【男の娘宣言】(1)

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**世紀に入った頃から、世界的な傾向として男女の出生率に明確な差が出始め、古くは男女の出生比率は51:49から52:48くらいと言われたのが、明白に男の子が生まれる比率が高くなり、**40年現在、70:30くらいになってしまった。つまり女子は男子の半分くらいしか生まれない。
 
原因は気候の変動であるとか、性攪乱物質の影響とか言われるが、よくは分からない。この性比のアンバランスに対応するため、多くの国で男性同士の結婚が認められ、国によっては男性2人と女性1人という一妻多夫(polyandry)も認められるようになった。また、男性同士のカップルが養子を取ることの推奨が行われ、貴重な女子を守るため、女性の労働者の保護、子供のいる女性への支援策が広く採用されるようになった。
 
例えば多くの国で、妊娠中の女性・1歳未満の子供のいる女性はいかなる理由があっても解雇できないことになった。不祥事を起こしたり素行不良だったりして自宅待機を命じたとしても、給料は払い続ける必要がある。妊娠中の女性や1歳未満の子供のいる女性は公共交通機関も病院もタダである。子供の医療は5歳まで無料で、特に女子は20歳くらいまで無料である。また女の子には12歳程度になるまで補助金が出る国も多い。
 
この補助金欲しさに本当は男の子なのに女の子として出生届を出す例も随分発生したが、当然小学校に入る時にはバレる。その場合、下記のいづれかが必要とされた。
 
・性別訂正届けを出して過去に受けとった補助金の返還(分割払いOK)
・本人が同意すれば“声変わりが起きるまでに”機能的に女性になる治療を受ける。
 
ここで機能的な女性とは
(1)睾丸が無いこと
(2)男性との性交が可能な器官を備えること
 
が必要とされた。胸の大きさなどは問わない。男性との性交が可能ならペニスが存在していても構わない。IPS細胞技術の発達した現代では卵巣や子宮などを埋め込む女性能力獲得手術が行われるのが普通である。
 

J国では女子を守ることを主眼として「女の子保護法」が制定された。
 
・女子は小学・中学・大学の校費(給食費・教材費・制服代など)が無料。
 
J国は小学校6年間・中学校6年間でここまで義務教育(授業料は男女ともに無料)。中学を卒業すると大学(6年間)に進学可能だが、男子の場合は兵役を終えてから大学を受験しなければならない(後述)。また男子は大学の授業料を払う必要がある。
 
・30歳以下の女子は交通機関、病院代が無料。
・妊娠中の女性、および3歳以下の子供がいる女性は年齢によらず病院代・交通機関が無料。
 
(現代では交通機関といえば、バス・レンタカーがメイン。一部の区間では磁気道(中世にはリニアモーターカーと呼ばれたもの)や索道(ロープーウェイ)も運行されている。なお、自動車は中世頃までは人間が運転していたらしいが、今日では自動車は目的地を設定すればそこまで勝手に移動していくものであり、誰かが運転装置を操作する必要は全くない。人間が運転していた時代には毎年何万人もの人が自動車事故で死亡していたらしいが、現代では自動車の事故による死者は全世界でも毎年数百人程度である)
 
・40歳未満の女性をレイプした者は原則として死刑。強制猥褻をした者は去勢。
・女子は徴兵免除(男子は18歳になったら徴兵検査を受け最低4年間の兵役に就く)。むろん女子でも本人が希望すれば兵役に就くことは可能。
 
・女性保護のため、女子トイレ・女子更衣室・女性専用車両・女性専用休憩室・女湯・婦人科などの入口は女性であることが内蔵チップに記録された市民登録証が無いと通れない。(男の娘認定証や女装許可証など、例外的に女性でなくてもこれらのゲートを通れるカードは存在する。カードにより許可される範囲が違う)
 
・女性が勝手に進入して事故に遭わないよう、男子トイレ・男子更衣室なども男性であることが内蔵チップに記録された市民登録証が無いと入口を通過できない。(女の坊認定証や男装許可証などがあれば通れる)
 
・中性の場合は本人の身体状態により、使用できる場所が異なる。
 
・5歳以上(幼稚園児は全員)18歳未満(中学生は卒業まで)の女子は運動や儀式・演劇の時などを除き、ショートスカートを穿かなければならない。実はスカートを穿いていることで交通機関などが無料で利用できる。また病気などの事情がない限り、10cm未満の短い髪は禁止。
 
・5歳以上(幼稚園児は全員)18歳未満(中学生は卒業まで)の男子は運動や儀式・演劇の時などを除き、ロングパンツを穿かなければならない。また病気などの事情がない限り、20cm以上の長い髪は禁止。
 
つまり10-20cmの間の髪は男女ともにOKということになる。
 
・18歳以上(中学生は卒業後)は髪の毛も服装も自由である。女子がパンツを穿き丸刈りなどにしてもいいし、男子がスカートを穿きロングヘアにしてもよい。
 

もっとも兵役に就いている間は男女ともに強制的に丸刈りでパンツ型の戦闘服を着ることになる。
 
成人女子のパンツ派はだいたい5割と言われる。男子のスカート派はだいたい5%程度と言われる。スカートを穿く男子は、立っておしっこすることができないので、彼らのために、公衆トイレやビルのトイレの男子トイレには原則として個室を2個以上設けることになっている。逆に女子トイレにも最低1個、立っておしっこができる小便器が設けられていることが多い(無い場合もある。特に小学校・中学校の女子トイレには無い)。
 
中世以前においても女子のパンツが特に変に思われなかったように、J国では男子のスカートも特に変とは思われない。個人の好みの範囲と考えられている。もっとも女性指向のある人にはスカート派が多いし、歌手など芸能人の男の子にもスカートを穿いている子が多い。むしろ美形男子タレントはスカートを穿くものと思われている。また中には男子社員の制服にスカートを採用している企業もある。飲食店や洋服店にはスタッフの男性がスカートを穿いているお店は多い。
 

レミはいつものようにシャツを着てロングパンツを穿いて朝食に出て来たのだが、母から
「あら、今日から性交換でしょ?」
と言われる。
 
「あ、そうか」
と言ってレミは自分の部屋に戻ると、服を脱ぐ。シャツを脱ぎ、パンツを脱ぎ、アンダーシャツを脱ぎ、男の子用トランクスを脱いだ。
 
男の子たちの中にはボクサー派が多いけど、レミはトランクス派だ。それはトランクスにはちんちんを出す穴が無いからというのが実はある。ボクサーやブリーフは身体にフィットするので、ちんちんを出す穴が付いているが、トランクスはゆとりがあるのでちんちんはトランクスの脇たら出して排尿できる。そのため、前の穴を開けないものが多い(開けてあるものもある)。
 
全部脱いで裸になった後は、タンスの一番下の引き出しを開けると、少しドキドキしながら女の子用ショーツを取り出す。今日はイチゴ柄の可愛いショーツを選んだ。
 
ちんちんを後ろ向きにしてショーツを穿く。この感覚も悪くないよなあという気がする。女の子用アンダーシャツを着る。機能的には男の子用と変わらないけど、裙の所にレースのような装飾が付いている。これ可愛いよねと思う。この服はこの性交換月だけ着られる。レミはまだ小学4年生だから、下着はこれだけだけど来年からはこれにブラジャーもつけることになる。それはちょっと楽しみだよなという気もしている。
 
ブラウスを着るがボタンの付き方が逆なので留めにくい。女の子たちは特に気になったことはないと言っているから、きっと慣れなのだろう。そしてレミは最後にスカートを穿いた。スカートを穿いた時は歩き方から変えなければならない。パンツを穿いて歩く時とは足の使い方そのものが違う。スカートの歩き方でパンツでも歩けるけど、そういう歩き方をしていると叱られる。だからパンツの時はパンツの歩き方、スカートの時はスカートの歩き方をしている。女の子たちは外出する時はスカート、家の中ではパンツを穿いている子が多いから、自然と両方の歩き方を覚える、なんてビビちゃんは言ってたなあ、などと思いおこす。
 
「レミちゃんは外ではパンツ穿いても、家の中ではスカート穿いてるんだよね?」
「家の中でもパンツだけど」
「家の中では自由なんだからスカート穿けばいいのに」
などとビビちゃんは言っていた。
 

それでレミは全身女の子の服を着けて居間に出ていった。
 
「お、可愛い」
と姉のメルが言った。
 
「ちょっと恥ずかしいけどね」
 
「レミお兄ちゃん、いっそ女の子になればいいのに」
と妹のアスカが言う。
 
「アスカは男の子になるつもりはないの?」
「無い無い。まあ性交換月間は男の子の服が着れるし、軍事教練もあって楽しいけどね。私も早く射撃とかしてみたいなあ」
「2年生までは弓矢しか使わないからね」
 
「でもほんとレミ、あんたも女の子になる?あんた素質がある気がするけど」
とメルは言う。
 
「それはちょっと自信無いなあ」
「女の子になれば戦争に行かなくて済むよ」
「それはそうだけどね」
「あんた的(まと)は撃てても、人間は撃てないでしょ」
「実はそれ悩んでしまう」
「戦場では撃たなかったら撃たれるだけだけだからね」
 
J国自身はもう50年以上戦争をしていないが、世界連盟軍に参加して紛争地域への派遣もあるので、毎年50人くらいの戦死者が出ている。実は訓練中や警戒行動中の事故死者はもっと多く毎年200人くらい死んでいる!特に体力のない男子は高確率で訓練中に死亡するという説もある。それを嫌がって18歳になる前に性別変更して女性になる人も多い。
 
もっとも女性に性別を変更するためには、性別審査委員会で女性としての適性があると認められなければならず、特に16歳以上の場合は、共通学力テストで3科目以上で満点を取るか、認定されている全国規模の音楽・美術・舞踊のコンクールで入賞、あるいは州規模の同類のコンクールで優勝あるいは準優勝していることも求められる。要するに、学問や芸術の分野で活躍する見込みのある人には、女性に転換して兵役を回避することを認めるシステムである。
 
ただし声変わりが済んでいる中学生男子はよほどのことがない限り女性への性別変更は認められないので、性別変更を考えている人は抗男性ホルモンを処方してもらって男性化を抑制しておく場合も多い。抗男性ホルモンの処方には審査が必要という建前だが、実際にはいちいち申請する人は居ない。
 
(中学卒業後の4年間の兵役が済んでいる人は声変わりしていても男性から女性または中性への性別変更が認められる)
 

レミは朝御飯を食べると学校の道具が入ったカバンを持ち
「行ってきます」
と言って、家を出た。夏の風がスカートで覆われていない膝下の回りに絡みつくように吹き抜けていく。スカートならではのこの感覚は半年ぶりだけど快感である。ボクってもしかしたら女の子になる適性あるのかもねという気もした。
 
「おはよう」
「おはよう」
 
と教室で挨拶を交わす。男子はみんな女の子の格好、女子はみんな男の子の格好をしている。
 
これから1ヶ月間は性交換月間である。
 

J国では性別の適性を確認するのと、お互いに異性への理解を深めるため、小中学校の生徒は、毎年2回、1ヶ月にわたって異性の服で通学することになっている。
 
小学1年,中学1年→9月,3月
小学2年,中学2年→7月,2月 (8月は夏休みなので)
小学3年,中学3年→7月,1月
小学4年,中学4年→6月,12月
小学5年,中学5年→5月,11月
小学6年,中学6年→4月,10月
 
(但し、既に性別移行した人は免除。また中学生の場合は届けを出すことで不参加にできるので実際には性別移行を考えている子以外は性交換をしない)
 
この性交換月間の間はトイレも交換になる。
 
女子の服装をしている男子は女子トイレを使用して座っておしっこをするし、男子の服装をしている女子は男子トイレを使用して立っておしっこをする。女子用の立ち小便器具は普通に売られていて
「普段でも立っておしっこしたい」
と言う女子はわりと多いが、18歳になって中学を卒業するまでは女子の立ち小便は原則禁止である。(中学卒業後は自由)
 
体育の時に使用する更衣室も、女子の服装をしている男子は女子更衣室、男子の服装をしている女子は男子更衣室を使用するが、どこの学校でも使用時間を管理して、他の学年の子と混じらないようにコントロールされている。要するに普段と別の部屋を使うだけで、一緒に着替えるメンツは普段と同じである。
 

レミも含めクラスメイトの男子たちは、みんな女子の服を着ているのだが、その中で、ひとりドミナが男子の服を着ているので、ハルキが尋ねた。
 
「ドミナ君、なんで男子の服着てるの?性交換月間、忘れてた?」
 
「ボク男の娘宣言したの」
「宣言したんだ!」
「これ市役所でもらってきた宣言受付証」
と言って彼(彼女?)はてのひらサイズの赤いカードを見せる。
 
「それでボク、女の子扱いということになって、それで性交換だから男の子の服を着なさいと言われて、これを着てきた」
 
「なんだかよく分からない」
という声もある。
 
「うん。ボクもよく分からない」
と本人も言っている。
 
「ああ、ドミナちゃん、男の娘になったんだ?だったら一緒に男子トイレに行こうね」
と男子の服を着た女子の委員長スレンが言う。
 
「うん。よろしくね」
とドミナ。
 
「ドミナちゃんは早く男の娘宣言すればいいのにと思ってたよ」
「体育も一緒に男子更衣室に行こうね」
「はずかしぃ」
「すぐ慣れるよ」
 
ドミナは男の娘宣言をしたので、この1ヶ月間は男子トイレを使用し、男子更衣室を使用することになる。でも女の子たちと一緒に着替えるの、最初は恥ずかしいだろうなとレミは思った。
 

「男子トイレでは、ちんちん使うの?」
とひとりがドミナに尋ねる。
 
「ちんちん使うのは禁止なのよ。だから普通に女子用立ち小便具を使うよ」
「どうやって使うの?」
「簡易女子化キットつけてるから、キットの尿道口に立ち小便具の受尿口を当てておしっこする。昨日だいぶ練習した。でもおしっこの通る距離が長い」
「ああ」
「なんか大変そう」
「ちんちん2本分通して、おしっこするのか」
「男の子って大変ね」
「もうちんちん切ってもらえばよかったのに」
「それはまだ心の準備が」
「でもどうせ切るんでしょ?」
「まだ決めてないよぉ」
「早く切っちゃえばいいのに」
 
通常、女子の尿道は5cm, 男子の尿道は15cm程度と言われるが、その長さの差はペニスの分である。女子用立ち小便具は内蔵している尿道が8cm程度あるので、ドミナは23cmくらいの長い尿道を通して排尿することになる。どうしても残尿感が出るだろうなと心配した。
 

この1ヶ月間は男女で授業内容も交換される。
 
通常は男子だけに課せられている射撃、シミュレーターによる戦闘機操縦、などを女子が学ぶ。女子の中にはこれが楽しみという子も結構いる。サユリなどドッグファイトで他学年の男子を30機撃墜などという恐ろしい成績をあげて「お前、男になるつもりはないか?あるいは女子将校にならんか?」と誘われていた。
 
体育でも男子だけの競技である、アートスイミングやバレーボールを女子がする。アートスイミングにしても普通の水泳の授業にしてもこの1ヶ月間は女子は男子水着を着けてやるので、バストを曝すことになる。それで女子が授業をしている間、プールは男子立ち入り禁止になる。女子のアートスイミングはとても美しいらしく、どうしてこの競技って女子は無いのだろうと不思議に思うと言っていた子もある。
 
なんでもアートスイミングはこの競技が生まれた頃は女子だけの競技だったのが、いつの間にか男子だけの競技に変わってしまったらしい。逆に今ではベースボールというと女子の競技だが、昔は逆に男子だけの競技だったらしい。
 
ベースボールというとミニスカートのユニフォームが格好良いが、昔男子がベースボールをしていた頃もミニスカートだったのだろうか?という点については、学説が別れており、確かなことは分からない。
 
そういう訳でレミたちはこの1ヶ月間は、本来は女子だけの競技であるベースボールとかラグビーを体育の時間にはやった。それ以外に、調理、衣服などの科目もある。衣服の時間にはレミたちの学年では自分用のスカートを縫う実技が行われた。
 

その日レミはバレロのレッスンに出て来ていた。
 
レオタードに着替えて、最初は柔軟運動をする。お股を180度開脚して上体を曲げ、足に付ける運動をする。またバーを使用して、それを握って身体を支えて、足を頭くらいの高さまであげる。
 
まだ小さい子はなかなか身体がうまく曲がらないようだが、長くやっていればみんな柔らかくなっていく。
 
この日は通常のレッスンをした後で、昇級試験が行われた。レミは現在4級なのだが、3級の課題をきっちりこなし、合格を告げられた。
 
「やった!」
「来週からはチュチュを付けられますよ」
「嬉しいです!」
 
チュチュはスカート型の舞踊衣装で、3級以上の子だけが着けることが許される。
 

バレロは中世の舞踊“バレエ”が元になって300年くらい前に生まれた舞踊である。中世のバレエというのがどういう舞踊だったのかは研究者により様々な説があり、よく分かっていないが、当時は男女が違うタイプの衣装を着けて踊っていたらしいし、男女で踊り方も違っていたらしい。
 
現代のバレロは男女の別がなく、みんな同じタイプの衣装を着けるし、男女で特に踊り方に差は無い。役柄の上で男女があるだけである。
 
例えば1級以上のテクニックとされるアラベスクのポーズは昔は主として女性の踊り手だけがおこなっていたらしいが、現代では男女ともにおこなう。そもそもバレロで使用するトゥシューズも、昔は女性だけが履いていたらしいが、現代では5級以上の踊り手は基本的にこれを履いて踊るものとされる。レミも小学2年生の時に5級になって以来、トゥシューズで踊ってきている。
 
しかしレミも今年3級に合格して、チュチュを着けられることになった。
 
幼稚園くらいから始めた子は小学6年生で3級を取る子が多く、中学生以上がチュチュを着けるというイメージがあるのだが、レミは上達が早く、4年生で3級になったので、早くチュチュも着けられることになった。
 
チュチュってスカートみたいでいいよなあ、などとレミは思った。
 

今年末のバレロ教室の発表会の演目が決まった。古典的な演目である『ナッツ売り』である。そしてレミはこの演目で前半の主人公となるクララを演じないかと言われた。
 
「わぁ、ボクがしていいんですか?」
「この演目の後半の主人公はお菓子の国の女王で、それはマドラちゃんが踊るんだけど、前半中心になるクララは年の若い男の子が演じるのが普通だからね。まだ4年生なのに3級になったレミちゃんがいいのではと先生たちの間で意見がまとまったのよ」
 
「嬉しい!ぜひやらせてください」
 
『ナッツ売り』は古いバレエ時代の演目『くるみ割り』というものがベースになっているという説もあるが、別の説もある。『くるみ割り』(**)というのは、伝説的な作曲家ピョートル・イリイチ・チャイコフスキーが作ったとされる“三大バレエ”のひとつだが、チャイコフスキー自体が現代では架空の人物とする説が有力で、彼が作ったとされる“三大バレエ”『くるみ割り』『眠る森』『白鳥』も、実際にはその当時の数人の作家による作品であろうと言われている。またそもそもこの三大バレエの本来のストーリーも現代では不明である。
 
(**)割とどうでもいいことだが、“くるみ割り”はnut crackerと呼ばれるのに実は、くるみ(walnut)はナッツではない!植物学的にナッツに分類されるのはヘーゼルナッツ(hazelnuts)、クリ(chestnuts)、どんぐり(acorns)などであり、くるみ(walnuts)、アーモンド(armonds)、ピスタチオ(pistachios)、ペカンナッツ(pecannuts)などは植物学上のナッツの定義に当てはまらないらしい。
 
(**)物凄くどうでもいいことだが、英語では chestnuts(くり)は睾丸の隠語、acorn(どんぐり)は陰茎(先端)の隠語である(どんぐりの形を想像して欲しい)。しかし日本語では「クリ」といえばむしろ女性の陰核を意味する。英語の睾丸と日本語の陰核が交換可能??なお英語のclitorisの発音は「クリタリス」くらい。語源的にはclimax(クライマックス)と同根で「丘の斜面」という意味だったという説もあるとのこと。“鍵”という意味で女性の性感を開く鍵ということだったという説もあるらしい。
 

『ナッツ売り』のもうひとつのルーツと考えられているのが、メソポタミア地方で行われていたキュベレ祭りで行われていたという儀式である。この儀式では選ばれた美少年が前半では男の衣装を着けて勇壮な踊りを踊るが、儀式のちょうど折り返し点で睾丸を除去され、女の衣装に着替えて女性的な踊りを踊るというもので、睾丸の除去は当時の祭りでは本当に実行され、女名前も与えられるので、以降その少年は少女として暮らすことになったともいう。キュベレという女神には元々男の子の睾丸を貢ぎ物として捧げる習慣があったらしい。
 
現代の『ナッツ売り』では、第1幕、主人公の少年クララはネズミの軍隊と闘いこれに勝利する。この前半ではクララの勇壮な踊りが見所である。そして第2幕でクララはネズミを倒してくれた御礼にと、猫のお医者さんに手術され女の子になってしまう。そして第3幕では、ナッツ売りに導かれてお菓子の国に行き、歓迎されて、多数のお菓子の精たちと一緒にクララは踊る。第2幕最後の踊りと第3幕の多数の踊りは女性的な優美な踊りである。美しい調べにのせたお菓子の国の女王の踊りを経て最後は『花のワルツ』という曲で出演者全員が踊って大団円となる。この『花のワルツ』の曲と、演目先頭の『行進曲』は古いバレエ時代から受け継がれてきた古代の曲であると言われている。
 
唐突に出てくる案内役の“ナッツ売り”の意味は実はよく分かっていないが、あるいは元々は第2幕に出てくるネコの医者と同じキャラクターだったかもという説もある(現在は医者の助手である)。元々このお芝居では昔は本当に主役の男の子の睾丸を潰していたので、睾丸を潰すのがナッツ割りにたとえられたのではという説である。むろん現代ではクララ役の男の子が睾丸を潰されたり除去されたりすることはない。
 
「希望すれば実際にステージ上で睾丸を除去してもいいけど」
「いえ、遠慮します」
 
それでレミは前半ではズボンを穿いた男性衣装、後半はスカート(チュチュ)をつけた女性衣装で踊ることになり、第2幕で“女の子になる手術”をされることになった。むろん3級以上でないとチュチュは穿けないので、これは3級以上の男子にしか務まらないのである。
 

6月の学校での性交換月間が終わると、また通常の性別での通学に戻る。レミは7月1日の朝、うっかり女の子の服を着て朝食に出て来て
 
「今日から元の性だよ」
と言われて
「あっそうか」
と言って部屋に戻り、男の子の服に着替えたが、1ヶ月間女の子の服を着ていたので、男物の下着をつけたり、ロングパンツを穿いたりするのに違和感を覚えた。
 
「レミのスカート姿も可愛いのにね」
「お前も男の娘宣言しちゃう?」
「えー?ボク女の子になるつもりはないよ」
とは言ったものの、レミは女の子用ショーツもスカートもいいけどなあ、という気がした。
 

性交換月間が終わったので、先月頭に男の娘宣言をしたドミナちゃんはキュロットを穿いて通学してきた。男の子たちからは「可愛いね」と言われ、女の子たちからは「早くスカートを穿けるといいね」と言われていた。
 
J国では男の子はロングパンツ、女の子はショートスカートを穿くが、男の娘宣言をした子はしばらくの間、ショート・キュロットを穿くことになっている。キュロットは左右の足を通す部分が分かれているので法的にはパンツに分類されるが見た目はスカートなので、法的に男の子であっても許される服なのだそうだ。
 
逆に女の坊宣言をした女の子はパンツスカートというものを穿く。シルエットはパンツなんだけど、前後に凹みが作られているだけで左右の布は物理的につながっている。実際には真ん中の窪みは細くて足が通らないので、ほとんど普通のパンツと変わらない。幾何学的にスカートなだけである。しかし法的にはスカートなので法的に女の子であっても許されるらしい。
 

その日学校が終わってから、ドミナちゃんが性別審査委員会の審査を受けるというので、担任の先生、クラスの代表2名が本人・保護者と一緒に市の性別局の性別審査委員会に行ってきた。むろん無事性別移行審査には通ったらしい。男の娘審査はふつうは男の娘宣言と同時に受けるのだが、ドミナちゃんはちょうど性交換月間にぶつかったので、終わるのを待ってから審査を受けた。
 
女性への性別移行審査に通るには下記の条件が必要である。
 
・前提条件として声変わりが来ていないこと。
・学校の成績が平均70点以上、またはどれか2つ以上の教科で90点以上であること。
・見た目の雰囲気が女性的であること。
 
本人の家庭や学校での様子が尋ねられるので、担任やクラスメイトなども呼ばれる。そもそも性別移行しようという子はたいてい、そういう雰囲気の子が多いし、だいたい本人の希望に沿ったことを言ってあげるのが普通なので、よほど違和感のある子以外はこの問題で却下されることは少ない。ドミナは3年生の時の成績が平均81点だったので、成績もクリアできた。
 
逆に男性への性別移行審査では下記の条件が課される。
 
・妊娠中ではないこと(出産後1年したら移行してもよい)
・全国共通体力テストで80点以上をマークしていること。
 
女から男になるほうが緩そうだが、実際には男→女の審査は9割くらい通るのに対して、女→男の審査は1割しか通らない狭き門である。これ女性が足りないという根本的な事情がある。そのため、出産を終えている女性(**)の場合は、ほぼ希望どおり男に性転換することが認められる。
 
(**)下記の場合は出産を終えているとみなされる。
・前提として妊娠中ではない、また出産後1年以上経っている。
・40歳以上は無条件でOK
・35歳以上は子供が最低1人いること
・30歳以上は子供が最低2人いること
・28歳以上は子供が最低3人いること
・26歳以上は子供が最低4人いること
・25歳以下は原則として不可。
 

そういう狭き門である女→男の審査にポリカが通ったとして、彼女はパンツスカートで通学を始めた。彼女は体力テストの成績が95点でクラスのどの男子よりも腕力がある。
 
「まあお前なら男になってもいいよな」
と多くの男子のクラスメイトから言われた。
 
彼女は先月1ヶ月使用していたような、女子用立ち小便器具ではなく、簡易男子化キットを取り付けられてたらしい。
 
女子用立ち小便器具は尿道口の所に受尿口を当てて、筒状またはハーフパイプ状の導路を通して小便器のらっぱの中に排尿するが、あくまで導尿器にすぎない。しかし簡易男子化キットは、見た目がふつうに男性器である。
 
人工皮膚で表面を覆われていて、循環する内部の液体により体温より少し低めの温度になるようになっている。陰嚢の中にシリコン製の睾丸も入っていて、いわゆる“ブラインドテスト”でも本物の陰茎・陰嚢と区別がつかないとされている。
 
これを取り付けた、まだバスト未発達の女子は公衆浴場では男湯に入ることが求められる。ポリカはまだおっぱいは膨らんで来ていないので、既に男湯を体験してきたと言っていた。彼女の場合、そもそも雰囲気が男の子なので、これまで女湯に入る度に悲鳴をあげられては
 
「あら、あんた、ちんちん付いてないのね。女の子だったんだ?ごめんね、悲鳴あげちゃって」
などと言われていた。
 
しかし男湯に入るとノートラブルだったので、凄くリラックスして入浴できたと言っていた。
 

なお、簡易男子化キットのペニス部分を握って往復運動すると、その底部がちょうどクリトリスを刺激するようになっていて(クランクなどにより回転運動に変換される)、性的快感を得ることができる。そしてクリトリスが勃起すると、それを検知してペニスも勃起するようになっていて、快感の頂点でちゃんと“射精”も起きるようになっている。射精されるのは“人工精液”で、精子が入っていないことを除けば、見た目も手に付着した時の感じも精液そっくりである。(キット内で生産されるので補充する必要は無い)飲んでも安全らしいが、レミたちはそれを“飲む”というシチュエーションをまだ知らない。
 
ポリカは昨日は2回もオナニーしたなどと言って、男子たちから
「男なら普通」
と言われて嬉しそうにしていた。
 

なお、女の坊宣言して、男性への性別移行が性別審査委員会でも認められた女子は、6ヶ月間にわたり、毎月卵子の採取を受けなければならない。これがとても痛いらしいが、ポリカは頑張ると言っていた。採取した卵子は子供が作れないカップル(多くは男性同士のカップル)の夫側の精子と人工授精され、妻側の子宮、あるいはボランティアの代理母さんの子宮に投入されて10ヶ月後には赤ちゃんが生まれる。つまり、ポリカを遺伝子上の母とする子供が最大6人(双子などができた場合はそれ以上の場合も)できることになる。
 
女性が少ないので、女性としての生殖能力を放棄する前に、卵子だけでも提供するというのが義務になっている。
 
(女性同士の夫婦の場合は、親族やボランティアから提供してもらった精子で妊娠して出産する。ボランティアの精子提供は大学院在籍者・司法学校在籍者・医学学校在籍者、国民体育大会出場者・J国代表として国際スポーツ大会に出場した人など、限られた男性にしか認められていない。年齢も30歳未満であることが必要である。
 
なお卵子採取を6回以上おこなった女の坊は、卵巣除去の手術を受けることが許される。これは本人が希望しなければ受けなくてもいいが、受けないと完全な男性に移行することはできない(仮男性にはなれる)。
 
男性への性別移行が認められた段階で市民登録上の性別は女性から中性に変更されているが、性別を男性にするためには、卵巣の除去と陰茎の獲得が必要である(陰嚢・睾丸は任意)。
 
陰茎の獲得方法には次の5種類の方法がある。
 
(1)陰核を肥大化させて、尿道を延長し陰核の先端部から排尿できるようにする。陰核が勃起時に5cm以上あって排尿機能もあれば陰茎として認定される。この場合、陰唇を閉じる手術も必要で、陰茎の長さは陰唇を閉じてできた新しい皮膚面から5cm以上無ければならない。通常この長さまで陰核を発達させるには男性ホルモンの3年以上の継続投与が必要と言われる。性的な快感はこれが最も大きく、勃起性も良好。また元々の自分の身体をそのまま利用するのでこの方法を選択する人が最も多く全体の半数と言われる。ただ多くの天然男性のような12-15cmほどの長さのペニスを獲得することは難しい。
 
(2)上記に手術を併用するもので、多くは左右の小陰唇海綿体を2本の陰茎海綿体に転用し、陰核本体と合わせてペニスを形成する手術法。つまり陰茎本体は小陰唇と陰核本体から、陰茎の先端は陰核亀頭から形成する。手術の侵襲が大きく回復に時間がかかり、傷が治るまで何ヶ月も痛みに耐える必要があるし、そもそも手術の難易度が高くて、できる医師も限られる。またそれだけ痛い思いをしても、得られる快感には個人差が大きく、概して(1)の方法に劣るが、(1)に比べて遙かに大きい、10cm程度の長さのペニスを作ることができるのでこの方法を選択する人も2割ほど居る。
 
(3)他の男性の陰茎を移植する。事故死した人の陰茎を移植してもらえることもあるが、様々な理由で陰茎を提供してくれる人からの生体移植が行われることもある(父親が“新しい息子”のために自分の陰茎を提供する場合など)。ドナーがあった場合のみ可能なので、利用者はそう多くはない。
 
(4)人造ペニス(実際には簡易男子化キットのもっと精巧なもの)を身体に固定的に接続する。接着剤での接続は不可。“外そうとしたら痛いし血が出る”状態でなければならない。
 
(5)IPS細胞を作成して、それを男性器に育てて、移植する。但しIPS細胞から作った睾丸はちゃんと機能するものの、陰茎はちゃんと機能してくれないことが多く、結果的に女性との性交が不能な場合が多い(他の男性から移植した陰茎はちゃんと機能することが多い)。
 
IPS細胞から睾丸を作ってそれを移植する人は男性になる人のほとんどが行っている。古い時代にはシリコン性の偽睾丸を陰嚢の中に入れていたらしいが、これでは精子どころか男性ホルモンも生産されないので、男性ホルモンの錠剤をずっと飲み続ける必要が出て不便である。
 

なお、女性から男性に移行した人の場合、兵役の義務が法的には生じるのだが、兵役に就くかどうかは特例で本人の任意ということになっている。兵役に就かない場合は、社会福祉活動などを4年間おこなって、その代わりとすることができる。ポリカの場合は
「ボクは兵隊に行くよ」
と言っていた。シミュレーターでの戦闘機操縦の成績も良いし、射撃も得意な彼女なら、むしろ兵役に行ってきたいだろう。彼女の場合は、あれだけ優秀であれば、士官学校に推薦で入り、卒業後はいきなり少尉になるコースかも知れない。
 
(通常男子は中学を卒業したら4年間の兵役に就くが、士官学校に進学した人は4年間の士官学校での訓練を受けた後、准尉として陸軍・海軍・空軍・宇宙軍・海兵隊のどれかに配属され(五軍のどれに行くかは完全に本人の希望が認められる)、1年間の勤務で(不祥事がない限り)少尉になり、そのあとそのまま軍隊勤務になる。但し少尉になったあと6年間は勝手に除隊することはできない。つまり合計12年間は拘束されるが、士官学校の学費は無料で給与も支払われる)
 

7月5日には先月1ヶ月の性交換の“順応成績”が各生徒の保護者に通知された。レミは女子順応度90点であった。基本的にこの成績が70点以上の子は本人が希望すれば異性装許可証が発行してもらえる。90点以上の子は最初から発行され、この成績表に同封されてくる。そういう訳で、通知表には、レミの名義の《女子服装許可証》が同封されていた。
 
「お前、ずっと女の子の服で通学する?これがあればできるけど」
「要らない要らない」
「バスとかタダで乗れるのに」
 
この許可証を持ち、実際に女装で通学・外出した場合、バスなどの交通機関はタダだし、映画館・遊園地・博物館などにも無料で入場できる。また女子トイレ・女子更衣室・女性専用車両・女性専用休憩室なども使用できる。女湯などには入れないものの、かなり女子に準じた行動ができるが、これは性交換月間での成績が良かった小学生のみに発行されるもので、期限も半年間のみである。(特例として声変わりが来ていない場合は中学3年生までは利用できる)
 
実はレミはこの許可証を毎回もらっているものの一度も行使していない。クラスには実は2人、本当は男子なのに女子服装許可証で女装登校している子がいる(通常の女子生徒扱い)。あの子たちは多分今年か来年の内に男の娘宣言して性別移行するのだろう。また毎回許可証を発行されているのに、レミ同様ふつうに男の子の格好で通学している子も5人いる。性別移行はあくまで本人の意志次第である。
 

「へー。新型去勢機が開発されたんだって」
とその日、夕食の席で、ニュースを見ていた父が言った。
 
「新型?」
「睾丸を除去も破壊もしない去勢機」
「去勢にならないじゃん」
「ちゃんと世界性別規律委員会の認定を取ったらしいよ。これを使った場合、ちゃんと去勢証明書も発行される」
 
「どういう仕組み?」
「アロマターゼの分泌を促すんだよ」
「へー!」
 

歴史的な経緯では、100年ほど前に初めて開発された自動去勢機は“無血去勢機”とよばれるタイプで、出血させることなく、また傷口も作らずに去勢することができた。外側から圧力を加え、睾丸を潰して機能喪失させるタイプである。
 
使い方としては、睾丸の入った陰嚢を去勢機の内部に入れ、睾丸がスルリと逃げないように睾丸の付け根の部分をしっかり締める。それでスイッチを入れると一瞬にして睾丸は潰されて男性を廃業できる仕組みである。
 
確かに切開して血が出ることはないものの、痛みとショックは凄まじく、95%の被術者が気絶するし、心臓麻痺などを起こして死亡する人も毎年100人くらい居たという乱暴なものであった。
 
それでも病院で手術して去勢してもらうには審査が厳しいので、去勢機を使う人は多かった。
 

80年ほど前に第2世代の去勢機である“無痛去勢機”が誕生した。
 
使い方としては、無血去勢機と同様に睾丸の入った陰嚢を機械に填め込み、睾丸の付け根の所を固定してからスイッチを入れると、付け根の所を切断するというものである。最初に洗浄が行われ、消毒の上で部分麻酔注射が打たれ、注射の1分後に切断されるので、痛みも少ない。傷口は自動で縫合されるので、結果的にほとんど痛みは無い。ただ麻酔が切れた後、数日はどうしても痛みがある。
 
少なくともショック死したりすることはないので、あっという間に無血去勢機と世代交代した。ただ、この無痛去勢機の問題点はいったんスイッチを入れたら、電源を抜いても最後まで動き続けるので、途中で恐くなったり気が変わっても確実に去勢されてしまう。それで「やっぱり去勢やめる。助けて」と叫んでも、後悔しても、スイッチを入れてしまった以上後の祭りである。数分間の恐怖に耐える必要が出てくる場合もある。
 

自動去勢機を使用するのは、主として2つの層がある。
 
ひとつは30-40代の層と、10-12歳くらいの層である。
 
前者は、結婚を諦めた男性が性欲の処理を減らせるように男性ホルモンを減らすために去勢する場合と、結婚している男性が子供も数人作り、もう生殖が不要になったということから去勢するケースである。政府はレイプ事件減少のため、子供が4人以上いるか、もう子供は作らないことにした男性の去勢を推奨している。40歳以上で睾丸の付いている男性は睾丸税を毎年払わなければならない。
 
10-12歳の層の場合は、男の娘宣言を考えている子たちである。今すぐ男の娘宣言するわけではないものの、18歳になる前に宣言したい場合、一般的には抗男性ホルモンの投与で男性化を防止するのだが、睾丸が付いたまま抗男性ホルモンを投与するのは、毒と解毒剤を一緒に飲んでいるようなもので、どうしても身体に負担がかかる。それでいっそ睾丸を取ってしまうという選択をする人もある。
 
なお睾丸を除去した場合でも本人が男性として生きていきたい場合は、ちゃんと男性としての市民登録を維持することができる。しばしば精通がきてから精子の保存をした後、去勢する子もある。精子が保存されていれば結局男として生きることにして、将来女性と結婚して子供を作ることもできる。
 

また去勢している場合、性別移行せずに男性のまま18歳を迎えて兵役に就いた場合も、睾丸が無い人は一般に筋力が無いので、徴兵検査ではC種合格になる場合が多い。C種合格者は原則として前線には回されず、後方支援の業務に就くことが多い。一般的には看護士や調理人・通信技師・運搬兵などになる人が多い。但しそれで結果的には戦死の確率も減る。それが目的で去勢する人もある。
 
なお(審査に通れば)“看護士”ではなく女性用制服を着て“看護婦”になってもよい。審査の大半は“見た目”と“雰囲気”である。これは女装が似合いそうなC種合格者にはむしろ勧奨されている。男性兵士の多くは野戦病院で女性の看護婦に看病してもらうと回復が早いという統計結果も出ている。看護婦になった場合、女子トイレや女性用シャワールームを使用することになり、下着なども女性用が支給される。2年以上従軍看護婦をして除隊した場合、(たとえペニスが存在しても)“仮女性”の資格が得られる。仮女性の市民登録証は普通の女性と同じ赤色である。これを持っていれば、通常女性しか入れない場所(プールなどの女子更衣室、女子大学、女子寮、婦人科医院、温泉の女湯など)や女性専用の列車なども利用することができるようになる。
 
もっとも睾丸が付いている場合は仮女性になることは認められないので、その場合、睾丸を除去した証明書を提出することで、仮女性の市民登録証を発行してもらえる(自動去勢機が発行する証明書でもよい。後述)。実際には睾丸が付いたまま従軍看護婦になった人の多くが従軍中に去勢してしまう。この人たちは無料で医師の手により去勢手術を受けられる(希望すれば性転換手術も無料でしてもらえる)。
 

徴兵検査の内容
 身長・体重・視力・聴力測定。握力・背筋力・走行・投擲テストなど。学力テスト・健康診断、性器検査、思想・宗教検査など。
 
徴兵検査の判定
A種合格 兵役に適する(兵役に就く)
B種合格 兵役に不適(でも兵役に就く!)
C種合格 兵役は無理(でも後方支援に回される)
D種合格 身体や精神に障害を持つ(軍需工場などに回される)
E種不合格 薬物中毒者、危険思想の持ち主など。
F種不合格 事実上男性でない人(女性と同じ扱い)
G種 病気療養中などで判定不能(1年後に再検査)
 
A種合格は1割といわれ、大半はB種合格になる。A種はいきなり一等兵になるが、B種・C種は二等兵からスタートする(訓練中は三等兵)。なおC種は体力に考慮して軽い訓練を受ける。C種の人がB種の訓練を受けると3割は訓練中に死亡するだろうと言われる。
 
E種不合格者や、宗教的信条などにより徴兵拒否宣言をした人は兵役に就く必要はないものの、大学に進学することは認められず、一般企業に就職した場合も22歳になるまでは給与が半額とされる。
 
陰茎または睾丸が無い人は通常C種合格になる。ただし法的に中性になっている場合はそもそも検査通知が来ない。
 
男の娘やそれに準じる人でも、まだ法的に男性か仮男性である場合は徴兵検査場に出向かなければならないが、通常は書類や診断書などを確認した上で、そのままF種不合格を告げられる。女性と同じ扱いなので大学にも進学できるし、給料が半減されることもない。
 
女性が任意で検査を受ける場合は、A種合格しない限り兵役には就けない(従軍看護婦を志願する場合を除く)。
 

なお仮女性はその後、ヴァギナを獲得した場合、市民登録を女性に変更できる。もっとも仮女性と女性の法的な扱いの違いはほとんど無いし、登録証の表面上の記載は全く同じである。内蔵されているICチップ内に記録されている性別の項目が違うだけである。
 
膣の獲得法:−
(1)IPS細胞から膣を作り、それを埋め込む。
(2)他の女性(多くは事故死した女性)から提供された膣を移植する。
(3)ペニスを解体し、その皮膚を利用して膣を作る(古典的造膣法)
(4)S字結腸を切り取り、それを素材に膣を作る(古典的造膣法)
(5)合成繊維を使用して人工的に作られた膣を埋め込む。
 
(3)の方法は、ちょうどペニスの入るサイズの膣ができるので古くから行われていたが、あまり湿潤しないし、縮みやすいのが欠点である。(4)の方法は逆に湿潤しすぎるのと手術の侵襲が大きいのが問題である。(2)はドナー次第なのと拒絶反応が起きやすいのが欠点である。(1)は膣を育てるために時間がかかるのが欠点で、ここまでする人は多くはもっと本格的な性転換手術(後述)を受ける。そこまでしない人は(5)の方法を採る人が多い。また(5)の方法は概して(3)の方法より“男性側の快感”が大きいと言われる。
 
もっとも、仮女性のまま造膣まではせずに、ずっと社会的に女性として暮らしている人は結構な数であるとも言われている。
 

さて、無痛去勢機はかなり長く使用されていたのだが、20年ほど前に新世代の去勢機が登場した。それが瞬間去勢機である。
 
これは原理的には無痛去勢機と同様であるが、その動作速度が高速で一瞬で全て終わってしまうもの。去勢機が作動している間の恐怖に耐える必要が無い。スイッチを入れたら即去勢が実行されるので、後悔する暇も無い。また切断した睾丸のDNAを検査して、記名された去勢証明書が自動発行される(そもそも全ての市民は出生時にDNAが登録されている)。これは仮女性になれる資格を持っている人が市民登録証の性別を実際に仮女性に変更申請する場合の証明書としても使用できる(仮女性の資格を持っていない場合は中性に変更できる)。
 
動作速度は最初30秒のものが開発され、当時は“高速去勢機”と呼ばれた。その速度がやがて10秒になり、5秒を切ったあたりから“瞬間去勢機”と呼ばれるようになった。現在の動作速度はだいたい1秒くらいのものが多い。
 

さて、父が言っていた今回開発された新しい自動去勢機は、物理的には睾丸を破壊も除去もしない。この去勢機の作用は下記である。
 
(1)睾丸を体内に押し込み、降りてこないように固定する。
 
(2)アロマターゼの分泌を促すバイオチップを埋め込む。
 
実際には去勢機を身体に装着してスイッチを入れると、身体に痛みも感じないほどの小さな穴を開け、そこから触手が体内に侵入して睾丸をキャッチし、体内に引き上げて通常女性の卵巣がある位置に固定する。同時にバイオチップを睾丸表面に取り付ける。
 
このバイオチップは睾丸の組織と一体化してしまうので、後で除去することは不可能である(睾丸ごと除去するしかない!)。
 
こうすると、体内に固定された睾丸は温度が高いので機能が弱まる。それに加えてアロマターゼの働きにより、生産された男性ホルモンが積極的に女性ホルモンに転換される。そのため、この去勢機を使用した場合、睾丸が存在するにも関わらず男性化は起きず、むしろ女性化が起きて、体付きは女性的になり、バストも膨らんでいくことが、ボランティアによる治験で明らかになっている。
 
つまりこの去勢機は男性形質を喪失するというより、女性形質を発現させる作用があるのである。従って“中性のまま”でいることはできず、女性として身体が発達していくことになるので、性別を女性に移行するつもりの人しか使えないが、そういう人にとっては旧来の去勢機よりも魅力的である。
 
なお睾丸自体の機能は、この“去勢機”を使用すると精子の生産も停止するが、だいたい3年程度経つと、この装置を取り外しても精子を作る機能は回復しなくなる。男性ホルモンの生産は続くが、アロマターゼの作用によりほぼ全て女性ホルモンに変換されてしまう。また女性ホルモンの作用で脂肪もついて体付きが女性的になった場合、今度はその身体がアロマターゼを生産するようになるので、女性化は更に進むことになる。どっちみち作用は非可逆的なので、この機械は“去勢機”として認定されたのである。
 

「レミ、お前もこれで去勢する?」
などと父が訊く。
 
「えー?ボク別に女の子になるつもりはないけど」
「いや、そのつもりなんじゃないかと思ってた」
と父が言うと、姉のメルも
 
「あんた、性交換月間の間、凄く嬉しそうにしてたのに、終わってからは少し寂しそうにしてるし、しばしば女の子下着をつけてるし」
 
きゃー、バレてた、とレミは焦った。確かにレミは時々女の子下着を着けている。実は今でも着けている!
 

「レミ、お前、家の中ではスカート穿いたら?誰も見てないんだし、スカート穿いてても叱られないぞ」
と父が言う。
 
「賛成、賛成。レミは女の子になれると思う」
と母まで言うので、レミは恥ずかしくて真っ赤になってしまった。
 
「ほらこういう所が女の子的」
とメルは指摘する。
 
「お兄ちゃんも女の子になったら、私たち三姉妹だね」
と妹のアスカも言う。
 
「性別というのは、自分の生まれた時の肉体的性にとらわれることは無いんだよ。自分の心の発達に合わせた性別で生きればいい。レミは女の子として生きた方がいいと思うよ」
と父は言った。
 
「少し考えてみる」
「性別移行するなら4年生が最適だからね。5年生になると男性化が始まっちゃうけど、4年生ならまだ中性に近いもん」
 
 
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【男の娘宣言】(1)