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■鷽替えの夜(1)

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「鷽替えに行こうよ」
私は帰りのバスの中で同級生達が話しているのを聞いた。
「鷽替え?あれ?それ先月終わったんじゃ?」
「神社によってやる日が違うんだよ。元々は年越しの行事みたいだけど、正月にやる所と節分にやる所があって明治の新暦移行でもうばらばらになったみたい。観鳥天満宮では節分の夜にやるんだ」
 
「へー。で鷽替えって、どんなことやるのさ」
「鷽(うそ)は鳥の鷽だけど、つく嘘(うそ)に掛けてあるんだよね。ついた嘘を本当のことに替えましょう、というので昨年ついた嘘をチャラにするというのとできそうもないこと言っちゃったけど、それを本当にできるようにしようというのと。それでお祭りでは、最初に木の鷽を買って、それを各自手に握って、『替えましょ替えましょ』の声でお互いどんどん隣の人のと交換していくんだ」
 
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↓鷽(これは太宰府天満宮のもの。神社により色々な形がある)

 
「替えてく中に当たりがある?」
「そうそう。集まった人の中に神社の神職が何人か紛れ込んでいて、金の鷽を投入するのね」
「でもその金の鷽をいったんもらっても、また替えましょと言われたら替えないといけないのでは?」
「うんうん。だから終了の合図があった時に持ってた人は運のいい人」
 
「金の鷽って持った感触が違うだろうから、受け取ったら手放したくないなあ」
「それ受け取ってまた人に渡すのも良運らしい。『金が回る』ということで」
「なるほど。でもそれじゃ、最後に金の鷽が残ったら、金が回らない?」
「それは金が残るというのでいいんじゃない?」
「要するにいいように解釈するのか」
「で、観鳥天満宮の鷽替えにはちょっと伝説があってさ・・・・」
 
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神社のお祭りなんて行ったことなかったが、私はその行事に何となく興味を感じた。そこで、夕飯時、母に「ご飯食べたら鷽替えに行ってくる」と言った。「あら、そんなお祭り行ったことないのに」という。
「うん。でも友達に誘われたから」
「あら珍しい。あんたが友達に誘われてどこか行くなんて」
また嘘をついてしまった。。。。。私に友達なんていないのに。
 
そういえば小さい頃は近所の女の子たちとよく遊んでいた。でも彼女たちとは小学校の高学年になる頃には少しずつ疎遠になってしまった。
女の子たちは女の子たちだけでまとまっている。
といって、私は男の子たちとは話が合わないというか何か違うというか・・・
 
しかし節分の行事といえば豆まきだ。うちでも私が小さい頃はやってたっけ。あの頃はお父さんも毎日夕方には帰ってきていたし。私が小4の時に、不況で大手自動車メーカーを辞めて、運送会社に再就職してからは、いつ帰ってくるか全く分からない。たまに帰ってくるとビール飲んで寝ているから、私はもう長いこと父とはまともに話したこともなかった。
 
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私は食事が終わり、茶碗を洗って食器乾燥機に入れると、タンスを開けて着ていく服を選んだ。えへへ。今日はこれにしよう。
 
私が選んだ服は、モスグリーンのセーターに厚手のジーンズのスカートだ。「あら、今日はスカートなの?」と母が声を掛けた。
私がこういう服を着ることは、母にだけは公認である。父に見られるとまずいのだが、今日はいない。小さい頃、私がスカートを穿きたがるのを母はほんとうに困ったようであった。そのうち「お父さんには内緒よ」といって時々穿かせてもらっていた。あの頃はその格好で友人たちとも遊んでいたのだけど、小学校に入ってからは、友人の前でスカート姿を見せることはほとんど無くなった。
 
「うん。ブラも付けてく」
と私は答える。スカートを穿く時は下着も女の子用を着ける習慣だ。
こういう服は、母のタンスに入れられていて、自分の分については勝手に着てよいルールになっている。
「でもあんたがそういう格好で会えるお友達がいたのね」
と母は意外そうである。いや、そんな子いないのだけどね。
 
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私はそんなことを思いながら、ひとりの友人を思い出していた。
幼なじみのその子とは、幼稚園の頃よくお人形遊びとかママゴトとかで遊んでいた。でも小学1年生の時に交通事故で亡くなってしまったのだ。あの子は私のスカート姿を「可愛い」と言ってくれて「みちる、女の子だったら良かったのにね」と、ニコニコした笑顔で言っていた。
 
7時頃に家を出る。母が「寒いからこれ着ていくといい」といって、ハーフコートを貸してくれたので、それを着てバス停まで行き、3区間乗って、観鳥天神の最寄りバス停で降りた。帰りは遅くなるから歩きかな・・・・一応「反射たすき」と小型の懐中電灯も財布と一緒に肩から掛けたポーチに入れている。数少ない、私のこういう『趣味』の理解者である従姉からおみやげにもらったシナモロールの可愛いポーチだ。
 
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神社は大勢の人で賑わっていた。私は鷽替えで使う鷽を買い求めた。
すぐには使わないのでポーチにいったんしまう。
 
ここまで来てから、同級生とかに会うと少し恥ずかしいかな、などという思いがこみ上げてきた。しかし私のこういう格好を見せたことのある人はいないし、ハーフウィッグも付けて胸くらいまで髪がある状態にしているから、そう簡単には気づかれないかなとも思い直した。スカートでの外出はときどきしているのだけど、知っている人とのニアミス経験は少なかった。こちらで気づいたら回避していたのもあるけど。ただ、こういう人混みは初体験だ。人混みの中で鉢合わせしたら、その時だな、と私は覚悟を決める。
 
ほんとうの女の子になりたいな。私はまた思った。「性転換手術」という単語がしばしば私の頭の中で大きくクローズアップされるように浮かび上がってくる。女の子になりたい思いは強かったから、小学5年生の頃、そういう手術があることを知ったときは、ほんとによくそのことについて調べた。しかしまもなく私の期待は失望に変わった。性転換手術といっても、それは外形を似せるだけで、本当に女の体になれる訳ではない。子供も産めない。そのことを知ってから私はそういう手術を受けたいという思いは少し弱くなっていた。でも男の体のままでいたくないという気持ちも大きかった。
 
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8時にまず豆まきが始まった。今年の年男・年女の氏子さんが設置された少し高い台から「福は内。鬼は外」のかけ声にあわせ、耐水性の袋に入った豆を蒔き始めた。
 
私の近くにもけっこう飛んできたのだが、そばの人にキャッチされてしまったり、地面に落ちたのを拾おうとしても他の人に先を越されてしまう。要するに私はとろいんだろうな、とこういう時はつくづく思う。体育でも徒競走はいつもビリだし、ドッヂボールでは最初にアウトになるし。
 
「あと3分で終了です」のアナウンスがあった時も、私は全く拾えていなかった。諦めかけていた時「これあげる」と突然、後ろから豆の袋を
渡された。「あ、ありがとうございます」といって私は振り返ったが、後ろには誰もいなかった。あれ?
 
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その時は私もあまり深く考えずに、もらった福豆をポーチにしまった。どこかで聞いたことのあるような声だったような気もした。同級生かな?女の子だったけど。知り合いだからというのではなく私が手ぶらなのを見て、余ってるのをくれたのかも知れない。でも凄く柔らかい手の感触だった。
 
神社は9時から始まる鷽替えを前に30分間のインターバルに入っていた。私は少し小腹が空いてきたので、境内で売っていた焼き饅頭を1本買って、大きな杉の木の下で食べた。この神社はこれまで何度か来たことがあるのだが、この杉の木の下が実はお気に入りのスポットだった。
 
そこは境内の他の場所とは何か微妙に空気が違うような感覚があった。中学1年の時にこの杉の下で突然ひらめいたビジョンを描きあげた絵は、美術の先生に絶賛されて、市の美術賞に出したら銀賞をもらってしまった。
 
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「嘘が本当になるんだよ」
え?私は突然そんなことばを聞いた気がして、声のした方を見るが誰もいない。
「そろそろ鷽替え始まります」
アナウンスが鳴り響く。私は焼き饅頭の串をティッシュでつつんでポーチの中に入れ、代りに木の鷽を取り出した。
 
しかし嘘が本当になるのだったら今嘘を言っちゃえばいいのかな。私はそう思うと、じゃと思い「私は女の子です」と小声で言ってみた。それから私はちょっと照れ笑いをしてから、杉の木の下を離れて、群衆の中に戻った。しかし私は群衆の中にもまれながら少し後悔していた。「私は女の子です」
というのは、他人から見たら嘘かも知れないけど、自分自身の心の中ではまごうことなき真実なのだから。『ちゃんと嘘になってないよなあ』
 
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やがて拝殿の前に立つ宮司さんが大きな声で「替えましょ替えましょ」というと、境内にいた人たちもみんな「替えましょ替えましょ」と言って、隣の人と鷽を交換しはじめた。私も近くにいた人から手を伸ばされ、鷽を交換しては、また別の人と交換した。人混みには緩やかな動きが出来ていて、その流れに沿って歩きながら、私たちは鷽の交換を続けていた。私も小さな声で「替えましょ替えましょ」と言い続けた。
 
「これより金の鷽5個と銀の鷽20個を投入します。受け取った方はそのまますみやかに人混みから離れてください」
 
というアナウンスがあった。え?金の鷽って受け取ったらそのまま持っていていいの?人にまた渡すんじゃないんだ?と私は思った。バスの中で友人が話していたのとは少しシステムが違うのだろうか。それに銀の鷽もあるのか。
 
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「なお、金の鷽・銀の鷽を受け取っても、他の方に福を分けてあげたい方は、更に交換を続けてもかまいません」
 
と続けてアナウンスの声が言う。ああ、なるほど、止めてもいいし続けてもいいのか。でもそのまま止める人のほうが多いのではなかろうか、という気がした。
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