【夏の日の想い出・ふたりの成人式】(2)

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6日は挨拶回りの最後の日であった。4日連続で振袖を着るのはなかなか疲れる。
 
まずは4日,5日と連続して行っているFM局を訪れ、お偉いさんに挨拶したりした後、プロデューサーさん・ディレクターさん、★★レコード側から来ていた加藤課長の3人と番組の今後の方向性について話合った。基本的には昨日の生放送の感覚が良かったので、その路線で進めて行こうということになる。番組の最初と最後に流す、私たちの曲は毎回生演奏することで話がまとまる。オープニングはピアノ弾き語り、エンディングはマイナスワン音源を使う。
 
「オープニングは1ヶ月間同じ曲で行くなら、それは録音を使い回ししましょうか?」とディレクターさんが言ったが
「いや、毎回生演奏してもらった方がいい」とプロデューサーさん。
「私もそれがいいと思います。毎回微妙に違うバージョンを聞く楽しみができますし」と加藤課長。
「それってハプニングを期待してとか?」と私。
 
「うんうん。いきなり誰かがピアノのコンセントを蹴ったくったりとかね」
「えー!?それでリテイクしないんですよね?」
「もちろん。この番組は編集せずに1発録りするのがコンセプト」
とプロデューサーさんは笑って言った。
「ケイちゃんのハプニング対処能力が凄く高いことが分かったから、色々ハプニングを起こしてみたいね」などとプロデューサーさんは言っている。
 
そして実際この番組はその後「何か起きる」番組としてリスナーの期待が高まっていくことになる。最初の内は「これ録音だろ?なんでこれを編集しないんだ!?」などとツイッターに書かれていたものの、そのうち「今日のハプニングをみんなで予想しよう」などという、放送事故?を楽しむファン層が増えた。
 
このFM局を出た後は、それ以外にもお世話になっているFM局を2つまわり、それから、年末に番組をひとつやって縁の出来ていたAM局にも挨拶に行く。
 
そのあと◇◇テレビに行って響原部長に挨拶をしてきた。上島先生の後見人のような人である。私たちにとっては、親会社の会長みたいな存在であるが、優しい雰囲気で、「僕は女の子には甘いんだ」などと本人も言うよう、私にも政子にも暖かい感じで接してくれた。
 
「でも今度のアニメは楽しみだね。マリちゃんがテレビに顔を出すのって、事実上初めてだもんね」
私たちはこの番組のエンディングテーマを歌うのだが、その曲が流れている間の映像に、私と政子もちょっとだけ顔を出すのである。
 
「ええ。何となく気分が良かったし。母に電話したら、まあそのくらいいいんじゃない?と言ってもらったし」
「高2の時、記者会見で1度だけ顔は出してるけど、あれは報道だもんね」
響原さんは頷いている。
 
「君たち、今度、番組にも出ない? レギュラーで入れるよ。バラエティが嫌いなら、何かの番組にコーナーを設けて、そこで純粋に歌ってもらってもいいし」
などと言われる。
 
「でも今回は例外的に顔を出しましたが、基本的にはマリはテレビには出ない契約になっているもので」と私。
「それは契約条項を見直せばいいんじゃない? 親御さんの意向があるとは聞いてるけど、マリちゃんも20歳すぎたから自分の意志で決められるでしょ?」
 
「そうですね・・・・でも、私、ケイみたいに大学の勉強しながら、歌手としても飛び回るって生活あまりできそうにないし」
「そのあたりは仕事の量をコントロールすればいいと思うよ。駆け出しだった高校生の頃とは違うもん。君たちは今や多数のアーティストに曲を提供している『先生』でもあるから、ある程度のわがままは通せるよ」
 
「ああ、そうかも知れませんね・・・・」
と政子は少し遠くを見るような目をしながら答えた。
 

放送局への挨拶が終わった後、お昼すぎに政子と一緒にうちの実家に行った。
 
「明けましておめでとうございます」
と言って2人で入って行くと、母がにこやかに迎えてくれた。
 
「政子ちゃん、素敵な振袖!なんか、りりしい感じがする」と母。
「冬はそういう可愛いのが似合うんですけどね。私はこういうのが好みで」
 
居間に行くと、振袖を着た姉が迎えてくれる。今日は政子も一緒に4人で初詣に行こうと話していたので、姉もそれに合わせて振袖を着ていたのである。
 
食卓につき、お屠蘇をもらい、お雑煮を食べた。
 
「あ、2日の日に冬が作ってくれたお雑煮と同じ味だ」と政子が言う。
「お雑煮は、私が冬に教えてあげられた数少ない料理のひとつかもね」と母。
「たいていの料理は冬の方がうまいんだもん」
 
「そうなのよね。冬子が独立してから、うちの食卓って貧弱になったわあ」と姉。
「お姉ちゃんからリクエストされて、唐揚げとかトンカツとか私が揚げてからここに運び込んだことあったね」と私は笑っていう。
「でも、お姉ちゃん、料理覚えればいいのに」
 
「無理無理。私、料理の得意な彼氏をつかまえるんだ」
「まあ、そういう人も結構いるだろうね」
 
一息ついたところで母も訪問着を着て、4人で出かけた。電車に乗って都心に出て、神社に向かう。さすがに6日にもなると神社も人の数は少なくなっている。初詣客に混じって、境内を散歩している感じの人たちもいる。ここは都心の中でも緑がたくさんあるので、格好の散歩コースだ。比較的スムーズに拝殿まで行くことができた。お参りする。
 
「今年は平和な年であって欲しいね」
「ほんとに!地震も落ち着くといいけどね」
「富士山が今年はまだ爆発しませんように」
 
神社を出てから近くのロッテリアに入り、暖かい紅茶など飲む。
 
「冬は作曲とか編曲とかしてる時はコーヒー大量に飲むけど、こういう所では紅茶のほうが多いよね」
「うん。どうしてもカフェイン取りすぎだから、頭を無理矢理働かせなくてもいい場所では、負荷の少ないものを飲む」
「あんたたち身体に気をつけてよね」
「うん」「はい」
 

一緒に実家に戻り、振袖を脱いで普段着になる。
 
「久しぶりに冬の手料理が食べたい」などと姉がいうので、政子には休んでもらっていて、私は冷蔵庫の中身や野菜などのストックを確認した上で買い物に行き、酢豚を作った。作っているうちに父も帰宅した。
 
「お父ちゃん、お帰りってか、ただいま」
「いらっしゃい・・・・って、冬か?」
「なんでー? 私、こういう格好何度も見せてるのに」
 
「いや、その・・・・何かまた女らしさが増してないか?」と父。
「うん。確かに女度がかなり上昇してる」と姉。
「そ、そう?」と私は戸惑いながら答えるが、「体質が完璧に女性化してるからね」と政子は笑いながら言った。
「あ、中田さんも、いらっしゃい」と今政子に気付いた父は慌てて挨拶した。「お父さん、お邪魔してます」と政子も挨拶する。
 
私も政子の両親を「おじさん」「おばさん」ではなく「お父さん」「お母さん」
と呼ぶし、政子も私の両親を「お父さん」「お母さん」と呼ぶ。私たちは双方の親から「姉妹みたいなもの」と言ってもらっていた。
 
「もう少し早く帰ってきてたら、2人の振袖姿、見られたのにね」と母。「それは9日の楽しみということで」と私は言った。
 
じきに御飯にする。
「久しぶりに酢豚なんて食べた気がする」と父。
「美味しいね」と母。
「私も母ちゃんも作れないもんね」と姉。
「うん。冬が独立した後、なんか夕食が寂しくなったんだよ」と父も言う。
「私も2〜3年の内には出て行くつもりだしなあ。あとはお母ちゃんに頑張ってもらってね」と姉は言った。
 

御飯が終わると台所を政子と2人で片付け、それからお風呂に交替で入り、お茶など飲みながらみんなで22時頃までおしゃべりをし、そのあと寝室に入った。
 
私と政子は部屋に入ると、熱くキスをし、それから一緒に布団に入って愛し合った。毎日愛し合っているのだけど、していて飽きるということが無いのが不思議だなと時々思う。その日はネットで見かけたという「新ワザ」を仕掛けてきた。実家だし声を出す訳にもいかないので、私は心の中で『きゃー』と思いながら、政子のワザに耐えていた。最後はクンニを要求されたのでしてあげたら、気持ち良さそうにしていた。私たちはそのまま眠ってしまった。
 
目を覚ましたら、部屋の灯りを付けて政子は詩を書いていた。時計を見たら3時だ。けっこう寝ていたようだ。私は政子の身体にガウンを掛けてから、邪魔しないように服を着てコーヒーを入れてきた。カップに注いでやると「ありがとう」
と言って受け取り、一口飲んでからまだずっと詩を書いている。なんだか長い詩だ。タイトルが既に書かれていて『出会い』となっている。
 
「かなり長いね」
「さだまさしの古い歌で『雨やどり』ってあるじゃん」
「うん」
「あんな感じに長いの書いてみたかったんだよね」
「これ、既に短編小説なみのストーリーになってる」
「ふふ。頑張って曲付けてね」
「たいへんそう!」
「『雨宿り』みたいに同じメロディーを何度も繰り返すんじゃなくて、シューベルトの『魔王』みたいに、独自のメロディーで最後まで行って欲しいの」
「通作歌曲形式ってやつね。凄く大変そう!」
 
政子は私が目を覚ました後でも30分くらい書いていた。やがて書き上げると「疲れた!」と言った。「お疲れ様」といって肩をもんであげた。
 

ローズクォーツの新しいアルバムの制作は4日から始まっていたのだが、私と政子は6日まで挨拶回で飛び回り、FM番組の収録もあったので、7日になって初めてスタジオに顔を出した。
 
「やっと、ボーカルさんがご到着だ」
「すみませーん。挨拶しないといけない所が多くて」
「一応収録する曲のうち5曲までは楽器パートの収録が済んでる。ここまでのに歌を入れてくれる?」
「はい」
 
今回のアルバム制作では、サポートメンバーとしてちょくちょくローズ+リリーやローズクォーツのレコーディングやツアーに参加していた、キーボードの太田さん(ヤス)が参加していたので、マキのベース、タカのギター、サトのドラムス、キーボードのヤス、という4ピースで、多重録音は使わずにここまで演奏の収録をしていた。それに私と政子の歌を乗せる。ローズクォーツのレコーディングに政子が加わるのも、定例になってきた。歌も多重録音はせずにリアルタイムで収録するようにしたので、収録はスイスイ進み、その日だけでここまでの5曲のボーカルは収録が完了した。
 
「じゃ、次は11日にお願いね」
「はい、それではまた」
 
ということで、私たちはスタジオを辞した。
 

 
8日の日曜日は早朝からまたまたFM局に行き、番組の収録を政子と2人でしてきた。
 
4日と5日の生放送で方向性は固まっていたし、4日から今朝までの間に結構な数のリクエストが集まっていたので、それを8回の放送分に振り分け、毎回エンディングで自分達が演奏する曲も決めマイナスワン音源を準備し、収録に臨んだ。
 
30分の放送を2週間分(8日分)録り貯めしたので、休憩をはさんで6時間ほどの長丁場になり、終わったのは15時頃だった。私と政子が純粋にしゃべっている時間だけでも2時間を越えるので、この日はクタクタに疲れた。
 
クタクタにはなったが、私たちはそのあと気を取り直して、都内のイベントホールに向かった。この日のスイート・ヴァニラズ東京公演に、私がゲスト出演することになっていた。政子は別に出演しないのだが、基本的に私が行くところにはだいたい政子も付いてくる。
 
実際の出演は10分ほどであるが、リハーサルにも付き合い、休憩時間にはスイート・ヴァニラズのメンバーとひたすら音楽論や芸能界の噂話などで盛り上がった。公演が終わったあとの打ち上げまで付き合い、解放されたのはもう夜中0時すぎであった。
 
そして9日は私と政子の成人式であった。
 

その日はふたりとも年始に使った振袖で成人式にも出ることにしていた。3,4,5,6とこの振袖を着て、7日と8日は録音やライブなので着なかったもののまたこの日着てと、5日も着れば、かなり元が取れたような気がした。
 
朝、3日から6日まで毎日来てくださった着付け師さんにまたマンションに来てもらって2人の着付けしてもらい、一緒に出かける。途中で和菓子屋さんに寄って生菓子を買い、お昼前に落ち合った友人の若葉にそのお菓子を託した。
 
若葉たちが今日成人式をする友人同士で集まって食事会をする計画を立てていたのだが、私たちが行って、報道関係などに見られると面倒なので、今日は遠慮することにし、代わりにお菓子を差し入れすることにしたのであった。
 
若葉とは昼食を一緒に取りながら、あれこれおしゃべりした。
「和実と梓は今日戻ってくるのかな?」
「今朝戻って来たみたいよ。あの子たち車で盛岡まで往復だったみたいで、夜通し運転して戻って来たみたい」
「頑張るなあ」
「車を運転できる人4人で相乗りして行ったみたいだから、1時間交替で運転したって」
「なるほど」
 
「和実は性別のこと、やっとお父さんに認めてもらえたって」と若葉。
「うんうん。私も聞いた。今年、性転換手術もしちゃうらしいね」
「あ、言ってたね」
「やっと決めたって感じだけどね」
 

「でも本当に今年手術するのかなあ・・」と若葉は言う。
「え?まだ直前で迷ったりするとか?」
「じゃなくてさ、あの子、一緒にお風呂に行ったこともあるけど、完璧に女の子の身体に見えるのよね。実は高校生時代に既に手術済みなんじゃないか、あるいは男の子だって話が大嘘で、本当は元々女の子なんじゃないかって気がして」と若葉。
 
「私たちも秋に和実とは温泉に行ったけど、確かに完璧に女の子ボディだった」
と政子。
「あ、そんなことしたんだ?」と若葉。
「でも冬だって、手術前から女湯に入ってたよね」と政子は言う。
「へー。そういう子、けっこういるのね」
 
「いや、基本的にそんなことしちゃいけないと思うんだけどね。秋に行った時は小さな温泉宿だったから、1時間私たちのグループで女湯を貸し切りにしてもらって入ったんだけど。10人だったから団体さん扱いしてもらった」
 
「まあ、ふつうはバレたら警察行きだよね。新聞にも書かれてワイドショーでも名前と顔をさらされて」
「でも、和実の場合、あの身体で男湯には入れないよ。どう考えても。胸はDカップあるし、下はどう見ても付いてないように見えるし」
と若葉。
 

若葉と別れて、会場まで電車で移動した。この日は町にも電車の中にも振袖を着た女性が目立つ。
 
電車を降りたら出口の所に私の両親と姉が来ていたので一緒に会場の方へ歩いていった。会場前で記念撮影をする。
 
「でも凄く豪華な振袖だなあ」と父が言う。
「去年はふたりとも良く稼いだからね」と姉。
「冬が女の子になってくれたお陰で、私は《娘の成人式》を2度体験できて嬉しいわあ」などと母が笑顔で言っているが、父はちょっと複雑な表情。
 
そこで少し立ち話していたら「お邪魔していいですか〜?」と遠慮がちな口調で、予め取材を申し込んでいた雑誌の記者さんが寄ってきた。以前にも何度かインタビューなどに応じたことのある人である。
 
「こんにちは、ケイちゃん、マリちゃん」
「こんにちは」
「今日は成人式、おめでとう」
「ありがとうございます」
「成人式終わってから30分くらいインタビューいいですよね?」
「ええ、そういう話でしたから」
 
まずはふたり並んだ写真を撮られた。角度を変えて何枚か撮る。そんなことをしていたら、近くにいたテレビ局のスタッフが近寄って来た。見覚えのあるアナウンサーさんだ。お昼のワイド番組でレポーターをしている人である。
 
「ローズ+リリーのおふたりですよね?」
「はい」
「ここの会場で成人式ですか?撮影させてもらっていいですか?」
「いいですよ」と政子が笑顔で言ったので、私は内心『へー』と思いながら撮影に応じた。
 
ひとことでいいのでコメントを、と求められたので
「16歳と17歳でローズ+リリーを始めた私たちもとうとう成人式を迎えました。なかなか、ファンの皆様のご期待に応えることができていませんが、少しずつ活動を広げていきたいと思いますので、よろしくお願いします」
と私がコメントした。
 
「でも豪華な振袖ですね!」とアナウンサーさん。カメラは停まっている。「私もそれ言おうとしてたところです」と雑誌記者さん。
「ねー、おいくらだったの?教えて。オフレコ」と小さい声で聞かれる。
「300万です。本当はもう少ししたみたいだけど、現金で払ったので、ふたりともその金額に負けてもらった感じでした」
 
「やっぱりあれだけ稼いでたらね。ミリオン3連発でしたもんね、昨年は」
「ええ、おかげさまで。CD買ったり、ダウンロードしてくれた方たちのお陰でこういうのを買えましたから、これはファン皆さんの代表で、着させてもらっているものと思っています」と私はコメントする。アナウンサーさんも雑誌記者さんも、私のコメントをメモしている。
 
「去年はどんどんお金が入ってきて、どんどん使っちゃった感じでした」と政子。
「やはり、少しでもお金に余裕のある人がお金を使わないと、経済活性化にならないもん。お金持ってる人がそれを抱え込んだら経済は沈みます」
「貯金を美徳とする日本人の習慣が、今は悪い方に作用してるよね」
 

やがて時間になり、会場に入る。
 
最初にチアリーダーの衣装を着けた女の子たちが15人ステージに登り、マイケルジャクソンの『スリラー』の曲に合わせて、アクションを繰り広げた。美しいフォーメーションに歓声があがる。式次を見ると地元の高校のチアリーダー部のようである。
「格好いいね」と政子が言う。「うんうん。凄い」
 
彼女たちが下がってから国歌斉唱した後、開会の辞があり、偉い人の祝辞がいくつか続く。そして、新成人の代表の人が挨拶した。
「あれ、中学の時のうちの生徒会長」と政子が言った。
「へー。そういうのやると、こういう場でもあれこれやらされるんだね」
「ほんと。大変ね」
 
閉会の辞があり、アトラクションに入る。23〜24歳くらいかなという4人の女の子で構成されたバンドがステージに上がった。
「この町で育って、この町でアマチュアでバンド活動している《素敵な物いっぱい》です。私たちも4年前に成人式をしました。新成人に贈る歌を演奏します」
とギターを持った子が言い、演奏を始めた。
 
最初の曲は私たちの曲『神様お願い』だった。政子が天を仰いでる。
「この曲、震災の後、かなりテレビでも流されたもんねー」
「町添さんから『隠れたミリオンセラー』だって言われたよね」
「有線とカラオケのリクエスト数が凄まじかったからね」
「その分、たくさん寄付もできたね」
 
この曲は震災前に発表した曲だが、歌詞の内容が被災者を励ましているかのようと言われて、3月4月頃、かなりテレビやラジオで流された。CD出さないのならせめてPVをと言われて、急遽作ってyoutubeに上げたら(仙台で被災した時に私やマキが携帯で撮っていた写真やビデオを編集して映像は作った)、200万viewを越えた。私たちはこの曲に関する印税全てを、福島県・宮城県・岩手県に3等分して寄付した。4月に何人かの歌手相乗りで緊急発売された『被災者応援CD』にも収録された。
 
続いて演奏された曲は『翔び上がれ』。これは私たちが書いてSPSに提供した曲だ。政子が笑いをこらえている感じで、私の肩に顔を伏せ私の振袖の襟を掴んでいる。
 
3曲目はスイート・ヴァニラズの『祭り』だ。彼女たちのロングヒットだがこの曲は、先週発売した「交換アルバム」で、私たちもカバーしている。政子は「勘弁してー」などと言って、私の襟を引っ張ってる。「ちょっとやめて。着崩れる」と言うが、政子は顔を起こすと笑いが我慢できなくなるようで掌でパンパンと私の肩を叩いている。
 
そして最後の曲は、いきものがかりの『歩いていこう』だった。政子はやっと落ち着いたようであった。
 

成人式が終わり、席を立ってホールを出る。ロビーは人がいっぱいなので、流れに任せて、ゆっくりと出口の方へ歩いて行った。
 
出口を通ろうとした時、実行委員の腕章を付けた振袖の女性が寄ってきて「済みません。ちょっといいですか?」と言う。
「はい?」
「凄く素敵な振袖ですね。もしよかったら、こちらで市長さんとの記念写真に入りませんか?」
「あ、いいですよ」
 
私たちは彼女に連れられて入口近くで何人か固まっている所に行った。聞くところでは、成人式の結果報告を市のホームページに挙げるのに「適当に」
出席者に声を掛けているのだと言っていた。「適当」とは言われたが、多少基準の見当は付いた。私たち同様、凄く豪華な振袖を着ている子、和装の男子、面白いコスプレをしている子などがその場に並んでいた。私たちはその集団に向かって軽く会釈をする。何人か会釈を返してくれた子がいた。
 
雑誌記者さんの携帯に、記念行事に引っかかったので少し出て行くのが遅れる旨のメールをした。
 
だいたい15分ほどで新成人の人たちは外に出てしまい、実行委員の人が集めた人たちが残った。市長さんを真ん中にして、実行委員の人たちも入って写真が撮られる。私たちは左手前列の端に2人で並んだ。写真を数枚撮られる。
 
撮影後「ありがとうございました」と言われ、記念のボールペンをもらって、解散となる。私たちが何となく出口の方へ行きかけていたら、後ろの方からさきほどアトラクションで演奏したバンドの人たちが出て来た。私がチラっとそちらを見たら、バンドの中のひとりが驚いたような顔をして走ってきた。
 
「すみません、ローズ+リリーのマリさんとケイさん?」
「はい、そうですよ。先程の演奏、素敵でしたね」
「ありがとうございます!ここの会場で成人式を迎えられたとは思わなかった」
「私たちが書いた曲が2曲、私たちがカバーしてる曲が1曲入ったから、マリは嬉しくて涙が止まらなかったみたい」と私は笑顔で言う。
「わあ、ありがとうございます」
 
他の3人も駆け寄って来ている。
 
「あの、もし良かったら、記念写真とサインいただけませんか?」
「いいですよ」
 
ということで、私たちはまだそのあたりにいた実行委員の人にお願いして、一緒に並んだところの写真を撮ってもらい、それからバンドのメンバーのひとりが持っていたスケッチブックに4枚、ローズ+リリーのサインをした。
 
「ありがとうございました。私たちマリさんの復帰待ってますから、頑張ってください」
「ありがとう。その内きっと復活するからね」
と政子が言うので私は心の中で『へー』と思った。
 
「《素敵なものいっぱい》さんたちも頑張ってね」
「はい」
「でもケミカル・エックスは入れない方がいいよ」
「はい!」
 

会場の外で雑誌記者さんと落ち合う。
 
「すみませーん。お待たせしました」
「いえ、大丈夫です。どこか入りましょう」
「寒い中、お待たせして御免なさい」
 
ここは大学の講堂なので、学内のカフェに移動してインタビューを受けた。
 
女性ファッション雑誌なので、ふだんのファッションのポイントとか好きなスタイル、またふたりの恋愛観などについても訊かれた。
 
「あの、この部分は絶対に記事にはしないこと約束するので教えてください。これを聞いておかないと、編集の時に見当外れのこと書いてしまいそうなので。おふたりは、やはりレスビアン関係なのでしょうか?」
「はい、そうですよ」と私たちは明快に答えた。
 
「安心しました。おふたりは愛しあっているけど、お互いに相手が男性と恋愛するのには寛容なんですね」
「そうです。むしろいつも相手の恋を応援しています」
「それを念頭に、書きますね」
「はい」
 
私たちはしばらく記者さんと恋愛談義をした。話が盛り上がり、記者さんも取材していることを忘れているかのように、けっこう際どいことまで言っている。
 
「でもよく幸せな恋とか言うけど、幸せって何なのかなあ」
と政子が自問するかのように言う。
 
「私は日々の充実感だと思うな。片思いであっても、相手のことを考えたら何か頑張ろうという気になるような恋は、やはり幸せな恋だよ」
「だよねー。相思相愛のはずでも、常に飢餓感があるような恋はあまり幸せではないよね」
 
「遠距離恋愛とかでも、今はスカイプとかあるし。実質無料で毎日相手の顔見て話ができるじゃん。昔と比べると遙かに遠距離恋愛しやすくなってるよね」
「ただ、相手の肌が恋しくて、それがちょっと辛いだろうけどね」
 
「おふたりは、昔からレスビアンだったんですか? その、ケイさんがまだ男の子だった頃から」
「出会った頃から、女同士の感覚でした。でもイチャイチャするようになったのは、ローズ+リリーを始めてからですね」
「たぶん、凄くきついスケジュールとかで動いていたから、いわゆる吊り橋効果みたいな感じで、恋愛感情が芽生えたんじゃないかなって気がします」
「なるほどですね。あ、この辺も記事にはしませんね」
「はい、お願いします」
 
「でも、当時ケイさんは男の子の身体だったわけですよね。セックスしたくなったりしなかったんですか? あ、これも記事にしませんから」
「私はしてもいいよーって言ってたけど、ケイはふたりの関係を壊したくないから、セックスは我慢するって言ってました」
「ああ」
「それに、私自身、女の子の意識だったから、男の子の機能を使いたくなかったんですよね」
「なるほど、何か納得できます」
 
「だから私たちが恋人になったのは、やはり高校卒業してからですね」
記者さんは頷いていた。
「それでもセックスしなかったね。ケイが去勢しちゃう前に1度でいいからケイをレイプしてもやっておけば良かったかなという気もするんですけどね」
などと政子は過激なことをさらりと言う。
「男女としてのセックスってしなかったんですか?」
 
「結局してないね」と私と政子は同時に言った。
「高校卒業してからは頻繁にHしてたけど、女の子同士としてのHだったもんね」
「へー」
「だからマリの物理的なバージンは今の彼氏にあげたんだよね」と私。「うん。精神的なバージンはケイにあげたけどね」と政子。
「ううう。そんな話、書きたくなっちゃう」と記者さん。
「じゃ、10年後の暴露本で」
 
その後、インタビューの内容は音楽論の方に進んでいき、影響を受けたアーティストや今尊敬しているアーティストなどを聞かれる。
 
「私は割と外国のアーティストの影響を受けています。ビートルズ、ビージーズ、クィーン、ベンチャーズ、カーペンターズ、バーブラ・ストライサンド、ダイアナ・ロス、ユーリズミックス、チック・コリア、ポール・モーリア・・・・」
「すみません。特に3人くらい挙げるなら?」
「うーん。ビートルズ、チック・コリア、ユーリズミックス」
「ケイのCDライブラリって凄まじいもんね。たぶん5000枚くらいはあるよね?」
「きゃー」
 
「一度目録作ろうとしたんだけどね。2000枚くらい登録したところで諦めた」
「それをちゃんと全部聴いてるのがケイの凄い所で」
「それは本当に凄いですね」
「うーん。無節操に買って聴いてるだけかも」
「FMで掛かった曲で、曲名を聞き漏らしたのをケイに訊くと、誰誰の何何って即答するんですよね。だからケイの頭の中には多分数万曲のデータベースが入ってます」
「それも凄い。でもそれだけ頭の中にあって、よくまた新しい曲を作れますよね?」
 
「音の組み合わせは膨大ですから。例えばひとつの音をドからシまでの12音で2分音符、4分音符、8分音符、16分音符の4種類で考えたとしても48種類ありますよね。これを8個並べただけで、48の8乗で・・・・、はい、マリ?」
「え?48の8乗? 28兆1792億8042万9056」
「ほら、こんなにある。事実上無限ですよ。人が一生掛けても作れない」
「ちょっと待って。今、どうやって計算したの?」
 
「マリって、こういうの得意なんです。考えなくてもパッと分かっちゃうらしい。マリ、1971年の7月1日は何曜日?」
「え? 木曜日だよ」
「ほら、こういう子なんです。私はマリのことを『歩く電卓』と呼んでます」
「どういう計算したら、そんなの答えが出せるの?」
 
「うーん。何も計算してないですよ。この辺から答えが出てくるんです」
と政子は頭の斜め上前方を指さす。
「すごい」
「でもマリは算数・数学の成績悪かったんです。答えが出せても、式が書けないから」
「あぁ・・・・」と記者さんは、初めて納得したように頷いた。
 
「これ、記事に書いていい?」
「いいですよ」
「ごめん、さっきの48の8乗と、曜日計算の、もう一度数字教えて」
と言って記者さんは数字をメモに書いていた。
 
「最近の歌手で気になっている人は?」
「テイラー・スイフト、アデル、ルーマーあたりかな」
「なるほど。基本的にポップス系なんですね!」
「はい。そうです」
 
「国内のアーティストで尊敬している人とかいますか?」
「やはり椎名林檎さんかなあ」
「ユーミンも好きって言ってるじゃん」と政子。
「松任谷由実さんは、もう別格。神様みたいな人です」
と私は言い切った。
 

雑誌の取材が終わってから、待っていてくれた両親・姉と落ち合い、お茶を飲みながら、1時間ほどおしゃべりをした。あらためて写真を撮る。政子は会場前で撮った写真とあわせて、自分の母にメールで送っていた。
 
夕方、駅で別れる。私は正望の所、政子も彼氏の所へ向かった。私は母から正望のお母さんへと和菓子をことづかった。
 
電車で横浜方面に向かう。途中の乗換駅で正望にメールを入れたら、駅に車で迎えに来てくれたので、一緒に彼の実家に入った。
 
「明けましておめでとうございます。お正月の挨拶がすっかり遅れちゃって」
と正望のお母さんに挨拶する。
「明けましておめでとうございます。わあ!素敵な振袖。成人式おめでとう」
 
「ありがとうございます。モッチーも成人式おめでとう。さっきも言ったけど」
「ありがとう。さっきも聞いたけど」
「でも、ほんとに豪華な振袖!」
「こんな高い振袖着るのは気が進まなかったんですけどね。これだけ曲が売れてるんだから、安いの着るのは許されない、とか言われちゃって」
「たいへんね。お仕事もたいへんだったんでしょ?」
 
「そうなんです。あ、これ、うちの母からことづかりました」
と言って、和菓子の箱を渡す。
「わあ、ありがとう!」
 
「年末は東京で年越しライブ、1日は大阪で年明けライブ、2日の夕方東京に戻ってきて、3日から6日まで、あちこちに挨拶回りしたり、逆に自分のマンションで、挨拶回りの人たちが来るのを待ったり、その間にFM番組の生放送と収録もして、昨日は朝からずっと収録やって、その後ライブに出て。今、レコーディングも進行中ですし」
「恐ろしいわね」
 
「12月は結局10日にマキさんの結婚式で会ったのと19日にお昼を一緒に食べただけだったもんね」
「うん。マキの結婚式の後、キャンペーンで全国飛び回って。戻って来てから関東近辺のライブハウスにたくさん出て。レコーディングもアルバムとシングルとやったし。あと、ラジオ番組の企画もしてたし」
「凄い」
「モッチー、私との関係見直すなら今の内だからね」
「見直さない、見直さない」
 
あらためて、お屠蘇をいただいて、お雑煮も食べた。
「おせちの準備とか、全然お手伝いできなくてごめんなさい」
「ううん、気にしないで。お仕事忙しいんだもん」
「でも、お雑煮美味しい。黒豆も美味しいし。私このくらいの甘さが好きです」
「良かった。お口に合ったみたいで」
 
「明日はゆっくりできるのかしら?」
「ごめんなさい。お昼から仕事です。このあとも15日まではレコーディング・スタジオに籠もりっきりになります。下旬もとりあえず予定表が埋まってます」
と言って、私は自分のスケジュール帳をお母さんに見せた。
 
「きゃー。何か真っ黒! でも綺麗な字で書いてあるなあ」
「フーコ、書道5段だもんね」
「毛筆のだけどね。ペン習字の方はしてないんだよね」
「凄いなあ。私は字が下手だから。手紙とか、いつも正望に代筆させてるもん」
 
その日はもちろん正望と一緒に寝たが、正望とHするのはエンゲージリングを買ってもらった11月中旬以来1ヶ月半ぶりだったので、彼がかなり飢えていた感じで、その日はかなり遅い時間まで愛し合っていた。
 

翌日、せめて少しだけでも正望の「彼女」としての存在を見せておかなきゃというので、私は朝早く起きて、朝御飯を作るのでお母さんの手伝いをした。
 
「ああ、なんかこんなことしてると、私幸せ」とお母さんから言われる。
「来れる時はできるだけ来るようにしますからね」
「うん。でもお仕事と大学の勉強とが優先だから、無理しないでね」
「ありがとうございます」
 
正望がなかなか起きて来ない(昨夜頑張ってたからダウンしてるなと思った)ので、結局お母さんと2人で朝御飯を食べたあと、昨日自分の母から渡されたお菓子を開封し、お茶を入れてお菓子を摘みながら、おしゃべりをしていた。正望は結局10時半頃起きてきて、朝昼兼用の御飯をみんなで食べた。
 
正望に都心まで車で送ってもらい、事務所に入った。誰も来ていなかったが、たまっている書類を片付けてから、しなければならない編曲は取り敢えず放置して、ドアに鍵を掛け、少し仮眠室で寝た。起きたら4時で、政子が来ていた。
 
「おはよう。眠れた?」と政子に聞く。
「けっこう寝たよ。直哉がお餅どっさり用意してくれてたから、ふたりで1kg入りの袋4つ空けて、けっこう満足」
「よかったね。やっぱり政子の本音の食事量を分かってる男の子でないと付き合えないよね」
「うん。冬は眠れた?」
 
「実は2時間しか寝てなかったから、今少し仮眠してた」
「わあ。大丈夫?」
「うん。眠くなったらまた少し仮眠するから。溜まってる編曲をやっておかないといけないし。でもそしたら、マーサは大丈夫?」
 
「私はHの途中で眠くなったから、『好きにしていいから私眠るね』と言って眠っちゃうからね」
「相変わらず、男の子に対してドライだなあ」
「冬もきつかったら眠ればいいのに。彼氏なんだから、そういうところで遠慮しなくていいじゃん」
 
「でも一緒に寝たの1ヶ月半ぶりだったからね、少しサービスしてあげなくちゃいけないかなと思って」
「自分の身が大事だよ」
「そうだけどね」
「まあ、何にでも頑張るのが冬のいいところだろうけどね。冬が倒れたら、青くなる人が、たくさんいることも忘れないでね」
「うん、ありがとう。そういうの言ってくれるのマーサだけ」
と言って私は政子の唇にキスした。
 
ドアが開いたが、私たちは別にキスをやめなかった。
 
「コホン」という声がする。私たちはようやく唇を離した。
「あ、えっと、おふたりさん。お熱いのはいいけど、人が来たら中断しようか?」
「美智子だから大丈夫かなと思って」
「私も」
 
美智子が来たので、今年のローズクォーツ・ローズ+リリーの活動方針について3人でいろいろ話し合っていた。1時間ほど話していた時「失礼します」という声がして、花見が入ってきた。
 
「いらっしゃい」と私は笑顔で迎えた。花見は日曜日に出した新聞広告に反応して実家に連絡し、昨日無事東京に帰還したのであった。昨日、正望の家にいたところにお母さんから電話があって、仕事も先月まで勤めていた会社に再雇用してもらえることになったことまで聞いたので、今日にでもうちの事務所に出てきてくれるよう、お母さんに伝言しておいたのである。
 
政子は花見の顔を見るとぷいと給湯室の方に行ってしまった。私と美智子は顔を見合わせたが、美智子が「政子ちゃん。応接室にお茶持ってきてくれる?」と声を掛ける。
 
そして私と美智子は花見を促して、応接室に入った。
 
花見は土下座して「軽率なことして申し訳ありませんでした」と謝った。私は花見に椅子に座るように促し、あの事件以降の花見の足取りについて、自分が先月聞いていた範囲のことを話ながら、花見にもいろいろ話すように促していく。美智子は黙ってその話を聞いていた。
 
「まあ、黒服の男って、君が『追われているかも知れない』って、思っていたから見てしまった幻影なんじゃないの?」
「そうでしょうか・・・・でも、本当に申し訳ありませんでした」
「まあ、あなたが謝罪に来たという事実だけは受け止めてあげる。許すわけじゃないけどね」
 
そこに政子が入ってきた。お茶を3つお盆に並べている。ああ、お茶を置いたら自分は出て行くつもりかとこの時、私は思った。
 
まず美智子の前にお茶を出す。それから私の前に置き、最後のお茶を手に取った。そして、それを花見の頭の上で静かに傾けると、花見に熱いお茶を掛けた。「あちち!」とさすがに花見が熱がる。「政子ちゃん!」とさすがに美智子が叱る。
 
しかし政子はポーカーフェイスで「失礼しました」と言って部屋から出て行った。「ごめんなさいね」と美智子が花見に謝る。
 
「いや、いいです。政子のああいうのには慣れてますから」と花見は言った。この2人、こんな感じで3年間付き合い続けたんだろうなと私は思った。花見さんって、けっこう我慢強くて、寛容なのではなかろうかという気もした。
 
私が応接室を出て政子の所に行くと政子は
「まあ、謝りにきたことだけは評価してあげる」
などと言っていた。この言葉は後で電話して、花見のお母さんに伝えてあげた。
 
花見さんが深くお辞儀をして帰って行く。それを見送ってから美智子が言った。「冬、あんた花見君の賠償金、肩代わりしてあげるんだって?」と美智子。
「うん。先方が今結婚を考えているらしいんだよ。古い事件のこと、もう忘れたいからって、言ってきたらしくて」
「冬、人が良すぎるよ、それ」と政子。
「ちゃんと公正証書で借用証書作ってもらうよ。もし滞納したら即強制執行できる」
「それにしても・・・・」と美智子。
 
「だいたい、啓介のことでは、冬がいちばん怒るべきなのに」と政子。「私もそう思う。そのお陰で、冬はとんでもないことになったのに」と美智子。
「いちばん大変だったのは美智子でしょ? 連日テレビでたたかれて、会社も首になって」と私。
 
「テレビで叩かれるのは私は気にしないし、おかげで半年くらいゆっくり休めたからね。退職金はたくさんもらったし、あなたたちのCDが売れ続けてたから、印税で日々の生活には困らなかったし」と美智子。
 
『その時』および『甘い蜜』の印税は、作詞者・作曲者・編曲者が著作者印税を3等分する契約になっていたのである。ふつう編曲者は音源制作の時に編曲料をもらい、印税は作詞家と作曲家で等分する方式が多いのだが、△△社で作るCDは編曲者も含めて3等分する方式が多かったので、なんとなくこの2つのCDもそういう契約にしていたのが謹慎中の美智子の生活を支えたし、事務所設立の原資にもなった。
 
「冬の方こそ、自分の性別のこと、いきなり全国に報道されたんだもん。もっと怒っていいよ」と美智子。
 
「うーん。私って、あまり人に怒ったりしないたちだから」
と私は笑って答えた。
 

翌11日は朝からスタジオに入り、私と政子の歌を吹き込んだ。この日は楽器の方は録らないので、スタジオには美智子とマキだけが出て来ていた。
 
前日までに楽器演奏部分についてはアルバム収録予定曲の全ての演奏ができあがっていたので、その日ふたりの歌を入れて、基本的には完成だった。吹き込みは朝から作業をしていたが、昼間2時間ほど、私と政子だけスタジオを抜け出して、その日発売になる、アニメの主題歌の発売記念イベントに出席してきた。
 
私と政子が歌うのは来月から放送される人気アニメシリーズの新シリーズのエンディングで、オープニングを歌う AYA と一緒に会見をし、発売イベントということで特別に、3人のサインをまとめて書き込んだ、この日限りの限定サインをした。色紙の上にAYA, 左下にRose, 右下にLily, 色紙中央に + と書いたものである。(この特別サインはこの後はゴールデンウィークと夏休みに遊園地でも書いたが、かなりのレアものであるのは確実)
 
最初はこのイベントで歌う予定だったのだが、政子は人前では歌わないと言うし、それではAYAと私で歌う?という案も出たのだが、私がマリ以外とは一緒に歌わないというので、最後はAYAさんだけ歌う?という所まで行ったものの、ローズ+リリーが歌わないなら私も歌わないとAYAが言ったので、結局生歌は無しになってしまった。
 
イベントの後、またスタジオに舞い戻り、録音の続きをする。
 
録音の予定は15日までになっていたが、その日の夕方までに私たちのボーカルパートも収録し終わり、明日美智子がひととおり再度ミクシングしてみて、問題が出て来たら、みんなに声を掛けるということにして、その日は夕方でいったん上がることにした。
 

私たちが夕方、楽器などを片付けて帰ろうとしていたら、町添さんから電話が入った。
 
「ケイちゃんからもらった音源ね、制作部門のみんなで聴いてみたんだけどね、これぜひ販売したいという意見が圧倒的」
「えー!?」
「それで、打ち合わせしたいんだけど、今からいい?」
「はい、お伺いします」
 
マキは帰ることにし、私と政子と美智子の3人で★★レコードに出かけた。
 
町添部長、加藤課長、南さん、それにもうひとり女性の社員が待っていた。会議室に入る。まずは音源を聴いてみましょうということで流しながら、仕出しで取ってもらった豪華なお弁当を頂いた。
 
「お正月だし、僕のおごりね」と町添部長が言う。
「わあ、ありがとうございます。美味しそう!」と政子。
こういう時、ストレートな表現ができる政子というのは、便利な存在である。
 
「それと紹介しておきます。こちらは氷川君」
と女性社員を紹介する。
 
「よろしくお願いします。ローズ+リリーのケイです」
「氷川真友子です。私、中学の時陸上部で、うちの学校の選手が駅伝でケイさんに抜かれたのを見てたんですよね」
「わぁ、そんな古い時代のを見られてたなんて」
「その時、私てっきり女子の選手に抜かれたから関係無いと思ってたんです。男子と女子と同時進行で大会やってたし」
「ええ」
「でもよく見たら男子のゼッケン付けてるじゃないですか? あれ?っと思って。女子は男子のチームに参加してもいいから、人数の都合でそうしたのかな、と思ったけど、選手名簿みたら、そのゼッケン番号の選手、男の子の名前だったし、えー?っと思ったのが、凄く印象に残ってて」
「あはは・・・」
「へー、その頃から、ケイって女の子に見えちゃう子だったのか?」
と政子がニヤニヤしながら言う。
 
氷川さんはあらためて政子の方に向かい挨拶を交わした。
「こちらもよろしく。ローズ+リリーのマリです」
「こんばんは。そうそう。私、マリさんと同じ小学校に行ってたんですよ」
「あら」
「学年は違ってたけど、マリさん凄くインパクトのある子で記憶が鮮明で」
「何を覚えられてるのかな」と政子が頭を掻いている。
「私は途中で市内の別の学校に転校したんですけど、成人式はマリさんたちと同じ所であげたんですよね。2年前ですけど。一昨日テレビ見てたら見覚えのある場所で、おふたりが映ってたのでびっくり」
「もしかして、まだ大学生ですか?」
「はい。この3月に卒業予定です」
「わあ」
 
最後に美智子と挨拶を交わす。
「よろしくお願いします。ローズ+リリーの事務所社長の須藤です」
「こんばんは。はらちえみさんですよね? 私の母がファンだったんです」
「なんと!まさか、サンデーシスターズの?」
「出演する番組毎回見てたそうです。はらちえみさんとか、みやえいこさんとか好きだったって」
「自分のファンに出会ったのは、5-6年ぶりだ」と美智子は照れている。
 
「まあ、そういうわけで、彼女は現時点ではバイトで、4月から正社員になるのですが、ローズ+リリーに何かと縁があるようなので、4月から、ローズ+リリー、ローズクォーツ、スリファーズの3つの専任でやってもらうことにしました。当面は南君のサブということで動いてもらいます」と加藤課長。「あら、担当交代なんですね?」と美智子。
 
南がその点について説明する。
「今ケイさんたちを入れて15組のアーティストを見ているのですが、最近XANFUSの方がかなり忙しくなってきていて、それにローズ+リリーもいよいよ本格的に稼働しはじめてきた感じで、これは両方はできないということで、どちらかを他の人に引き継いでもらおうかという話をしていた所に、彼女が入ってきたので。まだ新人で至らないところもあるかと思いますが、一応4月以降も私も彼女のバックアップとして、ケイさんたちの担当自体は続けさせてもらいますので」
 
「分かりました。よろしくお願いします」と言って、私たちはあらためて氷川さんと握手を交わした。
 
音源を聴きながら、いろいろ制作部の人たちから出て来た意見というのを聴いた。
 
「基本的に、凄くよくできてる、という声が多かったです」と加藤課長。
「ひとつひとつの曲のアレンジがプロ級で、また曲順が絶妙なんですよね」
と南さん。
「ベストアルバム作った時に、受験勉強中のケイちゃんに半分くらいの曲の編曲をしてもらったけど、あの時もうまいなあと思ったけど、もともと上手かったのね」と部長。
 
「普通ならこのまま発売してもいいくらいですし、ほんと打ち込み伴奏で売り出してしまう歌手も多いんですけどね」と南さん。
「でも、かなりセールス見込めるから、伴奏は生のに差し替えようかと」
 
「歌に関しては、ケイちゃんの歌もマリちゃんの歌も、特にBefore 0 では確かに歌唱力としては今の2人に比べると低いんだけど『一所懸命歌っている感じがいいね』という意見でね」と町添さん。
「それでも、アイドル歌手なんかよりは、ずっと上手いですし」と南さん。「心に響いてくるものがあるんですよね」と氷川さん。
「あ、今流れ出した、この曲好き!」と彼女が言ったのは『A Young Maiden』だ。「私、この歌を聴くと、涙が出ちゃうんです」と言う氷川さんは、本当に目に涙を浮かべている。
 
「この曲、制作部門の他の女性にも聴いてもらったんですが、みんな泣いちゃうって言うの。特に若い子にそういう意見多い」と町添さん。
「私も良い曲だと思ったけど、女性の心を特に強く揺り動かすみたいね」と加藤さん。
 
「ね、ここだけの話、マリちゃん、これ書いた時、もしかして妊娠してたりしないよね?」と町添さん。
「そう思われそうだよね、と言いながらこの曲作ったね」と私は言った。「だっけ?」と政子。
「私、曲作ると、すぐ忘れるからなあ」と政子は頭を掻いている。
 
「この曲は『JUNO』って映画を見た直後に書いたんです。高校生の女の子が不用意に妊娠して赤ちゃん産んでしまう映画なんです」と私は説明する。「ああ!あの映画だったの?」と氷川さんが納得するように言った。
「へー。僕はその映画知らないけど、自分と同い年の子が出産する映画を見て、感応しちゃったのね?」と町添さん。
「ええ、そうなんです。私もマリも映画の中の登場人物に自分がなりきったような感覚になって、没入して映画を見るたちなので」
「なるほど」と加藤さんが頷いている。
 
「これ、このローズ+リリー以前の方のアルバムの中核曲にしたい感じだね」
と町添さんは言った。
「でも映画を見て書いた曲だってのは、ライナーノートに書いておこう。でないと、絶対誤解するファンが出るよ、これ」と南さん。
「ですね」
 
そんなやりとりもしながら、お弁当をゆっくり食べているうちに、音源の演奏は全部終わった。再度掛けながら、氷川さんがお弁当のからを片付け、みんなにコーヒーを入れた。
 
「一応、この2つの音源に仮に名前を付けまして、マリちゃん・ケイちゃんが高2の時に吹き込んだ方のを Before 0 year, 高3の時に吹き込んだ方のをAfter 1 year ということで」
「なるほど」
「この2つの発売順序なのですが、Before 0 year, After 1 year の順に発売した方がいいのではという意見が多数でした」
 
「それはそうですよね。あるいは同時発売か」
「同時発売も考えたんだけどね。これを買ってくれる層が中高生だと思うのよ」
「あぁ。。。」
 
「僕も最初は、これってローズ+リリーのコアなファンが古い歌唱の資料としてコレクターズアイテムとして買ってくれるかな、と思ったのだけど、そうではないという意見が若い人たちから出てね」と町添さん。
 
「私もその会議に出させて頂いて、それ主張したのですが」と氷川さん。
「これって、全部中高生の女の子の今の心情をそのまま歌っていると思うんです」
「確かに」
「だから実際に買ってくれるのは大半が中高生という気がするんですよね。配信限定でというお話もありましたが、むしろCDで出した方がいいのではないかと。若い人たちはCDをよく買ってるから。むろん配信でも流したいですが」
 
「確かに今CDというメディアで買っているのは中高生が多いんだよね。嵐とかAKBとかのCDを買いに、CDショップに実際に足を運んでいるしね」
「それで中高生のお小遣いのことを考えたら、一緒に出すのは酷なので、せめて1ヶ月は間を空けようと」
「そして、ローズ+リリーのレギュラーなアルバムの発売とも時間をずらすんですね」
「そうそう」
 
「ということは、春頃発売すればいいのかな?」
「うん。夏には『After 4 years』を出す予定だからね。3月の発売を考えて動いていきましょう。3月の初めにBefore 0 year, 4月の連休前に After 1 year. 連休の後だと、お小遣いを使い果たしているから連休前に出すのは必須ね」
「ええ」
「4月の頭にはローズクォーツのシングル発売が予定されているから、それからできるだけ離したいのもあるしね」
 
「最近、発売日と音源制作の日程をスケジューリングしていくのがパズルみたいに感じ始めました」と私は言う。
 
「ケイちゃんのスケジュールが、かなり恐ろしいことになってきているもんね」
と南さん。
「なんかキャンペーンとかライブツアーで移動している最中にピンポイントで東京往復なんてのが、けっこう入ってるんですよね。昨年はANAのブロンズでしたけど、今年はプラチナ行くかもという気がしてます」
「ああ、行くだろうね」
「私、荷物持ちやってあげるよ」と政子。
「ありがとう。ついでにステージで一緒に歌わない?」
「うーん。来年くらいなら少しはいいかなあ・・・」
「ほほぉ」と町添さんが、楽しそうな顔をした。
 
その日の話し合いの結果、Before 0 year, After 1 year の音源に関しては、ボーカル部分は当然そのままにして、伴奏部分をローズクォーツにあらためて演奏してもらい、リミックスして発売用の音源をあらためて作るということになった。その制作作業を1月下旬にすることになり(つまり今やっている音源制作が完了したら、そのままシームレスに、このアルバムの音源制作に入る)、私は、急遽そこに収録されている曲のバンドスコアを調整することにした。
 

その日遅く、自宅マンションに一緒に戻り、お風呂に入ってから、私たちはたっぷりと愛し合った。
 
「でも氷川さん、面白いこと言ってたね」と政子。
「ん?」
「私たちのペアでの曲作りって贅沢だって」
「ああ」
「マリの歌詞に並みの作曲家が曲を付けても、そこそこ売れると思う。ケイの曲に並みの作詞家が歌詞を付けても、そこそこ売れると思う。そういうふたりが一緒に曲を作っているのは、最高級の食材を名人級のコックさんが調理しているようなものだって」
 
「食べ物に関するたとえは、反応がいいね」
「ねぇ。今度、そういうの食べてみたい」
「政子は量あればいいのでは?」
「うん。基本的にはそうだけど」
 
「でも、それでマリ&ケイの曲は、歌詞に惚れ込んでいるファンと、曲に惚れ込んでいるファンがいるって言ってたね」
「うんうん。それも面白い指摘だと思った」
「歌を聴いている時に、主に詩を聞いてて曲はあまり聴いてないタイプと、主に曲を聴いてて詩はあまり聞いてないタイプって確かにいるもんね」
 
「仁恵は曲を聴いてるタイプ、琴絵は詩を聞いてるタイプだよね」
「あ、そうそう。あの2人でたとえると分かり易い」
 
「あと、ふつうのソングライトペアって、作詞者が書いた詩を包み込むように曲が作られていることが多いのに、ケイの曲はマリの詩を野放しにしてるって言ってた」
「うん。それは長谷川さんにも似たようなこと言われたことあったね。こういう詩を野放しにするタイプって同性のソングライトペアでたまに見るから、やはりおふたりは女性同士の感覚なんでしょうね、とかも言ってたね」
 
「青葉も言ってたんだよね。私たちの曲って、マリの突き抜けたソウルとケイのピュアなトーンが、縦糸と横糸のように織り上げられているって」
「ああ、それはうまい表現だね。私、自分の詩に冬が曲を付けてくれると、自分が言葉で表現しきれなかった部分を曲で表現してもらって、自分の心が完全解放されるような感覚になるのよね」
 
「たぶん、マーサの詩が縦糸で、私の曲が横糸なんだろうけど、横糸が支えてるから、縦糸はまっすぐ伸びたまま存在できる。私はマーサの才能を支えていく存在なんだと思う」
「でも模様を紡ぎ出すのは横糸だからね。冬がいるから私は表現ができる。ずっと支えててね」
「私が生きてる内は支えてるし、死んでも守護霊になって支えてあげる」
「約束」
 
政子は私にキスした。私たちはまたベッドに倒れ込んで愛し合った。
 
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【夏の日の想い出・ふたりの成人式】(2)