【春暉】(2)
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(C)Eriko Kawaguchi 2015-03-22
8月25日。青葉は千葉まで出て行った。青葉が私費で千葉市内に建立した神社に管理者であるL神社の費用で御守授与所と、市の費用で駐車場が設置されたのを見に行ったのである。
朝一番の新幹線で出ていき、千葉駅で千里の運転するインプに拾ってもらった。桃香が助手席に乗り、後部座席に青葉と彪志が乗って神社に向かう。千里が所有している車はミラなのだが、ミラに4人で乗ると、神社に至る急坂で停まりそうな感じになるのが経験済みである。実際にミラで行こうとして本当に停まってしまったこともあるらしい(エアコンを切って再発進したとのこと)。このインプは千里の先輩からの借り物ということで、この神社に行く時はしばしば乗せてもらっているし、先日も八千代市から千葉市内まで乗せてもらった。
「だけど、ちー姉がL神社の巫女さんをしてたなんて全然知らなかった」
と青葉は言う。
「千里はいろいろ隠しているよな」
などと桃香も言っている。
「うーん。別に聞かれなかったから言わなかっただけで」
「例のパワーストーンの御守りを提案したってのも、ちー姉なんでしょ?」
「そうだけど」
「千里、まだ何か隠していることがあったら、ここで言っておくように」
と桃香が言うと
「そうだなあ。琴美ちゃんのこととか?」
と千里が言うと、桃香は咳き込んで
「いや、いい。何も言うな」
と言った。
桃姉が浮気症なのは知っているけど、ちー姉ってそれを全部知っていて、放置しているみたいなんだよなあ、と青葉は千里の態度に疑問を感じた。ちー姉、桃姉に浮気されても平気なんだろうか??
「あ、そうだ。桃香さん、就職内定、おめでとうございます」
と彪志が言った。
「ありがとう。広告関係の仕事なんて、自分の専門分野を全く活かせないし不満はあるんだけどね。まあ院卒の女子はなかなか仕事先が無いから仕方ない」
などと桃香は言っている。
「千里さんの方はなかなか決まらないみたいですね」
と彪志。
「うん。32連敗かな」
と千里。
「千里、真正直に性転換していることを言うんだもん。黙っていればバレる訳ないのに」
と桃香は言う。
「それはアンフェアだと思うから」
と千里は答える。
確かにちー姉って、アンフェアとか脱法的なことというのが凄く嫌いみたいだなと青葉は思う。高校時代、そして桃姉には内緒みたいだけど、大学3年の時までバスケットをしていたみたいだから、やはりスポーツマンとしての活動がそういう感覚を育てたのだろうかというのも青葉は考えてみた。
だけど、ちー姉ってそもそも就職なんかする必要ないと思うけど!? 作曲家としての収入だけでも、結構あるはずだ。醍醐春海の曲って、そんなに売れている訳ではないみたいだけど、恐らく年収200万くらいはあるのではなかろうか。それなら、桃姉と共同生活をしていれば何とか食べていけると思うし、大学院を卒業して時間が取れるなら編曲とかの仕事も積極的に受ければたぶん年収は今の倍くらいにはなる。
現地に行き、できて間もない駐車場の端に車を駐める。境内に入っていくと、真新しい授与所の建物の中に、L神社の巫女長・辛島さんが来ている。
「千里ちゃん、なんで巫女服を着てないのよ?」
などと言っている。
「非番ですから」
と千里。
「だけど私が転出した後は、千里ちゃんに巫女長やってもらおうかと思っていたのに」
「すみませーん。大学院出るから、普通の企業に就職予定なので」
この神社の巫女長を6年間務めた辛島さんが来年の春に夫の神職さんと一緒に他の神社に転出になるらしく、千里もそれに合わせるかのように来年春でL神社の巫女を辞めるのだという。
千里が提案して製作されたというパワーストーンの御守りを見る。
「きれいだな」
と桃香が声を挙げる。
「うちの巫女さんが石の仕入れ先を厳選してくれたので」
と言って辛島さんが千里を見ている。
「原価が高くなってしまいましたけどね」
と千里。
全員でお参りした後、4人とも授与所の中に入ったが結構暑い。
「ここ空調は無いんですか?」
と桃香が訊く。
「冬は電気ストーブを置く予定」
と辛島さん。
「開放空間だからエアコンとか入れても仕方ないよ」
と青葉は言った。
「夏はここでの勤務はたいへんそうだ」
「そうだ。そのパワーストーンの御守り、8個セットでください」
と言って青葉が1万円札を出すと
「神社の設立者さんにはタダで」
と辛島さんは言ったのだが
「辛島さん。代金を受け取ってください。多分これ購入しておかないといけないみたいだから」
と千里が言う。
「それって、この御守りを何かに使うとか?」
と桃香が言うと、千里は微笑んでいる。それで青葉が代金を払ってパワーストーンの御守りセットを受け取ったのだが
「これほんとにパワーが入ってる!?」
と青葉は言う。
「え? どれどれ?」
と言って辛島さんがそれを見る。
「あら、ほんとだ。きっと当たりなのよ」
などと言っている。
桃香は訳が分からない様子だが、千里は微笑んでいる。このパワー注入したのって、ち〜姉なの〜〜? ちー姉〜〜、私に何をさせる気?
青葉はあくまでも「発売記念」にワンセット持っておきたかったのだが、どうもこの御守りを実際のアイテムとして使わなければならない案件が起きそうである。
青葉は神社をお昼すぎに引き上げ、千里・桃香たちと一緒に4人で千葉市内のファミレスで食事をした。そのあと千里たちとは別れて彪志と2人で東京に出る。そしてローズ+リリーの新しいアルバムの製作をしているスタジオを訪れた。ここで青葉は七星さんと一緒にサックスを吹くことになっていた。
七星さんをはじめとするスターキッズのメンバーも来ている。青葉は七星さんと握手してハグした。
『眠れる愛』という曲を録音するのだが、譜面は事前にもらって練習していたので合わせてみるとすぐに合った。スターキッズの演奏とともに収録する。
「なんかスムーズに進むね」
と政子が言っている。
「青葉ちゃん、うまいもん」
と七星さんが言う。七星さんと青葉はおそろいのピンクゴールドのアルトサックスを使用している。
「スコアが変わっていたのでちょっと焦ったんですけどね」
「まあその程度はよくある話」
「青葉〜、何か最近面白い話無い?」
などと休憩時間に政子が言う。
「面白い話というと?」
「誰かが性転換したとか、誰かが女装にハマったとか、誰かがおちんちん無くしちゃったとか」
「知りませんよ」
と言って青葉は苦笑する。この人の趣味もどうにもよく分からない。
「そうだ。青葉、こないだ和実と会った時に話したんだけど、10月の11-13日の連休に、クロスロードで集まろうかと言っていたんだけど」
と冬子が言う。
「その日なら大丈夫です。場所はどこですか?」
「伊香保温泉」
「群馬県でしたっけ?」
「北陸新幹線ってもうつながったんだっけ? 安中榛名駅がたぶん最寄りじゃないかな」
「来年の3月開業です。今はほくほく線経由なので、多分高崎から行けばいいんじゃないかな」
青葉は不確かながらもあの付近の地図を頭に思い浮かべながら言った。
(実際には安中榛名は困った駅で、どこへもまともな交通手段が無い一種の秘境駅なので、長野方面から来てもやはり高崎まで行ってからバスなどに乗る必要がある)
「集まるのはどなたとどなたですか?」
「レギュラーは青葉が来られるなら全員来られると思う。ほかに知り合いの薫ちゃんって子。この子はバスケットボール選手で性転換手術済み。それから私の小学校以来の友人で奈緒って子。今医学部の4年生なんだけどね」
と冬子が言うと、青葉は考えるようにしてから言った。
「私の友人のヒロミって子、連れてきていいですか?」
「女の子や女の子になりたい子ならOK」
「それが実は女の子なのかどうかが不明なんですよ」
「はぁ!?」
東京から戻った青葉は、そのヒロミから
「ちょっとお願い」
と言われて、彼女の家に寄った。
「恥ずかしくて他の人に言えなくて」
と言うのを見てあげると、あの付近に軽い炎症が起きているようだった。
「夏で汗掻いてるのがいけないのかなと思ってこまめに洗うようにしてたんだけど、なかなか治らなくて」
などと言っている。
「これ、フェミニーナ軟膏を塗っておけばいいと思うよ」
「フェミ?」
知らないようなのでメモに書いて渡す。
「こういうデリケートゾーンのかゆみを緩和する薬だよ」
「あ、やはりそういうのあるんだ! ムヒとか塗ったら辛そうだしと思って」
「ムヒなんか塗ったら、死ぬ思いするよ!」
「うん。そんな気がしたから、やめといた」
青葉はヒロミに10月の連休に一緒に伊香保温泉に行かないかと誘った。
「へー。MTFさんがたくさん来るなら行こうかな」
「その時、来るメンバーの中に医学部の学生さんがいるんだよ」
「うん?」
「ヒロミの性別問題に決着を付けない?」
と青葉が言うと、ヒロミは考えているようだったが、決意したように
「うん。私も自分の性別を確認したい」
と彼女は言った。
ヒロミのお母さんが送っていきますよと言ったのだが、近くだから大丈夫ですよと謝絶して、青葉は夜道を歩いてバス停に向かう。
バス停のところに背の高い女性が1人立っていた。ところが彼女は青葉を見ると、ビクッとしたようにして慌ててバス停を離れる。
何だ?何だ?と思いながらも青葉は彼女が路地に入っていくのを見送り、バスの時刻を確認する。
あちゃー。30分もある。やはり送ってもらうべきだったかなと少し後悔した。お母ちゃんに迎えに来てもらおうかなと携帯を取り出した時、青葉の耳に微かな悲鳴が聞こえた気がした。
青葉は急いでそちらに走って行く。そこはさっきバス停で待っていた女性が入って行った路地である。途中に飲み屋さんが1軒あったが、その30mほど向こうに2つの影があった。
「あんた何してんの?」
と青葉は少しおばちゃんっぽい声でそちらに呼びかけた。
女性を襲おうとしていた男がビクッとして、一瞬青葉の方を向いたものの、すぐに走って逃げて行った。
こちらが女子高生とみたら開き直っていた危険もあったが、暗くて分からないので、成人女性かと思い、分が悪いと思って逃げたのだろう。
青葉は倒れている女性に近寄ると
「大丈夫ですか?」
と普段のソプラノボイスで尋ねた。
ところが彼女は恥ずかしそうに顔を隠して
「ごめん。見ないで」
と小さな声で言った。青葉はその声が男の声だったので驚いたが、こう言った。
「大丈夫ですよ。私も男の娘だから」
「えー!?」
青葉がたまたまポケットに入っていた飴をあげると、彼女はずいぶん落ち着いたようだった。見た感じ40歳くらいかな?どうも女装外出の初心者っぽい。
「あなた、本当に男の子なの?」
「戸籍上はそうです。もっとも身体はもう手術して女の子の身体になっちゃいましたけどね」
「すごーい」
「でもこういう路地とか夜にひとりで歩くの危ないですよ」
「私、あまり女装外出の経験がなくて。昼間は女装がバレそうで怖いから、取り敢えず夜間練習してたの」
「夜間の外出は今みたいに襲われたりして危険です。最初は怖いけど昼間に女装外出は練習したほうがいいです。一度出歩けば平気になりますよ」
「そうかしら」
「だって、私、言われるまであなたが男だなんて気付かなかったですから。あなたの見た目は完璧ですよ。もっと自信を持ちましょう」
「ほんとに?」
青葉は彼女と一緒にバス停まで行き、バスが来るまで女装のテクニックなどをおしゃべりした。それで彼女もけっこう女の格好でいる自分に自信が持てたような感じであった。
9月7日。青葉たちの合唱軽音部は、砺波(となみ)市を訪れた。ここで合唱コンクールの県大会が行われるのである。
中学の時は地区大会→県大会→中部大会→全国大会と4段階だったのだが、高校はぐっと参加校が少なくて最初から県大会である。それも昨年は15校が参加していたのが今年は12校に減っていた。しかも12校の内6校が25人に満たない「参考参加」を表すマークが付いている。つまり青葉たちの学校を含めて6校の争いということになるようだ。また、昨年は上位3校が中部大会に行けたのだが、今年は参加校が減ったことから上位2校の進出ということになったことが、事前に説明された。
「上位2校か。厳しいなあ」
「1位は今年もW高校だろうし。残り1枠を5校で争う形かな」
そんなことを言いながらも、青葉たちは観客席で参加校の演奏を聞いていた。
前半に順位に関係無い「参考参加」の学校が6校歌った。中には結構しっかりした歌唱をする学校もあったが、そこは壇上に並んでいるのが14人しか居なかった。助っ人を頼んでも25人にできなかったのだろうか。もったいないなと青葉は思って聞いていた。
やがて正式参加の高校の演奏に移る。最初は昨年3位であったC高校である。奈々美たちの学校だ。課題曲の「共演者」を歌った後、自由曲「初恋の丘」を歌う。
「うーん。。。このアレンジは詰まらない」
と日香理が言う。
「原曲が難しすぎるからだよ。あの曲を素で歌いこなせるのはかなり歌唱力のある人だもん」
と青葉は言う。
「だからといって、この編曲は易しくしすぎている」
と日香理。
「音域もソプラノとアルトで分担しているしね」
と空帆も言う。
元々のしまうららさんの声域が3オクターブあるのだが、この編曲では高い部分のメロディーをソプラノ、低い部分のメロディーをアルトが分担して歌っている。
「でも結果的にきれいにまとまっているよ」
と美滝。
「うん。そういう意味では無難にまとめている感じだね」
「C高校なら、もっと難しい曲でも行けそうなのに」
その次は昨年2位になった富山Y高校だった。こちらは自由曲には難曲として知られる「In terra Pax」を演奏した。
「歌いこなせてないよね」
「難しい曲は歌いこなしたら凄いんだけど、きちんと歌えないと結果的に不利」
「あ、今ピアノ間違った」
「いやこの曲はピアニスト泣かせなんだよ」
次に黒部市の高校、富山市の私立高が歌った後、5番目が青葉たちのT高校であった。ピアニストの翼に、指揮者の今鏡先生が指示を出して前奏が始まり、やがて課題曲を歌い出す。6月頃からずっと練習していた曲である。身体が覚えているので、青葉もみんなも無心になって歌う。
演奏はかなりうまく行った気がした。
終わると、お互いに顔を見つめ合って頷いている。
そしてまた気を引き締め直して自由曲に行く。
翼のピアノが躍るような重音のスタッカートを響かせた後、歌は始まる。
今年のヒット曲だけに、会場のみんなが「おおっ」と思ったようであった。もっとも合唱版は遠上笑美子のバージョンとは違い、元々のKARION版をベースにしている。それで特にソプラノ(元々は和泉パート)とメゾ1(元々は蘭子パート)の掛け合いが複雑に進行する。メゾ1がスケールで駆け上がって最高音のE6まで到達した時は、会場から思わずざわめきが聞こえた。
とんでもない音域を持っている蘭子(=冬子・ケイ)が担当するパートだった故にメゾ1にこんな高い音を割り当ててあるのだが、実はこの時、本当にこのE6を歌ったのは、ソプラノの青葉・美滝・久美子の3人で、メゾの子は誰も歌っていない。その直前のC6はメゾ1の美津穂・須美・和紗の3人が歌っている。この音の交代が目立たないように、代替でE6を歌った3人はソプラノの右端、メゾとの境界線上に並び、その隣のメゾ1の左端に美津穂たち3人が並ぶという配置にしていた。
演奏が終わると凄い拍手があり、青葉たちも満足してステージから引き上げた。
最後にここ数年毎年富山県大会で1位になっているW高校が歌う。自由曲は最近多くの女声合唱曲を書いている作曲家の作品であった。元々女声合唱のために書かれた作品なので各々の声域をけっこう端々まで使っている。しかもかなり《現代音楽》っぽい作品である。
「あれ?これ無伴奏なんだ」
「しかも調性が無いみたい」
「それでどうやって音程取るのよ?」
「うちじゃ考えられないね」
「うん。うちでこんな曲を無伴奏でやったら間違いなく音程が4−5度くるう」
「さすがに4度はくるわないのでは?」
「いや、そのくらいくるわせる自信ある」
変な自信を持たれるのも困ったものである。
「私ならその倍の8度くるうかも」
と言う子までいるが
「8度くるったらオクターブで元の音に戻るじゃん」
とツッコミが入る。
「いや、この曲は全国で優勝しちゃろうという意気込みの作品だよ」
と日香理が言うものの
「私の好みじゃない」
と空帆は言う。
確かに現代音楽は空帆の好みじゃないだろうなと青葉は思った。彼女は基本的にロッカーだ。
やがて演奏が終わるが、やはり難解な曲であったゆえか、拍手はまばらであった。
20分ほどの休憩が宣言されるので、みんなトイレに行ってくる。当然女子トイレは長蛇の列である。
「大半の学校が女声合唱だったもんね」
「男子トイレは空いてるかも」
「私、男子トイレに行ってこようかな」
「やめときなよー」
「痴漢でつかまるよ」
「性転換しましたって言おうかな」
「女に性転換したのなら女子トイレなのでは?」
「だから男に性転換したと」
「それなら女子制服を着ているわけない」
休憩時間は20分の予定だったのだが、どうも選考が揉めたようであった。実に1時間も待たされた。その間、30分以上すぎた所で、C高校の部長・鷺宮さんが
「せっかく合唱好きの人が集まってるから、待ち時間に何か歌いませんか?」
などと提案した。
運営の人が許可したので、C高校のピアニスト・菓子さんがステージに登り、『歌の翼に』『花〜すべての人の心に花を〜』『ありがとう』(いきものがかり)など合唱の好きな高校生なら誰でも知っているような曲を会場全体で歌った。これは本当に楽しい時間であった。最後は富山県民謡のコキリコ・麦や節・越中おわら節まで飛び出してきた。
やっとのことで大会長さんがステージ脇に戻る。ピアニストの菓子さんが一礼してステージを降りたが、会場全体から大きな拍手が送られた。
「たいへんお待たせして申し訳ありませんでした。実は2位の選考が最初の投票では3校同点になってしまったため決選投票をしたりして時間がかかりました」
と大会長は言う。
会場内が騒がしくなる。2位同点3校というのは凄い。
「それでは1位から発表します。1位、高岡C高校」
これにはC高校のメンバーがいちばん驚いたようで、凄い騒ぎになる。司会者から注意されて、やっと鷺宮さんがステージに行き、表彰状を受け取った。
「1位はW高校だと思ったのに」
「いや、あの曲があまりにも難しすぎたから、結果的に解釈が浅くなっていた。C高校は易しい曲だったけど、それをしっかり歌った。その差だと思う」
と日香理が言う。
「むやみに難しい曲を歌ってもダメということ?」
「充分歌いこなしたら別だけどね」
「新入生が入って来てから実質4ヶ月ちょっとで難しい曲の解釈を深めるのは困難でもある」
「私たちは元々みんなよく知ってる曲だったからその点は楽だったね」
「そして2位です。高岡T高校」
と大会長が言った。
会場はシーンとしている。いや、むしろ最初に騒いだのはW高校のメンバーだった。「なんで〜?」「うそ〜」などという声が上がっている。
青葉は左隣に座る空帆に訊いた。
「今どこって言った?」
「高岡T高校と聞こえた気がした」
右隣の日香理を見る。
「私も高岡T高校と聞こえた気がするけど」
全く反応が無いので司会者が再度呼ぶ。
「高岡T高校の方、おられませんか?」
それで部長の真琴さんが
「はいはい、いまーす!」
と言って手を挙げ、慌てて飛び出して行った。賞状をもらうと初めてT高校のメンバーから歓声があがった。
「信じられなーい」
「嘘みたい」
とみんな大騒ぎだが、今鏡先生まで
「これ、夢じゃないよね?」
などと言っていた。
大会長が
「1位の高岡C高校、2位の高岡T高校は中部大会に進出します。なお、進出はなりませんでしたが、同点2位のあと2校はW高校とY高校でした」
と説明した。
こうして青葉たちは今年は中部大会に行くことができたのであった。
大会長の総評のあと、主催者の全国企業の富山支社長のメッセージ、更に協賛のJR西日本金沢支社の人のスピーチがあった。青葉はそのJR西日本の人を見て、あれ?これ、こないだのKARIONのライブの時に来ていた人だと思った。新幹線開業に向けた宣伝活動の一環でこういう所にも顔を出しているのだろう。
参加者全員に協賛のJR西日本から新型新幹線W7系をかたどったボールペンが配られた。そして解散となるが、青葉たちが退出しようとしてロビーで人がはけていくのを待っていたら
「ねえ、君」
と声を掛ける人がいる。さっきスピーチをしたJR西日本の人だ。
「こないだKARIONのライブの時に楽屋に居た子たちだよね?」
「あ、先日はどうもでした」
などと最初に空帆が反応した。
「魚重さんでしたね。先日は済みません。皿を割ってしまって」
と青葉はあらためてその件を謝っておく。
「あ、あの時横笛を吹いた方ですよね? あのあとで、伴奏者の方にお聞きしたのですが、あなたって、日本で五指に入るほどの凄い霊能者なんだそうですね?」
それは秋乃(風花)さんかな、と青葉は思った。五指はオーバーだぞ。
「そうですね。表だって看板を出しているわけではないのですが。口コミで頼まれた案件は、私の力の及ぶ範囲で対応はしていますけど」
「実はちょっと誰か霊能者に一度見せた方がいいんじゃないかという話が出てきている案件があって。こんなこと、会社として正式に依頼できるようなものではないんですけど」
「お、青葉の本職の出番だよ」
と美由紀が言う。
「依頼料は幹部で個人的に出し合って何とかしますので」
「うーん。話だけなら聞きますけど」
それで今鏡先生にことわった上で、青葉と「マネージャー」を自称する美由紀が魚重さんと一緒に近くの喫茶店に入った。何でも好きなものを取って下さいなどというので、美由紀はケーキセットを頼んでいる。青葉は紅茶だけを頼んだ。
「実は先日から新しい新幹線の試験運転を、運転手の訓練を兼ねて実施しているのですが」
と魚重さんは切り出した。
「糸魚川駅から白山車両基地に至る間で、何度も運転士が『人をはねた』とか『大型の獣をはねたようだ』とか言って緊急停止させる事件が発生していまして」
「同じ場所なんですか?」
「完全に同じ場所ではないのですが、全て***と***の間の山岳地帯、トンネルの中で起きています」
確かにこの付近ってトンネルが多いよなと思った。古来よりの難所・親不知子不知(おやしらず・こしらず)の所とか、木曽義仲が「火牛の計」を用いたことで有名な倶利伽羅(くりから)峠とか。併走する北陸本線や北陸自動車道なども長いトンネルで抜けている。
「先日、お会いした時に、巫女さんのような人が皿を持って来たとおっしゃっていましたね」
「はい。念のためと思って調べてみたのですが、G峠近くにあった神社に勤めておられた巫女さんのようです。新幹線の工事のために、その神社は立ち退きになりまして。一応別の場所に新しい神社を作って、そちらに神様も引っ越ししてもらったのですが」
青葉はその引っ越しがうまく行っていないのではと考えた。神社にも色々なタイプがある。神明社や護国神社の類いは割りと場所を選ばないのだが、中には古い荒神を封じた神社などもあり、そういう神社はその場所にあることで意味をなすのであって場所を勝手に移転すれば、その神社が封じていたものがやばいことになる。
「その神社を見せてください」
「分かりました。ご案内します」
それで魚重さんの車でその問題の神社のある峠に向かった。
「新しい神社と元あった場所の両方を見た方がいいですよね?」
「ええ。新しい神社に先に行きましょうか」
「はい」
「ちょっと暗くなってきたね」
と美由紀が言う。
コンクールが終わったのが採点が長引いたせいで結構遅くなった。その後30分ほどお話を聞いてから出てきたので、ちょうど山の中に入っていった頃、日が落ちてしまった。
「あれ?このあたりだったと思うんだけど」
と魚重さんは悩んでいる。
「済みません。私が運転していいですか?」
「あ、免許持っておられます?」
「持っていませんけど、多分私でないとたどり着けない気がします」
魚重さんは運転できるのなら、この際免許のことは目をつぶるといって運転席を譲ってくれた。青葉は神社の波動を感じながら魚重さんのアクセラを運転し、10分ほどで真新しい鳥居のある神社に到達した。鳥居の奥には小さな祠が祭られている。
もうあたりはすっかり暗くなっているが、お参りする。
「どうですか?」
「ここはほぼ空っぽです。神様の気配はありますが、本体はおられません」
「えー!? じゃ、やはり引っ越しは失敗しているんでしょうか?」
「恐らく。元の場所にも行ってみましょう」
「はい」
それでまた青葉が運転して5分ほどで、小屋のようなものが建っている所にたどり着く。
「じゃ、こちらも見てみましょうか?」
と言って魚重さんは降りようとしたのだが、青葉が停めた。
「ここは夜間は降りない方がいいです。私も今日は準備が足りません。いったん引き上げましょう」
「分かりました!」
山の下まで青葉が運転し、そのあと魚重さんに運転を代わって、魚重さんはふたりを自宅まで送り届けてくれた。
青葉は魚重さんと連絡を取り、翌日の昼間、また現地に向かうことにした。ところが出かけようとしていたら、ふらりと千里が自宅にやってきた。
「ただいまあ。あれ?青葉どこかに出かけるの?」
「ちー姉、なぜここに?」
「別に用事はないけど、大阪の友だちに会ったついでにこちらに寄ってみた」
「大阪から千葉に帰るのに高岡を通るの?」
「東名ばかり走っていると飽きるから、今回は北陸道経由で帰ろうと思ってね」
青葉の後ろで女神様が何だか笑っている。どうも女神様はちー姉が来ることを最初から知っていたようだ。
「ちー姉、ちょっと付き合わない?」
「いいけど」
「ちー姉、巫女服持ってる?」
「持ってるよ」
それでふたりとも巫女服に着替えてから、千里の運転するインプで高岡駅に向かった。
「そういえばちー姉、よく大阪に行ってるみたいだね」
「まあ会う人がいるから」
青葉はハッとした。
「ね、まさかその人って例のヴァイオリンをくれた人?」
「そうだよ。桃香には内緒にしといてね」
「その人、結婚したって言ってなかった?」
「うん。さすがにあいつが結婚した時は私も落ち込んだ。だって中学1年の時から、何度も別れたり復活したりしながら11年続いていたからさ。でもとうとう自分の手の届かない所に行っちゃったかと思ったら、一週間泣き明かしたよ」
青葉は少し考えた。
「ミラ買ったのってそれと関係ある?」
「大いにある。その頃、青葉が危険な本を処理するのに高野山に行きたいって言った時、私、運転の自信がないって言ったでしょ?」
「うん」
「あまりにも落ち込んでいて、全てに自信が無かったんだよ。だけどふと通りかかった車屋さんであのミラを見かけてさ。衝動買いして、そのミラで青森から鹿児島まで日本列島縦断してきたんだ」
「ミラでよくそんなに走ったね!」
「ミラって燃料タンクが小さいし、GSの少ない区間もあるから、ガソリンの携行缶も積んでね。まあ結構楽しかった。それでまた運転する自信も回復したし、私自身の気力も回復した」
「ちー姉って強いね」
「青葉には負けるけどね」
「でも10年も付き合っていて、どうして彼と結婚しなかったの?」
「貴司って、浮気ばかりするんだよ。だいたい年間3−4人は新しい恋人作るからさ」
「たかしさんって言うんだ?」
「うん。あいつが結婚した相手もただの浮気相手かなと思ってて、油断していたら婚約したと言うからびっくりした」
「でもちー姉って、もしかして浮気症の人ばかり好きになるとか」
桃姉もちー姉と同棲しているのに、かなり浮気しているみたいだもんなあと青葉は考えていた。
「そうかもね〜。桃香が熱心に私を口説いても、基本的に私は桃香には友情しか感じないと言い続けたのは、自分自身思い人があったのと、桃香が多数の女の子との関係を続けていたからというのもあった。まあ、桃香のことは好きだから、セックスには応じていたけどね。だけど、貴司が唐突に結婚してさすがに私も落ち込んでいた時に、桃香がエンゲージリング買ってくれて再度私にプロポーズしたから、私は桃香の愛を受け入れた。もう浮気はしないなんて言うしさ。それでふたりだけで結婚式も挙げたんだよ」
「やはり式を挙げたんだ?」
「だけど、桃香って、実際には1ヶ月もしない内に、他の子とホテル行ってたんだよ」
「ひどい」
「さすがに私もカチンと来たから、それ以来桃香からもらったエンゲージリングは絶対に左手薬指には填めないんだけどね」
「ああ、それで右手薬指に填めてるんだ?」
「そうそう」
「右手薬指にでも填めてあげるちー姉は優しいと思う」
「もっとも私はバスケやってるから、普段は何も付けないけどね」
青葉はまた考えた。
「ちー姉って、まさか現役選手?」
「KARION金沢公演で私のシュート見たでしょ? 現役から遠ざかっている人があんなにゴールできるわけないじゃん」
「バスケまだやってたんだ!?」
「昔の仲間と一緒に、最初は健康増進のためとか言って始めたんだけどね。私自身が事実上のオーナーになっている千葉ローキューツとは競合しないように、東京都のクラブバスケット協会に登録した。40minutesというチーム。実際にはローキューツのOG、東京の江戸娘(えどっこ)という所のOG、TS大学やW大学のOGなどが多い」
「ちー姉さ。どうも話を聞いていると最初から女子バスケット部だったみたいなんだけど」
「話せば長くなるんだけどね。私は中学時代は女子バスケ部の男子選手だったんだよ」
「へー!」
「うちの中学は男子バスケ部が強くて、私は実際問題として当時初心者だったし、体力も運動能力も無かったし、男子バスケ部の入部テスト受けても落とされるレベルだった。でも女子バスケ部の子たちと仲良くなってさ。そちらは人数も5人しかいなくて、練習に参加するだけでもいいから入らない?と言われて入部したんだよ。だから中学の時は大会にはほとんど出てない」
「そうだったのか・・・」
「それが男女ミックスでも参加できる大会に出ていて、うちの高校のバスケ部顧問にスカウトされてさ。それで最初は旭川N高校の男子バスケ部に入部して特待生になったんだよ」
「その頃から、シュートがすごかったの?」
「そうそう。私は実際シュート以外の才能は無いと思う。まあドリブルとかもそれなりに練習はしたけどね」
「その話、奈々美にしていい?」
「うん。彼女には話してあげて。きっと力になると思う」
「よし」
「まあそれで高校1年の時は男子選手として試合に出ていたし、当時はほんとに頭も丸刈りにしていたんだよ」
「そういうことだったのか」
「ところが私が男子の試合に出ていると、何度も本当にあんた男子なの?と言われちゃってさ」
「ああ・・・」
「それでとうとう病院で検査受けてほんとうに男なのか確認してもらってくれと言われちゃって」
「ふーん」
「で、検査を受けたら、あんたは女だと言われて、女子チームに転属になっちゃったんだよ」
青葉は混乱した。
「もしかしてちー姉って半陰陽?」
「まさか。私は間違いなく生まれた時は普通の男の子だったよ」
「普通じゃない気がするけど」
「それ青葉に言われたくないな」
「うっ」
「正直、なぜ私が女だと診断されたのかは自分でも謎だった。だって先生は私のおちんちん触ってたんだよ。それでも女子と判定されちゃったから、私も仕方なく男の身体なのに一時期、そのまま女子の試合に出ていた。だけどそれってアンフェアじゃん」
「ちー姉って、本当にそのアンフェアというのが嫌いみたいね」
「それで神様にお願いしたんだよ。私を本当の女の子にしてくださいって。そしたらかなえてくれたんだよ」
「へ?」
「だから私は2007年の5月21日から女の子として生きている」
「でも性転換手術を受けたのって2012年だよね?」
「そうだよ。2012年7月18日。私もこれ以上は説明不能」
「うーん・・・」
青葉は運転席に座る千里の顔を見たが、千里が嘘や冗談を言っているようには見えなかった。でも青葉には千里の言葉の意味が理解できなかった。
「それでさ。大阪に行ったのは今回は貴司の子作りに協力するためだったんだよ」
と千里は言った。
「どうやってそんなの協力するのさ?」
「彼の奥さんって、不妊症なんだよ。卵子が育たなくて、それで前の旦那とも離婚になっちゃったらしい」
「ああ、向こうは再婚なんだ?」
「うん。貴司だって事実上私と結婚していたんだから再婚だけどさ」
「たかしさんとも結婚式あげたの?」
「三三九度したし、結婚の記念写真も撮ったよ。当時はまだ2人とも高校生だったんだけどね。私の携帯取って」
「うん」
「それでデータフォルダ/フォトフォルダを選んで、上矢印を7回押す」
「うん」
「開いてみて」
「わあ・・・」
それはまだかなり若い千里がウェディングドレスを着てタキシードを着た男性と並んでいる姿であった。
「まあそれで、昨日体外受精を実施したんだよ。体外で精子と卵子を受精させて分裂し始めた所で奥さんの子宮に入れる」
「うん」
「結果が分かるのは数日後だけど、失敗したと思う」
「ちー姉がそう言うのなら、きっとそうだろうね」
「成功確率を高めるために実際の奥さんの生理周期に合わせて実施しているから、来月リトライになると思うんだ」
「うん」
「受精卵が子宮に着床するには、物凄く微妙な条件が必要なんだけど、あの奥さん、生理を司っている脳下垂体の調子がよくないみたいでさ。きちんとそれをコントロールできてないんだよね。不妊の原因の大半はそれだと思うんだよ。あと卵子の質、精子の質、双方にも問題がある」
「体外受精なら精子は元気なのを選別するんでしょ?」
「そう。でも卵子はあまり選べないんだよね」
「確かに」
「あの卵子を採取するのって凄く辛いんだよ。膣から針を刺して卵巣まで届かして、そこから卵子を取ってくるんだけど、目をつぶって釣りをしているようなものだから、なかなかうまく取れないんだよ。何時間も掛けて何十回とやって数個しか採取できない。それもうまく成熟しているのが取れる確率は低い」
「痛そう・・・」
「うん。麻酔は掛けてもらっているんだけど、凄く痛かったよ。来月もしないといけないと思うとうんざり」
青葉は千里のことばに何かひっかかりを感じた。
「卵子を採取したのって、奥さんだよね?」
「内緒」
「なんで〜〜!?」
「まあそれは置いといてさ」
「うん」
「来月、それやる時に、青葉、パワーを貸して欲しい」
「私でできることなら」
「青葉のヒーリングの波動を受けていたら着床が成功する確率がぐっと高くなると思うんだ。だからその受精卵を子宮に投入する時に青葉に電話するから奥さんにヒーリングの波動を送ってあげて欲しい」
「実際に会ったことのない人にはヒーリングはできないよ」
「それまでには会えると思う」
「うん」
やがて千里が運転するインプレッサは高岡駅に着く。駅近くの駐車場に駐め、駅前で魚重さんと落ち合った。青葉は「姉でやはり巫女をしているんです」と千里を紹介した。
「姉妹で巫女さんって凄いですね。やはりそういう家系なんですか?」
と魚重さんが訊くと
「曾祖母がイタコだったんですよ」
と千里が答える。
「へー。それは凄い」
と魚重さんが言うが、青葉はびっくりした。そんな話、聞いたこと無かった。
それで魚重さんの車でG峠に行くのだが、やはり魚重さんは神社を見付けきれない。
「あれー。どうしてかなあ」
と悩んでいる。
「私が運転します」
と千里が言うので交代すると、神社は5分で見付かった。
「ちゃんと案内板がありましたね。なぜ私見落としたんだろう?」
と魚重さんが言うが
「それは魚重さんの守護霊が強いからですよ」
と千里は言った。青葉も頷いた。危険なことに関わらせないように作用しているのだ。
青葉はその神社の周囲に何かを埋めていった。家から持って来たシャベルを千里が使って穴を掘り、青葉がそこに白い布袋に入れた何かを入れ、千里がその上に土をかぶせる。
青葉は千里が掘る穴の位置が物凄く的確なので驚いていた。やっぱりちー姉って、かなり上級の霊能者だ。だけど、なんでこんなにオーラが小さいんだろうと考えていた時、青葉はハッとした。
それは青葉がまだ小学生だった頃、佐竹さんのおじいさん(佐竹慶子の祖父:佐竹旺)から言われたことだった。
「お嬢ちゃん、あんた凄いオーラ持っているし、人のオーラも見えるだろ?」
「はい」
「それで相手の力量もだいたい読めるよね?」
「ええ。おじいさんは凄いオーラ持ってるからかなりの使い手です。でも、佐竹のおじさん(慶子の父:佐竹伶)は小さいから、あまり力は無いみたいです」
「あはは、それ本人の前で言わないように」
と言ってから、
「でもね。本当に物凄いパワーを持っている人は、逆にオーラは大したことないように見えるんだよ」
「へー」
「だから、そういう相手には気をつけないと、そのタイプと対峙したら、一発でやられるから」
その後青葉は多くの霊能者と知り合った。特に旺と知り合った2ヶ月後に遭遇した菊枝は凄まじいオーラに驚愕したが何と言っても驚いたのが瞬嶽師匠だった。
瞬嶽師匠のオーラは底知れないと思った。しかし瞬嶽はそのオーラをとても小さく装っていた。だから、レベルの低い霊能者が瞬嶽を見てもその凄さには気付かないだろう。せいぜい国内トップレベルの霊能者のひとりくらいにしか見えない。しかし本当の師匠のオーラは人間レベルを遙かに超越している。
それで瞬嶽に会った時、青葉は旺の言葉を思い出し、ほんとに凄い人は自分のオーラを小さく装えるんだなと思ったものである。
しかしその瞬嶽もある時、青葉に言った。
「上から下は見えるけど、下から上は見えない。本当に凄い人は相当ハイレベルな人にしか、その凄さが分からないものだから」
と。
もしかして、ちー姉って、私にも本体が見えないくらいハイレベルなの?
そんなことに思い至っていた時、千里は青葉の心を見透かしたように言った。
「私、時々、なんか凄い人じゃないかって誤解されるみたいなんだけどね。私ってほんとに大したことないから」
「ちー姉、もうネタバレしてるから、素人を装うのはやめようよ」
と青葉は言ってみる。
「青葉は凄いと思うの。青葉って軍艦にたとえると駆逐艦なんだよ。小回りが利いて、素早く相手を攻撃して打破する。私は客船みたいなもの。私には悪霊と戦ったり、人の病気を治したりする力は少なくとも存在しない。ただ、物事の移りゆく様を傍観しているだけ。私はたぶん観察者なんだよ。あと私は青葉のバッテリーだから」
そう言って千里は巫女服の袖の中から梵字を書いた2枚の紙を取りだした。
「あ・・・・」
「こちらの梵字はオン。こちらはオフ。天津子ちゃんが勝手に私のパワーを青葉に貸しちゃったから、私はバスケの試合中とかは、これで流れを止めていたんだよ」
もしかして、もしかして。震災の後で私のパワーが上昇したのって、それはちー姉と出会ったからなの? そういえば今私が使っている数珠って、ちー姉が買ってくれたものじゃん!
「その梵字、誰に教えてもらったの?」
「内緒」
内緒って・・・ちー姉、秘密が多すぎるよ!!
全てのアイテムを神社の周りに埋めたところで、千里と魚重さんには車の中に入って待機してもらう。車には結界を掛けて、今からここに来る「もの」がふたりに悪影響を及ぼさないようにした。
そのあと、青葉は多数の白い紙を道を作るかのように地面に置きながら、古い神社の所まで行った。この間、約1kmほどである。紙は10mくらいおき、つまり100枚ほど使用した。
やがて古い神社跡にたどりつく。青葉は緊張して「そこ」を見た。私の霊鎧さん、頑張ってね。そんなことを心の中でつぶやきながら、作業小屋の裏手にある緑色の大きな石の前まで行く。近くに大きな棒が転がっている。青葉はその棒を取り、真言を唱えながら棒を緑色の石の下に差し込み、ぐいっと押した。
「わっ」
と青葉も内心声を挙げた。
ちょっと巨大だぞ?大丈夫かな?と思ったが、向こうには千里がいる。恐らく何か問題があれば対処してくれるんじゃないかな、と思って後ろの女神様を見ると、何だか鼻歌を歌っている!
『青葉、ここ静かでいいし、私の別荘にしてもいい?』
『私の土地じゃないですけど』
『誰も来ないから平気だよ』
『来年の3月になったら、この真下をたくさん列車が通ってうるさくなりますよ』
『うーん。トンネルを崩して、通れなくしようかな』
『勘弁してください』
それで青葉は来た道を戻る。途中に置いていた白い紙はほとんどが破れたり泥の中にめり込んだりしていた。明らかに何かがここを通ったという感じである。青葉はその紙を拾いながら戻った。向こうに行った「もの」がこちらに戻ってこれないようにするためである。
やがて新しい神社の所まで戻ったが、青葉は戸惑った。
青葉が神社の境内で考えながら周囲を見回していると、車から千里と魚重さんが降りてきた。
「どうですか?」
と魚重さんが訊く。
「さっきはびっくりしました。何だか狼の大群でも来たかという感じの物凄い音でしたけど、みんなこの神社の中に飛び込んで行って、そのまま消えてしまったみたいで」
魚重さん、やはり霊感あるじゃんと青葉は思った。だからこそ守護霊が危険な場所であるここへ、来させないように道に迷わせたんだ。
青葉は考えた。
まず明かな結論がある。
この問題は解決してしまっている!
それは後ろにいる《ゆう姫》様の表情を見ても確かだ。
しかしここで自分が戸惑っているような顔をしたら魚重さんは自分でもどうにもならなかったんだと思うだろう。それで変な霊能者を呼んで、せっかくここに偶然にも(?)できてしまっているバランスを壊されたら、事態は悪化する。ということは、ここはハッタリをかまして、いかにも自分が解決したような顔をしたほうがいいのか?
そんなことを考えていた時、千里が
「はい、青葉。これをあそこに埋めたら完成なんでしょ?」
と言う。
それは金色の剣であった。受け取るとずしりと重い。銅製の剣に金メッキをしたもののようである。しかし・・・こんな剣を、どこで調達してきたの〜?しかもこれ物凄い念が入ってるじゃん。誰がこんな凄まじい念を込めたのさ?とても人間業じゃないぞ。人間でできる人があるならそれはきっと瞬嶽師匠クラスの人だ。
「うん。ありがとう」
青葉は平然として、まるで自分がそれを頼んで千里に預けていたものであるかのような表情で答えると、新神社の祠の前に穴を掘り、剣を先端を下にして埋め、土をかぶせた。真言を唱える。
この剣を埋めたことで、新神社の周囲に埋めた8つのアイテムが分割して吸収した「もの」が先程まではまだ微動していたのが完全に鎮まったのを感じた。すごーい!これまるで魔法の剣じゃん!
「これでもう大丈夫です」
と青葉は笑顔で魚重さんに言った。
「ただ、この剣を掘り返されたら困るから、ここに石の板か何かを置けますかね?」
と青葉が言ったが
「むしろ、鳥居からここまで石の道を作ればいい。工事で出た石がたくさんありますよね?」
と千里が言う。
あ、そうか!
「封印のアイテムを埋めた所も掘り返されたくないので、木を植えるか燈籠か何かでも上に置きたいですね」
と千里は更に付け加える。
「燈籠より、木を植えるのがいいと思う。木の成長に伴って封印が更に固まる」
と青葉は言う。
「そのあたりはできると思います。やはり悪霊が暴れていたんですか?」
と魚重さん。
「悪霊ではないんですけどね。霊集団には善も悪もないです。最初はG峠の古戦場で亡くなった大勢の人の亡霊が霊集団を作ったものだと思いますが、800年の時を経て、ネガティブなものは浄化され、この付近の祖先霊なども吸収して、穏やかな霊団になっていたと思います。それがやはり工事の騒音で安眠妨害されたのでしょう。ここはトンネルから離れているから、新たな安眠の地になると思います。もう大丈夫です」
「安眠の地なら、あまり人が近寄らない方がいいんですかね?」
「大丈夫ですよ。むしろたくさん人が訪れた方が霊の浄化は促進されますし、またこういう場所はエネルギースポットになるから、受験とか商売繁盛とかにも御利益(ごりやく)があると思います」
「お、そういうこと霊能者さんが言ってたと広報誌に書いていいですか?」
「いいですけど、この道、せめて舗装しましょう」
「それは予算取れると思います。地元対策費ということで舗装させますよ」
最後に神社跡と新神社の間をつなぐのに使った紙を新神社の境内でお焚き上げして完了とした。燃やした後はしっかり水を掛けて消火しておく。こういう場所での火気の扱いには慎重な配慮が必要である。
「でも参拝客が来るなら、手洗場とトイレは付けた方がいいですよね」
「トイレは箱形の置くだけのトイレでも充分だと思いますよ。手洗い場はどうしようかな」
などと青葉が言ったら千里が
「そこの地下水を吸い上げればいいんじゃない?」
などと言う。
「ああ、そこを掘ればいいよね」
と青葉は千里に話を合わせる。ちー姉が言うんだから間違い無いだろう。
「地下水が出ます?」
「ここにありますよ」
と千里はその場所に立って言った。
「ここを掘れば2mくらいで地下水脈に達します」
「掘らせよう!ちょっと印を付けておきます」
と言って、魚重さんは車に積んでいた鉄パイプを1個そこに刺した。
この場所からは豊かな地下水が湧出して、結果的にそのことで魚重さんは青葉たちの「処置」を信用してくれたようであった。
2014年9月28日(日)。青葉は軽音合唱部のメンバーと一緒に愛知県稲沢市を訪れた。合唱コンクールの中部地区大会が開かれるのである。稲沢市は名古屋の北西にある市で、青葉たちは《しらさぎ》で名古屋までいったん出てから名鉄に乗って会場最寄り駅まで行った(岐阜羽島駅からは交通の便が悪い)。
「だけど凄い雨ですね」
「台風が近づいているからね」
「こんな時期に台風って変じゃないですか?」
「どうもここ数年異常気象だよね」
「たぶん震災の影響もあるんですよ」
駅から会場まで1km以上あるので、一応みんな傘は持っているものの、随分濡れてしまった。
「風邪引いたらどうしよう?」
「歌唱が終わるまでは風邪のウィルスを抑えておいて」
「どうやって押さえつけるの?」
「やはり睨みを利かせて」
温度が下がっていることもあり、会場側も空調を入れてくれたが、今度は湿度が不足する感じである。飴を持って来ている子がみんなに分けてあげたり、会場のロピーにある自販機でお茶などを買って飲んでいる子もいた。
中部地区大会といっても新潟県と長野県の代表は関東甲信越大会に出ており、こちらに参加しているのは、東海地区の静岡・愛知・岐阜・三重、北陸地区の富山・石川・福井、合計7県の代表18校であった。
青葉たちは「すげー」「さすが各県のトップが集まった大会」などと感嘆の声をあげながら聴いていた。富山県大会でW高校が歌った、例の現代音楽的な女声合唱曲を歌った学校もあった。愛知県の女子高校であったが、そこが結局優勝した。
「いや、私でもここの歌はすげーと思ったもん」
と現代音楽が嫌いな空帆でも聞き惚れるほど、そこは巧かった。
「ここは中高一貫校だから、中学生の内から練習させてるのかも」
「なるほど。そういう手があったか」
「やはりこんな難しい歌、数ヶ月じゃモノにならないよね」
「でも女子高の制服ってのも可愛いね」
「富山県には女子高って無いもんなあ」
「須美ちゃん、女子高に行きたかった?」
「うーん。女の園って、男が居なくて緊張が無い分、女としての意識が低下しそうだ」
「ああ、女子高の実態って、結構やばいみたいだよね」
青葉たちの高岡T高校はそれでも5位で、全国大会進出はならなかったものの十分健闘した。高岡C高校は8位だった。
「来年は全国大会行きたいね」
「また頑張ろうよ」
「やはり来年は4月になったらすぐ曲を決めて練習しよう」
「それ去年も言ってた気がする」
大会が終わったのがもう5時近くで、暗くなりかけた道を駅まで雨の中戻り、名鉄で名古屋まで出たのだが・・・
「運休?」
なんと台風の接近で新幹線が停まっているのである。
「どうしましょう?」
今鏡先生がバス会社に問い合わせてみたものの、富山方面に向かうバスもこの天候で運行を見合わせているということであった。
先生が途方に暮れて思考停止していたので、真琴部長が
「宿泊しましょう」
と言い、先生も同意した。
それで結局、名古屋市内のホテルを確保し、そこで全員1泊することになった。しかし会場からの移動でみんな服が濡れていたので、ホテルに泊まるのは結構助かるという声もあった。ホテルは栄にあるので、商店街で着替えの下着やトレーナーなどをみんな確保していた。お金を持っていない子には先生や青葉が貸しておいた。ホテル代は取り敢えず先生の個人カードで決済しておいて、週明けに集金することにした。
「でも結構な出費だ」
「あとでお母ちゃんが頭を抱えそう」
取り敢えずホテルの部屋に入って、各自お風呂に入って着替えてから夕食に行く。予約とかを入れておいた訳でもないし、大量に1ヶ所に行くのはお店にも迷惑になるだろうということで数人単位でバラバラの行動になる。青葉は日香理・美津穂・ヒロミと4人でサイゼリヤに入った。
「このメンツだとあまり食欲旺盛な子がいないから」
「美由紀とかはよく食べるんだけどね」
「いや、こないだの千葉のお寿司屋さんとか1万円超えていたからびっくりした。私が払ったんじゃないけど」
あのお寿司屋さんは千里のおごりである。
「なんか大量に皿が積み上げられていたもんね」
夕方であること、それに台風で足止めを食った人がけっこういるせいか、店はわりと混雑していた。4人はシーフードピザとミートピザを取り分けて食べながらおしゃべりしていた。
「あまり長居しないようにして、コンビニでおやつでも買って帰ろうか」
と青葉が言う。
「うん、それがいいかもね。きしめんとウイロウと味噌カツ丼でも買って帰ろう」
と美津穂。
「よく入るな」
と日香理。
4人が座っていた席のそばを24-25歳くらいの感じの男女カップルが通りかかる。ちょうど青葉のそばで、その女性の方が転んでしまった。しかも立てない感じだ。
「大丈夫ですか?」
「あ、はい」
と言ったものの、女性は膝を押さえている。
「雨で床が濡れてるもんね」
「ちょっと見せてください」
と言って青葉はその女性の膝を触る。
「こちらに座ってもらいなよ」
と日香理が言って席を立つので、青葉は女性をそこに座らせ
「ストッキング下げてもらえませんか」
と言う。
「はい。看護学生さんか何かですか?」
と言いながら女性はストッキングを下げた。彼氏は心配そうに見守っている。青葉はその彼氏の顔を見た時、どこかで見たような気がしたものの、すぐには思い出すことができなかった。
「内出血してるね」
とのぞき込んだ美津穂が言う。
「念のため消毒しよう」
と言って日香理が自分の荷物からマキロンを出してそこに吹き掛ける。ティッシュで拭き取る。
青葉はその膝の患部に手を当て、目をつぶっている。
5分ほどした頃
「何だか痛みが引いてきたみたい」
と女性が言う。
「この子はヒーリングの達人なんですよ」
と日香理が言うと
「それで! 嘘みたいに楽になりました」
「あとはふつうの湿布薬を貼っておけば明日の朝くらいまでには完全に痛みは取れますよ」
と青葉が言うと
「助かりました」
と彼女は言った。
「何だかお世話になりました。あ、私こういうものです」
と言って、男性の方が名刺を出した。
「あ、どうもです。名刺を切らしておりまして」
と青葉は言って男性の名刺を受け取った。
「私たちは通りがかりの富山県の女子高生ということでいいかな」
とヒロミが言う。
「まあ男子高校生じゃないよね」
「富山からいらしたんですか?」
と男性は言ったが
「あ、そちらは大阪からいらしたんですか?」
と青葉は名刺を見て言う。
「ええ。ちょっとバスケの試合があったもんですから」
と男性。
「バスケットの選手なんですか?」
「あ、あなた、日本代表の細川選手ですよね?」
と美津穂。
「はい。でも社員選手なんで、バスケット選手という肩書きの名刺は作ってないんですよ」
と細川さん。
「サインもらえませんか?」
と美津穂。
「いいですよ」
「あ、じゃ、私も」
と日香理。
それで細川選手は2人の持っている手帳にサインを書いてあげていた。
青葉は何気なくその様子を見ていたのだが、ハッとした。名刺を再度見て確認する。
大阪?バスケット?そしてこの人の名前は「貴司」?
ふと後ろを見ると女神様が何だかいやに楽しそうにしている。
やられた!
そうだ。この人見たことあると思ったのは、こないだちー姉が見せてくれた結婚記念写真に映っていた人だからだ!!
そうか。この人が、ちー姉の元彼か? いや元夫と言うべきか。
ちー姉は、会ったことのない人のヒーリングはできないと自分が言ったら、会わせるからと言った。そして今、自分はその元彼の奥さんのヒーリングをした。
ここでこの人たちと会ったのって、偶然じゃない訳〜〜!?
『ただの予定調和だよ』
と女神様が青葉に言った。
『ここで青葉が阿倍子さんと会うのは最初から運命の糸に定められていたこと。あんたの姉ちゃんは、その運命を無意識に把握していただけ。あの子は本人も言っていたけど、ただの観察者なんだよ。《あの子自身》は何も力は持っていないよ。たぶんね』
青葉は頷いた。
そうなんだ。ちー姉の言動って、しばしば「できすぎてる」んだ。
でも今《ゆう姫》は最後に『たぶんね』と付け加えた。『たぶんね』って何だよ!?
青葉はずっと以前、青葉を襲おうとした暴漢が<偶然>千里が放置していた荷物につまずいて倒れて、青葉が難を逃れることができたことがあったことを思い出していた。
『だからあの子はあんたの保護者なのさ』
と姫様は更に付け加えた。
青葉は千里の腕に抱かれた赤ん坊のような自分というのを想像した。
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【春暉】(2)