【春葉】(1)

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「練習終わり〜!、今日の床掃除の当番は利美ちゃんと泰美ちゃん」
という部長の声が掛かり、みんな練習を終えてボールを片付ける。1年生の梨央と由里乃が用具庫から、長い鉄のハンドルを持って来て、くるくる回しゴールを畳む。
 
泰美は利美と一緒にモップを持って来て、両側の端から床掃除を始めた。
 
「こらこら歩くな。走れ!」
と言われて
「はい」
と返事をし、走って掃除をするのだが、これがなかなかハードで息が上がるのである。バスケのコートを走り回るのは10分間1クォーターいっぱい走り回っても平気なのに、このモップを持って走って掃除するのは、かなり辛い。
 
ふたりで分担して端から掃除していき、やがてセンターラインの所まで来る。ふたりは同じ側にいるのだが、利美のモップは既にセンターラインに接しているのに、泰美のモップはセンターラインから1mほどの所にある。どうももう1回分残っているようだ。
 
「ごめーん、あと1回行ってくる」
と言って、向こう側までモップを押して走って行く。帰りはコートの外側を押して用具倉庫の方にいくが、ここは走らなくても叱られない。
 
今日の練習はきつかったなあ。焼き肉屋さんにでも寄って帰ろう、などと泰美は思っていた。
 

青葉は夢を見ていた。どこか知らない町にいる。空に大きくカーブを描く電線が上下二段に伸びている。その端は三本の鉄骨を三角錐状に立てたもので支えられていた。空は朝か夕方か判然としないが、朝焼けあるいは夕焼けの赤と、青空が混じった紫色の空だった。
 
青葉は空がきれい、と思いながらその2段になっている円弧状の電線を見ていた。
 

瞬法は車を降りると、“それ”を見上げて、しばらく考えていた。
 
腕を組む。
 
「帰ろ」
と言って、彼は車に戻り、Uターンして自分の寺に戻った。
 

西湖(今井葉月)は学校を2日間休んで人間ドックを受けることになった。龍虎(アクア)は腫瘍の経過観察もあるので、年に2回は入院しての検査を受けているのだが、西湖はこれまであまり大きな検査を受けたことが無かった。しかしこの夏に“ある理由で”身長が2-3cm縮んだのだが、その身長のことがバレてしまったので、桜木ワルツが心配し、健康診断を受けてきなさいと言って、西湖は人間ドックを受けることになったのである。
 
しかしそんなの受けたら、ボク、女の子の身体になっているのがバレちゃうと思い、どうしよう?と不安な気持ちのまま病院に出てきたのである。
 
平日になったのは、土日はとても休めないからである。それでもアクアの仕事が毎日あるのでリハーサル要員が必要である。この2日間は普段から結構代役として担ぎ出されている姫路スピカがリハーサルに出てくれることになった。彼女はわりとアクアと雰囲気が似ているのである(正確には“アクアF”と似ている)。
 

西湖は前日の夜9時以降は食べ物を取らないようにし、当日は朝御飯も食べずに、朝7時に用賀のアパートを出て、電車でその病院に行った。予約票を受付で渡すと病室に案内され、病衣に着換える。渡されたのは薄いピンクのパジャマ状の服である。上着とズボンに別れている。
 
着換えた所で、渡された検診誘導用のタブレットで「着換え終わり」の所をタップすると“1階7番計測室へ”という表示が出るので、降りて行く。取り敢えず順番を待つが、待っている人の中に薄青の病衣を着ている人とピンクの病衣を着ている人がいるのに気付く。何の違いだろう?などと思いながら待っていた。
 
やがて名前を呼ばれて中に入るが、ここでまず身長・体重・ウェストに血圧を測られる。糖負荷検査をしますと言われ、まず最初に採血・採尿後、ブドウ糖液を飲む。視力検査・眼圧検査をし、散瞳剤を点眼してから1回目の採血・採尿。聴力検査・歯科検診を経て、眼底検査をした後、縮瞳薬を点眼してもらう。そして2回目の採血・採尿をする。ここでだいたいお昼の時間帯になるが、まだ食事はできない!
 
胃の透視検査のため、バリウムを飲む。なんかやな感じだなあと思う。
 
検査台の上に乗るが「右に3回転して」「俯せになって」「左を向いて」など様々な指示が出るので、西湖は、これ大変だ!と思った。
 
終了後下剤をもらって飲む。わりと便秘気味なんですがと言うと倍くれた!
 

骨密度検査に行くが、念入りにされている感じがした。身長が縮んだかもというのが多分病院側に伝えられていて、骨密度に問題が無いかチェックしてくれているのだろう。
 
胸部レントゲン検査に行く。タブレットの指示で2番レントゲン室の所で待ち、名前をアナウンスされたので中に入ったら、男性の検査技師がギョッとしたような顔をした。
 
「この部屋に入るように言われました?」
「はい」
「きっと何かの間違いだな。そのタブレット、ちょっと貸して下さい」
「はい」
 
それで西湖が渡すと、何か操作をしていた。
 
「済みません。4番レントゲン室の前で待っていて下さい」
「分かりました」
 
それでタブレットを受け取って2番検査室を出て、あらためて4番検査室の前で待つ。10分ほどで名前を呼ばれたので中に入る。こちらには女性の検査技師が居て、指示に従って服を脱ぐ。
 
「そのブラジャーはワイヤーは入っていますか?」
「入っています」
「だったらそれも外して下さい」
「はい」
 
それで撮影してもらった。
 
「お疲れ様でした。その後またタブレットの指示に従って移動して下さい」
「はい、ありがとうございました」
 
西湖は移動しながら最初に入った部屋で「間違い」と言われたのは何が間違っていたのだろう?などと考えていた。
 

タブレットに出ている数字を見て進むと次は心電図検査であった。しばらく待ってから中に入ると、女性の技士さんがいて、上半身裸になってくださいというので裸になって検査台に寝る。胸に電極をつけられる。これ春にも学校でやったなあと思う。あの時は万事休すと思ったら“誰か”が助けてくれたのだが、今回は何も焦る必要無いし、などと考えている。
 
しばらくじっとしていたら「もういいですよ」と言われるので「ありがとうございました」と言って、服を着て検査室を出た。
 
今日の検査はここまでで、病室に戻っていいという指示がタブレットに出ていたので、戻って・・・
 
ひたすら寝た!
 

目が覚めたら、窓の外は薄明かりである。しばらくボーっとしていたら看護助手さんが来て
「あ、起きた?」
と言った。
「あ、はい」
 
体温・脈拍・血圧を測られる。
 
「よく寝てたね。夕飯の時は起こそうとしたけど、どうにも起きなかったし」
などと言われる。
 
へ?
 
「あのぉ、まさか今ひょっとして朝ですか?」
「そうだよ。よほど疲れたのね」
 
うっそー!?結局昨日は丸1日絶食!?
 
しかしこの日は朝からちゃんと朝御飯を食べることができた。固形物を身体に入れたのは(バリウムを除けば)一昨日の夕方食べた軽食以来、36時間ぶりであった。西湖は「御飯美味しい!」と思った。
 

午前中は超音波(エコー)で身体全体を検査された。肺呼吸検査をした後、今日もまた心電図の検査を受けた。不整脈などがある場合、2日目の方が明確に出ることが多いらしい。
 
その後34番に行って下さいと言われていくと、婦人科である。えーっと、ボクなぜ婦人科に来ることになったんだろう?などと考えている内に名前を呼ばれる。
 
「あら、あなた何歳?」
と女の先生から訊かれる。
 
「16歳です」
「だったら、マンモグラフィーは不要ね」
「マン?」
「マンモグラフィーは40歳すぎてからでないと使えないのよ。あなたは代わりにエコー検査を受けて」
「あ、はい」
 
「取り敢えず触診するから、上半身の服を脱いで」
「はい」
 
それで女医さんは西湖のおっぱいをまずは眺めた上で、かなり強く揉む。痛たたたたたと思うが我慢する。
 
「問題無さそうですね。じゃ服を着て、タブレットに次の番号が出たらそちらに行って」
「はい。ありがとうございました」
 
それで廊下に出た。38番に行くようタブレットに指示が出るので、そちらに移動する。
 

名前を呼ばれて中に入る。カーテンで仕切られた検査台が4つ並んでいる。その中のひとつに案内される。上半身脱いでくださいと言われるので脱ぎ検査台に寝る。お腹にタオルを掛けてもらった。
 
女性看護師さんから、おっぱい付近にゼリーのようなものを塗られた。なんかエステとか受けてるみたいと思う。そのあと、女性の検査技師さんが何か小型の機械のようなものを当ててモニターに映る組織?の様子を見ているようだった。
 
検査は15分ほどで終わり、女性看護師さんが胸に塗った物質をきれいに拭き取ってくれた。
 

そこを出た後、またタブレットの指示に従って43番の部屋に行く。ここも婦人科の診察室のようである。
 
「あなた何歳?」
とここでも女性の医師に訊かれた。
 
「16歳です」
「性交の経験は?って性交って意味分かる?」
「分かりますが、経験は無いです」
 
「了解。じゃ処女を傷つけないように検査するから安心してね」
「はい、よろしくお願いします」
 
とは西湖は答えたものの“処女を傷つけないように検査”って何をするんだぁ?と思う。
 
「これ知ってる?」
と言って何か台のようなものを見せられる。
 
「いいえ」
「内診台と言うのよ。ちょっと恥ずかしいかも知れないけど、我慢してね」
「はい」
 
それで指示通りズボンとパンティを脱いで台に乗る。
 
下半身が持ち上げられる!? お股が広げられる。
 
ちょ、これ何!??
 
きゃー
 
と思っていると、どうもお股の所を何やら調べられているようだ。うっそー。これじゃボクが女の子の身体なのが分かっちゃうじゃん!などと西湖は思っているが、今更である。
 
「中にクスコを入れるけど、処女は傷つけないからね」
「はい」
 
クスコって確か南米の古代遺跡??でも中って何だっけ?と思っている内に“あそこ”に何か入ってくる。
 
ひぃー!??
 
それでどうも“内部”を調べられているようである。
 
やだぁ、こんな所まで調べられるの?
 
ボクが男の子だったら、おちんちんをにぎったり検査器具に入れられたりして調べられていたのかなあ?などと考えたりしている。
 
けっこうドキドキしている。
 
やがて検査は終わり、クスコは抜かれ、姿勢も元の状態に戻った。
 
「異常は無いですね。検査は終わりましたよ」
「ありがとうございます」
と言って、パンティとズボンを穿いて部屋を出たが、西湖は
 
『どうしよう?ボクが女の子なのがバレちゃったらワルツさんや社長から何か言われそう』
などと考えていた。
 

その後、また採血・採尿されてから、部屋に戻って昼食である。
 
この病院のご飯美味しいなあ、などと思いながら食べていた。
 
午後は、栄養士さんから食事についての指導を受ける。栄養バランスよく必要かつ過剰でないカロリーの食事をすることが大事であると言われ、様々な食品のカロリー数を書いた本をもらった。
 
このあたりの話は学校の家庭科でも習っているはずなのだが、授業の欠席が多い西湖はあまり知らない話だったので、色々質問したりしてしっかり聴いた。本に載っていないお魚のカロリー数を尋ね、栄養士さんは資料で確認して教えてくれたので、西湖はそれを本に記入しておいた。
 
その後、精神科の女医さんから生活リズムに関する指導を受ける。西湖が芸能人で多忙であり、睡眠不足になりがちだと問診票に書いていたので、僅かな時間を利用して仮眠を取る方法などを教えてくれた。
 
「睡眠というのは、一種の条件反射なので、自分が導眠しやすい一種の儀式を確立しておくといいんですよ。芸能人以外でも、たとえば弁護士さんとか、またコンピュータのSEさんとか、またトラックの運転手さんとかは、だいたい自分が眠りやすいパターンを確立していますね」
 
「へー」
 
「特定のアーティストあるいは作曲家の音楽を聴くと眠れるという人、何か難しい本、六法全書とかお経の本とかを開くと眠れるという人、特定の機械の音、たとえばハードディスクの駆動音とか、列車がレールを走る音とか、そういうのを聴くと眠れるという人などもいます」
 
「ああ」
 
ボクはわりとクラシックを聴くと眠れるかもなどと思っている。
 
「ここだけの話、男女ともにオナニーすると眠れるという人も多い」
「へー!」
 
「君、オナニーはどのくらいする?」
と女医さんは小さな声で訊く。
 
「あははは」
と取り敢えず西湖は笑っておく。これたぶんボクのこと女の子と思って女同士の気安さでこういうこと訊いているのかなと思った。
 
「私、あまりしないんですー」
 
「そうね。女子にはそういう子もいるけど、覚えた方が男の子と付き合うようになった時も、より気持ち良くなれるし、導眠にもいいよ」
 
「へー。研究してみようかな」
 
「あまりおかしな本を参考にしないでね。世の中には変な本が多いから」
「分かりました!」
 
「ローターとかディルドーとか道具を使う方法がよく書かれているけど、そんなの使わなくても、クリちゃんを自分の指で刺激するだけでもかなり気持ち良くなれるよ」
 
「頑張ってみます」
「うんうん」
 
ローターとかディドル?って何だろう?と思ったが、訊くのは恥ずかしいような気がして質問しなかった。
 

最後にもう一度おしっこと血を採られる。病室に戻って着換えてよいということだったので、戻って学校の制服に着替え、軽く周囲の掃除をしておいた。
 
やがてタブレットに結果が出ましたという案内が出るので、指示に従って婦人科の受付に行き、診断書をもらった。それで西湖はとりあえず電車で移動して、信濃町の事務所に行った。
 
山村マネージャーが居た。
 
「あれ?今日は早いね」
と言われる。
 
「昨日・今日と人間ドックに入っていたので」
「あ、そうか。どうだった?」
「特に注意はされませんでした。これ診断書です」
と言って、西湖は病院からもらった封筒をそのまま山村に渡した。
 
「どれどれ」
と言って、山村は中の書類を見ている。
 
「少し血糖値が高いかな」
「よくないですか?」
 
「いや、葉月ちゃんみたいに多忙な仕事していたら、このくらい高いのは仕方ないと思う。このくらいの血糖値が無いとたぶん倒れる。でもあまり食べ過ぎたり、甘いジュースを飲み過ぎたりしないように気をつけてね」
 
「それ栄養士さんからも言われました!」
 
「後は健康そのものだなあ。ワルツちゃんが骨密度を心配していたけど、骨密度もこの年代の女子としては普通だよ」
 
「そうですか」
と言いながら、“女子として普通なの〜?”などと思っている。
 
「女性ホルモン値も男性ホルモン値も普通だしね」
 
あはは。やはりそれも“女子として普通”だったりして。
 
「じゃこれ社長に渡しておくね。今日はもう帰って寝るといいよ」
「そうしようかな。検査で結構疲れました」
「バリウムのうんこは出た?」
「出ました!白いからびっくりした」
「あれが出ないと死ぬ目に遭うのよ」
「ああ、それは大変そう」
 
そういう訳で西湖は診断書は山村マネージャーに託して帰宅し、用賀のアパートでぐっすり眠ったのであった。
 

その日、青葉は神谷内ディレクター、ADの幸花、助手の青山、カメラマンの森下、ドライバーの城山という“いつもの取材クルー”で、金沢市郊外の私立高校・H高校にやってきた。最初に校長さんに面会し、挨拶をするとともに撮影許可をあらためて得た。
 
生徒会長さん他数名の生徒が来て挨拶する。彼らが今日の案内役をしてくれる。今回の“金沢ドイル”の『北陸霊界探訪』のテーマは“H高校七不思議”である。
 
最初に連れられてきたのは特別教室棟の最上階にある音楽室である。
 
「ここのベートーヴェンの肖像の目が光るという伝説と、ここのピアノが夜中誰も居ないのに鳴るという伝説があるのですよ」
と生徒会長が説明する。
 
ここでADの幸花が登場して
「わが取材班ではこのお話を聞いてから1ヶ月にわたり、音楽室にカメラと録音用パソコンを設置させて頂きました。その400時間ほどにわたる映像と録音の中からついに決定的場面を発掘しました」
 
という。実際にはプログラムでその前後と映像内容や録音内容が異なるポイントを見つけ出し、あとはそれを幸花がひとつひとつ見て確認したのである。幸花にとっても丸1日掛けた大変な作業であった。
 

「まずはベートーヴェンです」
と言って紹介されるビデオでは、薄暗い中に置かれたベートーヴェンの肖像の目の付近が突然明るくなる状況が確認された。
 
「この現象は夜中というより、早朝に確認されました。これが現象が確認された日時のリストです」
と言って、フリップを見せる。
 
「毎日起きる訳じゃないのね?」
と尋ねる青葉はこの件に関しては聞き役である。
 
「そうなんですよ、ドイルさん。それで調べて見ると、この教室から見える、あそこのビルの窓に朝日が反射して、ちょうどこのベートーヴェンの目の付近だけに光が当たるようなんです」
と幸花は説明し、また別の説明パネルを立てる。
 
「あのビルの窓がわりと小さいので、細い光がこの音楽教室に当たるんですね。それで目の部分だけが光るように見えるようです」
 
「これ季節によっては別の肖像に当たることはありませんか?」
「はい。理学部の友人に相談して、実際にこの位置も見てもらったのですが、季節によっては、ベートーヴェンの隣のモーツァルトに当たる時もあるそうです」
 
すると生徒会長さんが
「ええ。確かに目が光るのはベートーヴェンの場合とモーツァルトの場合があるという噂でした」
とコメントする(台本)。
 

「そういう訳でベートーヴェンの目が光るという現象は科学的に説明ができました」
と幸花は解説した。
 
「続いて勝手に鳴るピアノです。お聞き下さい」
と言って幸花はパソコンを操作して録音を再生する。
 
何か音楽が聞こえるが、ピアノというより、オーケストラの演奏っぽい。
 
「バリー・ホワイト&ラブ・アンリミッテド・オーケストラの『愛のテーマ』ですね」
と青葉が言うと
 
「よくご存知ですね。私も知りませんでした。これ知っているのは50代以上ではないかと言われているのですが、ドイルさん何歳ですか?」
「21歳ですけど」
「またご冗談を」
 
(このやりとりは放送された時、本当に冗談と思われたようである。世間では金沢ドイルは40代の霊能者らしいということになっている!)
 
「でもこれはどこかで実際に鳴っていた音楽が風とかの関係でここまで聞こえたのでは?」
と青葉は言った。
 
「はい、それで近所の人たちにひたすら取材してまわりました」
 
これは幸花と青山の2人で実際に学校の周囲の住民に頑張って聞いて回ったのだが、4時間ほどにわたる取材で、ふたりはついに音源を突き止めた。
 
学校から5kmも離れた所にあるショッピングモールで、営業終了の合図にこの曲を流していたことが判明したのである。幸花たちは金沢市内の気象予測会社を訪ね、地図を示した上で、このショッピングモールで鳴らした音楽がこの学校まで聞こえる条件について尋ねた。
 
「このショッピングモールも学校も、この付近に広がる谷間の中にあります。ただ、海陸風と言いまして、昼間は海側から山側に向かって風が吹くので、山側にあるショッピングモールの音は海側にある学校には聞こえません。しかし夜になると山側から海側に向かって風が吹くので聞こえるようになります」
 
と気象予測士の人が解説してくれた。
 
それでその会社が持っていた金沢市のこの付近の地区の海陸風の切り替わり時刻のデータを見せてもらったら、取材班が『愛のテーマ』が聞こえたのを確認した日にはちょうど夕方8時頃から陸風が発生していたことが分かった。
 
またそのデータベースから、季節によっては夕方7時から陸風になっている時もあったのだが、実はこのショッピングモールでは7時には食料品コーナー以外のお店が閉まるというのでパーシーフェイス・オーケストラの『夏の日の恋』を流していた。幸花がその曲を生徒会長たちに聞かせると
 
「あ、この曲も聞こえてきたことがあります」
ということであった。
 
『愛のテーマ』にしても『夏の日の恋』にしても、ひじょうに古いヒット曲であるため、生徒たちには未知の音楽だったようである。またショッピングモールはこの学校の通学圏からは外れているので、そちらのモールの利用者が生徒の中には居なかったことで、気付かれなかったようである。
 
この2件は幸花と青山さんの尽力で解決したようなもので、青葉は出番が無かった。
 

3件目はこの学校の初代校長の像が夜中に歩き回るという伝説である。取材班は生徒会長たちと一緒にその像の所にやってきた。
 
「女性ですか!」
と言って青葉は(マジで)驚いた。
 
「女子英学塾、今の津田塾大学で学んだ後、金沢で女性のための英語と数学の塾を開いて、それがこの学校のルーツになったんですよ」
と生徒会長さんが説明する。
 
像はブロンズ製のようである。和服を着ていて日本髪に結っている。左手に灯明を持ち、右手を高く掲げている姿がちょっと格好良い。
 
青葉は念のため像の周囲の霊的な環境を確認するがあやしげな雰囲気は無い。
 
「この像自体には何も変な所はありません。むしろエネルギーが高いですね。この付近からもしかしたら地下水とか出るかも」
 
「へー!」
 
そういう訳でここは保留して次に進む。
 

4件目は夜中の第二体育館でボールの音がするというものである。取材班と生徒たちでその体育館に行く。ちょうどバスケット部の子たちがウォーミングアップをしていた。顧問の先生らしきジャージ姿の先生が寄ってくるので会釈をする。
 
「ここはかなり古いですか?」
「古いです。もう崩して建て替えようよという話も出ています。元々はここがメインの体育館だったのですが、狭いので、40年ほど前に新しい体育館を建てて、こちらはその時崩す予定だったのですが、部活で使いたいという声があって、主としてバスケ部とバレー部で使っているんですよ」
とバスケ部の顧問の先生は説明する。
 
「40年前に建て替える予定だったということは、相当古いですね?」
「戦後間もない頃に建てられたものらしいです。ガラスがかなり傷んでいたので、1990年頃に窓だけ新しいものに交換したらしいです」
 
戦後間もない時期に建てたのなら1950年頃としても70年ほど経っていることになる。よく持ち堪えているものだ。
 
「あと、床はこれまでに2回ほど削って表面の塗装をやり直しています」
「でないと危険でしょうね!」
 
「床のささくれが刺さって、回転レシーブしたバレー部員が死んだという事故があって、その霊が夜中にプレイしているのでは?とか、もし夜中にそれを見たら一緒に霊界に引き込まれるなんて話もあるのですが」
と生徒会長。
 
「ほんとにそんな事故があったんですか?」
「校長先生によれば生徒が怪我したことはあったそうです。でも死んだことはないと。その怪我があった後、フロアを全面的に削って整えて、再塗装したらしいです。それが1970年頃で、そのあと建て替えの話が出て結局10年経って1980年に新しい体育館ができたんですよ。床の削り直しは2001年にもしました」
と先生。
 
生徒会長と先生へのインタビューは幸花がしているのだが、青葉はじっと体育館の中を見て、あちこち歩き回った。やがて体育倉庫の奥側の引き戸を開けたが
 
「うっ」
と小さな声をあげて、中には入らなかった。
 
幸花たちが近づいてくる。
 
「ドイルさん、何かありましたか?」
 
「この扉使ってます?」
と青葉は尋ねた。
 
「あ、いえ、この扉は立て付けが悪いので、あまり開けないんですよ。だいたい他の扉から入っていました。でも今、すっと開けられましたね?」
と顧問の先生が言う。
 
「要領があるので」
「もしかして、ここ怪しいですか?」
 
「怪しいです。浄化していいですか?」
「はい、よろしく!」
と先生。
 
青葉は
「後で再現ドラマやっていいから、しばらくカメラを止めてください」
と言った。それで神谷内さんが頷き、森下さんがカメラを止める。
 
青葉はその扉の向こうを意識した上で“珠”を発動させた。
 
浄化の作用が広がっていく。
 
「何か凄く明るくなった気がする」
と生徒会長が言った。
 
「雑多な霊が溜まっていました」
「ほんとに居たんですか!」
と先生が驚いている。バスケ部員たちも集まってきている。
 
「体育倉庫のこの扉の向こう側、だいたい5〜6mの範囲に溜まっていましたね」
 
「この付近は普段あまり使わないような道具が入っていたんですよ。体育祭とか大会とかの時だけ使うようなものとか」
とバスケ部の部員のひとりが言う。
 
「使用頻度が低くて、あまり人が入らないから溜まりやすいんでしょうね」
 
「溜まりにくいようにはできます?」
と顧問の先生。
 
「あとで御札を送りますから、ここに貼って頂けませんか?」
と言って場所を指し示す。
 
「そこにテープ貼っておこう」
と言って、顧問の先生は教官室からテープを持って来て目印に貼っていた。
 
「じゃ、夜中にボールの音がするとかいうのは?」
「このあたりに溜まった霊のしわざでしょうね。体育館だからスポーツ好きな霊もけっこう来ていたのだと思いますよ」
 
「だったら、あまりたちの悪いものでもないですかね?」
「だと思います。だからこの付近に入っても害悪を及ぼしたりはなかったんじゃないでしょうか」
 

浄化のところは再現ドラマを撮影してから5件目に行く。
 
旧校舎である。
 
ここは学校の表から入ってすぐの所に新校舎があり、この新校舎と(メインの)体育館との間に使用していない旧校舎がある。工事現場にあるようなバリケードを置いて立入禁止にはしているものの、入ろうと思えば自由に入ることができる。生徒会長さんが言うには、学校では禁止しているものの、しばしば夏に肝試しなどをする生徒が居るという。
 
「この旧校舎の3階から4階にあがる階段が夜中に来ると1段多いという伝説があるんです。ただし懐中電灯とか持って行ったらダメで、暗がりの中手摺りを頼りに歩いた場合だけ体験するという話で」
と生徒会長が言うが
 
「まあよくある話ですね」
と施設管理者になっているので来てくれた50代の事務長が言う。
 
「いつ頃からある話ですか?」
 
「私もこの学校の出身なんですが、私が在学していた頃からありましたよ。当時はこの旧校舎ができたばかりの新校舎で、その噂は当時の旧校舎にあったのですが。現在の校舎がその元の旧校舎跡に建っています」
 
「というと何年前ですか?」
「まあ40年前ですね」
と言って、事務長さんは笑っていた。
 
「移動したのかな?」
「そうでしょうね。使ってないものには霊とか妖怪とか溜まりやすいので」
 

カメラと一緒に入って、階段を登っていく。1階と2階の間の階段は踊り場まで15段、踊り場から15段であったが、2階と3階は12段.12段である。問題の3階と4階の間の階段になるが、ここも踊り場まで12段、踊り場から12段である。
 
「1段多いというのは、踊り場までですか?その上ですか?」
と幸花が尋ねると
 
「踊り場から4階に登る階段ですね。それが1段多くて13段、死刑台への階段と同じになっているという話で、いちど夜中に生徒がそこを登って13段あったので懐中電灯を付けたら、足元に誰かを踏んでいて『見〜た〜な〜』と言われたとかいう話がありました」
と事務長さんが言う。
 
「ありがちな話ですね」
と神谷内さんが言った。
 
青葉は踊り場から上にあがらず、腕を組んでじっとその階段を見ていた。
 
「ドイルさん何かあります?」
と幸花が訊く。
 
「今は何もないです」
と青葉は言った。
 
「じゃかつては何かあったんですか?」
「跡はありますね。たぶん妖怪の類いがいたのではないかと」
「妖怪ですか!」
 
「怪人赤マントとか、四時婆(よじばば)とか、その類いの愉快犯系のものですよ」
「ああ」
 
「あ、4階の女子トイレに怪人赤マントが出るという噂もありました」
と生徒会長が言うのでそちらにも行ってみる。
 
青葉と幸花に生徒会長がさっさと女子トイレの中に入るのに森下さんと青山さん、神谷内さんがトイレの前で顔を見合わせている。事務長さんが察して
 
「今は使用していないトイレですから、男性のスタッフさんも中に入っていいですよ」
と言うと、彼らも中に入ってきた。しかし居心地が悪そうである。青山さんは何だか嫌そうな表情で頭を掻いている。夏にゲイバーのバイトをした時のことを思い出しているのかも知れないと思った。
 
「ここにも跡はありますね。本当に怪人赤マントみたいなのがいたのかも」
「今は居ませんか?」
「居ませんね。昔は生徒を驚かせて楽しんでいたのでしょうけど。少なくとも20年以上前に居なくなったのだと思います」
 
「どこかに行っちゃったんですか?」
「どこかに行ったか、あるいは生徒が全然来ないのでエネルギーの供給源が絶たれて消滅したかですね」
 
「昔は夜中でも入ろうと思えば校舎に入れたけど、今は夕方になると玄関をロックしちゃうから、夜中に侵入すること自体ができなくなったからかもですね」
と事務長さんは言っていた。
 
「あれって、そういう驚かせることでエネルギーを得ているんですか?」
とひとりの生徒が訊く。
 
「そのようですよ。生徒の恐怖心や、悲鳴などがエネルギーになるんです」
「確かに誰も来なきゃ寂しくて消えてしまうのかも」
と生徒会長が言ったが、青葉はそれに頷いていた。
 

6件目は学校の敷地の中でもやや分かりにくい場所にあった。
 
「これは面白い」
と青葉は言ったが、幸花も神谷内さんも意味が分からないようだった。
 
「さかさ杉ですか?」
と青葉が言うと
 
「そうなんです。ふつうの杉は枝が上に向かって伸びていくのに、この杉の大枝は下に向いて伸びているんですよね」
と生徒会長さんが言った。
 
「あ!そういえば」
と幸花が言う。
 
「実は珠洲市のさかさ杉を見たことあるんですよ。能登七不思議探訪とか言われて」
と青葉は明かす。
 
「そちらは有名みたいですね。でもこの学校にもあるんですよ」
と生徒会長。
 
(「さかさ杉」と呼ばれるものは他に栃木県の那須塩原、軽井沢などにもある。屋久島や滋賀県長浜市などにもあるが「逆さ」の意味が違う)
 
「ドイルさん、その能登七不思議って何?」
と神谷内さんが言う。
 
「オカルト的なものではないです。珍しい物事で、私が聞いたのでは、宝達志水町のモーゼの墓、羽咋(はくい)のUFO、駅名板に書かれた駅名が実際の駅名とは違う駅、砂浜を普通の車が走れる“なぎさドライブウェイ”、日本の中心、能登町の羅漢山、輪島市の千体地蔵、珠洲市の倒さ杉、ゴジラ岩、窓岩、実は既にこれで10個あるんですが」
 
と青葉は言ったが、幸花は
 
「今すごく怪しい感じの単語をいくつも聞いた気がする」
と言った。
 
「ドイルさん、今度その能登七不思議を巡ろうよ」
と神谷内さんが言うが
 
「冬季には行けない所がいくつもあるので、暖かくなってから」
と青葉は言い、それで春以降にその特集を組むことになった。
 

「それでこの学校の逆さ杉は何か伝説があるんですか?」
と青葉が生徒会長に尋ねて、話を戻す。
 
「この逆さ杉の前で何かを献げてお祈りすると、物事を逆転できると言われています」
「何かというと?」
「それがよく分からないんですよね。成績が低迷していてそれを逆転させたい子が、お母さんのネックレスを勝手に持ち出してこの木の根元に埋めたけど、成績は上がらなかったなどという噂もあります」
 
「ネックレスで成績は無理な気がする」
と幸花は言っている。
 
「それで掘り返し禁止という看板があるわけですか」
「そうなんですよ。一時はここに色々埋めるのとか、埋まっているものを勝手に掘り出すのとかが随分横行したようなので、木の根を傷めるからというので禁止になったそうです」
 
「ドイルさん、ここ何かありますか?」
と幸花が訊く。
 
「植物としては珍しいですけど、特に変なものはありませんね」
と青葉は言った。
 
「ただ・・・」
「ただ?」
 
「いや、その噂で多くの生徒たちが願を掛けたからでしょうけど、ある程度のエネルギーの集積は感じますよ」
 
「だったらここでお祈りしたら本当に願いが叶うとか?」
「叶うというより、自己実現のために頑張ろうという気持ちになるかも知れませんね」
 
「だったら成績があがりますようにとお祈りするのは効果があります?」
「あると思います。それでしっかり勉強すればですけど」
 
「ではやはりここはお祈りの効果があるということで。でも本当は何を献げるんだったんでしょうか?」
 
「それはちょっと見当が付かないですね」
 

それで最後の7件目の不思議となる。
 
「図書館に“呪いの本”があるという噂があるんですが」
と生徒会長さん。
 
「よくある話ですね」
と幸花。
 
「その本を借りた生徒が、そこに書いてある方法で恋敵(こいがたき)を呪ったら、本当に死んでしまって、ショックで呪った本人も自殺した、などという噂もあるんですよ」
 
「それもありがちな話ですね」
 
「ところでここの図書館の蔵書数は?」
と青葉は尋ねた。
 
これには付き合ってくれた図書委員長さんが答えてくれた。
 
「何しろ歴史が古いので、今は別棟の旧書保存館にあるものまで含めると12万冊ほどあります」
 
「それは凄いですね」
と幸花。
 
「さすがにその中から“呪いの本”を探し出すのは不可能という気がします」
と青葉も笑いながら言った。
 

幸花は尋ねた。
 
「でも12万冊というのは数えたんですか?」
 
「この図書館の蔵書には全てNDC図書分類番号のラベルと管理番号を刻印し、それが全てデータベースに登録されています。この登録は1992年から1997年に掛けて、当時の図書委員が総出で作業して行ったもので、これをもとにコンピュータによる帯出管理システムを稼働させました。その後は受け入れた書籍を随時登録しています。在庫との照合まではしていませんが、誰かが借りようとして見つからなかったものは削除していますので、実態と大きくは懸け離れていないと思います。そのデータベースの件数が約12万件なんですよ」
と図書委員長は説明した。
 
「それ見れます?」
「ええ、どうぞ」
 
というので図書委員長は取材陣を司書室に案内した。司書さんに端末画面を撮影してよいか尋ねてOKをもらう。そして委員長が端末でデータベースを開き、無条件検索を掛けると、全書籍がヒットするので、そこに124,284件という表示が出た。
 
「おぉ、本当に12万件ある」
と幸花が喜んでいる。そして、本当に何気なく尋ねた。
 
「そうだ。ここで“呪いの本”とか検索したら、何かヒットします?」
 
「どうでしょう」
と言ってやってみるが0件である。
 
「むしろ“呪い”で検索しましょうか」
「あ、それがいいかな」
 
それで委員長さんが再度“呪い”というキーワードで検索したらいくつかの本がヒットした。
 
算数の呪い
お呪い大好き!
パーシー・ジャクソンとオリンポスの神々(3)タイタンの呪い(上)
パーシー・ジャクソンとオリンポスの神々(3)タイタンの呪い(下)
料理のその手間いりません: 台所の呪いを解く方法
アダムの呪い
エジプト王ファラオの呪い
魔と呪いの系譜
呪いと日本人
ハリー・ポッターと呪いの子
科学探偵vs.呪いの修学旅行
少年探偵・二十面相の呪い
秘密・呪い (シャーロット・ブロンテ初期作品集)
・・・・・
 
「全部で32冊ヒットしていますね」
と言いながら委員長さんは表示された一覧をスクロールしていく。
 
「あたりさわりの無い本が多い」
と幸花が言っている。
 
「ファンタジー系にはよく“呪い”という単語を含む本もあるのですが、その手の本は盗まれやすいので、高校図書館ではあまり買わないんですよ」
と司書さんが言っている。
 
ところがヒットした書籍の一覧を見ていった時、最後に表示された本にそこにいた全員がピクッとした。
 
H高校・七つの呪い
 
という本である。クリックして本の詳細を表示させる。
 
「この著者は?」
「そのお名前は先々代の校長先生です。もう10年ほど前にお亡くなりになりました」
と司書さんが言った。
 
「この本ありますか?」
「帯出中ですね。借りているのは3年の生徒ですが」
 
画面に3年7組・夏野明宏という名前が映ったが、カメラはその画面を映さない。クリックする前に青葉の方に向け直している。
 

ここからはカメラを止める。
 
幸花が、昔の校長先生が書いた本なら図書館以外でも持っている人がいないだろうかと言う。それで旧校舎に付き合ってくれた事務長さんに電話してみた。すると事務長さんも「そういえばそんな本がありました。自宅で探したら出てくるかも」などと言っている。
 
それでそれを探してもらおうか?などと言っていた時に、ちょうどその借りていた生徒がその本を返却に来たのである!
 
「これ話ができすぎで台本だろうと言われるだろうけど、今の所再現ドラマを」
と言って、借りていた生徒・夏野君に協力をお願いして返しに来た所の再現ドラマを撮影した。
 
カメラを回した状態で本を開けて中身を見る。
 
「今のH高校七不思議とは全然違う!」
と生徒会長さんが声をあげた。
 
そこに書かれているのはこういう7つである。
 
(1)学校裏の石炭倉庫付近で人魂を見る。
(2)音楽室のショパンの絵が笑う。
(3)生物準備室の人体骨格が踊り出す。
(4)旧校舎の階段が夜中に行くと1段多い。
(5)グラウンドで夜中に顔の無い子供たちが野球をしている。
(6)初代校長の像が夜な夜な歩き回る。
(7)逆さ杉にお願いすると物事が逆転できる。
 

「今に残っているのもあるけど、入れ替わっているものもありますね」
 
「音楽室は昔はショパンだったのか」
「きっと肖像画の置く場所が変わったんですよ」
 
「人体骨格は昔ありましたけど、もう10年以上前にかなり壊れているからということで廃棄したと思います」
と司書さんが言う。司書さんはここに15年ほど勤めているらしいが、勤め始めた初期の頃だったと思うということだった。
 
「怪談の主が無くなったので怪談も消えたのかな」
 
「昔は石炭ストーブだったのかも知れないけど、今はエアコンだから」
「それで石炭倉庫も無くなった訳か」
 
「顔の無い子供たちの野球って何でしょうね?」
「浮遊霊っぽい気がしますよ。ひょっとしたら昔の校庭がそういうものを溜めやすい状態にあったのかも」
 

「実はこの本の中でも解説されているのですが」
と借りていた夏野君が言った。
 
「(6)と(7)は繋がっているんですよ」
「そうなんですか?」
「この逆さ杉は樹齢800年くらいで、物事を逆転させてくれるという伝説は江戸時代の文献にもあるそうなんです」
 
「そんな昔からあるんだ!」
「それでこの著者の人が見た江戸時代の本によると、この杉にお願い事をする方法は、杉模様の小袖を着て、正子刻(夜中の0時)に杉の枝に干飯(ほしい)をぶら下げ、灯明を持って四町ほど歩いて戻ってきてから、その干飯を食べよ、というものなんだそうです」
 
「四町ってどのくらいだっけ?」
と幸花が訊くので、青葉が
「1町は109mです。ですから約400mでいいと思います」
と答える。
 
「それでこの著者の方はその距離がちょうど学校一周くらいだとおっしゃるんですね」
「なるほどー!」
 
「干飯は戦前まではわりと作られていたそうです。今なら災害食や海外旅行用に作られているアルファ化米のおにぎりか何かでいいだろうと。そして小袖は現代なら女性用の小紋の和服が近いだろうとおっしゃってます」
 
「ええ。それでいい気がします」
と青葉は言う。
 
「それで、昔からこの方法で夜中に願掛けをした生徒が結構いたのではないかと。それで夜中に学校の敷地内を和服で歩く生徒を偶然見掛けて、和服を着ていて灯明を持っている初代校長の像と似ているので、初代校長の像が歩いているという噂が起きたのではないかと」
 
「なるほどー!!」
 

「しかしお供えは干飯(ほしい)だったのか」
「ええ。それでボクもアルファ化米のおにぎりでやってみたんです」
 
「君やったの!?」
と幸花が言うので、夏野君は
 
「えっと・・・はい」
とためらいがちに返事した。
 
「アルファ化米はイオンに売ってあったので、それを水で戻しておにぎりを作って、それを小学生とかが使うコップ入れの袋に入れ、木の枝に掛けました」
 
「小袖は?」
「市内の呉服店で小紋の服を買いました。男のボクが買ったら変に思われるかなとも思ったんですが、特に何も言われませんでした」
 
「女性用?」
「はい。男性用の小紋の服って無いかも」
「いや、君の容姿なら女の子と思われたかも」
「ああ。わりと小さい頃から女の子に間違われていました」
「女の子になりたいとかは?」
「その付近は個人情報ということで非公開で」
「ふむふむ」
 

「呉服店にあったのは、アテの葉の模様だったんですけど、杉もアテも針葉樹だし、まあいいかなあと思って代用しました」
と夏野君は言うが
 
「アテの方が強力かも。“アテ”という言葉は“明日檜(あすひ)”が縮まったことばで、この木は“あすなろ(明日成ろ)”とも言いますよね。願望を実現する木なんですよ」
と青葉は解説する。
 
(「アテ」=「アスナロ」は別名「ヒバ」。石川県の能登半島はアテの名産地)
 
「灯明は通販で売っていたので買いました」
 
「かなり投資している気がする」
「お年玉の残っていたの全部使いました!」
「なるほど」
 
「それで灯明に火を付けて校内一周してきました。木に結んだ紐が外れて落ちていましたが、中身は無事だったので、それを食べてから普通の服に着替えて帰宅しました」
 
「それ昭和30-40年代頃なら野犬に食べられちゃってたかも」
「そんな気もします。だからこれ成功しにくいんだと思います」
 
「そんな遅くに出かけて親から何か言われなかった?」
「たまたま両親は旅行に出かけていたんです。それでこの計画を立てたんですよ」
「なるほどー!」
「学校までの往復は?」
「自転車です」
 
「ところで何をお願いしたの?」
と幸花が訊いたら夏野君は真っ赤になって恥ずかしがっている。
 
「個人情報ですよ」
と青葉が注意したので
 
「そうですね。それも秘密ということで」
と幸花は言った。
 

これは夏野君にお願いして再現ドラマを撮ることにした。学校とご両親に許可を取って、11月8日の闇夜に実行した。この祈願はもともと闇夜にしなければならないのを彼は、両親が不在の夜にやるため、この条件を無視して先日は実行したのである。
 
夜23時半にテレビ局の車が自宅に迎えに行く。既に小紋の和服に着替えているが
 
「可愛い!女の子に見えるよ」
と幸花が言うと、彼は恥ずかしがっていた。でもその恥ずかしがっている所がまた可愛い。青葉はこの子、マジで女装の才能があるじゃんと思った。本当に女の子になりたいとかは!?
 
彼を乗せて学校に行く。対応してくれた事務長さんが校門を開けてくれる(先日はオーバーフェンスしたらしいが、このことは放送では曖昧にしておく)。夏野君は23:55に車を降りてさかさ杉の所に行く。0:00に持っていたアルファ化米おにぎりの入った袋を木の枝に結びつけ、懐中電灯(学校の要請で灯明はやめて懐中電灯にした)を持ち校内を巡回する。高感度撮影できる状態にしたカメラを持った森下さんがそれに付いていく。青葉も一緒に行ったが、幸花・青山・神谷内は逆さ杉の所に残る。
 
青葉は夜中にこの付近の「気」が不安定になっているのを感じた。雑霊なども結構いる。しかし懐中電灯を持って学校の敷地の端を歩いて行く夏野君のそばで、雑霊がはじき飛ばされるのを何度か見た。たぶん、杉の神霊の一部が彼を守っているのだろう。
 
約6分でさかさ杉の所に戻る。前回途中で落ちた反省から今回はしっかり結んでいたのもあり、袋は落ちていなかった。紐を解いて中のおにぎりを食べ、それから再度逆さ杉の前で合掌して心の中で願い事を唱えて、儀式を終えた。彼を放送局の車に乗せ退出。自宅に送り届けた。
 

「金沢ドイルさん、どうでした?」
と幸花が訊くが、青葉はカメラを止めてというポーズをした。森下がカメラを止める。
 
「これ結構効果がある気がする」
「え〜〜?」
 
「だから何の効果も無いということにしましょうよ」
と青葉は神谷内さんを見て言った。
 
「そうしようか。でないと真似する人がたくさん出る」
「ね」
 
「夏野君にだけはちゃんと伝えましょう」
「うん。それでいいね」
 
そういう訳でカメラを再度回して
 
「金沢ドイルさん、どうでしたか?」
と尋ねるところから再度撮影する。
 
「まあ頑張ってくれた仮名A君には悪いんですが、何の効果もありませんね。でもこういうことまでしようと思ったほどの彼の気持ちがあれば、いつか夢は実現するかもしれませんね」
と青葉は笑顔で言って、この件の締めくくりとした。
 
これでH高校七不思議の探訪の取材は終了したのである。
 

この件は放送開始前にもう一展開あった。
 
青葉たちが心配したように、この逆さ杉の祈願を真似する生徒が出ないだろうかと学校側が心配し、代わりに逆さ杉の前に祈願用のお地蔵さんか何かを建てられないかと学校側から放送局に照会があったのである。
 
この件は青葉が理事長さんと直接話し合い、結局無宗教の碑を建てることにした。学校が予算を出して美術部の部員たちに制作してもらった。鐘も取り付け、鐘を叩いて願い事を心の中で3回唱えればよいということにしたのである。お供え物はおにぎりやパンなどでよいとして、碑の上に置いてお祈りをし、終わったら持ち帰るというルールを生徒会が決めた。美術部員たちが張り切り、年内に作ってしまったので、放送直前にこの映像も入れることができた。
 
生徒会長さんによれば結構好評で毎日列ができているらしい。
 
10年後には、小紋の和服を着て校内一周などという話は忘れられてしまうだろう。図書館では「H高校七つの呪い」の本はしばらくの間閲覧除外し、1年後に解除したものの禁帯出にした。
 
 
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【春葉】(1)