【Shinkon】(2)
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(c)Eriko Kawaguchi 2012-03-23
彼にされている最中にちょっと自分の手でその付近を触ったら、何だか感触が女の子の股間なのである。どうも彼とする時だけ、僕の身体は女の子になっているみたいだということに気付いた。最初は分からなかったのだが、乳房もかなり膨らんでいる。それに声を出す時にも女の声になっている。僕は元々女の子っぼい声も出せるが、彼にされている時に出る声はもっと純粋な女声だ。
2週間目のある日、僕は彼が布団から出た直後に自分のお股の所に手をやり、たしかに割れ目ちゃんがあり、その中にクリトリスとヴァギナも存在することを確認した。ヴァギナには入れられた感触が残っていた。でも僕はすぐに眠くなり、目が覚めるともう男の身体なのである。裸のままだけど。
そもそもが超自然っぽい現象なので、身体の変形が起きていても納得いくような気もした。僕はそうと分かると、彼とのセックスの時に少し甘えるような声の出し方で「あれしてぇ」とか「これして♪」とリクエストをするようになった。彼もそれを面白がっているようで、色々なプレイを楽しむことができた。これ、多分基本的には「夢」なんだろうけど、ここで彼とのセックスでいろいろ研究していたら、後で、理彩を口説き落として恋人になれた時も、使えるよな、と思っていた。
僕は本屋さんで立ち読みしたり、ネットで調べたりして、色々な「プレイ」
や「ワザ」を勉強し、それを彼に提案してみた。するとそれも彼は新鮮だなどと言って、試してみたりした。彼は物凄く腕力があるみたいで、色々とアクロバット的な体位をしても、平気なようであった。1度「駅弁スタイル」
もしてもらったけど、これはこちらも辛くて快感どころではなかった。彼もさすがにきつかったようで「これまたやりたい?」ときくので
「やめようか」と答え「ふつうのがいいね」などという会話になった。
この頃、僕は毎晩のプレイで疲れてはいるものの精神的には充足していて、学校でも授業中積極的に発言して「元気だね」とよく言われたし、理彩とのメールでも文章が活力を持っていて、理彩からも「なんか頑張ってるみたい。私も頑張るね」などと返信が来ていた。
「ね、ね、もしかして命(めい)、恋人できた?」
と6月上旬に久しぶりに理彩と会って食事をした時に言われた。
「うーん。リアルじゃないんだけどね」と僕が言うと
「2次元か!」と理彩が言う。
「まあ、あまりハマりすぎないようにすれば、それもまた楽しいけどね」
「そうだね。理彩は○○君と、実際はどうなの?」
「うん。3回デートしてるからなあ。次あたりでそろそろホテルとかに誘われちゃうかも知れない」
「避妊しっかりね」
「うん。私もまだ妊娠出産はしたくないから、ちゃんと付けさせるよ」
そんな話をしたのだが、その時、あれ?僕は避妊しなくても大丈夫なんだろうか?という疑問がチラっと起きた。でもあれ現実じゃないから、妊娠は無いよね・・・そもそも、僕、卵巣や子宮が無いし。
7月4日の晩のことだった。
いつものように夜の秘め事が終わり、彼が身支度を調えて帰る時
「すまないけど、しばらく来れないと思う」
と言った。
「えー、寂しい」と僕は言う。
彼との夜の営みは、自分の生活の一部になっていたので、それがしばらく途絶えるのは、ほんとに寂しい気がした。
「お金が必要になると思うから、7月12日、みずほ銀行の○○支店前の売店で14時ジャストに、サマージャンボを10枚バラで買って」
と彼が言う。
「宝くじ?」
「うん。僕はこの世界にダイレクトには作用できないけど、そのくらいはしてもいいから。買う前にソーミーショーリョーと唱えて」
その時、初めてこの相手が、あの祈年祭の「真祭」で、かがり火の回りを一緒に踊った相手であることに思い至った。そういえば、あの時「また会いたい」と言われたんだっけ!
「次、いつ会えるの?」
「多分、来年の3月」
そして彼は去って行った。心の中にポッカリと大きな穴が空いた気がした。
僕がまたボーっとしているので、クラスメイトたちが心配した。
「うん、何とか頑張る」と僕は答えて、勉強に集中しようとした。そういえぱバイトもしなくちゃなと思う。入学当初、少しバイト探しをしたのだが、なかなか良いところが見つからなかった。そんなことをしている内に「夜の訪問」
が始まり、そちらで体力・気力を使い切っていたので、バイトどころではない気がして、バイト探しは中断していた。取り敢えず、最初はたくさんいるだろうと言って親が少し多めに送金してくれていたので、何とかなっていたが、いつまでも親に頼る訳にもいかない。
しかしバイト情報誌を見ていても、なかなかまともなバイトが無い。幾つか電話をして、何件か面接にも行ったのだが、不調であった。
理彩からも電話で「元気無いけど、失恋したの?」などと言われる。
「うーん。それに近いものかなあ」
「元気出しなよ。また食事でもしようか?」
「いや、今理彩、○○君とうまく行ってるみたいだし、僕と会ってる所、他人に見られて誤解されたらいけないから、遠慮しておくよ」
「そう? 辛い時は電話してね。いつでも話し相手になるから」
「うん。ありがとう」
「そうだ。女装してみない?女装すると気持ちいいよ」
「そうだなあ。。。でも女物の服持ってないし」
「嘘つくのは良くないよ。でも持ってないなら貸してあげるよ」
と言って、理彩はその日の内に僕のアパートまで自分の服を数セットに、女物の下着(新品)まで持ってきてくれた。
僕も「たまにはいいよね」と思い、身につけてみると、少し気分がすっきりする。ちょっとその格好でコンビニに行って、サラダとコーラを買ってきたら、もっとすっきりした。
翌日は「午前中ちょっと時間空いたから、一緒に御飯でも食べよう」と朝から理彩が電話をしてきた。
「いや。○○君に悪いから」と僕が言うと
「女の子の友だちと会うのにボーイフレンドに遠慮する必要無いもん」
「は?」
「だから、命(めい)は女の子の服を着て来てよね」
「あはは」
僕は確かに気分転換になりそうだしと思い、理彩から借りた女物の服を身につけ(下着もブラとショーツを付けた)、スカートもちゃんと穿いて、実はこっそり買っていた口紅も塗って、理彩との待ち合わせ場所に行った。
「理彩、お待たせって、あれ? そちらは」
と僕は理彩の隣に座っている男の子に気付いて言う。
「あ、メイ、これ、私の彼氏の○○。○○、これ私の古い友だちのメイ」
「ごめーん。デートの予定だった。そちら優先して」
と僕。なぜかこういう時は自然に女の子っぽい声が出ちゃう。
「ううん。○○とは別に今日は約束してないし。私がここにいるの見て、男と待ち合わせしてるんじゃないかなんて疑うからさ。じゃ、誰が来るか見てなよ、と言っただけ。男の嫉妬ってみっともないよ」
「それはやはり理彩が浮気性だから、彼氏も心配するんだよ」
「やっぱり、こいつ浮気性ですよね?」と彼氏がいう。
「ええ。昔からそうでした。でも強烈な吸引力を持ってる男の子がいると、その子に真剣に夢中になって、浮気はしないんですよ」と僕は少し皮肉って笑顔で答える。
「強烈な吸引力か。よし頑張るから、これからデートしろよ、リサ」
「私、メイと御飯食べる約束だったんだよ」
「いいよ。今日は○○君に譲ってあげる。また今度ね」
と言って僕は席を立つ。
「ああん」などと理彩は言っているが僕は「今日のは貸しね」と笑顔で言って、その場から立ち去った。
僕は仕方ないので、春代に電話して、理彩に乗せられて女装で町に出てきたものの、理彩は他の男の子とデートに行っちゃったと説明した上で、せっかく女装したのに、このまま帰るのも虚しいから、お昼付き合わない?と誘った。
「ああ、命(めい)か!最初声が分からなくて誰かと思ったよ」
「あ、そうか。ごめん。えっとちょっと待って。男の子の声。。。こんな感じかな」
「分かった分かった。そちら女の子の格好してるなら、さっきの女の子の声でいいよ」
「ありがとう」
「そうだなあ。命(めい)が今日は女の子なら、付き合ってもいいかな。女の子と会うなら、私も浮気にならないし。じゃ、お昼おごりなら付き合うよ」
「そうだね。神戸から電車代使わせちゃうし、お昼代はおごるよ」
ということで春代は阪神で梅田まで出て来てくれた。駅で落ち合うと
「わあ、可愛い!」と春代は僕の服装を褒めてくれる。
「子供の頃から、命(めい)の女装は何度も見てたけど、あらためてこうして見ると可愛いね。でもお化粧、もっとすればいいのに」
「やり方分からないのよね。化粧品も口紅しか持ってないし」
「よし、そしたら化粧品、ワンセット買いに行こうよ。お昼のあとで」
「えー?」
「でも、最近はもうこういう格好で学校に行ってるの?」
「いや、まだそういう勇気は無くって」
「出て行けばいいのに。カムアウトしちゃったら楽だよ」
「でも僕は女の子になりたい訳じゃなくて、女の子の格好するのが好きなだけだからさ」
「そういう意味不明な言い訳はやめようね」
7月12日。その日はなぜか朝から気持ちが爽快だった。自分でもなぜこんなにスッキリした気分なのか、よく分からなかった。何だか勘が冴えていて、交差点で赤信号を見た時、どちらが次に青になるかというのが、ピタリと分かった。電車に乗るのに「あ。これは間に合う」と思い、ゆっくりと乗車口まで歩いて行くと、僕が乗った次の瞬間、ドアが閉まった。
僕はその日の講義を午前中だけ出て午後からはサボることにし、「彼」から言われた通り、みずほ銀行の○○支店に行った。途中で何となくそんな気分になったのでたまたま通りかかった洋服屋さんで僕はスカートを買い、その店の試着室を借りてスカートに穿き替えると、その格好で支店まで行った。店の前に宝くじ売場がある。時計を見る。14時。僕は「ソーミーショーリョー」と唱えて、売場のおばちゃんに「サマージャンボ、バラで10枚ください」と言った。
「彼」がわざわざ言ったのだから、これきっと当たるのだろうけど、いくら当たるんだろうな、と思う。あまりこちらの世界に干渉できないとか言ってたけど3等の100万円くらい当たるのだろうか。そのくらいあたると、バイトが見つかるまでの生活資金・学資にはなるよな・・・・と僕はスカートの中に吹き込む心地良い夏の風を感じながら、そんなことを思っていた。
異変に気付いたのは、7月も下旬であった。
学校がもうすぐ夏休みに入るので、このまま帰省しようかと思っていたところで家庭教師の口が見つかった。高校3年生で、夏休みの間、塾にも通わせるが目標校にかなり怪しい点数なので、家庭教師にも就いて、しっかり鍛えたいという話であった。僕はその高校生を毎日夕方2時間ほど指導した。
理彩の方もマクドナルドのバイトをしていて夏休みは少し学資を稼ぎたいから帰省せずにバイトで頑張ると言っていた。僕たちは7月下旬に1度会った。僕は○○君に配慮して女装で出て行った。(ああ、こんなことしてるといつも女装ばかりしているように思われちゃう、などとも思うのだが)
「なんか顔色が悪いね。どうしたの?」と理彩からいきなり言われた。
「なんか最近胃腸の調子が悪くてね。こないだから何度か吐いたりしたんだよね」
「ふーん。命(めい)って、元々あまり身体が丈夫なほうじゃないからね。バイトで無理してない?」
「それは大丈夫。夕方2時間だから。その前に午後仮眠して体調を整えてる」
「ほんと無理しないでね。あまり調子悪かったら、病院で診てもらった方がいいよ」
「うん。そこまでは無いと思うんだけどね」
8月上旬。ちょうど大学が夏休みに入った頃、僕は夢を見た。空にとても明るい星が光っていた。その星が輝きを増して、こちらに近づいてきた。何だ何だ?と思っていたら、その星が僕の体内に飛び込んだ。お腹の中で、星は強く光っていた。
ハッとして目が覚めた。もしかして、僕って妊娠した? こないだからの胃腸の調子が悪いのは、ひょっとして、つわりだったりして??
朝になると、僕は居ても立ってもいられなくて、ドラッグストアに行き、妊娠検査薬を買ってきた。2個組1800円だった。1個取り出して、トイレで自分のおしっこを掛けてみた。
陽性!
ひぇー。やっぱり妊娠してるんだ! でもどこに入ってんだ?子宮なんて無いはずなのに。
でも、どうしよう?これ。
こんなアホな事態、相談できるのは、やはり彼女しかない。僕は理彩に電話した。
「おはよう。実は相談があるんだけど、会ってくれない?」
「いいよ。今日はちょっと都合が付かないけど、明日の午前中なら」
「じゃ、いつものあそこで」
「うん。じゃ10時に」
翌日、僕が女装をして、いつものファミレスで待っていると、理彩は9:50にやってきた。
「待たせた?」
「ううん。まだ時間前だし」
ケーキセットを頼み、食べながら話す。
「実はさ、僕5月から7月上旬に掛けて、恋人が出来ていたんだけど」
「ああ、やっぱり、あれ恋愛中だったのね。7月上旬に掛けてということは、もう別れたの?」
「来年の3月まで会えないと言われた」
「まあ、それは事実上のサヨナラだね」
「それで実は困ったことになってて」
「ん?」
「どうもね・・・妊娠しちゃったみたいで」
理彩は顔をしかめた。
「避妊してなかったの?」
「いや、まさか妊娠するなんて思いもよらなかったし」
「命(めい)のこと、私見損なったよ。セックスすれば妊娠の可能性あるんだから、ちゃんと付けるべきでしょ。命(めい)がそんな無責任とは思わなかった。で、彼女はどう言ってるの?産みたいのか、中絶したいのか?」
「あ、違う。妊娠したのは、相手じゃなくて、僕自身なんだよ」
「は?」
理彩は目をパチクリさせた。柳眉を逆立てた状態で目を開け閉めすると、物凄い美人だ。あらためて僕は何とかして彼女を自分のものにしたい気持ちになった。もし今の彼と別れてくれたりしたら、絶対獲得したい。いや、どちらかというと横取りしてでも獲得したい。
「今、僕のお腹の中に新しい命(いのち)が宿ってるんだよ」
「命(めい)、頭おかしくなった?」
「これ見てよ。今朝、妊娠検査薬を使ってみた」
僕はビニール袋に入れた妊娠検査薬のスティックを理彩に見せた。
「これ、命(めい)のを掛けたの?」
「そう。僕のおしっこを掛けた」
「男の子の場合も、これで判定できるんだっけ?」
「これが反応するということはhCGホルモンが存在しているということで。つまり胎盤が存在しているということで。それにこないだからずっと胃腸の調子が悪くて吐いたりしてたのって、つわりだと思うんだ」
「命(めい)って子宮があったんだっけ?」
「そんなものがあるとは思ったことないけど」
「だいたい、どうすれば妊娠するのさ?」
僕は5月から7月上旬にかけての毎晩のできごとを説明した。
「じゃ、恋人って、彼女じゃなくて、彼氏が出来たのか! 命(めい)ってバイだったっけ?」
「僕がバイなことは今更指摘しなくても知ってる癖に。でも女としてセックスするという事態は想像の範囲外だよ。どうも、ソーミーショーリョーの人みたいなんだよ。2月の真祭の時、そういえば『また会いたい』って言われたのよね」
「相手は神様か!」
「なんか、古事記の活玉依姫の話を思い出しちゃった」
「なんだっけ、それ?」
僕は三輪山の神様が、毎晩活玉依姫の元に通い、姫が神の子を妊娠した物語を語って聞かせた。
「その手の話はあちこちにあるよね。松浦佐夜姫の元に毎晩、愛しい彼に擬した神様がやってきたとか。でも神様なら性別くらい超越しちゃうのか」
「かも。僕も女の立場でたくさんセックス経験して、勉強にはなったけど」
「どうするの?でも」
「うん。どうしたらいいか、全く見当も付かない」
「とりあえず、産婦人科に行ってみようか?」
「えー?」
「だって、赤ちゃんできたら産婦人科だよ。診てもらって、それから産むか中絶するか考えてみようよ」
「神様の子供を妊娠したんだったら、中絶という選択はあり得ないと思う」
「じゃ産む気?」
「できたら産みたい気はする」
「でも多分、男の身体では妊娠が維持できないよ」
「神様の子供なら、何とかなる気がする」
「だいたいどこから産むのさ?」
「最後は帝王切開だろうね」
「うん。それしかないだろうね」
僕がひとりで産婦人科に行く勇気が無いというので、理彩が付き添ってくれた。結局女装のままである。僕も女装でたいがいの所に行った気もするが産婦人科に来たのは初めてだ。ふたりで診察室に入って行き、僕が妊娠したようだと告げると、最初医師は僕が男の子であることに気付かなかったようで、では見せて下さいという。しかし、僕が服を脱いで男の子であることに気付くと
「あんた、ふざけないで。精神科を紹介しようか?」
などと言われる。まあ、普通の反応だ。
「いや、ほんとうなんです。これを見てください」
と言って、僕が妊娠検査薬を使って陽性になっているのを見せると、何か腫瘍でもできているのかも知れないというので、真面目に僕の身体を検査してくれた。
「確かに妊娠してます。腹膜に胎盤ができてます。物凄く絶妙な場所で、もし子宮の無い人が妊娠できるとしたら、ここ以外あり得ないという最高の場所です」
「でも、何をしたらこんな事態になるんです? あなたの身体、見てみたけど、卵巣があるようには見えないし、受精卵を人工的にここに置いたりしない限り、こんなことにはならない筈です。でもあなたのお腹には開腹したような跡も見あたらないし」
「信じてもらえないと思うんですが、5月の中旬から7月の上旬に掛けて、自分が女の身体になって、男とセックスする夢を毎晩見ていたんです。自分の身体が女になっているという時点で、夢としか思えないのですが、物凄く現実感があったんですよね」
「エコー写真で見る限り、今、6週目くらいの感じですから、受精したのは7月上旬になりそうですね」
「その夢で彼と最後にセックスしたのが7月4日です」
「じゃ、その日が受精日ですね」
「産むとしたら予定日はどうなります?」
「うーんと。。。」
と言って医師はパソコンの画面を見る。
「予定日は3月下旬。27日くらいでしょう」
「あ」と理彩が声を上げる。
「その夢の中の彼が、次は3月に来ると言ったらしいんです。それって、もしかして自分の子供を見に来るということだったりして」
「なるほどね。たぶん、妊娠したから、来なくなったのかも知れないですね」と医師。「妊娠させるのが目的だったのよ、きっと」と理彩。
「まあ、妊娠ってのはする気がないと簡単にしてしまうものですが、しようとするとなかなかしないものだから、2ヶ月掛かったのでしょうね」と医師。
医師は僕たちの語る話を信用まではしないものの、何となく受け入れてくれるようで、僕たちは好感を持った。
「もし良かったら、出産までこちらの病院でお世話になれないでしょうか?」
「あんた、本当に産む気?」
「はい」
「男性の身体では妊娠が維持できないと思います。それに腹膜妊娠はとても危険です。命(いのち)に関わりますから、中絶を勧めます」
「何か異変があった場合は、飛び込んだら処置してもらえますよね?」
「ええ。ここは非常勤の医師も含めて24時間誰か1人は産婦人科医がいますから」
「じゃ、このまま妊娠が維持できてたら、そのままにしてもらえないでしょうか」
「分かりました。では来月までは毎週来て下さい。私が診察しますから、私がいる時間帯を受付で確認して予約を取ってもらえますか? 10月くらいになると安定期に入るから、月2回でいいです」
「お願いします」
「一応、男性でも腹膜妊娠可能だという説はあったのですが、その場合、妊娠の週数が進むにつれ、女性ホルモンが分泌され、おっぱいも妊婦のように膨らむと言われています。女性ホルモンの影響で、男性としては不能になる可能性が高いですが、それは構いませんか?」
「それは仕方ないですね。こんな奇跡みたいな子、行ける所まで行く末を見守りたいです」
「たぶん、妊娠が終わっても、男性としての機能は回復しませんよ」
「はい、それでいいです」
と僕は言い切った。
「ふーん。じゃ、とうとう男をやめる覚悟はできたんだ?」
と理彩は言った。僕たちは産婦人科を出たあと、一緒に昼食を取っていた。
「先のことは分からないけど、とにかく今はこの子優先」
「男性として不能になっちゃったら、もうセックスもしてあげられないね」
「今、すごーく理彩とセックスしたい」
「ふふふ。してあげようか?」
「え?だって○○君に悪いよ」
「実は昨日、○○とは別れた」
「えー!?」
「こないだから、ちょっとお互いに違和感を感じてたんだよね。昨日会って話していて、別れることになった」
「昨日用事があるって言ってたのは、それだったのか・・・・残念だったね」
「このタイミングで私がフリーになっちゃったのって、きっと命(めい)のサポートをするためという気がするよ。男の身で妊娠しちゃうなんて、多分、女性の協力がないと、社会的にもいろいろ困ったことが起きるよ」
「そうかも知れないね」
その日、僕たちは午後からホテルに行き、2月以来、半年ぶりのセックスをした。もちろん、ちゃんと避妊具を付けた。僕の妊娠に悪影響を及ぼしてはいけないというので、お腹に負担のかからない側位で結合した。それから2度目は今体内でどんどん分泌されているであろう女性ホルモン(特にプロゲステロン)の影響でやはり弱くなっているのか発射までは行けなかったものの、松葉の状態で結合して、逝くのに近い快感は得られた。
「命(めい)のおちんちんが立つ間は、セックスしてあげるよ」
「妊娠が進むと女性ホルモンがもっともっと分泌されるだろうから、もう立たなくなっちゃうんだろうね」
「ニューハーフさんで、女性ホルモンを飲んでる人って、女性ホルモン飲むのやめても、もう男性としての機能は回復しないらしいから、命(めい)もたぶんそういう状態になっちゃうよ」
「まあ、仕方ないね、それは」
「仕方ないって思えるんだね。やっぱり、命(めい)って実はおちんちん無くなってもいいとか、むしろ無くしたいって思ってない?」
「そんな気は無いけどなあ。でも、おちんちん使えなくなったら、もう理彩と結婚はできなくなっちゃうな。それが残念」
「私たちはずっと友だちだよ」
「ありがとう。とりあえずこの子が生まれるまではサポートして欲しい」
「うん」
病院から、住んでいる自治体の窓口で母子手帳をもらってきてください、と言われたので、市の健康福祉部に行き、もらおうとしたのだが、妊娠したのが自分だと言うと、ふざけないで、と言われて追い返されてしまった。まあ、普通、からかっているか頭がおかしいと思われるだろう。でも、病院の診断書持って行ったのに!
理彩に相談したら「ちゃんと女装して行った?」と訊かれる。
「えっと・・・・男装で行ったけど」
「それで妊娠したと言ったら、変な人と思われるよ。いいよ、私がもらってきてあげるから」
と言い、僕の住んでいる市の窓口に行って、僕の名前で母子手帳を交付してもらってきてくれた。
「ありがとう!助かる」
「こういう時『命(めい)』って名前は、男女の性別が曖昧だから便利だね」
僕は頷いた。それは昔から時々思っていたことである。
「だけど、その内、おっぱい膨らんでくるってお医者さん、言ってたから、きっとブラジャーが必要になるね」
「ブラジャー・・・・」
「今でも、いつも付けてるでしょうけど」
「いつもじゃないよお。女装で理彩と会う時くらいだよ」
「ふーん。それ以外では付けないの?」
「いや。。。。たまには付けるけど」
「この手のやりとり、いちいち面倒だから、ちゃんと自分はいつも女の服着てます、自分は女の子になりたいですと認めなさい」
「えっと」
「まあいいよ。今ブラのサイズなんだっけ?」
「A75だよ」
「今はそれでもカップが余ってるよね」
「うん」
「それがすぐAでは足りなくなるだろうね。Bになり、Cになり、Dになり、Hになり」
「DからいきなりHになるの?」
「そのくらい大きくなるかもよ。妊娠したら」
「ひゃー」
僕はちょっと頭がくらくらした。
「妊婦用の服とか、女性用しか無いから、お腹が大きくなってきたら、そういう服を着ないとね」
「それもなんか頭がクラクラするよ」
「でも、命(めい)は女物の服を着るのは平気だからいいよね? むしろ着たいでしょ」
「うん。まあ。でも妊婦服を着ることになるとは」
「じゃ、今日も練習で、ちょっと女の子の服を着ておこう」
「やっぱり、理彩と会えば結局女装させられるのか」
「練習だよ、練習。今日は少し大きめの服を買おうね」
そういう訳で、僕は理彩にうまく乗せられて、これから必要になるであろう少し大きめの女物の服を買いに行った。
まずアウターのコーナーで、W67のウェストにゴム部分のあるスカートとLのブラウスを買う。今僕が穿いているレディースジーンズはW61である。
「今は67がずれ落ちるだろうけどさ。すぐに69とか73とかになるよ」
「頭痛い・・・・」
「じゃ、次は下着下着」
ランジェリーコーナーに行った。今はA75のブラを付けているが、すぐ大きくなるんだし、Dカップ買いなよと言われたが、僕は少し抵抗して、結局その日はC75で勘弁してもらった。それからショーツも取り敢えずLを数枚買った。
「でも母親になるついでに、性転換手術して、女になっちゃうのも手かもね。どうせ男の機能は無くなっちゃうんだし」
「うーん。。。。性転換したくなっちゃったら、どうしよう・・・」
「その方が自然かもよ。子供にとっても、お母さんが男って、なんか理解しにくい事態だし」
「僕にとっても理解しにくい事態なんだけどね」
「ほらほら、今すぐタイに行っておちんちん取ってきたくならないかい?」
「うーんとね。マジな話、母体にショック与えるようなことはできるだけ控えたいから、性転換手術なんて問題外だし、睾丸の除去とかでもしたくない。本当は睾丸は無い方が妊娠維持しやすいだろうけど、手術のショックの方が怖いんだよね。更には気圧の変わる飛行機にも乗りたくないから外国も行きたくない」
「おお、ちゃんと赤ちゃんのこと考えてる」
「もし性転換手術受けたくなっちゃった場合でも、出産が終わってからにするよ。もっとも、僕は性転換するつもりはないけどね。自分の男の身体が気に入ってるから」
「そうかなあ。女の子になりたいみたいに見えるけどなあ、まあ、その問題は出産が終わってから話そうか」
「うん」
理彩のアパートに一緒に行って、買ってきた服を身につけてみた。
「やっぱり、命(めい)って、女の子の服を着ても違和感無いなあ」
「2月に理彩が買った服を着た時でも、何となく着こなしちゃったしね」
「その後何度か女装で会った時も全然問題無かったよ。もういっそずっと女装で暮らす?」
「ちょっと、まだその気にはなれない」
「でも妊娠6ヶ月くらいまで行くと、妊婦服を着るしかなくなるからね」
「それはそうだけどね」
「じゃ、バイトに行く時だけ男物の服を着て、それ以外では女物の服を着るというのは?」
「どうせ秋からはずっと妊婦服だもんね。その前に少し可愛い服を着ておこうかなあ」
「そうそう、それがいいよ」
「でも、これ、たくさんお金がかかりそう」
「赤ちゃん作るのってお金掛かるのよ。出産の時も病院代30万か40万掛かるしね。帝王切開ならもっと掛かるかもね。女性ならその分、健康保険から42万円の一時金が出るけど、男じゃ出してもらえないだろうな」
「うーん。分娩費のことは頭が痛い・・・・あ、そうだ!」
「ん?」
「そういえば、例の彼が最後に去って行く時、宝くじを買えって言ったんだよ」
「ジャンボか何か?」
「そう。サマージャンボ」
「昨日が当選日だったよ。でも神様が買えって言ったってのは当たるということだよね」
「多分。でも結果、まだ見てないや。100万とかでも当たってたらいいんだけど」
「見てみよう」
理彩は自分のパソコンから宝くじの当選番号のサイトに接続する。僕はバッグに入れっぱなしにしていた宝くじを出し、バラなので1枚ずつ確認していった。8枚目まで、全く当たっていない。9枚目。
「5等が当たってる」
「5等っていくら?」
「1万円だね」
「1万円か! もう少し当たるかと思ってたのに」
「ふつうなら、1万円でも充分嬉しいけどね」
「あーあ」
「取り敢えず最後の1枚も照合するよ」
僕たちは最後の1枚をチェックした。
「ちょっと・・・・・」と理彩が絶句している。
「1等??」
「2億円だよ」
「ひぇー、もらいすぎ」
「でもまあ、命(めい)の人生を犠牲にして子供産むんだから、そのくらいもらってもいいかもね。多分、もう命(めい)は男としては生きられなくなっちゃうもん」
「わあ・・・・」
僕と理彩は一緒に帰郷した。こういう事態は親ともちゃんと相談して行動しなければならないと考えたからである。
僕の両親に理彩の家に来てもらい、双方の親の前で、僕が妊娠したということを告げると、双方の両親は、最初てっきり理彩が妊娠したのだと思ったようであった。しかしそうではなく、僕が妊娠したということを説明し、僕の名前の妊娠診断書のコピー(本票は母子手帳をもらう時に窓口に提出した)を見せると、信じられないという顔をする。
そこで僕は5月の中旬から7月の上旬に掛けて、毎晩夜の訪問者があり、その夢か現実か分からない世界で、僕が女の身体になっていて、毎晩「彼」を受け入れていたことを説明した。そしてその「彼」は祈年祭の神様のようであることも。
「ずっと、昔、この村でやはり男の子が神様の子を妊娠したという伝説はあるよ」
と理彩のお父さんが言った。
「その親子はどうなったんですか?」
「よく分からない。子供の方は、生まれてから1年後に『父の国に行きます』と言って、天に帰って行ったとも聞く」
「それって、『賀茂の玉依姫』の伝説っぽいですね」
「そうそう。産んだのが男の子ということをのぞいてはね。神の子供を妊娠したという伝説はこの村には多数あるんだよ。戦後間もない頃にもあったらしいし。産んだのは女の子だったんだけどね」
「へー」
「孕んだ女性は、元々多情な子でボーイフレンドが何人もいたんで、いろんな男と付き合ってて自分でも誰の子供か分からなくなったんじゃないかって、随分責められたらしい」
「まあ、神様の子供ってのは、だいたいそういうのの言い訳に使われるよね」
「しかしお前どうするんだ?腹膜妊娠って物凄く危険だろう?中絶した方がよくないか?」と母。
「神様の子供を中絶なんて、あり得ないと思う」と僕。
「このまま妊娠を継続すると、命(めい)はそのうち、おっぱいが膨らんで来て、男性としては不能になってしまうだろう、とお医者さんに言われました。でも命(めい)はそれでもいいから、この奇跡みたいな子の命(いのち)を優先したいって」
「僕自身が、この世にちゃんと生きて生まれて来れたのが奇跡みたいなものだから、その僕が性別を超越して妊娠しちゃうって、何かの運命(さだめ)のような気がするんだよね。だから、この子をしっかり産んであげたい。まあ、出てくる道が無いから最後は帝王切開しないといけないけど」
ふつうの親なら、こんなとんでもない事態、理解してくれなかったと思う。しかしこの村は神話や伝説が現実世界と混淆しているような村である。双方の両親は、僕たちの意志を大事にしてあげたいと言い、必要なサポートはしていくと約束してくれた。
「それで、妊娠なんて普通女性しかしないものだから、男性が妊娠した場合、あれこれ社会的にうまく行かない部分がけっこうあると思うんです。その日常のサポートは私がしていきたいです」と理彩が言ってくれる。
「そうだね。命(めい)君をサポートしてあげて」と理彩の母。
「で、さっそく、ちょっとお願いがあるんだけど」と言って、僕は宝くじの1等に当選したことを言った。
「神様が指定した通りの買い方したら、当たっちゃって」
「いくら当たったの?」
「2億円」
「きゃー」
「それで、こういう高額の当選金は、銀行の窓口でないと受け取れないし、未成年者では受け取れないから、代わりに受け取ってくれない?」
「分かった。受け取って、お前の口座に入金すればいいな」
「うん、助かる。僕の名前で当選証明書をもらって。でないと贈与税取られちゃうから」
「2億円の贈与税って恐ろしいな」
「半額取られちゃうよ」
「半額!税務署もえげつないな」
僕たちはまた大阪に戻った。両親たちは妊娠したお腹をさらすと奇異に見られるから、休学して出産まで、こちらにいたらと言ったのだが、異変が起きた時こちらでは病院に駆け込めないからということで、大阪に戻ることにしたのである。あまり変な目で見られないように女装しておくといいという理彩のアイデアについても、双方の両親が賛成してくれたので、僕はこのあと8月いっぱいは家庭教師のバイトに行く時以外は女装しているようにした。むろん今着ている服はすぐに着れなくなるはずだが。
女装での外出は高校時代までも理彩に乗せられてけっこう経験はしていたもののあくまでお遊びでの範疇で、あまり慣れていた訳ではないので、最初の頃は結構ドキドキしたし、戸惑ったり、恥ずかしくて行動できないようなものもあったが次第に慣れてきた。
女子トイレは以前から時々気分次第で使っていたことは使っていたが、あまり人のいない所を使っていた。しかし、早々に理彩に無理矢理手を引っ張っていかれて長い列の出来ている女子トイレを体験させられた。人間の慣れは凄いもので、8月下旬頃には自然といつでも女子トイレに入れるようになった。
うっかり女装していない時にも入ってしまったが、何にも咎められなかった。手洗い場の所まで来て、鏡に映った自分の服装を見てぎゃっと思ったのだが、後に並んでいる人も別に変に思っているような顔はしていない。慌てて手を洗って外に出たのだが、それを理彩に言ったら笑われた。
「そりゃそうだよ。命(めい)って、元々女顔だもん」などと言っている。
「今度は一緒に女湯に行こうよ」
「それはさすがに無茶!」
女湯は勘弁してもらったものの、その後、僕は女性専用車両とか、女性専用の喫茶店とかにも連れて行かれ、映画のレディースデイにも行った。女性だけにサービス品のつくランチでも、ちゃんとふたりともサービスのプリンをもらった。
理彩は僕の精液を冷凍保存しておくことを勧めた。掛かっている産婦人科で相談すると、先生も賛成してくれたので、僕は3日間禁欲した上で、精液を採取した。先生にチェックしてもらったら、ちゃんと精子はあるということだったので、これを8月から9月にかけ毎週1回、合計4回採取した。この時期は3日禁欲して精液採取して、その後4日は理彩とセックス三昧という生活を送っていた。
そもそも禁欲が辛いのに、禁欲中に限って理彩はわざと僕の前に裸体をさらし、「ふふふ、この子、まだ元気かな?」などと言って、ぼくのおちんちんに触る。
「勘弁して〜。禁欲中なんだから」
「でもその間に私がこういう刺激をすることで精子の生産率は上がるはずよ」
などと言って、発射しない程度に、僕を生殺しにした。
(確かに理彩にこんなことされたお陰で、しっかりした精液を採取できたのかもとは思うのだが)
「それに最近、命(めい)はスカート穿いてるでしょ。スカートってお股を冷やすから、睾丸にもいいのよ」
「じゃ、日本の出生率を上げるには男にスカート穿かせればいいね」
「あ、割とマジで私そう思うよ。中高生の男子制服はスカートにしようよ」
精液の採取の時も、理彩は一緒に採取室に入り、僕のを刺激して射精に至らせていた。「だってふたりの子供の元だもん。ふたりで出してあげなきゃ」などと理彩は言っていた。いつも射精した後、サービスと称してフェラをしてくれた。
精子を採取に行く時は僕はもう女装になっていたので、女性ふたりで精子採取室に入り、容器を持って出てくるのを見て、若い女性看護師さんが首を捻っていた。
それを見て僕たちの担当医師は
「まあ、世の中にはいろいろ不思議なことがあるからね。女性同士で子供を作ることもあれば、男が子供産んじゃうこともあるんだよ」
などと言っていたが、看護師さんは冗談だと思ったようであった。
8月いっぱいで家庭教師のバイトは終了したが、その間にとても学力をあげられたし、この子のレベルにあった分かり易い指導をしてくれたというので、かなり多額の謝礼をもらった。このバイトを受けた時は、大阪に残ることにより掛かる生活費と報酬とどちらが多いだろうと少し疑問も感じたのが、して良かったという感じであった。
大学の夏休みは9月下旬までで、10月から後期の授業が始まる。しかしこの後期いっぱい、僕は休学することにした。妊娠しているお腹をクラスメイトたちに見せたくないし、そこから噂が広まって、テレビ局とかでも取材に来たら嫌だ。住んでいたアパートも解約して、理彩のアパートで一緒に暮らすことにした。理彩が、突然何かあった時、ひとりでは対処出来ないでしょ? と言って強く一緒に暮らすことを勧めたのである。この同棲?に関しても、双方の両親に賛成してもらった。
「理彩ちゃん、お医者さんの卵だから、いざという時は頼りになるし」
「まあ、結婚させちゃってもいいですしね」
「その子、ふたりの子供として育ててもいいですよね」
などと両親達は言っていたが、僕は男性能力が消失したら、理彩とは結婚できないと考えていた。その問題について理彩は「そうだね。その件については、出産が終わってから話そうよ」と曖昧な言い方をした。
10月になると確かに乳房が膨らみ始めた。お腹もけっこう出て来たので、僕はガードル式の腹帯をつけた。しかし10月も初旬頃はまだ僕の男性能力はあったので、理彩とは毎日のようにセックスしていた。
この大学1年の後期、理彩は毎日大学に出て行き、僕は毎日買い物して晩御飯を作っていたので、ちょっと新妻にでもなった気分だった。基本的に僕は家の中でじーとしていてもいいのだが、それではやはり気が滅入るし(ホルモンの関係でいわゆる「マタニティーブルー」になりやすいと言われた)、少し運動した方がお腹の子にも良いということで、僕は日中、図書館などに出かけて本を読み、その後買い物して家に帰るという生活をしていた。
「命(めい)は、私のお嫁さんみたい」
「けっこう、お嫁さんってのやってみたい気分」
「女物の服で出歩くの、少しは慣れた?」
「さすがに慣れた。今日は電車に乗ってたら、高校生の男の子から席を譲られたよ」
「そりゃ、妊婦は大事にしてもらえるからね」
「図書館ではどんな本、読んでるの?」
「世界の神話・伝説を読みまくってる」
「ああ」
「神婚伝説って、ほんとにたくさんあるんだね」
「たぶん実際にたくさんあったのよ、そういうのって」
「あと、経営学関係の本を読んでる」
「へー?それはまた何で?」
「うん、ちょっと思う所あってね・・・」
10月も下旬になると、さすがに、僕のおちんちんは立ちにくくなった。それでも刺激していると立つので、まだ僕たちはセックスを楽しむことができた。しかし11月になると、さすがになかなか立たなくなった。最後に僕たちがセックスをしたのは11月最初の日曜日だった。ふつうに刺激しても立たないので、理彩がフェラをしてくれたら、やっと立った。でもその日が最後だった。
それでも11月中旬くらいまでは、理彩に刺激されると立ちはしないものの射精だけはしていた。その後、射精ではなくても透明な液が出るという状態になったが、12月になると、その液さえも出なくなった。「逝く」感覚はあるものの、何も出てこないのである。病院の先生にチェックしてもらったら、睾丸内に生殖細胞が全く無くなっていると言われた。
「命(めい)、とうとう男の子じゃなくなっちゃったね」
「まあ、それは覚悟の上だったから」
「なんか私感動するよ。母って強いんだね」
「あ、それはそうかも。この子のためにと思うと何でも耐えられる感じ」
「命(めい)、私、命(めい)のこと好きだよ」
「僕も理彩のこと好きだよ」
僕たちはもう「結合」はできなくなったものの、毎晩お互いの性器を刺激していた。立たなくても刺激されると僕は気持ち良かったし、理彩も充分濡れていて僕は指で彼女のGスポットを刺激していた。僕の刺激の仕方が理彩に合っているようで、彼女は何度か潮吹きをした。
「私、命(めい)以外の子とでは潮吹きなんて経験できないよお。もし私が他の男の子と結婚しても、時々これしてよ」
「さすがにそれはできないよ。僕にこれしてほしかったら、僕と結婚してよ」
「ちぇっ、ケチ〜」
「僕と結婚してくれるんなら、浮気は認めてあげるよ。他の男の子との間に子供作ってもいいよ。それを僕との間の子供ってことにしてくれるんなら」
「それいいなあ。考えてもいいな」
「ただ、僕のおちんちんが最低立つくらいまで回復してからね。さすがに全然立たない状態じゃ結婚してなんて言えないからさ。僕もそこまでは何とかならないかと思ってるんだ。精子の生産能力は回復しないだろうけど」
「そうだね。バイアグラって手もあるよね」
その年、うちの村は近年稀にみる大豊作だった。神職さんと氏子代表がうちに来て、これも真祭がうまく行ったおかげですといって、謝礼金をくれた。父はその中身が100万円だったので、びっくりした。
「こんなにもらっていいんですか?」
「村がこれだけ潤ったのは久しぶりですから」
父はその場で「信じてもらえないかも知れないけど」と言い、僕が神の子を妊娠していることを語った。神職さんは男の子が妊娠なんて、何かの間違いではないかと思ったようだが、経緯を聞くに連れ「昔からある神婚伝説にそっくりですね」
と言う。
「そもそもこの村には過去にも男の子が神の子を産んだという伝説がありますし」
「でもよく産む決断をしましたね」
「命(めい)はそもそも死んだ状態で生まれてきた子で、自分がこの世に生を受けたこと自体が奇跡だから、こんなことになったのも、きっと自分の運命(さだめ)なのではと言って、産むことに決めたようです。男性機能は消失してしまったようですが、それは覚悟の上だと言っていました」
「そうですか。でもその生まれた子に興味があります。できたら、神社の跡取りにはできませんでしょうか?」
神職さんのところは娘さんが3人いるものの、男の子がいなかったので、どこかから婿さんをとって継いでもらおうかなどと言っていたのである。
12月24日、クリスマスイブ。僕と理彩はケーキを買ってきてささやかなお祝いをした。
「アルコールは良くないだろうから、シャンパンじゃなくてシャンメリーね」
「いや、僕そもそもあまりアルコール好きじゃないから」
「私はアルコール結構行けるけどなあ。水割り15杯飲んで平気な顔してたから驚かれたことあるけど」
「酒豪だなあ」
「でもキリストも神の子だよね」
「やはりあっちの方にも神婚伝説ってあったんだろうね」
「ギルガメッシュも神の子だよね。但し男の人と女神の間にできた子だけど」
「この子はどんな子になるんだろうね?」
「それだけどさ・・・昔からうちの村にある神婚伝説で生まれた子って、1年たった時に天に帰って行ったという話じゃん」
「この子も1年で天に帰っちゃうとか? それはちょっと寂しいなあ・・・」
「ねえ、命(めい)、クリスマスプレゼント代わりにお願いしていい?」
「なあに?」
「私と結婚して」
「え? だって、僕、今男の子じゃないし」
そもそもこの日は僕は白いワンピースを着ていたし、クリスマスだからといって乗せられてお化粧までしている。僕を乗せておいて理彩はスッピンだ。
「命(めい)のおちんちんが立たなくなってから、2ヶ月くらい、私たち夜の生活してきたけど、私ちゃんと気持ちいい思いできてるし、これなら、おちんちん別に立たなくても、あるいはもし命(めい)がその気になっちゃって、性転換手術受けちゃってもいいんじゃないかなって思った」
「しかし・・・」
「それにさ、私もまるで何かに導かれるように、命(めい)とこの子のお世話することになっちゃって。このまま、ずっとこの子のお世話をしてあげたい気分なのよね。だから、この子、私たちふたりの子供として育てようよ」
「でも、いいの? 理彩、他の男の子をもっと知りたいって言ってたし」
「そうだねぇ。命(めい)には黙ってたけど、8月以降も私、何度か男の子とデートしたのよね。セックスしちゃったこともあったし」
「それは気付いてたよ」
「そっかー。気付かれてたか。私ったら、毎晩命(めい)ともセックスしながら、他の男の子ともセックスして、我ながらふしだらな娘だなとは思ってたけどね」
「僕とのセックスは友だちとしてのセックスだって、理彩言ってたじゃん。だから、恋人として他の男の子とセックスするのは構わないと思うよ」
「嫉妬しない?」
「するよ」
「やはりするか!?」
「当然。理彩を抱いた他の男を殴りたい気分。でも理彩のすることは認めてあげる」
「じゃ、友だち感覚で私と結婚するのもいいよね?」
「確かに今はそういう友だちカップルっての、いるよね」
「うん。だから、私たちはあくまで友だち。でも夫婦でもあるの」
「いいよ。僕は理彩のこと大好きだから。ずっと一緒に暮らせるなら、こんな嬉しいことない」
「じゃ、これにサインして」
と言って、理彩は婚姻届を僕に見せた。理彩の分は署名捺印済みだ。
「用意がいいね。でも未成年だから、保護者の承認が必要だね」
「明日にも、それもらいに行ってくる」
僕は婚姻届に自分の署名・捺印をした。
年が明けて1月16日、僕たちは帝王切開で胎児を取り出すことにした。7月4日が受精日だったとすると1月16日で30週目に入る。お医者さんが強く勧めたし、理彩もそれが絶対いいと言ったので、僕としては月が満ちるまで待つつもりだったのだが、妥協してここで出産することにした。8ヶ月児になるが、8ヶ月児はよけい9ヶ月児より育つと昔から言われているし、今の医療技術であれば全然問題無い。
「ともかく、ここまで妊娠が維持できたのがほとんど奇跡です。この後、胎児は急速に大きくなります。不測の事態が起きる確率も高まります」
とお医者さんは言った。
「今の状態って、鉛筆1本の芯の先に爪先立ちであなたと赤ちゃん、ふたりの命(いのち)が乗っかかっているような状態ですよ」
そういう訳で僕は1月16日の朝から病院に入った。田舎から僕の母と理彩の母も出て来てくれた。ふつうに4人でおしゃべりしている内に時間となる。僕は手を振って手術室に入った。まず下半身麻酔を掛けられ、手術が始まる。お腹を切開され、赤ちゃんが取り出される・・・・・と思ったのに、まだ鳴き声が聞こえない。あれ?と思ったものの、すぐに鳴き声が聞こえて、僕は安堵した。全身麻酔に切り替えられ、僕は眠りの中に落ちた。
目が覚めると病室で、そばに理彩、それに僕と理彩の母がいた。
「赤ちゃんは?」
「保育器の中でよく眠ってるよ。男の子だよ」
「良かった。鳴き声が聞こえるのに時間が掛かったから心配だった」
「羊膜が凄く丈夫だったのよ。破るのに苦労したって」
「へー」
「経膣出産しても、きっと羊膜に包まれたまま出て来たろうって言ってた」
「羊膜に包まれたまま生まれてきた子は神様のお使いになるって言われるよね」
「そうそう。さすが神様の子供だよ。実際には子宮が無い分、身を守るために羊膜が厚くなったんだろうね」
「僕、お乳あげたい」
「まだ直接おっぱい吸えないだろうから、搾乳して哺乳瓶かな」
「うん。少し大きくなるまでは仕方ないね」
助産師さんに来てもらい、搾乳した。自分のおっぱいからお乳が出てくるって凄く変な感じ! 早くこれを直接飲ませてあげたいな、という気持ちになる。
「じゃ、これ赤ちゃんにあげてくるね」
「お願いします」
「私、付いてっていいですか?」と理彩。
「ええ、一緒にどうぞ」
「ああ、いいなあ」
「命(めい)も早く動けるようになるといいね」
「うん。まだ立ち上がる元気無い」
「あの子の名前だけどさ・・・」
夜になって、双方の母がホテルに帰り、僕と理彩だけになった時、理彩が切り出した。
「何て名前にする?」
「星(ほし)ってどうかな、と思ってる」と僕は言った。
「へー」
「この子妊娠した時に、星が輝いてお腹の中に飛び込んできた夢を見たんだよね」
「それって6週目の頃だよね。いわゆる胎児に魂が宿るといわれてる頃」
「それまでは赤ちゃんの素材なんだろうね。その頃、赤ちゃんになるんだろうね」
「いいんじゃない? 星って格好良い名前だと思う」
「じゃ、そうしようか」
翌日来てくれた双方の母に子供の名前は「星」にしたいと言って賛成してもらえた。
出生届を出すのに、少しお医者さんと揉めた。理彩は、どうせ男性が出産したという出生届は信じてもらえないと思うから、《父が命(めい)で、母が自分》という出生証明書を書いてくれないかと言ったが、そんな事実と異なることを書くことはできない、と医師は拒否した。
かなり揉めたあげく、ひとつの妥協案が出て来た。《母が命(めい)で父が理彩》という出生証明書ならどうだ? という案である。
「お役所ってアバウトだから、けっこう受け付けられそうな気がするんです」と理彩。「まあ、父親が誰かってのは信仰みたいなものですからね」と医師。
「そうですよ。母親が『あなたの子供よ』と言えば、男はそれを信じるしかないです」
「実際は、だいたい5人に1人は非配偶者の子供ではないかと言われてますね」
何となく理彩と医師は意気投合し、更に医学関係の話題でしばし盛り上がった上で、医師は《母:斎藤命・父:斎藤理彩》という出生証明書を書いてくれた。それと母子手帳を持って理彩は市役所に出生届を出しに行った。役場の人は特に何も言わずに受け付けてくれて、一週間もしない内に星はきちんと戸籍と住民票に記載された。戸籍上では、母:理彩、父:命 ということになっていた。戸籍係の人が、出生証明書の単純記載ミスと思って勝手に修正したのであろう。そして、出産一時金もちゃんと支給された。
僕たちはこの子のことを誰にも言っていなかったのだが、村では噂が広がったようで(噂の元として怪しいのはうちの父と理彩の父だ)、そこから春代と香川君が聞きつけて、病院に御見舞いに来てくれた。
「俺達にも黙ってるなんて水くさい」
と香川君に言われる。
「お前達、仲良かったもんなあ。でも赤ちゃん作るの、大学卒業してからにすれば良かったのに」
「あれ、でも何で命(めい)がベッドに寝てるの?」と春代。
「産んだのは僕だから」
「は?」
どうもふたりの所に話が届いた時には、僕が父で理彩が母という子供ができたという話になっていたようである。まあ、その方がノーマルだけどね。
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【Shinkon】(2)