【春行】(上)

前頁次頁目次

 
2015年2月8日(日)。青葉たちT高校社文科の1-2年生は約1週間の海外研修に出かけた。行き先は各人の希望により3つに別れている。
 
アメリカコースはニューヨークの国連本部、グラウンドゼロ、メトロポリタン美術館などを見学、ワシントンD.C.ではホワイトハウス(大統領官邸)・ペンタゴン(国防総省)、スミソニアン博物館、なども見学する。
 
中国コースは上海・杭州・深{土川}(日本では一般に「シンセン」と日本語読みの名前で定着しているが本当はシェンチェン)などを巡るコースである。北京語の通じる地域が行程のほとんどを占めることから、このコースに参加する人は1ヶ月間、週2回の中国語特別レッスンを受けた。
 
そしてもうひとつ青葉・美由紀・日香理たちが参加したのがヨーロッパコースである。ブリュッセルのEU本部、フランクフルトの証券取引所、ジュネーブの国連事務局などを見るコースである。
 
出発は8日の夕方である。全コースの生徒合計66名および付き添いの教師が6名(各コース教師2名)合計72名で男女別2台のバスに分乗して成田空港へ向かう。バスはどちらも運転手さんを2名入れて2時間交代で運転してもらっている。
 
しかしここで飛行機や新幹線で移動せずに深夜にバスで移動するのがさすが公立高校である。
 

翌朝、成田空港には、早朝なのに千里と桃香が見送りに来てくれていた。 
「桃姉、ちー姉、わざわざありがとう」
「フランクフルトに行ったら、ハイジの白パン買ってきてくれ」
などと桃香は言うが
「日本まで日持ちしないと思うよ」
と青葉は言っておく。
 
「これ御守りにあげるね」
と言って千里が小さな人形をくれる。
 
「これって身代わり人形?」
「そうそう。館林の**寺で売っているもの。利くことは確認済み」
 
確認済みって!何に使ったのさ? しかし、これを使う状況が発生するのか? 
「ついでにこれもあげるね」
と言ってシトリンの勾玉をくれる。
 
「これ、うちの神社の御守りだ!」
と言って青葉は嬉しそう?に声をあげる。
 
「そうそう。玉依姫神社の御守り。特別にパワーを入れてもらった」
「ほんとに凄いパワーが入ってる! 入れてもらったって誰に入れてもらったの?」
「内緒」
「うむむ」
 
「じゃ、気をつけてね」
「うん」
 

青葉たちは各コースごとに別れてパスポート・搭乗券を確認の上、まずは荷物を預け、保安検査場を通って税関を通り、出国手続きに進む。
 
ところがまず荷物を預ける段階で青葉は引っかかる。
 
「お客様、航空券が違います」
 
青葉の航空券は性別がM(男性)になっているのである。
 
「済みません。性転換手術をしているので」
 
と青葉が言うと
 
「ああ、そういうことですか。了解しました」
と言って手続きしてくれた。
 
保安検査場でも同様にして「性転換しているので」と言うと通してくれた。 
そして出国手続きに並んでいた時、前の方で
「パスポートと航空券が違います」
と言われている人がいる。22-23歳くらいの女性(?)である。
 
「私、性転換したんだけど、まだ戸籍を直してないのよ」
などとその人物は言っている。
 
「はい、分かりました」
と言って係員は処理してくれる。
 
青葉の番になる。やはり「これ違います」と言われる。それで青葉も
「性転換しているので」
と言ったのだが
「本当ですか?何か証明するものがありますか?」
などと言われる。
 
さっきの人はすんなり通れたのになんで私はこんなこと言われるの〜?と思ったのだが、こういう時のために用意したものがある。
 
「こちら実際に手術をしてくれた医師に書いてもらった性転換証明書です」
 
と言って、青葉は松井医師に書いてもらった証明書(英文)を見せる。 
「ああ、国内の大学病院で手術なさったんですか?」
「はい、そうです」
 
「分かりました」
と言って手続きをしてくれた。
 
松井医師と鞠村医師の病院は、一応元々鞠村医師が所属していた大学病院の外部機関扱いになっているので、ふたりとも大学教授の肩書きも持っている。 

「青葉、たいへんね〜」
とひとつ前に通った美由紀が同情する。
 
「うん。はやく戸籍の修正をしたいよ」
と青葉は本気でぼやいた。
 
青葉は性転換手術を受ける前の2011年秋に1度アメリカまで往復してきているが、当時はまだ身体が男だったので、裸にされて男性であることを確認されている。今回はもう性転換手術済みで、身体で男性を証明することが不可能なので、医師に証明書を書いてもらったのである。
 
「たぶん青葉がどうみても女にしか見えなかったからだよ」
と青葉の次に通った日香理が言う。日香理は実は何かあった時に青葉をサポートできるようにといって青葉の次に並んでくれていたのである。
 
「あ、それはあるかもね。さっき言われてた人はけっこう男に見えたもん」
と美由紀。
 
「男だと思えば男にも見える人は性転換したと言えば信じてもらえるけど、女にしか見えない人は簡単には信じてもらえないかもね」
と日香理。
 
「難しい世の中だ」
と青葉はいうが、ひょっとして私が難しいのかしら?などとも思う。
 
しかし、ちー姉は10代の内から何度も海外のバスケの大会とか海外合宿とかに行っていたみたいだけど、その時もきっと大変だったろうな、と青葉は思った。千里は2012年に性転換手術を受けた・・・・はずなのだが、実際にはどうも2006年に既に手術を終えていたっぽい。そのあたりの仕組みがどうなっているのかどうにもよく分からないのだが、そうなると20歳になるまで身体は女なのにパスポートは男という状態で苦労していたはずだ。
 
2011年に一緒にアメリカに行った時もちー姉、私同様に別室検査になってたもんなあ、などと当時のことを青葉は回想していた。
 

その時、青葉の後ろの方で
「I am trassexual」
と言う女性の声があった。
 
青葉たちが振り返ると、見た感じ18-19歳くらいのアラブ系の少女である。 
「Do you have any medical affidavit or something to prove it?」
と係員が訊いている。
 
「No」
「Are you post-op, or pre-op?」
「Post-op. I underwent sex change surgery two years ago」
「Can you have a medical check by a doctor now?」
 
少女は仕方ないなあという表情で
「OK」
と言って別室に連れて行かれていた。
 

「医師の診察を受けてくれなんて言われてたね」
「大変そう」
「Pre-opなら裸にすれば分かるけど、Post-opだと外見上は女性と全く変わらないから」
「見た目も女の子にしか見えなかったもん」
「あの子、アラブ系っぽかったから、より厳重になったのかもね。最近テロが多いし」
「並んでいる時にチラッと見たのではパスポートはアメリカだったみたい」
 
「でも医師の診察って何されるの?あそこの中まで調べられるのかな」
「多分CTとかで確認するのでは」
「なるほどー」
「術式によっては、クスコ入れてあそこの中を見ただけでは天然女性と区別つかないケースもあるから」
「それも凄いね」
 
「パスポートと身体の性別が一致してなかったら事前に医師の診断書取っておかないと厳しいと思うよ」
 

ヨーロッパ組(2年生男4人女8人・1年生男4人女6人・音頭先生・鳥越先生で男9女15の合計24名)は11時半のKLM アムステルダム行き(B747-400)に乗り、11時間半のフライトで現地時刻 15時すぎにオランダ・アムステルダムのスキポール国際空港に到着する。ここでトランジットして17時発の小型のフォッカー70に乗り換え、45分の空の旅でベルギーのブリュッセル国際空港に到着する。 
なお、時刻はオランダ・ベルギーともに UT+1 で日本とは8時間の時差がある。(11:30 + 11:40 - 8:00 = 15:10)
 
例によって青葉は入国審査でひっかかったものの、ブリュッセルの入国審査の係員は性転換している人に慣れている感じで青葉が「Je suis transsexuel」と言っただけで「Ah. D'accord」と言ってくれて、医師の証明書を見せるまでも無かった。
 
ブリュッセルに到着したのは18時すぎで、その日は市内のレストランで夕食を取ってからホテルに投宿した。
 
部屋は本来ツインっぽい部屋に強引にエクストラベッドを2個入れて4人部屋にしてある。青葉と同室になったのは、美由紀・日香理・純美礼である。 
「ヨーロッパってステーキとか巨大なものが出てくるかと思ってたけど、何か普通だったね」
などと美由紀は言う。
 
「テレビなんかではきっと巨大なのを出してる店をわざわざ取材してるんだよ」
「かもね〜」
 
「ホテルもなんか新しいっぽいよね、ここ。ヨーロッパって中世から建っていて鎧をつけた幽霊が歩き回るような古いホテルばかりかと思ってた」
などと怪談好きの純美礼が言う。
 
「そういうホテルも存在はするだろうけど、普通はどんどん新しいホテルが建てられている。日本と同じだよ。特にブリュッセルは国際都市だしね」
 
「レストランでもなんかいろんな言葉が飛び交ってたよね」
と美由紀。
「英語・フランス語・ドイツ語・イタリア語・ロシア語・日本語・中国語までは分かったけど、私もどこの言葉が判別できないものがたくさんあった」
と日香理も言っていた。
 

21時頃。
 
部屋でおしゃべりをしていたら、美由紀が唐突に
 
「お腹空いた」
と言い出す。
 
「美由紀、さっきステーキ2枚も食べてたじゃん」
と日香理が言うが
 
「おやつがあってもいいかなと」
と美由紀は言う。
 
「あ、私もおやつ欲しいー」
と純美礼も言う。
 
「ホテルの近くにローソン無いかなあ」
「私はセブンイレブンの方が好きだな」
 
「いやブリュッセルにはローソンもセブンイレブンも無いと思うけど」
と日香理がまっとうなことを言う。
 
「無いの〜?」
「ファミマでもいいけど」
「この際サークルKでも」
「いや、ベルギーにはコンビニは無かったはず」
 
「そんなの夜中にお腹すいた時困るじゃん」
「そんなこと言われてる。青葉、この2人に何か言ってやって」
 
青葉は困ったなあと思いながらもフロントに電話してみた。
 
「ふつうのスーパーでもよければ近所に22時まで開いている店があるって。フロントで地図を書いてくれるって」
 
と青葉が言うと
「よし、行こう!」
とふたりは張り切る。
 

結局4人でぞろぞろと部屋を出て、エレベーターホールまで行くと、1年生の花山さん・品川さん・月影さんの3人が居る。
 
「こんばんわ〜」
「ドイツ語だとグーテン・ナッハトでしたっけ?」
「それはおやすみなさいになる。グーテン・アーベントでいいよ」
「英語だとグッド・イーブニングだよね」
「夜になってもそれでいいんですか?」
「昔の人は夜は出歩かないし」
 
「ちなみにブリュッセルはフランス語圏」
と日香理が言うと
 
「あれ〜?」
などと美由紀まで言っている。
 
「でもどこに行くの?」
「ちょっとコンビニにでも行って来ようと思って」
 
青葉たちは顔を見合わせる。
 
「ベルギーにはコンビニなんて無いんだよ」
と美由紀が前から知っていたかのような言い方をする。
 
「え〜?無いんですか?」
「だったら夜中にお腹空いた時困るじゃないですか」
 
「うん。だから私たち、これからスーパーに行ってくるんだよ。花山さんたちも来る?」
などと純美礼も偉そうに言う。
 
「行きます!」
と花山さんたちは答えた。
 

それで一緒にロビーまで降りて、フランス語のできる青葉と日香理がフロントの人と会話して地図を書いてもらい、お勧めのルートも教えてもらった。海外では特に夜中は通る道を選ばないと危険である。
 
「男装していった方がいいかな?」
「いや、この人数いれば大丈夫と思う」
 
それで7人でぞろぞろとスーパーまで出て行く。青葉・日香理・月影さんが懐中電灯を持っていたので点けて行った。
 
幸いにも、お菓子とかパンとか、ソフトドリンクなども売っていたので、それを店内の買い物カゴに入れていく。
 
「おお、ボルヴィックがある」
「見慣れているブランドのものがあると何となく安心だよね」
 
というのでそれも買っていく。
 
それで結局買い物カゴいっぱいに商品を入れてレジに行く。後で適当に精算しようということにして青葉が代表して現金で払っておく。なんと80ユーロ(11,000円)も買っていた!
 

結局青葉たちの部屋に7人で入って、おしゃべりしながら食べる。
 
「普通科のほうはこういう研修旅行とか無いし、私は社文科に来て良かったなと思ったけど、親は頭が痛いと言っていた」
 
などと品川さんは言う。
 
「頭が痛いというより、財布の紐が辛いというか」
「すねをかじられて痛いというか」
 
「今回の旅行費用は20万円だからなあ」
「でも一般的なヨーロッパ旅行よりは随分安いみたい」
「うん。観光地とかあまり回らないし」
「公共施設みたいなのが多いみたいね」
「でもロマンティック街道は楽しみにしてるんですよ」
「まあ今回の旅のハイライトだよね」
 
結構話が盛り上がってきた時、美由紀がふと花山さんたち3人の携帯に付いているストラップに気づいた。
 
「それ何かきれーい」
「あ?このストラップですか? 私の手作りなんですよ」
と月影さんが言う。
 
「器用だね」
「リボンフラワーでここまで本物っぽく作れるのは器用ですよね」
と花山さんが言う。
 
「何でしたら、石井さんにも1個作って差し上げましょうか?」
「え?ほんと、ちょうだい、ちょうだい」
 
すると月影さんは荷物の中からリボンのリールとハサミを取り出すと、器用に折ったり結んだり切ったりして10分ほどでバラの花を1個作ってしまった。それに紐を取り付ける。
 
「どうぞ」
「わーい。携帯に付けておこう」
と言って美由紀はそのストラップを早速携帯に取り付けていた。
 
「他の方にも作りましょうか?」
などと月影さんは言ったのだが、ちょうどその時、部屋の外でノックがある。 
「あなたたちまだ起きてるの?」
 
音頭先生である。
 
「済みません。寝ます!」
 
と言って、1年生3人は自分たちの部屋に引き上げ(おやつはしっかり持って行った)、その日のおしゃべりは散会となった。
 

10日(火)。
 
この日はブリュッセル(Bruxelles)のEU関係の施設を見学する。
 
最初に行ったのはパーラメンタリウム(Parlamentarium)といってEUのことを紹介しているビジターセンターである。ここを見学して簡単にEUの歴史や機能について学ぶ。
 
その次に欧州議会(エスパース・レオポルド Espace Leopold)を見る。欧州議会は規約上はアルザス地域圏のストラズブール(フランスとドイツが何度も領有権を争った地域で現在は一応フランス領になっている)に置かれているのだが、実際にはかなりの会議をこちらブリュッセルの議会場でおこなっている。 
ここを取り敢えず外から眺めて、今日の訪問の目玉ベルレモン(Le Berlaymont)を訪れる。EU関係の多数の施設が集まっているEUの中枢である。上から見ると十字架の形をした、現代的な建物である。
 
見学ツアーに参加して内部も見て回った。ガイドさんは英語で説明しているが、そもそも社文科は英語に強い子が多いし、青葉や日香理など、多少訛っている英語でもそのまま聞き取れる子も結構いる。美由紀はガイドさんの英語が分からないようであったが、別に説明などは聞かずに
 
「なんかすごいねー」
などと言って感動しているようであった。
 
しかしビジターセンターとこことを見て回っただけで、もうこの研修旅行は終了したかな、というくらい頭の中がいっぱいになった。
 
少し早めの食事をした後、近くのサンカントネール公園(Parc du Cinquantenair)を散策する。13時まで自由時間になったので、グループに分かれての行動になる。2年生の徳代たちのグループや1年生の花山さんたちのグループは、美術館を見に行ったようである。青葉・美由紀・日香理・純美礼の4人は庭園をのんびりと見て回る。
 
「これがお勉強の旅であったことを思い出した」
などと美由紀は言っている。
 
富山県の公立高校は修学旅行というものが存在しないので、社文科の生徒にとっては今回の研修旅行が半ば修学旅行に近いものである。理数科の生徒はまたこちらとは別の日程で研修旅行が組まれている。シリコンバレーを訪れるコースとか、ヨーロッパの自動車メーカーを巡るコースなどが設定されているようである。
 

青葉たちが歩くのも疲れたね〜と言って立ち話をしていたら
 
「すみません、写真をお願いできますか?」
 
と日本語で声を掛けてきた26-27歳くらいの女性3人組がいた。
 
「いいですよ」
と日香理が言って預かったカメラで、公園の入口にある凱旋門を背景に3人の写真を撮ってあげた。
 
「ありがとうございます。通りがかりの人何人かに声掛けたんだけど日本語は分からないみたいで」
などと彼女たちは言っている。
 
「いや、せめて英語で言いましょう」
「英語で写真撮ってもらえませんか?ってどう言えばいいですかね?」
 
「うーん。Excuse me, Could you take our picture? とかかな」
「ピクチャーって絵じゃないんですか?」
「写真のこともpictureといいますよ」
「へー、知らなかった」
 
日本の英語教育って実用性が低いからなあ、と思って青葉は会話を聞いていた。 
その時、青葉は唐突にその中のひとりが左手手首にずいぶんと幅広のリストバンドをしているのに気づいた。
 
するとその青葉の視線に気づいたのか、その子が自分で言う。
 
「あ、これでしょ? 私リスカの常習犯なもんで」
 
「リスカってなんか飲み物だっけ?」
と美由紀。
 
「リストカット、手首を切るということだよ」
と日香理。
 
「なんで?」
と美由紀。
 
「なんで切っちゃうのか自分でもよく分からないんです」
と彼女。
 
「でも痛くないですか?」
「痛いです」
「あんた、その内死ぬよ、と言うんですけどね」
とこちらにカメラを頼んだ子が言う。
 
「常習犯って、昔からしてるの?」
 
と美由紀。彼女はこの手の世界のことに本当に無知なようだ。基本的に幸福な育ち方をしてるんだろうなと青葉は時々思う。しかし美由紀の素朴な態度を彼女は心地よく感じているようだ。
 
「高校時代に失恋して自殺しようと思って切ったことはあったんですけど、最近ここ2年くらいは自分でもよく分からないんですよ。目が覚めると手首が血だらけになってるから、きゃー、また私やっちゃったのかと思って」
 
「自分で覚えてないんですか?」
「覚えてないこと多いです」
 
「ね?それ誰かに切られているということは?」
と美由紀は青葉を見て言う。
 
「たぶん辛すぎて、その記憶を自分で消しているんだと思う」
と青葉は答える。
 
「何か辛いことがあるの?失恋とか、会社でのいじめとか?」
と美由紀は尋ねる。
 
「仕事場のストレスはあるけど、そんなに辛い気はしないんですけどねー」
「精神科とか通ってます?」
「会社の同僚に言われて言ってお薬もらってます」
「何を処方されました」
「****と****と****」
 
青葉は少し考えた。
 
「通りがかりの素人の戯言ですが、****を抜いた方がいいかも」
「へー」
 
「この子、お薬とかには凄い詳しいんですよ」
と美由紀が言う。
 
「薬学科の学生さんか何かですか?」
「いえ、まだ高校生なんですけどね」
「この子、日本で五指に入る霊能者だから、おまじないとかにも詳しくて特に人間の心に作用する系統の薬にも強いんですよ」
 
「わあ、霊能者さんでしたか!」
「ええ。だからこそ、本当は薬関係のことは助言したりしてはいけないんですけどね。薬事法違反になるから」
 
「でも今海外だし」
と美由紀。
「まあそうだけどね」
と青葉は苦笑する。
 

話が立て込んできたので、そのあたりに腰掛けてお互いに名前を名乗った。カメラを頼んだ人が恵海さん、リスカの人が蜜江さん、もうひとりの人が広夏さんと言った。
 
「ね、ね、霊能者さんだったら、分かりません? この子、リスカ以外でもここ数年やたらと運が悪いことが続いているんですよ。誰かに呪われているとかないですかね?」
と恵海さんが言う。
 
「どんなことがありましたか?」
「交通事故にも3回くらいあってるよね?」
と広夏さん。
 
「あ、うん。バイクに引っかけられて。これは軽症で済んだんだけど、あと交差点で車と接触して。これは足がちょっと内出血しただけで済んだんだけど、あと高速バスに乗ってたらバスが壁面に激突して」
と蜜江さん。
 
「きゃー!」
「死者も出た事故だったんですけど、私は軽症で1ヶ月くらい通院しただけで済みました」
 
「あなた、物凄く運が強い!」
と日香理が言う。
 
「この子って、いろいろ大変なことも経験するけど、けっこうそれを切り抜けていけるタイプなんですよね」
と広夏さんが言っている。
 
「他には会社が今不況でずっと給与カットされているんですよね。残業代も保留になっていて払ってもらえてないし」
 
「もうそこ辞めちゃったらと私は言うんですけどね」
「ええ。それで私もちょっと思考停止になってたかなと思ってた時に、ちょっと気分転換にヨーロッパ旅行でもしようよ、とこの子たちに誘われたから来てみたんです。おかげでこちらに来てから1度も手首切ってません」
 
「もしかして頻繁に切ってたの?」
と美由紀。
「ええ。2〜3日に1度は切ってました」
「それマジで痛いですよ」
「ほんと痛いですね」
 
「会社辞めたほうがいいというのに私も賛成です」
と青葉。
 
「私もだいぶそんな気になってきたんです!」
と蜜江さん本人も言っている。
 
「呪いは掛かっているけど、大した呪いじゃないですよ。自分をしっかり持っていたらはねのけられると思うし、たぶんその会社やめたら、その呪いも消えます」
 
「会社関係の人ですか?」
「それはなんとも。ただ今の会社に居ることによって、変な恨みを買っている感じがありますね」
 
「神社とか行ってお祓いしてもらったほうがいいですかね?」
「どちらにお住まいですか?」
「**市なんですが」
 
青葉は少し考えた。
 
「**神社が利くと思います」
「行ってきます!」
 
「あと、これを差し上げますよ」
と言って青葉は成田で千里にもらった身代わり人形をバッグの中から出して渡した。
 
「これは?」
「身代わり人形なんですよ。あなたに降りかかる不幸をこの人形が肩代わりしてくれますから」
 
「それはいい」
「それからですね」
 
と言って青葉はしばらく目をつぶって考えていた。
 
「蜜江さんが住んでいるアパートの部屋の窓が西に向いていると思うんですが、タンスの上に化粧用のスタンドミラーを、その窓に向けて置いておくといいです。それからその窓は部屋の中に居る間は厚いカーテンか何か引いてできるだけ開けないようにするといいです」
 
「その窓から呪いが来るんですか?」
「そうです」
「やってみます」
 

彼女たちとはメールアドレスを交換して別れた。
 
午後2時半のICE (Inter-City Express)、いわばドイツの新幹線に乗って約3時間の旅でドイツのフランクフルト・アム・マイン(Frankfurt am Main)に到着する。この日はここで泊まりである。
 
「フランクフルトって、フランクフルト・ソーセージの本場かな?」
と美由紀が訊く。
 
「まあこの辺り風のソーセージってことだよね。ドイツ語だとフランクフルター・ヴュルストだっけ?」
と青葉は日香理に確認する。
 
「うん。Frankfurter Wuerstchen」
と日香理はきれいな発音で言う。
 
「一般的には細くて羊の腸を使ったのをヴィエナー(ウィンナー)、太くて豚の腸を使ったのをフランクフルターと言っているよね。どちらも茹でるのが基本。ドイツでは他にチューリンガーとかニュルンベルガーとかミュンヒナーとかも有名」
と日香理。
 
「羊の腸って言ったらガット?」
「そうそう。ヴァイオリンの弦にも使う。だからソーセージ用に売られている羊の腸を買って来て、手作りでヴァイオリンの弦を作る人もいる」
「あ、それやってみたい」
 
「美由紀はきっと途中でめげる」
「めげた時はウィンナーソーセージに変身させて」
「それも無茶だと思う」
 
夕食にもそのフランクフルト・ソーセージが出ていたので美由紀や純美礼が喜んでいた。
 
「美味しい〜。やっぱり本場のはいいね〜」
「うん。これは本当に美味しい」
と日香理も納得している。
 

食事をしていたら、唐突に70歳くらいのドイツ人(?)女性が寄ってきて青葉にドイツ語で語りかけた。
 
「あなた凄いね」
「えっと何でしょう?」
と青葉は戸惑いつつもドイツ語で返事する。
 
「ウィッカ(魔女)?ソーサラー(魔術師)?シャーマン?」
「神道の巫女です。日本の宗教です」
 
と言いつつ、私のって仏教が混じってるけどなあとは思う。
 
「ああ、あなたたち日本人!」
「はい。日本の高校生です」
 
「あなた教祖になれるくらいの力量がある」
「あなたもかなりの達人とお見受けしました」
「私、Lucia Bodenschatz」
「私はAoba Kawakamiです」
 
女性が笑顔で握手を求めるので青葉も応じる。ひじょうに力強い握手であった。 

結局ボーデンシャッツさんはこちらのテーブルに根を生やしてしまう。彼女の同伴者の50歳くらいの女性も一緒に来て座る。彼女はHeydrichさんといった。ウェイターが向こうの皿や食器を持って移動してきた。
 
彼女はドイツ南部で魔女グループの主宰をしているということだった。 
「グループといっても20-30人しかいないんですけどね」
「いえ、ハイドリッヒさんもかなりの霊的な力を持っているようですし、きっと凄い集団なんでしょうね」
 
彼女は日本のシャーマニズムにかなりの興味を持っているようで、けっこう専門的なことを青葉に訊いてくる。青葉は丁寧に答えていくが、彼女はかなり感銘を受けているようだ。
 
ドイツ語で会話が飛び交うので美由紀も純美礼もぽかーんとしているが日香理が簡単に内容を日本語に訳して説明していた。もっとも日香理も細かい専門用語はよく分からないようで、何度か青葉に尋ねていた。
 
「でもあなたもしかして男の子?」
とかなり会話が進んだ所でボーデンシャッツさんは訊いてきた。
 
「生まれた時はそうでしたよ。でも既に性転換手術が終わっています。日本の法律では20歳になるまで法的な性別は変更できないので、まだパスポート上は男性なんですけどね」
 
「すごーい。ほとんど女性なのに。気づく人はめったに居ないでしょ?」
「ええ。同族の人にもなかなか分からないようですね」
 
「精神構造のかなり奥深い所に性別の混乱の痕跡が残っている。それでひょっとしてと思った。でもふたつの性別を生きたことで、あなたの霊感はより深まっている」
と彼女は言う。
 
「透視ができる人なら卵巣や子宮があるかどうかを見て判断できるかも知れないですね」
とハイドリッヒさんは言うが
 
「いや、この人は物理的には存在しない卵巣や子宮を、霊的に作り上げているんだよ。だから透視のできる人でも初級者なら、この人にはふつうに卵巣や子宮があると思ってしまうかもね。あなた生理があるでしょ?」
とボーデンシャッツさん。
 
「ええあります」
 
と青葉は笑顔で答えたが、その時ふと青葉は、天津子が「千里さんを透視してみたけど卵巣や子宮を持っていた」と言っていたことを思いだした。それってひょっとしてちー姉の力量が大きくて擬似的に作り上げている卵巣や子宮が天津子の目には本物に見えてしまうのではという気がした。青葉は本気で千里の力量が見えない気分だ。
 

彼女たちとの会話ははずんで、かなり長時間話していたが、あまりにも長いので、21時をすぎたところで、音頭先生が寄ってきて
 
「川上さん、そろそろ引き上げる時間なんだけど」
と遠慮がちに言う。
 
もう他の生徒はみんなレストランから出ている。音頭先生だけが待っていてくれたのである。
 
それで青葉も
「すみません。学校の規則で部屋に戻らなければなりません」
と言い、ボーデンシャッツさんも
「ごめんなさいね。でもとても楽しかった」
と言って会話は終了した。
 
ボーデンシャッツさんは音頭先生にも「あなたの生徒さんを引き留めて申し訳ありませんでした。彼女に罰が与えられないように配慮して頂けませんか」と英語で謝り、音頭先生も英語なら分かるので「大丈夫ですよ」と笑顔で応じていた。
 
彼女とはtwitterのアカウントと住所のメモを交換して別れた。
 

翌日11日(水)はフランクフルト市内を見学する。
 
「そういえばフランクフルトって2つあるんだっけ?」
と純美礼が訊く。
 
「うん。ここはフランクフルト・アム・マイン。もうひとつフランクフルト・アン・デア・オーデル(Frankfurt an der Oder)というのもある。実は他にもいくつかフランクフルトという名前の町はあるけど、この2つがいちばん大きい」
 
「日本で福岡がいくつもあるようなものか」
「そうそう」
 
福岡といえば全国的には福岡県の福岡が有名だが、実は青葉たちの住む高岡市にも福岡町というのがあり、高速道路の福岡IC, 福岡PA, JRの福岡駅があるのである(福岡県の福岡にあるJRの駅は福岡駅ではなく博多駅)。ちなみに隣の石川県には高松駅もある。
 
この日は最初に欧州中央銀行を外から見てから、フランクフルト証券取引所に行く。ここの入口でパスポートチェックがあるのだが、ここが凄まじく厳しかった。 
例によって青葉は「性転換しているので・・・」と説明し、医師の証明書も見せたのだが、係員はその証明書だけでは不十分だと言って証人はいるかという。それで音頭先生が自分は公立学校の教師であると名乗り、確かにこの子はパスポートの人物であると説明して、やっと通してもらった。結果的にはここのセキュリティが一番たいへんだった。後で聞いたら数日前に不審人物が目撃されて警戒が高まっていたらしい。
 
ここはヨーロッパの金融の中核でもある。東京証券取引所などと同様、昔のような手を高く掲げてサインで取引するような「立ち会い」は無いが、多数の証券取引のプロがモニターに囲まれたスペースで操作をしている様は、緊張感たっぷりで見応えのあるものであった。
 
ここの見学ツアーではフランクフルトの金融の歴史に関してもミニセミナーという感じの説明があった。
 
その後、お昼の列車に乗ってローテンブルクに移動した。ロマンティック街道の中で最も人気のある町で、ロマンティック街道と古城街道の交点でもある。 
「ローテンブルクの後に何か付いてるね」
「Rothenburg ob der Tauber。ローテンブルクって名前の町もいくつかあるからそれで区別するんだよ。フランクフルト(アムマイン)の近くにはもうひとつローテンブルク・アン・デア・フルダ(Rotenburg an der Fulda)という町もある。だから自分でドイツに来て、電車の切符を買う時には、ちゃんとローテンブルク・オプ・デア・タウバーまで言わないと、変な所に着いちゃう」
 
と日香理は説明するが
 
「あ、大丈夫。私ドイツ語分からないからひとりで来ることはありえない」
と美由紀は言っている。
 
ローテンブルクには3時前に着いて旧市街地を見学する。日本人観光客も多い町で日本語のできるガイドさんに付いて見て回った。
 
「おお、これぞドイツの街並みだ!」
と美由紀が感動して言う。
「映画とかにも出てきそうだね」
と純美礼も言っている。
 
ガイドさんがこの旧市街地のいわれを説明する。
 
「1631年、三十年戦争の時にプロテスタント側のローテンブルクはカトリック側のティリー将軍の兵に占領されました。ティリー将軍は町を焼き払い、市の幹部も処刑しようとしたのですが、その時、市の酒蔵の娘が、将軍のご機嫌を少しでも良くしようと最高級のワインをバイエルン大公から拝領した大杯に注いで差し出しました。するとそれを味見した将軍はあまりの美味しさに気分をよくし、こう言ったのです」
 
「この杯のワインを誰か一度に飲み干せる奴がいたら、この町を焼き払うのは許してやろうと。するとそこに市長のゲオルク・ヌッシュ(Georg Nusch)が進み出て私が飲みますと言います。彼はプロテスタントもカトリックも神の前では皆兄弟。憎しみあうのではなく愛し合いましょうと言って、その大きな杯を抱え、3リットルと4分の1ほどもあるお酒を本当に一気に飲んでしまいました。それを見た将軍はその飲みっぷりに感銘し、約束を守って町を焼き払うのも、幹部を処刑するのも中止してくれました。こうして町は救われ、16-17世紀の街並みが今の世まで保存されることになったのです」
 
その説明を聞いて純美礼は
「ドイツにも黒田武士がいたんだね」
などと言って感動しているようである。
 
「黒田武士の杯ってどのくらいの容量だろう?」
と美由紀が訊く。
 
「確か4Lくらいと聞いたことあるから、たぶんローテンブルクのと似たようなサイズだと思う」
と日香理。
 
「やはりお酒飲みってのも存在価値があるんだね」
と美由紀。
「普段からある程度飲んでいる人でないとさすがに一気飲みは無理だろうね」
と青葉も言った。
 
ここのマルクト広場(Marktplatz)にはこの故事を再現する仕掛け時計も作られているのだが、あいにく見学に行った時間帯ではこれを見ることはできなかった。
 
「でも実際に大量のお酒の一気飲みって膵臓がいかれちゃうこともあるよね」
と純美礼。
 
「うん。急性アルコール中毒程度ならいいけど、ひどい場合には膵臓が溶けてしまうことあるらしい」
と日香理。
 
「膵臓が溶けたらどうなるの?」
と美由紀が訊くので
 
「まあ死ぬだろうね」
と日香理は答える。
 
「こわ〜」
 
と言ってから更に美由紀は
「女性ホルモンの一気飲みで睾丸が溶けるってことないんだろうか?」
などと言っている。
 
「怪しい同人小説だと、美少年を監禁して、そんな実験をするとかあるかもね」
などと純美礼。
「ありそう〜。このお薬飲まなかったら、あれ切っちゃうよとか脅して飲ませる」
と美由紀も言う。
 
「あんたたち、どんな小説読んでんのさ?」
と日香理が呆れていた。
 

この日はローテンブルクに泊まり、翌12日(木)は移動から始まる。
 
朝から列車に乗り、何度か乗り換えてお昼頃、フュッセン(Fuessen)に到着する。ここはロマンティック街道の終着点である。
 
バスで近郊のシュヴァンガウ(Schwangau)に移動する。ここは日本の若い女性に絶大な人気のある名城・ノイシュヴァンシュタイン城(Schloss Neuschwanstein)やホーエンシュヴァンガウ城(Schloss Hohenschwangau)などがある。
 
ツアーで見学するが、この場合必ず先にホーエンシュヴァンガウ城に行くことになる。薄黄色の城壁の可愛い城だ。
 
バイエルン王・マクシミリアン2世が、シュヴァンシュタイン城と呼ばれていた古い城を買い取って改修したもので、その息子・ルードヴィヒ2世が幼少時代を過ごした城でもある。
 
ホーエンシュヴァンガウというのは「白鳥の里」という意味で、リヒャルト・ワーグナーのオペラでも知られる《白鳥の騎士 Schwanenritter》ローエングリンの伝説の地でもある。この城にも多数の中世の騎士物語の絵が掲示されている。 
その後、ノイシュヴァンシュタイン城に移動するが、麓まで来た所でこの日のツアーに付き添ってくれている日本人のガイドさんが言う。
 
「お城まで登って行くのに、歩いて行く手と馬車で行く手とバスで行く手がありますが、どれがいいですか?」
 
「お勧めはどれですか?」
「歩きですね。眺めが美しいですよ」
「でもけっこう大変そう」
「あなたたち若いでしょ?頑張りません?」
「歩くとどのくらいですか?」
「私の足で30分ほどです。私は毎年100回はここ登ってますよ」
 
みんな顔を見合わせる。ガイドさんは土木作業ででも鍛えたかのような頑丈な体付きをしている。
 
「ああ、腰が痛い」
「持病の癪が」
「ばあさん、お茶がうまいね〜」
 
音頭先生が
 
「みんな年寄りなのでバスで行きたいと言ってます」
と言う。
 
それでガイドさんは
「なんだ。みんなひ弱だね〜」
 
などと言って、バスでの移動を選択する。
 

マリエン橋(Marienbrucke)というところで降りる。ここが城のビューポイントなのである。
 
「可愛い!」
「きれーい!」
 
と言った声があがり、みんな感動している。雪景色の城は青葉にもほんとうに美しい姿に思えた。
 
「私、夢でも見てるんじゃないかな。殴ってみて」
と純美礼が言うので、美由紀が殴ると
 
「ちょっと強すぎ!」
と文句を言っている。
 
「でも何か童話に出てくるお城みたいだよね」
と美由紀。
 
「カリフォルニアのディズニーランドにある Sleeping Beauty Castle はここをモデルにしたものだよ」
と青葉が言う。青葉は2011年にディズニーランドを訪れている。
 
「東京のは?」
「東京のシンデレラ城の場合はフロリダのシンデレラ城の改訂版なんだけど、ヨーロッパの様々なお城を参考にしたオリジナルみたい。でもこんな高い尖塔を持つお城ってのは、他にはなかなか無いみたいだね」
 
と日香理が言う。
 
「ノイって新しいという意味?」
と純美礼が訊く。
 
「うん。新しい白鳥の石という意味らしい。そもそもこのシュヴァンガウという村の名前も白鳥の河口という意味。元々シュヴァンシュタイン城というお城があって、その近くにもうひとつ作ったので、ノイシュヴァンシュタイン城になった。さっき行ったホーエンシュヴァンガウ城がその古い城を改修したもの」
 
と日香理は説明する。
 
「なるほど。新大阪とか新京極などと同じか」
「まあ原理は同じだね」
 
「でも新高岡駅って不便だよね」
と唐突に地元の話題が出る。
 
「まあ私たちの住んでいる地区からは遠いよね」
「それに停まる列車も少ないんでしょう?」
「うん。だから高岡市北部の住人としては、新高岡まで行くのなら、富山駅まで直接行った方がマシという気がするよ」
 

「でもこの城、あと2〜3本尖塔があるともっと格好良いのに」
 
と言う子もいるが
 
「計画はされていたのですが、予算が足りなくて工事中止になったんですよ」
とガイドさんは説明する。
 
「このお城は15-16世紀のものですか?」
と質問があるが
 
「いえ。1869年に建設が始まり17年の歳月を掛けて完成しました」
とガイドさん。
 
「何か新しい気がする」
 
「先程皆さんがいらしたホーエンシュヴァンガウ城に住んでいたルードヴィヒ2世が、ワーグナーの『ローエングリン』に感銘して、そのローエングリンの世界を実現しようとして作った、実は今の言葉でいえばテーマパークなんですよ。当初から入場料を取って見学させたりしていました」
 
「え〜?古い遺跡とかじゃないんだ!!」
 
「そもそもここは居住するための施設とか礼拝堂とかも全然無かったのです。作りも鉄骨作りですし、内部には電気や水道も通っていて水洗トイレですし、エレベーターもありますし」
 
「夢が壊れた〜」
などと言っている子もいる。
 
「この建設にあまりにも多額のお金を使ったため、ルードヴィヒ2世はこの城が完成してわずか102日後に強制的に退位させられ、翌日急死してしまいます」
 
「それって・・・」
「まあ、暗殺されたんでしょうね」
「なるほど〜」
 
「ルードヴィヒ2世は頭がおかしかったと言われていて、夜中にひとりでまるで多数の客がいるかのようにおしゃべりしながら広間で食事していたりしたそうです。でも、そういう話は、この暗殺を正当化するためにでっちあげられた話なのではないかと言う人もいます」
 
「実は見えない人たちと食事していたんだったりして」
「ありそう、ありそう」
 
「でもこのお城を作ったことでたくさん観光客が来て、それで結構潤ってるんじゃないんですか?」
 
という声もある。
 
「当時今でいえば2000円くらいの高額の入場料を取っていたにもかかわらず半年で1万8千人も見学者が来たそうです」
 
「19世紀にその人数って凄い気がする」
「現在では年間100万人訪れているといいますね」
「ここ入場料いくらでしたっけ?」
「おとなが12ユーロ、学生割引で11ユーロですよ」
「いくらだっけ?」
「日本円では1500円くらいかな」
 
「昔より安くなっている気がする」
「円高のおかげでは?」
 
「しかし12ユーロ 1700円で100万人なら17億円でしょ。ルードヴィヒ2世は結果的には物凄い利益を現代に遺したのでは?」
 
「こうやって日本とかからまでこの城を見に来る人たちがいることを考えると、交通機関や宿泊・食事なども含めた経済波及効果は凄いだろうね。たぶん年間1千億円近く行ってる」
 
「本人はお金儲けなんて、みじんも考えてなかったろうけどね」
 

このマリエン橋から15分ほど坂を下りて城まで行く。途中にホーエンシュヴァンガウ城のビューポイントもあるので、そこでみんな写真撮影していた。 
やがてお城に辿り着き、見学の順番をしばし待つ。やがて電光掲示板にツアー番号が表示されるので、バーコード読み取り機のあるゲートをひとりずつチケットを持って通過する。
 
「やはりここはテーマパークだ」
という声が上がる。
 
見学は2階から始まり、階段で4階にあがって、そこと5階を中心に様々な部屋を見て回るコースである。2階から4階に上るのに「北の塔(Nordturm)」と呼ばれる塔内部の階段を登るのだが・・・・青葉が変な顔をするので日香理が 
「どうしたの?」
と言う。
 
「この塔、北の塔というけど、こちら北じゃないよね?」
 
するとそれを聞いたガイドさんが
「正解」
と言う。
 
「どの方角だと思いました?」
とガイドさんが青葉に訊く。
 
「西のやや北寄りだと思います」
と青葉。
「そうなんです。この塔は城の西にあるんです」
とガイドさん。
「おお、さすが人間方位磁針」
と美由紀。
 
「この塔は68mありまして、展望台まで螺旋階段が続いていますが、上の方は現在観光客は立入禁止になっています。ルードヴィヒ2世はこの塔のほかに高さ90mの主塔(ベルクフリート Bergfried)の建設も予定していたのですがその建設に取りかかる前に亡くなってしまったので結局建設されずに終わりました」
とガイドさん。
 
「今からでも建設するわけには?」
と美由紀が訊くが
 
「それをやると城の外観がまるで変わってしまうので、反対されるでしょうね」
「確かに」
 

しかしどの部屋も豪華な調度であふれており、贅沢を極めた作りになっている。4階にある寝室の彫刻は14人の職人が4年半掛けて彫ったものである。
 
「このベッド大きい」
「ルードヴィヒ2世は身長191cmあったそうですので」
 
「バスケット選手かバレー選手になれば良かったのに」
「貴族がそんなスポーツとかするんだっけ?」
「いや、そもそもオリンピックは貴族の道楽として始まったもの」
「そういえばそうだった!」
 
「でもこの当時バスケットとかバレーとかあったんだっけ?」
「バスケットができたのは1891年、バレーができたのは1895年」
「どちらもルードヴィヒ2世が死んだ後だな」
「残念」
 
「しかし残念だ」
と純美礼が言っているので、
 
「何で?」
と訊くと
 
「ルードヴィヒ2世は実は女で、王位を継ぐために男の振りをしていたのが大臣に犯されて妊娠してしまったので、出産などに至る前に殺された、なんてストーリーを考えていたのに、191cmじゃ女ってことは無いだろうなと思って」
 
などと言う。
 
「どういう妄想をしているんだか」
 
と日香理はまた呆れている。
 
「実は男の娘で、夜な夜な女装して出歩いていて、大臣の愛人になっていたので、それが露見しないように殺されたという説は?」
と美由紀。
 
「うーん。夜中だと191cmの身長もあまり目立たないかな」
「遠近法が曖昧になるよね」
 
などと、美由紀と純美礼は言い合っている。
 
 
前頁次頁目次