【春宴】(1)
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(C)Eriko Kawaguchi 2015-01-30
夜中ふと目が覚めたら布団のそばに古めかしい服を着た女性が2人座っていた。
「こちらにお越し下さい」
と言われ何となく付いていく。
どのくらい歩いたろうか。結構歩いた気がしたのだがやがて一行は古いお屋敷のような所に入って行く。廊下を歩いて行くと、広い畳の部屋の奥に着飾った女性が座っていた。
「お入りください」
と言われたので、彼は部屋の中に入った。
高貴な女性のそばに仕えている女性が訊く。
「そなた琵琶が得意と聞いたが姫様に聴かせてくれぬか?」
「えっと琵琶は弾いたことないです。ギターなら弾きますが」
「ぎたーとな?」
「まあ琵琶と同じ撥弦楽器ですよ」
「それでよい。弾いてみよ」
「でも楽器が」
と言ったら、ここまで導いてきた女性が自分の愛用ギターJ-45を取ってきてくれたので彼はそれを受け取り
「何かお好みの曲とかありますか?」
と訊く。
「何でも良い。弾いてみよ」
と言うのでGO!GO!7188の『ジェットにんぢん』を弾き語りする。
半ば受け狙いだったのだが、何だか真剣に聴いている!? 姫様が何だか涙を流している!?? 涙流すような曲だっけ??
そして演奏が終わると
「なんと素敵な歌じゃ。姫様はいたく気に入られたぞ」
などとお付きの人が言う。
「いや、こんなんで良ければいつでもお聴かせしますが」
と言ってしまったが、彼はこのことばを後悔することになる。
「そなた、実は亡くなった姫様の娘に似ているのだ。それで姫様が関心を持って、良かったらそなた、姫様の娘にはなってくれないか?」
「娘って・・・・私、男ですけど」
彼がそういうと一瞬なんだかざわつく雰囲気。
え?俺まさか女に見えないよね??
「ではそなた女になったら姫様の娘になってくれるか?」
「ははは。それはいいけど、私男だし」
と言ったのだが、すると
「ではこちらへ」
と言われる。
どこか台の上に寝ている感覚がある。あれ?やはり夢を見ているのかなと思う。いつの間にか裸にされている。何されるんだ?と思うが、身体が動かない。
誰か柔らかい手でアレをつかまれる。
「サイズを測りなさい」
という声がある。何か冷たい金属製のものを当てられる感覚。
「6cmちょうどです」
「記録しなさい」
それで記録紙に記入されているようだ。しかし女に掴まれていると思うと反応してしまう。
「大きくなりましたね」
「それも測って」
「16cmちょうどです」
「胸のサイズも測ります」
「アンダーバスト84cm, トップバスト88cmです」
「AAAカップだね」
AAAカップ? そんなのあるんだ? などと思う。
「では注射をする」
何それ〜?
と思ったが、注射針があそこの先に刺される感覚がある。
ぎぇー!と声をあげたくなる。でも声は出ない。痛いじゃんか!!!!
「そなた、そもそもまるで女人のように美しい顔をしているのに、お股にこんなものが生えているのは不便であろう。これが小さくなるようにしてやるから。小さくなって、やがて無くなってしまったら姫様の娘になってくれ」
何〜〜〜!?
2014年春。青葉は高校2年生になった。
2年生になる時に普通科クラスは進路別の組み分けがなされたのだが、青葉たちの社文科と隣の理数科はクラス変更は無いので1年の時と同じクラスで持ち上がりである。担任も音頭先生が引き続き担当する。
この年青葉たちのT高校では「部活の統廃合」が実施された。生徒数が840人しか居ないのに、部活は昨年春の段階で38部・4同好会・6愛好会があった。
ここで昨年12月末段階で2年生以下の部員数が10人以下の部について他の近隣分野の部との統合が打診され、その結果11人以上になれなかった部は4月1日付けで同好会に格下げされることになった。あわせて5人以下の同好会は愛好会に格下げ、2人以下の愛好会は廃止となった(実際2人では学校の活動としてやる意味に疑問がある)。
この結果、T高校の部は20、同好会が2、愛好会が3となった。
応援部、相撲部、華道部などが部員ゼロで消滅した。ソフトボール同好会は野球部と合流して日程が許す限り両方の大会に出ることになり、柔道部と剣道部が合体して格闘部に、硬式テニス部はソフトテニス部に事実上吸収されてテニス部の名称に、囲碁部と将棋部も合体して棋戦部になっている。
「ソフトボール同好会は5人しか居なかったからね」
「試合できないじゃん」
「いつも助っ人を頼んで出場してたんだよ」
「バスケ部もやばかったんだけど、男子バスケ部と女子バスケ部が合同する形で廃部を免れた」
「その人数では試合に出られないのでは?」
「男子の試合では女子部員が男装して、女子の試合では男子部員が女装するとか」
「それはさすがに無茶」
「実際、男子バスケ部が6人、女子バスケ部が5人だったんだよね。バスケって公式大会ではバスケ協会の登録証持ってる選手しか出られなくて臨時の助っ人禁止だから正式部員が5人居ないと大会に出られないらしい」
「でもそれ誰かが退場になると即負け」
「いや、2人までは続行できるらしい。1人になったら没収試合」
「でも2人じゃ勝負にならないでしょ」
「まあディフェンスのしようが無いし囲まれたらパスもできないし」
「C高校の女子バスケ部なんてインターハイとか皇后杯にも出てるのに」
「うん。だからバスケ強い女子はみんなC高校に行っちゃうみたいね」
さて、青葉たちのコーラス部は3年生を除くと10人、空帆(うつほ)たちの軽音部は7人でどちらも「肩たたき」をされた。それで夏の大会に合同して出場した経緯から部としても合流することにし、合唱軽音部という名前になることになった。部長はコーラス部の真琴さんと軽音部の郁代さんでジャンケンして真琴さんが部長、郁代さんが副部長ということになった。顧問は軽音部の顧問が3月で他校に転任してしまったこともあり、コーラス部顧問の今鏡先生が新しい合唱軽音部の顧問ということになった。
「でも私、軽音の楽器のことがよく分からない」
などと今鏡先生は言っている。
「ギターとベースの区別ができたら充分ですよ」
と空帆は言ったのだが
「ベースってギターに似た楽器で弓で弾く奴だっけ?」
などと先生に言われて、空帆は何から説明すべきか悩んでいた。
そういう訳でともかくも4月の中旬には新入生部員を迎えたのだが、
「私、ギターは弾けるけど音痴なんですけど」
などという子には、コーラスの大会に出る時は口パクでいいからと言って招きいれたし、逆に
「私、歌うのは好きだけど、楽器はカスタネットくらいしかできないです」
という子には
「うん。カスタネット担当で」
と言って招き入れた。
また1人男子で
「ここ女子だけですか?」
と訊いてきた子がいたので
「大丈夫。男子もOKだよ」
「別に女装させたりはしないから」
「まあ本人が女装したかったら協力するけど」
などと言ってその子も招き入れる。(かなり不安そうな顔をしていた)
それでとりあえず新入部員15名を入れて32名という、何とかコーラスの大会に出るのに恥ずかしくない人数になる。
3年生 6人
川瀬真琴(MS2/Ten.Sax) 椿原康江(MS2/KB) 菅野都美子(A/Tb) 郁代(MS2/Gt2) 朝美(MS1/Tb) 美香(A/Bass)
2年生 12人
川上青葉(Sp/A.Sax)、上野美津穂(MS1/Cla)、大谷日香理(A/Tb)、呉羽ヒロミ(MS1/Tp) 杉本美滝(Sp/Tb)、沢田立花(A/A.Sax)、竹下公子(MS2/Tp) 吉田邦生(エア歌唱/Tuba) 清原空帆(Sp/Gt1)、黒川須美(MS1/Dr)、治美(MS1/Tp)、真梨奈(A/Tb)
1年生新入部員 15人
久美子(Sp/A.Sax) 佐絵(Sp/Cla) 真佑(Sp/Tp) 彩菜(Sp/Fl) 衿香(Sp*/Gt1) 和紗(MS1/Fidd) 麻季(MS1/Euph) 菜美(MS1*/Gt1) 佑希(MS2/Dr) 乙音(MS2/Gt2) 友絵(MS2/Bass) 亜耶(A/Fl) 芽生(A/A.Sax) 衣美(A*/KB) 谷口翼(Pf/Bar.Sax)
1年生のコーラス・パート分けは各自の音域をチェックして人数バランスも考慮して決めた。但し、衿香・菜美・衣美は「政治的判断」で大会では口パクすることになった。なお、ピアニストに関しては、唯一の男子部員となった翼君が結構うまいので、どっちみち女の子の声は出ないしということで、彼にピアノを弾いてもらうことにして、康江さんは本来のメゾソプラノに配した。
「翼君、もし何だったら女子制服を着てアルト歌ってくれてもいいけど」
「アルトの声出ません!」
「去勢したら出ないかな」
という声が出るが
「あれは10歳くらいで去勢しないと無理だよ」
と青葉は苦笑しながら答える。
「でもうちの部、おちんちん手術して取っちゃって、男子から女子になった子が2人もいるんだよ」
「え〜〜!?カストラートなんて無くなったんじゃないんですか?」
「あそこが無くなればカストラートになるというか」
「君も取っちゃわない?」
「去勢は勘弁してください」
と本人はマジでおびえながら言っていた。
「むろん去勢は希望する子だけで。強制はしないし」
「希望しません!」
「女子制服だけでも着てみない?」
「OGからもらっちゃうよ」
「その先が怖いから遠慮します」
楽器については何人か明確な希望があった人はだいたいその楽器に割り当て、後は経験や性格・体格!などを基準に割り振った。敏子さんが卒業して浮いたバリトン・サックスのパートは、身長167cmの翼君を体格優先で任命。昨年は助っ人の世梨奈が吹いていたフルートは、ファイフの経験がある彩菜とお祭りの篠笛の経験がある亜耶を割り当てる。ベースが須美1人しかいなかったので、新入生の中でリズム感が良く、小さい頃エレクトーンを習っていたという友絵に担当させる。また楽器はカスタネットしかできませんなどと言っていた佑希を「ドラムスもカスタネットも似たようなもの」と丸め込んでドラムス担当にした。ただし、全員バンドで演奏するときは、佑希も友絵もパーカッション担当とした。
そういう訳でパート別にまとめるとこうなる。
トランペット 治美 ヒロミ 公子 真佑
サックス Alto.青葉 立花 久美子 芽生 Ten.真琴 Bar.翼
トロンボーン 真梨奈 朝美 都美子 日香理 美滝
ユーフォニウム 麻季
チューバ 邦生
クラリネット 美津穂 佐絵
フルート 彩菜 亜耶
キーボード 康江 衣美
ギター 1.空帆 衿香 菜美 2.郁代 乙音
ベース 美香 友絵
フィドル 和紗
ドラムス 須美 佑希
ソプラノ(8) 青葉 美滝 空帆 久美子 佐絵 真佑 彩菜 衿香
メゾ1(8) 美津穂 ヒロミ 須美 治美 朝美 和紗 麻季 菜美
メゾ2(7) 公子 真琴 郁代 康江 佑希 乙音 友絵
アルト(8) 日香理 立花 都美子 真梨奈 美香 亜耶 芽生 衣美
Pianist 翼
これを人数分コピーして全員に配った。2年7組の教室で何気なくその紙を受け取った吉田君は「へー、今年はチューバも入れるの?」などと言う。
「うん。だから吉田、頑張ってね」
と空帆が言う。
「ちょっと待て。ここに書いてある邦生って、まさか俺のことかよ?」
「あんた、邦生でしょ?」
「俺、別に軽音部員じゃねーぞ」
「大丈夫。ちゃんと部員名簿に書いといた」
「ひでー!」
「練習出てこいよ。部費は特別に免除してやるから」
「なんでだ〜?」
「1年生に男子部員1人入って来たけど、女子ばかりなんで怖がってるからさ、吉田が出てきたら少し安心すると思うんだ」
「お前ら、そいつにセクハラしてるだろ?」
ゴールデンウィーク、青葉は何やらいつの間にか冬子から押しつけられた!?作曲の仕事をこなすとともに、何度か軽音の練習に出ていった。それで溜まっている岩手の方の仕事は、ゴールデンウィーク明けの5月9-11日に行うことにした。どうにも案件が溜まっているので9日(金)は学校を休むことにして8日(木)の夜行バスで仙台まで行き、その先を慶子さんに迎えに来てもらい、車で大船渡に入る。
青葉は9日は午前中に1件、午後から細かい案件を3件こなす。どれも土地絡みのもので、出雲の直美さんに協力してもらって霊道を動かしたり持参した風水グッズで《形殺》の影響を減らしたりして対処した。
形殺というのは地形や建物の形から及ぼされる風水的な影響である。例えば自分の家を見下ろすような建物が傍に建っていると、その建物に形殺される。四角柱や三角柱状の建物の角が目の前にあったりすると、その角から形殺される。それほど強くないものであれば、八卦鏡をその方向に向けて置いて反射したり、大きな金魚鉢を置いたりして緩和したりすることができる。
さて、青葉はこの日の仕事が終わった後、慶子に送ってもらって奥州市平泉まで行った。ここで少し古い友人と会う。
「ごぶさた〜、登夜香ちゃん」
「ごぶさた〜、青葉ちゃん。お葬式とかに行かなくてごめんね」
「ううん。こちらこそ、そちらのお葬式に行かなくてごめんね」
木村登夜香は大船渡の生まれで青葉と同じ小学校に通っていた。しかし4つ上のお兄さんが野球の強い花巻の高校に進学したので、お母さんと登夜香も一緒に移住した(結果的にお父さんが大船渡に単身赴任状態になる)。そのため登夜香は小学6年生以降は花巻で過ごしたのである。
登夜香は拝み屋さんをしていた祖母の血を継いでいてある程度の霊的な力を持っている。そのため花巻で中学生になった頃から、しばしば知り合いから霊的な相談事を持ち込まれるようになった。基本的にはお断りしているもののどうしてもという場合、対応している場合もある。自分で対応しきれないものを大船渡から祖母を呼んで解決したりしたこともあったようだ。
「だけど青葉ちゃん、すっかり女子高生になってる」
「えへへ。中学2年の時から完全に女子扱いになったよ」
今日の青葉は学校の制服姿である。午後お伺いしたクライアントの夫が元議員さんで、拝み屋とか巫女とかいった「うさんくさい物」が嫌いという話だったので、学校の制服で出かけて行った。そのまま奥州市に移動してきたのである。
「すごーい。でも中1の時は学生服?」
「うん、公式見解では」
「公式見解ねぇ」
と言って登夜香はニヤニヤしている。
その日は登夜香と青葉、慶子の3人で一緒に遅めの夕食を取り、平泉市内のホテルで泊まった。
翌朝、3人は登夜香の案内で「問題の家」に行く。
「私も先月一度ここに来たんだけど、私には手が負えないと思った」
と登夜香は言う。
「あそこ何があるんですか?」
と霊感の弱い慶子までもその「問題の場所」の方角を向いて言った。
(慶子もこういう場所を絶対に指さしてはいけないことくらいは分かっている)
「奥州藤原氏の迎賓館みたいな所があったんですよ。源義経は一般に言われている北上川近くの現在義経堂が建っている場所で船で逃れようとした所を殺されたのではなく、ここで亡くなったのではという説もあるんですよ」
と登夜香は説明する。
取り敢えず3人でその家を訪問し、中に入れてもらい相談者さんの話を聞く。
「3年前までは特に何も問題無かったのですが、あそこに建っていた工場が震災で崩れて、その後半年ほど放置されていた後、やっと撤去されたのですが、その撤去された後くらいから異変が始まったんですよ」
家の中で突然人が怒るような声を聞いたり、訪ねて来た友人が背の高い男性の姿を見たこともあるらしい。この家はこのクライアントさん、そのお母さん、お祖母さんの女3人で暮らしているし、誰もボーイフレンドの類いは居ない。
「何度か夢を見たんです。夜中立派な階廊のあるお屋敷を歩いているんです。やがて30畳敷きくらいの広間があって、そこに高貴な女性が小さな女の子を抱いて座っているんです。中に入るよう誰かに言われるんだけど怖くて入れなくて」
とクライアントさん。
「中に入ったら死ぬでしょうね」
と登夜香は言う。
「やはりそうですか!?」
「今度その夢を見ても絶対に中に入ってはいけません」
「そうします!」
クライアントさんと、こちらの3人で一緒に表に出てみる。迎賓館跡が見える。
「やはり霊道とか、そういうものが通っているのでしょうか?」
「霊道だったらまだいいんですけどね・・・・」
と青葉は口を濁す。
「霊団そのものだよね」
と登夜香。
「じゃお祓いとかしないといけないのでしょうか?」
「悪い霊なら祓えばいいのですが」
「これは良い霊なのですよ」
「えーー!?」
「どうしようかねぇ」
と言っていたら、青葉にくっついてきていた《ゆう姫》が
『ここは私に任せなさい』
と言う。
『えっと・・・ご報酬は?』
『僕(しもべ)が欲しい』
『それ誰がなるんです?』
『心配するな。人選は私がするが青葉ではない。青葉は私の宿だから』
『はいはい』
それで青葉はみんなを促していったん家の中に入る。お茶を飲みながら細かい怪異の話を聞いていた時、突然慶子が「あっ」と言う。
「変わったね?」
と登夜香。
「うん。話が付いたみたい」
と青葉も言う。
「どうしたんですか?」
「もう怪異は起きませんよ」
「ほんとですか!」
「ただ貢ぎ物を日々して欲しいんですが」
「はい?」
みんなでその遺跡の所まで歩いて行ってみた。みんなで合掌して義経ゆかりの人たちの冥福を祈る。青葉が般若心経を唱え、登夜香と慶子もそれに唱和した。
青葉は何かを探す。やがて地面を少し指で掘って小さな白い石のようなものを取り上げた。小指の爪程度のサイズである。
「本当はこういう遺跡で物を勝手に取ってはいけないのですが、緊急避難なので」
と青葉は言い、それを持ち帰って流しを借りてきれいに洗い、ペーパータオルできちんと拭く。
それを仏壇横の床の間の、オシラ様の像が置かれている所の横に置いた。
「ここに毎週1回でいいので、チョコレートとかアメとか、甘い物を備えてください。女性が多いので甘い物が好きなんですよ」
「そのくらいします!」
3年間怪異に悩まされたのだから、そのくらいお安い御用ですとお母さんの方も言った。
「お供えした後は自分たちで食べていいんですよね?」
「はい。次のお供えと交換した後で頂いてください。お下がりの物を食べることで、霊的な防御も高まりますよ」
「それはしっかり頂こう」
「三方か何かに置いた方がいいですかね?」
「ええ。そんな感じがいいと思います」
「でもこれ何でしょう?」
「琵琶の撥(ばち)だと思います。一部ですけど」
「石か何かでできているんですか?」
「象牙ですね」
「それはかなり貴重なものでは?」
「ふつうはツゲとかを使っていたと思うんですけどね。身分の高い女性だから象牙の撥を使っていたのでしょう」
と言いながら青葉は自分の後ろで《ゆう姫》が琵琶を象牙の撥で弾いているのを見た。そういえば、この女神様って多数の「琴弾き」たちがお参りに来ていたなんて言ってたなあと青葉は思い起こしていた。元々音楽の神様なのかな?
このクライアントさんの家はお昼前に撤収したのだが、青葉は登夜香とふたりで花巻市内のある人物の家を訪問した。以前この人の経営する会社で起きた事件を登夜香が、その時も青葉の力を借りて解決したことがあったのである。ふたりはここで、ある「裏工作」を依頼した。
「それはむしろ良いことだと思う。働きかけてみますよ」
と彼は言ってくれた。
この人の家を辞した後、登夜香と別れ慶子と一緒に盛岡に行く。ここで慶子の娘・真穂と落ち合い、真穂から相談があっていた、彼女の大学で起きていた問題に対処する。そのあと慶子と別れて青葉は新幹線で一関に行った。
「お帰りなさい」
と彪志の母は笑顔で青葉に言った。
「ただいまです、おかあさん」
と青葉も言う。
「これお土産です」
と言って高岡で買って来た辻口博伸さんの洋菓子を出す。
「わあ、この人のお菓子好き〜」
「センスがいいですよね」
「彪志は今お風呂に入っているんですよ」
「済みません。私、到着する時刻を言ってなかったから」
「でも青葉ちゃん、制服で来たの初めてかも」
「そうかもです!」
「セーラー服なのね?」
「高校の制服はブレザーが多いですけど、古くからある高校ではセーラー服を守っている所もけっこうあるんですよ。うちは100年以上経っているようですから」
「それは凄いね!」
やがてお風呂からあがってきた彪志と交代で青葉もお風呂を頂き、そのあと、みんなで夕食を食べる。
「そういえばこないだうちのスーパーに三笠景織子さんがCMのキャンペーンで来たのよ」
と彪志の母が言う。母は地元のスーパーに勤めている。
「きれいな方でしょ?」
「凄い美人なんでびっくりした。テレビとかでは見てるけど生で見ると美人度が強烈だった」
「テレビでも最近はふつうの女性タレントさん同様の扱いになってるよね」
と彪志が言う。
「ただ声が少し低いのよね」
「一度声変わりしてしまったら、なかなか女の声出すのは大変だから」
「普通に聞いたら女性が話しているような声や話し方になるまで相当苦労したと思いますよ」
「あの人、でも10代の内に去勢してるよね?」
「うん。高校在学中にこっそり去勢したと言ってた。本当は小学生くらいでやっちゃうのが理想なんだけどね」
「青葉みたいな子はめったに居ないよ」
と彪志は言った。
翌日は彪志の運転するレンタカーで朝から一度大船渡に行き、一昨日積み残した案件の処理を3つした。午後2時頃までにそれが片付き、車で3時間ほど走って仙台市内に入った。
彪志とキスして別れてから会場内に入って行くと、★★レコードの加藤課長、スターキッズの面々、それに櫛紀香さんが居る。
「おはようございます」
と挨拶する。
この日19時からのローズ+リリーの公演で、ちょっと顔を出すことになっていたのである。
「リーフさん、こんにちは」
と加藤さん。
「青葉ちゃん、おっはー」
と七星さん。
櫛紀香さんとは初対面だったので名刺を交換した。もっとも櫛紀香さんのは仲間内で使っている名刺のようで、本名の芳田卓郎という名前と携帯の番号とアドレス、それに可愛い女の子風に描いた似顔絵入りだ。青葉の名刺は肩書き無しで「川上青葉」という名前とメールアドレスのみが入っている。
「可愛い似顔絵ですね」
「それが女の子の《櫛紀香》ちゃんのイメージということで」
と櫛さんは言う。
「女装なさるんですか?」
「しない、しない」
と言ったものの、七星さんが
「私、櫛紀香ちゃんの女装写真見たことあるよ」
などと言う。
「あれは黒歴史ということで」
などと本人は言っている。何でも罰ゲームで女装させられて写真を撮られ、ネットに流されてしまったらしい。
青葉が到着してから少しして、南藤由梨奈と彼女の伴奏者たちが到着する。
「鮎川先生、おはようございます」
と青葉は挨拶する。
「おはよう、青葉ちゃん」
伴奏者は南藤由梨奈のディレクター役もしている鮎川ゆまと、彼女の古い友人で、彼女と一緒に2011年まで Lucky Blossom というバンドに参加していた鈴木さん(Gt)、貝田さん(B)、咲子さん(Dr)である。青葉は昨年ゆまにサックスを習っていた。
「あれ?だったら以前も、この4人で活動していたんですか?」
と雑談していて、櫛紀香さんが驚くように言った。
「うん。実はLucky Blossomを結成する以前、この4人でRed Blossomというバンドをしていたんだよ」
「もしかして河合さんたちとは別ですか?」
「そうそう。河合君たちはLucky Tripperというバンドだったんだよ。それを合体してLucky Blossomになったんだ」
「それは知らなかった」
「じゃこの4人でまた活動再開ですか?」
と青葉が尋ねると
「どうだろう?」
とお互い顔を見合わせている。
「君たちがバンドとして活動するなら、僕がどこかに口を聞いてもいいよ」
などと加藤さんは言っていた。
18時前に加藤さんがケイを迎えに車で出る。18時半頃、ふたりで戻ってくる。18:45くらいになってから、マリがUTPの花枝さんの車で南相馬から到着する。ふたりは今日16:30から南相馬で行われたローズクォーツの公演のオープニングに出たのだが、マリは出番が終わったらすぐに車で移動開始し、ケイの方は幕間にKARIONの蘭子としても出演した後、ヘリコプターで仙台まで移動したのである。結果的にはマリより1時間遅れで南相馬を出てヘリコプターで移動したケイの方が先に到着したが、計画ではどちらが先に着くかは微妙とみていたらしい。
青葉は、ケイさんって忙しすぎるよなあと思う。4月1日に記者会見して「ローズクォーツも続けます」と言ってたけど、本気で続けるのだろうか?
やがてローズ+リリーの公演が始まる。青葉は南藤由梨奈や七星さんたちと一緒に楽屋で演奏を見ていた。青葉が平泉で買っていた《黄金かもめの玉子》と七星さんが昨日郡山で買って来たという《三千里》というお菓子を開けて食べていたのだが、青葉はその《三千里》が一瞬《三・千里》と空目してしまい、千里のことを思い起こしていた。千里が3人?
でもまさかあんな場所で遭遇するとは思わなかったなあ・・・。
3月下旬の連休、奈良で瞬嶽の一周忌法要が営まれた。そこに千里が来ていたのである。
「ちー姉、どうしたの?」
「呼ばれたから来た」
と千里は言う。
ちょうどそこに瞬醒が通り掛かり
「あ、瞬葉ちゃん、瞬里ちゃん、ちょっとお花を移動させるの手伝って」
と言うので、
「はいはい」
と言って、千里とふたりで届けられた花が祭壇のレイアウト変更で動かさなければならなくなったのを手伝った。
「瞬里って?」
と千里に訊くと
「青葉の家族の葬儀に瞬嶽さんがいらっしゃって、私がその後、ここまで送って来たでしょ? その時に名前やると言われてもらっちゃったのよね。瞬嶽さんの気まぐれだよ」
と千里は言う。
「印可ももらってたの?」
「まさか。私、般若心経も分からないよ」
どうもちー姉って、何か隠してるよなあと青葉は思う。師匠がそんなに気まぐれで《瞬》の文字の入る名前をくれるものだろうか?長谷川一門の末端の弟子はたいてい直接の師の名前の一部が入った名前か《山》の字が入った名前をもらう。実力が認められたら《岳》の字の入った名前になり、かなり上位の人でないと《嶽》の字の名前は認められない。そして《瞬》の字の付いた名前をもらった人はおそらく30人くらいしか居ないはずだ。そのほとんどが免許皆伝の証しである印可までもらっている。ちー姉ってまさかとんでもなく凄い人ということは??
ただ千里のオーラは青葉が見る限りは大したことない。むしろ冬子さんや政子さんの方が強い霊感を持っているように思う。でもちー姉はあの時、師匠を送っていった時に師匠とどんな話をしたのだろう? あの一周忌の時はこちらがバタバタしていてあまり話す機会が無かったけど、一度訊いてみたいなと青葉は思った。
19:40頃、KARIONの和泉・美空・小風の3人が氷川さんの運転する車で到着する。3人は南相馬で蘭子(冬子)と一緒にローズクォーツのゲストタイムに出演した後、車で移動してきたのである。冬子がヘリで移動しているので一緒に移動しても良かったはずだが、ヘリの定員の問題と、危険分散の意味で他の3人は車での移動になったようだ。
彼女たちが到着して間もなく、ローズ+リリーの公演前半が終わり、KARIONの4人が幕間ゲストとして出て行く。
この時、ローズ+リリーのケイが最初に上手に退場し、その後マリが退場した。それから下手からKARIONの和泉・美空・小風・蘭子が登場した。この登場に客席からは「えーー!?」という声が上がっていたが、冬子はケイが退場した後、マリが退場し和泉・美空・小風が登場する間に、上手から下手まで舞台裏をダッシュ走した上、衣装も一瞬で替えたのである。よくやるなあと思って青葉は見ていた。
このKARIONのゲストタイムが終わった所で南藤由梨奈と伴奏陣が出て行く。青葉も七星さんとおそろいのピンクゴールドのサックスを持って出ていく。ゆまさんと3人でサックスを三重奏するのである。青葉は自分にまで
「リーフちゃーん!」
などというかけ声が掛かるのでびっくりした。
この幕間でサックスを吹いた後は、加藤さんに仙台駅前まで車で送ってもらい、青葉は高岡行きの夜行バスで高岡に帰還した。
ところが月曜日学校から帰って宿題をしていたら政子から電話がある。あの2人から連絡がある時はたいてい冬子の方が連絡してくるので、珍しいなと思って電話を取る。
「昨日はお疲れ様でした」
「そちらもお疲れ〜」
と取り敢えずは挨拶を交わす。
「青葉のね、名前を決めてあげたよ」
「は?」
「私が岡崎天音になるから、青葉は大宮万葉ね」
「何ですか?それは」
「じゃ、後で歌詞を送るからよろしくー」
「あ、はい」
青葉は携帯をオンフックしたものの、何のことやらさっぱり分からない!!
しかしその夜9時頃に歌詞がFAXで送られてきた。岡崎天音作詞・大宮万葉作曲・『黄金の琵琶』カリオンと書かれている。どうもこの作詞作曲者名でKARIONが歌う曲を書いてくれということのようだ。
やれやれと思ったが、今回の東北行きで平泉で見た金色堂のイメージ、そして迎賓館跡で琵琶の撥(ばち)を拾い、青葉の後ろに付いている《ゆう姫》が琵琶の演奏をしていたなというのを思い出し、そのイメージで青葉は曲を付けて行った。
メロディーとギターコードができあがったところでキーボードを接続してCubaseを起動する。
取り敢えずいつも使っているドラムスパターンをコピペする。
KARIONの曲はあまり16分音符を使わない曲が多いので8分音符にクォンタイズを設定してメロディーをリアルタイム入力をした上で細かい音符の長さの調整をする。
どのパートから始めるかというのは結構人によって差があるようだ。ベース、ギターと入れてからメロディーを作るという人も結構多い。ギタリストには特に多い気もする。青葉の場合は最初にメロディーラインの発想があり、それに調和するように伴奏を作っていく。キーボード弾き、特に正規の教育を受けていないキーボード弾きにはこういう作り方をする人が結構いるかも知れないと青葉は想う。
それで青葉はメロディーがだいたい固まった所で、ドラムスのフィルインを自分のフィルインストックからコピペし、ギターのバッキング、ベースラインもキーボードから入力して調整する。
これで楽曲の基本はできたので何度か試聴して再調整した上で、その他のパート作りに進む。ここからは編曲作業である。
メロディ(和泉パート)のトラックを3度・5度下げて小風・美空のパートを作り、その上で各々調整を加えていく。そして蘭子のパート、ピアノ・サックスのパートも付加していく。このあたりは一応譜面に書いた上で入力するのだが、半ば即興で弾きながらその瞬間の思いつきでフレーズを入れたりもしている。最後に間奏を入れ、前奏とコーダも作り、更に調整を続ける。
かなりまとまり始めた所で、《ゆう姫》が言う。
『ちょっと鳴らしてみて』
『はい』
それで試奏させると姫が言った。
『なぜ琵琶の音が無い?』
『確かに!』
『しかし青葉、琵琶の演奏したことあるか?』
『無いです』
『だったら今日は特別に私が演奏してやるからそれを使え』
『ではお言葉に甘えます』
『この分は付けておくから』
『了解〜』
それで姫様が青葉の作った曲の試奏に合わせて演奏してくれたのを取り敢えず手書きで五線紙に書き取り、それを今度は打ち込んでみたのだが
『それは全然違う』
と言われる。
どうも弾き方そのものの問題があるようだ。つまり青葉の打ち込みでは琵琶の弾き方を再現できていないのである。
私、撥弦楽器やったことないからなあ、と青葉は思う。誰か琵琶が弾ける知り合いは居なかったっけ?
翌日、青葉は学校で空帆にこの曲を聴かせてみた。
「ああ、これは酷い。これは音だけ琵琶で中身はピアノだよ」
と言われる。
それで彼女に青葉の書いたスコアを見ながらギターで演奏してもらった。それを音で取り込んだ上でMIDIに変換し、音色を琵琶の音に設定する。
空帆は「さっきのよりはかなりマシ」と言う。《ゆう姫》も頷いてはいるがまだどうも不満な様子である。
「空帆、琵琶が弾ける人知らないよね?」
「うちのお婆ちゃんが弾ける」
「紹介して!」
青葉が冬子に電話して確認すると時間的な余裕はあるようであったので(政子に電話しても埒(らち)が明かない)、次の週末に一緒に空帆のお祖母さんの家にお邪魔した。それで空帆がギターで弾いたものを音色だけ琵琶の音に変換したものを聴かせると
「これは三味線弾きさんが弾いたような琵琶だ」
とおっしゃる。
「すみません。良かったら、おばさまに演奏して頂けませんか?」
「いいよ」
それで何度か今のを聴いてもらった上で、軽く練習してもらってから演奏してもらい録音することにする。その時、《ゆう姫》がすっと、お祖母さんの後ろに付いたのを青葉は見た。
演奏を録音する。
終わった所で
「お婆ちゃん、すごーい!」
と空帆が言った。
「私、今どうしたんだろう? 自分でも信じられないくらい上手く弾けた」
とお祖母さん本人も言っている。
《ゆう姫》がVサインをしている。この姫様も結構現代生活に慣れているなと青葉は思う。
ともかくも、空帆のお祖母さんの協力でこの曲は完成し、青葉は無事冬子の所にこのデータを送ったのであった。
しかしこのデータの琵琶パートを聴いた冬子は、この琵琶があまりに凄かったので冬子の親戚で琵琶の師範の免状を持つ名古屋在住の若山鶴風さんに聴かせた所、「これは人間国宝クラスの演奏」と言ったらしい。それで結局「青葉のデータの音をそのまま使ってもいい?」と打診され、空帆に確認の上OKした。
あまりにも素晴らしい仮歌や仮演奏をそのまま商品版に残すというのはしばしばこの世界ではあることである。
カーペンターズがデラニー&ボニーの『グルーピー』をカバーした時、楽曲制作の初期段階でのカレンの仮歌があまりに素晴らしかったので、それをそのまま活かしたと言われる(『スーパースター』のタイトルで発売)。また伊東ゆかりがカバーしたことでも知られるリトル・エヴァの『ロコモーション』は本来は別の歌手に歌わせるつもりだったのが、仮歌を歌ったエヴァがあまりに上手かったので、彼女が歌ってリリースしたという(異説もある)。
6月上旬。県内C市で10人以上限定のバンド大会が開かれたので、合唱軽音部全員で編成する《THSバンド》で参加することにした。1年生部員にはまだしっかり音を出せない子もいるので、真佑(Sp1) 佑希(Sp2) 友絵(MS) 芽生(A) の4人をボーカルに指名して歌を歌ってもらうことにした。
部員33名と顧問の今鏡先生で出かけて行く。
翼に「女子制服着ない?」と言ってみたものの、邦生が「お前ら、またセクハラしようとして」と言って停めてくれたので、スカートを穿いて列車に乗っていくなどということをせずに済む。翼は「吉田先輩ありがとうございます」と本当に感謝している雰囲気。しかしふたりがあまりにくっついていると
「どちらが攻めでどちらが受け?」
などと言い出す子も居て、セクハラは続く。
こういう大編成バンドはそう多くないので、富山県内と石川県内から3つずつ、長野県安曇野市・新潟県上越市・福井市から1つずつの合計9バンドであった。せっかく遠くから来たバンドもいるし、また大バンドは楽器の用意と撤去も大変なので、各バンド30分ずつの持ち時間で、途中休憩をはさんで10時から15時まで5時間に及ぶ大会となった。9バンド合計で参加者だけでも200人を越えるので、会場となったC市公会堂(定員500)が結構埋まっている感覚があった。
THSバンドはKARIONの楽曲を演奏した。
まずは元気に『海を渡りて君の元へ』を演奏してから『星の海』『月に思う』と演奏する。『月に想う』に含まれるアルトサックス三重奏は青葉・立花・久美子の3人で演奏した。青葉は自前のピンクゴールドのサックスであるが、立花もヤマハのYAS-280を買ってしまった(購入価格94000円)のでマイサックスである。また久美子も中学時代にブラスバンドでサックスを吹いていたということで自分のサックスを持っている。これは下倉楽器製AL100GL(販売価格約6万円)で先輩から2万円で譲ってもらったらしい。久美子本人がベル(朝顔)部分にマジックで描いちゃったクロミの絵が可愛い。
そのあと楽しく『白猫のマンボ』を演奏してから最後は『アメノウズメ』である。
この一連の譜面は、青葉がコネでKARIONの作曲者水沢歌月から横流ししてもらったこれらの曲のCubaseのプロジェクトを青葉と空帆が手分けしてバンド用に整備したものである。ただし超難曲『アメノウズメ』は作曲者自身が元々用意していた《簡易版》をベースにしている。それでもこの中に含まれる格好良い(=難しい)ピアノソロは康江さんが半月にわたる猛練習で弾けるようになったのでそれを披露することができた。康江さんが演奏した後、思わず客席から凄い拍手が起きていた。
大会が終わって高岡に帰るのにみんなで駅に移動する。それで駅舎内に入ろうとしていた時、駅前に立っていた男女が居た。青葉はその男性の方と一瞬目が合う。青葉は今、目が合ったことを無かったことにしようと思ったが、彼はわざわざ青葉の傍まで来た。
「川上君、奇遇だね」
「あ、竹田宗聖さんだ!」
と以前にも遭遇している数人から声が上がる。
青葉は仕方なく
「こんにちは」
と笑顔で返事した。
「悪いけどちょっと付き合ってくれない?」
と竹田。
青葉はため息をついて、先生に断った上で、竹田に同行することにした。
竹田と一緒に居た女性はC市内に住む森元さんという人であった。竹田は青葉のことを、まだ高校生なので看板は掲げていないものの北陸屈指の霊能者と紹介した。
「細かい異変はいろいろあるんです。階段の所に人が立っているのを見たりとか、夜中に枕元で誰か話していたりとか、ストーブ焚いているのに全然部屋が暖まらないとか」
そのあたりはよくある話だ。
「1月のことなのですが、夫がまだ出てこないのだけどと会社から連絡があったことがあって、それでこちらは7時に出たのにというので、どこかで倒れていたりしないかと大騒動したんです。でも夫はその後30分もしない内に会社に到着して」
「何があったんですか?」
「夫の言うには家を出たら物凄い吹雪で、前も見えない状態だったというんです。駅まで何とかたどり着いたものの電車が止まっているし、タクシーとかも見当たらないので歩いて会社まで来たと言うんですよ。携帯で連絡しようとしたもののつながらなかったと」
「そんな凄い吹雪だったんですか?」
「その日は朝から晴れていて、雪など全く降っていませんでした」
「なるほどですね」
と青葉が特に驚く様子もなくその話を受け止めたので、森元さんは何だか安心したような感じであった。
「夫は上司から嘘つくにしても、もう少しまともな嘘をつけと随分叱られたのですが、その次は母だったんです」
森元さんの家は、森元さん夫婦と3人の子供、それに彼女の母が同居しているらしい。
「その日は私が中学生の娘の三者面談があって学校に行ったので、母が買物に行ってくれたんですが、面談が終わって娘と一緒に帰宅すると、母がまだ戻ってないんですよね。それで連絡したら、迷子になって途方に暮れていると言うんです」
「ほほぉ」
「どこか近くに目印のある建物は無い?と訊いたら宮原って駅があると言うんですよね」
青葉は少し考えた。
「埼玉県ですか?」
「はい。そうです。結局、埼玉県の大宮の隣の宮原駅に居たんです」
「それは大移動ですね」
「後で大学生の長男が調べてくれたのでは、物理的には不可能では無かったそうです。母が家を出たのがお昼過ぎで、13時の《はくたか》に乗ると越後湯沢乗換で16時前に大宮駅に着くんです。母と連絡が取れたのが16時半くらいでしたので」
「お母さん、おいくつですか?」
と竹田が訊く。
「67歳です。本人もボケたんだろうかとその時は完璧に落ち込んでいたんですけどね」
「個人差はありますけど、まだボケる年齢ではないですね」
「ボランティアで地域の紙芝居サークルに参加していて、小学校や幼稚園などを回って紙芝居をして回っているんですよ。毎日たくさん絵を描いてますから本人もまだまだ若いと自信持っていたんですけどね」
「ああ、絵が上手なんですね」
「はい。今は事実上引退していますが、57-58歳頃まで、デザイナーとしてゲームの図案とかポスターとか作っていたんです。アドビ・イラストレーターの恐らく一番初期からのユーザーだと本人は言ってました」
「凄い!イラレ遣いですか!」
「ええ。紙芝居の絵も全部イラストレーターで描いて最終的にフォトショップで調整しているようです。近くのデザイナー学校で教えていたこともありますよ。うちにはPowerPCが搭載される前のMacintosh II fxなんてマシンが置いてあります。なんでも古いデータを見るのに必要とかで」
「当時スーパーコンピュータ並みのお化けマシンと言われた凄まじい機械ですね」
と竹田が言う。
「僕は当時とてもfxが買えなかったのでciを買ったんですよ。それでも当時周辺機器と合わせて120-130万投資した」
120-130万の投資ができる竹田がとても買えなかったって、いったい幾らしたんだ?と青葉は思った。
「祖母は性転換手術のために貯めてたお金で買ったと言ってました」
「お祖母さん、性転換なさったんですか?」
「冗談だと思いますけど。祖母が男装している所とか見たことないですし」
確かに女から男への性転換手術は200万円以上かかる。
やがて森元さんの家に到着する。
車を降りて青葉は顔をしかめた。
「原因はあれですよね?」
と青葉は竹田に言う。
「間違いないね」
と竹田も言う。
「もう原因が分かったんですか!?」
と森元さんは驚いている。
「あの高速道路、まだ新しいですね。いつ頃工事が始まりましたか?」
「昨年の夏から秋に掛けてあそこを切り開いて。冬の間も橋脚を作っていました。春になってから橋桁を渡したんです。あの高速道路が原因なんですか?」
「怪異が始まったのってその頃からですよね?」
「そういえばそうです!」
と言って
「霊道とかその類いのものですか?」
と森元さんは訊く。
「いや、霊道というよりあれは・・・・」
と竹田は言葉を濁した。
「お城ですね」
と青葉が言うと、竹田も頷いた。
すると森元さんが
「やはり」
と言うので、竹田と青葉は思わず顔を見合わせた。
森元さんの案内で取り敢えず家の中に入る。森元さんの夫は外出しているということだった。お母さん、それに大学生っぽい男の子と中学生っぽい女の子が居る。
「母の小百合、長男の喬と末娘の純です」
と森元さんは紹介する。
お母さんは若い。まだ50代に見えるし美人だ。性転換はやはり冗談だろう。
「初めまして、竹田宗聖と申します」
と言って、竹田は全員に名刺を配った。竹田の名刺は上半分は淡い水色・下半分は菜の花畑のイラストが描かれ、右端には彼のトレードマークである竹の模様の家紋が緑色で入っている。肩書きは《霊障相談家》となっている。
「お子さんは3人でしたよね?」
と竹田が訊く。
「ええ。高校生の子がもうひとり」
「まだ寝てるみたい」
と中学生の女の子、純が言う。
「みんなそれぞれ異変を経験して疲れているみたいで」
と森元さんは言う。
「悪夢はたくさん見るよね」
と純。
「どんな夢を見られましたか?」
「私は曲水の宴みたいなのに、十二単(じゅうにひとえ)を着て出ている夢を見ました」
と小百合。
「川の上流から杯が流れてくるので、短冊に歌を書くんですが杯を取ろうとしたところで目が覚めるんです」
「私はドレスを着て舞踏会に行く夢。凄く素敵なお城があるのよね」
と純。
青葉は訊く。
「そのお城の中に入りましたか?」
「入ってないんです。馬車を降りて、お城の入口にある階段を見ているんですけど、なかなか中に入れないんですよね。入口の所で素敵な感じの女性が手招きしてるんですけど」
「今度その夢を見ても絶対に入らないで下さい」
と青葉は言う。
「はい!」
と純は答える。
「なんかそのお城が凄く素敵なのに、なぜか怖かったんです」
と純は言う。竹田も頷いている。
「僕は侍(さむらい)の格好をしていて、船着き場で船に乗ろうとしているんです。みんなどんどん乗っていくんだけど、僕は乗らずに黙ってそれを眺めているんです」
と喬が言う。
「それも乗ったらだめだよ」
と竹田さんが言う。
「私は買物に行っているんです。大きなデパートがあって入ろうと思って眺めているんですけど、まだ中に入ったことは無いんです。それも入ったらいけなんでしょうか?」
「ええ。入ったら大変なことになりますよ」
と竹田が言う。
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【春宴】(1)