【夏の日の想い出・花の女王】(1)

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2013年5月10日。音源制作の予備日が思いがけず空いたので、私と政子は雨宮先生に誘われて、伊豆大島に行き、そこでお互いのヌード撮影をした。
 
その時、庭で政子のヌードを撮影していた時、風が吹いてきて、あじさいの花びらが多数政子の身体に付着した。政子は手で払おうとしたが「待って」
と雨宮先生が言い、その花びらの付着した姿を撮影した。私も撮影したが、それはとても美しい図であった。
 
「花の女王みたい」と思わず言った先生の言葉に反応して、政子は『花の女王』
という詩を書いた。私はそれに曲を付けて、8月に発売予定のシングルに入れることにした。このシングルの制作は、6月の下旬、08年組のジョイントライブが終わった後、山鹿さんのスタジオを使って行った。
 

ここしばらくローズ+リリーのシングルの録音は★★レコードの系列のスタジオで行っていたのだが、この時期、たまたま私たちのお気に入りの青龍や鳳凰の部屋がふさがっていたこともあり、旧知の山鹿さんのスタジオを使うことにしたのである。ここでローズ+リリーの音源制作をしたのは、考えてみたら2011年夏の『夏の日の想い出』以来2年ぶりであった。
 
「いいの? ここは高いよ。★★スタジオなら安く使えるんじゃない?スタッフも優秀だし」
「山鹿さんを信頼してますから」
「冬ちゃんも口がうまいなあ」
 
などと言って笑っている。山鹿さんも、KARIONの音源制作でお世話になっている菊水さんも、麻布先生同様、私が高校1年の時からの付き合いである。
 

今回のシングルに入れる曲は5曲である。表題曲にする『花の女王』、2011年7月に青葉の家族の葬儀の時、青葉のお師匠さんと出会った時に発想した『200年の夢』、2012年9月に松山君と一緒に天河弁天を訪れた時に政子が発想した曲『森の処女』、先日私が正望とのデートの時に思いついた曲『王女の黄昏』、そして上島先生から頂いた『青いブガッティ』である。
 
『花の女王』はヴァイオリンの三重奏をフィーチャーしている。『Flower Garden』
にも参加してもらった松村さんにまたお願いして、私と松村さんと鷹野さんの3人で弾いた。これに七星さんのフルート、私のクラリネットを加えている。
 
「『花園の君』のヴァイオリンが凄いと思ったけど、今回のヴァイオリンはまた別の美しさがあるね」
と近藤さんが言った。
「比較的実力が近い3人で弾いてるからだと思う」
と七星さん。
 
「これライブの時はどうするの?」
「松村さんにはこの夏のツアー、全部お願いしてます」
「台湾も?」
「お願いされちゃったから、パスポート作りましたよ〜」
「ヴァイオリンやフルート・サックスを始め楽器やパソコンの通関手続きについては、★★レコードの慣れている人にお願いしてますから、ノートラブルで通せるはずですので」
 
「松村さんのヴァイオリンも、ケイちゃんのヴァイオリンも高そうだもんね」
 
「多くの国では《ATAカルネ》というものが必要です。台湾はその協定に入ってないので代わりに《SCCカルネ》というものを使います。松村さんや私が使ってるクラスのヴァイオリンをカルネ無しでドイツに持ち込もうとすると、税関で保証金として200-300万円要求されますね。出国する時返してくれますけど」
 
「ぶっ」
「200万なんて普通持ち歩かないよ」
「いや、現金で200万円国外に持ち出したら違反です」
「だよね?」
 
「まあ、そういう訳で最近相次いでヴァイオリンを没収される人が出ている訳で。うちの従姉のアスカはちゃんと《ATAカルネ》を取得して持って行っているので今までノートラブルですけどね」
 
「アスカさんの使ってるヴァイオリンっていくらしたの?」
「ああ。5億円ほどだったと思いますが」
「きゃー」
「カルネ無しで持ち込もうとして見つかったら保証金1億円要求されます」
「んなもの、払えないじゃん!」
「全くですね」
 
「でもヴァイオリンとかフルートとかは、二胡(アルフー)や三線(さんしん)よりずっとマシです。あれは国際保護動物のニシキヘビの皮を使用しているから、また書類が大変なんですよ」
「ああ!」
「中国から二胡を買って帰ろうとして没収されちゃう人も多い。でもあれ、EU諸国とか、韓国や台湾なら大丈夫ですけど、どうかした国に持ち込もうとすると公然と賄賂を要求されるらしいですよ。拒否すると書類に難癖付けて没収するぞと脅かされる。そもそも書類の書き方には曖昧な所もあるので」
「それはまた酷いね」
 

『200年の夢』は和楽器の音で構成する。若山瑞鴎さんの尺八、たまたま東京に出てきていたのを捕まえて徴用した従姉の明奈の三味線、従姉の友見の箏、友見のついでに徴用した娘の三千花(槇原愛)の太鼓、私の胡弓に、七星さんの龍笛で合奏して伴奏音源を作った。
 
「これの伴奏クレジットどうするの?」
「七星さんが入っているからスターキッズのままでよいかと」
「俺たち何もしてないけど」と月丘さん。
「全休符のスコアを演奏してもらったということで」
 
ところで明奈に政子が興味津々であった。
 
「明奈さーん、お久しぶり〜」
と政子が明奈に寄って行く。
「お久しぶりですー」
 
「冬の姉ちゃんの結婚式の時はあまりゆっくり話せなかったけど、仲良くしましょうよ」
「いいですよー」
 
「冬の子供の頃のことを色々知っているような雰囲気があったけど」
「うーん。まあ断片的にですけどね」
「冬って、子供の頃から女の子っぽかったんですか?」
「そうだなあ。冬ちゃんを男の子だと思ったことは無いなあ。だいたい男の子の格好してるの見たことないし」
「なるほどね〜。そのあたり、詳しく聞きたいなあ、うちに来ません? 泊まって行ってもいいですよ。御飯・おやつ付き」
「ああ、それはそうさせてもらおうかな」
「何か食べたいものあります?」
「うーん。冬ちゃんの作るシチューは美味しいとは聞くんだけど食べたことないな」
「ということで、冬、今夜はビーフシチューでよろしく」
「はいはい」
「あ、私もそのシチュー食べたい」と槇原愛。
「じゃ、私も−」と友見。
「はいはい」
 

その他の3曲は普通にスターキッズに伴奏をお願いした。『森の処女』はスターキッズのアコスティック・バージョン、『王女の黄昏』と『青いブガッティ』はエレクトリック・バージョンを使っている。
 
収録は結局5曲を4日で録り終えた。初日に『王女の黄昏』と『青いブガッティ』
を録り、2日目が『森の処女』、3日目が『花の女王』、4日目が『200年の夢』
であった。エレクトリック→アコスティック→クラシック風→和楽器と移行している。
 
「でもなんかこんな簡単に終わっていいんだろうかと不安になった」
「『Flower Garden』は凝ったことしましたからね〜」
「でも5曲なら半日で終わらせちゃう歌手も多いよ」
「それ、私たちも随分やったから批判できないけどね」
 
「『天使に逢えたら/影たちの夜』なんてほんの6時間くらいで録音からミクシングまでしちゃったしね」
と政子は言ったが
 
「あれは第一回放送分だけ。二回目以降のはミクシングを全部やり直してるよ」
と私は答える。
 
「そうだったんだ!」
「録音時に混入したノイズの除去とか、多重録音での微妙なタイミングのずれとかも全部修正している」
「じゃ、あれは最終的には結構手間を掛けてるんだ?」
 
「演奏自体も録り直したもんね」と近藤さんが言う。
「それは知らなかった!」と政子。
 
「やはり急いで録音したからね。ボーカルはまだ良かったし、AYAのスケジュールの調整が不可能だったから取り敢えずそのままにしたけど、演奏については元々の録音レベルが不適切だったんで、私が福岡から戻ってきた翌日に、近藤さんたちに再度集まってもらって録り直したんだよ」
と私は説明した。
 
「ボーカルも最終的には『天使に逢えたら』の4ボーカル版を作ったから、その時に他の版も全部録り直したでしょ?」
「あ、そういえばそうだった!」
 
当時、第一回目の放送で私とマリが歌う版を流し、二回目以降ではAYAが歌う版を流したら、ローズ+リリーの専ファンとAYAの専ファンの間で不穏な空気が流れてしまったので、結局両方入った版を作って、四回目以降はそれを流すということになったのであった。
 
「なんか適当な録り直しの理由が作れないかなと思っていた時のあの騒動だったから助かった!と思った。だから一晩で作った音源の録音は、結果的には製品版のCDには残ってないんだよ」
と私。
「へー」
 
「まあ、ちゃんとした作りをしなかったものがミリオン行く訳無い」
と近藤さんも言う。
 

「でもあのCD、ケイちゃんたちはどのくらい報酬もらえたの?」
と近藤さんが心配そうに訊く。
 
「あれは普通のローズ+リリーのCDに準じる作りなので、演奏料とか作曲料とかは無しです。印税でもらってます」
「あれ?そうなんだ?」
 
「AYAには演奏料500万円、七星さんにも200万、スターキッズの他のメンバーには30万ずつお支払いしましたが、私とマリは印税だけです」
「へー!」
 
「テレビ局絡みのCDは普通は原盤権・著作権をテレビ局の子会社が持ちますよね。『花のリリー・マクラーレン/天使の休息』とか『単純な朝/愛の中心』はそういう仕組みなので、あの2枚はどんなに売れてもこちらに入るお金は数十万円です。ところが『影たちの夜』も『天使に逢えたら』も既に公表していた曲でJASRACにも届け出済みだったし、CD制作も全部こちらでやってしまったから、放送局は何も関与していなかった。それで原盤権を主張できなかったんですよ」
 
「なるほど」
「その件で響原さんはかなり責められたらしくて、それでバーターとして、『Angel R-Ondo/シャドウ変装曲』を出して、こちらは原盤権も著作権も全部向こうにあげたんです。あれもちょこちょこと売れ続けて、こないだとうとう累計50万枚突破しましたからね。響原さんも何とか面目が保てました」
 
「なんか宮仕えも大変だねぇ」
「全くです」
 

録音の最終日は、そういう訳で、明奈、三千花(槇原愛)、友見がうちのマンションにやってきて、私の作ったビーフシチューを食べながらくつろいだ。ついでに政子の母も呼んだ。
 
「今日はひとりだしカップ麺でも食べようかと思ってたから、冬ちゃんの料理食べられて幸せ」などとお母さんは言う。
 
「冬ちゃん、ほんとに料理がうまいね。さっき作っている所を手伝いながら見てたけど、凄く要領がいいんだよね」と明奈。
 
今日の料理は明奈と三千花が手伝ってくれている。政子は当然手伝わない。
 
「冬ちゃんは高校生の頃から、料理が上手だったんですよ。政子がひとり暮らししていた時も、かなり冬ちゃんを頼ってたみたいだし」
と政子の母。
 
「冬が時々うちに来て、料理を冷凍して行ってくれるから、それを解凍して食べてた」
「なるほどー。私も冬子さんにお料理習おうかなあ」
 
三千花(槇原愛)は、仕事場では「杏梨先生」あるいは「ケイ先生」と私のことを呼ぶが、プライベートでは「冬子さん」である。
 
「まあ、三千花ちゃんは今それより受験勉強しなきゃ」
「はい、頑張ります」
「結局、どこ受けるの?」
「あちこち検討したんですけどねー。やはりM大学を第1志望、N大学第2志望というあたりで頑張ってみようかと」
「おお、頑張ってね」
 
「だけど、これだけお料理できたら、優秀な主婦になれますよね。冬さんが主婦になったら、日本の損失だけど」
「冬は高校時代にもよく、お母さんやお姉さんから、それ言われてたね」
「うん。というか、小学生の頃から言われてたよ。いい奥さんになれるって」
 
「ああ、やはり冬って元々そういう性質か」
 

「あれ言っちゃってもいいかなあ。そろそろ時効かなあ」と友見が言う。「何ですか?」と政子が興味津々な様子。
 
「いやね。うちの妹の聖見が、結婚して子供生まれて間もない頃に一家で温泉に行ったんだけどね」
「ちょっと、それ勘弁して」
「まあいいじゃん」
「温泉というところがとても興味あります」と政子。
 
「冬ちゃんと遭遇したらしいのよね〜」
「それはどこで」
「温泉で」
「温泉のどこで?」
「湯船の中で」
「それって女湯ですか?男湯ですか?」
「まあ、うちの妹が男湯に入るわけない」
「やはり!」
「あははは」
 
「それっていつ頃ですか?」
「冬ちゃん、修学旅行だって言ってたらしい」
「冬、それいつの修学旅行?」
「まあいいや。中学の修学旅行だよ」
「お友だちと一緒だったと言ってたなあ」
「なるほどー。冬は中学の修学旅行では、友だちと一緒に女湯に入ったのか」
 
「私は冬ちゃんとは何度も一緒にお風呂入ってるよ」と明奈。
「それっていつ頃?」と政子。
 
「えっと、いちばん古いのは私が小学1年の時、それから次は中3かな。その途中にお風呂に行くのを何だか嫌がってた時期があるんだよね」
「なるほどぉ。明奈さんが中3と言ったら」
「冬は中1だよね」
 
「その時の冬って、おちんちんありました?」
「無かったよ。そして小さいけどおっぱいもあったよ。だから私はもう手術済みなんだろうと思ってた」
「ほほぉ! やはり冬の早期性転換説がどうも確からしい気がしてきた」
 
「隠してただけだよぉ」
「でも小1の時に一緒に入った時に、おちんちん取られちゃったとか言ってた」
「ちょっと待ってください。幼稚園生の冬に、おちんちんが無かったんですか?」
「うん、無かったよ。だから私は冬ちゃんって、男の子の服は着てても女の子なんだろうと思ってた」
 
「やはり、そうだったのか! やはり冬って幼稚園生の頃に性転換してたんだ!」
「してないって」
と言って私は笑っておいたが、政子は楽しそうな顔をしていた。
 

7月,8月は高速に駆け抜けていった気がした。私は6月いっぱいローズ+リリーのアルバムとシングルの制作をしていたし、その一方で6月から8月に掛けて、KARIONのアルバムの「作り直し」作業も進めていた。
 
そんな中、7月3日にローズ+リリーのアルバム『Flower Garden』が発売され、翌週はKARIONのシングル『キャンドル・ライン』が発売。7月末にはローズクォーツの『Night Attack』の録音し直し、新版制作もした。
 
7月20日から8月4日まで国内外6ヶ所、ローズ+リリーのホールツアーを行う。そして8月10日は横須賀のサマーロックフェスティバルにローズ+リリーとして初めて正式に出場し、翌日は福島県いわき市で震災復興応援のイベントに参加した。そして、この10日,11日の2日間、妊娠発覚でEliseが演奏できなくなったスイート・ヴァニラズに代わって《08年組》で急遽、代替演奏をした。
 

「スイート・ヴァニラズ・ジュニアに対するネットの評価は見てる?」
とタカが訊いた。
 
「うん。思った以上に良い評価をもらって嬉しい。音羽のギターにしても美空のベースにしても評価高かったね」
「キーボード(和泉)とドラムス(私)もかなり褒められてたよ」
とタカは言う。
 
「私のドラムスは、私自身の腕が細いから長時間テンポキープしきれないのが問題なんだよね。フェスは45分くらいだったから何とかなったけど、いわき市のイベントでは1時間半叩き続ける自信が無かったから、途中 Londa さんがブレイク入れてくれたので助かった!と思ったよ」
 
「ああ、確かにそれは辛いところだろうな」
 
「和泉の場合はピアノもエレクトーンも中学の時まで習っていて、中学の内にエレクトーンの6級取ってるから。歌手としてデビューしてなかったら多分5級まで取ってたと思う」
 
「音羽ちゃんのギターにしても、美空ちゃんのベースにしても、充分、並みのロックバンドより上手かったとみんな言ってる。俺もそう思った」
 
「音羽はXANFUSでデビューする前、浜名麻梨奈さんと組んでバンドやってたんだよ。でもベースやってた子が高校2年になって勉強忙しいから辞めるといって辞めてバンドも解散状態になっていた時、唐突にXANFUSの話が来たらしい。でもその後も自分たちXANFUSの曲をギターで弾いたりして練習はずっとしてたというから」
「なるほど〜」
 
「美空の場合はお姉さんが組んでたバンドでベースがいなかったんで、あんたやってと言われてずっと弾いてたらしいのよね。だから、あの子ほんとにギターは弾いたことなくて、ひたすらベースらしい」
「それはちょっと珍しいパターンだね」
 
「ベース感覚が身についてるから、いろいろ曲を聴いてる時に無意識に和音の根音を追っていたりするって」
「そこまで行くと職業病だなあ」
と言ってタカは笑っている。
 
「小風は家にピアノとかなかったんで、自分の歌の伴奏するのにアコスティックギター買って覚えたというんだよね。だからあの子のギターの基本はコードでひたすらリズムを刻む」
「それでリズムギターの職人なんだ!」
「そうそう」
 
「やはり08年組って、そもそもアーティスト志向だった子が多いのかな?」
「かもね〜。AYAのゆみ以外はみんな楽器の素養があるしね」
 

「AYAちゃんって、どういうきっかけでこの世界に来たんだろ?」
 
「小学生の頃、%%レコードのスカウトさんに声を掛けられて2年くらい歌とダンスのレッスンを受けていたらしいよ。中学時代はモデルの仕事を散発的にもらって、ファッション雑誌にもよく載っていたらしい。それで高一の時に女性3〜5人くらいのユニットを作る企画があってオーディションを受けて合格して。合格した3人の名前の頭文字を並べて AYAというユニット名も決まった」
 
「ふんふん」
 
「ところがその企画を立てた時のプロデューサーが不祥事起こして解任されてユニットは作ったもののプロデューサーが居ない。それでしばらく放置された後、別の人がプロデューサーになってCDを取り敢えずインディーズで3枚出してそれでCDも売れるしライブも盛況ということでいよいよメジャーデビューという話になってきた時にそのプロデューサーが病気でダウンしてしまって」
 
「ああ。でもその手の話もよくあるよ。それでオーディションには合格したものの結局仕事もらえないまま自然消滅って」
 
「結構聞くよね〜。AYAの場合は、結局上島先生がプロデュースを引き受けてくれて、何とかデビューすることになったんだけど、デビュー直前に2人辞めちゃうし、もしかしたらオーディションを再度やって追加メンバー入れるかもと言われた時は、私は本当にデビューできるんだろうかと、暗澹たる思いだったと」
 
「ああ」
「でも上島先生がひとりだけでもいいと主張して、それで何とかデビュー」
「難産だね〜。でもそれで売れたから運がいい」
 
「ほんと。でも上島先生が録音の現場で何も言わないから、私適当に歌っていいのかなとか、この先生大丈夫かな?健康状態がよくないということないだろうな?ダウンしたりしないよな? と別の不安があったとか言ってた」
 
「上島先生はローズクォーツの録音現場にも何度か来てくれたことあったけど何も言わなかったね。俺もいいのかな?と思いながら演奏してたけど」
とタカ。
 
「ローズ+リリーの音源制作に来てくれた時も、最近鈴鹿美里の音源制作に私たちが立ち会った時も、先生はほとんど意見を出してなかった」
と私は言う。
 
「もしかしたらさ」
とタカは言う。
 
「自分色に染めたくないのかもね。そのアーティストの個性に任せる。でなきゃあれだけ、色々なジャンルの歌手、演歌からポップスからロックからラテンまで、様々な歌手のプロデュースはできない気がする」
 
「ああ、それはあるかもね」
 

そういう訳で6月下旬に音源制作した『花の女王』は8月28日(水)に発売された。ローズ+リリーの15枚目のシングルである。『Flower Garden』が物凄く売れていたこともあり、初動で80万枚/DL。9月末までに120万枚/DLを突破した。
 
ローズ+リリーのシングルとしては『言葉は要らない』『あの夏の日/疾走』
に続き、3枚連続のミリオン、8枚目のミリオンとなった。(過去の5枚のミリオンは、甘い蜜・神様お願い・夏の日の想い出・涙のピアス・天使に逢えたら)
 
私たちは卒論制作のための休養期間中でもあることから、キャンペーンなどは行わなかったが、このシングルのリリース直後に8月31日・福岡マリンアリーナ、一週間後の9月7日・横浜エリーナ、翌日9月8日大阪ユーホールといづれも10000人クラスの会場でのライブを行った。
 
チケットは先行したホールツアーでは会場毎に別の発売日にして、更に先行と本発売の2回に分けて発売したのだが、こちらのアリーナツアーではローズ+リリーの集客力を見極めておこうというレコード会社の意向で3会場一斉に3万席のチケットを同時発売した。結果は瞬殺であった。それでローズ+リリーの卒論休養明けにはぜひ横浜エリーナ6日間、などという話も浮上したようであった。
 
今回の伴奏はスターキッズだが、さすがにこの広さの会場では生楽器の音で後ろまでは聞こえないので前半のアコスティックタイムでも楽器にピックアップを付けるかマイクで音を拾ってスピーカーを使用する。野外フェスと同様の遅延入りである(直接音とスピーカー音が二重に聞こえないよう、音の伝搬速度の分遅らせてスピーカーを鳴らす)。
 

アリーナツアー初日。11000人の観客でいっぱいの福岡マリンアリーナ。幕が開き歓声がこだまする。ステージには花の形の巨大な風船がある。その風船にマりとケイの写真が投影される。
 
私は政子に素早くキスしてから「耳を塞いで」と言ってリモコンのスイッチを押す。パン!という大きな音と共に風船が割れ、私たちが登場する。一際大きな歓声の中、月丘さんのグランドピアノが音を奏で始める。七星さんのフルートと鷹野さんのヴァイオリンも鳴り出す。後ろに並んでいた女子高生の合唱団と一緒に私たちは瀧廉太郎の『花』を歌い始める。
 
風船から登場というのは古くはシーナ・イーストンの30年くらい前の日本公演で使われたりした演出らしいが、最近はこれを簡易化・風船も再利用可能にしたものを結婚式披露宴の新郎新婦登場に使ったりしているようである。
 
美しい女声合唱のハーモニーに私たちの声も溶け込む。合唱団は学校の制服のセーラー服を着ているが、私たちは沖縄在住の若手デザイナー宮里花奈(かな)さんがデザインした花柄のステージ衣装を着ている。実は沖縄公演で着た紅型かりゆしも宮里さんのデザインであった。
 
歌が終わり、拍手がある。
「**女学園高校のコーラス部のみなさんでした」
と私が紹介し、盛大な拍手と共に合唱団が退場する。
 
そこで唐突にマリが発言する。
「女子高生の制服姿っていいですねー」
「うん?」
「ここでデビュー当時のケイの女子制服姿を」
 
と言うと、合唱団が去った後の背景の白幕に、私の高校時代の女子制服姿の写真が投影される。
 
「ちょっとー!」
 
会場から「わぁ!」とか「可愛い!」などという声が掛かる。私はちょっと焦ったが、マリは
「この手の秘蔵写真はまたちょくちょく出すねー」
などと言っている。
 
そして「それでは歌に行きましょう。『花の女王』」とマリ。
 
もう!
 

ホールツアーにも付き合ってもらったヴァイオリンの松村さん、そして今回のアリーナツアーに特別にお願いしたローズ・クォーツ・グランド・オーケストラの第1ヴァイオリン副首席奏者・清水さんが入ってくる。鷹野さんと3人でヴァイオリンを弾く。またやはりグランド・オーケストラでクラリネットを吹いている詩津紅が入ってくる。七星さんがフルート、詩津紅がクラリネットを吹いてこの曲の木管セクションを構成する。
 
詩津紅のクラリネットは以前は「趣味のレベル」だったのが、ここ数ヶ月のオーケストラの活動でかなり鍛えられ、今はセミプロ級になっている。
「このオーケストラ、秋で解散するなんてもったいない。私ずっとやっていたい」
などとも言っていたので、まさにハマってしまった状態のようである。現在、和実が店長を務めている喫茶店のライブにも週1回出演している。
 
リズムセクションが入らない状態で『花の女王』を演奏する。ミラーボールが回り、花が散るような雰囲気を表現する。花が咲いている所を愛でるのは世界共通だろうが花が散る様を愛でるのは日本人だけかもという気もする。
 
ドラムスやベースが入ってないので、CDの音源制作の時と同様、第1ヴァイオリンの松村さんにテンポキープをお願いしている。結果的には結構自由な雰囲気の演奏になり、それがふだん規則的なビートに乗せて歌う曲ばかり聴いている耳には新鮮に聴こえるし、いわゆる1/fの揺らぎっぽいサウンドになる。
 
私と政子もその揺らぎのあるサウンドをバックに自由に飛び回るかのようにこの歌を歌った。
 

『花の女王』に続いて『花園の君』を演奏する。宮本さんと香月さんに入ってもらい、七星さんもヴァイオリンに持ち替え、松村・鷹野・清水・香月・宮本・七星という構成でこの曲のヴァイオリンを弾く(旧譜)。ここから近藤さんのギター、月丘さんのキーボード、酒向さんのドラムスも入る。
 
最近ローズ+リリーの幾つかのファンサイトで「勝手にベスト曲投票」などといったものが行われているが、この曲や『雪の恋人たち』は常に上位で争っている。
 
その後、松村さんと清水さんが退場し、いつものスターキッズのアコスティックバージョンで演奏をし、私たちの歌を歌っていく。
 
『100時間』『あなたがいない部屋』『桜のときめき』『君待つ朝』
『天使に逢えたら』『ネオン〜駆け巡る恋』
 
ここまで歌ったところで、スターキッズが退場。この後、私のピアノのみで、『A Young Maiden』『森の処女』『雪の恋人たち』『夜宴』と演奏していく。ただし『夜宴』だけは月丘さんがグロッケンを打ってくれた。
 
「それでは本日のゲストです。えー。うちの事務所のアーティストで申し訳無いのですが《バレンシア》」
 
と私が言うと、観客から「おぉ!」という感じの声が挙がる。そしてバレンシアの8人がぞろぞろ出てくると、特に女の子たちの黄色い歓声が掛かる。
 

バレンシアは今回のローズ+リリー福岡公演が終わった直後、9月4日にメジャーデビューの予定になっており、先行して今FMなどで楽曲が流れている。またそれよりも、この夏、各地の夏フェス12ヶ所に出演して、大いに名前を売ってきた。今歓声を挙げた人たちの多くは、どこかのフェスで彼女たちの演奏を見た人たちであろう。
 
私たちが私のピアノのみの演奏で歌を歌っていた間に、ステージの前半分と後半分を仕切る白い幕が降りていて、楽器の入れ替えが行われていた。
 
私たちが下がるのと交替でバレンシアは所定の位置に就く。そして、リーダーでギターの美歓(みかん)が「こんにちは!バレンシアです! 行くよ!」と声をあげて、まずはデビューシングルのタイトル曲『夢の傘』を演奏し始めた。
 
彼女たちは女性ファンが多いようで、現在10月のファンクラブ正式発足に向けて会員募集中だが、登録票を送ってきてくれた人の7割が女性である。
 

バレンシアは元々高校の同級生、部活の友人などで編成した8人組のバンドである。結成してから既に4年経ち、須藤さんの勧めでこれまでに2枚のCDを制作して雀レコードから出している。これが今年の春までに合計3000枚ほど売れていた。
 
メンバーは全員会社勤めあるいはバイトなどで、土日を中心にライブハウスなどで活動していた。去年の秋頃から、メンバーとの話し合いでメジャーデビューを目指すことになり、須藤さんが★★レコードのロック関係を統括している森元係長と交渉していたのだが、4月頃以降、花枝がこちら側の交渉担当となったのを機に話が具体化してきた。
 
彼女たちの作品で『夢の傘』という作品がアレンジ次第ではヒット性があるのではないかということになり、それをタイトル曲としてCDを制作し、9月に発売することで話がまとまる。彼女たちとしてはどちらかというとポップロック系の作品である同曲を看板にするのはやや不本意のようであったが、商業的なものも考えなければならないのがメジャーアーティストである。
 
(そういう意味ではローズ+リリーはマリの趣味だけで楽曲がリリースされているので、全くメジャーアーティストらしくない)
 
メジャーデビュー前のプロモーションを兼ねて今年の夏は各地の夏フェスに出場させることになり、7月から8月に掛けて全国12ヶ所の夏フェスに出ることが決まった。そしてデビュー準備のため、花枝はメンバーに6月までにその時点の仕事やバイトを辞めることを要求した。私もそれに賛成して、当面サマーガールズ出版からもバレンシアを支援することにし、それを原資に彼女たちには毎月20万の給料を支払うことにした。
 
ローズクォーツが立ち上がり当初昼間の仕事を持っていて実質全然プロモーションできなかったことが私の頭にはあった。ワランダースなどは最後までメンバーは他のバイトをしながら活動していた。
 
「ローズクォーツの場合は、結果的には△△社や○○プロから支援を受けていた時代の方がセールスしやすかったね」
と花枝は言った。
 
「そりゃそうですよ。○○プロにしても△△社にしても自分たちが支援していれば、そのユニットが売れるように色々手を打ってくれる。だから『夏の日の想い出』
の売り上げで、それまでの支援金を全額返済しちゃったのは、まずかったんですよ」
と私も言う。
 
「結果的にあれ以降、△△社も○○プロもローズクォーツよりもローズ+リリーにあからさまに肩入れしてくるようになった気がする」
 
「当然。当時はローズクォーツに対して毎月100万の支援金を援助してその見返りはせいぜい10万程度ではあっても、その後大きく化ける可能性があると思って、△△社側はお金を出していた。ところが過去の支援金を返済されて、この後は不要と言われると、ローズクォーツで儲けられる可能性が無くなってしまう。一方でローズ+リリーで儲かると、△△社や○○プロも利益が得られようになっていた」
 
「売上のマージンが還流されるもんね」
 
ローズ+リリーのCDの売上の内、原盤使用料や著作権使用料などとしてサマーガールズ出版が受け取る金額の12%がUTPに「プロモーション手数料」として支払われているが、その手数料をUTPは実際には△△社・○○プロと折半している(と須藤さんは思っている)。その金額は年間数千万円にのぼる。
 
「それだけじゃない。△△社も○○プロもサマーガールズ出版の出資者だから、直接配当利益がある。こちらの方がよほど大きい」
「へ?」
「そもそも、ローズクォーツを支援していたのも△△社・○○プロだけじゃなくて実際には8社なんだけどね。そしてローズ+リリーの手数料もその8社で実は分け合っている。でもその8社が、あの支援金返済によって、ローズクォーツでは利益を得られなくなっちゃったんだよね」
 
「サマーガールズ出版って、ケイちゃん・マリちゃんの個人会社かと思ってた」
「あれは凄い複雑な仕組みになってるんですよ。実は私もよく分かってない」
「うむむ」
 
「だからさ、花枝さん。サマーガールズ出版がバレンシアを支援するということは、遠慮無く○○プロのチャンネルを使えるということだから、前田課長や中家係長にいろいろプロモーションのことでは相談してください。こちらからも話は通してありますから」
「分かった!」
 
そういう訳でバレンシアの夏フェス12ヶ所出場というのも、○○プロの口利きで実現したのであった。
 

バレンシアは、ギター・ベース・ドラムス・キーボード、フルート・サックス、トランペット・トロンボーンという8ピース構成で、構成だけ見るとジャズかフュージョンという雰囲気だが、これはたまたま各自ができる楽器を持って集まったというのに端を発していて、音楽的には純粋なロックに近い。
 
1枚目のインディーズアルバムはハードロック色が強かったが、2枚目は一転してとても軽くなり、パンク色が強くなっている。この2枚目の方が圧倒的に売れたし、その売上でメジャーデビューの話が出てきたのである。本人たちも1枚目を作った時は気合いが入りすぎていた。2枚目は適度に脱力して気持ち良く作れたと言っていたので、そういう軽めのサウンドの方が合っているのであろう。
 
そのバレンシアのメジャーデビューシングルの音源制作を、私は山鹿さんのスタジオで行うことにした。バレンシアの原盤制作費はサマーガールズ出版が大半を出すので、出資者の権限を行使した。またそもそもメンバーがだいたい八王子から日野付近に住んでいるので、都心のスタジオを使うより、こちらの方がよほど便利というのもあった。
 
「おお、ちゃんとこちらにお仕事持って来てくれたね。冬ちゃんは優秀なうちの営業レディだ」
などと山鹿さんも言っていた。
 
「営業手数料は貸しということで」
「それも怖いなあ」
 
実際の録音作業は、このスタジオの30前後かな?という感じの女性技士、東江さんにお願いした。女性ファンの多い女性バンドということで、彼女たちのサウンドは女性の感覚でまとめた方がいいと私は考えた。
 
なお、楽曲のアレンジは基本的に本人たちに任せたが、全体的なサウンドの方向性については、私が遠慮無く意見を出させてもらった。たまに政子も卒論の気分転換に出てきて、あれこれ言っていたが、結構唐突なことを言うので彼女たちは焦っていた。政子の意見で『夢の傘』には雨音の効果音が入った(実際に天気図を見て雨の降っている所に行き録音してきた)が、これは結構良い雰囲気になった。
 

さて、私たちのライブにゲストとして出てきたバレンシアは、『夢の傘』の後、彼女たちの2枚目のインディーズアルバム先頭曲『ハートのエース』、そしてデビューCDのカップリング曲『日曜日の雨』と演奏した。
 
休憩と着替えが終わった私と政子が出て行き、お互いに握手して8人が退場する。
 
バレンシアと入れ替わりに登場したのは和服を着たお姉様たちである。三味線・尺八・太鼓・胡弓・箏・龍笛という6人の演奏者が入ってくる。箏はスタッフが運び込んできた。ちなみに三味線を持っているのは里美伯母、尺八は清香伯母、箏は風帆伯母、胡弓はその娘の美耶、太鼓は里美の娘の明奈、龍笛は清香の娘の佳楽である。要するに私の親戚である! そしてどう考えても音源制作の時より豪華なメンツだ。今回のアリーナ・ツアー3会場に付き合ってくれることになっている。
 
和楽器の音に合わせて『200年の夢』を歌う。和楽器で演奏していてもこの曲は確かにポップスである。明奈は太鼓をドラムスで8ビートを刻むかのように演奏する(音源制作では槇原愛が打っている)。
 
幼い頃知り合ったふたりが、手紙のやりとりはしていたものの、200年の時を経て再会して恋人になるというストーリーを歌い込んでいるが、twitterで
「200年も経ったら、もう幽霊になっているか、生きていたとしてもおじいさんとおばあさんですね」という感想ももらったが、私は「200年」というのは、心の時間ですと回答しておいた。すると心の時間で200年はリアルでは何年だろうという議論が起きていた。
 
歌い終わってから、楽器演奏者をひとりずつ紹介する。そして胡弓を弾いていた美耶だけが残り、他は退場する。スターキッズが電気楽器を持って入ってくる。キーボードやドラムスは今の曲の演奏中に舞台半分の所の幕を下ろして準備していた。
 
『坂道』を演奏する。この曲に胡弓パートがあるので美耶には残ってもらったのである。
 
高校2年の時、ローズ+リリーのデビューに先行してふたりで作った音源で歌っていた曲である。政子にとっては初めて作った音源であり、懐かしそうな顔をして歌っている。
 
歌い終わったところで改めて美耶(若山鶴宮)を紹介する。拍手とともに美耶が下がろうとした時、マリが寄って行き声を掛ける。
 
「鶴宮さんは、ケイの従姉さんですよね?」
「はい、そうです」
「ケイの胡弓の先生でもあるとか」
「そうですね。一応正式には私の母、鶴風が先生なのですが、鶴風が忙しいのでケイが胡弓を覚えたての頃、結構私が教えてました。半年もしないうちに私が教えられるレベルを超えちゃいましたけどね」
 
「ああ、ケイって楽器を覚えるのが凄く速いんですよね」
「凄いですね。三味線も私の姉妹・従姉妹の中では最も遅く始めたのに、今ではトップクラスですから。楽器というものに対するセンスがいいんですね」
「当時、名古屋にお住まいだったんですよね?」
「そうです、そうです」
 
「じゃケイは東京から名古屋までお稽古に通ってたんですか?」
「ええ。毎月新幹線で通ってきてお稽古してました」
「さて、ここで大事な質問なんですが」
「はい」
「その時、ケイは中学生ですよね。どんな服装でした?」
「制服ですよ」
「制服って学生服ですか?」
「まさか。ケイは女の子ですから、セーラー服を着てましたよ」
 
観客の中にざわめきが起きる。
 
「やはりですね〜。ケイの生態の一端が明らかになりましたね。また後で、もっと詳しく教えてください。それでは若山鶴宮さんでした!」
 
拍手とともに美耶が手を振って下がって行く。私は頭をポリポリと掻いた。
 

後半は《リズミカル・タイム》である。
 
今年のアルバムの曲『ファレノプシス・ドリーム』に始まって『Spell on You』
『影たちの夜』『キュピパラ・ペポリカ』『夜間飛行』『ヘイ・ガールズ!』
と歌い、それから上島作品を『青いブガッティ』『疾走』と演奏する。
 
ここでMCをする。しばらくトークしてから
 
「さて残り曲目も少なくなってきました。小道具お願いしまーす」
と私が言うと、窓香がお玉を持って来て私とマリに渡す。
 
「はい、曲の名前は?」
と私が客席に質問を投げると
「『ピンザンティン』!」という声が返ってくる。
 
「はい、それでは行ってみましょう!」
 
スターキッズの演奏が始まる。私たちは歌う。
 
「サラダを〜作ろう、ピンザンティン、素敵なサラダを」
「サラダを〜食べよう、ピンザンティン、美味しいサラダを」
 
舞台の端にテーブルが持ち出され、そこで雰囲気の良い初老のおじさんがサラダを作り始めるので、ざわめきが起きる。私たちがお玉を振って歌を歌っている間に、おじさんは野菜を刻みサラダボールの中に入れ、一方でサラダオイルや酢などを混ぜてドレッシング自体を作ってしまう。そしてそれをサラダボールに掛けてから小皿にとって自分で食べちゃう!
 
ステージの袖に向かって手招きすると、窓香が出てきて、窓香も相伴に預かっている。美味しそうな顔をして食べている。
 
ちょっとしたパフォーマンスであった。
 
歌が終わった所で私は紹介した。
「私たちがPVを作った時に使用したドレッシングの製造元、ピエトロの社長さんでした!」
 
(実は社長がドレッシングとサラダを手作りするのはピエトロの株主総会ではおなじみのパフォーマンスである)
 
拍手があり、社長さんと窓香が下がる。なお、社長さんは翌週の大阪・横浜の公演にも付き合ってくれて、大阪では明奈、横浜では佳楽がサラダを食べて舌鼓を打っていた。
 
「それではいよいよ最後の曲です。『王女の黄昏』」
 
照明を落とし、夕暮れのような赤い光を当て、ミラーボールを回してムーディーな雰囲気を出す。七星さんの哀愁を帯びたサックスが美しい。
 
歌の進行に合わせて太陽を表すようなスポットライトが少しずつ下に降りて行く。そして赤い全体光も少しずつ弱くなっていく。そして歌が終わった所でスポットライトも赤い光も消えて真っ暗になる。淡いトワイライトだけに照らされた状態で、私とマリは客席に深々とお辞儀をした。幕が降りた。
 

拍手が鳴り止まない。その拍手がゆっくりとしたアンコールを求める拍手に変わる。幕が上がる。私たちはいつものように衣装などは変えずにそのままステージに戻る。
 
「アンコールありがとうございます。それでは『私にもいつか』を歌います。この曲は私たちの休業期間中に作った曲ですが、実はマリのステージ復帰を切望する心情を歌った曲です。まだ自分はステージに立ってファンの皆さんの前で歌う勇気が持てないけど、いつの日かきっと舞台に戻って来て、このときめくような時間を持ちたい。マリはそんなことを言いながら、この曲を書きました。そして今マリはステージに戻ってきました」
 
私がそう言うと、客席はざわめいたが、大きな拍手をくれた。スターキッズがアコスティック楽器を持って入ってくる。近藤さんのギター、鷹野さんのヴァイオリン、七星さんのフルート。月丘さんはグランドピアノの前に座り、酒向さんはドラムスの所に座る。
 
演奏がスタートする。
 
私たちは3年半前のホテルの一室で、ふたりで一晩を過ごした後書いた時のことを思い出しながら、歌を歌った。思ったよりステージ復帰に時間は掛かったけど、マリにとっては必要な時間だったのだろう。そしてマリはその間にとても歌がうまくなった。自信も持てるようになったはずだ。
 
歌が終わるとともに大きな拍手がある。私たちは客席に向かってお辞儀をしてスターキッズと一緒にステージ袖に下がる。
 
拍手はすぐにアンコールの拍手になる。
 
私と政子、それに七星さんの3人で出て行く。客席に向かって一礼してから私がピアノの前に座り、マリは私の左側(ステージ奥側)に立つ。七星さんがピアノの右横面(ステージ前方)に立つ。
 
『あの夏の日』を演奏する。
 
《ミードドミ、ミードドミ、ファソファミ・レ・ミ》というブラームスのワルツのモチーフに始まり、分散和音を弾いたところで七星さんのフルートが鳴り出す。私と政子がピアノとフルートの音に合わせて歌い始める。
 
6年前の伊豆のキャンプ場に思いは飛んで行く。あそこはローズ+リリーが生まれた場所でもあり、例の大騒動の後で、再生した場所でもある。私たちにとってまさに原点だ。
 
政子も何かを思い出すかのような表情で歌っている。七星さんの黄金のフルートの音色が美しい。ピアノとフルートにしても、ピアノとヴァイオリンにしても、ほんとによく音が溶け合う。いや、溶け合うように各々発展してきたのだろう。そんなことも考えながら私はスタインウェイ D-274 を弾いていた。
 
やがて終曲。音の余韻が消えるのと同時に拍手が来る。
 
私は立ち上がり、政子と一緒に前に出て、七星さんもそれに並ぶ形で一緒にお辞儀をした。幕が降りて、終了のアナウンスがあった。
 

公演終了後、私たちは柳川に移動した。
 
私たち2人にスターキッズ7人、詩津紅、松村さん、清水さん、窓香と花枝、氷川さん・加藤課長、音響をしてくれた麻布先生と有咲、バレンシアの8人、民謡の伴奏をした6人、総勢32人。大型バスに乗っての移動である。政子は美耶や明奈・佳楽のそばに寄って色々と私のことを聞き出そうとしていたが、例によって「本人に訊くのがいちばん良い」などと言われていた。
 
柳川の料亭「御花」に入る。柳川藩主・立花家の別邸だった所でとても風情のある建物と庭園である。「御花」の名前は元々この付近が「御花畠」と呼ばれていたことに由来する。それを政子に言うと「わあ。Flower Gardenか」と、嬉しそうに言った。私もそのことに初めて気付いて「今回のツアーにふさわしい場所だね」と答えた。
 
庭園に面した和室に通される。福岡を出る時にだいたいの到着時刻を連絡していたので、すぐにウナギのセイロ蒸しが出てくる。政子には特に5人分用意している。
 
セイロに御飯を入れウナギを乗せて蒸したもので、北部九州では比較的ポピュラーなメニューだが、それ以外の地域ではあまり見ないので、バレンシアの子たちは「これ初めて食べた」などと言っていた。鰻重よりあっさりした感じになり、食べやすい。名古屋のひつまぶしの食感に近いが御飯と一緒に蒸しているのでより一体感がある。政子も美味しい美味しいと言って、嬉しそうに食べていた。
 
「でも柳川と聞いたから、柳川鍋かと思って、どじょうは苦手かもと思ったらうなぎだったんですね」
などとバレンシアの来夢(らいむ)が言っていたが、
「柳川鍋は、江戸の柳川という料亭が始めたもので、福岡県の柳川とは無関係」
と七星さんが説明する。
「あっ、そうだったんだ!」
「まあ、よくある誤解ではあるよね」
「福岡県のこの柳川とか、近くの大川とかは、うなぎ料理が美味しいので有名なんだよ」
「へー」
「だけど、このお店、高そう」
 
「バレンシアも自分たちのライブで、このクラスの打ち上げができるように、頑張ろう」
などと花枝が煽ると、ちょうど口に物が入っていたリーダーの美歓(みかん)に代わって、ベースの愛好(あいす)とドラムスの麩鈴(ぷりん)が
「はい、頑張ります!」と答える。
 
「金田中(東京の三大料亭のひとつ)を貸し切りで打ち上げやりたいです」
とトランペットの礼文(れもん)。
 
「おお、大きく出たね、その調子、その調子」
と七星さんも煽っていた。
 

他の料理も運び込まれてきて、食事も少し進み、和やかな雰囲気になっていた時、近藤さんが「よし、余興やろう」などと言い出す。メモ用紙を取り出し、何やら数字を書いていた。隣に居た酒向さんに「これみんなに配って」と言う。
 
それで配り終わった頃、別途数字を書いた紙をビニール袋に入れたのを見せる。
 
「これから数字を引くから当たった人は何か芸をすること」
 
それで最初に引いた数字は2だった。
 
「2番の人・・・・って俺か!?」
 
なんと自分が最初に引き当ててしまった。それで愛用のアコスティックギターGibson J-185を持って『君待つ朝』をギター独奏で演奏した。美しい! 私自身こんなアレンジも素敵だと思ってしまった。
 
みんなから大きな拍手がある。バレンシアのギター担当美歓(みかん)が「凄ーい」と感心していた。
 
「次行きます。26番」
「はい」と返事をしたのは明奈だ。明奈は母から三味線を借りて『黒田節』を弾き語りした。
 
「格好いい〜!」という声があがる。明奈は思いっきり低音ボイスで唄ったので、とても重厚感のある唄となった。
 
「次。13番」
「わ、私だ」と声をあげたのはバレンシアのフルーティスト・観来(みるく)だ。
 
彼女は自分のフルートを取り出すとハイドンの『セレナーデ』を演奏する。原曲よりテヌートを多用し、なめらかで女性的な雰囲気の演奏にまとめていた。
 
大きな拍手をもらう。
 
「よし。次。22番」
「わっ」
 
私が当たった。何しようかなと思ったら
「冬、ヴァイオリン弾きなよ」
と政子が言う。まあ、それもいっか。
 
「鷹野さん、ヴァイオリン貸してください」
「うん。というか、そもそもこれ俺がケイちゃんから借りてるんだけどね」
「まあそうも言えますけど」
 
正確には私の権限でUTPで購入して鷹野さんに貸与している楽器である。私は鷹野さんからヴァイオリンケースを受け取ると楽器と弓を取り出し調弦してから、メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲(通称『メンコン』)を弾いた。
 
ミーミミード・ララーミ・ド・シラファラミー
 
というテーマが繰り返し出てくる。ヴァイオリン奏者にとっては「上級者の入門」
みたいな曲で、これが弾けたら一応上級者と認められるという程度に技術が必要な曲だ。スズキ・メソードだと、最上級クラスの卒業課題曲である。
 
鷹野さんや七星さんが頷きながら聴いている。美耶もそんな感じ。今回胡弓を弾いてくれた美耶はヴァイオリンも結構弾く。私同様、胡弓との相乗効果で覚えていったらしい。
 
バレンシアの面々は「ひゃー」という感じの表情をしていた。
 
上級者の入門クラスの作品だから、簡単に弾けるかというと実は逆に難しい。上級者であれば誰でも弾ける曲だけに、ミスったり解釈の甘い所があると、誰にでも分かる。易しい曲ほど「弾きこなす」のは難しいのである。それは私たちが普段歌っている歌でも同じである。
 
演奏が終わると、物凄い拍手が来て
「凄い・・・美しい」
などと感想をもらう。
 
自分でも少しヴァイオリンを弾くバレンシアのサックス奏者・心亜(ここあ)が
「ケイさん、こんなにヴァイオリン弾けるんですね。凄い!」
などと言っていた。
 
「心亜(ここあ)ちゃんも、この曲は弾けるでしょ?」
「それが、小学生の時、次はその曲を練習するよ、などと言っていた時に挫折したので、未着手です」
「あらら」
 
「また、練習するといいよ。大人になってから再開したらまた違うよ」
などと政子が言う。
「そうですね〜。また少し練習してみようかなあ」
 
この余興は結局10人まで行ったところでそろそろお開きという時間になった。七星さんもフルートで『神様お願い』を吹いてくれたし、詩津紅はクラリネットでジャズのスタンダードナンバー『Memories of You』を吹いた。政子は結局最後まで当たらなかった。
 
「当たったら『インドの虎狩り』弾こうかと思ったんだけど」
などと言うので、近藤さんが「だったら、そのくらい待つから是非」
と言ったが、政子は「パス」と言って笑っていた。
 

福岡のライブが終わって帰京した日曜日、ふらりと奈緒が私たちのマンションにやってきた。
 
「ご無沙汰、ご無沙汰」
「これ、おもたせ(誤用)〜」
 
と言ってケーキを出すので、紅茶を入れて、ありがたく一緒に頂く。
 
「いや、これにうちの姉ちゃんがサインもらえないかなと言うもんで」
と言って、新譜の『花の女王』を出す。
 
「おお、お安い御用」
と言って、政子とふたりでサインして渡した。
 
「奈緒にもサインしようか?」
「ごめーん。私、まだ買ってない」
「じゃ、CDごと贈呈するよ」
 
と言って、営業用に手許に置いているCDを一枚取り、それにもサインして渡した。
 
「サンキュー。良い友だちを持った」
「こちらも医療的なことで相談がある時は遠慮無く頼るから」
 
奈緒は医科大学に通っている。1年浪人したので現在3年生である。
 
「冬は個人的な人脈が良いよね。今音響は有咲が見て、経理は夢乃が見てるんでしょ?」
「そうそう。助かってるよ。琴絵と仁恵が私たちの活動状況をいつもレポートしてくれてるしね」
 
「でも『花の女王』かぁ」
と奈緒がCDのジャケ写を見ながら感慨深そうに言うので
 
「何か?」
と政子が訊いた。私は少し嫌な予感がした。
 
「いや、冬がそういえば昔、花の女王になったなと思ってさ」
「あはは」
「何、何、それ詳しく」
と政子は興味津々の様子。
 
「あれ、中2くらいだったっけ?」
「まあ、そうだね」
 
「友だち何人かで、郊外の遊園地に行ってたらさ、何かイベントやってたんだよ。何だろうって感じで近づいて行ったら『君たちも参加者?』とか言われて番号札もらっちゃって。それで成り行きで参加したのが、《花の女王コンテスト》ってので」
「ほほぉ」
 
「何だかよく分からないまま、花の冠がたくさん並んでいる所に連れて行かれて自分の好きなのを髪に付けてと言われてさ。私はシロツメクサ、若葉はデイジーだったかな。で、冬は何だかもじもじしてるからさ。私たちで『これにしなさい』
と言ってバラの花冠をかぶせたのね」
 
「ああ、やはり、冬はバラなんだな。でもここにも若葉が関わってるのか」
「あの子は、冬の秘密をいちばん知ってる筈だけど、口が硬いからなあ」
「そうそう。使えない子だよ」
 
「まあ、それでステージに出て行って何か一芸して点数をもらうという、まあ、そんなコンテストだった訳よ」
「奈緒は何したの?」
 
「私は一人コントしたんだけど、全然受けなかった」
「歌でも歌えばいいのに」
「私の音痴は知ってるでしょ〜」
「だっけ?」と政子が訊くので
 
「琴絵と奈緒と、どちらが凄いかという争いだね」
と私はコメントする。
「そうだったのか」
 
「若葉はちょうどヴァイオリンのお稽古の帰りでヴァイオリン持ってたから、それを披露して高得点もらってたね」
「若葉ってヴァイオリン弾くんだっけ?」
「お嬢様だからね。家族で弦楽四重奏とかしたりしてたみたい。おうちにはベーゼンドルファーのピアノもあるし」
 
「あのピアノ、ベーゼンドルファー?」
「そそ」
 
「で冬は何したの?」
「歌を歌ったよ。曲は何だったっけ?なんかきれいな歌だった」と奈緒。
「アイルランド民謡の『Last Rose of Summer』だよ。せっかくバラの冠を付けてもらったし」と私。
 
日本では『庭の千草』の邦題でも知られる名曲である。
 
「それで優勝して、賞金もらって、その賞金でみんなでピザ食べに行ったね」と奈緒。
「ほほぉ」
「まあ人数が少なかったからピザ食べる金額あったね」と私。
 
「でもその曲って、ソプラノの曲だよね?」と政子は訊く。
「うん」と奈緒。
「ということは、もしかして冬は女の子の声で歌った?」
「当然」
「で、もしかして冬は女の子の格好をしていた?」
「もちろん。男の子が花の女王に選ばれる訳無い」
 
「ぶふふふふふ。いいこと聞いちゃった」
「もう・・・・」
 
 
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【夏の日の想い出・花の女王】(1)