【春宴】(下)

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ちょうどそこに高校生くらいの子が階段を降りて居間に入ってきた。
 
「こんにちは」
と竹田と青葉が挨拶する。
 
「ああ、もしかしてこないだ言ってた霊能者さん?」
とその子が訊く。
 
「そうそう」
「テレビで見たことがある。・・・・竹田宗作さんでしたっけ?」
 
「いや、それは僕の物まねをしているお笑い芸人さんで」
「あ、ごめんなさい!」
 
「竹田宗聖と申します」
と言って竹田はその子にも名刺を渡した。
 
「今皆さんから色々見たという悪夢の話を聞いていたのですが、お嬢さんは悪夢とか見ておられませんか?」
と竹田は訊いた。
 
「あ、えっと・・・」
とその子は何だか戸惑っている。
 
「済みません。その子、男の子で」
と森元さんが申し訳なさそうに言う。
 
「えーー!?」
 
これには物事に驚かないように習慣づけている竹田も青葉も驚きの声を挙げてしまった。
 

次男の蓮は彼が見た夢をこう語った。
 
「夜中に高貴な感じの女性に導かれて、大きなお屋敷の中を歩いて行くんです。事典で調べてみたらどうも平安時代頃の服のようなんですよね。やがて広い部屋があって高貴な女性と、傍に付いている女性が居て、僕はそこでいつもギターを弾くんです」
 
「ギターですか?」
「ええ。愛用のギブソンのJ-45というのをいつも使っています」
「J-45ですか!いいギター使ってますね!」
と青葉が声を挙げる。
 
「ああ、分かる?」
蓮は同世代の気安さで、丁寧語抜きで話す。
 
「私も軽音部に入っていて友人たちと一緒にバンドやってるんですよ。ギターの子がいつも、そのうちJ-45が欲しいと言ってるんですよね」
 
「その子何使ってるの?」
「ヤイリですけど型名は覚えてないです。7-8万円くらいだったらしいです」
「ヤイリは結構いいよね。そのくらいの価格なら結構鳴るんじゃないかな」
「みたいですね。本人もわりと気に入ってるとは言ってました。最初はヤマハのFGの逆輸入品で1万5千円で買ったの使っていたらしいです」
「それはまた安い! でも僕も最初はフリマで売られていた壊れたFGを買って修理して使い始めたんだよ。買った価格は500円なんだけどね」
 
「それは凄いです!」
「修理するのに買った材料が7000-8000円掛かった気もするけどね」
「でもそういうの楽しいですよね?」
「うんうん。凄く楽しかった。ちゃんと鳴るようになった時は感激だったよ」
 
「でもどんな曲を弾かれるんですか?」
「サケロックって知ってる?」
「星野源さん好きですよ」
「あとはトライセラトプスとか、GO!GO!7188とか、サカナクションとか」
 
「わりとオーソドックスなロックがお好きなんですね」
「そうそう。世間に迎合するのはあまり好きじゃない」
 
「そのお姫様の前でもそういう曲を弾くんですか?」
「そうそう。最初ジェットにんぢん弾いたら、何か受けちゃってさ」
「ジェットにんぢんは名曲だと思います」
「あの曲、知ってる人にはそう言う人多い」
 
「どうもガールズバンドの曲が受けるみたいだからシンティアとか赤い公園とか良く弾いてるよ」
 
「なんだか悪夢というより楽しそうな気がするんですけど」
「実は楽しいんだよ」
「やはり!」
 
青葉と蓮がなんだか楽しそうに会話しているので竹田が少し呆気にとられて雰囲気。
 

「ただ、その後が問題でさ」
「ええ」
「僕がその姫様の娘に似てるというんだ」
「ほほぉ」
「それで、僕に姫様の娘になってくれと言われて」
「なるほど」
「演奏が終わった後で注射を打たれるんだよ」
「注射ですか?」
 
「僕は男だから娘にはなれないと言ったら、この注射を打っていれば、その内娘になれると言われて」
 
青葉は少し考えた。
 
「蓮さん、あるいは女の子になりたい男の子なのかと思ったんですが、そういう傾向は無いんですかね?」
「うん。全然無い。別に女の子になりたいと思ったことはない」
と蓮は答えるが
 
「でもお兄ちゃん、かなり女性化してるよね」
と妹の純が言う。
 
「そうなんだよ。あくまで注射されているのは夢の中なんだけど、本当に体質が女性化しているんで、僕も困っているんだけどね」
 
「その夢ってどのくらいの頻度で見ておられますか?」
「だいたい週に1回くらい。木曜日に見ることが多いけど、ずれる場合もある」
「いつ頃から見ておられますか?」
 
「最初に見たのは1月30日の夜です。STAP細胞発見のニュースが飛び交っていたのと、山形新幹線が運休したのを覚えていたので、それで後から確認しました。この日も木曜日なんですよね」
 
「STAPですか」
「あれ、ノーベル賞確実と思ったんですけど、どうも雲行きが怪しくなってきてますね」
「そんな都合のいい話があるかと私は思いましたよ」
と竹田は言う。竹田はこういう仕事をしているが東大理学部の出だ。科学者特有の勘で「おかしい」と感じたのだろう。
 
「とするとこれまで19回木曜日が来てますね」
と青葉は携帯のアプリを使って計算した結果を言った。
 
「あ、そんなものだと思います。実はその注射を打たれる時に毎回アレのサイズを測られるんですよ。いや、女子高生の前で言っちゃっていいのかな」
 
「あ、私、男だから平気ですよ」
と青葉が言うと
 
「えーーー!?」
とみんな驚く声。
 
「川上君、そういう冗談は控えなさい」
と竹田さん。
 
「ごめんなさい」
と青葉。
 
「いや、それで最初に測られた時に6cmちょうどと言われたのを覚えているんですが、一昨日測られた時に4.1cmと言われましたから」
と蓮。
 
「もしかして毎回1mmずつ短くなっているとか?」
と竹田が訊く。
 
「そうなんです。小さい時のサイズがそれで、大きくなった状態では最初に測られた時が16cm、一昨日は10.1cmと言われました。逆にバストは0.1mmずつ大きくなっているみたいで」
「胸が膨らんでいるんですか?」
 
「一昨日夢の中で測られた時にアンダー83.1cm トップ90cmちょうど言われました」
 
「それって現実に身体に変化が起きているんですか?」
「長さの方はよく分からないんですけど、立ちにくくなっているのは感じています。そしてバストは確かに膨らんでいます」
 
「7cm差があったらAAカップだね」
と純が言う。
 
「最初は5cm差があるからAAAカップだと言われたんです」
 
「病院に掛かられましたか?」
「はい。肝臓疾患とかで身体が女性化する場合があると言われて。それでお医者さんの診断なんですけどね」
「ええ」
 
「睾丸の一部に変化が見られて、そこから女性ホルモンが分泌されているようだというのですよ」
「腫瘍ですか?」
「腫瘍ではないそうです。むしろ正常な卵巣組織に似ていると言われて、半陰陽ではないかと言われて染色体検査とか全身MRIとか取られましたけど、特に異常は無いみたいで」
と蓮。
 
「なるほど」
 
「純からは、睾丸から女性ホルモンが出てるんなら、睾丸取っちゃったら女性ホルモンも停まるのではと言われたんですけど」
と蓮は言っているが、どうも本人はあまり深刻そうではない。
 
「いっそ性転換手術しちゃったら?」
などと妹の純は言っている。
 
「まだ男辞めたくないんだけどなあ」
と蓮。
「でもこのままだと、いづれ男ではなくなってしまいそう」
と純。
 
「うん。例の姫様のお付きの人からは、やがて女になったら姫様の娘になってくれと言われているんだよね。一昨日も『だいぶ短くなってきたね。早く無くなってしまうといいね』と言われちゃった」
 
「6cmあったものが無くなるには60週。1年ちょっとかな」
「その前に立たなくなっちゃう気もする」
「お兄ちゃん、女湯に入れるようになるのも時間の問題だね」
「すね毛は全部無くなっちゃったし、もうヒゲも生えないんだよね。それからあの付近に何かよく分からないくぼみが出来てるんだよね。小指の先が入っちゃうくらいのサイズある」
「それヴァギナの出来かけだと思う」
「喉仏も小さくなっているし」
「お兄ちゃん、声も凄く女っぽくなってきたよね。いっそお姉ちゃんって呼んであげようか」
「もう少し待って」
 
蓮と純は何だか楽しそうに会話している。
 
青葉はこの人、さっきは否定してたけど実は女の子になりたいのでは?などと考える。もしそうなら、このまま放置でもいいような気さえしてしまう。しかし怪異については何とかする必要があるだろう。
 
その時、青葉の後ろに居る《姫様》が言った。
 
『これ何とかしたい?』
『代金次第では』
『青葉の部屋に寝場所がないから作ってくれ』
『ベッドですか?』
『祠が欲しい』
 
うーん。この女神様、私のそばにずっと居るつもりか? まあいいけどね。 
『神棚みたいなのでいいんですか?』
『白木の板を用意すれば形は私が指定する』
『私、工作苦手です!』
『おぬしの僕(しもべ)がおるじゃろ?』
 
あー、なるほどね。
 
『いいですよ』
『よし』
 

「竹田さん、ちょっと蓮さんを借りたいんですが」
「うん。じゃ僕は少し離れた所で見ていよう」
 
「蓮さん、ちょっと付き合ってください」
と青葉は言った。
 
「うん」
 
それで青葉は蓮とふたりで家を出る。あたりはもうすっかり暗くなっている。高速道路の橋桁の方へ歩いて行く。竹田はふたりから30mくらいの距離をおいて付いてくる。橋の下を過ぎて、少し小高くなっている所に来た。何か大きな石が1つ置いてあり、どうもこの橋の説明が書かれているようだ。
 
「こんばんわ」
と青葉が語りかけた時、蓮は目の前に夢の中で見たのと同じ部屋があり、例の高貴な女性が文でも書いていた風なのを見た。向こうはびっくりしてこちらを見る。蓮も
 
「こんばんわ」
と笑顔で語りかけた。
 
「どうしたのじゃ?わが娘よ」
と姫は蓮に語りかける。
 
「乙和姫殿、そなたの本当の娘を連れて来ましたぞ」
と青葉に付いてきている《ゆう姫》は言った。その《ゆう姫》の姿が今蓮にも見えているようだ。
 
「え?」
「これ、恥ずかしがらずに母君の所に行きなさい」
と言って《ゆう姫》は、ずっと持っていた琵琶を前に押し出す。これは平泉の迎賓館跡で拾った琵琶だ。撥(ばち)の欠片(かけら)を守護のためにあの家に置いてきて、霊体だけが残存していた琵琶を《ゆう姫》は持って来ていたのである。 
その琵琶は娘の姿に変じると、おずおずと乙和姫の前に進み出た。幼い女の子も連れている。
 
「浪ノ戸?」
「お久しゅうございます、母君。こちらは私の娘、花にございます」
「おお、花と申すか。可愛いのお」
 
「一度嫁いだ身であるのに申し訳ありません。しばらく母君の近くに寄せて頂けませんでしょうか?」
 
「浪ノ戸、そなたの夫君はどうしたのじゃ?」
「九郎殿は逃げおおせたと思います。弁慶殿とふたりだけで北上川の方へ逃れて行かれました。私は直前に離縁を申し渡されましたが、九郎殿の身代わりになられた行信と共に槍を取って藤原の軍勢と戦ったのですが、殺されてしまいました」
 
「ほほお、そなた槍を持って戦ったか?」
「巴御前様ほどではありませんが、私も武士の娘。槍の練習は日々しておりました」
「偉い偉い。しかし離縁されたのか?」
「はい。九郎殿からは、そのまま逃げ延びよと言われたのですが、少しでも藤原の軍勢を留めておかねばと思いまして」
 
「そうか、そうか。だったらしばらくここで暮らすが良い」
と乙和姫は嬉しそうに言った。
 

それで《ゆう姫》が言う。
 
「乙和姫殿、それではこちらの蓮は私が連れ帰ってもいいか?」
「済まなかった。しかしそなたの琵琶の音にはずいぶん癒やされたぞ」
と乙和姫。
 
「演奏は私も楽しませて頂きました」
と蓮。
「何だったら、まだ続けてもいいくらいですが」
 
こら、待て!
 
「おお!それでは演奏は頼む」
 
ちょっとー! せっかくお膳立てしたのに!!
 
青葉は《ゆう姫》と顔を見合わせた。
 
「でも姫様。ここは少し殺風景ですね。御館の周囲に垣根など作ってはいかがでしょうか?」
と青葉は言った。
 
「ああ。それは良いことじゃ。任せる」
と乙和姫。
 
青葉と《ゆう姫》はホッとした。
 
「それと、浪ノ戸姫様も戻られましたし、蓮が乙和姫様の娘になる必要はないですから、注射は中止して頂けませんか?」
と青葉は更に言う。
 
「うむ。琵琶を聞かせてくれるのであれば注射はしなくてもよい」
と姫のお付きの女性が言った。
 
これで何とか話がまとまった。
 
蓮はその日もその場でギター演奏をしてあげた。青葉も《ゆう姫》も、その演奏に一緒に聞き惚れていた。
 

青葉たちは結局その場に1時間ほど留まっていたようである。戻ってくると竹田が
 
「お疲れ様。何とかなったみたいだね」
と声を掛ける。
 
蓮のお母さんも
「片付いたんですか?」
と訊く。
 
「今夜は遅いので明日仕上げをします。この付近に杉の葉の落ちているのを拾っても構わないような林はありませんか?」
と尋ねる。
 
「杉ですか。アテ(アスナロのこと)なら、うちの親戚が持っている山に沢山生えてますが」
 
「アテならもっといいです! 山深い所ですか?」
「山奥ですけど車で行けますよ」
 
それで話し合った結果、親戚の人と青葉、森元さん、喬・蓮の兄弟の5人でそのアテの葉を拾う作業をすることになった。竹田は明日石川県内で予定が入っているものの、そちらを片付けてからまた来るということであった。 

青葉はその日C市内のホテルに泊まり、朝から森元さんの家に行く。親戚の人が8時頃来たので、一緒に森元さんの車で山奥まで行った。実際には車を降りてから更に30分ほど山道を歩く。親戚の人も青葉も山道は平気だが、後の3人は慣れていないようで、結構休み休み行った。
 
土地の境界の目印に紐を結んだ木があるので、ここから先は取っていいよと言われる。更に新鮮なのがいいだろうと言われて、親戚の人は演芸用のハサミでたくさんアテの葉を切り出してくれた。これを拾って行く。親戚の人と青葉が150個くらいずつ、他の3人には50個くらいずつ拾ってもらう。拾ったアテの葉はビニール袋に入れ、親戚の人、青葉、喬さんの3人で持って車まで持ち帰った。 
戻って来たのはもうお昼である。お昼御飯を頂いてから、問題の場所に青葉と喬さん・蓮さんの3人で行く。ここの土地の所有権は道路公団にあるということだったので、その問題に関してはバッくれておくことにする。
 
最初に青葉がエリアの四隅に枝を建てた。この枝と枝の間にアテの葉を埋めていくことにする。
 
「だいたい30cm間隔くらいで埋めていって下さい」
と青葉は言い、埋め方を実際にやって示す。それで3人で手分けしてこの作業をする。
 
40分ほど掛けてこの作業が終わるが、全部埋め終わった後で青葉は全周を見て周り、埋め方の甘い所に補間するように予備のアテの葉を埋めた。
 
埋める作業をしていて青葉はふと思った。この兄弟ってまるで弁慶と義経みたい。体格の良いお兄さんが弁慶。女みたいな容姿の蓮さんが義経。実際いつもお兄さんは蓮さんを気遣っているよう。しかしこの人のズボンどうもレディスっぽいな。
 
終わった所で、いったん2人には少し離れていてもらうように言い、そこで真言を唱える。
 
「終わりました」
と言って青葉はニコっと笑った。
 
「でもこれ雨とかが降って流れたりしないんですか?」
「いったん霊的なバリアができてしまえば、その後はその程度のことでは大丈夫です。
 
最後に四隅に建てた枝を抜いて持ち帰った。その後、家の周囲の封印を整え、家の内部で問題のある箇所を点検・調整した。
 
「ここの窓はできるだけ開けないようにして欲しいんです。何かでふさぐのが理想なのですが」
「じゃ、窓の手前に断熱シートでも貼っちゃいましょうかね」
「それもいいですね。アルミ製のとかだと遮蔽効果も高いですよ」
 
午後3時くらいに竹田さんがやってきて
「見事に処理されているね。さすが!」
と言った。
 
「それではもう大丈夫なのでしょうか?」
と森元さんが訊く。
 
「しばらくは後遺症でまた悪夢を見たりするかも知れませんが、招かれても中に入ったりしない限り大丈夫ですよ」
と竹田は言った。
 

後で調べて分かったことだが、平泉で義経主従が藤原泰衡に攻められたのが文治5年閏4月30日・己未で、この日は木曜日であった。蓮さんが最初に呼ばれたのが今年の1月30日・木曜だったという。同じ30日・木曜日というので同調しやすかったのかも知れないと青葉は思った。
 
浪ノ戸姫は義経と弁慶は2人で逃げおおせたはずと言っていた。通説ではふたりは北上川方面に行き水路脱出しようとして、弁慶は敵の矢を受け支流の衣川傍で立ち往生し、義経も今義経堂が建つ場所で自刃したとされている。実際はどうだったのだろう。
 
義経の生存伝説は古くからあり、蝦夷地まで渡って行ったという話もある。そして平泉で死んだのは、義経の影武者・杉目太郎行信で、彼の首が義経の首と称して鎌倉に送られたというのである。行信は「狐忠信」で有名な佐藤忠信の兄弟とされるので浪ノ戸姫にとっても兄弟ということなのだろう。
 
実は平泉で死んだ義経の妻が誰なのかについても諸説あるのだが(有力な説は郷御前)、今回の事件の内容をそのまま信じれば、浪ノ戸姫と考えていいのかも知れないと青葉は思った。
 
ただそれにしても佐藤兄弟たちの母・乙和御前が何故越中の地に居たのかというのもよく分からない。佐藤一族は元々福島の人のようだし、乙和御前は義経を保護した藤原秀衡の従妹に当たるのでこの人も東北に居ていいはずだ。 

6月下旬。政子から青葉に電話がある。
 
「青葉、例の神社に招き猫を設置するから」
「招き猫ですか!?」
 
「常滑焼の窯元さんに頼んで、今週中に焼き上がるらしいから、今週末、こちらに出てこられない?」
「今週末ですか?」
「うん。じゃよろしくねー」
 
ということで政子は青葉の返事も聞かずに切ってしまった。いや、今のはこちらが同意したと思っているかも知れないぞ!
 
政子の話は省略されすぎていて全然分からなかったので冬子に電話して確認すると、青葉が出演したローズ+リリーの仙台公演の後で、打ち上げしている時に、あの神社に狛犬代わりに白黒の招き猫を置こうという話で盛り上がったのだそうである。
 
「出席者の中に常滑焼の窯元と知り合いの人が居て、その人は皿とかを焼いているんだけど、その知り合いに大きな招き猫を作っている人があったんで、そのツテで頼んだんだよ」
 
「黒猫ですか?白猫ですか?」
「右手を挙げた黒猫と、左手を挙げた白猫」
「じゃ、左右に対にして置くんですね?」
「そうそう」
 
「サイズはどのくらいですか?」
 
この時点では青葉はふつうの家庭にあるような10cm程度のサイズのものを想像していた。それで祠の床部分にお人形でも置くかのように置けばいいと思ったのである。
 
「20号だって」
「それかなり大きなものでは?」
 
「うん。高さ63cmだって。その頼んだ窯元も左手を上げた20号の型は持っていたけど、右手を上げたのは持ってなかったらしいんだ。それで息子さんが機械の部品を作る会社に勤めていて、3Dプリンタを持っていたから、それを借りて反転させた型を作って、それを元に制作したらしい」
 
「3Dプリンタは便利ですね。冬子さん、自分のボディダブルを3Dプリンタで作れますよ」
「やってみたいね。身体が3つくらい欲しいことあるから」
 
「冬子さん仕事のしすぎだもん。でもそんなに大きな猫と置き場所を何とかしないといけませんね」
 
「うん。だから台座を作ってもらったんだけど・・・・政子から聞いてるよね?」
「聞いてません!」
「え?だって仙台公演の翌日政子が電話してたからその件話してたかと思ったのに」
「私が聞いたのは作曲依頼の件だけです」
 
それもいきなり大宮万葉と命名されちゃっただけだったんだけど!
 
「じゃ悪いけど事後承認で。もう作っちゃったから」
「まあいいですよ」
 
「で、その設置を6月29日にやるんだけど、出てこれる?」
「出て行きます!」
 
それで青葉が千葉に住む桃香に連絡を取ったところ、向こうは桃香・千里が彪志を車に乗せて現地入りしてくれることになった。
 
連絡を終えてからふと後ろを見ると、《ゆう姫》が何だか楽しそうである。 
『どんな可愛い子か楽しみ〜』
などと言っている。
 
『僕(しもべ)って猫だったんですか?』
『猫は距離感が良いのだよ。犬はべたべたしすぎて煩わしい』
『猫派の人って、よくそう言いますね』
 

それで青葉はその日、朝一番の《はくたか》で(越後湯沢で新幹線に乗り継ぎ)東京に出て行った。東京駅で冬子に車で拾ってもらい千葉に向かう。招き猫2体は冬子の車の荷室に積んであったが、巨大であった。
 
現地に行くと神社の近くにインプレッサが駐まっている。青葉たちが着くとそちらから桃香・千里・彪志が降りてきた。
 
「お疲れ様〜」
 
彪志がフィールダーの荷室から招き猫を降ろしては1つずつ神社の手前に設置されている台座の上に乗せる。彪志は白い招き猫を左側、黒い招き猫を右側に置いた。
 
《ゆう姫》は久しぶりに自分のホームに戻ったので、祠の中に入って、何やら歌を歌っているようだ。あの曲・・・・KARIONの『夕映えの街』じゃん。そういえば、作曲者はここで千葉の街並みを眺めながら書いたと冬子さんが言ってたっけ?ここ随分人が来ているみたいだな、などと青葉は思う。
 
「取り敢えず適当に置いたけど、これどちらがどっち?」
と彪志が訊く。
 
「ちー姉、どっちだと思う?」
と青葉は千里に訊いてみるが
「そういうのは分からないから青葉が決めて」
と千里は言う。すると政子が
 
「これはねー、左側に右手を挙げた黒猫、右側に左手を挙げた白猫だよ。そうすると、各々外側の手を挙げている形になって門が広くなる。今置いてるみたいに内側を挙げたら狭くなっちゃうよ」
 
と言う。そこで彪志は左右の招き猫を逆に置いてみた。
 
「ああ、確かにこの方が雰囲気良くなるね」
と桃香も言っている。
 
そんなことをしていたら、近くにワゴン車が駐まり、そこからテレビカメラを持った人を含めた男女数人が降りてくる。テレビ局の取材ということであった。関東周辺の「不思議」なものを探訪している番組で、リポーターは元アイドルの谷崎潤子である。どうもこの神社を定点観測しているようで色々質問攻めに合う。そしてその人たちがいる間に工務店の人が来たので、招き猫を今置いている位置でセメントで固定してもらった。
 
レポーターの谷崎は主として千里にあれこれ質問していたが、千里がしっかりした受け答えするので、青葉はへ〜と思って見ていた。
 
「そちらの神社の方もありがとうございました。今までも何度かここでお会いしましたね」
と潤子が最後に言う。
 
「妹がこの神社を設立したから、私は時々お掃除に来てるだけだけどね」
と千里は答えていた。
 

テレビ局が帰った後で青葉は千里に訊く。
 
「ちー姉、お掃除してくれてたんだ?」
 
「ここ結構ゴミが落ちてるんだよねー。ファミレスのバイトが朝終わるから、その後、ここに寄ってお掃除してたんだよ」
 
「ちー姉、ゴミ以外にも何か掃除してない?」
「ゴミ以外? ああ。草とかもむしってるよ」
「ふーん。ありがとう」
 
青葉は千里がひょっとして《霊的なゴミ》まで掃除してくれていたのではという気がした。でもちー姉って、そんな力があるんだっけ?試してみたくなった青葉は、千里が車の方に戻るのに、その前に眷属の1人で巨体の《海坊主》と呼んでいる子を立たせてみた。すると千里はそこに《海坊主》が居るのには何も気付かないかのように、その場所を通り抜けてしまった。
 
青葉は考えた。ちー姉にある程度の霊感があるなら当然《海坊主》の気配に気付くはず。実際今、近くに居た冬子さんは明らかに気付いたような反応をした。政子さんも彪志もあれ?という顔をした。しかし桃姉もちー姉も何も反応しなかった。気付いたらそこを通り抜けようとは思わないはずだ。霊感のある人はこの手のものを避けて歩く。自分の霊感に無自覚な人も無意識に避ける。通り抜けられるのは、やはり霊感がまるで無い人だけだろう。
 
「やはり気のせいかな・・・・」
と青葉は小さな声で呟いた。
 

青葉は千里の運転するインプの後部座席に彪志と並んで乗り、フィールダーの方には冬子と政子が2人で乗って、2台の車で連なって千葉市内のファミレスに入った。
 
「長いライブツアーが終わりましたけど、今はアルバム制作ですか?」
と彪志が訊いた。ローズ+リリーの春のツアーは4月26日に始まり6月15日まで続いた。
 
「うん。今ずっと毎日スタジオに入って作業している。去年は半年間他のことは何もせずにひたすらアルバム制作やってたんだけど、今年は5月から8月まで4ヶ月間スタジオ借りて少しずつ制作を進めている所かな」
と冬子は答える。
 
「しかしつい先日までツアーをやっていたんだろ?」
と桃香が言う。
 
「そうなんだよ。一応ツアーをやりながら編曲したり譜面をまとめたりはしていたんだけど、残り2ヶ月で録音作業をやってしまわないといけない」
と冬子。
 
「それかなり厳しいですね」
と彪志。
 
「アルバムの前にシングルも出すんだよね」
と政子が言う。
 
「うん。7月16日発売の『Heart of Orpheus』。でもこちらの制作は今月初めに終わった」
と冬子は言う。
 
「ホルスという楽器を使ったんだよ。格好良かった」
と政子。
 
「へー、どんな楽器ですか?」
と彪志。
 
「口琴だよ」
と千里が代わって答える。
「聴かせてもらったけど魂が震える思いだった」
「ちー姉、そこに居たの?」
「その人が日本の固有の楽器を聴きたいというので私が呼び出されたんだよ」
「千里の龍笛初めて聴いたけど凄かった」
と冬子が言う。
 
そういえばちー姉が龍笛を吹くというのは年末にも聞いた。冬子がそんなに凄いと言うのは、どんな演奏なんだろうと青葉は考える。しかし千里は話を元に戻す。
 
「口琴は弦が張られた小さな琴なんだけど、それを口で演奏する。北海道にムックリという楽器があるけど、それと同系統の楽器。演奏してくれたのはサハ共和国の人」
と千里は説明する。
 
「サハ?どこ?」
と桃香。
 
「シベリアのバイカル湖より北の方に広がる国。日本の10倍くらいの面積。だからインドと同じくらいの面積かな」
と冬子。
 
「そんな国があるとは知らなかった!」
と桃香と彪志が言っている。
 
「アジア民族の国だよ」
と千里は言う。
 
「いろいろお話ししたけど、けっこう共通の文化的な基盤を感じたよ」
などと政子は言っている。
 
「日本人の先祖もバイカル湖近辺に居たんじゃないかという説があるからね」
「騎馬民族到来説だよね」
「ああ、騎馬民族が馬で台湾から沖縄・奄美と島伝いに走ってきたという説だっけ?」
「さすがに海の上を馬で走ってくるのは無理では?」
「いや、昔は陸続きだったとも言われているんだよ、あそこは」
 
「それで獲物でも追って日本まで来たら海の水面が上昇して帰られなくなったのかな?」
「それ、意外に真実かも」
 

そんな話をしていた時、青葉はファミレスの入口から見知った顔の女性2人が入ってくるのに気付く。目が合ったので会釈する。
 
それはゴールデンシックスの2人であった。12月に青葉と★★レコードで遭遇したのがきっかけで、彼女たちはローズ+リリーのライブツアーに帯同して毎日ゲスト出演することになったのだが、先日5月11日にも仙台公演で会って少し話していた。ふたりはこちらに会釈した後、結構離れた場所の席に座った。 
「でも冬子さん、ローズクォーツとローズ+リリーとKARIONを3つ同時進行させつつ、各々アルバム制作って本当に大変じゃないですか?今3つともアルバム制作なさっているんでしょ?」
と青葉が言うと
 
「ケイはローズクォーツは辞めたよ」
と桃香が言う。
 
「え?でも4月に記者会見を開いて、ローズクォーツも続けますって言いましたよね?」
と青葉。
「そう。4月1日にね」
と彪志。
 
その時、向こうのテーブルに座っていたカノンとリノンがオーダーを終えてから席を立ち、こちらに来ようとした。
 
「え?まさかあれ嘘だったんですか?」
と青葉。
「だってエイプリル・フールじゃん」
と桃香。
 
「えーーーーー!?」
と青葉は言って絶句する。
 
その青葉の声を聞いてか、カノンとリノンは顔を見合わせるようにしてまた席に戻ってしまった。あれ?こちらに用事があるわけでは無かったのかな?などと青葉は思う。
 
「まだこんな人が居たのか」
と政子が言っている。
 
「うん。私はローズクォーツの方は実質辞めて、今後はローズ+リリーとKARIONだけやっていく」
と冬子が明言する。
 
「全然気付かなかった」
と青葉。
「あれだけ霊感が強い人がなぜ気付かない?」
と政子。
「青葉って霊に対する勘は働いても、人に関する勘は働かないのでは? 青葉って自ら進んで孤独に生きて来ている面があるから、人との関わりに慣れてないんだな、多分」
と桃香。
 
「ああ、あり得る、あり得る」
と政子。
 
それを言われると辛い所だなと青葉は思った。それは家が貧乏でまともに友だち付き合いができなかった問題、親の虐待に耐えるために自分の感情を停止させていた上に自分の性別が曖昧で、それを気にせず付き合ってくれる友人が少数だったこと、それに霊的な仕事をしていた自体の問題もあるかなと青葉は思った。 
千里は優しく微笑んでいた。
 

ファミレスの後は冬子と政子は東京に戻り、彪志と青葉は、千里の運転する車で彪志のアパートまで送ってもらった。
 
ふたりきりになったら熱いキスをする。
 
「なかなか会いに来られなくてごめんね」
「ううん。俺がそちらに会いに行けばいいんだろうけど」
 

一通りの愛の儀式が終わったところで彪志は板を持ってくる。
 
「この材料で良かったかな? 一応15mm, 10mm, 5mmの板と7mmの角材、10mmの丸材を用意したけど。あと工学部の友人から電動工具一式借りてきた」
 
「まあ足りないのがあれば都度買いに行けば」
 
それで青葉が書いてきた設計図に合わせて板の表面に墨を入れ、それに合わせて電動丸鋸・電動糸鋸(ジグソー)を使って切断していく。サンダーを使って表面をつるつるに加工する。
 
部品をあらかた作るのに1時間ほど掛かった。
 
「取り敢えず不足しているものは無いみたいね」
 
釘を使わずに作るので、これにホゾ・相欠き・組継ぎなどの加工をしていく。この作業がけっこう大変で、彪志もあまりやり慣れていないので何度か失敗して部品をダメにしてしまい部品自体を作り直すというのもやった。
 
この作業で結局3時間かかり、もう夕方である。
 

彪志が加工作業をしている間に青葉は買物に行ってきて夕食を作る。彪志がふだん肉料理ばかりなのでお魚が食べたいと言ったので、イナダ(鰤の小さいの)とかマグロ・サーモン、カニカマなどを買ってきて寿司太郎にした。
 
「彪志〜、ごはんできたよ。一休みしよう」
 
そう言って、青葉は食器を3つ並べて寿司太郎を盛った。
 
「3つ? 誰か来るの?」
「神様への陰膳だよ」
「なるほどー」
 
それで青葉と彪志であれこれおしゃべりしながら食べていたのだが、結構しゃべった後で彪志はふと、陰膳として盛っていたはずの寿司太郎が無くなっていることに気付く。
 
「あれ?青葉、陰膳の分も食べたの?」
「ううん」
「あれ?じゃ俺が無意識の内に食べちゃったのかな」
 
彪志も青葉との会話に夢中になっていたので覚えがない。
 
「神様へのお供えものは神様が食べたんだと思うよ」
 
彪志は悩んでいる。
 
「そんなことあるんだっけ?」
「普通のことだと思うけど」
 

夕食後、いよいよ祠の組み立てに入る。これは青葉も手伝った。青葉が書いた完成予定図を見ながら部品を組んで行く。実際には組もうとしたらきつすぎてあらためて少し削ったりするケースも発生した。元々用心して削っていたので逆に隙間が空きすぎるケースは無かった。
 
「しかし釘とか金具を全く使わずにこういうのが作れるって凄いね」
「使わない方が丈夫なんだよ。仕口や継手でつなぐことで結果的に遊びができる。鉄道のレールだって、間を開けて敷設するでしょ? 暑さで膨張してもいいように」
「あ、そうか! だったら逆になぜ釘を使うんだろう?」
と彪志は疑問を呈する。
 
「ひとつには釘を使うことで工程が楽に出来ること。実際、仕口や継手をするのにホゾを作ったり相欠きをピタリと合わせて作るのとかにかなり手間が掛かったでしょ?」
 
「大変だった!」
 
「もうひとつは使っている素材の問題もあると思う。こんな小さな祠ならいいけど、大きな寺社とかを作る場合は充分乾燥させたものを使わないといけないし、節とかの少ない部位を使わなければいけない。材料の歩留まりが悪いと思う」
 
「ということは結果的にはコストの問題なのかな」
「私はそう考えているけど、建築の専門家さんの意見はたぶんまた違うんじゃないかな」
と青葉は言う。
 
そして祠は夜10時頃に組み上がった。
 
「できた!」
「お疲れ様!!」
 
取り敢えず2人はキスをした。
 
『よい出来じゃ』
と《ゆう姫》もお気に入りのようだ。
 
『ここで寝ていいか?』
『どうぞ、どうぞ』
 
『そうだ。例の蓮とかいう子だけど』
『はい?』
『また佐藤母娘の所に通っているぞ』
『何か演奏聴かせに行くって言ってましたね』
『ついでに注射も本人が望んでしてもらっているようだ』
 
青葉はため息をついた。あのまま注射を打っていたら、おそらく1年後までには完全に女の身体になってしまうだろう。ペニスは縮んでいき、ヴァギナが発達しているようだし、胸も膨らんで行っているようだし。医者に診てもらったら睾丸の中に卵巣類似組織ができているということだったが、きっと睾丸が卵巣に変わってしまうのではなかろうか。
 
元々卵巣と睾丸は発生的には同じ物だ。原始性腺の内部が睾丸の素、表面が卵巣の素であって、女児の場合は表面部分が発達して内部は退化して卵巣になり、男児の場合は表面部分が退化し内部が発達して睾丸になる。おそらく蓮の睾丸の表面部分に卵巣組織が現れて、それが次第に内部を侵食していっているのではなかろうか。そしてやがては内部の睾丸部分が消えて卵巣になってしまうのだろう。恐らくその頃には睾丸→卵巣は体内に取り込まれてしまい陰嚢は空っぽになってしまうかも知れない。
 
『本人がそれを望むなら放置でいいんですよね?』
『うん。それでよいと私は思うぞ。そもそも女の子になりたいような子だったから乙和姫も娘と間違ったのであろう』
 
『そうでしょうね!』
 
青葉は《ゆう姫》の言葉に納得がいく思いであった。
 

翌月曜日。彪志と青葉は朝からレンタカー屋さんでヴィッツを借りてきて、昨日組み立てた祠を荷室に乗せ、取り敢えず東京に行く。新宿区内の冬子たちのマンションに行き、ふたりを後部座席に乗せて、冬子たちが7月中旬に引っ越し予定の新しいマンションまで行く。
 
地下駐車場に入れる前にいったん降りて外側からマンションを見る。
 
「どう?青葉。本当は選ぶ前に見せたかった所だったけど、即決しちゃったから」
と冬子が言う。
「何階でしたっけ?」
「32階」
「へー!」
と言って青葉は頷くようにしている。
 
「あの時、リノンが電話していた占い師さんは低い階だと近くを霊道が通っていると言ってたね」
と政子。
 
「確かに3階付近の近くを通っているんですよ」
「じゃ、やはりあの占い師さん凄いんだ」
「リノンってゴールデンシックスのリノンですか?」
「そうそう。青葉知ってたんだっけ?仙台でも結構話してた気がするけど」
「ええ、ちょっと」
 
12月の遭遇の件は冬子たちには話していない。青葉は基本的に業務上知り得たことがらをそこに居なかった人には話さない癖が付いている。
 
車を駐車場に駐めて32階まで上がる。
 
「この部屋なんだけどね」
 
青葉は「失礼します」と言って中に入り部屋の中を歩いてみる。ふすまを開けて各部屋をチェックし、押入・戸袋なども開けてみる。最後にバルコニーに出て外の景色も見る。冬子は政子には部屋の中に居るように言った。確かにこの人はバルコニーから転落しかねない(手すりが140cmもあるので普通あり得ないのだが)。青葉は外を見ていて頷くようにしていた。
 
リビングに戻ってペットボトルのお茶で一息つく。
 
「ここはお仕事の場ですよね?」
「そうそう。創作の場所だよ」
「だったら問題無いです。休息の場にするにはエネルギーが高すぎるんです」
 
「あの占い師さんも電話でそんなこと言ってたね」
と政子が言う。
 
青葉は聞き直した。
「電話でその占い師さんとは話していたんですか?。ここに実際に来たのではなくて?」
 
「うん。リノンが知り合いの占い師さんに電話して、それで電話を通して見てもらったんだよ」
「電話を通してそこまで分かるって凄いです。霊道の件にしても」
と青葉。
 
「じゃきっとかなり優秀な占い師さんだったんだろうね」
と政子は言う。
 
「その占い師さん、他には何か言ってました?」
と青葉は訊く。
 
「CDと本をこの居間の向かいのサービスルールに置くつもりだったんだけど、CDはこのリビングの壁に並べた方がいいと言うから、そうすることにした。CDラックを発注してるから内装が終わったら設置するつもり。まあ確かにCDがずらりと並んでいたら、いかにも音楽家の家って感じで景観的にもいい気がするんだよね」
と冬子が言う。
 
「ああ、CDケースか。それは良いことですね。この壁側は凶方位なので動かさないものを置いた方がいいんですよ。CDってあまり取り出さないでしょ?」
「うん。持っているCD/LPは全部mp3化してファイルサーバーに入っている」
「本は取り出すんですよね?」
「そうそう。本は結構リアルの本で読む」
 
「あと、窓際の2つの部屋を私たちの寝室と客用寝室にするつもりだったんだけど、私たちの寝室はむしろ居間の隣の6畳が良いって」
 
青葉は何かの資料を見ていたがやがて
「うん。その方がいいです。あの防音工事していた部屋はピアノを置くんですか?」
「ピアノは政子の家に置きっぱなし。こちらはクラビノーバとエレクトーン。あとヴァイオリンやギターの練習もするけどね」
 
「要するに創作部屋ですよね?」
「そうそう」
 
「その配置が理想的だと思います。防音室のある方角は伏位といって自分自身のパワーを引き出してくれるんです。創造的なお仕事するのに良いです。窓際の部屋は生気なので吉ではあるんですけど、強すぎるんですよね。一晩泊まる人にはいいけどいつも寝るのには向いてない。ここの隣の6畳は延年なので吉方位だけど生気より弱いから休息を取るのにいいです」
 
「ああ、なんかそんな感じのこと、占い師さんも言ってた」
 
「だけど、そしたら占い師さんには方位は電話で伝えたんですか?」
と青葉は訊く。
 
政子と冬子は顔を見合わせている。
 
「いや、方位は特に話さなかったと思う」
 
「え?」
「何か変?」
「なぜ方位も伝えてないのに、その占い師さんは風水の吉凶が分かるんです?」
「分からないものなの?」
 
「私だって現地に行くか精密な図面をもらわないと分かりませんよ!」
「そうなんだ?」
 
「玄関について、その占い師さん何か言いました?」
「玄関は吉方位にあるから良好と言いました」
 
「じゃやはり風水を使っているな」
「風水じゃないと何なの?」
 
「ここの玄関は日本の伝統的な家相学では凶なんですが、風水では吉なんですよ」
「へー! 中国と日本で意見が違うんだ!?」
 
「現代では多くの占い師が風水の方を信じています」
「なるほどー」
 
「玄関は東北にあるので、家相学では鬼門なんですが、風水では冬子さんも政子さんも本命卦が乾なので東北は天医と言って吉方位なんです」
 
「あれ?玄関は南東じゃないの?」
と冬子。
「北東ですけど」
と青葉。
 
「嘘!不動産屋さんは南東だって言ってたのに」
 
「窓から外を見ていて、そちらが北西って言われたんですよ」
「窓から右手を見たら北西ですね」
「ああ、なるほどー」
「ひょっとしたら単純に北西の反対側にあるから南東と思ったとか」
 
「風水や家相で方位を見る場合は家の中心、この家ならこの居間から見た方位を考えます。玄関の向き自体は東に向いているから、不動産屋さんの言うのも嘘ではないかも知れないけど、この居間から見たら玄関のある場所は北東なんですよ」
 
「そのあたりの混乱かもしれんね」
と彪志が言っている。
 
「相対ベクトルと絶対ベクトルの違いだな」
と桃香。
 
「南東の玄関なら禍害になるからおふたりにとっては凶ですよ」
「じゃ北東で良かったんだ!」
「そうです」
 
と青葉は言ってから
 
「占い師さんに、冬子さんと政子さんの生年月日は伝えましたよね?」
と訊く。
 
「別に言ってないけど」
「あり得ない!!」
 
「なんかその占い師さんって物凄いスーパー占い師だったりして」
と政子。
 
「いや、どんなに凄い占い師でも、生年月日も聞かずに、方位も聞かずに風水の吉方位・凶方位が分かる訳ないです」
と青葉。
 
「冬子さんと政子さんの生年月日は公開されているからその占い師さんも知っていたのでは?」
と彪志が言うと
 
「あ、そういうことかもね」
と冬子。
「図面もリノンが渡していたとか?」
と政子。
「間取り図は見られるかも知れないけど方位までは分からないかも」
と冬子は考えながら言う。
 
「あるいは実はリノン自身が凄い占い師で、電話を掛けている振りしていただけだったりして」
と政子。
 
「そう言われた方が信じたくなりますよ、これ」
 
などと青葉が言うと、《ゆう姫》が笑っている!?何?何か私見落としてる!? 
『姫様、ここの運気は良いですよね?』
『うん。それは問題ないぞ。私は風水は知らんけど』
 

ともかくも冬子たちの新しいマンションは風水的に理想的ということが判明したので引き上げる。いったん現在の冬子たちのマンションに戻ってから4人で軽く食事を取る。
 
「そうそう。例のRose Quarts Plays Sex Changeだけど、明日から全国キャンペーンやるんだけど、そのキャンペーンで流す映像コピーさせてもらってきたから見ない?」
「あ、いいですね。ちー姉と和実さんが出たんでしょ?」
「そうそう。雨宮先生に徴用されたんだよ」
 
「ちー姉と和実さんって雨宮先生と知り合いだったんですか?」
「和実はたまたまうちのマンションに来たんで強引に出ることにされちゃった」
「ああ、分かります」
「千里は雨宮先生に以前指導を受けてたって言ってたよ」
「へー。ちー姉、サックスでも吹くんですかね?」
「何の指導かは聞かなかったな」
 
それで見出したのだが、その内彪志が何だかむずむずとしている。
 
「どうしたの?彪志、女の子になりたくなった?」
「別になりたくない!」
「そんな怒らなくてもいいのに」
「でもちょっと他の部屋に行ってていい?」
「うん。客用寝室で寝てなよ。このあと運転してもらわないといけないし」
「そうだね。じゃちよっと寝室借ります」
 
と言って彪志は出て行く。
 
「いや、これ普通の男の人には辛いよ、たぶん」
と冬子が言う。
 
「そうだっけ?」
と政子。
 
「でも若干1名を除いては、水着姿になってもみんなプロポーションいいね」
と政子が言う。
 
「若干1名を除いてはみんな歌もうまい」
と冬子。
 
「ちー姉、こんなに歌うとは知らなかった」
と青葉が言う。
 
「千里、ピアノが上手いらしいよ。龍笛も上手いし、インディーズでCDも出したことあるらしいよ。何人かで組んで」
 
「全然知らなかった!」
 
「千里はプロポーションもいいね」
と政子が言う。
 
「近藤うさぎさんとかはモデルとしての体型の良さだけど、千里はそういうのとは違う。スポーツで鍛え上げた肉体って感じだね」
と冬子は言う。
 
「そういえばちー姉、中学高校時代にバスケしてたって言ってたな」
と青葉。
 
「そうそう。それで頭も丸刈りにしてたと聞いた」
と冬子。
 
「女の子になりたいのに丸刈りを強要されるって、ちー姉辛かったろうな」
 
昨年秋に千里からは高校時代の女装姿の写真を見せてもらった。丸刈り男子制服で学校生活を送っているがゆえに反動でこっそり女装もしていたのであろうか?
 
「あの子、中学高校時代のこと、ほとんど話さないね。黒歴史にしたいんだろうな、きっと」
「それ分かります」
 

彪志が熟睡していたので、結局夜8時近くになって、青葉と彪志は富山県に向けて出発した。
 
「彪志ごめんねー。ひとりでずっと運転してもらって」
「青葉何なら俺と交代で運転する?」
「私免許持ってないよ!」
「でも運転うまいじゃん」
「取り敢えず自粛する」
「じゃ2時間ごとに1〜2時間休憩するね」
「うん。それで行こう」
 
しかしふたりはあまりにもゆっくり「ご休憩」していたので、最後の方は時間がやばくなり、結局青葉と彪志で交代しながらノンストップで走って、朝8時すぎに青葉を直接学校の前で降ろしてから、彪志は(祠を青葉の自宅に置いた上で)千葉に帰っていった。
 

青葉はその日の昼休み、理数科の教室に行って空帆に封筒を渡した。
 
「空帆、こないだの演奏、水沢歌月さんがそのままCDに使うということでさ、演奏料をもらったんだけど」
「ああ、ありがとう」
と言って封筒を受け取ってから
「わっ」
と空帆は言う。
 
「何この重さ?」
「ああ、重いなとは思った」
 
空帆が取り出すと何だか札束が厚い。
 
「これ全部1万円札みたい」
「さすがに千円札では渡さないでしょ」
 
空帆が数えてみると30枚ある。
 
「凄い。30枚もあるよ。幾らだっけ?」
「1万円札が30枚あれば30万円だと思うけど」
 
普通演奏料の相場はもっと少ないのだが、人間国宝級の演奏というので冬子がはずんでくれたのである。もしCDが予想以上に売れたら追加するかもと冬子は言っていた。
 
「すげー!これもらっていいの?」
「税金は源泉徴収してるらしいから、後で源泉徴収票を送るから住所教えてって」
「うん。税金って幾らだっけ?」
「1割。だから報酬は333,333円だったはず。この世界では報酬をぞろ目で払って1割源泉徴収して切りの良い数字にするのがよく行われる」
 
「税金が3万円もあるんだ!」
「確定申告すれば全部戻ってくるよ」
「それは確定申告しなくちゃ!でもこれ全部もらっていいの?ギブソンのJ-45買っちゃおうかな?」
「取り分についてはお祖母ちゃんと話し合って」
 
結局お祖母さんはあんたが全部とっときと言ったので、空帆はこのお金で念願のJ-45(購入価格22万円)を買い、残金をお祖母さんに渡したようである。 

8月の下旬、青葉がちょっとした用事で富山市まで出ていたら、
 
「あら、こんにちは」
と声を掛ける女子高生が居る。一瞬誰か分からなかったので曖昧に
「こんにちは、えっと・・・」
などと返事をしたのだが、
 
「僕、森元です。こないだいらした高校生霊能者さんですよね?」
と言われる。
 
「蓮さん?」
「うん」
「女の子になっちゃったんですか?」
 
蓮は薄いピンクのキャミソールに少し濃ゆめのピンクカーディガンを羽織り、下はオフホワイトのプリーツスカートである。髪はヘアピースだろうか。ツインテールでメイドさんっぽいカチューシャまでしている。
 
「まだまだ。残り3cmくらいあるのよね。もっとも全然立たなくなっちゃったけど」
「さすがにそこまで縮んだら立たないでしょうね」
「うん。短すぎて立ったままはトイレできないんだよねー。玉は最近中に入ったまま出てこないし」
 
恐らく睾丸はいよいよ卵巣化し始めて、本来卵巣があるべき位置に戻ろうとしているのだろう。卵巣化が進むとこの人の女性化は恐らく速度が上がる。 
「どうせ前の穴使えないしと思ってパンティも女の子用を5枚買っちゃった。触るだけでもドキドキして穿くとつい興奮しちゃうよ。穿いたままオナニーしちゃう」
 
恐らくこの人、既に自分のことを女だと思っているのだろう。それで女同士の気安さでオナニーなんてことばを私の前で平気で言うのかな、と青葉は思った。 
「オナニーしたら大きくなりますか?」
「全然。立たないから握って上下って出来ないんだよね。だから女の子がするみたいに指で押さえてぐりぐりする」
「精液は出ます?」
「透明なさらさらした液体が出るんだよね。多分精子入ってないんじゃないかな」
「それその内、その液体も出なくなりますよ」
「だろうね」
 
と言っているが楽しそうなので、そうなっても構わないのだろう。
 
「胸はパッド入れてるんですか?」
「入れてないよ。パッド無しでAカップ付けられるし」
「ブラはいつも着けてるんですか?」
「うん。最近は学校行く時も着けてる」
 
「だけどそこまで身体が女性化したら、男子更衣室では着替えられないのでは?」
「着替えてるよ。でもみんなこちらを見ない」
「それ、レイプされる前に先生に言って個室とかで着替えさせてもらった方がいいと思います」
 
「でも女装して出歩くのって楽しいね。この服は妹から借りたんだよ。結構妹が煽るんだよね」
「こないだも煽ってましたね」
「女子トイレにも入っちゃったよ。ドキドキして中でまたオナニーしちゃった」
 
「その格好で男子トイレに入ろうとしたら追い出されますよ」
「こないだスーパー銭湯の女湯に入っちゃったのよ。天国〜。女の人の裸が見放題なんだもん」
 
この人って心は男なのかな?と青葉は思う。心が男であるならたとえ身体が女性化していても、女湯には入って欲しくないな。
 
「でも蓮さん、こんなに身体が女性化しちゃってもいいんですか?」
「平気平気。僕は基本は男だし。身体の形なんて些細なことだよ」
「そうですね」
「彼氏はすげー、これ面白い、おっぱいも揉み甲斐があるって言ってくれるけどね。こないだあそこに出来てる《やおい穴》を使ってセックスしちゃったんだよ。自分で綿棒を入れてサイズ測ると3cmくらいなんだけど、実際におちんちん入れると5cm以上入るみたい」
 
確かにあれは現時点では《やおい穴》かも知れない。しかし3cmサイズではあっても5cm以上入るって、そんなに伸縮性があるということは、それって膣状の組織なのでは?
 
「彼氏がいるんですか?」
「うん。僕はホモだから」
「彼氏ってバイなんでしょうか?」
「女の子との恋愛も過去に経験はしたことあるって。だからバイなのかもね。女の子とのセックスは未経験らしいけど。でも今の所取り敢えず捨てられてないし。僕たち後ろ使ってセックスしたこともあるんだよ。でも後ろよりこちらの方が気持ちいいと言ってるから、この後はこちらばかりになっちゃうかも」
 
「まあ恋愛なんて、お互いの気持ちが満足できていれば、身体の形なんてどうでもいいかも知れないですね」
 
実際私と彪志もそうだしな、などと青葉は思う。私もでもよく捨てられずに5年も付き合ってきたよな。
 
「うん、僕もそう思う」
 
蓮さんは笑顔で、何だか楽しそうであった。
 
 
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