さな芽という意味でした」
 
「へー」という感じの声とともに拍手が起きた。
 
「ここでロリータ・スプラウトの曲を何曲か歌ってもいいのですが、今日のライブの趣旨から外れるので、代わりにロリータ・スプラウトの初ライブを来月する予定です」
 
「きゃー」
などという歓声が聞こえてくる。
 
「なお、それに先立ち1月8日にロリータ・スプラウトの9枚目のアルバムを発売します。今歌った『Xanadu』など、オリビア・ニュートン・ジョンの歌を6曲とケイト・ブッシュの曲を『嵐が丘』など6曲入れたものになります」
 
拍手と歓声が来る。
 
「それと今日★★レコードのサイトに掲載しますが、その新譜のジャケット用に、アン・エミー・バーニー・リンダの、ファンが想像する似顔絵を募集します。私たちはファンの皆様から名前を頂きましたから、ファンの皆様から、こんな感じの子では?というイメージで描いてくれると嬉しいです」
 
「わぁ」とか「おぉ」とかいう感じの声。
 
「ではプロモーションはそこまでにして、ローズ+リリーさんに登場していただきましょう」
 
と私はそこまでリンダの声で言ってから、システムがオフになった(声が変形されずにそのまま流れる状態になった)のを則竹さんからのサインで確認し、マリと頷きあってから
 
「こんにちは! ローズ+リリーです!」
と挨拶した。
 
大きな拍手と歓声をもらう。
 
「XANFUSのライブでは神崎美恩さんと浜名麻梨奈さんが出てきましたし、KARIONのライブでは水沢歌月こと蘭子ちゃんが歌を歌いピアノを弾きましたし、それじゃ、ローズ+リリーも何か秘密を暴露しなくてはと思ったので、ロリータ・スプラウトの件を公開することにしました」
 
と私が言うと笑い声が起きた。
 

「では、ローズ+リリーの歌に行きます」
 
と言うと、入って来たのはギターを持った音羽と小風、ベースを持った美空、フルートを持った光帆、そして和泉である。和泉はキーボードの所に行く。
 
「キャー」という感じの大きな歓声が響く。則竹さんとコンピュータ・システムはスライディングステージに乗って上手に消える。
 
『Long Vacation』を演奏する。
 
長い休みを経て愛が復活するという詩だ。あきらさんと小夜子さんのことを歌った詩だが、この曲を発表した時はローズ+リリーは長い休みを終えて、復帰しますというメッセージではと随分言われたものだ。
 
2009年1月から2011年7月までの2年半の休みの内、本当に休んでいたのは最初の3ヶ月だけかも知れない。その後は随分いろいろやっていた。
 
2009年4-6月はアルバム『長い道』の制作をしていたし、7-9月は『雪の恋人たち』
やロリータ・スプラウトの『High Life』の制作をして自分たちの『time reborn』
の録音もしている。10-12月は『after 1 year』を作っていたし、XANFUSの沖縄ライブにゲスト出演した。
 
2010年1-3月は受験勉強の様子をレポートするラジオ番組をやっていた。4-6月は私が豊胸手術や去勢手術を受けていたのでかなり休みに近いものの、鍋島康平さんの追悼番組の企画をしたり、SPSに楽曲提供したりしている。7-9月は『after 2 years』『恋座流星群』の制作をしてスイート・ヴァニラズのツアーに帯同。10-12月からはマリ&ケイとしてのソングライト活動が本格化して、スリファーズ、ELFILIES, SPS, 富士宮ノエル、小野寺イルザ、などに相次いで楽曲提供。
 
2011年1-3月は『Spell on You』の制作をした他、多数の楽曲提供。4-6月は、私が性転換手術を受けて本当に休みになるかなと思ったら結構な量の曲を書いていたし、鍋島先生の三回忌特集もした。
 
その2011年6月、ローズクォーツと被災地の避難所300箇所巡りなんて凄いことをしたけど、あの時本当は性転換手術からまだ3ヶ月しか経ってなくて、痛くて痛くてたまらないのを我慢して活動していた。周囲が男の人ばかりだからあそこが痛いなんて言えないし、随分トイレに籠もって束の間の休憩を取るとともに、痛み止めを飲みながら、消毒をしながらの行脚だった。
 
傷を早く治すために血糖値を抑えなければならないのでハードスケジュールで動いているにも関わらず、各地のイベンターさんが用意してくれる美味しそうな料理もまともに食べず、アルコール類は全部断っての1ヶ月間だった。さすがに貧血や低血糖でフラフラすることが何度もあった。正直あれで、さすがにもうローズクォーツ辞めてやる!と思ってとりあえず元々持っていた拒否権を行使して7月に予定されていたローズクォーツの活動への参加を休ませてもらったのが、結果的にはその後のローズ+リリーの活動再開につながった気もする。
 
でもあの行脚で青葉に出会って、300箇所巡りが終わった所であらためて再会して、その場でヒーリングしてもらい、私の痛みは画期的に取れた。そしてその日に『Long Vacation』を書いたのだった。
 
私って結局は2010年秋に近藤さんに言われたように、ローズ+リリーの復活までの間だけローズクォーツをしていただけなのかも知れない。
 
7分を越える長い演奏時間の間、私の頭の中にはあの2年半のことが映画のダイジェストでも見るかのように様々なシーンが再生された。色々思いのこもる曲だ。
 
やがて演奏が終わる。私は伴奏してくれたみんなをひとりずつ紹介する。客席からも歓声が響く。そして彼女らの退場とともに、スターキッズのメンバーが登場して通常の演奏が始まる。
 

前半はいつものように、アコスティックタイムである。
 
『花の女王』から始める。松村さん、更紗、が入って、鷹野さんと3人でヴァイオリンを弾き、それをバックに私たちは歌った。考えてみたらこれも三重奏だ!
 
なんか「3」という数字に付いてるなという気がした。『Moon Road』のヴァイオリン三重奏、『Triple Moon』ギター三重奏。『雪のフーガ』フルート三重奏、『月に想う』サックス三重奏、そして『花園の君』は3の倍の6人でヴァイオリンを弾くし。でも「月」が含まれるタイトルが多い気も?
 
などと考えていた所で曲が終わり、その『花園の君』に行く。更紗・松村・鷹野・香月・宮本・七星の6人で弾くヴァイオリンに、近藤さんのギター、月丘さんのピアノ、酒向さんのドラムスが入るが、ここにまた美空がベースを持って、光帆がフルートを持って入って来たので大きな歓声が起きた。
 
「みそっちー」とか「ピカちゃーん」といった歓声が飛んでくる。
 
会場が熱狂するなら、私たちも昂揚した気分で、この高校1年の時に書いた曲を歌った。
 
ベースを弾いた美空、フルートを弾いた光帆、そして第1ヴァイオリンを弾いた更紗を紹介し、3人が下がって、演奏は継続する。
 
『100時間』『あなたがいない部屋』『君待つ朝』『天使に逢えたら』
『A Young Maiden』『雪の恋人たち』『夜宴』『花模様』『言葉は要らない』
 
と演奏していく。『言葉は要らない』のパイプオルガン・パートは先日の七星さんたちの結婚式にも出てくれた、友人の川原夢美が私物のバロックオルガンを使用して演奏してくれた。
 
そしてゲストタイムとなる。
 
 
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【夏の日の想い出・月の三重奏】(上)