【女の子たちの花祭り】(後編)

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ともかくも青葉はとりあえず佐賀の祖父の所に送ることにした。当地でタクシーが営業していることを確認し、早朝にタクシーを呼んで、山形市との連絡バスが出ているところまでタクシーで送り届けてもらった。そこから先の佐賀までの行き方については、朱音に緊急メールを送って調べてもらっていたので、そのメモを渡した。青葉には着替え数着のほか、必要な交通費と途中の食費、プラスアルファのお金をもたせた。
 
「青葉ちゃんに私の着替え残りを全部渡したから私の明日の着替えが無いや。お金も無くなった」と千里がいうと桃香は
「私もお金無くなった。着替えは私のを使えばいいよ」と言う。
「うん。そのつもり。貸してね」と千里は桃香にキスをしながら言った。 
その後、千里と桃香は3日間被災地で働いては3日間地元に戻って休息するという生活を繰り返した。千里は第1陣,第2陣,第4陣,第6陣,と4回被災地に行きこの炊き出しプロジェクトは終了した。何とか食料が回り始めたようであったので、あとは継続的な支援をする体力のある企業や団体にお任せしようということになった。4月になれば大学生たちも学校が始まるので、人員の確保の問題もあった。1,2陣から6,7陣まで残ったのは女子組では結局千里・桃香・亜衣華の3人だけであった。千里たちは3月29日に最後の活動を終えたあと1日までの休養日を経て、通常の活動に復帰した。休養日はお店に出なくても1日につき4時間分の給料が支給されることになっていた。
 
新学期が始まり、受講票を提出して、千里たちは新しい授業に臨んだ。被災地での活動は体力的にも精神的にもきつかったが、いざふつうの日常に戻ってしまうと、何か気合いが入らないのを感じていた。桃香はしばしば授業中に居眠りして千里や朱音に揺り起こされていた。
 
4月8日金曜日。玲奈が「今日午後から花見だからね」といった。
「なんかどこかの知事さんが花見自粛しろとか言ってなかった?」
「あれは老害というやつだね。こういう時はどんどん消費活動して経済を活性化しないといけないのよ。美緒の彼氏がバイクで福島の農家回って、出荷できずに困っている野菜をたくさん買ってきたから、それで鍋にするよ」
「美緒の彼氏、福島に行ってたんだ!」
 
「福島は帰り。宮城でがれきの片付けの作業してたって。でも作業中は毎日がれきの下から死体を発見して、もう人間の死体見るの慣れっこになったって」
「悲惨だなあ」
「お肉も福島の自主避難地域で飼われていた牛の肉ね。向こうで内輪で消費するはずだったものを、適当な代金払ってもらってきた。放射能は念のため大学の機器でチェックしたけど問題無いレベルだった」
「ふむふむ」
「今回は会費1人1万円ね」
「え?高っ」
「食材の仕入れ分を除いた金額は現地でボランティア活動している団体に寄付」
「あ、それはいいね!」
 
花見の参加者はいつもの7人(玲奈・美緒・真帆・友紀・朱音・千里・桃香。このクラスの女子全員)に生物科の5人(香奈・優子・聡美・亜矢・由梨亜)、それに彼氏のいる人は彼氏同伴で来ているので、全部で18人と大人数であった。 
「桜きれいだね」
「今日がいちばんの満開かもね」
「いろいろあったけど、桜を見ていると心がなごむ」
「この牛肉、かなり上等。美味しい」
肉は張り切って10kgほど用意していたがみんな良く食べるのできれいに消費仕切った。
 
自然と震災の話題が多くなる。いつもは軽い話題で盛り上がるのだが、今日はどうやって東北を再生するかとか、今後の日本の電力をどうするか、原子力発電を減らしつつ化石燃料の消費をいかにして減らし、かつ日本の経済活動を縮小させないようにするにはという難問には、各自いろいろな案を考えていたようで、活発な議論となった。お互いに「あ、そのアイデア使えそう」などという意見も出る。皇居の地下に設置してもいいような絶対安全な原発の作り方に関してもかなり真面目な議論をした。
 
大勢集めて自転車を漕いで発電などというアイデアも出た。その場で玲奈がパソコンを取り出して計算してみたらなんと500人で漕ぐと原発一基分の電力が出せるという計算結果が出た。「これ行けるんじゃない?」「人力発電所だね」
「しかし常時漕ぎ続けるのは無理」「3000人くらいで交替しながらやればいい」
「ダイエットしたい人集めればいいよ」「スポーツ選手のトレーニングに」
「メタボ診断されたら人力発電所に強制収容」「失業者を集めてさせれば」
「交通刑務所の作業はこれにしてもらおう」などといった意見も出る。 
しかし本命はやはり太陽光発電・太陽熱発電だろうということは多くが賛成した。 
「この議論ここだけで終わらせるのもったいないね」
「ホームページ作って公開しよう」
「じゃ、俺がまとめてみるから、みんなコメント付けて」と玲奈の彼氏が言った。 
ひととおり議論が落ち着いてきた頃、香奈が
「そういえば、今日はちょうど花祭りだね」
という。
「何?花祭りって?」
「知らないの?お釈迦様の誕生日だよ。ここに来る途中、白い象の人形を引いてまわってたのに遭遇したでしょう」
「ああ、あれ花祭りのだったんだ」
 
「お釈迦様のお母さんが、白い象が体内に飛び込む夢を見たあと妊娠に気付いたという伝説があるのよ」
「私、お寺の幼稚園だったから、花祭りにはお釈迦様の像に甘茶を掛けるのやったよ」と玲奈。
「そんな行事があったのか。全然知らなかった」
と宗教関係に疎い桃香が言う。
 
しかし白い象が飛び込んで妊娠か・・・・自分が妊娠するのはいつ頃かな、などと考えたりして、ふと千里の横顔を見る(桃香は当然の如く千里の隣に座っている)。視線を感じて千里が「何?」とこちらを向く。桃香は「ううん、何でもない」と微笑んでいたら、向かい側に座っていた美緒から「こら、そこイチャイチャするのは、ここ終わってからにしなさい」と声が飛んだ。
 
「でも今年の花祭りはお釈迦様の誕生祝いというより鎮魂の意味合いのほうが大きくなってしまったかなあ」
などと香奈は言う。
「花祭りという名前はこのお祭りでたくさんの花を飾り付けることから明治時代に外国にこの行事が紹介される時に付けられた名前らしいのよね。でも今年のお花はひとつひとつが供養の花だわ」
 
桃香は青葉はどうしているだろうと思っていた。佐賀の祖父の所に到着したというのは電話があったのだが、その後の連絡がない。
 
と思ったら、その日の花見が終わって千里と桃香が一緒に帰宅したら、玄関の前でその青葉が座り込んで待っていた。
 
「お帰りなさい」
「青葉ちゃん・・・・」
「ごめん。戻って来ちゃった」と先日よりずっと自然な笑顔で言った。 
「よくこの場所分かったね」
甘いミルクティーを入れながら千里が言う。
「あ、ありがとう千里さん」と少しは抑揚のある声で答えてから
「住所のメモ頼りに辿り着いた。この付近まで来てから1時間近くぐるぐる回っていたけど」
「都会の住所は分かりにくいもんね」
「こちらには新幹線で来たの?」
「お金無いからヒッチハイク」
「九州から?凄い」
 
「で、向こうで何かあったの?」と桃香が尋ねる。
 
「うん。ごめんね。桃香さん。できるだけ我慢しようとは思ったんだけど。取りあえず3度の食事をもらえるだけでも結構感動ものだったし。。。それで男の服着るように言われて、そこまでは多少は妥協してもいいかなと思って着ていたんだけど、精神がなってないから剣道か空手やれと言われて道場に連れていかれたり。それも我慢してたんだけど、新学期始まる前に髪切れっていわれて、捕まえられてバリカンで刈られそうになったんで、もう無理って思って、そのまま身の回りの物だけ持って逃げ出してきた。トイレで女の子の服に着替えて、それからヒッチハイクでこちらまで来たの。3日掛かっちゃったけど、こないだもらったお金の残りで何とか食べ物は食いつないだ。夜は道の駅のトイレで寝て」
「ハードだなあ」
 
こないだ会った時からすると、かなり言葉にイントネーションができている。それでもふつうの人から見たら、相当ぶっきらぼうな感じに聞こえるだろう。 
どうする?という表情で千里と桃香は見つめ合う。
「とりあえず保護するしかないと思う」と千里。
「仕方ないなあ」と桃香は、青葉の祖父の家に電話を入れた。
青葉を再びこちらで保護していることを伝え、本人がどうしてもそちらに帰りたくないと言っているのでしばらく預からせて欲しいと言ったら、意外にも、手に負えなくて困っていたので、預かってくれるならしばらく預かって欲しいと言われた。桃香は内心怒りながらも「分かりました。当面こちらでしっかり保護しますので」と言って電話を切った。
 
「あ〜あ、とりあえず私は君の保護責任者になったよ」と桃香は言う。「私も青葉の保護責任者」と千里はむしろ嬉しそうである。
「すみません。ご迷惑おかけします。生活費とかしばらく貸してください。父の死亡が認定されたら、父の銀行口座からお金が引き出せてお返しできると思うので」と青葉が言う。
「ねえ、桃香、そのあたりって色々手続きが必要なんじゃない?」と千里。「うん。これ弁護士さんに頼んだほうがいいね。中学生が行ったって銀行は大人を連れてきなさいとしか言わないよ」と桃香は答える。
翌日、桃香は高校時代の同級生で法学部にいる子に頼み、この子の問題について弁護士さんを紹介して欲しいと頼んだ。学部の先輩で民事関係に詳しい弁護士を紹介してもらったので、千里とふたりでまずは相談に行った。
 
弁護士から言われたこととして、銀行関係の手続きや両親・姉の失踪宣告、などの申請についても、この状況では弁護士を使ってもらったほうがスムーズに行くこと、またそういう事情でその子を保護したのであれば、その子の法的な後見人になっておいたほうが後で面倒なことが起きずに済むということであった。ただ、未婚の女性が後見人に就任した場合、結婚の障害になる可能性はありますよ、とは言われた。それに対して、桃香も千里も「私、結婚する可能性ほぼ無いですから大丈夫です」と同時に言ったので、弁護士は目をパチクリさせていた。 
ふたりで折半して弁護士代を負担して、この件を正式に担当してもらうことにした。 
弁護士は青葉本人および両親・姉の資産を調べてくれた。すると、父親名義の土地があり、また銀行にも父名義で150万、母名義で50万ほどの預金があったが、それ以外になんと青葉名義と姉名義の預金が200万ほどずつあった。生命保険は何件か存在したものの全て失効していた。負債については住宅ローンの残高とクレカのローン残高が判明した範囲で700万ほどあり、土地を売却するとちょうど相殺できると思われる額であった。結果的に父母の預金はほぼそのまま残る。
 
しかし弁護士は両親の分に関しては相続放棄することを勧めた。両親の生活がかなり乱れていたようなので調べきれなかったような所にも借金があるとまずいからである。青葉と姉の名義の預金はおそらく資産隠しだろうと言っていた。しかし青葉の名義である以上、当然青葉自身が使える。弁護士はすぐに青葉名義の預金の通帳とカードの再発行を銀行に申し入れたが、震災で混乱しているため半月ほど待ってほしいと言われた。預金の引き出しについては都度応じるということだったので青葉に尋ねてとりあえず30万引き出した。青葉はそれを先日の交通費の分と弁護士代だけでも返しますと言って桃香と千里に渡そうとしたが「色々お金がいるから持っておきなさい」
とふたりに言われた。結局青葉はこの分を自分名義の郵便局の口座を作って入金した。 
青葉の姉名義の預金については、青葉たちの佐賀の祖父が相続人になるので弁護士は「放置しておけばいいです」と言った。
 
青葉の後見人については、千里が特に熱心に自分が後見人になってあげたいと言ったので、その方向で進めようとしたらちょうどこちらに出てきた桃香の母が猛反対した。 
「後見人になるというのは、その子の親になるというのに等しいのよ。今年中2なんでしょ?成人するまであと6年。あなたたちだって6年もの間にはひょっとして何かの間違いで恋人ができて結婚を考えるかも知れないじゃん」
「その言い方はさすがに少し傷つく」と桃香。
「だからさ、私が法的な後見人になってあげるよ。だから、あなたたちはこの子の姉代わりというのでどう?」
 
「いいの?ちょっと複雑な子なんだけど」
「話は全部聞いたけど、桃香だってかなり複雑な子だからね」
「まあ確かに・・・」
「私も、千里さん・桃香さんをお母さんと思うのは少し無理があるけど、お姉さんと思うのなら」
などと青葉も言うので、結局桃香の母・朋子が名義上の後見人として裁判所に申請し、学校についても、朋子の家に置いてそこから学校にやるという方向で調整することにした。 
「そもそもあんたたち、この子まで食べさせて学校にやるだけのお金は無いでしょ?」
「はっきり言うなあ。何とか頑張ろうとは思ってたけどね」と桃香。
「済みません。お世話になります。私の銀行の通帳が再発行されたらそれ預けますので」
と青葉が言ったが、朋子は
「子供が何言ってるの?そんなお金はあなたの将来のためにちゃんと取っておきなさい。代わりに養育費はこのお姉ちゃんたちからぶんどるから」と言う。千里と桃香は目を見合わせた。
 
「私達が毎月、この子の養育費をお母ちゃんに送金すればいいのね」
「その方がこの子の面倒見てる気分になるでしょ?金額はあなたたちがきつくない程度でいいから」と朋子は言う。
「うん、ぜひ送金させて」と桃香は笑顔で言った。
「ええ、私も送金します」と千里も嬉しそうに言う。
「お姉ちゃんたち・・・・ありがとう」と青葉は涙を流した。
 
桃香はこの後見人と就学の件について青葉の祖父に連絡して意向を尋ねてみた。すると、向こうは驚いたようではあったが、特に異論は無いという返事であった。桃香は念のためこの電話でのやりとりを録音しておいた。数日後、青葉が向こうに残していた荷物が『着払い』で送られてきた。桃香は怒っていたが千里は「まあまあ」
となだめていた。「でも青葉がおじいさん嫌いって言ってたのが少し分かった気がする」
と桃香は言った。
 
朋子、桃香・千里に付き添われて青葉は桃香の実家のある北陸の町に行った。「なんか、空気が私の住んでた町と似てます」などと青葉は言う。同じ港町のせいか。 
千里の助言に従い、美容院で女の子らしい髪型にし(それまで青葉は姉とお互い髪を切り合っていたらしい)、できるだけ可愛い服を着せて、朋子が付き添って現地の公立中学を訪れる。
 
今回の震災の被災者で両親と姉を失い、保護する者がいないこと。それを縁があって保護していること。両親の死亡認定が取れ次第、後見人選任の申請をする予定であること。また住民票などについても、その後こちらに移動する予定であること。そういう訳で、現在はこの子の正式な後見人でもなく、また住民票もこちらには無いが、保護者として責任を持つので特例でこちらの中学に入れて欲しいと頼んだ。 
校長は教育委員会に確認する必要はあるが、青葉の学校への受け入れについては問題無いだろうと話した。
 
また朋子は、青葉が今まで両親にネグレクトされていて、その影響で感情表現に乏しいことを語った。でもそれについては自分や、この子の世話をいろいろしたがっている自分の娘とその親友が、日々優しく接していくことで少しずつ改善されていくのではないかとも語った。校長はその件に関しては、そういう問題に理解のある先生の担任にしましょうと言ってくれた。
 
「こんな可愛い子なのに無表情だから損してるんですよね」と朋子は言う。「ええ。笑顔になったら本当に美少女という感じですね」と校長。
「ね、先生この子美少女でしょ」
「ええ」
「まさか、この子が男の子だなんて思いませんよね」
「え?」
「実は、この件がいちばんやっかいなお願いなのですが」
「まさか」
 
「この子、性同一性障害なんです」
「君、男の子なの?」校長はほんとにびっくりしたようであった。
青葉はこくりとうなずく。
「肉体的・法的にはこの子は男の子です。でも、ごらんのようにどう見ても女の子なんですよね」
「それで、ひじょうに難しいお願いというのは承知の上でなのですが、この子の性別についてできるだけ柔軟な扱いをしていただけないかと思いまして」
「うーむ。。。」
校長は絶句して少し悩んでいるようだった。
「ちょっと待ってください。女性の教諭を呼んできます」
 
校長は席を立ち、少しして女性の教師とともに戻った。
「この学校の保健主事で吉本と申します」
「よろしくお願いします」
「いきなりぶしつけですが、性同一性障害というのは、どこかで診断書などは取られましたでしょうか?」
「いえ。この子は両親からずっとネグレクトされていて、食事さえ与えられていなかったんです。とてもそんな病院などにはやってもらえていませんでした。私のもとに保護しましたので、落ち着いたらその方面に受診させる予定です」
「なるほど失礼しました」
と保健主事は謝る。
 
「君、服はふだんからいつもそういう格好?」
「ええ。下着から全部女物しか着ません」
「ちょっと立ち入ったことを聞くけど変声はまだしてないのね」「はい」
「大事な問題なので正直に教えて欲しいのだけど、オナニーはしてる?」
「しません。射精自体しません。実は信じてもらえないかも知れませんが、睾丸が機能停止するように小学5年の時に性魔術を自分に掛けました」
「魔術!?」
「この子、いわゆる霊感少女なんです」と朋子が補足した。
「魔術とか密教とか道術とか陰陽道とかに凄く詳しくて。今回の震災でも津波を予知して、おかげでこの子のクラスは全員助かったんです」
吉本と校長が思わず顔を見合わせる。
 
「ええ。ですから私は今実質去勢状態です。だから変声は今後もしませんし、ヒゲや男性的な体毛も生えません。むろん勃起もしません。あの、私の下着姿を見ていただけますか?」
 
「あ、僕はちょっと席を外す」といって校長が部屋の外に出る。
青葉が服を脱いでブラとショーツだけの姿になると吉本は息を飲んだ。「体の曲線が完璧に女の子のライン。おっぱいも少しあるのね・・・・」
「小6の時から女性ホルモンを活性化させる修法をしています。これは気功に似たものですが。他に腕立て伏せしたり、バストマッサージしたり、ツボを刺激したりして、ここまで発達させました。一応Aカップはそんなに余ってないです」
「ふつうの女の子でも中2だとまだそのくらいも無い子いるわ。下の方もまるで付いてないみたいに見えるけど」
「ちょっと技術があるんです」
と青葉は少しニコッと笑った。朋子はその笑い方も初めて見た気がした。 
「触っていいですよ。前の学校でも同級生や先輩にけっこう触られました」
吉本がおそるおそる青葉のパンティに触る。
「触っても付いてないみたいに感じるんだけど」
「全部体内に押し込んでしっかりしたテープで留めてます。体育したくらいでは外れません。パンティー脱がない限り、女の子に見えると思います」
「これなら女子と一緒に着替えられるというか、男子とは着替えられないわね」
吉本は頷きながら言う。
「前の学校ではどこで着替えていたの?」
 
「実質空き部屋になっていた用具室を、私専用の更衣室として用意してもらっていましたが、しばしば友人たちに引っ張っていかれて女子更衣室で着替えてました。ついでに取り押さえられて下着姿をじっくり観察されたり、あちこち触られたりしたこともあります。さすがに裸には剥かれませんでしたが。そもそも体育の授業は女子と一緒に受けていたので、女子更衣室で着替えるのが流れ的に自然だったんですよね。水泳の水着も女子用を着てました」
「この体なら女子用しか着れないわね」
 
青葉に着衣を促し、着たところで校長を呼び戻す。
「前の学校で制服はどうしてたの?」
「一応規則だからと言われて男子の制服を授業中は着ていました。でも放課後になったら、私服の女の子の服か、先輩からゆずってもらった女子制服に着替えてました。クラブ活動で校外行事などに出る時は女子制服で行ってました」
「トイレは?」
「男子制服の時は来客用の多目的トイレを使うよう言われてましたが、私服や女子制服の時は普通に女子トイレ使っていました」
「なるほど」
「あと、髪の毛は女子の基準の長さを守っていればいいと言われてました」
 
「かなり配慮してもらっていたのね」
「ええ。小学生の時はふつうにスカート穿いて学校に行っていたので、中学に入って制服になるというので、すごく鬱な気分になったのですが、友人たちがいろいろ運動してくれたおかげで先生達に理解してもらって、嬉しかったです」
 
「校長先生、体育の授業は本来選択制だから、この子を他の女子と一緒に受けさせるの、問題ありませんよね?」と保健主事が言う。
「ええ、問題無いですね」と校長も答えた。
「トイレとか着替えとかの問題は、いちおう職員会議で打ち合わせしましょうか」
「ええ、それがいいでしょう」
 
「他の先生達にあなたの姿を見せたほうが話が通りやすい気がするので、写真撮らせてもらっていいかしら?」
「はい。どうぞ」
「吉本先生。今職員室にいる先生方だけにでも実物のこの子をちょっと見せておきましょうか?」
「そうですね。そちらが良ければ」
「私は大丈夫です」と青葉が言うので、職員室に行き、まず校長の紹介のあとまず朋子が挨拶し、青葉が「お世話になります。よろしくお願いします」
とたっぷりの笑顔!で挨拶した。朋子はこういう場面で満面の笑みが出せるようになったんだなと内心驚いていた。
 
校長室に戻り、4人でもう少し話し合いを持った結果、校長は青葉の性別問題について、できるだけの配慮はすることを約束してくれた。どの点でどういう対応になるかについては、また改めて連絡するし、場合によっては再度、保護者同伴で来てもらって話をすることになるかも知れないということではあった。ただ、もう学期が始まっているので、できるだけ早くその問題をクリアして授業を受けられるようにすることも約束してくれた。
 
連絡はその日の夜7時過ぎにあった。先生達がかなり遅くまで議論してくれたようであった。結果を聞いていちばん大きな感激の声を出したのは千里だった。なんと、基本的に女子生徒として受け入れてくれるということであった。最近こういうケースがあちこちで出ていることも影響しているようだ。 
すぐに女子制服を購入してくれるよう、購入可能な場所のリストをFAXでもらった。授業は基本的に他の女子生徒と一緒に受けてもらい、トイレについても生徒用の女子トイレを使ってもらって構わないが更衣室については取りあえず専用の部屋を用意し、様子を見てまた検討するということだった。また就学開始については、学校側の準備もあること(先生達が性同一性障害について勉強会をすると言っていた)、青葉のほうも環境がいろいろ変わってたいへんだろうからということで一週間後の4月25日からという線を打診され、朋子は了承した。 
「学校に行ってすぐに連休に入ってひとやすみできるから、たぶんベストのスケジュールじゃないかな?」と桃香は言う。
 
青葉の就学が一週間後と決まったことで、桃香たちと朋子の間で、それまで青葉をどちらに置くかで、少し揉めた。ともかくも桃香と千里は学校があるので一週間もこちらにいるわけにはいかない。明日にもいったん戻る必要があるので連れて行って触れ合いたい。しかし朋子もこれからずっと一緒に暮らす子を手元に置いていろいろと話がしたい。
 
あれこれもめた結果、明日制服の採寸をしたら青葉はいったん桃香と千里のところに一緒に戻るが、朋子もそれに付いていく!ということになった。この結論に青葉は初めて、おかしくてたまらないという感じの笑顔を見せた。 
一週間の間、桃香と千里は講義が終わるとすぐに帰宅して青葉と色々な話をした。日中は朋子がせっかく都会に出てきたからということで、色々なところに連れ回しているようだった。落語の寄席に連れて行ったりコメディ映画なども見せていた。どうやら感情表現の訓練を兼ねているようだった。青葉が遊園地にも行ったことがないというので、ある日はふたりで遊園地に行った。それを聞いて桃香と千里は「あ、私も行きたかった」と同時に言った。
 
「もも姉とちー姉ってほんとに息がぴったりだよね。まるで恋人みたい」
と言ってから青葉は「あっ」と言って口を押さえた。こんな仕草も初めてみせた仕草だった。「もしかして・・・」と遠慮がちにふたりの顔を見る。 
「青葉のお姉ちゃんたちはレスビアンみたいなのよね」と朋子が言ったが桃香は「私の片思いかも」と千里を見つめながら言う。千里は何も言わずに笑っている。「へー」と青葉は、興味津々という感じのまなざしを向けた。桃香はこの子、日に日に表情が増えてきているなと思った。
 
青葉はそれまで自己流のタックをしていたのだが、千里が世間的に広まっている方法を教えてあげた。「中に収納したままの状態でおしっこできるって凄い!」と青葉は感動していた。「本当はタックは睾丸によくないから中学生がしちゃいけないんだけどね。青葉の睾丸は既に機能停止してるみたいだからいいでしょう。しかし睾丸機能停止の魔法なんて私にも掛けて欲しいくらい」
「掛けてあげようか?」「だめ!精子の採取終わるまでは」と桃香が止めた。 
桃香が「精子保存大作戦」のことを言うと、青葉が「じゃ採精する前日に、ち−姉、私の所に電話してよ。24時間限定で男性機能が活性化する魔法を掛けてあげる」「そんなこともできるんだ!」「私生理不順とかもかなり治せるよ」と青葉は言う。青葉はどうも「心霊治療」を時々していたようだ。「私のひいおばあさんが拝み屋さんだったの。私、その血を引いてるんだろな」
と青葉は言っていた。小さい頃、よくその曾祖母と一緒に滝行などしていたらしい。 
この後に採取した千里の精子はそれ以前に採取したものより明確に活動性が高く(被災地活動で休んだ分延びて)5月で終了する予定だった採精は、それ以前の分を破棄してやり直し、7月まで続けられた。後に早月の妊娠に使ったのは最初に青葉が魔法を掛けた時に採取した精子だった。
 
4月24日の日曜に4人でまた実家まで戻り、できあがっていた制服を受け取った。早速着せてみると、立派な女子中学生のできあがりである。
 
「この子、学生服着ていた時は、男装している女生徒って感じだったもんね」
 
「ねえ、青葉」と桃香が少し厳しい顔で言う。
「これから、青葉の希望通り、女子中学生としての生活が始まる訳だけど、いろいろ親切に配慮してくれる人もあるだろうけど、あなたを毛嫌いする人、いじわるする人、男扱いする人とかも、きっといるだろうと思う。でも、どんな扱いされても我慢して」
「うん」
「辛かったら、私や千里に電話して愚痴言ってもいいし泣いてもいいからさ」
「うん。辛いときじゃなくても電話していいよね?」
「もちろん。楽しいことがあったときでも、別に電話する用事がない時でも気軽に電話してきて」
「うん。そうする」と青葉はかなり自然な雰囲気になった笑顔で言う。 
「そうだ」と青葉がいう。
「こういうのはちー姉の方が分かりそうだからお願いがあるんだけど」
「なあに?」
「お数珠のいいのを見つけたら買って送ってくれない?玉が108個あるやつ」
「ああ、そういう話は千里だ。私は宗教はダメ」と桃香。
「どんなのがいいの?」
「ちー姉の好みで。あのね。私、般若心経を毎日唱えようかと思うの」
「般若心経!」
 
「私地震のあとでどうも両親やお姉ちゃんが死んだみたいと分かった時、お姉ちゃんの死は悲しかったけど、両親の死はむしろホッとしたの。
でもちー姉と桃姉の所に来てから落ち着いてきたら、そういう感情持つのはよくないと思った」
「そう思える所が青葉って大人だね」
「そうかな。。。それで、死んだお姉ちゃんや両親や、そしてたくさんの亡くなった友達や先生、今まで私に色々してくれた人、しばしば挨拶交わしていた人、とかの供養が何かできないかとここ数日思ってたんだけど、こちらへ来る特急の中で突然般若心経を唱えることを思いついたの」
「ああ、いいかもね!」
 
「でしょ。亡くなった家族や友人ひとりひとりのために唱えようかと思って」
「でも、それかなりの数にならない?」
「たぶん。実際何人死んだのか分からないし。とりあえず毎日108回唱えようと」
「108って除夜の鐘の数?1回2分で唱えて216分。4時間かな」
「108は仏教やそれの元になったインドの宗教でよく出てくる神秘数なの。1の1乗掛ける2の2乗掛ける3の3乗で108。通学中に歩きながらとか、体育の時間に体を動かしながらとか心の中で唱えていたら、そのくらいはできそうな気がするのだけど、どこまでやったかすぐ分からなくなりそうだから、数を数えるのにお数珠がいいなと思って。数珠の構成は真言宗の形式の。7000円から1万円くらいで」
 
「真言宗の108珠のね。数珠ってもともとカウンターだもんね。わかった。青葉に合いそうな感じで気に入ったの見つけたら送るね」
「うん。ちー姉が気に入ったら多分私も気に入ると思う。感性が似てるから。あ、理屈とか思考とかは桃姉のほうに私、似てるかな」
桃香の視線に即反応して青葉が付け加えたので朋子が苦笑している。
 
その日は明日からの青葉の前途を祝して、桃香の実家で4人で焼肉をした。こういう食事の仕方も青葉は体験したことがなかったので「ああ、こういうのもいいなあ」などと感激していた。「みんなで1つの鍋をつつくなんていい」
などとほんとにうれしがっている。
「こんなんで喜んでもらえたら安上がりでいいわ」などと朋子は笑っていた。 
翌朝。「行ってきます」と笑顔で手を振り朋子に伴われセーラー服を着て登校していく青葉を見送って、桃香と千里はぎゅっと手を握りしめた。
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