【少女たちの初めての体験】(1)
1 2
(C)Eriko Kawaguchi 2018-09-15
「ねぇ、ボウリングに行かない?」
と言ってきたのは、留実子であった。
千里の家も貧乏だが、留実子の家は千里の家より輪を掛けて貧乏である。その留実子がおよそこういう話を持ってくるのは極めて珍しい。
「何があったの?」
と千里は訊いた。
「福引きで当たったんだよ」
「なるほどー!」
「貸靴付き、2ゲーム、ゲーム後の食事付き。本来なら3000円くらいの招待券。ペア2枚でこれは大人2人なんだけど、大人1人につき小学生は無料で遊べるんだよ。但し貸靴代は別」
「あれ?でもお兄さんとるみちゃんで行くのでは?」
「兄貴は高校受験目前だから勉強してるという話」
「なるほどー!」
「だから兄貴の代わりに千里行かない?」
「お兄さんの代わりなら私、男装しないといけない?」
「むしろボクが男装して、そっちが女装ならいいと思う」
「それいいね!」
それで千里の母と留実子の母が電話で話した上で、その日千里は留実子一家の車(年代物のセルボモード)に乗り、ボウリング場のある旭川に出たのである。千里の母は「ガソリン代」といって、千里から留実子の母に3000円渡させた。留実子の母は「もらいすぎ!」と言っていたが、ありがたくもらっておいたようである。
それ以外に千里はお小遣いに2000円もらったが「余ったら返して」と言われている。
当日は、例によって朝早く、父がまだ寝ているのをいいことにして可愛いスカートを穿いて出た。ちなみに留実子の母は千里のことを女の子と思い込んでいる(*1).
(*1)留実子の母は千里を女の子と思っているので「男の子の友だちしかできたことがなかったのに、やっと女の子の友だちができた」と思っており、千里の母は留実子を男の子と思っているので「男の子の友だちができたのは久しぶり」と思っている。
子供の頃の千里の友人男子といえば、フィリピンに強制退去になった勲男くらいである。
この時期は深川留萌自動車道は秩父別(ちっぷべつ)ICまでの11.6kmだけができているのだが、留実子の父が運転するセルボモードは高速には乗らずにひたすら下道を走って行く。それは「高速代がもったいない」という問題に加えて、この年代物の車(1991年型)はエンジンの機能が衰えていて、フルアクセル踏んでも85km/h程度しか出ない(本当に85km/h出すとエンジンが変な音を立てる)から高速に乗っても意味無いのである。
それでも朝9時に留萌を出て10時半頃には旭川のボウリング場に到着した。ここはショッピングモールの中にあるボウリング場である。
千里と留実子の靴を借り、ボールを選ぶ。
「これどうやって選べばいいの?」
「だいたい自分の体重の10分の1を選ぶといいんだよ。体重をキロで言う場合は0.22を掛けるといい」
と留実子の父が言っている。
「留実子は体重40kgくらいだから0.22を掛けると8.8、つまり9ポンドを選べばいいと思う。千里ちゃんは体重は?」
「30kgくらいです」
「だったら0.22を掛けて6.6。6ポンドか7ポンドだな」
(3lb= 1.36kg/ 4lb= 1.81kg/ 5lb= 2.27kg/ 6lb= 2.72kg/ 7lb= 3.18kg/ 8lb= 3.63kg/ 9lb= 4.08kg/ 10lb= 4.54kg/ 11lb= 4.99kg/ 12lb= 5.44kg/ 13lb= 5.90kg/ 14lb= 6.35kg/ 15lb= 6.80kg)
それで千里は最初7ポンドを持ってみたが「重ーい」と感じて、6ポンドにした。それで試投してみるのだが、千里は「指がきっつーい」と思う。きちんと指が入らないので、つまむような感じになり、まともに投げられない。2本試投したのがどちらもガーターになった。留実子の方は父の勧めで9ポンドのボールで試投したが、1投目で7本倒し、2投目で残りの3本も倒した。
「さっすが、るみちゃん!」
「千里は腕力がないから、置くように投げるといいよ」
と留実子はアドバイスした。
ともかくもゲームを始める。4人で1レーン使用し、留実子→千里→母→父の順に回していく。
留実子はだいたい7〜9本倒し、時々スペアも出す。5フレーム目と10フレーム目ではストライクを出し、合計129点であった。
一方千里はほとんどがガーターである。かろうじて3回だけ1〜2本のピンが倒れ、合計5点であった!
「やっぱり私運動苦手〜」
と千里は言っていたのだが、留実子は、千里が右手の指を左手でさすっているのに気付く。
「千里、指どうしたの?」
「なんかボールの穴に指を入れると痛くて」
「痛い?」
「だって穴が狭いんだもん」
「千里それは小さすぎるボールを使っている」
「え〜?でも大きいのは重たいよ」
「千里、ボールが重たいのはあまり問題無い。それは要領で何とかなる。それより、ちゃんと指が無理なく入るボールを選ばなきゃ。それに千里は右手より左手の方が強いんじゃない?」
「あ、そうかも」
それで留実子は子供用のボールの並んでいる所に千里を連れて行き、千里の左手の指が無理なく入るボールを選んでくれた。結局8ポンドにした。
「これ重たいよぉ」
「平気平気。それを持ったままマラソンしろというわけではないし。ほんの数メートル運んで投げればいいんだよ。投げる時に腕で投げるんじゃなくて身体全体で押し出すようにするんだ。ボクの投げる所を見ててごらん」
と言って、留実子は千里に「横から見てて」と言って模範投球をしてみせてくれた。留実子の投げたボールはスクライクになる。
「すっごーい!」
「今の感じで千里もやってごらんよ」
「うん」
それで千里は8ポンドのボールを左手で持ち、さっきの留実子がしたイメージを思い浮かべながら、身体全体で押し出すようにしてボールをレーンに投じた。
するとボールはゆっくりとした速度で、しかしだいたいまっすぐ転がって行ったものの、ピンの少し前で落ちてガーターになった。
「だめだ〜!」
と千里は言うが、留実子は
「今のは千里、ピンを見てなかったでしょ? 最後までピンをしっかり見ておくんだよ。目を離したらだめ。ちゃんと見ていれば自然とそちらに行くよ」
「へー!」
それで千里は2投目は、留実子に言われたようにボールを手から放す瞬間までしっかりピンの並んでいる所を見ていた。
するとボールはまっすぐ転がって行き、ど真ん中に当たる。
「わっ」
と千里は驚いて声をあげる。
「おっ、ストライクかな?」
と留実子の父が声を出したものの、千里のボールは真ん中の8本を倒して、両端の2本が残った。
「おっしーい!」
「今のは仕方ない。ボールに勢いが無いから、全部倒しきれないんだな」
と留実子は言う。
「でもさっきは10回あわせて5本だったもん」
と千里。
「うん。だから今の感覚でやってみよう」
それで2ゲーム目を始めるが、千里は毎回6〜8本くらい倒していく。
「千里ちゃんのボールはホントにまっすぐ転がっていくね」
と留実子の父がいう。
「うん。この子は凄くコントロールがいい」
と留実子もいう。
「これでもう少し腕力があればストライクの連続だろうけどなあ」
と留実子の父は惜しそうに言った。
そして千里は最後の10フレーム目では1投目7本倒し、2投目で3本倒した。
「これで81点かな。さっきの10倍だ」
と千里が言っていたら
「千里、今のはスペアだからもう1回投げられる」
と留実子が言う。
「え?そうなの?」
とボウリングのルールが全く分かっていない千里が驚いて言う。
それで千里はもう1投した。すると10本全部倒れた。
「凄い!最後の最後でストライク!」
「すごーい!これもしかしてもう1投できる?」
「いや、そこで終わり」
「残念!」
「でもこれで91点じゃん」
「なんか凄くいい点数?」
「初めてやったにしては充分いい点数だと思うよ」
「千里ちゃん、私より点数がいい」
と言っている留実子の母は79点だった。
ちなみに留実子は141点、留実子の父は184点であった。
靴を返却してからレストランコーナーに行くが、その前に千里も留実子もトイレに行っておくことにする。
トイレの前まで来てからお互いにチラッと見る。
「千里どっち?」
「自粛すべきかなあ・・・」
などと千里が言うので留実子が
「じゃ試しに入ってごらんよ」
と言う。それで千里はおそるおそる男子トイレに入ったのだが中にいた20歳くらいのお兄さんが驚いたような顔をして
「君、こっち違う!女子トイレは向こう!」
と言うので
「ごめんなさい!間違いました」
と言って、千里は慌てて外に出た。
「ほらね」
と留実子は言っている。
「るみちゃんは女子トイレに入ってみないの?」
「女の子が男子トイレに入ったら追い出されるだけだけど、男の子が女子トイレに入ったら、痴漢で捕まるからね」
と言って留実子は笑っている。
「だからお互い、平和的な方に入ろうよ」
と留実子。
「そうだね」
と千里も言い、留実子は結局男子トイレ、千里は女子トイレに入る。男子トイレの方では留実子は特に何も言われなかったようである。千里も何も言われないので、そのままトイレの前にできている列に並んだ。
食事が終わった後で、留実子が
「ちょっと本屋さん見てくる」
と言うのでお母さんが
「3時までには戻りなさいよ」
と言って、自分の腕時計を留実子に預けた。
「車の場所は分かる?」
「うん。大丈夫」
「すみません。私もちょっと行ってきたいお店があるので。3時までには車の所に戻ります」
と言って、千里も離脱した。
千里が入って行ったのは、ドラッグストアである。
「何か言われないかなあ」
と千里が不安そうに言うと
「女の子が生理用品コーナーに居ても何も変には思われない」
と小春が言う。
「だよね?私女の子に見えるよね?」
「実際女の子同然だしね。ちんちんもタマタマも無いし、卵巣はあるし」
「私、子宮とか膣もあるの?」
「内緒」
「うーん・・・」
実は今回千里が留実子の誘いに乗った最大の理由が留萌以外の場所でナプキンを買いたかったからなのであった。市内のドラッグストアやスーパーで選んでいたら、それを友人などに見られたとき、不審に思われかねない。
ふたりで生理用品コーナーに来る。
「なんかたくさんあるけど」
と千里は戸惑いながら言う。
「この付近がパンティライナー、この付近がナプキン、そのあたりはタンポン」
と小春は説明する。
「パンティライナーはこないだから小春がくれてたものだね?」
「そうそう。9月に渡してたのがロリエ、10月になってから渡してたのがソフィ。今度はまた別の使ってみる?」
「そうだね。最初は色々なの使ってみた方がいいよね」
「じゃこのウィスパーというの使ってみようかな」
「まあその3つが三大メーカーかな」
「へー」
それでウィスパーのパンティライナーで小春が勧めてくれたわりとソフトな肌触りのものを買い物籠に入れる。
「そちらのタンポンってのはどうするの?」
「それは今の段階では必要無いと思う。膣の中に入れて使うものだよ」
「入れちゃうの?」
「千里がもし将来スポーツ選手とかになったら必要だと思う。ナプキンだと激しい運動をした時にずれたりするから」
「でも入れちゃっていいわけ?」
「別におちんちんを入れる訳では無いから問題ないでしょ」
「でも膣の入口には処女膜ってのがあるとこないだ蓮菜が言ってたよ。入れたら破れないの?」
「処女膜という言葉は誤解を招くんだけど、別に全部ふさがっている訳では無い」
「そうなんだ!」
「全部ふさがっていたら生理の血が出て来られない」
「あ、そうか!」
「ちゃんと入れられる所はあるから、そこから入れればいい」
「なるほどー」
しかし千里は考えた。
「でも私、膣あるんだっけ?」
「内緒」
「無かったらタンポンは使えないよね?」
「千里の場合は無くても使える気がする」
「意味が分からない!」
「でも当面はナプキンでいいよ」
と言って小春は千里をナプキンの並んでいる付近の前に連れて行く。
「ここでナプキンの宗教戦争があって」
「宗教戦争?」
「ナプキンには羽根付きのものと羽根無しのものがある」
「それどうちがうの?」
「ここにサンプルが出てるでしょ。羽根付きはこういうふうに丸い羽根が両側に出ている」
「それどうするの?」
「これをショーツの裏側に貼り付けるんだよ。そうするとずれにくい」
「なるほどー!」
「だから羽根無しのではずれちゃうという人が羽根付きを好む」
「でもずれない方がいいだろうに、羽根の無いのが好きな人もいるの?」
「羽根付きはどうしても付けるのに手間が掛かる。そしてショーツからはみ出しているから、それが足の付け根にあたってチクチクするんだよ」
「うーん・・・」
「だから多い日とか、体育のある日とかは羽根付きを使って、少なくなってきたら羽無しを使うという両用派もいる」
「なるほどー!」
「後は吸収できる量で、昼用・夜用・多い日用とかがあるのと、肌触りがいいように各社色々な工夫をしているから、そのあたりは好みの問題だね」
「小春のお勧めは?」
「そうだなあ。取り敢えずはロリエ使ってみる?パンティライナーでも最初に渡したけど」
「じゃそれで」
「羽根付きにする?羽無しにする?」
「羽根付きって、付けてるのが下着姿になった時に見えるよね」
「まあね」
「じゃ羽無しで。ナプキン付けてたら私変態かと思われそうだし」
小春は変態と言われるなんて今更なのにと思ったが口には出さなかった。
それで千里はウィスパーのパンティライナー、ロリエのナプキンで羽無しの昼用と夜用のナプキンを1袋ずつ買ったのである。そのあとふたりは百円ショップに移動し、キルト生地の生理用品入れを買い、さっそくそこに昼用ナプキン2枚、パンティライナー2枚を入れた。
「これはいつも持っておくといいよ。いつ生理がきても大丈夫なように」
「うん。ポーチに入れておこう。他のはどうしよう?」
「家に置いていてお母さんが見たら仰天するだろうしね。これまでと同じ様に私が持っておくよ」
「ありがとう、助かる」
P神社では10月21-22日の土日までは七五三のお参りにくる家族もあったのだが、23日月曜日以降はほとんど無くなった。
そして10月28-29日の土日には秋祭がおこなわれた。
臨時に(おとなの)巫女さんが3人頼まれている。近所に住む女子高生の朱理さん、蓮菜の従姉でやはり高校生の守恵さん、そして千里の叔母でやはり女子大生の美輪子も旭川からやってきて巫女を務めてくれた。これに小春も加わって、巫女さんは4人体制である。
「私、巫女さんなんてするの初体験ですけど、よろしくお願いします」
と朱理さんは言っていた。
「最初の年は、だいたい他の人の真似して動いていれば何とかなりますよ」
と美輪子は言っていた。
このお祭りでは、神社の境内によく集まっている千里たち小学生グループも裏方で色々お手伝いをした。
この神社のいちばん大きなお祭りは7月の夏大祭だが、そちらは漁業の祭という性格が強く、沖合に神輿を運んで神を迎え入れたりする。これに対して秋祭りは農業の祭という性格が強く、稲の穂を奉納し、神輿ではなく姫奉燈(ひめほうとう)という、この神社特有の山車(だし)を運行する。
姫奉燈は留萌で有名な夏の呑涛(あんどん)祭の呑涛と少し似ている。留萌の呑涛(あんどん)は実は青森の《ねぶた》に似ているのだが、この神社の姫奉燈はむしろ弘前の《ねぷた》に似た扇形のものである。描かれている絵も一般的な呑涛(あんどん)が武者絵などであるのに対して、この神社の姫奉燈に描かれているのは菊の花を背景にした女性と子供(性別不詳)である。
実は40年ほど途絶えていたのを1994年に翻田宮司が着任した年に、古い写真に基づいて氏子の福島さんが絵を描いて復活させたものである。描いた福島さんは
「うちの祖父さんからは、源義経の奥さんの浄瑠璃姫とその子供の薄墨姫と聞いていた」
などと言っていた。
「義経と浄瑠璃姫の間に子供がいたんでしたっけ?」
と小春が尋ねると
「平泉で死んだのは杉目太郎という義経の影武者で、義経を追って東北まできた浄瑠璃姫は残された義経の侍女からそのことを聞き、更に北上してふたりは青森県の八戸(はちのへ)で邂逅したという伝説があるんだよ。そしてふたりは新天地をもとめて蝦夷地に渡り、留萌付近に滞在していた時に薄墨姫が生まれた。そして親子3人で樺太からハバロフスク、イルクーツクと流れて行き、そこで争っていた部族同士をまとめあげて、やがてジンギスカンになったというんだよね」
と福島さんは説明した。
小春は「うーん」と声をあげて悩んだ。
なお、夏祭りでは多数の若衆が神輿をかついで練り歩き賑やかであるが、秋祭りの姫奉燈は、10人ほどの氏子さんが車輪付きの山車を静かに曳いて町内一周をさせる(祭は2日間なので2回まわる)もので掛け声なども無い。先導役の巫女(今年は守恵さんが務めた)が篠笛で木遣りを演奏するだけである。夏祭りが陽なら秋祭りは陰である。
また、秋祭りの姫奉燈を曳く氏子さんたちは全員赤い服を着るのだが、これが「昔は女装していたのかも」と福島さんは言っていた。これはとても女性的な祭なのである。またこの祭をする時の宮司の衣裳もピンクを基調としたまるで女性神職のような衣裳である(これも福島さんほか数人の老齢の氏子の記憶にもとづいて復元したもの)。
夕方になると拝殿と神殿に蝋燭(宮司と氏子代表数人が話し合って蝋燭型の電球に変更した)が灯り、18時から21時まで30分に1度、合計7回、拝殿で巫女さんたちの舞が奉納される。この舞は夏祭りで子供たちが奉納する巫女舞とは全く別のものであり、美輪子は
「これちょっとセクシーだよね」
などと言っていた。
千里はその“セクシー”ということばはよく分からないものの、見ていて何だかドキドキした。
美輪子は高校1年だった1995年以来毎年この祭に巫女として参加しており、1994年以来参加している小春に次いで古い。
「千里があと3年して“女子中学生”になったら、千里に引き継いでもらおう」
などと美輪子が言うので、津気子が顔をしかめていた。
「ところで10月って、神無月(かんなづき)といって、日本中の神様が出雲に行ってしまって、日本全国神様不在になるんじゃないの?」
などと千里の父は言った。
「出雲に行く神様と行かない神様があると思いますよ」
と祭も終わり、千里の家で遅い夕食を食べている美輪子が言う。
「ああ、そういうもん?」
「例えば諏訪大社の建御名方神(たけみなかたのかみ)は、国譲り(*2)の時に高天原(たかまがはら)系の建御雷神(たけみかづちのかみ)との相撲に負けて、諏訪からは出ないことを約束したから、その約束を守ってずっと諏訪の地から動かないんですよ。だから神様会議にも出席しません」
と美輪子は言う。
「へー。相撲をしたのか」
「金比羅さんとかお稲荷さんとかも系統が違うから出雲には行かないと言いますね。金比羅さんは元々薬師如来の十二神将筆頭・クンビーラ大将のことだから、本来仏教系の神様だし」
と美輪子は言う。
「ああ、そんな話は聞いたことある」
と武矢。
「お稲荷さんは帰化人の秦氏が持ち込んだ神で、全国のお稲荷さんが伏見に集まることはあっても、出雲に行く理由は無い」
「ああ、お稲荷さんは別途伏見で会議してそうだ」
「だからP神社の神様は出雲には行かないよ」
「なるほど、なるほど」
「そして天照大神は出雲に行く義理など全く無い」
「そりゃそうだろうね」
「それどころか10月17日には神嘗祭(かんなめさい)してるし」
「確かに!」
この問題について千里は後で、P神社の大神様に直接尋ねてみた。
「ああ。私は出雲には行かないよ。でも私は伏見の系統じゃないから」
「あ、そうなんですか?」
「私は豊受大神(とようけのおおかみ)の系統なんだよ」
「それはどういう神様なんですか?」
「千里は伊勢の神宮は知っているかい?」
「いいえ」
「天照大神(あまてらすおおみかみ)は分かるだろ?」
「はい。天岩戸(あまのいわと)の神話の神様ですよね」
「そうそう。結果的に天照大神は皇室の祖先神だから、日本では最も崇敬されている。その本拠地が三重県伊勢にある“神宮”という神社なのだよ」
「へー」
「この神宮というのは内宮(ないくう)・外宮(げくう)という2つの大きな神社とその周囲の合計125の神社の総称で、天照大神は内宮に祭られている。そして外宮に祭られているのが豊受大神だよ」
「なんか凄い偉い神様なんですね!」
「まあ私の遙か雲の上の上司だな」
「すごーい」
「稲荷神社には、伏見稲荷に祭られている宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)を御祭神にする神社と、豊受大神を御祭神にする神社があるのさ」
「なんかNTTにNTT東日本とNTT西日本があるようなものですか」
「そうだね。でもむしろ、“ほっかほっか亭”にプレナスとハークスレイがあるようなものかな」
と大神様は言ったが、このたとえは千里には分からなかったようである。
「だったら大神様は外宮にいらっしゃるんですか?」
と千里は尋ねる。
「うん。秋大祭が終わったし、明日から11月3日まで行ってくるから、留守番をよろしく」
千里はキョロキョロと見回した。周囲には誰もいない。
「もしかしてまた私がお留守番するんですか〜?」
「昼間は小春がやってくれるから、夜間は千里が留守番してね」
「私いつ寝ればいいんです?」
「一週間くらい寝なくても死なないよ。それに留守番してくれたら、いいことしてあげるから」
「いいことって?」
「内緒」
と大神様は悪戯っぽい顔をした。
(*2)高天原の高御産巣日神(たかみむすびのかみ)は、葦原中国(あしはらのなかつくに)を管理している大国主神(おおくにぬしのかみ)に、国を譲ることを迫り、何度か使者を出したのち、建御雷神(たけみかづちのかみ)と経津主神(ふつぬしのかみ)がやってきて軍事力を背景に国譲りを強要する。
大国主神は息子の、事代主神(ことしろぬしのかみ:えびす様)と建御名方神(たけみなかたのかみ)に交渉を委ねる。結果穏やかな性格の事代主神は国譲りに同意したものの(責任を取って?)出雲から退去して伊豆に行った(そこで火山を噴火させて島を作り、そこに住むようになる)。一方、建御名方神は納得できないと言い、建御雷神と相撲をとる。しかしこの相撲に負けて諏訪まで逃げていく。建御雷神は建御名方神を殺そうとしたが、建御名方神は「この地から出ないから勘弁してくれ」と言って、それで建御雷神も許した。
それで抵抗する者がいなくなったので、大国主神は国譲りに同意して自分は高さ96mの巨大な神殿(現在の出雲大社 *200)を作らせ、そこに引退したのである。
高天原からは、天照大神(あまてらすおおみかみ)の孫である邇邇芸命(ににぎのみこと)が天宇受売神(あめのうずめのかみ:天岩戸の前でストリップした女神)、天児屋命(あめのこやねのみこと:藤原氏の祖先神)、布刀玉命(ふとだまのみこと:忌部氏の祖先神)などとともに日向の地に降りてくる。
これを天孫降臨という。
邇邇芸命(ににぎのみこと)は大山祇神(おおやまずみのかみ:日本全国の山を管理する神)の娘・木花咲耶姫(このはなさくやひめ:富士山の女神)と結婚し、その子孫にやがて神武天皇が生まれることになる。
なお記紀(古事記・日本書紀)では神武天皇は邇邇芸命の曾孫とされているが、“超古代史”研究者の間では、途中に数十代(数万代?)の大王がいたという説も根強い。これを大和朝廷の前身としてウガヤ朝と呼ぶ。
そういう考え方が出てきたのは神武天皇が
「天孫降臨から179万2470余年経った(自天祖降跡以逮于今一百七十九萬二千四百七十餘歳)」
と発言しているのが日本書紀に書かれているからである。
ちなみに180万年前といえば、ジャワ原人(ピテカントロプス・エレクトス)が活動しはじめた頃の時代である。
(*3)出雲大社(杵築大社)の高さは当初は96mであったが、あまりにも高すぎて度々倒壊するので半分の48mに変更された。しかしこれでも何度も倒壊したため最終的に更に半分の24mになって現在に至る。昔のもっと高かった時代の本殿の模型が現地の道の駅の所にある資料館に展示されている。
千里は秋大祭が終わった翌日10月30日(月)から11月3日(金祝)までの夜間、神社の“本殿内部”に行き、神様の代理をした。昼間代理をしている小春と交替である。しかし大神様が何かしてくれていたようで、この一週間千里は寝ていないのに全然眠くなかった。
大神様は11月4日の朝帰還した。
「千里お疲れ様」
「疲れましたぁ、少しも気が抜けないんだもん」
「神様は週七日・24時間勤務だからね〜」
「神様って大変なんですね」
「じゃご褒美」
と言って大神様は千里のお腹の下の方に手を当てた。
何か暖かいものが身体の中に入ってきて、おへそより少し下の付近に収まったような気がした。
「子宮を入れてあげたよ(本当は既にあったけどね)」
「え〜〜〜!?」
「要らない?」
「要ります!」
「じゃOKね。これで千里は生理が来るようになるから」
「わぁ・・・」
「生理自体は憂鬱だけどね」
「頑張ります。こないだ旭川行った時にナプキンも買ってきたし」
「あんたは閉経するのがたぶん60歳くらいだから、このあと50年間、生理と付き合わないといけないけどね(12歳の時に寿命が尽きるのを何かの間違いで乗り越えられたらだけど)」
「問題ありません」
「あと、卵巣・子宮が体内にあれば、あんたはどんどん女らしい体つきに変わっていくと思う」
「それとっても嬉しいです」
こないだ《きーちゃん》に男っぽい身体付きだなんて言われたしなあ、などと千里は考えていた。
「もう男の子には戻れないよ」
「男の子にはなりたくないです」
2ヶ月ほど前。
津気子が乳癌の手術を受ける前夜、大神様は小春の提案に乗って、津気子の卵巣を放射線から守るため、津気子の卵巣→千里、千里の睾丸→武矢、武矢の睾丸→翻田宮司、というドミノ移植をしたのだが、その時、小春が大神様に尋ねた。
「千里の睾丸がお父さんの武矢さんの身体に入っていた場合、万一、武矢さんと津気子さんの間に新たな子供ができたら、その子は母と息子の間にできた子になってしまいませんか?」
「それは大丈夫だ。津気子の子宮は乳癌の治療、特に放射線の照射の影響で機能を失ってしまうから、今後津気子が妊娠することはない」
「そうだったんですか。あれ?でもどうせ機能を失ってしまうのだったら、それも千里の身体の中に放り込めませんか?」
と小春が提案したのに対して
「卵巣や睾丸はあまり拒絶反応が起きないのだけど、子宮はわりと拒絶反応が起きやすいから、移植は無理」
と大神様は答えた。
「そっかー。残念」
と小春も納得したのだが、あとからふと思って再度大神様に尋ねた。
「確かに子宮は拒絶反応起きやすいですけど、卵巣とセットで移植したら割と拒絶反応が起きないということは?」
「ああ・・・それは確かだ」
「じゃ、お母さんの子宮も卵巣のついでに千里の身体に放り込みましょうよ」
「そうするか」
「膣はどうしましょう?」
「さすがに膣が無くなったら母ちゃんが驚愕するだろう」
「確かに」
「千里には生理が出てくる程度の小さな穴を開けてやるよ」
「ということは千里は生理が来るんですね?」
「卵巣を放り込んだ以上、当然来る」
「でも生理って脳下垂体が指令を出して起きるんじゃないんですか?男の子の千里の脳下垂体でちゃんと生理が起きます?」
「ふつうは生理周期を起こす回路は男の子の場合、胎児の間に破壊されてしまう。しかし千里の場合は、それが残っているんだよ」
「残っているんですか!」
「あの子は胎内での男性化が中途半端に留まっている」
「それはそんな気がしました」
「前立腺とかも凄く小さい」
「へー!」
「あの子は半陰陽とまではいかないけど、2陰8陽くらいなのさ」
「そうかも!」
それで9月上旬に千里の胎内に卵巣とともに放り込まれた母の子宮は、当面は千里の身体に“慣らす”目的もあり、機能を眠らせてあった。それをこの神社お留守番のご褒美に、大神様は起動させたのである。
12月2日(土).
この日は「学校のある土曜日」である。
千里は2〜3日前から何だかお腹が痛いような感覚があった。何か変なもの食べたかなあ、などと思うが心当たりはたくさんある! 村山家では食費を節約するため、半額シールなどの貼られた商品をいつも買ってくるので、消費期限を数日過ぎたようなものをよく食べている。それがたまに“当たって”しまうことも割とある。
あの蒲鉾がいけなかったかなあ、賞味期限1ヶ月超過していた豆腐かなあ、などと考えていたのだが、3時間目の授業中、どうにも我慢ができなくなり、先生にことわってトイレに走り込んだ。
人目の無いのをいいことに女子トイレに入り、個室に飛び込む。そしてズボンを下げると、パンティが真っ赤になっているのに驚愕する。
何?何?どうしたの?どこ怪我しちゃった?
と焦ったが、小春が千里に言った。
『生理が来たんだよ』
『あっ・・・』
『初潮おめでとう』
『これおめでとうなの?凄く気分がよくないんだけど』
『千里もこれでおとなの女の仲間入りだね』
『おとなの女なのか!』
『おとなの男じゃないでしょ?』
『おとなの男にはなりたくなーい』
『処理方法分かる?』
『何とかなると思う』
それで千里はトイレットペーパーで血だらけになっているお股をよく拭いた。小春がパンティの換えを渡してくれたので穿き換え、初めてナプキンを装着した。それでショーツをあげると、ナプキンの感触が千里に『大人の女になった』という思いを持たせた。
『このパンティどうしよう?』
『私が処分しておく』
『ありがとう』
これが千里の生理初体験だったのである。
(但しこの頃の“女性体験”は中学入学以降記憶から消えている)
初めて生理があった日学校が終わってから、千里はスーパーに寄り晩御飯の買物をするが、小春に唆されて、金時甘納豆を買って帰った。
この日は餅米でごはんを炊く。普通のお米と同様、餅米を洗って炊飯器に入れ、食紅を少しだけ落とす。時間を置かずにすぐに早炊きでスイッチを入れる。
ごはんが炊けている間に今日のおかずに豚汁を作る。やがてごはんが炊きあがったら水洗いして甘みを落とした甘納豆と味付けの塩を入れて混ぜる。
(北海道の赤飯は小豆ではなく甘納豆を混ぜる)
そんなことをしている内に母が帰宅した。
「あら、今日はお赤飯なんだ。何かあったの?」
「ううん。急に食べたくなったから作ってみた」
「へー」
玲羅は「私あまり赤飯って好きじゃないんだけど」などと文句を言いながらも食べていた。ちなみに豚汁の豚肉は大半を玲羅が食べた!
なお、この日千里は「漏れないか」心配でたまらなかったことと、ナプキンを使うのが何だか楽しかったことからナプキンを10回も交換している。
なお、これ以降千里は生理中に限っては、ナプキンを交換するのに学校でもしばしば女子トイレに入るようになった。それは男子トイレの個室には汚物入れが無いからである!
むろん千里が女子トイレにいても誰も何もいわない。
むしろ千里が(実は生理中以外の時期に)男子トイレを使っているほうが問題にされていた。
「千里、女の子の癖に男子トイレ使うなんて、女を捨てたおばちゃんのすること」
「え〜?でも私が女子トイレ使っていいもの?」
「しばしば女子トイレでも千里を見るのだが」
12月17日(日).
この日は留萌市内で留萌支庁主催のクリスマスイベントが行われる。千里たちN小学校合唱サークルはそのステージ演奏に参加した。
なにしろ田舎のイベントなので参加者がなかなか凄い。
THE RUMOI BAND (支庁職員有志のバンド)
R幼稚園 ソーラン節・ジングルベル
M小学校吹奏楽部
稲原越子(増毛出身)オンステージ(1)
留萌商工会女声合唱団
ヘリング・ボーン(バンド)
お元気会集団演技
N小学校合唱サークル きよしこの夜・キタキツネ
稲原越子オンステージ(2)
クリスマスツリー点灯式
地元の子供たちや、おじさん・おばさん(おじいさん・おばあさん?)に出てもらったという感じである。
ヘリング・ボーンというのは地元の40-50代の人たちで作っているバンドらしい。“ヘリング”というのは鰊(にしん)のことで、要するに「鰊の骨」ということなのだが、一般に鰊の骨に似た↓のような模様のことを言う。
実はギターの名品マーティンD-28や000-28のバインディング(表板と横板をつないでいる端材)がこのヘリングボーン模様になっていたのが名高い。かまやつひろしがD-28を愛用していた。
このバンドのリーダーの人(かまやつひろしの信奉者らしい)もD-28の愛用者で、留萌がかつては鰊漁で賑わっていたことに掛けて、このバンドにヘリングボーンという名前を付けたらしい。
(ローズクォーツの星居隆明(タカ)もD-28の愛用者)
ともかくもN小学校合唱サークルは最後から2番目の出演で、この日はやっと伴奏のピアノが弾ける!と張り切っている鐙さんも含めて24名(一部の部員は都合がつかず欠席)で会場となっている体育館に出かけて行った。
例によって会場で着換えるのだが、この日は千里の父は在宅だったので自粛してトレーナーとジーンズで家を出てきたのだが、合同庁舎に入ってから用意されている“女性用控室”で合唱サークルの制服であるチュニックとスカートに着換えた。
むろん千里は普段着で女性用控室に入っても誰にも咎められない。むしろ男性用控室に入ったら
「君、ここは男の控室だから女の子は入って来て欲しくないな」
と言われるだろう。
着換えた上で、みんなで他の出演者のステージを見ていたが、狭い会場なので、観客の半分くらいが出演者なのではという気もした。千里たちは最初数少ない座席を占有するのは悪いので2階通路から見ているのだが、1階の座席は3割も埋まっていなかった。それで途中で運営係の人が来て「座席が寂しいから下におりて座席に座っていて欲しい」と言われたので、結局稲原越子さんの1回目のステージ以降は座って見ていた。
稲原越子さんというのは演歌歌手のようであったが、名前も初めて聞いたし、歌っていた曲も知らない曲だった。更にお世辞にも上手いとは言えない歌だった!
やがてN小の出番が来る。この日は指揮台に楽譜を置いてくる役目は副部長の野田さんがした。思えば彼女は地区大会の時は突然指揮をしてくれと言われてあがってしまい、拍を間違ってしまうという失態をおかして泣いてしまったのである。あの時はまさか全国大会まで行けるとは思いもよらなかったろう。
全員ステージ上に並ぶ。
馬原先生と鐙さんがアイコンタクトをして『きよしこの夜』を歌う・・・・つもりだったのだが、前奏が違う!?
鐙さんはその「前奏が違う」ことに全く気付いていないようである。
この前奏は『もろびとこぞりて』の前奏だ! みんな焦って顔を見合わせる。先生もどうしたものか焦っている。
小野部長が後ろを向いて「もろびとこぞりて」とみんなに言った。それでみんな前奏が終わった所で
「もろびと、こぞりて、迎えまつれ」
と歌い出した。
もろびとこぞりて、迎えまつれ。
久しく待ちにし、主は来ませり、
主は来ませり、主は主は来ませり
この世の闇路(やみじ)を照らし給う。
妙なる光の、主は来ませり、
主は来ませり、主は主は来ませり
しぼめる心の、花を咲かせ。
恵みの露おく、主は来ませり、
主は来ませり、主は主は来ませり
それでともかくも歌い終わって、みんなホッとしたが、鐙さんは予定と違う曲を弾いたことに全く気付いていないようだ。
小春が篠笛を持って指揮台のそばまで出て行く。それでまた鐙さんと先生がアイコンタクトをし、
今度はちゃんと『キタキツネ』の伴奏が始まった。みんなホッとしている。次は何の曲を歌うことになるのか不安だったのだが、ちゃんと予定通りの曲である。
美しいハーモニーに小春の篠笛が彩りを添える。
終曲とともに物凄い拍手があった。
馬原先生が観客の方に向き直り、一緒にお辞儀をした。そして退場した。
「え〜〜〜!?私『きよしこの夜』を弾かなかったっけ?」
などと鐙さんは言っていた。
「『もろびとこぞりて』だったじゃん」
と小野部長。
「待って待って。『きよしこの夜』ってどんな曲だっけ?」
「ソーラソーミー、ソーラソーミー、レーレシー、ドードソー」
と部長は歌ってみせる。
「『もろびとこぞりて』は?」
「ドーシラソーファ、ミレド、ソラーラシーシド−」
「あぁぁぁ!」
と鐙さんはやっと気付いたようである。
「まあ練習の時は、『きよしこの夜』『ジングルベル』『もろびとこぞりて』と3曲やってたし」
と深谷さんが言っている。
「直前に『きよしこの夜』にすることになったからね」
「ごめーん。全然気付かなかった」
と鐙さんは言っていた。
そういう訳で鐙さんの最初で最後のライブ伴奏では思わぬ曲の取り違えが発生したのであった。
「コンクールでなくてよかったね」
「コンクールなら失格だよね」
「私、伴奏者に向いてないのかも」
と彼女が少し落ち込んでいるようなので
「まあ色々経験して少しずつ度胸がついてくるんだよ」
「いやおとなのライブでも曲の取り違えはけっこう起きる」
「メロディーの似ている曲と勘違いすることってわりとある」
「なんか出だしが似てる曲とかあるよね〜」
「いや、まるごとそっくりの曲も」
「それはパクリというやつだな」
「***の###と$$$の%%%は似てる」
「@@@の〒〒〒と£££民謡の&&&&はそっくり」
「伏せ字ばっかり!」
「いや、差し障りがありすぎるから」
「似たタイトルの名前の曲と勘違いすることってのもあるらしい。うちのエレクトーンの先生、お客さんから『真珠採り』をリクエストされたのに勘違いして『真珠貝の歌』を演奏してしまったことあると言ってた」
「『長い間』(Kiroro)とリクエストされて『長い夜』(松山千春)を弾いてしまった人なら知ってる」
「似た名前の曲もあるけど同じ名前の曲も多い」
「『さよなら』とか『ありがとう』なんて曲は多分数十曲ある」
父が乗っている船は12月29日(金)に漁港に戻って来ると、次の一週間はお休みで、その次は1月8日(月)の初出港ということであった。それで父は30日(土)から7日(日)まで自宅に居た。
千里はその期間、家にいると父からあれこれ言われそうなので逃げるように神社に顔を出したり、蓮菜の家に遊びに行ったりしていた。神社では初詣に向けて御守りの制作などもあったので、千里が来てくれるのは歓迎であった。
12月31日、父はみんなで温泉に行こうと言い出したが、千里は今男湯には入れない身体なので、小春に美輪子を装って電話を掛けてもらった。
「美輪子おばちゃんに呼ばれて、ちょっと旭川まで行ってこないといけないんだよ」
「それなら仕方ないな。じゃ旭川に行ったらそのついでに酒屋さんで男山を買ってきてくれ」
「分かった」
ということで千里は留萌駅で1人おろしてもらった。温泉には父母と玲羅の3人で行った。
千里は美輪子に電話した。美輪子は笑って
「だったら、留萌のお土産に黄金屋のケーキをいくつか買って来てよ。お金も交通費もあげるから」
「ごめーん!」
それで千里は駅から10分ほど歩いて黄金屋というわりと最近出来た菓子店に行き、適当に洋菓子を買ってからまた留萌駅に戻り、年末で混雑している列車に乗って旭川に出た。
千里は旭川に行くと、まずドラッグストアに行ってナプキン昼用を1袋買った。千里は実は昨日2度目の生理が来ていたのだが、前回の初めての生理の時にナプキンを使いすぎたので、残りがもう少なくなっていたのである。
「この昼用でもだいたい3時間くらいは大丈夫だよ」
と小春は言った。
「そうなの?」
「実際あまり入ってなかったでしょ?」
「うん。でもなんか不安で」
「念のため生理用ショーツを買っておこうよ。万一の場合もそれでもちこたえるし」
「うん」
それで生理用ショーツも3枚買っておいた。
その後で美輪子の家に行く。
ここは千里が中学に入ってから頻繁に訪れるようになり、高校時代下宿させてもらった2SDKのアパートではなく、美輪子が大学生時代の4年間使用していた1Kの小さなアパートである。美輪子はH教育大旭川校に通っていたので、ここは実は千里が後に通うことになる旭川N高校の近くでもあった。実際千里は行く途中で可愛い制服の女子高生たち(部活か補習に行くのだろうか)を見て
「あんな制服着られたらいいなあ」
などと憧れの目で見ていた。
なお、美輪子が札幌の親元から離れて旭川の大学に進学したのは、美輪子が取りたい教諭免許のコースがH教育大札幌校では開講されておらず旭川校か函館校に行かなければならなかったからである。もっとも理由の8割くらいは親元から離れたかったからで、実はわざわざ札幌校で開講されていないコースを取ったのである。
アパートの呼び鈴を押す。
「こんにちは」
「いらっしゃい」
「これ黄金屋のケーキ」
「おお、お茶入れよう」
それで美輪子が紅茶を入れてくれたので一緒に頂く
「美味しいね!」
「ここのケーキはなかなか良いと思うよ」
食べながら、千里は今日こちらに来た理由を正直に語った。
「私、自分は女の子だという気持ちを持っているの。だから男湯には入りたくなくって」
「それで温泉から逃げるのに用事を作ったのか」
「おばちゃんの名前を勝手に使ってごめんね」
「いいよいいよ、そのくらい」
と言ってから、美輪子は尋ねた。
「夏休みにたしかキャンプ体験とかしてたよね?その時、お風呂はどうしたの?」
「あれは色々偶然の作用もあったんだけど、あの日キャンプ場には一般のお客さんもたくさんいたからさ。入浴時間が、一般男性→N小男子→N小女子→一般女性と分けられていたんだよ。私は他の女子と一緒にお風呂の前まで行ったあと、用事があると言って別れて、N小女子が終わった後、一般女性の入浴時間帯に入った」
「女の人たちと一緒に入ったんだ!」
「私、女の人と一緒にお風呂入ってもバレない自信あるよ。でも同級生たちとかは私のこと知ってるから、変に思うでしょ?」
「変に思うというか、悲鳴をあげられるかもね」
「でも男の子たちと一緒には入りたくないもん」
「あんた、それこれから高校卒業するまで何度も苦労するよ」
「仕方ないと思う」
「まあおとなになったら、性転換手術受けて女の身体になってしまえば、もう堂々と女湯に入れるようになるけどね」
「性転換手術・・・・」
「あと今はまだ小学4年生だから、おっぱいが無くても怪しまれない。でも中学生くらいになったら、おっぱいがないと、女湯に入るのは難しいよ。いくらあんたがうまく女の子的な雰囲気を醸し出してもね」
「おっぱいかぁ・・・・大きくならないかなあ」
「豆腐とか、納豆とか、大豆製品をたくさん食べると、大豆の中にイソフラボンと言って、女性ホルモンに似た物質が入っているから少し女の子らしくなれるかもよ」
「私納豆毎日食べます!」
「うん、頑張れ」
と美輪子は優しく言った。
この日は生理2日目なのでナプキンを使用している。トイレに立った時に交換をして、使用済みのものは小春に処分してもらったのだが、千里はうっかり新しいナプキンの外装フィルムをトイレに落としてしまったのに気付かなかったようである。
千里の後でトイレに入った美輪子から言われた。
「千里、ひょっとしてナプキン使っているんだっけ?」
「あ、うん。今日は2日目なんだよ」
「ふーん。そうか千里もとうとう生理がきたのか」
と言って美輪子は笑っていたが、千里は“生理ごっこ”でもしているのだろうと思われたかな?という気がした。しかしこれを笑って済ませてくれるのが美輪子の寛容さである。
せっかく旭川に出てきたから、面白い所に連れて行ってあげるよと言い、美輪子はまず商店街に連れ出して洋服屋さんで千里に合うスカートを買ってくれた。
「嬉しい。。。スカート買ってもらったの初めて」
「まあ懐具合が暖かかったからね」
「でも本当に大丈夫?」
「実は千里の母ちゃんから、お父ちゃんのボーナス出たから少しお裾分けと言って5万もらったんだよ」
「へー!」
「だから心配しないで」
「分かった」
「それとこのこと、千里のお父ちゃんには内緒でね」
「いろいろ大人の事情があるのね?」
「そうそう」
美輪子の生活費は、奨学金、バイト代に、兄(清彦)からの送金、そして不定期に津気子が送ってあげるお金でまかなっているらしい。姉の優芽子もたまにお金をくれることもあるが、専業主婦である優芽子の立場では定期的な送金は難しいようである。
美輪子が連れて来てくれたのは菱川写真館と書かれたお店である。
「私の同級生のお父さんがやっている写真館。ここでお正月の写真を前撮りしてくれるんだよ。だから千里、女の子の服を着て写真を撮るといいよ」
「わぁ・・・」
美輪子が
「こんにちは〜」
と言って入って行くと、カウンターの所にいた女性が
「いらっしゃいませ。すみません。今日はもう閉めるんですが」
と言ってから
「なんだ。みっちゃんか」
と言う。
「かずちゃん、その閉店間際にこの子のお正月写真撮ってくれないかなあ。特別料金で」
と美輪子は言う。
「特別料金というと100万円の高級写真?」
「そこを100円で」
「さすがに100円は勘弁して!」
お父さんが出てきて
「和代のお友だちで小学生なら3000円でいいよ」
と言ってくれたので、それで撮ってもらうことにする。
おそらくフィルム代・印画紙代・現像代といった実費だろう。
お店はシャッターをおろしてしまったので、千里たちがこの年最後のお客になった。
千里が着せられたのは“ワンタッチ振袖”というものである。上下に分かれており、実際にはセーターとスカートを穿くかのように簡単に着られて、それでまるでちゃんと普通の振袖を着たように見えるというすぐれものである。
「凄い可愛い」
と言って千里は鏡に映った自分の振袖姿を見て、本当に感動していた。
「お化粧はどうする?」
「小学生だし無しで」
「じゃ、化粧水で拭くだけにするね」
と言って、和代さんがコットンに化粧水を取ると千里の顔を拭いてくれた。
気持ちいい〜!と千里は思った。
「でも、みっちゃんにこんな可愛い姪御さんがいたとは」
などと和代は言っている。
「わりと美少女だよね。でも和服がこんなに似合うとは思わなかった」
と美輪子。
「いやこの子は純日本風の顔つきをしてると思う。これはなんちゃって振袖だけど、あんた高校卒業したらバイトしてお金ためて本物の振袖を買うといいよ」
と和代さんは言っていた。
振袖が赤系統なのでそれが映えるようにバックにライトグリーンの幕を下ろして1枚撮影。それからどこかの神社の境内のような雰囲気の背景がプリントされた幕をバックに薄紅色の唐傘を持った写真を撮った。
「じゃこれできあがったら郵送してあげるよ」
と和代さんは言ったのだが、千里が不安な顔をしたので
「郵送代がもったいないよ。メールくれたら私が取りに来るよ」
と美輪子が言ったので、そういうことにする。
こんな写真、父にでも見られたら大変である!
写真館を出た後、マクドナルドに入るが千里は
「たくさんしてもらったから、ここは私がお金出す」
と言った。
「そう?じゃ千里におごってもらおう」
実は年末の神社のお手伝いで結構な報酬をもらっているのである。七五三とか秋祭りでもだいぶもらったので、生理用品を買うお金などもそこから出している。
そういう訳でこの日は千里のおごりで、美輪子はベーコンレタスバーガーのサラダ・紅茶セット、千里はフィレオフィッシュの単品とコーラを頼んだ。
「あれ?ポテトは要らないの?」
「私、ハンバーガー食べたらポテトまで入らない」
「そういえば君は凄い少食だった」
と言ってから美輪子は言った。
「ちゃんと食べてないとおっぱい大きくならないぞ」
「え〜?どうしよう?」
と千里は悩んでしまった。
1 2
【少女たちの初めての体験】(1)