【クリスマス事件】(下)

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校長先生に「女子生徒として頑張ってね」と言われてから教室に戻り、新しい生徒証を見せると
 
「おお、ちゃんと女子生徒になったね。おめでとう」
などと言われる。
 
「でもあれ校医の先生がボクは男と診断しちゃったら、どうなってたんだろう?」
「その場合は、男子生徒のままじゃないの?」
「男子制服着て来なくちゃ」
「だって身体は性転換されちゃったのに」
「性転換のされ損かな」
「トイレも立ってしないといけない」
「もうできないよぉ」
「それを根性で」
 
「私小さい頃けっこう立ってしてた」
などとイリヤが言っている。
 
「すごーい」
「まあパンツは脱がないと無理」
「それはそうだろうね〜」
 

次の授業は保健の時間だった。男子は体育で野球をやるということであった。女子は視聴覚室に行き、性教育の授業を受けた。
 
が、保健の先生は最初5分ほど授業しただけで、急用で呼び出され、出て行ってしまい、あとは自習していてと言われた。
 
ボクが女の子の身体の構造がよく分かってないと言うと、アリナが保険の教科書を開いて、教えてくれた。
 
「え〜!? 男の子のおちんちんを女の子のヴァギナに入れるの?」
とボクが驚いて言うと
 
「あんた、そんなことも知らなかったの?」
「中学生になっても、知らないなんてありえん」
などと他の子から言われる。
 
「だって習ったこと無かったし」
 
「男子には性教育なんてしないからなあ」
「まあふつう男子は教えられなくても自然に覚える」
 
「ハルアは男の兄弟とかいないから、教えられなかったのかもね」
「あまり男の友だちもいない感じだし」
 
「でもセックスしたら、赤ちゃんできる可能性あるからね」
「だから、安易にセックスしてはいけない」
「少なくとも相手と結婚しているか、結婚してもいいと思ってないとね」
 
《生理》の仕組みについても全く知らなかったので、アリナたちに教えられて驚いた。
 
「そういう仕組みで赤ちゃんができるのか」
「まあ、生理は憂鬱だけど、赤ちゃんが産めるという印だしね」
「ハルア、卵巣もあるんだっけ?」
 
「なんか自分の万能細胞で作ったものを移植したと言われた」
とボクが言うと
 
「なるほどー」
とみんなが納得しているようなので
 
「何?何?」
と訊く。
 
「万能細胞から臓器を作るにはだいたい1年掛かるんだよ」
「え?そうなの?」
「つまり、ハルアの性転換は1年以上前から準備されていたということだね」
「そうだったのか!?」
 
「そもそも性転換手術なんて、希望者たくさん居るから今日連絡して午後に空いてるなんてあり得ない」
「うん。だいたい半年待ち。マイコはたまたまキャンセルがあって入れてもらったけど、それでも申し込んでから3ヶ月待っている」
「そんなに!?」
「だからハルアの手術も1年くらい前から予約されていたんだよ」
「うっそー!」
 
「きっとハルアが中学生になった頃から、この子、男の子ではなくて女の子にしてあげた方が良さそうって、両親が話し合ったんだよ」
「うん、それで今の時期に性転換手術ってことになったんじゃないかな」
 
「マイクとかは、とりあえず外見だけ女にしたらしいんだよね」
「そうそう。だからヴァギナと子宮と卵巣は1年後に移植するらしい」
「へー」
 
「じゃハルア、生理もあるんだね?」
「なんか半年くらいしたら《月のもの》が来るようになると言われたけど、もしかして《月のもの》って生理のこと?」
 
「そうそう。毎月1回くらい来るから《月のもの》と言う」
「まあ色々な呼び方がある」
「女の子の日とか」
「月経とか」
「お客様とか」
「アレとか」
 
「アレじゃ分からないよ!」
 
「でも半年かかるんだね」
「たぶん突然女の身体になったから、ホルモンとかのバランスが完全に女の子になって、身体全体のシステムが女として機能しはじめるのに時間が掛かるんだよ」
「あ、そうかもね」
 
「だからハルアが妊娠できるようになるのは半年後ってことね」
 

その日のお昼休みは、アリナが誘ってくれて女子たちと一緒にお弁当を食べた。それで女の子たちとたくさんおしゃべりしていたのだが
 
「ハルアが居ても何も違和感無いね」
とケイカが言う。
 
「まあ結構女子のおしゃべりに引き込んでいたからなあ」
とジュナ。
 
「むしろあんた男子と話すの苦手でしょ?」
アリナが指摘する。
 
「ボク、戦車とか戦闘機の型番とかもよく分からないし、野球のルールとかもよく分からないし」
とボクは言う。
 
「ああ。こないだ打ってから3塁に走ったというのは聞いた」
「だってバットに当たったの初めてだったんだもん」
 
「けっこうハルアって元々女の子の性格だったんだよ」
「そうなのかなあ。ボクは男の子で良かったんだけど」
 

お弁当を食べ終わり、そのあとしばらくおしゃべりしていて、やがてトイレに行こうということになる。アリナたちと一緒におしゃべりしながら廊下に出てトイレの前まで行く。それでボクが「じゃまた後で」と言って、男子トイレの方に入ろうとすると
 
「こら待て」
と言って、アリナにつかまる。
 
「あんた、女になったんだからこっち」
「あ、そうか!忘れてた!」
 
というので、彼女たちと一緒に女子トイレに入る。列ができていて3人待っている。その後ろに並ぶ。
 
「でもあんた、これまでも知ってる人のいない所では女子トイレとか使ってなかったの?」
「そんなことしてないよぉ」
「でも女の子の格好では出歩いていたんでしょ?」
「女の服なんて持ってなかったし」
「お姉ちゃんの服を勝手に着るとかは?」
「したことない」
 
「じゃあんた、全然女の子になりたいとか思ったことなかったの?」
「思ったことなかった」
「それにしては、なんかふつーに女の子になっちゃってるよね」
「ボク、適応性がいいと言われたことある」
 
「ああハルアは受容性、適応性がいいと思う」
とアリナが言う。
「そのあたりの性格も女の子的だなあとは思っていたけどね」
 
「ああ、ハルアって言われたら、そのまましちゃうよね」
「うん。わりと何も考えてない感じ」
「よく言えば素直というか」
 
「だけど女子トイレっていつもこういう列できてるの? 昨日お姉ちゃんに連れられてデパートのトイレに入った時も列ができてた」
 
「女子トイレに列ができるのは普通」
「どうしても女子はおしっこするのに時間がかかるからさ」
「スカートめくってパンティ下げて。した後も拭かないといけないし」
「そっかー」
 
「まあ待ち行列は女子トイレの名物」
「だからギリギリになる前に行かないとやばい」
 
「全然知らなかった。女の子って大変なんだね」
とハルアが言うと
 
「ほんとに女子トイレ使ってなかったみたいね」
とみんなから半ば感心され、半ば呆れられている感じもあった。
 

「こないだ性転換したマイコとか、男の子時代にもけっこう女装で街歩いていたよね」
「うんうん。私も女装のあの子に会ったことある」
「私は女子トイレで遭遇したことあった」
「私なんて温泉の女湯でマイクに会ったこともある」
「女湯に入ってたの!?」
 
「おちんちんはタオルで必死に隠して入るんだと言ってた。結局一緒に入ったんだけど、美事だったよ」
「すげー」
「でも見付かったら逮捕されるよ」
「うん。だから見付からないように必死で隠すと言ってた」
 
「でもマイクなら充分女の子に見えるから何とか女湯も行けてたのかもね」
「そうそう。小学生の頃とか、いつも女の子に間違えられてたもん」
 
「じゃ女の子の身体になれて、今は安心して女湯に入れるんだね」
「ハルアも今度、女湯に入ってみなよ」
 
「土曜日、性転換手術が終わって退院したら、すぐ温泉に連れて行かれた」
「おお、もう体験済みか」
「どうだった?」
「裸の女の人がいっぱい居てびっくりした」
 
「そりゃ温泉は裸で入るから」
 
「おっぱいも色々形があるんだなあと感心した」
「まあ、ひとそれぞれだよね」
 
「おちんちんだって人それぞれだったでしょ?」
「そんなおちんちんなんてじとじと見たことないし」
「まあ、もう見に行けないね」
「男の子のうちにたくさん見ておけば良かったのに」
 

「そうだ。今日のクリスマス会のサンタガール、ひとりはハルアやってよ」
とアリナが言う。
 
「そうだね。女の子になっちゃったし、いいよ」
とボクは答える。
 
「でも運営委員、ボクが女の子になっちゃったから、女子3人に男子1人だけどいいのかなあ」
「まあ男子ゼロじゃないからいいと思うよ」
「どうせ3月までだしね」
「そだねー」
 
「あ、そうだ。もうひとりのサンタガール、トマスにやらせようよ」
とネリカが言い出す。
 
「え〜!?男の子なのに?」
「トマスは身体が華奢だから、サンタガールの服入るはず」
 
「そういえば、そもそもハルアも女の子体型だよね」
「あ、ボク男子ではいちばん細かったんだよね」
「トマスはその次くらいに細いもん。たぶん行ける」
「よし、私が口説き落とす」
とアリナが張り切っていた。
 

その日の6時間目は料理だった。ボクは初めて女子たちと一緒に料理教室に行った。この時間、男子たちは射撃をやっている。
 
「今日はクリスマスなので、フライドチキンとフライドポテトを作ります」
と言われる。
 
鶏肉は手羽を使うので、切ったりする必要は無い。下味用のソースを作りそれに漬ける。その味を浸透させている間にジャガイモの皮を剥き、角柱状に切る。
 
「あ、ハルア、皮剥くの上手いじゃん」
「リンゴの皮を剥くのと同じ要領でできるみたい」
「そうそう。似た要領だよね」
「ジャガイモの芽は取ってね。それ毒だから」
「へー。分かった」
 
ボクが剥いたジャガイモをアリナが細かく切る。それで鍋に油を熱してそこに投入し、軽く揚げてから皿に取る。そして塩をまぶす。
 
鍋は続けてチキンを揚げる。手羽は芯まで熱が通るのに時間が掛かるのでこれを20分間加熱しなければならない。時々交代でひっくり返すことにして、待つ間にみんなでフライドポテトを食べる。
 
「美味しい〜」
「揚げて塩まぶすだけの簡単な料理なのに美味しいよね」
「特に揚げたては美味しい」
 
「女子はいいなあ、こういうの食べられて」
とボクが言うと
「もうハルアすっかり女子に溶け込んでいるよ」
とみんなから言われた。
 

フライドチキンが揚がったのはもう授業の終わり頃なので、そのまま教室に持ち帰り、男子たちとシェアして食べた。
 
「美味しい、美味しい」
「揚げたてのチキンは美味しいね〜」
と好評である。
 
「もう死んでもいいと思うくらいの美味さ」
などとニッケなど言っている。
 
「じゃニッケが死ぬ時は、フライドチキンを作ってあげよう」
とイリヤ。
「マジ?ステーキでもいいけどね」
「100万クロネくらいくれたら」
「随分料金の高いレストランだな!」
 
「しかしハルト、じゃなかった、ハルア。射撃の先生が、お前が女になって射撃の授業から外れたというの聞いてがっかりしてたぞ」
とトマスが言う。
 
「あまり性(しょう)に合わなかったから私はホッとしてるけどね」
とボクは答えた。
 
「今日は2組のジョンが1番だった。初めて青いリボン付けてもらって喜んでた」
とトマス。
「うちに大量に青いリボンが貯まってるよ」
とボクは笑って言った。
 
射撃成績1位の証である青いリボン。それを毎週もらっていたから、それで実はボクは青という色が嫌いになった。それは誰にも話していないこと。
 

チキンをみんなで食べた後、クリスマス会の準備を始める。
 
机を口の字型に並べる。そして男子たちの手で部屋にロープが渡され、キラキラのお星様とか、綿で作った雪のように見える飾りとか、トナカイやサンタの人形などもぶらさげる。お皿が並べられて、女子の有志がこの週末に作って焼いていたクッキーが配られた。
 
それでみんなでクリスマスの歌を歌ったり、何人か教室の中央に出て芸を披露する子もいる。
 
楽しい催しが続き、そろそろクライマックスかなという時、アリナが目配せするのでボクは席を立った。
 
廊下に出て隣の教材準備室に入り、サンタガールの衣装に着替える。結局サンタガールは、ボクとアリナ、ネリカにトマスである。ボクとアリナ・ネリカはおしゃべりしながら着替えたが、トマスはひとり窓際に行き、後ろを向いて着替えていた。
 
「トマス、充分女の子サンタに見えるよ」
とネリカが言うと
 
「これ絶対父ちゃんとかには見せられない」
などと言っている。
 
「でも違和感無いよね」
とボクが言うと
 
「トマスも手術して女の子になる?」
などとアリナから言われる。
 
「嫌だ。女になるなんて絶対嫌だ」
とトマス。
 
「ボクも嫌だと言ったのに、無理矢理手術受けさせられちゃった」
とボク。
 
「じゃトマスのお母ちゃんを唆すか」
「やめて〜」
 

それでプレゼントの入った袋を持って教室の外でスタンバイする。中に居る先生から合図があるので、前後の戸から2人ずつ入って
 
「メリークリスマス!」
と言い、教室内のみんなにプレゼントを配り始めた。
 
「ハルア、ほんとにそういう服着ているとちゃんと女に見えるな」
と男子から言われると、ボクはちょっとだけ嬉しい気分になった。
 
「髪が短いから、男に見えないかなと思ったんだけどね」
「いや、スポーツしてる女は短くしてる子もいるし」
「確かにそうだね〜」
 
ひとりひとりと言葉を交わしながら配るので、担当の10人に配り終えるのに結局5分近く掛かった。
 
ボクたち運営委員同士は、最後に残った物を、アリナ→ボク→ネリカ→トーマス→アリナという順に「メリークリスマス」と言って渡した。
 

それでボクたちもサンタガールの衣装のまま席に着き、プレゼントを開ける。ボクの箱にはカチューシャが入っていた。
 
「あ、可愛いじゃん。つけてごらんよ」
と隣の席のイリアが言うのでサンタの帽子を脱いで、つけてみる。
 
「おお、似合ってる似合ってる」
と言って鏡を見せてくれた。
 
「可愛いかも」
とボクは言ってしまった。
 
「うん、充分可愛い」
と反対側の隣に座っているケイカも言ってくれた。
 
一応男の子に渡すものは青い包装、女の子に渡すものは赤い包装、どちらに渡してもいいものは黒い包装になっていた。
 
でも入れ間違いもあったようで、トマスが
「俺、色つきリップとかもらっても困る」
などと言っている。彼がもらったのは青い箱だったのだが、包装する時に勘違いしたのだろう。
 
「別に男の子がリップ塗ってもいいと思うけど」
「あ、塗ってあげるよ」
 
などと言って隣の女の子から塗ってもらっていた。
 
「ほら鏡見てごらん」
と言って見せられると
「何か変だ」
と言っていた。
 
「変だと思うなら女の子になるとか」
「それはもっと嫌だ」
 

このプレゼント配りでクリスマス会もお開きとなる。最後にみんなで「クリスマスに平和を」の歌を歌い、クラス運営委員代表のトマスがサンタガールの衣装のまま
 
「これでクリスマス会を終わります」
と言いかけた時のことであった。
 
突然荒々しく教室の戸が開けられる。そこに銃を持った男がいるのを見て、ボクは直感的にやばい!と思った。
 
先生が
「あなたたち何ですか?」
と言って、男たちの所に寄る。
 
すると男はいきなり銃を撃った。
 
先生が倒れる。数回ピクピクとして動かなくなった。
 
「きゃー!」
と女の子たちが悲鳴をあげる。
 
「静かにしろ。俺たちはホロウファントムだ」
と彼らは名乗った。
 

後から聞いた話では、彼らは5人で近くの銀行を襲撃して、警官隊と銃撃戦をした後、この学校に3人が逃げ込んだらしい。うち1人は学校の警備員さんに撃たれたものの(警備員さんは他のメンバーに射殺された)、残り2人が玄関に近いこの教室に飛び込んで来たという状況だったようである。
 
しかしとにかくも教室はパニックになった。
 
「男は廊下側に行け。女は窓側に行け」
と彼らは言った。
 
ボクが何気なく廊下側に行こうとしたら、アリナが慌ててボクの服をつかみ「あんたはこっち」と言って、窓側に連れて行ってくれた。ボクはこれで助かった。トマスがサンタガールの衣装のまま廊下側に並んだが
 
「何やってる。ぶっ殺すぞ。女はこっちじゃねー」
と銃を持った男に言われ、銃で殴られて倒れる。
 
「トマちゃん、こっち」
とアリナが言うので、その声に応じてトマスは起き上がり、女の子たちが並ぶ窓側の方に来た。これでトマスも助かった。
 
「よし。別れたな」
と男は言うと、廊下側に並んでいる男子たちに向けていきなりサブマシンガンをぶっ放した。
 
「ぎゃーっ」
という男子たちの凄い悲鳴が聞こえる。
 
ボクは隣に居るネリカとケイカの目に手を当ててふさいだ。こんなの見るものではない。
 
銃声と悲鳴がやんだ時、廊下側には男子たちが倒れていて、おびただしい血が流れていた。
 
それで窓側に居た女子たちが「きゃー」と悲鳴をあげるが
 
「静かにしろ。騒いだらてめーらも撃つぞ」
と男たちが言うと、みんな沈黙した。
 

そこに
「警察だ。無駄な抵抗はやめて投降しろ」
という拡声器の声が聞こえた。
 
警官隊がようやく到着したようであった。
 

状況は膠着した。
 
立てこもっているホロウファントムは2人だが、ライフルとサブマシンガンで重武装している。防弾チョッキを着て頭を完全に覆うヘルメットをかぶっており、目の所にもシールドを付けている。これは狙撃しにくいなとボクは思った。
 
人質は22人である。もともと男20人女20人のクラスだったのが、ボクが女の子になってしまって1人増え、サンタガールの衣装を着たトマスも女子と誤認されてこちらに入っている。
 
警察は事件が起きて1時間後に天井から侵入しようとしたものの、気づかれて犯人に2人射殺され、犠牲者が増えた。
 
その一方でどうも専門のネゴシエーターの人が来て、説得をしているようだが、彼らは何だかよく分からない主張をしていて、説得に応じる様子は全く無い。
 
夜9時になって、夕食が差し入れられる。差し入れを持って来たのは定年間際の女先生で、食事に対する感謝として、神経が細く、事件のショックで気分が悪くなっていたマリエを解放してくれた。マリエは女先生と一緒に教室を出た。
 
食事をしたことで、少し緊張が解けたのか、トイレに行きたいと言う子が数人出る。しかし行かせてくれる訳が無い。教室の後ろの方でしろと言われた。それで男子たちの死体が転がっているのをそばに見ながら、数人がおしっこをしていた。ボクも午前3時くらいになってから、アリナが「トイレ一緒にしようよ」と誘われてしてきたが、おしっこの臭いと、近くにある男子の遺体の臭いとが合わさり、凄く嫌な気分だった。
 
夜12時くらいになった時、犯人が
 
「この中に片親の奴いるか?」
と訊いた。ユリナが手を挙げた。
 
「ユリナはお父さんが小さい頃亡くなったんです」
とアリナが説明してくれる。
 
「だったら、お前出て行っていいぞ」
と言うので、ユリナはアリナに促されて、ひとりで教室を出た。すぐ近くにいた警官に保護されたようである。
 
深夜遅くなってもみんなとても眠れずにいたのだが、さすがに疲れてきて午前4時頃から少し眠った。ホロウファントム側は1人ずつ仮眠しているようであった。しかし仮眠している間も銃から手を放さなかった。
 

朝7時に朝食が差し入れられた。持って来たのは保健室の先生で、犯人の許可を得て、人質のひとりひとりの様子をチェックした。
 
「この子とこの子、血圧が異様に低いです。解放してあげてください」
と保健室の先生が言うので、犯人はそれを認め、2人解放してくれた。彼女たちは先生と一緒に外に出た。
 
これで人質は18人となる。
 
朝9時。突然教卓の下から武装警官が5人現れた。犯人たちと銃撃戦になる。ちょうど教壇の近くに居たエミカが巻き込まれそうになったのを警官の一人が身を挺してかばう。
 
エミカは別の警官に手を引かれ、廊下の外に押し出された。しかし残った警官は犯人に全員射殺されてしまった。こいつらかなり射撃の訓練を受けてるぞ、とボクは思った。銃の扱い方が素人ではないのだ。おそらく特殊部隊とか狙撃隊とかに居た奴らだとボクは考えた。
 
犯人たちは教卓を倒して穴を塞いだ。そして外に居る警官隊に向かって警告した。
 
「またこんなことしようとしたら、次は人質を5人くらい殺すぞ」
 

そして犯人は人質の女子生徒たちに言った。
 
「お前ら裸になれ」
 
「裸だったら、逃げにくいだろうからな」
 
それでボクたちはお互いに顔を見合わせながら服を脱いだ。エミカが警官隊のおかげで脱出できたので残る人質は17人である。
 
「パンティとブラジャーは着けててもいいですか?」
とアリナが訊いたが
 
「ブラジャーは外せ。まあパンティは勘弁してやる」
と男は答えた。
 
それでみんなパンティ1枚になった。犯人がトマスに目を付ける。
 
「お前、胸無いな。男じゃないだろうな?」
 
するとトマスは裏声で答える。
「わたし、いつもペチャパイって馬鹿にされてるんです」
 
「あはは、そういう奴もいるだろうな。お前、でも男のパンツみたいなの穿いてるな」
「これフレア・パンティと言うんですよ」
「へー。俺も女の下着はよく分からないや」
 
フレア・パンティは他にも数人穿いていたので、それでトマスもそれ以上は疑われずに済んだ。
 

女子生徒たちが裸にされているので、風邪を引かないようにということから暖房が強くされたようだ。しかしそれで男子生徒たちの死臭は増した感じもあり、ボクたちは嫌な気分だった。
 
ひとり本当に気分が悪くなった子がいてアリナとネリカが犯人たちに訴えたので、犯人たちは彼女を解放してくれた。その後、12時にお昼の差し入れ、19時に夕食の差し入れがあり、1人ずつ解放されて人質は14人となった。
 
夜12時頃。突然犯人のひとりが言い出す。
 
「娘どもの裸ずっと見てたら変な気分になった。誰かやらせろ」
 
ボクは隣のアリナに訊いた。
「やらせろってどういう意味?」
「セックスさせろということよ」
「え〜?でもセックスしたら赤ちゃんできるじゃん」
「まあ男はセックスすれば気持ちいいからね」
 
犯人はクラス1の美人のサンドラに目を付けた。
 
「お前、可愛いな。ちょっとやらせろよ」
 
サンドラは怯えている。それでアリナが怒ったような顔で立ち上がろうとしたが、ボクは彼女を制して立ち上がった。
 
「すみません。私がセックスに応じます」
 
アリナがびっくりした顔をしている。
 
「へー!」
と言って男はこちらを見る。
 
「私、おっぱい小さいけど、いいですか?」
「まあやらせてくれるのならいいや」
 
「私がおふたりどちらともセックスしますから、他の子は勘弁してやってください」
「ああ、それでいいよ」
 

正直、セックスってどうやるのか分からなかったのだが、たぶん寝るんじゃないかなと思い、ボクは教室の真ん中付近の床に寝て、パンティも脱いで完全な裸になった。
 
「お前、まだ毛が生えてないのか?」
 
手術の時に陰毛は剃られているので、ボクは無毛状態である。
 
「私、発達が遅いみたいなんです」
「ああ、だから胸もこんなに男みたいに無いんだな」
 
とそれで男は納得したようである。
 
男はボクの上にかぶさるように乗った。そして両足を広げさせる。そして最初割れ目ちゃんの中に指を入れて、例のクリクリス(だっけ?)の所を揉み始める。あとで聞くと、ここを揉まれると気持ち良くなってヴァニラ(だったっけ?)が濡れるらしい。がボクはまだ神経がブロックされていたようで、快感を感じることはできなかった。しかしそれでも濡れたようである。
 
「お、よし。濡れて来たな。入れるぞ」
「どうぞ」
 
それで男はおちんちんを入れて来た。きゃー!?何この感覚。
 
校医の先生にガラスの筒を入れて検診された時の感じに似ているが、入れられたおちんちんは、あれよりもっと太い気がした。男の人のおちんちんってこんなに太くなるんだ?とボクはあらためて思っていた。自分に付いていたおちんちんより大きい気がする。もしかしてボクって元々おちんちん小さかったのかもね〜。
 
男はおちんちんをそこに凄い勢いで出し入れしていたが、やがて突然力が抜けたようになり、体重が掛かった。
 
重い。
 
と思ったのだが、それがどうも男が「出した」結果のようであった。そのまま男はしばらくボクを抱きしめていた。
 
「気持ち良かったぞ。ありがとな」
「いえ」
 
それでもうひとりの男に交代し、もうひとりの男もボクのヴァニラ(?)におちんちんを入れて、激しく出し入れした末に「出して」果てた。
 
「ほんと、お前気持ちいいぞ」
などと男は言っていた。ボクは何故か涙が出てきた。ボクは男たちに放置されるようにそのまま床に寝ていたが、アリナが寄ってきて、ボクの涙を拭いてくれた。そして促すようにボクを起こし、パンティを穿かせて、窓際に並ぶ他の女子の所に連れ戻してくれた。
 

人質の列の方に戻って少しすると、急におしっこがしたくなった。それでアリナと誘い合って、また教室の後ろの方に行き、一緒におしっこをした。
 
「なんでだろう?ボク11時半頃に行ったばかりだったのに」
とボクが小声で言うと
「たぶんあの付近が押し広げられて膀胱も刺激されたんだよ」
とアリナが答える。
「なるほどー。女の子の身体って繊細なんだね」
「泣いてたね」
「なぜだろう。別にセックスされるの嫌というほどでも無かったのに」
「好きでもない男の人にやられて悲しくない訳が無い」
「そうか。やはり悲しかったから涙が出たのか」
「そうに決まってる。でもハルア頑張ったね」
と言ってアリナはボクの手をそっと撫でてくれた。
 
ボクたちがおしっこをしていたら、トマスがイリヤと一緒に来た。トマスがおしっこしている所は犯人たちに見られるとまずいので、ボクたちはトマスを囲むような感じにした。それでトマスはしゃがんでおちんちんもできるだけ目立たないようにしておしっこをしていた。
 
それで4人で人質の列の方に戻ったのだが、犯人のひとりがハッとしたような声を出す。
 
「おいお前」
とトマスに声を掛ける。
 
「はい?」
 
「お前、なんでパンティのそんなところが濡れるんだ?」
 
ボクはトマスを見て、あちゃ〜と思った。
 
ちゃんと拭くことができないので、女の子たちはおしっこした後、パンティが濡れている。しかし濡れるのは女の子の身体の構造上、パンティの下の部分、股布の付近で、その付近が面積的に濡れる。ところがトマスのパンツはもっと上の方、上端付近が小さなスポットで濡れているのである。おちんちんの先がその辺に行くので、男の子の身体の構造上やむを得ない。
 
犯人はトマスに近づいて来た。
 
そしてトマスのパンツを触る。
 
「てめー、男じゃねーか」
 
「ごめんなさい」
 
「道理で胸が無かった訳だ」
「男は射殺する。こちらに来い」
 
と言って犯人はトマスを教室の廊下側に引っ張っていく。一昨日の夕方撃たれて死んだ男子たちの死体が折り重なるようになっている。犯人はトマスをそこに立たせて撃とうとした。
 
が、その時もうひとりの犯人が声を掛けた。
 
「待て。こいつ女の振りして生き延びようとした、ふてー奴だ。どうせなら、もっと残酷な殺し方しよう」
 
「どうするんだ?」
「女生徒に撃たせる」
「ああ、なるほど」
「クラスメイトの、しかも女に撃たれて死ぬのは、嫌だし恥だろうからな」
 
「でも誰に撃たせる?」
「そうだなあ。おい」
と言って犯人のひとりはボクのところに来た。
 
「お前撃て」
「え〜!?」
「セックスさせてくれた礼にお前に撃たせてやる。ほら来い」
 
と言って犯人はボクを引っ張っていった。
 
「こいつ男の癖に女の振りして、それでお前たち女子生徒の裸をずっと見てたんだぞ。悪い奴だろ?だからお前が処刑してやれ」
 
女子生徒の裸を見てたのはあんたたちがもっと悪質じゃんとボクは内心思った。
 
「そんな、撃てません」
「お前が撃たなかったら、こいつ殺した後、お前とあと2人くらい女生徒も殺すぞ」
 
そう言われてピストルを渡された。
 
ずしりと重い。5連発のリボルバーだ。玉は全弾込めてある。これ射撃の授業でも使ったことのある67型じゃん。これで随分的(まと)を撃ったよなあ、とボクは思った。ふつうの人はこういう銃身の短い銃では10mの距離からは的(まと)自体に当てるのも大変みたいだが、ボクはいつも全弾を的の中心に命中させていた。
 
そんなことを考えた瞬間、ボクは自分がすべきことに気付いた。
 
「ちなみにお前も胸無いけど、男じゃないよな?」
「さっきセックスしたじゃないですか!」
「あ、そうか。確かに女だった」
 
「でも銃なんて撃ったことないです」
とボクは言う。
 
男たちは2人ともアイシールドを上げて目の付近を露出している。男のひとりがボクの手を取って説明する。
 
「銃の先をこいつの心臓あたりに向けて、それでこの牽き金を引けばいいから。安全装置は外してある。あ、撃鉄も起こしてやるな。そしたら牽き金引くのにあまり力要らないから」
 
と言って男はピストルの撃鉄を起こした。67型はシングルアクションでもダブルアクションでも撃てる銃である。
 
それでボクは
「トマちゃんごめんね」
とトマスに言い、少し「立ち位置」を調整した上で、腕をいっぱい伸ばして、彼に向けてピストルを構えた。トマスはもう諦めの表情になっている。
 
そしてボクは「呼吸」を伺っていた。
 

ボクはまず自分のそばに立っている男の方へ突然銃口を向けた。
 
「え?」
と男が言う間もなく、ボクは正確に男の目と目の間を打ち抜いた。
 
男たちは防弾チョッキを着ているので、倒すには頭を撃つしかない。しかも、ヘルメットをしているから、狙える面積はひじょうに小さい。今朝突入した警官たちも、それで犯人を殺せなかったのである。
 
「な!?」
もうひとりの男が驚いたような声を出して自分の銃をこちらに向けようとしたが、その前にボクはその男の眉間に次の弾丸を正確に命中させていた。
 
犯人たちは続けざまに倒れた。
 
ピクリとも動かない。ボクは大きく息をしていた。
 
そこに様子をうかがっていた警官隊がなだれ込むように入って来た。ボクはピストルを手から落とした。
 
アリナが近づいて来てボクをハグしてくれた。
 

男たちは銀行で行員と客を34人も殺し、警官隊との銃撃戦で警官が10名死んでいた。そして学校の警備員とボクたちの担任が殺され、男子生徒18人が犠牲となり、更に突入した警官7人が射殺されている。死者は71名にも及んだ。銀行での銃撃戦でホロウファントム側も2人死んでおり、警備員にひとり撃たれ、ボクが残りの2人を撃って、犯人も全員死亡である。
 
おびただしい犠牲者だ。
 
女子生徒の数人が目を瞑り合掌するようにして男子生徒の遺体に向かって祈りを捧げていた。
 
その時、その遺体の山の中からひとりの男子が起き上がった。
 
「きゃー」
と祈りを捧げていた女生徒たちが腰を抜かして驚いた。幽霊かゾンビか?とでも思ったのだろう。
 
「ニッケ!?」
「もう大丈夫だよね?」
と彼は言った。
 
「生きてたの?」
「やばいと思ったから、やられた振りして真っ先に倒れた。そのあとじっと身動きひとつせずに死体の振りしてた」
 
「良かった」
と言ってボクはニッケに飛び付くようにして抱きしめた。
 
「どうせならサンドラにでも抱きしめられたかったな。でもお前の身体も柔らかいな。なんかほんとに女に抱かれているみたいだ」
とニッケが言う。
「だって私、女の子になったもん」
 
「ハルアは前から柔らかい身体だと思ってたよ。だからさっき犯人たちに抱かれても、女に成り立てとは思われなかったんだろうね」
とアリナが言った。
 
「でも腹減った。お前たちが差し入れの飯食ってる音聞いて、俺も食べてーと思ったけど、言うわけにもいかないしさ」
 
「事件の前、お昼にチキン食べた時に死んでもいいと言ってたけど、死なずに済んで良かったね」
とイリヤが言う。
 
「そうそう。あのチキンの味を思い出してたよ」
とニッケが言うので、ボクはニッケに抱きついたまま言った。
「フライドチキンで良ければ、また揚げてあげるよ」
 
「お、食べてぇ。だけどハルア、格好良かったぞ」
「必死だったよ。撃たれる前に撃てってことば思い出した」
 
女性の警官がボクたちにドレスのような服を渡して着るように言った。ボクたちはそれを身につけた。トマスもそのドレスを着た。
 
「トマス可愛いよ」
とイリヤが言う。
「まあここは女の服でも我慢するよ」
とトマス。
 
ニッケは男子制服を着ていたのだが、他の子の血で酷いことになっているので、その制服を上下とも脱いだ上でそのドレスを着た。
 
「なあ、トマス、女の服を着たら立たないか?」
とニッケが言う。
「お前元気だな。俺はもう疲れ切っててさすがに立たない」
とトマス。
「何だ。だらしない」
とニッケは答えた。彼は本当に立っていて、ドレスにテントができていた。
 
「犯人じゃないけどセックスしたい気分だぜ」
とニッケが言う。
「それも後で良かったら、させてあげようか?」
とボクは言う。
「マジ? この際、元男の女でもいいか」
「うふふ」
 
みんな各々の荷物(女子制服を含む)を持って、女性警官に導かれるようにして、外に出た。なんか記者のフラッシュがまぶしい。
 
親たちが居て、みんな一様に無事な娘たちとハグして親たちも娘たちも泣いている。ボクの母も飛び付いてきて、ボクを抱いて泣いた。ボクもようやく涙が出てきた。男子生徒がみんな射殺されたようだと聞いていたので、トマスの親とニッケの親は特に喜びようが大きかった。
 
ここで自分の子供と会えなかった、男子生徒たちの親は男性の警官に導かれて教室内に入る。そして教室からは親たちの激しい慟哭が聞こえてきた。ボクはそれを悲しい目で眺めた。
 
なお、ボクは解放されてすぐに膣の洗浄をしてもらった。性感染症にやられていてはいけないというので抗生物質も処方してもらった。また、緊急避妊剤も飲まされたが、これが凄く気分悪く、ボクは半日くらいこの薬の副作用(?)に苦しんだ。
 

事件が起きたのが24日の夕方で、解決したのは26日の深夜1時頃である。約33時間の人質事件だった。犠牲者の男子生徒たちと担任・警備員さんの合同葬儀が、27日に行われた。アリナが生き残った生徒を代表して弔辞を読んだ。ボクたちは献花していてまた涙が出た。
 
今年の終業式は中止となり、1月13日(日)まで休みと言われた。
 

葬式の後、1組の生徒だけで簡単な会食をした。ただし23名の生き残った生徒の内出たのは15名である。残りの8名は精神的にひどくショックを受けていて、しばらく自宅で静養するという話であった。なお、死んだ担任に代わって、教頭先生だけが同席した。
 
「俺、男でひとりだけ助かって、何か申し訳無いような気がする」
とトマスが言うとニッケが
「俺も居るけど」
と言う。
 
「いや、お前が助かったので、俺ちょっとだけ救われた気分なんだよ」
とトマス。
 
するとイリヤが
「男だというのが申し訳無いのなら、男はやめて女の子になる?」
と言うが、トマスは
「それは嫌だ」
と答える。
 
「だけどあんた、私たちのおっぱい随分見たからなあ」
とイリヤ。
「できるだけ見ないようにしてたよ」
とトマス。
 
「トマスは罰として女湯連れ込みの刑だな」
「勘弁して〜」
 
ボクは内務大臣賞をやると言われたが辞退した。クラスメイトの男子たちの犠牲を考えたら、そんなもの欲しくない。
 
「でもあんた性転換してなかったら、最初に殺されてたね」
とボクはネリカに言われた。
 
「うんうん。女の子になってて良かったね」
とケイカ。
 
「トマスじゃないけど、ボクもなんかそれが後ろめたい気分」
とボクは言う。
 
「だけどハルアが生き残ってなかったら、事件はまだ解決に時間が掛かってたよ」
とアリナは言った。
 
「同感。ふつうの子なら、完全武装した相手を一発で射殺できないもん」
「そうそう。警官が感心してたね」
 
「自分たちは防具に身を固めているし、女の子が撃つピストルだから、万一こちらを撃とうとしても大丈夫だろうと踏んで、ピストル渡したのだと思う」
とニッケが言う。
 
「でも悪い奴とはいえ、人を撃ったのは正直良心が咎める」
「撃たれるよりは撃たないとね」
「それお父ちゃんも言ってたなあ」
 
「でもハルア、なんであんた自らセックスの相手を名乗り出たの?」
と訊く子がいる。
 
「だってボクはまだ女の子になりたてで、妊娠することないから。他の子がやられたら妊娠してしまう可能性あるじゃん」
とボクが言うと
 
「侠気(おとこぎ)があるな」
とトマスに言われる。
 
「女だから、女気(おんなぎ)だね」
とイリヤが訂正する。
 
「トマスも妊娠しなかったよ」
とボクは言う。
「だけど俺は男とはセックスできないよ」
とトマス。
「まあその時点でバレて射殺されていたな」
とネリカが言った。
 
「やはりこの機会に、男とセックスできる身体になるため性転換手術を受けよう」
「だからそれは絶対嫌だって」
 

1月上旬。予定より少し早く父が帰国したが、事件のことを向こうで聞いて、ボクの無事な顔を実際に見るまでは気が気じゃ無かったと言っていた。
 
「お父ちゃんはピストル使った?」
「今回は使わずに済んだ」
「良かったね。人を撃つのって、やはり気分良くないよ」
「しかしさすが青いリボンをたくさんもらっただけのことはある」
と父。
「それたくさんみんなからも先生たちからも言われた。射撃の先生から、お前、射撃だけは男子と一緒に授業受けない?とか言われたけど断った」
とボク。
 
「あんた料理の授業気に入っているみたいだしね」
と母が言う。
「うん。凄く楽しい」
「ここの所、ハルアが晩御飯作っているのよ」
と姉が言うと
「へー。やはりお前元々女の子になる素質があったんだよ」
と父は言った。
「へへへ。そうかも」
とボクは微笑んで答えた。
 

1組の男子がトマスとニッケ以外全員死亡、担任も死亡という事態を受けて、1月からクラスの再編が行われ、ボクたちは複数のクラスに分散して授業を受けた。
 
1組の教室は死んだ男子生徒たちの血や、人質になっていた女の子たちがしたおしっこなどの跡、それに銃弾の跡などで、とても清掃不能ということで内装が全部交換されることになり、閉鎖されていた。4月からも普通教室ではなく、会議室として使うという話であった。
 
ボクは性感染症にやられていないか、1ヶ月おきに何度も検査されたが、特に異常はなく、無事だったようである。また妊娠した様子も無かった。
 
2月頃、ボクはクリスマスプレゼントにもらったピアスを初めてつけた。
 
「ようやくクリスマスブーツの中身を全部使えた」
「良かったね」
と母が言う。
「まあ女の子の身体がクリスマスプレゼントみたいなものだったかもね」
と姉。
「女の子の身体はブーツには入らないからね」
と母は言った・
 
そして3月下旬、ボクは初めての生理を経験した。最初はどこを怪我したんだろう?と焦った。
 
「もう始まっちゃったのね!」
と母が驚いたように言った。ボクは初日はお姉ちゃんのナプキンを借りて使った。
 
「あとで薬屋さんに行って自分の好きなのを買ってくるといいよ」
「うん。アリナでも誘って見に行ってみる」
 
「でも早かったね」
と姉も言う。
 
「たぶんあの事件でセックスしたので刺激されたんじゃないかなあ」
とボク。
「事件自体のショックもあったかもね」
と母。
 

事件はあっという間に風化していった。
 
4月からはボクたちは中学3年生になったが、あらためてクラスの再編が行われボクたちはまるで何事も無かったかのように、新しいクラスで勉学に励んでいた。ボクも随分女の子としての生活に慣れていった。そしてボクは5月頃にはもうAカップサイズのバストができていた。
 
「だいぶ膨らんで来たね」
と春の内科検診の時に、アリナがボクの胸に触りながら言った。
 
「なんかこういう場所に居るのに慣れた気がする」
とボクは検診を受けるのに待っている保健室の中で言った。みんな服を脱いでパンティだけの格好になっている。ボクはみんなのおっぱいを見ても特に何も思わなかった。
 
「ああ、去年までは男子たちと一緒に検診を受けたんだよね」
 
「なんボクずっと前から女の子だったみたいな気がしてしまって」
「実際ハルアは自分が女らしい性格だということに気づいてなかったんだよ」
「そうなのかも」
 
「温泉とか結構行った?」
「お姉ちゃんに毎週のように連れて行かれた」
「それで女性のヌードがあふれている状態になれたのかもね」
「そんな気もする」
 

「ところでニッケ君とはどこまで行ったの?」
とアリナから突然言われて僕はむせた。
 
「3回デートして、映画館と動物園と遊園地に行っただけだよぉ」
とボクは答える。
 
「セックスしてないの?」
「していいよと言ったけど、もう少しおっぱいが大きくなってから抱かせてと言うからOKした」
 
「キスした?」
「まだしてない」
「しようと言われなかった?」
「見つめ合って微笑んで、でもキスする勇気無くて。また今度にしようかと言い合った」
「それ絶対次はキスまで行くね」
「え〜!?」
 
「そのままセックスしてもいいよね」
「それは彼が求めたら応じる」
 
「避妊具ちゃんと付けてね」
「避妊具持ってる?」
「男の子とデートすると言ったら、お母ちゃんから1枚渡された」
「うん。いつも持っておいた方がいいよ」
「デートする時は10枚くらい持ってた方が良い」
「そんなに使うの!?」
 
「でもハルア可愛いもん。ニッケもいいガールフレンドをゲットしたと思うよ」
とネリカ。
 
「そもそもハルアって、女の子になったらこの子もてるよね、と前からみんな言ってたんだよ」
とイリヤから言われる。
 
「まあハルアは小学校の内に性転換していてもよかったね」
とアリナ。
 
「ボク自身は、そんな気は全然無かったんだけどね」
 
「ところでハルア、いいかげん男の子みたいに『僕』と言うのやめたら?」
とネリカが言う。
「そうそう。『わたし』とか『あたし』と言いなよ」
とエミカが言う。
 
「ハルアはあらたまった場所ではちゃんと『私』と言っているんだけどね。それに男の子の前でも『私』と言ってる」
とボクをよく観察しているアリナが言う。
 
「だったら女の子同士で話す時も使えばいいのに」
 
「なんか恥ずかしくて」
とボクは言う。
 
「でもハルアの使う『ボク』って男の子たちが使う『僕』とは微妙にイントネーションが違うんだよなあ」
 
「ああ、それは昔から思っていた」
 
「たまに居るボク少女のイントネーションだよね」
「やはりハルアは最初から女の子だったんだろうね」
 
 
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【クリスマス事件】(下)