【女の子たちの花祭り】(前編)
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(C)Eriko Kawaguchi 2011-04-27
この物語は「女の子たちの成人式」のすぐ後くらいのエピソードである。
千里は自分の荷物を全部桃香のアパートに持ち込み、元のアパートは解約して桃香と「同居」を始めた。
「えへへ。引越のついでに男物の服、全部捨てちゃった」
「そんなもの持ってたの?」
「夏頃まではタンスの大半は男物だったよ。バイト先では女の子扱いだからバイトに行く時は女物しか着てなかったけどね。でも、男物を全部ゴミに出した時に、ああこれで自分はもう男を辞めるんだ、って思った」
「男はとっくに辞めてたと思うが。千里、裸に剥いたって女の子にしか見えないんだもん。女湯にだって入れるよ」
「そう? 私、去勢しちゃおうかなぁ」
「してもいいが、済まん。私のために精子を採取してからにしてくれ」
「うん。そのあとだよ」
桃香は千里に自分が将来「ひとりで」子供を産む時のために使う精子を冷凍保存して提供してくれるよう頼んでいた。その代わり、千里が母親になりたい状況ができた場合は、桃香がいつでも卵子を提供するという約束である。
千里はそれまでも週に数回桃香の家に泊まって半同居の状態になっていたのだが、完全な同居を始めてからいちばん千里を困惑させたのが、夜な夜な、桃香が夜這いを掛けてくる!ということだった。
千里と桃香は成人式の翌日に1度だけHをしたが(この件に関してはふたりだけの秘密にすることで合意)、あれは成人式の記念の一夜限りのものと千里としては認識していたのでその後そういうことはしていなかったのだが、桃香はしばしばキスを迫ったり、Hしようよと言ってきた。千里としては桃香といちゃいちゃすること自体は嫌ではないが、Hすると自分の男性器官を使うことになってしまい、自分がいまだに男であることが辛くなってしまうので、Hはしたくないと言って拒否していた。それでも桃香は夜中千里の布団に潜り込んできて、体のあちこちに触って誘惑してくる。
千里は妥協することにした。
「キスはいつでもしていいよ。私も桃香にするかも」「うん」
「私のおっぱいは触ってもいい。私も桃香のに触る」「OK」
「おちんちんはやめて。私、自分でもできるだけ触らないようにしてるんだもん。触ると自分が男であることが悲しくなっちゃうの」
「うーん。じゃしばらく控える」「うん。私も桃香のおまたには触らないから」
「えー?千里いつでも私のには触っていいのに」
「触ると羨ましくて、すぐにも手術したい気分になるの。おっぱいには触るから」
「うん」
しかし男物の服を全部捨ててしまったのは千里の意識をかなり変化させたようであった。それまでしばしば千里は学校に行くとき、女物の服ではあっても、中性的な着こなしで出て行っていたが、桃香と同居をはじめてからは完全に女の子の服装という感じになった。トイレも学校では恥ずかしがって多目的トイレを使っていたが(男子の同級生たちからは千里が男子トイレにいたら、一瞬自分が間違って女子トイレに入ってしまったかと思うのでやめてくれと言われていたので秋頃から千里は男子トイレを使えなくなっていた)、休憩時間には桃香や朱音たちに連れられて一緒に女子トイレに入るようになり、そのうちひとりでも女子トイレを使うようになった。
ある日講義が終わったあとバイトまで少し時間があったので、ちょうど最後の講義で一緒だった玲奈・美緒とマクドナルドに入った。3人ともタバコを吸わないので(美緒は一時期吸っていたが最近禁煙をはじめたらしい)禁煙フロアーに行く。このフロアーはいつも女性が多いのだが、この日はみな女性客ばかりだった。3人であれこれガールズトークで盛り上がっていた時、少し離れた席にいた女子高生グループの中のひとりがとつぜん着替えをはじめた。千里は一瞬ぎょっとする。
その高校生は着ていた制服を脱ぎ、下着姿になって、紙袋の中から取りだした、たぶん買ったばかりの可愛い服を身につける。一緒にいた子たちから歓声があがっていた。千里がそちらから視線を外したことに気づいて美緒が小さい声で言う。
「千里、バイト先ではふつうに女子更衣室で着替えてるんでしょ。女の子の着替えるところなんて見慣れてるんじゃないの?」
「それは別に何とも思わないけど、ここふつうの場所だし」
「でも周囲、みんな女性客ばかりだから、いいよねと思ったんじゃない?」
と美緒は小声で笑いながら言った。そして
「千里を見ても誰も女の子としか思わないしね」
と付け加えた。
電車に乗っていた時、席は満席に近かったが、千里の隣と、少し離れた所に座った20代くらいの男性の横が空いていた。そこに17-18歳くらいの女性が乗ってきた。さっと空いている所を探すと、その男性のそばを通り過ぎて千里の所に来て「ここ空いてます?」と訊く。千里が「どうぞ」と言うと、そこに座った。自分はちゃんと女性に分類されてるんだな、と千里は思った。
ファッションビルなどを歩いていて、レディスファッションの店の前を通過する時、千里はしばしば「いらっしゃいませ」と声を掛けられるのに気づいていた。以前中性的な格好で歩いていた時にもたまに声を掛けられることはあったが服装をぐっと女性的にしてからは、声を掛けられるのが普通になってしまった。自分はこういう店の「お客さん」と見られているんだな、と千里は思った。
ちょうど市会議員選挙があり、千里も桃香も20歳になってから最初の選挙権行使をしてきた。投票券を持ってふたりで一緒に投票に行ったが、桃香は問題無く投票用紙をもらえたものの、千里が投票券を出すと「あら、これ違いますよ」と言われた。投票券と照合された名簿上では男性になっているのに来ているのがどう見ても女性なので咎められたのだが、千里が「間違いなく本人です」と言い、そばにいた桃香も「この子、俗にいうニューハーフですから」と言ったので、「あ、失礼しました」と係の人がいって投票用紙をもらえた。
投票に行ったあと朱音・美緒と合流し、いっしょにファミレスで食事をした。みんなでランチを頼んだら「本日は女性のお客様にアイスクリームをサービスです」
といって食後のコーヒーとともにアイスクリームが4人ともに配られた。「わあ、美味しそう」などといって他の3人がアイスを食べてはじめたが、千里が何かじっとアイスを見つめている。「どうしたの?」と朱音が訊く。
「女性って得なんだね」
「ああ。。。。だって千里、女の子にしか見えないもん。もらえて当然」
と美緒が笑って言った。
「実はね、こないだ映画見に行ったらさ。水曜日だったのよね」
千里はやっとアイスを食べ始めながら微笑んで言う。
「ああ、レディースデイ」
「うん。それで1000円で入れちゃった」
「私、映画は水曜日にしか見に行かない」
「私も」
「女の子になって良かったな、とか思っちゃって」
「まあ、得なことばかりじゃないけどね」
と桃香は言う。
「ところで、千里と桃香、同棲しはじめたんだって?」と美緒。
「ええ?同棲ということになってるの?ただの同居だよ」と千里。
桃香は何も言わずに笑っている。
「Hとかしないの?」
「しない、しない」
「キスくらいはするんでしょ?」
「キスくらい友達同士でもするじゃん、朱音ともしたことあるでしょ」
「あちこち触ったりしないの?」
「ええ?おっぱいは触りっこするけど、これみんなともするよね」
「私、最近千里のおっぱいに触りながらでないと寝れなくなっちゃった」
とここで桃香が爆弾発言。
「おはようのキス、おやすみのキスもしてるし」
「ちょっと、ちょっと、桃香〜」
「ふむ。君たちがいかにスイートな生活をしているかは分かった」と朱音。「当委員会としては君たちの生活を同棲であると認定する」と言うと、美緒がパチパチと拍手をした。
桃香と千里は一緒に長野県にある、とある産婦人科を訪ねた。桃香の医学部の友人のツテで、ここで千里の精子を採取して冷凍保存してもらうことになっていた。今日が1回目で、このあと半月おきに計6回採取の予定である。
「あれ?もう採精して来られたのですか?」
と女性の医師は千里と桃香がふたりで診察室に入ってきたのを見て言った。
「いえ。こちらで新鮮な状態のを採らせてください」
「でも女性だけで来られても」
「いえ、この子、一応男の子の器官が付いてるので」
女医さんは驚いた様子でこちらを見つめていたが
「ああ、分かりました。ごめんなさい」
と平然とした顔に戻って言う。
「去勢する予定があるので、その前に採取したいんです」
「なるほど。だから凍結なのね」
「はい。私はまだ学生で今すぐは妊娠できないので」
「了解です。では採精室で、これに出して来て」
といって医師は容器を桃香に渡した。
「えっと出すのは千里ね」といって桃香は千里に容器を渡し直す。
「あ、勘違いした。ごめん」と医師が照れ笑いしながら謝る。
千里は恥ずかしそうにしながら容器を持って採精室に入る。桃香は医師から色々と質問をされた。ふたりは結婚するつもりなのかとか、どういう性生活をしているかとか、千里が去勢あるいは更に性転換した場合、ふたりの関係をどうしていくつもりなのか、などといったことも尋ねられたが桃香は正直なところを話した。医師はそれをパソコン上の電子カルテに打ち込んではいたが、世間的な基準では拒否されそうな精子凍結保存の動機について、医師は特に咎めなかった。桃香は受精・出産をこちらの病院でお願いできますかと尋ね、医師は「ええ、いらしてください。いつでも歓迎です」と初めてにこやかな顔で答えた。
その時、採精室のドアが開く。
「終わった?」と桃香が尋ねたら「ごめん。うまく出来ない」と千里が言う。
「実は私もう2年以上オナニーってしたことなくて」
「手伝ってあげる」と桃香。
「えー」と言っている千里の背中を押して一緒に採精室に入る。
「だって私がもらう精子だから、私の愛で出してあげなきゃ。はいパンティ脱いで、横になって・・・あ、スカートは脱がない」
「うん」
桃香は千里のスカートの中に潜り込むと、千里のそれをいきなり口に咥えた。
「え!?」
「男の子にクンニされてると思うといいよ」桃香はいったん口を離して言った。
「分かった。妄想してみる」
ほんとに立たないな、これ、と桃香は思った。成人式の翌日にHした時もインサートできる堅さにするのに、かなり時間がかかったことを思い起こした。あの時は千里が初めてだからかなとも思ったのだが、やはりそもそも千里の男性機能はかなり弱いのだろう。桃香はそれが少し大きくなってきたところで今度は手でつかむと、そのまま押さえつけて小さな円を描くように回し始めた。
「あ・・・」
「千里は女の子。これはクリちゃん。だから女の子みたいにぐりぐりしてあげるよ」
「うん」
桃香はかなり長時間それをやっていたが、結局千里のは最後まで硬くならないまま、逝ってしまった。出てきたものをしっかり容器に受け止める。けっこう濃い。よしよし。でもこれ男子としてのセックスはかなり無理っぽいなあと桃香は思った。むろんレズの桃香としてはそのほうが千里に対して萌えてしまうのであるが。「できたね」「ありがとう」
桃香は千里に熱いキスをした。千里は放心状態だ。桃香も腕がいたい。そっと千里のパンティを上げてあげる。スカートも整えてあげた。
しかしこれをあと5回繰り返すのか。あはは。
桃香は千里の小さなバストを撫でてあげた。本人の気持ちに反して男性的なことをさせてしまったので、女性的な部分を触ってあげることで、気持ちが落ち着くかなと思った。
やがて千里が立てるようになると採精室を出て、ふたりで容器を医師に渡す。
「でもカップルで協力して出す人多いですよ。ふたりの子供だからふたりで作らなきゃという感じみたいです。だいたい仲睦まじい雰囲気のカップルね。あなたたちみたいに」
千里は照れている感じであった。
「そのためにここの採精室は防音仕様になってますから」
と女医さんは笑っていた。桃香たちが使った採精室の隣の採精室が使用中の表示になっていた。
桃香は千里の精子の活動性に懸念があったのでその件を言うと女医は、活動性の高い精子だけ選別して使いますから大丈夫ですと言った。顕微鏡でチェックしていたが「確かに平均的な男性の精液に比べると活動的な精子の率は低いですけど、このくらい活動的な精子があれば問題ありません」と笑顔で言った。
「人工授精の依頼に来る不妊で悩むカップルの場合、ほんとに活動性の悪い精子しかないケースも多いんですよ」と言っていた。
「どうしてもふつうに受精ができない場合、顕微鏡で見ながら強引に結合させる場合もあります。でも、あなたたちの場合はふつうの方法で行けますね。ところで生まれてくる赤ん坊の性別は選択しますか?」
「いえ、自然に任せます」
「分かりました」
女医はその件をカルテに打ち込む。
「性別って選択できるの?」と千里が尋ねる。
「X精子とY精子は比重が違うから遠心分離器で分離できるんですよね」と桃香。
「ええ。男の子がいいとか女の子がいいとか希望するカップルもいるので。むろん100%うまくいくとは限らないので、あくまで男の子の確率を高める、女の子の確率を高める、方法だとおことわりはしているのですが」
「Xの方が重いんでしたっけ?」
「そうですそうです」
「私を作ったY精子とか、ふつうのY精子より重かったかも知れないなぁ」
などと千里は言っている。
「ちなみにうちでは出産前の胎児の性別判定はしませんし、性別が希望と違っていたことを理由とする中絶手術も拒否しています。まあ他の病院でやられたらどうしようもありませんけど」
と女医は言っていた。
3月11日。
東北地方を未曾有の災害が襲った。千里たちはてっきりすぐ近くで地震があったと思ったのにテレビを付けて震源が宮城と知り「嘘!?」と思った。しかし真の恐怖は地震のあとにやってきた巨大な津波によりもたらされた。千里も桃香もテレビの画面を見ていて涙が止まらなかった。
千里がバイトしているファミレス・チェーンで、被災地域への炊き出しのプロジェクトをすることがその日の内に決定され、志願者が募集された。
「君、精神的には強い方だよね」「はい」
「向こうは今かなり悲惨な状況らしい。死体とか見ても大丈夫?」
「それはたぶん平気だと思います」
「君を派遣する場合、女性扱いになるんだけど・・・君、女性といっしょに着替えるのは問題無かったよね?」「ええ。いつも着替えてます」
「女性と一緒にお風呂入っても問題無いんだっけ?」
「お風呂ですか?はい。問題ありません」
桃香が女湯に入れるじゃんと言ってたもんね・・・
「分かった。じゃ名簿に入れておく。明日にも連絡すると思うから」
「はい」
千里が家に帰って震災地域への炊き出しに参加すると言うと、桃香が私も行きたい!と言った。千里が店長に連絡すると「じゃ、うちのスタッフとして派遣するようにしよう」と言ってくれた。事前に簡単な面接と研修をしたいというので、すぐに桃香を連れてファミレスに行く。桃香の強い性格はこういうプロジェクト向きと店長に好感されたようであった。桃香はとりあえず2〜3日、こちらの店で働いて慣れてから、増援スタッフとして派遣されることになった。
千里が勤めるファミレスチェーンは近隣に20店舗展開をしているが、高速のSAなどを対象に移動店舗も営業していてキッチンカーを3台所有している。これを被災地支援に使うことにしていた。通常の移動店舗のスタッフだけでは負荷が高いので、このプロジェクトのために有志を募り、50名ほどのスタッフが集まってきた。チームはキッチンチームが1チーム4名で6チーム。3日続けたら第二陣と交替である。このほかに物資の配送をする輸送チームが結成されていた。
千里はその第一陣として出発した。行き先は千里も初めて聞く町村名が多かった。これはこのチェーンが敢えて小さな町村を選んだことによる。それは大きな市の避難所より、小さな町村の避難所のほうが食料が不足していると思われたことと、小さな町などのほうが営業許可を取りやすかったことによる。大きな市への支援はもっと大きな企業に任せればいい、と今回のプロジェクトの現地指揮を執る副社長が言っていた。
3日たち第一陣が戻って代わりに第二陣が出発する。ところが第二陣に出発直前に欠員が生じてしまった(家族から止められたらしい)。第一陣で行ってた人のうち消耗の少ない数人が第二陣にも再び参加することになり、体力には自信のある千里は志願した。そこで第二陣で千里と桃香が同じチームで参加することになった。
「桃香、ウェイトレス体験はどうだった?」
「うん。楽しかった。たまにやるからだろうけどね。これ体力使いそう。千里は深夜のシフトが多いんでしょ。よく体がもつね」
「寝れる時に寝てるから。お肌には悪いかも」
「現地どうだった?」
「もう悲惨。悲しい話を山ほど聞いて涙腺がフル稼働。遺体はけっこう見たし、避難所で目の前で亡くなった人もいた。第一陣で行ったスタッフで次は勘弁してと言っている子が何人もいた」
「そうだろうなあ」
「体力的にもけっこうきついけど、精神的に辛いよ、この仕事」
「千里、お風呂入った?」
「うん。入った。特に問題無かったよ」
「ほほお」
「いっしょのチームで行った亜衣華って子とは浴室内でおっぱいの触りっこしたし」
「なに〜!?」
桃香の心の中に嫉妬の炎が燃え上がる。
千里は1日目の夕方を思い出していた。その日は高台にあって被災を免れた町の温泉施設の入浴券をもらった。行くと町民の人達も入浴に来ていて、温泉施設はごった返していた。千里は入浴券を見て少し悩んだが、汗は流したいし、またちゃんと清潔にしておかなければ仕事上まずい。「よし」と決断して、着替えを持ち、入口でチケットを渡して温泉施設に入場。女湯ののれんをくぐった。
脱衣場には服を脱いでいる最中の人、着ようとしている人、浴衣姿で涼んでいる人、裸のまま歩き回っている人などがいる。こういう風景自体は見ても何とも思わない。千里はできるだけ平常心で空いているロッカーの扉を開けてばやく服を脱いで裸になり、服を収めたロッカーの鍵を手首に付けると、そのまま浴室に入った。かけ湯をし、簡単に体を洗ってから浴槽に入る。
『もう少しドキドキしちゃうかと思ったけど、別に何とも思わないなあ』と千里は浴槽につかりながら思った。どちらかというと浸かっているお湯が少し熱すぎることが気になった。それでもしばらく浸かっていたら、一緒のチームで回っている亜衣華が入ってきて、千里を見つけると「やっほー」と言って寄ってくる。千里はほっとして、亜衣華とおしゃべりを楽しんだ。
「でも、千里おっぱい小さいね」と触ってくる。
「亜衣華は大きくていいなあ」などと言って千里も触る。
おっぱいの触りっこは、いつも朱音や美緒たちともやってるから平気だ。逆にこれで落ち着くことが出来た。
千里たちのチームは桃香の他、千里と同様に大学生で体力があるので特に残留を希望した亜衣華と、それに桃香と同様に第二陣で参加した歌恋・雪菜の5人となった。本来は1チーム4人だが、女子はこの5人だけで他の2チームは男子のみの構成になっている。女子だけまとめられたらしい。先に3日間の活動をしてきた千里と亜衣華が、残りの3名に仕事の流れの再確認と実際の現地での様子の説明をした。
「現地、けっこうきついから、もう辛いと思ったら我慢しないで言ってね。すぐ帰させるし、それで査定に響いたりもしないから」
5人を含む第二陣のスタッフを乗せたバスは早朝から高速を走り、今回サービスをする地区に到着した。現地の協力会社の敷地に駐められたキッチンカーに乗り込む。食材は現地スタッフの手でもう積み込まれていた。
最初の避難所まで行く。炊き出しに来たことを告げると、歓声が上がり、列ができる。メニューは5種類しか無いが、とりあえず選べることが好評だった。2人で列に並んでいる人の注文を取り、3人は中でひたすら調理をする。誰が注文に回り、誰が調理を担当するかは避難所ごとに交替していた。若い人の中にはおかわりをする人もいる。基本的にこのプロジェクトではお代わりに制限はもうけていなかった。
初日女子組の宿舎になったのは、いつもチェーンに野菜を納入してくれていたこの地の会社の女子寮であった。部屋は5つ確保してもらっていたが、お風呂は共同である。千里は「桃香〜、お風呂行こう」などと誘って、一緒に浴場に行く。千里がそこの寮の本来の住人さんたちもいる中、堂々と脱衣室に入り、平気で裸になって浴室に入っていくので、軽くめまいを覚える気がした。置いていかれそうになり、慌てて千里の後について浴室に入る。そして体を洗ってから、そう大きくもない浴槽に身を沈めた。
「千里、ほんとに平気なの?」と浴槽でそばに寄って小さい声で尋ねる。「何が?」と千里は涼しい顔をしている。
「まあいいや、私悩んで損した」
千里は桃香の思惑に気付いているのか気付いていないのか、気持ち良さそうに温浴を楽しみながら、桃香におしゃべりを仕掛けてくる。
桃香も開き直り、千里のおしゃべりに付き合っていたら、亜衣華と歌恋もやってきて、話が盛り上がる。「触った感じは似たような雰囲気だったのに見比べると亜衣華の胸のほうが桃香より大きい気がするなあ」などと千里が言うと思わず桃香が嫉妬するような視線を亜衣華の胸に向ける。すると「何だ?触られたいの?」
と亜衣華が言って、またまたおっぱいの触りっこ合戦になってしまう。歌恋はこの手の遊びに免疫がないようで「いやん」と悲鳴をあげていた。
話の方も盛り上がったが、あまりの盛り上がりように、寮の住人さんたちも近づいてきて「ボランティアの方ですか?」と声を掛けてきた。ボランティアじゃなくて、仕事で避難所の炊き出しにまわっていると言ったが、それは充分ボランティアですと言われ、彼女たちからいろいろ被災地の現状なども聞くこととなった。しかし、被災状況などの話より、彼女たちとはアイドルの話などの方が盛り上がった。
1日目は勢いでがんばれたものの2日目はさすがに疲れが出てきた。しかし何とか気合いで乗り切り、その日最後の避難所に行った時のことであった。
だいたい列がはけて、あと30分もしたら撤退して今日の宿舎に移動しようかという状況で、千里が食器の空きを避難所内で回収してまわっていた時、詰め襟の学生服を着た中学生の男の子?が千里に「済みません」と声を掛けた。千里が「男の子?」と思ったのは、彼がとても可愛い顔をしていたせいだ。一瞬女の子が男装しているのかと思った。
「お代わり?いくらでも頼んでね。お代わり制限は無いから」と千里は笑顔で言う。
「ごはんはもう大丈夫です。美味しく頂きました。ここ2日ほど、おにぎりしか配給無かったから、お肉食べられてすごく嬉しかった」
まだ変声期が来てないのかハイトーンである。千里は自分もこのくらいの年で去勢してたら声で苦労しなくて済んだのになどとふと思った。今千里が使っている声は桃香の指導の下で必死に練習して獲得した女声である。
「よかったね」
「それで、ちょっとお姉さんに折り入ってお願いがあるんですけど」
「なにかしら?」
「ここではちょっと・・・・」
「んー、じゃちょっと一緒に来る?これを片付けてから聞くから」
「はい」
千里が食器を片付けながら外に駐めてあるキッチンカーの方に戻っていくと、彼はその食器を片付けるのを手伝ってくれた。その手伝い方がとてもさりげなく千里は、この子よくできてる子だなと思った。
食器を片付けたあとで、ここなら大丈夫かなという感じで、キッチンカーの裏側に彼を連れて行く。車のエンジン音があるので会話が漏れにくい。
「で、何かな?」と千里が尋ねる。まさか愛の告白ではないよね・・・
「あの、凄く唐突なんですけど、女物の服を少し分けてもらえないでしょうか。新品でなくてもいいので。私、この格好で学校に居た時に被災してしまって。あとで家まで行ってみたけど流されていて服が調達できなかったんです」
千里は目をぱちくりさせる。
「あなた、女の子??」
「自分では女の子のつもりなんですけど、その・・・お姉さんと同族です」
千里はびっくりした。そうか。同族だったのか!だから自分のことをリードして自分を頼ってきたのか。千里としてもリードされたのは初めての経験だった。
「事情は分かった。それなら何とかしてあげたいけど、私の着替えはこの車には積んでないのよね。明日はこの避難所には来ないし。。。あ、名前は?私は千里」
「青葉といいます。来月から中2になる予定でした」
「青葉ちゃん、ご家族は?」
「両親と姉がいたのですが、地震から5日たったのに連絡が取れないのでたぶんみんな死んだと思います。避難所名簿とか死亡者名簿とか見ても見つからないし、電話会社の安否確認システムでもヒットしないのですけど」
淡々と無表情で語る青葉に千里は少しぞっとするものを感じた。
この子、震災のせいで感情にトラブルが起きているのではなかろうかと感じた。
「そうなの・・・・」
千里は思わず青葉をハグした。
「あっ」
青葉はハグされて驚いたようだったが、やがてそっと千里をハグしかえした。その時、彼女の目に少し涙が光ったように千里は思った。
「ちょっと待ってて」と言い、千里は車の中に戻り、今回のチームのリーダーである亜衣華に相談する。
「リーダー、ちょっと知り合いの中学生の子と遭遇しちゃって、どうも家族をみんな亡くしたようなんです。とりあえず今日の宿舎に連れて行ってもいいですか?」
「うーん。ほんとはいけないけど、知り合いで中学生なら放っとけないわよね。見つからないようにね」
「はい。明日以降については考えますので今夜だけ私の部屋に泊めさせてください」と言う。ただこの時点で千里の頭の中にはまだこの子の扱いについてどうするという方策は何もできていなかった。
車の陰に戻り、青葉に
「とりあえず今夜は私の宿舎に来ない?それからちょっとどうするか考えましょう」
という。青葉は無表情のまま
「はい」
と返事をした。千里は青葉にこの付近に居るように言うと、桃香を探し手短に状況を説明する。
「わかった。私達の部屋にとりあえず今夜は泊めよう」
千里は青葉を連れて、避難所の責任者の所に行き、知り合いの子で、両親とお姉さんを亡くしたようなので、とりあえず保護しますと言った。責任者の人から連絡先を聞かれ、千里は自分のアパートの住所と電話番号を書いて渡した。
本当は違法なのだが5人乗りのキッチンカーに青葉まで入れて6人で乗って、その日の宿舎に辿り着く。今日の宿は被災して休業中のホテルなのだが、一部の客室は使えるので、それを安価に貸してくれるのである。女子組にはツインを3部屋確保してあったが、亜衣華は千里と桃香が特別な関係であることには気付いていたので、ふたりを同室にしてくれていた。千里はその部屋に青葉を連れ込んだ。
ボイラーが生きていて、各部屋の付属のバスルームが使えた。千里は取りあえずお風呂に入っといでと青葉を促す。前日の宿舎から転送してもらっていた自分の着替えの中から比較的若い子向きに思える物を選んで、青葉に渡した。お風呂から上がり、千里の服を着た青葉は、どこから見ても少女だった。
「助かりました。お風呂も地震以来はじめて入ったので気持ちよかったです」
と無表情な顔で言う。表情こそそんな感じだが、ほんとに感謝している風であるのは、読み取れた。
千里と桃香が交代でラウンジに晩ご飯に行く。ふたりとも自分の御飯を少しずつセーブしてついでに夜食用と称しておにぎりを少しもらい部屋に持ち帰ってきたので、青葉はそれを夕食に食べて、満足そうであった。桃香が持ってきていたお菓子をひろげ、3人で食べる。
「青葉ちゃん、親戚とかはいないの?」
「父も母もひとりっ子だったんで、おじ・おばの類がいません。母方の祖父母は津波の被害がひどかった町に住んでいて、連絡取れないので死んだんだと思います。父方の祖父が九州の佐賀に住んでいますが、父と喧嘩していてもう何年も音信不通です」相変わらず無表情で淡々と語る子である。桃香はこの子を見ていて、ここまで一度も笑顔を見てないことに気付いていた。悲しい顔さえしない。どんなに辛い体験だったんだろうと桃香は思う。未曾有の大災害で一挙に家族親戚を失い、心に強烈なダメージを受けたのがこの子をこのようにしてしまったのだろうか?
「佐賀におじいさんがいるなら、取りあえずはそこに行ってからその後のことを考えるべきじゃないかしら」と桃香は言った。
「そこにあなたが無事だったことは連絡したの?」
「いえ、してません」
「電話貸してあげるから連絡しよう」
「父とも喧嘩してましたが、私もあの祖父は嫌いなんです」
「でも、こういう時はやはり頼れるのは血のつながりのある人だよ」
「私佐賀には行きたくないです。あの、もし良かったら東京に行く交通費を貸してくれませんか?私、年齢ごまかして働こうかと思って。お金稼げたらお借りした分を必ず返しますから」
「それはさすがに無茶だよ。だいたいどこに住むのさ?」
「路上生活します」
「あのね、世の中甘くみちゃ行けないよ。どこの世界に身元のはっきりしない、住所も不明な10代の子を雇うところがあると思う?君、18とかでは通らないよ」
「ねえ、桃香。こういうその・・・保護者がいない子って、どうしたらいいの?」
「うん。。。普通はいったん、どこかの児童養護施設に収容されることになるんじゃないかな。ただ今回はこの近辺の養護施設自体が軒並み被災していて、とても子供を保護できない状態と思うけど、落ち着いたら活動再開するでしょう」
「私、別に児童養護施設に偏見持っているわけではないですけど、私そういう所ではとても暮らせないです。きっと男としての生活を強制されるだろうし、それとても堪えられません。男部屋に入れられたら安心して寝ることもできないし、着替えもできないし。そういうの考えていたら、いっそ路上生活したいです」
「うーん。。。。」
「今までおうちではどうしてたの?」
「学校には仕方なく学生服で行ってましたが、家の中ではいつも女の子の格好でした」
「ご両親からあなたの性別のことは理解してもらっていたのね」
「いえ、理解してもらえるどころか、そもそもネグレクトされてました」
「え!?」
「御飯とかもまともにもらえなかったので、お昼は私は給食で、高校生の姉は友達がお弁当を姉の分まで作ってきてくれるのをもらってました。あとは私は職員室で給食の残りのパンを夕食代わりにもらったり、先生がおにぎりとか作ってきてくれたのを朝御飯に食べたりとか、昨年春からは姉がコンビニでバイトしはじめたので廃棄対象になった肉まんとかをもらってきて分けて食べたり。バイト代は大半を父に取り上げられてしまっていたのですけど。服とかも買ってもらえないから、友人や先生から古着などを分けてもらってました」
「ひどい・・・・よく生きて来れたね」
「今になってみると我ながら生きてたのが奇跡のような気もします。そういう状態なので、私の家庭内の服装には両親とも無関心でどうでもいいという感じでした」
「うーん。。。」
「あ、ごめんなさい。私って無表情でしょう。笑顔とかになると、気持ち悪いとか言われて殴られてたから。いつしか、無表情で淡々としゃべるのが私のスタイルになっちゃって。それに感情を殺してないと生きて来れなかったし」
その時、青葉がちょっとだけ涙を浮かべたのを見て、千里は青葉をハグした。今度は青葉も最初から千里をしっかりハグし返す。
「私はあなたがそんな感じなのは今回の地震で家族を亡くしたせいかと思ってた」
と千里は涙を流しながら言う。それは桃香も同感だった。
「ごめんなさい。私、もともとこんな感じです」と青葉はまるで20年前の機械音声のように抑揚のない口調で答えた。
「ね。この地震であなたお友達も亡くしたかも知れないけど、私と桃香は青葉のお友達になるから、私達の前では感情を出していいよ。ね、ちょっと笑ってみて」
「はい・・・でも笑うなんて長いことしたことないから・・・こんな感じ?」
青葉はぎこちない笑顔を作った。
「うんうん。ね、毎日笑顔作る練習しよっ。毎日やってれば少しずつ自然な笑顔が出るようになるよ」
「はい」
「あなたの性別のことは、お友達とか学校とかではどうなっていたの?」
「友達はみんな私のこと、女の子としてみてくれていました。学校では一応規則で男子の制服を着ないといけないけど、髪の毛とかは先生が大目に見てくれて、女子の基準で長くなりすぎないようにと言われてました。でも放課後になったらすぐ女の子の服に着替えて、女子の友人達と遊んだりしていました。その時間が私にはいちばん心休まる時間でした。一応女子の制服も先輩からゆずってもらって結構着ていたんですが、今回の地震のあとの津波では学校も全壊したので」
「いい先生たちね。でもよく津波で助かったわね」
「ちょうど地震が来た時が体育の時間で。学校の裏山で男女合同授業でスキーをしていたんです。もっとも私はその日体調が悪くて見学だったので学生服だったのですけど。それで本震では幸い雪崩は発生しなかったんですが、また余震が来るだろうし雪崩が危険だから下山しようなんて言っていたのですが、私が凄く悪い予感して、その予感何だろうと考えてたら『津波』という単語が頭に飛び込んで来たんです。で、それ先生に言ったら、先生も私の霊感が強いの知っているので、学校側と連絡とって確かに津波が来る可能性があるというので学校の方でも生徒たちをどこかに避難させようかという話になっているということで、そういう状況なら、私達はこのまま山の上にしばらくいた方が安全かもということでそのままいて。おかげで、私達のクラスは全員助かったんです。学校の方はかなりやられたみたい」
「ああ・・・・・」と桃香が絶句する。
「でも青葉ちゃん霊感強いんだ」
「ええ。普段は無意識に危険なものを避けている感じなのですが、時々そういうふうに明確なメッセージが頭の中に飛び込んでくることあります」
「私の中学時代の同級生にもそんな子いたよ」と千里。
「で、その同じクラスの子たちは?」
「そこの近くの避難所にいるはずです。私も最初そこにいたのですが、自分の家がどうなったか知りたくて。2日目にそこを出て何とか家のあった所まで行ったものの、跡形もない状態で。最初の避難所まで戻るのもたいへんなので、その近くの避難所に身を寄せていたところで今日炊き出しに来て頂いて。その女性スタッフの中にひとり女装の人が混じっているのに気付いたので、思い切ってすがってみました」
「私のこと女装者だって気付いたの、たぶんこの子が初めて」と千里は苦笑いしながら言った。
「同類だけに分かるというのと、青葉ちゃんがもともと勘が鋭いからだろうね」
と桃香は冷静に分析しながら言った。
「でもほんとにこのあとどうしようか?」と千里が言う。
「私はその佐賀のおじいさんと連絡を取るべきだと思う」と桃香。
青葉は渋ったが電話番号を知らないというのを、名前と大まかな住所を聞き出し、番号案内で電話番号を調べた。
「掛けるよ」「はい」
「夜分大変恐れ入ります。古賀様のお宅でしょうか。私は今回の東北の地震で被災した、そちらのお孫さんの青葉君を保護した者なのですが」と桃香が言うと「青葉の遺体が見つかったのですか?」と向こうは尋ねてきた。
「いえ、青葉君は生きてます」
「なんと!本当ですか!」
向こうは驚くとともに物凄く喜んでいる感じだ。
「本人と替わります」といって桃香は電話を青葉に渡す。
青葉は相変わらず淡々と話す。しかし向こうからはかなり興奮した声が漏れてきていた。向こうは取りあえずこちらに1度来いと言っているようだ。しかし青葉は返事を渋っている。根負けしたのか、向こうは青葉を保護している人と話したいと言ってきた。電話を受け取ると桃香は向こうといろいろ話した上で、「分かりました。そちらに行かせますので」と答えて電話を切った。
「ね、青葉ちゃん。気が進まないというのは相性の悪い相手なら理解するけどこういう時は、とりあえず行ってみるものだよ」
「そうですね・・・・・でも私、男の子の格好では行きたくないです」
「女の子の格好で行けばいいじゃん」と桃香は言った。
「それでいいんでしょうか?」青葉は少し驚いたような顔をしている。こんな顔を見たのも初めてだ。ほんとに表情の無い子なのである。
「だって、君は自分が女の子だと思っているんでしょう?
だったら、女の子の服を着ておじいさんの所に行くのに不都合がある?」
「そうですよね・・・・それで行ってみます」
「うん。交通費はあげるし。交通機関の使える所までは何とかしてあげるから」
「はい」と青葉はやっと佐賀の祖父の所に行くのを同意してくれた。
「でも・・・」
「なあに?」
「もし、祖父の所で私受け入れてもらえなかったら、千里さんたちの所に寄せてもらってもいいですか?あ、ずっと居させてというのではなくて、相談に乗って欲しいから」
「。。。君って、自分の主張をする前に、予防線を張っちゃうね。それよくない」
「あ、はい」
と青葉は少し虚を突かれたような顔をした。これも初めてみる表情だ。どうも自分達との接触で少しずつ感情が動き出しているのではと桃香は思った。
「相談にならいつでも乗るからどうにもならなかったらおいで」と千里は言った。
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【女の子たちの花祭り】(前編)