【夏の日の想い出・ふたりの成人式】(上)

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高校2年の12月に、私が女装して歌手をしていたことが、いきなり写真週刊誌で全国に報道された時、私が歌手をしていたなんて知らなかった母と姉にも驚愕されたが、私に女装の習慣があること自体知らなかった父との間にはメガトン級の爆弾でも炸裂したかのような衝撃が発生した感じであった。
 
父とはその時、主として姉の仲介でいろいろ話し合い、高校卒業までは歌手活動を控えるということ、当面の間は親の許可無くスカート姿で外出しない、などということを約束するに至るのだが、その後、お互いにかなり気まずくなってしまい、高3の頃は父とはほとんど会話が成立しない状態になっていた。
 
大学に入り独立してからも4月までは実家にエレクトーンを置いていたので毎日実家に行ってはいたが、夕方は父が帰宅するより前に私が政子の家に「帰宅」
して夕飯を作りそのまま泊まる、という生活になっていたので、「入れ替わり」
の状態になって、結局父とは顔を合わせる機会が無かった。それで独立後9ヶ月がたち、お正月になって母から「一度こちらにおいで」と言われるまで、全然父とは会わなかった。そして、お正月に実家に戻ってみても、結局一度も父と言葉を交わさないままであった。
 
大学1年の年末年始は、年越しライブ・年明けライブをしていたので、実家に戻ったのは1月2日の午前10時くらいであった。お正月だしということで、懇意にしている美容師さんに髪のセットと振袖(年始回り用に誂えたものとは別の普及品)の着付けをしてもらって実家を訪れたが、母や姉が「おお、可愛い」
などと言って歓迎してくれたのに対して父はこちらが「お父ちゃんただいま」
と言っても、チラッとこちらを見ただけで、横を向いてしまった。
 
1日遅れのお屠蘇を頂き、雑煮やおせちなどももらって食べたが、父はPRESIDENTを見ている(というか、ただ目をやっているだけに見えた)、私と母と姉の会話には全然入って来なかった。みんなで初詣に行こうという話になっても、父は一言「俺は留守番してる」と言っただけであった。
 

結局、母と姉と3人で初詣に出ることにした。折角私が振袖を着ているからということで、姉も行きつけの美容室(2日から営業していた)に行って振袖の着付けをしてもらい、母は自分で付下げの着物を着て、午後3時すぎに地元の神社を訪れた。デジカメのセルフタイマーを使って3人並んでいる写真を撮った。
 
「お父ちゃんと全然話ができないや」と私が言うと
「でも、お父ちゃん、ちゃんとローズクォーツのCD、2枚とも買ってるから。よく聴いてるみたいよ」などと姉が言う。
「ローズ+リリーの曲も聴きたいって言われたから、お前から直接もらった『恋座流星群』も含めてCDからリッピングしてMP3プレイヤーに入れて渡したよ。通勤の時とかに聴いてるみたい」と母。
「わあ。。。」
「結構、お父ちゃん、冬のこと認めてくれてる感じよ」と姉。
「その内、話せるようになるかなあ」
 
「父親なんて、元々そんなものじゃないの? 私だって、お父ちゃんとは、あまり会話してないよ」と姉。
「照れくさいだけよ」と母も言う。
「それに、以前は息子と思ってて気軽に話していたのが、娘かもという意識になって、逆に話しづらくなっちゃったのかもね」と母。
「あ、それもあると思うよ。会話できなくても気にしないことよ」と姉も言う。
 
「でも可愛い振袖ね。これ?9月に作ったって言ってたのは?」と姉。
「あれは7日に仕事で挨拶回りに行く時に着る。これはヤフオクで落とした普段着用。なんと5万円」
「安!」
「挨拶まわりで着る振袖はその時に記者とかに写真撮られるだろうから、それ以前にその振袖着た写真とかが出回ったりすると困ると言われてるから、7日までは着て出歩けないのよね。7日すぎたら見せるね。それか、うちのマンションに来てもらえたら見せられるけど」
「ああ、1度、向こうにも行ってみたいね」
 
「でも私去年のお正月で振袖は着納めにしたかったのに、結局今年も着てるわ」と姉。
「明弘さんとは残念だったね」
「まあ、3年付き合って結婚の話が出なかったってのは、結局縁が無かったのよ」
「次は交際開始1ヶ月で結婚目指そうよ」
「ああ。電撃結婚とかがいいよね」
 
「そういえば、冬、お前、成人式も振袖着るの?」と母。
「もちろん」
「その誂えた振袖を着るの?」
 
「それがさ、来年の年始ではまた別の振袖作ってね、と言われてるんだよね。毎年同じ服着て行くわけにはいかないって。だから成人式も、その新たに作る振袖を使うかも」
 
「たいへんね。今年作った振袖も、けっこうしたんじゃないの?」
「うん。140万。加賀友禅だよ」
「凄い。やっぱり、それ見せて」と姉。
 
「来年用の振袖はいつ作るの?」
「うん。去年頼んだのが9月だったから、またその頃かな、なんて思ってるんだけどね」
「よく9月に頼んで、今の時期に間に合ったね」
「え?そういうもんじゃないの?」
 
「ふつうは1年前に頼むよ。最近は早い人だと1年半前に頼むみたいね」
「あ、そうだったんだ?」
「萌依の成人式の時の振袖だって1年前に頼んだよ」
 
「あ、それでか!実は呉服屋さんから、成人式用振袖の内覧会を1月4日にしますから、ぜひいらしてください、なんて手紙が来てたんだよね。まだ早すぎるだろうと思って放置してた」
「あら、取り敢えず見に行ってもいいんじゃない?」
「そうだね。じゃ、お母ちゃん、お姉ちゃん、良かったら一緒に見に行かない?」
 
「1月4日なら、私も行けるよ」と姉。
「あら、いいわね。じゃ、一緒に3人で見に行きましょう」と母。
 

美智子に連絡すると、自分もそろそろ来年の振袖作ってねと言おうと思ってたということで、「今年のに見劣りしない程度のは頼んでね」ということだけ言われたので、結局1月4日に、母と姉と一緒に、いったん私のマンションまで来てもらって、今年の振袖を見てもらった後で、呉服屋さんに回ることにした。
 
私が和箪笥から振袖を出してくると、母も姉も「きゃー、凄い」と声を上げた。
 
「きれいだよね、これ」と私が言うと
「ほんと豪華。美しい」と姉。
「7日過ぎなら、お姉ちゃんに貸してもいいよ。1度着てみる?」
「うん。貸して。でもどこに着て行こう?」

(著者注)冬子が大学1,2年で着る振袖を整理すると
(1)2010年9月に頼んだ加賀友禅 140万円
(2)2010年12月に会社で買った既製品の振袖.ステージ用 50万円
(3)2010年12月に個人でヤフオクで落とした振袖.普段着用 5万円(実家に着て行く)
(4)2011年1月に母と一緒に見て頼んだ加賀友禅 120万円 (梓に無償貸与)
(5)2011年8月に慌てて頼んだ加賀友禅 300万円
となる。

マンションでお茶を飲んで一休みしてから、呉服屋さんに向かう。
 
呉服屋さんは、振袖を頼んだ時と受け取った時の2度しか行ってないのに、お店に入っていくなり、「唐本さま、いらっしゃいませ」と、入口の所にいた女性から言われた。凄い、さすが客商売!と私は感心する。
 
「まずは自由にいろいろ見てくださいね」と言われるので店内に展示してある生地を見て回る。その日は内覧会というだけのことはあり、かなり良い品ばかり出ているようであった。値段がセット価格で全ての品に提示してあるので、見るほうもその分気楽に見れる気がした。価格表示の無い品物はどうしても緊張する。それでも母は価格の札を見て「きゃー」などといって首を振っていた。
 
「でもこれ可愛いわね」「これも素敵」などと3人で見ていたら、番頭さんが寄ってきた。
「唐本さま、飛和工房の新作が入っていますが、ごらんになりませんか?」
という。
今年の年始回り用に昨年9月頼んで12月に受け取った振袖がその工房の作品だったのである。
 
「あ、見せて下さい」と言って3人で見に行く。私たちは店の奥の方に案内された。
 
番頭さんがいちばん奥の棚の真ん中付近の段から1つの生地を取り出す。それを見て「きゃー、きれい」と母が換声をあげる。
 
私は笑って「凄いですね、これ。こんなの買える身分に早くなりたいです。これ、作家自身で描いた作品ですよね」と番頭さんに言った。番頭さんがニコニコとして頷いている。「そうです。よくおわかりですね」
 
「目の保養になりました。今年はまだ予算が無いので、工房作のものを見せていただけますか?」
というと、番頭さんは奥から2番目の棚の一番上の段から、他の生地を取り出して見せてくれる。
 
「これもきれいだね」
「これも素敵ですね。でもごめんなさい。予算120万くらいので無いですか?」
と私は言った。
「冬、この生地見ただけで、値段の見当が付くの?」と姉。
「最初に見せてもらったのはたぶん350万くらい。これは180万くらい」
と私が答えると
「さきほどのがセット価格340万、これは170万です。合わせる帯によっても少し変動しますが」と番頭さんが言う。
 
「親しくなった売れっ子歌手さんとか作曲家さんとかの家で、かなり良い物を見せてもらったので」と私は笑顔で答えた。
 
「それでは、そのご予算でしたら、このあたりなど如何ですか?」
と番頭さんは、今度は同じ棚の真ん中付近の段から生地を3種類取り出した。「私にはみんな『立派な友禅』に見えちゃう」と母。
 
「これ良いですね」と私は真ん中に置かれた生地を指さした。
「あ、私もそれ可愛いと思った」と姉。
「うん。可愛いわよね」と母も言うので、番頭さんがちょっとその生地を私の肩に掛けてみてくれた。
 
「ああ、似合いそう」と母。
「ちょっと可愛すぎるけどね」と姉。
 
「これ、好きです。お値段は・・・125万くらい?」と私。
「帯にもよりますが、標準的なセットで123万8000円に設定しています」
 
私たちは、帯も何種類か見せてもらい「これがいいかな」というのを選んだ。かなり良い帯だったので、セット価格125万8000円と言われたのだが、私が前金で現金で払うというと、番頭さんは「キリのいいところで120万円で結構です」
と言ったので、私はお礼を言ってその場で携帯を操作し120万円を呉服屋さんの口座に振り込んだ。
 

半年後、私は友人たちと仁恵の誕生日パーティーをしていた時、疲れからうとうととしていて、突然夢の中で『キュピパラ・ペポリカ』という意味不明の単語を聞き、それから着想を得て曲を書いたのだが、その場にいた政子がこの曲に意味不明の単語が並んだ不思議な歌詞を付けた。
 
不思議な曲だね、などと友人たちと話していた時、上島先生から『夏の日の想い出』
という曲を作ったので、すぐCD作っちゃおう、などという電話が掛かってきた。上島先生は直接★★レコードの町添部長に連絡し、突然のCD発売の話が決まってしまった。私たちはこの2つの曲と、震災の避難所巡りをしていた時に着想を得て書いた曲『聖少女』をトリプルA面で発売したところ、そのシングルがローズクォーツ初のミリオンヒットとなった(CDと配信の合計。以下同。10月末に達成)。
 
そしてこのシングルのミリオン到達に先立って、高校2年の時に発売されていた、ローズ+リリーの『甘い蜜/涙の影』も発売以来2年半掛けてのミリオンを達成した(9月末に達成)。
 
更には7月に発売したローズ+リリーの2年ぶりのアルバム『After 2 years』が8月末の時点でも40万枚売れていて、10月に次のアルバム『Long Vacation』を発売すると発表したら、いきなり予約が20万件も入るという事態で、この2枚のアルバムは、どちらもダブル・プラチナ(50万枚)を達成しそうに思われた。
 
そういう状況になりつつあった8月の下旬。私は「明日からアルバム(Long Vacation)の録音だね、頑張ろうね」などと政子と言いながら自宅マンションでふたりでイチャイチャしていたが、そこに美智子から電話が入った。ハンズフリーにして話す。
 
「冬、来年のお年始に使う振袖のことなんだけどね」と美智子。
「ああ、あれは1月に頼んでて、今月26日に納品できるって、こないだ連絡あったよ」
「ああ・・・・それ幾らのだったっけ?」
「125万だったけど」
「うーん。。。実はさ、さっき浦中さん(○○プロの部長)と話してたんだけど、これだけ売れてる状況だと、冬にも政子にも、かなり良い振袖着せて年始の挨拶回りさせなきゃね、ということになってさ」
「えっと・・・・125万クラスじゃダメってこと?もしかして」と私が訊くと「うん。ふたりとも300万クラスのを着て欲しいんだよね」と美智子は答えた。
 
「300万!?」と私。
「ちょっと待って。私もなの?」と政子。
 
「それって、自腹だよね」
「うん。申し訳ないけど。年始回りに使った後、ふたりとも成人式でそのまま使ってもいいし」
「なんか1年分の生活費って感じなんですけど。でも今頼んでるのも、もうすぐできあがるし・・・」
「そちらは悪いけど封印して。そのクラスの振袖を着て歩いている所を写真に撮られたりすると、あれだけ稼いでいても、この程度の振袖しか着れないのか?とか言われちゃうと困るんで」
「じゃ、今年のお正月に着た振袖も封印ですか?」
「あれは今年既に撮られてるから、問題無い。あと、時々着て歩いている普段着の振袖も、あくまで普段着ということで問題無い」
「はあ・・・」
 
「売れると売れたなりに、色々大変なのよ」
「確かに・・・こないだ私、サーティーワンでラブポーション食べてるところ盗撮されて写真週刊誌に載ったら、直後あちこちのサーティーワンでラブポーションが売り切れ続出したらしいし」と政子。
「私も先月女性週刊誌の取材の時に着てたローラアシュレイのワンピースが、その週刊誌が発売された週、いっせいに全国の店舗と通販で品切れになっちゃったのよね」と私。
 
「ふたりはそれだけ注目されているということよ。有名税ね」
「それで300万の振袖ということになるのね」
「そういうこと。悪いけど、よろしく。柄は、上品さのあるものならふたりに任せるから」
 

私はすぐに、お正月に振袖を注文した呉服屋さんに連絡を取った。300万クラスの高級振袖を、今から頼んで12月中に仕上がるかどうかを確認したのだが、既に生地ができあがっているものであれば、縫製だけなら充分間に合うと言われた。
 
そこで政子とふたりで見に行こうということにしたのだが、政子が「その振袖を成人式でも着ることになるなら、冬のお母さんと一緒に選んだら?」というので、母に連絡して、一緒に行くことにした。
 
呉服屋さんのある商店街の入口のところで10時に待ち合わせたのだが、母は上等な付下げを着てきていた。(私はサンローランのワンピース、政子はヴェルサーチのワンピースを着てきていた)
 
「お母さん、御無沙汰してます」
「政子ちゃん、こんにちは。何か格好いいワンピースね」
「お母さんのも上品な付下げですね」
 
「うん。なんか高い振袖買いに行くというから、安物は着て来れないと思ってこれ着て来たんだけど、私これ以上いい和服持ってないのよ。冬、親孝行プラス経済活性化への貢献で訪問着とか買って」
などと母は言っている。
「今度でいい?私も一度にはさすがにきつい」
「うん。お正月までにでも」
 
3人でお店の中に入っていった。この時期、駆け込みでお正月の振袖を注文しようという客も多いようで、お店は混んでいた。更には1年半後の成人式用に振袖を頼む人たちも結構いるようであった。私たちが店内に入ってきたのを見ると、予め電話していたこともあり、番頭さんが出て来て奥に案内してくれた。
 
「なんかVIPみたい」などと母が言う。
「いや、お母さん、実はVIPなんじゃないかって気がします」と政子。
 
「唐本様は上得意様ですよ。中田様も、ぜひこれを機会にごひいきに」と番頭さん。
 
「どのようなものがよろしいですか?加賀友禅、京友禅、取りそろえて御座いますが」と言いながら、番頭さんはいちばん奥の棚の上から3段目と4段目から1つずつ生地を取り出した。どちらも白基調のもので、京友禅と加賀友禅の上等な生地である。
 
「目の保養ありがとうございます。この生地はさすがに予算オーバーですけど、加賀友禅の方が好みみたいです」と政子は左の生地の方を指し示しながら言った。
「分かりました」
 
番頭さんはその生地をしまうと、今度は同じ並びの棚の真ん中付近からこちらを見ながら4つほど生地を取り出した。
 
「ではお伝えくださいましたご予算のクラスで。唐本さま、こちら2つはお正月にお求め頂いた飛和工房の作品で、飛龍先生ご自身で染めたものなのですが」
「きれいですね。こちらはお正月に見たのと似てる」
「はい、あれは売れてしまいましたが、だいたい同じ系統の作品です」
「私はやはりこの先生ので行こうかな」
 
「中田さま、この左側2つが今唐本様にも言いましたように、飛龍さんといいまして、40歳くらいの若い女性作家のものです。優しい絵柄が特徴ですね。真ん中のは伝統的な絵柄を重視している赤木先生のもの、右側のがやや現代的な絵柄の高山先生のものです」
「伝統的なのが好きかな」
「政子は、りりしい柄が似合いそうだもんね」
「うん。自分でもそう思う。冬はそういう優しい柄が似合うよ」
 
番頭さんは私の方には更に2つ飛龍作品を並べ、政子の方には赤木作品をもうひとつと、同様に伝統的な絵柄の宮村という人の作品、倉野という人の作品を並べた。私たちはそうやって20分ほど掛けて好みの生地を各々選んだ。私は飛龍さんの白基調の生地、政子は結局宮村さんの青基調の生地を選んだ。
 
このクラスになると、価格もけっこうアバウトな雰囲気であったが、私も政子も即金で払うと言うと、私のも政子のも帯(これもかなり上等な品)まで含めて300万円でよい、ということになり、私がふたり分まとめて携帯を操作して振り込んだ。(私と政子の口座間は手数料無しで移動できるので、あとで調整する)
 
「仕上がりはたぶん11月下旬くらいになるかと思います。また納期が分かりましたらご連絡致します」
「よろしくお願いします」
「ところで唐本さま、お正月にご依頼頂いておりました振袖はどうしましょうか?」
「はい、あれはあれで頂きますよ」
「ありがとうございます。そちらは今月26日に仕上がりますので」
「はい。その日は東京にいる予定なので取りに来ますね」
 
「ありがとうございます。そうそう唐本さま。ごひいきにしてくださいます御礼に、普段着用の訪問着か何かサービス致しましょうか?」と番頭さんが言うと「あ、私、訪問着欲しい!」と母が言った。
 

呉服屋さんを出てから、近くの甘味処に入って、私たちは氷あんみつを食べた。
 
「親孝行な娘のおかげで訪問着ゲットできて私幸せ」などと母が言っている。
「でもいい柄のがあって良かったね」
「でも、すっかり『娘』にしてもらえたのね」と政子。
「あら、娘の方が息子より、色々楽しみだしね」と母は笑顔で言っている。
「誕生日過ぎたら、戸籍の性別すぐ変更するんでしょ?」
「うん」
「書類提出する前に1度うちに来て、直接お父ちゃんにもその事言ってくれる?」
「うん、そのつもりでいるよ」
 
「でも、実際問題として1月に頼んだほうの振袖、どうすんの?」と政子。
「うーん。どうしようか? 政子も成人式用に既に振袖用意してなかったの?」
「ああ、面倒くさいから出席しないつもりだった」
「そうか。そういう選択肢もあったのか。私は振袖着て成人式に出たい!ってのが最初にあったからなあ」
「冬はそうだろうね。でも私も振袖頼んじゃったしなあ。仕方ない。成人式も行くか。冬の付き添いも兼ねて」と政子。
 
「あら?でも政子さん、冬と地区が違うのでは?」と母が訊くが
「あ、お母ちゃん。それが私、住民票を政子の家に置きっぱなしで」と私は答える。
「え?」
「去年車を買った時に、引越先のマンション探してる最中だったから取り敢えず車庫証明取るのに、私、住民票をいったん政子の家に置いて、政子の家のガレージで車庫証明作って車を受け取ったのよね」
「うん、その話は聞いた。で、マンション借りて、そちらに住民票を移したのよね?」
「それが、その後、無茶苦茶忙しくなっちゃったものだから、放置してて」
「えー?」
「だから、住民票の上では、私と政子ってずっと同居してることになってるのよね」
「私は別に構わないけどね」と政子。
「けっこう、同じ場所に住んでることになってた方が便利なことも多くて」
 
「あきれた。ちなみに戸籍は別よね?」
「別だよ」
「私は何ならひとつにしてもいいけど、今籍を入れちゃうと、冬は性別を変更できなくなっちゃうからね」と政子。
「籍を入れるって・・・・あなたたち、そういう関係なんだっけ?」
 
「違う違う。政子はちゃんとそのうち、彼氏作って結婚すると思うよ」
「私より先に冬の方が男の人の恋人作って結婚しそうな気がするな。そして子供2人くらい産んで」
「産めないよぉ」
「いや、冬なら分からない」
「だって子宮が無いのに」
「冬なら何とかしそうだもん。お母さん、きっと孫の顔は見れますよ」と政子。「あら、そうかしら。少し期待しておこうかな」と母。
「そんなの期待されても困る」と私。
 
「でも年始回りの方はどんな感じになるの?」と政子は話題を変える。
「年始回りは去年と似た感じだとすると、午前中に△△社、○○プロ、お昼くらいに★★レコードまで回ってから、その後、上島先生のところに行くと、ここでその先の予定が立たなくなる」
「あはは」
「何で?」と母が訊くと
「あの先生、話が長いんです。あそこ行くとしばしば徹夜になります」と政子が補足する。
「きゃー」
 

浮いてしまった振袖に関しては、なにしろあまり安くないシロモノなので扱いに苦慮した。被災地の人に寄付しようかなどというのも政子と話していたのだが、あげる相手の選び方が難しい。誰かお友達でもらってくれる人がいないかなあ、などと話したりもしていたものの、何人かに声を掛けてみると、みんな既に注文済み、あるいは入手済みということであった。
 
そんな時、MTF絡みの集まりでこの夏に知り合った工藤和実と、中学時代の友人である山吹若葉の共通の友人である盛岡出身の平田梓という子が、震災で振袖を頼んでいた呉服屋さんが潰れた上に、震災で壊れた実家の修理でお金が必要になり新たに振袖を買うのを諦めようかと思っている、などと言っていたので、これ幸いと押しつけることにした。
 
そんな高いのもらえませんと梓が言うので、取り敢えず無償レンタルということにしようとしたのだが、無償では申し訳無いと言うので、3万だけもらうことにして、その3万は被災地に寄付することにした。ところが、その振袖の写真を見た梓のお母さんが「3万じゃ申し訳無い。5万払う」と言い出したので、結局、梓と梓のお母さんから5万もらい、私と政子で5万だし、和実と若葉があわせて2万出して、12万を被災地に寄付するという話になった。
 
しかし、とにかくも120万で買ったほうの振袖も無駄にならずに済んで、私はほっとした。
 

 
震災とその復興作業、そしてずっと続く余震の中で2011年も暮れていった。
 
12月10日にはクォーツのリーダーであるマキが結婚式を挙げたが、この日、は実は某音楽賞の授賞式でもあり、ローズクォーツの『キュピパラ・ペポリカ』.ローズ+リリーの『Spell on You』が受賞したので、私と政子とサトの3人はマキの結婚式の二次会を欠席させてもらって、その授賞式に行ってきた。ローズクォーツの方を私とサトで賞状・記念品を受け取り、ローズ+リリーの方では、私と政子が受け取った。この賞はリクエストの回数をベースに贈られる賞なので1月に発表した『Spell on You』が入賞したのだがシングルカットされていない曲が入賞するのは異例であった。
 
そして私はその授賞式の翌日から、ローズクォーツの新曲『起承転決/いけない花嫁』のキャンペーンで全国を回った。ローズクォーツの曲のキャンペーンなので、ローズクォーツのメンバーで回りたかったところだが、マキが新婚ほやほやなので駆り出すのはさすがに可哀想ということで、私ひとりで行くことになっていたのだが、前日、音楽賞の授賞式が終わってから、政子が「付いて行こうかな」などと言いだし、臨時マネージャー役で帯同することになった。この旅は結果的にはローズ+リリーのライブ活動復帰へのステップになった感もあった。もっとも政子が再び人前で歌い始めるのは次の3月の旅からである。
 
私たちは18日の午前中に北海道から戻って来て午後関東近辺でキャンペーンをして今回の旅を終了。都内で2人で打ち上げをした。そのあと19,20日を休んで(といっても溜まっている編曲作業を自宅でやっていた)21日には翌年放映されるアニメのエンディングテーマをローズ+リリーで歌うことになったため、そのCDおよび放送音源の収録を行った。この21日は私たちが実質的にプロデュースしている ELFILIES というユニットの新曲発売日でもあったので、レコーディング・スタジオを途中1時間抜け出して、発売記念のイベントに2人で同席してきた。
 
年末はライブハウス関係への出演が多く、新婚のマキも遠慮無く使って関東・関西のライブハウスにローズクォーツで多数出演した。30日はまた大きな音楽賞があったが、歌手主体の賞なのでローズクォーツは対象外、またCDとしてリリースされたものを対象とする賞なので、CDを出さずに音源だけ有線放送などに配布などという変な売り方をしていた『神様お願い/Spell on You』も対象外、ということで自分のユニットは受賞していないのだが、2010年11月にデビューしたスリファーズが今年の新人賞をもらったので、その付添で政子と一緒に会場まで行った。
 
素直に嬉しそうにして他の新人賞受賞者といっしょに賞状を受け取ったスリファーズの3人と握手とハグをして、控え室に戻ろうとしていたら、主催者のテレビ局の取締役さんから声を掛けられた。
 
「ローズ+リリーも来年は辞退しませんよね? いい加減あなたたちに賞をあげたいんだけど」
などと言われる。
「すみませーん。『その時』も『甘い蜜』も辞退しちゃったから」
 
『その時』は発表直前のスキャンダルだったので辞退し、『甘い蜜』は活動休止中ということで辞退したのである。
 
「ここ2年はCDを発売せずに音源だけ発表するなんて不思議な売り方だったし」
「ええ。ちょっと色々事情がありまして」
 
昨年の審査対象になった筈の『恋座流星群/私にもいつか』、今年の審査対象になった筈の『Spell on You/神様お願い』はいづれも音源制作してCDはプレスしたものの、全国の放送局、有線放送、カラオケ各社にだけ配布して一般発売はしなかった。(ただし後にアルバムに収録して発売している)
 
「アルバムも60万枚も売るアルバムをわざわざ10月末に発売するなんて、まるでうちの賞を要らないと言ってるみたいな売り方だし」
「ごめんなさい。あれも様々な事情の複合であの時期の発売になりまして」
 
ここの賞の審査対象となる集計期間は前年11月から今年10月までである。だから7月に出したローズ+リリーのアルバム『After 2 years』は審査対象になったものの、10月末に出した『After 3 years』は今年の集計期間に20万枚,来年の集計期間に40万枚売れたことになり、枚数が分散してしまう。『After 2 years』
は次点だったと取締役さんは教えてくれた。
 
「『涙のピアス』は今週の速報値で累計100万枚を突破したし、『可愛くなろう』
も現在65万枚くらい。年明けから始まるアニメのテーマ曲にもなってるから更にセールスを伸ばして、たぶん80万枚か90万枚くらい行くだろうしね。来年は間違いなく、優秀作品賞。状況次第では大賞もあり得ますよ」
 
私たちはステージで歌うことはできないものの辞退はしませんから、よろしくお願いしますと言って取締役さんと握手して別れた。
 

東京での年越しライブ、大阪での年明けライブを終えて帰宅したのは1月2日の夕方であった。マンションの方に2人で行き、「Happy New Year!」と言って、キスをし、たっぷりと『姫始め』をした。
 
3日は朝から着付け士さんに来ていただいて、私も政子も例の豪華な振袖を着た。今年は結局このあと4日間、連続で振袖を着ることになる。午前中、ふたりで一緒に初詣に行った。現地で女性ファッション雑誌の記者さんに会って写真を撮られた。人混みが凄いので、ここでインタビューとかはせず、コメントは朝いちばんにメールで送ってある。
 
その後、美智子、マキ・タカ・サトと合流して上島先生の家に行った。上島先生の家の前で待ち構えていた雑誌記者さんに写真を撮られてから中に入り、先生夫妻に挨拶した。下川先生・雨宮さんなど、何人かの上島先生の親友や奥さんの方の友人数人も来ていたので、一緒に挨拶する。特に奥さんが現役時代に一番仲良しだった歌手の丸井ほのかさんはハイテンションで私たちをその少し豊かな肉体でぎゅっとハグというよりプレスされた。
 
今日の上島先生宅は「内輪の集まり」という感じで、私たちが行った時も身近なお友達だけという感じだったし、少し遅れてAYAが(ほのかさんから強烈にプレスされてHELP!と叫んだ)、更に少し遅れて○○プロの浦中さんが来た他は特に来訪者は無く、のんびりとした雰囲気で、おせちっぽいオードブルを摘みながら話をした。
 
本来は上島ファミリーや他の楽曲提供アーティストが挨拶回りに来るのは6日の金曜日から8日の日曜日に掛けてらしいのだが、私もAYAもスケジュールが詰まっているので、内輪で集まるこの日にお邪魔させてもらうことになったのである。それで先生はごく普通のトレーナーにジーンズだったし、奥さんもグッチのワンピースを着ていた。6日から8日までの「公式」の挨拶まわりの期間は毎日色留袖を着なきゃといって、茉莉花さんは私と政子・AYAの3人に特にその色留袖を見せてくれた。
 
「わあ、さすがに凄い色留袖ですね」と政子。
「去年見たのと違います」と私。
「そうそう。毎年同じの着ちゃダメって、響原さんから言われて」と茉莉花さん。「去年着たのはこっちね」と言って、箪笥から別の色留袖を出して見せてくれた。
 
「私も同じのじゃダメと言われてこの振袖なんだけど、ゆみちゃんもだよね」
「そうそう。毎年たまらないわ」とAYA。
「私はこんなの着るの今年が初めてだけど、当然来年はまた別の作らないといけないのね」と政子。
「なんか女って大変よね」と茉莉花さん。
「全く。こういう服は着る機会が少ないからコスパ悪いよね」と私が言うと
「まあ、冬はわざわざ女の子になった訳だけどね」
「別に振袖を着たいから女の子になった訳じゃないけど、こういうきれいな服を着れるのは女の子をする楽しみではあるんだよね。でもお金が掛かる」
「ほんと、ほんと」
 
「今日のおせちは奥さんの手作りですか?」
「うん。料理作るのは好きだからね。年末にすこし頑張って作ったのに、伊達巻きとか、生っぽいものは昨夜から今朝に掛けて追加した」
「すごーい」とAYA。
「おせち買ったりはしないんですね」と政子。
「**ホテル製のおせちも頼んでるんだけどね。6日,7日,8日の朝に持ってきてもらうことになってる」
「なるほど。公式の年始期間用なんだ」
「内輪の集まりは手料理よ」
「いいですね」
 
「私は作るの面倒だし、京都の友だちの小料理屋さんしてる人に頼んだ」とAYA。
「うちは黒豆とかきんとんとか、冬が年内に作って、栗きんとんとか海老の煮物とかは昨夜にまた作ってたね」
「私はあまり、おせちを買ってくるの好きじゃないから。自分で作りたいのよね」
「偉いなあ、奥さんも冬も」とAYAは言ってから
「あれ?冬と政って同棲してるんだっけ?」と訊く。
 
「うん。事実上ね。日によって、私の家にいる時と冬のマンションにいる時とあるけど」
「ふーん。。。。でもその手の話、最近はあまり否定しなくなったね」とAYAは楽しそうな顔で言った。
「冬が性別を変更して戸籍上結婚できない関係になったから、そのあたりも気楽になったよ」と政子は言う。
 

午前中で先生の家を退いた。AYAも一緒に先生の家を出た。AYAは午後からはラジオ番組の収録があると言っていた。私たちはローズクォーツのメンバーと一緒に私のマンションに移動した。
 
「ここは普段は俺たち入れてもらえないからなあ」とサト。
「ごめんねー。男子禁制だから。ここにいつでも入れる男子は私の父だけなんだけど、実際には来たことない」
「戸籍上男性でも入れる子が何人かいるけどね」と政子。
「ニューハーフさん仲間だっけ?」とサト。
 
「うんうん。スリファーズの春奈、同じ大学の友人の和実、私にヒーリングをしてくれている青葉、このあたりはけっこう頻繁に来てるかな。そうだ和実は昨夜電話で話したら、今年性転換手術を受けるって言ってたよ」
「ああ、いよいよか」
「卒業前に性別をきちんとしておこうと思ったら大学3年までには遅くともやっちゃわないと。就職活動する時に性別が曖昧だと大変だし」
「ああ、それはあるよね」
 
「春奈は高校生になったら手術してもいいって親から認められてるらしいからやっぱり今年手術しちゃうんだろうね」
「凄い。そうか16歳以上なんだね、性転換手術受けられるの」
「本来は18歳以上。16歳は特例だけどそれでも青葉は来年の5月までダメ」
「あの子、完璧に女の子なのにまだ1年半待てって可哀想だけどね」
 
「そんなに完璧に女の子なんだ?」とサト。
「物心付いた頃から女の子の服しか着てない。物心付く前でも女の子の服しか着てない」
「それは凄い。ああ、あの親から放置されてたって子?」
「そうそう。育児放棄されちゃってたのよね。だから自由にやってたと」
「よく生きて来たよね。それ」
「ほんとほんと。あの子、生理もあるから」
 
「そんな生理なんて、どっから出るの?」
「なるようになるって言ってた」
「冬の生理はふつうに出血するね」と政子。
「え?ケイも生理あるの?」
「そうなのよ。体内のシステムが女性型に書き換えられてるから。病院の先生によれば、人工的に作った膣のいちばん奥の付近が子宮の代理をしていると言っていた」
「へー」
「冬はそのうちきっと妊娠するね」と政子。
「えー?」
「ん?・・・冬がもし妊娠したら出産の前後半年ずつは休みにしてあげるね」と美智子。「あ、そうしてあげて」と政子。
「うーん。。。」
 

作っておいたおせちとお雑煮も出したが、政子が何かモリモリ食べたいと言い、タカもお腹の膨れるものが欲しいというので、冷凍ストックしているお肉を使って、シチューを作ることにした。私も政子も振袖なので、サトが調理してくれた。サトは自衛隊時代に調理担当だったこともあり、手際が良い。政子がたくさん食べるのでうちには大きな鍋がある。鶏肉を1kg投入してクリームシチューにしたのだが、男性が3人いる上に政子もいるので、あっという間に無くなった。
 
新婚のマキの、おのろけ話などを聞き出していたら、ぽつぽつと訪問客がやってきた。
 
最初に来たのが甲斐さんに連れられてきたスリファーズの3人だった。3人とも小振袖を着ている。彼女たちは中学3年であるが、高校は推薦で入れるところに一緒に進学することにしたので、試験は受ける必要が無い。芸能人の多く行く高校への進学も考えたようであるが、ふつうに高校生生活をしたいと3人が言うので、ふつうの高校にして、高校在学中までは基本的に学業優先で、あくまで放課後と土日中心に活動していくと言っていた。
 
「放課後が凄まじいんだけどね」と春奈。
「12月には学校終わってから、放送局2つ、CDショップ3つなんてやったね」と千秋。「あ、それ私たちもやってた」と政子。
甲斐さんが笑っているが、美智子は頭を掻いていた。
 
春奈はやはり今年性転換手術を受けるということで、一応7月に予定しているということであった。彼女は戸籍上の名前は昨年のうちに既に男性的な出生名から、日常的に友人たちからも呼んでもらっているこの『春奈』という名前に改名済みである。
 
「性別が20歳になるまで変更できないのが悲しいですけどね」と春奈。「それ変更できると、女子高とか女子大にも進学できるのにね」と政子。
「そうなんです!女子高って行ってみたかったなあ」
「でも、進学する高校では学籍簿上、女子として処理してくれるらしいです」と彩夏。
「良かったね」
「あなたを男子と一緒に柔道とかラグビーとかさせる訳にはいきませんよ、って面接してくれた高校の先生から言われました」と春奈。
「ああ。私もそれで女子と一緒に体育したから」と私。
 
スリファーズは明日、新曲が発売になるので、その発売イベントに私たちも顔を出すことになっており、その件も時刻や進行などを簡単に確認しておいた。
 
スリファーズと話し込んでいるうちに ELFILIES が担当の野口さんと一緒にやってきた。ELFILIESのメンバー4人も振袖を着ている。
 
私と政子が4人とハグしてたら「私たちも」と言ってスリファーズの3人もELFILIESの4人とハグして、ハグ大会のようになった。サトが羨ましそうに見ている。
 
「年末に発売した『青い妖精たち』好調みたいですね」と春奈。
「初動で12万枚だもんね。びっくりした」とELFILIESのカナエ。
「私たちもELFILIESに関しては少し試行錯誤してしまった面もあるのだけどこういうファンタジーっぽいの、やはり似合うのかもね」と私は言う。
 
「考えてみたら、私たちのデビューの時にELFILIESが歌ってた曲もこういう傾向だもんね。あれ3万枚売れてるしね」と政子。
「しばらく、この傾向で行きます?」と野口さん。
「うん。あまり続いても飽きられるけど、とりあえず次は似た傾向で行っていいかもね」
 
スリファーズが帰って行ってからそれと入れ替わるようにSPSのメンバーが長谷川さんに連れられてやってきた。SPSのメンバーはセーターにジーンズのスカートという軽装である。
 
私たちやELFILIESが振袖を着ているのを見て
「ああ!みんな振袖だ」
「やっぱり私たちも振袖にしないといけなかったかなあ」
などと言っているが
「ロッカーだもん。服装にこだわらなくていいんじゃない?」
とELFILIESのハルカは言う。
 
「でも、ケイちゃんは去年、振袖着てビートルズ歌ってたね」と長谷川さん。
「ああ、そういうのも面白いかも」
 
「でも、さすが、ケイちゃんとマリちゃんの振袖、豪華」とSPSの美優。
「金額指定されて、○百万以上のを買いなさいって言われたのよね」
「すごい。事務所の費用で出るんですか?」
「自腹だよ」
「ぎゃー。でもそれ払えるだけ稼いでいるのね?」
「売れると売れるでたいへんですよね」
「そうそう」
 
「私たちも普段着でも穴のあいた服とかは着るなって言われてるもんね」
「私、室内着で外出するなって言われた。コンビニとか行くのにも着換えないといけない」
「私たちも高校時代、よくそれ言われてたね」と政子。
「休養中もいったん一般人に戻ったはずなのに、★★レコード側から、普段もきちんとした身なりしててね、って言われてたね」と私。
「実際、何度か盗撮されて写真週刊誌とかに載ったね」
 

翌1月4日はクォーツのメンバーは朝から美智子と一緒にレコーディング・スタジオに入っていたので、私と政子の2人だけで挨拶まわりをしてきた。
 
また朝から振袖を着付けしてもらってから、まずは★★レコードに行き、町添部長と加藤課長、南さんに挨拶した。すぐに引き上げるつもりが、町添さんにつかまって2時間ほど話すことになった。
 
「そういえば、12月にローズクォーツのキャンペーンで全国まわっていて、あちこちで結構ローズ+リリーのことも聞かれまして」と私。
「そりゃ、君たちふたりで回れば当然その話題は出る」と町添さん。
 
「ある所で言われたのが、アルバムは毎年出すべきだ。その年にしか歌えない歌があるからって」
「うんうん。同感だね」
「一昨年の音源で『After 2 years』出して、去年の音源で『After 3 years』
を出したんだけど、19歳の歌、20歳の歌でしょ?『長い道』は17歳の歌。18歳の歌が無いのが惜しいねって言われて、実はあることはあるんですよね、と言ったら、ぜひそれをプレスしてなんて言われて」
「それがあるの?」と町添さんは驚いたように言った。
 
「受検勉強の最中に、活動休止期間に書いた歌をふたりで歌ってスタジオを借りて収録したものがあるんですよね。ただ売物にはならない気がするからインディーズで配信限定で出しちゃおうかな、なんてふたりで言っていたのですが」と私が言うと
「いや、インディーズなんて言わないで、うちで扱わせてよ。配信限定でもいいよ」と町添さんは言う。
 
「その前のもあるんですよね」と政子。
「前?」
「ローズ+リリーを始める直前に、やはりふたりでスタジオ借りて吹き込んだ歌があるんです。こちらは正真正銘、売物にはならないレベルですけど」
「それ、物凄く、聞きたい!」
 
私はさすがに今日はいつものパソコンを持ってきていなかったので、あとでCDに焼いて町添さんに送ることを約束した。
 

★★レコードの後は○○プロに行き浦中部長、そしてめったに顔を出さない社長さんにも会って挨拶をした。
 
「マリちゃんも3年休養してるし、そーろそろライブに復活しない?」
と社長さん。
「そうですね。。。大学卒業したら復活しようかなあ・・・・」と政子。
 
「うーん。あと2年か・・・・」
と社長さんは言うが、浦中部長は
「あれ?こないだは7-8年後なら、なんて言ってたよね?」と言う。
 
私は笑って「マリは先月には5年後って言ってましたよ」と言う。
「おお、1ヶ月で3年短縮したか!」
「実際にはたぶん来年くらいでしょうね。最初は限定的かも知れないけど」
と私。
 
「復活したら、全国ツアーやろうね。CMとかもじゃんじゃん打つから」
「そのあたりがマリは苦手みたいなので、お手柔らかに」と私は言った。
 

その後、△△社に回る。○○プロの中家さんがちょうどそちらに行く用事があるということで、車に乗せてもらって一緒に移動した。
 
「いつもファンからの贈り物のチェックしてもらってありがとうございます」
と私は中家さんに言う。
 
○○プロにはアイドル歌手が多数所属しているので、危険なプレゼントもしばしばあるため、X線透過装置や金属探知機など、空港の手荷物検査並みの検査設備を持っていて、私たちに送られてきたファンからのプレゼントは、いつも★★レコードに来た分も、△△社に来た分も、いったん○○プロに持ち込み、検査した上で、いつも中家さんが届けてくれているのである。クリスマスには凄まじい数のプレゼントが来たので、安全確実なもののうち、ケーキなどの生ものの一部は、関東近辺の児童養護施設などに配ったが、そういう手配も中家さんがしてくれている。
 
「でも、なかなか凄いのもあるのよね。幸いにも、ケイちゃん、マリちゃん宛のでは極端に酷いのは無かったけど」
「私たちはせいぜいカミソリくらい?」
「カミソリは日常的にあるから気にもしてないよ。あとアイドルの彼氏との密会写真とかもよくある。表沙汰にしたくなかったら幾ら幾ら払えとか」
 
「そんなのどうするんですか?」
「金払えというのは恐喝事件だから警察行き。実際には写真もまず合成だし」
「そういや、私も合成写真を写真週刊誌に載せられたことあったな」と私。
 
「○○は実は男だ、なんて密告もよくある」
「あははは」と私は笑った。
「だいたい無視してるよ。ほぼガセだしね。あまり、たくさん来るような場合は、本人の周囲にそれとなく尋ねたりすることもあるけど。本人に聞くと精神的に動揺する場合もあるから」と中家さん。
 
「歌手やってる子って、神経図太いようで、意外に繊細な子も多いですしね」
「そうなんだよね。まだデビューしたての子で、そんな話があったってのをうっかり付き人さんが漏らしちゃって、泣き出しちゃった子、いたよ」
「わあ、可哀想」
 
「本当に男の子だったってのは、過去数件あったけど、その場合はたいてい本人もさばさばしてる。そういう場合は、こちらもバレても構わないという前提で売るけど、実際にはバレる前にフェイドアウトする。男の子でなくてもこの世界は10人の内9人はすぐ消えるから。バレたのは先日の花村唯香くらいだね。バレてから、よけい引き合いが増えたよ、あの子」
 
「あの子可愛いもんね。でも私たちの時とか、そんな密告無かったんですか?」
と政子。
「それが全く無かったんだよね。誰もケイちゃんが男だなんて思いもよらなかったんだよ。あの時は」
 

△△社に着き、津田社長や甲斐さんなどに挨拶した。甲斐さんは昨日も会っているのだが。
 
「しかし昨年は、ローズクォーツ、ローズ+リリーの両方でミリオンヒットを出したね。今後どうするの?しばらく両方掛け持ちで行くの?」と津田さん。
「はい。ローズ+リリーは私たちのどちらかが死ぬまで続けますし、ローズクォーツも20年はやるつもりです」と私。
「優等生の答えだなあ」と津田さんは笑って言う。
「でも、ずっと続けていくつもりなら、両者の違いを明確にして行った方がいいね。でないと、ケイちゃん自身が混乱するでしょ」
 
「ええ。それで11月末に須藤と話し合って、今後はローズクォーツの方は須藤がプロデュースして、ローズ+リリーは私自身がプロデュースするということにしました」
「ああ、それはいいかもね。あと、今はライブではケイちゃんがキーボード弾きながら歌も歌ってるけど、あれは負担が大きいよ。キーボードはサポートメンバー入れるか、いっそキーボード弾けるメンバーを加入させた方がいい」
 
「ええ。少し前からその件タカが心配してくれていて。それで、今日から始めた新譜のレコーディングでは、キーボードにサポートメンバーを入れてるんですよね。今まで何度か付き合ってくれた人で、こちらの音楽を理解してくれているので。来月の全国ツアーにも付き合ってくれることになっています」
「ああ、それはいいね」
 

そのあと、スリファーズの新曲発表会を都内のCDショップで行うことになっていたので、スリファーズの3人、甲斐さんとともにそちらへ移動した。
 
スリファーズはそこの後、今日・明日の2日間かけて、関東の10ヶ所ほどのCDショップやショッピングモールでキャンペーンをするのだが、この日は特別バージョンということで、私がピアノを弾きながら、スリファーズの3人が歌うというステージをすることになっていた。
 
振袖を着ているスリファーズの3人と一緒に私も振袖でステージに上がり挨拶する。それから私がピアノの前に座り、ピアノパートと歌パートを抜いた音源を流しながら、彼女たちの新曲『メルリビオン』の演奏を始めた。
 
演奏が終わってから司会者の人が3人に質問する。
 
「素敵な振袖ですね」
「はい。彩夏のお母さんが3人分とも見立ててくれました」と春奈。
「3人仲がいいんですね」
「ええ。私たち仲良しですから」と千秋。
 
「ところで『メルリビオン』ってどういう意味ですか?」
「えーっと、私たちもよく分からないんですけど、この曲はなかなか告白できずにいる女の子の心を歌ったものですね。凄く等身大な歌です」と彩夏。「曲名の意味は、ケイ先生に聞いたほうがいいかな?」千秋。
 
私はマイクを取り「それはタイトルを付けたマリに」と振る。
ステージ脇にいた政子は私の傍まで寄ってくるとマイクに向かい「私も思い付きで付けたので意味は分かりません」と答えた。
 
「ということで書いた人にも分からないそうです。恋も、自分で自分の心が分かりませんしね」などと春奈が言う。なかなか凄いフォローだ。
 
ちなみに政子が人前でマイクに向かって発言したのはほんとに久しぶりだったのだが、本人はそのことに気付いていない雰囲気だった。
 
「でもケイさんも揃って、春夏秋冬が揃ってますね、今日は」と司会者さん。
「そうですね。なかなか見られないと思います。でもケイ先生は凄いです。私もいろいろ見習いたい」
「身近に似た傾向の人がいると心強いでしょうね」
「はい。ケイ先生も昨年性転換手術を受けられましたし、私も今年はやっちゃおうかな」と春奈。
 
観客から「きゃー!?」という声が聞こえる。スリファーズのファンは男女半々くらいなので、女の子たちから主に悲鳴があがった感じであった。
 

 
「いや、手術のことは言ってもいいとは言ってたけど、あそこで言うとは思わなかったなあ」と控え室に戻ってから甲斐さんは頭を掻いていた。
 
「まずかったですか?」と春奈。
「うん。まあいいけどね。司会者さんも自分が誘導しちゃった感じになったというので恐縮してたね。でもこの後の会場では、特に聞かれない限り言わないで」
「はい」
 
「ああ、ツイッターで既に拡散して、もうトレンドにも上がってますよ」
と私は携帯を見ながら言った。
「今の世の中、凄いね。もうマスコミの報道はネットの後を追いかけてるね」
 
「ええ、変な発言して笑われる人も多いです。でもさっきのは結果的にはこのCDのセールスを後押ししそう」
「うん。そうだろうけどね」と甲斐さんも苦笑いしている。
 
春奈の発言はtwitterからあちこちのブログにも転載され、翌朝のスポーツ新聞にも1面で報道されていた。おかげでこの曲のダウンロードが初日だけで20万件行った。CDは各地で品切れが続出し、★★レコードは慌てて大量に再プレスした。
 

スリファーズの新曲イベントが終わった後、私たちはFM局に行き、その日から始まる新番組の生放送に臨んだ。
 
毎週月曜から木曜まで30分の帯番組なので、本来は2週間(8回)分ずつまとめて録音することになっているのだが、最初は番組の方向性を模索する必要があるのと、リスナーからのリクエストのストックが無いので、リアルタイムでリクエストを受け付けて番組を進めようということになり、今日と明日だけ生放送なのである。
 
あらかじめ提出して承認を得ていた構成脚本を再度確認、局側も流す予定の曲の音源を確認して本番に臨む。生番組で2人だけでトークするのは久しぶりなので特に政子は最初少し緊張していたが、冒頭で挨拶代わりに、私たちの歌『花模様』を、第一回放送ということで特別に弾き語り生演奏で歌うと、政子もふだんのペースをつかむことができたようであった。
 
その日は宇多田ヒカル、安室奈美恵、青山テルマ、Crystal Kay、MISIAの曲を1曲ずつ流し(宇多田ヒカル・青山テルマがリクエスト、残りは用意していた曲)、最後に自分達の曲『神様お願い』をマイナスワン音源で歌って締めた。
 

4日から15日までは2月に発売予定のローズクォーツのアルバムの制作をしていたのだが、私は5日も政子と一緒に振袖を着て、あちこち挨拶回りにまわった。この日は朝1番にスカイヤーズのPow-eruの自宅に行く。スカイヤーズのメンバーが集まってきていたので全員に挨拶した。
 
去年も一昨年もスカイヤーズのアルバムにはちょっとだけ参加させてもらっていたので、今年もまた何か一緒にやろうよということで、話をした。
 
その後、Eliseの自宅に回った。スイート・ヴァニラズのメンバーが集まっていたが、全員できあがっていた。話を聞くと昨日の朝からひたすら飲んでいるらしい。
 
「ケイもマリも、そんな堅苦しい服は脱いで、まあ飲め」
などと言われたが、私たちこれから放送局に行かなきゃいけないので、と言って取り敢えず逃げ出した。
 
午後からは昨日も行ったFM局に行き、昨日生放送で流した番組の反響や、局側で感じた感想などを聞いた。意見や要望などは素直に聞かせてもらい、それを踏まえて2回目の放送に臨んだ。
 
今日は昨日の放送で告知したリクエストの宛先にたくさんメールが来ていたので、そこから曲をピックアップし、MISIA、UA、サーカス、松任谷由実の曲と、番組放送中に飛び込んで来たリクエストから、SALT&SUGARの曲を1曲流した。オープニングではまた弾き語りで『花模様』を歌った。これを1月の固定オープニングで使おうと話がまとまったのである。エンディングは今日は来月から◇◇テレビで始まるアニメで使用される予定の曲『天使の休息』をマイナスワン音源を使って歌った。11日発売予定の曲で◇◇テレビと★★レコードに事前に承認を取っての演奏であった。
 
 
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【夏の日の想い出・ふたりの成人式】(上)