【夏の日の想い出・天使の歌】(3)

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3月31日(日).
 
この日をもって§§プロダクションは店仕舞いとなった。明日4月1日からは所属していたタレントさんの大半が∞∞プロ内の§§プロという“部門”に移籍になる。
 
この日は§§プロダクション・§§ミュージックの所属者の多くが集まった。前日まで自動車学校に行っていた龍虎と西湖も来ている。この2人は昨夜は都心のホテルに泊まっている。
 
紅川社長・日野ソナタ副社長・新宿信濃子取締役から挨拶があった。なお、紅川さんはこれに伴い《∞∞プロ副社長(§§プロ担当)》となり、日野ソナタは§§プロ部門部長、田所が部長補佐となって、実際には日野と田所の2人でこの部門を運用していく。紅川さんはこれまでも∞∞プロの無役の取締役だったのだが、4月1日付けの取締役会で副社長に任命されるはずである。しかしそれは名前だけで、本人は近日中に郷里の宮古島に帰って実質引退する予定である。
 
なお、研修生・練習生の中には、“歴史的経緯”で、§§プロダクション所属の人と§§ミュージック所属の人がいたのだが、これは全員§§ミュージックに移管される。
 
私は新宿信濃子さんを久しぶりに見たなと思った。彼女は名前を貸しているだけで実際の§§プロダクションの運営には関わっていなかった。芸能界から引退して久しく、現在は都内で俳優の夫と、3人の子供に囲まれる生活をしている。マスコミなどにも全く登場しない。出演依頼は今でも時々あるらしいが全てお断りしているらしい。
 

ローズクォーツであるが、今年もまた新しい“代理ボーカル”を迎えることになった。これまでの代理ボーカルは下記である。
 
2013.8(1日だけ) 鈴鹿美里 ローズクォーツSM
2013.8-2014.3 覆面の魔女 ローズクォーツFM
2014.4-2015.3 Ozma Dream ローズクォーツOM
2015.4-2016.3 ミルクチョコレート ローズクォーツCM
2016.4-2017.3 アンミル ローズクォーツAM
2017.4-2018.3 メグとノン ローズクォーツNM
2018.4-2019.3 透明姉妹 ローズクォーツTM
 
今年8代目の代理ボーカルをしてくれることになったのはローザ+リリン (Rosa + Lilin)の2人である。偽物が本物の代理をすることになった。マリの命名によると“ローズクォーツRN”らしく、初めて"M"の文字を含まないユニット名となった。
 
アンミル以来3年ぶりの男性ボーカルになる。アンミルは男性だが女声で歌っていたのに対して、ローザ+リリンは女声も出せるがポリシー上男声で歌うことになっているので、この1年間ボーカルは1オクターブ下で歌うことになった。
 
ただし、CD上は彼らの女声を使って収録する。彼らは契約上、ライブで歌う時は男声で歌うことになっているので、CDでは女声、ライブでは男声ということにした。それでCDの声は電気的に女声っぽく加工しているのだろうと思う人が多かったようである。
 
「君たちも随分長く女に見える男というコンセプトでやってきたから、もうそろそろ本当に性転換してもいいよ、と社長から言われた」
「じゃ性転換するの?」
と政子が訊く。
 
「しないしない」
「ちんちん取るとか絶対嫌」
「でも本当は女の子になりたいんでしょ?」
「なりたくない!」
 
「でも社長はそう思い込んでる雰囲気もあった」
「寝ている内に麻酔打たれて手術室に運び込まれたりしないか不安だ」
「ケイナちゃんとマリナちゃんのお友だちとかはみんなふたりが女の子になりたいんだろうと思っていると思う」
「それ困るんだけどー」
 
「実際男物の服とか持ってないでしょ?」
「全然無くなった」
「だったらちんちんも無くなってもいいよね」
「嫌だ!」
「服とちんちんを一緒にしないでー」
 
「でも今更男には戻れないと思うなあ」
「それマジで自信無い」
 
「でも最近けっこうタックしてるよね?」
と私は尋ねた。
 
「ここ数年は仕事のある日はずっとしてる」
「最近ちんちん見せる芸が禁止されてるから、ビキニになる時はむしろタックしてた方がいいから」
 
「禁止されてんだ!」
 
「なんか最近ああいう芸に対して厳しいのよ」
「ああ。確かにテレビとかも規制がきついもんね」
 
「だったら機能障害起きてません?」
「実は立ちにくい気はしてる」
「自分でしてて立たないまま逝ってしまうこともある」
「もう女の人とできなかったりして」
「少し不安」
 
「女の人としたことはあるの?」
「あるよぉ」
「もう随分前だけど」
 
「男の人との経験は?」
「男に襲われそうになって逃げ出したことはある」
「一度経験してみたら?」
「男に抱かれるなんて嫌だ」
 
「ケイナちゃんとマリナちゃんでセックスするとかは?」
「そういう危ないこと言わないでくれ」
「それも時々誤解する人いるけど、俺たち恋愛感情とかは無いから」
「誤解されてダブルルームが用意されてることあるけど5cm離れて寝る」
 
それ誰かさんたちみたいだなと思った(千里と貴司さん、若葉と紺野君)。
 
「取り敢えずおっぱい大きくしてもいいのでは?シリコン入れるだけなら、男性機能に影響無いよ」
 
「なんかそれ考えちゃう」
「女湯に入る時楽だよ」
「えっと・・・」
 
「普段は女湯に入るんでしょ?」
「入ったことがあることは認める」
「男湯に入ろうとすると追い出されるから、もう5年以上男湯には入ってない」
「やはり女湯に入ってるんだ?」
「あまり追及しないでぇ」
 
「取り敢えずオッパイ大きくして。それから去勢して」
「10年後の自分たちに自信が無い」
「ケイナちゃん、マリナちゃん、可愛いからお嫁さんになれると思うよ」
 

4月1日(月).
 
龍虎と西湖はこの日自動車学校の卒業試験を受けて合格。修了証書を手にした。
 
ふたりともいったん宿舎に戻り、お部屋の片付けをする。西湖は10日間同室になった佐藤さんに挨拶して、頑張ってくださいと言った。佐藤さんも現在普通車の第2段階をあと少しで修了できる所である。
 
桜木ワルツがAUDI A3で迎えに来てくれて、一緒に自動車学校を出る。その日は各々の自宅に戻って、明日朝いちばんに品川区の鮫洲(さめず)運転免許試験場に行き、学科試験を受けて合格すれば、普通二輪免許がもらえる。
 
先にアクアを赤羽の自宅まで送ろうとそちらに向かっていた時、ワルツに電話が入った。脇に停めて電話を取る。
 
「クイズ番組ですか?ちょっと待って下さい。折り返し電話します」
と言って、いったん電話を切って2人に相談する。
 
「アクアちゃんにクイズ番組に出て欲しいらしい。本当は北野天子ちゃんで予定していたのが、天子ちゃんがダウンしているらしくて」
 
「過労じゃないんですか?あの子忙しすぎる」
「かもね〜。それで明日のお昼過ぎにリハーサルやって、収録は夕方らしいんだけど」
 
「私がリハーサルは行きます。アクアさん、試験受けてから放送局に回ってください。私は明後日受験しますよ」
と葉月は言った。
 
「うん。そうしようか。だったら、アクアちゃんは明日試験を受けて。免許証が交付されるくらいのタイミングで迎えに行くから。葉月(ようげつ)ちゃんは悪いけど明日はお昼からリハーサルに出て、明後日運転免許試験場に行こうか」
 
「分かりました」
 
それで龍虎と西湖は別の日に運転免許試験場に行くことになったのである。
 

4月2日(火).
 
龍虎は早朝赤羽のマンションを出ると、下記の連絡で試験場まで行った。
 
赤羽6:33(JR)7:01品川7:14(バス)7:25鮫洲運転免許試験場前
 
試験場前のバス停は免許試験場のすぐ前なので2分で試験場に入ることができる。受付ではまた性別を誤解されて「君女性では?」と言われながらもパスポートで“男の証明”をして男性として受け付けられた。
 
それで学科試験を受けて美事合格。お昼過ぎには講習を受けてから緑の帯の運転免許証を手にした。桜木ワルツがAUDI A3で迎えに来るので、それに乗って放送局に向かった。
 
リハが終わり廊下で待っていた(女子高制服の)葉月とハイタッチし、引き継ぎをする。台本を渡し、注意点や台本が変更になった所などを確認した。
 
「でも北野天子ちゃんは“JK枠”で出ているんですね」
「天子ちゃん、先月高校卒業したのに」
「卒業後1年くらいまではまだJKでいいと司会者さんが言ってました」
「適当だなあ」
 
「JK枠に座っているけど、アクアちゃん、女子高生になったんだっけ?と司会者さんから振られたから『ジャパンの高校生です』と答えておきました」
 
「あれ結構受けてたね」
「アクアさんは何か適当な言い訳を」
「いや、葉月(ようげつ)ちゃんのそれ採用させてもらう」
 
それで葉月は女子高制服のまま放送局を出て電車で用賀の自宅アパートに帰った。
 

翌4月3日、葉月は早朝から試験場に向かった。
 
用賀6:36(東急)7:02大井町7:10(りんかい線)7:12品川シーサイド
 
品川シーサイド駅から試験場までは900mほどあるので、西湖の足なら8分で到達できる。それで書類を出したのだが「君、性別が間違っているからここ直して」と言われて「はい」と言って、言われた通り女の方に印を付けて再提出した。本人としては、性別は違う方を消すんだっけ?などと思っている。
 
女の子にしか見えない容貌の子が女子高制服を着ているのを見て、男と思えという方が無理というものである。
 
それで住民票の性別が男になっていることには気付いてもらえず、修正された受験票と、パスポートの性別通り、女性として受けつけられてしまった。
 
西湖も学科試験は無事合格したので、緑色の帯の入った普通二輪免許証を手にした。ちなみに免許証の表面には性別は記載されていないので、西湖は自分の免許証が女性として発行されていることに全く気付かなかった。
 

ところで龍虎と西湖は免許は取ったものの、安全のため普段は免許証を事務所に預けておき、必要な時だけ返してもらうことにしている。ただ、練習はしておかなければならないので、月に1度くらい、講師の先生について指導を受けることにした。指導してくれるのは、プロライダーの結城瑛美さんという人である。『ときめき病院物語』の実質的な前番組『ハートライダー』にも出演したことがあるらしい。
 
その人との最初の練習は「まだ感覚を忘れない内に」ということで4月4日に行なった。ふたりとも最後にバイクを運転したのが4月1日なので、まだ3日しか経っていない。練習場所は交通量の少ない、さいたま市緑区の氷川女体神社付近の路上を使用した。
 
龍虎と西湖はしっかりしたライダースーツを着て、月原マネージャーが運転するBMW 225xe iPowerに乗って現場まで行き、結城さんを紹介されたのだが、結城さんが基本的なことを説明しているのを見ながら、呆気にとられていた。
 
練習用に調達されたバイクはヤマハのYZF-R25である。指導者の結城さん、龍虎、西湖3人とも同じ車種を使用するが、龍虎のは青、西湖のは赤、結城さんのはビビッドな紫である。紫は元々のカラーバリエーションには無い色で、独自に塗装したもののようだ。
 
「龍虎ちゃんは男の子だから青、西湖ちゃんは女の子だから赤にしたよ」
と結城さんは言っている。
 
「えっと、結城先生のは?」
「私はオカマだから紫ね。ついでに今日は4月4日オカマの日」
 
「オカマさんなんですか?」
と龍虎は思わず尋ねたが、我ながら変なこと訊いちゃったなと思った。
 
「オカマじゃなかったら変態かもね」
と結城さんは言っているが、月原マネージャーは笑って
 
「先生は冗談がお好きですけど、腕は確かですから。国内のレースに多数入賞していて国内A級ライセンスも持っておられるんですよ」
「凄いですね」
 
「醍醐春海先生とお友だちらしいです」
「ああ!醍醐先生もバイク凄いですね」
「あの子、なんかバイクたくさん持ってるわね」
と結城さんは言っていた。
 

結城さんとの練習はその後月に1回くらいずつやったが、龍虎と西湖のふたりが同時に参加できないことも多く、1人ずつ別の日程になることも多かった。
 
西湖は結城さんから一度訊かれた。
 
「ここだけの話、西湖ちゃん、龍虎ちゃんのこと好きなの?」
「好きじゃなきゃ、アクアさんとお仕事できないですよぉ」
「結婚したいくらい?」
「えー。結婚はできないと思いますけど」
 
西湖は男同士だから結婚出来ないという意味で言っているのだが、結城は別の意味に取っている。
 
「まあ今は立場が違うから難しいよね。セックスした?」
 
「そんなのしないです!」
 
「まだ高校生だもんね。高校卒業したら一度抱いてもらいなよ」
「えーっと・・・」
 
「でもこの後、龍虎ちゃんも少しずつ男らしくなっていくだろうし、そうしたら、女の子の西湖ちゃんには龍虎ちゃんの代役はできなくなっていって、西湖ちゃんは女優として再スタートだろうし、そうしたら同じ立場になるから、交際してもよくなるんじゃない?」
 
「うーん・・・」
「龍虎ちゃんのこと好きなら、西湖ちゃん、女優としても頑張りなよ」
「はい」
 
別にボク、龍虎さんと結婚したいとかはないけど、俳優としては頑張ろうかなと思って、西湖はお返事をした。
 

ところで4月、アクアは高校3年生になった。2014年、中学1年の夏にロックギャルコンテストで優勝。2015年1月にデビューして以来、4年間男子アイドルのトップの座に立っているが、まだ彼に対抗するほどの10代男子アイドルは出てきていない。
 
弘田ルキアは女装させたくなるような可愛い顔とある程度の歌唱力で、一定のファンを獲得したものの、声変わりが来た後、人気が急落している。彼は後に女性ホルモンの服用で声変わりを抑えていたものの、バストが膨らみ始めたのでホルモンの使用を中止し、結果的に声変わりが起きたことを告白している。
 
(それでアクアの声変わりが起きない問題では、やはりアクアは去勢しているのではという説と、実はホルモンで抑えているから、その副作用で胸が膨らんでいるはずという説が出ているが、後述の医学的チェックでどちらも否定されている)
 
ワイルド・ドッグスはむしろ男らしさを前面に出した3人組であるが、彼らの人気は一部の女子中生たちに限られており、その野性的な言動が、女子大生やOL層・主婦層にはむしろ反感を持たれている。男性ファンはほとんど居ない。
 
キャロル前田も中性的な雰囲気で10代男女を中心とするファン層を形成し、ある程度のセールスがあって、一時はアクアのライバルと言われた。しかし、本当は女の子になりたいと告白して、実際去勢手術も受けていることを認め、その後やはり人気が急落した。特に男性ファンがほとんど離れてしまった。告白後は堂々と女性の格好でTV出演しており、セクマイの人たちには人気がある。恐らくその内性転換手術も受けるのだろう。
 
アクアは毎年1回程度、彼と直接利害関係の無い人達が指名した医師の診察を受けさせられ、間違い無く男子であり、陰茎も睾丸も存在していて(但しどちらも小学生並みのサイズ)、精原細胞も活動しており精液には濃度が低いものの精子が存在し、胸も膨らんでいないことを確認されている。(実際にこの診察を昨年・一昨年に受けたのはアクアMである。今年もたぶん彼が受けることになるだろう。Fは普通の女の子だし、Nには睾丸が無く微かに胸があるので受診させられない)
 

「でもこれまでは上島のおじさんが設定してくださった学業絶対優先条項のおかげで、何とかなってましたけど、来年高校を卒業した後が怖いです」
とアクアは言っていた。
 
アクアは人前では「上島先生」と言うが、私や千里など親しい人の前では子供の頃からそう呼んでいたように「上島のおじさん」と言う。この条項は上島先生のこの業界における絶対的な立場から保証されていたものだが、現在は上島先生からアクアのことで後事を託された東郷誠一さんが代わって目を光らせている。
 
「こないだ葉月ちゃんが、アクアちゃんが高校卒業した後が怖いですと言ってたよ」
「あの子はボクよりもっと大変そう!」
 
「まあ葉月は1人しか居ないからね」
 
「その件ですけど、最近マジで3人分お仕事している気がするんですけどぉ!?」
 
口をとがらせて文句を言う様が凄く可愛い。そんな表情をされると理性を失いそうだ。
 
「そうかなあ。もっと忙しくしてる子もいると思うけど」
「そういう子って、ほとんど学校に行けない状態なのでは?」
 
「まあ少しきついかなと思ったら、コスモスに言ってお仕事減らしてもらうといいよ」
 
「コスモス社長、上手いんです。気付くと私全部お仕事引き受けてしまってるんです」
 
私は笑いをこらえきれない気分だった。まああの子はやり手だよなあ。
 
「ところで君、Fだよね?」
「そうですけど」
「うん。そんな気がした」
 
「でもケイさん、ちゃんと見分けられるんですね。山村さんはボクたちが服を交換してると、入れ替わりに気付かないみたい。ボク結構男装してるし、Mは女装好きだし。学校にスカート穿いて出て行くの、ボクよりMが多いですよ」
 
と高校の男子制服を着たアクアFは言った。
 
へー!肉体的な性別と連動してないのか!
 
「つまりアクアの方が山村さんより上手(うわて)ってことだね。千里は君たちを見分けるでしょ?」
と私は訊いた。
 
「2番の千里さんも3番の千里さんもちゃんとボクたちを見分けてくれます。1番さんとはあまり会わないけど、あの人はボクが3人いること自体気付いてないみたいです」
 
「アクアは2番と3番の千里を見分けられる?」
 
「もちろんです。1番さんはパワーが低いし、京セラのガラケー持っているから分かりやすいです。2番さんと3番さんはどちらも東芝のガラケーとシャープのスマホの2台持ちですけど、少し話していれば性格の違いで分かりますよ。2番さんは適当で物忘れが多く、3番さんはクールで緻密なんです」
 
とアクアは言ったが、私は彼女の言葉に衝撃を受けた。
 
2番も3番もガラケーとスマホを持っているだと!?
 
「千里さんが3人いることを知っている人がだいぶ増えたから、あれわざと混乱させようとしてガラケー出したりスマホ出したりしてるんじゃないかな。お互い、相手の行動を把握しようとして周囲の人間を利用しているんですよ。多分あの2人タヌキとキツネの化かし合いしてます」
 
マジ!?
 

ところでアクアと葉月は4月2-3日に免許を取得し、4月4日には結城先生の指導を受けてたくさん路上練習をしたのだが、その後、4月5-7日(金土日)にアクアの方は都内のスタジオに入って、北里ナナのシングル『招き猫の歌/白雪姫』の歌唱録音をした。アクア自身はこの曲は自動車学校の合宿に入っている間にたくさん練習をしていたので、録音はスムーズに進行。予定通り、7日の夕方までに完了した。そしてアクアが音源製作している間、葉月はプーケットに行き、彼(彼女?)としては初めての写真集撮影をするということだった。
 
もっとも私は“彼が彼女になって帰国しないか”不安である。葉月は
「性転換手術したら何日くらい休まないといけないんですかね?」
などと私に尋ねていたし!
 

ところでドライバー会社の★★情報サービスであるが、昨年春の上島先生の離脱で上島先生を担当していた川村・津島は、川村は王絵美さんを担当し、津島は千里のサブ担当になっていた。それが今春、上島先生が復帰したので、川村さんを上島先生の担当に戻すことになった。代わって王絵美さんの担当には、佐良さんの知り合いの熟練ドライバー、碓井玲花さんを採用して担当に当てることで王さんとの話がまとまった。UDPは活動停止するが、王さんの使用料金はUDP事務局が引き続き払ってくれる。もっともUDPの活動資金の大半は上島先生が権利を譲渡した上島作品の著作権使用料(年間たぶん数億円)なので、結果的には上島先生が払っているようなものである。
 
津島さんが
「あのぉ。よかったら醍醐先生の担当はもう1人くらい入れてもらえません?」
と染宮専務に言った。
 
「醍醐さんの担当ってそんなに大変なの!?」
と染宮は驚き、醍醐の第1担当である矢嶋美里さんとも話し合う。
 
「たぶん千里さんは6人かひょっとしたら10人くらいいますよ」
と矢嶋さんも言う。
 
「嘘!?」
 
それでふたりが過去に経験している「複数の千里から同時に遠く離れた場所に呼ばれる現象」について説明すると、染宮専務は「うーん・・・」と悩んでいた。
 
結局、矢嶋さんの妹で国内A級ライセンスを持っている矢嶋春花さんを醍醐の第3担当として採用することになった。
 
千里は「忙しくさせてごめんねー」と言って、毎月の料金を今まで2人分(醍醐春海と葵照子の分)払っていたのを3人分払ってくれることになった。実際には千里2が調整して、津島さんを主として千里1、春花さんを千里3の担当にして、美里さんを千里2の担当にしたようである。
 
しかしそれでも“千里を運んでいる最中に別の千里から連絡がある”現象は頻繁に起きているらしかった! やはり千里はどう考えても6人か9人いるようだと私は思った。
 

なお、上島先生は昨年春の事件のあと所有していた車(レクサスGS450h)も処分してしまっていた。その件で、§§プロの社長を辞任して沖縄宮古島の実家に戻ることにした紅川さんが
 
「車を宮古島まで運ぶと料金掛かるし、ベンツ走らせるような道も島内には無いし。上島君、ボクが使っていたベンツに乗らない?」
 
と上島先生に言った。
 
「お心遣いありがとうございます。でも僕は今謹慎明けの身だから、そんな車に乗っていたら『何も反省してないようだ』とか言われてしまいます」
 
「そうかもね。だったら、女房が使っていたアクアとかは?」
「ハイブリッドいいですね」
 
ということで、上島先生は沖縄から戻ると、紅川知世子さんが使用していたアクアを無料で譲り受けて使うことにしたのである。5年経ったアクアの法的な“残価格”は20万円程度なので自動車取得税も掛からないし、贈与税の対象にもならない。自動車保険については上島先生が昨年車を手放す時に休止扱いにしていたので、それを復活させることにした。
 
それで川村ドライバーはこのアクアを主として運転することになる。
 
紅川さんのベンツは「ベンツを所有していると何かの時に使うかも」と私とコスモスが話し合い、私が個人で買い取ることにして、§§ミュージックの研修所に駐めておくことにした。時々動かしていないとバッテリーもあがるし、傷みやすいので、週に1度程度、山下ルンバに運転してもらうことにした(後述)。
 

上島先生の新しい住居は水戸市内の2DKの木造アパートである。この場所もごく少数の知り合いにしか教えていない。
 
事件の前には、国分寺の先生の御自宅は毎日「上島邸詣で」の歌手やレコード会社の担当などであふれ、応接室で先生が曲を書くのを待っていたのだが、そのような光景も消滅し、ここは純粋に上島先生が奥さんと子供と一緒に暮らす場所である。
 
謹慎が解けた後、雨宮先生がこの場所を見つけて契約し、上島先生は4月上旬にここに住み始めたが、アルトさんも5月下旬には美音良ちゃんと一緒に沖縄から戻り、3人で暮らし始めた。私はその後で、千里と一緒にそのアパートを訪れたが、家賃3万円というそのアパートを見て、上島先生が本気でまた仕事をするつもりだということを認識した。
 
木造アパートなのでグランドピアノなどは置けない。先生のお仕事の道具は88鍵の電子キーボード(ヘッドホンで使用)である。これは実は松浦紗雪さんが自分が使用していたものを先生に譲ったものである。
 
上島先生の過去作品の印税は全てUDPに渡るようになっているので、上島先生は現時点では収入ゼロである。アパートの家賃も1年間は雨宮先生が払ってくれることになっているし、生活費については、春風アルトさんが過去の作品の印税から当面出すことにしているが、実際には紅川さんが支援している(このことは上島先生には当面言わない)。上島先生の子供を産んだ元愛人さんたちへの仕送りも取り敢えず来年の3月まで私が継続送金することで、春風アルトさん・福井新一さんと合意した。
 
上島先生の復帰第1作は山折大二郎さんの『太鼓音頭』、続いて松浦紗雪さんの『渋谷で待ってて』、更にローズクォーツの新譜用に『シーサイド・トレイン』という曲を頂いた。UTPの大宮副社長と上島先生の話し合いで、しばらくローズクォーツは上島先生から毎回楽曲を頂くことになった。
 

なお、沖縄に移住する紅川会長の足立区にある御自宅だが、ここは研修所にもなっており、現在でも数名の研修生がここで暮らしている。それで誰か研修所で暮らしている子たちに「家族同様の感覚で」御飯を作ってあげられる人が住む必要があった。
 
この寮生たちのお世話係を高崎ひろかのお母さん・天羽亜矢子さんにお願いすることにした。2人の娘がタレントをしているという立場から、研修所に住む10代後半の女の子たちのお母さん代わりという役目はとっても適任である。亜矢子さんは3月いっぱいで今の仕事(工務店の事務員)を辞め、江戸川区内のアパートを解約して、紅川さんの家に引越してくることにした。
 
彼女には§§ミュージックからではなく、サマーガールズ出版から寮母さんとしてのお給料を払う。これは§§ミュージックの利害に左右されない立場で寮生たちと接して欲しいからである(§§ホールディングからサマーガールズ出版に業務委託費を払う)。
 
江戸川区のアパートは、ひろかの妹・松梨詩恩が3歳の時以来中学卒業まで母と暮らした場所である。現在詩恩とひろかは、詩恩の高校通学の便を考えて赤羽駅近くの賃貸マンションで一緒に住んでいるのだが、詩恩が高額納税者なので(詩恩の)高校卒業後どこか便利な場所に、ひろかと2人でマンションを買って母も含めて3人で住もうよと言っていた。それでふたりが適当な物件を探しているということを知ったコスモスが提案したものである。
 
「結果的に全然便利じゃない気がする!」
とひろかは言っていたが。
 
それでも江戸川区のアパートよりは駅に近い。今までのアパートなら小岩駅まで15分ほど(詩恩の足で。お母さんの足なら20分)歩く必要があったが、研修所は五反野(ごたんの)駅から歩いて5-6分の所にある。しかもタクシー会社と契約しているので“パス”を持っている人は無料でタクシーを利用できる。実際、研修生は(安全のため)駅から研修所まで歩いてはいけないと厳命されており、必ずタクシーを使う。これまで寮生たちの食事などのお世話をしてきた紅川知世子さんも自分のアクアよりタクシーで駅やスーパーなどと往復していた。
 
ちなみに「五反野(ごたんの)駅」を「五反田(ごたんだ)駅」と勘違いして駅前で途方にくれた伝説があるのは、方向音痴で有名な?品川ありさである!
 

高崎ひろかが私に言った。
 
「母が寮母をするのはいいですけど、寮母って激務だと思うんですよ。特にタレントさんって早朝から深夜までお仕事があるから。私も高校3年間あそこで暮らして、知世子さん、よくやってるなと思っていました」
 
「誰かもうひとりくらい入れる?」
 
「食事の支度とかは全然問題無いと思うんです。買物も母は好きだし。栄養の成分計算は、血糖値高いと医者から言われて以来ちゃんとやっていたので、だいたい暗算でできると言っています。ちゃんとPCのソフトでやってもらいますけど」
 
§§ミュージックのタレント、研修生は(肥満にならない範囲で)ダイエットは禁止である。初期のタレントさんが無理なダイエットをして生理不順を起こしたりしたので新宿信濃子さん、上野陸奥子さん、紅川さんが話し合ってBMI規制を導入している。そのため寮で出される食事は結構なボリュームがある。
 
「茶碗を洗うのとかお掃除とかは研修生に当番でやらせればいいし。ただ休憩の時間が取れて、何かの時は代わってあげられる人がいたらいいと思うんですよね」
 
などと言っていた時、近くで月原マネージャーと打合せをしていた山下ルンバが言った。
 
「私も研修所からわりと近い所に住んでるし、時々でも顔出すようにしようか?デビューするからといって大量に仕事がある訳でも無さそうだし、時間が取れた時に私が行って、その間、ひろかちゃんのお母さんには休んでもらうとか」
 
すると月原が言った。
「和恵ちゃん(ルンバの本名)、いっそそこに住んだら?」
 
「え〜〜〜!?」
 
「家賃要らないよ。むしろお手当もらえるよ。ね、ケイさん?」
と月原。
 
「そうだなあ。仕事の分担量にもよるけど、それで最低12万は払っていいよ」
「やります!」
 
それでルンバは今まで借りていた綾瀬駅近くのワンルームマンション(家賃6万)を解約して、紅川さんの家に天羽亜矢子と一緒に住むことにしたのである。それでルンバは§§ミュージックとサマーガールズ出版の双方からお給料をもらうことになる。
 
なお、ルンバはひろかたちの1つ上の学年で、ルンバとひろかは実は同じ高校に通っていた仲であり、天羽亜矢子とも旧知である。
 
それで話はまとまってしまい、ベンツの慣らし運転もルンバに頼むことにした。なお、天羽亜矢子は運転免許を持っていなかったので2月にこちらで費用を出して合宿に行き取ってもらったが、若葉マークの人にベンツの運転は危なすぎる。取り敢えず若葉の間はタレント・研修生を乗せるのは禁止と言ってある。
 
ルンバは(ドラマなどで免許の必要な仕事もあったりするので)16歳で二輪免許、18歳で普通免許を取っており、四輪だけでも既に運転歴は3年近い。走行距離は20万kmを越えている(現在更に大型二輪と中型免許・牽引免許も持っている)。
 
小柄な女性で運転がうまい人はわりと貴重なのでドラマの運転シーン吹き替えは結構こなしている。実はアクアが主演する『少年探偵団』のアクア(小林少年)が車を運転するシーンは彼女が吹き替えている。
 
彼女は8万円!で買ったというエクストレイル(NISSAN XTRAIL-S 1998cc 4WD 5MT) と2万円!!で買ったというカワサキZZR400 を所有しており、その自分のZZR400とエクストレイルも研修所に駐めておくことにした。駐車場代が浮く!と言っていた(それで彼女は家賃と駐車場代と合わせて8万円も節約できることになった)。しかしバイクもわりと大きいし、エクストレイルなどとっても男性的な車なので「誰か男の人、来てる?」と初期の頃、随分研修生たちに騒がれた。ついでに男の娘説も出ていたらしい!
 

ローズ+リリーのアルバム『戯謔』の音源製作はだいたい3月いっぱいまでで完了した。制作に関わる人数を絞り、更に多重録音などもできるだけしなかったことから、掛かった費用は2000万円くらいで、こんな低予算で作ったのは2012年の『Rose+Lily after 4 years, wake up』以来ではないかという気がした。
 
その後ふつうにマスターを作り、4月30日、平成最後の日に発売した。この発売にあたってはマリがまだ産休中ということで、私と氷川さん、鱒渕の3人だけで記者会見を行った。アルバムの中から『Cat People』と『ポーコ・ア・ポーコ』をショートバージョン(実は私が書いたオリジナル歌詞の部分)で、『H教授』はフルバージョンで演奏した。例によって、私とマリの立体映像で歌った。
 
『Cat People』は嘆美で、『ポーコ・ア・ポーコ』は意味深ですね、と記者さんたちにはけっこううけていた。
 
「十八禁にならないギリギリくらいの線を狙ってみました」
と言うと笑いがあった。
 
『H教授』については、『宇宙恋愛伝説』以来の長い歌ですねと言われた。あれはかなり途中を端折って演奏して12分もあるのである。当時発表したのは12分バージョンだが、後からマリが頑張って“忘れてしまっていた”部分を補って制作した《完全版》は30分以上もある。
 

2019年5月14日(火).
 
この日はあやめが生まれて100日目になり、いわゆる「お食い初め」の儀式をした。紅白の大きな餅を用意し、あやめに普通の食事を食べさせる真似をする。あくまで真似だけであって、離乳食はもう少し後から始めることにしている。
 
この日は私の両親、政子の両親、萌依夫妻と子供たち、麻央夫妻、そして正望がマンションに来て一緒にお祝いをした。佐野君(麻央の夫)がLumixを使ってたくさん写真を撮ってくれた。
 
そしてこの席で私は以前からの約束に従って、あやめを私の養女にしたいと言い、全員の承諾を得た(個別には既に話をしている。やはり政子のお父さんとの話がいちばん大変だった)。養子縁組の届けはその日の内に区役所に提出し、あやめは中田あやめから、唐本あやめになった。
 
そういう訳で、あやめは実母:中田政子、養母:唐本冬子、という“2人の母”を持つことになり、政子と私の双方の相続権を持つことになる。実はそれが最大の目的である。
 
正式に婚姻することのできない本坂伸輔さんと里山美祢子さんの間の2人の娘が、先に美祢子さんが養子にして、更に本坂さんが養子にしているので、その双方の相続権を持つのと同様である。
 

2019年5月21日(火).
 
★★レコードの村上社長は某テレビ局の取材に答えて、現在★★レコードがTKRを吸収合併する方向で、関係各方面と交渉していることを認めた。
 
この件に付いては、市場は「織り込み済み」であったので、株価の動きは特に無かった。しかし2月の騒動の後1800円ほどまで高騰していた★★ホールディングの株価は3月末の権利確定日に3400円まで高騰。権利落ちの後いったん3000円まで落ちたものの、その後Lion Pairsが経営権取得のためTOB(株式公開買い付け)をするのではという憶測もあり更に高騰して現在4600円まで到達している。しかし★★ホールディングが公表している2018年度の営業実績予測値から算出される“理論株価”は1100円程度であり、本来の実力から4倍以上の高価格で、投機状態になっていることが分かる。
 
ひとつ間違うと物凄いババ抜きゲームになる可能性もある。
 
しかし6月末の株主総会までの間に更に高騰するという見方も多かった。
 

6月上旬。
 
クロスロードっぽい集まりを政子の実家でおこなった。私のマンションでやっても良かったのだが、向こうは“仕事場”なので、仕事関係の人が来訪する場合もある。それで誰も来ない所でのんびりやろうということにしたのである。集まったのはこういうメンツである。
 
桃香・早月・千里(千里1)・由美
萌依(妊娠9月)・梨乃香・清代歌
若葉・冬葉・若竹・政葉
 
これに若葉の母、政子の母、私の母もサブテーブルに陣取り、主として子供たちと遊んでいた。
 
千里1は物凄く元気になっていた。非常に力強いオーラを持っており、これなら2番や3番とそう見劣りしないのではないかという気もした。彼女が書いた最近の作品も見せてもらったが、“醍醐春海復活”という感じであった。
 
「何があったの?」
「信次のムラーノに乗って、佐賀県の唐津から石川県の能登半島先端、宮城県の牡鹿半島まで走り回ったら“古い友人たち”に会えたんだよ」
 
要するに2年前の東京駅で“死んだ”時に失った、眷属たちとのコネクションを回復したということのようだ。おそらくそれで霊的な能力を取り戻したのだろう。
 
「それで自分のアテンザに乗り直して、東北地方の太平洋岸を北上して金華山まで行ってから出羽三山まで行ったら、私がここ2年ほど忘れていたことを思い出した」
 
と千里は言う。
 

「出羽から帰ってきた時、千里の表情がまるで違ってたから、復活したなと思ったよ。千里はここ2年ほど本当に変だった」
と桃香が言っている。
 
「だいたい千里はレスビアンなんだから、男と結婚するなんて言い出すのがおかしかったし」
 
ん!?
 
それで見てみると、千里が少しし恥ずかしがるような視線で桃香を見てる。まさか“この千里”は桃香が好きなのか?
 
ひょっとして記憶とかまで失っていた間に、桃香がいいように教育して、桃香のことを好きになるようにしてしまったとか!?
 

「でも日本全国走り回ったり、出羽三山みたいな大自然の中に身を置いたことで精神的な力を回復したんじゃないの?」
と政子が言う。
 
「それはあるかもね」
「冬も出羽三山に行ってみる?」
「千里の話を聞いてたら、私は1時間で遭難死亡しそうだ」
「まああそこは死んでも構わないような人と既に死んじゃった人の集団だからね」
などと千里は言っている。
 
「山が危険なら海に行く?」
「海というと北極海を泳いで横断とか?」
「それは3秒で死亡する自信がある」
と私は言っておく。
 
「まあ、時間が静かに流れているような島でのんびり過ごすのもいいかも」
 
「南鳥島とか」
「えっと、取り敢えずスーパーとかある所がいいな。電気が使えて」
 
「じゃ、宮古島は?」
「ああ」
「行ったことある?」
「ある。いい所だと思った」
 
と言いながら私は先日発売したCDの中の曲『出現』で歌い込んだ八重干瀬のことも考えていた。あれ実物を見たいなとも思う。
 
宮古島には紅川さんの実家がある。紅川さんは4月中に残務を片付けてから5月の連休明けに宮古島に移住した。
 
「じゃ、冬、そこに行ってみようよ」
と政子は言った。
 

紅川さんに連絡して、そちらの民宿か何かで長期間滞在できる所ないですかねと訊いたら、「うちに泊まるといいよ」とおっしゃるので、お世話になることにし、政子・あやめと一緒に3人で行ってくることにした。
 
詩津紅・妃美貴の姉妹にマンションのお留守番を頼み、6月24日(月)、羽田から2時間半掛けて那覇に飛ぶ。沖縄本島では2泊して、美ら海水族館・首里城などをのんびりと見学する。政子は「沖縄って御飯が美味しい」と言って、ゴーヤチャンプルー、タコライス、ジューシー、ラフテー、と、ひたすら沖縄の食を満喫していた。
 
6月26日(水)に那覇空港からまた1時間掛けて宮古島に飛んだ。
 
この時私は窓側の席に座っていたのだが、那覇を飛び立ってすぐ、窓の外に物凄く美しい環礁を見た。
 
「凄いきれいな環礁がある」
と言うと政子は
「ああ。宮古島に行く時はいつも見えてたね」
と言った。
 
飛行機で移動する時は、たいてい政子を窓側に乗せていたのだが、今回は「冬、たまにも窓側に座ってごらんよ」と言って、私を窓側に乗せ、政子は通路側に座ったのである。
 
通りかかったフライトアテンダントさんに尋ねると「ルカン礁ですよ」と教えてくれた。私はその紺碧のラグーン(礁湖)を持つ完全に円形の環礁を見えなくなるまで見ていた。
 

宮古島では紅川夫妻に歓迎された。
 
今この家に住んでいるのは、紅川夫妻、紅川さんの母・花子(82)、紅川夫妻の娘・毬藻夫妻と2人の子供、哲夫・美優であった。
 
「離れを使って下さい。数年前、息子一家が戻ってきた時に建てたものですが、息子は福岡に行ってしまったので、空いているんですよ」
と紅川さんは言っていた。
 
例の泡盛作りの製造所を作ったものの倒産して、福岡に戻ったという人だろう。
 
それで私と政子・あやめはその離れに入らせてもらった。食事は母屋の方で出しますから、インターホンで呼びますねと言われた。
 

★★ホールディングの株主総会は6月27日(木)に行われたのだが、その直前に株価はついに5000円を突破していた。投資の専門家なら逃げ出したくなる程の高価格だが、それでも相場は強気で、相変わらず激しい価格の上下を繰り返しながら、まだ上がりそうな雰囲気であった。
 
株主総会は都内のホテルで開かれ、10時から始まる予定だったのだが、来場者が予想より遙かに多く、事務局ではホテル側と交渉した結果、懇親会会場として予約していた部屋に会場を移動することにした。
 
株主総会では、しばしば懇親会だけに来る人が多いので、総会の会場は600名入る部屋、懇親会は1200人入る部屋を用意していたのである。この移動に時間が掛かり、結局総会が始まったのは11時過ぎであった。
 
最初に事務局から定足数についての報告がある。
 
「平成31年3月末現在での議決権を有する株主数は15万3268名、議決権株式数は4927万6400株でございます。本総会にご出席の株主数は1347名ですが、委任状をご提出頂きました方が15,085名、その合計議決権株式数は4794万5900株でございます。この割合は97.3%であり、各議案を審議するための定足数を充たしております」
 
私の代理で出席してくれた岩波弁護士はこれだけ大きな会社の株主総会で97%も議決参加者がいるというのは凄いと思い、この総会は絶対荒れると確信したという。
 

議長選出まで終わった所で、議長席の村上社長は議事に進む。最初に事業報告、決算報告があるが、2018年度の売上は結局160億円に留まっていた。事前に発表されていた数値より20億円も少ない。会場にかなりのざわめきがあった。会計監査報告では、監査している監査法人は決算に特に問題は無いと述べた。そして決議事項に進む。
 
「第一号議案、TKRの経営統合の件、事前投票では既に約31%の賛成票を頂いておりますが、ご承認頂ける場合は拍手をお願いします」
 
という村上社長の発言に会場内から拍手がある。
 
「ご承認ありがとうございます。では次に第二号議案、取締役の退任・選任の件。事前投票では約20%の賛成を頂いておりますが」
と村上社長が発言したところで質問する株主が居る。
 
「事前投票の数字をちゃんと出してください」
 
「すみません。発言なさる方は手を挙げて、株主番号をおっしゃって下さい」
「507854番、ライオン・ペアズと申します」
 
会場がざわっとする。いきなり話題の株主の登場である。
 
「お待ち下さい」
と村上社長は焦って事務方に照会する。
「事前投票では35.8%の投票権が行使されております。賛成票が19.6%、反対票が16.2%ございます」
 
この数字に会場がざわめく。
 
「それかなり拮抗しているのではないでしょうか?」
とライオン・ペアズ代表。
 
ここで手を挙げる株主がいる。会場に大きなざわめきがある。
「株主番号25番、鈴木一郎と申します」
 
業界のドンとも呼ばれる∞∞プロの鈴木社長の登場である。株主番号が2桁というのが凄い。鈴木さんはごく初期の頃からこの会社を支援してきたのである。
 
「私は反対票を投じるつもりでこの会場に来ました」
という発言に大きなどよめきがあった。
 
鈴木社長自体の株式は多分0.5%程度だろう。しかし鈴木さんが取締役人事に反対だと言った場合、採決を強行して人事案を通せば、∞∞プロ系のアーティストを全部引き上げるかも知れない。あるいは新しいレコード会社を設立するかも。そうなれば、★★レコードの売上げが激減するのは必至であり、倒産の可能性さえある。
 
鈴木社長は村上社長就任以来、★★レコードが年々業績を悪化させていることを指摘する。その業績を落としている村上社長に近い黒岩氏の取締役就任と、業績を年々あげて行っていた時代に社長であった松前相談役に近い似鳥取締役の退任には賛成できないというのであった。
 

鈴木社長の発言に続いて、意見を述べる株主が多数出てくる。中には村上社長を擁護する発言もあったが、批判する発言の方が多い。
 
ライオン・ペアズの代理人が動議を出した。会社側から提示された取締役人事案に対して、同ファンド独自の取締役を提案するものである。名前は全く聞いたことのない人ばかりである。この動議に対する対応をどうするか、村上社長・佐田副社長・町添専務が協議していた時、更に手を挙げて起立した人がいた。
 
会場がざわめく。
 
創業者のひとりで初代社長・星原博秋の娘・鈴木片子である。
 
「株主番号1番、鈴木片子と申します。私も修正動議を提出します。村上社長と佐田副社長を解任し、新たに現在No.3である町添専務を社長に、TKRの朝田さんを専務に推します。以下、取締役の案は下記です」
 
鈴木さんの案は、MM系の取締役を全排除し、松前・町添派など創業者系、一部の中間派、通信会社出身の人などで経営陣を固める案であった。取締役の人数自体も12人から9人へと減量、平均年齢も10歳若返ることになる。
 
株主総会での取締役人事の修正動議は「取締役を増やす」案は無効だが、「取締役を減らす」案は有効なのである。ライオン・ペアズの動議は現在と同じ人数なのでそちらも有効であった。
 
村上社長が発言した。
「動議が2つ提出されておりますが、よかったら、会社側で提案したものを先に採決したいと思うのですが」
 
ところが
「反対!」
「ちゃんと公平に採決しろ!」
という声が圧倒的である。
 
普通はこういう場合、会社案を最初に採決し、それが拍手で承認されたら、それと両立しない動議は全て廃案とする、というやり方が認められている。しかしそういう強行突破はできない様子である。
 

★★レコードの現在の取締役は下記12名である。
 
創業者系(3) 町添・似鳥・須賀
MM系(5) 村上・佐田・板居・形原・島長
中間派(4) 平田・紙矢・吉馬・河内
 
但し中間派でも紙矢は創業者系に近く、河内はMM系に近い。
 
村上社長が提案したものは、創業者系の似鳥、中間派だが町添に近い紙矢、病欠ぎみの平田の退任と、MM系の黒岩・渡部および、会社合併予定のTKR副社長・朝田氏の登用である。これが通れば、MM系で実質8人と過半数を押さえることができ、★★レコードは“新MMレコード”に近い状態になる所であった。
 
鈴木片子さんの提案ではMM系の5人と河内、病欠ぎみの平田、更に86歳と高齢の吉馬、と8人を退任させ、新たに下記の5人を登用するものである。つまり取締役の数は12人から9人になる。
 
朝田寛美(TKR副社長/元★★チャンネル常務)
加藤銀河(★★レコード制作部次長)
佐蔵越子(トリプルスター取締役コンテンツ部長)
堂崎隼人(音楽家)
中林麗子(吉馬酒造社長)
 
佐蔵さんはTKRの森原会長の元部下で、現在同社のブログ・SNSなどの事業を取り仕切っている。48歳である。
 
堂崎と中林は社外取締役である。実は上場会社の取締役は2名以上社外取締役にしなければならないのを、ずっと放置していたのである。今回きちんとそれが実現される。また女性2名の登用は女性株主の鈴木さんらしい。しかしこれまで女性の取締役が全く居なかったのこそ問題であった。
 
なお、中林は実は退任を提案した吉馬の次女であり、吉馬が創業した酒造会社の現社長、56歳である。珍しい女性杜氏でもある。なお、世間的には“次女”ということになっているが“長男”ではないかという性別疑惑も昔からくすぶっている。彼女は古くからの男性社員と(法的に)結婚してふたりの間には子供もいるが、その子供を本当に産んだのは、彼女の姉(吉馬酒造の現会長)では?という説もまたくすぶっている。
 
ただこの時点でこの総会に居た人はそういうことは全く知らなかった!
 
鈴木さんとしてはLGBTの疑いのある人を起用することで、より多くの人に支持される会社になると考えた気配がある。
 

ここでライオン・ペアズの代表から、議長不信任の動議が出されてしまう。取締役選任の議事において村上氏は公平に議事を進められる立場にないので中立的な人を選任すべきだとするものである。
 
するとこれまで沈黙を守っていた株主番号3番!須丸秀秋さん(★★レコード2代目社長で現在は同社顧問)が立ち上がり、よかったら自分が議長をしたいと立候補した。
 
これに会場全体から大きな拍手が送られる。須丸さんは創業者グループの中でも、星原・松前・町添といった主流派とは距離を置いていた人で、結果的には最も中立的であると考えられた。ライオン・ペアズの代表も拍手をしていたので、好感を持ったようである。
 
そこで議長席に付いた須丸元社長は、2つの採決方法を議場に諮った。
 
1つは提案された取締役の1人1人について選任すべきかどうかを全投票し、得票数の多かったほうから一定数までを採用するという方法である。
 
もうひとつは、現在出ている、会社案、ライオン・ペアズ案、鈴木案の3つについてそのどれを支持するかを投票するという案である。
 
しかし前者の方法については幾つかの疑問が出る。
 
「得票数の多かったほうから一定数までと言いますが、その一定数というのは12名ですか?9名ですか?」
 
「社外取締役は最低2名選出すべきだと思います。1人ずつ投票する方式では社外取締役が選ばれない可能性があります」
 
「これは1株1票行使なのか、9名選ぶのなら1株9票行使、つまり累積投票にするかで、結果が大きく変わると思います」
 
「バラバラに投票すると、一体感のまるで無い経営陣になって会社が迷走しそうです」
 

結局、候補者を1人ずつ投票する方式はよくないというのが議場の空気となる。それで須丸は、3つの案のどれにするかを投票する方式にしたいと述べ、拍手で承認された。そこで急遽投票用紙が準備され、投票が行われることになる。
 
投票になりそうだということになった時点で、急遽高速プリンタを10台会社から持って来ている。議場にいるのが1347名なので、その投票用紙の準備に1分間に20枚印刷できる高速プリンタ10台を動かして7分ほど要した。
 
その間に技術部の社員が重複投票を防ぐための簡易なソフトを組んだ。
 
そして投票が始まる。岩波さんからの電話連絡で私は鈴木案に投票して下さいと指示した。
 
1347人が議決権行使書を提示しながら投票するので、それだけで1時間半ほどの時間を要した。中には入場した後、議決権行使書を紛失したと主張する人がいる。この人たちには他の人たちの投票が終わるのを待ってもらった上で、身分証明書を提示してもらい、重複投票でないことを確認して新たな議決権行使書を再発行してから、投票してもらった。
 
その後、集計するために時間が掛かる。
 
結果が出たのは14時すぎである。総会が始まってから既に3時間が経過しており、出席している株主たちに軽食とペットボトルの飲み物も配られていた。
 

事務局からの報告を受けて議長の須丸氏が発表する。
 
「入場時に集計した時はご来場なさいました株主様の合計議決株式数は3030万5000株だったのですが、本議事に関して投票された株式数は全部で3020万9700株、当初入場者様の株式の99.7%、議決権株式総数の61.3%であります。定足数は充たしております」
 
総会の議決には株数全体の過半数が必要である。
 
「取締役人事に関する3つの提案に対する投票株式数を発表します。まずは会社案ですが127万2400株で4.2%、ライオン・ペアズ様案は394万2200株で13.0%, 鈴木片子様案は2498万5300株で82.7%、無効票は9800株です。したがって鈴木様ご提案の取締役選任案が可決されました」
 
村上社長は顔面蒼白であった。佐田副社長も厳しい顔をしている。ふたりを含む解任された8人が取締役席から退く。
 
なお鈴木案の投票獲得株式数は議決株式総数に対する比でも50.7%を占めていた。
 
「鈴木様案が可決されましたので、新たな取締役は、町添幸太郎、似鳥俊夫、須賀義晴、紙矢直人、朝田寛美、加藤銀河、佐蔵越子、堂崎隼人、中林麗子さんです。おられましたら、こちらに来て、議長を代わって下さい」
 
と須丸議長が言うので、その9人が集まる。中村さんは一般席に行く父の吉馬さんとタッチしていた。
 

事務の人が急遽新任の取締役の名札を作ってテーブルに置いた。加藤さんは顔色がよくない。彼は鈴木案が提案された時点で、もしその案が否決されたら辞表を書く必要があった。
 
「議長は誰がします?」
と町添さんが言うが
「そりゃマハトークでしょ」
と堂崎さんが言い、他の人も笑顔で拍手する。加藤さんもやっとホッとしたような顔をしている。
 
マハトークというのは、★★レコード黎明期に町添さんが多数の無名アーティストの音源製作をしていた時、編曲者名としてクレジットしたペンネームである。堂崎さんの世代くらいまでには結構知られた名前である。
 
「ここで臨時取締役会。町添さんを社長に推薦します」
と朝田さんが言い、全員拍手をする。
 
それで町添さんは“新社長”に就任したのである。
 
その町添さんが緊張した面持ちで須丸さんと握手して議長席を交替した。
 
 
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【夏の日の想い出・天使の歌】(3)