【春芽】(3)

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《こうちゃん》はぶつぶつ言っていた。
 
「3番のやろう、余計なことしやがって。せっかく2番の目を盗んで可愛い葉月ちゃんを女の子にまた1歩近づけてあげようと思っていたのに」
 
「何かむしゃくしゃする。どこかに女の子に変えてあげたら喜びそうな可愛い男の娘はいないかなぁ」
 

2018年10月9-10日、西湖は学校の宿泊研修に参加した。
 
使用したのは、八王子市内(といってもほぼ山中)にあり、都内のいくつかの私立校で共有している瀘古講という和風っぽい5階建ての建物である。
 
外見は和風だが鉄筋コンクリート造りであり、使用している壁や天井などの木材は全て不燃加工されている。「瀘古講」という名前は「ろここ」と読み、美術のロココ(Rococo)と中国の湖・瀘沽湖とが掛けられている。
 
1階には畳を敷けば大広間にも転換できる小ホールがあり、講演会やセミナーにも使用できるし、囲碁や将棋の大会にも使われている。また付属の体育館はハンドボールのコートも取れるサイズ(44×25)の2階建てで、水連の公認を取っているプールもあるので、夏休みや冬休みなどには運動部(バスケット・バレー・ハンドボール・テニス・卓球・水泳・吹奏楽など)の合宿に使用されている。実際夏休みや冬休みはほぼ予約が埋まる。
 

この施設の本館2階が食堂・調理室・浴室・小セミナー室などで、3〜5階が宿泊用和室である。各階には8畳の和室が20個ずつあるので、法令上は各部屋に4人ずつ1階に80人ずつ宿泊することができて、3フロアで240人収容可能。S学園の4年生は250名なので、ちょっと誤魔化せば!?全員収納できる。
 
もっとも今回は不参加者もいて参加するのが228名なので全員法定通りの密度で収納できる。小川先生は
 
「無理すれば1フロアで全員詰め込めると思うんだけどね」
などと言っていたが、それだと8畳に12人寝ることになる!
 
「まあ女子ばかりだから部屋数の計算が簡単。男女混合だと結構面倒なのよね」
などとも小川先生は言っていた。
 
なお西湖の扱いについて教頭先生が少し心配したものの、小川先生も、担任の大月先生も、保健室の川相先生も、西湖がこの学校に入るきっかけ(戦犯?)となった二本松先生にしても
 
「ああ、あの子は大丈夫」
と笑って言ったので、ここに入る時に父が言った通り「何の配慮もしない」ことにして、他の女子たちと同室である。
 

実際には西湖と同室になったのは、仲良しの紀子のほか、小泉伊代、それに6組の中居広子で、全員休みがちで「出席特例」を受けている芸能人である。
 
「これ芸能人だけ集めたのかな?」
「隣の部屋が、瀬梨香・水希・治美・由美奈だから、それっぽい」
「その隣が、靖菜・光江・早美・菜衣留」
 
4人は腕を組んで「うーん」と考え込んだ。
 
「つまりここは無名芸人の部屋だ」
「嫌だ!その分類」
 

今回の研修の内容は、午前中は教養講座、午後は実習的なものがメインだった。日程はこんな感じである。
 
1.日本神話/日本古代史/日本模様:昼食:和服講座/和裁実習/和服着付/篠笛講座:夕食:
2.朝食:男性と女性/月経と妊娠/性行為と避妊:昼食:恋愛講座/同性愛と異性装/売春と風俗/太鼓講座:夕食
3.朝食:仏教史/日本仏教分類/梵字講座:昼食:座禅/園芸講座/園芸実習/ギター講座
 
1日目と3日目がとっても深淵?なのに対して、2日目はこの宿泊研修のエポックともいうべきものである。通常の保健の授業ではなかなか突っ込めない所まで踏み込んで、女子高生の周囲にある“危険なこと”に注意をさせようという趣旨である。この日程表を見て、かなりの生徒がこの講座に「期待」していた感じであった。
 

1日目の午前中は睡眠率が高かった(x_x)☆\バシッ!
 
今回の研修では御飯は自分たちで作ることになっているが、全員で掛かっても不効率なので、クラス単位で分担している。
 
●調理
1昼3 夕1+8
2朝7 昼5 夕4
3朝2 昼6
 
●片付け
1昼5 夕4
2朝2 昼6 夕3
3朝1+8 昼7
 
1日目の夕方の調理担当が1+8になったのはこの2つのクラスの参加者が少ないからである。また1組は生活デザインコース(いわゆる家政科)で元々料理も得意な子が多く、8組にはスポーツ選手とか理系進学志望の子とかが多く、料理が苦手な子が多い!ので組み合わせるとちょうどいいというのもあった。
 
なお、お風呂は一度に収容できる人数が30人くらいで(定員は60人だが洗い場は32個しかない)、これでは全員を入浴させるのにかなり時間が掛かるということから、男湯・女湯の双方を運用することにし、奇数クラスは男湯、偶数クラスは女湯に入るということになった。
 
男湯 19:00=1組 19:40=3組 20:20=5組 21:00=7組
女湯 19:00=2組 19:40=4組 20:20=6組 21:00=8組
 
どっちみち入るのは女生徒ばかりなので、長風呂の子が多少次のクラスの子たちと重なっても問題無い。なお先生たちは22時以降に交代で入る。また生理中などでお風呂に入りたくない子は個室型のシャワールーム(8室)を使うこともできる。
 

そういう訳で初日、西湖たちは調理担当ではないので17時からこの日習った和服の着付けや篠笛の練習を各自の部屋でやりながら過ごし、18時からの夕食後はまた部屋に戻って、お風呂の時間になる21時まで、数学や英語の問題をやりながら過ごす。
 
。。。ことになっていたのだが、実際には各部屋に戻ればおしゃべりばかりしていて、篠笛の練習もしなければ、数学や英語もしない。
 
そしてそれは20時頃のことであった。
 

「ところで」
と伊代は言った。
 
「聖子(西湖の生徒登録名)については、男の娘疑惑があるのだが」
 
「何それ?」
と紀子は言うが、西湖は内心焦っている。
 
「いや、男の娘のアクアちゃんの代役を葉月ちゃんが務められるのは、葉月ちゃん自身も男の娘だからではないかという話も昔からある」
と伊代は言っている。
 
「あははは」
と西湖は笑っている。
 
「聖子、男なんだっけ?」
と紀子が訊く。
 
「男に見える?」
と西湖は訊き直す。
 
「いや、女の子にしか見えない」
と広子。
 

「でもアクアも女の子にしか見えないのに男だからなあ」
「なんか以前、医師の診察を受けて間違い無く男とか診断されていたね」
「要するに、あれってちんちんを見せたんだよね?」
「まあ医者でもない人がちんちん見るのはセクハラだから医師に確認してもらった」
 
「でも聖子はおっぱいあるよ」
と紀子がかばってくれる。友だちっていいなあと西湖は思った。
 
「おっぱいは偽装できるよ。瀬梨香みたいに」
「あの子の偽装はすごいね。実はAカップにも足りないのにDカップに偽装してる」
「水泳大会では偽装おっぱいのままビート板25mに出てたね」
 
「あれは腕をあまり動かすと、パッドが外れやすいから腕を動かさなくても済むのに出たんだと思う。あの子、マジメにやればちゃんとクロールできたはず」
 
「その代わり、胸の偽装がバレると」
「既にバレているのに往生際が悪い」
 
「聖子のおっぱいも偽装されているかも知れない」
と伊代が言う。
 
「じゃ、ニセモノかどうか充分触って確認していいよ」
と西湖は開き直って言った。
 
「服の上からでは分かりにくいから、裸の方がいいなあ」
「いいよ」
 

それで西湖は制服の上、ブラウスを脱ぎ、ブラジャーも外してしまう。
 
「どれどれ」
と言って伊代が近づいて来て触っている。広子も近付いてきたが、紀子は離れて向こうを向いている。西湖は彼女の友情に感謝した。
 
「本物のような気がする」
 
いきなり伊代は乳房をくすぐった。
 
「やめて!くすぐったい」
と西湖は悲鳴をあげた。
 
「やはり本物だ!」
と伊代。
 
「だって私、男の子のアクアさんの代役するんだから、おっぱいを大きく偽装する必要なんてないよ。むしろ胸が目立たない服着たりもしてるよ」
 
「なるほどー!そう言われたらそうだ」
「北里ナナのPVでは王子様役もしたし」
「そうそう。あれ格好よかったね」
と離れた所に立っている紀子が言う。
 
「ああ、あれは私も見た。聖子ちゃんが顔出し男装してる〜と思った」
と伊代も言っている。
 
「だけど男の子でも女性ホルモン飲んで胸を大きくしてる子いるよ」
などと伊代はまだ言っている。
 
「というかアクア自身、おっぱい大きいんじゃないかという噂もあるよね」
と広子。
 

「いいよ。お股も見てみてよ」
と西湖は言うと、スカートを脱ぎ、パンティも脱いでしまった。
 
「ちゃんと女の子じゃん」
と広子が言う。
 
「それも実は知る人ぞ知る偽装テクニックがあるんだよ」
と伊代。
 
ああ。タックのこと知っているんだなと西湖は思う。
 
「何なら触ってもいいよ。偽装なら触れば分かるでしょ?」
と西湖は言う。
 
「どれどれ」
と言って、伊代は本当に触っている。そして割れ目ちゃんを開いている!
 
「これ本物だ!」
と伊代。
 
「だって私、女の子だもん」
と西湖は言う。
 

すると伊代は土下座のポーズをして言った。
 
「疑って悪かった。聖子が本当に女の子であることを確認した」
 
「いいよ。こんなの別に気にしないから」
と西湖は笑いながら言う。
 
「おわびに私もフルヌードになる」
「え〜〜〜!?」
 
それで伊代は服を全部脱いで真っ裸になってしまった。しかも足を広げて立っている。当然あそこは***ている。お股を偽装していないことを示すためだろうが、とっても危ない!姿勢である。
 
「えっと・・・」
広子も西湖も何と言ったらいいか分からない。
 
「取り敢えず伊代ちゃんも間違い無く女の子のようだ」
と紀子が言う。
 

「というか、こんなことしなくても9時になったら、みんなお風呂に入って、裸を曝すことになるのに」
と広子。
 
広子は6組ではあるが、7組の子と同じ部屋に入っているのでお風呂は7組のタイミングで入ってと言われている。
 
「まあそれはそうだね」
と西湖も言う。
 
「まあ私たちお互いに確かに女の子であることを確認したね」
と伊代は言ったが、
 
「そういうことであれば私も裸になろう」
と言って紀子まで服を脱いで裸になってしまう。
 
紀子ってほんとに優しい子だなあ、と西湖は思った。
 
「ちょっとちょっと」
とひとりだけ服を着ている広子が焦っている。
 

そしてその時だった。
 
「広子ちゃん、6組のクラス委員の多寿菜ちゃんから連絡で」
と言いながら入ってきたのは小川先生で、西湖・伊代・紀子のフルヌードを見てギョッとしている。
 
「あなたたち何してんの!?」
 
「あ、いえ。浴衣の着付けの練習で、あれは本当は裸の上に着るんだよという話になってしまって」
と西湖が弁明する。
 
「浴衣の着付けかぁ!びっくりした」
と言って、小川先生はホッとした表情をしている。
 
「確かに元々浴衣は下着だから、下着の下に更に下着を着るのは変なんだけど、ふつうにパンティとキャミソールくらい着てもいいと思うよ」
と小川先生は言った。
 
その小川先生の視線は西湖のお股の所に行っていたが、そのことには誰も気付かなかった。
 

小川先生が出ていった後、伊代が言った。
 
「聖子ちゃん、よくあの場でうまい言い訳が出たね」
 
「この子はとにかく機転が利くんだよ。ドラマで他の人がセリフ間違った時にうまく破綻無いようにフォローできるんだよね」
と紀子。
 
「それはアクアさんが凄い。私はまだまだかな。アクアさんのフォローの仕方にいつも驚かされているから」
と西湖がいうと
 
「まあ要するに聖子はやはりアクアをライバルだと思っているんだな」
と伊代は言った。
 
西湖は曖昧に微笑んだ。その表情を見て紀子は頷くようにしていた。
 
「ところであんたたち、いいかげん、服着たら?」
と広子は言った。
 

その後はホントに裸の上に浴衣を着付けて
「あ、これわりといいかも知れない」
などと言い合った。
 
やがて20:55くらいになって
「お風呂行こう」
と言い、浴衣のまま、着換えを持って2階の浴室に行く。みんな普通に女湯の方に入ろうとして
 
「待った。7組は男湯!」
という声で男湯の脱衣場に入る。
 
「男湯なんて久しぶり」
と伊代が言ったら
「あんた、元男だったの?」
と先に入室していた童夢から突っ込まれている。
 
「違うよ。幼稚園の頃、お父ちゃんと一緒に男湯に入ったことあるから」
と伊代は弁明している。
 
「聖子はいつ以来?」
 
「うーん。男湯に入った記憶無いなあ」
と西湖は答えたが、でもボク男湯ってマジでいつ入ったっけ?と考えたものの分からなかった。中学の修学旅行は仕事で行っていないし・・・。
 
「小さい頃も入ってない?」
「家にお風呂あったから銭湯とか行ってないし」
「旅行とかでは?」
「だいたい部屋についてるお風呂に入ってる」
「必ずしも大浴場とか行かないかもね」
「私、両親の仕事について国外に旅行していたのが多くて、外国には大浴場とか無かったし」
「なるほどー!」
 
そういう訳で、西湖は他の女子たちといっしょに、にぎやかに入浴をすませたのであった。お風呂の中では、女子校恒例の!?おっぱいの触りっこが発生したものの、西湖は遠慮無く他の子たちのおっぱいにも触っていた。
 

2日目は朝から夕方まで性教育の集中講座である。1時間目「男性と女性」や2時間目「月経と妊娠」は、本来は中学までの性教育で既に習っているはずのことであるが、西湖や瀬梨香など、中学の授業をあまりまともに受けていない子たちには結構新鮮な内容も含まれていた。また高校入学組の子の中には前の中学で、そもそもまともな性教育を受けていない子たちもいた。
 
西湖は生理周期が月経から始まり卵胞期を経て排卵が起こり、黄体期を経てまた月経に至るという話を真剣に聞いていた。月経っていまや他人事ではない。つい先日、「女の子になってしまってから」最初の月経を経験したが、この後も毎月あれを体験することになる。
 
3時間目「性行為と避妊」では、実際の性行為をしている男女のビデオが映写され、ごくりと唾を飲み込んでみんな真剣にその映像を見ていた。小さな悲鳴をあげている子もいた。無知な子にとっては、かなりショッキングな映像だったかも知れない。
 
「でも私、中学の時、お母ちゃんとお父ちゃんが夜中にしてるの見ちゃったことある」
などと言っている子もある。
 
「何かお母ちゃんが悲鳴みたいなのあげてたから、何だろうと思って起きて行ったら、まさに進行中でさ」
「それどうなった?」
 
「バツの悪そうな顔してお父ちゃんが起き上がってこちらを見ていて、おちんちんも凄く大きくなってて、その瞬間、これがあれか!と気付いて、慌てて自分の部屋に戻ったよ」
 
「私、お姉ちゃんが彼氏としてる最中に出くわしたことある」
「おお、進んでる!」
「見た時はけっこうショックだったよ」
 
「最初見た時はびっくりするよね」
 

この授業の後半では避妊についても詳しい話をし、やはり決め手はコンドームであるとして、結婚していない状態でセックスする以上、必ず男につけさせること、つけないセックスは断固として拒否することを先生は強く言った。
 
コンドームをつける練習も全員に1枚ずつコンドームが配られ、トイレットペーパーの芯をおちんちんに見立てて、付ける練習をした。この芯は製紙会社と交渉して購入してきたもので、家庭から収集したものではないことが説明される。
 
「男の子のおちんちんって、こんなに太いんですか?」
と戸惑うような声が多数出る。
 
「トイレットペーパーの芯はだいたい直径38mm, 長さ114mmです。男の子のおちんちんは、大きくなった場合、だいたい直径36-40mm, 長さ120-160mmくらいになります。太さはこのくらいで、長さはもっと長いです」
 
「これより長いの!?」
 
「男の子の中にはこの芯に自分のおちんちんを入れて遊んだりする子がいます。その時、ちょうどちんちんの太さギリギリの大きさだから、大きくなってから入れようとしても入らないんですよね。小さい内に入れて大きくすると圧迫される感じになって、それがまた気持ちいいようです」
と川相先生は説明する。
 
「でもこんな大きいのが、あそこに入るんだっけ?」
という声も多数出るが
 
「赤ちゃんの頭があそこを通るんだから、この程度入るでしょ」
と言う子が居て
 
「なるほど!」
「そうか!」
と驚くような声、同意する声があがった。
 
「でも赤ちゃんの頭が通るって凄いね!」
「女の身体ってなんか凄い」
 
「人間の身体って結構伸縮するんですよね。ただ骨盤の穴を通れないと出産できないから、将来科学技術の進歩で、男の人が妊娠できるようになったとしても、男の人の骨盤の穴は小さいから、帝王切開しないと出産できないでしょうね」
と先生は言った。
 
「男の人が妊娠した場合、そもそも出す穴が無い気がします」
「性転換手術して女になった人とかは?」
 
「性転換手術で作るヴァギナはおちんちんの皮を使うんですよ。だから、おちんちんをちょうど受け入れられるサイズになるんだけど、せいぜい直径5cm程度までしか伸びないから、赤ちゃんの頭の通過はどっちみち無理ね」
 
「おちんちんの皮でヴァギナ作るんですか?」
「そうそう」
 
「赤ちゃんの頭のサイズってどのくらいですか?」
「だいたい直径10cmくらい」
「ああ、絶対不可能」
「ってことは女の子のあそこは10cmまで広がるんですか?」
「そういうこと」
「すごーい!!」
 
みんなこの話にはびっくりしていたようである。
 

そんな横道?に逸れた話をした上で、トイレットペーパーの芯にコンドームをかぶせる実習を全員するのだが、みんなキャッキャ(キャーキャー?)言いながらやっていた。
 
「そうそう。この中におちんちんを実装している人がいたら、自分のにつけてみてもいいですよ」
と先生は言っていたが、笑いが生じていた。西湖も余裕で笑っていたが、8月までなら笑えなかったなと思った。
 
先生は1点注意した。
 
「表・裏というのはパッケージにたいてい書いてありますから、それを見てつければいいのですが、万一まちがった場合、それは捨てて必ず新しいのを付けてくださいね。表裏逆につけたものをひっくり返してつけたら、付着した精液がこちらに来てしまいますから」
 
これにはみんな頷いていた。
 
その後で先生は全員に目を瞑るように言い、セックスの経験のある人、そしてコンドームをちゃんとつけた人、と手をあげさせた。
 
その後で先生は
「経験のある人が10人、ちゃんとつけた人は2人でした。その付けてなかった子たちも次回からはちゃんと付けさせるようにしようね」
 
とみんなに言った。
 

午後からは恋愛に関する話があったが、涙を流して聞いている子が結構いた。みんな悲しい恋を経験しているのかなあと思った。中学や高校で恋が叶うということは、そうそうない。お互いの未熟さゆえに、告白できないままになってしまうことも多いし、いったん成立しても簡単に壊れてしまう。その痛い経験をして少しずつ心も成長し、人を受け入れる心も育つのだと先生も言っていた。
 
午後の2時間目は同性愛や異性装、性的自己認識の話をした。先生は性指向は基本的に2つの軸でできていると言った。
 
・自分はどちらの性別に属しているかの認識
・自分はどちらの性別の子に恋するかの傾向
 
これと本人の肉体的な性別とも絡んで、非常に複雑な性のあり方が出てくる。
 
肉体性=女 性自認=女 恋愛対象=男 女性のストレート
肉体性=女 性自認=女 恋愛対象=女 女性同性愛
肉体性=女 性自認=男 恋愛対象=男 FTMのゲイ
肉体性=女 性自認=男 恋愛対象=女 FTMのストレート
肉体性=男 性自認=女 恋愛対象=男 MTFのストレート
肉体性=男 性自認=女 恋愛対象=女 MTFのレスビアン
肉体性=男 性自認=男 恋愛対象=男 男性同性愛
肉体性=男 性自認=男 恋愛対象=女 男性のストレート
 

これら以外に、男性にも女性にも恋する(または異性にも同性にも恋する)バイセクシュアル、そもそも相手の性別を気にせず恋するパンセクシュアル、恋をしたくないアセクシュアル、自分自身が好きだというナルシシズム、などもあり全て異常ではなく、これは個人的な見解だけどもと断った上で、先生は、これは“個性の範囲”だと思うと言った。
 
また「恋はするけど性的な接触は好まない・興味無い」というあり方もあってそれは全然異常ではないと先生は言い、けっこう頷いている子もいた。
 
また性自認に関しても自分が男だと思う人、自分が女だと思う人以外に、そのどちらと断言するのにも違和感を感じるXの人、また男の心と女の心の両方を併せ持つ、bigender とか two spirit の人など、様々なタイプがあり、それも“個性”だと思うと先生は言った。
 
「だからいっそ戸籍に性別とか記録する必要はなくて、誰とでも好きな人と結婚すればいいと思うんですけどね」
 
と先生は言い、西湖は大いに共感した。
 
アクアさんって・・・・ひょっとしたらtwo spiritなのかも、という気が、ふとした。
 
だって男役する時はほんとに男らしいし、女役する時は凄く女らしいんだもん。
 
あらためて自分自身の性自認について考えてみたが西湖は分からない気がした。8月までなら間違い無く、ボクは男ですと言えたのだけど、女の身体になってしまい、それを受け入れている自分を考えると、自分の心が男だと言う自信が無くなってしまう。いっそ、自分がふたり居たら片方は男で片方は女でもいいなぁ、などとも西湖は思ったが、ひょっとしたら、それこそtwo spiritなのかもという気もした。
 

午後の最後の時間には、買春や風俗産業についての説明があった。
 
先生は「女の子であることがひとつの財産だ」と言った。
 
「だからそれを売っちゃう人もいる。それが売春とか援助交際。売らずに見せるだけ・触るだけってのが風俗ですね」
と言い、風俗の種類についても先生は説明したが、半ば呆れている感じの子も多かった。
 
「男の人って、そんなので満足するものなんですか?」
という質問まである。
 
「まあ日本だけでしょうね。こういう産業が成立するのは」
と先生も笑いながら言った。
 
「日本人の男って性欲が弱いのでは?」
「そういう説も無い訳では無いみたい」
 

この日の授業や実習でかなりモヤモヤした気分になった子も多かったようである。それで最後の時間の太鼓講座では
 
「よし!たくさん太鼓打ってストレス発散させよう」
などと言っている子もいた。
 
「ストレスというか性欲ね」
「昔、男の子アイドルで、性欲がたまった時はどうするんですか?と聞かれて『激しい音楽掛けてダンスします』と答えた子がいたらしい」
 
「いや、その質問はする方もする方だ」
「男の子はやっちゃうに決まっている」
「女の子もやっちゃった方がスッキリするよ」
「今夜は少々音がしてもお互い聞かない振りということで」
「何するの〜?」
「知ってるくせに」
 
「取り敢えず太鼓叩こう」
 

3日目の授業は午前中居眠りする子が多かった。昨夜ちゃんと処理?できた子はむしろ熟睡したろうが、精神的に昂揚してしまったまま、あまりよく眠れなかった子もいたのではという気がした。
 
更に昼食後に座禅の時間があるので、これは眠るなという方が無理で、だいたい9割方眠っていた気がする。しかしこの座禅でけっこう気持ちが楽になったと言っていた子も多かった。
 
演芸の実習では、原木栽培の椎茸の種を植え付ける接種作業を実習でしたが、これが楽しかった。
 
「女の子に種を撃ち込んでいる感じかな」
「あんたまだ昨日の授業が残っているね」
 
最後はギター講座で楽しく弾き語りをして締めた。この1時間ほどの講座で、ほとんどの子がC・G7・Fの押さえ方を覚えたので
 
「とりあえずこの3つができたら全ての曲が演奏できる」
というので、結構盛り上がっていた。
 

10月13日(土)でK大学のプールは運用を終了し、今年の水泳部の活動も実質終了した。この後は春まで、泳ぎたい人は市営の金沢プールなどに行くことになる。
 
奥村春貴は大学近くにあるイオン杜の里店での打ち上げの後、
「春までには女の子になっておいてね〜」
などと女子部員たちに言われるのを心地よく感じながら金沢駅方面に行くバスに乗った。
 
この日春貴は可愛いピンクのカットソーにボーダー柄のニットのスカートを穿いていた。最近ズボンってあんまり穿いてないなあとも思う。春貴は伯母の家に下宿しているのだが、その伯母も
「可愛いよ」
などと言ってくれる。実はお化粧の仕方もかなり教えてもらった。
 
金沢駅からIRいしかわ鉄道/あいの風とやま鉄道(乗換不要)で高岡まで行き、1階の万葉線乗り場からアイトラムに乗る。
 
某駅で降りてふっと息をつく。そして意を決したように春貴は歩き出した。
 

歩いている内にクラクションが鳴る。見るとなんか格好良いスポーツカーである。春貴はあまり車の車種が分からない。
 
「君、奥村さんだったっけ?」
「あ、はい・・・、先生?」
 
それは春貴が行こうとしていた病院の先生である。
 
「手術受けに来た?君なら明日にでも手術してあげるよ」
などと言っている。
 
GIDの診断書をもらいに昨年夏ここに来たのだが、その時も先生は
「今日手術してあげようか?」
 
などと言って、春貴を焦らせた。この先生は可愛い男の娘を見ると、すぐに女の子に変える手術をしたくなる病気!?らしい。性転換手術がほとんど趣味のような人だと青葉が言っていた。
 
「いえ、今日はまだ何も準備していませんし、今は学期中で学校を休めないですけど、後期の授業が終わった2月くらいにでも手術を受けられないかなあと思って」
 
「ふーん。取り敢えず病院まで乗せて行ってあげるよ」
「すみませーん」
と言って、春貴は先生の車に乗り込んだ。
 
この日の春貴の記憶はここで途切れている。
 

春貴はふと目を覚ました。
 
朝のようである。一瞬自分がどこにいるのか分からなかったが、やがて自分の下宿であることに気付く。
 
あれ〜?私昨日、病院に行った気がするんだけど・・・でも受診した記憶が無い。私確か松井先生の車に乗って・・・その後どうしたんだっけ???
 
取り敢えず起きていく。
 
「おはよう。あんた昨夜遅かったんだっけ?」
と伯母が言う。
 
「何か記憶が無くて」
「飲み過ぎ?あまりハメ外したらだめよ。あんたは女の子なんだから」
「うん」
と春貴は少しはにかむように答えた。女の子扱いされるのは嬉しい。
 
トイレに行く。パンティを下げておしっこをするが、その時、物凄く変な感じがした。
 
おしっこの出る感覚が全く違うのである。
 
何で?と思い、おしっこを終えた所で紙で拭き、そのあたりを手で触る。
 
そして驚いた。
 
うっそ〜〜〜〜!??
 
私、手術されちゃったの!??
 

10月26日(金).
 
青葉は朝から辰巳国際水泳場に出て行った。
 
世界選手権(25m)代表選考会だが、この日は公式練習日なので、軽く泳いでからすぐ引き上げる。そしてまた深川アリーナでたくさん泳いだ。
 
この大会は各々の種目で過去1年以内に標準記録を突破してることが参加要件で、青葉の場合、女子自由形800mはOK、400mも実は800mの「途中記録」で突破している。しかし実は「アジア大会またはパンパシフィックの日本代表は全ての種目に参加できる」という規定があり、青葉はその規定を使って400mメドレーにも申し込んだ。
 
この選考会で代表に選ばれると12月に中国の杭州(Hangzhou,ハンジョウ)で開かれる世界選手権(25m)に出場することになる。杭州といえば、天月西湖(今井葉月)が“受胎”した場所、西湖(XiHu,シーフー)のある場所である。
 

10月27日(土)、1日目。
 
朝からまず200m自由形の後、400mメドレーの予選があるので出る。予選は5組あるが、青葉は標準記録無しで参加しているので先頭の1組目であった。
 
この組ではぶっち切りの1位でゴールするが、速い人は後の3〜5組で出てくるので(*3)その結果をずっと待つ。
 
結果は3位で青葉は無事決勝に進出することができた。
 

(*3)水泳の予選分けには単純分け方式・平均分け方式・混合分け方式の3種類があり、この大会は混合分け方式で行われている。
 
[0]前提
・エントリー時に申請したタイムを基準にする。
・1つの組の中でタイムの良い順に 4 5 3 6 2 7 1 8 コースを取る。
(9コースの場合は 5 4 6 3 7 2 8 1 9, 10コースの場合は 4 5 3 6 2 7 1 8 0 9)
 
[1]単純分け方式
エントリー時のタイムが速い人から順に↑の方式で最終組を満たし、そのあと最終組の前の組を満たし、とする。例えば8コースの競技場ならタイムの良い人8人が最終組、次の8人が最終組の一つ前、次の8人がその前、というようになる。
 
[2]平均分け方式
エントリー時のタイムが最も速い人が最終組の一番良いコースを取る。次の人は1つ前の組の一番良いコースを取る。例えば8コースの競技場で4組予選をする場合、タイム順に
4組4→3組4→2組4→1組4→4組5→3組5→2組5→1組5→4組3→3組3→2組3→1組3→・・・
のように振り分けていく。
 
[3]混合分け方式
最後から3つの組だけ平均分けで行い、残りは単純分けとする。例えば8コースの競技場なら、タイム上位24名を平均分けして、それ以下の選手は単純分けになる。
 
※例外
1組目の参加者は3名以上になるように2組目の人数を減らして調整する。但し本番で棄権者が出て3名未満になってしまった場合は問題無い。
 

午後一番に女子800mのタイム決勝が行われる。青葉は最終組の5コースだが、4コースを泳ぐのはジャネである。ジャネはスタートまでこちらを1度も見なかった。それで物凄く意識しているのを感じる。
 
青葉は無心である。
 
スタートする。
 
レースはすぐに4コースのジャネ、5コースの青葉、3コースの南野、6コースの永井の4人に絞られてしまう。この4人のペースが速すぎるのである。
 
500mまで行った所で永井が脱落する。このハイペースに付いていけなくなったのだろう。残り3人は更にペースをあげる。これって日本記録が出たパンパシフィックの時並みではなかろうかという気がした。
 
結局3人はほぼ同時にゴールした。
 
1.Hatayama 8:10.43
2.Kawakami 8:10.44
3.Minamino 8:11.18
 
日本記録には僅かに及ばなかった。しかし3人が0.75秒以内にひしめく激戦だった。3人はお互い見つめ合い、顔がこわばっていたが、やがて南野さんが隣のコースのジャネ、その先の青葉に握手を求め、それで青葉とジャネも握手した。
 

夕方近くになって400m個人メドレーの決勝が行われた。
 
ここで青葉は優勝した。2位が南野、3位が永井であった。ジャネはこの種目には出ていない。予選の時は実は1位永井・2位南野・3位青葉だったので、その順序が逆転した感じである。青葉は手を抜いたわけではないのだが、やはり遅い人たちの中で泳ぐとペースがつかみにくいのである。
 

翌28日(日)は予選の部最後から2番目に400m自由形の予選がある。
 
青葉は3組の5コースで泳いだが、予選タイム4位で決勝に進出した。
 
そして決勝は夕方、これも最後から2番目に行われた。4コースは南野、5コースはジャネ、3コースが平多、6コースが青葉、2コースが永井、7コースが前田、と、このあたりは過去の様々な大会で顔を合わせた人たちばかりである。
 
ブザーが鳴って飛び込む。最初から全力で泳ぐ。400mは普通の水泳選手にとっては長丁場だが、青葉やジャネにとってはむしろ“ほとんど短距離”である。最初から最後まで全力で泳ぐ以外のレース方法は無い。
 
いきなりハイペースになったので、レースは南野・ジャネ・青葉・永井の4人に絞られる。800mの時と同じ顔ぶれである。永井は昨日は途中で脱落したものの、400mはむしろ彼女が最も実力を発揮できる距離だ。
 
実際彼女はトップで泳いでいき、それに残り3人が付いて行く感じになる。しかし残り100mになってジャネが仕掛ける。それに青葉が付いていく。南野も必死で追い、結果的に永井は4番手に落ちる。しかしそこから南野が仕掛けてトップに立つ。ジャネと青葉が必死に追う。
 
最後はまた3人がほとんど同時にゴールした。
 
1.Minamino 4:04.42
2.Kawakami 4:04.43
3.Hatayama 4:05.14
4.Nagai___ 4:06.27
 
南野さんがガッツポーズである。ジャネが首を振っていた。そして今回はジャネが南野さん、青葉と握手し、その後、南野さんと青葉も笑顔で握手した。
 

そういう訳で、青葉は400m自由形で2位、400mメドレーで優勝、800mで2位という結果であった。日本代表に選ばれるかどうかは、水連の判断次第である。
 
ジャネ 400m3位、800m優勝
南野 400m優勝、400mメドレー2位、800m3位
青葉 400m2位、400mメドレー優勝、800m2位
永井 400m4位、400mメドレー3位、800m4位
 

28日は大会が終わった後、大宮に戻る。実は26,27日は都内のホテルに泊まっていたのである。この日は彪志は休みでビーフシチューを作って待っていてくれた。
 
「ただいまあ」
「お帰り。お疲れ様」
「どうだった?」
「うーん。400mも800mも2位だった」
「惜しかったね!」
「400mメドレーは優勝したんだけどね」
「凄いじゃん!もしかして青葉、また日本代表に選ばれちゃう?」
「これ以上忙しくなりたくないんだけどね」
「だったら出なきゃいいのに」
「浮き世の義理が・・・」
 
ともかくもヱビスビールで乾杯し、ごはんを一緒に食べる。
 
「これ凄くよくできてる。お肉が柔らかくて美味しい」
「圧力鍋で煮たからね」
 
その日は夜遅くまで・・・・頑張るつもりだったが、さすがに大会の疲れで2回戦の途中で青葉は眠ってしまった。
 
彪志はそっと青葉にキスしてからお腹が冷えないようにタオルを掛けてあげ、一緒に毛布と布団をかぶって、横に並んで眠った。
 

青葉が世界短水路選手権の選手選考会(10.26-28)に出ている間に“北里ナナ”の3rdシングルの制作が行われていた。
 
北里ナナのこれまでのシングルはこのようになっている。
 
2018.03.05『ナナの海』(DL版) 2018.04.25『ナナの海/花の伝説』(CD/DVD)
  ナナの海:加藤珈琲・琴沢幸穂/花の伝説:マリ&ケイ
2018.09.19『愁末日記/青い城の姫』
  愁末日記:加藤珈琲・琴沢幸穂/青い城の姫:マリ&ケイ
 
もっともケイが今年はとても手が回らないので、実際には『花の伝説』の作曲者はKARIONの和泉、『青い城の姫』を書いたのは青葉である。
 
和泉はあくまで《作詞家》なので今年の“上島代替作戦”には駆り出されていないし、青葉は6月以降“上島代替”用には、自動作曲システムの試作品を調整して提供しており、精神的な負荷が減ったことによって、こういう作品は充分な精神力で書くことができている。
 
今回もタイトル曲の『シルバークリスマス』は加藤珈琲・琴沢幸穂のコンビが書いたもので、カップリング曲の『風車小屋の娘』はマリ&ケイとクレジットしているが、実際には青葉が作曲したものである。
 
青葉は今年水泳の方で忙しかったこともあり、アクア(北里ナナを含む)以外への提供曲は、ほとんど“松本花子”で制作したものであるが、その分、アクアや北里ナナにはかなり力(りき)をこめて作品を書いている。
 

ところでこの“北里ナナ”だが、江戸川乱歩の原作では“松島ナナ子”に相当するキャラクターである。しかしリアルに松嶋菜々子という女優さんがいるので、こちらは敢えて変更して“北里ナナ”にしている。
 
また彼女が原作で歌唱中に誘拐される(本当に誘拐されるのはナナに変装した小林少年)シーンで歌っていた曲は『ジングルベル』であるが、それでは話をクリスマスに設定しなければならないし、現代の感覚では、超人気アイドルがクリスマスのライブで1曲だけ歌う歌に、そういう曲を選ぶという設定はむしろ不自然なので、オリジナル曲を制作した経緯があった。
 
今年の『少年探偵団II』でも“北里ナナ”が出てくる回が作られる予定である。
 

さて北里ナナのシングルは、これまで同様、予算は掛けるものの、アクアの時間が取れないので、音源製作とPV制作がほぼ同時進行する。
 
アクアは事前に充分な練習をしていたので、金曜の夜に軽い練習をして表現上の問題をKARIONの和泉にチェックしてもらった上で、まずは土曜日の午前中に『風車小屋の娘』の録音、そして午後に『シルバークリスマス』を録音して、その日の最終便(羽田17:55-19:40女満別)で北海道に飛んだ。
 
一方西湖はアクアより1日前、金曜日の夕方の便で信濃町ガールズの瑞絵・暢香と一緒に女満別に飛び、湧別町で一泊している。
 
土曜日の朝、撮影隊A班が西湖たち3人で「かみゆうべつチューリップ公園」にある風車小屋の前で、予め用意されていたシナリオに沿って撮影をする。北里ナナ役なので、西湖は豪華なドレスを着てパフォーマンスする。西湖は「高そう!」と思いながら演技をしていた。
 
なおこの時期、チューリップ公園は何も咲いていないのだが、公園の許可を取り風車小屋の周囲だけ、昨日の内に温室栽培のチューリップ(高価だが存在する)を§§ミュージックが雇ったスタッフにより植えて霜防止にカバーも掛けておいたので、満開のチューリップの中でパフォーマンスしているように見える。実は風車小屋から遠い所には造花のチューリップも大量に植えている。
 
つまりこの撮影は物凄い予算を掛けている。
 
この他に、今年5月に北海道の放送局がここを撮影していた映像を買い取り、それとつなぎあわせることで、より自然な映像に仕上げる予定である。
 
ここで西湖たちの演技を見ながら、シナリオや服装などを調整して構成を練っていく。西湖も青いドレス・赤いドレス・緑色のドレスなど着せられたが、最終的には白いドレスがいちばん映えるという結論になった。信濃町ガールズの2人は赤と黄色の服である。
 
この公園が開くのが朝8時だが、公園側と交渉して特別に許可をもらい、日出直後の6時すぎから始めて9時頃までやって、だいたい構成が固まった。
 
それで瑞絵・暢香はそのまま湧別町内の宿に戻るが、西湖は千里の友人で、北海道の道に慣れている町田久美子(旭川N高校出身)が運転する車(彼女の私物のCX-5:私物を使うのは慣れている車を使った方が安全なため)に乗って、桜木ワルツと一緒に旭川に移動する。到着したのが12時頃である(お昼は途中のコンビニで調達して車内で食べる)。
 
ここで待機していた撮影隊B班と一緒に旭岳に登り『シルバークリスマス』の撮影を、風車小屋のとは別趣向のお姫様のようなドレスを着て、桜木ワルツ(侍女役)および信濃町ガールズの信貴(サンタクロース役)・昭恵(サンタガール役)と一緒にする。彼らは昨日の内に旭川に直接入っていた。これがだいたい固まったのが、もうリフト最終便の直前の16時前であった。
 
それで撮影隊と西湖たちも下山して旭川に泊まる。
 

一方、土曜日の最終便で湧別まで来ていたアクアは撮影隊A班および瑞絵ちゃん・暢香ちゃんと合流。翌日朝8時の開園を待って、かみゆうべつチューリップ公園に入って風車小屋の前で撮影をおこなった。これは昨日構成を固めているので1時間ほどで終了する。瑞絵ちゃん・暢香ちゃんはこれでお疲れ様で、女満別空港から羽田に戻る。撮影隊A班は、使えるかも知れない画像を撮影して夕方の便で戻る。
 
なお撮影で使用したチューリップはそのままにしておいてもいいということだったので、月曜日に造花だけ回収したが、残された季節外れのチューリップは口コミで広まり、その週、結構な来園客があったようである。
 
さて、アクアは9時過ぎに公園を出て、山村マネージャーが運転するレンタカーのランドクルーザーに乗って、高村友香と一緒に旭川に移動する。到着したのは11時半頃である。山村の運転にしては慎重だが、これは千里から、きつく釘を刺されていたので、ちゃんと速度を守って運転したからである。アクアは道中ずっと後部座席で寝ていた。
 
旭川で撮影B班、西湖、ワルツおよび信貴君・昭恵ちゃんと合流し、一緒に軽くお昼を食べて休憩した後で旭岳に登る。この撮影はアクアを充分休ませて疲労の色が出ないよう気をつけた上で(美容液パックもされていた)、結局13時すぎから撮影するのだが、昨日西湖で撮った夕日の迫る時間帯の方が、光の加減が良かったという話になる。それで少し休憩した上で、15時すぎの夕日が近くなった時刻から撮影を再開する。
 
(10月28日の旭川の日没は16:27)
 
今日は、昨日西湖が演じたパートをもちろんアクアが演じているのだが、西湖は昨日桜木ワルツが演じた役をする。つまり、お姫様っぽい北里ナナ(アクア)の傍に、侍女役の西湖(やはりドレス)、サンタクロースの信貴、サンタガールの昭恵、という形で撮影するのである。
 

ところが15時半頃になってから、撮影を見ていた山村が唐突に
「侍女がもうひとりいた方がいい」
と言い出した。
 
「それって私がやるしかないですよね?」
とワルツが言う。
 
「うん。頼める?」
「いいですよ」
 
それで侍女2人バージョンで撮影を進めた。ここでワルツが昨日演じた通りの演技をして、西湖はアドリブで演技する。しかしアドリブでちゃんとした演技になる所が西湖の凄さである。
 
山村マネージャーは西湖にそれができるはずと信じてやらせたのだが、数回のNGを覚悟していた監督は思わず「すげー」と言っていた。西湖は全くNGを出さなかったし、監督が満足するクォリティであった。
 
念のため2度撮影した所で「もう撤収しないと最後のリフトに間に合いません」と撮影助手が言うので撮影を終了。大急ぎで撤収して、リフトに駆け込んだ。
 
しかし夕日が迫る中で最後に撮影した映像は光の加減がとても素敵であった。
 
一行は旭川からの最終便で東京に戻ったが、撮影隊B班は明日も旭岳で撮影して追加の映像を撮っておくということであった。
 
そういう訳で今回、西湖は男役は無かったのである!
 

11月1日(木).
 
12月11-16日に中国の杭州(Hangzhou,ハンジョウ)でおこなわれる世界選手権(25m)に派遣される代表選手が発表になった。女子長距離選手は結局、ジャネ、青葉、南野さんの3人ともが選出され、各々次の競技にエントリーすることになった。
 
400m自由形 南野(21)、ジャネ(25)
400mメドレー 青葉(21)、南野(21)
800m自由形 ジャネ(25)、青葉(21)
 
青葉は優勝した400mメドレーと2位の800mに出る。400m自由形では優勝した南野と3位のジャネが選ばれた。800mで優勝し、日本記録保持者でもあるジャネを800mで派遣しない訳にはいかないが、1種目だけでは・・・ということで強化部でもかなり議論したのではないかという感じである。
 
ジャネから青葉に電話が掛かってきて
「私が負けたのに悪いね」
と言っていたので、青葉は
 
「ジャネさんも最後の大会ですから、譲っておきますよ」
と言う。するとジャネは笑って
 
「青葉もだいぶ言うようになったね。じゃありがたく2年後の短水路世界選手権の代表も東京五輪代表も頂くから」
と言っていた。
 
2020年の短水路世界選手権はアラブ首長国連邦のアブダビで行われる予定である。
 

11月2日(金)の夕方、東京のテレビ局のスタジオに『少年探偵団II』の出演者とスタッフが集まった。
 
メインキャストは昨年と同じである。
 
小林芳雄:アクア、花崎マユミ:元原マミ
明智小五郎:本騨真樹、文代:山村星歌、怪人二十面相:大林亮平、中村係長:広川大助
 
少年探偵団が少しメンバーが入れ替わっている。
少年探偵団:遠山良太、坂口芳治、鈴本信彦、松田理史、内野涼美、今井葉月
 
男女比は昨年同様、男4・女2である。
 
(葉月は昨年も今年も女優としてカウントされている。そもそもほとんどのスタッフ・共演者が葉月を女の子だと思い込んでいる。元原マミなどは知っていたはずだが、葉月クラスの端役俳優は数が多いので記憶が曖昧になっている)
 
小池プロデューサー、河村監督からお話があった上で早速、第1回のドラマの撮影が始まった。撮影は一応2月下旬で終わる予定にはしているものの、実際には様々な要因で遅延することは考えられる。実際昨年もクランクアップが3月中旬までずれこんでいる。
 

この日撮影されるのは、このようなストーリーであった。
 
不動産王・鳥越明次郎氏が所有する大粒のダイヤ《ガンジスの星》を盗み出すという予告状が二十面相から新聞各社に送られて来た。鳥越氏は警備員を屋敷に常駐させた。
 
二十面相は年内に盗み出すという予告をしていたのだが、その後、度々屋敷に侵入しようとする怪しげな賊が見つかり、警備員が捉まえようとするも、すんでで取り逃がすという事件が続く。
 
鳥越氏は明智小五郎に宝石を守って欲しいと依頼。明智は警備のため小林少年に女装して秘書に化けて屋敷に潜入するよう言う。
 
「また女装ですか?」
とアクアが嫌そうな顔で言うのに対して、文代さんが
「好きな癖に」
とつぶやくシーンがある。
 
ところが小林少年が潜入した後も、賊が侵入しようとする事件が起きた。また警備員が賊を捕まえきれなかったという話を聞きながら、レディススーツで女装した小林少年は腕を組んで何か考えていた。
 
小林君が少年探偵団のリーダー(鈴本信彦)に連絡し、彼が団員を集めて何か指示するシーンが映る。
 

小林が潜入してから半月ほど経った時、鳥越氏が驚くべき声明を出した。
 
「《ガンジスの星》は貴重な芸術品であり、本来個人が独占すべきものではない。それでこれを宝石を多数展示している中山美術館に寄託する」
 
というのである。驚いて駆けつけた警視庁の中村警部が
 
「ほんとに寄託していいんですか?」
と訊く。
 
「だってあのダイヤは本当に美しいんだよ。ボクが親しい友人に見せるだけというのはもったいない。美術館に置いてみんなに見てもらうのがいい。美術館なら、個人宅と違って警報装置とかも厳重だし、いくら二十面相でも、そう簡単には盗めないだろうからね」
 
と鳥越氏は言う。
 
「それにね。僕は思ったんだよ。何か今にも盗られそうなものを安全に保護するいちばん良い方法は、それを自分の所には置かないことだってね」
 
その台詞を聞いてこれ何か意味深だぞ、と西湖は思った。
 

それで寄託の当日、屈強な警備員を乗せた警備会社の現金輸送車と、中山美術館の館長がやってきて鳥越氏と握手する。
 
それで現金輸送車の金庫の中に《ガンジスの星》の防弾ガラス製のケースを納め、警備員2名、美術館長、鳥越氏、鳥越氏の秘書(小林少年の女装)が乗り込んで輸送車は出発する。ところが少し走った所で美術館長は車を停めさせた。
 
「どうしました?」
と鳥越氏が訊く。
 
「いや、申し訳無い。私はヘビースモーカーで実は煙草を5分吸わないと気分が悪くなるんですよ。秘書さん、申し訳無いけど、そこの自販機でメビウスを1箱買ってきてくれない?」
と言って千円札を渡す。
 
「健康によくないですよ」
と鳥越氏は言うが、小林少年は素直に千円札をもらうと車を降りて自販機の所に行く。ところが小林が降りて自販機の所まで行った所で現金輸送車は発車してしまう。
 

「ちょっと秘書がまだ戻っていないのに」
「あいつは明智の助手の小林だ」
「え?そうなんですか?でも女の子ですよ?」
「あいつは女装がうまい。本当は本物の女の子じゃないかというくらいうまい。だから邪魔者を排除した」
 
「ちょっと意味が分からないんですが」
と鳥越氏は走る車の中で狼狽したように言う。
 
美術館長はいきなりピストルを出して鳥越氏に突きつける。
「何するんです?」
「携帯電話を出せ」
それで鳥越氏はスマホを美術館長に渡す。
 
「命までは取らない。今車を停めるから車を降りなさい」
「あなた誰です?」
「まだ分からないのかい?僕が二十面相だよ」
「え〜〜〜!?」
 
「ボンクラな探偵に依頼して失敗したな。本物の美術館長は美術館の館長室の椅子に縛り付けてきたよ」
 
やがて車は寂しい田園地帯で停まる。そして鳥越氏を下ろして現金輸送車は走り去った。大笑いして二十面相は変装を解いて素顔(大林亮平)に戻る。
 

やがて郊外のアジトらしき建物に到着する。大林亮平演じる二十面相が警備員に化けた部下たちと一緒に降り、荷室の所に回ってドアを開けた。
 
ギョッとする。
 
「やあ、二十面相君。お疲れ様だったね」
と言っているのは金庫の前に立っている小林少年(アクア)である。レディススーツを着てお化粧をしたままである。
 
「貴様!いつの間にここに入った!?」
 
「最初から入っていたのさ」
「何!?」
 
「ボクの女装が君にバレるのは当然分かっていたから、少年探偵団の山口あゆか(今井葉月の役名)に代わってもらっていたのさ。だから自販機の所に置き去りにされたのが山口だよ。そしてボク自身は君たちが中村警部たちと立ち話している間にここに忍び込んでいた。ボクも山口も同じレディススーツを着ていたし、ボクと彼女は背丈も同じだし、同じような雰囲気になるようにお化粧していたから、君も入れ替わったのに気付かなかったようだね。女性はお化粧していると結構顔を誤魔化せるんだよね」
 
ここで自販機のそばに立っていたレディススーツを着た葉月が、救援に来た文代さんの車に回収されるシーンが映る。
 
「じゃ次は鳥越さんを回収しなくては」
「発信器を付けておいたからすぐ場所は分かるね」
という会話がある。
 

「おい、これが目に入らないか?」
と言って二十面相はピストルを小林少年に向ける。
 
「ふーん。あれが聞こえないのかい?」
遠くにウーーーという音が聞こえ、少しずつ大きくなってくる。
 
「貴様・・・」
「ボクはGPS発信器を付けているからね。後からちゃんとパトカーが追いかけてきているよ。おとなしく縛につきなよ」
 
「うるさい。こうなったら貴様を人質にして」
と言って二十面相が小林に近づこうとした時。
 
「動くな、二十面相」
と言って後ろで声がして、二十面相はピストルを背中に突きつけられた。
 
「権藤?貴様気でも狂ったか?」
 
「僕は君の部下ではない。僕が分からないかい?」
「貴様明智か!?」
 
「ちなみにこちらにいるのもボクの助手の赤堀だよ」
 
「じゃ明智、貴様ら、俺を手伝って宝石を盗む手伝いをしたのか?」
と言って二十面相は笑っている。
 
「まあねずみ取りに大物鼠をひっかけるためにね。あ、そうそう、ダイヤだけどね。赤堀君、金庫を開けて」
 
「はい」
と言って赤堀助手が金庫のロックを外す。そして《ガンジスの星》の入ったガラスケースを取り出す。
 
「この《ガンジスの星》はレプリカだよ」
「何だと〜〜〜!?」
 
「キュービックジルコニアの表面にダイヤの薄板を貼り付けたもの。いわゆる、ダブレット(doublet)だね。表面は本物のダイヤだからプロでも肉眼では簡単に見分けられない。宝石鑑定用の光を当ててみれば一目瞭然だけど、この石は厳重にガラスケースの中に納められているから、そんなこともできない。制作には結構時間が掛かったけど君がゆっくり盗もうとしていたから間に合った。これを昨夜の内にボクが小林に命じて、すり替えておいたんだよ」
 
「うっ・・・」
 
「物が盗まれそうな時はそれを別の物と交換しておくのがいちばんの対策だからね」
と明智は言っている。
 
「取り敢えず君には20日間の勾留を体験してもらおう。余罪も追及するから覚悟したまえ」
 
うなだれる二十面相の所に、多数のパトカーが到着。中村捜査係長が駆け寄ってきて、二十面相に手錠を掛けた。
 
 
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【春芽】(3)