■女子大生たちの新入学(2)
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「るみちゃんは素直に旭川なんでしょ?」
「そうそう。最初の頃は旭川医大の看護学科というのも考えていたんだけど、自分は性格的には看護婦無理かもというので、体育の先生を目指して北海道教育大の旭川校。荒っぽいしムラ気があるから、確かに患者さん5−6人殺しそうな気もする。体育の先生だと、少々男っぽくても容認されやすいから、《彼》にとってはその方が心地いいんだよ」
「るみちゃんは《彼》なんだ?」
「うん。実弥(さねや)君と呼んでるよ。ちなみに私はだいたい《彼女》という代名詞で受けられるよ」
「はあ」
千里もお風呂に入ってくる。髪まで洗うと旅の疲れが取れていく感じだ。あがると母は千里のパソコンで高校の卒業記念アルバムを見ていた。
「あんたの写真、男子制服着て写ってるのが無い」
「ごめんねー。入学の時には無理して男子制服作ってくれたのに」
「いいけどね。でもだいぶ髪伸びたね」
「まだ女の子としては短すぎる長さなんだよ。だから、もうしばらくはウィッグが必要」
千里は今日の入学手続きも不動産屋さんもショートヘアのウィッグを着けて行っている。自毛はまだかなり短い。
「どこまで伸ばすの?」
「胸くらいの長さかなあ。中学の時みたいに腰くらいまであると、さすがに面倒だから」
「トイレとかも苦労してたよね」
「クリップ持ち歩いてた。でも当時は女の子でありたいという気持ちが強かったから髪もできるだけ長くしておきたかったんだよ」
「今は?今でも女の子になりたいんでしょ?」
「うん。女の子になりたいというか、今は自分が女の子であることに確信を持ってる。だから心の余裕が生まれて、スカートでなくてもいいし、髪も超ロングヘアでなくてもいいという気分なんだよね」
母は1枚の紙を千里に渡した。
「これあげる。実際は用済みとは思うけど」
千里が受け取って見ると「手術承諾書」と書かれている。
《私、村山津気子は、患者、村山千里が. 去勢手術を受けることを、保護者として承諾致します。 平成 年 月 日》
印鑑も押されているが日付だけが空白である。
「手術受けたくなったら、自分で日付だけ書いて提出しなさい」
「うん。ありがとう。これ必要だよ」
と言って千里はちょっと涙が出た。
「性転換手術受ける時は事前に言って」
「うん。それは多分大学4年で受けると思う」
「そう。。。でもあんたの睾丸、もし存在するとしても機能停止してるんじゃないの?」
「してないと思うよ。だから声変わりしちゃったんだと思うけど」
「でも声変わりしてても、あんたが話してるの、男の子が話してるように聞こえないんだけど」
「ああ。和田アキ子さんみたいな人もいるしね〜」
「いや、あの人の話し方は男に聞こえる」
「かもね」
「あんた精液は出るんだっけ?」
「出るよ。だから私、父親になると思う」
「あんた、女の子と結婚するつもり?」
「まさか。法的に結婚するのは男の人。そして私、母親にもなるから」
「あんた、妊娠できるんだっけ?」
「内緒」
「結婚する男の人って、やはり貴司さん?」
「どうだろうね?」
「あんた、貴司さんとは結局どういう関係になってるんだっけ?」
「今はただの友だちだよ」
「やりとりはしてるんでしょ?」
「うん。友だちとしてね。そもそも彼、交際中の女性がいるし」
「もう好きじゃないの? バレンタインとか贈らなかったの?」
「誕生日のプレゼントもバレンタイン・ホワイトデーもしたよ」
「貴司さん、あんた以外に彼女がいても、ホワイトデーしてくれたんだ?」
「お互い友だちとしてだよ。それに元々どちらかが道外に出るか私に声変わりが来たら夫婦関係を解消する約束だったんだよ。だから今はふたりとも×1(ばついち)」
と千里は答えたが
「ほんとにもう好きじゃないの?」
と母は再度尋ねた。
千里はそれには答えず、窓の所に行って外を見た。
「なるようになると思うよ」
とだけ千里は窓の外を見詰めながら言った。
翌日。母は1日東京見物してから夕方の飛行機で北海道に戻るということであった。そして千里は、合格発表を見た時点で即予約を入れておいた自動車学校(合宿コース)に入校する。
シーズンなので一緒に入校する人が40-50人居た。大半が高校卒業したてという雰囲気である。説明を受けた後、視力検査を受け学籍簿と仮免用の写真を撮る。
基本的な講習を受け、シミュレーターで練習した後、午後からは早速実車で練習である。
「村山さんは女子大生?」
と30代の女性教官から訊かれる。
「今月高校を卒業しました」
「ああ、それで東京方面に出て来たのかな? 大学生?就職?」
「大学生です。バイトとかで車使うかも知れないから、春休みの内に免許取っておこうと思って」
「ああ、確かに免許あるのとないのとでは仕事の選択肢も違うからね。でも今不況だけど女子大生のバイト求人は結構あるみたいだよ」
「うまく学業と両立できるものがあるといいんですが」
「確かに、中にはバイトだけをしていて学業は・・・って子もいるよね」
などと教官と会話を交わす。しかし、こういう声で話してても、私、やはり女の子として認識されるのかな?と千里は思う。まあ入校申込書の性別の所は女に○付けといたけどね。
教官の指示に従って教習所内のコースを走るのだが、すぐに教官から言われる。
「君、以前にも免許持ってた?」
「いえ、初めての取得ですけど」
「君、これまでも運転してたでしょう?」
「えー、運転は初めてですよぉ」
「嘘嘘。まあいいけどね。せっかくここまでお巡りさんに見つからずに来たんだから、ちゃんと免許取るまでは運転は控えるようにね」
「はい」
「でもこれならあまり教えることないな。仮免も本免も一発合格できるだろうけど、運転の基本を再度勉強してしっかり押さえるといいよ」
「はい、そうさせて頂きます」
講習が終わった後で、合宿生専用のバスに乗り、夕食を食べる場所(ゴルフ場の付帯施設のようであった。朝と夕はここで食べることになっているらしい)に行き、食後またバスで移動して宿舎に行く。見た感じは普通の賃貸マンションという感じである。不況の折だし、浮いてしまった物件か何かを丸ごと借りているのだろうか。
格安コースに申し込んでいるのでツインの部屋になっている。千里は703号室という紙をもらっていた。他の生徒の動きを見ていると、どうも、低層階を男子の合宿生、高層階を女子の合宿生に割り当てているようである。
もらっている鍵で703号室の鍵を開けて中に入ると先客が居る。
「こんにちは。こちらに今日からお世話になる村山千里と申します。よろしくお願いします」
と挨拶する。
「あ、こんにちはー。辛島栄子です。こちらこそよろしく」
と35-36歳くらいの感じの女性が笑顔で挨拶を返した。
取り敢えずコーヒーでもと言って辛島さんが入れてくれるので頂く。
「ルームメイトさんが昨日で卒業して行ったから、どんな子が来るのかなと思ったら若い子でびっくり」
「前のルームメイトさんは年齢が上の方だったんですか?」
「うん。52歳って言ってた」
「その年で免許取ろうというのは、それまで免許の不要な所に住んでいたんですかね」
「そうみたい。ずっと都会暮らしだったけど、旦那と離婚して田舎に帰るってんで、田舎じゃ車が無いと生活できないからって取りに来たらしい」
「わぁ」
「普通の人が2週間で取るところを3週間掛けて卒業。仮免試験を4回やったらしいから」
「きゃー。私も運動神経よくないから不安です」
「若い子は大丈夫だよ」
と辛島さんは言う。
ここの合宿コースは卒業が延びても追加料金は不要ではあるが、大学の入学式が4月8日なので、それ以前には卒業しておかないとやばい。
部屋は六畳2間の2DKの部屋である。片方を辛島さんが使い、片方を千里が使う。それで台所・トイレ・お風呂が共用スペースになるし、洗濯機も共用である。
「ところで千里ちゃん、だいたい何時頃に寝て何時頃起きる?」
「夜は12時くらい、朝は6時くらいですけど、夜はできるだけ音とか立てたりしないようにしますので」
「そのくらいなら大丈夫だよ。女子大生だっけ?」
「はい、4月から大学に入ります」
「なるほど。それで免許取りに来たのか」
取り敢えず辛島さんは私のこと、普通に女の子と思っているようだな、と千里は考えた。まあルームメイトが男だったら大変だけどね!
「辛島さんはOLさんですか?」
「そうだなあ。むしろOld Ladyかな」
「えー!? だってまだお若いのに」
「神社に勤めてるの」
「へー! 私も中学高校時代、神社の巫女さんのバイトしてたんですよ」
「お、凄い。だったら舞とかもやってた?」
「ええ。舞を舞ったり、笛を吹いたり」
「笛は篠笛?高麗笛?」
「龍笛です」
「おっ、それ一度聴いてみたいなあ。ね、ね、ここ卒業してからでいいからうちに一度来てみない? 千葉市内のL神社って所なんだけどね」
と言って辛島さんは自分の名刺を渡す。
「すごーい!巫女長さんなんですか」
「実は前任の巫女長さんが旦那の神職さんと一緒に水戸に転任しちゃって。私はなりたてなのよ。私も実はずっと都内の便利な所に住んでたから免許の必要性がなくって。でも千葉ではやはり免許が無いと不便だから」
「なるほどですねー。分かりました。一度お伺いします」
母が旭川の市役所で私の転出届を出してくれて、それで受け取った転出証明書を自動車学校気付けで送って来てくれたので、それを持って講義が2コマ、昼休みの前後に空くタイミングを利用し千葉市まで出て、転入届を出す。それで新しい住民票を発行してもらって自動車学校に提出し、現住所を書き換えてもらった。
辛島さんはその週の金曜日に卒業試験に合格して退出して行った。土曜日には今度は賑やかな女の子が入居してきた。
「女子大生さんですか?」
「大学行ってたけど首になっちゃった」
「あらあら」
「今バンドやってんだよ。そうだ、チサっち、聴かせてあげるね」
と彼女は言って、エレキギターを小型のスピーカーに接続して掻き鳴らす。千里は勝手に「チサっち」にされてしまった。彼女は自分のことは「モエっち」
と呼べと言っていた。
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