【寒凰】(1)

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アテネ五輪の年、そして「ふたりはプリキュア(無印)」が放送開始された年、青葉は幼稚園を卒業し、小学校に入った。
 
青葉は幼稚園の間は女の子の制服(スモッグにスカート)を着ていて、幼稚園の先生たちもそれを是認していたし、母も「まいっか」という感じであったのだが、さすがに小学校に入る時は、男の子の服を着なさいと母から言われた。 
「髪もせっかく伸ばしてるのにもったいないけど切ろうか」と母は言うが「それは絶対嫌」と青葉は拒否した。
 
母は男の子の下着から服から一式買ってきたのだが、男児用の下着も着ることを拒否した。
 
「だってお前、男の子なんだから、男の子の服を着なくちゃ」
「私、女の子だもん」
「男の子に女の子の服を着せて小学校に通わせたら、私が警察に捕まるんだよ」
 
そう言われると青葉も困ってしまった。そこで妥協することにした。
(捕まるというのが嘘だというのは、早紀のお母さんに聞いたりしてすぐに分かったが) 
「じゃ、ズボンは穿くけどパンツは女の子のを穿く」
「うん、それでいいよ」
 
と母もその線で妥協してくれたので、青葉は女の子下着の上に、男の子用のポロシャツ、男の子用の半ズボンという格好で小学校の入学式に出て行った。髪は長いままで、腰くらいまでの長さがあり、前髪は眉の上で切りそろえていたが、入学式の前にサイドを少し切ったので、いわゆるお姫様カットのような感じになった。
 

青葉がそんな格好で小学校に行くと、幼稚園の時からの友人たちからチェックが入る。
 
「あおば、きょうはスカートじゃないの?」と早紀。
「うん。お母さんからズボン穿きなさいって言われたから」と青葉。
「男の子になっちゃうの?」と登夜香。
「ううん。私は女の子だよ」と青葉。
 
入学式では各クラス単位、男女別に並んだが青葉はちゃっかり女子の列に並んで入学式の会場である体育館に入っていった。名簿は男子のほうに入れられていて男子の並びで「川上青葉」と担任の先生から名前が呼ばれたが、女子の列の中から「はい」と答える。みんなどこから声がしているかは、あまり注意していないので別にそれで咎められたりすることもなかった。ただ、青葉の近くに並んでいて、青葉のことを知らない子は「え?」と思ったようであった。
 
入学式の式典が終わり、体育館から退場する時、PTAの人から新入生へのプレゼントということで鉛筆が配られた。男の子は仮面ライダーの鉛筆、女の子にはプリキュアの鉛筆だったが、青葉にはプリキュアの鉛筆が渡された。結果的にPTAの人は予定より1組多くプリキュアの鉛筆を配り、予定より1組少なく仮面ライダーの鉛筆を配った筈だが、鉛筆は余裕をもって用意していたので、過不足には気付かなかったようであった。
 
教室では男女互い違いに列が作られていて、青葉は男子の列の左端2番目だった。早紀は女子の列左端3番目で、青葉の隣には咲良という子が座っていた。 
「なんで、女子なのにそのれつにならんでるの?」
と咲良が尋ねると、後ろの席から早紀が
「ああ、あおばは男の子みたいな女の子だから、男の子あつかいされちゃうんだよ」
と、良く分からない説明をする。すると咲良は
「へー。なんかすごくげんきなのかな?」
などと良く分からないまま返事をした。
 
「ああ、げんきだよね。かけっこもはやいし、およぐのもうまいよ」と早紀。「わあ、いいなあ。わたし、かけっこおそくて。でもいっしょにあそぼ」と咲良。「うんうん、遊ぼ」と青葉も笑顔で答えた。
 
担任の先生から色々お話があった後、休み時間になる。何となく咲良・早紀と誘い合ってトイレに行った。青葉が女子トイレに入って来たのを見て、幼稚園からの友人たちが一瞬顔を見合わせたが
「あおばちゃん、女の子だもんね」
「うん。だからこっちでいいよね」
などと言い合っていた。事情が分かっていない咲良がその会話を聞いて、キョトンとしていた。
 

入学式の日は先生のお話、教科書の配布などだけで、翌日から授業が始まる。青葉たちの担任はまだ大学を出てから3年目の若い男の先生で1年生を担任するのは初めてということで結構緊張していた感じであった。それで昨日は青葉が男の子の列に並んでいることに目が行っていなかったのだが、さすがに翌日は気付いてしまう。
 
「あれ。川上・・・さんだよね?」
「ええ。私は女子ですけど」
「ごめんごめん。僕間違って男子の列に並べてたよ」
「あ、別に机の位置はぜんぜん構いません」
「ほんと? 机の位置をずらすと、みんなずれちゃうしね。じゃ名簿の方だけ直しておくね。出席番号は来週直すから」
 
と言って担任の先生は、青葉の名前を男子の並びから消して女子の並びの、咲良の前に挿入した(咲良の苗字は菊池なので、川上の後になる)。その日は金曜日だったので、先生は出席番号をずらしたり靴箱の名前を貼り替える作業は月曜日にしようと思った。
 
青葉は出席番号が2番であった。このクラスは男子10人、女子9人で、男子が出席番号1〜10, 女子が11〜19だったので、男子2番の青葉を女子の11番に移動すると、男子の3〜10番と女子の先頭の合計9人を移動することになる。 
その日は3時間目に体育があった。1年生なので男女同じ部屋で体操服に着替えるが、男子は窓際、女子は廊下側に寄って着替える。青葉は当然ほかの女子と一緒に廊下側の方で着替えた。
 
「あおばちゃん、ズボンはいていても、パンツは女の子パンツなんだね」
「うん。私女の子だもん」
と言って青葉は笑顔で答える。その日青葉はキティちゃんもどきの猫キャラのショーツを穿いていた。むろんショーツに「盛り上がり」ができるような穿き方はしていない。
 
その日の体育では「ケイドロ」をした。男子と女子に別れ、最初は男子が警察、女子が泥棒役になって体育館内で鬼ごっこする。男子の方がだいたい足が速いので、ほとんどの子がさっさと捕まってしまうが、青葉は足が速いのでなかなか捕まらない。何度か捕まっている女子にタッチして解放して警察役の男子たちを苦しめたが、最後は数人で取り囲まれて捕まってしまった。
 
後半は男子が泥棒、女子が警察になる。前半のプレイを見て、頭の良い登夜香が作戦を考えて女子全員に伝える。足の速さでは男子にかなわないので、守備組と逮捕組に別れて、逮捕組は数人で囲んでひとりずつ掴まえようという方法である。 
守備組は青葉をリーダーとする3人、逮捕組は登夜香をリーダーとする7人とし、それで男子はひとりずつ着実に掴まえられて行ったが、最後すばしっこい男の子2人がなかなか捕まらない。そこで疲れてきた逮捕組のうち登夜香と早紀を除く5人が守備組になり、守備組にいて比較的体力を使っていない3人と登夜香・早紀の5人で新逮捕組を作る。その後は俊足の青葉がうまく追い詰め、全員で取り囲んで、何とか残る2人を捕まえた。
 
そういう訳でその日の勝負は男女とも全員逮捕されて引き分けになった。 
青葉が女子チームで活躍した件について男子たちは
「まあ、もともと男子がゆうりだし、ハンディということでいいな」
などと言っていた。
 

月曜日。その日は1時間目から1年生の身体測定が行われるということだった。1年生39人全員が男子は理科室、女子は保健室に集められる。青葉は当然のような顔をして、ほかの女子と一緒に保健室に行く。
 
そして担任の先生はその間に靴箱の名前を貼り替えようと、生徒玄関に行った。新たにプリントした生徒の名前のシール、そして既に貼っているシールを剥がす道具を持って行き、作業を始めて少ししたところで教頭が通りかかった。 
「先生、何をなさってるんですか?」と教頭。
「いえ、実は女子の1人が誤って男子の方に入っていたんですよ。名簿は修正したのですが、出席番号がずれてしまうので、靴箱を直そうと」
「あら、それは大変でしたね。何という児童ですか?」
「川上青葉ちゃんというのですが」
「へー」
 
と言って教頭は行ってしまったが、すぐに戻って来た。
 
「先生、念のため確認しましたが、川上青葉は男子ですよ」
「え? でも女の子でしたよ」
「じゃ、市から来た書類を見てみてください」
 
それで教頭と一緒に職員室に戻る。市から送られて来ているリストを見ると確かに川上青葉は性別・男になっている。
「どうなってるんでしょう?」
などと言っていた時、たまたま事情を知っていたひとりの先生が声を掛けた。 
「川上青葉ちゃんでしょ? あの子、実態はほとんど女の子ですけど、戸籍上は男の子なんですよ」
と説明する。この先生の娘が青葉と同じ幼稚園に通っていたのである。 
「えー!?」
「どうしましょ?」
「青葉ちゃんの取り扱いについては、一度話し合った方がいいかもですね」
とその先生。
 

その頃、青葉は他の女子と一緒に保健室で身体測定を受けていた。1組の女子から測定されるので、その間、青葉たち2組の女子はまだ服も脱がずにおしゃべりしていた。
 
やがて2組の番になる。みんな服を脱いでパンツだけになってしまうが、青葉は他の子の視線が来るのを感じる。青葉はその視線に気付かないかのようにふつうにパンツだけになってしまったが、穿いているパンツは今日はミニーマウスもどきのハート柄の可愛いパンティ。特におちんちんの形が見えたりもしないので、ふつうに女の子の下着姿である。
 
「アレは付いてないの?」と訊かれるが
「ふふふ。どうかな」と青葉は曖昧に返事をする。
 
担任の先生が青葉を女の子と思い込んで身体測定票も女子の方に入れていたので、ふつうに2番目に呼ばれて身長と体重を測られた。
 
「身長105cm, 体重16kg, 胸囲49.8cm。体重少し軽いね。御飯ちゃんと食べてる?」
「はい」
「嫌いなものとかは無い?」
「ええ、何でも食べます」
「お肉とかお魚も食べてる?」
「はい、出たら食べます」
 
と青葉は答えたが内心、お肉やお魚が出ることがあったらね、などと思った。その件は2つ後ろの順番で聞いていた早紀からも突っ込まれた。
 
「あおば、おにくとかおさかなとかでる?」
「そうだなあ。月に1〜2回かな」
「たいへんね。でもきゅうしょくにはきっと、おさかなやおにくでるよ」
「うん、ちょっとそれ楽しみ」
 
金曜日にも給食にミートボールが出て、青葉は半月ぶりくらいのタンパク質だったので、味わって食べたのであった。
 

服を着て教室に戻ると、担任の先生からちょっと職員室に一緒に来るように言われる。そして職員室で訊かれた。
 
「ごめん、もういちど教えて。川上さんって、男の子なんだっけ? 女の子なんだっけ?」
「私は自分では女の子のつもりでいます」
と青葉はしっかりとした口調で答えた。
 
どうも親と話し合った方が良さそうだということになり、母が呼ばれる。母の勤め先に連絡が行き、母が仕事先を抜け出して学校に来てくれた。しかし母は明確に言った。
 
「この子は女の子ですけど」と礼子。
「えっと、それでは市から来た書類が間違っていたのかな」
「そうですね。戸籍にも間違って男と記載されてるみたいですけどね」
 
先生たちが顔を見合わせる。
 
「では青葉ちゃんは、医学的にも女の子なのでしょうか?」
「ああ、この子はその内赤ちゃん産むと思いますよ」
「えーっと、それでしたら病院に行って、青葉ちゃんが女の子であるという診断書を取って来ていただけないでしょうか? それで学籍簿上の性別を修正しますので」と教頭が言う。
 
「親が女の子だと言っているのに信用しないんですか?」
「第三者の確認が欲しいのですが」
 
すると青葉が口を開いた。
「いいよ、お母さん。私、男の子扱いでも」
「あんたそれでいいの?」
「うん。ありがとう。私のこと女の子だと言ってくれて嬉しかった」
 
青葉自身が妥協したことで、青葉は一応男の子として扱われることになった。それで名簿は再び男子の2番に戻され、靴箱も元通りに復元された。
 

その青葉が女子トイレを使っていることに気付いて、担任の先生が注意した。 
「川上君、君は男の子だから、男子トイレを使ってくれる?」
「あ、はい」
 
と青葉は素直に従う。自分で男の子扱いでいいと言ってしまったので仕方無い。 
それで青葉が男子トイレを使っていたら、たちまち同学年の男子から苦情が寄せられた。
 
「せんせい、川上に男子べんつかわせないでください」
「どうしたの?」
 
「おれ、さっきトイレにいって、かみのながい子が中にいたから、てっきりまちがって女子べんにはいっちゃったかとおもって」
「うん?」
「『ごめん、まちがった』といってとびだして、はんたいがわのトイレにはいったら、そちらが女子べんで、キャーって女の子からひめい上げられて」
「ああ・・・・」
 
この手の苦情が3日の内に8件も担任の先生の所に来たのである。
 
加えて青葉の友人の女子たちが数人で「陳情」に来た。代表は登夜香だった。 
「せんせい、あおばはようちえんでもふつうに女子として女子べんつかってました。そもそもあおばってほとんど女の子だから、男子べんつかわせるのかわいそうです。ふつうに女子べんつかわせてあげてください」
「うーん・・・・」
 

それで1年生の担任2人と教頭・校長、それに保健室の先生で急遽話し合った。それでトイレに関しては女子トイレを使わせた方が問題が少ないという結論に達した。それで担任の先生は再度青葉を呼んで通告した。
 
「川上君、君はやはり女子トイレを使ってくれる?」
「はい、そうします」
 
先生たちは、そのほかの微妙な問題についても話し合った。その結果、 
・体育では一応女子のグループに入れる
・着替えも当面は女子たちと一緒で良い
・身体測定については次回からは男子とも女子とも分けて青葉単独で測定する。 
水泳の授業については先生たちの間でも結論が出なかった。しかしその件について尋ねられた青葉は
 
「水泳の授業は見学させてください。私泳ぎは得意だから授業受けなくても大丈夫です」
 
と言ったので、取り敢えず今年は保留にして来年以降また検討することになった。 

そんなことをしている内にゴールデンウィークがやってきた。貧乏な青葉の家では連休だからといってどこかに行くわけでもない。そもそも父は3月の中旬からずっと自宅に戻っていなかった。この時期は母がパートで工場に勤めていたので、少ないながらも収入はあった。しかし乏しいパートの給料では、水道代や灯油代を払うのが精一杯(電気とガスはもう2年ほど前から停まったまま。調理はカセットボンベでしていた)で、遊ぶ余裕など全く無かった。 
ところが、連休直前になって、曾祖母が「未雨と青葉を出羽まで連れて行っていいかい?」と言ってきた。
 
「出羽まで何しに?」と母。
「うちの弟子の佐竹さんのお父さんが具合が悪いみたいでね。佐竹さんが様子見に行って来るというから、私もちょっと一緒に行こうかと思って。それでついでに青葉たちも連れて行こうかと」
実際には、治療に青葉が必要なのである。
 
「なんだか付き添いが多いね。うん、連れてって、おやつでも食べさせてあげて」
と母は笑顔で言った。母はどうもボーイフレンドと連休中に遊びたい雰囲気でもあった。
 
ともかくも、そういう訳で青葉たち姉妹は、曾祖母、佐竹、と一緒に連休中に出羽に行くことになったのである。
 

5月1日の朝、曾祖母は年代もののサニーを出して来て、佐竹を助手席に乗せ、青葉と未雨を後部座席に乗せて、大船渡を出て鶴岡市を目指した。
 
大船渡から西の方に行く場合、国道343号・県道19号を突破する北ルートと、気仙沼に出て国道284号を通る南ルートがあるのだが「直線距離」で走るのが好きな曾祖母は国道343号を通る北ルートを選んだ。
 
どっちを通っても結局は山道なのだが、曾祖母の運転は荒いので笹の田峠のループ橋で未雨が気分が悪くなってしまった。車を停めると、外で吐いている。 
「お姉ちゃん、大丈夫?」
「う、う、少し休ませて。あんたは平気なの?」
「うん、まあ。結構きつい加速度だなとは思ったけど」
 
結局そこで未雨が体力を回復するまで1時間ほど休んだ。更には摺沢でも少し休んだりしていたので、一ノ関に着いたのが15時近くになってしまった。 
「子供連れですし、無理せず1泊しましょうか?」
と佐竹が言うので、一関市内で泊まることになった。
 

宿を取り、お風呂に入って一息し、外に食事に出る。ファミレスに入って青葉はキノコの雑炊、未雨はイタリアンハンバーグセットを頼んだ。
 
「わぁ!お肉だ!お肉だ!」
と言って未雨は美味しそうに食べている。
 
「あんた、そんなので良かったの?少しお肉あげようか?」
と未雨は言うが
「ううん。私はこれでも多いくらい」
と言って微笑んでいる。
 
賀壽子は山菜そば、佐竹はマヨネーズコーンピザを食べている。後で話したのでは、青葉にしても賀壽子にしても、なぜか、まだ「なまぐさ」を食べてはいけない、という気がしたのである。
 
「あ。あのトラック」
と声を上げたのは未雨だった。もう食事はだいたい終わってそろそろ出ようかという雰囲気になりつつあった頃だった。
 
青葉が見ると車線を無視するようにふらふらと走るトラックがこちらに向かって暴走してきている!居眠り運転??
 
「お姉ちゃん、逃げるよ」
と言って青葉が未雨の手を引くようにしたが、その次の瞬間、テーブルの向こう側にいた佐竹が、テーブルを飛び越えて来て、未雨を抱き抱え青葉の身体を押すようにして、店の奥へダッシュした。賀壽子もそれを見ながら自分もダッシュする。 
そしてほんの2〜3秒後、トラックがレストランに突っ込んできた。
 
青葉は隣のテーブルにいた小学4〜5年生くらいの男の子がまだ逃げ切れずに呆然としているのを見た。青葉はありったけの念を込めて、その男の子に「足を動かせ!!!!!」とメッセージを送った。それで男の子はやっと動き出してトラックと正面衝突するのは避けられたが、完全には逃げ切れずに下半身をトラックに押しつぶされるような感じになった。
 
物凄い悲鳴と轟音がこだました。
 

店の奥まで佐竹に抱かれて逃げたので無傷ではあったものの未雨は「キャー」
と悲鳴をあげた。しかし少し落ち着くと、そばで青葉が意識を失って倒れているのに気付き「青葉、青葉」と揺り動かす。
 
「あ、ちょっと待って」
と佐竹が言い、青葉の身体の上に手をかざす。青葉は5分ほどで意識を回復した。 
「あんた、意外に神経弱いのね。気を失っちゃうなんて」
などと未雨が言ったが、青葉は曾祖母に尋ねた。
「どうだった?」
「助けたつもり。まあ1ヶ月くらい入院することになるだろうけど」
「よかった」
 
ちょうど救急車が来て、トラックの下敷きになっていた男の子を引き出し、運んでいく所だった。
 
衝突の瞬間、賀壽子が青葉のパワーを全部使って、男の子にガードを掛けたのである。いきなり全パワーを持って行かれたので青葉は気を失ってしまった。 
曾祖母も座り込んでいる。自分のパワーも全部使い切り、すぐには立てないのだ。 
レストランの店長さんらしき人が店内の客を見てまわり、怪我をしている人はタクシーを呼んでスタッフに付き添わせて病院に行かせるようにし、無事な人には御食事券とタクシーチケットを渡して、お詫びをして送り出していた。 
青葉たちは別にどこも怪我していないので、ありがたくチケットをもらって、レストランを後にした。途中のコンビニでおやつをたくさん買った。
 
「あ、御飯代ただになったね。ラッキー」
などと未雨は言っていた。
 

翌日はゆっくりと宿を出て東北自動車道に乗る。曾祖母は国道457号から国道47号を通る「直線ルート」で行くつもりでいたようだが、昨日未雨が山道で体調を崩したので素直に高速を通ることにする。一関ICから東北自動車道に乗り、村田JCTで山形自動車道に移る。そしてお昼前に寒河江SAで休憩したが、車から降りた途端、青葉は何かゾクっとするものを覚え、その方角を見た。
 
「分かるかい?青葉」と賀壽子が訊く。
「凄い霊気」と青葉は答える。
「この距離から分かる人は少ないよ。私も若い頃は分かってたけど、60すぎた頃から、この距離では分からなくなった」
 
「凄く強いのが2つ並んでて、その向こうにもうひとつ。弱く感じるのは遠いからだろうけど、きっともっと強い」
「並んでるのが月山と湯殿山だよ。遠いのは羽黒山」
 
佐竹(伶)の父、佐竹旺が住んでいるのは鶴岡市、羽黒山のお膝元である。 
「うちのお祖父さんと親戚になるんですよね?」
と青葉はSAの食堂でお昼を食べながら尋ねた。未雨は今日はトンカツ定食を食べていて、「トンカツなんて食べるの、何年ぶりだろう」などと言っている。 
青葉はキムチうどんだが、賀壽子はスパゲティ・ミートソース、佐竹はサイコロステーキ定食を食べている。賀壽子と佐竹は、もうリセットしているようだ。青葉は出羽三山の霊気を感じて「お仕事モード」になってしまったので、肉・魚を避けている。
 
「そうそう。佐竹旺さんの亡くなった奥さんが、雷蔵じいさん(礼子の父)のお父さんと従姉弟になるんだよ」と賀壽子が説明するが、家に帰ってから系図を書いてみないとつながりが良く分からないなと青葉は思った。
 
「旺さんは修験者で、若い頃から出羽の山を山伏の格好して走り回っていた。雷蔵さんのお祖父さんたちは3人きょうだいで、お寺の子供だったけど、雷蔵さんのお父さんが寺を継がずに漁師になって、イタコをしていた人と結婚して、雷蔵さんを作った。それで一ノ関のお寺に行ってた次男さんの息子がこちらのお寺を継いだ。今の££寺の住職はその人の息子だよ。そして一番下の妹さんは鶴岡のお寺にお嫁に行ってたんだけど、その人の娘さんが旺さんと結婚して、伶ちゃんを産んだんだ」
 
やはり話が複雑だ!
 
「僕も最初は親父に倣って修験者をしていたんだけどね」と佐竹。
「ある時、母の実家を訪問しに大船渡に来たら偶然、師匠(賀壽子)に会って、そのパワーに圧倒されてね。その場で弟子にしてくださいと頼み込んだんだ」
「まあ、私も若い頃はそれなりにパワーがあったからね」
と運転しながら賀壽子も笑って言う。
 
「じゃ、うちのおじいちゃんと、££寺の住職と佐竹(伶)さんは従兄弟どうしになるんですか?」
と未雨が尋ねる。
「イトコじゃなくてハトコになるね。そしてその縁で雷蔵さんは市子と結婚したんだよ」
「へー!」
「市子さんとうちの女房とが友だち同士でね。雷蔵さんと僕と4人でよく一緒に遊んでいて、最初の頃はどっちがどっちとくっつく?みたいな緊張感があったよ。まあすぐに組合せは決まったけどね」
「すごーい」
 

食事が終わり少し休憩した所で出発することになる。車の方に戻ろうとした時、若い女性が青葉たちに声を掛けてきた。
 
「あの、すみません」
青葉は黙殺しようとした。賀壽子も佐竹も一瞬目の端で捉えたものの構わず車の方に行こうとした。しかし未雨が返事をしてしまった。
 
「どうかなさいましたか?」
 
「実は乗っていたバスに置いてけぼりにされてしまって。もしよかったら途中まででも乗せてもらえないでしょうか?」
とその女性は言った。
「わあ、可哀想。どこまで行くんですか?」
「鶴岡に行こうとしていたのですが」
「あら、私たちも鶴岡まで行くもん。乗せてあげていいよね?」と未雨。 
「まあ、お前がそう言うなら」と賀壽子は言い、その女性は青葉たちの車に同乗することになった。
 
後部座席に左から、その女性・青葉・未雨と並んで座る。女性は佳穂と名乗った。 
「鶴岡のどのあたりなんですか?」と助手席に座る佐竹が話を振った。「海岸の方で。由良っていって温泉とかのある所なんですけどね。そちらはどちらまで?」
「市街地です。じゃ、鶴岡駅で降ろしましょうか?」
「助かります。その後は路線バスで行けますから」
「しかし置いてけぼりというのは大変でしたね」
「ええ。トイレ休憩でトイレに行った後、ぼんやりと売店見てたら、ふと気付いたらもうバスは出発した後で」
「ああ」
 
「由良というと、蜂子皇子の伝説がある所ですね」
「ええ、そうです」
「はちこおうじ?」と未雨が尋ねる。
 
「羽黒山を開いた人だよ。崇峻天皇の皇子で、都でクーデターがあって崇峻天皇も后も暗殺されたんで、難を逃れて東北まで逃げ延びて来たんだけど、鶴岡沖を船で航行中に由良の海岸の岩の上で8人の乙女が舞を舞っているのを見て、あまりの美しさに魅せられて、そこに船を着けた。すると三本足のカラスが降りて来て、皇子を導くようにして羽黒山に連れて行った。それで皇子は羽黒山に住むことにしたというんだね」
と佐竹が伝説を説明する。
 
「そうです、そうです。その乙女が舞っていたという舞台岩というのが今も残っています」と佳穂さん。
「八乙女の像なんてのも作られてるんですよね。でもなぜか2人だけ」
「わあ、それじゃ残りの6人が可哀想」と未雨が言うと、佳穂は同意するように深く頷いた。
 
その後、車の中は鶴岡地方の昔話や伝説をネタに盛り上がった。
 

1時間ほどで鶴岡に到着し、彼女を鶴岡駅前のバスセンターで降ろしてから、佐竹の父の家に向かう。
 
車が動き出してから青葉が言う。
「お姉ちゃん、意外に大胆だね」
「え?だって困ってる人見たら助けてあげなくちゃ」
「そうだね。『人』ならね」
「へ?」
「今の、人じゃなかったもん」
「は?」
「どこかのお使いさんですよね?」と青葉は賀壽子に尋ねるように言う。「うん。何かの眷属さんだよ」と佐竹が代わって答える。
 
「えーーー!?人間じゃなかったの?」と未雨。
「ふつうの人にはそもそも見えない。お姉ちゃん霊感無いっていつも言ってるけど、あの人が見えたんだから、霊感やっぱりあるよ」
「うっそー! 私、幽霊とかも見たことないのに」
 
「まあ幽霊よりは見えやすいかもね」と青葉。
「何かに巻き込まれているようですね」と佐竹。
「うん。もう関わってしまった以上、なるようになれだね」と賀壽子。 

佐竹の父、佐竹旺の家は市の外れにあった。若い頃は羽黒山の近くに住んでいたのだが、10年くらい前から健康上の問題でこちらに引っ越して来ている。95歳ではあるが、見た感じはかなり若々しい。充分70歳前後に見える。80歳の賀壽子などもまだ充分60代に見えるし(運転免許試験場で受けてきた反射神経テストで40歳並みと言われたなどと言っていた)、65歳の佐竹(伶)も50代に見える。こういう仕事をしている人はやはりエネルギッシュな分、若く見えるのであろうか。
 
その佐竹旺が青葉たちを見るなりこう言った。
「お前たち、誰と会ってきた?」
 
青葉たちは顔を見合わせる。
「寒河江から鶴岡まで、どこかの眷属さんに見込まれて、お供をしました」
と賀壽子が代表で答える。
「悪いものではないな」
「ええ、そう思ったので、なりゆきに任せました」
 
「そうか、そうか。それで君が青葉ちゃんか」
「お初にお目に掛かります」
「凄いパワーだな。おい、伶、お前全然かなわないだろ?」
「かないません。もううちの師匠を超えてますし」
「ああ。賀壽子さんもさすがに年だな」
「旺さんはまだまだお元気で」と賀壽子。
「お世辞言わなくてもいい。お互いの力量は見れば分かる。まあ、みんな年食ったな」
と旺は言った。
 
「しかし君は魂は女の子なんだね」と旺。
「ひいばあからもそう言われました」と青葉。
「君自身の波動は男の子の波動だけど、気の操り方は女の操り方をしてる」
「そうみたいです」
「でも魂が女の子だから、それでいいんだろうな」
 
「青葉、旺さんの病気分かるかい?」と賀壽子。
「癌です。あちこちに転移しているので、癌を治せる人の手でもかなり難しいです」
と青葉。
「さすが一目で分かるか。お嬢ちゃん、俺が後どのくらい生きられるか分かるか?」
 
青葉は答えていいのかどうか迷い、賀壽子の顔を見た。
「正直に答えていいよ」
 
「若い人なら既に死んでいますが、ご高齢なので進行が遅く持ちこたえているのだと思います。それでもふつうの人なら3ヶ月もちません。でもおじさん、凄くパワーがあるから、多分あと2〜3年」
 
「うんうん。俺もまだ2年くらいは頑張るつもりだよ」
 
青葉は本当は半年もつかどうかと思ったものの、希望を与えるためにわざと長めに言った。しかし実際に旺が亡くなったのは翌年の末であった。
 
賀壽子は「旺さん、私より長生きするかも」などと言ったが、本当にそうなった。賀壽子が亡くなったのは、翌年の5月である。
 

その夜は旺の手料理で晩御飯となった。賀壽子が「私が作りますよ」と言った

ものの、料理をするのも修行と言って、旺が自分でやった。
 
「わあい!お肉の入ってる肉ジャガだ!」と未雨が喜んで言う。
「肉の入ってる肉ジャガって・・・・肉の無い肉ジャガがあるのか?」と旺。「うちの御飯に、肉や魚が入るのって、月に1度あるかないかです。うちの肉ジャガはだいたいお肉の代わりに高野豆腐です」と青葉。
「何?精進料理なの?」
「いえ、貧乏なので」
 
「ああ。じゃ、お嬢ちゃんたちにお小遣いあげるよ」
と言って、旺は未雨と青葉に千円札を1枚ずつくれた。
「わあ、ありがとうございます」
 
賀壽子は病気の状態次第では青葉に治療をさせようと思っていた感であったが、実際の病状を診て治療不能と判断したようで、結局祈祷だけして宿に引き上げた。(伶は旺の家に泊まった)
 

宿は和風旅館で、8畳くらいの部屋に、賀壽子と未雨・青葉が一緒に泊まった。夜中、青葉はふと目が覚める。
 
枕元に昼間会った佳穂さんが立っていた。何だか古風な衣装を着ている。「こんばんは」と青葉は挨拶をする。
「こんばんは。ちょっとお願いがあるのですが」と佳穂。
「だと思いました。成り行きですし、お供します」
 
青葉は旅館の浴衣から昼間の服に着替えた。佳穂は青葉の手を取り、外に出ていく。少し歩いた感じだったが、気がつくと海岸にいた。目の前に小さな円錐形の島が浮かんでいる。
 
「あれ?ここは」
「由良海岸です。私の地元です」
「ああ、ここの話を車の中でしてましたね」
「ええ。それでこちらに来て下さい」
 
と行って佳穂は青葉を連れて断崖の続く一帯に来た。湾の奥に大きな縦の亀裂が入っている部分がある。海蝕洞というよりは、断層による亀裂という感じだ。 
「何かに見えません?」と佳穂が訊く。
「えっと、女の人のお股に見えます」と青葉。
「うふふ。あなたにもそれがあるといいのにね」
「欲しいです」
「その内できるわ」
「そうですか?」
 
佳穂が洞窟に入っていくので、青葉もそれに続いた。
 
真っ暗だが、佳穂は松明(たいまつ)を持っている。こういう洞窟では懐中電灯より頼もしい。酸素が足りないと火が消えるからすぐ逃げることができる。 
しばらく進んだ所に砂浜があった。それを見て、青葉はあれ?今までひょっとして海の上を歩いて来た? と疑問を感じたが、あまり深く考えないことにした。 
砂浜の奥に祠のような建物があり、佳穂はその前で足を停めた。
 
「実はこの祠の中に鏡があるのですが、数日前に来た探検家のような方がそれを本来の位置からずらしてしまい困っていたのです」
「はい」
「それを直してきていただけないでしょうか? ここは神様の領域で、私たちは中には入れないのです」
「私は入れるのですか?」
「人間は入れます。それにあなたは生き神様の血を引いていて護られているし」
「へー」
 
青葉は祠の中に入った。4畳半の畳敷きで前方に祭壇があり、燈籠が燃えている。そして床下に銅製の鏡が落ちていた。ああ、これが祭壇に飾ってあったのかな、と思い持ち上げる。
 
重い!
 
銅鏡は見たことはあっても触ったことが無かったので、青葉はこんなに重いものだとは思いも寄らなかった。けっこうな腕力を必要とする。それを持ちあげて、祭壇の中央に朱塗りのスタンドがあったのでそれにセットする。 
ふぅっと息をついてから、何となく2拝2拍手1拝した。何かが微笑むような雰囲気を感じた。とても優しい感じだったので、女神様かな?などと青葉は思った。
 
祠を出ると佳穂さんがいない。ただ声だけが響いてきた。
 
「助かりました。ここは一方通行になっているので、お手数ですが洞窟を通り抜けてもらえますか? 通行証代わりに、鏡のレプリカを差し上げます」
 
その時、祠の方から何かが飛び出してきて、青葉の身体の中に飛び込んだ。 
ふーん。青葉は何だかよく分からなかったが道を先に進むことにした。明かりは無いのだが、その真っ暗な洞窟の中で、道が「見える」ような気がして、スイスイと歩いて行った。もらった鏡の効力なのだろうか?
 
かなり歩いた時、道は行き止まりになっていて、細い縦穴が天井に開いてあった。『これ、登れってことかなあ?』
 
結構手がかりがあるので登れそうな気がする。万一それ以上登れなくなったら途中で降りればいいや、と考えて青葉は登り始めた。ここは一方通行だと言われたので、多分ここを登る以外無い。
 
それは運動神経の良い青葉でもなかなか苦労する縦穴だった。ただ、穴がかなり細いので、時々反対側の壁に身体を預けて休憩することができた。それでも結構な時間を掛けて登っていく。1時間近く登り続けたかと思った頃、縦穴は終了した。 
どこか外に出た。
 
目の前にひじょうに大きな神殿がある。
 
ここはどこだろう?
 
青葉が神殿を眺めて戸惑っていたら、神職の衣装を着けた女性から声を掛けられた。 
「夜中にお参りですか?」
「すみません。ここはどこでしょうか?」
「ここは羽黒山の三神合祭殿ですよ」
「羽黒山!」
「迷子かな?」
「あ、いえ。ひとりで帰れます」
「向こうの方に行ったらバス停がありますけど。どこから来ました?」
「あ、えっと鶴岡です」
「じゃ、朝になったら鶴岡行きのバスも出ますから」
「ありがとうございます」
「気をつけて・・・・あら?」
「はい」
 
「あなた、何やら凄いものを持っているわね。素敵な鏡」
「えっと・・・由良の洞窟で頂きました」
「へー! もしかして由良から洞窟を通ってきたの?」
「はい。ずっと洞窟の中を歩いて、それから縦穴を登りました」
「ご苦労さま。次来る時は、ここの麓から遊歩道を歩いてくるといいわ」
「そうですね。そういう道の方が好きです」
 
「でもあなた、その鏡の使い方、分からないわよね?」
「あ、はい」
「おいで。教えてあげるから」
 
その女性神職はそのまま青葉を連れて奥の方に行く。そして(合祭殿に比べると)小さな神殿の中に連れていき、祝詞を唱え始めた。その祝詞を聞いていて、青葉は心が洗われていく感じがした。
 
「あれ?今気付いた。あなた男の子?」
「えっと・・・戸籍上はそうみたいです」
「でも魂は女の子だね」
「自分でも女の子のつもりでいます」
「うーん。この鏡の修法は女の子にしか授けられないのよね。困ったな」
「すみません」
「あ、分かった。一時的に女の子に変えちゃってもいい?」
「むしろ永久に女の子に変えて欲しいです」
「ふふ。そうしてあげてもいいけど、上から叱られるから」
といって神職さんは青葉のお股の所に手を当てた。
 
「はい、女の子にしたよ」と言われる。
青葉は触ってみて、ほんとにアレとアレが無くなっていることを認識した。なんだか割れ目ちゃんもできてる!
 
「じゃ行こうか」
と行って神職さんは女の子の身体になった青葉を連れて山の中に入った。 
結構な速度で歩く。青葉はいつも曾祖母といっしょに山歩きをしていたが、こんな凄い速度ではなかった。必死で付いていくが、それでも遅れる。すると神職さんは青葉が追いつくまで待っていてくれた。
 
「ごめんなさい。遅れて」
「まあ、まだ小学生だしね。2年か3年くらい?」
「いえ、1年生です」
「へー。1年生でこれだけ歩けたら大したもんだよ」
 
山中を3〜4時間ほど歩き回り、小さな滝の所に来た。
「滝行するよ」
「はい」
 
服を脱ぎ、神職に続いて滝の下に座った。
「滝行、慣れてるみたいね」
「はい、曾祖母と一緒によくやっています」
「ふーん」
 
青葉は裸になったとき、お股の形が女の子になっていることで少しドキドキした。しかし滝に打たれているとそんな雑念はすぐに消えて、無の境地になる。冷たい水が身体を極限まで冷やす。しかし青葉は透明な心で全てを受け入れた。そして身体の中から何かが抜けて水とともに流れていったのを感じた。
 
「あんた、今の捨ててよかったの?」と訊かれる。
「私、何を捨てたんでしょうか?」
「ふつうの人生を歩む道」
「私、ふつうの生き方ができないのは覚悟してます」
「ま、いっか。それに『ふつうの生き方』だとあなた13歳で死んでしまうはずだったけど『ふつうじゃない生き方』だと多分50歳くらいまでは生きられるしね」
「へー。それはありがたいです」
「じゃ、おいで」
 
滝行をした後、服を着て神職さんと一緒に近くの洞窟の中に入った。
 
その奥にも祭壇があり、鏡が飾られていた。由良で見たのと似た鏡だと思った。 
神職さんと一緒にそこに座る。線香に火を点けて立てる。神職さんが祝詞を唱える。祝詞が響いている中、線香の煙が充満するのを感じる。それは洞窟の中に充満するだけではなく、青葉の身体の中にも充満していった。
 
その後、神職さんと一緒に山を下りたが、終始無言だった。ふたりはやがて羽黒山の麓、随神門の前に出た。
 
「バスが来たよ」
「ありがとうございました」と青葉は答え、
「洞窟の後、ずっと言葉を口にしない所までが修行だったんですね?」
と尋ねた。
 
「それが分かっていたのは偉い。また会おうね」
「ありがとうございます。お名前を聞いていいですか?私は川上青葉」
「私は名乗るほどのものでもないけど、羽黒山の古い烏だよ。まあ、昔は美凰(みお)なんて呼ばれてたこともあったけどね」
「やはり、佳穂さんのお姉さんでしたか」
「ああ。佳穂は良い子だよ。あの子に親切にしてくれてありがとう」
 
青葉は美凰にお辞儀をしてバスに乗り込んだ。
 

そして気がついたら旅館の布団の中にいた。起き上がるともう起きていた曾祖母が「お早う」と言った。
 
「早朝の運動に誘おうかと思ってたのに、今日は青葉ゆっくり寝てたね」
などという。
「ひいばあ、今何日?」
「え?5月3日だけど」
 
大船渡を出て一関で一泊し、鶴岡に着いたのが5月2日。つまり佐竹旺の家で肉ジャガの晩御飯を御馳走になって宿に引き上げて、それから一夜しか経っていないことになる。
 
「ん? 青葉、お前夜中にどこに行ってた?」
賀壽子が青葉の変化に気付いたようであった。
 
「えへへ、ちょっと修行」
「凄まじくパワーアップしてる!」
 
青葉はそっと自分のお股に触ってみた。
 
付いてる。。。えーん、これは無くなったままで良かったのになあ。せっかく女の子の身体になれたのにあまり触ったりできなかったのが残念、などと思ったら、どこかで笑い声が聞こえた気がした。
 
ふと思ってポケットを探ってみると、五百円玉と百円玉が1枚ずつあった。ここには昨日佐竹旺さんからもらった千円札を入れていた。減っている400円はきっと、羽黒山から鶴岡までのバス代かな?という気がした。どうも夢?と現実とが混じり合っている感じだ。
 
「それでさ、佐竹さんのお父さん、少しだけ治療できる気がする」
「うん」
 

朝ご飯を食べてから、また3人で旺の家に行った。そして青葉を見るなり旺と伶は「青葉ちゃん、何をしてきた?」と訊いた。
 
「えへへ」
と青葉は笑って誤魔化した。
 
そして旺に横にならせて、青葉は旺のヒーリングをした。青葉は旺の身体の中で膵臓がいちばんヤバイと思っていた。膵臓癌の進行は確実に生命を奪う。青葉はそこに集中治療をすることにした。
 
『鏡』を持っているお陰で、膵臓の病巣が物凄くよく見える。青葉はその領域をじっくり観察して頭にたたき込んだ。そして『鏡』本体を起動する。一気に気を集中する。
 
と同時に青葉は気を失ってしまった。旺も同時に「うっ」という声を上げて意識を失った。
 
「青葉!」「青葉ちゃん!」「おじさん?」「親父!」
 
賀壽子や伶がびっくりしてふたりを介抱する。旺は5分ほどで意識を回復したものの何だか変な気分がするというので漢方薬を飲ませる。青葉の方は物凄いパワーを一気に流したのですぐには意識を回復できない。賀壽子が青葉のヒーリングをする。そして15分ほどたって、青葉はやっと目を覚ました。
 
「大丈夫?」
「大丈夫です。私、気を流したのと同時に自分が気を失ったんですね。修行が足りないなあ」
「いや、今の物凄かった」
 
青葉は再度、旺の膵臓を観察した。病変部分の中で正常部分に侵食して行っているフロント部分に明らかに変化が認められた。たぶん薬品や放射線でその付近を攻撃したのと同様の効果があったはずだ。賀壽子も、また自分自身を観察してみた旺も「すげー、これ」などと言っている。
 
「このワザ、使いこなせるようになるのに、かなり修行が必要みたい」
「そうだね。また一緒に修行しよう」
と賀壽子は笑顔で言った。
 

伶が数日泊まってくるということだったので、置いて帰ることにし、賀壽子と青葉・未雨はその日のお昼前に旺の家を車で出た。
 
「ひいばあ、ちょっと行きたい所があるんだけど」
「うん?」
 
一行は鶴岡市の西端、由良温泉に行った。
「あ、この光景に見覚えがある」と青葉。
 
「この島を見たんだよ」
「へー」
 
海岸の前に白山島という、ひょうたん島みたいな雰囲気の小さな島が浮かんでいる。グラスボートに乗って、八乙女海岸を見学に行った。
 
「あ、あの大きな岩、見覚えがある」
「お嬢ちゃん、前にも来たことあるの? あれは舞台岩と言って、昔蜂子皇子という人がこの沖を通りかかった時、この岩の上で舞っている乙女を見て、船を寄せたというんですよ」
「へー」
 
船は断崖の前を通っていく。
 
「あれ?形が違う」
「ん?」
「夢の中で見た時はあそこに縦の亀裂があったんだけど、今見ると無い」
 
「ああ、元々はそのあたりにも海蝕洞があって、それを八乙女洞窟と言っていたんですが明治時代の地震で入口がふさがってしまったんですよ。仕方無いので今は南側の白龍窟と言っていた洞窟を八乙女洞窟と言ってるんですけどね」
「へー」
 
青葉が「夢」の中で入った洞窟がその崩れた洞窟らしい。では「数日」前に入って鏡を動かしてしまったという探検家はどうやってそこに入ったのだろうか? 
「神様の1日と人間の1日って違うのかなあ」
と青葉が言うと、船頭さんが
 
「人間の世界の50年が、天では1日だそうですよ。『人間(じんかん)五十年、下天の内を比ぶれば夢幻の如くなり』ってね」
と『敦盛』の一節を引いて語った。
 
賀壽子が頷くが、小学5年生の未雨はキョトンとした顔をしていた。
 

グラスボートで海岸を見てきてから浜に降り立った時「八乙女の像」に気付いた。八乙女と言いながら像は2人(恵姫・美凰)である。
「2人しか作らなかったのは予算の都合かもね」などと青葉が言う。
「実際問題として、八乙女の顔を見ている人なんていないだろうし、顔は想像かな」
と未雨。
「でも佳穂さんと会ったじゃん」と青葉。
「え?あの人、この八乙女の1人なの?」
「そそ」
「へー!」
 
由良海岸に行った後は、羽黒山に行った。随神門の所で車を置いて遊歩道を登っていく。未雨が「きついよー」と言うので、休み休み、ゆっくりと登って行った。でも未雨も五重塔がきれいとか、空気が美味しいとか言っていた。 
やがて厳島神社・蜂子神社の所まで辿り着く。厳島神社に女性の神職さんがいたので青葉はちょっとギクっとしたが「夢」の中で見た人(美凰)とは別の人だった。
 
合祭殿でお参りをした後、境内を散策した。
「たしかにここと由良とはつながっているという説があるんだよ。ここで神殿を建てている時に落とした大工道具が由良の洞窟から出てきたとかね」
と曾祖母が言う。
 
その日は今度は山形市で一泊してから、翌日4日に大船渡に戻った。
 

青葉が鶴岡・羽黒山まで行ってきた翌日、5月5日。早紀が青葉を誘いに来た。 
「あおば〜、どうぶつえん行こう!」
「動物園?」
「そそ。うちのおかあちゃんが車でいこうって。さくらとあおばと3人で」
 
「ごめーん。私、お金が無いから」
と青葉は正直に言うが
「どうぶつえん、小中学生はタダだよ」
「へー、タダ!」
「あら、だったら行ってもいいんじゃない?」
などと母も言うので、付いていくことにした。身の回りのもの、ハンカチとティッシュをリュックに入れて出かける。出がけに母が「お弁当代」と言って500円玉を握らせてくれた。
 
「ありがとう、お母さん」と青葉は笑顔で言った。
 
母が青葉にお小遣いをくれたなんてのは、青葉の記憶の中でほんとに数回しか無い。青葉たちが鶴岡に行っている間に母はボーイフレンドの所に行っていたようなので、きっと彼氏から少しお小遣いをもらっていたのであろう。 
青葉が出かけようとしていたら、未雨が「わあ、動物園?いいなあ」などと言うので、早紀が「お姉さんも行きます?座席、まだ1つ余裕がありますよ」
などというので、未雨も付いていくことになった。母は未雨にも500円あげた。 
咲良の母が運転するシビックの、助手席に未雨が、後部座席に青葉・早紀・咲良の3人が座り、盛岡までの道すがら3人で、おしゃべりのしどおしであった。未雨もしばしば会話に参加していた。
 
「早紀や咲良は連休中、どこも行かなかったの?」
「私は青森のおばあちゃんちに行ってた」と咲良。
「私はうちの(猫の)ミーちゃんが病気で様子見てたからずっと家にいた」と早紀。「ミーちゃん、大丈夫?」
「うん。おしっこのくだの中に石ができるびょうきとかで、ミーちゃん、おちんちん、きったんだよ」
「へー。大変だったね」
「でももうげんきみたい。おちんちんなくてもいいのね」と早紀。
「ああ、おちんちんは無い方がいいよ」と青葉。
「あおばもおちんちんきってもらえたらいいね」と咲良。
「ああ、切ってもらいたいけど、動物病院では切ってくれないかもね」
 

盛岡の動物園はパンダみたいなのは居ないものの、ライオン・象・キリン、シマウマ・ラクダ・ダチョウ、などがいて、なかなか楽しめた。そもそも入ってすぐの所の猿山で、猿たちの動きに見とれて30分くらい眺めていた。
 
「私たちがサルを見てるのと同じ感じで神様は人間を見てるのかもね」
などと未雨が言うが、青葉は思わず同意した。
 
そうそう。神様は見守ってくれている。でも基本的に干渉しない。ただずっと眺めているだけなのだ。人間の世界のことは、基本的には自分たち人間が何とかしなくてはならない。
 
それはここ1年ほど、曾祖母の代行で「お仕事」をしていて感じた。力及ばずしてクライアントが亡くなったこともあった。何とか助けたこともあった。助かった人と助からなかった人にそんなに差があったとは思えない。私たちが必死で助けようとしている姿をも、神様はただ俯瞰しているのみという気がする。それでも、「助けて」という意志が伝われば、何とかしてくれる場合もある。人間が猿を気まぐれで助けてあげることがあるように。
 
曾祖母は若い頃は本当に凄かったと佐竹から聞いていた。20〜30代の頃は仙台から青森まで動き回って仕事をしていたらしい。特に戦後間もない頃は降霊系の仕事をかなりこなしていたという。それもさすがに年とともに力が衰えて最近は大船渡を中心に、せいぜい陸前高田・気仙沼・南三陸くらいの範囲でクチコミで主として古くからのリピーターさんの祈祷などの仕事を受けていた。しかし1年くらい前から「若い頃みたいにまた凄くなった」と言われるようになった。それは実は青葉の力によるものだが。
 
鳥さんたち、そしてライオンやシマウマを見たりして、結構歩き回ってから芝生があったので休憩する。
 
「青葉ちゃん、そのスカート可愛いね」と早紀の母。
「ありがとうございます。昨日山形で買ってもらったんです。早速穿いて来た」
 
「あおばちゃん、学校にくるときはいつもズボンだよね。かっこいいけど」と咲良。「うん。でもそもそもスカート派が少ないよね」
「それはあるなあ。とよかもスカートはいてるところ見たことないし」と早紀。「咲良はスカート多いよね」
「うん。あおばちゃんもスカートはけばいいのに」
「うーん。お母ちゃんと学校では男の子の服を着るって約束しちゃったからなあ」
「ふーん」
 

連休が終わり、学校が始まる。父は連休が終わった所で疲れたような顔をして帰って来て一週間ほど家に居たが、母と喧嘩ばかりしていた。青葉はまた父に何度か殴られた。そしてまた父は出て行った。父はお金は置いていかなかったが、督促状を数枚持って出ていき、若干の支払いはしてくれたようだった。 
青葉は学校には母との約束を守りズボンを穿いて出て行っていたが、いったん帰宅した後で、早紀たちと遊ぶ時には結構スカートも穿いていた。咲良は青葉の<スカートの中身>に興味津々という感じで、しばしば中に手を突っ込んでは「タッチ禁止」などと青葉に言われていた。早紀は笑って見ていたが、自分もちょっと触ってみたいなという気がしていた。
 
やがて5月も下旬になる。ある夜、青葉は夢?を見ていた。
 
「あ、こんにちは」
「こんにちは」
 
それは羽黒山で会った美凰さんだった。八乙女のひとりである。先日は神職の服を着ていたが、今日は巫女さんの服を着ている。
 
「今日はあなた、お誕生日ね」と美凰は言った。
「・・・誕生日か。。。。世の中にはそんなものもあったのね」
 
「あのね、あなたを女の子に変えてあげちゃダメ?って訊いてみたんだけど、そんな大それたことはダメと言われたんだけど、おちんちんが大きくなったりしないように男の子の能力を取っちゃうのは、してもいいと言われたの」
 
「嬉しいです。時々勝手に大きくなって困ってました」
「でもそれすると、お婿さんになれなくなるけど」
「私女の子だから、お嫁さんになりたいです」
 
「じゃ青葉ちゃんの男の子の力を取っちゃって、代わりに男の子の力が無くて困ってる子にあげていい?」
「はい、あげてください」
 
「じゃ、もらっていくね」
「はい」
 
美凰さんは青葉のお股の所に手を当てた。
 
「もらっちゃった。それじゃね」
「あ。待って」
「ん?」
 
「八乙女の像が恵姫さんと美凰さんだけなの可哀想って姉が言って、佳穂さんも頷いていたので、8人揃っている所を姉とふたりで描いてみました」
と言って、青葉は机の引き出しに入れていた、クレヨンで描いた絵を美凰に渡した。
 
「わあ、ありがとう。可愛く描いてくれてる。佳穂に渡すね」
「はい」
「じゃ、またね」
「ええ。またいつかどこかで」
 

美凰は青葉の枕元から離れると、そのまま一関市内の病院に行った。そこに、交通事故で下半身をトラックに轢かれ大けがをした小学5年生の男の子が入院していた。美凰は眠っている、その子のお股の所に手を当て、青葉から抜いた「男の子の力」を注入した。
 
彪志はふと目が覚めた。そして自分のおちんちんが立っているのに気付く。 
「立ってる!すごっ!回復したんだ。良かったぁ」
 
思わず彪志はそのまま3週間ぶりのオナニーを味わった。
 
あの事故は大事故で、トラックの運転手を含め数人亡くなっていたが、彪志の怪我は意外に軽く、骨折もしていなくて、もう月末には退院できますよ、などと言われていた。裂傷の傷跡もあまり目立たない感じに治っていた。
 
しかしたったひとつ問題があった。
 
事故以来、彪志のおちんちんは立たなくなっていたのである。何か不具合はありませんかと尋ねられて、彪志は恥ずかしがりながらそのことを言ったので、泌尿器科の先生に診てもらい、ED治療薬などを処方してもらったものの効果は出ない感じであった。
 
「このままチンコ立たなかったら、いっそ立たないチンコなんか取って女の子になるか?お父さん、娘が欲しかったんだよね」
などと父は冗談を言っていたが、彪志本人は結構落ち込んでいた。
 
しかしその夜彪志の勃起能力は回復し、先生も「やはり事故のショックによる一時的なものだったのかも知れないね」などと言った。
 
彪志はその男性能力が回復した夜に「見た」ような気がする巫女衣装の女性のことが気に掛かっていた。
 
 
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