【春眠】(1)

前頁次頁目次

(c)Eriko Kawaguchi 2011.10.06
 
この物語は「春夢」のラストの当日から始まる。
 
5月23日の月曜日、週末に急用で岩手まで往復してきた青葉はその日の放課後、コーラス部で、通常の練習をした後、今度のコンクールで歌う曲のソロパートを居残りで30分くらい練習してから、自分の教室に戻った。
 
普段ならこういうケースで同じ部の日香理や、美術部ではあるがよく一緒に帰っている美由紀が待っていてくれるのだが、今日は教室に戻ると誰も居なかった。 
「あれ。。。。何か用事でもあったのかな。。。。。」
 
青葉はちょっとだけ寂しい気持ちがしたものの、寂しいのには慣れているので、「ま、いっか」と独り言を言うと、道具をまとめて鞄に入れ帰途に就いた。空が夕焼けで赤くなっている。
 
高岡に来てから1ヶ月、ようやくこの町の地理にも慣れてきた。今日は一緒に帰れなかったものの、美由紀と日香理とは仲良くやっているし、他にも数人、結構いい感じで話をしている子たちがいる。何と言っても、みんなが自分をちゃんと普通の『女の子』として扱ってくれるのが嬉しかった。早く性転換したいなぁ、と青葉は思う。岩手に住んでいた時代は全て自分の感情を抑制していたから、自分の性の不一致問題についてもあまり深く考えていなかった。しかしこちらにきて自分の感情を解放してから、性別のことでよけい悩むようになった気もする。 
「しかし明日香もちょっと面白い子だよなあ・・・・」などと今日のお昼休みの時のおしゃべりなどを思い出したりする。明日香はいわゆるミーハーな子で、知識は広いが、青葉と興味を持つ分野が全く異なっていた。青葉がよく知っているようなことを明日香は全く知らない。そして青葉が全く知らないようなことを明日香はよく知っている。青葉と明日香が会話をしていると、しばしばお互いに別のことを話しているのに、双方ともそれに気付いていない、などということもあって、「あんたたち話が通じてない」と美由紀によく指摘されていた。
 
その明日香は最初の半月ほど、自分の事を「男の子になりたい女の子」と思い込んでいたらしい。それで青葉によく「青葉ちゃん男装したらどんな感じになるのかな?」などと聞いたりしていて、青葉は意地悪されているのかと思い若干傷ついていたのであるが、その誤解に気付いた美由紀から、青葉が「女の子になりたい男の子」であることを説明されて「うっそー!?」と叫んだのであった。 
「だって、青葉ちゃん、どう見ても女の子じゃん」と明日香は戸惑いながら言った。「うん。青葉は完璧に女の子だと思う。どちらかというと既に女の子になってる子だよね」と美由紀も言う。「男の子らしき要素が存在してないもん。噂によれば、青葉って生理もあるらしいのよね」「ははは」
 
そんな会話を思い起こして少し微笑みながら家路を辿る。そして家の玄関を開けて「ただいまー」と言った時であった。
 
いきなり、パン!パパン! という大きな音がする。
 
反射的に青葉は玄関の陰に身を隠し鞄で自分の頭を守る体勢を取った。 
「ちょっと〜、青葉、反応が『炎の月』並み〜」
美由紀の声だ!
 
青葉は立ち上がってホコリを払いながら「なんだ!美由紀か」と言った。音はクラッカーの音であった。
 
「ハッピーバースデイ!」と日香理と明日香が笑顔で言っている。
「あ、えっと・・・・」
 
「ホントは昨日お誕生日だったのに、青葉居なかったもんね」と美由紀。「だから、1日ずらして今日みんなでお誕生会しよってんで待ってたんだよ」
と日香理が言う。
 
青葉は突然泣き出してしまった。
「どうしたの?青葉」とびっくりした様子で訊いたのは、やはり同級生の奈々美である。
 
「だって・・・・私、お誕生日なんて祝ってもらったこと一度もない・・・」
と青葉は泣きじゃくっている。
 
「さあ、さあ、とにかく中に入って」と笑顔で美由紀が青葉の肩を抱く。「うん、ありがとう」
 
靴を脱いで家に上がり、居間まで行くと、母がニコニコして座っているし、なんと桃香と千里までいる。
「お姉ちゃんたち、どうしたの?」
「だって、青葉の誕生日お祝いしたかったからね」
「午前中の授業まで受けたあと、新幹線に飛び乗ってきたよ。さっき着いたばかり」
「お友達もたくさん来てくれたね」
「うん。みんな、ありがとう」と青葉は涙が止まらない。
 
「青葉がきっと泣きじゃくる、っての当てたのは私ひとりだね」と美由紀が得意そうにいう。
「えーん、だって嬉しいんだもん」と青葉はまだ泣いている。
 
食卓を母、桃香・千里、美由紀・日香理・明日香・奈々美、それに青葉の8人で囲んだ。中央にラウンドケーキがあり、『Happy Birthday Aoba』の文字が入っていた。ロウソクが14本立っている。
「さあ、火を点けるよ」と桃香が言い、チャッカマンで各ロウソクに火を点けていく。千里が部屋の明かりを消した。
 
「さあ、一気に行こう、青葉」
「えっと。。。。何すればいいんだっけ?」
「ロウソクの火を吹き消すんだよ」
「あ、そうなんだ!」
「青葉、こういう風習を知らないのね。息で吹き消すんだよ」と美由紀。「ありがとう。ようし」
青葉が思いっきり息を吸うと、ふっと息で14本のロウソクを次々と吹き消していく。吹き消し終わると、また パン!パパン! というクラッカー音。しかし今度は青葉もテーブルの下に隠れたりはしなかった。
 
千里が明かりを点ける。
「ハッピーバースデイ!」
「お誕生日おめでとう!」
「みんな、ありがとう!」
青葉はまた泣いている。
 
「うーん。青葉がこんなに泣き上戸とは知らなかった」と奈々美。
「青葉はね、冷たくされるのには強いけど、優しくされるのには弱いの」と美由紀。「なにそれ?北風と太陽か?」
「うんうん、青葉の心って、まさにそんな感じ」と日香理。
 
ケーキを千里が8等分して、みんなのお皿に盛った。桃香がシャンメリーの栓を開ける。またポン!という音がして、青葉がビクッとする。
「わあ、シャンメリーなんて、よくこの時期にありましたね」
「千里がファミレスに勤めてるからね。納入業者さんに聞いたら、作ってる所紹介してくれて、8本調達してきたって」
「わあ、私にも開けさせて」といって、美由紀もシャンメリーの開栓をする。みんなのグラスに注いでいく。
 
乾杯して誕生会が始まる。母と日香理が台所から料理が色々載っている大皿を1枚ずつ持ってきた。
「日香理ちゃんから、今日誕生会するからと聞いたから、頑張って料理したよ」
「わあ、ありがとう」
「最近、朝御飯も晩御飯も青葉が作ってくれるからちょっと腕がなまってたけどね」
 
「私達は昨日来るつもりだったのよ。ところが土曜日電話したら岩手に行ってるというから、1日ずらした」
「わあ、ごめん。お姉ちゃんたち」
「でも、お仕事じゃ、しょうがないね」
「青葉、お仕事してんの?」と奈々美。
「霊能者さんなんだよ」と美由紀。
「えー?寺尾玲子さんみたいな?」
「あそこまで凄くないよ」と青葉は笑う。
「でも、リモートで処理しなくて、青葉自身が行ったってのは大物?」
「えーっと、そのあたりは守秘事項に触れるので言えません」
「おお、口が硬い」
 
「でもせっかく向こうまで行ったら、向こうのお友達とも会ったんでしょ」
「うん。椿妃には会って、彼女のうちに泊めてもらった」
「早紀ちゃんや、咲良ちゃんは?」と千里。
「早紀はちょうど仙台に行っててすれ違い。咲良は今八戸だから今回は無理だった」
「彪志君は?」と桃香。
「えっと・・・・・会った」
「ちょっと待って、今男の子の名前を聞いた気がする」と奈々美。
「ただの友達だよ〜」
「怪しい」と明日香。
「うん、怪しいよね」と日香理。
「ふふふふふ」と美由紀。
 
「何?その笑いは?」と日香理。
「今朝、いろいろ聞き出したもんね」
「ああん、言わないでって言ったのに」と青葉。
「じゃ、言わない」と美由紀。
「オフレコってことでここだけ限定で言っちゃおうよ」と奈々美。
「青葉の彼氏、って訳ではないみたいよ。でも、青葉の携帯に今付いてるウサハナのストラップは彼からもらったものだって」と美由紀。
「わあー、完璧に彼氏フラグ!」
青葉はもう真っ赤になっている。
 
「泣いたり、真っ赤になったり、忙しい子だね」と桃香。
 
「うん。。。昨日会った時、お誕生日おめでとうと言われてもらった」
「泣いたでしょ?その時」と美由紀。
「うん、泣いちゃった」
「やはり、青葉は泣き上戸と認定」と奈々美。
「でも青葉のためにウサハナのストラップを買いにサンリオショップとかに入れる彼氏にも乾杯」と明日香。
「男の子にとっては、ああいうとこ入るの恥ずかしいよね」
「あはは、店の前で30秒悩んだと言ってた」
 
「でも、青葉は他に好きな男の子がいるんだよね」と美由紀。
「ちょっとー、全部バラしちゃってるじゃん!?」と青葉。
「えー?トライアングルラブ?でも、もらったストラップを使ってるということは、青葉はその子のことも、まんざらではないんでしょ?」
「ええっと・・・・」
「あんまり、そういうのに悩まず、男の子のことなんて、スパっと決めてしまいそうな青葉が実際には迷っているところが面白いね」と美由紀。「うーん。私もちょっと青葉の認識変えたなあ」と日香理。
 
「日香理も彼氏いるよね?」と美由紀。
「えー?誰から聞いたの?そんなこと」と日香理。
「ふだんの行動見てれば明らか」と美由紀。
「そんな怪しげな行動取ってたかな、私・・・・」と日香理は焦っている。「わあ、みんな彼氏がいていいなあ」と明日香。
その日は9時頃まで賑やかな宴が続き、母は美由紀・明日香・奈々美の3人を車で自宅まで送っていった。日香理は今夜ここに泊まることになっていた。 
千里が台所の片付けをしてくれて、桃香がお風呂に入っている間、日香理が青葉と少し話したいと言うので、2人で青葉の部屋に行った。
 
「へへ。少し青葉と話したくて、今夜泊めてと言っといたんだ」
「彼氏とのこと?」
「うん。でも青葉とキスしたのって、そのストラップくれた人?」
「ううん。彼とはキスはしてないし、私は彼に『好き』と言ったことがない」
「じゃ、もうひとりの彼氏の方なんだ?」
「うん・・・・2回キスされたし、私も彼には『好き』と言った。でもそれって3年も前なんだ。そのあと1度も会ってない。こないだ3年ぶりに電話で話したけど」
「3年間話してなかったら、さすがに有効期限切れの気がするぞ」
「うん。彼とは結ばれることはないだろうな、という気はしてる」
「ふーん。それでも好きなんだ?」
 
「好き、という記憶があるだけなのかも知れない。そんな気はしてる」
「初恋だったのね」
「うん」
「私も初恋は忘れられないよ。。。切なくて涙が出てしまうけど」
「でも3年ぶりに電話で話して、あらためて『好き』と言われてしまった」
「男の子のリップサービスだと思うな、それ」
「そうかもね。。。。そろそろ私も思い切るべきなのかも。。。。」
「そのストラップくれた彼氏のことも、好きなんでしょ?」
 
「自分でも分からない。。。彼とは2年の付き合いで、付き合い始めてすぐに遠距離になっちゃったんだけど、毎月電話で話してたし、こちらに引っ越して来てからは、私が携帯持ったから、週に3-4回はメールしてる感じかな。彼からはこの2年間ずっと『好き』と言われ続けてきた。でも私、一度も自分の気持ちを彼に言ってないんだよね」
 
「わあ、それは凄く好きなんだよ。青葉が何も言わないのにずっと『好き』と言い続けてくれるなんて」
「でも、そんなに愛してもらっていいのかな・・・という気持ちもあって」
「青葉、自分の性別のこと気にしてるの?」
「それは・・・ないつもりだけど」
「自分は女の子なんだということを確信すべきだよ、青葉は」
「うん」
 
「凄く優しい人でしょ」
「うん。そうだと思う。私・・・・何だか次に彼と会った時に、自分から彼に『好き』と言ってしまうかも知れない」
「言っちゃえ、言っちゃえ」
「えへへ・・・・でも、日香理は何か彼氏とのことで相談なかったの?」
 
「うん。あったけど、青葉の恋物語を先に聞きたくなって」
「うふふ」
「彼とは高校卒業するまで、というか大学に合格するまでHはしないという約束をした」
「おぉおぉ」
「それまでキスはするけど、それ以上のことはしないということで合意」
「いいんじゃない。中高生の交際って、そのくらいでいいと思うよ。最近はみんな安易にHしちゃうみたいだけど」
 
「だよねー。ね、奈々美も彼氏いるよね?」
「・・・・いると思う。今、一瞬彼女から恋愛問題相談されたことないよなって、考えて確認した」
「ああ、相談受けたら、クライアントになるから守秘義務が出るのね」
「うん」
「奈々美、Hしてるよね」
「してるっぽいね。ちゃんとしっかり避妊してくれていることを祈るのみ」
 
「私、私と彼が大学に合格した時、記念にHすることにしたんだ」
「あ、そういうのいいね。励みになるんじゃない」
「うん」
「でも、そしたら日香理は大学に行くのね?」
「うん。その問題ではやっと母ちゃんを説得した」
「おめでとう!頑張ったね」
「うん。就職とか見つからなくても、うちじゃ面倒みないからね、と言われたけど、何とかバイト見つけてでも頑張ると言った。大学も入学金だけ出してもらったら、授業料はバイトと奨学金で頑張って、親には迷惑掛けないようにすると言ったし」
 
「良かったじゃん、ちゃんとお母さんとそういう話ができて」
「先月末に青葉に相談したのがきっかけで、少しちゃんとお母ちゃんと話してみようという気になって、その件で何度も話して、あんたには根負けしたと言われた」
「偉い偉い」
「彼氏とのことも今後、絶対門限破らないように頑張ると約束した」
「そしたらそれはマジで頑張らなきゃ」
「うん。今のところちゃんと門限守れてるし」
「よしよし」
 
「たださ」
「うん」
「行く大学のことではまだ母ちゃんと合意してないんだよね」
「ああ。。。。。日香理はどこに行きたいの?」
「私、東京方面に出たいんだよね。今目標にしてるのは東京***大学」
「おお、超難関だ!それは頑張らなきゃ」
「でも母ちゃんは地元の富山大学か金沢大学でいいじゃんと言ってる」
「富山大学も金沢大学もけっこうレベル高い」
「でも東京に出たいんだよねー」
「まだ大学受験までは4年あるからね。もっともレベルの高い大学に行くには高校も少し考えないといけないけど」
「そうなのよね。それがあるんで、今母ちゃんとはバトル中で」
「まあ頑張ろう」
「うん」
 
その晩は、青葉の部屋に青葉と日香理、桃香の部屋に桃香と千里が寝た。日香理が翌朝起きると果たして青葉はいない。下に降りていくと青葉が御飯を作っていた。「お早う。手伝うね」「ありがとう。そちらの鍋にお味噌入れてくれる」「OK」
 
「ふたりとも早起きだねえ」と母がニコニコして言っている。
「桃香姉ちゃんたちは、千葉でもだいたい8時頃起きてたなあ」
「桃香はいつも遅刻ギリギリだったよ。高校時代まで」
「青葉は今朝も4時起き?」
「うん。4時に起きて1時間ほど走って、30分瞑想して、それから汗を流さないと私の1日は始まらない」
「偉いなあ。規則正しい生活。でもそしたらごめーん。昨夜は遅くまでおしゃべりしてて」
「ううん。楽しかったよ」
「じゃ、いっか」
 
10分ほどおしゃべりしている内に朝御飯は出来てしまった。
 
「しかし、あの子たち起きて来ないね。青葉起こしてきて」
「OK」
青葉は階段を上っていき部屋の外から「桃姉〜、ちー姉〜、朝だよ〜!」と大きな声で言っている。
それを聞いて日香理が「中に入って耳元で声掛けないと起きなかったりして」
と言う。すると母が「いや、お恥ずかしい。あの子たちきっと裸で寝てるから」
 
「あ・・・・・、そうか。あのおふたりそういう関係だったんですね」
「うん。世間ではレスビアンという奴」
「わあ、それもいいなあ・・・・私、一度、女の子とも恋愛してみたい」
「おやおや」
 
青葉は部屋の外で5分くらい声を掛けていたようであった。その間に日香理が御飯とお味噌汁を5人分盛る。やがて、青葉に続いて千里、そして少したって桃香が降りてきて、朝御飯となった。
 
6月はコーラス部のコンクール、地区大会があった。市内の中学校から10の学校のコーラス部が参加しての大会で、上位3校が県大会に行くことが出来る。青葉のいた中学はこれまでいつも5〜6位だったのだが、青葉の加入が部員を刺激して、みんな今年は練習に熱が入っていたし、そもそも練習に出てくる部員の率が例年より随分高かった。青葉のソプラノソロをフィーチャーした「島の歌・幸い」はひじょうにいい出来に仕上がっていた。
 
この曲のソプラノソロは本来F5の音までしか使用されていないのだが、寺田先生はそれを一部書き換えて、リピート部分をオクターブ上!つまりF6まで使うようにして青葉に歌わせた。中学生ならG5かA5まで出れば立派。C6まで出ればかなり凄いソプラノであるが、敢えて青葉の声域を見せつける作戦に出たのであった。 
実際の演奏ではそのオクターブ上の部分を青葉が歌った時、会場のあちこちからざわめきが聞こえた。審査員の先生達も思わず顔を見合わせていた。そして、このインパクトも利いたようで、青葉達の学校は2位に入賞。県大会に駒を進めた。 
「青葉ちゃんも凄いけど、みんなのレベルが上がったよね」と部長の府中さんは言っていた。
「なんか県大会に行けるかもという気がしたから頑張ったんだよね」
「この勢いで中部地区大会まで頑張ろう!」
部員たちの間でも威勢のいい声が上がっていた。
 
「今年は今まであまり真面目に練習に出て来てくれてなかった男子たちが頑張ってくれたのも大きかったね」
「うんうん。今まで男声パートで曲が崩れてたからなあ」
「悪かったな」
 
コンクールの出場枠は35名で、内28名が女子(ソプラノ12人・アルト16人)、7名が男子(テノール4人・バス3人)であったが、男子部員には音程が不安定な人が多く、以前はしばしばそれで全体のバランスが崩れてしまっていたらしい。寺田先生は結構ギリギリまで、女子だけで出るか、男子も入れるかを悩んでいたというが(女声合唱で出ればその分多く女子部員を出してあげられる)、今年は男子たちがまじめに練習に出て来ていたので、混声でいくことを半月くらい前に決断したのであった。
 
「いや、なんか今年はこの部室が熱く燃えてる感じだったから、ちゃんと練習に出ないといかんかなと思って」
などとバスのパートで1人で5人分くらいの声量を出している山岸君が言っていた。 
6月中旬から、体育の時間に水泳の授業が始まった。青葉は水着姿をクラスメイトたちに初披露した。
 
「下着姿はいつもの体育の着替えの時に見てたけど、水着になっても完璧に女の子なんだね」
「へへ。こういう感じで、小学2年の時からスクール水着を着てるから」
「あの〜、おまたの所が完璧に女の子なんだけど、その付近、どうなっているのでしょうか?」
「あはは、興味ある人はそのうち、一緒にお風呂にでも行こうね」
 
「青葉、女湯に入れるの?」
「むしろ、男湯に入ったことがない」
「えー!?」
「といっても、小学5年の時までは個室の浴槽にしか入ってなかった。
ふつうの女湯に初めて入ったのは小学6年のゴールデンウィークだったかな」
「へー」
「その頃にはけっこう、おっぱい発達してきてたから。去年は、向こうの学校の友達とも一緒に温泉の女湯に入ったよ」
「おお、すごい」
「じゃ今度、一緒に温泉でも行こうよ」などと美由紀が言っている。
 
着替えの時はそんな感じでガヤガヤしていたものの、いざプールに入ると、みな青葉の泳ぎに驚嘆の声を上げる。
「速ぇ〜!」
「フォームもきれい」
 
「おい、川上、お前遠泳もできるだろ?」と体育の先生。
「向こうではよく湾の横断とかやってました。片道1kmちょいかな」
「片道ってことは往復するの?」
「だって元の所に戻って来ないと着替えられないから」
「えっと・・・・」
「じゃ往復2km?」
「でも海は潮流があるからなあ」
「青葉、トライアスロンとかにも出られるんじゃない?」
「無理。私、自転車乗ったことないもん」
「えー!?何でもできそうなのに」
「練習すればすぐ乗れるようになるよ」
そして青葉はその週の木曜日に日香理と美由紀と一緒に温泉に行ったのであった(詳細は「クロスロード1」参照)。その週末、青葉はまた岩手まで往復してきた。その岩手の避難所で青葉はボランティアに来ていた桃香・千里と偶然遭遇するとともに、ちょっと「不思議な人達」とも遭遇した。そして次の週の木曜日には、日香理・美由紀に加えて、明日香・奈々美・星衣良と一緒に温泉に行った。 
翌週の火曜日、青葉は公用で東京に出た。水曜日に「震災遺児を励ます会」という大会が政府系の団体主催で都内でおこなわれ、震災で両親・姉・祖父母を失った青葉もその大会に招待されたのであった。前泊・後泊で行くことにしたので28日火曜日に東京に出て1泊し、29日水曜日にその大会に出席、その晩また1泊して30日木曜日に帰ってくるつもりでいたのだが、どうせなら7月1日金曜日を休んでしまって土日までゆっくりして帰れば?などという話になり、ちょっと行きたい所があったので、そうさせてもらうことにした。
 
28日には10日ほど前に岩手で遭遇した「不思議な人達」と都内で会って色々と情報交換をしたり、親睦を深めた(この件は「クロスロード2」参照)。中でも今年の春に性転換手術を受けたばかりの歌手の唐本冬子(ケイ)さんには、しばらく継続的に青葉がヒーリングをしてあげることになった。30日・1日は千葉の桃香と千里の所に行き、少しのんびりとした時間を過ごした。
(29日も桃香たちの所に泊まった)
 
そして1日の夜、青葉は東京駅で夜行列車を待っていた。7月といえどもやはり夜になると少し夜風がしみる。車内販売の無い列車なので、夜食と明日の朝の朝食を準備して駅に来ていたが、暖かい缶コーヒーでも買って来ようかなと思い、いったんコンコースに降りて自販機かまだ開いてる売店を探していた時のことであった。
 
「あれ?」
「あっ!」
 
青葉はあまりにも意外な人物にそこで遭遇した。
 
「青葉、こんなとこで何してんの?」
「彪志こそ、こんなとこで何してんの?」
 
「いやー、実は途方に暮れてて」と彪志。
「ん?切符無くしたとか?」
「いや、実は切符が買えなかった」
「どこ行くつもりだったの?」
 
「今日の午後、岡山の大伯父が亡くなって」
「あらあ」
「いや、俺も会ったことない人なんだけどね」
「うん」
「大阪にちょうど出張に行ってた親父が駆けつけたんだけど、男手が足りないからお前も来いと言われて、夕方の新幹線に飛び乗ったんだけど、東京まで来てみると岡山まで行く新幹線がもう無いんだ」
 
「・・・・この時間にはもう名古屋行きしか残ってないんじゃないかな」
「さっき出て行った新大阪行きに乗ろうかどうかと迷ったけどやめた」
「新大阪まで行っても、その先がどうにもならないよね」
 
「一ノ関を出る時は乗り換え案内で見て、明日の朝6:27に着く連絡がある!と思って飛び出したんだけど、東京まで来てみどりの窓口に行ってみたら、それってサンライズ出雲かサンライズ瀬戸を使う連絡だったんだよね。俺、てっきり新幹線乗り継ぎとばかり思い込んでて」
「夜行の新幹線は無いよ。で、サンライズの切符は?」
「売り切れ。ということで仕方ないから神田かどこかにでも行ってネットカフェで一晩過ごしてから、明日の朝一番の新幹線で岡山に向かおうかと思ってた所」
 
「サンライズのチケット持ってるよ」
「え?」
「私、サンライズ出雲で出雲市まで行く予定だったから。古い友人からうちにちょっと寄らないかと誘われてて。ちょうど時間が取れたから」
「でも、それ青葉のチケットだろ?」
 
「私が持ってるチケットね、シングルツインという不思議なチケットで」
「なにそれ?」
「シングルなのかツインなのかはっきりして欲しいような名前だよね。サンライズは全席個室だけど、実はこれ、一人でも二人でも利用できるって部屋なんだ」
「へー」
「私はひとりでのびのびと使うつもりで取ったんだけど、彪志の分の特急料金を別途払えばふたりで使えるよ」
「ほんとに!?」
「だから、一緒に乗ろうよ。私は出雲市まで行くけど、彪志は岡山で降りればいいよね」
 
「・・・・だけど、個室なんだろ?その・・・・一緒でいいの?」
「検札に来たら兄妹ですって顔してればいいよ」
と青葉は笑って言った。
 
「二段ベッドだから、彪志、上の段に寝てくれる?私、わりと寝相が悪いから上の段からは落ちるかも知れない」
「OK」
「じゃ、みどりの窓口にこのチケット持ってって、2人利用になりましたということで言って特急券発行してもらおう。乗車券は持ってるの?」
「うん。岡山まで買ってる」
「じゃ、行こう行こう」
 
そうして青葉は彪志と一緒にみどりの窓口に行き、彪志の分の特急券を追加で発行してもらった。そしてまだ開いてた構内のコンビニで夜食やおやつなどを調達しておく。
 
そんなことをしてからホームに行ったら、ほどなくサンライズは入線してきた。ふたりで指定の部屋に入る。
 
とりあえず下の段のベッドに並んで腰掛けた。
「この列車、シャワーも付いてるけど、浴びてくる?」
「えー?そんなのもあるんだ。いいね」
 
やがて車掌さんが回ってきたのでシャワー券を2枚求めた。
「おふたりはご兄妹ですか?」と尋ねられた。
「はい、そうです」と青葉がにこやかな顔で答える。
「私がひとりで出雲まで行く予定だったのを、兄が心配して岡山まででも付いていくといって、急遽特急券を追加したんです」
「なるほどですね。お気を付けて」
と、車掌さんは特に不審には思っていない雰囲気であった。
 
「青葉って、平然と嘘つけるんだ?」と彪志が呆れている。
「女の子は誰でもこのくらいはできますよ〜」と青葉。
「そういうものなのか・・・・」
 
交替でシャワー室に行ってきてから、東京駅で買ったおやつを開けて摘む。おやつの箱を間にして、ふたりともベッドの上に座り込んでいる。
 
「なんかシャワー浴びてきたら少し落ち着いた。さっきまではけっこう心臓がドキドキしてたんだけど」
「なんで?」
「だって・・・・・好きな女の子とふたりで個室にいるなんて、男なら誰でもそわそわしちゃうよ」
「ふーん」と青葉は謎を掛けるような笑顔で彪志を見た。
 
「青葉はその・・・ドキドキしたりしないの?」
「さあ、どうかな?」と青葉は答えをはぐらかせる。
 
「あ、そのストラップ使ってくれてるんだ」と彪志はようやく青葉の携帯のストラップに目が行った。
「うん。すごく嬉しかったから。誕生日のプレゼントなんてもらったの、生まれて初めてだったもん」
「そっか−。去年は何も贈ってあげなくてごめん」
「ううん。去年は私携帯持ってなかったし」
「それは確かに」
 
「でもね」と青葉はうつむき加減な視線で言う。
「うん」
「私も少しドキドキしたかな」
「やはり?」
「だって、気になる男の子とふたりだけの空間にいるんだから」
 
「俺って青葉にとって『気になる男の子』?」
「凄く気になる男の子。そして・・・」
「そして?」
「好き・・かも」
 
青葉はそのことばを真面目な顔で言った。笑みを停めて真剣なまなざしを彪志に投げかけた。
 
「青葉・・・・・」
「・・・・?」
「初めてだよね。『好き』って言ってくれたの」
青葉は少し照れるように笑顔を作ると視線を外しながら言う。
「好きかもってのは、実はけっこう前から思ってた。でもまだ『好き』って言い切れるだけの自信が無い」
 
「自信なんかなくてもいいよ、今は。一緒にいる内に、それが事実になるから」
「一緒にいれば・・・・・か」
「俺と青葉って、たしかにふだんは遠い所に住んでいるけど、俺はこの2年間、ずっと青葉のそばに心だけは居たつもり」
「心・・・・・・そうかも知れないね」
「俺、これからもずっと青葉のそばに心は居るつもりだよ」
 
「私・・・けっこう、彪志のことを心の支えにしてたかも、という気はする」
「これからも心の支えにして」
「そうだね」
と青葉は笑顔で言った。
 
「じゃ、私、あらためて言う」と青葉は少し真剣な表情に変えて言った。 
「私、彪志のこと好き・・・・多分」
 
「『多分』付きか!うん。いいよ、今はまだ」
「ごめん。まだ断言しきれない」
「少しずつ俺達の心の距離が近づいていけば、すぐ断言できるようになるさ」
「そうかも」
 
「でも彪志と今夜同じ個室で過ごしたなんて、お母ちゃんには言えないなあ」
「俺も親父にさすがにこれは言えない」
「桃姉だと煽られそうだけど。せっかく個室で一緒になったんなら、やっちゃえって」
「ははははは。俺、理性のタガが停めてるけど、青葉と本当はやっちゃいたい」
 
「うふふ。何なら、どちらかの段で一緒に寝る?」
「ちょっと待て〜! そんなことしたら、もう俺理性のタガが吹き飛ぶよ」
「ごめん、冗談」
「え?上段で一緒に寝るの?」
「違う違う、ジョークってこと」
「あ・・・・ごめん」
 
「でも一瞬、本気にした?」
「男の子をそういうからかいかたして、やられちゃっても知らないよ」
「彪志は、私をやっちゃいたい?」
「もちろん」
彪志が青葉を真剣なまなざしで見つめた。
青葉も真剣に見つめ返す。
彪志がふたりの間に置かれていたおかしの箱を脇に寄せ、身体を近づけてきた。青葉は目を閉じない。
距離1mが50cm, 30cm と近づき、10cmを切る。
 
そして接触。
 
あれ?と青葉は思った。以前嵐太郎とキスした時はキスした瞬間、体内の気が乱れまくってアラートが点きっぱなしの状態になったのに、今彪志とキスしても青葉の体内の気は全く乱れない。むしろ流れはそのままで勢いづいている感じだ。えー?キスしたら、ああいう状態になるものと思い込んでいたのに! 乱れるんじゃなくて快感!
 
あ・・・・と青葉は思い出す。
 
ずっと前に菊枝とふたりの気の流れを合体させたとき、物凄い勢いで気が流れた。あの感覚に似てるんだ!菊枝はあれをセックスに似たものと言っていた。そうか。きっと相性がいいと、身体の接触でこういう状態になるんだ! 青葉は、もしこのまま彪志とセックスしてしまったら、あの時、菊枝と体験したのと似たような状態になるのかも知れないという気がした。青葉はそれに純粋な興味を抱いた。ちょっとしてみたい気もするな。実際、今日は彪志とどこまで行くのだろう? 
青葉はキスしたままの状態で、彪志に身を寄せた。そして彪志に抱きつく。彪志も青葉を抱き返して、ふたりはしばらくそのままの状態でいた。
 
その時間に耐えられないかのように、唇を合わせたままの状態で彪志が青葉の背中にまわした手で背中を撫でるようにする。青葉も彪志の背中を撫でるようにする。彪志は迷っている感じだったが、やがて青葉の唇に自分の舌を当ててきた。 
青葉は日香理がキスには2種類あるんだよ、ということを言っていたのを思い出した。ふつうに唇を接触させるだけのキスと、お互いの舌を相手の口の中に入れ合い絡め合う、ヘビーキスあるいはフレンチキス。日香理は彼氏とのHを断った日、その代わりに、今日だけ特別だよ、と言ってフレンチキスをしたと言っていた。今、彪志はそのフレンチキスをしようとしてる!
 
青葉は唇を開いて彪志の舌を受け入れるととともに、自分の舌も彪志の口の中に侵入させた。絡め合う。さっき食べたお菓子の味がしちゃう。あはは。でも、なんかこれ凄い!エロい!こんなことまでしたら、もう相手と何してもいい感じ。まるで恋人みたい!!あれれ??私と彪志って恋人なんだっけ!?青葉は体内の気の流れが益々勢いづいているのを感じていた。これ、凄い快感!!! 
青葉は身体の姿勢を少し変えて、自分の後ろの方に少し倒れ込む感じの重力を掛けた。彪志がいったん唇を離し「あ・・・」と言いながらも、青葉を押し倒すようにした。青葉の上に彪志が乗った体勢のまま、しばらくふたりはお互いの身体を撫で合った。
 
「俺・・・・・」
「うん?」
「恋愛ではやれそうな時はやれる所まで行っちゃえ、ってポリシーなんだけど」
「・・・私もね、よく恋愛相談とかされるけど、迷ってる子にそういうこと言うよ」
「行っちゃっていいの?」
「ここで、この続きはまた今度、なんて言ったら、そういう時に限って、その『今度』ってのが、なかなかやってこないの。恋愛って、そういうものだと思う」
「同感」と彪志。
 
「あ、でも・・・・」と彪志が少しだけ迷うように言う。
「まさか、こんなことが起きるとは夢にも思わなかったから、俺『アレ』の用意が無い・・・・・」
「私、持ってる。恋愛相談してきた子にしばしばあげてるもんだから」
「青葉、どうかした国なら処刑されてるな」
「うん。私、日本に生まれたから生きてられるんだと思う」
 
「でも・・・俺、どこに入れればいいんだっけ?」
「誘導してあげる。コンちゃん付けたらやりやすいハズ」
青葉は笑って言うと、いったん身体を起こして彪志から離れ、荷物の中から箱を1つ取り出し、その中に入っていた『アレ』を1枚切り離して彪志に渡した。「なんかたくさん持ってない?」
 
「さすがに地元では買いにくいから、東京に出て来たついでに10箱買って来た」
「わ」
「だって欲しがる子、たくさん居るんだもん。買いに行くの恥ずかしいから頂戴って言ってくる子もけっこういるし」
「今時の中学生は凄いな・・・・・」
「でも自分で使うのは初めて」
 
などと言って、青葉は服を脱いだ。
 
ポロシャツを脱ぐと、ブラジャーが顕わになる。スカートを脱ぐとパンティが見える。ブラの中には豊かな乳房、パンティはなめらかなラインを示していた。そこには突起物のようなものは認められない。彪志がごくりとつばを飲み込む音がした。
 
青葉は彪志を見つめたまま、ブラを外し、Bカップサイズのバストを露出させる。そして、パンティを脱いで何もぶらぶらしていない、すっきりしたお股を彪志に見せた。
 
「何度か話には聞いてたけど・・・・完璧に女の子のボディだね」
「えへへ」
 
青葉はそのまま彪志に抱き、唇にキスする。
 
「俺も脱ぐ」といって彪志は服を脱ぎ、既に大きくなっているソレにアレを装着した。抱き合ったままベッドに倒れ込む。また深いキスをする。
「ここを使って・・・手術が終わったら、ちゃんとふつうに入れられるようになるけど」
と言って、青葉は彪志のソレを、足の付け根のところに出来ている空間に誘導した。両足を軽く閉じ締まり具合を調整をする。「わ。なんかこれ気持ちいい!」
「そう?良かった」「俺も初めての経験だけど、少し頑張ってみる」「うん」
と言って青葉は彪志に優しいキスをした。
 
お互いに初めてだったので、少し時間が掛かった気もする。でもしている最中青葉の体内の気の巡りは物凄く勢いづいていた。菊枝があのふたりの気の合体がセックスみたいなもの、と言っていたのを理解した。ほんとにあの感じに似ている!気の巡り自体は彪志の気と合体しているわけではなく、お互いに独立に回っているのだけど。青葉は彪志にされながら、彪志の体内の気の巡りも観察してみた。凄い勢いで巡っている。これ彪志もきっと気持ちいいハズ! 
そして彪志が逝った瞬間、彪志の気の巡りが「オーバーラン」っぽい状態になったのを感じ取った。そうか!男の子って出しちゃうと、それで戦闘機がヒットバリヤーで急停止させられたような状態になっちゃうんだよね。話には聞いていたけど、そういう変化を実地に見るのは初めてだ。わあ、やはりセックスって1度経験しておくべきものだったんだな、特に私みたいな者には。青葉は真剣にそう思った。これ自分で経験せずに、他人のセックス絡みの恋愛相談なんて受けられない!
 
彪志の気の巡りが「オーバーラン」状態から急速に鎮まっていく。青葉の方の気の巡りはまだまだ高速に駆け巡っていたが、それでも少しずつスピードが落ちていき、ソフトランディングを目指している感じだった。青葉は彪志の気の巡りが急降下していくのにあわせて、彪志の背中を優しく撫でていた。 
「私・・・・」
「うん」
「彪志のこと好き」
「俺も青葉のこと好きだよ・・・今度は『かも』とか『多分』とか無いんだね」
「うん。断言する。私、彪志のことが好き」
「ありがとう。俺も青葉のことが好き」
 
ふたりはまた深いキスをして愛を確かめあった。
 
結局、その晩はちゃんと服を着てから、一緒に並んで寝ることにした。ベッドはふたりで寝るには少し狭いけど、上段と下段に別れては寝たくない気分だった。
 
「高校生のセックス経験率って30%くらいなんだって」と彪志。
「ほんとかなあ。。。。みんな、そんなにやってるんだろうか」と青葉。「ちなみに中学生は確か5%くらい」
「うーん。中学生はもう少しあるかも。でも高校生だって15%くらいじゃないのかなあ・・・・」
「俺もそんなに経験してる奴がいるというのが信じられない。周囲の友達とかでも、経験したことのある奴なんて全然いないもん。ま、隠してるだけという可能性はあるけど。俺も青葉としたこと多分友達には言わないだろうし」
 
「でも姉ちゃんもしてたからなあ・・・・・」
「田中と付き合ってたんだろ?未雨ちゃん」
「うん。ふたりで一緒に津波にのみ込まれちゃったみたい。お腹の中の赤ちゃんも一緒に」
「俺、中学生や高校生がセックスするの別に悪いとは思わないけど、って俺も青葉と今やっちゃったけどさ、ちゃんと避妊はしないとダメだよ。今度から俺、常備しとく」
「ありがと」
 
「デートする時だけなんて思ってたら多分ダメ。青葉ってけっこう神出鬼没で、意外な場所で遭遇することあるからなあ」
「大船渡に一緒にいた時代もけっこうそんなことあったね」
「うん。短い期間だったけど、え?なぜここに青葉がいるのさ?っての何度かあった」
「私もびっくりしてたよ」
「でも今回の遭遇は、まさに驚きだね」
「うんうん」
 
「原理的には青葉は妊娠しないのかも知れないけど、青葉ならひょっとしたら妊娠しちゃうかもみたいな気もするから、俺する時は必ず付けるよ」
「ありがとう。私もその方が安心。アレの表面に潤滑剤塗ってあって、その分やりやすいのもあるし」
「確かにね。寝具も汚さなくて済むし」
「うん」
 
「あ、青葉、出生時刻っていつだったっけ?」
「何?占星術でも始めたの?」
「うん。少し興味持ってる。でも占星術は青葉のほうが詳しそうだなあ」
「1997年5月22日 3時17分 埼玉県大宮市。今はさいたま市になっちゃったけど。生まれた場所は大宮の氷川神社のすぐ近くだよ」
「あっ?埼玉の生まれだったんだ?」
「当時、うちの両親大宮に住んでいたから。佐賀出身と岩手出身が東京で出会って結婚したのよ」
「ロマンティックだね」
「新婚当初は凄くアツアツだったみたい。一度母ちゃんが飲んだくれながらこぼしてたし」
「へー」
 
「それで苗字も、父ちゃんはぜんぜんこだわらないからっていって、母ちゃんの苗字に合わせたんだよね。それ実家に何も言わずにやっちゃったから、そのあたりで実家と揉めたのが、父ちゃんとじいちゃんとの揉め事の始まりだったみたい」
「なるほどね」
「でもそんなにアツアツだったのに、青葉が小学校に入る頃にはもうひどい状態になってたんだろ?」
「そうなのよね〜。何があったんだろうね。そのあたりの話はしないままふたりとも逝っちゃったし」
「私のホロスコープ見る?」
といって、青葉はベッドから置きだし、鞄の中に入れていた自分のパソコンを取り出して占星術支援ソフトを起動し、自分のホロスコープを表示させた。彪志も起き出して肩をくっつけたままチャートを見る。
 
「うーん。。。。。。」
「どう?」
「あれ?青葉の月ってさ」
「彪志の太陽とピッタンコの位置にあるんだよね」
「占星術的には、俺の方が青葉の奥さんなんだ」
「そうなの」といって青葉は微笑む。
 
「彪志のチャートも重ねて表示しようか?出生時刻は何時だっけ?」
「1993年11月15日 15時13分 岩手県盛岡市」
青葉はデータを入力し、ふたりのチャートを二重円で表示する。
 
「私の月が蠍座23度5分、彪志の太陽が22度54分。その差11分。太陽の視半径より小さい。完全に重なって強め合う配置」
 
「俺も青葉も海王星MCなんだね」
「霊的な力を示唆してるよね。私は菊枝から霊能者になるために生まれてきたようなホロスコープだって言われたけど、彪志もけっこう霊感あるもんね」
「俺のチャートのハンドルの位置に青葉の水星・太陽・金星があるのか。だから俺は青葉と電話した後とか物事がうまく行くんだな」
 
「逆に私は彪志からパワーをもらってる感じ。ここ2年くらいの私のパワーアップはけっこう彪志のおかげだったのかも」
「俺が井戸で、青葉がつるべだよね、これ。つるべがあって初めて井戸は役に立つ。青葉も井戸の水があってこそ仕事が出来る。俺達はやはり離れられないんだよ」
「そうかも」
 
「だけど、青葉って、太陽が双子座な上に水星アセンダントだから、しゃべる仕事とかも合ってるんじゃない?」
 
「うん。実はね、最近将来アナウンサーになれないかな?なんて思ってるんだ。表の仕事としては」
「青葉、外国語得意だし、有利なんじゃない?それにそういう世界はたぶん普通の企業よりは青葉の性別のことを受容してくれるよ」
「うん。それはそうかもという気はする」
 
「金星が2室にあるから、青葉お金持ちになるね」
「ははは、なれたらいいね」
「テレビに出てるおばちゃんみたいにあくどい商売して御殿建てたり」
「私にそうなって欲しい?」
「絶対嫌」
 
「そうだ!これ彪志にだけ見せてあげる」
といって青葉は1枚の紙を取り出した。
「何これ?」
 
「菊枝が、こないだ誕生日祝いにって送ってきた。高野山の師匠の所まで行って私の分までいっしょにもらってきたらしい。師匠の庵に行くには道無き道を半日くらい歩かないといけないから、私は放っておいたんだけど」
「凄いところに住んでるな」
 
「でもこれ、字が達筆すぎて読めないや」
「印可状。ひらたくいえば、住職になる資格の認定状だね」
「え?青葉、お寺の和尚さんになるの?」
 
「『お寺』という形でなくても、これがある以上、いつでも宗教施設の主宰者になれるけど、まだこれは行使しない。これが印可状であることも誰にも言ってない。幸いにも、よほど書道の知識ある人でないと、これ読めないし」
「ふーん」
「そもそも私、宗教とかいう柄じゃないから」
「大船渡で祭壇一度見たけど、そもそも神道と仏教がミックスした感じだったね」
「うん。ひいばあちゃん自体がアバウトな人だったからね。ありがたいものは、天照大神様でも、大日如来様でも拝みなさい、なんて言われて育ったし、私」
と青葉は笑って言った。
 
その夜は朝まで下の段でくっついたまま寝て、朝5時に起きて、買っていた朝食を一緒に食べた。
「少し前から起きてるなとは思ったけど、眠たかったから寝てた」
「私、いつも朝4時に起きてジョギングしてるんだよね。だから目が覚めちゃって。列車の中ではさすがに走れないしな」
「通路走ってたら迷惑だしね」
 
「俺・・・・今夜青葉と一緒に過ごしたってこと、親にはとても言えないと思ってたけど・・・・」
「けど?」
「親父に言っちゃおう」
「えー!?」
「既成事実作り」
「もう・・・・・。でも私もお母ちゃんに言っちゃいそう」
 
「青葉とこの2年間、ずっとやりとりしてきたこと。この5月以降、3回、青葉と会って食事したり散歩したりしたことはその都度言ってある」
「何か言われてる?」
「最初の頃はやめとけとか普通の女の子にすれば?って言われてたけど、最近はまあ恋人として付き合う分にはいいんじゃない?みたいな感じかな。結婚宣言したら反対されるかも知れないけど」
 
「どっちみち、まだ私達結婚できないもんね」
「ま、ずっと先だよね。籍を入れられるの。最短でも青葉が20歳になってから」
「ね・・・・どうせたくさん待つんだから、もう少し待ってもらってもいい?」
「うん」
 
「大学出て、『表の仕事』に就いて、2-3年はしてから結婚したい」
「いいよ。じゃ・・・・青葉が25歳くらいの時?」
「うん、そんなものかな・・・」
「俺、できたら自分が30歳になる前に結婚したい」
「じゃ、やはり11年後かな・・・・・」
「それまで、ずっと仲良くしていきたいね」
「仲良くしていこうね」
 
ふたりはまた熱いキスをした。
 
6時27分。サンライズが岡山駅に到着する。彪志が降りていくのを青葉は手を振って見送った。
「じゃ、また。たぶん今月中に会うだろうけど」
「うん。またどこかで」
この時は、お互いにまた中旬くらいに一ノ関かな・・・・くらいに思っていた。実際にはまた偶然の遭遇が用意されていたのだが。
 
お互いに手を振りながら、電車は発車していく。青葉はドアのガラスに顔をくっつけてホームを見ていたが、やがて彪志の姿は見えなくなった。
 
出雲市には定刻の9:58に着いた。タクシーに乗り、住所を見せてそこに行ってもらう。「このあたりと思うんですが」という運転手さんのことばに「あとは自分で探します」と言って、車を降りた。
 
うーんと。。。。。青葉はあたりを見回しながらそれらしき『波動』を探す。「あ、こっちだ」
 
その家はすぐに見つけられた。ベルを鳴らす前にドアが開き
「いらっしゃーい」と声を掛けられた。
「お邪魔します。ご無沙汰してました」と挨拶して中に入る。
 
居間に座ってお茶を頂く。
「これ、東京のお土産です」
「おお、東京ばな奈だ!これ大好き!」
と直美さん。
「あれ。今日は東京経由で来たの?」と直美さんの旦那様の民雄さん。 
「ええ。東京に用事があって出て来て、帰りが本来は木曜日になる予定だったんだけど、どうせ遠出してきたからと金曜日は学校をサボって、週末にこちらに足を伸ばすことにしたんです」
「でも久しぶりね」
「はい。2年ぶりくらいですよね」
 
「だけどここ看板とか出してないんですね」
「菊枝も看板出してないでしょ?」
「うん。ごく普通の民家だった。以前画家のアトリエだったらしくて、その画家の人が亡くなった後放置されていたのを買い取って若干改造したらしい」
「あ、先々月高知に行ったんだったね。以前は菊枝はごく普通のアパートにいたんだよ。本の収納の仕方が芸術的だった。3次元空間をフル活用してる感じで。これって、地震が来たら確実に本に埋もれて死ぬなと思った」
「なるほど。今は本で3部屋あるから」
 
「青葉も当然看板出してないよね」
「うん。でも私の場合、慶子さんがいるから」
「そこからじゃんじゃん仕事が入ってくるわけか」
「うん。だけどようやく震災の遺体探しの仕事は一段落した」
「たいへんだったね」
「ここ3ヶ月ほどで250人くらい見つけた」
「わあ」
「大船渡、陸前高田、釜石、気仙沼、南三陸、この5地区にずっと気を飛ばし続けてたけど、2時間も気を飛ばしているとそれだけで体重1kg減るの」
「消耗するだろうね」
「うん。しかも、それやる時はとても食事とかできないし」
 
「・・・・しんどかったでしょ?対面する時」
「うん。遺体を見つける瞬間は実際にその遺体と至近距離で御対面する感覚になるからね」
「なかなか辛いね」
「何度吐いたか分からない。でも、家族を亡くした人たちは私より辛いから」
「青葉だってたいへんだったのに」
「ようやく最近泣かなくなった。最初の頃はもう悲しくて。特にお姉ちゃんだけでもね。。。。自分が全力出してたら何とか助けられなかったろうかって悔いが残っちゃって」
「仕方ないよ。青葉だってスーパーマンじゃないんだから」
「うん」
 
「だけど、今度の中学では青葉、ちゃんと女の子として扱ってもらってるんでしょ?」
「うん。去年も最初の1ヶ月は完璧な女子中学生してたんだけどなあ。担任の先生が小学校の時の担任の先生と電話したのでバレちゃったんだよね。でも今年は最初から私の性別のこと理解してもらった上で女子中学生できてるから」
「戸籍だけの問題だもんね」と直美。
「あれ?もう手術も終わってるんだっけ?」と民雄。
 
「まだ。GIDの診断書は2枚取れてるんだけど。タイはもちろん、アメリカとかドイツとかフランスとか探してみたんだけど、どこも16歳にならないと手術してくれないんだよね。ロシアで年齢制限無いとこ見つけて、念のため電話掛けてちょっと話してみて私の年齢でも手術してくれると確認は取れたんだけど、技術がよく分からない。どういうテクニックで手術してるのか?って聞いても何か要領得なかったし、私が自分で手術した方がマシみたいなところだったら嫌だし」
 
「それはちょっと怪しいね。ある程度まともな所に行った方がいいよ。しかし今の状態の青葉ちゃんにあと2年手術を待てというのは酷な気がするな」と民雄。「俺、ちょっと国内の医療関係の友人と、あとアメリカの方の知り合いにも当たってみるよ。青葉ちゃんの場合、色々状況が特殊だから、それなら手術してもいいという所、ひょっとしたら見つかるかも知れない」
 
そんな病院が見つかったらいいな。。。と思う青葉であった。
 
前頁次頁目次