【春慶】(1)

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「だから、すっかり恋人たちの聖地になっちゃったんだよ」
と電話の向こうで彪志は言った。
「へ。へー!」
 
「地元のテレビが千葉市闇のスポット巡りとかいう番組を作ってさ。霊能者の竹田宗聖さんを招いて、闇スポットを見て回ったんだよ。5回連続の特集で」
「ふーん」
 
「冒頭が八幡の藪知らずで」
「千葉市じゃないじゃん!」
「竹田さんも言ってた」
「まあ、あそこはあまり関わらない方がいい」
 
「そう言ってた。例の踏切も出てきたよ」
「何かしてた?」
「青い街灯を付けたらどうだろうと言ってて、地元の町内会長さんが提案してみると言ってた」
「ああ、それは効果あるかもね」
 
「3回目があの噴水でさ。テレビ局が下調べしたのでは、あの付近に昔神社があったらしい。古い地図を確認してたよ。大学を作るというので、全部更地にしてしまったみたいだね。神社自体は移転させたらしいけど、どこに移転したかは不明と言っていた」
 
なるほどね〜。大学構内の噴水にしては随分大物の姫様がいると思った。あそこは多分、上総一ノ宮の関連社ではないかと青葉は思った。真珠の珠をもらったが、上総一ノ宮の御神体も珠のはずである。
 
「竹田さん『これはかなりの能力のある霊能者が最近きれいに処理してしまっている。これは闇スポットじゃなくてむしろ幸運の地になっている。美しい女神様に守られてますよ』と言ってた」
「ふふふ」
「それでレポーター役の谷崎潤子ちゃんがさ『女神様なら恋愛成就とか祈願してもいいですかね』と言ったら『ああ、カップルで来てもいいですよ』と竹田さん言ってた」
 
「うん、悪くないかもね」
「それであの噴水の所にカップルが大量に押し寄せ始めたんだよ」
「ははは」
 
「大学の生協が愛の鍵とかいって南京錠を近くの店舗で販売して、それを取り付ける格子を大学の許可を取って設置した。設置場所は竹田宗聖さんにアドバイスをもらったらしい」
 
竹田さんが決めたんなら変な場所ではないだろう。でも監修料をたくさん取ったろうな。
 
「あと、泉に背を向けてコインを投げ入れると片想いの恋が叶うとか」
「トレビの泉か?」
「それからあの池の縁に2ヶ所、ライオンみたいなレリーフがあったでしょ?その内の片方が口を開いているんで、そこに手を入れると、嘘つきは手が抜けなくなると」
「真実の口? まるでローマだね」
 
しかしたくさん人が訪れるのは悪いことではない。特に恋人がたくさん訪れていると、エネルギーが豊富に供給されるから、青葉が作った「仕掛け」は想定した年数より長くもつ可能性が出てくる。
 
「でもあれって、ひょっとしてライオンというより狛犬じゃない? テレビの画像見てて、ふと思った」
「正解だと思う。おそらく、あの近くに神殿があって、狛犬が2体守ってたんだよ。口を閉じてるのと開いてるのが対なのは阿吽(あうん)だよ。多分そういうのが分かっている人があそこを作ったんだと思う」
「やはり」
 
「噴水自体を復活させるともっといいんですけどね、と竹田さんは言ってたけど予算が足りない上に、昔の噴水だから循環式じゃないんだよね。それで水資源の観点からは難しいと大学関係者が言ったらしい」
 
「水道代も掛かるし」
「そうそう。今あの池の水は放射線施設の排水を完全浄化したものが流されているらしい。ガイガーカウンターでチェックしてたけど自然環境値以下ですねと言ってた
 
「ああ。それで水は供給されていた訳か。でも40年前に停めたものを復活させようとしたら工事のやり直しになるかもね」
「そんな気もする」
 

彪志との電話を終えてから、青葉はふと後ろに意識を向けながら訊いた。
 
『で、姫様はここが気に入ってしまわれたんですか?』
『ちゃんとあの池の所にもおるぞ。私は遍在できるんだ』
 
それだけ高レベルの存在だということなのだろう。
 
『でもここにもおられると』
『この空間が不思議と心地よいのじゃ。それにそなたにその珠の裏の使い方を教えてやりたいから。おぬし、どこぞのおばちゃん・・・あわわ・・・お姉様に表の使い方は教えてもらったようじゃが』
 
今のは美鳳さんがギロリと睨んだのだろう。格としてはこの姫様の方が多分上なのだろうが、パワーのある者には逆らえないというのもある。
 

9月15日のコーラス部の大会の後、青葉たちは今度は翌週の軽音部の大会に向けて練習に熱が入る。
 
軽音部の大会はAクラスとBクラスに別れており、それぞれに重複して出場できる。Aクラスは10人以上の編成なので、これには全員で参加する。バンド名は「THSバンド」(THS=T High School)とそのまんまである。演奏する曲目は『Sing Sing Sing』である。
 
Bクラスは9人以下で、2チーム出ることにした。
 
1つは軽音部1年生を中心とする《Flying Sober》。Gt.空帆 B.治美 Pf.真梨奈 Dr.須美 の4人に、Sax.青葉 Fl.世梨奈 Cla.美津穂 という木管セクションを加えたフュージョンバンドで演奏曲目は空帆のオリジナル曲『Love in the Air』
という格好いい曲である。空帆がギターを弾きたい!格好よく弾きたい!と言って自分の演奏をアピールする曲を書き、治美がじゃ私がベース弾くよと言って未経験のベースの練習をしてくれたのである。青葉たちは見学していたら「あんたらも参加し」と言われた。
 
もう1つは軽音部2年生を中心とする《Morning Teacup》。Gt.郁代 B.美香 KB.朝美 Dr.須美 の4人のロックバンドで曲はヴェンチャーズの『Diamond Head』
である。ドラムスの須美は2バンド掛け持ちだが、この大会では1人が複数のバンドを掛け持ちすることが認められているらしい(2人以上の掛け持ちは不可)。
 
結果的には須美は3つのバンドに出場することになるが、練習では1人では手が回らないので、この1週間は、昔ドラムスを叩いたことがあると口を滑らせてしまった吉田君を2年生バンドの練習に徴用していた。
 
「くにちゃん、そのまま本番にも出演しない?」
「その《くにちゃん》やめてくれない? 俺トラウマになりそう」
「また女子制服、着せてあげるからさ」
「いやだ。2度といやだ」
 
実際には軽音の大会は規約が厳しく、事前に全メンバーの名簿を提出しておりそれから増減も担当楽器の変更も認められない。つまり誰か1人でも当日風邪を引いたりしたらアウトなので、健康管理を徹底するよう、全員に通達していた。
 
なおメンバー表提出の時、学年・性別も届けなければならないので「性別」に関して、戸籍上の性別と学籍簿および実態の性別が違うメンバーがいるのだがということで主催者に尋ねたら、実態の性別で提出してくれと言われた。(確かに戸籍上の性別は現場でチェックのしようがない)
 
「じゃ、呉羽さんは女子ということで書類提出するね」
と顧問の先生が言っていたので、空帆が
「あ、川上さんも」
と言ったら、先生は
「川上さん、何か問題あった?」
と訊く。
 
「いや、彼女も戸籍上は男性だけど、学籍簿と実態は女性だから」
と空帆が言うと
「忘れてた!」
と言われた。
 
「たぶん川上さんが戸籍上男子なんて、誰も忘れてるよ」
「確かに」
 

当日、氷見市の会場に出かけて行く。これは北陸ブロック大会、つまり福井・石川・富山3県の合同大会ということであった。
 
10時からAクラス、11時からBクラスと聞いたのでAクラスは随分慌ただしいなと思ったら、Aクラスの参加バンドは3つだけだと聴いてびっくりした。青葉たちの高校のバンドと、金沢の私立高校の18人編成のバンド、敦賀市の公立高校の30人編成のバンドの3つのみであった。最初から「各県代表」という感じである。
 
「あと2バンド参加予定だったらしいけど、名簿提出していた部員の退団とかで出場できなくなったらしい」
「わあ、それ退団した元部員が恨まれそう」
 
「大編成バンドについてはもう少し規約を緩くして欲しいね」
「3〜4人のバンドならメンバーの交替はバンド自体の性格変更になるだろうけどね」
 
敦賀市の高校は『Moonlight Serenade』を演奏した。多人数の楽器から出る物凄いパワーをきれいにまとめたパワフルで情緒あふれる演奏だった。しかしこの人数で敦賀から氷見まで来たのは大変だったろう。人間だけなら大型バスに詰め込めるが楽器があるからバス2台に分乗だろうか。
 
金沢の高校は『Fly me to the Moon』を演奏した。少ない人数ながらも、金管楽器のメリハリが効いたシャープな演奏であった。途中でアルトサックスのソロを吹いた子が物凄く上手くて、青葉は闘争本能を刺激された。
 
そして青葉たちの出番である。ベニー・グッドマンのヒット曲『Sing Sing Sing』。最初はトランペットの魅せ所である。4人のトランペッターの内3人が経験者なので、このセクションはほんとにしっかり音が出ている。
 
その後トロンボーンがメロディを吹く。真梨奈以外は管楽器自体の未経験者ばかりで、まともに音が出るようになったのも8月の頭頃からという泥縄セクションになったが、何とかギリギリ間に合わせた感じである。その後またトランペットがメロディーを吹いた後、今度はサックスの出番である。サックスは木管楽器の経験者を並べているので比較的早くみんな習得した。青葉が東京で特訓を受けてきて、自分が習ったのをみんなに教えたのもレベルアップにつながった。青葉は一所懸命自分の楽器を吹いた。
 
その後一時的にクラリネットが主役になる。ここは美津穂の魅せ所である。スポットライトの当たる中、美津穂は気持ち良さそうにクラリネットを吹いている。フルートを差し置いてクラリネットが主役になる機会は普通なかなか無いが、ベニー・グッドマン自身がクラリネット奏者なので、こういう場面が用意されている。ここはある意味曲の中核だ。
 
その後全体で吹いてから、サックスのソロが来る。ここを青葉が吹かせてもらう。席から立ち上がり、スポットライトが当たる中で華麗にソロパートを吹く。
 
その後しばしドラムスのソロが入る。須美はほんとに楽器未経験者だったのにこの4ヶ月でよくドラムスをモノにした。ビートが物凄く正確だし乗りの良い打ち方をする。そこに空帆のギターソロをフィーチャーする、空帆のギターはほとんどプロ級なので、これを魅せるアレンジが妙である。その後、治美のトランペット・ソロが入る。何とも個人技を魅せる箇所の多い曲だ。それから最後に全員で合奏して演奏は終曲となる。
 
Aクラスの最後に演奏したのでBクラス出場校もかなり到着していて満席に近い会場から大きな拍手をもらい、青葉達は退場した。
 

「なんか凄くうまく行った気がする。優勝したら全国大会?」
「ああ。この大会は全国大会とはつながってない」
「あ、そうなんだ?」
 
「全国大会を称している大会はいくつかあるけど、北陸では予選は行われてないんだよねー」
「あらら」
「一応神奈川県の団体が主催している全国大会とか大阪府の団体が主催している全国大会とかには音源を郵送すれば審査してくれる。送ってみたけどどちらも音沙汰無いから落ちたみたい」
「それは残念だったね」
 
「この大会も全国大会と称してしまったらどうだろう? とこないだ金沢の某高校の人と話してたんだけどね」
「ああ。それもいいかもね」
 

15分ほどの休憩の後、Aクラスの審査結果が発表される。
 
1位が福井の高校、2位が青葉たちの高校、3位が金沢の高校だった。
 
軽音部部長の郁代さんが壇上に上がって賞状をもらってきた。実際問題として参加した3校が全部賞状をもらった。
 
「準優勝って凄いですよ」
「参加バンド数を知らなければね」
 
「でもこれ演奏者の人数順だったりして」
 

やがてBクラスが始まる。この会場は正面のフロントステージと、後ろ側のリアステージという2つのステージを持つので、両方を使って交互に演奏が行われる。セッティングの時間節約である。フロントステージはコピー部門で既存曲を演奏する。リアステージはオリジナル部門で、各バンドのオリジナル曲を演奏する(オリジナルが先に終わるのでその後は両方コピー部門)。ここでオリジナル曲は実際に演奏するメンバーの作詞作曲であることが求められている。同じ学校の生徒が作詞作曲した曲であっても本人が演奏するメンツに入っていなければコピー部門になる。色々と規約の厳しい大会だ。
 
「バンドの人数制限は無いの?」
「最低は3人になってる。実際2人じゃバンドにならないと思う。作芸人磨心(*1)さんみたいな特殊な例はあるけどね。上限は一応9人までだけど、PAにつなげられる線は6本だから、それ以上の構成の場合、一部の楽器は生で音を会場に響かせる必要がある」
 
(*2)「作芸人磨心」と書いて「サウンドマシン」と読む。富山では割と有名な大道芸人さんで、身体中に10種類ほどの楽器を装着し、ひとりでオーケストラを奏でる。
 
先に2年生バンド《Morning Teacup》の出番が来る。『Diamond Head』はもう50年も前に発表された曲ではあるが色褪せていないし、この曲を弾きこなすにはかなりのテクが必要である。郁代さんは最初全然弾けなかったので、他の曲にする?と言われたものの、空帆が弾くのを見ながら必死に練習して弾けるようになった(空帆は中学時代にかなり練習したらしい)。
 
「《Morning Teacup》って《放課後ティータイム》のパクリですか?って知合いの他の学校の子に訊かれた」
「あ、そういえば語感が似てるね」
「実はモーニング娘。のパクリだったんだけど」
「そちらか!」
 
《Morning Teacup》の10分後が1年生バンド《Flying Sober》の出番だったのでドラムスセットをみんなで手分けして頑張ってフロントステージからリアステージに運んだ。やがて前のバンドが終わり、その片付け終わるのを待ってこちらのバンドのセッティングをする。
 
「今気付いたけど《Flying Sober》って『焼きそば』?」
「何を今更」
「Flying Saucer : UFO : Fried Soba です」
「なんで?」
「うっちゃんがUFO焼きそば大好きだから」
「個人的な趣味か」
「誰も他に案を出さないんだもん」と空帆。
 
やがてスタッフの「どうぞ」の声を合図に演奏開始する。
 
7人編成だが真梨奈が弾くグランドピアノと、木管セクション3人はPAを使用しない。生楽器の音で響かせる。PAを使っているのはギター・ベース・ドラムスの3人のみである。
 
空帆のギターが中心になる曲である。ギターがひたすらメロディを演奏する。ピアノが和音、ベースが根音を奏で、青葉のサックス、世梨奈のフルート、美津穂のクラリネットは脇の方で彩りを添えたりカウンターを入れたりする。
 
それでも間奏では4小節の短いピアノソロの後、8小節のサックスソロがあり、そこは中央まで出てきてソロを演奏した。
 
後半また空帆のギターがひたすらメロディーを演奏する。そして最後はピアノ、木管が全て絡み合うように音を出して終曲である。
 
拍手をもらい、空帆が「ありがとうございました!」と挨拶する。実はスタッフが「どうぞ」と言ってからこの「ありがとうございました」までの時刻をストップウォッチで計られていて、これが規定の秒数を越えると採点対象外になるのである。
 
最初の拍から最後の音の余韻が消えるまでで良い合唱の大会とは違って全てが慌ただしいしガチガチだ。青葉はやはり、私、こちらの世界とは性(しょう)が合わない気がするという気分だった。
 

軽音大会のBクラスは、オリジナル部門が参加20バンド、コピー部門が40バンドだった。各々の持ち時間が5分なので予定通り進んでも5時間掛かる。しかしどうしても遅れが生じるので全バンドの演奏が終わったのは16時頃であった。
 
審査結果が発表される。残念ながら入賞はできなかったが、Flying Soberはオリジナル部門で20組中5位、Morning Teacupはコピー部門で40組中12位であった。
 
「まあ、どちらも比較的上位だね」
「また来年頑張ろう」
 

「だけどオリジナル曲部門はさ、やはり曲の出来の比重が高かった気がするよ」
と1年生の軽音部員・真梨奈が言う。
 
「私の曲、やっぱりダメだった?」
と空帆が言うが
「違う違う。うっちゃんのは充分優秀。でも10位以下のバンドはやはり曲で見劣りした感じがしたなと思ってさ」
と慌てて真梨奈は言う。
 
しかし空帆は親友の須美(ドラムス担当)に訊く。
「ねぇ、すーちゃん。正直に言ってよ。私の曲は何点だと思う?」
 
「そうだなあ。82点」と須美。
「なんだか微妙な点数だ」と治美。
「青葉にも訊いてみよう」と空帆。
「曲自体は88点。でも編曲で75点くらいになった」と青葉。
「採点きびしー」
 
「そうか、編曲か・・・」
「曲自体は2位のバンドがいちばん良かった。92点くらい。そして編曲も良かった。編曲で95点にしてる。でも演奏が1位のバンドの方が上手かった」
「1位のバンドの曲は?」
「曲で80点、編曲で90点にして演奏で95点にしたと思う」
 
「なるほど」
 
「曲は素顔、編曲はお化粧、そして演奏はファッションだよ」
「ほほぉ」
 

「ところで1位になったバンドのギターの子、あれ男の子?女の子?」
 
「どちらとも取れる雰囲気だったね」
「声も中性的だった」
「私は低音ボイスの女の子だと思った」
「私はハイトーンの男の子だと思った」
 
「青葉はどう思う?」
「男の娘だと思ったけど」
「結局、それか!」
 

「よし!次の大会に向けて、新しい曲を書こう!」
と空帆は言い出した。
 
「頑張ってね」
「今から書くから、みんな付き合ってよ」
「付き合うって?」
「そうだなあ。海岸とかに行ったら良い発想が浮かばないかな」
と言うと
 
「先生!」
と空帆は顧問の先生に声を掛ける。
 
「私たち、ちょっと次の曲の構想を練るのに、氷見漁港に寄ってから帰りたいんですが」
 
「いいけど、列車代は返せないよ」
「構いません」
「誰々が行くの?」
「私と須美と・・・」
と言ってから周囲を見回す。
「私も」と真梨奈。
「私も」と治美。
 
「じゃ、その4人?」
「あと、青葉と日香理とヒロミと美津穂もです」
 
突然名前を呼ばれて「ん?」と青葉たちは顔を見合わせる。
 
「了解。青葉ちゃん居るなら大丈夫そうね。あまり遅くならないようにね」
と先生は言った。
 
で、結局その8人が残る。
「なんかご指名されちゃった」
「青葉の信用度が高いみたい」
「お金持ってそうだからかも」
「今現金は3万しか持ってないけど」
「お金持ちじゃん!」
 
取り敢えずタクシー2台に分乗して氷見の道の駅に行った。
 
「氷見うどんでも食べながら考えようよ」
「ああ、腹ごしらえは大事だよね」
 
ということで、道の駅の中の食堂で全員、氷見うどんを頼む。
 

「私、最初これ見た時、これうどんじゃなくて、そうめんなんじゃと思った」
と長野県生まれの日香理が言う。
 
「実際作り方は、そうめんに似てるよね」
「手延べ方式だからね。うどんは普通、手延べせずに小麦粉を練った塊を切る。輪島そうめん−氷見うどん−大門そうめんというのが一連の流れで、元々は輪島そうめんから来てるからなんだけどね」
 
「あれ?輪島そうめんなんて知らないよ」
と輪島出身の空帆。
 
「いや、その大元の輪島そうめんは伝承者がいなくなって消滅したんだよ」
「へー」
「それで氷見うどんと大門そうめんだけ残っているんだよね」
 

「よし。次の曲のタイトル決めた」
と空帆。
 
「何?うどんの恋とか?」
「う・・・・」
 
「まさかね」
 
空帆は明らかに焦っている。
 
「えっとね。『細い恋の糸』っての、どう?」
「やはり、糸うどんから来たんだ」
「海を見る必要無かったね」
「まあ景色より食欲だよ」
 

食堂を出て、海に面した場所に座り、空帆はギター(エレキギターだけど)を取り出してそれを爪弾きながらメロディーを作っていく。
 
「そのサビが格好いいね」
「これを最初に思いついたんだよ。でもここミファソラーというのとレミソラーというのと、どちらがいいかなあ」
と空帆が迷うように言う。
 
「レミソラーの方がいい気がする」
と真梨奈。
「私もレミソラーに1票」
と青葉。
「よし」
 
という感じで、周囲の意見を聞きながら、空帆は30分ほどで曲をまとめて行った。
 
「誰か五線紙持ってる?」
「ああ、あるよ」
と言って美津穂が五線紙ノートを出す。
 
「ページ適当に破って使っていいから」
「サンキュー」
 
と言うと、空帆はノートの真ん中から見開きの紙を綴じ糸を傷つけないように外し、それに今作ったメロディーとギターコードを書き込んでいった。
 
「あとはアレンジ考えながらまた微調整しようかな」
「タイトルは『細い恋の糸』?」
「うーん。『細い糸』だけでいい気がした」
 
「やはり糸うどんなんだ」
 

氷見駅までのんびりと歩いて戻ろう、などと言っていたら、表通りに出る所にある道の駅のトイレの前で、バッタリと見たような顔の人と遭遇する。
 
「青葉ちゃん!」
「竹田さん!」
 
竹田さんは40代くらいの女性と一緒だ。
 
「青葉ちゃん、いい所で巡り会うなあ。君とはきっと色々縁があるんだよ」
と神戸在住の霊能者・竹田宗聖さんが言う。
 
「どうもまずい所で巡り会ったみたいなので、私はお邪魔せずに帰ります」
と青葉はにこやかに言う。
 
そして他の子たちを促して駅方面に行こうとしたが、
「待って、待って。ちょっと手助けしてくれる人が欲しいと思っていたんだよ。報酬はずむから手伝ってよ」
 
「どうもやばい案件みたいだから、遠慮しておきます」
「そう言わずに手伝ってよ。去年、鯖江の案件ではちょっと僕が手伝ったじゃん」
 
「そうですね。じゃ、あれの借りを返すということで」
 
この会話をしながら青葉はさりげなく、他の子たちと竹田さんたちの間にバリアを張り、他の子たちがこの問題の影響を受けないように気をつけていた。
 

「じゃ、ごめん、みんな先に帰ってくれる? 電車代足りる?」
と青葉は言う。
 
「うん。大丈夫だと思うよ」
と美津穂が言うので、バイバイして別れた。
 
「おやつ代とか恵んでくれたら青葉に感謝状を贈呈するけどね」
と日香理が言うので
 
「じゃ、これあげるよ」
と言って笑って、青葉は日香理に、モスの株主優待券(1000円相当)を渡した。
 
「おお。凄い!」
「みんなで食べて帰ろう!」
 
ということで一行は南の方角にある駅ではなく、西の方角国道160号沿いにあるモスバーガーの方に歩いて行った。
 

それを見送って青葉は仕事モードの顔になる。
 
「失礼しました。竹田さんには子供の頃から目を掛けていただいておりました。川上青葉と申します」
と青葉は竹田の連れの女性に挨拶する。
 
「この子は戦後間もない頃から昭和50年代頃まで《岩手の神様、おしらさま》とまで言われた大霊能者・八島賀壽子さんという人の曾孫娘で、実際問題として私より凄いんですよ。まだ高校生なので霊能者の看板こそ掲げていませんけど、これまでたくさんの難事件を解決しているんです」
と竹田さんが私を紹介する。
 
「それはそれは。お若いのに凄いですね。申し遅れました。佐藤と申します」
とその女性は名乗った。
 
「立ち話も何ですから、何か食べながらでも話しましょう」
 
と言って、竹田さんは道の駅の向かいにあるうどん屋さんに入る。またうどんか!但し、この店で出しているのは、さっき食べたのとは別の製造元のものである。
 
氷見のうどんの三大製造元が、高岡屋(氷見糸うどん)・海津屋(氷見うどん)・曙庵(綾紬)である。最初に始めたのは高岡屋だが、手広く商売してこの製品を普及させ「氷見うどん」の商標権を取ったのは海津屋で、仕方なく高岡屋の方は「氷見糸うどん」の商標権を取得した。道の駅の中のお店は海津屋の麺を使っており、この道の駅の向かい側にあるお店は、高岡屋の麺を使っている。
 
青葉たち3人は他の客の迷惑にならないよう、お店の隅の方に座った。青葉は更に自分たち3人を結界で包み込んでカプセルのようにした。こうしておけば、ここでもし何かやばい話をしても、この場所にその影響が残らない。竹田さんはその結界を感じ取って「へー」という顔をした。
 

「思えば10年くらい前からだと思うんです」
と佐藤さんは話し始めた。
 
「私の祖父が83歳で亡くなりました。それまでとても元気で、毎日ふつうに農作業などしていたので、びっくりしたのですが、まあ年かもねと当時は言っておりました」
 
「死因はご病気ですか?」
「ええ。お医者さんの診断では脳溢血ということでした」
「ほほぉ」
 
「でもその翌年、祖父の弟が亡くなったんです。2つ違いでしたから82歳でした」
「そちらは死因は?」
「新潟県中越地震で家の裏の崖が崩れて、押しつぶされて」
「わぁ」
「他の家族は逃げ出して無事だったのですが。こちらも祖父以上に元気で工務店を経営していたのですが、若い人に混じって現場に出て、お酒も豪快に飲んでて、みんなまだ60代だと思ってたみたいでした」
「元気な方が多いんですね」
 
「そうなんですよ。そちらの血筋は元々長生きの家系だとも聞いています」
 
「更にその翌々年2006には今度は祖父の妹の旦那さんが亡くなりまして」
「もしかして男の人ばかりが亡くなっているんですか?」
 
「そうなんです。それでちょっと続くねと言っていたのですが、5年前には今度は私の父が亡くなりました。67歳で、会社勤めからは引退していたもののシルバー人材センターに登録して毎日元気に草刈りとか掃除とか、バスの送迎とか、そういう仕事をこなしていたのですが」
 
「バスの運転ができるというのは、かなりお元気だったんですね」
「そうなんです。本当はどこかパートででもいいから働きたいみたいでしたが不況で見つからなかったんですよ」
 
「若い人でも仕事が無いですからね。そちらは死因は?」
「お医者様は心臓麻痺と言っていましたが、定期的に健康診断は受けていたのに、心臓が悪いとか言われたことなかったんです。血糖値もそんなに高くなかったですし」
 
「ちょっと怪しいですね」
「それで祖母がこれは何かあるかも知れないと言って、父の百ヶ日法要が終わったあとで、親戚も含めてみんなで神社にお祓いに行ったんですよ」
 
「なるほどねぇ」
「ああいうの効き目あるものでしょうか?」
「状況にもよりますが、基本的には気休めです。単純な《拾いもの》くらいなら、神社の敷地に入っただけで取れますし」
「ああ」
 
「ちょっと待ってくださいね。10年前に亡くなったお祖父さんというのは、お父さんのお父さんですか? お母さんのお父さんですか?」
「母の父です」
 
「系図を簡単なものでもいいので書いていただけませんか?」
と竹田さんが言う。
「分かれば生年月日と命日もリストアップして欲しいのですが」
「それは帰宅したら確認してFAXでもしますね」
 
と言って、佐藤さんは系図を書いた。
 
「うちは元々女系家族なんですよ。曾祖母も祖母も母も婿取りで。苗字はいづれも夫の苗字を名乗っていますが。うちの長男が80年ぶりの男の子だとか言ってました」
 
「そのご長男さんに何かあったんですか?」
「いえ。長男は無事なのですが、実は次男の方に心臓の病気が見つかって、来月手術するのですが、手術の結果次第ではペースメーカーを埋め込まなければならなくなるかも知れないと言われています。でもペースメーカーはいいとして、本当に手術が無事終わるか心配で心配で」
 
「次男さんは何歳ですか?」
「20歳、大学生です。長男は子供の頃から病弱で随分ハラハラさせられたのですが、次男は小さい頃から元気というか腕白で。高校時代はラグビーとかしていて、丈夫な子だったはずなのに」
 
「お子さんは4人?」
と青葉は訊いた。
 
「はい。あら?私言いましたっけ。男の子、女の子、男の子、女の子と互い違いに生まれたんです」
と佐藤さんが答える。
 
「そういうのを聞かなくても分かっちゃうのがこの子の凄い所なんですよ」
と竹田さんがコメントする。
 
「凄い!」
 
「で、すみません。話が前後してしまったかも知れませんが、もしかしてそれ以前にどなたかに異変がありましたか?」
 
「はい。4年前に私の夫が亡くなりました。まだ46歳でした」
「わぁ・・・」
 
「そして2年前には父の弟さんが大怪我して。こちらは何とか命は取り留めたものの、まだ仕事には出られない状態なんですよ。そして去年は夫が亡くなった後で私が再婚した新しい夫まで亡くなったんです」
 
青葉は10年前から亡くなった人の数を数えてみた。祖父・大叔父2人・父・夫・新しい夫で6人だ。やばいぞ、という気がする。竹田さんも同じことを考えている雰囲気だ。
 
「それでちょっと気になるものがあって」
「はい」
「実は10年前に亡くなった祖父が、亡くなる1年ほど前にどこからか買ってきた龍の置物があるのです。祖母は祖父の遺品だからということで大事にしているのですが、もしかしてそれに何かあることはないだろうかという気がして。祖母を説得して、どこかのお寺に納めさせようかとも思ったのですが、関係無ければ、それを大事にしている祖母に申し訳無いし、ひょっとして逆に守ってくれているのなら、手放すのはまずいし、ということで、どなたかしっかりした方に判断をしてもらえないかと思いまして」
 
「それで竹田さんに依頼なさったんですか」
「はい。こんな有名な方にお願いして受け付けてもらえるだろうかと思ったのですが、連絡があった時は嬉しかったです」
 
「僕はだいたい依頼事は1日で片付けていく主義なんだけど、今回ばかりは1日では済まないし、誰か手伝ってくれる人も欲しいなと思った時に、ちょうど青葉ちゃんに会ったんだよ」
と竹田さんは言う。
 
やれやれ。確かにこれは1日で片付く案件では無い。
 
青葉と竹田は亡くなった人のそれぞれの死因やその直前の様子などを尋ねた。また予め竹田さんが依頼して撮影してもらっていた、家の全体写真、その問題の龍の置物の写真、亡くなった人たちも含めた家族の写真なども見せてもらった。写真は竹田さんが預かっていた。
 

いったん佐藤さんと別れてから、道の駅の駐車場に駐めてあった竹田さんのプリウスに一緒に乗る。竹田さんは昨年まではクラウンに乗っていたのだが、最近この車に変更した。
 
「いや、クラウン乗ってたらさ、ぼろ儲けしてるんじゃないかと思われる気がして。庶民派のアピールにはプリウスの方がいいかなと思って変えたんだよ」
などと竹田さんは言っている。
 
「プリウス今売れてますからね。石を投げたらプリウスに当たる感じ」
 
「そうそう。でもガソリンの減り方が全く違う。クラウンの半分以下だよ」
と竹田さん。
 
「確かに減りませんよね。200kmくらい走っても燃料計の針が全く動かないから壊れてるのかと思ったことあります」
と青葉は言ってしまったが
 
「そういう発言は他の人がいる所ではしないように」
と竹田さんが注意する。
 
「まあ竹田さんだから言っちゃいましたけど」
と青葉も応じる。
 
「で、本星は何だと思う?」
と竹田さんが訊くので
「生霊(いきりょう)ですよね?」
と青葉は答える。
 
「たぶん。最初彼女のお手紙を見た時はてっきり土地の物かと思ったんだよ。12年前からその家の近くで高速道路の工事が始まったと書いてあったんでね」
 
「そういう工事が行われると、気の流れが完全に変わっちゃいますからね。だいたい高速道路って、しばしば神様の領域を侵食している」
 
「だから霊道動かせば解決するだろうと思ってやってきたんだけど、彼女に会った瞬間『しまった。読み違えた』と思った。生霊だったら受けるんじゃなかったと後悔した。僕、あの手のは苦手だから。青葉ちゃんも見た瞬間、生霊だって気付いたでしょ?」
 
「生霊かどうかまでは分からなかったですけど、呪い系統だなというのは分かりました。話を聞いている内に生霊だなと思いました。呪いを掛けた人物はまだ生きてますよ」
 
「女だと思う?男だと思う?」
「女でしょ。話を聞いている時に、おしろいの臭いがしましたよ。古いタイプの。もしかしたら、そのお祖父さんの愛人か何かかも」
 
「その臭いまでは分からなかった。でも青葉ちゃん、割と生霊得意だよね。僕の知っている範囲でも生霊の案件をこれまでに5件は処理している」
 
「私がやったんじゃないです。菊枝さんがしてくれたのとか、眷属の人が処理してくれたり、最終的には師匠に頼ったり。でもその師匠も今はいない」
 
「びっくりしたよ。瞬嶽さん。あの人まだ100年は生きるかと思ってたから。葬儀に行かなくてごめんね」
「いえ。竹田さんお忙しいし、御香典も頂きましたし」
 
「でさ、来月の次男さんの手術」
「このままだと命が危ないですね」
「だよね。となると、今から断るわけにはいかないよね」
「見殺しにしたら、今度は佐藤さんから、こちらが恨まれますよ」
 
「まあ僕はその程度は気にしないけどね。でも信用に関わるから」
 
まあ確かに竹田さんのように大量の案件を処理していたら、期待したほどの効果が出なくて依頼人から恨まれるくらいのことは、結構起きているだろう。青葉も過去に何度かその手の経験はある。
 

竹田さんは車を出して、青葉と一緒に問題の佐藤さんの自宅の近くまで行った。降りてその付近の空気を観察する。
 
「土地は特に大きな問題はないよね?」
「と思います。そこの高速ができたので、あそこの霊道が途切れてしまっていますけど、あれはあと数年したら、右側の迂回路の方に合流しますよね」
「うん。だから霊道の影響が出ているのは、あのあたりだから、佐藤さんの家は関係無い」
「だと思います。夜中にあの付近を歩いていたら幽霊くらい見るだろうけど、幸いにも人家が無いから。あそこにお地蔵さんがあるので、何とか大きな問題にぱならずに済んでいると思います」
 
「というか、あのお地蔵さんが引き受けてくれたんだろうね。よく信仰されているみたいだし」
 
青葉たちもそのお地蔵さんのところに百円玉を供えて合掌しておいた。帰りはふたりは高速に乗り、高速側から、その付近を観察した。
 
「ところでその写真の龍はどう思う?」
「無関係ですね。ただの物体です」
「ああ、やはり。僕もあまり怪しい気はしなかったんだけど」
「念のため、実物を見た方がいいと思う」
「来週くらいに確認しに行こう。来週都合が付く?」
 
「つけます。母に叱られそうだけど。高校卒業するまでは霊の仕事控えろって言われてたんですよねー」
「あはは。青葉ちゃんほどの人をみんな放置してくれるわけがない」
 
「竹田さんみたいな人がいますから」
 

それで竹田さんの車で高岡まで送ってもらった。竹田さんが一度母に挨拶しておきたいというので、寄ってもらう。
 
竹田さんを母に会わせたのは初めてだったので、母はびっくりしていた。
 
「あんた、竹田さんと知り合いだったんだ!?」
「小さい頃、よく飴玉とかもらってたよ」
「へー!」
 
「それで、大変申し訳ないのですが、お嬢さんを来週の日曜にもお借りできないかと思いまして」
と竹田さんは恐縮した感じで言う。
 
「何か危ない案件じゃないよね?」
と母は青葉に尋ねる。
 
「竹田さんが私に手伝ってくれというほどの案件だから」
「ちょっとー」
「でも大丈夫だよ。今回、強い味方がいるから」
と私は微笑んだ。
 

竹田さんには夕飯を食べていってくださいと言い、氷見で買ってきた鰤(ぶり)のサクを切って刺身にして夕飯にする。
 
「美味しいね! 氷見の鰤というのは聞いたことはあったけど、プリプリした食感もいい」
 
どうも竹田さんはダジャレのつもりで言ったようだが、母は気付いていない。
 
「冬になると脂が乗ってきて、もっと美味しくなるんですけどね。夏でも充分美味しいです。それに新鮮ですしね。これは今朝獲れたての鰤ですよ」
 
「でもこれから神戸に戻られるんですか?」
「夜通し運転していきますよ。高岡から神戸までなら南条あたりで仮眠しても6時間くらい。こちらを8時に出ても夜2時くらいには着くかな」
 
青葉は考えるようにして言った。
 
「今日はお疲れになっているから早めに一度徳光あたりで休憩して、その後、多賀付近で仮眠というのもいいかもですよ」
 
「ほほぉ」
 

食事中に青葉の携帯に着信がある。見ると盛岡の真穂(大船渡の佐竹慶子の娘)なので、そのまま取る。
 
「こんばんはー。免許証なら、テレビの下に落ちてるよ」
と青葉は電話を取るなり言う。
 
「え!? なんで免許証探してたって分かったの?」
と真穂。
「真穂さん、思念が強すぎるんだもん。電話掛かってくる30秒くらい前から分かったよ」
「すごーい。ちょっと待って」
と言って、テレビの下を探している様子。
 
「あった、あった! 助かった。あ、それでもう1件相談なんだけど」
「それから、最近真穂さんがメール交換している**さんは女の子だよ。言葉が少し男っぽいだけ」
 
「うっそー!!!!」
「向こうは単に友だちのつもりでメール交換しているだけだと思う」
 
「そうだったのか・・・・くそぉ、本気になる前で良かった」
「そうだね。のめり込んだ後で知ると辛いよね」
 
「あ、そうそう。それでさ。用件なんだけど、うちの大学の女子寮でこないだ自殺騒ぎがあってさ。発見が早くて助かったんだけどね」
「良かったね」
 
「それでちょっと噂になってたのよ。その子が住んでる部屋で、5年前にも自殺した子がいたという話があって。何か地縛霊でもいたりしないかな?」
 
「その寮の住所分かる?」
 
真穂が住所を言うと、竹田が自分のノートパソコンを出してすばやくその付近の地図を表示させてくれた。青葉は頭を下げて御礼をする。
 
「部屋の番号は?」
「***号室なんだけど」
 
青葉はその地図を眺めてみた。
 
「自殺があった部屋とは違うよ」
「え?」
「何号かは言わない方がいいと思うから言わないけど、5年前に自殺があったのは間違いなく別の部屋。真穂さんなら現地に行けばどの部屋かすぐ分かると思うけど」
 
「ね、まさかそちらに地縛霊とか?」
「そんなのは居ない。ちょっと霊的な跡が付いてるだけ。よほど心の弱っている人でない限り問題無い。あと一度お祓いすれば平気」
 
「やっぱりお祓いしたほうがいい?」
 
「自治会か何かに言って費用出させてお祓いするといいよ」
「分かった。話してみる」
 
真穂はしばしば学生の霊的な相談に引っ張りだされているので、いろいろ顔が利くようである。たぶんそもそもこの話自体も誰かから持ち込まれたものなのだろう。
 
「あ、そうだ。真穂さん、ちょっとお願いがあるんだけど」
「うん?」
「たぶん盛岡市内で手に入るとは思うんだけど、もし手に入らなかったら仙台まで行って買ってきて欲しいものがあるんだけど。新幹線代・送料に手間賃も出すから」
「いいよ。仙台まで行って、サイゼリヤのミラノ風ドリア食べてこよう」
 
「サイゼリアって盛岡に無かったっけ?」
「無いんだよねー。あそこのティラミスも好きなんだけど」
 

その週の水曜日、東京から作曲家の田中鈴厨子さんがやってきた。田中さんは耳に障碍を持っているのだが、今年の春から定期的に青葉のヒーリングを受けている。週末に相棒のゆきみすず(間島香野美)さんが歌手生活30周年の記念コンサートをして、田中さんがそのコンサートにゲスト出演して歌うことになっているので、その前にまた青葉のヒーリングを受けておくことにしたのだ。
 
「そうそう。土曜日にケイちゃんと会って、私が青葉先生の所に行くならとこれ言付かったんですよ」
 
と言って、田中さんはなにやら袋を渡してくれる。
 
「先週イギリスに行ってきたので、そのお土産ですって」
 
「ケイさんったら凄い! 大先輩の田中さんにお使い頼むなんて」
と青葉は正直な感想を言うが
 
「いやケイちゃんは忙しすぎるから。私はついでだしね。実際問題として、普通の作曲家の3倍くらいのペースで曲作りをしている一方で、ローズ+リリーとローズクォーツとKARIONを掛け持ちして、今年はそれにローズクォーツグランドオーケストラまでやっているのは恐ろしすぎる」
 
「KARION?」
「あれ?KARIONの件は青葉先生も知ってますからとケイちゃんから聞いたんですけど」
「ああ、田中さんにはバラしたんですか」
 
と言って青葉は顔が緩む。ケイがKARIONに関わっていることは《顧客の秘密》なので安易に他の人には話せない。
 
「いや、私は相棒の間島から聞いたんですよ」
「間島さんはKARIONの初期のプロデューサーでしたからね」
「うん。でも間島がプロデュースしてた頃は全然売れなくて。ケイちゃんといづみちゃんが共同でプロデュースするようになってから爆発的に売れたんですけどね」
 
「確かに実績的にはそうですけど、KARIONの方向性を作ってくれたのは間島さんだとケイさんは言ってましたよ。ただ間島さんのプロデュースは《実力のあるアイドル》という路線だったのを、もうアイドル忘れて実力派として突っ走ってみた結果、売れちゃったと。正直いくつか試行錯誤的な作品を作ってみてと思っていたら最初の試みが当たっただけだって」
 
「まあ、あの世界は何が当たるかって分からないですからね」
「ですよねー」
 

それで青葉はケイとマリのイギリス旅行のお土産を開封する。
 
「ぶっ」
さすがの青葉も吹き出した。
 
「何これ?」
「トゥトゥ・アンク・アムンというか日本ではツタンカーメンという読み方が定着してしまってますけど、そのミイラマスクのデザインの小物入れですね」
 
ツタンカーメンの黄金のマスクは以前大英博物館に収蔵されていた(現在はカイロ博物館にある)ので、その関連グッズなのだろう。
 
「不思議なものをお土産にするのね。私と間島は、エジンバラ城の衛兵の人形でしたよ。キルト穿いてる」
「マリさんの趣味でしょうね。マリさん特にスカート穿いた男性が好きだし」
「変な趣味だなあ」
 
「面白い人ですよね」
「マリちゃんって悪い意味じゃなくて、非常識のかたまりみたい」
 
「マリさんが無茶なこと言うのをケイさんが何とかしてあげようと頑張ることであの2人は活動している気がします」
 
「そうそう。原動力はマリちゃんですよね。でもそれを実現するケイちゃんのパワーも凄すぎる。ケイちゃんがいることでマリちゃんは伸び伸びとクリエイティブな活動ができるんでしょうね」
と田中さん。
 
「ケイさんは自分はマリさんの才能を引き出す役なんだと言ってました」
と青葉。
 
「でも天才を理解できるのは天才だけ。ふたりの出会いは運命的だったんだろうなあ」
と最後はどこか遠くを見るような顔をする。
 
「田中さんも間島さんとの出会いが運命的だったんですね」
「そうだねぇ・・・」
と田中さんは昔を懐かしむような顔をした。
 
「田中さんが天才型。間島さんが才能の引き出し役ですよね?」
「よく分かりますね!」
 
そう言ってから、田中さんは言った。
 
「でも私心配。みんなケイさん凄い凄いって言うけど、あれかなり無理してると思う。どこかで破綻するんじゃないかって気がして。あまり遠くない内に」
 

真穂からの荷物は木曜日に届いた。青葉は竹田と連絡を取り、いくつかの問題で確認をしておく。青葉は竹田からFAXでもらった、クライアントの家系図を眺めていた。
 

2013年9月28日。ゆきみすずの歌手30周年ライブが全国放送で中継され、日本全国で、耳の聞こえないはずの、すずくりこが、しっかりした声で歌ったことに驚きの声がこだました。
 
青葉もその放送を見ながら微笑んでいた。
 
翌29日。竹田さんが朝から来訪する。竹田さんのプリウスに乗り、一緒にクライアントの次男さんが入院している病院に行った。竹田さんもスーツを着ているし、青葉は高校の制服で行った。病院に巫女服で行くのは、他の患者さんに不安を与える恐れがある。
 
病院のロビーで佐藤さんと会い、一緒に病室に行く。60代くらいの女性と、23歳くらいかな?という感じの若い女性、それと同じくらいの年齢に見える女性がいる。お姉さんと妹さんかなと思った。
 
「母と、うちの子のTにNです。ベッドにいるのが次男のRです」
 
「もうおひとりは?」
今日は身体が不自由であまり出歩けない佐藤さんの祖母以外の家族に全員この病室に来てくれるよう要請していたのである。
 
「次女のFは部活に行っているので、もう少ししたら来ると思うのですが」
と佐藤さん。
 
ん? と思って青葉は考える。竹田さんも同じ事を考えたようで、一瞬顔を見合わせた。ここに女の子が2人いる。来てないのが次女? じゃ長男は??5人きょうだい???」
 
「あのぉ、長男さんは?」
と竹田さんが尋ねた。
 
「あ、私です」
と23歳くらいの女性。
 
えー!?と思ったものの、そんなの顔には出さない。
 
「あ、そうでしたか。失礼しました」
と竹田さんはごくごく平静である。
 
「あ、済みません。その件、お話してなくて」
と佐藤さんが恐縮したように言う。
 
「この子、小さいころ病弱だったもので、そういう子は女の子の服を着せて育てると元気に育つと言われて、女の子の服を着せていたら、大きくなったらこんなんになってしまって」
と佐藤さん。
 
「それは関係ないと思うけどね。私の元々の性格だよ」
と本人は言っている。声も完璧に女声だ!
 
「それは別に構わないのではないでしょうか。性別は自分で選べばいいんですよ」
などと竹田さんはチラっと青葉の方を見ながら言う。
 
そして青葉も竹田さんも、この呪いがなぜ長男に出ずに、次男に出たのかが良く分かった。
 
青葉も微笑んで
「Tさんは魂が女の子です。ですから、これで良かったんだと思いますよ」
と言った。
 

そんなことをしている内に、高校生の制服を着た次女のFがやってくる。
 
「では始めましょうか」
と言って竹田さんは病室に一瞬で結界を張った。このあたりのパワーはさすがである。
 
竹田さんはこの一週間色々調査し、また霊査なども行った結果、10年前からの異変は、ある人物による呪いであると判断したこと。その人物は生きているので、封印してしまうとか身代わりの形代に呪いを移すなどの霊的な対策が取りにくいこと。かといって既に6人も殺しているので和解は不可能であることなどを説明した。
 
「誰なんです? その呪っているの? 復讐したい」
とTさん。美人なのに激しいことを言う。
 
「復讐とかこちらからも呪うとかは不毛です。こちらが向こうを呪えば、結局こちらの運気も下げます。こういう場合は相手を自滅させてしまえばいいんです」
と竹田さんは言った。
 
青葉としては完全には賛成できないが、それはひとつの解決法である。逆に向こうが破滅してくれた方が、こちらの人たちが怨みの心を持ちにくい。怨むのも怨まれるのも不幸である。
 
「で、どうするんですか?」
とベッドで寝ている次男さんが訊く。
 
「みなさんには現在、相手からの呪いの糸が付いています。でもさっき私がこの部屋に結界を張りましたので、今相手は一時的にこちらを見失っているはずです。この糸を相手が気付かないうちにショートさせてしまいます。ここに6人いるので、2本ずつペアにしてショートさせると、結局呪いは本人に返るはずです」
 
と竹田さんは説明する。まあ、そんな単純な話ではないんだけどねー。でもふつうの人に説明するにはそのくらいが限界だろう。
 

「そんなんでごまかされますか?」
とTさん。
 
「向こうは素人なので大丈夫です」
と竹田さん。
 
「素人なのに、親父や祖父さんを殺したんですか?」
とTさん。
 
「この人、中途半端な霊的な知識があるんですよ。だから呪いを通すことができた。でもこの人、その代償として、既に身体をかなりむしばまれています。おそらく・・・・1年以内には死にます」
と青葉は言った。
 
「おそらく」という言葉を発してから少し考えていた時、ちゃっかり付いてきている《姫様》が『9ヶ月』と言ったので、青葉は1年以内と言ったのであったが。
 
「そちらの助手さんは霊媒か何かですか?」
「霊媒的な才能も高いですね。私は自分の後継者に指名しようかと思っているんですけどね」
などと竹田さんは言う。
 
「へー!」
 
「私たちも何かするんですか?」
と長女のNさんが尋ねる。
 
「みなさんにこれを書いて頂きたいのです」
と言って竹田さんは6人に般若心経のお手本と紙、筆ペンを配る。
 
「私は筆ペンよりふつうの筆の方が好きかな」
と佐藤さんのお母さん。
 
「用意しています」
と言って竹田さんは墨汁と硯に筆を渡す。
 
6人が般若心経を書いている。青葉はそっとベッドに寝ている次男さんのそばに寄ると「鏡」を使って、心臓の付近を観察した。
 
なるほどー。すると手術はここをこうして、こうするんだろうな、と想像する。確かにこれは難しい手術だ。神経を切ってしまう可能性は半々と言われたと言っていたが、むしろほぽ確実に切ってしまうのではないかという気がする。
 
 

ちょうどそこに主治医の先生が入って来た。何だか人数が多いし、みんなでお経を書いているので少しギョッとしたようだが、医師というのもだいたいポーカーフェイスである。平然として、患者の診察をする。
 
青葉は医師に尋ねた。
「クライアントは****ですね?」
 
女子高生がいきなり専門的な病名を言うので、向こうは少し驚いたようである。
 
「そうです」
「左心房と左心室の間に***の所にある病変を取り除かないといけないのでその結果、ペースメーカーが必要になる可能性があるんですね?」
 
「君、医学部志望か何か?」
「ええ。それに祖母が看護婦でしたので」
と言っちゃう。本当に看護婦だったのは、曾祖母であるが。
 

「こちらの方は?」
と医師は佐藤さんに訊く。
 
「祈祷師の方です」
「祈祷するのに、ターゲットの病変の箇所が正確に分かったほうが、そこに向かって気を正確に送り込むことができますので」
と青葉は言う。
 
「ああ、そういうことですか。しかし医学的な知識に詳しい方のようですね。MRIの写真を見た方がいいですか?」
「あ、お願いします」
 
と言い、医師の診察が終わった後、その場は竹田さんに任せて青葉は医師と一緒にナースステーションに行く。医師が自分のセキュリティを挿して、パソコンの画面に患者のMRI画像を呼び出した。
 
「ここは***ですか?」
「だと思います」
「すると、ここを0.3mmくらい切り取る必要がありますね」
「そうなんです」
「難しいですね。0.4mm行くと神経を傷つける。でも0.2mmでは病変が残る」
「君、外科的なことに詳しいね!」
 
お医者さんは青葉のことが気に入ってくれたみたいで、少し詳しいことまで教えてくれる。しかしこれって「自分が女子高生だからかもね」と思った。女の子であるということ自体が武器になる。
 
 
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【春慶】(1)