【男の娘とりかえばや物語・ふたつの出産】(1)

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宇治の邸で、権中納言は女君(涼道)のそばで、おろおろしていました。女君は愛らしさは変わらないものの、男として生きてきた人なので、自分は苦しいはずなのに、弱音を吐くこともなく、明るくふるまっています。しかしさすがに陣痛が始まると、かなり苦しそうです。その様子を見て、権中納言は
 
「わが命と代えてもどうか無事に」
と祈っています。その効果があったのか、7月1日、少し予定より遅れて、光るような男の子が生まれました。
 
若君は萩の季節に生まれたことから、萩の君と呼ばれることになります。(ずっと後の三位中将)
 
女君は気丈で、産んだばかりで自分もかなり辛いであろうに、生まれた若君をそばに寄せ、自ら世話をしています。
 
権中納言は、そう卑しくもない身分の女で乳の出る備前という者を乳母として呼びました。
 

この子のことを世間に公に出来たら良かったのに、などと言いながらも、権中納言はこの子のお世話をして、外出もなさりません。
 
日が経つにつれ、この子が可愛くなっていく様子を、女君に見せては、自分と女君の間に深い縁がある証だ、などと言っています。
 
「昔からこういうふうに女として暮らしていたら何も悩みなかったのに」
と言われるので
 
「そうだったかも。自分も変な生き方をしていた」
などと女君も思ってしまいました。
 

安定した状態で十数日すぎたので、権中納言はすっかり安心しました。今までは女君が、男姿に戻ってしまわないかと心配していたのですが、女君はこの若君をたいそう可愛がっていて、権中納言としては、この子を置いてどこかに行ってしまうこともあるまいと思います。
 
すると、今にも死にそうな感じであった四の君の出差もそろそろではないかと思い、そちらが心配になってきます。それで女君に相談しました。
 
「あの人が死ぬかも知れない状況なので、様子を見にいきたい。それとあの人のこともお世話していきたいので、ここに迎えたいと思うのだが」
などと言います。権中納言としては、四の君がこの邸に同居してくれたら、ふたりを同時にお世話できるようになり、とっても楽になります。
 
女君は極めて不愉快に思いましたが、微笑んで
「確かにそれはよいかも知れませんね。でも私、あの人に自分が元の夫だとは知られたくありません」
 
と率直な意見を言う。それで権中納言もさすがに無神経だったかなと後悔し
 
「いや、少しの間も心配したくないと思っただけだよ」
 
などと言い訳しておきました。ともかくもそれで権中納言は四の君の所に出かけていきました。
 

権中納言としては、今は女君については安心だろうと思い、四の君の方をもっぱら心配しています。
 
四の君は勘当されて以来、父からは何もしてもらえなくなっていますし、実母は父・右大臣の気持ちに配慮して、娘には何もしていないようです。四の君が退避している家にもほとんど顔を出していないということでした。姉たちもこれまで四の君があまりにも可愛がられていたので、いい気味だという感じで見ているようです。ただ右大将からのお品は時々届けられているようでした。
 
結局四の君は自分と右大将の2人以外のみんなに放置されている状態ですが、右大将もまだ出産直後の身ですから、できることにも限度があるでしょう。結果的には自分がこの人をしっかりお世話しなければと思い、四の君にずっと付いて話し相手になったりしています。
 
一応女君には四の君の様子を含めた手紙を毎日書くのですが、それを受けとった女君は不快な気持ちを抑えられませんでした。
 

女君は思います。
 
「男心なんて、こんなものだ。自分は出世してバリバリ仕事をしていたのに、妊娠のために、急に身を隠すはめになった。こんな風に男を待って暮らすというのも、やはり自分の生きる道ではない。右大臣は、世間が噂している間だけ四の君を勘当しておくのだろう。そしてやがて右大臣が娘を許したら、権中納言はますますあちらに引き付けられるだろう。私は何も後ろ盾がないから、足遠くなった男をひたすら待つだけの身になる気がする。といって、元の男姿に戻っても、権中納言に性別がバレている以上、以前のようにやっていくのも難しい。結局は吉野山に入って出家するしかない」
 
しかし自分が出家した時、この若君はどうすればいいのかと考えると、自分の行動に選択肢が無い思いでした。
 

7-8日経って権中納言は戻ってきました。そして四の君の様子を色々語るのは、女君としては不愉快です。向こうのことは向こうの事としてこちちらには何も話さなければそれでいいのにと思います。元々権中納言が浮気っぽい男なので、よけい冷めてしまうのです。
 
またこちらに数日滞在するのだろうと思っていたら、夕方使いが来て、
 
「かなり苦しそうにしておられるので、もうすぐご出産だと思います」
 
という。さすがに権中納言も、戻って来たと思ったらすぐ向こうに行くのは女君に悪いとは思ったものの、そんなことをしている内に四の君がもし死んでしまったらと思うと放置できません。結局急いで出かけられました。
 
翌朝、権中納言からの手紙があり
「今にも死にそうなので、とにかくどうなるか見極めるまでは動けない」
と書いてあります。
 
「深く思い込んだにしても限度があるものなのに、あなたの四の君への愛は深いのですね」
と返事をするが、権中納言はこの皮肉が全く分かっておらず
 
「やはり男として生きてきたのもあって、さっぱりした人だなあ」
と権中納言は思っていました。
 

女君(涼道)はやはり、吉野宮の所に行き出家しようと思って、吉野宮に手紙を書きたいと思いました。しかしこの邸にいるのは権中納言の配下の者ばかりで、手紙を頼める人がありません。
 
悩んだ末、女君は、若君の乳母になった備前という女に、相談しました。
 
「私のお願いを他人には話さずに聞いてもらえますか?」
「もちろんです。身を捨てろと言われても従います」
と言ってくれます。
 
「ここにいる他の人たちにも、ましてや権中納言には決して知られたくないのです。お手紙を出さなければならない事情があるのですが、工夫してもらえますでしょうか?」
 
「いとも簡単です」
 
それで女君は手紙を書きました。
 
『この何ヶ月か、お元気でいらっしゃいますか?どうなることかと心細い気持ちでしたが、今日まで私も事無く元気でおります。ご覧になっていた姿とは違ってはおりますが、何とか参上したいと思っています』
と書きました。
 
きっちり封をして備前に託します。備前は女君の素性を聞いていないので、吉野宮にはお嬢さんがいると聞いたが、もしかしてこの人がそのお嬢様なのだろうかなどと思いました。乳母は自分に仕えている侍めいた者にしっかり教えて吉野宮に行かせました。これが出産から1月経った8月1日です。
 
(仲昌王の妻の乳母に採用されるほどの者であれば、そもそも割と良い所の家の女だろうと思われる。当然その家に仕える者がいる。乳母はそういう者に託したのである)
 

吉野宮では、花久が宮から学問や笛などの手ほどきを受けながら、涼道からの手紙を待っていました。約束の七月も過ぎてしまい、不安になっていたところ、ある夕方、ひとりの男がやってきます。
 
「このお手紙を宮様に差し上げてください」
と言います。
 
「どちらからか?」
と訊くものの、男はそれは言わずただ
「宮様に差し上げて下さい」
と言うだけです。
 
それで男を中に通して、宮がお手紙をご覧になると、右大将のお手紙なので大喜びします。花久にも見せますと、花久も妹の無事な様子に安堵すると共に喜びました。
 
手紙にある「以前と違った姿」というのを宮は、法師の姿になられたのであろうと解釈しましたが、花久は宮には言わないものの、もしかして女の姿になったのではと思い至りました。
 
「どこにいらっしゃるのか」
と使いの者に訊くのですが、口が硬いようでなかなか話しません。それを花久が
「私はその人の兄弟なのだ。ずっと音信がなく不安であった。ぜひ教えて欲しい」
と言うと、やっと男は
 
「宇治の辺りにいらっしゃると伺っております」
と答えました。
 
「宇治はどのあたりか」
「式部卿宮の御領地と伺っております」
 
それで花久は、そうか!あの時、邸にいた女が、右大将だったのかと思い至りました。そうか、やはり女になってしまったのかと思うと、無事であることは嬉しいものの、性別の変更についてはあの子がどんなに悩んでそうしたろうかと思うと、自身、悲しい気持ちにもなりました。
 

宮がもちろんお返事を書きますが、花久も手紙を書きます。
 
「6月に思い立ち、男に姿を変えて、京を離れ宇治近くを通り、こちらの宮を訪ねてきました。右大将様が7月にもお手紙を差し上げようとおっしゃっていたという話を聞き、それを頼みにそのままここで待っておりました。ご様子はどうですか?何とかお目に掛かって下さいますか?私の参上できる所でしょうか?」
 
(便宜上漢字交じりで書いているが、実際には、かなの手紙!)
 
それでこのお使いの者には、充分な褒美を与えた上で、花久がここに来る時に乗って来た馬を与え、この馬に乗って早く向こうに行って、また返事を持って来て欲しいと言いました。
 
それで使いの者は急ぎ戻り、備前を通して、女君にお手紙が渡ります。涼道は宮からの手紙はよいとして、一緒に見慣れた“かな文字”で“うだいしゃうさまへ”と書かれた手紙を見てドキッとします。姉上の手紙を吉野宮様が預かっていたのだろうかと思い、まずそちちを開けて、懐かしい手の文字を読みました。
 
思わず涙があふれます。
 
「それではこないだの誰かと思った人は、尚侍様が私を探しにと姿を変えて内裏をお出ましになったものだったのか」
と思い至ります。
 
私も女の姿になり、姉上も男姿になって、こうしているというのは、どういう運命なのだろう、などと思います。
 

女君は備前に再度相談しました。
 
「私の兄弟にあたる人が密かに連絡をしてきているので、人知れず会いたいのです。権中納言の耳に入ると、変な入れ知恵でもするのでは勘ぐられそうで。うまく会える場所とかは作れないでしょうか」
 
平安時代の感覚では、結婚した女が自分の男兄弟と連絡を取るのは、その男兄弟が妻に何か吹き込むのではと考えられ、あまり好まれなかったのです。
 
備前は言いました。
 
「でしたら私の私室をお使い下さい。京からやってきたお使いを装って私の私室に入り、夜中に人が寝静まってから、お会いになると良いです」
 
「ありがとう。そうさせてもらう」
 
それで女君は兄へのお返事を書きます。
 
「詳しくは直接申し上げたいので、この近くにいらして、この男に命じてご連絡を下さい」
 
その涼道からのお返事を見ると、花久は夢のように嬉しく思います。母君にも連絡したい気分ですが、もう少し詳しい状況が分かってから連絡した方がいいだろうと考え、この使いの者と一緒に宇治まで行きました。
 
(使いの者は花久の馬、花久は長谷が使った馬を使う)
 

それで宇治の邸の近くの家(たぶん備前の家か?)にお着きになり、使いの者が備前に連絡して、夕闇に紛れて花久を邸に入れ、備前の私室に入れたのです。備前はそのやってきた人を見て、女君によく似た顔立ちなので、兄弟というのは間違い無いと思いました。
 
人が寝静まって(多分夜8時頃:昔は電灯がないから夜が早い **)、備前が女君を自分の私室に案内します。備前は若君を連れて女君の部屋に移動して、女君と花久を2人だけにしてくれます。
 
(乳母以外の邸の人は、特に呼ばれたりしない限り、女君の部屋に来ることはありません)
 
(**)これは8月4日頃と思われる。月出・月入の時間は平均して毎日 24h/29.5日 = 49分ずつずれていく。下記は2020年陰暦8月の京都地方での日入・月入の時刻である。
 
日付 日入 月入
8.1 18:01 18:12
8.2 18:00 18:47
8.3 17:58 19:22
8.4 17:57 19:57
8.5 17:55 20:36
8.6 17:54 21:19
8.7 17:52 22:07
 
平安時代の生活サイクルはだいたいこんな感じである。
 
3:00起床 軽食を取る 6:30出勤 11:00仕事終了 12:00朝食 午後は自由時間 16:00夕食 日が暮れたら寝る。
 
日暮れは日没の36分後(季節により多少変動する)である。18時頃日没なら18時半頃が日暮れでこれを過ぎると灯りが無いと活動不能なので、みんな寝ていた。昔はテレビもネットも無いから日暮れ以降起きていてもすることがない。従って19時頃にはみんな寝静まっていた。その時間帯に乳母は2人を会わせた。
 

花久と涼道はしばらく見詰め合って、お互い言葉も出ませんでした。
 
月の光で女君の髪はつややかに隙間もなく垂れ、この上なく愛らしく素晴らしい。しかし女装の涼道を見たのは4年ぶりです!
 
やがて女君は泣き出してしまいました。プライドが強いだけに辛いことがあってもずっと我慢していたのが、何も遠慮する必要のない人を前に、感情の堰が切れたかのような状態です。
 
花久は妹が泣くのをそのままにしてあげましたが、妹が“ある匂い”を漂わせていることに気付きました。それで花久は“全て”理解したのです。
 
彼女が少し落ち着いた所で優しい声で話を始めます。
 
涼道が行方不明になったと聞いてから、自分が色々考えたこと、そしてたった2人だけの兄弟を探すため、男の姿に変えて京を出て来たこと、吉野に行く途中でここを通り掛かった時、似た雰囲気の人がいる気はしたものの、まさかと思ったことなど。
 
「それにしてもどうして、ここにいるの?」
と花久は尋ねる。
 
「自分が他人と違っていることでここ数年ずっと悩んでいたのだけど、心外にも辛いことが起きて、男姿のままでは居られなくなって、考えあぐねて身を隠してしまったんだよ」
 
人前では意識して女言葉を使っていても、遠慮が要らない姉の前では本来の男言葉が出ます。
 

「そういうことだろうとは思っていたよ。でもここにずっといる訳にもいかないでしょう。これからどうする?あとお父上にはどう伝えようか」
 
「それなんだよね。僕もずっとこうしてはいられないと思っている。でも自分の性別のことをあまり人に知られたくない。権中納言には仕方なく身を任せたけど、このままでは居られないし、といって男姿に戻っても、彼が僕の性別を知っている限り、また何かされそうだし。だから、いっそ吉野宮の所に行って出家しようかと思っていたんだよ」
 
と涼道は涙ながらに語ります。
 
「桔梗、そんなことを考えてはいけない。父や母がある限り、私にしてもあなたにしても、現世を思い限ってはならないんだよ」
 
と花久は妹をたしなめます。
 
(“桔梗”は涼道の本名。本名を知っているのは普通母親と夫くらい。涼道と花久はとりわけ仲が良いのでお互いに知っている。花久の本名は青龍である。涼道の本名を仲昌王は知らない。仲昌王は萌子の本名も知らない!本名を知っている者も、よほどのことがない限りその本名でその人を呼ぶことは無い。ここは特別な注意なので敢えて使っている)
 

「あなたの失踪で父君が茫然自失になっているのを私は見て来ました。ずっと身を隠していてはいけません。それで少し考えていたのだけど、あなたが男姿で過ごすのに何か不都合があるというのであれば、いっそ女姿で出て来ない?」
 
「それはちょっと恥ずかしい」
 
「私は兄の失踪で心を痛めて実家で伏せっていることにして、密かに出て来たんだよ。だから、あなたが私の代わりにそこに入って、適当な時期を見計らって尚侍の振りをして宮中に出仕するんだよ」
 
「え〜〜!?だったら、花ちゃんはどうするの?」
「涼ちゃんの代わりに右大将として姿を現す」
 
「それ無理がある。僕は女の振りなんかできないし、花ちゃんが男として仕事できるとは思えない」
 
「すぐには無理だと思う。でもお互いのことを少し教え合わない?そしたら何とかなると思うんだ」
 
「確かに僕たちは顔は似てるけど、たとえば字とか見たら違いが一目瞭然だよ」
 
「だから、右大将の文書は涼ちゃんが書く。尚侍の文書は私が書く」
 
涼道は少し考えました。かなり無理のある計画です。しかし、それは今の状況を打開する唯一の方法かも知れないという気がしてきました。
 

涼道が考えているようなので、花久は言います。
 
「尚侍としてお勤めしていても、そこに権中納言が通ってくるのは別に悪いことではないと思う。何なら私が手引きしてもいいよ」
 
この時点で、花久としては、涼道が権中納言の邸に隠れているということは、妹は権中納言のことが好きなのだろうと思っていました。そして多分権中納言の子供を産んだのだろうと。しかし涼道は否定します。
 
「違うんだよ。成り行きで彼には身を任せてしまったけど、彼とは縁を切りたいと思っている」
 
「彼はもしかしたら次の帝にもなるかも知れない、立派な身分の人だよ」
「僕は好きじゃない」
 
「だったらそれでもいいでしょう。取り敢えずこっそり私の代わりに自宅に戻るといいよ」
 
「それいきなりの入れ替わりは難しいと思う。少し準備期間が必要だよ」
「だったら、しばらく吉野宮様のところに一緒に隠れ住んで、あれこれ情報交換しようか」
「それがいい気がしてきた。それに花ちゃんが僕の代理するなら、文書自体は僕が書くにしても、とりあえず漢字の読み書きくらいはできるようになって欲しいし」
 
「努力する」
 

「ところで花ちゃんってまだ声変わりしないね」
「だからこそ尚侍をしている。まあ声変わりしないように努力もしている(睾丸を常に体内に入れていること)けど。もし声変わりの兆候が見られたら、即玉抜きされることになっているし」
 
「は!?」
 
「だけど涼ちゃんも声変わりしないね」
「そうなんだよ。僕、発達が遅いみたい」
 
涼道がジョークではなく本気で言っているようなので、この子はどうも男女のことに関する知識が怪しいなと花久は思いました。
 

話は尽きなかったのですが、だいたいの方向性が決まったことで、夜が明ける前に、花久は退出することにします。
 
しかし自分の生きる道が見つかるかも知れないという思いは、涼道の精神力を完全に回復させました。
 

なお四の君の処遇について、花久と秋姫が涼道に代わって、右大将からと称して色々物を届けさせていることを話すと、涼道は感謝していました。
 
「権中納言は萌子が今にも死にそうだと言って、向こうに通っているけど」
「勘当された時はかなりショックを受けていたけど、今はだいぶ回復してきているよ。大丈夫だと思う。きっと立派な赤ちゃんを産むよ」
「だったら良かった」
と涼道はホッとしたような顔をしました。
 

さて宇治の邸を出た花久ですが、吉野には戻らずいったん京に向かいました。左大臣に報告するためです。
 
左大臣は、右大将の失踪後、無事を祈ってあちこちの寺などで散々祈祷をさせていましたが、それもし尽くし、もう諦めかけていた所、その日の明け方夢を見ました。清らかなお坊さんが出て来て言ったのです。
 
「あまり嘆かないで下さい。この問題はもうすぐ解決しますよ」
 
それで左大臣は目が覚めてから春姫に言いました。
 
「そういえば、私も気が動転していて、尚侍をしばらく見ていなかったよ。具合が悪くて伏せっているということだが、どんな具合なのかね」
 
春姫はそろそろ言うべき時かと思ったので正直に言いました。
 
「実を言うと花子は自分が涼道様を探してくると言って、出ているのです。その際、自分までいなくなったら騒ぎが大きくなるから、自分は心を痛めて伏せっているということにしておいてくれと言ったのでそういうことにしていたのですよ」
 
「そうだったのか!自分の子供が不在であることにも気付かなかったなんて、私はどうかしていたよ」
と左大臣は言いました。
 
その時、春姫の腹心の侍女・越前がやってきて、左大臣に
「失礼します」
と一言言ってから、春姫に何か囁きます。
 
春姫は微笑んで
「どうも左大臣の夢が合わさったようですね」
と言いました。
 
まだ人が寝静まっているので、静かに招き入れます。入ってきた姿を見て
 
「おお、右大将(うだいしょう)、戻ったのか!」
と大喜びです。
 
しかし花久は言いました。
 
「父上、私は尚侍(ないしのかみ)です」
 
「え!?」
 
春姫が微笑んで説明しました。
 
「私たちでも見間違えますよね。花子は女姿では動き回りにくいからと男姿に変えて、右大将様を探しに行っていたのですよ」
 
「そうだったのか!しかしお前が男装すると、右大将そっくりだな!」
 

春姫の侍女が秋姫をお呼びになったので、秋姫もこちらに来ています。
 
「それで右大将はどうでしたか?」
と春姫は尋ねます。
 
「昨夜会いました」
と花久が答えますと
 
「おぉ!無事であったか」
と左大臣は大いに喜びます。秋姫も涙を流しています。
 
「どのような様子でしたか?」
と春姫は訊きます。言外に、頭を丸めてしまったのではという不安な気持ちがあります。
 
「女姿になっておられました」
「そうなのか?」
「では髪は?」
「長かったですよ。普通の女よりはやや短いかも知れませんが」
「そのくらいは構わん。頭を丸めたのでなければ良い」
 
「結局何があったのだ?」
「私にも言いたくないようでした。何かよほどのことがあったのでしょうね」
「それは触れなくてもよいだろうな」
 
「こちらには戻って来られそうですか?」
「色々大変なことがあったようで、もう少し休みたいということなのですよ」
「そうか。しかし無事であったのならよいことにするか。しかし帝に何とお詫びをすればいいのか」
 
「それでですね。元々私が体調を崩して休んでいることになっています。でも私自身は元気なので、私が右大将の代わりに出仕しようかと思うのですよ」
 
「なんと!」
「そして涼道様が、少し身体を休めた後で、私の代わりに尚侍として出仕する」
「おぉ!」
 

この2人の入れ替わり計画に、左大臣も春姫・秋姫も賛成してくれました。
 
「ただ入れ替わるにしても、お互いの周囲の人のこととか、仕事のこととかで情報交換する必要があります。その準備期間が少し必要だと思うのですよ」
 
「それはそうだろうな」
 
「父上は申し訳ありませんが、帝に右大将が無事であったことだけでもご報告しておいて頂けませんか」
 
「分かった。私が謝ってくるよ」
 
「身体を壊してある所で伏せって神仏に祈願して養生していたが、あまりにも体調が悪くてお便りも書けなかったと謝っておいて頂けませんか」
 
「うん。そうしよう」
 
「それで回復の目処が立ったので、あと少ししたら出仕しますと」
「うん。そう伝える」
 
「東宮様へは?」
「式部を呼んで下さい。少し打ち合わせしたい。私もいったん退出しますが、乳母の家に来てくれるよう言ってください」
「ではすぐ呼びにやらせよう」
 
それで花久は家人たちが起きてこないうちにいったん退出し、堀川にある花久の乳母の家に移動したのです。
 

花久が乳母の家で待機していますと、お昼前に式部がやってきました。
 
「右大将様がご無事と聞いて、東宮様もほんとうに喜んでおられました」
「良かった。私も復帰したいが、尚侍という立場上、一度あそこに入ると、なかなか外出できなくなるから、復帰はもう少し先になると思う」
 
「それなのですが、東宮様のお腹がだいぶ大きくなってきているのですが」
「ああ」
「ご病気ということにはしていますが、どこまで隠せるか」
 
「それについては少し考えていることがある。それより、私と右大将なのだが」
と言って、花久は式部に、自分たちは入れ替わって復帰しようと思うということを伝えます。
 
式部は驚いたものの、
「その方がうまく行くかも知れません」
と言いました。
 
「ただ、私たちは顔は似ていても、字とか書いたら即入れ替わりがバレてしまう」
「そうでしょうね!」
 
「だから右大将の文書はあの子が書く。尚侍の文は私が書く」
「結局、二人二役ですか!」
 
「まあそれしかないかな、と」
 
「それでさ、宣旨様(敷島)と細かい点はそなたが打ち合わせて欲しいのだが、東宮様を里に下げようと思う」
 
「無理ですよ。そんなこと許されません」
 
「だから身代わりを置くのさ。私と涼道が入れ替わるようにね」
「へ!?」
 

花久は、例の侍に頼んで涼道に文を送り、8月7日頃にお迎えに行きますので、都合のいいタイミングを教えてくださいと伝えました。
 
また、雪子の妊娠の件に付いて吉野宮に
「申し訳無いが協力してもらえませんか」
と相談しました。
 
「病気で伏せっているとして、あまり人前に出ないのであれば何とかなりそうですね。女は結構化粧で誤魔化せるし。あの子も少し宮中の物事に慣れさせた方がいい」
と宮からも賛意を得ました。
 

さて、涼道の方はまだ夢でもみているかのような気分でした。
 
そして悩みます。
 
この若君(萩の君)をどうしたものか。
 
この子を連れて脱出するのは無理だ。吉野宮にも置けないし、自分が尚侍になるのであれば、とてもそこに連れていくことはできない。といって我が子を見捨てるのも悲しい。
 
しかし涼道は考えたのです。
 
親子の絆があれば、きっとまた巡り会うことはあるであろう、と。
 
(つまりこの段階で、涼道は子供を見捨てて単身で戻るつもりになったのです。それもあって子供のことを花久には伝えませんでした:バレてますが)
 
「あれほどみんなから評判されていた我が身だ。この子が可愛いからといって、こんなふうに男が通ってくるのを待つのを楽しみにして生涯を送るなんてことはできない(**)」
 

(**) このあたりが男には理解できない女心でしょう。男なら「女は子供が可愛いだろうから、その子を置いてどこかに行ってしまうことはないだろう」と発想しがちです。実際権中納言もそう思いました。しかし女は意外にクールなのです。
 
このあたりはこの小説を書いたのが女性であるとしか考えられない所以です。
 

さりげなく見苦しい反古(書き損じの手紙)などを破って燃やしてしまいます。若君を見ますが、たいそう愛らしく、声を挙げて、自分を見て笑ったりするのが見ると悲しく思われます。
 

宇治では権中納言が戻ってきます。女君はごく普通の様子で、身だしなみもしっかりし美しく装い、権中納言のお世話をします。紅色の単衣襲に女郎花色の上着と萩色の小袿を着ています。一時は痩せていたものの、ここの所体調を回復したので、華やかで美しく、髪もつやつやで物が映るほど豊かで肩に掛かり、背丈に余った分が扇を広げるように広がっています。
 
「子を産んでからよけい美しくなりましたね。男姿を素晴らしいと思ってはいけません。こんな素敵な方が、内裏に出ていったら、みんなが見とれてしまうでしょう」
などと権中納言は言っています。
 
四の君のことはどうなんだろうと思っていたら、使いが来ます。
「ただ今もう最期のご様子で、四の君様はお亡くなりになってしまうでしょう」
などと言います。
 
使いのある度にすぐ向こうに行くのは女君に悪いとは思うものの、
「ただどうにかなるまでの間だ。生きながらえそうもない人だから、無残に見捨てることもできない。あなたは理知的な変な嫉妬心も持たないから安心だ。私を叱るにしても、ともかくもあちらの状況を見てからにしてもらえないだろうか」
と言って、泣いています。
 
女君はもう自分はここを離れることを決めているので全く平気です。前々からこういう男なのだということが分かっていた。ただ、自分の性別を知らない人に見られるよりはと思って身を任せていただけだ。などと考えています。
 
「いちいち弁解しなくてもいいですよ。私が何も知らない方がいいのかも」
などと権中納言に言いますが、権中納言は
 
「あなたが行きなさいと言ってくれるなら行って来よう」
と言って立とうとしません。
 
それで女君は、全くなんて女々しい奴だと思いながらも
 
「では早く。あちらが可哀想ですよ」
と言いますので、権中納言もやっと立ち上がりました。
 
それでも何度も何度も女君を見るので、女君は知らぬ顔をしています。そして権中納言が出発してしまうと、女君は、子供をしっかり抱いて「ごめんねー」と言って一晩泣き明かしました。
 

翌朝、権中納言から便りがあり、
「四の君が出産した。生きるか死ぬか分からない状況なので、もうしばらく付いている」
ということです。
 
「分かりました。思ったよりは良い状態のようですね。先日の自分の出産のことが思い出されます」
と返事をします。
 
このタイミングでここを出ようと思い、吉野宮にも手紙を出してこの日はずっと若君を抱いていました。
 
夕方、花久がやってくるので、先日と同様に乳母の私室に入れ、人が寝静まるのを待ちます。その間、女君はずっと我が子を抱いています。
 
やがて人が寝静まった頃、乳母がやってきて
「どうぞお会いください」
と言うので、涼道は我が子を乳母に渡し、
「申し訳無いですが、しばらくの間、この子の面倒を見ていてもらえませんか」
と言いました。
 
「はい、お預かりします」
と言って備前は受けとりましたが、まさかその“しばらく”というのが十年以上になるとは思ってもいません!
 

乳母の私室に入った涼道はそのまま闇に紛れ、花久に導かれて車に乗りました。
 
車は一路吉野を目指します。
 
花久は涼道に寝ているように言いました。
 
車は明け方、吉野に着きました。
 
姫たちの部屋に招き入れます。涼道は姫たちには、男装でしか会ったことがないので、今更女姿で対面するのが恥ずかしくてうつむいていたのですが、その様子を見て花久はてっきり、“愛していた”権中納言と離れて寂しいのだろうと思い
 
「あなたの思い人と離れて寂しいかも知れないけど、ここで少し身体を休めよう」
と言いました。しかし涼道はここで初めて打ち明けます。
 
「権中納言とのことは私自身、心外なことだったんです。それよりも実は僕、子供を産んでしまって。その子を置いて来たのが心苦しいんだ」
 
「そうだったのか。それは大変だったね」
と花久は言いましたが、実は涼道の身体に乳の匂いがしていたので、きっと権中納言の子供を産んだのだろうと最初から察していました。
 
「その子のことを父には知られたくなくて。それと権中納言とも縁が切りたくて」
 
「だったらこないだも言ったように私と入れ替わりましょうよ。尚侍として後宮にいれば、あまり煩わされなくていいよ。あいつは右大将の振りをしている私に言い寄ってくるかも知れないけど、さすがのプレイボーイのあいつも、男の私をやっちゃうのは無理でしょ」
 
「いや分からないよ。あいつなら男でも行けるかも」
 
「マジ?」
と花久は急に不安になりました。
 
「でも花子ちゃんは妊娠しないかもね」
「それ、ちょっと出産してくれないかと頼まれているんだけどね」
「へ?」
 

さて宇治の邸では、朝になると女君が居ないので、大騒ぎになっています。侍女たちが手分けしてあちこち探すものの見つかりません。大混乱している所に夕方、権中納言がお帰りになりました。
 
「女君が居ないだと!?」
「だいぶお探ししたのですが」
「一体何があったのだ?誰か京から訪ね来る人などあったか?」
 
と訊きますが誰も何も知りません。
 
唯一事情を知っている、若君の乳母にしても、言えば責められるのが明らかなので何も言いません。他の人は本当に何も見ていません。
 
「何も変な様子は見られませんでした。若君をお抱きになって、しばしば泣いておられましたが、男女関係のことで何か不安に思っておられるのかなとは思っていたのですが、どこかに出て行かれるかのような様子は見えませんでした」
 
限り無く大切にされていた御身だったのが、こつそり隠されているような宇治の侘び住まいで、頼りにする男(自分)が四の君の所にずっと行っていて、不安だったのだろか、などと反省します。ちょっと見た感じでは、全て安心しきっているように見えたのに。あまりにも悲しい気持ちになって、探そうという気力も起きませんでした。
 
「どうしよう?」
 
と悩みながらも若君の顔を見ると、あどけない顔で笑っています。きっと子供を捨てるのは忍び難かったろうに、それを捨てて居なくなってしまったのは、なんと気丈な人だろう、と権中納言は考えました。
 
女君の部屋に脱ぎ捨ててあった衣服に女君の匂いが残るのを嗅いで、よよと泣いています。権中納言の様子があまりに可哀想で侍女たちも嘆いています。
 
誰も知らないまま出られるものだろうかと改めて侍女たちに訊くものの誰も知らないと言います。何か書き置いた歌でもないかと探しますが、そのようなものも見当たりません。普通ならこういう悲しい気持ちを歌に読むところですが、あまりにも悲しすぎて歌も出てきません。
 

さて四の君は、権中納言が見守る中、何とか男の子を産み落としたものの、それで気力が切れてしまい、もう息も絶え絶えな感じでした。
 
「私もう死ぬかも。死ぬ前にもう一度父上に会いたい」
などと言っているので、母親が右大臣に訴えました。
 
それで右大臣も
「娘の死に際も見ることができなかったら一生悔やむ」
と言って、四の君の居る家まで来てくれました。
 
(右大臣が来るというので権中納言は退出する)
 
やってきた右大臣が見ると娘は本当に今にも死にそうな雰囲気です。それで自分は何て冷たい親だったのだと後悔し、
 
「こんな状態になるまで、見放していて済まなかった。あまりにもショックなことを聞いて、憂鬱な気分になり、叱って勘当を言い渡してしまった」
 
と謝り、勘当を解きました。
 
そして自ら、白湯などを娘の口に含ませてやったりしますし、坊主を呼んでたくさん祈祷などさせていると、少しだけ体調が回復してきました。
 
萌子は
「私を尼にしてください」
と言いましたが、父は許しません。
「自分が生きている間はそのようなことは考えるな」
と言います。
 
そしてまた白湯など飲ませている内に、かなり安定してきたので、右大臣邸に連れて帰り、そちらでお世話するようにしました。
 

右大臣宅への移動は、おとなしい牛の引く車に乗せてゆっくり運びますが、侍女たちの手により多数のお道具が一緒に運ばれます。
 
「結構お道具が多いな」
「はい。権中納言様が色々手配してくださいましたし、右大将様からもたくさんお品を頂きましたので」
 
「右大将が!?」
「はい。自分は事情あってまだ姿を現せないが、せめてもの助けにとおっしゃって、色々送っていただき本当に助かりました」
 
「あの男生きていたのか!」
と右大臣も驚くとともに喜びました。
 
実際、右大臣宅に戻ってすぐに右大将のお使いという者が来ます。たくさんの布や酒に魚や果物なども揃えてあります。
 
「四の君様、無事にご出産ということで、右大将は大変喜んでおります。まだ体調が充分ではないのでこちらには寄れないものの、必要なものは何でも用意させるから、遠慮無く言って欲しいとのことでした」
 
「そうか。それは助かる」
と右大臣は喜んで言いました。
 
(もちろんこれらの品を用意させたのは式部と秋姫)
 
「あとで左大臣もこちらに寄られるでしょう」
「そうか。済まない」
と言いながら、右大臣は不安になります。それは生まれた子供の父親は誰なのかという問題です。
 
四の君自身はまだ絶対安静の状態なので、赤ん坊を抱いている乳母を呼び寄せ、萌子の母と2人で赤子の顔を見ます。
 
「右大将様に似ている気がします」
「うん。私もそう思った」
 
「だったらこの子は右大将様のお子なのですね」
「良かった!そういうことなら、勘当などするのではなかった。あの子は何も過ちをおかしてはいないではないか」
と右大臣はたいそうご機嫌になりました。
 

その日、宮中では、土佐から緊急帰京した土佐国司が、今やほとんどひとりで朝廷を動かしているに近い、左大将・源利仲(三の君の夫)と激論を交わしていました。
 
「今とてもそちらにまで派遣する兵力が無いのだ。何とか現行兵力で抑えてくれ」
「とても無理です。漁民たちの被害、襲われた漁村の数、おびただしいものです。もはや土佐近海は無法地帯になりつつあります」
 
唐の消滅以来、東シナ海や日本海は海賊が荒らし回っており、それは太平洋沿岸の日向などでも報告されていましたが、土佐の被害もかなりの模様です。恐らく放置しておけば、やがて紀伊国あたりも荒らされるようになるでしょう。
 
しかしこの所、太宰府の兵力を増強し、東国にも気を配り、能登方面にも厳しい情勢の中で何とか増員を送り、今とても土佐まで手が回らないのです。
 
双方意見が対立してかなり険悪になってきた所で
「何を揉めておる」
という声があります。
 
「東宮殿下!」
「お身体は大丈夫なのですか?」
と国司も左大将も議論を忘れて東宮の身体を心配します。
 
「体調がずっと悪くて伏せっていたが、お前達の声が大きすぎて、目が覚めてしまったわ」
「本当に申し訳ありません」
 
「太宰府や能登のように、妾(わらわ)が近衛兵を率いて土佐まで行った方がよいか?」
「ご病気なのに、無理なさってはいけません!」
 

「左大将よ」
「はい」
「近衛兵の中で何とか都合をつけて100人ほど、ある程度腕の立つものを土佐に派遣してやれ」
「はい。しかし100名程度では」
 
「この際、背に腹は代えられん。左大臣殿にお頼りしよう」
「はい?」
「左大臣は源光仲殿の一派(清和源氏)を動かせるな?」
「たぶん。ただあいつらはちょっと荒っぽいのですが」
 
「妾の名前で、その者たちに帝の兵の代理をしてもらおう。費用は私が個人的に出す。私が墨付きも書こう」
「東宮様のお墨付きがあればあの者たちもおとなしくお勤めするでしょう」
 
この“雪子”の処置で土佐の件は何とかなりそうな感じになったのでした。
 

その前日の夜。
 
大内裏の偉鑒門(いかいもん)に粗末な牛車が付けられました。
 
“右大将”が粗末な服装の女性を連れて降りてきます。
 
そして1時間ほどの後、“右大将”はまた女性を連れて門を出て牛車に乗りました。
 

一方の権中納言は茫然自失の日々を送っていました。
 
四の君の出産に立ち会っている間に宇治の邸から右大将はいなくなってしまうし、四の君の方は父親と和解して右大臣宅に移動し、会うどころか連絡もできない状態になっています。
 
悪い噂が立っているので、とても宮中には出仕できません。
 
日々、女君が残していった若君と遊び、ぼーっとした日々を送っていました。
 
ちなみに筑紫の君は、8月上旬に左大臣宅に“右大将”が現れたのを見ていないので、彼女は“右大将”が男姿で動き回っていることを知りません。
 

涼道が出産したのは7月1日で、吉野宮への手紙を書いたのが1ヶ月後の8月1日。おそらく四の君の出産は8月7日頃で、その翌日頃に花久は涼道を宇治の邸から脱出させています。
 
四の君の正産期は実は6/22-7/26頃だったのですが、恐らく夫の失踪に、父からの勘当という精神的なショックが重なり(どちらも権中納言が悪い!)、出産が遅くなったのだと思われます。
 
8月中旬から、涼道と花久は、実は京の北西・嵯峨野にある左大臣の別荘にごく僅かな供とともに籠もっていました。そして8月中旬、ここに顔立ちの似た吉野の姉君・海子女王を身代わりにして、内裏から密かに脱出した雪子東宮をお迎えしたのです。
 

花久は涼道に尚侍になる練習も兼ねて、東宮の日々のお世話をしてくれるように言いました。
 
「僕は夜のお世話まではできないけど?」
「妊娠中だからそれは求められないと思うよ。でも、涼ちゃん、少し女言葉の使い方も覚えなよ」
「かったるいなぁ」
 
しかし涼道は雪子にたくさん「遊ばれて」“女性教育”も随分されたようです。涼道は隣室から
「皇女(ひめみこ)様、ご勘弁を〜!」
などという悲鳴(?)が聞こえてきても黙殺して、少しでも涼道の字と似た字を書くための筆跡の練習をしていました。
 
字の問題は大きいので、本格的な政策などを論じる文書は涼道が書くにしても日常的な文書は花久の代筆でも何とかなるようにしようと、ふたりはお互いの筆跡を真似る練習をしていました。
 

涼道が宇治の邸から脱出して3ヶ月ほど経った11月、ようやく“新右大将”は左大臣宅に“帰宅”しました。右大将失踪から7ヶ月が経っています。左大臣、春姫・秋姫とは、8月以来日々連絡を取っていますし帝にも定期的に手紙を書いていたのですが、“新右大将”が、右大将の振りをするための基礎的な知識・教養を身につけるのに、どうしても3ヶ月の日々が必要だったのです。
 
連絡は取っていたとはいえ、左大臣も春姫もホッとしたご様子でした。
 
“右大将”の姿を見た、多くの左大臣家の者たちは勝手な噂をします。
 
「四の君の浮気でショックを受けて吉野宮の所で出家なさろうとしたものの、宮の姫様が右大将のお世話をなさって、深い仲になったので出家できなくなってしまった。そこに左大臣様が死にそうという報せがあり、親の顔を見るためとこちらに戻られたらしいよ」
 
などと微かに漏れたと思われる情報を三題噺のようにつなげて物語ができてしまったようです。
 

“新右大将”はすぐに参内して、帝に拝謁します。そして長期間の不在をお詫びしました。
 
「8月以来、文をもらっていたから、安心はしていたが、よく姿を変えずに戻って来てくれた」
と帝は涙まで流しています。
 
帝の言う「姿を変えずに」とは「僧形にならずに」という意味ではあるのですが、花久としては「私本当は女から男に姿変えちゃったんだけどね」などと思っています。
 
この日、花久はひたすら謝りましたが、帝からは
 
「これからもこの国のために頑張って欲しい」
 
というお言葉を頂きました。花久は長期不在の責任を取って辞表を書いていたのですが、帝はその辞表を却下し、花久は、失踪前と同じ、中納言・右大将の仕事をすることになりました。
 
花久は太政官と近衛府にも行き、上司の大納言(藤原宏長)、同僚の左大将(源利仲)、そして多くの部下に頭を下げて陳謝しました。
 

いったん左大臣宅に帰宅してから、今日あったできごとを文にまとめ、涼道の腹心・高宗に託し、馬で嵯峨野の邸に持って行かせました。
 
その上で花久は右大臣宅に向かいます。
 
右大臣宅では、8月の出産以来ずっと右大将の文が届いていたので、右大臣も御機嫌です。
 
「だいぶ体調がよくなられたようですね」
と“新右大将”の顔を見て言いました。
 
「まだ本調子ではないのですが、ずっとお休みしてしまったので何とか頑張っていきます」
と彼は右大臣に言いました。
 
四の君の部屋に行きますと、久しぶりに殿がおいでになるということできれいに掃除などもし、侍女たちに良い服を着せて、香も焚いて準備しています。
 
左衛門が「お帰りなさいませ」と言うのに手を挙げて挨拶し、四の君の近くによると
 
「御免ね。お産の時に付いていてあげられなくて」
と謝ります。
 
「でも何とか生きながらえましたので」
「ずっと生きながらえてくれ。私の大事な人なのだから」
と、花久は、涼道ならこんなこと言うかな、というのを考えながら言いました。
 

「手紙でも書いたけど、身の宿命を思い知りつつ吉野の山に入りましたが、あなたへの思いに耐えきれず、幼い子の可愛さなど、断ち切れぬ血縁の情に人聞き悪くも思い返してきましたのがかえって罪深くなってしまいました。あなたは平穏であったようで何よりです」
 
などと言いますが、四の君は少し余裕ができてきていて、こんな歌を詠みます。
 
世を憂しと背くにはあらで吉野山、松の末吹くほどとこそ吹け
 
(私との仲を辛く思ったのではなく、吉野山の梢を吹く風のようにあなたの気を引く“松の木”があったたからとききましたが:あからさまに、吉野の女の所に籠もっていたんでしょ?と指摘している)。
 
このくらいの“言葉のジャブ”は花久でも充分返せます。頑張って涼道の字を真似て返歌します。
 
その末を待つもことわり松山に、今はと解けて浪は寄せずや
 
(吉野山の松風に吹かれるように私に好みの“松の木”があったとしても、その結果をあなたは待っていれば良かったのですよ。なのにあなたは諦めて松山にあだ波が寄せるようにあなたの元に他の男が来たとか)
 
しかし歌を受けとった四の君は少し首をひねります。あちぉあ、やはり字の違いがバレたかなと思います。四の君はまた歌を詠みます。
 
見しままのありしそれとも覚えぬはわが身やあらぬ人や変われる
 
(かつて見たままのあなたと思えないのは私が変わったのでしょうか、あなたが変わったのでしょうか)
 
花久は「まあ気づくよな」とは思いながら開き直ったお返事を書きます。
 
一つにもあらぬ心の乱れてやありしそれにもあらずとは思う
 
(私ひとりを愛しているでもないあなたのお心が乱れてか、昔の私ではないとお思いなのではないか)
 
しかし楽しく歌のやりとりをしている内に、お互いにかなり打ち解けていきます。
 
そして一晩過ごしますが、四の君は花久に抱かれてとても嬉しそうな顔をしています。花久も女性との体験は3月に東宮に“やられて”以来で自信が無かったのですが、何とかなった感じでした。
 

翌朝、左衛門が2人の子供たちを連れて来ます。
 
「小夜、久しかったな。しばらく留守にして済まん」
と長女に語りかけたのですが、小夜は自分の乳母に捉まったまま、怖がるようにしてこちらに来ません。花久も「やはり子供の目は誤魔化せんな」とは思ったものの、萌子が
「まあまあ、小夜ったら、久しぶりにお父様を見たから怯えてる」
と笑っていました。
 
長男の須須の方は、まだ3ヶ月ほどです。花久を見て笑っているので、もしかして、この子たちは自分の父親をちゃんと見分けているのだろうか、などと花久は思いました。
 
しかし結局四の君は多少の違和感は感じたものの、花久と涼道の入れ替わりにまでは気付かなかったので、花久はこの入れ替わりに自信を深めました。
 

花久と涼道は話し合って、二条堀川に土地を求め、そこに邸宅を造営し始めました。
 
邸宅の計画は2人が京に戻り、取り敢えず嵯峨野の別邸に入った時から計画し土地も買い求めさせていたのですが、具体的な建設作業は、実際に“新右大将”が参内して帝に許しを乞うた後から始めさせました。
 
これを造ることにしたのは、第1には、吉野の姫君を迎えるためです。帝の姪にあたる姫君を迎えるには、さすがに父の邸に同居という訳にはいきませんので、新たな邸宅を建てることにしたのです。そして萌子もここに引き取り、一緒に暮らそうという魂胆です。
 
そのためにふたりは本殿の周囲に3つの対(たい)を持つ邸を造ることにしました。1つが吉野の姫君のため、一つが右大臣の四の君のため、もうひとつは“尚侍”が里下がりする時のためという建前ですが、花久の内心としては、東宮との仲を公にすることができるようになったら、そこにお迎えしたいという気持ちもあります。実際この尚侍の里下がり用の対に関しては、妊娠中の東宮ご自身が、あれこれと好みをおっしゃったので、それに応じた設計にしていました。
 

「お前さぁ、萌子ちゃん、海子様、東宮の他に妻はいないの?」
と花久は涼道に尋ねました。
 
「東宮は別に僕の妻ではないのだけど」
「まあ、私の妻だね」
と花久は認めます。
 
「でもだいぶ“やられて”いたような」
「皇女(ひめみこ)様ったら強引で。妊娠しちゃったらどうしよう?」
「女姿なら産んでもいいと思うけど」
「まさか僕妊娠してないよね?」
「出産した後、1年くらいは妊娠しないと思うよ」
「よかったぁ」
と安堵している涼道を見て、花久は「この子、どうもその方面の知識が足りないようだぞ」と思いました。
 
「恋文を交わした人は、他にもうひとりだけいるんだけどね」
と涼道は言いました。
 
(麗景殿女御の妹君のこと)
 
「へー」
「ちょっと落ち着いた頃でいいから、その子のお世話をしてくれない?」
「お世話って、まさか寝ろってこと?」
「彼女とは歌を交わすだけで一度も“して”ないんだけどね」
「まあできなかったろうね」
「ちんちん貸してくれたら、僕がしてくるけど」
「どうやって貸せばいいのか分からない」
 

“右大将”が現れたという報せは、翌日には筑紫の君によって、宇治の邸で失意の日々を送っていた権中納言の所にもたらされます。
 
「確かに本人であったか?」
「間違いありません」
 
「では男姿に戻ってしまったのか?」
「は?」
 
筑紫の君は涼道が女姿になって宇治の邸に居たなどということは知りません。
 
しかし権中納言は、てっきり右大将が出家して尼にでもなってしまったのではと思っていたので、出家していないのなら、男装に戻ってしまったとしても、まだ望みがあると、俄然気力が湧きました。
 
それで4ヶ月になる若君(萩の君)を乳母に抱かせて、京に急ぎ戻ったのでした。
 
「ありがとう。ここからは私だけで行く」
と言って乳母から若君を受け取り、自ら若君を抱いて宮中に入ります。
 
今日は会議のある日なので、右大将は来るはず、と思って待っていますと、まずは前駆の人が華々しく右大将のおなりを告げ、大勢の家人を連れて参上してきました。
 
その様子を見ると権中納言は
「やはりこういうのに慣れていた人に、人目を忍んで暮らすのはつまらなかったのかなあ」
などと思ってその姿を見ていました。右大将の姿はたいそう鮮やかに、清らかに美しさを振りまきつつ、優艶ささえ加えたと見えるのも目もくらむ思いです。
 
権中納言と目が合います。
 
向こうは一瞬表情を変えました。権中納言が若君を抱え上げて右大将に見せます。しかし右大将はすぐ普通の表情に戻りました。
 
権中納言は、何とか声を掛けるタイミングを狙っていたのですが、その隙を与えません。そして仕事が終わるとさっさと帰ってしまいました。
 
「私を全く思い捨てになったのだ。若君だけでも、そういう子がいたと、どうなったかしらと思うべきなのに」
などと権中納言は思い、恨めしくも悲しく、涙に暮れて内裏を出ました。
 

若君を抱いて内裏を出、乳母を待たせている車の所まで戻ろうとしていた権中納言に、清原中将が気づき、声を掛けました。
 
「権中納言様、お戻りになったのですね?」
「あ、うん」
「帝がご心配なさっていましたよ。参内なさって帝にお謝りになっておいた方がいいですよ」
「すまん。今度またちゃんと服を整えて参内する」
「ああ、確かに今日は権中納言殿らしからぬ服かも知れませんね。ところでそのお子様は権中納言様のお子様ですか」
「うん」
 
「そんな立派なお子様ができていたのですね。おめでとうございます」
「ありがとう」
「母君はどなたです?」
「右大将なのだが」
「またご冗談を。男同士で子供ができる訳がないではないですか」
「確かにそうだな」
「でも身分の低い女ではないですね。高貴なお顔をしておられる」
「確かに立派な身分の女だよ」
と権中納言が言いながら、涙を流しているので、清原中将も驚いてその様子を見ていました。
 

権中納言は若君を乳母に抱かせて宇治に戻ります。そして一晩中泣き明かしてから、右大将に歌を送りました。
 
見てもまた、袖の涙ぞせきやらぬ身を宇治川に沈み果てなで
 
(お会いしたのに私の袖の涙は堰きかねるほどです。捨てられた身を辛いと (**)思って宇治川に投ずることもできないで)
 
この手紙は左大臣宅に届けられたのですが、“新右大将”は「返事はこちらから持って行くからあなたは帰っていなさい」と使いの者に言い、自らはその手紙を持つと馬に乗って嵯峨野の別邸に行きます。そしてそれを“新尚侍”に見せました。
 
「私が男姿に戻ったと思ってるんだ!」
「そう思うだろうね。だからそう思わせておけばいいよ。私が返事を書いたら、微妙な筆跡の違いや記憶違いとかに気づくと思う。そなたが返事は書くとよい」
 
と“新右大将”は、涼道に返事を書いてくれるように言いました。そこで涼道は返事を書きます。
 
心から浮べる船を恨みつつ身を宇治川に日をも経しかな
 
(私の心からとはいえ、あなたの浮気心を恨みつつ身を辛く思い、宇治川の傍で日を過ごしていましたの)(**)
 
(**)どちらの歌でも「身を憂」と「宇治川」が掛詞。
 
「やはりあなたの字は美しい!」
と花久は感動しています。
 
これを花久は馬に乗って右大臣宅に持っていき、そこで筑紫の君を召して、宇治の邸に届けさせました。(この日はそのまま四の君と寝る)
 
それを受けとった権中納言は、やはり自分の浮気心のせいだと後悔し、また手紙を送ります。(筑紫の君は“男女”の恋文とは思わず単純な通信と思っている)
 
いとどしき嘆きぞ勝ることわりを思ふに尽きぬ宇治の川船
 
(いよいよ嘆きが勝る。あなたの言うのももっともだと思うけど、宇治の川船は後悔(航海)するばかりです)(**)
 
(**)「いとどし」は「いっそう増している」という意味の形容詞。源氏物語の須磨帖に「後ろめたく悲しけれどおぼし入りたるにいとどしかるべければ」というのがある。
 
(↑「とりかへばや物語」秋の巻、ここまで。↓冬の巻)
 
 
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【男の娘とりかえばや物語・ふたつの出産】(1)