【夏の日の想い出・けいおん女子高生の夏】(下)

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ということでボクはウィンドシンセを持って、女子制服姿で雨宮先生と一緒に夕方の街に繰り出したのである。
 
カラオケ屋さんでは、飲み物(モーリーさんは水割り、ボクは茉莉花茶)と適当に食べ物を取りながら、2年前と同じように対決をした。
 
お互いに適当な数字を打ち込んで曲を呼び出すが、ボクが呼び出した曲は雨宮先生が歌い、雨宮先生が呼び出した曲はボクが歌う。
 
ボクは本当にランダムに呼び出していたのだが、雨宮先生は何やらメモを見ながら打ち込んでいる。
「モーリーさん、カンペですか〜?」
「私の中高生時代はアンチョコって言ったんだけどね。あんたたちは知らないよね?」
「あんちょ?」
「アンチョコ」
「済みません。知りません」
「まあ、時代は変わっていくわねえ」
 
雨宮先生が呼び出したのは主として昭和30年代くらいの歌謡曲だった。演歌とポップスが分離する前の時代の歌だ。
 
『高校三年生』から始まって『南国土佐を後にして』『ここに幸あり』『王将』、『銀座の恋の物語』『こんにちは赤ちゃん』『リンゴ追分』と続く。
 
「ケイちゃん、歌にビブラート掛けないよね」
「はい、それ嫌いです」
「うん。それでいいと思う。30歳くらいまではそれで押し通しちゃいなよ」
「ええ」
「但しビブラート掛けない場合、より正確な音程が要求されるからね」
「ええ。それで自分を鍛えています。でも民謡ではちゃんとコブシ回しますよ」
「へー。何か歌ってみて。カウント外」
 
と言うのでボクは『信濃追分』を唄ってみせる。
 
「浅間根腰の焼野の中でヨー、あやめ咲くとは、しおらしや」
「追分の枡形の茶屋でヨー、ほろりと泣いたが、忘らりょか」
 
雨宮先生が拍手をしてくれる。
「すげー。ちゃんと民謡のコブシだ。なんでそんなの出来るの?」
「私の祖母が民謡の名人だったので。今は伯母が継いでますが」
「私も知ってるような人?」
「さあ、高山の田舎ですから。祖母は若山鶴乃という名前で歌ってました。伯母は若山鶴音という名前で活動してます」
 
「若山鶴音さん会ったことあるよ」
「えー!?」
「あんた、あの人の姪だったのか。あの人もパワフルだけど、ケイちゃんもパワフルだもんね。お母さんも民謡やるの?」
「民謡の先生の免許は持ってますが、私母が民謡を唄ったり三味線を弾いてるところ見たことありません。イヤイヤやらされてたとかで。そもそもうちには三味線も無かったし」
「あはは」
 
その後は古い洋楽をかなり歌わされた。
 
『Aquarius』『Close to You』『Stop! In the Name of Love』
『Save The Last Dance For Me』『Can't Take My Eyes Off You』
そして最後は『Parties In A PentHouse』。
 
「ほんと、ケイちゃんって何でも歌えるなあ。私のBGM歌手に欲しいわ」
「モーリーさんの後ろでずっと何か歌ってるんですか?」
「そうそう」
「お給料によっては考えてもいいです」
「ベッドの中のお相手込みで、月200万とかでどう?」
「ベッドの中のお相手ができないので却下です」
「うふふ」
 

カラオケ対決は私の圧勝で、ウィンドシンセの教授料は『甘い蜜』のCDへのサインで済ませてもらった。
 
取り敢えず吹いてみてと言われて明日のフェスティバルで吹く予定の『Omens of Love』
を演奏する。
 
「ケイちゃんの演奏って歌と同じで凄く正確」
「はい」
「でも単に正確に吹くだけならMIDIソフトにでもできるからね」
「そうですね」
 
「私、もっと基本的なことを教えるつもりだったのに、さっきまでの歌を聴いて少し欲が出てきたわ。もっと表情に気をつけて吹いてみよう」
「表情ですか?」
 
「Omens of Love って何?」
「恋の前兆。予感とでも言うんでしょうか」
「そうそう。恋が始まるかも知れないって時、どんな気持ちになる?」
「えっと・・・あまりそういう恋ってしたことなくて。いつも相手から突然告白されること多くて」
「あぁ・・・私と似たタイプかな。ちょっとアセクシュアルっぽい?」
「そうかもです。性欲とかほとんど無いので」
 
「でも想像はできるでしょ?恋に心をときめかせる女の子の気持ち」
「ええ。何となく」
「そういう子の心情を歌ったのが、このOmens of Love でしょ?」
「そうですね」
「じゃ、そういう子がどういう気持ちで相手への思いを歌うのか、というのを考えたら、さっきみたいな吹き方にはならない筈なのよ」
「ああ」
 
「よし、再度吹いてみよう」
「はい」
 
ボクは自分が誰か素敵な男の子に憧れてドキドキした気分で相手の姿を見る様子を想像しながら演奏してみた。
 
「うん。少し良くなった」
「はい」
「今は心の中に恋心を持ってたよね」
「ええ」
「今度はそれを相手に伝えるような気持ちで。目の前に素敵な彼がいるのよ。ケイちゃん、今からその子に告白するの。やってごらん」
「はい」
 
告白するような気持ちで・・・・ボクはそんな気持ちを心の中で疑似再現しながら演奏してみた。
 
「うんうん。かなり良くなった」
 
そんな感じでその日の雨宮先生の指導は22時近くまで続いていったのであった。
 

翌朝。ボクは普段通り!女子制服を着て、ウィンドシンセを入れたリュックをしょって出かけた。父が寝ている内にボクが女の子の格好で出かけるというのは中学3年頃から定着したパターンなので、母も「あ、いってらっしゃい。気をつけてね」などと言って普通に見送ってくれる。
 
集合場所に集まり、練習場所に指定された体育館で合わせる。ここはドラムスは使えずアンプも使用禁止ではあったが、美野里のキーボードに合わせて3年生3人の木管楽器がしっかりメロディラインを演奏すると、けっこう良い雰囲気だ。
 
「冬〜、昨日吹いた人とは別人だ」
と風花から言われる。
「そう?」
「うんうん。冬様、凄っくうまくなってる」と聖子。
「昨日の夜特訓したの?」と詩津紅が訊く。
 
「うん。特訓した。日本でも五指に入るサックスプレイヤーさんに偶然遭遇してカラオケ屋さんで2時間。授業料100万円とか言われたけど」
「えー!?」
「でもローズ+リリーのサインでまけてもらった」
「おお。でもローズ+リリーのサインは希少だから、100万払うって人いるかもよ」
「ついでに月200万で愛人にならないかって言われたけどね」
「おぉ」
 
「で愛人契約するの?」
「まさか」
「私、毎月200万くれるなら愛人になってもいいなあ」
 
「ところで、冬、この制服は誰から借りたの?仁恵ちゃん?」と政子が訊くと「ああ、それは冬の自前だよ」と詩津紅が言っちゃう。
「えーー!? 冬、自前の女子制服持ってたの?」
「うん、まあ」
 
「なーんだ。だったらうちでやってる勉強会にもそれでおいでよ」
「いや、そのあたりは色々と事情が」
 
「むしろ冬は学校にも女子制服で出てくるべきだよね」と詩津紅は更に言う。「賛成」と聖子や来美・風花などが声を揃えて言った。
 
「取り敢えず明日の補習には女子制服で」
「あはは、勘弁して〜」
 

やがてボクたち「リズミック・ギャルズ」の出番が来る。今日のフェスティバルの出演者は80組。1組に割り当てられた時間は6分で、その間に設置して、演奏して、撤収しなければならない!
 
ボクたちは前のバンドの演奏が終わり撤収作業を始めたのと同時に機材を手分けして持ってステージにアバウトに設置。ドラムスもみんなで設置する。
 
ドラムスを設置する場所は2つ作られていて、交互に使うようになっているので、前のバンドが片付けているのと並行してこちらの設置をすることができた。
 
マイク、アンプの線の接続を確認。音を出してボリュームの確認をする。見守っていた司会者の人に「OKです」のサインを送ると、司会者の人が
 
「それでは次は都立◆◆高校、軽音楽サークル、リズミック・ギャルズです」
と言ってくれる。拍手が来る。
 
詩津紅がスタートの合図をする。
 
リズムセクションが前奏を始める。フロントに並ぶ木管セクション3人で顔を見ながらリズムを取る。ドラムスワークがスタートし、キーボードが小気味の良いプリ・メロディーを弾き、それに続いてボクと風花と詩津紅が一緒にメインメロディーを演奏し始める。ボーカルの政子が歌を歌い出す。
 
「遅刻しそうになって慌てて、パンを咥えたまま走る」
「曲がり角で、ぶつかりそうになった君、爽やかな笑顔」
「これは恋の予感! 思わずお嬢さんスマイル」
 
政子は楽しそうに歌っている。ステージで歌うというのは12月のロシアフェアでのステージ以来、半年ぶりの体験だ(後で確認したら218日ぶり)。ああ、いいななどと少し羨ましく思いながらボクはウィンドシンセを吹いていた。
 
演奏をしている内に、観客席の一部でちょっとイレギュラーな動きが発生したのを感じた。ああ「マリが歌っている」というのに気付いたなと思った。このイベントがカメラ持ち込み禁止、撮影禁止なのが良かったと思ったが、携帯の液晶が光るのに気付く。若干撮られたようであったが、撮影しようとして場内のスタッフに止められている人もいる。
 
しかしそんな動きは気にせず政子は満足そうに歌を歌いきった。
 
そして演奏終了! 拍手が来て、ボクらは急いで撤収作業に入った。
 

機材は聖子のお父さんと詩津紅のお父さんが出してくれた車で運ぶのだが、ボクたちはまだ解散せずに近くのショッピングセンターに行き、ハンバーガーショップで打ち上げをした。
 
「でも気持ち良かった〜」
と誰からともなく声が出る。
 
「観客4000人くらいいたよね」
「コーラス部でもこんな人数の前で歌ったこと無いね」
「冬様は去年のロプリのツアーではもっと大きな所で歌ったことあります?」
と聖子が訊く。
 
《ロプリ》というのも《RPL》同様《ローズ+リリー》の略称のひとつだ。
 
「一番大きかったのは東京スターホールかな。あそこは3200人だから今日の方がたぶん人数多かったよ」
「へー」
 
「でも気持ち良かった。また歌いたいなあ」と政子が言うと
「ぜひ、冬子先輩とふたりで歌ってください」と来美が言う。
「でもお父ちゃんと歌手辞めるって約束しちゃったからなあ」と政子。「じゃ、もうローズ+リリーは復活しないんですか?」と聖子が訊く。
「政子が歌手辞めると思ってるのは、この世界中で政子のお父さんだけだよ」
とボクは言う。
「本人としては?」
「やる気180%」とボクは言うが、政子は微笑んでいる。
 
「歌いたいけど、まだローズ+リリーとして歌えない気もするのよね。12月のトラブルで、私の心の中のローズ+リリーが壊れちゃったの。でも冬のお陰でそれを再度作り直すことはできたんだけど、まだ芽が出たばかりって感じで、花が咲くところまで辿り着いてないのよ」
「ああ。。。何となく分かる」と美野里。
 
「じゃまだ双葉くらいの感じ?」
「そうそう。若芽とか双葉とか。私さあ、当時凄く歌が下手だったから。って今でもかなり下手だけどね。こんな歌をお金を取って聞かせるなんて犯罪じゃないかって気持ちがあって。あの事件が起きなくても、そのプレッシャーで潰れてしまってた気がするんだよね。だから12月までのローズ+リリーは私の中では消滅済み」
 
「でも政子先輩の歌、うまいですよ」と聖子。
「自宅にパソコンカラオケ入れて歌うようになってから結構成長したよね」
「ふふ」
 
「ローズ+リリーとしてまだ歌えないなら、『ローズ+リリー・ジュニア』
みたいな感じで歌えばいいのかなあ」
「それじゃ、私と政子の子供たちが作ったユニットみたい」
「あ、冬子先輩と政子先輩で、やはり子供作るんですか?」
 
「私は既に生殖能力無いよ〜」とボクは言うが
「こっそり搾り取って子宮に注入するから大丈夫」などと政子は言う。
「ああ、すごーい。搾り取るのか」
 
「冬ちゃん、まだタマはあるの?」などと風花がダイレクトに訊く。
「もう取っちゃおうかと思ってたんだけどね〜。お父ちゃんと高校卒業するまでは手術はしないって約束しちゃったからなあ」
「へー」
「冬は性転換手術の予約まで入れてたんだけどね」と政子。
「入れてないって。なんでそういう話になってるんだろ?」とボクは笑って否定する。
 
「あ、分かった」と聖子が言う。
「ジュニアというより、スプラウトくらいじゃない?」
「ああ、いいかもね」
「そうだなあ。ロプリ・スプラウトみたいな感じで、CD作っちゃおうかなあ」
と政子は言い出す。
 
「ああ。CDいいね」
 
「そうだ! 私たちの今日の演奏もCDとかにできないかな?」と来美。
「スタジオ借りて録音する?」
「いくらくらい掛かるんだろ?」
「ああ、スタジオ代くらい、ボクがおごるよ」とボクは言った。
「よし! スタジオ行こう」
「今から?」
「せっかく機材持ち出してるしね」
 

ボクは山鹿さんのスタジオに電話を入れてみた。するとプロ用スタジオなら空いているということだったので、そこを予約した。
 
機材を乗せてもらっている聖子のお父さんの車と詩津紅のお父さんの車に乗ってスタジオまで移動する。最上階のスタジオに行く。
 
「なんか広〜い」
「ここ高いんじゃ?」
「プロの音源制作に使う場合は結構取るんだけど、今日はアマチュアだからけっこう安くしてもらったよ。コネ特別割引で」
「おお、コネというのが凄い!」
「取り敢えず3時間で頼んである」
「時間は充分あるね」
 
みんなで中に入って行く。
 
「きゃー!スタインウェイがある!」
と言って美野里が喜んでいる。
 
「それで弾く?」
「いや、それではアレンジが変わってしまうけど、ちょっと弾いてみよう」
 
美野里がスタインウェイのミュージックルームグランドピアノのふたを開き、ショパンの夜想曲(ノクターン,Op9-2)を弾き始める。
 
美しい調べが響き渡る。みんなが聞き惚れていた。たくさんの変化記号が付いているはずの32分音符の連続を難なく弾きこなす美野里の指の動きに、ボクも風花も首を振りながら見とれている。
 
やがて曲は細かい音符の連続を経てE♭の和音で終了する。
 
みんな拍手をして歓声が上がる。
 
「ほんと、美野里うまいよ。ピアニストになれるよ」と聖子。
「えー? 私よりずっと上手い人たちが山ほどいるよ」と美野里。
 
「ね、ね、これも一緒に録音しちゃおう」と来美。
「いや、待って。録音するなら『子犬のワルツ』を」
などと本人は言うが
「いや、今の夜想曲の方がいい」と多くの子の意見。
 
「あ、ついでに冬様と政子先輩のデュエットも」
「えー!?」
「ヤフオクに出したりはしませんから」
 
「ちょっと待って。それでも許可取らないと」
と言ってボクは町添さんに電話をした。
 
「確実にそのメンバーだけが持ってて流失の可能性が無いならいいって」
とボクは町添さんとの話し合いの結果を報告する。
 
「曲目は?」
「じゃ北原白秋と山田耕筰の『砂山』でも」
「音楽の教科書に入ってたかな・・・・」
「こういう曲なら、万一第三者の手に渡ってもヤフオクで売ろうとはしないでしょ」
「確かに」
 
「これってJASRACにいくらか払わないといけないの?」
「夜想曲は著作権切れてるから、Omens of Love と砂山の分」
「いくらくらい?」
「えっと・・・800円+消費税。840円か」
「へー、意外と安いのね」
「CD1枚あたり100円で8人分?」
「じゃなくて、1曲400円。消費税入れて420円。49枚まではこの料金だよ」
「じゃ49枚作る?」
「意味無ーい。8枚でいいよ」
 
「じゃさ、CDのメディア代と合わせて1人200円、冬に払わない? 冬、JASRACへの支払いの方、しててくれる?」と風花が言う。
「うん。そちらの手続きやって、後で許諾番号のシールを配るよ」
 

そういう訳で、ボクたちは全員で演奏した『Omens of Love』、美野里のピアノ独奏で『夜想曲』、そして美野里のピアノ・風花のフルート・詩津紅のクラリネットの伴奏でボクと政子の歌唱による『砂山』を録音した。
 
『夜想曲』は1発録音。『砂山』は2回練習した後で録音。そして『Omens of Love』
は何故かミスが相次ぎ、5回目のテイクでうまく録音できた。
 
『砂山』はボクが政子の8度上を歌う、オクターブ違いのユニゾンで歌った。
 
「海は荒海、向こうは佐渡よ、すずめなけなけ、もう日は暮れた」
と歌う政子は気持ち良さそうだった。
 
「さすがふたりともうまいね〜」
「でも冬ちゃん、何オクターブ声域あるのよ?」
「冬子は今歌ったソプラノのひとつ上の声も持ってる」と詩津紅。
「あれはあまり使い物にならないよ〜」
「出してみて〜」
と言われるので、ボクはトップボイスで
「ダバダ〜、ダバダバダバダーダバダーダ、ダダダ・ダバダバダ〜」
という感じでダニエル・リカーリの『ふたりの天使』を歌ってみせる。
 
「すごー」
「やはり実はタマ取ってるでしょ?」
「取ってないよぉ」
「取って、無いのね?」
「えっとね」
 
「でもさすがに機械的な声になるね」
「この声では歌詞が歌えないのよ」
「ああ」
 
「今のコーヒーのCMの曲だっけ?」
「違う違う。それはこっち」
と言ってボクは伊集加代子の『めざめ』を歌う。
「ダバダ〜、ダーダ、ダバダ〜ダバダ〜、ダーダーダー、ダ〜ダバダ〜」
 
「ちょっと待って」
「同じに聞こえる」
「えーっと・・・」
 
ということで、ボクはこの2つのスキャット曲を交互に4回くらい歌わされた。でもみんなそれでも「違いが分からん!」と言っていた。
 
「私たち、違いの分からない女だわ」
「うんうん」
 
この日録音したものはそのままのデータでもらい、ボクの方でミックスダウン、マスタリングし、CD-Rに焼いてみんなに配ることにした。
 
「唐本ちゃん、なんならスタジオ空いてる時に勝手に機器やソフト使ってミックスダウンとかマスタリングしてもいいよ。僕にちょっと声掛けてくれたらお金取らないから」
などと山鹿さんは言ってくれる。
 
「はい、そうさせてもらうかもです」
とボクも笑顔で答えた。
 

翌週からはもう夏休みの補習が始まる。ボクは一応、ワイシャツに学生ズボンというスタイルで学校には出て行っていた。そして補習が終わると1日交替で、自動車学校とスタジオに出かけた。
 
スタジオではまずは日曜日に録音した音源のミックスダウン、マスタリングをし、更には昨年の夏、ローズ+リリーを始める直前に政子とふたりで吹き込んでいた音源(第1自主制作アルバム)のリミックス、リマスターを行った。吹き込んだ直後に1度ミックスダウンなどはしていたのであるが、当時はまだ未熟だった部分もあり、きれいにやり直したのである。
 
日曜日に録音した軽音サークル「リズミック・ギャルズ」の音源はJASRACの許諾番号もすぐもらえたのでシールを自宅プリンタで印刷して焼いたCD-Rに貼り付け、学校でみんなに配った。
 
「なんかこういうJASRACシールまで貼ってあったら、本格的なCDみたーい」
「みんなの1ヶ月間の努力の結晶だね」
 

そして翌週の週末、ボクは政子とふたりでまたスタジオに行き、その日は小型のスタジオを借りて「サンプル」を作ってみることにした。
 
「それなあに?」
と政子はボクが持ち込んだ機械のことを訊く。
 
「これはUA-100Gって言って、声質を変えるエフェクターなんだよ。ヤフオクで落とした」
と言い、ボクはそれをマイク、パソコンと接続する。
 
「マーサ、ちょっと何か歌ってみて」
「OK」
 
と言って政子が『クラリネットをこわしちゃった』を歌い出す。ボクがこの機械のVT (Voice Transformer) モードでピッチやフォルマントを変更してみる。
 
「なんか凄い。いろんな声になるね!」
「面白いでしょ。マーサもちょっといろんな声の出し方してみてよ」
「うんうん」
 
ボクらは「歌い方」と「フォルマント設定」の両方を調整して、けっこう雰囲気の違う声で、比較的自然な感じになる声を見つけた。
 
ボクの方はだいたい見当は付けていたのだが、政子の声と比較的調和しそうな雰囲気で、ボク自身の声とはかなりイメージの違う声を作ってみる。
 
「男の子の声から加工するのか!」
「ふふふ。この声を公開することは絶対無いからね」
「冬の男の子の声って、物凄く久しぶりに聞いた気がする」
 
それぞれの設定で、サンプル用に用意した譜面『100時間』の、政子のパート、ボクのパートをあらかじめ用意しておいた伴奏を聴きながら吹き込んだ。
 
「私がメインボーカルを取るとは思わなかった」
「だって、マリちゃんのリハビリテーションのためだもん。だからこの作品ではボクがハモり担当」
「よし、頑張ろう」
「頑張りすぎて、お勉強がお留守になっちゃいけないよ」
「そちらも頑張る!」
 

翌日、ボクは町添さんにちょっと内密に相談があると連絡した。
 
「ファレノプシス・プロジェクトの件?」
 
ファレノプシス・プロジェクトというのは、ボクと町添さん、津田さん・畠山さんの4人で密かに進めている、ボクと政子の個人会社設立に向けての会議のことだ。
 
「それと別件です」
「なんか秘密の話が増えてくね!」
 
結局、町添さんの御自宅にお伺いする。とっても美人の奥さんに美味しい紅茶を入れていただいた。
 
「ケイちゃん、可愛い服着てる〜」と奥さん。
「こちらを訪問すると言ったら、これ着なさいと言われてマリに着せられました」
「いつもの制服も可愛いけど、私服でもほんとに可愛いわね」
「ありがとうございます」
 
「でも学校には結局女子制服着て行ってないんだっけ?」と町添さん。
「ええ。女子制服は主として校外で着てます」
「面白いことするね〜」
 
奥さんが下がってからボクは話を切り出す。
 
「ちょっと聴いてみて欲しい歌がありまして」
「うん」
 
ボクは編集した歌を持参のノートパソコンで再生させる。
 
「これは?」
「ロリータ・スプラウトというユニットなんですよ」とボクは答える。
「お友だちのユニットか何か?」
 
「割と歌うまいでしょ?」
「うん。でもPerfumeっぽい加工だね」
「今ちょっと流行りですからね」
「今日はケイちゃん、営業なのかな?」
「そうですね。この子たちのCDを売れないかと思って」
「ふーん。いいけど、ボクの所に来る前に浦中さんあたりに持って行った方がいいかも」
と町添さんは少し当惑気味の返事をする。
 
「実はですね。これを歌っている子たちなんですが、この子たちなんですよ」
と言って、ボクは携帯で写真を1枚呼び出して町添さんに見せる。
 
「へ?」
そこにはお揃いの女子制服を着てマイクを持っている、ボクと政子の写真がある。
 
「このふたりでこれ歌ったの!?」
町添さんは驚いたように、ボクの顔と写真とを何度も繰り返し見た。
 
「そうなんですよ」
「全然そんな風に聞こえない!」
「色々声質を加工しましたから。最後は加工したことを誤魔化すのにPerfume系の声にしたんです」
 
「でも声は4種類聞こえる」
「マリの声で2種類作り、私の声で2種類作りました」
 
「凄い! ケイちゃん、加工がうまいね! だけどさ、君たちが歌うなら何もこういう加工しなくても、普通に歌えばいいじゃん。それでローズ+リリーのCDとして出そうよ。ファンは歓喜するよ。お父さんの説得が必要なら、僕も頑張るし」
 
「実はですね」
と言って、ボクは政子のテンションがなかなか上がらない状態であることを説明した。
 
「歌は歌いたいらしいんです。ステージでも歌いたいし、CDも出したい。でもまだローズ+リリーとして歌うことができない、と言うんですよね」
 
「ちょっと待って。それは重大問題だよ」
 
結局この時からマリがステージに復帰する2012年4月までの3年間、ボクと町添さんは、マリに自信を持たせるにはどうするか? というのに取り組み続けたとも言える。そしてその間に政子は物凄く歌唱力を上げた。
 
それはある意味、1月末にたったふたりだけで作った「新生ローズ+リリー」がゆっくりと成長し、花開くまでの時間であった。
 
「マリは昨年ローズ+リリーとして活動していた期間にも、自分のこんな歌でお金を取ってていいんだろうか?って凄く悩んでいたというんです。それがあの事件でいったん全部壊れてしまって、当時は自分は『ローズ+リリーのマリさんですか?』と訊かれても『はい』と言えないなんて言ってたんですよね。それをじゃ、マリの中でローズ+リリーが壊れてしまったんなら、1度完全に破壊した上で、またふたりだけで作り直そうよと言って、作り育て始めたんです。ですから、今あるのは須藤さんが作った昔のローズ+リリーではなく、私とマリがふたりだけで作った新しいローズ+リリーなんですよね」
 
「じゃ今はふたりで単に歌っているだけ。そのうち路上ライブとかするようになって、自主制作CDとか作って、インディーズで流して、デモテープをあちこちに送って、メジャーデビューを目指すみたいな、そういう過程にあるのかな?」
 
「そうです、そうです。今ファンの人たちが見てくれているローズ+リリーは実はシチューポットパイの外側のパイ生地なんです。中身は一時は生地に合わせて沸騰して大きくなってたかも知れないけど、今はバブルがはじけて小さくなってしまった。でもまた少しずつ今度はバブルではなくホントの中身を増やして成長させていきたいんです」
 
「なるほど」
 
「内緒でステージで歌うのって無理だから、内緒でCD出せないかなあ、というので作ってみたのがこの音源なんですよね」
 
「先日の軽音フェスティバルで歌ったのも、かなりブログに書かれてたね。歌うこと自体はいいんだ?」
「ええ。受験勉強の合間に毎日自宅のカラオケでたくさん歌ってますし」
「ほほお」
 
「ローズ+リリーとして、お金を取って歌うことが、自分にはまだ出来ないと言うんです」
「ああ」
 

「マリはCDを作ってこっそりインディーズのディストリビュータとかに流してみたいとかも言ってたのですが、★★レコードさんとの専属契約があるから、他では売れないよ、ということでそれなら★★レコードさん自体から出せないだろうかということで。宣伝とか一切無しで、単に★★レコードさんでプレスして市場に出してもらうだけでもいいかなと。プレスは1万枚くらいでもいいし、その費用は流通費用も含めて全部私が出してもいいですから」
 
当時『甘い蜜』の歌唱印税と著作印税がかなり凄いことになっていたし、KARION関係の著作印税でも結構な金額をもらっていた。所得税住民税で1200万とか払うくらいなら何かに投資したい気分であった。
 
「そういう事情ならこっそり出すのは問題無い。制作費用の問題はまたあとで少し話そうか。名義はさっきロリータ何とかって言ったね?」
 
「まだ芽が出たばかりということで、最初ローズ+リリー・スプラウト、略してロプリ・スプラウトだったのですが更に略してロリ・スプラウト、語呂を整えてロリータ・スプラウトと」
「元のローズ+リリーの痕跡が見えないね」
「声質を分からないように加工したのと同様に名前も分からないように加工しました」
 
「なるほど!しかしさんざん誰かの覆面ではと言われてたローズ+リリーが逆に覆面で活動しようかというのは面白いね」
「ほんとですね!」
 
「しかしまたロリータとは大胆な」
「マリは、若い内にヌード写真とか撮っておくのもいいかなあ、なんて言ってましたが、最近規制が厳しいから高校生はNGだよと言っておきました」
「あはは。そういうのは大学生になってから考えよう」
「ですね」
 
「でもステージの方も何とかしたいなあ。マリちゃんがこっそり歌えるような場を何とか作れないか少し考えてみるよ」
「ありがとうございます」
 
「その音源ちょっとコピーしてくれない? うちの技術の方の意見を聞いてみる。正体を明かさずに、その音から、元々歌っているのは誰か当てさせてみよう」
「はい。コピーはこちらに」
と言ってボクはCDを1枚、町添さんに渡した。
 

8月は夏フェスのシーズンである。★★レコードが大きく関わっているイベントとしてはその年は8月8日(土)神奈川県で開かれたサマー・ロック・フェスティバルもあったのだが、その前の週、8月1日(土)には、千葉県某市で小規模なフェスが開かれた。出場するのは3組の中堅どころのロックバンドで、1組あたり2時間、入れ替え時間30分ずつ取り、午前10時から夕方17時までというスケジュールであった。
 
このバンドの入れ替え時間にはステージでは楽器の撤去・設置・調整が行われているのだが、会場にはBGM として軽い音楽のCDが適当に流される予定であった。
 
しかし・・・・
 
このBGMを生でやっちゃおう、というのを密かに企画したのである。
 
政子は6月の校内実力テストでかなり良い成績をあげ、先生にも褒められたし、お母さんにもかなり褒められたようであった。そこでそれを背景にタイにいるお父さんに電話して、ちょっとだけ歌わせてとお願いした。お父さんは渋ったのだが、翌日町添さんがタイに飛び、直接お父さんに会って頭を下げてくれたので、超多忙なはずの町添さんがわざわざ足を運んでくれたというので、政子の父は恐縮し、勉強をおろそかにしないという条件でOKを出してくれた。
 
ボクたちは会場を見下ろすように立つ管理棟のいちばん上のフロアに仮設置したスタジオに、★★レコードの技術陣が設置してくれた、ボイストランスフォームシステムの傍、窓際に置いたマイクの前でスタンバイしていた。このシステムは事前にいろいろ試用させてもらったが、ボクがヤフオクで落としたエフェクターとCubaseを使って作り上げた声より、遥かに自然な雰囲気の声を出していた。
 
技術部の若い技師、則竹さんが
 
「でもケイさんが作った音源の正体、丸一日掛けて分析したけど2人で4声にして歌っているというのが分かっただけで、誰が歌ってるのか分からなくてお手上げでしたよ。いろんな手法で既存の歌手と比較したんですけどね」
と言っていた。
 
「潰したパラメータを想像で補うのは難しいですから」
「ええ。当てずっぽで**と**と言ったら、どちらも外れと言われました」
 
窓の外から会場の様子が見える。最初に出演したトライアル&エラーの演奏を聴きながらボクたちは会場の熱狂を見ていた。
 
「ロックもいいね」と政子が呟く。
「バンドもいいね」とボクは言った。
 
やがてトライアル&エラーの演奏が終わる。マイナスワン音源がスタートする。それに合わせてボクらはまず Arabesqueの『Party in A Penthouse』を歌い出す。ボクたちの歌は「BGM」だから、それに注目する人はいない。みんな休憩時間にトイレに行ったり、お弁当を買いに並んだりしている。騒然とした会場の中にボクたちの歌は響いていた。
 
政子はふだんよりちょっと低い声で歌っている。ボクはめったに人に聞かせることのないバリトンボイスで歌っている。それを★★レコードの技術陣が設定したボイス・トランスフォーム・システムで女性の四重唱に変換している。
 
プログラムに従って指定された和音に対応するハーモニーができるように声が分岐されるので、例えばG7コードの時にマリがレの音、ボクがその下のソの音を歌っていると、システムにより自動的にシの音とファの音がふたりの声(を別のロジックで変形した声)で補われるので、聴いている人は4人の女性で歌っているように聞こえるのだ。
 
そのあたりのロジックはボクがサンプル音源でUA-100Gでやった時は和音の作りが不完全で、Cubaseを使って結構ピッチを変更する羽目になったのだが、さすが★★レコードの研究用システムだと、ほぼ間違わずに正しい和音を生成している。
 
ボクたちは続けて同じアラベスクの『Hello Mr. Monkey』、『Friday Night』、そして『High Life』と続けた。ボクたちは窓の外を見ながら歌っているのだが2曲目の『Hello Mr. Monkey』を歌っていた頃から、会場の中に微妙な動きが発生したのに気付く。立ち止まってどこか何かを探しているような仕草をし、やがてBGMが流れているスピーカーの方を向くようになっていく。
 
それは会場にいる人たちの中のほんの1〜2%にすぎないのだが、明らかにスピーカーの方を向いて、BGMを「聴いて」いる人たちが発生していった。
 
1980年代のArabesqueの曲を4つ歌った後は2000年代のガールズバンド Lillix の曲を演奏する。『It's About Time』『Sweet Temptation』『What I Like About You』そして『Tomorrow』。
 
その頃には、BGMを「聴く」人たちの数は場内の5%程度に達していた。
 

BGMの流れる、入れ替え時間が終わり、2番目のバンド、メビウス・ブレスレットの演奏が始まる。
 
ボクたちはキスをして微笑み合ってから、拍手をしてくれたスタッフの人たちにお辞儀をした。トイレに行ってきたり飲み物を飲んだりして休憩する。仕出しのお弁当をもらったので、食べながら、ボクたちはメインステージのバンドの演奏を聴いていた。(政子はお弁当を2つもらっていた。ボクのも半分あげた)
 
則竹さんは何やらシステムのプログラムや和音進行テーブルをいじっていた。多分少し気にくわないところがあったのを再調整しているようだ。
 
政子は御飯を食べた後、少し寝ていた。やがて後20分ほどで演奏が終わりそうというところで起こす。トイレに行ってきて、喉を湿らせてスタンバイ。
 
やがてメビウス・ブレスレットの演奏が終わるとともにBGMがスタートする。マイナスワン音源に合わせて、ボクらはロシアの女性デュオ t.A.T.u. の『All The Things She Said』を歌う。
 
今度は最初からかなりの人が「スピーカーを向いて聴いている」感じ。そしてボクたちが更に『Show me Love』『30 Minutes』『Not Gonna Get Us』と歌っていくにつれ、その人数は増えていく。
 
ボクたちはタトゥーの後はエストニアのガールズバンド Vanilla Ninja の『Tough Enough』を歌う。この時点でトイレなどに行ってきて自分のポジションに戻った人たちの中にかなりスピーカーから流れる「BGM」に耳を傾けている感じの人たちがいる。ボクらは続けて同じヴァニラ・ニンジャの『Blue Tattoo』、『When The Indians Cry』、そして最後に『Cool Vibes』を歌った。
 
入れ替え時間が終わり最後のバンド、バインディング・スクリューが登場する。
 
ボクたちは則竹さんたち技術陣と握手を交わし、ボクと政子はキスをし、撤収することにする。目立たないように、ボクたちは清掃スタッフ用の制服を借り、帽子もかぶって、会場を出ることにしていた。
 
着替え終わり出ようとした時、政子が立ち止まる。
 
「どうしたの?」
「うん。今演奏されている曲、すっごくいい」
 
「ああ、僕もこの曲、好きですよ。6月に出した曲らしいんですが、じわじわと人気が出てきているみたいですね。バインディング・スクリューって結成してからもう5年くらい経つらしいんですけど、今までヒット曲無かったから。これヒットするといいですね」
と則竹さん。
 
そして則竹さんの言葉通り、バインディング・スクリューはこの曲を80万枚売って、第一線のアーティストとして活躍し始めることになる。
 

このライブが終わってから、
 
「あの休憩時間に流れていたのって、ひょっとして生歌ですか?」
「あの歌ってたユニット教えてください」
 
という問い合わせが主催者に100件ほど来たらしい。
 
主催者では「ロリータ・スプラウト」という4人組の女性歌唱ユニットが実際に生で歌ったものであること、ロリータ・スプラウトは10月くらいにCDを出す予定であると回答した。
 
ボクたちが洋楽を歌ったのにはいくつかの理由があった。ひとつはロックフェスティバルということで、洋楽のロックが会場の雰囲気を壊さなくていいのではという選択であったこと、ひとつは英語の発音は日本語と雰囲気が異なるので、より誤魔化しやすいということもあった。
 
そして最大の理由は、どんなに声を変形させて誤魔化しても、マリが書いた詩を聞いたら、分かる人(例えば和泉のような子)には、すぐにマリの詩だということが分かってしまい、マリちゃんの詩を歌っているなら、もしかして・・・と正体を推測される可能性があるということであった。
 

会場を抜け出して技術部の女性スタッフが運転する車で都内に戻る。車内で普通の服に戻り、東京駅で降ろしてもらった。
 
東京駅の構内のカレー屋さんで一息つき(政子はカレーを3杯食べていた)、ガラスの壁越しに通行を眺めながらおしゃべりをしていたら、30歳前後の女性と目が合う。向こうが手を振るので、こちらも会釈する。彼女はお店の中に入ってきた。
 
「雨宮先生、おはようございます」
とボクは政子を促して立って挨拶する。
「おっはよー。君たち、今日も美人ね」
と言って先生はボクたちの席に座り、自分もカレーを注文する。すると政子も「あ、じゃ私もお代わり」などと言って、もう1杯注文していた。
 
「どこかでお仕事でもしてきたの?」
「いえ、私たちは活動休止中だから」
「そうかしら? なんかマリちゃんが凄く満足したような顔してるから、どこかで歌ってきたのかなと思ったんだけど」
 
雨宮先生鋭すぎます。。。
 
「それは秘密です」
「おやおや。私もあなたたちを秘密の花園に招待したいけどねー」
「モーリーさんの花園って怖いなあ」
とボクは言ったのだが、政子は
「花園って、何かお花を植えてるんですか?」
と雨宮先生のことばを真に受けてる。
 
「ボクたちをベッドに招待したいって意味だよ」
とボクは笑いながら政子に言う。
 
「へ?女3人でベッドに乗って何するんですか?」と政子。
「いや、何するって、楽しいことよ」と雨宮先生も逆に政子の反応に困ってる。「へー、どんな楽しいことだろ?」と政子。
 
「ね、マーサ、もしかして雨宮先生のこと、女の人と思い込んでない?」
ボクもひょっとしてという気がしたので言ってみる。
 
「え?女の人じゃないの?」と政子。
「うーんとね」と雨宮先生も困った感じだが「一応、私、男だけど」と言う。
「えーーーー!?」
 
「知らなかったの?」
「じゃ、冬と同類?」
「いや違う」とボクも雨宮先生も言う。
 
「どう違うの? どちらも女の子に見える男の子じゃないの?」
 
「ボクの場合は、男の子の身体を持つ女の子、雨宮先生は女の人のような外見の男の人」
「意味が分からん」
「ボクは生殖能力はあるけど男性機能は無い。雨宮先生は生殖能力は無いけど男性機能はある」
「ますます意味が分からん」
 
「ベッドに行って3人とも裸になってみたら、良く分かるわよ」と雨宮先生。「良く分かった後が怖いです」とボク。
 
「マリちゃんもケイちゃんも裸にしてたくさん写真撮って、こっそり鑑賞したいわあ」
「あっ。私、ヌード写真撮ってみたい」と政子。
「あら、撮ってあげようか?」
 
「マリ、撮ってもらうにしても他の人に・・・・」
「無料で撮影してあげるわよ」
「撮った後、何されるか分からないし」
 
「ふふ。撮った後でいろいろ楽しみたいけど、ふたりの歌を聴かせてくれるなら、何もせずに解放してもいいけど」
「え? ほんとですか? わあい、撮りたい、撮りたい」
と政子が言う。ボクは頭を抱えた。
 
「じゃ、来週にでもどこかで撮ろうか? 開放的な屋外で撮影とかどう?」
「あ、いいですね。素敵!」
「ちょっと待ちなさい、マリ」
 
「ケイちゃんのヌードも一緒に撮ってあげるわよ」
「しょうがないな。マリひとりで行かせる訳にはいかないから、私も付いていきます」
「OK! あ、じゃケイも私のヌード撮ってよ。例のカメラで」と政子。
「いいけど」
 
「あら、ケイちゃんもカメラ持ってくる? じゃ、私のヌードも撮ってもらおうかしら」と雨宮先生。
「・・・・ええ、いいですよ」
 
「今のちょっと間があったのは何?」
「何でもありません」
 
「じゃ、3人で撮り合いっこね」
「わーい!」
 
ボクはちょっと頭が痛くなった。
 

そういう訳で、ボクと政子は次の水曜日、東京駅八重洲口で雨宮先生と待合せ、先生の車で、千葉県某所にある、お庭付きの写真スタジオに行った。ボクは愛用の Lumix DMC-GH1 に32GBのSDHCカードを入れ念のため予備を1枚持って出かけた。政子はヌード写真を撮るということで、月曜・火曜と、御飯を少し少なめ?にしたらしい。
 
しかし何だかとても素敵なスタジオだった。白いおうちの中にしゃれた調度品があり、芝生のある庭があって、外界からは遮断されているので、安心してヌードになることができる。もっとも外でヌードになれるのは夏の間だけだ。なお、スタジオ料金はボクが支払った。その代わり往復のガソリン代と運転の手間を雨宮先生が負担してくださる。
 
しばしば人気(ひとけ)の無い海岸や川岸などで野外ヌードを撮っている人たちもいるが、たとえその時に人が居なくても、公共の場で裸になれば公然猥褻罪に問われる可能性がある。屋外ヌードを撮影したければ、自分の家の庭で撮るか、こういう場所を借りる以外無いのである。
 
ボクたちはまず3人とも裸になってしまった。
 
「あれ〜、雨宮先生、女の人の身体に見える」と政子。
「まあ、誤魔化してるから」
「でも美しいプロポーションですね。バストに張りがあるし、ウェストくびれてるし」
「まあ、結構身体いじめてるからね。でも、ケイちゃんも女の子の身体にしか見えない」と雨宮先生。
「ええ、あちこち誤魔化してますから」とボク。
 
「私とケイちゃん、温泉の中で出会ったこともあったもんね〜」
「そうですね」
 
などと言っていたら政子がちょっと考える振りをして
「先生!質問があります。先生とケイが温泉で出会ったって、それは男湯だったのでしょうか? 女湯だったのでしょうか?」
 
「あら、私やケイちゃんが男湯に入れる訳無いじゃん」
と先生は言う。
 
「うむむ。今度、少し追求せねば。それ、先生とケイが出会ったっていう高1の頃?」
「違うよ。ローズ+リリーを始めてからだよ」
「うーん・・・」
「その時、マリも先生に会ってるじゃん。温泉の外でだけど」
「へ?覚えてない」
 
ボクは夏休みに突入してからはずっとタックしたままなので陰毛が生えそろっている。雨宮先生も生えそろっているので、長期間タックしたままなのだろうなと思った。タックしたままということは、アレは使用してないのだろうか?とボクは思った。本人は「女の子をよく摘まみ食いしてる」なんて言ってたが。
 
(と、この時は思ったのだが、後で雨宮先生のアンダーヘアは付け毛!であることを知った。剃ってタックした上で付け毛をくっつけておくのである。やはり先生はかなり遊んでいるらしい)
 
雨宮先生は EOS-1Ds MarkIII を持ってきておられる。スタジオ撮影に特化されたプロ用カメラで、ボクのLumix一眼の10倍近い値段がする化け物カメラだ!
 
雨宮先生は先にボクのヌードを撮影する。室内で様々な調度のそばで、また椅子に座ったり、カーテンで身体を半分隠したりしながら、色々なポーズで撮る。先生はほとんどのポーズで、陰部がそのまま写るようにも撮り、また手や小道具で隠した状態でも撮った。
 
室内でボクをかなり撮ったところでマリの番である。同じような感じで撮影するが、明らかにボクを撮るより熱が入っているし撮影枚数も多い。政子も楽しんでいる感じだ。先生が撮影している傍で、ボクもマリのヌードを撮影した。
 
続けてボクが雨宮先生のヌードを撮影する。その間、政子はガウンを着て休んでいる。雨宮先生は自らけっこうセクシーなポーズなどをして「これ撮って」などと言っていた。こちらから色々ポーズをお願いしたりしながらも撮った。
 
室内での撮影が終わると3人で庭に出る。雨宮先生がレフ板を持参してきておられたので光の加減を調整して撮影を始める。順番は室内で撮ったのと同じで、先生がボクを撮り、次にマリを先生とボクが撮り、それから先生をボクが撮る。庭のあちこちに移動して、背景や光の方角が変わるようにして、ボクたちは撮影を続けた。
 

約3時間にわたる撮影が終わると、ボクと雨宮先生はお互いの撮影データをコピーしあう。
 
「このデータの扱いは、この3人以外には絶対出さない、というのでいいよね?」
と先生。
「はい。こちらもそれでお願いしたいです」
 
「でも若い子のヌードは、やはり素敵だわあ」
「先生も実年齢より5歳は若く見えますよ」
「ふーん、何歳に見えるの?」
「あ、えっと19歳に見えます」
「よしよし」
 
撤収してから3人で移動し、道路沿いのレストランで昼食を取ったあと、千葉市内の音楽スタジオに入った。
 
「カラオケ屋さんかと思った」
「あんたたちの歌を録音して持ち帰る」
「わああ」
「そのためにハードディスク買ったんですか!?」
 
雨宮先生はここに来る直前、家電量販店に寄りハードディスクを3台買っていた。
 
「そそ。取り敢えず歌ってもらおうかな」
「何から行きましょうか?」
「『その時』『遙かな夢』『甘い蜜』『涙の影』『せつなくて』『あの街角で』」
「網羅してますね」
「カバー曲は割とどうでもいい」
 
「じゃ、MIDIデータ持ってるので、それを入れましょうか?」
「あ、うん」
ボクは自分のパソコンに入れているデータをスタジオのシステムに取り込んだ。
 
「あんた、スタジオ機器の取り扱いに慣れてるね」
「ええ、ローズ+リリー始める前、私、録音スタジオのエンジニア助手のバイトしてたから」
「へー」
「サウザンズのアルバムの***と***の録音に参加しましたよ」
「ほほお」
 
雨宮先生がMIDIを再生してくれるので、私と政子は個別のブースに入り、それぞれの曲を歌った。
 
1時間ほどで収録!が終わる。
 
「他に曲無いの? なんかさっき MIDIデータをインポートするところ見てたらたくさん曲が入ってたみたいだけど」
「そうですね」
 
ボクは持ち歩いているデータの中からいくつかのデータを呼び出し、歌詞入りの譜面をお見せするとともに、MIDIの演奏を流す。
 
「あんた、ほんとに良い曲書くようになったね!」
「ありがとうございます」
「あんたたち、歌手で売れなくなったら、作詞作曲家で食っていける」
「あ、それは結構その気あります」
 
「マリちゃんの詩が凄いんだ」
「はい、私天才ですから」
「ああ、以前も言ってたね。でもケイちゃんも天才」
「ありがとうございます。マリには、かないませんけど」
 
先生は『100時間』『呪いの人形』『破壊』『贅沢な紅茶』『桜色のピアノ』
『涙のハイウェイ』など14曲を選び出した。どうも先生はロック系の曲が好みのようである。
 
「じゃ、これを収録しよう」
「今日1日でこれだけ録るんですか?」
「1曲15分で録れば3時間半で終わる」
「ひゃー!」
 
ボクたちはその後、雨宮先生が流すMIDI(ボクが作ったもの)を聴きながら、これらの歌を歌った。だいたい練習で2回歌い、2回ずつ収録した。結果的に全曲収録するのに5時間近く掛かった。終わったのは19時前である。
 
「ちょっと遅くなったね。あんたたちの家まで送るよ」
「ありがとうございます」
「でもその前に何か食べたい。お腹空いた!」
 
と政子が言うので、結局それぞれの家に少し遅くなることを連絡した上で、千葉市内で軽く?食事をする(政子が食べるのを見て先生は『ここのお勘定はケイちゃん払ってよね』と言った)。
 
それから雨宮先生の車で送ってもらった。到着したのは22時頃でボクたちは御礼を言って、握手をして別れた。
 
雨宮先生は「じゃ、今日のデータ、マスタリングしてから渡すね」と言っておられたのだが・・・・・
 
そのデータは送られた来なかった! そしてボクたちも受験勉強の忙しさでこの録音のことはきれいに忘れてしまっていた。
 

8月の下旬にボクたちは、何度かに分けてスタジオに行き10月に出す予定のロリータ・スプラウトの歌を吹き込んだ。
 
伴奏はスタジオミュージシャンさんにお願いしているが、伴奏だけ先に録音してもらっておいて、ボクたちはそれに合わせて歌を吹き込んだので、伴奏者の人たちとは顔を合わせていない。
 
今回出すのはフェスティバルのBGMとしても歌った、ArabesqueとLillixの曲である。そして受験が終わった2月の後半に、t.A.T.u.と Vanilla Ninjaの曲を録音して出すことにした。ボクたちの★★レコードとの契約は12月で切れてしまうのだが、町添さんは「うーん。別に構わないんじゃない?」と言ったし、政子のお父さんは「受験が終わった後なら問題無いです」と言った。
 

そういう訳で、ボクたちはローズ+リリーをお休みしている間にマリのリハビリのために、ロリータ・スプラウトの名前で、10月に1枚, 翌年4月に1枚、CDを出したのだが、ここで自作曲を使用しなかったので、CDにして出したいような曲が大量に滞留してしまった。
 
ボクたちは一部の曲を(実は密約に従って)津田さんに頼まれたこともあり、△△社のメジャーで活動している女性2人組の歌唱ユニット kazu-mana に「鈴蘭杏梨・作詞作曲」というクレジットで提供した。(一応8月に雨宮先生と一緒に録った曲は避けた)
 
ここでペンネームを使ったのは、△△社はボクたちを獲得しようと競争しているプロダクションのひとつなので、その競争している所のひとつと表だって取引をするのがはばかられたこともある。
 
このペンネームの元ネタはバルザックの『谷間の百合(Le lys dans la vallee)』
のヒロインのアンリエットに由来する。「鈴蘭」というのは、鈴蘭の別名が「谷間の百合(lys des vallees)」だからで、ローズ+リリーの「リリー」からの連想で辿り着いたものである。
 
ただ、このクレジットがマリ&ケイの仮名であることは、歌詞を見たローズ+リリーのファンたちにはすぐ気付かれてしまった(こちらとしてはこの件に関しては肯定も否定もしていない)。しかし、須藤さんは、そのことにかなり後になるまで気付かなかったらしい。あの人はこういう所がちょっとニブいのである。
 
しかし鈴蘭杏梨の正体が歌詞の雰囲気からすぐバレてしまったことで、ボクたちはやはり、ロリータ・スプラウトの方は、町添さんのアドバイスに従って自作曲ではなく洋楽カバーにしておいて良かったなと思ったのであった。
 

ボクたちはもう8月は受験一色になってしまった。スタジオに行ってロリータ・スプラウトの録音をしたり、あるいはサマー・ロック・フェスティバルに行ったり、あるいはボクの場合、自動車学校に通ったり、などというのはあくまで受験勉強の息抜きであった。政子も予備校の夏期講座に出て行ったりして本気で勉強に取り組んでいた。
 
ロリータ・スプラウトの「デビューアルバム」となった『High Life』は10月14日に配信限定で発売された。収録曲目は、
 
Arabesqueの『Party in A Penthouse』『Hello Mr. Monkey』、『Friday Night』
『Roller Star』『High Life』。
 
そしてLillixの『It's About Time』『Sweet Temptation』『Nowhere to Run』
『What I Like About You』そして『Tomorrow』。
 
以上10曲である。
 
このアルバムは千葉のロックフェスティバルで聴いた人たちからの口コミがけっこう広がっていたこともあり、4万DLも売れてしまい、FMなどでも一時よく流れていた。また、これが契機になって、本家Lillixの方のアルバムを買った人も結構出たようであった。
 
ただし★★レコードは特にこのアルバムの宣伝などはしなかったのでホントに「知る人ぞ知る」アーティストという雰囲気であった。
 

「きれいに撮れてるなあ」
と言って政子は自分のヌード写真を見ていた。
 
「よかったね」
「私って結構美人かな?」
「美人だよ。スタイルもいいし」
「歌手になったら人気出る?」
「既に歌手だし、既に人気あるけど」
「えへへ。そうかな」
 
「そろそろローズ+リリーとして歌えそう?」
「うーん。あと200年くらいしたら」
「うん。待つよ」
と言ってボクは政子にキスをした。
 
 
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【夏の日の想い出・けいおん女子高生の夏】(下)