【夏の日の想い出・振袖の勧め】(2)

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そのようにして、急遽作られ12月23日に発売されたのが『振袖』であった。
 
東堂先生からは「この曲はタイトル曲にはしないこと」という指示があったので、代わりに私がタイトル曲として使うことにしたのは、高校1年生の時に書いた『振袖』という曲である。
 
これは高校1年の1月に、私が1月2日から8日まで7日間連続で振袖を着た時に書いた曲である。かなり長い時間、譜面は行方不明になっていたのが、割と最近若葉が「その曲の譜面ならコピーしたの持ってる」と言って持って来てくれて、それに政子が新たな歌詞を付けてくれたものである。
 
この曲は和楽器を多用した曲である。それでとにかくも親族に声を掛け無理を言って集まってもらった。
 
取り敢えず近くに住んでいる今田一家には協力してもらう。母の友見(私の従姉)に箏、長女の三千花(槇原愛)に三味線、次女の小都花(篠崎マイ)に太鼓、三女の七美花に笙を頼む。七美花は管楽器全般が得意だが笙も凄いのである。名古屋から風帆伯母に来てもらって琵琶を弾いてもらう。風帆の長女・恵麻に尺八、次女・美耶に胡弓を頼む。
 
そしてこの曲を書いた時から、私は龍笛を頼む人を決めていた。それは実は8年前この曲を書いた時にその場に居た鮎川ゆまが推薦してくれた人で、大裳こと千里である。
 
彼女はちょうど全日本社会人選手権(10.31-11.01)が終わった所で、彼女が参加する40 minutesは美事にオールジャパンの出場権を獲得したのだが
 
「まだオールジャパンまで時間あるよね? 2−3日でいいから付き合ってよ」
と言って千里を呼び出し、この演奏に参加してもらった。
 
千里の龍笛と七美花の笙が合奏されると凄まじかった。
 
龍笛は龍を呼び、笙は鳳凰を呼ぶ。彼女たちが演奏していた時、私は思わず天井を見上げてしまった。
 
「なんか来てるよね?」
と政子が言い、私も頷いた。
 

この楽曲は最初にコアとなる和楽器セクションを収録し、その後今度はリズムセクションの収録をしたが、ここはスターキッズの出番である。近藤/鷹野/酒向の3人が和楽器の音を聞きながら、それに合うようにギター・ベース・ドラムスを入れてくれた。
 
そしてここにアスカに頼んで揃えてもらったヴァイオリン奏者8人+私と鷹野さんの合計10人によるストリングサウンドを付加する。
 
そして最後に月丘さんのキーボードと七星さんのサックスを加えてほぼ完了である。マリが「私何かの楽器で参加できないかと思ったけどみんなハイレベルすぎて無理だった」と言っていた。
 
これに私とマリの歌を乗せたが、ここまでの収録がかなりスムーズに行ったにもかかわらず全部で5日かかった。近藤さんからは「スケジュールが厳しい時にこういう難曲を入れるというのはケイは鬼だ」などと言っていたが、東堂先生の作品が凄いので、それに負けない曲を入れる必要があったのである。
 

『振袖』のCDに一緒に入れた曲は、東堂先生から頂いた『トップランナー』、音源制作・PV制作も終わったまま、前回のシングルから外され、アルバムに収録する予定がそこからも外れて4月にあらためて出すつもりだった『内なる敵』、2014年9月に私と政子・雨宮先生と千里の4人で話していた時にできた曲『灯台もと暗し』、そして鴨乃清見!から頂いた『門出』である。
 
ここで鴨乃清見の作品が入っていたことは、多くの音楽関係者に驚かれた。
 
鴨乃清見は2007年5月大西典香のデビューアルバムの作曲者として名前が出てきた作曲家で、過去に多くの賞を受賞している。間違いなく一流作曲家ではあるものの、極端に露出の無いことでも知られている。様々な賞の授賞式にも出てきたことがないし、プロフィールは不明、写真さえもない。年齢も性別も不詳だ。
 
寡作で主として津島瑤子と大西典香にだけ楽曲を提供していたし、大西典香のアルバムは大半が鴨乃清見の作品だったので、実は大西典香の変名ではないかという噂も昔からくすぶっているものの、本人は否定している。
 
「私よりお若い方なんですよ」
と大西は言っていた。
 
しかし2007年に20歳でデビューした大西典香が自分より若い人と言うということは当時まだ10代だったということになる。
 
そしてその大西典香が2013年12月に引退した後は、鴨乃清見は津島瑤子にだけ曲を提供していたので、2014年も2015年も発表した楽曲は2曲ずつである。
 
それが突然ローズ+リリーのシングルに名前が出てきたので驚かれたのである。
 

12月23日当日におこなった発売記者会見でも、私たちはその点を聞かれた。
 
「鴨乃清見さんとはお会いになりました?」
「はい、よく知っています。実を言うと、鴨乃さんが2007年に大西典香の曲の作曲者として名前を出して間もない頃、私は鴨乃さんとお会いしているんですよ」
 
私と千里の初の直接遭遇は2007年7月28日・唐津である。大西典香のデビューは2007年5月15日。そして私と千里のライバル意識を煽っていた雨宮先生と私が出会ったのは2007年6月22日で、この時期に運命的な出会いが続けて起きている。私と政子が初の共同作品『あの夏の日』を書いたのも2007年8月4日である。
 
「鴨乃さんって男性ですか?女性ですか?」
と記者が質問するが
 
「非公開なので、申し訳ありませんがお答えできません」
と私は答える。
 
「今回曲を提供してくださった経緯は?」
 
「鴨乃さんは本業の方がこの夏までひじょうに多忙だったんです。それで秋になって『ちょっと暇になったから書いてみた。大西典香も引退しちゃって発表できる場がないし、ケイちゃんたち良かったら歌って』とおっしゃったので頂きました」
 
「では鴨乃さんは、今少しお暇なんですか?」
「そうみたいですよ。年末年始はちょっと忙しいですが、その後3月頃までは時間的な余裕があるようです。春から夏に掛けてはまたお忙しくなるようです。でも鴨乃さんの歌を歌わせてという歌手志望者の方がおられましたら、∞∞プロに自分のデモ音源など送ってみられてはいかがでしょうか?」
 
と私は答えたが、その後、本当に送って来た歌手・歌手の卵が200人ほどいたらしい。そしてその中から翌年秋、女子高生歌手・山森水絵が鴨乃清見の曲でデビューすることになるし、他にも数人(他の作曲家の曲で)デビューに至る歌手が誕生した。
 

さて今回の記者会見ではスターキッズ+6人編成のヴァイオリン隊との伴奏で今回のシングルに入っている曲5曲をショートバージョンながらも全部歌った。但し『振袖』の和楽器セクションだけは音源で流した。
 
今回のヴァイオリン隊に参加してくれたのは、蘭若アスカ・凜藤更紗・鈴木真知子・伊藤ソナタ・桂城由佳菜・前田恵里奈というメンツで、『振袖』の音源制作に参加してくれた人の一部である。アスカ人脈だが、ハイ・クォリティなヴァイオリン隊に耳の良い記者たちからどよめきが漏れていた。
 
今回急遽発売された経緯についても尋ねられたが、東堂千一夜先生からすぐに出してと言われたのでと私が答えると、記者たちの中から笑い声が出ていた。
 

今回のPVは雨宮先生が監修しただけあって、どれも凝ったものとなっていた。『内なる敵』に関しても雨宮先生は撮り直しを指示し、私がKARIONの制作で時間があまり取れない中、演技力のある若手俳優さんたちを多く起用して撮影された。
 
タイトル曲『振袖』では、最初1人の女性が振袖を着付けしてもらっている所から画像は始まる。この人は『ときめき病院物語』にほとんどセリフの無い看護師役で出ていた日吉ツバキさんという人だが、雨宮先生は注目していたらしい。
 
「あんた男の娘だよね?」
と先生はいきなり彼女に訊いたらしいが
「私、よくそれ言われるんですけど、天然女です、すみません」
とツバキ。
「じゃ女の息子かレスビアン?」
「それもよく言われるんですけど、私は男装はしませんし男の人が好きです」
 
ということで、雨宮先生は彼女の性的傾向をかなり疑っていたようだが、少なくとも本人は普通の女性を主張していた。しかし本当に演技のうまい人で、この人のおかげでこのPVがひじょうに引き締まったものになっていた。
 
ビデオでは日吉さんが着付けの終わった振袖を着て、街を歩いて行くうちに、1人、2人と同様の振袖を着ている女性が増えて行く。日吉さんが着ているのは水色の振袖なのだが、最初に加わるのは黄色い振袖の人で、この人は以前大手劇団の研究生をしていたものの、チケット売りのノルマに疲れて!退団し、現在はコンビニのバイトをしながら写真モデルをしているという間枝星恵さんである。雨宮先生はどこからこんな子を見つけてきたのだろうと私は疑問に思ったが、この子もひじょうに上手い子であった。
 
続けて薄紫の振袖を着た人が2人、薄緑の振袖を着た人が4人加わって8人になる。そこで曲はサビに突入するのだが、振袖女性は一気に32人に増える。あとから加わった24人は全員ピンクの振袖を着ている。
 
そしてこの32名で、振袖を着たままダンスをする。中央に位置する日吉さんはその中で赤い毛氈の敷かれた長椅子に腰掛け、日吉さんが茶釜でお茶を沸かし、入れたお茶を間枝さんがのんびりと飲み、ふたりで楽しく歓談するというシーンに進んでいく。
 
その間も他の30人はずっと踊っている。ややシュールな雰囲気で映像はまとめられている。この30人は実は都内の女子高のバレエ部のメンバーである。
 
なおここで使用した茶器は雨宮先生が個人的に所有していたもので、800万円する品らしい。撮影が終わってからそれを聞いた日吉さんと間枝さんが悲鳴をあげていた。
 
「良かったぁ、割らなくて」
とホッと胸をなで下ろしている日吉さんに
 
「割っていたら800万円弁償してもらうか、私と一晩付き合ってもらう所だったけど」
などと雨宮先生が言うので
 
「先生、そういうセクハラ・パワハラ発言をしていると、その内訴えられますよ」
 
と雨宮先生の「お目付役」として来ていた田船美玲さんが釘を刺していたらしい。
 

『門出』のビデオにもこの日吉さんと間枝さんのコンビに出てもらった。
 
今度はふたりは女子高生の制服を着ている。実際の年齢は日吉さんが19歳、間枝さんが21歳なので、まだ何とか高校生の制服もいける。
 
卒業式のようなシーンから顔の映っていない男の子に第2ボタンをねだり、それをもらって嬉しそうに胸に抱きしめるようにする日吉さんの顔が物凄く可愛い。私はこのビデオの試写を見た時、これ日吉さんけっこう人気が出るのでは?と思った。
 
そこに間枝さんと、もうひとりの女子が来て、誘っている。そして3人で行った先は羽田空港である。沿線の風景が3人が楽しそうにおしゃべりしている様子の背景に流れる。
 
そして空港では教師風の男性が旅立とうとしている。3人はそこに駆け寄り、ひとりずつその教師と握手をしてもらい涙を流している。教師は笑顔で3人に1個ずつ、掌に載るような小さな航空バッグを渡した。そして教師が手荷物検査場に消えて行くのを見送った後、3人は思い直したように笑顔になり、各々その航空バッグを自分の掌に乗せたまま、希望にあふれるような顔をしていた。
 
さて、ここで日吉さんと間枝さんの他にもうひとり出てきた「女の子」は実は2015年度の§§プロ「第2回ロックギャルコンテスト」で特別賞をもらった子で、西宮ネオン君という男子高校生!である。
 
「いや、参りました。初仕事が女装とは思わなかった」
と彼は頭を掻いていた。
 
「でもロックギャルコンテストって女の子のコンテストだよね。それに応募したのなら、女装は慣れているということは?」
 
「姉貴にハメられたんですよ。女の子のコンテストとは全然知らなくて。会場でミニスカート穿いてと言われてぶっ飛びました」
 
結局スカートは勘弁してもらってショートパンツで審査を受け最後まで行ったらしい。足の毛は剃られた上でハイソックスまで履かされたらしいが。
 
(昨年のコンテストではアクアはスカート穿いてと言われて素直にスカートを穿いている。これがノーマルな男の子と少し?変わった男の子の違いか)
 
彼は歌も聴かせてもらったが、かなりうまい。魅力的なバリトンボイスである。ただ身長は165cmと低く、のど仏が目立たないし、肩もまだ張ってないので、女の子の中にも埋没してしまう。「ギャルコンテスト」で三次審査を通過しただけあって美形だし、充分人気が出る可能性があると思った。
 
「僕はアクア先輩のような男の娘路線はやりたくないですから、とハッキリ秋風社長に言いましたし、社長も『うん。それでいい』と言ってくださったので契約しましたから。今回のはまあ愛嬌で」
などと彼は言っていた。
 
「アクアって男の娘なんだっけ?」
「違うんですか?」
「本人は普通の男の子だと主張しているけど」
と私が言うと
「うーん・・・・」
と言ってなんだか悩んでいた。
 

『灯台もと暗し』は実際に和歌山県の潮岬灯台まで行って撮影してきている。灯台の光が遠くを照らすのに、灯台の直下はそんなに明るくないのが画像で確認できる。
 
その暗い中で男女ふたりがイチャイチャしている所が終始映されている。その映像とローズ+リリーが昼間の潮岬灯台の下でスターキッズとヴァイオリン隊をバックに演奏している映像(実際にはブルーバック合成)とが切り替えながら表示される。
 
今回作ったビデオの中では最もシンプルな構成である。
 
ただ最後に灯台の下でイチャイチャしていたのが、実は山村星歌と本騨真樹のカップルあったことが曲の最後になって明かされる仕掛けになっている。テレビのCMでこのPVが流れた日は、1日中この話題でネットが騒然としていた。
 

『内なる敵』の新しいPVでは最初男女の俳優さんが夫婦を演じて、朝御飯のひとときが映されている。ごく普通の家庭の雰囲気で、やがて夫はお弁当を持って出かける。妻はキスして夫を送り出す。
 
そして妻がくつろいでいると、その妻の背後でテレビのスイッチが突然入り、砂嵐の画面が映るのだが、そこから長い髪の女性が這い出してくる。件の恐怖映画で有名になったシーンで、多数のパロディを生み出したものである。背後でそんなことが起きているとは気づかない風に妻はファッション雑誌を読んでいる。テレビから這い出してきた女性が妻の肩に手を掛ける。
 
妻は驚いた顔をして振り返る。
 
そして。
 
長い髪の女性とキスした!
 
ふたりはそのあと笑顔で何か話している。そして仲良く手を取り合って、寝室に行ってしまう!
 
最後に妻は『Do not disturb』と書かれた札を寝室のドアに掛け、ドアを閉めてしまった。
 

『内なる敵』はこのPVの演出に合わせるかのようにラストを改変した。
 
夏に公開していたラストでは救いようのないほど悲惨だった部分の後に更に8小節の新たなフレーズを書き加え、これで一発逆転ハッピー?エンドにしてしまっているのである。
 
こういう歌詞に改訂することになったのは、ひとつは雨宮先生のサジェスチョンもあるが、マリ自身の心境の変化によるものも大きい。おそらく松山君とのことの決着が付き、マリとしても心にゆとりができて歌詞を改訂する気になったのであろう。
 
なおPVに出演しているのは、夫役が大林亮平、妻役がマリ、テレビから這い出した女性がケイのように一見みえるので、このビデオがテレビで公開された時は「大林とマリちゃんがキス!?」と一瞬大騒ぎになった。
 
が、実は全員そっくりさんであり、PVの最後に出演者をきちんと表示している。
 
ここで夫役は大林亮平のそっくりさんの太林亨平、妻役と女性役はローザ+リリンのマリナとケイナ。つまり全員男性だったのである。
 
ローザ+リリンの2人は普段のパフォーマンスでは、わざと崩したメイクにしているのだが、今回のPVではメイクの専門家に各々2時間がかり!でメイクを施され、すっかり美人になっていた。
 
撮影に付き合っていた政子が「すごーい。私より美人」と感動していたらしい。
 
またマリナとケイナのキスシーンについては2人とも「いつもやってるので」と言っていた。
 
「歯は磨いておく約束で」
 
私とマリがしばしばステージ上でキスするので、ケイナとマリナもパフォーマンスの最後の方でキスするのが恒例になっているらしい。
 
「男同士でキスしてて変な気分になったりしません?」
とマリは尋ねていたが
「もし恋愛感情が生じてしまったら結婚するということで」
などとふたりは言っていた。
 
「その時はどちらがお嫁さんになるんですか?」
「病院まで言って性転換手術を申し込んでから、手術直前に最後は殴り合いして負けた方が潔く手術台に乗せられて、男を辞めて女になるということで」
 
「殴り合いなんですか〜?」
 

最後にPVを制作したのが東堂先生作の『トップランナー』であった。
 
これはビデオ出演者に実際に2000m走をしてもらい、その様子を多数のカメラで撮影して、それを編集して構成した。出演者は全員元スポーツ選手の女優さんたちである。スポーツをやっていただけあって、全員しっかりした体格で、まず足がとても太い。
 
スポーツ未経験の人、特にふつうの女優さんの足は細いので、それでは陸上競技をしているようには装えないと雨宮先生が言い、リアリズム追求で人が集められたが
「足が太いのでふだん良い仕事をもらえないんです」
と言っていた人が多かった。
 
「私なんていつもオカマ役ばかりやらされるんです」
と言っていた人もいた。
 
マリが「すごーい。こんなに太い太股、私憧れる」などと言って出演者さんたちの足を触っていたら氷川さんから「勝手にべとべと触るのはセクハラ」と注意されていた。
 
2000m走自体はガチである。演出無しで、全員全力で走って下さいと言って撮影した。怪我しないように充分な準備運動をした上で始める。レースの様子は固定カメラ・移動カメラあわせて10台の他、各ランナーの頭に付けた小型CCDカメラでも撮影し、あとで編集した。
 
レースはまさに「シナリオ無きドラマ」となり、途中まで第2グループで体力を温存していた人が、残り1周(400m)になってからスパートを掛け、トップをずっと走っていた人と激しいデッドヒートの末、ほとんど同時にゴールした。ゴール瞬間を撮影していたので確認した結果、実際には追い上げた人はわずかに及んでいなかったのだが、この写真を改変し、完全同時ゴールということにして、ふたりを並べて表彰台のいちばん高い所に立たせ、ふたりにマリが勝利の印の月桂冠をつけてあげる所で映像は終わっている。
 
今回の5つのPVでマリが出演したのはこの1ヶ所のみである。
 
なお上位5位までに入った人については、休憩後振袖を着てもらい、その格好での撮影も付加した。
 

「初日の統計が出ましたよ」
 
12月24日の昼過ぎ、氷川さんが私たちのマンションにやってきて言った。
 
マリは「今日はクリスマスイブだから、美味しいもの食べなきゃ」などと言って普段より早い11時!に起きてきていたので、氷川さんを含めて3人で取り敢えずお昼用に揚げたフライドチキンを食べながら話した。
 
「昨日のデイリー・ランキング、1位ローズ+リリー『振袖』75万枚、2位福留彰『波』31万枚、3位ラビット4『太陽と自転車と終わってしまった恋』 24万枚、4位キャッツファイブ『白猫の片思い』16万枚」
と氷川さんはスマホを見ながら言う。
 
「凄い、福留さんが初動でプラチナ達成」
「凄く良い曲だよ。でも福留さんの声で生きる曲」
「へー。それとキャッツファイブも昨日が発売日だったのね」
 
「キャッツファイブを出している◎◎レコードの岩瀬部長から町添にクレームが入っていたらしいです。突然そんな大物をうちの発売日にぶつけるなんて酷いって。向こうは1位取るつもりで10月頃からずっとテレビで前宣伝していたみたいで、1位を祝賀するテレビ脚本まで書いていたらしいんですよね。それで町添はそちらが2位だったらホワイト▽キャッツのメンバー全員にショートケーキをプレゼントすると言ったらしいんです。ところが4位なので岩瀬さん『申し訳無かった。ローズ+リリーの2人にホールケーキを贈る』と言ってきたとか。後で届くと思います」
 
と氷川さんが言う。
 
「それは素晴らしい!」
と政子は喜んでいる。
 
「でも後から考えてみたんだけど、トップランナーは歌詞とか考えても女性の歌い手を想定した歌詞になってた。あれ最初から私たちにくれるつもりだったんじゃないのかなあ」
と政子は言う。
 
「それはそうだと思うよ」
と私は言う。氷川さんも頷いている。
 
「じゃ、東堂先生、私たちを応援してくれているんだ?」
と政子は言ったが
 
「それは違う」
「違います」
 
と私と氷川さんは言った。
 
「え?なんで」
 
「東堂先生はね。私たちに今回勝たせることで、ラビット4に私たちへの対抗心を植え付けたんだよ」
 
「え〜〜!?」
 
「私たちがCDを出していなければラビット4は、いわば温室育ちのアイドル、キャッツファイブに勝利して鮮烈なメジャーデビューをしていた所だった。キャッツファイブはあれだけ前宣伝していたから、それに勝ったバンドなんていきなり注目されるじゃん。それでは彼らのためにならないと先生は考えたんだよ」
と私は言う。
 
「私もそう思います。出鼻をくじくことで、彼らに『なにくそ』という気持ちを持たせたんです。物凄い逸材だからこそ、獅子の子のように、いきなり千尋の谷に突き落として奮起を促したんですよ。ですからラビット4は今後が怖いです」
と氷川さんも言った。
 
「そっかー」
 
「もっともふたを開けてみたら、私たちだけでなく、福留さんにも負けてるから東堂先生はきっと苦笑しているだろうね」
と私。
 
「でもラビット4って凄くいい曲書いてる。私、こないだからCD聴いてて、かなり惚れ込んじゃったよ」
と政子。
 
「でもサインをねだったりしないでね。向こうもこちらにサインを求めたりしないだろうしね」
と私は釘を刺しておく。
 
「うーん。仕方ないな」
「たぶんこの先、5年くらいは私たちのライバルであり続けるかもね」
 

12月24日は午後都内のFM局にマリとふたりで30分ほど生出演して先日発売した『The City』や昨日発売したばかりの『振袖』について話してきた。DJさんの選曲で『ダブル』『たまご』『振袖』の3曲とクリスマスにふさわしい曲として『ピンク色のクリスマス』を掛けてもらった。
 
KARIONの方は24-25日は制作はお休みにした。24日の夕方はKARIONの4人で都内のレストランのディナーを食べる予定が、私の付き添い!が放送局からそのまま同行し、結局5人で食べて軽くおしゃべりをした(もっとも和泉はそれを見越して「7人分」で予約を入れていたようである)。
 

24日の夜は23時!からクロスロードのメンツでクリスマス会をした。この時刻にならないと来れないメンツが多いからである。
 
この日はお正月のオールジャパンに向けて練習中の千里、1月16-17日のセンター試験に向けて受験勉強中の青葉を除く主要メンバーが集まった。
 
「和実、赤ちゃんは順調?」
「うん、今4ヶ月目に入った。まあ私が妊娠しているのではないから気楽だし、ずっとお仕事も続けているけどね」
 
「その赤ちゃんが出来た経緯というのがいまいち分からないのだが」
という質問に対して、和実は再度cHa(complete Heyting algebra)上では排中律自体は成り立たなくても、排中律が成り立つという真理値は1なので、ローカルに見て真とは言えないものも、トータルで見ると真になることがある、などと説明するものの、みんなさっぱり分からない。
 
「つまり私に卵子があるかどうかの真理値が1でなかったとしても、卵子の採取が成就する真理値は1になる可能性があるんだよ」
と和実は言うが、全然意味が分からない!
 
以前にもこの話は聞いたのだが、その話を理解していたのは数学基礎論に強い千里のみであったようである。桃香も千里と同じ学科を出ているのだが、そのあたりは専門外なのでさっぱり分からんと言っていた。
 
ただ、和実が採卵台に寝て採卵針を刺された結果、なぜか卵子が採取できたので、それに淳の精子を受精させ現在赤ちゃんは仙台に住む代理母さんのお腹の中で育っているということなのである。
 
そのあたりの経緯は千里の子供、京平の誕生過程に似ている気もする。そういえば千里が採卵に成功したという話を私にした時、その場に和実もいたのである。その話を聞いて、和実も採卵に挑戦したのだろう。
 

「でも赤ちゃん生まれたらどうするの?」
「子育てにしばらく専念したいから、メイドさんは退職させてもらうつもり」
「子持ちメイドってのもいそうだけど」
 
「私、仙台か石巻に引っ越そうかとも思ってるんだよね」
「へー」
「そしたら姉貴が近くにいるから、何かの時は助けてもらえるだろうし」
「ああ、そういうのはいいね」
 
「その話を社長にしたらさ、仙台にメイド喫茶作らないかと言うんだよ」
「あ、いいんじゃない?」
「経営は全く別。だから盛岡のショコラ、東京のエヴォン、京都のマベル、とお互いに友好店になる。コーヒー豆とかの仕入れだけ共同」
 
「今度は和実が社長になるのか」
「そういえば和実って最初の頃から、経営学とかの勉強してたよね」
「うん。それはショコラの店長から言われたから勉強してたんだよ。およそビジネスに関わる者は、末端の社員でも経営のことが分かってないといけないってね」
 
「それは真実だと思うなあ。経営が分からないビジネスマンは使えないよ」
 
「淳さんの仕事はキリがつくの?」
「まあ付かなかったら単身赴任かな」
 

「千里は何だか年明けに納品しないといけないシステムの追い上げで大変らしい。最近ほとんどうちに帰ってこないんだよ」
 
と桃香は言っているが、私は千里自身からはここしばらく朝から晩までひたすらバスケの練習をしているという話を聞いている。今日も徹夜したら明日の練習に差し支えるから欠席すると連絡があった。千里は40 minutesとレッドインパルスに二重在籍に近い状態になっており、どちらのチームもオールジャパンに出るので、両方の練習に出ているようである。それで日中はレッドインパルスの1軍チームの練習相手を務めることで自分の練習にもし、夕方からは40 minutesの事実上のチームリーダーとして、みんなの練習を見てあげている感じのようだ。
 
となると、ソフト会社の方はどうなっているのか?と疑問が生じる。どうにも千里の生活実態はよく分からない。話が面倒になるので、バスケットに関する部分は桃香には話してないのだろう。
 
どっちみち音楽制作活動は一時休止のようで、雨宮先生がぶつぶつ言っていた。
 

あきら・小夜子夫妻は今日は3人の子供をお母さんに預けて来ている。長女みなみ(4歳), 次女ともか(2歳), そして三女ほたる(6ヶ月)である。
 
「次の子も行けそうですか?」
「まあほたるが1歳過ぎた時点で、あきらにまだ生殖能力があればね」
 
「たぶんその頃はおちんちん自体無くなってますよ」
と桃香。
「そんな気もするのよね〜」
と小夜子。
 
「でもあきらさんとこはうまい方式で進んでいるね。子供をしっかり作ったあとで性転換するとか」
と淳が言うが
 
「いや、私は性転換するつもりは・・・」
などとあきらは言う。
 
「手術怖いの?」
「そういう意味じゃないけど」
「めったに死ぬことは無いよ」
「まあたまに死ぬ人もあるけど」
「うーん・・・・」
 
「でも私は男の身体のままでいるより、手術中に死んだ方がまだマシくらいの気持ちで手術受けたよ」
などと私が言う。
 
「まあケイは無事だったね」
「私が手術を受けた病院は20年くらい性転換手術をしてるけど、20年間で手術中または術後1週間以内に死んだのは4人だけだと先生は言っていた」
 
「そういうちゃんと死んだ人の数を言うのは良心的だと思う」
「何か病気を抱えていたんだろうね」
 
「クロスロードのメンツで手術の時、ちょっと危なかったのは千里みたいね」
「そうそう。手術中に一時心臓が停まったりしたらしいし、手術終了後も最初は死ぬかと思うほど辛かったと言ってた」
「あれは国際電話掛けて青葉がヒーリングしてくれたんで助かったとか言ってた」
「でも同じ日に青葉も手術受けたんでしょ?」
「うん。凄いね、青葉のパワーも。手術されたての身体で他人をヒーリングするって」
 
「その件に関しては青葉は難しい説明をしてた」
と和実が言う。
 
「パワーを持っていたのは千里らしいんだよね」
「ん?」
「千里は霊的なパワーはあるけど、千里自身はヒーリングみたいな真似はできない」
「ほほお」
 
「でも青葉はさすがに手術直後にはとてもパワーが足りない。それで千里のパワーを青葉に貸して、青葉はまず自分をヒーリングして他人をヒーリングできる所まで体力を回復させ、そのあとで結構やばい状態になっていた千里のヒーリングをしたんだって」
と和実が解説する。
 
「姉妹で助け合って回復した訳か」
「千里は7月中旬に性転換手術を受けて、9月中旬にはファミレスの夜間店長に復帰してるからね。青葉のヒーリングで物凄い速度で体力回復させたんだろうね」
 
「千里の場合は元々スポーツ選手だから身体自体は丈夫だと思うよ」
「それはあるかもね」
 

世間では23日の天皇誕生日、24日のクリスマスイブ、25日のクリスマスをすぎると、もうお正月ムードだが、KARIONは今年は29日まで音源制作の作業を続けた。それで24-25日の休養日を経て、26日に私がスタジオに出て行った時のことである。
 
見慣れない女性が居るので尋ねる。
 
「済みません。どなたでしたっけ?」
 
すると小風が言う。
「何言ってんの?相沢さんじゃん」
 
「へ?」
と私が言うと彼女は
「どもー、相沢です」
と言うので
 
「まさか相沢さん、性転換したの?」
と私はびっくりして言う。お化粧しているので分かりにくいが、よく見ると相沢孝郎さんの面影がある気がする。
 
「うーん。そういうことにしといてもいいかな」
と本人。
 
「蘭子ちゃん、会ったことなかったっけ?TAKAOの妹さんだよ」
と黒木さんが言う。
 
「あ、妹さんですか!びっくりした」
 
「TAKAOがどうにも外せない用事で欠席というからさ、困るよと言ったら妹を行かせるからと言って」
と黒木さん。
 
「すみません。健治が亡くなった後の様々な処理で駆け回っているようで。私が代行できたらいいんですけど、女では話聞いてくれない人が多いんですよ」
と妹さん。
 
「ああ、特に田舎はそうでしょうね」
 
「彼女、以前にも何度かKARIONの音源制作に参加してくれたことあったけど、その時は蘭子居なかったのかな」
と小風が言う。
 
「あ、初めてかもです」
と私。
 
「そういう訳で、孝郎(たかお)の妹で、相沢海香(みか)です。よろしくお願いします」
「蘭子です。よろしくお願いします」
 
それで海香さんの演奏だが・・・・凄かった!
 
お兄さんに比べるとややワイルドな雰囲気であるものの、女性とは思えないパワーでギターを弾く。
 
「凄いパワーですね」
「このギター聞くと、たいてい『あんた性転換して女になったんだっけ?』とか言うんですよ」
 
「実はこっそり思った!」
「うふふ」
 

2015年12月30日。
 
この日はRC大賞の授賞式が行われた。
 
今年のRC大賞は津島瑤子が『女川盆唄/白い足跡』(両A面)で受賞した。津島瑤子は過去に何度もRC大賞・YS大賞などの優秀賞・金賞を取っているものの、大賞の受賞は実に初めてである。
 
本人には直前まで報されていなかったようで「うっそー!?」といった顔をし、泣きながら『女川盆唄』と『白い足跡』をショートバージョンでメドレー歌唱していた。
 
『女川盆唄』は立川示堂先生の作品。そして『白い足跡』は鴨乃清見の作品である。私がそれを考えながらじっと津島瑤子が『白い足跡』を歌う所を見ていたら、隣に座っていたAYAのゆみが「ケイの目が怖い」などと言っていた。
 
今回、最優秀歌唱賞は松原珠妃が取った。そして金賞を取ったのはAYA『変奏曲』、ローズ+リリー『コーンフレークの花』の他、ハイライトセブンスターズ・ステラジオ・富士宮ノエル・森山伸太・wooden four・金平糖クラブである。
 
RC大賞金賞・YS大賞歌唱賞の両方を取ったのは結局、ローズ+リリー、AYA, 松原珠妃、ステラジオ、富士宮ノエルとなる。私たちも含めて実力派揃いの所にさりげなく富士宮ノエルが入っているのが凄い。
 
なおRC大賞の最優秀新人賞はホワイト▽キャッツ、そのほか新人賞にはアクアや丸山アイなどが入っていた。
 

30-31日の2日間、§§プロの歌手が勢揃いして「今年は大変お世話になりました。来年もよろしくお願いします」と挨拶するCMがテレビに流れた。
 
出演しているのは桜野みちる・品川ありさ・アクア・高崎ひろか・西宮ネオンの5人と、指揮者役で秋風コスモス社長、ピアニスト役で川崎ゆりこ副社長である。
 
秋風コスモスが口上を述べて、川崎ゆりこの弾くピアノのC−G7−Cという和音に合わせて全員お辞儀をする。
 
そして服装は羽織袴を着ている西宮ネオンを除いては、全員振袖であった。コスモスとゆりこも振袖である。
 
つまり。
 
アクアも振袖を着ていた!
 
このCMを見て全国のアクアファンが一斉に「きゃー!アクアちゃんの振袖姿可愛い!!!!」とネットに書き込みをした。それで貧弱なSNSのサーバーが一時的にダウンするほどの騒ぎになる。
 

アクア本人の弁。
 
「桜野みちる先輩から、今回はみんな振袖着るから、あんたも振袖着なさいと言われて、みんな着るのなら仕方ないかと思って着たんです。でも撮影現場に行ったら、ネオン君は羽織袴なんだもん。ボクも羽織袴が着たかったです」
 
しかしネットの住民はほぼ全員
「いや、アクアは振袖で良い」
と書き込んでいた。
 

「でも§§プロって、今年初めの段階では、秋風コスモス・川崎ゆりこ・桜野みちる、の3人しか居なかったんだよね。それもコスモス・ゆりこの活動もピークは過ぎている感じだったから、実質桜野みちる1人がプロダクションを背負う様相を呈していた」
 
とその日なぜかうちのマンションに来てお酒を飲んでいた旧友の高崎充子が言った。ドリームボーイズのダンサー仲間で、AYAの元マネージャーである。
 
「うん。アクアと品川ありさはまだデビュー前。その中、神田ひとみが3月1日に引退することが決まっていたし、明智ヒバリは動向を隠していたけど実は精神病院の閉鎖病棟に入院していた。一応他に満月さやかが歌手からは事実上引退していたものの司会者・タレントとして活動中、日野ソナタもほとんど歌手活動はしてないものの在籍中ではあるけどね。実際あの時期紅川さんはもう会社を畳もうかと思っていたみたいだよ」
と私は言う。
 
「まあそれで秋風コスモスを社長にしてみると、これがうまく行っちゃったという感じかな」
「紅川さんも大胆だよね。コスモスは確かに良い子を見分ける力があると思う。高崎ひろかちゃんも西宮ネオン君も有望な子だよ。アクアの売り出し方についても、コスモスは凄くうまくやったと思う。ふつうなら、もっと男の子らしくしなさいみたいな指導するところを、わざと性別曖昧なままにしている。それでかえって女性ファンの心をつかんじゃった」
 
「オカマちゃんではないのがいいんだよね、あの子」
「そうそう。あの子は間違いなく心は男の子だから。でも実は女装にかなり味をしめている」
「ああ、やはりそうだよね?」
 
「タンスの中身は実際女物半分男物半分だと言っていた。スカートは普通に穿いてるみたいでどうもあの子の感覚ではスカート穿くのは女装の内に入らないみたいだし、(西湖から聞いた話では)時々女子制服で学校に出て行ったりもしているみたいだし」
「ほほぉ」
 
「まあ、中学生のうちはあの路線でいいんじゃないかなあ。高校生になったらさすがにあのままではいけないだろうけど」
と私。
 
「さすがにそれまでには声変わり来るよね?」
と充子。
 
「そうならないように去勢してしまいたいと思っている人が周囲に大量にいるみたいだけどね。こないだも松浦紗雪さんが『私あなたのファンなの。よかったらこれ使って』と言ってプレマリンの錠剤12箱セットを渡したらしいし」
「プレマリンって女性ホルモン?」
 
「そうそう。エストロゲン製剤。あとコスモスがアクアに、もし本当に去勢したいと思ってたら手術代は事務所で出してあげるけどと言ったら、社長までそんなこと言わないでください!と言ってたらしい」
 
「ああ、あの子の睾丸は風前の灯火だな」
と充子。
「風前の線香花火だったりして」
と私。
 

アクアを去勢したがっているひとり政子などもある時こんなことを言っていた。
 
「あれってさ、睾丸を取り敢えず除去して冷凍保存しておいてね」
「うん?」
「結婚したくなった時に戻すなんてできないの?」
「うーん。。。冷凍していた睾丸が、解凍して果たして機能回復するかは疑問だと思うなあ。だって人間を丸ごと冷凍しておいて解凍しても生き返らないよ」
 
「やはり難しいか」
「睾丸は生きてるからね。単なる皮膚と海綿体と尿道だけでできているペニスとは違う」
と私が言うと、政子の目がきらりと光った。
 
「ね、ね。だったらおちんちんっていったん切除して冷凍しておいて、あとから戻したら機能する?」
「機能する可能性はあると思う。ペニスの移植手術というのも例があるし」
 
「冬って、やはり小さい頃におちんちん切除しておいて、性転換手術の時はそれを解凍してヴァギナの材料に使ったんでしょ?」
 
「なんでそういう話になる!?」
 
「アクアのおちんちんも切ってあげたいなあ」
「おちんちんだけ切っても睾丸がある限り男性化は進むよ」
 
「あ、分かった!」
「ん?」
「アクアのおちんちんと睾丸をいったん切り離して、誰か他の人にくっつけておいて、アクアが結婚する時に戻せばいいんだよ」
 
「誰にくっつけておくのさ!?」
 

12月31日(木)。
 
私と政子は昼前に自宅マンションを出て丸の内の国際パティオに入った。和泉・小風と合流する。美空は花恋が同伴してこちらに向かっている最中ということであった。
 
「あの子の寝坊は治らないね」
「やはり起こし係が居ないとどうにもならない感じ」
 
カウントダウンライブに参加する他のアーティストとも顔を合わせては挨拶する。スイート・ヴァニラズ、サウザンズ、スカイヤーズ、バインディング・スクリュー、タブラ・ラーサといった実力派バンドのほか、Rainbow Flute Bands, 蓬莱男爵、など若手バンドの姿も見た。チェリーツイン、プリマヴェーラ、XANFUS、線香花火など私たちと同世代のパフォーマーもいるし、青島リンナ、粟島宇美子、東山三六九などのベテラン歌手も来ている。
 
一部今日大晦日の国民的歌番組と掛け持ちの人もいるが向こうには出てない人が多い。しかしたぶん総売上ではこちらの方が大きい。一応このイベントは全てがストリーミング配信される。有料会員優先だが無料会員でもサーバーに余裕があれば試聴できる。
 
イベントは昼12:00に始まって、1月1日の朝6;00まで18時間、36組のアーティストが出演する。トップバッターはレレイホトー。まだビッグヒットは無いものの、ここ数年着実にパワーアップしファン層も広がってきているバンドであるが、私たちが会場に到着した時は既に演奏は終わっていた。
 
私たちが到着した直後に演奏が始まったのがラビット4であった。私と政子は事前にこのバンドのことを結構研究していたので、しっかりとモニターを見ながら聴いていたが、予備知識が無かった風の和泉が途中から
 
「なんかこの人たち凄いね」
と言って、私の横に座った。
 
「ここ数年、★★レコードは集団アイドルを抱えたKGレコードに次ぐセールスをあげてきたけど、経営方針を間違えば2年後には∂∂レコードがトップの座に就くだろうね」
と私は言った。和泉もかなり厳しい表情で彼らの演奏を見つめていた。
 

チェリーツインは14:00からの演奏で、今日は「歌わないボーカル」気良星子・気良虹子姉妹も、普段は樹木とかドラム缶等に擬態させられている「顔出しNGの代理歌唱者」少女X・少女Yも、更にドラムスの桃川春美さんも振袖を着ている。少女X・少女Yは今日は振袖を着たまま顔だけアイスホッケーのマスクで隠している。
 
後から少女Yと親しいらしい美空から聞いたのでは、紅ゆたか・紅さやかの2人まで振袖を着せられそうになったのを何とか逃げたらしい。
 
「まああの2人の女装は見たことあるけど笑うしかないから」
などと美空は言っていた。
 
チェリーツインの7人は本業(?)が北海道の牧場のお仕事なので、夕方の便で北海道に戻り新年はその牧場内で迎えるということであった。
 
ゴールデンシックスは15:00からの演奏で今日の演奏者はリノン(Gt1)・カノン(KB)の他は、マノン(Gt2,佐小田真乃)・キョウ(Dr,橋口京子)・ノノ(B,橋川希美)・タイカ(Vn,長尾泰華)という6人構成であった。泰華さんが参加していたのには驚いたが、千里に引っ張り出されたと言っていた。
 
ゴールデンシックスは今夜の安中榛名でのローズ+リリー・カウントダウンライブにゲスト出演してくれるので、こちらのステージが終わったら移動するということであった。ただこちらのライブに出たメンバーと安中榛名に行くメンバーはまた違うらしい。このバンドは正式メンバーはカノンとリノンの2人だけで、残りは「ゴールデンシックスと愉快な仲間たち」の中から適宜都合のつく人が参加するという方式である。過去にやったツアーでも日によってメンバーが違っていたらしい。「愉快な仲間たち」の人数はファンサイトの分析によると50人を越すようである。むろん美空もその1人だ。
 
「じゃ先に行って待ってますから。それと今夜のカウントダウンライブの後半は私たちが演奏するからよろしく〜」
などとリーダーの花野子(カノン)は言っていた。
 
ゲストタイムのラストでは私と花野子がカラオケ対決をして勝った方が後半のステージをやるということになっている。むろん勝負はガチである。
 

KARIONのステージは17:00に始まる。
 
直前に演奏していたのはリダンダンシー・リダンジョッシー(略称リダン♂♀:これで「リダンリダン」と読む)というバンドで、その演奏が16:55に終了。正確には演奏自体の終了は16:54で、そのあと歓声に応えたりして16:55に退場完了する。ステージ設営スタッフが出て行く。
 
大急ぎでセッティング作業が行われる。ドラムスは揃えられた状態で板の上に乗せられているので、信号線だけ外し4人で板ごと抱える方式でリダン♂♀のドラムスを僅か30秒で撤去。そのあとトラベリング・ベルズのドラムスを1分でセットし音出し確認する。キーボードやギター・ベースの電気・信号線の接続も確認する。
 
作業は主催者側のチームが12人がかりでやっているが、この手の作業に慣れている人ばかりでひじょうに手際が良かった。
 
16:58には演奏可能な状態になるので、すぐにトラベリング・ベルズおよび追加伴奏者がステージに上がる。彼らの手で音出し確認を再度する。17:00ジャスト。ステージ下手から、美空・私・和泉・小風の順でステージに出て行く。
 
歓声があがる。
笑顔で手を振る。
 
SHINさんの合図で琵琶奏者がパラーン、パララーン、パラン・パラン・パランと強烈な琵琶の音を鳴らし始め、やがてDAIさんのドラムスがビートを刻み始める。他の演奏者の音も始まる。
 
そして私たちは『黄金の琵琶』を歌った。
 
今年のYS大賞優秀賞を頂いた曲である。ひじょうにクォリティの高い曲だと審査員の先生も言っていた。曲を書いたのは青葉で彼女の渾身の作品であるが、それ以上に神がかった琵琶の音が物凄いのである。風帆伯母は「これは神様が演奏したような音だ」とも言っていた。今回お願いしている琵琶奏者さんも最初にCD音源を聴いてから、恥ずかしくない演奏をできるようになるため1ヶ月必死で練習したと言っていた。
 
なおCDに収録した琵琶の音は、青葉の友人・空帆のお祖母さんが演奏してくれた「仮音源」をそのまま最終作品に残したものである。誰にもそれ以上の演奏ができなかったからである(本人にも二度とできないらしい)。
 

今日のKARIONの演奏時間は24分なので演奏できる曲目は5曲が限界である。他のアーティストはMCを入れて3〜4曲構成にしていたが、私たちはMCを短めにして5曲詰め込んだ。
 
『黄金の琵琶』で和楽器を多用したので、そのままやはり和楽器をフィーチャーして『アメノウズメ』、それから和楽器の人たちが退場して代わりにコーラス隊を入れ『たんぽぽの思い』、この時期にぴったりの大ヒット曲『雪うさぎたち』と演奏し、最後は『Crystal Tunes』で美しく締めた。
 

17:25に出番が終わると、すぐに移動開始である。舞台衣装の上にそのままジーンズとトレーナーを着込み、ダウンコートも着て、スタンバイしてくれていたバイク4台の後部座席に1人ずつまたがり、600mほど離れた東京駅に急行する。そして17:40発のあさま621に無事乗ることが出来た。
 
政子とお目付役の甲斐窓香(UTP)は先に東京駅に入って新幹線ホームで待機していたので、6人でグランクラスの席(横3席)2列を占有して座る。
 
「おお、ローズ+リリーのおかげで私たちまでいい席に座れる」
などと美空が喜んでいた。
 
ふだんKARIONは普通のグリーン席である。
 
なお国際パティオのKARIONの出番に最後まで付き合っていた花恋およびトラベリングベルズのメンバーはひとつ遅い便で安中榛名に向かうことになっている(東京18:40→19:43安中榛名)。
 
KARIONの4人はみんな汗を掻いた服を着替えずに来ていたので、新幹線の車内で下着から交換した(着替えは窓香が持って来てくれている)。
 

18:44に安中榛名に到着する。氷川さんがエスティマを持って来ているので、それに6人で乗り込み会場に向かう。
 
「お疲れ様でした」
と氷川さんが声を掛けるが
 
「いや、バイクで駅に急行して、そのあと新幹線のグランクラスに乗るとか、VIPになった気分」
と美空が言う。
 
「KARIONも売れたらいつもそういう待遇になりますよ」
と氷川さん。
「だったら蘭子にいい曲書いてもらわないと」
と小風。
 
私は頭を掻いていた。
 

会場入りしたのが19時前である。観客は7割くらい入っている。前座をしてくれるムーンサークルがもう準備完了している。彼女たちはお昼過ぎ会場に入って軽くリハーサルしていたらしい。早い観客は12時頃から並んでいたというが彼女たちのリハーサルが終わった15時に会場を開けた。外で長時間待つのはとても辛い(男性客が立ち小便などしないようにスタッフが見ていて、適宜仮設トイレに誘導していたという)。
 
19:30にムーンサークルの前座が始まる。1980-1999年の各年のヒット曲を1曲ずつ歌うというもので、選曲は次のようになっていた。
 
1980 ダンシング・オールナイト(もんた&ブラザーズ)
1981 長い夜(松山千春)
1982 セーラー服と機関銃(薬師丸ひろ子)
1983 SWEET MEMORIES(松田聖子)
1984 桃色吐息(高橋真梨子)
1985 スターダスト・メモリー(小泉今日子)
1986 フレンズ(REBECCA)
1987 夢をあきらめないで(岡村孝子)
1988 乾杯(長渕剛)
1989 Diamonds(プリンセス・プリンセス)
〜Break〜(天麩羅岸弾による演奏)
1990 浪漫飛行(米米CLUB)
1991 夏祭り(JITTERIN'JINN)
1992 少年時代(井上陽水)
1993 渡良瀬橋(森高千里)
1994 時代(中島みゆき)
1995 残酷な天使のテーゼ(高橋洋子)
1996 空も飛べるはず(スピッツ)
1997 White Love (SPEED)
1998 Time goes by (Every Little Thing)
1999 Automatic(宇多田ヒカル)
 
(MC:高崎ひろか)
 
選曲したのは加藤課長である!
 
基本的にはその年だけ大きく売れた歌より後の時代まで歌い継がれている歌、特定の層に売れた歌より広い世代に売れた歌を優先して選んだという本人の弁であった。また歌い手が女性なので、どちらかというと女性歌手のヒット曲を優先している。
 
先頭を今夜の趣旨に合わせて『ダンシング・オールナイト』『長い夜』にし、最後は『Automatic』にすることだけ決めて、加藤さんは選曲していったらしいが、あまりヒット曲の無かった《外れ年》で結構悩んだらしい。
 

「でもこれ見てみると、物凄く売れた人でも本当のピークってせいぜい3年くらいですよね」
 
と私は最終的に選ばれた曲目リストと、加藤さんが「候補曲」として挙げていた曲目名の作業リストを見ながら言った。
 
「うん。流行歌は歌の寿命も短いけど、歌手の寿命も短い。長く活動している人はいるけど、爆発的なヒットは初期の数年に限定される。何十万枚というセールスを毎回出すアーティストも存在するけど本当に売れているんではなく特定の固定ファンに買い支えられているだけだよ」
 
と加藤さんは言う。
 
「中島みゆきはちょっと変わったアーティストですね。間欠泉型というか」
 
「そうそう。たまにそういう人がいるんだよ。中島みゆきは代表作ともいうべき『時代』は1975年に出た曲だけど、当初はそんなに売れていない。しかし毎年卒業シーズンになると売れるという現象が起き、中島自身が1993年末に新録音を出している。今回1994年に入れたのはそういう事情なんだけどね。彼女は1977年『わかれうた』1981年『悪女』1992年『浅い眠り』と来て1994年『空と君のあいだに』1995年『旅人のうた』だけが連続ヒット。そして2000年に最大のヒット曲ともいうべき『地上の星』が出ている」
 
「凄いですね! ほんとに何年かに1度突然売れるんだ」
 
「結果的にピークがいつなのかよく分からない人だね。でもそういう売れ方ができるというのは、地道に活動を続けていて、鍛錬も怠っていないからだよ。かつては物凄くうまかったのに、今では歌唱力が衰えまくって、もう聴きたくないという歌手も多い」
 
「日々練習しているかどうかですね」
「うん。マリア・カラスは死ぬ直前まで、物凄い歌唱力を維持していたからね」
 

ムーンサークルを途中少し休ませるための休憩の間に登場する天麩羅岸弾は性別不明・年齢不明と称する覆面の集団による電気楽器演奏である。名前はもちろんテンプル騎士団をもじったものだが、メンバーは天麩羅の絵の描かれた割烹着を着ている。
 
今回リハーサルのビデオを見せてもらったが、ベンチャーズのDiamond Head, Walk Don't Run(急がば回れ)、アストロノーツのMovin'(太陽の彼方に)、レインボウズのMy Baby Baby Balla Balla と1960年代のエレキ・ロックを演奏していた。
 
みんなしっかりした演奏をしていて良い風情だった。
 

私と政子は1時間ほど仮眠させてもらい、21時前に起きだした。ムーンサークルの歌は『Time goes by』がもうラスト付近である。あとは『Automatic』を歌ったあと、自分達のデビュー曲を歌って完了となる。
 
そして私たちのステージは22時からである。私はムーンサークルがスイート・ヴァニラズから提供された『マカロニコロッケサンド』を歌い終わった所で政子を起こした。
 
「うーん。よく寝たぁ。おはよう」
「おはよう」
と言ってキスする。
 
ステージではムーンサークルは最後の曲『恋は運まかせ』を歌っている。
 
「あ、これ私たちの曲だ」
「うん。これで前座は終了。今度は私たちの番だよ」
「よし、頑張るか」
「うん。頑張ろう」
と言って再度キスする。
 
 
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【夏の日の想い出・振袖の勧め】(2)