【夏の日の想い出・The City】(2)

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アクアが主演する『ねらわれた学園』の第3回目が10月下旬に放送されたが、とうとう姿を現した「謎の少女」高見沢みちるについて、ネットでは激しい議論が巻き起こった。
 
今回の放送では、生徒会の会長選挙で生徒指導主任もお気に入りの候補と泡沫候補しか居なかった所に唐突に高見沢みちるが立候補し、強烈なアジテーション演説で、みるみると生徒たちの支持を取り付けていくところが描かれている。
 
しかしネットの住人たちが問題にしたのが、その高見沢みちるの顔が一度も映されなかったことである。しかも高見沢みちる役は番組冒頭のキャストクレジットにも表示されなかったのである。
 
端役ならいざしらず(実際西湖は1回目でも2回目でもセリフがあったのに役名も役者名も表記されなかった)主人公・ヒロインに次ぐ重要な役柄である高見沢みちるのキャストを表示しないというのは異常である。
 
それで噂が飛び交う。
 
「高見沢みちるは実はCGなのでは?」
「声は?」
「ボカロイドだよ、きっと」
 
「さすがにCGであれだけ精巧に作るのは時間がかかりすぎだし予算も掛かるよ。たぶん超大物女優なんだと思う」
「しかし10代の女優で、名前を隠すほどの大物って誰だよ?」
「そもそも声は聞いたことない声だったぞ」
「声色を使っているのかも知れん」
 
「10代である程度演技力もあり名前も売れているといったら***か***あたりだろう」
「それはあり得るけど、名前を隠す意味が分からん」
 
「女優じゃなくてアイドルなのでは? 森風夕子とか北野天子とか、あるいは春野キエ・松梨詩恩あたり」
「待て。ひょっとして主題歌を歌っているのに、出演していない品川ありさということは?」
 
「ああ!それはあり得る!」
 
「でも品川ありさって声色使えるの?」
「聞いたことないけど、実は隠していた特技かも知れん」
 
それで何人かの「高見沢みちる候補」の名前が挙げられた上で、品川ありさが結構怪しいというところに意見は集約されていく。しかしツイッター上で質問を受けたありさは「高見沢みちる役については、番組で公開されるまで一切話してはいけないことになっているので」とだけコメントした。
 
しかしそのありさのコメントで逆にありさ説の支持者は増えた感じもあった。
 

「へー、名前をもらったの?おめでとう」
と私たちは天月西湖(あまぎせいこ)の報告に祝福した。その日私とマリは用事があって放送局に来ていたのだが、そこの廊下で遭遇したのである。
 
「今井葉月(いまい・ようげつ)と言うんです」
 
と言って彼は可愛いライトグリーンの名刺を私とマリに1枚ずつくれた。ドラマには女子中学生役で出演しているが、今日の彼は学生服を着ている。たぶん局に出入りするときはちゃんと普通の制服を着ていなさいと言われているのだろう。
 
名刺は顔写真とQRコードが左側に入っており、俳優・今井葉月と書かれ、§§プロの名前と住所・電話番号・URL・メールアドレスも入っている。
 
「このアドレスは西湖ちゃん直通?」
「いえ。マネージャーの沢村さんが受信します。必要なものだけこちらに転送してもらえるようになっています。あ、私の直通個人アドレスはこちらに書いておきますね」
 
と言って、西湖は自分のアドレスを横に付記した。
 
「このアドレスは私以外は見ませんので」
「了解〜」
「じゃ悪い相談をする時はそちらに」
「あはは」
 
「女子生徒役をしていること、クラスメイトから何か言われた?」
「今のところ誰も気づいてないようなので、バッくれてます」
「あはは」
「まあ、ウィッグも付けてるしね」
「声も女の子の声だし」
「ええ。このまま気づかれなければいいんですけど」
「なんで〜?気づいてもらえばいいのに」
「恥ずかしいです!」
 
そんな彼を微笑ましく思って見ていたが、ふと名刺を見ていて私は思った。
 
「葉月って名前、西湖ちゃんは8月生まれ?」
「はい、そうです。実はアクアさんと同じ8月20日生まれなんです。こちらが1年下ですけど」
「へー!」
「それで体型も近いし、ボディダブルにいちばんいいと言われたんですよ」
「何か縁があったんだろうね」
 
「でもアクアさん、ほんとに演技が上手いです。1つ年上とは思えない上手さなんですよね。歌も上手いし、可愛いし」
「西湖ちゃんだって可愛いのに」
「いや、全然かないません。僕、ほんとにアクアさんに憧れているんですよ。付き人でもしたい気分だけど、うちのプロダクションは付き人という制度は無いんですよね」
 
彼を見ると純粋にアクアに憧れているようだ。1つ違いであればライバル心を持ってもいいくらいだと思うのだが、きっとアクアの性格に惚れ込んでいるのだろう。アクアは温和な性格で、あまり敵を作らないタイプである。
 
「そうそう。仕事場に行くのも基本は公共交通機関でしょ?」
「そうなんです。特に急ぐような場合以外は。秋風社長とか川崎副社長も電車での移動が多いらしいんですよね」
 
「アクアに憧れているなら結婚したいくらい?」
などと政子が茶々を入れる。
 
すると西湖は困ったような顔をして言った。
「あのぉ、それどちらがお嫁さんになればいいんですか?」
 
「じゃんけんで」
「え〜〜!?」
 

9月下旬に氷川さんが個人的に私と話しておきたいことがあると言って早朝にマンションに来訪した。この時間帯を選んだのは、政子が確実に寝ていると見ての選択だったようである。私と氷川さんが2人だけで話していて政子を放置し、その間に何か変なことでもされては困る。
 
「先日私と八雲春朗(やくも・はるあき)さんが話している所を見て、ケイさんが変に思ったのではないかと思ったものですから。ちょっとその件に関しては実は加藤からも少し注意されたんですよ」
と氷川さんは言う。
 
「私は別にプライベートなことは気にしませんよ」
と私は答えておく。
 
「春朗さんとは3回デートしました」
と氷川さんは言う。
 
「結婚なさるんですか?」
「お互いにその意志は無いつもりです」
「うーん。そういうのも構わないと思いますが」
 
「加藤からは結婚するならする、しないならきちんと切れるかどちらかにしろと言われたんです」
「結婚したくないんですか?」
「私は正直、結婚しても仕事は続けたいんですよ。加藤や町添からもできるだけ結婚しても辞めないで欲しいと言われています」
と氷川さんは言う。
 
私は頷く。
 
「でも春朗さんは結婚する以上専業主婦になってくれと言います」
「まあそういう男性は多いですね」
「加藤としていちばん困る事態は、私と春朗さんの関係がこじれて、彼が★★レコードの歌手に曲を提供するのに抵抗感を感じるようになるケースなのではと私は想像しました」
 
「まあ加藤さんとしては心配するでしょうね」
 
八雲春朗は、セールスとしてはそんなに大きくないかも知れないが、かなりの数の演歌歌手の歌詞を書いている。おそらく年間提供数は100曲を越える。★★レコードにとっては大作家のひとりだ。
 
「私は万一こじれたら辞職しますと言ったのですが、今私に辞められたらローズ+リリーのプロジェクトが困ると加藤から言われたんです」
 
「難しいですね!」
 
「ですから春朗さんと話し合って、恋愛関係は清算することにしました。お互い友だちという関係でならいいということにしました」
 
なんか氷川さんまで千里みたいなこと言っていると私は思った。
 
「それで本当にいいんですか?」
 
「最後に1晩いっしょに過ごして、それで最後にしたんです」
 
と彼女は言う。それって政子と同じパターンか?千里は細川さんといったん友だちに戻ると話した時、やはり「最後のセックス」をしたのだろうか?千里以外とどうしてもセックスができないらしい細川さんにとってはそれは人生最後のセックスになった可能性もある。
 
「少なくとも私の見解では、お互いまだあまり深入りしていなかったから、ちゃんと友人関係に戻れるつもりです。この件、加藤にもそれで報告しましたが、ケイさんも心配しておられるかも知れないと思ったので」
 
「まああまり難しく考えない方がいいですよ。男性って、かえって結婚は無いということになると、安心して女性と付き合ったりできるものです。純粋に快楽目的でセックスしないかと言われたりするかも知れないし」
 
「後腐れ無しなら、その程度は応じてもいいんですけどね」
と氷川さんは言っていた。
 
ますます千里たちみたいだ!
 
私は彼女と八雲礼朗(やくも・のりあき)さんとの間にも何かあるのではという気がしたものの、その日はそのことまで聞くのははばかられた。
 

10月11-12日(日・祝)に私たちは、ちょうど東京に出てきた青葉に参加してもらって『ダブル』の音源制作をしたのだが、その時、青葉が設立した千葉の玉依姫神社に置く狛犬代わり?のシーサーの像ができていたので、その設置作業も一緒にすることにした。
 
13日(火)の午前中、私と政子はリーフに乗って現地に行く。青葉は12日は深夜遅くまで音源制作をしていたので桃香たちのアパートに泊まっていた。それでそちらは千里が運転するアテンザワゴンに乗って桃香も一緒に千葉に向かった。千葉市内で彪志君を拾ってから現地に入るということだった。
 
私たちが神社の駐車場に車を駐めたまま少し待っていると赤いアテンザが来て隣に駐める。
 
「お疲れ〜」
と声を掛け合う。千里も青葉も巫女服を着ていた。
 
今日は平日なので、御札授与所は閉まっている。ここは土日祝日だけ開けることになっている。しかしシーサーはこの授与所の中にいったん置かれているので、千里が預かっていた鍵でそこを開けて、新しいシーサーたちと対面する。
 
「おお、可愛い」
と政子は喜んでいる。
 
「かなり大きなものだね」
と初めて見た桃香が言う。
 
「3Dプリンタで印刷したんだけど、このプリントに1体1週間掛かっているんだよ」
と私は説明する。
 
「そんなに!」
「でもそれ以前にコンピュータ内でシーサーの形をきちんと調整するのに3ヶ月掛かっている」
「たいへんな作業だな」
「でも沖縄に置かれているこれのオリジナルは美術の先生が1年がかりで作ったらしいから」
「それも凄いなあ」
 

私たちが神社に到着してから20分もすると、業者さんが来たので、そのシーサーを台座の上に置き、セメントで固定してもらった。
 
そして業者さんが帰ってから、青葉が小さなシーサーのキーホルダーを取り出し何か呪文のようなものを唱えると、明らかにシーサーの雰囲気が変わった。
 
「魂を入れたって奴?」
「ええ。沖縄のシーサー兄弟の子供をヒバリさんからお預かりしていたので、それをここに移しました。移す呪文は、特別にヒバリさんから教えて頂いたんですよ」
 
「へー、どんなの?」
と言って政子が覗き込むので私は
「勝手に見ちゃダメ」
と注意したが、青葉は
 
「別に構いませんよ。私以外が唱えても効果無いですから」
と言う。
 
「ああ、やはりある程度修行をした人でないとダメなのね?」
と私が言うと。
 
「そうそう。この手の呪文は私や冬のような素人が唱えても効果無いよ」
と千里が笑いながら言っている。
 
うーん。。。千里は素人ではないような気もするのだが!?
 

「でもさっき、沖縄のシーサーの子供って言った?シーサーって子供産んで増えるの?」
と桃香が訊く。
 
「そうそう。シーサーは哺乳類だから。両生類なら卵だろうけどね」
と千里が言う。
 
「男の子だったのに、子供産んだんだよ」
と政子。
 
「男の子が!?どこから産むのさ?」
と桃香。
「産んだ時は、一時的におちんちんが無くなって女の子になっていたんだよ」
と政子。
 
「ほほぉ!」
「きっと冬や千里や青葉や和実も子供産める」
と政子が言った時、青葉が一瞬ビクッとしたような顔をしたのが私は気になった。しかし桃香の関心は別の方に行く。
 
「だったら千里、私の子供を産んでくれないか?」
「ごめーん。私、こないだ子供産んだばかりだから、生理が再開するまで1年近く掛かると思う」
「千里、いつの間に子供産んだの?」
「内緒」
「誰の子供さ?」
「内緒」
「私の子供は?」
「桃香に精子があるなら産んであげてもいいけど」
「難しいな」
 

「そういえば彪志君は就職先、決まったんだっけ?」
と私は尋ねた。
 
「おかげさまで内定しています。D製薬の調査統計部門です」
「製薬会社か!凄いね。勤務地は?」
「第1希望富山、第2希望長野、第3希望東京で出しています。どこに行くことになるかは分かりません」
 
「なるほどー、薬といえば富山だ。富山に行けたらいいね」
「ええ。青葉が東京方面には出てきてくれないみたいなので」
 
青葉が苦笑いしている。彼女はお母さん(桃香の母)に恩を感じているので、北陸から離れたくないのである。
 

授与所を閉めて帰ろうとしていたら何だか見たことのあるようなテレビ中継車が停まる。
 
「じゃじゃじゃじゃーん。こんにちは〜。関東不思議探訪です。ケイさん、またお会いしましたね〜」
と元気な声でマイクを持った谷崎潤子ちゃんが降りてくる。
 
「よく会うね」
と言って私はカメラに向かって手を振った。
 
「おお、なんか新しいものが設置されている!」
と潤子ちゃんは早速設置されたばかりのシーサーに目を留めた。
 
「さっき設置したんですよ」
「これ狛犬じゃないですよね?」
「ええ。シーサーです」
 
「実はまた新しい台座ができていると聞いたのでレポートしに来たんです。ちょうど設置した所に来られて良かった。でもなんでまたシーサーがこんな所に?」
 
「マリの趣味です。ゴジラとモスラを設置したいと言っていたのですが、シーサーで手を打ってくれました」
 
「ゴジラとモスラじゃ、権利使用料が高いのでは?」
「喧嘩されると困りますしね」
「確かに確かに」
 

「神社設置者さんも、巫女さんもこんにちは」
 
「私、ここの神社辞めたんですけどね。今日はこのシーサーの設置のために特に鍵を預かってきたんですよ」
と千里が言っている。
 
「あら、おやめになったんですか?」
「まあ掃除くらいはしに来てますよ」
「ああ、つながりはあるんですね」
「一応設置者の姉ということで。それにここを管理しているL神社にも知り合いの神職さん、巫女さんたちがたくさんいるので」
 
「どちらかよその神社に移られたんですか?」
「越谷市のF神社に移動したんです。一応そちらの副巫女長に任命されちゃったんですけど、非常勤ということで」
「なるほどー」
 

「でも神社にシーサーというのも面白いですね。沖縄みたい」
「沖縄の明智ヒバリさんがノロに就任なさったウタキのシーサーの子供なんですよ」
「へー!」
 
「向こうのシーサー君たちと機会があったら見比べてください。同じ形していますから」
と千里は笑顔で言っている。
 
「おお、今度沖縄出張探訪とかしてくれないかなあ。私、A&Wのハンバーガー食べたい」
などと潤子はアピールしている。
 
「でもシーサーも子供産んで増えるんですか?」
「そうですよ。シーサーって哺乳類なんです」
「すごーい!」
 
それで潤子ちゃんはシーサーの像を見ていたが
「この子たちは両方ともオスなんですね」
と言う。
 
「でもこちらのシーサーには秘密があるんです」
と言って千里は右側のシーサーのお股の所に手をやると、おちんちんを外してしまった。
 
「え〜〜〜!?」
「この子は女の子にもなるんです。でも女の子にしておくと、左側の男の子とHして子供作っちゃって、始末に困るんで、子供ができないように、普段はこうやっておちんちんくっつけて男の子にしてるんです」
 
と言って千里はおちんちんをまたはめてしまう。
 
「これ簡単に外れるんですか?」
「済みません。鍵があるんです」
と言って千里は小さな鍵を見せる。
 
「その鍵で取り外せるんですか!?」
「ええ。性転換可能なシーサー君です」
「性転換はいいですけど、この子本来は男の子なんですか?女の子なんですか?」
「それは秘密です」
 
「なんか凄い秘密を知ってしまった。性転換したい人はここに来て、この右側のシーサー君を拝むと、願いが叶うかも」
などと谷崎潤子ちゃんが言っているので、私はまた変な参拝客が増えないか?と心配になった。
 

中継が終わってから潤子ちゃんが
 
「でも私この神社の裏手からの景色も好きなんですよ」
と言って裏手の方に行くので、みんなそれに付いていく。
 
「C大学のキャンパスも見えるけど、高速道路の高架も美しいですよね」
と潤子。
「都会の美ですね。私は好きですよ」
と桃香が言っている。
 
その会話を聞いて、私はハッとした。そうだ『The City』って最初の発想はそういう都会の美だったよなということを今更ながら思い出したのである。
 
「ここは千葉市内をほぼ一望できる感じ」
「ここからの景色って結構ネットにも投稿されているようですよ」
「わあ、そうなんですか」
 
そんなことを言っていた時、潤子が
「あれ、あそこ煙があがっている」
と言う。
 
見ると、どうも千葉市内の結構中心部の所から煙が上がっている。
 
「火事ですかね」
と彪志が言ったが、青葉がその方角を見て「え〜?」という顔をしている。青葉が千里の顔を見たが、千里も厳しい顔をしていた。
 
「どうかしたの?」
と私は訊いた。
 
「あれ燃えているのは、私と桃香が3月まで住んでいたアパートだよ」
と千里は答えた。
 
「え?そうなの。何か近所かなと思ったけど」
と桃香。
 
「私も多分あのアパートだと思った。千里姉もそう感じたのなら間違い無いと思う」
と青葉が言う。
 
「よく分かりますね。おふたりとも視力いい方?」
と潤子が尋ねる。
 
「私、視力5くらいあるんじゃないかと言われたことはありますね」
と千里。
 
「2km先のライオンが見える世界ですか?」
「ライオンに遭遇したことがないので何とも」
「まああまり遭遇したくないですね」
 

そこでしばらく話した後、帰ろうということになる。みんなで境内のゴミを拾い袋にまとめる。潤子ちゃんや撮影スタッフさんたちも手伝ってくれた。千里が授与所の戸締まりを確認してから、各々の車に戻るが、私は青葉がアテンザの運転席に就くのを見て声を掛けた。
 
「青葉、運転免許取ったの?」
「取りました」
と言って彼女は笑顔で自分の運転免許証を見せてくれた。
 
「あれ?グリーンじゃないの?」
 
初めて運転免許証を取った人はグリーンの帯なのだが、青葉の免許証はブルーの帯になっているのである。
 
「最初に取ったのはグリーンでしたけど、1日でブルーに変わりました」
「へ?」
 
と思って免許証を良く見ると、原付・小特・普通という3つの種別が印刷されている。
 
「もしかしてフルビッター狙い?」
 
「3月にKARIONのツアーで楽屋にお邪魔した時、和泉さんに取り立てのフルビッター免許証を見せていただいたんですよ。それもいいなあと思って、私も狙ってみることにしたんです」
 
「なるほどー」
「だから学校の許可を取って、まず原付の免許取りに行って。一発合格したので、翌日また小特の免許を取りに行って。これも一発で合格したから、私はグリーン免許持っていたのは1日だけです」
 
「凄い」
「あんたフルビッター狙い?と運転免許センターの人に言われました」
「まあ、小特とか牽引二種とかはフルビッター以外で持っている人は少ない」
 
「そうみたいです。それで夏休みから9月に掛けて自動車学校に通って9月29日に普通免許を頂きました。実は自動車学校に行くのは9月までというのが学校の指針だったので。でも8月19日までインターハイやってたから、凄く厳しい日程での取得でした」
と青葉は言うが
 
「青葉は自動車学校に通わずに最初から一発試験受けても普通免許取れたと思うけどね」
と横から桃香が言う。
 
「それやると色々と突っ込まれるから」
「自動車学校でも教官からあれこれ言われただろ?」
「まあ、そのあたりはプライバシーということで」
 

10月上旬に私は『The City』の制作があと半月くらいで終わりそうというのを★★レコード側に報告しておいたのだが、中旬になって町添さんが加藤さん・氷川さんと一緒にマンションに来訪し
 
「ローズ+リリーのライブをやろう」
と言った。
 
早朝からの来訪なので、政子はまだ寝ていたし、私は敢えて起こさなかった。この時間帯に来るというのは、つまり政子抜きでの打ち合わせということである。
 
「いつくらいですか?」
「君たち、どうせ国営放送の例の年末の番組には出ないんでしょ?」
と町添さんが尋ねる。
 
「丸花社長から一応話は来ているけどと連絡がありましたが、お断りしました。マリの精神が耐えられないのが明らかなので」
と私は言う。
 
「マリちゃんは詩人として天才的だし、シンガーとしてもひじょうに魅力的なんだけど、芸人としての適応力はゼロだからなあ」
と加藤さんも苦笑しながら言う。
 
「まあそれでどうせ大晦日・元日が空いているなら、カウントダウンライブをしようかと」
と町添さんが言う。
 
「どういうメンツでするんですか?」
と私は尋ねたのだが
 
「ローズ+リリー単独」
と町添さんは言う。
 
「マジですか?」
 
「今のローズ+リリーなら行けるよ。当日21:00開場・22:00開演。途中30分のゲストタイムを経て0:00にカウントダウンして0:30公演終了」
 
「こちらはその時間帯全く問題ありません。マリの睡眠時間ってだいたい夜2時くらいからお昼の12時くらいまでですから」
「10時間睡眠か」
「まあ健康的というか」
 
「ゲストはどなたですか?」
「スリファーズと、KARIONと、ゴールデンシックス」
 
私はむせてしまった。
 

「まあ君たちにとっては身内というか」
「KARIONは真ん中ね」
「そうしてもらわないと困ります!」
「ゴールデンシックスはカラオケ対決付き。万一ケイちゃんがカノン君に負けたら、後半のステージはゴールデンシックスが1時間やる」
「あはは」
「カノン君に真剣勝負しろとハッパ掛けたら、じゃ1時間分の演奏曲目用意しておきますと言っていたよ」
 
「まあ、いいですけどね」
 
「ゲストの3組はどれも国民的番組には出ないんだよ。スリファーズは初期の頃からピューリーズ・アンナガールズと一緒に年末ライブをしていたから、それを優先している。一応そちらは夕方までに終わるんだけどね。ゴールデンシックスは専任の2人以外は自分の仕事を持っているから、あの番組で要求される長時間のリハーサルに出席できない。KARIONは内々に提示された演出をポリシーに合わないとして断って出場辞退」
 
「ええ。和泉が独断で断ったと言ってました。ローズ+リリーの場合も実態は似たようなものですけどね。向こうが要求する演出にマリが納得する訳無いので」
 
「どちらもそもそもあまりテレビに出てないもんね。一応ゴールデンシックスとKARIONは東京の国際パティオで開かれるカウントダウンライブの早い時間に出演した後、新幹線でこちらの会場に駆けつけてくれる」
 
「ちょっと待って下さい。新幹線って・・・ローズ+リリーの会場はどこです?」
「安中市」
 
私はすぐには思い出せなかった。
 
「どこでしたっけ?」
「群馬県。最寄り駅は安中榛名。北陸新幹線の停車駅」
 
私は頭を抱えた。
 
「そこって秘境駅ですよね?」
 
確か駅ができた時は周囲に人家や生活施設もほとんど無く、公共交通機関さえ存在していなかったはずだ。
 
「そうでもないよ。最近けっこう住宅開発が進んでいる。今回の会場はそこに建築予定のショッピングモールの敷地を利用して実施する。ショッピングモールが建ってしまうともう使えないから、今回のイベントが最初で最後になると思う。一応高崎駅からもシャトルバスを出す」
 
「そこって住宅地じゃないんですか?音を出して苦情来ません?」
「1度だけのイベントということで、自治会の許可も取った。防風・防寒も兼ねて防音パネルも設置するから、シミュレーション計算ではいちばん近い住宅の室内騒音は40db」
 
「そこまで小さくできるなら問題無いかも知れませんね。でも深夜終了でしょ。観客はどうやって帰るんです?」
 
「近くに草津温泉・伊香保温泉など多数の温泉があるので、そこの宿泊券とセットのチケットを多数売る。各温泉までは送迎バスを運行する」
と加藤課長は説明したが、町添さんが補足する。
 
「いや、大きなキャパのコンサートってみんな都会でやるでしょ。でも有名アーティストのライブは遠くから来る人も多いじゃん。そういう人たちに旅情を感じてもらうのも、いいのではないかという企画があったんだよ。ただ、田舎の会場まで来てくれるといったら、かなりのビッグ・アーティストでないと無理。そこにローズ+リリーを使おうという話になったんだよ」
 
「確かにせっかく遠くまで来たら、温泉に浸かってのんびりというのもいいかも知れませんね」
 
と言ってから私はまた考えた。
 
「KARIONは国際パティオのカウントダウンライブにも出るとおっしゃいましたっけ?」
「うん。KARIONの出番は17:00-17:30だから、それから移動して充分間に合うよ」
「あははは」
 

この企画は最終的に前座を入れることになった。
 
ローズ+リリーが22:00-0:30に演奏するのだが、その前に19:30-21:00に私たちも楽曲を提供した新人女性デュオ・ムーンサークルに1980-1999年の各年のヒット曲を1曲ずつ歌わせるという企画になった。その20曲を歌った上で最後に自分たちのデビュー曲を歌ってもらおうということである。
 
また、一応スポット暖房を入れるものの、年末の群馬の山の中で寒いので21:00-22:00の休憩時間に入場者全員に暖かいおでんを振る舞うということで、保健所の許可も取った(おでんを作るのは大手給食業者である)。ゴミを出さないように、休憩時間後半と本編ゲストタイムにゴミ回収隊が会場内を巡回することも決めた。
 

『The City』の音源制作は10月20日で一応終わり、発売日は12月2日(水)と決定した。その後はPVの編集や少し遅れて発売される海外版の歌詞の整備とその録音などを進めつつ、作業が停まっていたKARIONのアルバム制作の方を進めていた。
 
しかし私は10月13日に千葉の玉依姫神社で桃香と谷崎潤子が交わしていた会話がずっと気になっていた。
 
『都会は美しい』
 
そうだ。私はそのことを忘れていたのではないか。
 
それが物凄く気になった。
 
私はその日の夕方、政子に尋ねてみた。
 
「東京でいちばん美しい所ってどこだと思う?」
 
すると政子は言った。
「東京タワーの大展望台の夜景」
 
「特別展望台じゃなくて?」
「大展望台の方が良い」
 
「行ってみようか」
「その後焼肉に行けるならOK」
「うん。焼肉に行こう。今日はしゃぶしゃぶじゃないんだ?」
 
「冬行ったことある?★★レコードのある青山ヒルズの展望所も素敵。あそこから外を眺めると、そのあとしゃぶしゃぶかステーキが食べたくなる。でも私は東京タワーの大展望台の方が好き。あそこから外を見た後は、焼肉かトンカツが食べたくなる」
 
「それはマーサの感性かもね」
 
それで、私たちはマンションを出て、のんびりと散歩でもするかのように夕方の街を歩き、1時間ほど掛けて東京タワーまで行った。
 
「東京タワー自体が美しいよね」
「うん。スカイツリーも悪くないけど、東京タワーは美しい」
 
私たちが歩いて行く内にあたりはすっかり暗くなっている。本当にタワーの電飾がきれいだと思った。
 
エレベータで大展望台まで上がり、夜景を眺めた。
 
「私はこんなに美しい場所が東京にあったことを忘れていた」
「冬、都会が美しいと思ったから『The City』を作ったんじゃなかったの?」
「そうだったんだけど、そのことを忘れていた」
 
「仕方ないな。私が詩を書いてあげるから、それに美しい曲を付けなさい」
と政子が言う。
 
「うん。そうする」
と私は答えた。
 
政子が詩を書き始めたが、私は心が空白になるような気分でずっとその美しい夜景を眺めていた。月が美しいなと思った。
 

「え〜!? 楽曲を差し替えるんですか?」
 
さすがの氷川さんも驚いたように言った。
 
「すみません。どうしても入れたい曲ができたので」
 
ともかくも氷川さんは新しい曲『灯海(とかい)』を聴いてくれた。取り敢えず私がピアノで伴奏しながら、私とマリで歌ったものである。
 
「美しい曲ですね。これストリングアレンジしませんか?」
「私もそう思っていたところです」
 
「でも既に14曲構成ですよね。これ以上は収録時間の関係で増やせないし。何と差し替えるんですか?」
 
CDは一応最近の規格では80分まで入るのだが、古いプレーヤーとの互換性の問題で可能なら74分以内に納めるのが望ましい。『The City』は現在曲間なども含めて72分ほど使用していた。
 
「氷川さんなら、どれと差し替えますか?」
 
「ケイさん、差し替える曲を紙に書いて、せーので見せっこしません?」
と氷川さんは提案する。
 
「いいですよ」
 
それでお互い背中を向けてメモ用紙に名前を書いた。せーので見せる。
 
それは同じ曲であった。
 
「では『内なる敵』は次のシングルに移動ということで」
「そうしましょう。ただし次のシングルをいつ出すか決めてください」
「4月でいいですか?3月まで多分KARIONのアルバム制作で手一杯です」
 

『灯海』の音源制作は26日から3日掛けて行った。
 
すぐに確保できるヴァイオリン奏者ということで、従姉の蘭若アスカ、その弟子の鈴木真知子、夢美、偶然帰国していたゴールデンシックスの水野麻里愛さん、マリがメールで呼び出した長尾泰華さん、それに鷹野さんで六重奏。香月さんのヴィオラ、宮本さんのチェロ、酒向さんのコントラバスをフィーチャーした。
 
管楽器として七星さんと風花と七美花のフルート三重奏、篠崎マイのクラリネット、私のバスクラリネット、千里の龍笛、槇原愛の篠笛、これに月丘さんのグロッケン、ゴールデンシックスのカノンの大正琴!、美野里のピアノ、山森さんのオルガンというキーボードセクションを入れている。間奏部分には雨宮先生・七星さん・鮎川ゆま、という超豪華なサックス三重奏が入る。
 
千里は「年末で納期間近でプログラムが忙しい!」と言っていたのに雨宮先生が強引に引っ張り出した。何かで脅迫したと言っていたが、どういう脅迫ネタを持っているんだ!?
 
「あんた、そもそもあの会社、首にされたいと思っているんでしょ?」
と雨宮先生。
「もう4月から3回退職願を出したのに受け取ってもらえないんです。同期で入った人、私以外はもう全員辞めちゃったのに」
などと千里は言っている。なかなか激しい会社のようだ。
 

「でも緊急招集したアーティストの音とは思えない凄いサウンドだ」
とサウンドバランスのアドバイザーとして徴用した和泉は言った。
 
「まあ世界の頂点に立ったアーティストが何人も入っているし」
と私が言うと
「男の娘が何人も入っているからじゃない?」
とマリが茶々を入れる。
 

楽曲の緊急差し替えと聞き、わざわざスタジオまで聞きに来た加藤課長は
 
「Flower Gardenをやった時のような音だ」
と言った。
 
「そうなんです。私はそれを忘れていたんですよ」
と答える。
 
「今回のアルバムでアコスティック楽器を使った曲が少なかったのはやむを得ないと思う。都会をテーマにしたら、どうしても電気楽器の音を連想するから」
と七星さんが言ったが、それは今回の企画の盲点だったと私は思った。ローズ+リリーはここ数年、このアコスティック楽器の音が評価されていた面も大きいので、新しい機軸を模索するのは良いが、基本を忘れてはいけなかった。
 

この音源を制作した後、再マスタリングを麻布先生と有咲に任せて、その後PVの制作をするが、これは都会の夜景の中を、私とマリが自由に飛び回りながら歌うという幻想的なものに仕上げた。
 
この映像の監督をしてくださったのは雨宮先生である。私とマリは手足をピアノ線で吊られて様々な姿勢を取らされながら、とりあえず歌いまくった。実際にその角度にしないと、洋服の垂れ方が不自然になるから、という雨宮先生のこだわりで、こういうことをするハメになった。
 
私は目が回る感じだったが、マリは絶叫マシンみたいだと言って楽しんでいたようである。
 
この撮影が終わったのが10月31日で、これで本当に『The City』の制作作業は完了した。
 

11月。正望は司法修習生になって、1年間の修習を開始した。この修習で全国各地の裁判所所在地で、刑事裁判・民事裁判・検事・弁護の実習をするし、また埼玉県の司法修習所での研修もある。そして最後にいわゆる「二回試験」を受けて合格すると法曹資格を得られる。
 
「冬、正望さんが修習に入る前にちゃんとセックスした?」
などと政子が訊く。
 
「ううん。別に」
「最後のセックスしなくて良かったの?」
「最後って。二度と会えないわけでもないし」
と私は言う。
 
「冬って実は男の人に恋愛感情が無いとか?」
「私、むしろ女の子に恋愛感情を持てないんだけど。マーサだけが例外」
「正望さんはセックスしたかったと思うなあ」
「だったら頑張って修習1年間お勤めして、弁護士になって私の所に戻ってきてくれればいい」
 
「確かに心残りがあった方がいいのかも知れんね〜」
「うん。出発前にセックスとか、映画とかでは死亡フラグだよ」
「言えてる言えてる」
 

11月8日(日)。その日、政子は珍しく早く起きると
 
「タコ焼きが食べたいから付き合って」
と言って、私を連れて新大阪行きの新幹線に乗った。
 
地下鉄で中心部まで行き、政子のお気に入りというお店でタコ焼きを4パック買う。近くの公園の階段に座ってとりあえず1パック開けて食べる。何だか近くで同様に座って食べている人がいるので何となく居やすい。
 
「美味しいね〜」
「でしょ? ここ好きなんだよね〜。個人的には大阪のタコ焼きBest3のひとつ」
「マーサがBest3と言うのは凄いなあ」
 
「6月に来た時は新大阪駅の近くで買ったんだけど、あのお店に再度行き当たらないんだよね〜。あれも結構良かったのに」
「曜日とかにもよるんじゃない?」
「かもね〜」
「全てのお店が毎日出ている訳でもないだろうし」
「やはり食べ物って一期一会なんだよね」
「うん。人、物、景色、全ての出会いが一期一会だと思うよ」
 
「ホテルに行かない?」
「まあ、この残りのタコ焼きを食べる場所が欲しいよね」
 

それで政子が「以前泊まった時にけっこう気に入ったから」と言って自分で千里(せんり)阪急ホテルのデラックスダブルの部屋を予約、地下鉄で移動した。私は駅から降りてから、あれ?ここって千里(ちさと)の彼氏・細川さんのマンションの近くじゃんと思った。
 
フロントに行ってチェックインする。すぐそばに中国自動車道と大阪中央環状線(府道2号)が走っていて、中央環状線のインターチェンジ(千里IC)がある。私は千里(ちさと)がこの7年間、何度も何度も愛車のインプレッサで千葉からここまで走ってきて、この千里(せんり)ICで降りて、細川さんとデートしたんだろうなというのを思っていた。
 
部屋に入ってから政子は
「一緒に食べよ」
などと言うが、私は
「もうお腹いっぱい。マーサが残りは食べてよ」
と言うと
「そう? ひとりで食べちゃうの悪いかなと思ったんだけど」
などと言いながら、窓のそばのテーブルの上にタコ焼きのパックを置き、楽しそうに食べている。
 
「やはり言っちゃおう」
と政子は照れくさいのか窓の外を見たまま言う。
 
「私ね、こないだ8月9日に山村星歌ちゃんのライブにゲストで出た後、美空と会ったことにして、実は貴昭とこのホテルで会ったんだよ」
 
「へー。ここだったのか。でももしかしたら貴昭君と会ったのかもとは思ってた」
「すっごーい!冬ってやはり私のこと分かってるのね」
 
「マーサのこと好きだから」
「えへへ。私も冬のこと好きだよ」
 
それでキスする。
 
「彼とセックスして別れた」
「いいんじゃない?」
「婚約者のいる男の人とセックスするなんて、私、悪い女かなあ」
「それで終わりにしたんだったら、問題無いと思うよ」
 
「私もっと頑張るべきだったかな。千里は相手が結婚しても諦めるなって言ってたね」
「あの子、諦めてないみたいだしね」
 
「あれ、やはり千里って細川さんと続いてるんだっけ?」
「だと思うよ」
「すっごーい。不倫してるのか」
「どちらも日本代表だし。バレたらスキャンダルだろうけどね」
 
「細川さん、写真集出すんだって?」
「そうそう。千里が笑ってた。本人はオリンピック代表を逃したタイミングでそんなの出すなんて恥ずかしいと言っていたらしい」
 
「ああ。男子バスケはダメだったね」
 
バスケットの男子日本代表は先日のアジア選手権(9.23-10.3)で4位に留まり、ストレートでリオ五輪の切符を獲得することはできなかった。来年7月に予定されている最終予選(18ヶ国で争い、切符は3または4枚である)に回ることになった。
 
「今回のアジア選手権では、Best4を決める大事な試合で勝ち越し点を挙げたのが印象的だったからね」
 
「ああ、大活躍だったんだ?」
「実はあまり活躍してない」
「え〜?」
「印象に残るプレイと成績って必ずしも一致しないんだよね」
「なるほどー」
「その試合で細川さんが取った点数はその1ゴールだけなんだよ。まあスティールとかでは結構活躍したけどね」
 
「成績がよくても印象に残らない選手もよくいるよね」
「そうそう。大事なところで活躍してなくて辻褄を合わせるかのように点数だけ良い選手もいるんだ」
 
「歌手でも売れてるのに目立たない人いるよね」
「いるいる。逆に知名度高いのに売れてない人もよくいる」
 
「どちらがいいんだろう?」
「セールスなんて時の運だよ。やはり印象に残る活動をした人が後の世に名前も残っていく」
 
「男の娘もさ」
「ん?」
 
「身体をちゃんと直していても女に見えない人、女にしか見えないのに実は身体を全くいじってない人がいるよね」
 
「なぜそういう話になる。マーサの思考回路が不思議でしかたない」
「私、可愛い男の娘が好きだもん」
「それは知ってるけどね」
 
「アクアって男の娘になるつもりないのかなあ」
「彼を男の娘にしちゃいたい人は一杯いるみたいだけど、本人はその気無いから」
「やはり眠っている内に去勢してしまうしかないか」
「やめときなよー」
 

「その龍虎だけどさ」
と私は言った。
 
「先日、とうとう高岡さんのお父さんと和解したんだよ」
「何か揉めてたっけ?」
 
「DNA鑑定では高岡さんの息子だというのがちゃんと出ていたんだけど、それを高岡さんのお父さんはずっと認めていなかったんだ」
「ふーん。それって戸籍上の問題?」
 
「うん。DNA鑑定の結果が出ているから、裁判所に申請すれば龍虎の父親欄に高岡猛獅の名前を記入することは可能だった。でも高岡さんのお父さんの気持ちに配慮してその申請は8年前からずっと保留していたんだよ」
「へー」
 
「でも龍虎がこの春からドラマに出てたじゃん。それをちょっと気になって見てしまったら、高岡さんの中学生の頃にそっくりだと思ったんだって」
 
「へー!ワンティスの高岡さんって男の娘だったのか」
「そういう意味じゃないと思うんだけど」
「そうだっけ?」
 
「それで一度会いたいと言うから、取り敢えず支香さんと2人だけで会いに行った。それで孫として認めるとお父さん側が言って、それで龍虎も『ふつつか者ですがよろしくお願いします』と言って、祖父と孫として今後は交流していくことになったという話だった」
 
「じゃ戸籍も修正するんだ?」
「それはしないことにしたらしい」
「なんで?」
 
「お祖父さん側からすると、アクアがこれだけ売れてから唐突に孫だと認めたらまるで金目当てみたいに思われたくないと言うんだよね。そして龍虎の側からは自分は田代のお父さん・お母さんと仲良くやっているから、別に戸籍上の親とかは無くてもいいと言うんだよね」
 
「確かに戸籍にそういう記載をすると田代さん夫妻から見たら子供を取り戻されるような気分かもね。7年間育てて来たのに」
 
「そうそう。だから戸籍はこのままにしておいて、単におじいさん・おばあさんと孫という関係をお互いの気持ちの上で持つだけでもいいんじゃないかということになった」
 
「気持ちの上でか・・・それ大事なことだよね」
と政子は窓の外に視線をやりながら言う。
 
「うん。それがいちばん大事。私とマーサだって法的には結婚できないけど、お互い夫婦の気持ちでいるし」
 
「うん。死ぬまで一緒だよ」
と言って政子は私にキスする。
 
「もし松山君のこと好きなら、ずっと思っていてもいいと思うよ。彼が結婚してしまっても」
 
「それは思い切ることにしたんだよ」
と言いながら政子は部屋の窓からホテルの下の道路を見下ろしていた。
 
「冬も見ていいよ」
と言うので何だろう、と思ったら何と松山君が同年代くらいの女性と一緒に歩いている。松山君は上等の背広、女性も上等のフォーマルスーツを着ている。ふたりの後ろには双方の両親だろうか。50歳前後くらいの感じの夫婦が2組歩いている。
 
「今日結納だったんだよ」
「鹿児島の彼女の実家でするんじゃなかったんだ?」
 
「鹿児島遠いじゃん。そしてあまり立派な場所もないし。それで貴昭は東京だし、露子さんは鹿児島だから、中間地点ということで大阪のホテルでしようということになったんだ。ちょうどふたりも大阪に住んでいるし」
 
「もしかして、このホテルでしたの?」
「うん。12時からだったんだよ」
 
私はしばらく松山君たちの様子を見守っていた。彼も婚約者も、まさかこんな場所から私たちに見られているとは思いもしないだろう。
 
「気持ちの問題といえばさ」
と私は言う。
「ん?」
「千里は細川さんと不倫しているつもりは無いんだよ」
「ただの友だち付き合いの範囲だとか?」
 
「千里はね。今でも自分こそが細川さんの妻であるつもりなんだよ。あの子は。戸籍上の記載と関係無くね。更にあそこの場合、細川さんの妹さんやお母さんもそういう千里の態度を支持している」
 
政子はしばらく無言で考えていた。
 
そして言った。
 
「ずっと疑問に思っていたんだけどさ」
「うん?」
 
「京平君って実は千里が産んだんじゃないの?」
と政子は言う。
 
「どうしてそう思う?」
 
「2月頃だっけ。みんなで集まっていた時、妊娠検査薬使ったじゃん」
「ああ、そんなことあったね」
「あの時、千里は妊娠してるって出てた」
「そういえばそうだった」
 
「そして気づいた? 千里、7月頃、凄い巨大なナプキン持ってたよ」
「それは気づかなかった」
「あれは産褥用ナプキンだと思った」
「へ?」
 
「それとさ、7月頃以降千里のそばに寄ると、おっぱいの臭いがするんだよ。今度千里と会った時に、気をつけててごらんよ。こないだの『灯海』の制作の時もやはり臭いを感じたよ」
 
「・・・・いや赤ちゃん産んだのは阿倍子さんのはず。それに出産したばかりの人がバスケの合宿やって、アジア選手権でも大活躍なんてあり得ない」
 
「性転換手術した翌日にライブやった冬よりはあり得る」
「私、性転換手術の後は1ヶ月寝てたけど」
 
「その件はまたあらためて追及するけど、阿倍子さん、おっぱいが出ないって言ってたよね。それと難産だったわりに出産の傷が思ったより小さかったんですよとも言っていた」
 
「まさか・・・・」
 
「だから結論」
「ん?」
「冬も赤ちゃんが産める」
 
「なんでそこに来る訳〜?」
「冬、私の赤ちゃん、頑張って産んでね」
 
と政子は笑顔で言って私にキスをした。
 

翌日の朝、ホテルのベッドの中で目を覚ました私は和実からのメールが来ていることに気づいた。そして文面を見て、大いに戸惑った。
 
《私、赤ちゃんできちゃった》
 
と、そこには書かれていた。
 
 
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【夏の日の想い出・The City】(2)