【春和】(1)

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(c)Eriko Kawaguchi 2011.10.09
 
この物語は「春眠」のすぐ後から始まる。
 
7月最初の週末を古い知人である出雲の直美の所で過ごした青葉は3日日曜日の午後、出雲市を15:35発の「やくも24号」で岡山に出た。そして新幹線ホームで新大阪方面行きを待っていた時のことであった。
 
「おーい、青葉〜」という声で振り向く。
「わあ、彪志〜」と青葉は満面の笑顔を見せて、駆け寄って抱きつこうとして隣にいる人物に気付いた。
「あ、お父様、ご無沙汰しておりました」と青葉は彪志の父にペコリと挨拶した。 
「青葉ちゃんか!久しぶりだね」
「はい」
「2年前も可愛い子だと思ったけど、すっかり美人になってる」
「ありがとうございます」
「帰りも一緒になるとは思わなかったな」と彪志。
「うん。びっくりした」と青葉。
「愛の力だね」と彪志。
「あはは。でも今から一ノ関に戻れるの?」
「今度ののぞみに乗れば東京に22:13に着くから、それから24時間営業のレンタカー屋さんで車を借りて一ノ関まで走る」とお父さん。
「そうか!車が使えたら、そういうことができるんですね。わあ、私も早く免許取りたいなあ」
「俺、今年取りたかったんだけどね〜、受験勉強で忙しいから無理」
「11月生まれだと無理だよね」
 
やがて新幹線が来たので乗り込み、自由席の3席並びの所に座った。彪志が真ん中になるのは確定として、窓側の席を青葉とお父さんが譲り合ったが、
「私が新大阪で降りますし」と青葉が言うので、結局お父さんが窓側の席に着いた。 
「先月は、彪志さんには父と姉の仮葬儀にも出てもらって助かりました。うちは親族まるごとやられた感じで、参列者が全然居なかったから」
「未雨ちゃんの一応元同級生でもあったしね」
「私と佐竹さん親子と彪志さんと、あと姉の同級生が3人来てくれて、何とか少しは形になったかなという感じでした」
「ほんと大変だったよね」とお父さん。
「あと、お母さんが見つかってないと言ってたっけ?」
「はい。母まで見つかったところで全員の本葬儀をするつもりです」
「彪志、その時はまた行ってあげなさい」
「うん。行くつもり」
 
「ところで一昨日は、こちらに来る時、青葉ちゃんのおかげで彪志が寝台特急に乗れたということで、ありがとうございます」とお父さん。
「いえ、偶然2人でも乗れる個室のチケットを持っていたもので」
「夜はその・・・何やらあった・・・・んですよね」と小さい声で父。「はい。彪志さんと少し秘め事をしました」と青葉は笑顔で答える。
「全く、中学生相手に何やっとんじゃ?と叱った所でして」と父。
「ふしだらな娘で御免なさい。でも一昨夜はなんか自然にそうなってしまって」
 
青葉は昨日その件を母と千里に電話して言ったが、千里も途中から替わった桃香も「おお頑張れ」と言っていたのに対して母は「中学生には早すぎるよ」
と注意した上で「でも、好きなんだったら仕方ないよね」と優しく言った。「でも自分を大事にするんだよ」とも言っていた。
 
「いや、一昨夜はそこまでしとかないと次、青葉に永久に会えないような気がしたんだ」と彪志。
「今日また会えてるじゃないか」とお父さん。
「たぶん、あそこまでしたことで運命の歯車が変わったんだと思います」
と青葉はにこやかに言った。お父さんは大きく頷いていた。お父さんはこの手の話(意識や行動で運命が変わっていくという考え方)を理解してくれる人のようで彪志が霊感を発達させてきたのも、お父さんの考え方の影響があるんだろうな、と時々青葉は思っていた。
 
「大船渡と八戸に住んでた2年間に全然会えなかったのが、高岡と一ノ関になってから、今日でもう会えたのが5回目。でもこの距離だといつ全然会えない状態になっても不思議じゃないですよね。でも、彪志さんとは何か縁があるみたいだなあ、と私も思ったりします。私みたいな女の子だと縁があるのがご迷惑かも知れないけど」
 
「そんなことないよ。でも2年ぶりに会って、あらためて見てるけど、青葉ちゃんって、やはり普通に女の子だよね」
「はい、私自身は普通に女の子のつもりです」と青葉は笑顔で答える。「ますます女らしくなってる気がするし。息子の彼女じゃなかったら僕でもちょっとよろめきそうだ」
「親父ってロリコンだったのか?」
 
「そのつもりは無いけどね。で・・・将来、性別変更するの?」
「それは確実にします。変更できるのが20歳からなので、20歳になったら即申請するつもりです」
「じゃ、僕も君が20歳になるまで、ふたりのことはゆっくり考えることにするよ」
「ありがとうございます」
「今度、また岩手に来る機会があったら、こちらの自宅に1度寄ってよ」
「はい。寄らせて頂きます。だいたい土日使って往復してますから」
「うん、土日なら僕も家にいると思うから」
「はい」
 
やがて新幹線は新大阪に到着。青葉は米原に停まる別の新幹線に乗り換えるため、彪志たちに別れを告げて列車を降りた。そのあと青葉は米原から、しらさぎに乗って高岡に帰還した。
 
出雲市1533→1838岡山1849→1935新大阪1950→2025米原2105→2329高岡 
翌4日月曜日、青葉がいつものように早朝ジョギングを終えて自宅に戻ると、もう母が起きていた。
「お早う。早いね」
「青葉こそ毎日早いよね。旅の疲れは無いの?」
「うん。しらさぎの車内でぐっすり寝てたし」
「ふだんは青葉、瞑想する時間だろうけど、今日は少し話したくてね」
「うん。。。彪志とのこと?」
「青葉、ふたりの男の子の間で心が揺れてたみたいだったけど、結局、彪志さんの方に決めたのね」
「うん。ランには電話して、ごめん。他に好きな男の子が出来ちゃったって言った」
「そう」
 
「それでもずっと好きだからって言われちゃったけど」
「それは男の子のリップサービスよ」
「かもね。。。ラン、私以外にも好きな子いるって公言してたし」
「まあ、そういう男の子もけっこういるから。でも、いつ彪志さんのほうにしようって決めたの?まさか彪志さんとしちゃったから彪志さんに決めたんじゃないよね?」
 
「違うよ。決めたのは、5月下旬に会った時。正確には会った後」
「へー」
「5月上旬に会った時は久しぶりだね、寂しかったよ、みたいな話で終始したんだけど、下旬にまた会った時、凄い口説かれたんだ。その場でもかなり心が落ちてしまいそうだったけど、そのあとこちらに戻ってくる列車の中で自分の気持ちをあらためて考えてて・・・・私、やはり彪志のこと好きなのかも知れないって思うようになったの。やはり私、ランにキスされて、自分でもランに好きと言ってたことを気にしすぎてたのかなって」
 
「青葉にとって、それ初恋でファーストキスだったのね」
「うん」
「それにこだわってしまうの当然よ。青葉、女の子なんだから」
「うん」青葉は微笑んで返事をした。
「女の子は誰でも初恋とファーストキスは忘れないよ」
「そうだね」
 
「Hは気持ち良かった?」
「気持ち良かった。あとキスの感覚もね、3年前にランとキスした時と全然違ってたの。ランにキスされた時、私の体内の気が凄い乱れちゃって、しばらく立てないくらいだったのに、今回彪志とキスした時は、単純に凄く気持ち良かった」
「それは青葉がキスという行為を自分で受け入れることができる年齢に達したからかもね」
「あ、そうか」
 
「それとキスされる時の気持ちの問題もあるよ。女の子は誰だって相手から突然キスされたらびっくりして混乱しちゃう。小学5年生ならまだ未熟だもん。立てなくなっても不思議じゃない。でも彪志さんとキスした時は青葉自身もキスしたかったんじゃないの?」
「うん。私もキスしたかった。だからか!」
 
「でもHって、青葉、どこ使ったの?あちらの穴?」
「ううん。素股だよ」
「あらら。でもよく、そういうテク知ってたね」
「私、耳年増だから」と青葉は笑って言った。
 
しかしこの手の問題を母とふつうに話せるというのはいいなと青葉は思った。実の母とは小学2年頃以降、そもそもまともな話をした記憶が無い。
 
その日の放課後、コーラス部の通常の練習が終わってから、青葉だけソロパートの居残り練習をした。
「先週の火曜日以降見てなかったけどレベル落ちてないね」と寺田先生。 
「毎日練習してました。火曜の夜はプロの歌手してる友人の家に泊まったので、自宅内に設置された防音室の中でたくさん歌い込みました」
「へー、そんなお友達がいたんだ!」
「私の歌を聴いてくれて、その場で録音して、それを一緒に聴きながら細かい点の注意とかもしてもらったんです」
「それでか?歌の表情が豊かになったと思った!」
 
「あと、水曜から金曜までは千葉の姉のアパートに滞在してたので、その近所のカラオケ屋さんに行って歌ってましたし、土日は出雲の友人の家で、一軒家だったので、そこで歌わせてもらってました」
 
「うん、偉い偉い」
「でも、他のみんなも凄く熱心に練習してるから、私はみんなの倍は練習しなくちゃと思って」
「川上さんの熱心さに引きずられて他の子も熱心にやってる感じもあるよ」
 
「あの。。。。先生」
「何?」
「先生、地区大会のメンバー表提出のギリギリまで、混声合唱で行くか女声合唱で行くか悩んでおられたでしょう?」
「うん、ほんとに悩んだ。純粋にレベルだけ取るなら女声合唱なんだろうけど男の子たちも今年は凄く熱心だったからね。川上さんの影響で女子たちが熱心になって、その子たちの一部にちょっと個人的にお熱な数人の男子が熱心になって、その影響で他の男子も熱心になって、といい連鎖反応だった」
 
「それで、ひょっとして私を出すためには混声合唱にしなきゃいけなかった、なんてことはないですよね?」
「なにそれ?」
「いや。。。。ちょっと風の噂に耳にしたもので」
「誰がそんな馬鹿なこと言ってるの?何の根拠もない噂だわ」
「そうですか、良かった」
「だって、あなた女子部員なんだから、あなたを入れて女声合唱でも行けるよ」
「そうですよね」
「川上さん、そろそろ自分の性別にコンプレックス持つのやめた方がいい」
「はい」
 
翌日、お昼休みに図書館に行き、面白そうな本を2冊借りて出て来たところでばったり美由紀と遭遇した。
「あれ?もう借りたの?」
「うん。ちょっとロマンスとかも読んでみようかと思って」
「ジェーンエアにレミゼラブルか。安直だけどハッピーエンドはいいよね」
「たくさん泣けるよって言われたし」
「ね?昨日から、ちょっとどこかで話したいなと思ってたんだけど」
「あ・・・たぶんあれのことかな・・・・」
「たぶんそのことだね」
 
ふたりで図書館のそばの芝生の上に座った。
「青葉、彼氏とのことで何か進展があったよね?」
「美由紀って、そういう所鋭いなあ。分かっちゃうのね」
「例の彪志君と何かあったの?」
 
「うん。彼と何と東京で遭遇しちゃったのよ、ほんと偶然に」
「それは凄い確率だね」
「なんか運命の糸に引き寄せられたって気がした」
「で・・・やっちゃった?」
「そこまで分かった?」
「開封済みって感じがしたよ」
「ああ、なんかやはり表に出ちゃうのか、そういうのって」
「気付く子は少ないだろうけどね。日香理も気付いたと思うよ」
 
「彼、急用で岡山に行くとこでさ。でも東京から先の切符が確保できてなかったの」
「青葉は出雲に行ったんだよね」
「そう。私の乗るサンライズは岡山から伯備線で山陰に行くから」
「一緒に乗ったのね」
「うん。私が取ってたチケット、1人でも2人でも乗れる部屋のだったから」
「それで、その中でしちゃったんだ」
「しちゃった」
 
「ラン君とはどうするの?」
「彼には御免なさいって電話した。それでも諦めないって言われたけど」
「ラン君のそれ、たぶんある意味本気」
「そんな気はする。彼たくさん恋人作るけど、その1人1人に本気になるっぽい。でも御免なさいって言うしかない」
「いつかは選ばなきゃいけなかったことだもんね」
 
「うん」
「いつ彪志君の方に決めたの?」
「ほとんど決めたのは5月22日の夜だと思う。22日の午後に会った時に物凄く口説かれて。その場ではちゃんとした返事しなかったけど、こちらに戻る列車の中で考えていて、やはり私彪志のこと好きなのかなあって考え始めた。翌朝美由紀に『2人の男の子から好きと言われたらどうしよう?』て私が訊いた時、あれを訊いたこと自体が、自分の心が彪志のほうに振れつつあったかもという気もするの」
「なるほどねえ、青葉らしくない相談だと思った」
 
「でもね、実は私ずっと前から彪志の方に決めてたのかもって気もするの」
「それはそうかもね。だってラン君とは全然連絡しあってなかったのに、彪志君とはずっと電話で話してたんでしょ?この2年間」
「そうなの。それが既に答えだった気がする。私、自分で自分の心を停めてたんだろうな」
 
「でも凄い遠距離恋愛だね」
「だよねー。直線距離でも400kmくらいある。実際の移動距離は800km以上」
「まあ、頑張ってね」
「うん。ありがとう」
翌6日。東京で冬子(ケイ)がそれまで胸に入れていたシリコンバッグを抜く手術を受けた。先週青葉とその話をしたばかりなのに、行動の速い人だ!その夜は電話で遠隔ヒーリングをした。
 
「凄ーい。私は寝ているだけなのに、痛みが取れていく感じだよ」
と冬子。
「この世の中には実際に各組織をつなぎ合わせていってあっという間に傷を治してしまう人もいるという噂なんだけど、私にはそんな超能力者みたいなことできないから、あくまで気の流れを調整しているだけ」
「充分、青葉ちゃんも超能力者って感じだよ」
 
「・・・・あのあと、和実さんとも少し個人的に話したんですけど、彼女も私と似た感覚持ってるみたいで」
「何?何?」
「私、今実際に生きているのかなあ、って」
「何それ?」
 
「実は私も震災で死んでいて、私は今生きていると思い込んでいるだけなのかもって。私は『我思う。故に我あり』と言ったデカルトは楽観的すぎると思う。だって、私もうこの世に存在していない人の思念をたくさん見てきたし」
 
「青葉ちゃんにしても、和実ちゃんにしても、ほんのちょっと前まで言葉を交わしていた人が死んでいるから、よけいそんな感覚になっちゃうんだろうね。私も当時仙台の放送局にいたから、被災者の端くれかも知れないけど、あれはほんとに自分の根幹がひっくり返る天変地異だよ」
「うん」
 
「それに特に青葉ちゃんの場合、実際に肉体が滅んでも精神だけ超生することのできる子という気もする。その気になればね」
「超生の仕方は・・・実はちょっと分かる気がするの。ほんとにできるかどうかは死ぬ時しか試せないけど」
「それは凄い。でもね」
「うん」
「青葉ちゃんが今生きていることはたぶん私が保証できるよ」
と冬子は言った。
 
「だって青葉ちゃんが存在してないのなら、私も存在してないことになるもん」
「冬子さんの歌をたくさんの人が聴いてるから、冬子さんが存在してなかったら、その人たちも存在してないことになりますもんね」
 
「そうそう。もしそうなら、あるいは日本人全部幽霊になってたりしてね」
と冬子は笑う。
「あ、そういえばそんなSF小説があったよ。核兵器で日本が全滅して日本人が全員幽霊になっちゃうっての」
「へー」
「それで幽霊になった日本人が、もう死なないことをいいことに世界中に出て行って好き放題するの」
「面白ーい」
「もし、青葉ちゃんも私も実は存在してないんだったらさ」
「はい」
「どうせ存在してないんだから、好き勝手に生きればいいのよ」
「そうか!」
 
その週の週末はまた岩手行きであった。金曜夜の高速バスに乗り、朝仙台に着いて、慶子の車で陸前高田に入った。今回は陸前高田でいくつか依頼がたまっていたので、それを片付けたのであった。またこの日、慶子の新しい家の地鎮祭・起工式が行われたので、その日工務店の人が帰ってしまってから青葉は慶子とともに、その土地の四隅に『例の物』を埋める儀式をした。 
「これで結界になるんですか?」
「ええ、霊的なものに対してはこれで防御できます。物理的なものに対しては無力なので、津波にはきれいさっぱりやられてしまいましたが」
と青葉は答えた。
「あれは何なんですか?4つとも袋に入っていたけど」
「私も分からない。曾祖母からも慶子さんのお父さんからも『中を見たら死ぬ』
と言われています」
「きゃー」
「見ない限りはこちらを守ってくれる。世の中にはその手のもの多いですよ」
「確かに時々聞きますね」
 
「工事中、時々ここ見に来ますよね?」
「ええ、一応毎日来るつもりです。工事の人たちにお茶くらい出したいし」
「それなら大丈夫です。埋めたまま放置していると良くないのでいったん回収しておいたのですが」
「なるほど。特にここで毎日何かの儀式をする必要とかは無いんですか?」
「必要ありません。ただここに来た時『こんにちは』と言ってあげてください」
「はい」
 
土曜の夜は早紀の家に泊めてもらい、椿妃も来たので早紀の部屋(4畳半)に無理矢理3つ布団を敷き一緒に寝ることにしたが、遅くまでわいわいやっていたので早紀のお母さんから「あんたたち、いいかげんに寝なさい」と叱られた。 
「じゃ、青葉の学校はとりあえず県大会に駒を進めたのね」
「うん。来週県大会。なんかみんな燃えてるから私も頑張らなくちゃ。そちらは?」
「一応地区大会トップで県大会行きを決めた。こちらも来週の日曜県大会だよ」
「じゃ、お互い頑張ろうね」
「うん」
「結局、ソプラノのソロは誰が歌ったの?」
「地区大会では歌里(かおり,立花さん)が歌った」
「あらら」
「でも県大会ではまた分からないって。その時点で歌里と柚女(ゆめ)の調子のいい方に頼むから、ふたりとも気を抜かずに練習しろって先生は言ってる」
「わあ、シビアな戦いだ」
「ふたりとも燃えてるよ。凄い練習してるから、他のみんなも一緒に燃えてる」
 
日曜日は午前中に市内で1件小さな霊障相談に行き、それが11時頃終わったので、清めの儀式をした上で慶子に一ノ関まで送ってもらうことにしたが、慶子が個人的な用事があるということだったので、それが終わる12時頃まで1時間ほどと思い、クレープ屋さんに入って、いちごケーキのクレープを注文し、コーヒーを飲みながら、携帯を見ていた。
 
その時「あれ?もしかして川上さん?」と声を掛ける人物があった。
「あ、はい?」
青葉はその人物の顔を見て大急ぎで頭の中のファイルをめくるが誰なのかよく分からない。
「あ、覚えてないよね。僕は君のお父さんの友人で白石というのだけど」
「あぁ!私が小学1年生の頃に確か2〜3度、うちに来られましたよね」
「おお、凄い記憶力だ」
「でも、よく私って分かりましたね」と青葉。
 
「お父さんがよく君たち2人の写真を見せてくれてたから」
「えー?父がそんなことしてたんですか?」
「君・・・えっと・・・妹さんの方だよね?」
「はい。姉も震災で亡くなったので」
「そうだったのか」
「姉と父の遺体は先月見つかりました。母の遺体はまだ見つかってませんが、たぶん今月中に見つかりそうな気がします」
「そうか、君霊感が強いんだったよね」
「そんなことまで話してたんですか、父は?」
 
「僕、君のこと、『妹さん』と言っちゃったけど、『弟さん』じゃなくて、『妹さん』でいいんだよね?」
「はい、そちらでお願いします」と青葉は笑って言う。
「今通ってる学校でも女子生徒として扱ってもらってますし」
「わあ、そうなんだ。今どこにいるの?」
「富山県の知人の家に身を寄せてます。後見人にもなってもらったんです」
「おお、良かったね」
 
「ところで。。。父のお友達でしたら、父が何の仕事をしていたのか、ご存じですか?母に聞いても『私にも分からん』と言われて。姉も知らなかったみたいでしたし」
 
「うーーん、実は僕も知らないんだ」
「あらあ」
「なんか、いろんなことをしていたみたいだけど、収入はかなり不安定だったみたいだね」
「ええ。家には全然お金入れてませんでしたから」
「そうだったのか?じゃ君たちどうやって暮らしてたの?」
 
「母は仕方ないので最初の頃、祖父母から少し支援を受けていたみたいでしたが、その内母がキッチンドリンカーになって、結局私達を放置するようになっちゃって」
「なんだい、じゃ君たち姉妹ふたりで暮らしてたの?」
「ええ。一応私が拝み屋さんの仕事を不定期にしていたので、その収入で何とか」
「よく生きてたね」
 
「はい、何とか生き延びました。姉も震災を生き残れたらよかったのですが」
「おびただしい人が死んだね」
「ええ。友人も何人も死にました」
「死んでなくても県外に引っ越した子も多いでしょ」
「ええ。私もそのひとりですが。それで学校の生徒の数が激減して、今隣の中学と臨時合併して授業やってるんですよ」
「うんうん。聞いた」
 
「お父さん達は昔埼玉に住んでたんだよね」
「はい。私も埼玉で生まれましたから」
「最初旅行代理店みたいな仕事をしていたのだけど、お父さんはその内当時流行りだしたインターネットに注目してね。旅行のネット通販での取り次ぎを始めたんだ」
「へー」
「当時はとにかく物珍しいメディアで注目度は高かったけど、使いこなせる人は少なかった。通販サイトもまともな所が少なかった」
「でしょうね」
「お父さんは、すごく使いやすいサイトを構築してね。旅行の内容もほんとによく分かるように工夫していた。写真をふんだんに使っていたわりには重たくならないようにうまく加工してたし。実際に参加した人の感想をたくさん掲載していたから、結構注目されていた。そしていろんなサイトからたくさんリンクを張ってもらったんだ。当時はリンクなんて申し込めばみんな即相互リンクしてくれる時代だったし」
「わあ」
 
「そんな時に君たち一家が住んでいた事務所兼住居が再開発に引っかかって、立ち退かなきゃいけなくなって。それでネットの仕事なら、別にどこでやっても構わないし、というので、お母さんの実家のある大船渡に引っ越してきたんだよね」
「なるほど」
「僕はお父さんとは大学の同級生だったんだけど、当時気仙沼に住んでいたんで、よく会う機会があって、お父さんとの交流が多くなったのはその頃からなんだよ」
「へー」
 
「お父さんたちがこちらに引っ越してきたのがたぶん2000年だったと思うんだけど」
「そうです。姉が小学校に上がるのに合わせて引っ越したと言ってましたから」
「その翌年、2001年の9月11日にとんでもない事件が起きてね」
「・・・・同時多発テロですか!」
「うん。あれで航空業界も旅行業界も絶不況になってしまった」
「あああ」
「それでお父さんの事業は行き詰まってしまったんだ」
「そうだったんですか・・・」
 
「その後のことは実は僕もよく分からなくてね。いろんなことに手を出してはいたようだけど、どれもなかなかうまく行かないようではあった。いつも疲れて悩んでるような顔をしていたから、心配して何度か声を掛けたんだけど、うん、何とかする、みたいな反応で」
「はあ・・」
「ストレス溜まってたんだろうな」
「私は物心ついた頃から、父は自分達に暴力を振るう人、という認識しかなかったです。幼稚園の頃とか毎日のように殴られていましたし」
「わあ・・・・」
 
「そんな生活の中で、私にとっての救いが曾祖母だったんです」
「八島賀壽子さんだよね。この付近では有名人だった。あ、そうか!君は八島さんの跡を継いだんだね!」
「はい。小学2年の時に曾祖母は亡くなったので実質継承しました。でも実は幼稚園の年長さんの時からほとんど曾祖母の仕事は私が代行してたんです」
「すごい」
 
「よく曾祖母に連れ出されて、野山を走ったり、滝行したりしてました。その修行自体は結構きつかったけど、家にいて父に殴られるのよりはずっと良かったから頑張ってました。そのうち、気の操り方を覚えて、それで父に殴られても怪我しない殴られ方が分かりましたし」
「天才少女だったんだね」
「そうですね。よく『あんた凄い才能があるよ』『ぜひ私の跡継ぎになって』
と言われました。それと曾祖母は私を最初から女の子として扱ってくれたから、それも嬉しかったし『魂が女の子だから女の子の服を着ていい』とも言われたし」
 
「しかしそうか・・・・君が八島さんの跡を継いだんだったら、たぶん君に頼みたいことが、いくつかあるよ」
「そうですか。一応、曾祖母のお弟子さんの娘さんで、佐竹慶子さんという人が大船渡にいて、私の窓口になってくれていますので、そちらの住所と電話番号お伝えしておきますね」
青葉はメモ帳に、慶子のところの住所電話番号と、自分の住所・携帯番号を書いて白石に渡した。白石も自分の住所と電話番号を書いてくれた。携帯は電話番号とアドレスを交換した。
 
「こちらにはだいたい月2回くらい来てますので」
「じゃ、今度時間が取れた時でいいから、ぜひ気仙沼の方にも寄ってよ」
「はい。事前に連絡しますね」
まだ少し世間話などしているうちに慶子がやってきたので、慶子にも白石さんを紹介して、ふたりは名刺を交換していた。
「ああ、なるほど。表向きはあなたが継承者ということになってるんですね」
「ええ。中学生が出て行っても信用されないので」
「でも実際には全部青葉さんがしてくださってるんです」と慶子は笑って言った。 
白石に別れを告げて、慶子の車で一ノ関まで送ってもらった。
「すみません。個人的な用事なのに、送ってもらって」
「うんうん。いいのよ。私も車で走り回っていると気分転換になるし」
「菊枝がドライブしてると頭が空白になるんだと言ってました」
「あ、そうかも。たぶんマラソンとかしているのと似た感覚」
「私も早く免許とってやってみたいなぁ」
 
「・・・・青葉さん、実は運転できるでしょ?」
「え?」
「だって青葉さん、しばしば助手席でブレーキ踏むような動作するんだもん。5月頃から気になってたんだけど」
 
「・・・それは内緒ということで。実は小6の時に教えてくれた人がいて・・・基本的な操作は覚えたんです。5月に菊枝の所に行った時、今慶子さんに言われたのと同じこと言われて・・・『運転できるなら、私ちょっと疲れたからしばらく運転代わって』なんて言われて1時間くらい運転しました。久しぶりだったけど、すぐ感覚が戻って来た」
「まあ、運転する時はお巡りさんに見つからないようにね」
「へへ」
 
駅前で降ろしてもらい、しばらく待っていたら、彪志がなんと父と一緒に車でやってきた。挨拶して乗り込む。車は郊外の住宅地に着いた。
「お邪魔します」といって家に上がる。
「青葉さん、お久しぶり」とお母さん。
「どうも、ご無沙汰しておりました」
「すっかり美人さんになっちゃって」と笑顔で歓迎してくれる。
「あ、これ詰まらないものですが、お土産です」と言って高岡で買ってきていた『鹿の子餅』を出す。
「あらあ、気にしなくていいのに」と言ってお母さんが受け取る。
 
「さあさ、お腹空いたでしょ?お昼御飯にしましょ」
「あ、すみません。待っていてくださったんですか?」
「大丈夫、ふだんの日曜のお昼なんて適当だから」と彪志。
「昨日も2時過ぎてからカップ麺だったし」
「こらこら、そういうのバラさないで」とお母さん。
 
お母さんは大きな皿に盛った焼きそばを台所から運んでくる。
「あ、私も何かお手伝いします」といって青葉は席を立つ。
「ありがとう。そこの箸立てから、お箸を4人分持ってきてもらえる?」
「はい」
青葉は箸立てを見るが、同じ模様の箸がたくさん立っている。特に個人用の箸は定めていない方式だなと判断し、取り箸まで含めて適当に10本抜き出してきて1組大皿に置き、残りを食卓に配った。その間にお母さんが小皿を4枚持ってきてみんなの前に置く。
 
「では頂きます」とお母さんが声を掛けてから、みんな頂きますを言い食べ始める。
「私、礼儀とかマナーとか全然分からないので、失礼なことしたら済みません」
と青葉が言うが
「あら、青葉さん、しっかりしてる感じよ」とお母さんは言う。
「お箸も取り箸まで用意してくれたので『おっ』と思った」
 
「私も姉も、小2の頃から両親に放置されてたので、躾とかが全くされてないんですよ。富山に行ってから、新しいお母さんに頼んで基本的なこと、たくさん教えてもらったけど、まだ全然不安で」
「大丈夫、俺もそういうのさっぱり分からないから」と彪志。
「あんたは少し適当すぎ」とお母さん。
「だいたい、その箸の握り方は何よ?ほら、青葉さんを見てごらん。きれいにお箸持ってる」
 
「わあ」と意外な所に飛んできて青葉も焦る。
「お箸の握り方なんていいじゃん。食べ物を摘めたらいいんだよ」と彪志。「あ、でも青葉、無理にお箸右で持たなくても、左でいいからね」
「あ、ありがとう。じゃ変えちゃおう」
といって青葉は左手で箸を持ち直した。
「あら、左利きなのね。でも右でも左でも、お箸ちゃんと持ってる」
「結局そこに来るのか」
 
その時青葉が「あれ?」という声を出す。
「どうしたの?」
「この焼きそばが盛ってあるお皿、凄く良いお皿ですよね」
「あら?陶磁器のこと分かるの?」
「全然。うち、そもそもまともな食器無くて姉とふたりでしばしば紙の皿とかで食べてたし。富山に来てからこちらのお母さんが山中塗りが好きなんで、山中の漆器が家に沢山あるのですが陶磁器にはあまりこだわりがないみたいで」
 
「これは古伊万里の皿なの」
「へー。といっても御免なさい。その方面、さっぱり分からなくて」
「だいたい200年くらい前に佐賀県の有田で焼かれた磁器ね」
「すごい」
「でも、どうしてこれが良いお皿だって分かったの?」
「作った人の波動を感じるんです。凄い丹精込めて作られているから、とてもいい品だと思って。この皿自体が持っている波動も美しいです。もちろん、絵柄も可愛いですよね」
「そうそう。有田系の磁器って、絵柄が可愛いのよね。それで私好きで」
 
「でも有田で作られたのに伊万里って言うんですね?」
「伊万里が輸出港だったから」
「ああ!」
「ヨーロッパでは凄く人気があったらしいわ」
「へー。じゃコーヒーのモカなんかと同じ原理ですね」
「うん。輸出港の名前がブランド名になっちゃったのね」
「青葉のおじいさん、有田の元陶工だって言ってなかった?」と彪志。「あら」
 
「陶工というより絵付け師だったらしい。でもうちには有田焼きらしきものは1枚も無かったよ。喧嘩してたからかも。でも3月におじいさんの所に行った時は、あの蘭の模様の・・・」
「香蘭社?」
「あ、それかな?なんかいい感じの湯飲みが出て来ました」
 
「世間一般には深川製磁という所の製品が好まれるんだけど、香蘭社もまた根強いファンが多いのよね」
「へー」
 
食事が終わったあと、青葉が持ってきたお菓子を開ける。
「わあ、なんか上品そうなお菓子」
「お茶入れるわね」
と言って、お母さんが煎茶を入れてくれた。そつなく青葉が手伝ってみんなの分の湯飲みとお菓子を乗せる小皿を配る。
 
「私、凄く気に入った」とお母さん。
「ええ。これ、けっこう美味しいでしょう?」
「いや。このお餅も凄く美味しいけど、私が気に入ったのは青葉さん」
「わあ」
「あなた、気配りが凄いし、雰囲気が凄く柔らか。お手伝いする時がすごくさりげなくて。いいお嬢さんだなあ。またこちらに来た時はぜひ寄ってね」
 
「いや、毎回それだと、俺、青葉とデートできない」
「いいのよ。彪志はしばらく受験勉強で忙しいからデートしてられないはず。代わりに私が青葉さんとデートしたいわ」とお母さん。
「ちょっとー、それはないよぉ」と彪志。
青葉は困ったような笑顔をしている。
 
「取り敢えず」と彪志のお父さん。
「母さんも青葉ちゃんのこと気に入ったようだし、彪志と青葉ちゃんは少なくともこちらの方では公認の恋人ということで」
「ええ。まだお互いに結婚とかが考えられる年齢じゃないけど、恋人として付き合う分は全然構わないと思うわ。お互いの勉強とかに影響が出ない程度にね」
「俺、むしろ青葉がいることで励みになってるよ」
 
なるほど。結婚はどっちみち先のことだから後で考えるとして取り敢えず恋人として交際するのは、親としてはノープロブレムというニュアンスのようである。しかし青葉は念のため『その点』を確認した。
 
「あ、えっと・・・お母さんも私の性別のことはご存じなんですよね」
「ええ。でも、こうしてあなたを見てると、戸籍上は男の子だなんて、全く信じられないわ」
「でも実は俺も未だに青葉が男の子という証拠を見たことが無いんだけどね」
「あら、そうなの?」
「だって、青葉って裸にしてみても女の子にしか見えないんだもん」
「おや、彪志、あんた青葉さんの裸を見たの?」
「うん、まあ・・・」
こないだの一夜の件はどうもお母さんには言ってなかったようである。 
「付き合い出した2年前の時点で既におっぱいあったし、こないだ見た時にはかなり大きくなってたし。完璧に女の子の身体だったよ」
「あら、その胸って本物なの?」とお母さん。
「はい」と青葉は微笑んで答える。
 
「お股には何も付いてないし」
「そういう所まで見た訳?彪志」
「はい、見られました」と微笑んで青葉。
「でも、そしたら普通に男の子と女の子がするようにできるのかしら?」
「うん。普通に男の子と女の子がするようなことをしたよ」と彪志。
「あら、しちゃったの?」
「高校生のセックス経験率は30%らしいよ、母ちゃん」
「全く呆れるわ。でもちゃんと避妊したわよね?」
 
「はい、彪志さん、ちゃんと付けてくれました」と青葉。
「私は本来妊娠しないはずなんですが・・・・彪志さん、私ならマジで妊娠したりしかねない、なんて言って」
「あ、そうか。妊娠しないんだっけ?」とお母さん。
「それが青葉って生理があるんだよね」と彪志。
「え!?」
「普通の女の子の生理とは少し違うみたいだけど。そんな子だから妊娠もあり得なくもない気がするから、結婚できるようになるまではちゃんと避妊する」
青葉は何も言わずに笑っている。
 
「でもそこまで進んでるんなら、親がどうこう言う話じゃないよわね、お父さん」
「いや、そういう関係あるなしに関わらず、青葉ちゃんはいい子だと思うよ」
「ありがとう」
「ありがとうございます」
「彪志、あまり受験勉強が忙しくならない内に、夏休みにでも1度、富山に行って、青葉さんのお母さんにも挨拶してきなさい」
「だね、行ってくる」
その日は15時くらいまでお母さん・お父さんを交えて居間で団欒をし、その後彪志の部屋にふたりで行って、少しふたりだけの会話をした。さすがにセックスまではしなかったが、しっかり抱き合ってディープキスをした。
 
「さすがに下の階に親がいる状態でセックスはできないな」
「ふふふ。したかった?」
「そりゃしたいさ。でも今日は我慢しないといけない日のようだ。ああ、折角アレ買ったのにな」
「わあ、買ったんだ」
「これ」
と言って、彪志はスポーツバッグの中の手帳の間から、避妊具を取り出した。 
「面白い所に入れてるね」
「よく持ち歩くものに入れとかないとね。学生鞄にも入れてるよ。でも友達に見られたくないから隠し方は悩んだ。箱や説明書は買ってすぐにコンビニのゴミ箱に捨てた」
「うふふ」
「青葉」
「うん?」
「セックスしない代わりに、胸触らせて」
「いいよ。いつも触ってるくせに」
と言うと、青葉は彪志の手を取り、自分の服をめくって、ブラジャーの上に直接彪志の手を接触させた。
「あ・・」
「ん?」
 
「だっていつも洋服の上からだったのに」
「私の身体は全部もう彪志のものだよ」
「あ、えっと・・・・・」
「だから、胸以外の場所でも、どこにでも触っていいよ・・・・どうしたの?」
「やりてぇ・・・・無性にやりてぇ・・・・」
「あはは、今日は我慢ね。ちょっと可哀想だけど」
 
その後は彪志とはごく普通の会話を重ねた。1時間ほど話していた時、その話題が出た。
 
「そういえばさ、昨夜、俺の夢の中に青葉が出て来たよ」
「あはは、それ私、覚えがある」
「え?あれ実の青葉なの?」
「私、無意識に友達とかの夢に勝手に侵入しちゃう癖が昔からあって」
「俺、青葉の夢はしょっちゅう見てるけど、昨夜の青葉は妙に実感があるなと思ったら・・・・」
「星の見える公園で散歩しておしゃべりしたね」
「うん」
 
「でもね、彪志の夢には今まで1度も入ったこと無かったんだよ。ある程度の付き合いのある人なら、老若男女問わず、私無差別に侵入しちゃうのに」
「へー。じゃ俺の夢に侵入したの、昨夜が初めて?」
「うん。なんで彪志の夢にだけ侵入することないのかな、って思ってたんだけど、こないだ菊枝と話していて、それは多分私が彪志にちゃんと向き合ってないからだって言われた」
「・・・・・」
 
「私、たぶんずっと前から彪志のこと好きだったんだと思う。でもこないだの寝台特急の中で初めてちゃんと彪志に向き合って、自分の気持ちをちゃんと言うことができて、それで多分自分で作っていた彪志の心との間の壁を取っちゃったんじゃないかな」
「壁が無くなったから無断侵入してきたのか」
 
「ごめんねー。変な癖あって」
「昨夜の夢の中でセックスしたんだけど・・・・公園の散歩の後お城に入ってそこに天蓋付きの寝室があって、ふわふわベッドがあって」
「気持ち良かったね」
「夢の中ではふつうに女の子の場所に入れちゃった。避妊はしたけど」
「夢の中の私だから理想型なの。だからちゃんと女の子の器官が付いてるのね。私もちょっとびっくりしたけど、彪志とホントにひとつになれた気がした」
「避妊しなかったら、夢の中の青葉を妊娠させちゃったりするんだろうか」
「赤ちゃん出来ちゃう可能性はあるかも」
「・・・なんかいいこと聞いた」
「え?」
 
その時「夕飯だよ〜」という声が下の階からした。ふたりは会話を中断して降りていく。
 
青葉が18:40の新幹線に乗るということだったので17:00に早めの夕食ということにしてくれていた。夕食はホットプレートを出して焼肉であった。
 
「わあ、美味しそうなお肉」
「なんか普段と値札の数字がかなり違うな」と彪志。
「たまにはね」と笑いながらお母さん。
「すみません、いろいろしてくださって」と青葉。
「あ、青葉、そのくらいでは泣かなくなったね?」と彪志。
「え?」とお母さん。
 
「青葉は、人に優しくしてもらったり、自分のために配慮してもらったりすると感激して泣く癖がある」と彪志。
「うん、ちょっと涙が出かかったよ。でも耐えたよ。ここは泣くんじゃなくて、笑顔にならなくちゃって」と青葉。
「あらあら。でもホントに笑顔で頂きましょうね」とお母さん。
「はい」
 
その後、ふつうに食べていたが、彪志からまたまた『いつもの癖』を指摘された。「青葉、焼けすぎて硬くなったお肉とか焦げちゃった野菜とかばかり選んで取ってる」
「えっと・・・」
「もうね、ちゃんと焼け頃のを食べようね」と言って彪志は青葉と自分の皿を交換してしまった。
「あ・・・」
彪志は青葉が自分の皿に取っていた硬くなったお肉を自分の口に放り込んでしまう。「・・・・私、青葉ちゃんの育ち方がだいぶ分かってきた」とお母さん。「でも、うちでは何も遠慮しないで。自分を犠牲にする発想はよくないよ。焼けすぎたお肉なんて気がついた人が少しずつ食べればいいんだから。それを全部一人で引き受けようとしたらダメ」
 
「はい。ありがとうございます」と言って青葉は涙を浮かべる。
「あぁあ。だからそこで泣いちゃダメだって」と彪志。
「うん、ありがとう」と青葉は言うがなかなか涙が止まらない。
彪志がポケットからハンカチを出して青葉の涙を拭いた。
「ごめん」
そういう訳でみんなに親切にされる度にまたまた涙が出てくる青葉であった。 
夕食が終わったあと、お父さんの車で駅まで運んでもらった。彪志は一緒に降りて新幹線のホームまで付き合ってくれた。
 
「今日は何だか嬉しかったり楽しかったりばかりだった」と青葉。
「たくさん泣いてたけど、全部嬉し涙って分かってたから」と彪志。
「御免ね。泣いてばかりで」
「ううん。ふだんどちらかというと強い青葉ばかり俺は見てるから、こういう青葉もまたいいよ」
「えへへ」
「じゃ、また」
「うん。また」
 
新幹線のドアが閉まり、彪志の姿は視界からあっという間に消えていった。 
今日のコースは新幹線乗り継ぎで長野まで行き、そこから信越本線の最終列車で直江津に出てから、急行「きたぐに」に乗り継ぐコースである。高岡には深夜の2:35に着く。高岡駅から自宅まで青葉は歩いて帰るつもりでいたのだが(母にはタクシーで帰るからと言っておいた)、青葉の行動パターンは母に見透かされていて、母が駅まで車で迎えに来てくれていた。
 
「お母ちゃん・・・・」
「あんた、絶対歩いて帰ると思ったからね」
「えへへ、バレてたか」
「ホテルに泊まれと言えば野宿し、飛行機で行けと言ったらバスに乗る子だもん」
「お母ちゃんには完全に読まれてるなあ」
「さ、早く帰って寝よ」
「ありがとう。あ、これ向こうのお母さんからもらっちゃった一ノ関のお土産」
「あらあら、申し訳ないねえ」
「夏休みに彪志さん、一度こちらにお母ちゃんに挨拶に来るって言ってた」
「あら。まるで婚約でもしようかって騒ぎだね」
「ほんとね」と青葉は笑って助手席のシートベルトを締めた。
 
「・・・ずっとずっと先の話だろうけど、もし・・・彪志さんと将来結婚しちゃったら、青葉、岩手に戻っちゃうのかな」
「彪志がその時どこにいるかだよね。取り敢えず彪志は千葉大学狙ってるんだよ」
「あら、じゃ桃香の後輩になるんだ!」
「合格したらだけどね」と青葉は笑って言う。
 
「桃姉は何となく大学出ても千葉か東京あたりに居残りそうだし、彪志もきっとそうかも。若い人はみんな都会に行きたがる」
「青葉は?」
「私はあまり大きな都会には水が合わないなって気がしてるの。高岡とか富山とか金沢くらいの町までがたぶん私には手頃。少なくとも結婚するまでは私ここに居たい」
「そう」
 
「大学出るまであと8年、結婚するとしたらその3年後くらいかな・・・お母ちゃんに負担掛けちゃうけど」
「ううん。私は青葉がいてくれるおかげで毎日が楽しいよ。桃香が千葉に出ていってしまってからは、私も毎日ただひとり分の御飯を作るだけで、仕事の無い日曜日にはただボーっとして過ごしてて、自分でもちょっと老けちゃったかな、とか思ってたけど、青葉が来てくれて、また若返った気がする」
「日香理が、青葉のお母ちゃんって凄く若いね、って言ってたよ」
「そう?」
 
「日香理、自分のお母さんよりずっと精神的に若い気がするなんて言ってたもん」
「あらあら。日香理ちゃんのお母さんはまだ33くらいだったよね?」
「うん。若くして日香理を産んだんだよね」
「私より一回り下じゃん」
「でもこないだお母ちゃん、日香理とキスマイの話題で盛り上がってたでしょ」
「あはは。私は昔からのジャニーズ・フリークだから。最初に買ったレコードがマッチの『ギンギラギンにさりげなく』だった。SMAPとV6は全シングル持ってるし」
 
「桃姉がジャニーズ嫌いなのは、お母ちゃんの反動かな?」
「多分そう。さんざん聞かされて食傷してるのよ、あの子」
「元々、チャラチャラしたものが嫌いだしね、桃姉。あまり女の子っぽい服も着ないし」
「そうなのよ、あの子、可愛い服とか買ってきても全然着てくれなかった。放置されてたので青葉にはまだ大きすぎる服をだいぶ千里ちゃんにこないだ押しつけたな」
 
翌週の日曜日17日はコーラス部の県大会であった。県大会ともなるとさすがに実力のある学校ばかりであったが、青葉たちの学校は全体で3番目に歌ったので『凄い』
学校の歌をたくさん聴く前で、びびらずに歌うことができた。
 
自分達が歌い終わった後、うまい学校が続くので「わあ」「まいった」などという声が部員達の間から漏れる。しかし青葉は今日の自分達の歌の出来もかなり良かった気がしていたので、そんなに絶望していなかった。
 
そして果たして、青葉たちの学校は県大会3位になり、みごと中部大会への進出が決まったのであった。隣に座っていた日香理と抱き合って喜ぶ。みんな諦めていたので凄い騒ぎになり、司会の人から注意されるほどであった。
 
「ようし!こうなったらもう全国大会行くぞ」
「全国大会制覇だ!」
などと威勢のいい声が出始めた。
「じゃ明日から猛練習ね」と寺田先生も笑っている。
 
全国大会まで行けば、椿妃たちと会えるかも知れない。そう思いながら会場の外に出た青葉はロビーの隅で椿妃の携帯に「こちら3位。中部大会進出」とメールした。そのあと、帰りの電車に乗ろうとしていた頃、椿妃から返信があった。「おめでとう。こちら2位。東北大会進出」とあった。こちらからも「おめでとう」と送った。椿妃とは高岡駅で解散したあと電話して話したが、今回はソプラノソロは柚女が歌ったということだった。
 
「青葉が歌ったのと同じ、あの音階で歌ったよ、柚女」
「わあ」
「それでさ、柚女、審査員のひとりに後で呼び止められてて」
「うん」
「あなたが歌ったの、昨年川上さんが歌ったのと同じ音階ですよねって」
「うふふ」
「直伝ですって答えてた」
 
それを聞いて、青葉は何だか楽しい気分だった。
 
その週の火曜日、千里がついに去勢手術を受けた。青葉は桃香から電話で連絡を受けると千里に替わってもらい
「ちー姉、これでほぼ女の子になれたね。おめでとう」
と言った。
「ありがとう。私もなんか手術受けたので凄く意識が変わった気がする」
「ヒーリングするから携帯をつないだままハンズフリーにしておへその上に置いてくれる?」
「うん。あ、青葉。私もう、おちんちんも使わないからさ」
「気の流れを外そうか?」
「お願い」
「もう立たなくなっちゃうけどいい?」
「うん。立たなくしたい」
「了解」
 
青葉が千里の手術の跡を確認しながら乱れたり流れが分断されている気の流れをつないだり、きれいに流れるようにしていく。それがある程度済んだところで、千里の残った性器に通っている気の流れを外して、女の子の股間の形に流れるように強制変更する。
 
そのまま更に1時間ほどヒーリングを続ける。ヒーリングしながらハンズフリーの携帯を通してふたりとおしゃべりも続けた。
 
「痛みがほとんど取れた。それとおちんちん触っても感覚が遠い」
「ちー姉、もうこれで自分は女の子なんだという意識をしっかり持とうね」
「うん」
「でも、ちー姉の気の流れは元々かなり女の子になっちゃってるなあ。あ、それから気の流れを外したおちんちんは萎縮しやすいから、膣の材料として足りなくなるといけないから時々引っ張って延ばしたりしておいて。私はこれ逆ダイレーションと呼んでるんだけど」
「あ、それは任せて。私が毎晩やるから」と割り込んで来た桃香。
「えー!?」と千里が言っている。
 
「青葉も去勢したい?」
「えへへ。実は完全去勢済み。先週の検診でチェックしてもらったけど、私の睾丸、全く形を認められないって。わざわざMRIまで撮って確認されたけど、とうとう消滅してしまったみたい。機能停止してから3年たつし、ずっと体内は女性ホルモン優位だったからね。そもそも睾丸には4年近く前から気を通してなかったし」
「わあ、それはおめでとうというべきなのかな」
「言って」
「青葉ももうこれでほとんど女の子だね。おめでとう」
「ありがとう」
 
千里との会話を聞いていた桃香がまた会話に割り込んできて
「なになに?青葉も男の子の根源消失か、おめでとう」と言う。
「ふたり揃って去勢完了なら、来年くらいふたりそろって性転換しない?」
などと煽る。
「ちー姉はできるけど、私は手術してくれる病院が見つからないよ」
 
「だけどさ青葉。5月頃に病院行った頃は『最初無いのかと思ったけど小さいのがありますね』って言われたんでしょ。凄く短期間で消失しちゃったね。自分でも消失に気付いた?」
「たぶん消失したのは7月11日だと思う。私瞑想していた時に、男の赤ちゃんがバイバイして遠くに行っちゃうビジョンを見たの。その赤ちゃんが男の子の自分のような気がした」
 
「何かあったの?青葉の状況に変化があるような?」と桃香が言った時、千里が「彪志君とのHのせいじゃない?」と言った。
「ああ!」と桃香。
「確かにそうかも」と青葉。
 
そういえば自分の体内に初めて女性ホルモンがシャワーのように大量放出されたのも、ランにキスされた時だったことを青葉は思い出した。
 
「でも、ひょっとして青葉さ、彪志君と完全なHもしてない?素股じゃなくて」
と千里。
 
「・・・うん。9日の夜に夢の中で私の女の子の器官に彼のを受け入れた。私、夢の中では完全な女の子なんだよね。翌日は本人に会ったしなあ。その日はHしなかったけど」
「それで急速に女性化が進んだんでしょ。例の青葉の夢って、青葉にとっても一緒に夢を見た相手にとっても、もうひとつの現実だもん」
「あ、そうなのか・・・・・」
 
青葉は彪志から夢の中での妊娠の可能性を指摘されたことをふと思い出していた。
 
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