【神様のお陰・高2編】(1)

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それは命(めい)たちが高校2年生の夏(2010.夏)である。朝から電話が掛かってきて、うちに来てというので、命(めい)は何だろう?と思いながら、理彩の家に出かけて行った。
 
すると、いきなり新しい2枚刃のカミソリを渡されて「お風呂場で足の毛剃って」
などと言う。「またかい!」と言いながらも、命(めい)は、まあそれも嫌いではないので、お風呂場を借りて、足の毛と脇の毛を剃ってきた。
 
「はーい。これに着換えてね」
と言って、女の子の下着とポロシャツ、スカートのセットを渡される。下着は度々この「お遊び」をするのに、理彩が用意しているものだが、ポロシャツとスカートは理彩のものである。ふたりは身体のサイズが同じなので、服を共用することができる。むろん、下着も共用は可能だが「技術的な問題」と言って理彩は命(めい)専用の下着を別途何セットか用意していた。
 
着て来た服を脱ぎ、渡された服を着ると、女子高生・命(めい)のできあがりだ。
 
「うーん。いつ見ても命(めい)は可愛いなあ。私、男の子の時の命(めい)より女の子の時の命(めい)にときめいてしまうかも」
「理彩ってバイだもんね」
「命(めい)だってバイでしょ?」
「バイ同士で恋人になる?」
「そうだなあ・・・・その内気が向いたら」
 
理彩のお母さんがお茶を持って入ってきた。
「あら、可愛い!」
「あ、どうもいつもお世話になってます」
「命(めい)ちゃん、ほんとそういうのが似合うのね」とお母さん。
「いっそ、性転換して女の子にならない?なんて唆すんだけどね」と理彩。「性転換したら理彩と結婚できないから、それは無い」と命(めい)は笑って言う。「あら、ふたりともウェディングドレスで結婚式というのでもいいわよ」などとお母さん。このお母さんもどこまで冗談でどこまで本気かよく分からない。
 
しかし結婚などという話題を出すと理彩はノーコメントを決め込むものの、まんざらでもない顔をしている。それで命(めい)は理彩も自分と結婚する気も少しはあるのだろうなといつも思っていた。ふたりは一応「友達でいようね」とはよく言い合っているので、現状恋人ではないのだが。
 
「おっと、まだ神棚に挨拶してなかった」
と命(めい)は言うと、理彩の家の神棚の前に座り、二拝二拍一拝する。
 
この村では家々にかなり大きな神棚が祀られている。水と塩と米をお供えしているが、水と米は毎日交換する。命(めい)も理彩も自分の家の神棚のお供え物を毎日交換しては挨拶していた。
 
そして命(めい)は理彩の家に来た時も、ちゃんと神棚に挨拶する。今日は来るなり体毛の処理を言われたので、挨拶する時間が無かった。理彩も命(めい)の家に来た時は神棚に挨拶する。ふつうは別によその家に行った時、そういうことはしないのだが、命(めい)と理彩は幼い頃からお互いの家で「他人ではない」
扱いだったので、相互にそれをしていた。これはふたりがお互いに特別な関係であることを意識しているからである。むろん、ふたりは正式に許嫁になったことは一度も無いのではあるが。
 

その日は女装したまま、しばらくお部屋で一緒に勉強しながらおしゃべりしていたのだが、10時前にお母さんにお願いして集落から車で40分ほどの所にあるショッピングセンターまで送ってもらった。
 
ここで春代と待ち合わせていたのである。春代は命(めい)を見るなり
「女の子2人で来るというから誰かと思ったら命(めい)か。可愛いじゃん」
などと言って、喜んでいる。
 
「女の子3人なら下着買っちゃおうよ」などと春代が言ったので、ピーチジョンのショップに入り、3人で少し物色した。
 
「これ可愛いなあ」
「へー?そんなの着たいんだ」
「こんな雰囲気の結構好き」
 
などという感じでふつうに会話しているので、春代が感心している。
「命(めい)って、こういう所も平気なのね?」
「理彩によく教育されているから」
「自分の彼氏に女装趣味を覚えさせるって、理彩も変ってるな」
「いや、私たちは別に恋人じゃないし」
「はいはい、そういうことにしておいてあげるね」
 
結局、春代は黒いブラとショーツの1000円セット、命(めい)はペールピンクのセット、理彩はライトグリーンのセットを買った。セールスで実際には各々800円であった。
 
そのあとドリンクショップでアイスティーを飲みながら、おしゃべりしていたら、同級生の男の子3人組が通りかかった。
 
「よお」とか言って寄ってきたので、6人でしばし雑談モードに入った。
 
「あれ?左端の子って誰だっけ?と思ったら、もしかして斎藤?」
「そうだよ。あ、今気付いたんだ?」
「すげー。ちゃんと女に見える」
「え?斎藤なの?あれ、そういえば斎藤の顔だ。全然気付かなかった」
「うっそー?なんでそんなに可愛くなるの?」
 
「命(めい)は女の子として美人だよ」と春代。
「女の子モードでこの界隈歩くのはけっこうしてるかな」
と命(めい)も平然として言う。
 
「よし。男3人・女3人だし、マッチングしてペアでデートしない?」
と男の子のひとりが言い出す。
「あ、じゃ僕に当たった人は外れだね」と命(めい)。
「斎藤と当たった奴はセックスができないというわけだ」
などとひとりが言って速攻で理彩からパンチを食らう。
 
「じゃ、手を握る所まで。そこから先は、個別にお互い意気投合したら、あり得るかもというところで」
「じゃ、お昼をはさんで2時まで。お昼は各自自分で払う」
「OKOK」
 

あみだくじでペアを決めた。命(めい)は西川君とペアになった。
「ごめんねー。僕で」
といって命(めい)はニコっと西川君に会釈する。西川君がドキッとした表情をした。
「あ、いや。まあお遊びだし、少し楽しもうよ。えっと・・・映画でも行く?」
「せっかくデートするのに映画なんて詰まらないよ。お話できないもん。お散歩しよ」
と命(めい)はニコニコした笑顔で言う。
 
「あ、それじゃコメリにでも行く?」
「ああ。ああいうの見るのも楽しいよね」
 
ということでふたりは並んで歩きながら別棟のコメリの方へ歩いて行った。
 
「そうそう。西川君、バスケットの大会は惜しかったね」
彼はバスケット部で、この高校のバスケット部は今年地区大会で4位になり、あと少しで県大会への進出を逃したのである。
 
「ああ。あれね。準決勝はいつも優勝してる**だから仕方ないとは思ったんだけど、三位決定戦がね。あと少しだったんだけど」
「3点差だったもんね。あと1本スリーポイントが決まってたら追いついてた」
「ブザービーター狙ったんだけどね。外れたから」
「惜しかったよね。板には当たったんだもん」
 
命(めい)たちはしばしバスケットの話で盛り上がりながらコメリまで行った。園芸用品やら大工道具、また電気器具やらを見ながら、また雑貨などを見ながらけっこう話が盛り上がる。最初は立ち位置に悩んでいた感じの西川君も、いつの間にかふつうの女の子と話す感じの雰囲気になってきていた。
 
結局コメリで29円のサイダーを買って、ベンチに座って飲みながらおしゃべりした。
 
「しかしさ。普段の斎藤と話してるのより話が弾む気がする」と西川君。「だって、僕本当は女の子だから」と命(めい)がニコっとして言う。
「え?」と言って西川君が命(めい)を見つめる。
「あ、冗談だよ」
「いや。今一瞬本気にした」
「ふふふ」
 
「声とか話し方とかも女の子そのものだし」
「小さい頃から、理彩に鍛えられてるしなあ。話し方は、僕女の子の友達が多いから自然にコピーしちゃった感じ」
「でも一人称は『僕』なんだ」
「そのあたりは微妙なアイデンティティの問題かな。一度理彩から『私』って言ったらキスしてあげるなんて言われた」
「で、どうしたの?」
「その日は『私』で話して、キスしてもらったよ」
「おお」
西川君はキスしてもらったという話に異様に喜んでいた。
 
結局ふたりは少し遅めのお昼御飯を一緒に食べたところでタイムアップとなった。時間を超過して2時20分くらいになったところで理彩がテーブルに寄ってきた。
 
「盛り上がってるみたいだけど、この続きはまた個人的に後日ということで」
「あ、ごめんごめん。俺、また斎藤をデートに誘いたくなった」
「うん。いいよ。この程度のデートならいつでも。セックスはしてあげられないけど」
「いや、できるかもよ。きっと男の子とセックスする時は自動的に女の子の身体になっちゃうのよ」と理彩。
「そんな馬鹿な」
「でもね。。。すごく小さい頃、命(めい)が女の子の身体になってるのを見たことがある気がするんだよね。あれ?今日はおちんちん無いの?と訊いた記憶があるのよね」
「夢でも見たんじゃ」
「かもねー」
 
「斎藤と奥田はセックスしてるの?」
と理彩とペアになっていた男の子が訊く。
「夢の中では命(めい)とセックスしたことあるな」
「夢の中?」
「でも命(めい)は夢の中では女の子だったんだよね。私が命(めい)をやっちゃった」
「じゃ奥田は男の子だったの?」
「女の子の命(めい)とやれたのだから、そうかもね。あるいはレズだったのかも知れないけど」
「ああ、奥田ってちょっとレズっぽい気がしていた」
 
「でもリアルではしたことないんだ?」
「同じお布団で寝たことはあるよね」と理彩。
「同じ布団でっていうか・・・・」と命(めい)が苦笑する。
 
「いや。うちの家族と理彩の家族とで、一緒に旅行しててさ。夜中に理彩が部屋を間違えて入って来て、そのまま僕の布団に潜り込んで寝てたんだよね」
「えへへ」
「朝起きたら右腕が重いから、何だ?と思ったら理彩の顔があるんだもん。さすがにびっくりした」
 
「それ、斎藤の部屋で良かったな。余所の人の部屋の男の布団だったら」
「やばいよね」
「あの時は、うちの母ちゃんからは、てっきりやっちゃったものと思われて、弁解がたいへんだったよ。お前達そういう関係になったんなら、ちゃんと親にも言いなさいとか、きちんと避妊はしてるのか?とかいわれて」
 

それも高2の夏だった。命(めい)は出張に行った父のお土産を数軒の親戚の家に自転車に乗せて持って行き、最後に(親戚ではないが)理彩の家にも持って行った。
 
自転車を玄関先に駐め、「こんにちは」と言って入っていくと、入口のところにお客様?が来ていたので軽く会釈した。
 
「あ、この子はどうですか?」といきなり、そのお客様から言われる。「その子は男の子ですよ」と理彩のお母さん。
「え?そうなの?ごめん、ごめん。可愛いものだから女の子かと思った」
とお客様。
 
「どうしたんですか?」と命(めい)はつい訊いてしまった。
「いや、うちのお花の会でパンフレット作ることになったんだけどね、その表紙にできるだけ若い子がいいからってんで、理彩をモデルに頼むことにして今日その撮影にわざわざ大阪から写真家の方に来て頂いたのに、理彩出てるのよ。昨夜もちゃんと言ったのに、なんか生返事だったもんなあ」
 
「理彩はクーちゃんと一緒に奈良市に行ったと思いますが。僕も誘われたけど、今日はパスしたんですけどね」
クーちゃん(来海:くるみ)は理彩の従妹で2つ下の中3である。
「みたいね。さっき携帯にメールしたんだけど、奈良行きの特急の中だって話で。着いてからトンボ返りさせても戻るのに2時間以上掛かるし。理彩がいないから代わりにクーちゃんに来てもらおうかと思ったら、そちらもいないんだもん」
 
「なっちゃんじゃ無理ですよね」
「小学5年生ではちょっとね・・・・ね。ほんとに命(めい)ちゃん、モデル頼めないかしら? 命(めい)ちゃん、女の子でも通るもん」と理彩のお母さん。「確かに私、一目見た時女の子と思っちゃいましたから」とカメラマンさん。
「ちなみに、何着るんですか?」
 
「振袖。着付けは私がするよ。命(めい)ちゃん、理彩と身体のサイズが同じだったよね」
「はい。お互いの服は全部着れます」
「じゃ、お願いできない? カメラマンさんは午後からは別のお仕事があるから、どっちみち理彩は間に合わないのよ」
「分かりました。じゃ代役引き受けます」
 
手足は写らないけど、気持ちの問題でお風呂を借りて足の毛を剃った。下着も写りはしないが気分の問題で、理彩の部屋に置いている命(めい)用のショーツだけ身に付けた上に、理彩の和装用ブラと肌襦袢を借りてつける。胸が無い分その補正が必要無い以外は、ほぼ理彩と同じ要領でできるようである。長襦袢を付け、振袖を着せられ帯を締められた。理彩のお母さんはかなり手際が良い感じであったが、それでも20分以上掛かった。振袖って大変なんだなと思う。これおしっこの近い人には着れない服だ!
 
「お化粧してもいい?」と理彩のお母さん。
「いいですよ」と命(めい)は笑って答えた。
 
普通のお化粧は何度か理彩に悪戯でされたことがあるが、和装用のお化粧は初体験である。へー、こんな感じにするのかと思って命(めい)は鏡の中の自分の顔が変わっていくのを見ていた。
 
「お待たせしました。モデルさん、できあがりました」
「わあ、可愛い! 誰も男の子がモデルなんて思いませんよ」
 
命(めい)も我ながら可愛いと思った。振袖を着るなんて、まず体験できないことだし、と思う。
 
家の庭の所に立っているシーン、理彩の家の年代物の台所で立っているシーン、座っているシーン、お茶を飲んでいるシーン、などを撮影する。そしてお花を活けているシーンは多数取られた。
 

「命(めい)ちゃんって、喉仏があまり分からないよね」
「ああ、それは友だちからもよく言われます」
「撮影中、女の子みたいな声でカメラマンさんに答えてたし」
「女の子のモデルを撮影しているはずなのに、男の子の声で返事が返ってきたら、撮影する側も気分が乗らないでしょ?」
 
カメラマンさんが帰った後、命(めい)は理彩のお母さんにお茶とお菓子をいただいていた。振袖はまだ着たままである。
 
「でもよく考えたら、パンフレットができあがったら、けっこう村の人に見られますよね」
「うん。でも女装の命(めい)ちゃん見たことのある人でないと正体には気付かないよ」
「そうですよね!」
と答えながら、ひょっとして自分の女装を見ている村の人ってかなりいないか?という気もした。でも、そういう人には、今更かも知れない。
 
「でも可愛いなあ、ほんとに。理彩よりも振袖が似合うみたい。命(めい)ちゃん、私の娘に欲しい感じだわ」
「理彩が男の子で僕が女の子なら、お嫁さんに来てもいいですが。でも振袖って可愛いですよね。こんなの着る機会は二度とないだろうから、今日は貴重な体験をさせてもらいました」
 
「あら、着たくなったら、うちに来たらいつでも着させてあげるわよ。命(めい)ちゃん用の和装下着も用意しておこうかしら?」
「ああ、そんな話を聞いたら、ますます理彩が調子に乗りそう」
「確かに最近、女装させられる頻度が高くなってる感じね」
「そうなんですよ!」
 
お昼前には自宅に戻ったが、自分の携帯で撮ってもらった振袖姿の写真を見せると、命(めい)の母は仰天した。
「でも、可愛いじゃん! お前、いっそ成人式の時は振袖を着る?」
などと言う。
「あはは、お金かかるからパス」
 
「でも、娘の成人式に振袖着せるって、親にとっては夢だからね」
「ごめんねー。娘じゃなくて」
「今から娘になる気は無い? 最近そんな人多いし」
「無い、無い」
「何なら手術代くらい出してあげるよ」
「要らない、要らない」
 
命(めい)は笑って否定しておいたが、なんでみんな僕をこんなに女の子にしたがるんだ!?などと思った。
 

その年の秋、二学期の始めのことであった。男の子たちが数人で騒いでいる。何だろうと思って近寄ってみたら「お、斎藤も参加しろ」と言われる。どうもアミダクジをしているようである。「何のアミダ?」と訊くが「いいから」と言われるので、名前を書いた。「あと2人欲しいな」と言って、近くにいた男子2人がつかまり、内容も知らされないまま、名前を書いた。
 
「よし、開けるぞ」といってクジは開封された。
「決定。1番は橋本と新庄、2番は三宅と河合、3番は高宮と斎藤、4番は朝倉と大平」
「何の組み合わせ?」
「この組み合わせでデートしてもらう」
「は?」
「いや、うちの演劇部が文化祭でやる劇で舞踏会のシーンがあるんだけど、そこで踊るペアが欲しいんだよな。で、この組み合わせでペアやってよ」
「ペアって男同士でいいわけ?」
 
「片方は男の衣装、片方は女の衣装。どちらが女の衣装着るかは、各ペアで話合って決めてくれ」
「ちょっー!」
「なんで女役は女を徴用しないんだよ?」
「男女だと照れるじゃん。手をつなぐのを概して女が嫌がるしさ。男同士なら手をつないでも構わんだろ?」
 
「手をつなぐより、女の衣装着るほうが恥ずかしいぞ」
「あ、ひとり女の衣装着たそうな顔してるのがいるな」
「斎藤は女役で決まりな。斎藤は最初からそのつもりで徴用した」
「えーっと」
「あと、橋本もやりたそうな顔してるから、橋本も女役な」
「ちょっと待って!」
「あと2組はジャンケンか?」
 
結局河合君、朝倉君が女役になり、命(めい)と橋本君と4人で舞踏会シーンで貴婦人の衣装を着て出演することになった。
 
みんなワルツのステップを知らなかったので、習うが、教える方も実はあやふやなので、なかなかうまく踊れない。
「まあ、どうしてもうまく踊れなかったら、何となくそれっぽく歩き回るだけでもいいから」
などとも言われたが、そんな中で橋本君がわりといいステップをしていた。
 
「うちの兄貴が社交ダンスやってた時期があって、練習相手にさせられた」
「お前はもしかして女役?」
「兄貴が男役だからね。ちょうどいい所に妹がいるとか言われて」
「よし。じゃ、河合と朝倉は橋本の真似をするといいな」
「えっと、僕は?」と命(めい)。
「斎藤は素で女だから、立っているだけでも問題無いから」
「むむむ」
 
しかしともかくも、「女組」は橋本君のステップをコピーして踊ることで、かなりまともになり、「男組」はそれをサポートするような動きをすることで何とか踊っているように見えるレベルまでは到達した。
 

リハーサルの日。本番通りの衣装を着けて出演したが、河合君と朝倉君は女性用のドレスなんて着たことがない感じで、異様に興奮していた。
「なんか、これ癖になりそうだ!」などと言っている。
 
「ほら、そこに癖になってる奴らがいる」と橋本君と命(めい)が指さされた。「僕は別に女物の服なんて着てないけど」と橋本君が言うと「ダウト」と言われている。
「僕もそんなに女物の服着ている訳じゃないけど」と命(めい)が言うと「嘘ついてると、閻魔様にチンコ抜かれるぞ」と言われた。
「いや、ひょっとして既に抜かれているとか」
 
こんなことをふつうの男の子に言えばイジメになるかも知れないが、命(めい)はこんな感じのことを言われて嬉しがっているので、みんなもどんどん言ってあげている感じである。
 
「だいたい、ちゃんと女物の下着を着てくるとは思わなかった」
「え?だって女物の服を着るのに、男物の下着ってないでしょ?」
「いや、ふつうの男子は女物の下着なんて持ってないのだよ」と橋本君からも指摘されてしまった。
 
トイレに行きたくなったので、「あ、俺も」と言った河合君とふたりでトイレに行った。ふたりとも男子トイレに入ろうとして中にいた男子から
「ノーノーノー、女子はここには入れません」
と言って追い出されてしまう。
 
困っていたら、そこにちょうど春代が通りかかった。
「どうかしたの?」
「トイレに入ろうとしたら、追い出された」
「あ、命(めい)じゃん。豪華な衣装つけてるな。どっちに入ろうとしたの?」
「え?男子トイレ」
「その服で男子トイレには入れないよ。命(めい)なら女子トイレもOKだよ。こちらにおいで」
と言って春代が手を握って、女子トイレの中に連れ込んだ。
 
「えっと、じゃ、俺も」
と言って河合君も命(めい)たちに続いて女子トイレに入ったが
「あんた、男でしょ」
と言われて、中にいた女子たちから追い出されてしまった。
 
「ちょっと−。なんで斎藤なら女子トイレもOKで、俺はダメなんだぁ!」
と河合君が抗議するが
「微妙な問題」
と言われてしまう。
「俺はどちらに入ればいいんだよぉ、男子トイレからも女子トイレからも拒否されてしまう」
と河合君はかなりマジで困ったような声を上げた。
 

本番1日目。命(めい)たち無事出番を終えて、まだ衣装を着けたまま廊下で立ち話をしていたら、そこに西川君が通りかかった。
 
「やあ」と声を掛ける。
「あ、どもー」と命(めい)は挨拶になっているような、なってないような返事をする。
「見たよ。きれいに踊ってたね」
「橋本君がきれいにステップを踊れてたから、女役はみんなそれをコピーしたんだよ。社交ダンスできる人が全然いなくて大変だった」
 
「あ、俺たち先に行ってるから」と高宮君が声を掛けて、みんな行ってしまう。命(めい)と西川君だけが残った。
 
「でも、ほんと命(めい)ちゃんって、こういう服似合うね」
「うん。割と好きかな。そうそう。先月なんて振袖着ちゃったんだよ。理彩の代役で」
「わあ、それは見たかった」
「あとで写真見せちゃおうかな」
「見せて見せて」
 
ふたりは何となくその場であれこれおしゃべりをし、かなり盛り上がった。
 
命(めい)は理彩が好きで、他の子には男であれ女であれ気持ちが揺らぐこともないし、西川君も命(めい)が男の子であることも、理彩のことが好きであることも承知なので、ふたりの関係が恋愛関係に発展することは無かったのであるが、この時期、命(めい)と西川君はかなり良い雰囲気にもなっていたのである。
 
ふたりはしばしばこんな感じで話していたし、その後も何度かデートまがいのことをしたこともあった。
 
あんまり命(めい)が西川君と仲良くしているので、少し心配した春代が理彩に訊いた。しかし理彩は笑って答えた。
 
「命(めい)が私以外の子を好きになることはないよ。相手が女の子であれ男の子であれね」
「おぉおぉ、凄い自信だね。でも大事なものは絶対手元から離さないようにしておいた方がいいよ」
と春代は釘を刺しておいた。
 

翌年の2月13日、日曜日。命(めい)は突然理彩から呼び出しを受けた。「足の毛は剃ってきてね」と言われたので「またか」と思いながらも自宅のお風呂場で綺麗に剃り、ついでに最初から女物のショーツとプラも身に付けて上は一応普通の服を着て理彩の家に行った。この時期はまだ雪が深い。ここ数日朝の気温が低かったので、雪がガチガチに固まっていて、命(めい)は滑らないように気を付けながら理彩の家まで行った。
 
「こんにちは」とドアホンに向かって言うと理彩が開けてくれて中に入る。忘れない内にちゃんと理彩の家の神棚に挨拶をする。
「あれ、今日はお母さんたちは?」
「うん。ふたりで**温泉まで出かけて、今日は私ひとり」
「へー」
親が不在だからといって遠慮するような間柄でもないので、上がり込み、一緒に理彩の部屋に行く。
「一昨日、昨日は、御神輿かつぎお疲れ様」と理彩。
「高校生は御輿かつぎの主力だからね。もうこき使われる、こき使われる。まだ筋肉痛だよ」
 
「女子でも元気な子は御神輿かついでたね。クーちゃんもなっちゃんも巫女舞やった後、法被に着替えてかついでたみたいだし」
「理彩は今年は巫女舞には入ってなかったね」
「うん。今年は人数足りてるみたいだから、免除してもらった。本当は生理が来る前の女の子がやるもんなんだけどね、あれ」
 
「人数が少ないから、そんなこと言ってられないもんね。でも今年は小学1年が3人いたからかな」
「あの3人、なかなかパワフルだわ。気が合うみたいで、よく一緒に遊んでるけど、破壊力も凄い」
「みたいだね。男の子顔負けのパワーみたい」
 
「さて、それじゃ着換えてもらおうかな」
「はいはい。下着はもうつけてきたよ」
「なかなか殊勝でよろしい」
 
今日はどれにしようかなぁ?などと言いながら理彩は自分の洋服ダンスの中から服を取り出し、可愛いトレーナーとニットのプリーツスカートを取り出し命(めい)に渡した。命(めい)は着ていた服を脱いで、渡された服に着替える。理彩の前で命(めい)が下着姿になるのはお互いに全然平気だ。
「あれ?タックしてるの」
「うん。何となく」
「ふーん」
 
「揺り戻しかな。御神輿かついだので、男の面を使ったから」
「ああ、バランスを取ってるのね。じゃ今日は女装できて良かったじゃん」
「うん。理彩から呼ばれなくても、今日は女の子下着つけたい気分だったかも」
「私の服、少し命(めい)の所に置いておく?そしたらいつでも着れるよ」
「いや、女装にハマったら怖いからやめとく」
「既にハマってる癖に!」
 

ふたりは特に何かする訳でもなく、いつも一緒にやっている問題集(ふたりで一緒に勉強できるように同じものを買っている)をしながら、おしゃべりをしていた。理彩と命(めい)のふつうの休日の過ごし方である。
 
「ああ、なんか刺激が欲しいなあ」と突然理彩が言った。
「刺激って?」と命(めい)。
「例えば、命(めい)が私を襲うとか」
「なんで?」
 
ふたりは座卓に向かい合って座って勉強していたのだが、理彩は立ち上がるとぐるっと回って命(めい)の隣に座った。
 
「私に欲情しない?」
と言って、理彩は命(めい)の身体につかまる。命(めい)は微笑んで
「こんなに身体くっつけてきたら、キスしちゃうぞ」
と言う。
 

「命(めい)、お願いがあるの」と理彩は真剣な顔で言った。
「何?」
「セックスして欲しいの」
「・・・・・ごめん。避妊具の用意が無い」
「生でして欲しいの」
「それはまずいよ」
「ちょっと入れるだけでもいいの。これ実はおまじないなの。私を守って」
「理彩を守るのに、それが必要なの?」
「うん」
「分かった。じゃ、ちょっとだけね」
 
「私、裸になるね」
「じゃ、僕も」
ふたりは裸になり、ちょっと微笑んで一緒にベッドの中に潜り込んだ。命(めい)はタックも外した。
 
「命(めい)の足がすべすべで気持ちいい。女の子みたいで素敵」
「理彩ってバイだもんね」
「うん」
「じゃ、処女膜の前で停めるから」
「もっと深く入れてもいいよ。中出ししてもいいよ。今日は安全日だから」
「奥まで入れた方がいいの?」
「できたらその方が確実」
「じゃ入れるけど、射精しないうちに抜く」
「うん。それでいい」
 
「時間掛けると、射精しやすくなっちゃうから、立ったらすぐ入れるから、セルフサービスで濡らしておいてもらえる」
「うん」
 
命(めい)は理彩が濡れるのを待ってから、自分のを立てた。そしてこのくらいの堅さなら行けるかなというところまで立ったところで、ゆっくりとインサートした。う、これ、気持ち良すぎる。出してしまいたくなる。でも、生で入れて中で放出するわけにはいかない。
 
「抜くよ」
「うん」
 
抜いたおちんちんに血がついている。今自分は理彩のバージンをもらっちゃったんだというのを認識した。
「痛くない?」
「大丈夫だよ。女の子はいつか体験することだから」
 
命(めい)は物凄く理彩のことが愛おしくなった。
「理彩」
と呼びかけると、その唇にキスをした。
 
「ね、ふつうにセックスしちゃおうよ。今日は絶対大丈夫だから」
と理彩が言う。命(めい)はその誘惑に負けてしまった。
 
若い激情がふたりを動かしていった。やがて力尽きて並んで寝る姿勢になる。「ソーミーショーリョー」と理彩が言った。
「何それ?」と命(めい)が訊く。
「御守りのことば。少し寝ない?」
「うん」
 
命(めい)は初めての体験にかなり興奮していたのだが、理彩に身体をなでられていたら、いつの間にか眠ってしまった。
 

命(めい)は目を覚ました時、今自分がどこにいるのか、よく分からなかった。が、すぐに理彩の部屋だということに気がつく。
 
「あれ、ごめん。眠っちゃってたみたい」と命(めい)が起き上がって言う。「おはよう」と学習机に座っていた理彩が笑顔で答える。
 
「あれ?僕、裸だ。なんでだろう?」
「ふふふ。私の悪戯」
「え、そうなの?」
 
理彩は命(めい)がさきほどのことを全然覚えてない風であるので、それで逆に自分に掛かってくるかも知れなかったものがキャンセルされたことを確信した。
 
祈年祭の踊りを引き受けた時、あの踊りを踊ると妊娠するという噂があることを思い出した。ただ、それをキャンセルする方法があり、それは踊りを踊ってから4月頃までの間に誰かと1回でも生でセックスすることだというのであった。
 
「ただ、セックスした相手はそのことを覚えてないんだよねー」
と先輩の女子が言っていた。
「何それ?何度しても?」
「いや、1度だけ。2度目からは向こうも覚えてる。でも、それで妊娠すると大変。相手は覚えがないと主張するから」
 
「じゃ、自分の排卵周期を把握しておいて、安全日にすればいいのかな」
「安全日のつもりでも、セックスで排卵する場合もあるから、できちゃった時はできちゃった時だね。いつもしている相手なら、万一できた時も責任取ってくれるんじゃない?」
「なるほど」
 

その日、目を覚ました命(めい)はちゃんと服を着て、ふつうに理彩とおしゃべりしながら勉強を続けた。服はもちろん女の子の服!である。最初に着たのとは別の服を理彩の見立てで着ていた。
 
ふつうにおしゃべりしながら、あれだけ気持ちいいことしたのに、命(めい)が覚えてないってのは寂しいなという気もした。あらためてセックスに誘ってしまおうかという気もする。今度は避妊具も用意して。。。。でも買うのちょっと恥ずかしいな。
 
「ん?どうしたの?」と命(めい)が訊いた。理彩が少し考え事をしているふうだったので、命(めい)が心配したのだが、まさかセックスしたいと思ってたとも言えない。
「うん。大丈夫。そうだ、これ命(めい)にあげるね」
 
と言うと、理彩は机の引き出しから、ハートの形の箱に入ったチョコを取り出し命(めい)に渡した。
 
「わあ、バレンタイン!」
「へへ。私たち恋人じゃないけど、こういうのはいいよね」
「僕は理彩のこと好きだし、いつでも恋人になっていいけど」
「そのうちね」
「でもありがとう」
「うん」
 
命(めい)が本当に嬉しそうにしているのを見て、理彩は何か機会があったら、恋人になっちゃってもいいかな、という気もしてくるのであった。また西川君とのことは気にする必要もないということも確信した。命(めい)の心は全部自分のところにある。何と言っても実は1度身体の上でも結びついたんだからね。命(めい)が覚えてないのが残念だけど。
 

理彩と命(めい)は高校3年になる時、進路を訊かれて「阪大」と答えた。直前に受けた模試で「お勧めの受験校」という欄に、各々の希望学部(理彩は医学部、命(めい)は理学部)で阪大と京大が表示されていたので「京都より大阪の方が好きかな」などと言って回答した。
 
その時点で、ふたりとも大阪大学・京都大学というのがどういう大学かよく分かっていなかった。「お前達ふたりとも、あと少し頑張ると東大の合格ラインも越えるぞ」と言われたが、ふたりとも「東京は遠いし」などと答えた。先生たちものんびりしていたが、生徒ものんびりしたものである。ちなみにこの高校から東大理1に合格した人が20年前に1人いたらしい。
 
しかしふたりが阪大を受けると聞いて、理彩のおじさんが「そんな上位校を受けるなら、ちゃんと受検勉強しなきゃだめだ」と言って、ゴールデン・ウィークに行なわれる塾の強化合宿にふたりで行って来いと言い、申し込みをしてくれた。(2011.04-05)
 
それでふたりで出かけて行ったが、場所は兵庫県の山の中の温泉であった。そこの温泉ホテルが会場になっていた。朝7時から夜9時まで12時間コースで授業が行われる(昼食と夕食時に休憩。初日は13時から、最終日は12時まで)。これが4月29日から5月3日まで4泊5日という日程である。2日は平日なのだが、この合宿に参加する子はその日学校は休むことになる。(この年のゴールデンウィークは5月2日と6日が平日で、3日ずつの休み2つに分断されていた)
 
「自然の豊かなところでみっちり鍛えようということなんだって」
「でもここ、うちの村より開けてない?」
「同感」
 
などと言いながら、ふたりとも受付を済ませた。
「命(めい)は部屋はどこ?」
「えっと・・・712って書いてある。7階かな」
「・・・・」
「どうしたの?」
「私も712」
「え?」
「なんで同室なの?」
「取り敢えず行ってみようか」
 
ということで行ってみると、7階のエレベータを降りた所で「このフロアは女性専用です。男性の立入はご遠慮下さい」と書いた立て札が立っている。
 
「えっと・・・僕どうしよう?」
「ああ、だいたい読めた。いいから部屋に行こうよ」
と言って、理彩は命(めい)の腕を取り、部屋まで行った。いちばん端の部屋で、目の前に自販機のコーナーがあるし、すぐそばに非常口がある。
 
「二人部屋だね」
「これってさ・・・・・」
「命(めい)は女の子と間違えられたってことね。一緒に申し込んだ女の子同士だから、同じ部屋にしてくれたんだね」
 
「でも、受付も通ったのに」
「命(めい)って、見た目が中性的だもん。名前も男女どちらでも通るし。まあ、いいんじゃない。この5日間は女の子で通しなよ。私は命(めい)と同室になれて嬉しいし。一緒の部屋で過ごすのは平気だよ」
「うん。僕も平気だし、理彩と一緒にいられるのは嬉しい。でもいいんだろうか」
「バレない、バレない。何ならスカートとか穿く?」
「遠慮しとく」
とは言ったものの、お風呂場で足の毛の処理をやらされて、しっかりスカートを穿かされ、下着も女の子の下着を付けさせられた。
 
「でもなんで僕用の下着を理彩、持って来てたのさ?」
「それは命(めい)に女装させるつもりだったからに決まってるじゃん」
「なんか予定調和だなあ」
 

やがて授業が始まるのでふたりで講義室に行った。同じ国立理系コースなのでふたりの受講日程は同じである。先生が何だか凄い昂揚したノリで驚く。周囲の受講生も黙々と勉強している感じだ。命(めい)も理彩もこういう雰囲気の中で勉強するのは初めてだったので、最初は少し戸惑うくらいであった。
 
けっこう当てられる。命(めい)は英文読解の文章の朗読を指名されたが、発音がきれいなのを褒められた。ラジオの英語講座を毎日聴いている成果である。英作文はあまりにもきれいに訳しすぎて「それが本当だけど、受検では不正解にされるから、こう訳して」と指導されたりするほどであった。
 
理彩も数学で数列の一般式を出す問題をホワイトボードの前まで呼ばれてから問題を出されたが、数秒考えただけで答えを導き出したので、褒められた。これらのことで、ふたりとも同じクラスになった子から、かなり注目された感じであった。
 
「へー。ふたりとも奈良県から出て来たんだ?」
「うちのおじさんから、刺激になるから行って来いと言われて。うちの高校じゃ授業ものんびりしてるし、受験対策とか何も無いから」
「ああ。田舎の学校だとそうかもね」
「進路指導の先生、九州大学を私立で福岡大学を国立と思い込んでたよ」
「なんで?」
「だって関西大学や中部大学が私立で大阪大学や名古屋大学が国立だから、それとの類推」
「それはさすがにのんびりしすぎ」
 
何人かの女の子たちと仲良くなり、理彩も命(めい)も携帯のアドレスの交換をした。しかし誰も命(めい)が男の子であることには全然気付いていない雰囲気であった。
 

17時から18時の間が夕食であったが、夕食を取る大広間にもずっと英語の放送が流されていた。どうもBBC製作のドラマのようである。
 
「えー?赤本・黒本を知らないの?」
「何か受験対策の本?」
「各大学やセンター試験の過去の入試問題をまとめた本だよ」
「そんな本があるんだ?」
理彩たちが、ほんとに受験対策をこれまで全然していなかった風なので、みんなが参考になる本、絶対やっておくべき参考書や問題集などを教えてくれた。こういう情報も田舎では全く入ってきていなかった。理彩はほんとにここに来て良かったと思った。
 
公式の類もあまり知らなかったのをかなり教えてもらった。元素記号の覚え方も理彩たちは「水兵離別僕の船(H He Li Be B C N O F Ne)」までしか知らなかったので、その先を教えてもらって「へー」と感心する。
 
「なーに間があるシップはすぐ来らあ(Na Mg Al Si P S Cl Ar)だよ」
「その先は僕が覚えたのは切るかスコッチ馬喰(ばくろう)マン(K Ca Sc Ti V Cr Mn)、鉄のコルトに銅炎かげる(Fe Co Ni Cu Zn Ga Ge)明日は千秋楽(As Se Br Kr)」
「うーん。そのあたりになると、語呂合わせを元素記号に翻訳するのに難易度を感じる」
 
「貸そうかな。まあ・あてにすな、ひどすぎる借金、ってのもあるよ」
「何だっけ?」
「イオン化傾向だよ。K Ca Na Mg Al Zn Fe Ni Sn Pb H Cu Hg Ag Pt Au」
「面白ーい。初めて知った」
「あ、私が知ってるのはその前にリッチだな。って付いてる。リチウムだけど。リッチだな、貸りるかな(Li K Ca Na)、以下同文」
「貸そうかなという人と借りるかなという人がいるよね」
 

食事の後、21時まで講義があり、その後各自の部屋に戻る。明日までにやっておくべき宿題もどっさり渡された。
 
「なかなかハードだねえ」
「これ先生たちもハードだよね。朝から晩まで講義して、その準備だけでも大変なのに、宿題出してそれをチェックしたり」
「先生も鍛えられるね」
 
「さて、私はお風呂入って来ようっと。命(めい)も一緒に行く?」
「えっと、僕はちょっと風呂はパス」
「汗流した方がいいよ。ハードスケジュールだもん。疲れが溜まるよ」
「いや、どちらに入るという問題があって」
「ああ」
 
温泉ホテルなので各部屋にはトイレのみがあり、お風呂は大浴場に行って入る方式になっている。
 
「ちなみに私は女湯に入るよ」と理彩。
「理彩が男湯に入ったら大騒ぎになるね」と命(めい)。
「命(めい)も女湯に入る?」
「それには少々身体上の問題が・・・」
「じゃ、男湯に入る?」
「それは知り合いにあった場合にまずいという問題が・・・」
「個室にお風呂が付いてたら、良かったのにね」
「仕方ないよ。僕は勉強してるから、理彩ひとりで行って来て」
「OK」
 

命(めい)がひとりで今日渡された宿題をしていたら、やがて理彩が戻って来た。
「さっぱりしたよ。命(めい)も行っておいでよ」
「いや。さすがに。みんないた?」
「うん。同じクラスの子が何人もいたから、ついついおしゃべりばかりしてた」
「何の話するの?」
「今夜はひたすら恋バナかな。私、命(めい)とはひょっとして恋人?とか聞かれたよ」
「えー? 僕のこと男の子ってバレてんの?」
「ううん。女の子同士で恋人ってのも、あるからね」
「確かにあるけどね」
「女子高にいる子とかは、それが普通みたいだし」
「ああ、なるほど」
 
「お風呂は24時間掛け流しでいつでも入れるから、夜中だったら人も少ないかもね」
「そっか。じゃ、夜中に入ってこようかな」
 
ふたりでお茶を飲みながら、理彩が大量に持ってきていたおやつを食べながら勉強をして、夜1時になったので寝ようかなということになる。
 
「じゃ、僕お風呂行ってくるよ。この時間はさすがに誰もいないだろうし」
「そうだね。頑張ってね。どちらに入るの?」
「男湯だよ」
「女湯にも多分誰もいないよ」
「いや、身体を見られた時の問題が」
「そうだね。男湯で見られた場合は、名簿を男子の方に移動されるだけで済むけど、女湯で見られた場合は警察行きだね」
「あはは」
 
お風呂セットを持ち、大浴場に行き、男湯の暖簾をくぐった。ところがそこに人影が居た。
「え? 斎藤。こっち男湯だよ」
と声を掛けられる。
 
「あ、ごめん。間違った」と言って命(めい)は外に飛び出し、その勢いでつい女湯の方に入ってしまった。えーん。どうしよう。ここまで来ておいて、そのまま帰るのも変だし。幸いにも女湯の脱衣場には誰もいない。浴室の方を少しのぞいてみたが、誰もいない。女の子がこんな夜中にお風呂入りには来ないよね、きっと。そう思い直すと服を脱ぎ、浴室に入った。身体を洗い、浴槽に身体を沈める。ほっと息をつく。毎日このくらいの時間帯に入浴しようかな・・・・
 
のんびりと入っていたら、突然ガラッと浴室のドアが開いた。え? 脱衣場の物音には気を付けていたつもりだったのだが、ちょっと気が抜けていたか?
 
入ってきたのは同じクラスで受講している千草だ。身体を洗って、浴槽に入ってからこちらに気付いたようだ。
 
「あ、こんばんは」と千草が挨拶するので命(めい)も「こんばんは」と挨拶する。
 
「あ、その声は命(めい)? 私、眼鏡外すと何も見えなくて」
と言って浴槽の中でこちらに寄ってくる。
 
もうここは開き直るしかないという感じで命(めい)はふつうに彼女と会話する。
 
「だけど、命(めい)っておっぱい小さいね」
「うん。もう洗濯板とか絶壁とか理彩に言われてるよ」
「なんか理彩と仲良いよね。あのふたり恋人っぽいね、とかみんなで言ってたんだけど」
「一応友だちのつもり。公式見解としては」
「おお、公式見解、公式見解。で、どこまでしてるの?」
「キスはしたことあるけど、まだそこまでかなあ」
「おお。充分恋人してるね」
と千草は喜んでいる。
 
その後はふつうに勉強のこととか、おしゃれのこと、ジャニーズの話題に同じクラスで受講している男の子の話題などを話した。この程度の話題ならいつも理彩や春代などと話している時のノリと大差ないので平気である。
 
けっこう盛り上がった所で、一緒にあがろうということになる。
 
浴槽から上がる時に千草の視線が一瞬こちらの股間に来たのを感じた。でも、そちらは見られても平気だ。実は理彩がお風呂に行っていた間にタックしておいたのである。そうしょっちゅうするものではないのだが、今夜は半日女の子していたので、何となくしてみたい気分になってやっていたのだが、女湯に入るのにも役立つとは思わなかった。
 

お風呂場から千草と一緒に戻り、七階のエレベータの前で別れて、命(めい)は自分の部屋に戻った。(女子の受講生は全員7階に入れられているようだ)
 
そっと中に入るともう理彩は寝ていたので、微笑んでそのまま寝ようとしたら「おやすみのキス」と言われた。「唇にしちゃっていい?」と訊くと「じゃ頬」
というので理彩の左頬にキスすると、向こうからもこちらの頬にキスされた。「おやすみ」「おやすみ」と言って寝る。
 
翌朝起きてから、深夜の浴場で千草と遭遇したことを話すと
「よくバレなかったね」と言われる。
「ほんとに」
「でも女湯に入るなんて大胆」
「男湯に入ろうとしたら、高橋君がいてさ。『斎藤さん、こっち男湯』なんて言われちゃったから『ごめん。間違い』といって飛び出して、その勢いで女湯へ」
「なるほど」
 
「今夜からはもっと遅い時間を狙うよ」
「たまたま目の悪い子だったから助かった感じだね」
「そんな感じ」
「でも命(めい)は千草のヌードをしっかり見たんだよね。欲情しないの?」
「理彩以外には欲情しないよ」
「よしよし」
 

そういう訳で、命(めい)はこの合宿の4泊5日を完璧に女の子で通してしまったのであった。お風呂は2日目・3日目は用心して、もっと更に遅い時間に入ったので、誰とも遭遇しなかったが、4日目にはさすがの命(めい)も肝を潰す事態が起きた。
 
明日で最終日か。この4日間、ほんとに鍛えられたし、刺激にもなったなと思いながらのんびりと湯の中で身体を伸ばしていた時のことだった。脱衣場でガヤガヤという声がした。若い女の子数人の声。受講生のようだ!たぶん3〜4人いる。やばっ。こないだは目の悪い千草1人だったから、何とか誤魔化せたけど、この人数では誤魔化せないぞと思う。彼女らが浴室に入るのと同時に入れ替わりで出れば何とか誤魔化せるかも、と思った時「10分だけだよ」という声が頭の中に響いた。え? と思った時、自分の体の感覚が変わったのを感じた。
 
何?これ?
 
胸がある? 触ってみると柔らかい、できたてのハンバーガーのような感触だ。見た感じCカップくらいありそう。そして、お股の所はタックではなく本物の割れ目が・・・・
 
あれ?僕って女の子だったっけ? などと命(めい)自身も頭の中が混乱しているうちに、脱衣場の女の子たちは中に入ってきた。
 
「あれ〜、誰かいる〜」
「こんばんは〜」と命(めい)は開き直って挨拶する。
「あ、命(めい)じゃん。そういえば命(めい)とは一度もお風呂で遭遇しなかったけど、こんな時間に入ってたんだ!」
 
「講義がけっこうハードだから、講義終わったらいったん仮眠して12時すぎから勉強始めて、このくらいの時間にお風呂入ってまた寝るようにしてた」
「なるほどー。それもいいよね。12時間コースで勉強してると最後の方はもう頭が真っ白になるもんね」
 
「ところで理彩と命(めい)って、洋服を共用してるよね」
「2日目に理彩が穿いてたスカートを昨日命(めい)が穿いてた」
「よく観察してるね。私たち、洋服のサイズが同じなんだよねー」
「それ便利だね。でも共用に抵抗が無いってのは、やっぱりふたりって友だち以上の関係?」
 
彼女たちとも話が弾んだ。しかし命(めい)はこの異変?が起きる直前に「10分」
と言われたことを忘れなかった。浴室内にある時計で8分たったところで、
「ごめーん。私、もう寝るね〜」
「うん。おやすみー」
といった会話を交わし、浴室から出た。
 
身体を拭き、パンティを穿いたところで身体が元に戻った。あっ、ちょっと惜しかったかな。もう少し女の子の身体が楽しめても良かったかな、という気もした。平らな状態に戻ってしまった胸にブラを付ける。さっきの胸じゃ、このブラには収まらなかったかもね、などと思ったりしたら、誰かがクスクスと笑ったような気もした。命(めい)は『どこのどなたか分かりませんが、助けてくれて、ありがとう』と心の中で言った。誰かが微笑んでいる気がした。
 

こうして4泊5日の合宿は無事?終わった。帰り、理彩と命(めい)は大阪で更に1泊した。今回の合宿でみんなに教えてもらった参考書や問題集を探したり、また実際に阪大を見学したいなどと家に連絡したら、もう一泊してくればいいと言われ、理彩のお母さんが急遽ネットを使ってホテルを予約し、決済もしてくれたのであった。
 
大阪に出てまずはホテルにチェックインしてから、まずふたりで阪大の豊中市のキャンパスを訪れた。何かを見るというわけでもないが「へー」と思いながら、うろうろする。吹田キャンパスの方へはモノレールでも使って移動すればいいのかなと思って、その付近を歩いていた学生さんっぽい人に尋ねたら普段は学内連絡バスがあるのだけどゴールデンウィークで運休していると言われる。
 
「でも、私今日は車で来てるから、送ってあげるよ」
などと言われたので、親切に甘えることにした。
 
「へー。今度、ここ受けるの?現役生?頑張ってね」と励まされる。
 
ふたりはよくよく御礼を言って吹田キャンパスで降りた。
 
「なんか雰囲気が好きだなあ。私やっぱりここ受けるよ」
「うん。僕も。1月の模試じゃ合格ラインの少し下だったけど頑張って勉強する」
 
ふたりはキャンパスの中にあった池のそばでしばし立ち止まって話した。
 
「塾とか通えないし、ふたりで毎日勉強しようか」
「そうだね。交互にお互いの家で勉強するとかは」
「いいね、それ。夏休みにもまた強化合宿あるみたいだし、参加したいね」
 
「うん。**市内の日中の講座なら、毎日車で送り迎えしてもらえたら参加できるけど、絶対大阪や京都の講座がいいよ。レベルが全然違うもん、たぶん」
「同感。やはり出来る子がたくさん参加している講座に行かないと、こちらの勉強にならない」
「でも、今回女の子で通しちゃったから、命(めい)は夏休みもまた女の子だね」
「あはは・・・・」
「今度はお風呂の付いているホテルだといいね」
「そう願いたいな」
 
「でも命(めい)って、やっぱり女の子の服着るの、嫌いじゃないよね」
「うん。それは全然平気ってか、わりと好き」
「女の子になりたいんだっけ?」
「その気は無いけどなあ。そもそも僕、理彩と結婚したいし」
 
さりげなく命(めい)はそういうことばを混ぜた。が理彩は何もいわずに池の水面を眺めている。しぱし沈黙が続いたが、それは重苦しいものではなかった。
 
「そろそろ帰ろうか」と理彩。
「うん。千里中央で乗り換えればいいね」
 
今日のホテルは新大阪駅の近くである。
 
並んで歩いていたら、理彩が手を伸ばしてきた。命(めい)は微笑んでその手を握った。ふたりはしっかり手をつないで歩いて行った。
 
「私たちさ・・・・」と理彩が言う。
「うん」
「きっと、なるようになるよね。何かそんな気がする」
 
「どういう意味?」
「うーん。私にもよく分からない。とりあえず今夜どうする?」
「どうするって?」
「まさかお母ちゃんがダブルを予約していたとはね」
「あれ絶対わざとだよね」
「うん。母ちゃんに電話したらごめん、間違いとは言ってたけどね」
 
ふたりがホテルにチェックインした時、予約がダブルなのに女性ふたりだったせいか、フロントの人が
「ダブルのご予約になっていますが、よかったでしょうか?」
と尋ねられた。理彩は咳き込んだが
「あのぉ、もし空いてたらツインに変更できますか?」
と尋ねる。
「はい。空きは御座います。料金は同じですから、そちらに振り替えますね」
 
などというやりとりがあったのであった。
 
「せっかく同じ部屋に泊まるし、1度Hとかしてみる?」と理彩が訊く。命(めい)はドキっとした。ここで自分がうんと言えば、理彩はさせてくれるのかも知れない。でも・・・・
「この4日間も一緒の部屋だったけど、何もしなかったよ」
と答えた。
「命(めい)って好きだなあ。こういう抑制的なところが」
と理彩が笑いながら言う。
 
理彩は、命(めい)がしたいといったらセックスするつもりでいた。2月に実際にはしたのに、命(めい)がそれを覚えていないから、ふたりとも記憶に残る形で一度しておきたい気分だった。避妊具は命(めい)が買ってくれるだろうし。でも、まだもう少し先かな・・・・夏休みにも誘惑しちゃおう。
 
命(めい)の方は、理彩の反応を見て自分がそう答えるだろうと確信して、こんなこと訊いたのかな?と思った。理彩はけっこう大胆なことを言うけど、本気なのかどうなのか、いまいちよく分からない。でも今はまだこれ以上ふたりの仲を進行させなくてもいい、などと思いながら、しっかりと理彩の手を握った。
 
そしてふたりは手を握り微笑みながら駅の方へ向かって歩いて行った。
 
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【神様のお陰・高2編】(1)