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■少女たちの聖火(1)

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(C) Eriko Kawaguchi 2021-12-18
 
1994年10月18日(火)。千里が3歳の時。
 
「秋祭り・・・ですか?そんなのがあったんですか?」
 
と津気子は翻田宮司に聞き返した。
 
「1950年頃までは行われていたらしいんですが、その後、途切れてしまったんです。途切れた理由もよく分からなくてですね。ニシン漁が不振になって人が減ったからとか、戦後の全国的な不景気のせいとか、子供を労働させることに日教組からクレームがあったとか」
 
「へー」
 
津気子が武矢と知り合って結婚したのは1989年(津気子22歳・武矢28歳)で、それ以前の留萌のことは全然知らない。武矢が旭川の中学を卒業して漁師を志し留萌に来たのは1977年なので、武矢も知らないだろう。
 
「でも、この春に私がP神社の宮司になってから、年配の氏子さんたちからぜひ秋祭りを復興させてほしいと言われて。以前の秋祭りを覚えている人もみんな65歳くらい以上なので、恐らくは今復興しないと、もう復興は無理だと思います」
 
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「でしょうね!」
 
「念のため、日教組さんや教育委員会さんにも確認しましたが、子供の社会勉強ということで、巫女をさせるのは、全く問題ないですよということでした」
 
「だと思いますよー。子供に鉱山労働とかさせるわけでもないし」
「全くです」
 

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「それで、この秋祭りでは“火”が重要な役割をするのですが」
「ひって燃える火ですか?」
「そうです。ファイア(Fire)です。それで、その火を取ってくる神事をこちらのお嬢さんにお願いできないかと思いまして。1泊2日の泊まりがけにはなりますが、うちの小春も付いて行きますので」
 
「娘って・・・玲羅はまだ2歳になったばかりですが」
「いえ、玲羅ちゃんではなくて、お姉さんの千里ちゃんですよ。千里ちゃんは夏祭りでも扇の要(かなめ)で巫女舞を舞ってくれて、神様にも気に入られているようなので・・・」
 
津気子は、千里は男の子ですけどと言おうとした。ところか宮司は言った。
 
「謝礼は交通費・宿泊費別で10万円でどうでしょう」
 
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「やらせます」
と母は即答した。
 

1日前、大神様は千里と小春を神社深部(ここは大神様の他にはこの2人しか入ることができない)に呼んで言った。
 
「宮司の夢枕に立ってお前たち2人に“火”を取ってこさせるように言うから、取ってきなさい」
 
「ひってなんですか?」
「燃える火だよ」
「ライターでつければいいんじゃないの?」
「ある場所に神聖な火があるから、そこから頂いてくるんだよ」
「めんどくさそうー」
「私がとってこられたらいいのだけど、これは人間の女の子にしかできないのだよ」
 
「わたし、おとこのこですけど」
「忘れてたぁ!」
と大神様は言い、
「じゃ外見だけでも女の子に変えるから」
と言って、千里の身体を女の子に変えてしまった。
 
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「わぁい!おんなのこになった。ずっとこのまま?」
「火を取ってくるまでね。あと、それ外見だけで、卵巣や子宮は無いから」
「それでもいいですから、ずっとこのままにしておいてください」(*1)
 
(卵巣とか子宮ということばの意味が分かってない)
 
「そういう訳にもいかないんだよ。色々規則があってな」
と大神様は言った。
 

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(*1) 千里の膣や大陰唇・小陰唇・陰核・女性尿道は実はこの時にできた。神事が終わった後、男性器は戻したが、これらの女性器は“邪魔にならない”ので、大神様は面倒くさがってそのまま放置しておいた。尿道は女性尿道の出口から陰茎の根元まで人工的なパイプでつないだ(*2)。陰嚢があればそれに隠れてこれらの女性器は見えない。
 
女性器を取り付けようとすると男性器は邪魔になるが、男性器を取り付けるのに女性器は邪魔にならない!だから実は千里はこの時(1994年10月)から2000年9月の“ドミノ移植”まで一種の半陰陽状態になっていた。
 
それで小春が千里のリクエストに応じて男性器を一時的(?)に取り外してあげていると、完全な女性ボディになっていたのである。
 
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小学1-3年生頃、女子の友人から
「千里、やはりちんちん無いじゃん」
と言われると、千里はよく
「ちょっと取り外して部屋に置いてきた」
などと言っていたが、それは実は本当のことだった!
 
(*2) 尿道延長手術を受けたFTMさんと同様の状態である。だから実は千里の陰茎には本来体内に隠れているはずの“根部”が無かった。当然勃起などしないので千里は“男の快感”を知らない。(でも根部が無いから津久美のように皮膚に埋没することもない)
 
そういう訳で、千里の陰茎は原理的に勃起しないので、ちんちんでオナニーしたり、女性とセックスすることも原理的に不可能である(但し陰茎の下に隠れている陰核には根部というより本体がある:だから陰茎を取り外せば女の子オナニーは可能である)。
 
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でも千里はその日、“女の子のおしっこのしかた”に感動して、ずっとこのままの形で居たいなあと思った。お風呂は、女の子の形で入浴するのは3月に温泉に行った時以来で、あの時と同様に割れ目ちゃんを開いて丁寧に洗ったが、やはり感動ものだった。
 
「ほんと。ずっとこのままおんなのこでいたい」
 
と千里は思った。
 
なお、この日は、4月に札幌に行った時、従姉から借りたままの女児ショーツを穿いて寝た。
 
(札幌でダンプの泥はねに遭い、服が全身泥だらけになったので、従姉から服を借りたのである。キュロットや上着は洗って返却したが、下着はこちらが着たものを返しても迷惑かなと思い、津気子は「新しいの買ってあげて」と言って商品券を同封して送っておいた。それで女の子アンダーシャツと女の子パンティが1組残っていた。実は夏祭りで巫女舞をした時もこの下着を着けた)
 
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秋祭りの話が出たのは、夏祭りが終わった後の氏子さんの集会の席だった。年配の氏子さんが
「今年の夏祭りは本当に素晴らしかった。ぜひ秋祭りも復興しましょう」
と言った。
「秋祭りというのがあったんですか?」
と宮司は訊き直した。
 
翻田宮司は30年前、増毛の神社に奉職していたことがあり、何度かP神社の神事の手伝いをしているのだが、秋祭りというのは聞いたこともなかった。
 
「50年くらい前に途切れてしまったんですよ」
「そんなに昔に」
「夏祭りは漁業の祭りでしょ?秋祭りは農業の祭りなんです」
「へー」
 
年配の氏子さん数人で秋祭りの次第はこうだった、ああだった、と話すが、お互いの記憶が違うので結構な妥協をする。しかしこの祭りは“火の祭り”だなというのを宮司は感じた。
 
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祭りの期間中、境内に大量の蝋燭を立てる。町のあちこちにも蝋燭を立てる。神社の拝殿・神殿も提灯で明るくする。そして内部に蝋燭を立てた姫奉燈を運行する。
 
この姫奉燈は、弘前の“ねぷた”に似た扇形のもので、巫女さん4人が先導して町内を巡行する。姫奉燈には、この日集まった氏子さんたちが子供の頃、既に車を付けて曳いていたというので、復興する場合もその方式でいいでしょうということになる。ニシン漁が盛んだった明治時代には血気盛んな男衆が多かったから担いでいたのかも知れないが、今の留萌ではそんな力のある若い男たちを充分な数確保するのは困難である。
 
奉燈に描かれる絵は絵の上手い福島さんが画用紙に絵を描いてみせ、他の氏子さんたちも
「そうそう。こんな絵だった」
というので、福島さんが姫奉燈の絵も実際に描くことになった。
 
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姫奉燈の内部の蝋燭、また町内や境内の蝋燭、神殿や拝殿の蝋燭については
「電球にしようよ」
という意見が大勢になった。
 
一部「それでは味気ない」という意見もあったが、蝋燭は火が消えやすいし、倒れて火事になったりすると大変である。それで道路沿いの蝋燭は電池式の電球、境内の電球は電気コードを引き、姫奉燈はバッテリーを積んで電球を灯すことになった。
 
拝殿の提灯も電球ということになったが、神殿の灯りについては、誰もよくは覚えていなかった。そもそも提灯だったかどうかもみんなの意見が食い違った。それで、やはり電球式の提灯をつければいいんじゃないかなあとその日は言っていたのだが、その夜、宮司の夢枕にP大神が立ったのである。
 
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「翻田常弥よ、境内の灯りや拝殿までは電球でもよいが、神殿には本物の火を灯せ」
「はい。蝋燭を立てましょうか」
「蝋燭は風で火が消えやすい。燈台を使え」
「とうだい・・・ですか?」
「平安時代の絵巻の類いを見れば載ってるぞ。昔は天皇(すめらみこと)が剣と珠を見張るために使っていた夜御座には4隅に燈台が灯されていてその灯りは決して絶やさないようにしていたのだ」
 
「勉強します!あれは天皇(てんのう)が天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)と八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)の番をしていたのですか?」
 
「当然。その番をするのが天皇(すめらみこと)の仕事じゃ。もっとも剣はあくまでコピーで、本物は熱田神宮だがな」
「そうですよね!」
 
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それで宮司は起きるとすぐに資料を調べて燈台(とうだい)というのがどういうものかを理解した。また室町時代には風で消えにくいように風防を立てたことも分かった。それで氏子さんたちに相談したら、工作の得意な氏子さんがすぐに風防付きの燈台を作ってくれることになった。
 
「なるほどー。毛細管現象で吸い上げられた油が燃えるだけで芯は燃えないんですね」
「ストーブと同じだね」
「あ、そうですね」
 
ストーブの芯自体が燃えてしまったら大変である。
 
万一にも本体に延焼しないように金属製がいいでしょう、ということになり、油を入れる燈盞(とうさん)は黄銅(おうどう)=真鍮(しんちゅう)で鍛造(*3)してくれた。風防は耐熱ガラスの板を4枚接着し、燈盞(とうさん)に付けた溝の上に載せる(二酸化炭素が排出されるための隙間をあける:二酸化炭素は空気より重いから必ず下に隙間が必要)。支柱と接地する足は丈夫な水楢(みずなら)(*4)で作ってくれた。
 
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(*3)鍛造(たんぞう)とは、金属をハンマーで叩いたり圧搾したりして、圧力により変形し加工する技術である。熔解した金属を型に流し込む鋳造(ちゅうぞう)より丈夫な製品ができるし、型を作らないので少量生産向きである。ただし、加工する職人の技術を要する。
 
(*4)水楢(みずなら)は鹿児島付近から南千島付近まで分布する広葉樹。硬いので家具などに使用されるが、海外では特に組織が緻密な北海道産のみを Japanese Oak と呼んで珍重する。
 

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制作費用(主として材料費)は町内のスーパーのオーナーが出してくれたので、その名前を工作してくれた人の名前とともに、足の裏(通常見えない)に入れさせてもらった。
 
作ったのはお告げに従って3基である。氏子さんたちは神様が三柱おられるのかなと思ったようだが、実際には万一どれかが消えたら他のから移せるようにというフェイルセーフである。
 
そして大神は10月17日の晩、再び宮司の夢枕に立ち、燈台に灯す火を千里と小春に取ってこさせるように言い、火を取る道具と運ぶためのランプを神殿に置いたと告げた。宮司は起きてから神殿に行くと道具とランプが置かれているので驚いた。実は一週間ほど前から小春に指示して作らせたり、購入させたりしておいたものである!(ランプはフォイアハント(Feuer-Hand)製だったりする。但し火を維持することが目的なので、カバーを取り付けて灯りが漏れないように加工した)
 
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1994年10月18日(火).
 
宮司のリクエストを受けることにした津気子は、服装は洋装でよいというので、千里を町の衣料品店に連れていき、スカートを3枚、女の子用タイツを5足、女の子用シャツを5枚、女児用アンダーシャツ5枚、女児用ショーツ5枚、赤いセーラームーン(*5)のスニーカー、を買い、髪につけるカチューシャまで買ってくれた(1泊2日でもたくさん買ったのは千里が欲しがったことと、雨などで濡れた時の予備)。
 
千里は女の子の服をたくさん買ってもらって、凄く嬉しかった。
 
それで10月19日(水)朝、千里は朝、家まで迎えに来た宮司の車に乗り、小春(20歳くらいの外見になっている)と一緒に旅立ったのである。
 
(*5)女の子向けアニメの年代は下記
 
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1992.3.7-1997.2.8 セーラームーン
1997-1998(2年間冬の時代)
1999.2.7-2003.1.26 おジャ魔女どれみ
2003.2.2-2004.1.25 明日のナージャ
2003.4.5-2004.12.25 ぴちぴちピッチ
2004.2.1- プリキュア
 
1994年は3作目の「美少女戦士セーラームーン・スーパー」が放送されていたが、津気子が買ったのは前年放送していた「美少女戦士セーラームーンR」のもので、しかも人気としては微妙なセーラー・プルートーがメインに描かれたものである。これを買ったのはワゴンで半額シールが貼られていたから!
 

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千里と小春は宮司が運転する年代物のカローラで留萌駅まで送ってもらった。
「じゃ後はよろしくお願いします」
と言って、宮司は駅で2人を降ろすと帰る。
 
火を取ってくる場所は小春だけが大神様から教えられている。
 
小春は券売機で深川までの切符を“1枚”買い、3歳の千里の手を引き留萌駅の改札を通って、深川行きの快速“るもい”に乗った。そして深川駅(4番線)に到着すると、同じホーム反対側(3番線)で列車を待つ。すぐに特急オホーツクが入ってくる(乗換時間9分)ので乗車し、指定の座席に座った。
 
このオホーツクの切符は、月曜日に小春が深川駅で買っておいたものである。
 
「千里、窓側に座りなよ」
「ありがとう」
「トイレ行く時は遠慮無く言ってね」
 
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「えんりょとかしないよ!でもこのきしゃ、どこにいくの?」
「網走(あばしり)」
「そこで、ひをとるの?」
「内緒」
「あばしりじゃないの〜?」
 

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