【夏の日の想い出・セイシの行方】(下)

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「さあ、そろそろ覚悟を決めようか、大輝」と夏絵に言われたが、大輝は「嫌だよお、手術受けたくないよぉ」と言って泣いている。
 
さきほど逃げだそうとしたので「もう縛っちゃおう」と言われ、紗緒里と安貴穂にロープでベッドに縛り付けられたところである。
 
「大輝、あんた凄く可愛い顔してるんだもん。きっと素敵な女の子になれるよ。あんたみたいな子が男の子になっちゃうのってもったいないもん」
とあやめが言う。
 
「だから、僕、女の子になんかなりたくないって」
「聞き分けの無い子だねえ。スカートも穿かないし」
「だって僕男だからスカートは穿かないよお」
 
「ほら。博史を見てごらん。おとなしくスカート穿いてる。博史、スカート好き?」
「うん。好き。これ気持ちいいよね。ズボンは蒸れるんだもん」
「博史、女の子になりたい?」
「そうだなあ。女の子になるのも悪くないかなあ」
「ほら、大輝も博史を見習いなさい」
 
そんなことを言っている内に看護婦さんがやってきた。
 
「そろそろ手術の時間だけど、女の子になる手術を受けるのは誰?」
「今、ベッドに寝てる子です」
「あら、あなた女の子じゃないの?」
「おちんちん付いてるんですよ−」
 
と言って大輝のズボンとパンツを下げると、おちんちんとタマタマがある。
 
「あら、あなたみたいな子に、こんなのが付いてるなんてきっと何かの間違いね」
「でしょ、潔く女の子になればいいですよね」
「そうそう。こんなの取っちゃって、代わりに割れ目ちゃん作りましょうね」
と看護婦さんから言われている。
 
「精子も保存したから、子供作りたくなった時はそれで作れるからね」
「私たちで1人1回ずつ射精させたからね」
「あら、お姉ちゃんたちにしてもらったの。良かったね」
「あれも縛り付けてやったんじゃん」
「だって恥ずかしがるからねぇ」
 
やがて時間となり、大輝は「いやだぁ!」「助けて!」と叫びながら手術室に運び込まれていった。
 
一時間後、手術室から戻ってきた大輝は「ぐすん」「ぐすん」と泣いている。
 
「よかったね。これで大輝、私たちの妹になれたね」
「私たちと一緒に、温泉にも入れるよ」
「中学生になったらセーラー服着れるよ」
「セーラー服なんて嫌だよお。僕、女の子になんかなりたくなかったのに」
 
「泣き虫だなあ」
「やっぱり性格的に女の子だよね」
「でもこれでちゃんとお嫁さんに行けるよ」
「大輝のウェディングドレス姿って素敵だろうなあ」
 

あやめと夏絵が「共同執筆」したという絵本を読んで私は頭を抱えた。政子はテーブルをバンバン叩いて笑っている。なんとまあ《青い清流》で書いた最初の作品がこれなのである。最後のページにはウェディングドレスを着て結婚式を挙げている大輝の絵が描かれていた。
 
「姉ちゃんたち、ひどいよぉ。僕は絶対女の子になる手術なんて受けないからね」
と大輝が言っている。
 
「そんなこと言ってるからロープで縛り付けて手術しないといけないのよ」
とあやめ。
 
「この絵は誰が描いたの?」
「かえでだよ。あの子、絵が凄くうまいんだもん」
 
その絵はとても小学1年生が描いたとは思えない。とてもしっかりしたタッチの絵である。かえでは小学校の図工の成績はあまり良くない。教室ではほとんど絵が描けず、課題を与えられてもたいてい白紙で出してしまう。しかし自分の部屋などで集中して描くと、凄くしっかりした絵を描く。あまりにしっかりした絵を描くし、ふだんの授業では全然描けてないので、夏休みの宿題に描いた絵を先生から「お姉ちゃんに描いてもらったんじゃないの?」と疑われた程であった。
 
その時、私は学校まで行き、かえでが家ではちゃんと絵を描いていること、教室のように騒がしい所では集中できず、絵や作文を書けないようであることを話した。かえでが自宅で描いた色々な絵を見せたら担任の先生は驚いていた。作文も学校ではかえではいつも白紙の原稿用紙を出しているのに、自宅では自作の童話をたくさん書いていた。
 

「でも、あんたたち博史にもスカート穿かせたりしてるの?」と私が訊くと「あ、博史はスカート素直に穿くよ。結構楽しそうにしてるし」と夏絵が言う。
 
「ああ、大輝と博史が女の子になって8人姉妹ってのもいいかなあ」
などと政子は言うが。
「お母ちゃん、勘弁してよお」
と大輝は言っている。
 
「大輝が女の子になった後の名前も考えてあげたんだよ」とあやめ。
「へー」
「輝子(てるこ)っていうの。輝の字はそのまま使えていいでしょ?」
「ああ、輝子ちゃんか。いいなあ。輝子に改名する?」
などと政子は面白がって言っている。
「だから、そういうのやめてよぉ」
と大輝はあからさまに嫌そうな顔をしていた。
 

2030年1月、私と政子は新しいアルバム『怪盗の一日』の制作をしていた。2月中旬に発売し、それに合わせて3月にローズ+リリーの全国ホールツアーを予定していた。
 
タイトル曲の『怪盗の一日』は政子がモーリス・ルブラン作『緑の目の少女(La Demoiselle aux yeux verts)』が映画化されたのを見て、感動した!と言って書いた作品である。(この作品は『カリオストロの城』の原作のひとつである)湖底に隠れている遺跡のシーンは数億円掛けて作った巨大セットが使用されていた。主演(アルセーヌ・ルパン)は若手人気俳優の桜幸司、ヒロインはオーディションで1万人の応募者の中から選ばれた新人・秋山怜梨(ヒロインの名前オーレリーにちなんで付けられた芸名)であった。
 
そのほか映画には、ヒロインを助ける謎の覆面少女怪盗「赤い彗星」ことクラリス(映画オリジナルキャラ)として、昨年春にデビューした人気アイドルの美濃山淳奈が助演で出ていたし、橘美晴をリーダーとするロックバンド《ムラン・ルージュ》のメンバーもルパンの部下達の役でゲスト出演していた。
 
(「ルパン3世」ではなく本家「ルパン」なので、次元や五右衛門は登場しない)
 
このアルバムを企画していた段階で、映画の制作委員会側から接触があり、美濃山淳奈が歌った映画の主題歌をローズ+リリーがカバーし、主演級3人の写真をジャケットに使用した「映画版」も通常版の他に制作されることになっていた。
 
アルバム収録曲は、マリ&ケイ作の表題作『怪盗の一日』、映画の主題歌で橘美晴作詞作曲の『眠れる街』の他、マリ&ケイ作の曲を8曲。これに4人(組)のソングライターから1曲ずつ提供を受けて構成していた。この4人の作品の中に「快速紳士」という名前でクレジットされた作品『草原を抜けて』が入っていた。
 
最近ローズ+リリーのアルバムに新人作曲家の作品が1〜2個入るのは恒例になっていて、それをステップにしてソングライターとして活躍するようになった人もいたので、これもそういう期待の新人作曲家なのだろうと思われたようである。
 
今回のアルバム制作で伴奏をしてくれている、女の子バンド、フラワーガーデンズのリーダー・ランも『草原を抜けて』の譜面を見て「まだまだ未熟な面があるけど素質を感じさせるソングライターさんですね」と言った。ラン本人がバンドのベーシスト・ミズキと組んで書いてくれた作品『引き潮-ebb tide-』もアルバムに入れられる。
 
フラワーガーデンズは、電子ギター・電子ベース(エレキギター・エレキベースではない)、電子ドラム、電子ピアノ、電子フルートという5ピースのバンドだが最新鋭の電子楽器でアコスティックな音を出すのが特徴で、私とマリは彼女らの標準装備である横波スピーカーから出るアコスティックな音と響き・振動に包まれて、気持ち良くアルバムの曲を歌っていった。
 
「でもケイさん、マリさんって、声が20歳前後の頃とほとんど変わらないですよね。先日もローズ+リリーの古い曲がラジオ局で掛かってるの聴いてて思いました」とバンドのピアニスト・フジが言う。
 
「ははは、発展性が無いのよ」
「いえ、違います。20歳頃の声を維持しているのが凄いです」
 
「そうだよね〜。20歳頃に4オクターブくらい出していた人が40歳頃になると2オクターブくらいしか出なくなってたり、情緒性は上がっても声の切れが落ちてしまう人多いから。ケイちゃん・マリちゃんの歌は、私デビュー間もない頃からずっと聴いてるけど、確かに18歳頃から声質が全然変わってない。声域も落ちてないでしょ? ケイちゃん今でもF6出るよね?」
 
と初日なのでレコーディングに付き合ってくれている八雲(旧姓氷川)部長なども言う。
 
「出ます。というか18歳頃はF6出てなくて、22歳頃にやっと出るようになったんですけどね。15歳頃何度か偶然出たことはあったんですけど、その後出なくなってて」
「ケイは男の子の声も使えば4オクターブ出るのに使わないね」と政子。「あれは封印」と私。
 
「凄いなあ。多分毎日かなり練習してるんですよね?」
とフルートのキキョウが言う。
 
「そんなに練習してないよね」と政子が言い
「うん。歌はせいぜい2時間程度だよね」と私が言うと
 
「負けた〜。私歌の練習は30分もやってないかも」
とドラムスのジャスミン。
 
「あんたたちは若いんだからやはり3時間は練習しよう」
と八雲さんに言われている。
 
「でも練習しすぎで喉潰さないようにね」
「そうそう。無理な発声で声が出なくなったり、ポリープ作っちゃう歌手ってよくいるから」
「水飴とか舐めるのもいいよ」
 

その日、私と政子は上島先生から、ヨーロッパ旅行のお土産を渡したいからと言われて御自宅までお伺いした。上島先生が若い頃はこの家に来ると徹夜覚悟だったのだが、最近はさすがに先生自身の体力が衰えたようで、だいたい午前2時か3時くらい!にはお開きになる。その日は雨宮先生も来ておられた。
 
「ああ、アルバム制作してるんだったね。ごめんね。楽曲提供できなくて」
「いえいえ。先生お忙しいですもん」
「でも昔よりはだいぶ作曲ペースが落ちたよ」
「いえ、昔がアンビリーバブルなベースでしたから」
 
「ケイちゃんたちが大学生の頃って雷ちゃんは年間1000曲くらい書いてたよね」
と雨宮先生。
「うん。そのくらいかな。今じゃ年間300曲くらいだから」
 
「それでもアンビリーバブルです」
「マリ&ケイが多作だと言われるけど150曲くらいだもんね、年間で」
「そのくらいですね」
 
「マリの詩はたくさんあるんですけど、私の作曲が追いつきません」
「まあ、曲にするのになじまないような詩もあるけど」と政子。
「うん。フェイスマークだけで綴られた詩とか、どうしろと?という感じでしたし」
「あれ、曲を付けられてたら今度は歌いようが無かったね」
「そうやって埋もれて行ってる曲もたくさんあるけどね」
 
「その埋もれてたアルバム『性転換ノススメ』なんて、まさか発売することになるとは私も思わんかった」
と政子。
 
「あれは八雲(氷川)さんの大英断だね。これ絶対売れますからって言って制作を勧めてくれたから。それに雨宮先生がプロデュースしてあげると言ってくださって」
 
「ミリオン売れたからなあ。性転換推奨ソングだらけのアルバム」
「あれで性転換手術受ける人が倍増したという説もあるから」
「雨宮先生が性転換美女5人並べた全国キャンペーンやったのも大きかったですよ」
 
「伴奏してくれたタカが、変な気分になっちゃうと言ってた」
「タカちゃんも女の子になれば良かったのにね」
「まあその後、女性と結婚したから、そちら方面には行かなかったんだろうけどね」
「当時のタカちゃんの女装は美人だったね」
「最近は女装しないのかしらね?タカちゃん」
「女装はせいぜい40までですよ、とか言ってたね」と政子。
「そんなことないのにね。女装なんて開き直りよ」と雨宮先生。
 
上島先生が苦笑しておられる。
 

「そういえば今度のアルバム、『緑の目の少女』とタイアップになったんだね」
「ええ。映画会社からお金もらった訳じゃないから普通のタイアップとは違いますけどね。うちの大輝のお父さんの大林亮平さんが、この映画でルパンを追う日本の探偵役で出ていたんで、その関係でまだ最終エディションが出来る前の試写会の招待状を頂いたんですよ。それでマリが感動しちゃって」
 
「あの映画の主演の桜幸司って・・・あれだよね?」
と上島先生が雨宮先生を見て言う。
 
「うん、私の隠し子のひとり」と雨宮先生はこのメンツなので言っちゃう。今日は私たち4人のほかは上島先生の奥さん・春風アルトさんだけである。
 
「あの映画、橘美晴も主題歌の作詞作曲と伴奏、それにチョイ役での出演をしていたから、何だか面はゆくて」
と上島先生。
 
「でも桜幸司は、ふだん本人以上に母ちゃんの桜クララさんが目立ってるよね」
「桜クララはテレビのバラエティではとても便利なキャラになってる感じだね」
 
その時、私は前々から疑問に思っていたことを訊いてみた。
「桜クララさんって、桜幸司の産みの親じゃないですよね?」
 
「なぜそう思う?」と雨宮先生。
「いや、勘違いならごめんなさい。クララさんって何となく男の娘のような気がしていて」
と私が言うと
「はあ?」と政子に言われる。
「ケイ、ちょっと目がおかしくない?」
と言ったが、雨宮先生が
 
「正解。よく分かったね」
と言うので一同「えーーーー!?」となる。
 

「じゃ、どうして桜クララさんは桜幸司の母親ってことになってるんですか?」
 
「桜幸司の産みの親は、クララの姉ちゃんの栄子だよ。結婚してたんだけど私と不倫関係にあってね」
「あれ? ○○貿易の社長夫人って人?」
「そうそう。でも旦那が種無しでさ。旦那から、お前不倫してるなら、その相手から種もらって、自分の跡継ぎを産んでくれないかと言われた」
 
「ちょっと待って。そちらにも息子さんいたよね?」
「だから私の冷凍精液で栄子が妊娠した。ところが妊娠は成功したものの双子だったんだよね。二卵性だけど」
「えっと・・・」
「それでひとりは栄子の子供ということにして、もうひとりは当時既に性転換して完全に女として埋没して生きていたクララが自分の子供として育てたいと言って」
「で、ひとりずつ育てたんですか?」
 
「そういうこと」
「あ・・・雨宮先生が、去年『男の娘を孕ませたことある』と言ってたのは、その件ですか?」
 
「ふふ。クララって小学生の内に去勢して女性ホルモンもやってて中学生の時には既に女子制服着て通学してたから、あの子が実は男の娘って知ってる人は凄く少ないよ」
「へー!」
「私やケイちゃんみたいな同類でも、なかなか分からないだろうね。戸籍もとっくの昔に女に変更してるから、少々調べても怪しい所は何も出てこない」
 
「じゃ、桜幸司と、従兄ということになってる人は本当は双子の兄弟なんだ!」
「うん」
 
「あれ、でも確か誕生日違ったはず。何かの雑誌のインタビューで、僕たち生まれも2ヶ月違いなんですよとか言ってた」
 
「出生届をわざと遅れて出した。だから桜幸司の本当の誕生日は8月じゃなくて6月なんだよ。6って数字は8に書き直せるんだよね」
「それって、私文書偽造!でも昭和時代ならいざ知らず今の時代にそんな適当なことがまかり通るんですか?」
 
「まあ通っちゃったからね。当時は桜クララは全然売れてなかったし、やはり幸司が小さい頃はずっと付いてなくちゃいけなくてパートとかにも行けなかったから随分苦労して育ててる。充分幸司の母親を名乗る資格があると思う。まあ生活費は私がかなり援助してたよ。姉ちゃんの方にお手当あげる代りって感じで」
 
「雨宮先生って良い人なのかも」と政子。
「あら、私は良い人よ」
「先生、でも多分クララさんも食ってますよね?」と私。
 
「あら、それは当然じゃない。当時凄く可愛かったし。姉妹まとめてひとつのベッドで逝かせたこともあるわよ」
「やっぱり雨宮先生ってそんな人だったのか!」
 
春風アルトさんがしかめっ面をしていた。
 

2月の頭、ローズ+リリーの音源製作も終わり、私は今度は次のKARIONのアルバムの構想を練るのに、郊外を散歩していた。いくつかモチーフが浮かんだものを取り敢えずメモ帳に書き留めたが、少しまとめておこうと思い近くのロッテリア・カフェに入り、コーヒーを頼んで空きテーブルを探していたらセーターにジーンズという軽装でコーヒーを飲んでいる40代の男性と視線が合う。
 
「あら、こんな所で有名人に逢うなんて」
「いや、こちらこそこんな所で有名人に逢うなんて」
 
と言葉を交わして、彼の向かい側に座る。それは大輝の父・大林亮平だった。
 
「来週の月曜に時間が取れそうなんだけど、またそちらの家に行っていい?」
「いつでも来てください。大輝が喜びますから」
「政子が百道と付き合ってた頃は何となくあの家に行きにくかったんだけど、貴昭君と付き合い始めた頃から逆に行きやすくなったよ」
「政子も精神的に落ち着いた感じです。あの子、あまり男っぽすぎる人とは合わないみたいで。貴昭さんも亮平さんも本来のあの子の好みなんです」
 
「それって僕は褒められてるの?それとも」
「この家では女らしいというのが褒め言葉ですよ、上様(うえさま)」
 
大林亮平はここ5年ほど時代劇の徳川家光役でお茶の間の人気者である。
 
「あはは。僕も10代の頃はテレビの番組で随分女装させられたからね」
「アイドル歌手も大変ですよね。でも亮平さんの女装は可愛かったですよ。同級生の女子でミーハーな子が亮平さんの女装シーン全部ビデオに録ってましたから」
「自分としては黒歴史にしたい気分だけどね。もっとも足の毛を剃られて、すべすべの足になるのは自分でもちょっとドキドキして道を誤りそうだった」
 
「誤ってたら、私みたいなのになってたんですね」
「あはは、そうそう。でもケイちゃんはふつのオカマタレントさんとは別だよ。そもそも女性にしか見えないもん」
「褒めても何も出ませんよ」
 

しばらく世間話や大輝の成長のことなども話して、亮平がテレビ局に移動するまでまだ30分くらい時間があるということだったので少し一緒に散歩する。カフェを出た後、ポプラ並木を歩いていたら、公園で何かイベントが開かれていた。
 
「へー、こどものど自慢大会か」
「こんな中から将来の大歌手とか出るかも知れないですね」
「うんうん。だから結構スカウトなんかが見に来てたりするんだよ」
「ああ、そうでしょうね」
 
何となく話ながら会場に入っていく。そんなに観客が多くもないので私たちは結構ステージの近くまで来て、出演者の子供たちの歌を聴きながら、小声で会話を続けていた。
 
その時
「次はK市の小学生三姉妹、なっちゃん・あっちゃん・てるちゃんです」
と司会の人が言い、出てきた3人を見て、私はびっくりする。
 
夏絵とあやめだ! そしてもうひとりは・・・・
 
3人はピーチ&マロンのヒット曲『キスしてみたいな』を歌い出した。あやめが歌が上手いのは知っているが、夏絵も割としっかり歌っている。そして、もうひとりの・・・・も。
 
私は隣の亮平を見た。あっけにとられている雰囲気。
 
「ね、ケイさん。あそこで歌ってるの、まさか・・・・」
「あはは、やはり亮平さんもそう思います?」
 
三人は鐘をたくさん鳴らして金賞のタブレット端末をもらっていた。そしてステージから降りてきて・・・私たちと目が合った。
 
「あ!」
「ママ、私先に帰るね」と言ってあやめが向こうに駆けていく。
「あ、私も先に帰る」と言って夏絵も走って行った。
 
そしてもうひとりの「女の子」が残される。
 
「あ、えっと・・・・」とその子は恥ずかしそうにしている。
 
「あんた大輝?」
「う、うん」
と言って、女の子の格好をした大輝は真っ赤な顔をして頷いた。
 
「大輝、お前こういう趣味あったの?」と亮平に訊かれて大輝は
「違うよ、父上。ハメられたんだよ」と大輝。
 
亮平は大輝に自分のことを「父上」と呼ばせている。
 
「ステージ衣装に着替えようと言われて服を渡されて、僕、女の子の服とは思いもよらなくて。着てた服を脱いで渡された服を着ようとして気付いたけど、それまで着てた服を紗緒里姉ちゃんが持って逃げてったから、これ着るしかなくて」
 
「夏絵たちの悪戯か!」と言って私はつい笑ってしまった。
「でもお前、様になってるな。可愛いじゃないか」と亮平も笑いが出ている。
 
「この格好であまりあちこち動きたくないよお。ママ、男の子の服買ってくれない?」
 
「お父上はこれからテレビ局だし、私もこれからレコード会社に行くから服を買ってあげるにしても、その用事が終わってからになるよ。あんた、私と一緒にレコード会社まで来る?」
「いやだあ!」
 
「じゃ、そのまま家に帰ったほうがまだマシだな、多分」と亮平。
「えーん。恥ずかしいよお」
 
「あんた、女の子になりたい訳じゃないんだよね?」と私は念のため訊く。
「そんなのなりたくない」
 
「でも可愛い声で歌ってたなあ。ねえ、今睾丸取っちゃえば声変わりしなくて済むから、今の可愛い声をこのまま維持できるけど。睾丸取っちゃう?」
「そんな取りたくない」
「別におちんちんまで取れとは言わないから。睾丸なんて無くたっていいじゃん。睾丸無くたってちゃんとおちんちん大きくできるしオナニーできるよ」
 
「ママは睾丸要らなかったかも知れないけど僕は無くしたくない」
「だって蹴られたら苦しい思いするだけのものなのに」
「睾丸無かったらもう男じゃなくなるじゃん」
 
亮平は大笑いしていた。
「大輝、お前が女の子になりたいなら父も応援してやるぞ」と亮平。
「今度から輝姫(てるひめ)と呼ぶことにしようか?」
 
「勘弁してよお」と大輝は本当に泣きそうな顔で答えた。
「この格好じゃトイレにも行けないし」
 
「・・・お前。まさかトイレ我慢してる?」
「スカートって足が冷えるから。でも男子トイレに入りにくい」
 
「女子トイレに入ればいいじゃん」
と亮平も私も言った。
 
「えー!?」
 

『みどりの目の少女』の映画が公開され、そのサウンドトラックも売れていたが前後して発売されたローズ+リリーの『怪盗の一日』も好調な売れ行きを見せていた。
 
日本はもとよりローズ+リリーのファンがいる、香港・台湾・タイ・ベトナムなどでも多数のダウンロードがなされていた。
 
「初動で50万ダウンロード行きましたからね。その後もどんどん伸びてますよ」
とレコード会社担当の如月さんも笑顔で言う。
 
「個別ダウンロードはどうですか?」
「『怪盗の一日』と『眠れる街』がやはり競ってますが、第三位に付けてるのが『草原を抜けて』なんですよ」
「へー!」
 
「何人かのラジオDJさんに聞いてみたのですが、今までに無かったサウンドだと言うんですよね」
「なるほど」
「感性が若いから、10代のソングライターですかって随分聞かれましたよ。これ、マリさん・ケイさんのお弟子さんか何かですか?」
「ああ、それに近いかもね」
「しっかり育ててあげてください。ほんとに期待の新人ですよ」
 

「まあそういう訳で、4000円のアルバムが50万件DLされて作詞作曲印税は約1億8000万円。『草原を抜けて』の単独ダウンロードは全体の15%を占めてるから、快速紳士が受け取る印税は約2700万円だね。取り敢えず」
 
と私はあやめに説明した。
「それ・・・私がもらえるの?」とあやめは驚いている。
 
「税金で半分取られることを忘れないように」
「きゃー! ヴァイオリンかフルートか、どちらか買ってもいい?」
「いいけど、忠告。税金で取られる分を除いた中で1割だけ使って残りは貯金しておきなよ」
「うん。それママが口座作ってくれない?」
「分かった。じゃ印税を受け取るのに使う口座に貯蓄預金と定期預金をセットしてそちらに税金として払わないといけない1300万円と、貯金1100万を振り替えよう」
 
「うん。お願い。それとやはりヴァイオリンにしようかな。買いに行くのにママ付き合って」
「そうだね。小学生が100万円の札束持って楽器店に行ったら親の所に電話掛かってくるから」
「私がお母ちゃんならそれやりかねない」
 
「ふふ。お母ちゃんはその手の伝説が多いよ。またいい作品書いたらアルバムに入れてあげるね」
「よーし!頑張って書こう」
「また添削してあげるからね」
「うん、よろしく、ママ」
 

晩御飯の買物をするのに、小6の紗緒里が手伝うというので連れていく。
 
「紗緒里もいよいよ4月から中学生だね。勉強頑張らないといけないよ」
「うん。今通信ゼミの入学準備号やってるけど、あらためて小学校の範囲の復習してると、あれ?これ忘れてたなんてのもあるし」
「英語は4月からラジオの英語講座聴くといいよ。今からでも少し聴いておくといい」
 
「うん。ねえ、ママ」
「ん?」
「私は◎◎女子中に行くけど、夏絵たちも一緒になるのかな」
「そのあたりは本人次第だけど、紗緒里が行ってれば、夏絵やあやめも同じ所に行きたがるだろうね」
「大輝は?」
「大輝は男の子だから女子中には入れてもらえないね」
「そっかー。大輝女の子になれば一緒に◎◎に行けるのに」
「あはは」
 
「そういえば、こないだお母ちゃんが、ママが◎◎女子高の制服着てる写真見せてくれたけど、ママって◎◎女子高出身じゃないよね?」
「うん。私とお母ちゃんは◆◆高校だよ」
「そうそう。◆◆高校の女子制服を着ている写真も見せてくれた」
 
「ちょっと事情があって◎◎女子高の制服も作ったんだよ」
「通ってなくても作れるものなの?」
「若葉おばちゃんが◎◎女子高だったから、若葉おばちゃんが予備の制服を作って貸してくれたの。実際はずっと私が持ってたんだけどね」
「へー」
「その制服でレコーディングに行ってたりしてたし」
 
「ああ!偽装工作用か。でも若葉おばちゃんとママって何かいろいろ秘密持ってるみたい」
「ふふ。いろいろ隠れておイタしたからね」
 

今日はおでんにしようということで、大根3本、竹輪4パック、薩摩揚げ2パック、ゴボ天3パック、厚揚げ3パック、糸コン3パック、板こんにゃく3個、がんもどき4パック、ハンペン3パックなどと買って行く。餅巾は自作するので、油揚げを2パックに小餅を1kg買った。牛すじ肉3kgなどと買っていたら、売場のおばちゃんが
 
「あら、今日は娘さんと買物?」
などと訊く。
「ええ。手伝ってくれるというので」
「奥さんとこ、下宿屋さんか何か?」
「あ、いいえ。ふつうの家ですよ。でも子供が多いから」
「へー。何人?」
 
「8人」
「ひぇー! よく産んだね」
「ええ。この子がいちばん上で4月から中学ですけど、まだ幼稚園にも行ってない子もいるし」
「テレビの大家族スペシャルに出られるよ」
「あはは、一度テレビ局から出ない?と言われたけど断りました」
「そうだろうね!」
 

「だけど、お母ちゃんの食べる量って凄いよね」
 
と下ごしらえを手伝いながら紗緒里が言う。私たちは材料を切ってはどんどん巨大な鍋に放り込んで行っていた。すじ肉は別の鍋(圧力鍋)で煮ている。
 
「ひとりで3人分くらい食べてるからね。でも若い頃は今の倍くらい食べてたよ」
「すごーい。でもお母ちゃんの高校生や大学生の頃の写真ってスリムなのに」
「食べてもその分消費するから、お母ちゃんは太らないんだよ。詩を書くのに無茶苦茶エネルギーを使うみたいね」
「へー」
 
「凄くいい詩を書いた時は、それだけで体重が1kg近く減ってることあるから」
「キャー。だったら詩でダイエットできるね」
「うんうん、できるできる」
「私も詩を書こうかなあ」
 
「紗緒里は特に太ってないよ。ダイエットの必要無いよ」
「そうかなあ」
「でも詩を書くのはいいよ。やはりそれぞれの年齢でしか書けない詩ってあるから」
「ああ、そうだよね」
「小学生の紗緒里にしか書けない詩、中学生の紗緒里にしか書けない詩ってあるよ」
「よし、今度何か書いてみよう」
「うん。頑張って」
 

「ママ、あのね・・・」
「うん?」
「こないだ、ちょっとお母さん(露子)のこと思い出しちゃって」
「たくさん思い出してあげなよ。紗緒里を産んでくれた人なんだから」
 
「うん。お母さんが死んじゃって、私もまだ小さかったからよく分かってなくて。でも幼稚園に行くと言われていたのに、そうじゃなくて安貴穂と一緒に保育所に預けられるようになって。あの頃、お父ちゃんなんかいつも疲れたような顔してよくお酒飲んでた気がするし。そのあと東京に引っ越すと言われて、お祖母ちゃんちに預けられたけど、なんか居心地が悪くて。躾がなってないとかよく言われたし。あの頃、私も辛かった気がするんだよね」
 
「紗緒里ってデリケートだからね。色々感じてたんだろうね、幼いなりに」
「それがお父ちゃんが今日からここに昼間は居なさいっていってここに連れてこられて、最初に見たのが山のような焼き芋をお母ちゃんが食べてるところで」
「ふふ」
「ああ、なんかこの家はホッとすると思った。お母ちゃんから最初に言われたのが『サホちゃんもアキちゃんも、ほら、お芋食べなさい。美味しいよ』って」
「お母ちゃんらしいね」
 
「それで食べたお芋がすごく美味しくて」
「良かったね」
「なんか小さい頃のお母ちゃんの記憶って、全部食べ物絡みなの!」
「お母ちゃんはそういう人だから、それでいいと思うよ」
 
「学校から帰ってきたら、お母ちゃんが水まんじゅう食べてて。でも残り1個しか無かったんだよね。そしたらそれ今食べようとしてたのを私にくれて。『もっと食べたいよね?ママに買って来てもらおうね』と言って電話して」
 
「ああ、それは覚えてる。私、スタジオでレコーディングしてる最中だったのに水まんじゅうを買って家まで届けたよ」
「なんか、あの水まんじゅう美味しかったなあ」
「紗緒里の小さい頃の記憶もそうやって食べ物絡みばかりなんだ?」
「そうなの!」
「ふふふ」
 
「でもあの頃、お母ちゃんとママの関係がよく分からなかった」
「まあ、うちは変な家庭だから」
「世間からすると変かも知れないけど、その分、何でも受け入れてもらえる感じで、私は好きだなあ。ママ、私が○○君とデートすると言ったら、コンちゃん渡してくれたし」
「まあ、小学生にそんなの渡す親は珍しいだろうね。でも大事なことだから」
「うん。さすがに使わなかったけどね」
「ふふ」
 
「でも、あの時・・・・実はキスしちゃったんだ」
「いいんじゃない? 好きだったらキスしていいんだよ」
「うん」
と言って、紗緒里は可愛い感じで頷いた。
 

「でもママが元男の人だったってのが、未だに信じられないんだよね」
「ふふ」
「ママの昔の写真をお母ちゃんからたくさん見せてもらったけど、男の子の格好した写真って1枚も無い」
「お母ちゃんは特に私が女の子の格好してる写真ばかり集めてたんだよ」
 
「奈緒おばさんには、中学の女子制服を着てるママの写真も見せてもらったことあるけど、ママって中学の頃はもう女子の制服で通ってたの?」
「中3の6月くらいからは、ほとんど女子の制服で通ってるよ。それ以前は男子の制服着てたけど、奈緒も私の男子制服写真は持ってないと言ってたね」
 
「じゃ高校はもうずっと女子として通ってたんだっけ?」
「それがさあ。高校自体には男子制服で行ってたけど、バイト行く時とか、歌手のお仕事とかでは、学校の女子制服を着て出て行ってたんだよ」
「それって何か変!」
「あはは、奈緒からよくそう言われてたよ」
 

『緑の目の少女』は好評でロングランになりつつあったが、そんな時、ある写真週刊誌が「ルパンとオーレリー密会の現場」というタイトルで、映画主演の桜幸司と、ヒロイン役の新人・秋山怜梨が、夜の新宿で親しそうに歩いている写真、カフェで同じテーブルに座って会話している写真を掲載した。
 
双方の事務所は直ちに見解を発表した。
 
ふたりが交際している事実は無い。その写真はたまたまふたりが遭遇して、そのまま歩きながら会話をして、知り合いのよしみでお茶を飲んだだけでありふたりはその後別れて各々の自宅に戻ったものである、と。
 
しかし噂好きのマスコミは、写真に写っているふたりの雰囲気がとてもいいので実際には恋人になったのでは?などと随分報道した。
 

たまたまアイドル歌手のアルバム制作で、雨宮先生と私・政子が同席する機会があったので、録音の合間に政子が尋ねた。
 
「雨宮先生は、桜幸司と秋山怜梨の件、何か聞いておられます?」
「ああ、あのふたりは本当に恋人とかじゃないよ」
「あ、そうなんですか? 何かほんとに仲よさそうに見えたから、てっきり実際に交際してるのかと思った」と政子。
 
「だって、あの子たちは兄妹だから。仲良いのは当然だけど交際する訳無いじゃん」
「えーーーー!?」
「静かに」
「あ、ごめん。兄妹って?」
「秋山怜梨は私の娘よ」
「そうだったんですか!」
 
「先生、ほんとに無節操にあちこちに子供作ってますね」
「そんなに無節操じゃないと思うけどなあ。怜梨はまさか相手役が桜幸司になるとは思わずに、あのオーディションに応募したのよ。それで合格してからルパン役が自分の兄ちゃんと知ってびっくりしたみたい」
 
「兄妹としての交流があったんですか?」
「交流があった訳じゃないけど、子供の頃から何度か会わせたことあるからメールの交換とかはしてたみたいだよ」
「へー」
 
「じゃ本人たちもびっくりだったんだ」
「そうみたい。でも映画制作の時は、ふたりが元々仲がいいから、スムーズに撮影が進んだみたいね」
「わあ」
「ルパンがオーレリーを抱きしめるシーンとかはちょっと照れたけど、なんて言ってたよ。ふたりとも」
「ああ」
 
「あの映画の出演者、もうひとつ問題があってさあ」
「はい?」
「準ヒロインの美濃山淳奈だけどね」
「ええ」
「まさか美濃山淳奈も雨宮先生の娘さんですか?」
「違うわよぉ。私のもうひとりの子供はふつうに会社勤めしてるよ」
「へー」
 
「あの子の家族情報、今のところはレコード会社が押さえてるんだけどね」
「はい」
「長野支香の娘なんだよね」
「えー!?」
「あ、そう言われたら声質が似てるかも」
「172cmの長身もお母さん譲りだったのか!」
 
「父親は誰なんですか? 上島先生って訳じゃないですよね?」
「上島はもうあの時期は浮気を控えるようになってたよ。父親は海原だよ」
 
「へー! 海原先生と付き合ってたんですか」
「うんうん。不倫だけどね」
「支香さんって、そういう性格なのかな・・・・」
「ああ、不倫ばかりする子っているよね。海原はその不倫が原因で離婚したけど、支香と結婚するつもりは無かったみたいね」
 
「でもそれじゃ、あの映画ってジュニア・ワンティスですね」
「あはは。そうかもね」
 
「ワンティス自体もあれこれ言われながらも活動が続いてますね」
「うんうん。ライブはしないで音源制作ばかりだけどね」
「だって雨宮先生にしても上島先生にしても三宅先生にしても忙しすぎるから」
「そうそう。とても全員同時には集まれない。でも来年は何と結成30周年だよ」
「わあ、おめでとうございます」
「じゃお祝いにマリ&ケイから何か曲をちょうだい」
「はい。書きます」
「もっとも高岡が死んだ後10年間のブランクがあった訳だけどね」
「そうですね」
「ローズ+リリーのブランクの3年なんて可愛い方かな」
「あんたたちは3年のブランクと言いながら、その間も裏でこそこそ活動してたでしょ?」
「あはは、まあ」
 

ローズ+リリーの春のツアーが始まった。ローズ+リリーのバックバンドは長い間スターキッズが務めていたのだが、全員50歳前後で全国を駆け巡るだけの体力が無い。そこで、今年は音源製作でも共同作業したフラワーガーデンズが付き合ってくれた。スターキッズとの演奏はゴールデンウィークに福島で1度やることになっている。もっとも、ここ10年ほど、ローズ+リリーの実質的なサウンド・プロデューサーに近い存在になっている七星さんは、ローズ+リリーのPAとして定着している有咲と一緒に全国付き合ってくれる。
 
初日の那覇。会場に着くと、私たちは今ではベテランの発達障害児トレーナーとして活躍している麻美さんと握手する。
 
「私もうすっかり元気になってるのに毎回招待してもらっていいのかなあ」
「いいって。麻美ちゃんがいなかったら『神様お願い』も『夜間飛行』も『言葉は要らない』も生まれてないんだから」
「そうですね。でもあの曲、ほんとにいい曲ですね」
「『神様お願い』なんて発表してからもう20年近くたつのにいまだに毎年1万件くらいダウンロードがあるからね」
「すごいですね」
 

オープニング。幕が開くと古い琉球の神殿のセットがあり、白い衣装、白い鉢巻きに花飾りを付けた女性の輪が三重にできている。古い祝い歌を歌いながら輪が回転する。
 
もう50年も途絶えてしまったイザイホーの再現である。
 
イザイホーの祝い歌は2〜3分ほど続いた上で、ローズ+リリーのヒット曲で琉球音階を使った曲『花遊び』へと変化する。拍手のタイミングを見つけきれずにいた聴衆からやっと拍手が湧き起こる。
 
私とマリはいちばん内側の輪から抜け出して前面に立ち、白い巫女の衣装を脱ぎ、ふつうの白いドレスでこの曲を歌った。
 
歌い終わると大きな拍手と歓声が来る。
「マリちゃーん!」
「ケイちゃーん!」
 
こういう声を掛けてもらうのは快感だ。きっとこの快感を得たくて私たちはライブをしてるんだ。
 
「○○大学・古舞研究会、琉球歌謡研究会のみなさんでした」
と私たちは一緒に踊ってくれた人たち、琉球音楽を演奏してくれた人たちを紹介した。
 
拍手があり、それが収まったところで挨拶する。
 
「こんにちは、ローズ+リリーです」
 
またしばらく拍手と歓声がある。
 
「私たちもキャンペーンやツアーで毎年沖縄を訪問させて頂いてますが、この琉球の音階やリズムって、何か不思議な高揚感がありますね。では次はそういう私たちが初めて琉球音階を使って書いた曲『サーターアンダギー』」
 
私たちが話していた間に後ろでセットしていたフラワーガーデンズの演奏が始まる。元からアンプやスピーカーを通して発音させることを想定して音作りがされている電子楽器の音は、本当のアコスティック楽器より本物っぽく聞こえるから不思議だ。
 
私たちはまるで本物のようなフラワーガーデンズのメンバーが演奏するギター、ベース、ドラムス、ピアノ、フルート、それに今回サポートで入っている三笠さんの電子ヴァイオリンの音に包まれてその歌を歌った。
 
「この曲書いた時って、ケイは女子高生の格好で沖縄まで来たよね」
「まあそうだね」
「航空券の性別もFになってたし」
「私性別がFでない航空券って、例の時以外使ってない」
「ああ、例の時か」
 
それは性転換手術を受けにタイに行った時である。パスポートがMなので航空券の性別もそれに合わせざるを得なかった。
 
「当時のケイって変なんだよね。学校の中ではほとんど女子制服姿を見なかったのに、外では結構女子制服も着てたみたいでさ。私もほとんど気付かなかったんだけど」
「まあ、そんなこともあるでしょ」
 
「だけどさケイ、今の歌を歌ってたら、私、本当にサーターアンダギーが食べたくなった」
「幕間までは我慢しようね」
「きっとお客さんの中にもサーターアンダギー食べたくなった人いるよ」
「ああ。それは売る人を呼んでおくべきだったかな」
「でも私たち、食べ物の歌をたくさん作ったね」
 
「そういう曲を集めたアルバムも何度か出したね。食べ物讃歌、お料理讃歌、御飯讃歌におやつ讃歌って」
「また今度ああいうの作ろう」
「そうだね。また少し溜まってきてるよね。それではそういう食べ物系の歌で最新の作品『ハートの形のハンバーグ』」
 
三笠さんが弾くヴァイオリンの美しい前奏に続き、ピアノのフレーズが8小節入り、それからドラムスのスタートとともに私たちの歌が始まる。私とマリの愛の言葉の掛け合いに合わせて、ギターとフルートも呼び合うように音を奏でる。初期の名作『ピンク色のクリスマス』と同様のかわいい系の歌である。
 
前半はそんな感じでアコスティックな音で、比較的おとなしい感じの曲やフォーク系の曲を演奏していった。
 

「それでは本日のゲストの紹介です。渡部賢一グランド・オーケストラ!」
 
えー!?という声が客席にこだまする。フラワーガーデンズのメンバーが下がり代わりに上手・下手から別れて、パイプ椅子と楽器を持ったオーケストラのメンバーがぞろぞろと入ってくる。ビブラフォン・マリンバなどの大型楽器はスタッフの手で運び込まれてくる。コンサートマスターの合図でクラリネットの人が音を出し、それで全員チューニングを確認。渡部賢一さんが登場して私たちと握手をする。
 
元々は「ローズ・クォーツ・グランド・オーケストラ」として2013年に結成された楽団である。その活動は半年で終了したのだが、グランド・オーケストラのサウンドに魅せられた全国のファンから「ぜひ活動を継続して」という声が多く寄せられ、半アマチュアの状態で活動を再開した。元々私たちのバンド演奏に弦楽器と金管楽器のメンバーを加える形でオーケストラは構成されていたが、活動再開後はその時のメンバーに木管楽器とリズム楽器のメンバーを募集・補充してグランド・オーケストラとしての陣容を整えた。
 
メンバーはどうしても年々入れ替わりがあるが、会社務めしているメンバーや学生さん、それに学校の先生などもメンバーには多いので、土日をメインに活動を続けており、毎年1枚くらいずつアルバムも発表している。何度か夏休みを利用してグランド・オーケストラの本場であるフランスやドイツにも出かけて演奏し、現地でも高い評価を得た。
 
まずはグランド・オーケストラの演奏をバックに私とマリが『夜間飛行』を歌う。飛行機のエンジン音が、楽団のエレキギターの演奏で模されている。トロンボーンが奏でる流れ星の音、オルガンが奏でる行き交う飛行機の音。こういう様々な音が出てくるのはグランド・オーケストラならではである。
 
大きな拍手とともに演奏が終わり、私たちはいったん退場する。そして着替えて休憩している間にグランド・オーケストラの演奏で『ダイヤモンドヘッド』
(ベンチャーズ)『青い影』(プロコルハルム)そして『ダンシングクイーン』
(ABBA)といった古いポップスヒットを演奏する。
 
私たちはその演奏を聴きながら服を全部着替えていた。1時間も熱唱すると3月の気候とはいえども汗だくである。下着から全部交換してから、後半用のステージ衣装を着ける。そして水分補給をするが、マリはミネラルウォーターでは無くシークヮーサーのドリンクを飲み、ゴーヤバーガーを1個ぺろりと食べたあとで、サーターアンダギーを摘まんでいる。
 
「ケイはおなか空かないの?あんなに歌ったのに」
などと言っている。
 
「私もライブの途中では水分しか取らないなあ」と七星さん。
 
やがてグランド・オーケストラが『エーゲ海の真珠』を演奏しはじめると、私たちは舞台袖でスタンバイする。そしてサビのスキャット部分。
「ランラ・ラッラー、ララララーラ、ランラ・ラッラー」
と歌いながら、私たちは袖から出てステージ中央へ向けて歩いて行く。
 
観客から拍手が来る。私たちは歌いながらお辞儀をする。
 
そのあと演奏は私たちのスキャットを織り込みながら、トランペット、ピアノなどの音、そして華麗なストリングスの音とともに終曲に向かう。
 
大きな拍手が来て、私たちは
「渡部賢一グランド・オーケストラ!」
と再度名前を紹介。
 
ピアニスト、第1ヴァイオリン、第1フルート、第1トランペットも紹介して最後に「指揮・渡部賢一!」と紹介して、拍手とともに、オーケストラのメンバーはみんな自分で座っていた椅子も持って退場した。
 
代わってフラワーガーデンズのメンバーが入ってくる。前半は「電子」楽器を持っていたメンバーが後半は「電気」楽器を持っている。
 
賑やかなエレキギターの音で『影たちの夜』の前奏が始まり、私たちはその音に乗せて、この古いヒット曲を歌った。後半はヴァイオリンの三笠さんはお休みで、フラワーガーデンズのメンバー5人だけの演奏である。キキョウも電子フルートではなくウィンドシンセを持っている。最近のウィンドシンセはとても自然なサックスの音も出るのだが、わざと古い「電子笛」っぽい音を出している。エレキギターやエレキベースの音にはこちらがかえって合うのである。
 
更に私たちは『夏の日の想い出』『結婚奇想曲』『キュピパラ・ペポリカ』
『Angel R-Ondo』『怪盗の一日』『Spell on You』『引き潮-ebb tide-』
『ダンスの量子』など、新旧取り混ぜた曲を演奏していった。
 
最後は最新アルバムから『草原を抜けて』を歌って、幕が下りた。
 

そしてアンコールの拍手が来る。私たちはいつものようにお色直しはせずに後半の衣装のままステージに出て行った。
 
「アンコールって何度受けても嬉しいですね」
と私は本気で観客に向かって笑顔で言う。
「2時間歌って疲れていてもこのアンコールの拍手でたちまち元気になります」
 
観客が拍手で応えてくれる。
 
「それでは『天使の歌声』」
フラワーガーデンズのメンバーが走り込んで来て、伴奏を始める。私たちは自分たちの最初のこどもである、あやめが生まれた時に書いた曲を歌った。
 
2018年春から2019年の2月頃まで、私とマリは、上島先生のピンチヒッターをしたために年間700曲ほどという自分たちでもアンビリーバブルな曲数を書いたが、その最後くらいに書いたのがこの美しい曲で、ミリオンヒットになった。そしてこの曲を最後に私は絶不調に陥り、数ヶ月にわたって曲が書けなかったのであった。
 
「この1年ほどかなり無理して書いてもらったからなあ。とりあえずゆっくり休んでね」
と声を掛けてくれた町添専務(当時)も、内心は本当に私の作曲能力が回復してくれるかどうか不安であったろう。
 
しかし政子は私を連れ、あやめと3人だけで宮古島を訪れ、そこで流れるゆったりとした時間の中に身を置いた。旧知のユタさんの祈りの歌を聴いたりして心を超解放した状態で一週間過ごしたら、また創作の泉が復活したのであった。私はこの歌を歌いながら、もう10年以上前になる当時のことを思い出していた。
 
歌い終わってお辞儀をする。拍手が来る。私たちはいったん下がるが拍手はすぐにアンコールの拍手になる。私たちは手を取り合って出て行く。
 
「ほんとにアンコールありがとうございます。それではこれが本当に最後の曲です。11年前に宮古島で書いた曲『Atoll-愛の調べ』」
 
スタッフさんが中央にグランドピアノを出して来てくれた。今回全く出番の無かった七星さんが愛用のフラウト・トラヴェルソを持って出てきてくれて、ピアノのそばにスタンバイする。私がピアノの椅子に座り、マリはいつものように私の左側に立つ。
 
この曲のタイトルの『Atoll(環礁)』というのは、那覇から宮古島へ行く時に見える「ルカン礁(Rukan Atoll)」のことで、11年前に私の創作能力が復活した時、最初にあの美しい風景が目に浮かんでこの曲を書いたのであった。
 
私のピアノの前奏を聴いて、七星さんのフルートの音も鳴り出す。私とマリはその何とも不思議な音階の旋律を歌い始めた。
 
それは天から音の粒子が降り注いできて、身体の中に染みていくような、本当に不思議な夜だった。
 
ああ、この音の粒子が私の心の中の、音の泉を復活させてくれる。そんな気持ちになることができた体験だったが、今でも私は、あの体験がリアルだったのか夢の中の出来事だったのか、自信が無い。(マリはどうせ覚えていない)
 
観客もこのとても不思議なサウンドを、手拍子も打たずに静かに聴いてくれていた。
 

やがて曲はきれいなドミソの和音で終わり、フルートの音も鳴り止む。
 
私たちは立ち上がり、
「フラウト・トラヴェルソ、近藤七星!」
と紹介した上で、ふたたび三人で客席に向かってお辞儀をし、幕が下りた。
 
進行係をしてくれている放送局のスタッフさんが
「本日の演奏は全て終了しました」というアナウンスをした。
 

「今日はイザイホーでオープニングでしたけど、他の地域ではどうするんですか?」
と打ち上げに同席した、沖縄の放送局のスタッフさんから尋ねられた。
 
「今回のツアーでは、その地域ごとのオープニングを用意しています。私たちのツアーを追っかけて沖縄から北海道まで駆け抜けるつもりの熱心なファンもいるようですが、彼女たちは毎回違うオープニングを見て、驚くでしょうね」
 
「でも1回のツアーでそんなに多数のオープニングのアイデア使うってもったいなくありません? 少し来年以降に取っておけばいいのに」
「この世界ではね。出し惜しみするアーティストは売れませんよ」
「ああ!」
 
「うんうん。毎回自分が持っているものを全力投球。それがプロの条件ですね」
と七星さんも言った。
 
「やはり、そのあたりがアマとプロの違いなんですかね〜」
と放送局のスタッフさんは感心したように言った。
 
私の心の中で最後に演奏した『Atoll-愛の調べ』を書いた時の不思議な夜の記憶がリプレイされていた。
 
 
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