【春空】(2)

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青葉がT高校の面接を受けた日、美由紀の方は私立R高校の合格発表があった。もちろん合格していたが、入る意志がある場合、納付金の半分をすぐに収めなければならない(残り半分は公立高校の入試結果発表日が納付期限)。半分と言っても結構な額なので、ためらってしまうのだが、これを納付しなかった場合は、公立に落ちた時に行く所が無くなってしまう。
 
美由紀は「私絶対T高校通るから、収めなくてもいいよ」と言ったが、親は心配して「やはり納入しようか。公立に通ったら無駄にはなるけど」と言う。
 
それで青葉の所に電話が掛かってきた。
 
「私がT高校に通るかどうか、青葉、占ってよ」
「占いでいい訳?」
「だって青葉の占いなら信頼できそうだもん」
「えー、そんなの責任持てないよ」
 
とは言ったものの、青葉は美由紀の家まで行き、筮竹で易を立てて占った。
 
山雷頤(さんらい・い)の四爻であった。
 
「努力の時ってことですね。気を抜かなければ吉です。之卦(ゆくか)が火雷噬盍(からい・ぜいごう)になるので、噛み砕いてそれを栄養にするということ。つまり、あと一踏ん張り勉強すれば、その成果が実になって、ボーダーラインを越えられるということです」
 
「合格できる?」
「できる。但し、今から試験日までラストスパートで勉強を頑張るのが条件」
と青葉は断言した。
 
「よし、お父ちゃん、納入金は払わなくていいよ」
「ほんとに大丈夫か?」
「だって青葉が言うから間違いないよ」
と美由紀が言うので
「あっと・・・占いはあくまで占いなので自己責任でよろしく」
と青葉は改めて言った。
 
そして結局、美由紀は納入金は払わないという選択をした。これで公立高校の入試は「背水の陣」で臨むことになる。
 

青葉の方は、面接の結果は18日に所属中学への連絡ということになっていたが郵便なので翌日の到着である。19日に青葉は先生から「合格」と伝えられた。
 
「おお、一足先に合格を決めたか」
と言って、みんなから祝福される。他にも同級生で数人、あちこちの高校に推薦で合格した子がいて、それぞれ祝福されていた。
 
そして一般入試を受ける子は26日に願書を提出。試験日は3月12,13日となる。世梨奈は結局T高校に願書を出した。C高校かM高校かで迷っていた奈々美もC高校に願書を出した。
 
試験日まで青葉たちのグループは毎日勉強会を重ねた。実践試験形式でのテストも何度か重ねる。
 
「だけど本当にみんなしっかり実力付けてきたね」
「やはりみんなでやってるのが凄く効いてる感じ。ひとりではここまで頑張れなかったよ」
「美由紀は本当に合格できるかもね」
「うん。そのつもりで頑張る」
「呉羽はもう完全に女の子になっちゃったね」
「私、呉羽と身体が接触してても何も意識しないよ」
「そうそう。触った時の感触が凄く女の子っぽい」
「呉羽、高校入学前に性転換しちゃいなよ」
「えっと・・・・」
 
「よし、あと少し、ほんとにラストスパートで勉強頑張ろう」
 
なお、勉強会はだいたい学校が終わった後、毎日19時くらいまでしていたのだが、青葉の提案で、美由紀主宰のT高校勉強会も、奈々美主催のC高校M高校勉強会も、3月9日・10日の土日から、17時で打ち切り、メンバーにも22時には寝て朝6時には起きるリズムにするように勧めた。遅くまで勉強していて当日試験に遅刻したりしたら大変だし、試験前はむしろ体調を整えることを考えた方がよい、という趣旨だった。
 
「今更1%の知識を積み重ねるより、体調を20%アップした方が絶対良い点数取れるから」
と青葉は言い、日香理も「それ大手予備校とかでも言われてること」と言った。
 

3月11日・月曜日。
 
明日は公立高校の入試である。勉強会は今日も(短時間)行われるのだが、青葉は日曜日の勉強会まで出たものの、この日は学校も休んで、朝一番のはくたかに乗り、新幹線を乗り継いでお昼に一ノ関まで来た。大宮からは彪志も同行した。そして一ノ関の駅前から彪志のお母さんの車に乗せてもらい、大船渡に入る。
 
この日行われる、東日本大震災の犠牲者追悼式に出るためであった。青葉は特に市から招待状をもらっていた(別に交通費は出ないが)。
 
会場の周辺で、早紀や椿妃たち友人と落ち合い、色々話している内にまた涙が出てきた。
 
会場で市長などの献辞の後、14:46にサイレンが鳴り、黙祷を捧げた。
 
和実たちは同じ時刻に石巻で黙祷しているだろう。冬子たちも石巻に行くと言っていたが、同じ石巻市内でも多分別の場所だ。
 
会場では多数の献辞の後、4人組の歌唱ユニットXUXUによる献歌が行われていた。それを少し聴いたところで青葉はひとりで会場を出た。彪志には後でまた合流すると告げておいた。
 
お寺に行き、両親・姉・祖父母の墓の前に立った。ここにはひとりで来たかったのである。同じ敷地内で隣にある八島家の墓(曾祖父母や大叔母が眠る)に参った後、新しい墓の前で合掌して目を瞑ると、遠い世界に心が飛んで行く。青葉はそこで10分くらい合掌していた。
 
「おや、青葉ちゃん、こちらに戻って来てたの?」
声を掛けられて振り向くと、寺の住職・川上法嶺だ。この人は祖父・雷蔵の又従弟に当たり、祖母・市子とは中学の同級生である。考えてみれば自分の苗字・川上というのは、このお寺の住職の家系の苗字なのである。
 
「今朝富山を発ってこちらに来ました。ご住職、今日はお忙しいのでは?」
「なんか凄まじいね。朝から何十軒回ったか。息子たちと手分けして回っているけど、もう回った所を覚えてない。今、いったん戻って来てお布施とか献納されたお菓子とかお花とかお米とかを置いた所で、これからまた15軒くらい回る」
「大変ですね」
 
「あ、そうそう。瞬嶽さんは元気?」
「元気です。昨年のゴールデンウィークには師匠の庵にお邪魔して、回峰行を一緒にしましたが、パワフルですね」
「わあ、回峰行とかするんだ!」
「1日に60kmくらい歩くのを毎日続けているそうです」
 
「凄いな。。。ね、ね、あの人、実際問題として何歳なの?」
「それは誰も知らないんですよ。一番近くに居て連絡係をしているお弟子さんの瞬醒さんも知らないと言っています。100歳は越えてるんじゃないかとは思うんですけどね」
「やはり越えてるよね」
 
「電話とかでの連絡はできませんが、私にしても姉弟子の山園にしても、毎朝師匠の気配を感じますから生きているのは確かです。あの気配を感じない日が来たら、それが師匠の命日です」
「ああ」
 
住職は頷いた。
 
「そうそう、噂に聞いたけど、青葉ちゃん、本当の女の子になっちゃったの?」
「ええ。昨年夏に手術して完全に女になりました」
「凄いね! でも僕も君のことを男の子だと思ったこと無かったしね」
「ありがとうございます」
 
「ね・・・ふと思ったけど、ひょっとして青葉ちゃん、住職の資格持ってたりしないよね?」
「持ってますよ。師匠から因果を頂きました」
「おお!」
と住職は言ってから
 
「だったらさあ、檀家周りの手伝いしない? ホントに今週は大変でさ。手が足りないんだよ。君も川上一族のひとりだし」
「あはははは」
 

お墓参りをした後は、彪志に連絡して車で拾ってもらう。それからまず内陸部の住田町某所へ行ってもらった。
 
「ここが父の遺体が見つかった場所です」
そこは崖崩れが起きて、父もその下敷きになっていたのだが、今はもう復旧工事がなされてきれいになっている。
 
「結局、お父さんはどんな仕事をしていたか分からないのね」
「ええ。どうも複数の仕事を掛け持ちしていたようです。木材の売買もしていて、震災の時はその仕事をしている最中に崖崩れに巻き込まれたようです」
「ああ」
 
青葉は父が亡くなる瞬間のビジョンも見ていた。崩れてくる土砂に巻き込まれながら、父は最初母の名を呼び、そして「未雨、青葉、済まん」と言った所で土砂に押しつぶされてしまった。
 
震災直後の頃は、物心付いた頃から自分に暴力ばかりふるっていた父を心の中に受け入れていなかった。しかし今はもうとうに許している。
 
彪志と彪志の母の3人で、数珠を手に持ち、黙祷を捧げた。青葉が般若心経を詠唱し、彪志も唱和した。
 

続いて海岸まで戻り、大船渡市内でも北側の某所まで行った。母の遺体が見つかった場所である。
 
「お母さんのボーイフレンドの方も遺体は見つかったんだっけ?」
「母の遺体発見の翌月に見つかりました。身寄りがない人なので私がお寺の住職さんとふたりで葬儀をして。私は子供の頃から何度か御飯とか食べさせてもらったし、恩があるので、うちの墓には入れられませんけど、私が永代供養料を払ってお寺で遺骨は管理してもらっています」
「青葉ちゃん優しいね」
 
母たちが亡くなった時のビジョンも見ている。母は海の近くに住む祖父母の安否を気遣い、彼氏に頼んで一緒に助けに行こうとしていたのだ。しかし、間に合わずに津波に呑み込まれてしまった。祖父母を放置していれば自分たちは助かったかも知れない。だからこそ青葉は彼氏の方も供養するのである。
 
ここでも3人で合掌し、黙祷してから般若心経を唱えた。
 
母たちが亡くなった場所から1kmほど先に祖父母の家があった(現在は更地で土地は青葉に名義が移っている)。祖父母の遺体が見つかった場所から考えてふたりは実際問題としてこの家に居て津波に呑まれたものと思われる。ふたりとも足が不自由で、特に祖父は震災前1年くらいから半ば寝たきりに近い状態になっていたので、逃げるのを諦め、最後の時間を一緒に過ごす道を選んだのだろう。
 
ふたりが手を握り合って津波に呑まれるシーンだけ、青葉はビジョンで見ていた。
 
曾祖母が亡くなって母も崩れて行った後、頼りになる肉親というのは祖父母だけであった。小2から中1までの間、このふたりが事実上、未雨と青葉の保護者だったのである。色々な思いがあらためてこみあげて来る。
 
彪志が
「青葉、涙を流していいんだよ」
と言った。
「うん、ありがとう」
と言って微笑もうとしたが、微笑みにならず、青葉は泣いてしまった。彪志が抱きしめてくれた。
 

それから自分の家のあった場所にも行ってみた。元々この近くに曾祖母が住んでいて、その家では霊感がハンパにある祖母の妹に良くないというので少し離れた場所に別宅を建てたものである。曾祖母が亡くなった翌年、曾祖母の家の場所は道路開発に引っかかり、市に売却した。青葉たちが住んでいた家の方は元々は曾祖母から遺産相続した祖母の名義であったが、父が銀行からお金を借りて、祖母から買い取ったので、父の名義に移っていた。持ち家があることで父の仕事上の信用度が上がることと、年金だけでは生活が苦しい祖父母の生活の足しにするため、そういう操作をしていたらしい。
 
震災の後、青葉は両親に関する遺産相続について相続拒否の手続きを取った。乱れた生活をしていた両親がいくら借金をしているか調べようも無かったので相続するのは危険すぎたためである。青葉たちの家の土地は、現在は駐車場になっている。競売で取得した不動産会社がアパートを建てようとしたようだが、入居者の見込みが取れなかったらしい。
 
ここでは特に追悼するものは無いのだが、青葉はその駐車場に軽トラが2台駐まっているのを見て、感無量だった。
 
最後に再び海岸に出て、姉が死んだ場所に行った。姉は震災当時高校に居たので、他の生徒と一緒に高台に逃げていれば助かったはずなのである。しかし姉のボーイフレンドが「津波見に行こう」と誘い、愚かにもふたりは海岸に行った。そして津波にのみ込まれてしまった。
 
青葉はこのボーイフレンドのことだけは許せない思いであった。姉は亡くなった時妊娠していた。その問題もあって、この件に関してはどうにも怒りが込み上げてきていたのだが、この日青葉がその場所に立って海を見ていた時唐突に全てを許してもいい気がしてしまった。
 
「私、姉ちゃんとその彼氏のこと、許してあげようかな」
と青葉が言うと、彪志の母が
「うん。そうしてあげなよ」
と言った。
 
その時、突然新たなビジョンが青葉の脳内に再生された。
 
それは津波に呑まれてしまった次の瞬間の姉の映像だった。姉は「嫌だ。こんなの。誰か助けてよ!」と叫んだものの、水に呑み込まれてしまうと、早々に諦めてしまった。そして「青葉ごめん」とひとこと呟くように言ったが、その時、姉の目に涙が浮かんだ。そしてその涙がズームアップしていき、青葉が手にしていたローズクォーツの数珠に付けた3個の針水晶のひとつに重なって消えた。
 

瞬醒さんがこの真珠を「姉の形見」と言っていたのは、これが姉の涙だったからなのか。。。。
 
青葉はその場に立って居られなくなって、座り込んでしまった。
 
「青葉!」
慌てて彪志が青葉を抱き抱える。
 
「あ、大丈夫。でも少しそっとしといて」
「うん」
 
その時、青葉自身の守護霊が青葉に少し強い調子で声を掛けた。
 
『惑わされるな』
『え!?』
『世の中に《真実》というものは無い。様々な《見方》があるだけだ』
 
『この真珠の物理的な出所をご存じですか?』
『仙台市内で津波で亡くなった20代の女性住職の遺品。正座して観音経を唱えながら津波に呑まれた。そして死ぬ間際にこの数珠の数の108倍の命を救ってと願った。青葉の所に3粒来たのは、その人の誕生日が未雨の誕生日と同じであったことと、青葉が多数の人の命を救ってくれることを期待してのこと。他の真珠も色々な方面で人の命を救ってくれそうな人の所に行っている』
 
『じゃ私324人助けなきゃ』
『青葉は既に今まで221人の命を救っている』
『そんなに助けたっけ??』
 
『青葉、北海道の越智さんの仕事をかなりしてるでしょ。あの関連で青葉のお陰で死なずに済んだ人が今までに52人いる』
『へー』
『離島でお医者さんの命を助けた。あれで間接的に助けた人が現時点でも34人』
『ああ』
 
『一昨年の地震の時は山の上にいて、雪崩が怖いから下山しようかと言う先生を停めたでしょ。あれ下山していたら、下山の列に津波が来て青葉自身も含めてほぼ全員死んでいたよ』
『えー!?』
『というのもひとつの《見方》。真実は神様にだって分からない』
『・・・・・』
 
守護霊がこんなに会話に応じてくれるのも珍しい。たいていは短い示唆とかをもらえるだけだ。
 
青葉は守護霊からのメッセージを受け停め、再び立ち上がった。
 
『うちの姉は今どこにいるのでしょうか?』
『分かってる癖に』
 
青葉は頷いた。そして自分がひとりではないのだということを改めて認識した。そうだったんだ。。。。。曾祖母が自分の守護霊団にいるみたいだというのは曾祖母が亡くなって2年程経った頃から認識していた。今きっと・・・父も母も祖父母も、そして姉も、きっと自分のそばにいる。でも・・・そういう霊界のことより、もっと大事なものが自分にはある。
 
青葉はそばにいる彪志の顔を見てニコリと笑った。彪志がドキっとした顔をする。
 
私・・・きっと彪志との間に子供を作る。たくさんの先祖から遺伝子を受け継いで、今自分がある。そして自分の遺伝子を受け継いできっとたくさんの子孫が生まれていく。師匠はお前なら産めるから根性で産めなんて言ってたなあ。
 
私、男としての生殖能力は放棄しちゃったけど、何となく女としての生殖機能がどこかに眠ってる気もするんだよね〜。私、生まれる時に女としての機能をどこかに忘れて間違って男の機能を持って生まれて来ちゃったんじゃないかなあ。私の「生理」ってその印かも。なーんて、松井先生に言ったら一笑に付されるだろうけどね。
 
男女両性器を持つ場合は法的な扱いが全く変わるので、女の子として完璧すぎた青葉はMRIで綿密に「女性性器の痕跡」などが無いか検査されている。少なくとも手術前の医学的な検査では青葉に女性性器やその痕跡(残存子宮など)は存在していなかった。
 
青葉は彪志にキスをした。
 
それからあらためて3人で海に向かって黙祷を捧げ、それから般若心経を詠唱した。彪志も唱和してくれる。再度海に向かって黙祷し、青葉たちは海岸から引き上げた。
 

富山県の公立高校の入試は3月12,13日なのだが、岩手県は7日に既に終わっている。そこで、岩手の友人たちはみんなゆとりがあるため、青葉が今日こちらに来ると聞いて、早紀が「うちに来て〜。泊まってって〜」と言っていたので、そちらまで彪志の母の車で送ってもらった。
 
入試打上げ・兼・青葉迎撃オフという感じの夕食会となった。早紀・青葉の他に、椿妃と柚女が来ている。夕食のメニューは早紀がお母さんと協力して作ったオードブルで、鶏の唐揚げ、春巻き、フライドポテト、エビチリ、ミートボール、煮豚などである。
 
「みんなどこの高校に行くの?」と青葉は訊いた。
 
「私は隣町のT高校。合唱が強いみたいだから。多分通ってる」と柚女。
「へー」
「私は素直に地元のF高校。同じく多分通ってる」と椿妃。
「私は内申書的にF高校は無理と言われてG高校。あそこ落ちる人は多分いない」
と早紀。
 
「内申書的に無理って・・・・まさか内申書を知らなかったとか言わないよね?」
「ピンポーン♪ 12月の三者面談で初めて聞いた」
「それはうかつすぎる」
「何科に行くの?」
「情報科。それ以外の選択はあり得ん」
「まあ農業継ぐなら農業科、お嫁さんになるなら家政科、だろうけどね」
 
「しかし、みんなバラバラか」
 
「咲良は素直に八戸市内の高校らしい。今日が合格発表だったらしいけど、通ってたって。今朝連絡あった。結構な進学校みたい」
と早紀が言う。
 
「うんうん。こちらにもメール来てた。でも私が行く学校も進学校だよ。1年生の内から補習あるみたいだし」と青葉。
 
「富山は学区制あるの?」
「一応4学区に分かれているけど、隣の学区までは通えるから、西端学区と東端学区の子以外は、概ね好きな所に行ける」
 
「青森県は学区無いらしい。岩手も学区は廃止して欲しいなあ」
「岩手は細かく別れてるよね。今の時代、残っている県の方が少ない」
「学区のせいで随分優秀な人材が潰れてると思うよ」
 
「うちの中学のトップの子は盛岡の私立高校に行くって」と柚女。
「そうそう。学区制があると優秀な子は私立に行くしか無くなるけど、親が貧乏だと私立も無理だからなあ」
 

しばし進学のことで話が盛り上がった後、震災で犠牲になった友人のことで少ししんみりと話をした。
 
「ほんのちょっとした運命の綾だよなあ、助かったか死んだかって」
「うん。私も震災から半年くらい、自分は本当は死んでるのではと思うことあった」
「○○ちゃんのお母さん、なんでうちの娘だけが・・・って泣いていたよ」
「理由も原因も因縁も無い。全てを無差別に奪っていく。あまりにも無残すぎる災害だった」
 
「私小さい頃にさ」と青葉は初めてその話を友人たちにする。
「ある所で修行してて、自分自身が川の流れに流れて行ってしまったのを見たんだよね」
「へ?」
「で、あれは何ですか?と指導してくれていた人に訊いたら、あれは自分の《普通の人生》だって言われた。その時、私は《普通の人生》を捨てて、今みたいな《少し変わった人生》を選択したのね」
 
「《少し変わった人生》じゃなくて《大いに変わった人生》だと思う」
「そこ茶々入れない」
「へいへい」
 
「それでさ、その時言われんだよ。《普通の人生》を選択したら私は13歳で死んでいたって」
「へー!」
 
「今になって考えてみると、私は《普通の人生》だと震災で死んでいたのかも」
「あり得るね、それ」
 
その時、青葉は「震災の時に雪崩を避けようと下山していたら全員死んでた」
という守護霊が言ったことばを思い起こしていた。
 
「しかし青葉が男の子している姿は想像できんな」
「全く。中1の時にたまに学生服着ている時も、男装女子にしか見えなかったし」
「えへへ」
「だいたい学生服着てても、女子トイレ使うし、女子更衣室使うし」
「あはは」
「女湯にも一緒に入ったね」と早紀が言うと
「えー!?」と柚女が驚いている。
 
「また入りたいね」
「じゃ今年また一度行こうよ。夏休みとかに咲良も呼んで」
「そうだね」
 

その日は早紀の家に泊めてもらい、翌12日は朝から慶子の所に顔を出して、少し気になっていた案件を、直接クライアントの家を訪問して処理した。それから慶子の車で一ノ関まで送ってもらおうと思っていたら、££寺の住職・法嶺から電話が掛かってきた。
 
「青葉ちゃ〜ん。そちらの用事は済んだ?」
「あ、はい」
「じゃ、昨日言ってた件。檀家回りを手伝ってよ」
「えー!?あれ本当にやるんですか?」
 
「青葉ちゃん用に女性用の法衣も取り寄せたからさあ。業者さんが今朝一番に届けてくれた」
「うーん・・・」
 
そういう訳で、青葉は慶子の車で££寺に送ってもらい、真新しい法衣を身に付け、袈裟を借りてその上に羽織った。何かお経を読んでみてと言われたので観音経を暗唱する。
 
「おお。法満よりうまいじゃん。うちにお嫁に来ない?」
「済みません。もう私、婚約者いるので」
「それは残念。あ、婚約者って男の人?女の人?」
「男の人ですよ〜。私、女の子には興味無いです」
「あ、そうだろうね」
 
そういう訳で、その日の後半は大船渡市内で20軒ほどの檀家を訪問して震災で亡くなった人の御遺族のため、お経をあげた(数が多いので1軒10分+移動時間5分という慌ただしさ)。
 
いやに若い、しかも女性の僧侶が来たので、不安がっている感じの家もあったが、青葉が美しい節回しでお経を読誦すると「おっ」という感じの雰囲気に変わった。
 
中には数軒青葉を知っている人もあった。
「あれ? 今日はお坊さんなの? あ、いや尼さんか?」
「はい。私、住職の資格を持っているし、££寺さんとは親戚なので。ちなみに私、去年手術して本当の女の子になったから、尼さんですね」
と笑顔で言うと
「へー!」
と言われる。お経をあげると
「凄い。何だかとても聞きやすかった」
などとも言われた。アナウンサーの訓練を受けていることで言葉がより明瞭になった感もあるなと青葉は思った。
 
その日回った内の一軒は、コーラス部の先輩で学校から高台に避難する最中に津波にやられて亡くなった人の家であった。震災の日の昼休みまで青葉はその子と一緒に練習し、またおしゃべりして冗談なども言い合っていた。青葉は涙が出てくるのを抑えてお経を読み切った。そこのお母さんは
「後輩の青葉ちゃんに供養してもらって、あの子も幸せだと思います」
と言って涙を浮かべていた。青葉はお母さんの手を取って
 
「○○さんは今はもう安らかな状態にありますよ。そしてお母さんや妹2人を守ってあげると言ってます。その姿は無くても、みなさんの傍にいますから、みなさんも頑張って下さい」
と言った。
 
つい、自分の本職の方が出てしまった感じではあったが、お母さんは
「あぁ、やはり。あの子が近くにいるみたいな気がしてたんです」
と言っていた。
 

結局夕方19時頃まで檀家回りをして20時くらいに寺を出て、それから慶子が一ノ関まで送ってくれた。彪志の家を訪問して
「ごめんなさい。結局こんな時間になってしまって」
と言うが、お母さんは
「お仕事だもん。特に今日は津波で亡くなった人のおうちをたくさん訪問したんでしょう? お疲れ様でした」
と言っていた。
 
その夜、彪志はしたくてたまらない顔をしていたが
「ほんとに御免。今日は体力無い。おやすみ」
と言って、青葉は寝てしまう。
 
朝目が覚めてから、まだ寝ていた彪志を誘って1回だけHした。彪志は青葉がさっさと眠ってしまったので昨夜はもう我慢できず自分でしてしまったいたらしい。それで逝くのに時間が掛かった。
「ああ、朝まで我慢すべきだった」
などと悔しがっていた。
 
その日は午前中彪志の家で過ごし、お昼を食べてから彪志の母の車で花巻空港まで送ってもらった。今日は水曜日で、大阪のアナウンススクールに出席するのである。
 
14時の便に乗り15時半に伊丹空港に着いて電車で新大阪に出る。教室は20時からなので、3時間半ほど待つことになる。青葉は近くのカラオケ屋さんに入りローズ+リリーの曲を大量に予約投入する。それをBGMに、持参の毛布をかぶって仮眠した。
 

19時頃、携帯に着信があって目が覚める。美由紀からだった。美由紀は入試が終わったので、携帯を返してもらったのである。
 
「あ、おはよう。美由紀」
「おはよう?? 今ブラジルにでもいるの?」
「ううん。大阪だよ。今回もハードスケジュールだなあ」
「大阪?あれ?岩手に行ったんじゃなかったんだっけ?」
「岩手に行ったよ。震災で亡くなった人の家を回ってお経あげてきた」
「へー! そんなこともするんだ?」
「今日はいつものアナウンススクールで大阪だよ」
「あ、そうか」
 
「美由紀、試験はどうだった?」
「なんか凄く感触良かった。分からなかった問題はほとんど無かったし。多分通ってるんじゃないかなあ」
「それは良かった」
「青葉〜、念のため、合格してるかどうか占ってよ」
「はいはい」
 
青葉は荷物からタロットカードのケースを出すと、そのまま箱の中からタロットを1枚引きした。
 
が、1枚引いたつもりが2枚飛び出してきた!
 
「ワンドのエースに、ワンドの3。間欠泉みたいに突然勢いよく沸き上がるパワーに運命の転換。ギリギリセーフって感じ。スレスレで合格してると思う」
「やった!」
 

そのまましばらく美由紀とおしゃべりしている内に次第に目が覚めてくる。やがて19時40分になったので「じゃ、またね」と言って電話を切り、カラオケ屋さんを出る。そして駅近くにあるアナウンススクールに出た。
 
4月からは新設の金沢校に行くので大阪校に出るのはこれが最後になる。こちらに出たのはわずか6回ではあったが、クラスメイトの中には結構仲良くなった子もあったので、今回が大阪教室への出席は最後だというと名残を惜しんでくれた。
 
1時間のレッスンを受け、友人たちと握手したりハグしたりして、学校を出た。いつものようにお茶やおにぎりなどを買い、高速バス乗場に行く。そして22時の阪急バスで富山に帰還した。疲れが溜まっているのでバスの中でもひたすら寝た。
 

公立高校の合格発表は19日・火曜日である。青葉たちの勉強会グループ(青葉・美由紀・日香理・呉羽・美津穂・明日香・星衣良・世梨奈)は全員で一緒に見に行った。高校の近くで紡希とも遭遇したので一緒に学校の正面玄関まで行く。
 
その紡希は最初呉羽を認識できなかった。
「え〜!?呉羽君なの? どうしちゃったの?」
 
呉羽は今日も女の子の服を着て来ている。
「最近、呉羽はいつもこんな感じだよ」と明日香が言う。
「へー! まあ最近はそんな子も多いしね」
と言いながらも紡希は呉羽をまじまじと見ていた。
 
みんなで少しおしゃべりなどしながら待つ。
 
やがて発表の時刻、12時30分となる。
 
青葉は自分の受験番号があるのを確認した。合格内定通知はもらっていても、ちゃんと正式発表で合格を確認できるとホッとする。周囲の友人たちの顔を見る。紡希はポーカーフェイスだが、まあ合格したのだろう。椿妃は笑顔。ちゃんと社文科に通っていたようだ。今日も女の子の服を着て出てきている呉羽も笑みを浮かべている。理数科に通っていたのだろう。美津穂・明日香・星衣良も笑顔。大丈夫だったようだ。個人的にいちばん心配していた世梨奈。少し探している雰囲気だったが、やがて笑顔に変わる。手許の受験票と見比べている。頷いている。通っていたようだ。
 
そして美由紀!
 
何だか難しい顔をしている。
「美由紀、どう?」
「番号無いみたい」
「えー? 受験番号は何番?」
「2216」
 
青葉が見てみると、2214の次が2217だ。落ちた!?
 
えー、どうしよう?と思った時、世梨奈が言う。
「美由紀の受験番号が2216ってのは有り得ない。だって私の受験番号が2202だよ。美由紀、私より5〜6個前の方に座ってたから、私より受験番号若いはず」
「ああ、私が2199だけど、私よりも少し前だったね」と日香理。
 
青葉は尋ねた。
「美由紀、受験票見せてよ」
「持って来てない」
「家に電話してみない? お母さんに受験番号確認してもらおう」
「うん」
 
美由紀が電話をするとお母さんは「どうだった?」と訊いた。
それに対して美由紀が「お母ちゃん、私の受験番号何番だっけ?」と尋ねるとお母さんは呆れていたようだ。美由紀の部屋に行って受験票を見つけ出し、電話口の所まで持って来た。
 
「2196だよ」とお母さん。
「2196だって」と美由紀が言うので、みんなで合格発表の受験番号を見る。
 
「やはり無い・・・・」
 
普通科の合格者受験番号を見ると、2195の次が2197になっている。結局ダメだった? 青葉は合格しますよなんて占いをしたことに責任を感じた。取り敢えずどう美由紀を慰めようかと思った時。
 
「あ」と日香理が声をあげる。
「どうしたの?」
「2196は社文科の合格者一覧にあるよ」
「へ?」
 
社文科の合格者一覧を見る。日香理の受験番号2199の前に 2196という数字が書かれている。
 
「うっそー!?」
「なんで!?」
 
「美由紀、社文科受けたんだっけ?」
「えっと・・・・私、普通科にしたけど・・・・第二志望まで書く欄があったから、第二志望欄に社文科って書いといた」
 
「つまり、美由紀は第一志望の普通科に落ちて、第二志望の社文科に通った?」
「えーーー!? だって社文科の方がレベル高いんじゃないの?」
 
「うーん。。。。。」と日香理が一瞬悩んだが
「あ、分かった」と言う。
 
「どういうこと?」
「つまりさ。この学校、毎年入試成績の上位は理数科・社文科の生徒で占められてるんだけどね」
「うん」
「入試成績ビリの方も理数科か社文科に回されちゃうのよ」
「へ?」
「だって、理数科も社文科も授業が多いし、ゼミとかしないといけないし研修とかまであって大変でしょ。だから志望する子の絶対数が少ないから第一志望が理数科や社文科の子で、合格の最低ラインを越えている子だけでは定員に満たない年もあるんだな」
「はあ?」
「その場合、普通科の合格ラインに微妙に届いてない子をこちらに回して定員ちょうどにする」
「う・・・・」
「要するに併願している生徒は、成績順に第一志望に振り当てて、残った子は第二志望に回すシステムなのよね。あと合格者の男女比を若干調整するからギリギリの成績の場合は女子が有利」
 
「つまり美由紀はホントにぎりぎり、女子特典・滑り込み合格で、普通科からあふれて社文科に回されたんだね」
「ひゃーーー!」
 
「取り敢えずお母さんに合格したって伝えなよ」
「あ、そうだった」
 
慌てて美由紀は電話の向こうの母に合格を伝え、おめでとう!と言われていた。私立の納入金を払わずにこちらに賭けていたから、お母さんも本当にホッとしたであろう。
 
「てことは結局、私と日香理と美由紀、同じクラスになるのか」と青葉。
「だね。しかも社文科も理数科も3年間クラス替えが無いから、ずっと同じクラスだよ」
と日香理。
 
「あはは。じゃ、仲良くやろう」と美由紀。
「うん」
 
3人は握手を交わした。
 

明日香がC高校を受けた奈々美に、世梨奈がM高校を受けた燿子に電話していた。
「C高校組、全員通ってた」
「M高校組も全員通ってた」
「おお。めでたい、めでたい」
 
T高校の先生が
「合格していた人には入学手続きの書類をお渡しします。受け取りに来て下さい」
と言っていたので、みんなで列に並んで受け取る。
 
青葉は美由紀の次に並んだ。美由紀は受験番号と名前に本人確認のための生年月日を言って受け取ると本当に嬉しそうにしていた。
 
「受験番号37、川上青葉、平成9年5月22日生れです」
と言って青葉も書類を受け取る。何が入っているのかと思い、取り敢えず出してみる。その時、青葉の次に並んでいた呉羽が
「受験番号2087・呉羽大政、平成9年4月3日生まれです」
という声が聞こえる。すると
 
「ん?ご家族の方ですか?」とT高校の先生。あぁぁ。。。。
「あ、いえ。本人です」
「あれ? 君、女子? 男子みたいな名前だね。受験票か生徒手帳持ってる?」
「あ。済みません。忘れてきました」
 
青葉は横から口を出した。
「新谷先生。この子、間違いなく呉羽本人です」
「ああ。君は川上君だったね?」
「はい。その節は学校を訪問した時に図書館で案内して頂きまして、ありがとうございました」
 
近くに居た紡希も寄ってきた。
「私も証言します。この子は確かに呉羽さんです。あ、私はこの子が所属するクラスの学級委員です」
 
「了解です。ふたりも証言がありますし。じゃこれ書類ね」
と言って新谷先生は書類の袋を呉羽に渡してくれた。
「ありがとうございます。お手数お掛けしました」
と言って呉羽は書類を受け取る。
 
しかし青葉は思った。
このやりとりで、呉羽、性別を女子に訂正されてしまったりして・・・・
 

紡希も含めて(当然呉羽も含めて)T高校に合格した女子で取り敢えず駅に戻り自販機のジュースで祝杯をあげる。紡希が代表して先生に電話し、このグループ全員の合格を伝えた。
 
「女子でT高校に合格したのはここにいる9人だけみたいね」
「わあ」
「男子では7人」
「へー」
「今年は女子の合格者の方が多いのか」
「あ、さりげなく呉羽は女子に分類されてるね」
「え?呉羽は間違いなく女の子だよ」
 
「この後の予定はどうなるんだっけ?」
と明日香が言いながらもらった書類を見ている。
 
「合格者説明会が土曜日だね」
「それまでに同封の振込用紙で入学金を振り込んで、当日振込票を見せる、と」
「説明会の時に教科書とか、体操服とかを購入するみたいね」
「制服はどうするんだっけ?」
「指定店で採寸して購入してくださいだって」
「ああ。学校で採寸するんじゃないのね?」
「指定店はいくつかあるみたいね」
「そのどれかで頼めばいいんだ?」
「そうそう」
 
制服の話をしている時に呉羽がそれを興味深そうに聞いているのを見て、青葉は呉羽、女子制服作りたい気になってるのかな? と思った。ちなみにこの高校は男子はふつうの学生服なので、中学時代に着ていた服そのままで良い。襟に校章を付けるだけだ。
 

呉羽はその日家に帰り、女の子の服装のまま数学の問題集をしていた。ずっと毎日勉強していたので、入試が終わっても何だかつい勉強してしまうのである。
 
やがて16時になった所でお米を研ぎ、タイマーをセットする。夕飯の買物に行くのに男の子の服に着替えようかな・・・と思ったものの「まあいいや、このままで」
と呟いて、女の子の格好のまま買物に行った。
 
30分ほどで戻ってくるが両親はまだ戻っていない。呉羽はそのままの格好で晩御飯のシチューを作り始めた。材料を切ってIHヒーターに掛けた鍋に入れ煮る。タイマーを20分セットして自分の部屋に戻った。
 
時計を見ると17時20分だ。母は18時頃戻るはず。それまでには男の子の服に着替えなきゃと思いながら自分の部屋のコタツで本を読んでいて・・・眠ってしまった!
 
「ヒロちゃん、ヒロちゃん」
と揺り起こされて目を覚ます。
「あ、お母ちゃんお帰り」
その時、呉羽は寝起きで頭が回っていなかった。
 
「コタツで寝てたら風邪引くわよ」
「あ、うん」
「あら、でもヒロちゃん、可愛いセーター着てるね。ミチのでも借りた?」
「あ・・・これは僕の」
「へー。そんな可愛いの着るんだ」
「うん。まあ」
 
「台所のお鍋、何入れるんだっけ?シチューの素?カレー粉?」
「あ、シチューの素。僕入れるよ」
 
と言って呉羽はコタツから出て台所の方へ行きかけた。すると母がえ?という顔をしている。ん?と思って呉羽は自分の格好を見て・・・・
 
スカートを穿いていたことをやっと思い出した!!
 

呉羽は取り敢えず台所の鍋にシチューの素を入れ、タイマーで10分セットした。御飯も炊きあがっているのでかき混ぜる。
 
そして居間のコタツの所に座った。
 
「私ね・・・もしかしたら、ヒロちゃん、女の子の服を時々着てるんじゃ、と思ったことある」
と母は言った。
 
「私、女の子になりたいの」
と呉羽は普段の「息子を装っている」時の口調ではなく、女子の友人たちと話す時の「女の子っぽい」口調で話した。
 
「そっかー」
と言ったまま母は黙ってしまった。
 
が思い出したように
「あ、ごめん。今日、高校の合格発表だったんだよね?どうだった?」
と訊く。
「あ、うん。合格してたよ」
「おめでとう! 御免ね。付いてってあげなくて」
「うん。大丈夫。私も4月から高校生だもん。ひとりでできるよ」
呉羽は相変わらず女の子口調で話す。
 
「それで土曜日に合格者説明会があるんだけど」
「わあ、ごめん。今決算前だから特に土日は仕事外せなくて」
「大丈夫だよ。教科書や体操服を買うお金ちょうだい。それと、前日までに入学金を振り込んでおいて欲しいんだけど」
と呉羽は振込票を渡す。
「了解。明日昼休みに振込に行くよ。教科書代は金曜日に渡すね」
「ありがとう。それと制服を頼まないといけないらしくて」
 
呉羽は女子たちが制服のことを話していたので、てっきり「男女とも」制服を作るものと思い込んでしまったのであった。
 
「幾らくらいだっけ?」
「うーん。分からないけど2〜3万じゃないかなあ」
「OK。採寸は?」
「これ指定店のリスト」
「じゃ、取り敢えず採寸に行っておいで」
「うん。分かった」
 
結局その日母とは性別問題についてはそれ以上会話は無かった。
 

そういう訳で翌日、呉羽は「制服」の採寸に出かけた。最近外出する時はもう女の子の格好がデフォルトになっていたので、つい女の子の服を着てしまったが、「男子制服」の採寸に女の子の格好じゃまずいよなと思い直し、スカートを諦めてズボンを穿いた。但しこのズボンも女物で、前開きなどは無い。ウェストがゴムで伸びるのでそのまま穿けるタイプである。伸縮性のある分、お股の形が出やすいのだが、こういうものを穿いても、特に突起物が見られないことに呉羽は満足していた。
 
そして呉羽は他の子とかちあうと何となく恥ずかしい気がしたので、指定店の中でもいちばん遠くにある店までわざわざ出かけた。
 
「こんにちは。T高校に合格した者ですが、制服の採寸に来たのですが」
「あ、はいはい。合格おめでとうございます」
「ありがとうございます」
「お名前よろしいですか? 最近無関係の人がコスプレ用に制服を調達しようとするというので、合格者のリストと照合するように言われていて」
「あ、はい。呉羽大政です。住所は******」
 
「くれは・・・くれは・・・あれ?」
「ありません?」
「あ、あったあった。最後に書き加えられてた。ごめんごめん。じゃ測りますね」
 
お店の人は呉羽の身体のあちこちにメジャーを当ててサイズを測る。バストの所にメジャーを当てられた時はドキッとした。最近急速に成長している乳房の特に乳首は物凄く敏感だ。
 
「上着の着丈は標準でいいですか?」
「あ、はい」
「ウェストが今測ると67ですけど、余裕持って作っておく?このままにする?」
「あ、ウェストはあまり大きくなる予定無いから、そのままで」
「了解。バストは成長期みたいだから、少しゆとりを作っておいた方が良さそうね。スカート丈は膝より少し上くらいでいい?だいたいみんなそのくらいなんだけど」
「はい、それでいいです」
 
「だいたい10日くらい掛かるんですけど、あなた早めに来たから一週間くらいで出来るかも知れません。出来たらお電話しますね」
「はい、よろしくお願いします」
 
それで呉羽はお店を出た。
 
そして帰る途中でふと変な事に気付いた。ん?なんかスカート丈とか言われた??うーん。。。気のせいだよね。ズボン丈と言われたのを自分がスカート穿きたいからスカート丈と聞こえたんだろうな。
 
と思ってから。。。。あぁ。。。スカートの制服着たいなぁ・・・と呉羽は思い、はぁと大きく溜息を付いた。
 

公立高校の合格発表が19日火曜日にあって、中学の卒業式は22日金曜日なのだが、その間は曖昧に事実上の自由登校の雰囲気で出欠も取られなかった。青葉は20日は朝から出てきたのだが、教室に誰も人がいないので!?と思う。3年生の別のクラスの副担任の先生が通り掛かり、青葉を見て
 
「あら、川上さん、あなたまさか公立落ちたんじゃないよね?」
 
などと訊いた。どうも今日出てきている子は公立に落ちてしまって、その対応を中学の先生と話し合いたい子だけのようであった。(どこかの二次募集に応募するかあるいは定時制や単位制高校への進学を考えるか)
 
明日香に電話してみたら「ああ、誰も出て行かないよ。特に今日は。青葉〜、一緒に制服の採寸に行かない?」などというので、青葉は結局曖昧に学校を早引きして、明日香たちに合流する。商店街のウィンドウを眺めながら散歩して、高校の指定店に行き、採寸をしてもらった。
 
「でもT高校の制服、可愛いなあ」
「このスカーフが独特だよね〜」
「でもセーラー服は中学だけで高校はブレザーなのかと思った」
「どうも、伝統校だけはセーラー服を守ってるみたいなんだな」
「へー」
 
「ね、ね」と世梨奈が切り出す。
「呉羽さ、女子制服作ったりしてないよね?」
「ああ。どうだろう? 私たちだいぶ唆したけど、まだそこまで勇気無いんじゃないかなあ」
「ああ、多分男子は勝手に作れないと思うよ」と紡希が言う。
 
「最近変な目的のために高校の女子制服を買おうとする男とかいるらしくてさ」
「ふーん」
「身長185cm, ウェスト89とかのセーラー服を買おうとする輩がいる訳よ」
「えっと、そういう女子高生もいるかもよ」
「うん、まあ本当に女子高生ならそれでもいいけどさ」
「ちょっと想像してみた。ちょっと勘弁してくれと思った」
「身長164,体重51の有岡君がセーラー服着るなら許してあげるけど」
「ああ、あの子顔立ちも優しいしね」
 
「それで学校から各指定店に合格者のリストが渡されていて、そのリストに無い人は注文できないようになってるんだよ」
「へー」
「じゃ呉羽が女子制服を作るためには高校にそれを認めてもらうしかない訳か」
「親にもまだカムアウトできてないってことだし。道のりは遠いかもね。でも高校卒業までには女子制服になるかも」
「ああ。呉羽はそういうコースって気がするよ」
 

「あ、そうそう。高校に合格したらみんなで温泉に行こうなんて話あったじゃん。あれ、いつにする?」
 
「あ、その件なんだけどね」と美由紀。
「例の温泉旅館やってる親戚に聞いてみたんだけど、春休み中は客が多いから、もし良かったら4月の中旬くらいにできないかというんだけど」
「ああ、それはいいんじゃない」
 
「高校は新入生合宿とかは無いの?」
「えっとね、K高校とS高校はやらないって。他の公立5校・私立3校はあるらしい」
「日程確認できるかな」
「うん、聞いた」と言って明日香がメモ帳を開ける。友人の多い明日香はどうも事実上の同窓会幹事になりつつあるようだ。
 
「D高校は4月の4-5日、M高校は6-7日、L高校は9-10日,J高校は11-12日。H高校は13-14日。この5高は同じ施設使うから日程がずれる」
「なるほど」
「T高校とC高校、R高校は各々校内の施設を使って10-11日」
「なるほど」
「それからT高校とC高校は新入生抜き打ちテストがある」
「おっと」
「分かってるんなら抜き打ちじゃないじゃん」
「新入生へのお知らせとかには書かないし学校でも言わないから。でも毎年ある」
 
「ああ」
「先輩とかから聞いた結果、T高校もC高校も合宿の翌日にやる。12日だね」
「ということはそれまではしっかり勉強してた方が良いということか」
「合宿の翌日が抜き打ちテストか。なかなか楽しいスケジュールだ」
 
「となると、第2週なら大丈夫かな」
「平日だよね?」
「うん。月曜から木曜までのどれか。15〜18日。それなら市内の高校に進学した子はだいたい動けるし、旅館も平日は一昨年やってた感じで、ほぼ貸切りに近くなる」
「じゃその日程で他の学校に行く子たちの意向を聞いてみるよ」
 
「なんか大人数になりつつある?」
「うーん。話がなんだか広がりつつあるのよね。実際。40人くらいになったりして」
「きゃー」
 

21日は卒業式の前日ということで、多くの生徒が学校に出てきた。卒業式の予行練習などする。要するにふつうの授業は無い。まだ行き先の決まってない数人の子をみんなで励ましたりした。
 
「しかし奥村君がC高校を落として行き先未定というのは驚き」
「12月頃までT高校受けるかC高校にするか迷ってたくらいだからね。でも試験の当日体調崩したらしいよ」
「ああ。一発勝負の怖さだよね」
「まさかC高校には落ちるまいと思って私立併願しなかったらしいのよね」
「入試の点数が悪いから公立の二次募集は厳しいだろうと先生から言われたって」
「そうか。公立の二次募集は、一次で受けた時の入試の点数で判定されるから」
 
「私立のH高校が二次募集あるから、それを受けることを先生から勧められたけど、まだ迷ってるって」
「でも他に選択肢無いのでは?」
「そうなんだよね」
 
「でも人間って選択肢の無い時にも迷うよね」
 
しかし冬子さんが言ってたな、と青葉は思う。
 
歌手はライブの本番のみが評価される。練習でどんなに良い音を出していてもライブ本番の出来が悪ければ、その程度の歌手と言われる。レコーディングスタジオでは最高の演奏ができるのに、観客を前にすると音程を外したり、失敗を重ねる歌手もいる。そういう人は、本当はちゃんと歌えていても、CDの音は電気的に補正してるんでしょ、などと言われてしまう。
 
冬子さんと政子さんは「本番に強い」とか「ハプニングに強い」と言われるけど、それはただのラッキーを重ねたものではない。本番に最高の実力が出せるように体調の管理をし、テンションのピークがそこに行くように睡眠時間なども調整をしているという。
 
受験などもしばしば試験の前日まで必死に勉強したりする人もあるけど、本当は必死に勉強するのは試験の数日前で停めておいた方がいい。そして最後の数日はむしろ体調を整えた方が良い。自分の最高の実力を出せる身体にするために。
 
そのため、女子勉強会のメンツは試験の前3日間は22時就寝6時起床の
生活パターンにシフトして、無理しないようにした。美由紀なども結果的にはそれがラストスパートになったのではないかと青葉は思っていた。
 

そして卒業式当日になる。
 
朝はみんなざわざわしているが、並んで体育館に入り式が始まるとみんな気が引き締まる。教頭による開式の辞の後、寺田先生がピアノを弾いて国歌斉唱。そして卒業証書授与となる。卒業生がひとりずつ名前を呼ばれて壇に上がり校長から卒業証書をもらう。青葉も青葉たちの組の女子の4番目で名前を呼ばれ校長から証書をもらった。
 
「いつも頑張ってるね。今の調子で歩みを停めないように」
と校長から声を掛けられた。
「ありがとうございます。これからも頑張ります」
と笑顔で答えた。
 
全卒業生に証書を渡した後、校長の式辞、来賓の祝辞と続き、在校生代表で生徒会長が送辞を読むと、卒業生代表で元生徒会長の子が答辞を読んだ。
 
その後、1年の子のピアノで森山直太朗の「さくら」をみんなで斉唱する。最近は結構卒業式で使われる曲らしい。その後、2年生の子のピアノで校歌を斉唱した。
 
教頭の閉式の辞で卒業式を終了する。退場して各々の教室に戻る。
 

小坂先生から、お話がある。たわいもない話といえば話だが、小坂先生の授業はこれで終わりである。そう思うと涙が出てきた。先生にはたくさんお世話になった。お葬式にまで来てもらったし。
 
卒業の記念品を渡すのにひとりずつ名前を呼ばれ、先生から受け取った。青葉は感極まって先生にハグしてしまった。
 
「よしよし。青葉ちゃん、いつも元気にしてるけど、たまには泣いたりしてもいいんだからね」
と言って頭をなでなでされると、本当に涙が出てきた。
 
青葉が先生とハグしたので、既に自分の席に戻っていた美由紀がまた出てきて「先生私も〜」と言ってハグしていた。その後、女子は半分くらいの子が先生とハグしていた。
 
「いやあ、卒業生とこんなにハグしたの、私教師を15年やってて初めて」
などと先生は笑っていた。
 
記念品はセラミックペン先の顔料ボールペン、赤と黒のセットであった。何だかとても持ちやすい。
「これひょっとして良いボールペンかなあ」と美由紀が言うと
「これ多分セットで2000円くらいしそう」と日香理が言う。
「あ、100円ショップとかにあるものとは違うという気はしたけど」
 
そして解散になった。多分この中の女子の半数くらいとは来月の「温泉オフ」?で顔を合わせることになるだろうけど、この中にはもう一生会うことのない子もいるかも知れないなと思うと、また涙が出てきそうな気がした。
 
最後の授業が終わって、まだざわざわしている時に、2年生の葛葉が教室まで来た。
「先輩〜、これコーラス部からの記念品です」
と言って、青葉や日香理など、このクラスのコーラス部員に何か包みを渡してくれた。
「わあ、ありがとう。開けて良い?」
と言って開けると、何だか可愛いコーヒーカップだ。
「わあ、大切に使うね。ありがとう」
と御礼を言った。
 
「先輩たち、高校でもコーラス頑張ってくださいね」
「うん。葛葉たちも頑張ってね」
 
と言って握手して別れた。
 

その日の午後は紡希と平林君を中心とした有志で主宰して、小坂先生と副担任の先生も招き、市内のファミレスでささやかなお茶会をした。8割くらいの生徒が参加し、保護者も何人か出てきていて先生たちと挨拶していた。
 
「奥村君は出てきてないね」
「ああ、彼ね、金沢の私立のE高校に二次募集があるから、それを受けると言って、今日その試験があるんで卒業式終わってすぐ、向こうに行ったって」
「へー。越県かぁ」
 
「二次募集があるのは普通科だけど、学期ごとにある校内の試験で進学科、更には特進II,特進Iと移動できるらしいのよ。それで特進Iまで行くの狙うって」
 
「へー。その進学、特進1,2ってどう違うの?」
「どこかの大学に入りたい子が進学科、国立やMARCH・関関同立狙うなら特進、更には医学部あるいは旧帝・旧六・早慶狙いが特進I」
 
「マーチ?かんかん??」
「MARCHは(M)明治・(A)青山・(R)立教・(C)中央・(H)法政。関関同立は関西大・関西学院大・同志社大・立命館大。旧帝は東大・京大・東北大・九大・北大・阪大・名大。旧六は新潟大・岡山大・千葉大・金沢大・長崎大・熊本大」
「お・・・覚えきれない!」
 
「でも彼なら特進Iまで浮上できるよ」
「うんうん。それで東大理3狙うって言ってたって」
「おお!それは頑張って欲しいね」
「理3とは大きく出たね」と明日香。
「何?理3って?」と美由紀。
 
「東大は他の大学と違って教養部というのがあって、新入生は最初そこで学んで2年してから各学部に振り分けられるのよ。理3は教養部の中の理科3類と言って、医学部に行く人たちが学ぶ所。要するに、東大医学部を狙うってこと」
と日香理が説明するが、美由紀は
「なーんだ。それなら最初からそう言ってくれればいいのに」
などと言っている。
 
「でもそのくらい高い目標持ってた方がいいよ」
 

翌日はT高校で合格者説明会が開かれた。
 
多くの子が中学の制服を着て、保護者同伴で出てきている。中にはもう既にT高校の制服を着ている子もいたが、恐らく推薦の内定が出た時点で頼んで作ってしまった子か、あるいは先輩から制服を譲ってもらった子であろう。青葉も美由紀や明日香たちと同様、中学の制服を着て、朋子に付き添ってもらって出てきた。
 
しかし中には制服を着ていない子もいる。青葉や明日香は呉羽を見て、うっと思った。
 
「あんた、その格好で来たの?」と明日香が呆れたように言う。
「これ変かなあ?」と呉羽。
 
呉羽は白いブラウスの上に黒いレディスっぽいセーターを着ていて、ボトムは紺色のタイトスカートである。女学生らしい清楚な服装ではあるが・・・
 
「いや、だから女の子の格好で良かった訳?」
「入学式は制服で来るよ」
「まあ、それがいいだろうね」
 
 
 
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【春空】(2)