【萌えいづる修学旅行】(1)

前頁目次

 
高2の時期、和実は一応男子の制服で通学はしていたものの、7月初旬に自分の学校の女子制服を購入。夏休み中には学校の図書館に女子制服でかなり出て行ったし、野球部の試合の応援に女子制服で行ったりして、2学期頃からはしばしば放課後に校内で女子制服を着ていたりした。
 
それが3学期になると、放課後には女子制服を着ている時の方が多くなってくる。ある日和実が「いつものバイト」を終えて、家に戻ってきた時、母が和実に言った。まだ父は帰宅していなかった。
 
「和実、あんた最近学校でけっこう女の子の制服を着てるのね」
「あ、うーんと。言ってなくてごめん」
「その制服ってどうしたの?」
「うん。夏に買っちゃった」
「あんたバイトでけっこう稼いでるみたいだもんね」
「家にお金入れなくてごめんね」
「貯金してる?」
「うん。月に1万円だけ普通預金に入れて残りは定期積立にしてる。制服は2ヶ月分貯めて7月に夏服買って、9月にまた2ヶ月分使って冬服を買った。大学の入学金とか授業料は貯金してる分から払うから、お父さん・お母さんには迷惑掛けなくて済むと思う」
 
「貯金してるなら問題無い。うちの家計のことは気にしなくていいよ。父ちゃんが頑張って稼いでるから」
「うん」
 
「あんた最近、制服以外でもけっこう女の子の服着てるよね?」
「うん、まあね」
「女の子になりたいの?」
「もうほとんどなっちゃってるかも」
「そうか」
「お父さんにもその内ちゃんと言うよ」
「そうだね。。。大学に入ったら性転換とかしちゃうの?」
「自分としては既に女の子になってるつもりだから別に手術とかしなくても構わない気もするけど、でもたぶんしちゃうと思う」
 
「実は今日学校の小比類巻先生から電話があって」
「あぁ・・・・」
「先生は最初ジョークかと思ってたらしいけど、かなり頻繁にあんたが女子の制服を着ているので、もしかして性同一性障害のケースではという気がしてきたということで」
「うん」
「あの子、もともと声が女の子っぽい声なんで、女の子の服を着るのも好きみたいで、冗談の範囲とは思いますが、女の子の服を着ているほうが本人も精神的に落ち着く場合もあるようなので、よかったら女子制服を着るのは黙認してあげてください、と返事しておいた」
「ありがとう。私、あまり自分の性別のことではそんなに深刻には悩んでないけど、女の子の服を着ている時のほうが落ち着く気分なのは確か」
「実際、悩んでる風には見えないね」
 
「これお姉ちゃんからは殴られたんだけどね」
と言うと和実はブラの中からパッドを抜いた上で、母の手を取って自分の胸に当てた。パッドを取り出した時点で母がギョッとするのを感じたが、母は和実の胸に触ると、ほんとうに驚いた顔をする。
 
「あんた、おっぱい作っちゃったの?」
「うん。その作り方で姉ちゃんから叱られた」
「危険なことしたんでしょ?」
「うん」
「胡桃が殴るなんて、よほどのことだもん」
「取り敢えず姉ちゃんとは、高校卒業するまではホルモン飲んだり手術したりしないこと約束した。女子制服はね、姉ちゃんからはもうそれで通学したら?と煽られたんだけど、まだしばらくは男子制服で通おうかな、と」
 
「あんたがよく胡桃の部屋に入ってるなと思ってたのよね」
「姉ちゃんから、自分のタンスは自由に使っていいと言われてたから」
「そこに女の子の服とか下着とか置いてるんだ」
「うん。サイズが違うから紛れることないからね」
「あんた、かなりウェスト細いよね」
「今ウェスト59くらいかな」
「女の子としてもかなり細いよね」
「そうだね。Sサイズのスカートでもウェストが余るから」
 
「胡桃のタンス使わずに自分のタンスに入れときなさい。どうせ父ちゃんがタンスをのぞいたりすることは無いから」
「ありがとう」
 
「お父ちゃんにはさ・・・」
「うん」
「大学に入った後で言いなさいよ。大学入る前に揉めると、ややこしいことになるかも知れないし」
「そうだね。そのほうがいいかもね」
「で、結局、△△△大学にしたのね」
「うん。前言ってた3つの中でそこにしようかなと。梓も△△△に決めたから、科は物理と数学で違うけど、授業はかなり一緒に受けられそう。特に1年の内は学科の区別が無いからね。あそこ、学科が決まるのは2年生になる時なんだよね」
 
「その件でも昨日、梓ちゃんのお母さんから電話もらったのよ。和実と同じ大学なら、心強いし、またよろしくお願いしますって」
「うんうん。女の子ひとりで東京にやれない、なんて言われてると言ってたから、援護射撃してきた」
「お正月に梓ちゃんちに行ったのがそれね。梓ちゃんとはどういう関係なの?」
「友だち。恋愛要素は無いよ。これは昔からだけど」
 
「2年生になった頃から梓ちゃんとかなり仲良くしてるなとは思ってたけど、なんか恋人とかいうのとは違うみたいだなという気はしてたのよね」
「むしろ、私が女の子の面をカムアウトしていったことで、梓とはまた仲良くなれたんだよね」
「なるほどね」
「梓とは恋愛の話もするけど、お互い恋愛の理想が全然違うね、なんてよく言ってる」
「へー」
 

 
和実の通う学校では、修学旅行は2年生の3学期、終業式の後に行われる。バリバリの進学校というほどではないのだが、3年生になると1学期から受検一色になり、クラブ活動も2年生で終了になるので、修学旅行も2年生のうちにやってしまうのである。
 
その年の修学旅行の行き先は京都・奈良であった。朝6時の新幹線に乗り、お昼頃京都に入る。京都では清水寺・比叡山・金閣寺などのおなじみのポイントを1日半かけて見学し、3日目は希望により、嵯峨野・大原・太秦など幾つかのコースに別れて散策、4日目は奈良に移動して、東大寺・法隆寺・薬師寺などを見て、5日目は午前中に京都御所を見てからお昼の新幹線で戻るというコースであった。
 
和実は出発の朝、まだ早朝で父が寝ていたのをいいことに、女子制服を着て家から盛岡駅に行った。出がけに母から
「あんた、それで修学旅行に行くの?」
と呆れられたが
「うん。着替えの下着も女の子下着しか持ってないよ」
と平然とした顔で言うと、
「じゃね。お土産は八つ橋でいい?」
などと言って出かけた。
 
集合場所に和実が女子制服で来たのを見た小比類巻先生は明らかに焦った様子。
 
「あ・・・えっと、君そちらで来たの?」
「あ、先生気にしないで下さい。特別な扱いは不要ですから」
「そ、そう?」
 
梓と奈津も近寄って来て言う。
「修学旅行に女子制服で来るとは大胆だね。そのまま記念写真に写っちゃうよ」
「むしろ男子制服で写りたくなかった」
「あ、そうか」
「それとトイレの問題考えたらこっちだなと思って」
「ああ、和実、もう男子トイレ使ってないよね」
「うん」
 
和実は2学期の終わり頃から男子トイレの使用をやめ、男子制服を着ている時は男女共用の多目的トイレを使っている。
 

新幹線の座席は男女別で割り振られていたので、東京までの新幹線では和実は3列シートの真ん中で、右は小野寺君、左は近藤君だった。和実はふだんは女子の友人たちと話していることが多いものの、男子の友人ともよく話すので、彼らともたくさん会話をした。和実は下ネタでも野球や女性アイドルの話でも何でも平気なので、彼らのたいていの話題に付いていく。
 
「工藤とAKB48で盛り上がれるとは思わなかった」
「あの子たちけっこううまいよ。特によく表に出て来てる子はね」
「工藤のイチオシは誰?」
「柏木由紀」
「どの子だっけ?」
「まだあまり表には出て来てないのよね。でもあの子、頭角を現してくるよ」
「へー。帰ったら見てみよう」
 
朝が早いのでみんな朝食用におにぎりやサンドイッチを持って来ている。和実が自分のおにぎりを取り出して食べようとしたら、小野寺君から
「わあ、可愛い!」と言われた。
「ハート型のおにぎり、すげー」と近藤君も言う。
 
「何?食べたい?交換しようか?」
「してして」
というので、1個ずつ、近藤君と小野寺君のと交換した。
 
「うまーい。なんかおばあちゃんが作ったおにぎりって感じの懐かしい味がする」
「おおげさな」
「これ型か何かで作るの?」
「手で握るよ。おにぎりってね、手で握るのがいちばん美味しいの。手袋とかはめて握ったらこの味は出ない」
 
「型とか使わずにこの形にできるのか!凄いな。工藤自分で作ったの?」
「そうだよ。ハート型のハンバーグの応用。私、料理とか、お菓子作りは自信あるから」
 
「何か彼女にしたくなった」
「あはは、告白されたら考えてもいいよ」
「工藤、恋愛対象は男?」
「もちろん。あ、でも私処女じゃないからね、念のため」
「えー!?経験済みなの?」
「相手はどんな奴?」
「2つ上の学年の人だよ。もう1年前に卒業しちゃった。もっともやっちゃったのは向こうが卒業した後だけどね。1ヶ月くらい付き合って別れた」
「へー」
「でも工藤、こんな格好してると可愛いから男でも構わんって奴いるだろうな」
と近藤君。
「いや、俺、工藤が男でも構わん」と小野寺君。
「ふふふ。私、ヴァギナは持ってないけど、満足させてあげる自信はあるよ」
「満足させられてみてー!」
 

和実は別に男の子たちと一緒でも構わなかったのだが、先生たちで話し合ったようで、東京からの新幹線では席替えが行われて、和実は女子のほうの席に座るように言われた。
 
「ただいまー」と言って和実は席に付いた。
「おかえりー」と奈津。
「東京までは2人席で私たち2人だったのよね」と梓。
 
今回の席は和実が真ん中で窓側に奈津、通路側に梓である。
 
「でも和実って女の子とも男の子ともおしゃべりできるよね」
「雑学だからね。たいていの話題に付いていける。下ネタを恥ずかしがるほどのウブでもないし」
「お店でもお客さんとあれこれ会話するの?」
「うちは風俗営業じゃなくて飲食店営業だからね。お客さんとしていいのは、儀礼的な挨拶や、若干の世間話まで。長時間会話するのは違反。基本的には世間話はオムレツに文字を書いている時間プラス3分以内にしろって店長から言われてる」
「カラータイマーが必要だね」
「全スタッフにそれ付けさせようかという案もあったんだけどね」
「きゃー」
「それやると、趣旨が変わってしまいそうだから」
「ウルトラ・カフェだよね」
「そうそう」
 
名古屋を出たところでお昼御飯の駅弁が配られる。食べながらおしゃべりしていたが、おしゃべりに夢中になりすぎて、そろそろ京都に着くという時間になっても、和実も奈津もまだお弁当が終わっていなかった。慌てて口の中に押し込んで下車した。おかずは何とか食べたが御飯が間に合わなかったので、和実が自分の分と奈津の分を速攻でおにぎりにして、後で食べた。
 

京都ではバスに乗り換える。初日は駅のそばの東寺を見てから三十三間堂・清水寺・下鴨神社とまわった。清水寺では1枚目の記念写真を撮る。ここで左側が男子、右側が女子という感じに並んだ。和実は最初男子の方に並ぼうとしたが、梓に引っ張って行かれて女子の方に並んで写った。
 
「女子制服着てきたんだから、そろそろ自分が女子だという自覚を持とうか」
「そうだねー」
 
写真撮影の後、「清水の舞台」を見てから、裏手、音羽の滝にも行った。
 
「右から順に、長寿・美貌・出世に利くんだって」
「どれかひとつだけかあ」
「私、美貌にしよっ」と言って和実は真ん中の滝の水を飲んだ。
「和実、今でも充分美人なのに!」
 
「私は長寿だな」と言って梓は右の滝の水を飲む。
「だって長く生きていれば、きっといいことあるもん」
 
「私は左のを飲もう」と奈津。
「おお、キャリア志向だ!」
「志望校は東大文一と書いて出したからね」
「本気なんだ!?」
 
照葉は美貌、弥生は長寿、美春は美貌、由紀は出世を選んだ。
 

下鴨神社の参道を歩いていたら伊藤君が寄ってきた。
 
「この神社の名前って東北人には意味深だよな」
「それ言ったら神社冒涜罪で捕まるからね」と和実。
「そうつれなくするなよぉ。去年はバレンタインのチョコくれたのに」
「え?和実、伊藤君にチョコあげたの?」と梓。
「去年ね。でもあれは気の迷いだから」と和実は笑って答える。
「和実の趣味が分からなくなった」と奈津。
 
「今年は何でくれなかったんだよぉ?」
「今年は義理チョコはしなかったもん。でも本命にするような人もいないから親愛チョコと称して3人に渡した」
「おお」
「後は女の子の友だちに友チョコを少々配っただけ」
 
「でも、多分俺、同級生の中では最初に女装の工藤を見た部類じゃない?」
「うん。梓に見られたのより早かったもんね」
「へー」
 
「よし。ホワイトデーに工藤にマシュマロを贈ろうかな」
「くれるものは、もらうけど」と和実は笑顔で答えた。
 

えとの社のあたりを歩いていた時、女子のクラス委員の綾乃が梓を手招きしたので、梓がそちらに行った。和実は奈津・照葉と一緒に見学を続け、その後、バスが駐められている駐車場の方へ向かった。
 
バスが旅館の近くに着き、歩いてそちらに向かっている最中に和実は4組の担任の滝田先生に呼び止められた。そばに梓と綾乃も寄ってくる。
 
「あのね、工藤さん。あなたの部屋割りについて、小比類巻先生から相談を受けてね。私も状況把握ができてないものだから津川さん(綾乃)に相談して」と先生。「私も判断付かなかったから梓に相談して」と綾乃。
「私たちの部屋に入れてくださいと言ったから」と梓。
 
「そういう訳で、あなた男子の小野寺さんたちと同じ部屋に割り当ててあったんだけど、あなたがその格好で男子の部屋にいたら、いろいろ問題ありそうだし。下着も女の子のを着けてるんだよね?」
「はい。でも私は別に男子の部屋でも構いませんが」
「あなたが構わなくても同室の男子が目のやり場に困るよ」
「ああ、そうかも」
 
「それで、平田さん(梓)たちの部屋に入ってもらえる?平田さんに聞いたけど、お正月にあなたたち温泉に行って一緒の部屋に泊まったのね」
「はい」
「その時も全然問題無かったというし、今回の部屋割りの平田さんたちの部屋って、その時一緒に泊まった子たちばかりなのね」
「そうなんです」と梓。
「分かりました。じゃ、梓たちの部屋にお邪魔させてもらいます」
「うん。じゃ、この件、そういうことにしたということで小比類巻先生と学年主任にも言っておくね」
「はい。ありがとうございます。ご配慮頂きまして」
「うん。楽しんでね」
「はい」
 
梓に連れられて部屋に向かう。
「梓たちの部屋って、他は誰々?」
「奈津、照葉、由紀。4人の予定だったところに和実を入れて5人」
「布団5つ敷けるのかな?」
「お正月は4つの布団に6人で寝たからね。今回は5人だから、もし4つしか敷けなかったとしても、あれよりは楽だよ」
 
実際に行ってみると、お正月に泊まった旅館の部屋より広い感じである。
「あ、これなら布団5つ敷けるかもね」
「あれ、和実?」と奈津。
「うん。和実もこの部屋になったから」と梓。
「おお、解剖しちゃおう」
「えー?それこないだやったじゃん」
 
取り敢えず全員体操服に着替えてから、押し入れから布団を出して敷いてみる。少し悩んだが、3つの布団を川の字に敷き、その枕側に直交する向きに2つ1列に敷くと、多少重なり合うものの、何とか敷けることが分かった。全員中央に枕を向ける。
 
「この配置で決まりだね」
「誰がどこかな?」
「何となく和実が真ん中」
「私と奈津がその両隣かな」
「私と由紀が横に敷いた布団だよね」
「あ、自然に決まった」
 
布団を敷いたままおしゃべりしていたところに滝田先生が巡回してきた。
「あ、きれいに布団敷けたね」
「はい。誰がどこに寝るかも自然に決まりました」
 
「だけど、ここは超進学部屋だね」
「え?」
「そうだよ。東大文1狙いの子がいるしね」と梓。
「東京理科大、東京外大、それに△△△が2人」と滝田先生。
「東京外大?」と和実が言うと、照葉がさっと手を挙げた。
「いつの間に志望校変えたの?」と奈津。
「いや、やはり挑戦する心を持たなきゃと思ってね」
「全員東京に行けたらいいね」
「うん。頑張ろうよ」と滝田先生は明るい笑顔で言った。
「自由時間にみんなで学問の神様、北野天満宮にお参りしてくるといいよ。ここから歩いて10分くらいだよ」
「あ、明日の朝、みんなでお参りに行こう」
 

食事するのに大広間に行く。2年全員320人が収容できる大広間である。各クラスから当番が4〜5人ずつ出て、部屋の隅の配膳コーナーに用意された料理を運んできて、各自の前のお膳に並べていく。大人数で一斉に食事をするにしては結構暖かい食事を取ることができた。
 
「それでは今日の余興の担当は1組2組です」と生徒会長の松橋君がマイクの所で言う。この修学旅行は「拠点型」で、この旅館に4泊するのだが、日替わりで2クラスずつ余興をすることになっていた。
 
トップバッターで女の子2人が走ってステージに上がってきていきなり漫才を始める。事前にけっこう練習していたようで、テンポもよく、けっこう笑わせられた。その次は男の子が3人出て「空手の模範演技をします。全て寸止めです」
などと言いつつ、実際にはわざと全部当てている。
「あれ?大丈夫なの〜?」と奈津。
「あまり大丈夫ではない気がする」と和実。
 
その後ステージに上がってきた女の子3人組は嵐の『truth』と『One Love』を歌って拍手を浴びていた。その後出て来た男女のペアは手品を始めて「おぉ!」
といった声を受けていた。その後もどんどん交替でステージに登るが、やはり歌を歌う組が多いようである。
 
「明日は私たちだよ。何する〜?」と梓。
「何も考えてなかった。和実は何か考えてた?」
「何も。無難に歌を歌おうか」
「よし。梓と和実で何か歌って。私と照葉と由紀、弥生、美春の5人でも何か歌うからさ」と奈津。
「私と和実がペアなの?」と梓。
「何となく思いつき。ふたりでローズ+リリーをやるとか」と奈津。
「あ、面白い」と照葉。
「和実がケイちゃんで、梓がマリちゃんだよね」と弥生。
「本家みたいに途中でキスね」
「ちゃんと唇にだよね」
「それはまずいよー」
 

部屋に戻ってから少ししてお風呂に行こうということになる。食事は全員一度にできるのだが、お風呂は無理なので7時から9時まで30分単位で2クラスずつ行くことになっていた。7時半から3組・4組である。
 
「あ、私はパス」と和実。
「え?なんで。一緒に行こうよ」
「いや、お正月の温泉は友だちだけだし、入ったけど、さすがにここではまずいよ」
「でも女湯に入れる身体してるのに」
「一部誤魔化してるからね」
「でも汗は流したほうがいいよ」
「うーん。じゃ、夜中にみんなが寝静まった頃、こっそり入ってくる」
「そう?」
 
みんながお風呂に行くのを見送ってロビーまで行き、ロビーで携帯を開き、好きなネット小説のサイトを見ていたら、同じクラスの麗華と千佳子が通りかかった。
 
「あれ?何してるの?」
「うん。ちょっと休憩」
「お風呂もう入った?」
「あ、お風呂はパス」
 
麗華と千佳子が顔を見合わせている。
 
「ねえねえ、2学期頃から放課後とかにけっこう女子制服着てたでしょ」
「うん」
「この修学旅行は最初から女子制服。大胆だなあと思って」
「私、男子トイレに入れないからね。旅先でそれ考えると、女子制服着ておくしかないと思ったのよ」
 
「トイレはもう女子か・・・・お風呂も入るとしたら女子の方に入るの?」
「いや、パスしておくよ」
「あたしさ・・・・見たのよね」と千佳子。
「夏休みにプール行ったら、女の子の水着を来た和実がいて。その時は似た顔の子がいるなと思ってたんだけど、今にして思えば和実本人だよね」
「うん。まあプールにはけっこう行ったよ」
「胸があったし、お股の所には特に盛り上がりとか無くてスッキリしてたし」
「女の子水着を着て、お股の所が盛り上がってたら変態だよー」
 
「女の子水着を着れるんだったら、女湯にも入れるよね」
「いやだからそれはパスということで」
「やっぱり確認しよう」と麗華。
「確認って?」
「ちょっとおいでよ」と言って麗華が和実の手を取る。
「えー?どこに?」
 
「私たちこれからお風呂行く所だったのよ。うちのクラスの時間じゃん。一緒に行こうよ」
「いや、一緒にと言われても」
「脱衣場で解剖してみて女湯向きの身体じゃないと思ったら男湯の脱衣場まで連行してあげるから」
「えー?それもっと嫌!」
「さあ。行こう行こう」
 
麗華は柔道部の主将をしていただけあって腕力がある。千佳子もソフトボール部でキャッチャーをしていたので、このふたりに拉致されると、和実は抵抗のしようがなかった。
 
大浴場まで連行された。左手に「大黒の湯」、右手に「弁天の湯」と書かれている。
「男女別の表記が分かりにくいよね、これ」と千佳子。
「まあ、大黒様と弁天様の絵も描かれているから、それで判断しろってことかな」と麗華。
 
「そういう訳で覚悟を決めてもらおうか」と麗華。
「和実がそちらの大黒の湯の方に入るというのなら、ここで解放するけど」
「いや、そちらにはさすがに入れない」と和実。
 
「じゃ、こちらで決まり」と言って麗華と千佳子は和実を「弁天の湯」の方に連れ込んだ。
 
「あれ?和実?」と同級生の数人から声が掛かる。
「お風呂パスなんて言ってるから連行してきた」と麗華。
「ああ、女の子はお風呂ちゃんと入らないといけないよね」
「さて、無理矢理解剖されるか、自主的に脱ぐか?」
「えーっと」
「じゃ、解剖決定」
「待って、待って。分かった。脱ぐよぉ」
 
先にお風呂に行った梓たちの姿は見えない。もう浴室に入っているのだろう。和実はため息を付くと服を脱ぎ始める。
 
体操服の上を脱ぐとキャミソールが見える。下も脱ぐとショーツのみである。
 
「ちゃんと女の子下着なんだね」
「そりゃ、男の子下着付けてスカート穿いたりする人いないんじゃない?」
と和実は笑う。
 
和実は脱いだ服をそばの空いているロッカーに入れながら脱いでいった。キャミソールを脱ぐ。ブラジャーが見える。
 
「ブラはそれCカップくらい?」
「うん。ちょっと上げ底してるから」と言ってブラの中からパッドを取りだしてロッカーに入れる。
 
「じゃ、ブラ外しまーす」
と言って和実は後ろ手でブラのホックを外した。肩紐を外して手に持ち、ちょっと小首を傾げてみせる。
 
「おぉ!」
と歓声が上がった。
 
「何だ。ちゃんとおっぱいあるんだ」
「もう女の子の身体なのね」
「いや、そのあたりは・・・・」と和実は頭を掻いている。
「パンティも脱いじゃうね」と言って和実はショーツを下げた。
 
「わあ、手術済みなのね?」
「いや全然。隠してるだけだよ」と和実は笑って言った。
「でも付いてないように見えるよね」
「うん、そう見えるね」
「じゃ、やはり女湯でいいよね」
「よし。このまま浴室行こう」
「あはは」
 
麗華たちは手早く自分たちも脱ぐと、和実を連れて浴室に入った。
 
「あれ?和実。なんだやっぱり入りに来たのね」と由紀がこちらを見て言った。「女の子はちゃんと毎日お風呂に入らなきゃね」と麗華。
「そういう訳で連行されてきました」と和実。
 
「おお、和実がいないと寂しいね、なんて言ってた所」と奈津。
「和実はお正月には私たちと一緒に温泉の女湯に入ったんだよ」
「なんだ。それなら逃げること無いのに」と麗華。
 
和実も開き直ってシャワーで身体を洗い、あのあたりもよく洗う。和実は少し特殊な洗い方をする必要があるが、ちゃんと洗ってから浴槽に身体を沈めた。梓が寄ってきて和実の乳首を指でツンと押した。
「最初から私たちと一緒に来れば良かったのに」と梓。
「そうだね。明日からはそうする」と和実。
「よしよし」と梓は和実の頭を撫でた。
 
和実は同級生や隣の4組の生徒にたっぷり観察されたり、胸を触られたりしながら、あれこれおしゃべりをしていた。そこに滝田先生が入ってきた。
 
「あ、先生、こっち来て〜」などとあちこちのグループから声が掛かる。英語の先生だが分かりやすい授業をするし、ふだんから優しいので人気がある。やがて和実や梓たちのいるところにも目を留めた。
 
「あら。工藤さんもこちらに入れたのね」と先生。
「拉致されてきました。私お風呂はパスしようかと思ってたんだけど」と和実。「4泊5日の旅だもん。お風呂パスは無いよ」と梓。
「全く全く」と麗華。
「やはり拉致してきて正解だったね」と千佳子。
 

お風呂から上がったあと、ロビーでしばらくみんなで休んでいたら、伊藤君と小野寺君が通りかかった。
 
「あれ?なんか珍しい組み合わせだね」
「同じ部屋だしね」
「あ、そうか」
「工藤も同じ部屋だったはずなのに、女子の方に行っちゃったから」
「ああ、ごめんねー」
「俺、夜這いしようかと思ってたのに」と伊藤君。
「それは貞操の危機だったね」と梓。
「工藤も風呂入ったの?」
「入ったよ」
「男湯?女湯?」
「和実が男湯に入れるわけない」と由紀。
「おお、女湯に入ったのか!羨ましい!」
「伊藤君も性転換すれば女湯に入れるよ」
「チンコ無かったら女の裸見ても何もできないじゃん」
「それ付けたまま女湯覗いたらただの痴漢」
 
そのあと女子たちの会話の輪に伊藤君・小野寺君も加わって、今日の清水寺や三十三間堂などの話も出て、話題は盛り上がった。
 

翌朝、和実たち、滝田先生の言うところの「超進学部屋」の5人は、隣の部屋の弥生・美春・リコ・愛、更には途中ロビーでたまたま遭遇した綾乃まで加えて10人でぞろぞろと旅館から数百メートル離れた所にある北野天満宮までお参りに行った。
 
「綾乃は志望校どこだったっけ?」
「東北大の医学部。奈津が受ける所の次に難関かも」
「わあ。女医さんってのもいいなあ」と和実。
「和実の成績なら岩手医科大ならそのまま通るし、少し頑張れば東北大医学部も射程距離に入ると思うけど」と綾乃。
「お医者さんになって自分で自分の身体を性転換手術しちゃうとか」
「それはさすがに無理」
 
弥生と美春は岩大、リコと愛は県立大の志望である。
 
「でも新学期からは受検一色だよね」
「朝の補講、午後の補講と始まるみたいだからね」
「授業も受験科目だけに絞られるみたいだし」
「ほとんど予備校状態だよね」
「和実は例のバイトどうすんの?」
「続けるよ。補講が終わってから9時くらいまで。私、チーフになっちゃったし」
「えー?チーフって凄い」
「唯一の創業時メンバーになったしね。それが終わってからたぶん夜2時くらいまで勉強。成績を落とさないことがバイトを続ける絶対条件って言われてるから。偏差値70以上はキープしないと」
「頑張るなあ」
「和実の場合はメイドさんやってることで逆に勉強に気合いが入っている気がするよ」と由紀。
「うん。確かに。あのバイトを始める前は、私成績は下から数えた方が早かったからね」と和実。
「だからお母さんはバイトを続けさせてくれるんだよ」と梓。
 

その日のコースでは朝最初に西陣織会館に行った。
「ここで各クラス1名ずつ、着物の着付け体験ができます。各クラス1人選んでください」
「女子だけですか?」
「女物の着物ですけど、男子でも着たいという人がいたら拒否はしません」
「よし、俺も参加しよう」と伊藤君。彼はこういうノリが良い。
 
和実たちのクラスでは、男子のクラス委員の細川君が
「みんな、僕とジャンケンしましょう。勝った人が残っていってください」
と言う。和実も含めて女子全員、それに伊藤君が細川君とのジャンケンに挑む。伊藤君は3回目で脱落した。
 
梓も和実も4回目まで残った。残っているのは5人である。
「この人数になったら、お互いジャンケンして決めましょう」と細川君。5人でジャンケンして、3回目で勝敗が決まり2人が脱落した。残っているのは梓と和実と千佳子である。
 
次のジャンケンで梓が脱落。最後の和実と千佳子の勝負。3度あいこになった末、和実が勝った。
「やった!」と自分のことのように喜ぶ梓。
「負けた!」と言った千佳子とも握手をして健闘を称える。
 
着付けをしているところも女子は見学できるということで、みんなでぞろぞろと着付けルームに行く。まずはカーテンで仕切られた所に入っていったん全部裸になり、肌襦袢をつけてもらう。それからカーテンの外に出てきてから、タオルを使って補正をした上で、長襦袢を着せられ、小紋の着物を着せられ、帯を締められた。帯の結びは可愛く利休で結んでくれた。
 
「ウェストにたくさんタオル巻かれてたね」
「お客さん、ウェストが細いから補正がたいへんでした。和服は寸胴体型の方がうまく着れるんですよ」
「あ、じゃ私、胸が小さいのは有利ですね」と和実。
「あ、そこは楽でした」と着付け担当の女性も女子高生相手の気楽さで軽口を叩いて笑う。
 
みんながデジカメや携帯で和実の小紋姿を写す。和実も自分の携帯で梓に写真を取ってもらった。
 
そのあとそのままの格好で見学コースを回る。女子が着付け見学をしていた間男子たちはビデオを見ていたようであった。手織りを実演している所を見学し、また資料室などを案内された。最後に「きものショー」を見てから、元の服に戻った。
 

西陣織会館の後はバスに乗って比叡山に登る。根本中堂で法話を聞き、国宝殿を見てから延暦寺会館で昼食になった。人数の都合上、1〜4組はこの順序だったが、5〜8組は、食事のあと見学であった。ここで2日目の記念写真を撮った。山を下りてから金閣寺→竜安寺→仁和寺→木嶋坐天照御魂神社と流れて宿に戻るコースとなった。
 
金閣寺で見学コースを歩いていると、伊藤君がニヤニヤしながら寄ってきた。「伊藤、あんたが今何を言いたいか分かる」と梓。
「いや、金閣寺って○隠しってのに通じるなと思って」と伊藤君。
「やっぱり言っちゃったか。下鴨神社といい、あんた神社冒涜やらかしすぎ」と梓。「工藤もうまく○隠ししてるんだよな」と更に伊藤君。
和実は吹き出した。
 
「伊藤君もしてあげようか?女湯に入れるかもよ」と和実。
「おお、興味ある」
「その代わり、機能障害が起きやすいから、男の子としてダメになるかもね」
「それは困る!」
「なんなら女湯に入っても間違って立っちゃったりしないように女性ホルモンも一緒に飲ませてあげようか?」
「いや、男辞める気はないし」
 
「和実、女性ホルモン飲んでるんだっけ?」と梓。
「飲まないけど、いつも持ってる。どうにも我慢できなくなったら飲んじゃおうと自分に言い聞かせていると、少し辛いことがあった時に我慢できる。ふだんはエステミックスしか飲まないよ」
「それで辛くなって女性ホルモン飲んだことはあるの?」
「まだ無い。瓶からふたに3粒取り出してみるところまではしたことあるけど。でも飲まないのに持ってるのは無駄といえば無駄だね」
 
「工藤、辛くなったら俺の胸に飛び込んで来いよ。抱きしめてやるから」と伊藤君。「ありがとう。その気持ちだけ受け取っておく」と和実は微笑んで答えた。
「辛くなった時に電話できるように携帯の番号交換しない?」
「うん、いいよ」
といって和実は伊藤君と携帯の番号とアドレスを交換した。
 

今日は比叡山往復が入ったので、宿に戻ってあまりたたないうちに晩御飯となる。今日の晩御飯では、和実たちの3組と4組が余興担当であった。
 
「さ、和実行くよ」と言って梓が和実の手を引きステージに登る。
 
携帯に入れておいた外国某アイドルの曲を流す。前奏が終わった所で歌い始める。「金返せ」「金返せ」
「借りたなら」「返すのが」「当たり前」
「金返せ」「金返せ」
「借りたなら」「返すのが」「当たり前」
「This is NOT ENOUGH!!」
 
ここでどっと爆笑が来た。和実はここで爆笑してもらえるのがさすが進学校と思った。
 
「借りる時ゃ、猫撫で声、低姿勢、下手に出て」
「貸した後は、でかい顔、偉そうに、無駄遣い」
 
会場はかなり受けていた。そのあと、やはり携帯に入れていたローズ+リリーの『遙かな夢』を流して、こちらはふつうに歌った。この曲はケイが2種類の声で歌っていてトリプルボーカルの曲なのだが、和実がふだんの声と、少し高めの声色の2種類を使って歌い分け、けっこうそれっぽい雰囲気になって、こちらはまじめに拍手を受けた。
 
2人が下がって席に戻ると、伊藤君がわざわざ和実たちのそばまで来て「受けたよ!」
と言う。
 
「どうせならキスもすればよかったのに」
「いやそれはさすがにちょっと」
「だってレスビアン・デュオの曲を2曲だし」
「どちらもレスビアンってのは宣伝用のフェイクだと思うけどなあ」
 
ステージには和実たちの次は奈津や照葉たち5人が上がり、AKB48の『会いたかった』
を歌う。同世代の子たちが歌っている歌だけあって、すごく合っている感じになっていた。そのあと青山テルマの『そばにいるね』を歌った。
 
「なんか可愛いね」と伊藤君。
「うん。私には出せない可愛さだ」と和実。
「工藤も平田も大人っぽいもんなあ」と伊藤君。
「それ褒めてんのか、けなしてんのか?」と梓。
「工藤は非処女だって言ってたけど、平田も?」
「あんたね・・・・その内セクハラで訴えられるよ!」と梓。
 
その伊藤君は小野寺君・江頭君と組んで「人文字」を作り、これもけっこう受けていた。
 

その日は食事が終わった後、素直に梓たちと一緒にお風呂に行った。
 
「でもさ、和実、新学期からどうすんの?もう女子制服で通学してくる?」
「迷ってるんだけどねー」
「修学旅行、女子制服で参加してしまった以上、もう後戻りできない気がするけど」
「だよねー。でもそれやるには、お父ちゃんと一戦交えないといけないからな」
「お母さんとお姉ちゃんには認めてもらったんだっけ」
「うん。姉ちゃんは煽ってる感じだけどね。お母ちゃんは、お父ちゃんへのカムアウトは大学に合格してからのほうがいいかもねとは言ってる」
「ああ、受検前に揉めるのは面倒かもね」
 
「入学願書にハンコ押さないとか言われたりすると大変だし。やはり少なくとも家を出る時と帰宅する時は学生服かな、と」
「でもどこかで女学生になっちゃうんだ」
「中身的には2年生の初め頃から女学生のつもりでいたけどね」
「ちょうど1年前くらいだよね。和実の雰囲気変わっちゃったの」
「うん。でも当初は男の子モードと女の子モードを切り替えてた」
「ああ、日によって違ってたね」
「でも2年生になってからはずっと女の子モードのまま。もう男の子モードに戻せないかも」
 
「でも和実って、男の子してた頃、例のバイト始める以前でも、私と話す時とかは、けっこう女の子っぽい雰囲気だったよ」と梓。
「え?そう?」
「あ、私と話す時もそうだった」と奈津。
「私、一時期、和実との恋愛の可能性を考えちゃったことあるんだけどね」と梓。
「そう?」
「でも和実を見てたら、ああこの子は女の子なんだって思ったから純粋に友だちとして付き合うようにした」
「ごめん、私、梓を恋愛対象として意識したことないかも。ずっと友だちのつもりだったから」と和実。
「うん、それでいいと思うよ」と梓は微笑んで答えた。
 
湯船につかったまま、梓たちと話していたら、突然後ろから抱きつかれて胸を触られた。
「きゃっ」と思わず声を上げる。
「和実〜。バストマッサージしてあげようか?」と麗華。
「いや、自分で毎日してるから大丈夫」
「でも、こういうちっちゃいおっぱいを見てると揉んであげたくなるよ」
「麗華ってレズじゃないよね?」と奈津。
「あ、ちょっと怪しいかも」と麗華。
「和実はわりとレズっぽいよね」
 
「あはは、私一応男の子、女の子、どちらとも経験あるよ。レズのテクもだいぶ叩き込まれた」
「和実がタチだったの?」
「基本的には私がネコだったけどね。やる方のやり方も覚えときなって言われて」
「あれ?両方できる人はリゾとかいうんだっけ?」と奈津。
「リバだよ。リバーシブル」と和実。
「あっそうか」
「うーん。1度デートに誘っちゃおうかな」と麗華。
「レズのテクを伝授してもらうの?」
「そうそう」
 
「でも、相手が女の子なら、和実が男の子としてもできたんじゃないの?」
「あ、その発想は無かったな。向こうも私を女の子としか見てなかったし」
「なるほどー」
「そもそも当時もう既に私の男の子機能は消えてたしね」
 

お風呂からあがった後、おやつを少し調達しておこうと近くの商店街まで行き、お店を眺めていた時、和実は後ろから声を掛けられた。
「はるかちゃん?」
「あ!紺野さん」
「今年もヴァレンタインのチョコ、ありがとうね。何か言う機会が無くて」
「いえ」
「あ、一緒に少し散歩しようか」
「はい!」と言って和実は頬を赤らめる。
 
ふたりは少し歩いて、近くの神社の境内に入った。商店街の中にあるので夜でも参拝客がけっこういる。
「紺野さん、狙っている子たくさんいるから、見られたら嫉妬されそう」
「はるかちゃん、この1年ですごく成長した感じ」
「そうですか!?」
「去年のヴァレンタインの時は、大人っぽいメイド服なんか着てても、まだ乙女って感じだったのに、今年のヴァレンタインでは可愛いワンピースを着てたけど、むしろ僕より大人びた感じだった。今もそうして女子制服着てても、おとなの女を感じる」
 
「へへへ。おとなになっちゃいました」
「恋をした?」
「2度。どちらも向こうから言い寄られて。1ヶ月くらいで別れちゃったけど」
「恋は人を成長させるからね」
「でも紺野さんを好きになったのがいちばん自分を成長させたかも。実質的に初恋だったし。凄く短い恋だったけど」
 
「君って不思議な魅力を持ってるから、それを感じ取った人は近づいてくるんだろうね。でも、多分君の方から好きになって告白してって感じになった時のほうが、長続きする恋になると思う。僕は応えてあげられないけど」
和実は頷いていた。
 
「私・・・20歳くらいまでには自分のベストパートナーに出会えるかも、なんて予感があるんです。こういう性別なのに厚かましいかも知れないけど」
「性別にコンプレックス持つ必要はないと思うよ。君は自分が女の子だという自信を持ったほうがいい」
「はい」
「それに、みんなけっこう厚かましく生きているもんだよ」
「そうですよね!」
「僕も随分たくさん女の子泣かせちゃってるかも知れないけど、厚かましく生きてるから」
「たぶん・・・紺野さんに振られた女の子は、ずっと紺野さんのことに感謝してると思う」
 
「だといいね。あ、そうだ。お返しのホワイトデーはできないけど、代わりに握手しない?」
「わあ、いいんですか?」
和実はまた頬を赤らめると、紺野君と握手をした。
「あ、そうだ、これ。今そこで買ったものだけど」
と言って、和実はメルティーキッスを1箱渡した。
「ありがとう」
と言って、紺野君は微笑んだ。
 
「じゃ、私先に帰ります」
「うん」
和実は神社の鳥居の方に歩きながら、背中に紺野君の優しい視線を感じた。
 

3日目は各々の希望ごとに幾つかのコースに別れての見学になった。和実は梓などとも一緒に嵐山・嵯峨野コースを選択していた。
 
渡月橋の近くでバスから降ろされて、嵐山公園を通り抜けて大河内山荘は前を通過だけして、天竜寺・野宮神社・落柿舎・常寂光寺・二尊院・滝口寺・祇王寺・化野念仏寺、と流れていくコースである。今日はガイドブックと拝観券・食事券のセットを渡され、ガイドさん無しで自由に散策していく。
 
滝田先生がこのコースに参加していて、和実たちは何となく先生と一緒に歩いてまわった。
「懐かしいなあ。このコース。京都への修学旅行の付き添いは何度もしたけどこのコースには不思議と縁が無くて、私自身の高校の修学旅行で回った時以来だよ」
「へー」
「当時は祇王寺に高岡智照さんっていう名物庵主さんがいてね。テープレコーダのように毎回全く変わらない解説をしてくれるので、その筋では有名だった。私が行った時に多分もう90歳くらいだったと思うけどね。その時一緒に回ってたベテランガイドさんが『あの方の解説、10年前に初めて聞いた時から全く変わらないんです。多分20-30年前から同じです。凄い記憶力です』なんて言ってた」
「わあ、ちょっとそれ聞きたかった気分」
 
「あ、そうだ。その庵主さん、元は舞子さんで、芸者時代の名前が岩崎さんの下の名前と同じだったんだよ」
「え?照葉なんですか?」と照葉。
「そうそう」
「へー。私の名前ってけっこう昔からあったんだ!」
「かもね。その名前を名乗ってたの、大正時代だろうから」
「私、自分と同じ名前って『エクセルサーガ』の四王子照葉くらいしか見たこと無かったです」
 
野宮神社に来る。
「変わった鳥居ですね」
「黒木の鳥居だよね。一時期この黒木が手に入らなくなってさ、コンクリート製の鳥居に黒く塗ったものになってたのよね。私が高校の修学旅行で来た時がそれだったんだけど、その後、奉納してくれる人があって、今はこの自然木の鳥居が復活したんだ」
「わあ、いいですね。外見だけ取り繕ってもね。やはり偽物より本物」
 
その話を聞いてじっと和実を見ていた奈津が唐突に言った。
「学生服着てる和実って、偽物だよね」
「え?女子制服着てる私が偽物って言われるかと思った」
「だって、和実は中身は女の子だもん。女子制服着てる時が本物で男子制服着てる時は偽物」
「確かにそうだね」と滝田先生。
「もし新学期から、女子制服で通学するというなら、私も応援するよ」
 
「ありがとうございます。その件、母は容認してくれてるんですが、父がとても認めてくれるとは思えないので・・・・通学は男子制服着て、授業中は女子制服着たりするのもいいかな、とか思ってて」
「ああ、いいんじゃない?」と先生は明るい声で言った。
「自分ができる所から少しずつ変えて行けばいいんだよ」
和実は頷いた。
 

滝口寺・祇王寺を出て、化野念仏寺へ向かっていた時、和実は急に変な気分になった。
 
「すみません。なんかちょっと頭痛がして」と和実。
「あら、風邪でも引いた?」
「いえ・・・これ、危険地帯に近づいた時に出るサイン。私、念仏寺には行かないほうがいいかも」
「ああ、あそこは色々いるからねぇ。霊的に敏感な人はやめといた方がいいかも」
と滝田先生。
「すみません。私途中で待ってます」
「じゃ、清涼寺に行ってらっしゃいよ。帰り、そちらに回るから」
「はい。そちらに行ってます」
 

ひとりで清涼寺の方へ行き、拝観券を渡して中に入り、本堂を見たあとで、薬師堂のほうに行き「生の六道」と書かれた石柱を見ていた時
 
「あれ?はるかちゃん?」と声を掛ける人物があった。
「永井さん!」
 
それはショコラの店長・神田の友人で東京でエヴォンというメイド喫茶を経営している永井であった。
 
「観光ですか?」
「仕事で来たんだけどね。ついでにちょっと散策。後輩で京都でこれまでチェーン店のカフェやってた奴がいてね。そのチェーン本部が潰れてしまったので、自分で喫茶店やろうかと思ってるってんで、相談に来た」
「メイド喫茶にするんですか?」
「さんざん勧めてきた」
「でも友好店が増えるのはいいことですね」
 
「だけど、君、ふだんもそういう格好なんだね」
「ええ。今回は修学旅行で京都に来て、嵯峨野を散策してたんですが、気分が悪くなって、ちょっとみんなから離れて休んでたんです」
「じゃ学校にもその服で行ってるんだ?」
「それが今はミックス状態で。一応学生服を着て通学してそれで授業を受けてるんですが、けっこう途中でこの服に着換えて図書館などに居たりします」
「ほほお」
「姉と母にはカムアウトしてる、というかバレてるんですが、父には言ってないんですよね。今回の修学旅行は父がまだ寝ているうちにこの格好で出て来ました」
 
「ははは。僕も自分の息子がそうなってたらショックだろうね」
「お子さんいたんでしたっけ?」
「ううん。独身、子無し。まあ、あと2〜3年のうちに結婚できたらいいね」
「女の子とたくさん接していても相手はなかなか見つからないもんなんですね」
「僕は基本的には商品には手を付けない主義」
「偉いですね」
 
「君、大学は東京に出てくるの?」
「△△△に行こうと思っています」
「学部は?」
「理学部です」
「あぁ、じゃ新宿区だよね」
「はい」
「じゃ、その近くか東西線沿線とかにアパートとか借りるなら、うちの店への通勤も楽だね」
「ええ。お世話になれたらと思ってます。理系は拘束時間の長いバイトができないので」
「君、雰囲気いいから取り敢えず仮採用ね」
「え?これ面接だったんですか?」
「そうそう」
と永井は笑っていた。
「でもショコラからチーフメイドを引き抜くんだから移籍金払わないといけないなあ」
「わ、ほんとに私たちって商品なんだ!」
 
「ところでこの『生の六道』って何か知ってる?」
「あ、何だろうと思って見てました」
「昔、小野篁(おののたかむら)って人がいてさ。この人、生身の身体で地獄の裁判官をしていたという」
「へー」
「その小野篁が地獄に行くのに使ってたのが、清水寺の近くにある『死の六道』
で、地獄からこの世に戻ってくるのに使ってたのがこの『生の六道』なんだ」
「あ、そういえば清水寺のほうの観光をしていた時にガイドさんからそんな話を聞いたような気がします」
「向こうは六道珍皇寺というお寺になってるよ。そしてここは死の世界から戻ってくる再生の象徴だね」
「わあ」
 
「あの世とこの世を行き来するってのは、男の世界と女の世界を行き来している君とある意味似ているかもね」
「・・・・そうかも」
 
「君がその格好で『死の六道』には寄らずに『生の六道』の方に来たというのは、君にとって、男の世界が死の世界で、女の世界が生の世界なのかもね。言い換えれば、男としては死んで女として再生したのかも」
和実はそのことばを噛み締めて石柱を見つめていた。
 

4日目は朝からバスに乗って奈良に入った。東大寺・春日大社・興福寺・法隆寺・中宮寺・薬師寺・唐招提寺などを見て、また夕方京都の宿に戻ってくるという「奈良日帰りコース」である。
 
法隆寺を拝観し、五重塔の前で3枚目の修学旅行記念写真を撮った。これで和実は修学旅行の全ての記念写真に女子制服で写ったのである。そのあと、法隆寺の隣の中宮寺に行き、有名な如意輪観音半跏思惟像を見る。和実はその美しさにしばし見とれていた。
 
「凄く美しいね」と梓。
「うん。法隆寺は何だか少し怖かったんだけど、ここに来て癒される感じ」
と和実。
「和実って霊感少しあるよね」
「霊感ってのかな・・・いわゆる霊能者さんみたいに、何かが見えたり聞こえたりってのは無いのよね。ただ、何かを感じるだけ」
「まさに霊『感』じゃん」
「あ、そうかも」
 
和実と梓は歩き出しながら、少しみんなと離れて小声で話した。
 
「昨日はやはり念仏寺で何か感じたんでしょ?」
「まるで猛獣の生息区に近づいたような怖さがあったんで逃げ出した」
「ここは?」
「優しい。凄く優しい」
「ローズ+リリーのケイちゃんが男の子だって思ったのも、霊感でしょ?」
「あ、そうかも知れないという気はする」
「私がバージンかどうか分かる?」
「それは霊感使わなくても彼氏としたっての知ってる。1年生の6月頃だったかな」
「いや、それがその時に分かったのが霊感だよ」
「なるほど」
 
「私、△△△に合格できそう?」
「勉強すれば大丈夫だよ」
「大学生になったら彼氏できるかな?」
「できるよ」
「その彼と結婚できる?」
その答えは和実はすぐ分かったがそれを言わずにこう答える。
「それは今は答えないことにする。自分で確かめた方がいい」
 
「私が産む子供の人数分かる?」
「3人」
「和実が産む子供の数は?」
「1人・・・あれ?」
「ふふふ。誘導尋問成功」
「あれー。私が子供を産める訳無いのに」
「いや、きっと産むんだよ。実は前からそんな気がしてた。私の霊感」
「うーん。。。」
 
「でもこのお寺の境内はそもそも女性的な雰囲気だよね」
「うん。法隆寺のほうとは雰囲気が違うね」
 

その夜のお風呂は修学旅行最後のお風呂ということで、乱戦気味の触りっこなども発生して、みんな興奮していた。胸の大きな照葉や麗華がかなりターゲットにされていたが、好奇心の対象にされやすい和実もかなり触られていた。和実は「やられたら、やり返す」と称して、自分の胸に触ってきたみんなに触り返していた。しかしこの4日間の入浴で、3-4組の女子みんなと垣根が無くなった気がした。
 
翌日は午前中に京都御所を見学してから京都駅に向かい、新幹線で帰途に就いた。帰りの座席は、来る時に東京から京都まで乗った時と同様、梓・奈津と一緒だったので、気軽におしゃべりを楽しむことができた。
 
「ところで和実、その服のまま自宅に帰るの?」
「それが今日は土曜だから、お父さんが家にいるんだよね」
「ああ、じゃどこかで着換えてから帰るんだ」
「うん。私の例の別荘。今月から私が家賃を払い始めた」
「私も着換えたり休憩したりするのに使わせてもらおうかな」
「うん。いいよ。お店に寄ってもらったら鍵貸してあげるから」
 
盛岡駅で解散となるので、ホームで先生からお話があり、みんな疲れているのでしゃがんで話を聞いていた。
「それでは自宅に帰り着くまでが修学旅行だから、みんな町で遊んだりせずにまっすぐ家に帰るように」
と学年主任の先生が言う。
 
「和実、寄り道するなって」と梓。
「家に帰る道の途中で立ち寄るだけだから大丈夫」
「でも和実ってさ、去年の3月頃、心理的に女の子になっちゃった気がするけど、この修学旅行を通して、今度は社会的に女の子になっちゃったんじゃない?」
「ああ、確かに」
「来年の3月頃は、肉体的にも女の子になっちゃってたりして」
「いや、受検やってる最中に性転換手術とかはあり得ない」
「そうか。さすがに無理か。でも大学受験の時は女の子の服装だよね」
「当然」
「あ、分かった!きっと来年の3月には完全な女学生になっちゃうんだよ。和実、入学願書の性別欄、女の方に丸付けちゃいなよ」
「ああ・・・それはとってもやってみたい気分」
 
そんなことができるだけの度胸がそれまでに付くかな?などと思い巡らせながら女子制服の和実は、家に帰るのにどの服を着ようか?というのを考えていた。
 
前頁目次

【萌えいづる修学旅行】(1)