【トワイライト・魂を継ぐもの】(2)
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(c)Eriko Kawaguchi 2012-02-08
2学期の間も和実たちのボランティア活動は続いていった。しかし、その活動も被災地で避難所が次々と閉鎖され、各々の地域に根ざした自助活動なども盛んになってきたことから、2011年いっぱいで終了することとなった。
活動の中心となってきたエヴォンに置かれた募金箱と、募金用の口座だけは一応継続することとし、集まったお金は、この10ヶ月間の活動を通して関わってきたいくつかの現地のボランティア団体に配分していくことにし、その方針をホームページ上で告知した。2012年以降はその募金関係の事務的な作業だけを継続していくことになる。
ボランティア組織の最後の救援物資トラックは12月31日の昼に東京を出発することになっていたが、それに先立ち30日に参加者の中で集まれる人だけ集まって打ち上げをした。打ち上げは、できるだけ費用を掛けないで、お金があるならその分支援に回そうという趣旨で、30日の夕方19時から20時までエヴォンを(無償で)貸切にして、コーヒーとケーキのセットを特別に500円(ほぼ原価)で出して行なった。和実と淳がみんなに感謝の言葉を述べた。
最後のドライバーもぜひやらせてと言って、和実と淳の2人が担当した。今日は普段と逆に、行きは主に和実が運転し、帰りは主に淳が運転することにしていた。淳が青森から石巻にリンゴを運んだのがボランティア活動の始まりだったので、最初に運転した淳が最後に運転しようと、ふたりで決めたのであった。
この活動も初期の頃は避難所巡りをして即食べられるものとか下着とか衛生用品などを配布していたのだが、夏頃からは仮設住宅が主な救援対象となり、内容もお米とか野菜・肉などの食材、夏には扇風機、秋になると毛布・こたつ・などと実用的なものが多くなってきたいたが、最後の配送で届けるのは、年越しそばとお餅、ミカン、イチゴ、などといったものであった。
宮城県内の幾つかの仮設住宅群を巡り、最後の仮設住宅で荷物をおろしてから、これが最後の配送というのを知って来てくれた、石巻の市職員の人と握手をした。この職員さんがいた避難所に、和実も当初お世話になっていたのである。
「でもほんと、やっと復興の最初の1歩を踏み出したという感じですね」
「ええ。しなければならないことは山ほどあります。でもみんな士気は高いです」
「たいへんですけど、頑張って下さい。私たちにお手伝いできることがあったら連絡してくださいね。やれる範囲のことはしていきますから」
「ほんとにお世話になりました」
そんな会話を交わしながら、和実たちは仮設住宅の前を歩いていた。1軒の家に50歳くらいの感じの女性が出て、何かを膝に抱えてしゃがみ考え事をしているようだ。
「どうしましたか?佐藤さん」
と職員さんが呼びかける。
佐藤さんと呼びかけられた女性はこちらを見ると、泣き出した。和実と淳は顔を見合わせた。
「良かったから、少しお話を聞きましょうか?」
と和実は声を掛けた。
市職員さんは他の仮設住宅にも回らなければならないようだったので、和実と淳が仮設住宅の中に入って、佐藤さんから話を聞くことにした。
「この服・・・うちの子の遺品なんです」と佐藤さんは言った。
「お子さんが亡くなられたんですね」
「はい。津波でやられてしまいました。住んでいたアパートも跡形もなくなっていたのですが、この着物は実家にあったので助かったんです。実家も地震で完全に崩壊したのですが、津波は来なかったので」
「それは大事な遺品になりましたね」
「ただね・・・・他人様に見せられないので、もう焼いてしまおうかと思って」
「どうしてです?すごくきれいな着物っぽい。ちょっと見せてもらっていいですか?」
「ええ」
和実はその着物を借りると広げてみた。
「これは・・・・」と淳が絶句する。
「すごくきれいな振袖ですね。手染めじゃないですか!70-80万はしますよ」
「ボーナスを注ぎ込んで買ったようです」
「もしかして成人式用ですか?」
「成人式に着て、それから短大に行っていたので、その卒業式でも着る予定だったのですが、実は成人式の日は風邪を引いて寝込んでしまって行けなかったんですよ。凄く残念がってました。それで卒業式で絶対着るぞと言っていたのですが、その卒業式の直前に震災で逝ってしまったのです」
「わあ・・・」
「卒業式はいつの予定だったんですか?」
「3月18日の予定でした」
「あと一週間だったのか・・・・」
「震災が落ち着いてから学校から卒業証書は頂いたのですが、成人式に出られなかった分のリベンジだって言って、振袖で卒業式に出るのをすごく楽しみしてたので、無念だったろうなと思うと」
「そうでしたか。。。。お嬢さん、ほんとに残念でしたね」
「いやそれが・・・・」
「はい?」
「娘ならいいのですが。。。。実は息子なんです。お恥ずかしいことに」
「え?」
「子供の頃から女の子の服を着たがっていて。。。中学や高校の頃もスカート穿いて友だちとかと遊んでいました。高校までは一応学生服を着て通っていたのですが・・・・」
「わあ・・・・」
「高校出てから幼稚園の先生になりたいと言って仙台の短大に入ったのですが短大では完全に女の子の格好をして通学していたようです。通学のかたわら仙台市内の洋服屋さんでバイトをしていたのですが、そこでも女として雇ってもらったということで。振袖もそこのバイト代を少しずつ貯金して貯めたお金で買ったようで」
「頑張りますね」と和実。
「就職先の幼稚園も決まって。女の先生として受け入れてもらえることになったなんて嬉しそうに話してて、それから性転換手術っていうんですか?それも今年の夏に受けることにした、なんて言っていた矢先に、逝ってしまいました」
「ほんとにこれからって時に・・・・」と淳。
和実は年が近いこともあり、他人事とは思えなかった。
「息子の唯一の遺品だし、取って起きたい気もするのですが、親戚とかに見せられないし、これを見ているだけで私も辛い気持ちになるから、処分してしまおうかって思って。さっきも火を付けちゃおうかって庭に出たものの、なかなか踏ん切りが付かなくて・・・・」
「あの・・・・」と和実は言った。
「私も実は本当は男の子なんですよ」
「え?」
と佐藤さんはきょとんとした顔で声を出した。
「そんな、御冗談を」
「いえ、ほんとです。困ったな、私、自分が男と証明するようなもの持ってないや」
「和実の学生証も女になってるもんな」と淳。
「うん。運転免許には性別記載されてないしね。声も、私、これが地声だし」
「いえ。。。。なんか信じられる気分です」
と佐藤さん。
「うちの息子も、ちょっと見た目には女の子にしか見えなかったし。何かそんな身なりしてても親孝行な子で。。。。」
「いいお子さんだったんですね。振袖、押し入れの奥とかに取っておいてあげましょうよ。親戚とかには見せずに、毎年命日とかだけに出してきて眺めてあげたらいいじゃないですか」と淳。
「そうですね・・・・・・」
と佐藤さんは言っていたが、突然こんなことを言い出した。
「あの・・・もし良かったら、この振袖をもらってくれません?」
「え?」
「だって大事な遺品なのに!」
「いえ。お二方にはこれまで支援活動でお世話になってますし、それにここで息子と同類の方に遭遇したということ自体が物凄い縁のような気がするんです。押し入れに入れておくのって、振袖には可哀想。服って、着てあげてこそですもの。この振袖、結局1度もあの子自身は袖を通すことのないままになってしまったし。死んだ子の服では、気が進まないかもしれませんが・・・」
「あ、私、そういうの全然平気です」
「和実、振袖自分で着れるよね。ちょっとここで着てみたら?」と淳。
「そうだね。奥さん、着てみていいですか?」
「はい」
「和装用の下着持って来てないから、洋装下着の上になりますけど」
と和実は笑顔で言う。
その場で上着とズボンを脱ぎ、下着姿になり、その振袖を身体に掛ける。着付け用の紐があるということだったのでそれを2本借りて、20分ほど掛けてきれいに着て、帯も自分で結んだ。
「きれいだ・・・」と淳。
「ああ、この振袖をこういう形で見られるなんて・・・」と佐藤さん。
「お仏壇、お借りしていいですか?」と和実。
「はい」
和実は仏壇の前に座ると合掌した。淳は和実が『対話』してるな、というのを感じた。
「お子さん・・・ユキさんっていうのかな?」と和実。
「あ、はい。その名前を名乗ってました。本名は鷹行(たかゆき)なんですが。どうして、それを?」
「ユキさんからメッセージもらいました」と和実は言った。
「この振袖、良かったら私にもらってくれないかって。もし可能なら今年の3月18日には記念写真撮ってほしいって。それからその日はお母さんの誕生日でもあるから、お花を贈ってあげてって」
「!」
佐藤さんは驚いた顔をした。
「私の誕生日なんて言ってないのに。。。。本当に息子からのメッセージなんですね!」
「この振袖をお預かりします。ユキさんが成人式にも出られなかったというのなら、私、ちょうど今年成人式だから、これで成人式に出ちゃいますよ。その記念写真撮って送りますし、それから卒業式の予定だった3月18日には再度こちらにお邪魔して、振袖姿をお母さんにお見せして、一緒に記念写真撮りませんか?」
「はい」
「和実、ほんとに成人式でその振袖着るの?」
淳は帰りのトラックの中で訊いた。
「なんかさ」
「うん」
「ユキさんね。成人式にも卒業式にも着れなかったことが物凄く心残りだったみたいで」
「だろうね」
「じゃ、私が代わりに成人式と卒業式の日に着てあげるって言ったら、嬉しそうにして。そのまま上に上がっていったよ。成仏できたみたい」
「和実まるで霊能者みたいだ」
「私、普段はこんなに霊感働かないんだけど、今日のは凄くよく彼女のメッセージが伝わってきた。よほど思いが強かったんだね」
「そうか。ふつうの女の子にとっても振袖って夢だもんね。私たちみたいな子にとっては、なおさらだよ。私も成人式で振袖着たかったな、って今でも思う」
「着れば良かったのに」と和実。
「その勇気が無かったのよ。当時は。和実もユキさんも偉いと思う。ユキさんも、たぶん1年くらい掛けてバイト代から少しずつ貯金して買ったんだし、本当に思い入れが強かったろうね」と淳。
「うん。たぶん。でもこんなことするのは青葉の担当なんだけどなあ」
と和実は苦笑する。
「青葉ちゃんに会った後、和実の霊感強くなってるよ」
「うん。刺激を受けてるからだろうね」
「でも自分で買った振袖の方は?」
「うん。だから、盛岡の成人式は、お母ちゃんと一緒に選んで買った自分の振袖を着て、翌日の東京の成人式で、この預かった振袖を着る」
「ああ、なるほど。そうそうお父さんの方とはその後、どう?」
「こないだ実家の家電に掛けた時、ちょうどお父ちゃんが出たんだけど、ガチャンって切られた」
「大変そうだね」と淳。
「意地張ってるだけだよ、なんてお母ちゃんは言ってたけどね。でも会えば、また違うだろうしね」
「うまく和解できるといいね」と淳も運転しながら笑顔で言った。
「この振袖は3月18日に返そうかと思うんだけどね。でも、私たち被災者の人たちからかなり遺品の類をもらっちゃったね」
「うん。なんかひとつひとつの品物にいろんな思いが入ってるみたいで」
「その人たちの思いを少しずつでも継いでいくのも生き残った私たちの務めかなって、思うんだよね」
淳も頷いていた。
その夜は安達太良SAで休憩中に新年を迎えた。
和実と淳はカーラジオでカウントダウンを聞き、0時ちょうどにキスをした。
「Happy New Year!」
「Happy New Year!」
「今年は良い年になるといいね」
「良い年にしていこうね」
東北に往復する時はいつもしてきたように、途中のPAで仮眠したあと朝東京に帰着した。
お正月は、美容室が年末31日まで開いていたので帰省せずに東京に残っていた胡桃と一緒に、おとそを飲み、お餅やおせち料理(和実と淳で協力して作ったもの)を食べてから、3人で相互に着付けをして、淳は訪問着、胡桃と和実は振袖を着て、初詣に出かけることにした。今日は人混みに揉まれるので、3人とも、多少汚れても構わないものを着ていく。
着付けは、淳と和実の着付けを胡桃がして、それから胡桃の着付けを和実がした。
「和実、かなり着付けうまくなったね。着付け技能士の資格取れるかも」
胡桃は昨年着付け技能士1級の試験を受けた。実技では和実をモデルにして、振り付けの着付けをした。合格発表はまだだが、感触は良かったので、多分通っているだろうなどと言っていた。
「2級は取れると思うけど、1級は最低1年の実務経験が無いと受験資格が無いからなあ」
「うちの美容室と契約する?」
「うーん。さすがに在学中は時間的に無理な気がする」
「でもシーズンだけでも手伝ってもらえると助かるよ」
「うん、考えてみる」
3人一緒に電車に乗って、都内中心部の神社にお参りした。
「凄い人出だね」
「神様もたいへんだね。これだけの人の祈りを聞いてあげるって」
「うーん。人数は関係無いよ。だって神様へのアクセスのチャンネルは各自がそれぞれ持っているものだからね。ただ、そのチャンネルが神社に来ることで開きやすくなるんだよ」
と和実が解説すると、胡桃も淳もなるほど、と頷いた。
「ただ、こんな凄い人出の時よりはもっと静かな時に来たほうが、落ち着いてチャンネル開くことできるけどね」
「やはりそうか」
「だから、節分過ぎてから、また来ればいいと思うよ。普段はここまで多くないじゃん」
「そうだね」
かなり時間を掛けて拝殿前まで進み、二礼二拍一礼でお参りする。
人がたくさん並んでいるので次の人たちと入れ替わるようにして拝殿を離れ、出口の方へと進路を進んでいく。その時、和実は唐突に言った。
「お姉ちゃん、私、今年手術しちゃうよ」
「そっか。。。。結局20歳すぎてからの手術になったね」
「うん」
「え?和実手術するの?」
と聞いていなかった淳が驚いて言う。
和実は首を少し傾げて優しい笑顔で淳を見つめると言った。
「実はね。今拝殿のところで決めた」
「えー!?」と淳と胡桃。
「今、拝殿のところで神様に御挨拶したら、自分のあるべき姿になりなさいと言われた」
「へー」
「・・・気がした」
「それって、自分の心の声なんじゃないの?」と淳。
「かもねー。でもタイミング的にも今年がいい気はするんだよね。4年生でゼミとか必死でやってる最中に性転換手術受けて1ヶ月くらい身体を休めてというのは、辛いもん。大学院の入試だってあるしね」
「確かにね」
「去年はボランティアで忙しかったしね」
神社周辺は混雑するので、電車で少し離れた駅に移動してお茶を飲んだ。
「でも私お正月はこのまま東京に居座って、代わりに和実の盛岡の成人式に付いていこうかな。お父ちゃんと和実の久々の対面も見たいし」と胡桃。
「うん。助かる」
「私は遠慮したほうがいいかな。でも成人式は見たいしな」と淳。
「淳のプリウスに乗せてってよ。で、淳が車中泊している間に私たちは実家訪問」
「車中泊なのか!」
「車中泊も東北往復で、かなり慣れたけどね」
「昨夜も車中泊だったね」
和実が勤めるメイド喫茶は本店・新宿支店ともに3ヶ日を休んで4日から営業開始した。4日は夕方18時までの限定営業だったが、その日は「振袖カフェ」となり、メイドさん全員が振袖を着て応対した。着付け師さんを本店と支店に2人ずつ頼んで、朝から着付けをしたが、和実と胡桃も(タダで)借り出されて着付けをしてあげた。振袖は貸衣装屋さんから予備も含めて25人分をまとめて50万で借りてきた。
「店長は振袖着ないんですか?」
などとひとりの子が言い出した。
「馬鹿、振袖は女の子が着るから可愛いのであって、男が着たら気持ち悪い」
と店長。
「私、男だけど振袖着てますけど」と和実。
「だから、君は女だって。ほんとに面倒だから、さっさと性転換してよ」
と店長。
この「さっさと性転換して」というのは、店長の口癖のようになっていた。いつもは和実は「そのうち」などと答えていたのだが、今日は
「そうですね・・・・今年の夏くらいにやっちゃおうかなあ」
と答える。
「わあ、いよいよですか?」とマユミが喜んで?いる。
若葉がニヤニヤと笑っていた。店長は
「ほお、とうとうやるか。手術の前後休む場合、30日間までは有休扱いにしてあげるよ」
と言った。
その日、和実は本店チーフなので午前中本店に詰めていたが、午後1時から3時までは支店チーフの悠子と入れ替わる形で支店の方にも顔を出してきた。この日はお正月ということで、オムレツを2段重ねして、その上に橙代わりのサクランボを載せた「鏡オムレツ」なるものもやった。店長から言われた時は、そんなの売れるか?と思ったものの、実際にはけっこうオーダーがあってびっくりした。
「ひな祭りには、三段積み重ねて、菱オムレツとかしようかな」
などと店長は気をよくして言っている。
「赤・白・緑、とかに色付けるんですか?」と麻衣。
「赤はケチャップで、白は生クリーム、緑は抹茶かな?」と店長。
「それは味が無茶苦茶です」と若葉。
「ケーキ用のチョコペンシルで何とかならないかな」と瑞恵が言うと、みんな、それが良いと言った。
今日は18時までなので、閉店後、各自振袖を脱ぐ。たたみ方が分からない子も多かったので、分かる子が教えてあげていた。19時頃、支店の子たちの分の振袖をまとめて、悠子が車で運んできた。本店は店長の他は、和実・麻衣・若葉だけが残っていた。
「和実、お正月には盛岡に戻らなかったのね」
「うん。ボランティアで年越しそばとかお餅とか被災地に届けてたし。向こうには震災直後に帰っただけで、その後行ってなかったのよね。その時にお父ちゃんに女の子の姿を見せて自分は女として生きて行くつもりだと言ったら勘当だとか言われたんだけど」
「はは」
「高校時代も女装してる所は何度か見せてはいたんだけどね。女子制服を着て朝学校に出て行ったことだってあるし。でも冗談だと思ってたみたいだった」
「和実って、本気と冗談の区別がよく分からないんだよね。私も悩むことあるよ」
「そう?」
「それ、私もよく指摘する」と麻衣。
「同感。更に和実って、平気な顔で嘘つくんだよね」と若葉。
「ははは」
「取り敢えず、メイド喫茶の仕事を始める以前は女装したことなかったなんて話は嘘ってのは、梓から聞いたけどね」と若葉。
「あまり、それバラさないで〜」
「まあ、そうだろうね。でなきゃ、いきなり女装して、あんなに可愛くなるわけが無いよな、とは思ってたけど」と悠子。
「でも、その梓も美事に騙されてて、本当は和実はリアル女の子って説も、私は捨ててないんだけど」と若葉は続ける。
「私もね、それ昔から時々思ってた!」と悠子。
成人式の帰省は6日の朝からすることにした。梓も誘って、淳のプリウスに、和実・胡桃・梓と4人で乗り込んで東京を出発した。東北道をまっすぐ北上する。運転免許は4人とも持っているので、交替で運転した。梓をプリウスに乗せるのは初めてだったが「わあ!この車乗り心地いい!欲しい!」などと叫んでいた。
最初上河内SAで休憩し、ラーメンやギョウザを食べる。
「でも何か全体的に『ふつー』になってきちゃったよね。地震は続いてるけど」と梓。「悪い意味で慣れちゃった感じだよね」と胡桃。
「でも深夜の高速走ってるとさ、標識とかのライトがけっこう落とされてるんだよね。間引きされてるから、しっかり見てないと見落としそうで怖いよ」と和実。
「電力はホント何とかしないとやばいよね」
「いっそ地震のエネルギー自体を電力に転換できないものなのかしら」と胡桃。
「地震力発電か・・・・うーん。。。」
「だって日本列島、ふだんからいっぱい揺れてるもん」
「特に今東日本は余震で揺れ続けてるしね」
「大規模な施設を作っていたら、その間に余震も収まっちゃうだろうけどさ、なんかもっと小規模で小さな電力を起こすようなものだったら、すぐに作れそうなもんじゃん。日本の技術力があれば」
「そういう議論って、あまりまともに取り上げてもらえないよね」
「このプリウスには自作のソーラーパネルを屋根の上とかに乗っけてますけど、ソーラーって大した電力出せるわけじゃないのよね。でもその僅かな電力も、みんながやってれば、合わせるとけっこうな量になると思うのよね」
と淳も言った。
「だけど、私ここ数年、和実の振袖姿見てるけど、毎年違うの着てるよね」と梓。
「確かに毎年違うの着てるよね。高2の時は姉ちゃんの着付け練習用の振袖を着て、高3の時は自分でヤフオクで落とした小振袖着て、去年は和裁習ってたから自分で縫い上げた振袖着て」
「頑張るなあ。でも今年はまともに買ったのを着るのね」
「うん。盛岡の方はね」
「え?東京の方ではまた別の着るの?」
「実はね・・・・」
和実は年末にボランティアに行った先で、震災で亡くなったMTFの娘さんの振袖を託されたことを説明した。
「わあ。せっかく頑張って貯金して振袖買ったのに、成人式にも卒業式にも着れなかったって、可哀想すぎる」
「うん。だから代わりに着てあげる」
「頑張ってね」
「ところで着付けを希望する子は結局、何人になったんだっけ?」
「私と照葉と美春はお願い。弥生と麗華が頼むかも知れないと言ってたから、あとで再確認するよ」
「こちらは私と姉ちゃんの2人で着付けできるから、私と梓も入れて合計8人くらいまでは行けるよ。1人30分でできるからね」
上河内SAを出た後は、安達太良SA、菅生PAで短い休憩と運転交替をしたあと、長者原SAでおやつにして長めの休憩を取った。菅生PAからここまでは梓が運転したのだが
「この車、乗り心地だけじゃなくて運転も楽だね。マジで欲しいなあ。もう少し安ければ買うのに」
などと言っている。
「今度、プリウスの少し小さいのが出るよ。アクアって名前で」と和実。「いくらくらい?」と梓。
「たぶん170万くらい」
「うーん。それでもお金が無い。宝くじ当たらないかなあ」
「梓、宝くじ買うの?」
「買ったことない」
「じゃ、当たらないよ」
「確かに」
「だけどホントに車って高すぎるよね。そもそも保険が高いと思わない?」
「そうそう。それで私二の足踏んでるんだよね。東京は駐車場代も高いし。免許取って以来レンタカーとか友だちや親の車運転してるけど、軽でもいいからあったらなあと思うのよね」
「取り敢えず軽でもあれば便利だよね」
「でもプリウスの燃費凄いね。残油計が全然減らないから壊れてるのかと思ったよ」
などと梓は言う。
「あ、私も最初それ思った」と和実。
「高速では凄く快適だったけど、山道とかはどうなんだろう?」
「去年の夏に北陸に行った時、国道148号の洞門が連続する区間を走ったけど、楽チンだったよ。上り下りのある道もパワーモードだとかなり走れる。CVTとは思えない器用な動きするんだよね、この子。下りが連続する場所ではさすがにBポジション(ふつうの車のL)にしないとだめだけど。あと、ハイブリッドは長時間走行に弱いなんて意見をよく聞くけど、プリウスは長時間走行でエンジン使ってもそんなに燃費落ちないよ」
その日はその後、紫波SAで休憩を取ってから、夜8時頃に盛岡市内に入り、まずは梓の家に行って梓を降ろし、お母さんにも挨拶をする。その後、和実たちの実家に行って、和実と胡桃が降りて、淳はいったん郊外のファミレスに行って待機した。
「ただいま」とごく普通に言って、和実は家の中に入った。震災の直後に帰った時は、モヘアのセーターにジーンズのスカートなどという格好だったのだが、今日はローラアシュレイの花柄のワンピースの上に、フェミニンなモスブルーのカーディガンを着ていた。髪は昨日、姉にセットしてもらっていた。メイクはナチュラルメイクである。
「お帰り」と母が笑顔で迎えてくれたが、父は、ちょっと見てから
「どなた様でしょう?」などと言っている。和実は父の真ん前に座った。
「お父ちゃん、しばらくこちらに戻って来なくて御免ね。去年はなんか凄く忙しくて」
「・・・・かなりボランティアしていたようだけど、勉強の方もしてるか?」
「うん。学校はほとんど休まず行ってるよ」
「その・・・・いろいろ手術とかしたのか?」
「まだしてないけど、今年の夏くらいに手術しちゃうつもり。卒業するまでに戸籍上の性別をきちんとしておきたいし、4年生では忙しくて手術とか受けてられないし。性転換手術が終わってないと戸籍は変更できないんだよね」
「そうか。。。後悔しないな?」
「うん」
「分かった」
「まあ、御飯にしましょうね」と母が言う。
「えっと、実は私の恋人の車で今日は戻って来たんだけど、呼んでいい?」
「そ、そうか?来て頂きなさい」と父が言うので、和実は淳を呼び出す。「10分くらいで来れるって」と和実は電話を切って言った。
「淳ちゃんには、震災の直後、和実と胡桃を仙台からここまで運んでもらったのよ。そもそも、和実たちが避難所で食べ物も無くて困っていた時に、トラックで食料を運んでいってくれたのよね」と母。
「そんなにお世話になってたのか」と父。
「そういう訳で、今、私と和実と淳ちゃんの3人で一緒に暮らしてるんだよ」と胡桃。
「なんだ、そこまで進んでたのか?聞いてなかったぞ」
「私、言ったけど、聞いてくれなかったじゃない」と母。
「そうだったか?」と父は少し焦っている。
「ちょっと待て。その恋人って、男なのか?女なのか?」と父。
「私と同類」と和実。
「おかまなのか!?」
「うん」
「同類だから、よく理解しあえてるみたい」と胡桃。
「淳ちゃんと和実、ほんとに仲がいいんだよ」
そんなことを言っているうちに淳が到着し、母が玄関に出て迎え入れた。「お邪魔します」と言って入ってくる。
今日の淳はシックなスカートスーツを着ている。
「こちら、私のフィアンセの月山淳。こちら私の父です」と和実が相互を紹介する。
「初めまして。月山淳と申します。お世話になっております。御挨拶が遅れまして、たいへん申し訳ありません」
「あ、えっと、いや、和実の父です。お世話になっております」
と父は何だか、しどろもどろである。
「しかし・・・・女の人のようにしか見えないのだけど?」と父。
「すみません。性同一性障害でして。戸籍上は男性になっています」と淳。
「だって、声も女の声なのに」
「和実だって、声は女の子じゃん」と母。
「そういえばそうだった」
「将来的にはね、和実は性転換して戸籍も女性にするから、淳さんは戸籍をそのままにしておいて、入籍しようと言ってるのよ」と胡桃。
「なんだ、なんだ。そういう話までしてるのか?」と父。
「私、言ったけど」と母。
「といったところで、そろそろ御飯にする?」と和実。
「そうそう。私も、おなか空いちゃった」と胡桃。
「うん。御飯にしようね」と母は笑顔で言って、台所から鍋を持ってくる。和実と胡桃も手伝って食卓に食器を並べた。
その日は御飯を食べたあと、お酒を飲みながら5人でいろいろ話していたが、淳がお酒の席での話の運び方がうまいので、父と完璧に打ち解けてしまっていた。
「じゃ、結婚式では淳さんがタキシード着て、和実がウェディングドレスを着るんですか?」父。
「ええ、それが無難かな、なんて言ってます。裏バージョンでふたりともウェディングドレス着た写真も撮っておこうかな、などと。あ、どうです?もう一杯」と淳。
「お、頂きます。しかし淳さんも、かなりお酒行けますね」
と父はかなりご機嫌になっている。
結局、その夜は母は途中で寝たものの、1時くらいまで残り4人でひたすら話を続けた。和実と胡桃はお酒は飲まなかったものの、父と淳でビール5本と1升瓶の清酒(淳が持って来たもの)を1本、きれいに空けてしまった。
翌日は父と淳は10時くらいまで寝ていた(和実と胡桃はちゃんと朝起きて母と一緒に朝食を取った)。お昼5人で盛岡市内の海鮮料理店に行き、簡単な食事会をした。これですっかり、和実と淳の仲は、和実の両親に認められた形になった。
「一度、和実をそちらの御実家にも挨拶に行かせますね」と母。
「兄には認めてもらっているのですが、うちの親にはまだ言っていなくて。というか、私自身が性同一性障害というのもカムアウトしてなくて」
「いっそ、出来ちゃった婚にしちゃった方が手っ取り早いかもね」と和実。
「はあ!?」
7日の午後からは高校時代の友人たちでショコラに集まり、ミニ同窓会にした。ショコラもかなりメンバーが入れ替わっていたが、和実が東京に移動した後でチーフを引き受けた和奏、最年長の利夏、それに菜々美の3人が残っていた。その他のメンバーの内3人は、春に1度来た時に会っている子たちだが、初めて見る顔もある。和実は店長の神田に「うちの創業時からのメンバーで、今は東京のエヴォンでチーフをしている、『はるか』こと和実ちゃん」と紹介され、新しいメイドさんたちと握手を交わした。
その日集まった同級生は、和実・梓・奈津・照葉・弥生・美春・麗華・綾乃の8人である。2年生の時の同級生であるが、けっこう団結力が高く、普段はmixiを通して、交流をしている。
「じゃ、着付けするのは、梓・照葉・美春・麗華の4人でいいね?」
「私はお母ちゃんが着せてくれるから」と綾乃。
「私は美容師になりたての従姉が張り切ってて」と弥生。
「千佳子はおばあちゃんが、やってくれるらしい」と麗華。
千佳子もこのグループなのだが、今夜遅く盛岡に戻ってくるので、今日のミニ同窓会には不参加である。
「私は着付け覚えたから自分で着るし、私もみんなの着付け手伝おうか?」
と奈津。
「あ、じゃ、そうしよう。私のうちに朝9時集合にする? 私と姉ちゃんと奈津の3人で、えっと、私・梓・奈津・照葉・美春・麗華の6人に着付けするんだから1人30分で1時間で終わるよね?」と和実が言うが、「でも和実と奈津も着付けしてもらわないといけないよ?」と照葉が疑問を挟む。
「えーっと・・・」
「最初に、着付けできる人3人で、照葉・美春・麗華に着せる。そのあと、和実と奈津は自分で着て、和実のお姉さんに梓が着せてもらえばいい」
と綾乃。
「わ、さすが。頭良い!」
「私、この手のパズルみたいなの苦手」と梓。
「数学屋さんが何で?」
「でも、帯は自分ででも締められるけど、人にしてもらった方が良いから、私と奈津でお互いに相手の帯を締めない?」と和実。
「うん。そうしようか」と奈津。
翌日は朝8時頃に梓がお母さんと一緒に来て、その後ぞろぞろとみんなも集まってきた。唯一の男性である父は母から「邪魔」と言われ、淳が連れ出して、外にお茶を飲みに行った。このふたりはかなり意気投合した感じである。
所々和実の母と梓の母が手伝ったりしながら、わいわいと着付けをし、10時少し前までに全員振袖を着ることができた。みんなでお互いに写真の撮り合いをする。和実が淳に着付け完了のメールをすると、10分ほどで父を連れて戻ってくる。
母と一緒に選んだ加賀友禅の振袖を着た和実を見て、父は一瞬和実と認識できなかったようであったが、母から「どう?和実の振袖姿?」と言われて
「いや、あまりの美人で・・・何と言ったらいいか・・・」
などと見とれている。
「でも私の振袖姿、毎年見てたのに」と和実。
「いや、胡桃の着付けの練習台になってるだけだと思ってたし、あまりじろじろは見てなかったし」と父。
「だけど、和実の着てるの、凄くいい振袖だよね」と奈津。
「梓のには負けるけどね」と和実。
「私のはお友達からの借り物だから。でも麗華のも凄くきれい」と梓。
「それ、京友禅だよね。刺繍がきれい」
「安物は安物同士で団結しようか」と照葉が奈津と美春の肩を抱いている。
「いや、照葉の振袖もプリンター染めだからこそできる大胆なデザインだもん。これからはこの手の、手染めの模倣じゃなくて、今までとは別世界の振袖がけっこう増えるんじゃないかなあ」と和実。
「奈津のも凄く可愛いと思う。私、自分で選んでたら、やはりそんな感じの選んでたかも」と梓。
「美春のはまるで洋服みたいなデザインで、これもまた斬新だよね」と和実。
「おお、フォローが上手」などと言う奈津も、まんざらではない感じであった。
父の車、淳の車、梓の母の車の3台に総勢11人が分乗して会場方面に向かう。まずは会場の近くのショッピングモールに行き、ここで弥生・綾乃・千佳子たちと合流した。梓の父や、麗華や美春たちの親もここで待ち合わせていた。成人式を迎える女子9人とその付き添い総勢30人ほどで、予約していたお店に入り(お店の半分くらいを占領してしまった)、各自持参のエプロンを付けて、お昼御飯を食べた。この人数になると、何だか凄い騒ぎであった。
「マイクロバスでもレンタルしとけば良かったかなあ」
などと照葉が言っていた。
「女の子たちとその親御さんの集まりに、うちみたいなのが混ざっていいのかしらと、昨日まで少し不安だったんですけど、もう開き直りました」
と和実の母が言うと、綾乃の母が
「あら、だって和実さん、とっても女らしいもの。普通に女の子ですよ」
と言っている。
13時前にお店を出て、各自親などの運転する車で会場入りした。会場の前で高校のクラスで記念写真撮ろうよと言って、呼びかけていたのだが、13時半までに、和実の高2の時のクラスの内25人ほど、高3の時のクラスの内30人ほどが集まってきた。高2の時の担任の小比類巻先生と高3の時の担任の滝田先生も来てくれたので、一緒に写真を撮った。
小比類巻先生は黒い背広の礼服だったが、滝田先生はきれいな色留袖を着ていた。女子の元生徒たちとハグしている。和実や梓もハグしてもらった。
「和実ちゃん、すっかり女らしくなっちゃって。素敵なお召し物」と滝田先生。「先生の服も素敵です」と和実。
「私も一応独身だから、振袖着ようかと思ったんだけど、妹から停められた」
「振袖着て来て、新成人に紛れれば良かったのに」
「そうなのよね、やってみたかった」
「梓ちゃんも、凄い豪華なの着てるわね」と先生。
「これ、友だちが貸してくれたんですよ。彼女も新成人で成人式のために作ったのに、都合で他のを着なければいけなくなっちゃってということで、浮いてしまったのを借りてきました」
「へー。でも成人式はいろいろドラマがあるよね」
「私も一応去年のお正月に自分の振袖頼んでたんだけど、震災でその呉服屋さんが潰れちゃって」
「そうそう、その手の話も、多いのよ」
男子の方の友人では、近藤君や小野寺君はふつうにブラックスーツを着ていたが、伊藤君は受け狙い?でゴーカイジャーの《バスコ・タ・ジョロキア》のコスプレをしてきている。
「工藤ちゃーん、会いたかったよぉ」と言って寄ってきて、和実に抱きつこうとするが、和実に拒否される。梓にも抱きつこうとしてパンチを食らっていた。
「えー?だって滝田先生や溝口さんとは、さっきハグしてたじゃん」と伊藤君。「それは女の子同士だもん」と和実。
「工藤、もう女の子になっちゃったの?」
「今年中には女の子になっちゃうよ」
「あ、だったら、俺と結婚しない?」
「ごめーん。私、もうフィアンセいるから」
「えー!?ショック」
そんなことをしていた時、紺野君と目が合った。周囲に7〜8人女の子が集まっている。軽く会釈をしたら、向こうも会釈を返してくれた。和実は心が暖かい気分になった。
やがて14時近くになり、みんな会場に入った。
市長をはじめ何人か来賓の挨拶、新成人の代表のことば、などが行われたあと、VTRが上映された。「へんしん」というタイトルが紹介されると、和実の斜め後の席に座っていた伊藤君が肩をトントンと叩き、メモを手渡した。
「和実ちゃんの『へんしん』はどのくらい完了してますか?」と書いてある。和実は笑って『心は100%、身体は60%くらい変身完了です』と書き、ついでに『これセクハラ』と書き添えて、返した。『手の甲でいいからキスさせて』というメモが戻って来たので『いいよ』と書いたメモと一緒に手を伸ばしたら、そこにキスされた。和実は少し楽しい気分になった。
式典が終わり退場する。しかしまだみんな別れがたくて、あちこちで輪が出来ている。和実は最初梓や照葉たちと同じ会話の輪にいたが「ちょっとごめん」と言って離脱すると、紺野君のところに駆け寄った。紺野君は、ちょうど取り囲んでいた女の子たちと別れて帰ろうとしている雰囲気だった。
「こんにちは」と明るく声を掛ける。
「こんにちは。前から可愛かったけど、振袖を着ると美人度が上がるね」と紺野君。
「これ。。。少し早めのバレンタインです」
「ありがとう」
「たぶん、これ渡すの最後になると思います。私、婚約しちゃったから」
「おお、それはおめでとう」
「高2の時に紺野さんに言われた通り。私の方からアタックしたんですよね」
「はるかちゃんは、人を引き寄せるタイプだから、受け身で行動すると自分の好みでない人と恋をしてしまい易いんだよ」と紺野君は言っている。
「ああ、そうなのかも」
「でもね。実を言うと、高校時代にきちんとした言葉で、僕に告白してくれたのは、はるかちゃんだけ」
「えー!?」
「好意を寄せてくれた女の子はたくさんいたけどね」
「紺野さん自身が好きって言ってた女の子とはどうなったんですか?」
「実は。。。。震災で亡くなったんだよ」
「え?」
「僕も彼女も仙台の大学だったから、向こうでも時々会って、お茶飲んだりしてたんだけど、実はまだちゃんと告白してなかった。それが悔やまれて」
「もしかして、※※さん?」
「よく分かったね」
「凄くいい人だったのに」
「さすがに僕も当時はショックでね。まだ立ち直り切れない」
「励ましたりすることもできないけど、でも彼女は紺野さんに自分にこだわらないでって言っている気がします」
「そう?」
「あ・・・・・今、何か言われた?」
「言われた?」
「あのですね・・・・3月11日に自分のお墓に、ローズマリーの花を供えてくれないかって」
「ローズマリーは彼女が好きだった花だよ」
「彼女、それでけじめを付けましょうって。彼女ですね、なんかとってもいい状態。まるで天使みたい。家族や友だちにとても愛されてたし。それでこんなきれいな状態になれたんだろうな。彼女、紺野君と紺野君が次に恋する女の子を守ってあげるからって、言ってる」
「君が言うと、信じられる気がする」
「彼女のことは、私もけっこう印象強かったし、友だちたくさんいたから、きっとみんなの心の中に彼女の魂は引き継がれていきます。もちろん紺野さんの心の中にも」
「そうだね。3月11日まで、ゆっくり考えてみる」
「でも元気出してくださいね」
「ありがとう。あ、そうだ。これ・・・・」
と言って紺野君は、和実にホワイトチョコレートの小さな包みを渡した。
「わあ。。。」
「さっき、僕を取り囲んでいた女の子たちに配ったんだけど、1つ余っちゃって。残り物で悪いんだけど」
「いえ、ありがとうございます」
「はるかちゃんも元気でね。身体を大事にしてね」
「はい」
紺野君は手を振って、駐車場の方へ歩いて行った。
そこに《バスコ・タ・ジョロキア》の伊藤君が寄ってきた。
「紺野と随分長く話してたね。あ?それ、もしかしてホワイトデー?」
「かなり早めのね。あ、伊藤君にこれあげる」
と言って和実はバッグの中に入れていた、ガーナチョコレートを1つ渡した。
「おお!4年ぶりにもらった。一生取っとくよ」
「食べた方がいいよ。私もこのホワイトチョコ、食べちゃおう」
と言って、和実は紺野君からもらったチョコを開けて食べた。
その日は、自宅に戻って和実・淳・母・父・胡桃の5人で晩御飯を食べたあと、夜8時くらいに家を出て、東京を目指した。梓も拾って、4人で交替しながらの運転である。疲れているだろうから事故防止のためということで、1時間交替にして、運転している人以外は原則として寝てようというのと、万一眠くなったら、脇にでも停めて、次の人と交替するか、少し仮眠する、というルールで車を進めた。
明け方、和実たちの家に到着し、そのまま4人ともそこでしばし寝た。(梓は胡桃の部屋で寝た)10時頃起きだして朝昼兼用の御飯を食べ、それから梓と和実は振袖を着る(梓は胡桃に着付けしてもらい、和実は自分で着て、帯だけ姉にしてもらった)。淳がふたりの写真を撮る。梓は自分の携帯でも写真を撮ってもらい母に送信していた。
今日着る振袖は、梓は盛岡で着たのと同じ、冬子の振袖だが、和実は石巻で託されたユキさんの振袖である。最初、梓が借りようかと言っていた、和実と胡桃がヤフオクで落とした振袖も一応その後、洗い張りしてみたが、やはり普段着用かな、ということになった。
「でも、例の振袖もそのうち何かで貸してくれない?」
「うん。いいよ。どこかお出かけとかするのに使おうよ」
「昨日、みんなの振袖、たくさん見たから私、突然目が肥えちゃった。あの振袖も、かなり良い振袖だよね。和実、元は60万くらいじゃなかったかって言ってたけど、もう少ししたんじゃない?」と梓。
「かもね。でもヤフオクでは8万で落としたから」と和実。
「いわゆる減価償却済みの残存価格ってやつだね」と胡桃。
「私の男の身体も減価償却済みかなあ」と和実。
「和実の場合は破壊してるから、会計的には減価償却じゃなくて臨時損失で処理かな。でも男の身体より、女の身体の方が評価額が高いかもよ」と梓。
「あ、私もそんな気がする」と淳。
「そうなると帳簿上の価格に加算しないといけないね」と梓。
「性転換手術の代金は帳簿上は修繕費かな?」
「でも、私、女ではあっても子供産めないから評価額低いよ」と和実は言うが「いや、実は子供産める気がする」と梓は言い、淳も
「私もそんな気がする」などと言う。
「なんか、みんなからそれ言われるから、本当に自分が子供産める気がしてきたよ」と和実は戸惑うような表情で言った。
今日の式は、梓と和実は会場が別なので、終わってから他の友人たちも含めて振袖のまま会おうということにし、各々電車で会場まで出かけた。淳と胡桃は和実に付いていく。付き添いの2人は訪問着を着ている。
「姉ちゃんも振袖着ればいいのに」
「だって新成人の子と間違われたら面倒じゃん」
「でも訪問着だって、振袖と見間違う人いるかも」
「袖丈が違うから大丈夫だって」
「いや、和服って見慣れてない人が多いから」
会場前でまた記念写真を撮った。また、和実は会場の入口付近で振袖姿の写真を姉に自分の携帯で撮ってもらい、それをユキさんのお母さんの携帯にメールした。
今日の成人式は最初に吹奏楽の演奏から始まった。あとで梓に聞いたら、彼女の出た式は盛岡と同様に祝辞関係がたくさん続いてからアトラクションだったらしいので、このあたりは地区によって色々なのだろう。
地元の高校の吹奏楽団の演奏で「マル・マル・モリ・モリ!」、miwaの「春になったら」、AKB48の「フライング・ゲット」、と演奏されて、かなり会場が盛り上がった所で開会の辞から、いろいろ来賓の祝辞、新成人代表の言葉、などと続いていった。
それが終わるとビンゴ大会となり、会場の前の方の席に座っていた人がひとりずつ壇上に呼ばれて、ひとつずつ玉を引き、出た数字を司会者が読み上げていって、当選者が30人に達したところで終了した。和実はリーチが2つできたものの当選には至らなかった。
式典が終わってから、会場に用意されている女性用の着替え場所で、ユキさんの振袖を脱ぎ、自分の振袖を胡桃に着付けてもらった。ユキさんの振袖はそのまま胡桃が持ち淳と2人で帰宅する。そして和実は2人と別れて、梓たちと合流するのに、ひとり都心に出た。
日本料理店のパーティールームを借り切っていた。振袖を着て座敷に座りたくないので椅子で座れる所を選んでいた。
この日集まってきたのは15人。和実・梓・若葉が中心になって、何となく仲の良い子に声を掛けて集まった。△△△大学の理学部の学生が多いが、それ以外の子もいる。エヴォン関係では他に瑞恵が来ていたし、高校の友人関係では、照葉・奈津・由紀が来ていた。また昨年は和実と一緒にボランティア活動をしていた美優と晴江も来ている。
照葉と奈津は盛岡の成人式には出たものの、東京の成人式は「2つ出るのは疲れる」
と言って出なかったのだが、今日は振袖で集まるということだったので、奈津が自分と照葉に着付けしてまた振袖で出て来ていた。2人は新幹線で午前中東京に戻って来たらしい。また由紀は出身中学のある愛媛の成人式に出て今日は東京の成人式に出たということだった。彼女は愛媛から飛行機でトンボ返りである。美優も静岡まで往復、晴江は長野まで往復であった。
まずは全員並んだ記念写真をお店の人に頼んで撮ってもらった。
そのあとオレンジジュースで乾杯してから、お互いに撮影し合う。お互いの携帯に入っている、成人式会場での写真も見せ合っていた。
「なんか、どこの会場にもコスプレ派がいるね」
「まあ、成人式の楽しみ方も人それぞれだよね」
「あれ?和実、ここに写ってる振袖と今着てる振袖が違う」
「ふふふ。お色直し」と和実。
「盛岡の成人式では今着てる振袖を着てたね」と奈津。
「ちょっと事情があって借りて着た振袖なのよね」と簡単な説明をする。
「へー」
料理も出てくるが、お土産を持って来ている子もいる。
「ねえ、このお店、持ち込みいいの?」と奈津が幹事役の若葉に小声で訊いた。
「ナマ物は困るけどお土産のお菓子程度は見ない振りするから自己責任でよろしくって」
和実と梓が一緒に盛岡のお菓子を持ってきていた。由紀は愛媛のお菓子を持ってきている。新潟から帰ってきた子、博多から帰ってきた子も、それぞれ地元のお菓子を盛ってきていた。
「あ、それからこれはFとMの人から。仕事が忙しくて来れないから差し入れだけって」といって若葉が生菓子の箱を開ける。
「わあ、きれい。誰だろ?FとMって」
「若葉と和実の親友で、私にこの振袖貸してくれた人」と梓が言う。
「へー」
「あのふたり、しばらく全然時間が取れないらしい。とりあえず15日までは作業場所に籠もりっきりになるらしいし」と若葉。
「大変そう」
「でもFとMって、まるでFemaleとMaleみたい」
「えーっと、今はあの2人どちらもFemaleだね」と和実。
「『今は』って昔は違ってたの?」
「そうだね。Fの人は昔はMaleだったけど今はFemaleになっちゃった。Mの人は元々Femaleだよ」
「きゃー。和実みたいな人が友だちにいるんだ」
「うん。似たような傾向なんで友だちになったんだよね」
「ああ、なるほど」
「だけど、みんなのおみやげのお菓子だけで、けっこうお腹が膨れるね」と照葉。「ん?料理いらないなら、私もらっちゃうよ」と奈津。
「食べる、食べる。御飯とおやつは入る所違うもん」と照葉。
「別腹だよねー」と若葉。
「おやつはおやつ、御飯は御飯だよね」と和実。
「あれ?和実もそういう構造?」
「うん、女の子はみんなそうでしょ」
「和実、そのあたりの構造も女の子なのね」
集まりが解散するが、和実・梓・奈津・照葉の4人は何となくまだ別れがたくて結局、食料やおやつの心配をしなくて済みそうな、和実の家になだれ込んだ。そこで振袖を脱いで、ふつうの服に戻る。胡桃が甘い紅茶を入れてくれた。作り置きのパウンドケーキがあったので切って食べる。
「なんならここに全員今夜は泊まってもいいしね」と和実。
「この人数で寝れる?」と梓。
「大丈夫だよ。梓は私と淳の部屋に寝て、奈津と照葉は姉ちゃんの部屋に寝ればいいよ。布団は争奪戦になるけど、布団から飛び出しても、エアコン付けてれば暖かいよ。そもそも断熱シートとかたくさん使ってるしね、ここ」
「鉄筋コンクリートの家って、そもそも冬は暖かいよね」
「そうそう。そして夏は暑い」
他のみんなの前では話していなかった、今日和実が成人式で着た振袖について説明すると、その件を聞いてなかった奈津・照葉は「そういうことだったのか」
「自分にとっても記念の日なのによく着てあげたね」などと言う。
「自分の振袖は盛岡の方の式で着たしね」
「写真、送ってあげるの?」
「お母さんの携帯にメールしたよ」
「返事来た?」
「うん。これ」と言って和実はメールを見せる。
『ほんとに着てくださったんですね。ありがとうございます。感激しました。あの子も喜んでると思います』と書かれている。
「本人から何かメッセージあった?」と梓。
「式典の途中でね。明らかに振袖が少し軽くなった」
「へー」
「たぶん3月18日にまた着てあげたら、もっと軽くなる」
「じゃ、その日、石巻に行くんだ」
「いや、仙台だよ。彼女が通ってた短大の卒業式に行く。その短大に連絡したら、そういうことでしたら、ぜひ来てくださいと言われて。私、そこの卒業式にその振袖で出ることにしたよ。彼女の遺影を持って。彼女がこの振袖を試着した写真がね、お友達の携帯に残ってたことが分かって。それをプリントする」
「わあ」
「ユキさんのお母さんも短大に来るって。そこまで終わったら、この振袖、お母さんに返す」
「でも和実、頑張るなあ」と照葉。
「まるで巫女さんみたい」と奈津。
「なんかね。ここ1年、私そんな感じで動いてきてるんだよね。霊感も凄く敏感になってるし」
「神様に使われている感じだよね」と梓。
「去年の夏に知り合った凄いパワー持ってる霊能者の友だちがいるんだけど、彼女が言うには、多分私の霊感がここまで強く働くのは今年の3月11日までだろうって」
「やはり神様から臨時の巫女さんとして徴用されてるのね」
「どうもそんな気がする。こないだ電話で話したのでは、この振袖の件があるから、3月18日までは延長でけっこう霊感働いて、その後は以前の程度のレベルに戻るんじゃないかって」
「ふーん」
「そんな霊能者の友だちとかいるんだ?」
「彼女と接してから、彼女の影響でますます私の霊感強くなった気もするんだけどね」
「あはは」
「彼女には私のPTSD、治してもらったしなあ」
「ああ、例のひとりで寝られないってやつ?」
「そうそう。ひとりだと寝てもすぐ変な夢見て目が覚めちゃって。淳が仕事で徹夜の日とか春頃は私、一晩中眠れなかったんだけど、それが彼女にヒーリングしてもらってからは、ちゃんとひとりでも寝れるようになったのよね」
「良かったね」
「春には1度私のアパートに夜中訪ねて来て、寝せてといって、私の布団の傍で眠っちゃったことあったね」と梓。
「あれは淳が3日仕事場で徹夜してて。もう耐えられなかったのよ」と和実。
「たいへんだったんだ」
「今はもうすっかりいいのね」
「うん。そのPTSDが治った後、霊感が強くなっちゃったのよ。でもたぶんね。。。私みたいな『臨時巫女』が去年はけっこう出たんじゃないかと思う」
「ああ・・・・でも亡くなった人たちの魂は和実みたいな子とか、他にもいろんな人達に引き継がれていくんだね」
「だろうね。彼ら・彼女らが生きていた証しは残された人たちの心の中にあるんだよ。そしてその人たちのやり残したことを引き継いでいく人たちもいる。去年10ヶ月間のボランティア活動で、私それを凄く感じた」
「自然の脅威に対してひとりひとりの人間は弱いけど、みんなで団結して、それを乗りこえていかないといけないんだろうね」と照葉。
「うん。実際みんな頑張ってるよ」と和実は明るい顔で言う。
梓はそう語る和実を見ていて、心の中に熱い炎が燃えてくるのを感じた。
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【トワイライト・魂を継ぐもの】(2)