【△・Who's Who?】(2)
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(C)Eriko Kawaguchi 2020-03-28
(2019年)3月22日、アクアと西湖は終業式を終え、そのあと自動車学校の自動二輪コースに入校した。
3月23日 千里の父が放送大学大学院の卒業式を迎え、3人の千里は各々花束を渡した(3番=赤いスイートピー、2番=青いバラ、1番=胡蝶蘭)。
父は千里(千里1)に「近いうちにゆっくり話したい」と言った。
3月29日(金)、作曲家協会の会長が記者会見で、上島雷太の謹慎を解除すると述べ、上島は那覇市内で記者会見を開き、あらためて事件の謝罪をするとともに、活動再開への意欲を見せた。これに伴い響原取締役(◇◇テレビ)主宰のUDP(上島代替プロジェクト)は活動を停止し、著作権管理と、王絵美さん(望坂拓美プロジェクト)を支援する機能のみに縮小されることになる。
また上島関連作品を含むCDで昨年春に回収になったCDをストックしていたCCSFは各レコード会社に「買い戻す場合は昨年買い取ったのと同じ値段で売る」と通知し、実際ほとんどのCDが買い戻されてそのまま市場に投入されることになる。このため2019年4-6月は上島作品が大量に売り出され、著作権を所有している響原さんのUDPが大いに潤うことになる。また極めて小さな費用で大きなセールスをあげたレコード会社各社も昨年の損失を上回る利益をあげることができた。
同じ3月29日(金)の夕方、アクアと葉月は自動二輪コースの課程を全て終了した。土日に掛かるので卒業試験は月曜日になる。
3月30日(土)、アクアと葉月は“北里ナナ”の新曲『招き猫の歌』『白雪姫』のPVを撮影した。
(北里ナナはアクア自身が演じている『少年探偵団』中の少女歌手のキャラ)
この日、千里1は康子をムラーノ(信次の遺品)に乗せて富山に行き、優子の実家を訪問した。そして信次の位牌をもうひとつ作ってもらったものを府中家の仏檀(**)に納めてきた。
(**)本来はお寺にあるものを仏壇と書き、各家庭(檀家)にあるものを仏檀と書くのだが、現代ではこの2つは混同されている。“ぶつだん店”にも仏檀店と称する所と仏壇店と称する所が入り乱れている。
3月31日(日)、§§プロダクションはこの日をもって閉鎖され、所属タレントは原則として∞∞プロ内に新設された“§§プロダクション部”に移籍した。但し、§§プロ所属の研修生・練習生は全員§§ミュージックに移籍した。§§プロの紅川社長は∞∞プロ副社長・§§プロ部担当の肩書きが与えられたが、実際には名前だけで、郷里の宮古島に隠棲する。
紅川が使用していたベンツSクラスは§§ミュージックの足立区の寮に置き、山下ルンバに管理してもらうことにした。紅川の奥さんが使用していたアクアは謹慎解除になり、茨城県水戸市の2DKのアパートで新しい生活を始める上島雷太に譲られることになった。
また宮古島に移動する紅川社長の奥さんに代わって、寮生たちを自分の子供同然の感覚でお世話してくれる係を、高崎ひろか・松梨詩恩姉妹のお母さんにお願いし、山下ルンバもその助手役で住み込むことになった。“女子寮の主(ぬし)”ルンバは2年ぶりに寮に舞い戻ることになった。ただし彼女は寮ではなく母屋の2階に住み込む(ひろか・詩恩姉妹とその母も住む。1階は台所・寮生が全員座れる広い食堂、4つ個室が並ぶトイレ、お風呂2個などが並ぶ)。
アクアと葉月は31日は§§プロの“締めの会”に出席。2人とも§§ミュージックの古株なので、短いスピーチをした。スピーチの文章は実際には、アクアのはゆりこ副社長、葉月のは桜木ワルツが考えてくれた。この日は2人は、教習所に戻ってオプションで実車練習をさせてもらい、明日の卒業試験に備えた。
4月1日、水鳥波留が川島信次の忘れ形見・幸祐を出産した。
羽留は昨年○○建設の名古屋支店に入社して、千葉から転勤してきた信次と不倫。彼の子供を妊娠してしまった。信次が死んだショックで会社を辞め、埼玉県久喜市に住む姉のところに身を寄せた。姉の夫が迷惑そうな顔をしていたが、信次が羽留を受取人とする生命保険に入っていたとかでその保険金を500万円もらい、それをそのまま姉に渡したので、夫も嫌な顔はしなくなった。更に羽留は1月には300万円の宝くじを当て、このおかげで出産に関する費用もまかなうことができたのである。
羽留の姉と夫は、この産まれた子のことを川島さんの親族に報せるべきかどうかで話し合ったが、2人の結論は何も関わらない方がいいというものだった。向こうと揉めて裁判とか何とかになった場合、精神的に消耗するだけである。それで姉は羽留に、自分も子育ては手伝うから、川島さんの方には連絡しないようにしようと言い、羽留も納得したようであった。
なお、実際には、“保険金”と称してお金を渡したのは《びゃくちゃん》で、元々《びゃくちゃん》は千里と信次の結婚(2018.3)に納得しておらず、早く2人の結婚を破綻させるため、羽留を支援していたのである(びゃくちゃんが千里の分裂を知ったのは2018.10)。それで成り行き上、羽留の生活のサポートもした。宝くじは京平に頼んで当たる券を買えるタイミングで羽留を宝くじ売場にナビした。京平は
「それボクの妹か弟になるんだっけ?」
と尋ねた。
《びゃくちゃん》もよく分からなくて「えーっと」と悩んだのだが《くうちゃん》が2人に言った。
「その子は京平の弟ではないけど、緩菜の弟だよ」
「だったら助けてあげるよ」
と京平は言って、羽留に当たることになるくじを買わせた。
↓信次の子供たち(左辺は遺伝子上の母)
信次×優子→府中奏音(2016.8.19)
信次×千里→細川緩菜(2018.8.23)
信次×桃香→川島由美(2019.1.04)
信次×波留→水鳥幸祐(2019.4.01)
4月1日(月)、アクアと葉月は自動車学校の卒業試験に合格した。2人とも同じ日に卒業したのだが、仕事の都合でアクアは4月2日、葉月は4月3日に運転免許センターに行き、緑色の帯の運転免許証を手にした。但し2人とも有効期限は2021年(平成33年)9月20日(記載通り)までである(2人は誕生日が同じ)。
(**)運転免許証の西暦・元号並記は東京都では2019年3月15日から始まった。西暦と“平成”が並記された免許証はこの年の4月28日までなので、実はレア物である。
2人とも路上での運転の経験が無いので、4月4日は2人とも東京の郊外に行き、事務所で頼んだ講師の先生の指導のもとバイク路上運転の練習をした。この後も月に1度くらい練習を続けるがスケジュールの都合でアクアと葉月は別の日になることが多かった。
4月5-7日は、アクアは都内のスタジオで『招き猫の歌/白雪姫』の歌唱録音をする一方、葉月はプーケットに行き、初の自身の写真集撮影に臨んだ。
撮影は例によって結構なハードスケジュールである。そこで《わっちゃん》はプーケットまでの往復は《かぶちゃん》にやらせることにし、葉月はその時間自宅アパートで眠らせておいた。例によって葉月はプーケットまでの道中の記憶がないものの、いつものことなので気にせず撮影に臨んだ。《わっちゃん》自身も現地入りし、撮影場所の移動などは《かぶちゃん》にやらせて、その間葉月本人はホテルのベッドで寝せておくようにした。なお、《わっちゃん》は山村(こうちゃん)に頼んで《かぶちゃん》用にホテルの部屋を1つ確保しておいた。
お陰でこのハードな撮影スケジュールでも葉月は倒れることもなく、また疲れた顔をカメラに向けることもなく、元気いっぱいに乗り切ったのであった。
もっとも《かぶちゃん》の方は自分自身は撮影されないにしても、女の子水着とか着けるのが恥ずかしかったぁと言っていた(普通の男の子の感覚)。
「チンコ立ちそうだったけど、無いから立ちようがない」
「チンコ無くて良かったな」
かぶちゃんは男性器をこうちゃんから取り上げられている。西湖が20歳になってかぶちゃんによる代行が終了したら返してもらう約束である。
帰りの飛行機も葉月は別途転送してアパートで眠らせておいて《かぶちゃん》がプーケットからバンコク・成田・そしてアパートまでの移動を代行した。葉月は気づいたらアパートに寝ていて移動の記憶がないので「あれ〜?」と思ったのだが、いつものことなので、気にしないことにした。
青葉は4月2-8日に東京辰巳水泳場で日本選手権をしていたのだが、4月4日にジャネの義足の管理をしている高園舞耶(桃香の従甥の妻)と偶然会い、誰か高機能ブレストフォームのテストに協力してくれる人がいないかと尋ねられた。青葉は明恵を思いつき本人に連絡したら新幹線で金沢から駆けつけて来た。この日サイズを測定して試作品を翌日製作して渡した。
明恵はちょうど大学に入ったばかりで11-12日の新入生研修をどうしようかと思っていた所だったので、このブレストフォームを着けてお風呂も乗り切り、健康診断までこれで受けてしまった。
4月5日は東京の太田ラボで、青葉、千里3を含む数人で松本花子に関する打ち合わせをした。
4月6日、経堂の桃香・千里1・早月・由美が暮らすアパートに千里の父が、母・妹を伴って訪問。2012年来の“勘当”を解除すると告げた。またその後、一緒に千葉の康子の家に行き、父は康子に不義理をしていたことを謝罪した。
4月7日。千里3は松本花子の件で打ち合わせするのに信濃町の§§ミュージックに行くことになっていた。川崎の自宅を出、溝の口で乗り換えて東急田園都市線で渋谷方面に向かっていたのだが、途中乗っていた電車がトラブルを起こして停まってしまった。参ったなと思って取り敢えず連絡しようとしたら、いつも使っているアクオスがバッテリー切れである!(千里の場合、日常茶飯事)
他のスマホから連絡する手もあるが、アクオス以外のスマホの番号はあまり他人に知られたくない。それで渋谷駅に着いてから公衆電話で連絡しようと思った。
ところが§§ミュージックでは、千里が時間になっても来ないので、念のため電話してみようということになるが、当然スマホに通じない。それで“分裂”のことを知らないイリヤが
「自宅に掛けてみよう」
と言って、経堂のアパートの家電に掛けた。出たのは千里1である。
(川崎の住所を知っているのは球団関係者の他は少数。そもそも家電が無い)
「あ、打ち合わせがありました?ごめんなさい。すぐ行きます」
予定を忘れているのも、千里の通常営業である。それでイリヤも特に何も思わず
「ではよろしくお願いします」
と言って電話を切った。ところが千里3のほうはその電話から15分ほどで§§ミュージックに到着した。実は渋谷から電話しようと思ったら連絡がすぐだったので、その電車に飛び乗り、結局電話はしなかったのである。
「遅くなって済みません」
「いや、大丈夫ですよ。おやつ食べてましたし」
と言って打ち合わせは始まった。
千里1の方は経堂のアパートを出たのはいいが、小田急の経堂駅でうっかり渋谷方面ではなく反対方向の相模大野行きに乗ってしまった(千里の日常茶飯事)。しかも間違っていたことに、新百合ヶ丘まで気づかなかった。慌てて反対方向に乗り直し、信濃町まで辿り着いたのは電話連絡を受けてから2時間ほど経った頃である。
やっばぁと思いながら、§§ミュージックが入っているビルのエントランスを入ったら、そこでバッタリ大崎志乃舞(門脇真悠)に遭遇する。
「あ、真悠ちゃん」
「おはようございます、醍醐先生」
「うん。おはよう。お仕事?」
「ええ。今日はアクアさんのリハーサル役なんですよ」
「ああ。西湖ちゃんがプーケットに行ってるからね。でもアクアも音源制作中じゃないの?」
「そうなんですよ。だから夕方から入ることにしてもらったから、それ以前のリハーサルに出る役が必要になったらしくて」
「あの子のスケジュールも鬼だね!」
「全くですね。アクアさん、ほんと体力よく持ちますよ」
それでしばし千里1と大崎志乃舞は立ち話をしていた。
千里3はイリヤ、2A17、コスモスと打ち合わせていたのだが、ちょっと休憩しようということになり、1階のセブンイレブンまで降りて、アイスでも買ってこようと思った。
ところが2階から1階に降りる階段の途中で1番が門脇真悠(大崎志乃舞)と話しているのに気づく。
『なんで1番がここに居るの〜?』
と半分独り言のように言う。
『私が何とかするよ』
と言って《えっちゃん》がコスモスに化けて下に降りて行った。そして千里1に地下のレストランで話しましょうと誘い、一緒に地下に行く。1番はこの時、真悠との別れ際に彼女と握手した。3番はそれを何気なく見ていた、
真悠がエレベータに行く。彼女の姿がゴンドラの中に消えてから千里3は下に降りて行き、セブンイレブンでアイスを20個買いオフィスに戻った。3番が想像した通り、真悠は緑川志穂と別室で打ち合わせ中のようである。アイスの箱から4個(千里・イリヤ・2A17・コスモスの分)取ってから残りを河合友里に渡し、千里3は会議室に戻った。
ところがそれでアイスを食べてからまた打ち合わせをしていたら30分ほどした所で「真悠ちゃん、真悠ちゃん」という緑川志穂の大きな声がする。
千里たちは立ち上がり、すぐそちらに向かった。
「どうしたの?」
とコスモスが訊く。
「何か急に気分が悪くなったみたいで」
と緑川志穂。
「救急車を呼ぼう」
と本田マネージャーが言ったのだが、千里はまずい気がしてそれを停めた。
「本田君、真悠ちゃんを仮眠室のベッドまで連れてって」
「えっと・・・」
となんだか恥ずかしがっている。
「彼女は男の子だよ」
「あ、そうか。つい忘れてしまう」
と言って彼は真悠を抱き上げてベッドに連れて行った。
千里3は《きーちゃん》経由で《びゃくちゃん》を呼び出した。彼女は偶然近くに居たらしく5分ほどで来てくれた。千里自身はまるで真悠を手当するかのようにお腹の付近を撫でてあげている。
『どう?』
と千里3は《びゃくちゃん》に尋ねた。
『どこもおかしくない』
『本人は苦しそうなんだけど』
『だったら多分気のせい』
『えー!?』
『臓器の様子を見てもごく正常。位置的には卵巣や子宮の付近を手で押さえているけど、卵巣にも子宮にも異常は見られない』
『ちょっと待って。この子、男の子なんだけど』
『冗談はやめてよ。この子は普通の女の子だよ』
『まさか性転換した?』
『性転換手術とかしたような形跡はない。そもそも卵巣・卵管・子宮あるし、この膣は人工のものには見えない。本物だと思う』
『うっそー!?』
と言ってから千里3はあることに気づいた。
『ねぇ、ひょっとしてさ、羽衣さんや虚空が使う**の法とかを使えば、こういう感じで女性器ができちゃうことある?』
『千里1が羽衣さんを完全な女に変える現場を見た。あれは普通に女性器もあって完全だったよ。骨格は元のままだったけどね』
『ね、さっきこの子、1番と話していたんだよ。その時、うっかり**の法を掛けちゃったなんてことは?』
『それならあり得るね』
『なんで1番はこの子を性転換させたんだろう?』
『さあ。うっかり性転換しちゃったのかもね』
『もしかして自分でコントロールが利いてないとかは?』
『それはあり得るかも』
そういう訳で、門脇真悠は“犠牲者”第2号だったのである。
真悠が少し落ち着いたようで目を覚ます。
「少し楽になりました」
「良かった、良かった」
と千里は言い、撫でるのをやめる。
「顔にも赤味が差してきた」
と緑川志穂が言う。
「どうしたんだろう?」
「コスモスちゃん、この子、今日は帰していいよね」
「うん。マンションで休んでた方がいい」
「リハーサル役はどうしましょう?」
「スピカを呼び出して。あの子、今日は空いているはず」
「はい」
それで志穂はすぐにスピカに電話を入れた。
「真悠ちゃんは私が送って行くよ」
と千里(千里3)は言った。
「そうですね。じゃお願いします」
それで千里は真悠を連れて下に降り、タクシーを掴まえて一緒にマンションに行った。部屋の中に入る。
「てもボク今日はどうしたんだろう?変な物でも食べたかなあ」
と真悠は自問するように言う。
「真悠ちゃん、トイレに行くと分かるよ」
と千里は言った。
「トイレですか?」
「うん」
それで真悠はトイレに行った。そしてトイレの中で「嘘〜!?」という大きな声をあげた。
さて、千里1の方は《えっちゃん》が変装している“コスモス”と地下のレストランで“打ち合わせ”をしていたのだが、最近の音楽業界のことで意見を交わしてから、§§ミュージックの歌手に渡す楽曲3曲のアレンジを依頼した。どっちみち《きーちゃん》経由で千里1に依頼するつもりでいた、松本花子の作品である。千里1は松本花子のことも、夢紗蒼依のことも知らない。
それで打ち合わせを終えて一緒に1階に上がり、“コスモス”は「ではまた」と言ってエレベータに消える。それで千里1は§§ミュージックが入っているビルを出て信濃町駅方面に歩く。ところが都道を歩いていたら、車が停まりクラクションが鳴らされる。
「醍醐先生、今お時間取れますか?」
と声を掛けたのは八重垣虎夫係長である。
なお、彼は生まれた時は女性だったが、現在男性として社会生活を送っており、既に性転換手術も終え、法的な性別も男性に変更済みである。
「ええ。いいですよ。今§§ミュージックさんとの打ち合わせが終わった所で」
と千里は答えた。
「じゃ申し訳無いですけど、★★レコードまでご足労願えます?」
「はい」
それで千里1は彼の運転するプリウスの助手席に乗り込んだ。
ところでこの日、千里2は★★レコードで南課長(4月2日付で課長代理から昇格)に呼ばれていた。実は元々呼ばれたのは丸山アイで、夢紗蒼依絡みの営業の話だったのだが、アイに急用ができて代理で千里が行くことにしたのである。それで青山ヒルズに行き、★★レコードのある14階に登ろうとエレベータホールに来た。ところがそこに《きーちゃん》から直信が入る。
『今1番が上から降りてくる。どこか隠れて』
『分かった』
それで千里2はエレベータホールから離れて、1階イベントスペースに移動した。今日は自動車の展示をしていたようで日産の車が多数置いてある。千里は新型ノートの傍で、それを眺めるようなふりをしながら、エレベータの方を目の端で見ていた。
やがて1台のエレベータの扉が開いて、中から千里1と八重垣係長が出てきた。八重垣さんと打ち合わせしてたのか。今日は彼とあまり話を交わさないようにしなくちゃなどと思う。1番は八重垣と握手してからエントランスの方に向かった。八重垣はエレベータのボタンを押して待つ。やがて1台のエレベータの扉が開き、彼はその中に消えた。
2番は一呼吸置いてからエレベータホールに戻り、上向きのボタンを押した。
14階に上がって、勝手に自動ドアを通って制作部のオフィスに入り、南のデスクに行く。以前は部外者は受付を通らないと入れなかったのだが、村上が社長になってから経費節約と言って受付が廃止され、セキュリティゲートも故障が多いからと言われて撤去され、少なくとも制作部には誰でも自由に出入りできるようになっている。
それで応接室に行って打ち合わせしましょうということになる。その応接室に行く途中で八重垣係長のデスクのそばを通るので、千里は彼と目が合わないように気をつけようと思った。ところが千里たちが彼のデスクのそばまで来た時、突然八重垣が苦しそうな声をあげて椅子から崩れ落ち、フロアに横たわると下腹部の付近を押さえている。
「どうした?」
と南が声を掛けるが、身体には触らない。南は彼が元女性であることを知っているので、どうしても遠慮があるのだろう。千里2は関わりたくなかったが、やむを得ず八重垣のそばに寄ると彼が手で押さえている下腹部の付近に自分も手を当て
「八重垣さん、しっかり」
と声を掛ける。
「あれ?醍醐先生、戻ってこられたんですか?」
「ええ。別件で用事ができたので。この付近が痛みます?」
などと声を掛けながら、千里は《きーちゃん》に
『びゃくちゃんを呼んで』
と言った。《びゃくちゃん》は、§§ミュージックで3番に呼ばれて真悠の異変に対処した後、いったん北千住の“琴沢幸穂事務所”で休んでいたのだが、《きーちゃん》の呼びかけで、すぐに青山まで来てくれた。
★★レコードでは医務室の女性看護師さんが来てくれて体温・脈拍・酸素飽和度を測定したり、血圧なども測っているが首を傾げている。
千里(千里2)は看護師に確認した。
「異常が無いですよね?」
「そんな気がします。体温も脈拍も血圧も全部正常です」
と看護師は言う。
「でも本人は辛そうだよ」
と南課長。
「提案。ベッドに少し寝せましょう」
と千里は言った。
「うん。それがいいかも」
それで腕力のある社員が八重垣を抱きかかえ、仮眠室に連れて行った。
「少し休んでいた方がいいかも」
「ええ。そうします。苦しさのピークは過ぎた気がします」
そんなことを言っていた時に《びゃくちゃん》が到着する。
『この人、今少し落ち着いてきたけど、物凄く苦しんでいたんだけど、どこか異常無い?』
と千里2は尋ねる。《びゃくちゃん》は念のため充分観察して“全く異常が無い”ことを確認した上で、さっき診た真悠のケースに似ていると思ったが、守秘義務で千里3に関わること、千里2に関わることはお互い相手には言えない。それで千里2に言った。
『ごく普通に正常だよ。ところでこの人の性別は?』
『ああ。分かった?この人は元々女性だったんだよ。それを性転換手術で卵巣と子宮を取って、膣口を閉じて、股間を男性型に改造し、大陰唇を利用して陰嚢を作りシリコンの疑似睾丸を入れ、上腕部の皮膚を使用してペニスを形成している』
『この人はごく普通の男性。元女性であるなら存在するはずの膣本体が無い。前立腺が存在するし、睾丸や陰茎も本物だよ。試しに触ってみるといい。勃起するから』
『は?』
『つまりこの人は性転換した元女ではなくて完全な男性なんだな。もし苦しんでいたとしたら、女の身体が男の身体に変化したからだったりしてね』
『そんな性別が変わってしまうなんてあるの?』
『知ってる癖に』
『まさか**の法?』
『可能性はあるね』
『でも誰がそんなものを・・・あっ』
『何か心当たりある?』
『この人さっき1番と握手してたんだよ』
『だったらその時に発動したのかもね』
『でも何のために?』
『無意識に掛けちゃってるのかもね』
『それって1番が握手した人はみんな性転換しちゃうってこと?』
『さあ。ひょっとしたら性転換したい人だけかもね』
『これ1番をフォローする必要がある気がする』
『んじゃ1番に常に付いている大裳にチェックしてもらうよう貴人から言ってもらうよ。それレポートするから』
『うん。よろしく』
実は同じ事を3番にもさっき言われたばかりである。それで1番がうっかり?性転換しちゃった人は2番・3番の双方に通知されることになった。
2番は八重垣に言った。
「トイレにでも行ってきません?」
「あ、そうだね。行って来ようかな」
そして(男子用)トイレに行って個室に入り、便器に座った八重垣は今まで感じたことのなかった感覚に
「何じゃ、こりゃぁ!」
と思わず大きな声をあげて驚愕することになる。
「だけど、これションベンが出ないじゃん。どうすれば出るんだ?」
などと悩んでいる。
この日、八重垣は初めて“男の快感”を知った。
2番は彼にこういうメールを送った。
《どうも誰かが八重垣さんに術を掛けて性転換してしまったようです。もし女性に戻りたい場合は言ってください。私が術を解除出来ます》
彼の返事はこうだった。
《戻すの不要です。女房がびっくりしてます。凄く幸せです》
なお彼によると人造ペニスの素材確保のため皮膚を採取したはずの上腕部の傷跡も消えていたらしい。なかなか親切な術のようである。
4月8日、四国の菊枝が千里を呼んだので、千里1は新幹線で岡山まで行き、彼女と話した。千里1は菊枝と話していて自分は“思い出さなければならないこと”があることに気づいた。しかしこの時、千里1は見ただけで妖怪を粉砕するというワザを見せて、菊枝を驚かせた。
千里1の監視を頼まれていた《たいちゃん》は、これも報告しておいた方が良さそうと思い《きーちゃん》と共有しているGoogle Keepにこの件を書いておいた。この往復中、千里1は岡山駅で20歳の女装大学生と接触し、彼も性転換して女になってしまったので、それも報告しておいた。きーちゃんは自由の利く2番に対処を頼み、2番が本人のアパートを訪ねて事情を説明したが、本人は「凄く嬉しい。このままでいいです」と言った。
(2019年)4月9-10日(火水) にS学園では、身体測定と心電図・X線検査が行われた。
西湖は4月7日までプーケットで写真集の撮影をしていたので、8日(月)は本人はアパートで眠らせておいて、代わりに《とうふちゃん》が学校には登校、8日と9日の仕事は《かぶちゃん》が代行した。
「いっそ健康診断も豆腐ちゃんが代行する?」
「いいけど、健康なアナグマだという診断が出そう」
「それはやばいね」
身体測定の初日8日、例によってクラスに男子は存在しないので(女生徒)全員で保健室に行き、服を脱いでブラとショーツだけになって並んで身長と体重を計る。身長は保健委員が読み上げて先生がパソコンに入力するが、体重はリモートのディスプレイに表示されたものを直接先生が見て記録する。微妙な乙女心に配慮したものである。
記録する時、ブラとショーツの重さとしてほとんどの子は100gを引かれている。でも巨大なブレストフォームを貼り付けていることが昨年の春の身体測定でバレてしまった瀬梨香は1kg引かれたと(本人が)言ってた。
「体重が少なめになって嬉しい」
「いや。それが本来の体重だし」
翌日は心電図とX線間接撮影である。
昨年は男の子の身体のまま、胸にブレストフォームを貼り付けていたので心電図でやばいっ!と思ったものの“誰かが”一時的に女の子の身体に変えてくれたので、無事乗り切ることができた。西湖の少し前でブレストフォームでバストを偽装している瀬梨香は、少し早めに保健室に入り、時間を掛けてブレストフォームを外した上で心電図検査・内科検診を受け、その後、X線撮影まで終わってからブレストフォームを再度貼り付けていた。
西湖は昨年秋以来一時的に(?)女の子の身体になっているので、何も焦らずに普通にバストに測定用のクリップをつけてもらい、普通に心電図の撮影をした。そして普通にX線検査も受ける。
西湖があまりにも平然として他の女子と一緒に検査を受けたので、保健室の川相先生は
「あなた、ひょっとして性転換手術しちゃったということは?」
と尋ねた。西湖はそれは否定したものの、先生が指摘した
「あなたはもう男の子には戻れないのでは?」
とう問題について
「今更男だなんて言ったら、クラスメイトから殺されますよね」
と言って同意した。
西湖も、このまま女の子の身体のまま生きて行ってもいいのかも知れないという気もしてきつつあった。ちんちんなんて、無ければ別に無くても気にならないし(西湖は小学6年生以降中学時代までずっとタックしていたので、立っておしっこをしてないし、ちんちん自体に触れないのでオナニーもずっとしていない。したのは冷凍保存のために精液の採取をした時くらいである)
4月10-11日には、龍虎(アクア)のC学園でも身体測定と健康診断が行われた。ここで学園内に9名だけ存在する男子生徒に関しては、朝一番に行うのですぐ保健室に来て下さいという連絡がある。
龍虎のクラス6年1組では、龍虎と武野昭徳が
「じゃ、先に行ってくるね」
と言って教室を出て保健室に向かったが、もうひとりの“男子生徒”田中成美の場合は、迷うような顔をしていたところで今年もクラス委員になった日高洋子が彼女(と言っていいだろう)に抱きつくようにして
「成美ちゃんはちゃんと他の女子と一緒に受けなきゃダメだよ」
と言ったので、
「そうする。ありがとう」
と答えた。
去年や一昨年は実は龍虎や武野君と一緒に保健室に行ったものの、彼らとも分けられて別途検査され
「あんた女子と一緒でもいいのでは?」
と言われたのであった。
4年1組の教室では“男子制服”を着た2名は保健室に向かったものの、女子制服を着ている門脇真悠は
「私、あとでみんなと一緒でもいいかなあ」
などと呟くように言った。
するとクラスメイトの佐藤小百合(WindFly20)が
「真悠ちゃんは私たちと一緒でいいと思うな」
と言った。
数人微妙な顔をする子もある。みんなテレビに出演している真悠が男の子であることを知っている。そこに田中宏佳が言った。
「真悠ちゃんは、ちんちん付いてないと思うなあ。もし付いてたら私がハサミで切り落としてあげるよ」
と言って大きな裁ちばさみを出す。すると場の空気が弛む。クラス委員の長井夜梨恵が尋ねた。
「真悠ちゃん、たぶん女の子と一緒に下着姿になっても問題無いよね?」
「うん。楽屋でも他の女性タレントさんたちと一緒だよ」
「じゃ私たちと一緒の時間帯に行こう」
「うん、そうする」
「ついでに宏佳ちゃんは危険物の持ち歩き禁止」
「はーい」
「じゃ真悠ちゃんにもしちんちんが付いてたら教室に戻ってからみんなで取り押さえてチョキンとするということで」
「いいよ、それで」
と真悠本人も笑って言っていた。
でも真悠は「私完全な女になってて良かったぁ」と内心思っていた。
そういうわけでこの日、朝一番に保健室に来たのは、4年生2名、5年生3名、6年生2名の7名だった。保健室の先生は龍虎を心配して
「田代さん、別室で検査しようか?」
と言ったものの、龍虎は
「ボクはみんなと一緒で大丈夫ですよ」
と言った、
でも龍虎は結局いちばん最初に検査されることになり、龍虎が検査を終えて服を着て出てきてから、先生は武野君に中に入るよう言った。つまり龍虎の上半身裸を見たのは心電図の検査技師と内科医の先生だけである(X線技師は撮影中は隣室に居る)。
実際にはこの日出て来ていたのは龍虎Mで下着も男物を着けてきていた。ブラ跡は、Fがブラジャーを着けている限りMにもNにもブラ跡がつくので、どうにもならない。
男子7名の身体測定・健康診断が終わった後は、6年生から順に保健室に行き、女子の測定・診断が始まる。龍虎たちのクラスは最初に呼ばれたので、授業は打ち切られ、龍虎と武野君の2人を除いた全員が保健室に向かった。
「田中さん、大丈夫かな」
と武野君が心配そうに言うが、龍虎は
「女の子が他の女の子と一緒に検査を受けるのは何にも問題無いと思うよ」
と言った。
「やはりあの子、女の子だよね?」
「たぶん性転換手術まで終わっているのだと思う。戸籍は20歳になるまで変更できないけど」
「やはりそうなのかな」
(成美が性転換手術を受けていることを龍虎たちに正直に話したのは、この夏)
真悠のクラスは3時間目の先頭で呼ばれたので先生は
「今日はX線まで終わったら教室で自習しておいて」
と宣言して教職員室に帰ってしまった。
そしてクラスの中で朝診断を受けた男子2人を除いて女子全員が保健室に向かう。田中宏佳は不安そうな顔をしている真悠に笑顔で
「一緒に行こう」
と言って手を繋ぎ保健室に向かう。真悠は宏佳の手を握って
「わぁ。女の子の手だ」
と思った。とても柔らかくて、男の子の手とは全く違う。真悠は西宮ネオンなどからは「真悠ちゃんの手を握ると女の子みたい」と言われるが、自分では女の子ほど柔らかくはない気がしている。でも“本当の女の子”になっちゃったし、これからは自分の手も宏佳ちゃんみたいになっていくかな、などとも思った。
服を脱いで下着姿で列に並ぶと、他の子から
「まゆちゃん、オッパイ大きい」
などと言われて触られる!
「パンティに男の子みたいなものの形が見えない」
などと言う子もいる。
「それは真悠ちゃんに、男の子みたいなものが付いてる訳無い」
と宏佳は言った。
「手術して取っちゃったの?」
「手術はしてないんだけどね」
「まあでも真悠ちゃんはお婿さんじゃなくてお嫁さんに行くよね?」
「お嫁さんになりたーい」
「だったら女の子の一種だよ」
「そうだね。女の子の一種かもね」
ということで、みんなから真悠は受け入れられたようであった。
真悠は普通に他の子と一緒に身長と体重を計られ、血圧を測られた後、バストにクリップをつけられて心電図の検査を受け、最後は校舎外に駐まっているレントゲン車の中で胸部X線間接撮影を受けた。その間下着姿の他の女の子たちと色々会話している内に度胸が付いてきて、自分がこの場にいることに自信が持てるようになった。
弘田光理(芸名弘田ルキア)はその日帰宅すると郵便受けに大きな封筒が入っていたので開けてみて中身を見て吹き出した。
「何これ〜〜〜!?」
入っていたのは《CBF会員証》と会員規約である。会員規約を読みながら結構ドキドキする。↓抜粋。
・CBF(Club Bain Femme)は女湯に入る会である。
・女湯に入るのは純粋に入浴するためであり、よこしまな気持ちを持ってはいけない。
・男性器が付いている人は何らかの方法で隠して見えないようにすること(一時的陰茎切断推奨)。
・バストが無い人は何らかの方法であるように見せること(一時的豊胸術推奨)。
・一緒に入っている女性たちに騒がれないように。女性たちに溶け込んで、まさか女ではないとは疑いもされないように、邪魔にもならないように、目立たず静かに入ること。
「一時的陰茎切断」とか「一時的豊胸」という単語を見てドキドキする。光理は別に女の子になりたい訳ではないが、結構小さい頃から「男になるのもったいない。女の子になればいいのに。ちょっと手術するだけだよ」と言われて育ったクチである。当時は「ちょっと手術する」の内容が分かっておらず、どんな手術なんだろう?簡単な手術で女の子になれるのなら、それでもいいかも、などと考えたりしていた(積極的に女の子になりたい訳ではないし、ルキアの性自認は男で揺らいでいない)。
声変わり防止のために女性ホルモンを飲まないかと言われた時も、半分は自分の身体が女性化することに興味があり、受け入れて飲んでいた。それで声変わりは抑えられていたのだが、バストが膨らんで来たので、これはヤバいと思い、事務所の社長と相談してホルモンの摂取を中止。すると2ヶ月で声変わりが来てしまい、彼の人気は急落した。でも仕方ないと思った。
自分と同様に女性ホルモンを摂っているのは確実と思うアクアは自分より2つ年上である。いったいどうやって女性化しないギリギリで声変わりを停めているのだろうと疑問を感じる。さすがにまさか睾丸を取ったりはしてないだろうし。
女性ホルモンの影響で膨らんだ光理の胸はだいぶ小さくなったものの、また完全には平らになっていない。少し膨らみかけくらいの感じだ。でもその内完全に消失するだろう。大きくなってしまった乳輪は大きいままである。
でも女の子になることに興味自体は持っていたので、後悔もしてないし、乳輪は大きいままで構わないと思っている。むしろおっぱいが消失しかかっているのは少し寂しい気もしている。
「女の子用の下着とか買っちゃおうかなぁ」
などとも思うが、実は買いに行く勇気が無い。スカートは数枚(ファンが送ってきてくれたものをもらってきて)持っているが、家の中で穿くと興奮してしまい、つい自分で“して”しまう。さすがにスカートを穿いて外出する勇気は無い。実はファンからのプレゼントの中には光理のサイズに合うブラジャー・キャミソールとか凄く可愛いショーツとかも時々あるのだが、事務所の人から「持って帰る?」と言われても「要りません」と断っている。断りながら後悔もしている。「持って帰ります」と言う勇気が無い。
なお精子の検査を受けたら、女性ホルモン飲んでいた時代は一時的に精子が無くなっていたが、やめてから2ヶ月ほどした時の検査では、ちゃんと精液の中に精子はあると言われた。もっとも以前より立ちにくい気はするし、凄く逝きにくい。夜中にベッドの中で自分でしていて、どうしてもしっかりは立たず、逝くこともできずに、腕が痛くなって、諦めて寝てしまうこともある。念のため女性ホルモンを飲み始める前に精液を採取して冷凍保存しているので、万一の場合はそれを使用して子供を作ることはできる。
規約の最後に
・最低2回は騒がれずに女湯に入った経験があれば入会資格を得る。
とあるので「あの時のことか」と思い至った。
元々女顔だし、中性的な服装をしていることも多いので、男湯に入ろうとして追い出されたことは何度もある。
一度は小学5年生の時に、家族と温泉に来ていて男湯脱衣場から追い出され、女湯脱衣場に連行されたので、そのまま女湯に入ってしまった。小学生だとおっぱいが無くても全然問題が無い。母親に見つかったらやばいと思ったものの、幸い見つかったりせず、また男だとばれることもなく、普通に女湯で入浴した。たくさん女の人が裸で歩いているのを見たが、おっぱいの形がきれいな人や大きい人を見て
「いいなあ」
と思ってしまった。別に自分がおっぱいを大きくしたい訳ではないのだが。
もう一度は実はつい先月である。ロケに行っていて旅館に泊まった。それで深夜にお風呂に行こうとして、男湯の脱衣場に入ったら中に男性客が居て
「お姉ちゃん、こちらは男湯!女湯は向こう!」
と言われる。
「済みません!」
と言って出たものの、どうしよう?と悩んだ。お風呂には入っておかないと明日の仕事に差し支える。
それで思い切って女湯に入ってしまったのである。幸い彼が入った時は誰もいなかったので、のんびりと身体を洗い、女性のように長い髪も洗い(学校からは芸能人の特例として認めてもらっている)、それで湯船に浸かっていたら、中年のおばさんが3人、入って来る。光理は、あがるにあがれなくなってしまった。そして浴槽で彼女たちと一緒になる。お股の物体は、足の間にはさんで隠す。
向こうはこちらが髪も長いし、胸は微かに膨らんでいて、乳輪も大きいので、光理が「中学生です」と言うと
「中学生ならこれからおっぱいはどんどん成長するよ」
などと言って、不審には思わなかったようだ。光理は声変わりは来ているものの、喉仏はあまり目立たないし、話し方が中性的なので、結構電話などでも相手はこちらを女性と思っているようなことも多い。
しかしあの場に居たのは自分とあのおばちゃんたちだけなのに、なぜこの会員証を送ってきた人たちはそのことを知っているのだろうと疑問を感じた。
文書の最後には
《CBF共同代表 久保早紀・成宮真琴》
とある。
「えっとこれって丸山アイさんと、レインボウ・フルーツ・バンドのフェイさんだっけ?」
と自問するように言った。
その夜、光理は夢を見た。お風呂に行ったら入口の所に「男性器預かり所」というのがあり、おちんちんをそこで切断されてしまい、何もお股にはぶらさがってない状態で女湯に入り、あがってから出る所で「男性器返却所」というのがあり、そこでまたくっつけてもらう、というものだった。
「お客さんがお風呂に入っている間に、ちんちんも超音波洗浄しておきましたから」
「ありがとう」
付けてもらうときれいになっていて気持ちいい感じがした。これ時々取り外して洗浄してもらったらいいかもなどと思った。
でも起きた後、切断された後の何も無い股間が凄く印象に残っていて、光理はドキドキしていた。
CBF会員証を受けとった翌日、ルキアは仕事で岡山まで行った。旅番組の撮影で、岡山の名所を巡って、美味しい御飯を食べるという企画である。同行したのは、ベテラン歌手の里山美祢子さんである。里山さんと一緒に岡山駅前の桃太郎像から出発し、岡山城を見学。お昼に町食堂でデミカツ丼を食べてから後楽園を散策。市内のちょっと変わったお店を2件覗いてから、近隣の温泉に行く。お風呂に入るのだが、里山さんの入浴撮影はNGということで、ルキアが30分ほど男湯を貸し切りにしてもらって入浴し、そのシーンを撮影した。
「ルキアちゃん、オッパイ大きい」
「まだホルモンの影響が消えないんですよ。お医者さんは1年もしたら完全に真っ平らに戻ると言うんですけどね」
ということで。ルキアの微かに膨らんだ胸が撮影された。ちなみに下半身は男性器を曝しているが、むろんこれは撮さない。
しかし、このシーンは結局、テレビ局の制作部長の判断でカットされ、ルキアが大浴場に向かい男湯と女湯の暖簾が並んでいる場所まで来た所までと、浴槽に浸かっているシーンだけが放送された。結果的にルキアが男湯に入ったのか女湯に入ったのかは放送された映像だけからは判断できず(この温泉は男湯と女湯が日替わりになる)、後に議論を呼ぶことになる。
本人は
「ボクは男湯に入りましたよ」
とツイッターで言ったものの、
「いや。ルキアちゃんなら女湯にでも入れると思う」
という意見が圧倒的であった。
「だって女湯なら里山さんと一緒に入れるじゃないですか」
「里山さんは実は男だという噂がある」
「そうそう。里山さんは実は男だから本坂伸輔さんと入籍できなかったという噂は結構あった」
「だから里山さんと入らなかったというのがルキアちゃんが女湯に入った証拠」
「そんなぁ。ボク、ちんちん付いてますよ。女湯に入れる訳ないよ」
「いや、怪しい」
「ルキアちゃんは年末にタイに行って性転換手術を受けたという噂もある」
「そんな噂、初めて聞いた!」
お風呂に入った後は、8畳の和室で豪華な食事を味わう。実際には6人前の食事を並べていて、食べる所を撮影した後は、スタッフも入ってちゃんと完食した。この後、里山さんはこの旅館に泊まったのだが、ルキアは
「申し訳無いけど予算が無いので」
ということで、市内のもっと安い旅館に泊まることになり、そこまで送ってもらった。
ルキアは撮影で疲れたので取り敢えず仮眠した。それから汗を掻いているのに気づいたので、こちらの旅館で再度お風呂に入ってこようと思い、タオルとボディスポンジに着替えを持って大浴場と書かれている所へ向かう。
ところがそこでバッタリ、千里と遭遇する。
「弘田ルキアちゃんだよね?」
「醍醐春海先生ですね? おはようございます」
「おはようございます」
「こちらにはお仕事?」
「『サラサの旅』という番組なんですよ」
「ああ。若い女の子に温泉の旅をさせる番組か」
「ほぼ女の子が起用されているというの、今日になって知りました。誰かお姉さん格のタレントさんと一緒に。今日は里山美祢子さんだったんですが」
「ああ。片原元祐さんのお姉さんか。何度かお会いしたなあ」
「お母さんの松居夜詩子さんから曲を頂いたことがあります」
「あの人は正統派だよね。しっかりした音楽教育を受けている」
「歌いやすい曲でした。『ブルー・シーガル』という曲なんですが」
「『カモメが追いかけてくる』とかいう歌だ」
「よくご存じですね!あまり売れなかったのに」
そんなことを言いながら大浴場の前まで来る。
「ではまた後で」
と言って、ルキアは男湯の暖簾をくぐろうとしたのだが、千里にキャッチされる。
「君、近眼?そちら男湯だよ」
「ボク男ですから」
「冗談はやめなよ」
「冗談じゃなくて本当に男です」
「女の子にしか見えない。そもそもルキアって女名前じゃん」
「本名が光理(みつさと)、輝く光(ひかり)に理科の理なんです。それで光から取ってルキアで」
「なるほどー。じゃ、私誰かと勘違いしてたのかなあ」
「それアクアちゃんでは?」
「あの子、今はまだ男の子だけど20歳まで男の子のままでいられるかは微妙だよね」
と千里が言うので、ルキアは吹き出した。
それでルキアは男湯の暖簾をくぐったのだが、千里は暖簾の前で待っていた。
「お客さん、こっち男湯。女性の方は女湯に入ってください」
と若い男性の声がして、ルキアは飛び出してきた。
「従業員さんが裸で、ちんちん凄く大きかった」
「ルキアちゃん、男の人のちんちんなんて見たことなかったでしょ?」
「自分のは見てるんですけど、あんなに大きくないし」
「ルキアちゃん、無理に男の子を装わなくてもいいよ。私と一緒に入ろうよ。何もしないよ。そして何を見ても秘密にしてあげるから。女湯は今覗いてみたけど誰も居ないしさ」
(千里はこの程度の距離なら簡単に透視する)
ルキアは醍醐先生ならいいかもと思った。それに自分と先生の年齢差を考えても“何か”が起きる可能性は低い。実際問題として“何か”起きても構わない気がしたし、むしろ“何か”起きたりしないかな、などと軽く妄想する。深夜の女湯で・・・なんてHな映画にでもありそうなシチュエーションかもなどと考える。
こういう発想は、性別未分化のアクアや、分化不完全な葉月には全く存在しない発想である。
「だったら女湯に入ります」
「うん」
それでルキアは千里と一緒に女湯の暖簾をくぐって脱衣場に入った。
「お互い後ろ向いて脱ごうよ」
「そうですね」
と言いながら、少しよこしまな心がある自分に罪悪感を感じていた。そうだった。CBFの会員規約には『よこしまな気持ちを持ってはいけない』とあったじゃん。平常心、平常心、女湯に入るくらい別に大したことではない、と自分に言い聞かせる。
それでルキアは千里と背中合わせの位置に立って服を脱いだのだが、シャツを脱ごうとして
「え!?」
と声を挙げる。あまりにも大きな声を出したので千里が向こうを向いたまま
「どうかしたの?」
と尋ねた。
「おっぱいがある。何で?」
「女の子にはおっぱいがあっても不思議じゃないよ」
ルキアはシャツを脱いでまじまじと自分の胸を見た。かなり大きく膨らんだバストがそこにはあった。
「まさか」
と言って、ルキアはトランクスを脱いだ。
「嘘。無くなってる」
「何が」
「ちんちんが無いんです」
「女の子にはちんちんは無いんだよ。気にせず中に入ろうよ」
千里がごく普通の声でいうのでルキアもなんだかおっっぱいが大きくてちんちんが無いのも、あまり大した問題ではないような気がしてしまった。
それで千里と一緒に浴室に移動した。
洗い場で身体を洗う。ルキアはおっぱいやバストはあまり気にしないことにして、まずは髪を洗った。コンディショナーを掛けている間に身体を洗うが、膨らんだ胸が洗いにくいなと思った。ボディスポンジを持つ手を曲線的に動かす必要がある。大きくなった乳首は優しく洗わないと痛い。
お股は手に石鹸をつけて指で洗うが、不思議な感触である。ドキドキしてもよさそうな気がするのに、あまりにも信じがたいことが起きているせいか、ルキアはごく平常心でそこを洗った。女の子の構造は、ネットとかでも見て知っているつもりだったが、実物を見ると色々発見があった。やはり二次元の写真とかで見ただけではよく分からない部分があったが、今は自分の身体にそれが付いている。ルキアは確かめるようにあちこち触りながら洗った。大陰唇と小陰唇の間の溝も指で優しく洗った。ここには恥垢がたまりやすいらしい。小陰唇より内側は軽く洗うだけに留める。陰裂の最奥部に穴があるのは分かったが、そこはあまり触ってはいけない気がして、軽く入口の付近だけ洗った。しかしクリトリスを洗っていたら物凄く気持ちいい。ペニスでは味わえない強烈な快感だ。もしかしてクリトリスってペニスの10分の1くらい?の長さだから快感が凝縮されていて10倍気持ちいいとか?女の子はいいなあ、こんな快感を味わえるなんてなどと思ってしまった。
足まで洗ってから、髪の毛のコンディショナーを洗い流し、顔も洗った。耳の後ろとか首筋とかをよく洗っておく。ルキアは喉仏が無くなっていることに気づいた。ちんちんさえ無くなったのだから、喉仏くらい無くなっていても気にしない。
充分身体を洗ってから、身体全体にシャワーを掛けた上で浴槽に入った。
「やはりルキアちゃんは女の子だったね。でも大丈夫だよ。誰にも言わないから」
「すみません。お願いします。夕方までは男の子だった気がするんですけど」
「まあ性別なんて揺らぎのようなものだから、男の子が女の子になったり、女の子が男の子になったりすることもあるかもよ。ルキアちゃん、実際には男でも女でも生きていけるでしょ?」
「それはちょっと考えたことあります」
「まあ自分の肉体的性別と精神的な性別は別だから、自分は実は女でしたとカムアウトして、そちらで生きて行ってもいいと思うよ」
「それ少し考えてみます」
「アクアも自分の性別についてかなり悩んでるね」
「あの子、ひょっとして去勢してます?」
「まあそのあたりは守秘義務で言えないけどね」
「ああ」
“言えない”ということは実際に去勢しているのかもとルキアは思った。去勢していないのなら、そう言っても構わない気がする。でも自分はどうしよう?なんで女の子の身体になっちゃったのか分からないけど、ボクずっとこのままなのかなあ。まあそれでも悪くないけど。
20分くらい深夜の女湯の浴槽で話してから、ルキアと千里はお風呂からあがった。それで身体を拭いて、ルキアは洗濯済みのシャツとトランクスを身につけたが
「ブラジャーとかショーツとか穿けばいいのに」
と言われた。
「ちょっと考えてみます」
「うん。じゃ、ゆっくり休んでね」
「はい。醍醐先生も」
それでルキアは千里と握手して、浴衣を着てから一緒に女湯の脱衣場を出た。これで女湯は3回目だなあと思いながらも、ボクこのままずっと女の子だったら、毎回女湯に入ることになるのかななどと思った。
部屋に帰ってからトイレにいきたくなる。この旅館は安いだけあってトイレも別である。ルキアは旅館のスリッパだけ履き、トイレに行った。男女表示を見て悩む。今までは何も考えずに男子トイレに入っていた。でも・・・ボク女の子の身体なら女子トイレに入らないといけない?などと考える。
それで勇気を出して(半分は不純な動機で)女子トイレのドアを開けた。小便器が無い!(当然である)個室のドアだけが並んでいて、異世界でも見たような気分だった。ルキアはその中のいちばん手前の個室のドアを開けると中に入り、ロックしてから浴衣をめくり、トランクスを下げる。
「え!?」
そこにとんでもないものがあるのを見て、ルキアは大きな声をあげそうになったが、ギリギリで我慢した。
この状況を観察していた《たいちゃん》は
「これは結局元に戻ったんだから、報告しなくてもいいよね」
と呟くと、Google Keepに、いったん“弘田ルキア”と書いたのを消してしまった。彼の名前が一時的にGoogle Keepに書かれたことに《きーちゃん》は気付かなかった。
ルキアはこの日眠りに落ちていきながら《一時的陰茎切断》《一時的豊胸》という、CBF会員規約にあった単語を脳内でリフレインしていた。この夜見た夢の中で、ルキアは女の子のボディを曝してヌード写真を撮っていた。
なお2度性転換(?)した副作用なのか、あるいは男に戻す方の魔法(?)が不完全だったのか、彼の喉仏は消失していた。これは無くてもいいと光理は思った。また、胸の膨らみが前より大きくなっていたが、これも全然気にしないことにした。また、ちんちんが以前より少し小さくなった気がしたが、それも別に構わない気がした。更に以前にも増して立ちにくくなった感じだった。結局これ以降、光理は男の子型オナニーをするのを諦めて、指で押さえてグリグリする女の子型のオナニーしかしなくなった(射精はちゃんとする)。
この事件の後、ルキアは女物の下着を買うようになり、学校(高校生。実は西湖が入れなかったJ高校に今年入学した)に行く時も女物のショーツをつけて行くようになった(制服は男子制服:アクアみたいに女子制服で出て行く勇気は無い)。体育がある日は、ショーツの上にトランクスを穿いていた。上半身はバストが膨らんでいるので絶対に曝さないようにし、身体測定の時もシャツを着たままで勘弁してもらった。
またルキアはスカートを自分でも通販で買って、自宅にいる時は、しばしばスカート姿で過ごすようになった。更に自分の高校の女子制服も買っちゃった。ルキアの容姿で洋服屋さんに行けば、お店の人は何の疑問も思わずに女子制服の採寸をして作ってくれる。またお化粧品を買って自分で練習するようになった。顔のむだ毛や足のむだ毛は、半年ほど掛けてレーザー脱毛してしまった。
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【△・Who's Who?】(2)