【少女たちの七五三】(1)

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2000年9月下旬、千里の家の近くにあるP神社では七五三の準備を進めていた。
 
ところが10月1日、宮司・翻田常弥の孫・和弥がバス事故に遭い、睾丸破裂・陰茎重度裂傷で出血も酷かったため、やむを得ず睾丸は摘出し、陰茎は切断した。
 
まだ高校生なのに男性器を全て失うという事態に、お父さんの民弥(常弥の息子)が、自分の陰茎と睾丸を息子・和弥に移植してやってくれと言った。すると宮司は自分の陰茎と睾丸を民弥に移植してやってくれと言った。
 
そこで10月2日にもその男性器ドミノ移植が行われるはずだった。すると宮司は1ヶ月くらい入院することになるので七五三が出来ない。それで緊急に札幌の神社庁所属の神職さんに来てもらって七五三は執り行おうかという話などもしていた。
 
(各都道府県の神社庁には臨時に人手が必要な場合に対応可能な、一種の遊軍部隊の神職さんたちがいる)
 
しかしここで
「宮司が男性器を失うと急速に老け込み、神事が滞る!」
という神様側の都合から、小春の提案でこのような別のドミノ移植が行われた。
 
和弥の睾丸←民弥の睾丸を移動
和弥の陰茎←小春が調達してきた陰茎を移植
民弥の陰茎:そのまま
民弥の睾丸←小春が調達してきた睾丸を移植
常弥の睾丸と陰茎:そのまま
 
民弥は既に子作りを終えているので他人の睾丸を入れられても問題無い。和弥が将来結婚して子供を作った場合、その子は遺伝子的には自分の弟か妹ということになるが、大きな問題は無いものと思われる(和弥の母の遺伝子を引き継がない問題だけ)。
 
この操作はP神社の大神様の手によって10月1日の深夜に行われた。神様の操作なので無血手術のようなものである。
 
小春が調達してきた陰茎と睾丸は実は13年後の2014年3月3日早朝、鹿島信子から取り外したものを羽黒山の大神様の手で時を遡ってここにもたらされたものなのだが、そのことはこの時点では誰も知らない(後に千里は大神様から教えてもらうが、例によってすぐ忘れてしまう!)。
 
10月2日の朝、和弥は切除されたはずの陰茎と睾丸が復活していて仰天する(医者も仰天する)のだが、ともかくも結果的に民弥も常弥も人間の医師の手術は受けることはなかった(和弥は他にもたくさん怪我しているので2ヶ月くらい入院する必要がある)。そのため、結局常弥宮司は10月3日(火)の夕方には神社に帰還したのである。
 

「良かった。宮司さんが戻ってこられなくて、臨時の神職さんが七五三をするということになったら、どうしようと思っていました」
と小春は宮司に言った。
 
「いや、世の中には不思議なことがあるもんだよ。手術して取ったはずのペニスと睾丸が一晩で復活したなんて」
「それどういう処理になったんですか?」
「医者はスルーすることにしたようだよ」
「合理的な説明はできないでしょうね」
「まあ奇跡としか言いようが無い」
「お孫さんはだったら早く退院できるんですか?」
 
「あちこち怪我しているから2ヶ月くらいは入院しないといけないだろうということ」
「でもおちんちんが復活したのなら他の怪我はどうにでもなりますよね」
「うん。そうだと思う。ちんちんを取られたと聞いた時は、もう絶望的な気分だったけど、復活して嬉しくて嬉しくてたまらないと言っていた」
 
「ふつうの男の人にとって、おちんちん無くすなんて凄いショックでしょうからね」
「まあおかげで僕もまだしばらく男として現役を続けることになったけどね」
「まだ引退するには早いですよ。林田さんのおばあちゃんもどうなることかと思ったと言っておられましたから、後で電話でもしてあげてください」
 
「・・・・・」
「どうしました?」
「小春ちゃん、こないだから僕と林田さんをくっつけようとしてない?」
「現役なんでしょ? 宮司さんのこと好きだから、私が夜のお相手務めてもいいですけど、狐の子供が産まれちゃうかもしれないし」
「うーん・・・・」
 

「でもそしたら御守りを頑張って作らないといけないですね」
「うん。小春ちゃん、手伝ってくれない?うちの神社、巫女さんがいないし」
「小学生の子たちを徴用しましょうか?」
「何か霊的な能力の高い子が多いね!」
 
「千里ちゃんと蓮菜ちゃんは使えますよ」
「千里ちゃんが御守り作ったら凄い強力なのが出来そうだ」
 

そういうわけで、千里と蓮菜に恵香・玖美子まで、10月は学校が終わると神社に行って御守り作りの作業をすることになった。
 
「千里は七五三は何歳でやったの?」
と恵香が御守りを作りながら訊く。
「3歳と7歳だよ」
と千里。
 
「女の子方式なんだ!」
と恵香が言うと
 
「まあ、そうも言えるよね」
と言って蓮菜が笑っていた。
 
「ん?」
 

七五三は基本的には3歳(髪置き)は男女行い、5歳(袴着)は男の子だけ、7歳(帯解き)は女の子だけが行う。
 
(近年は関東を中心に男の子の3歳を省略する人たちも多いが、北海道では本則通り、3歳は男女やる家も多い。しかし北海道ではそもそも七五三自体をしない家も多い!)
 
ただこの「○歳」というのをどう数えるかで幾つかの流儀がある。
 
(1)11月15日現在の満年齢が3歳・5歳・7歳の子。
(2)数え年が3歳・5歳・7歳の子。
(3)学年方式。その学年に5歳になる子・7歳になる子。
 
元々は数えだったのが、戦後満年齢でする人たちが出てきたものの、同じ学年の子が一緒にできないのは寂しいという意見から最近は5,7歳は学年方式が増えている。3歳はまだ幼稚園に行ってないので満でするケースが多い。それは数え3歳はひじょうに幼いので着物を着せるのだけでも一苦労するという事情もある。満3歳なら分別も出てきているので「これ着るのよ」と言えば、ちゃんと着させてくれる。また7歳を満年齢でやろうとすると、11/16-4/01に生まれた子は小学2年生になってしまうが、小学2年生にもなって七五三というのは馴染まないので、11月16日以降に生まれた子も小1の段階でやってしまうケースが多いようである。結果的には学年方式になっている。
 
全体的には満と数えのどちらがよいかは何月生まれかにもよるので、大まかに言えば、満で2-3歳頃、4-5歳頃、6-7歳頃にやると考えればよい。次の表は同じ学年の3種類の誕生日の子の七五三がいつになるかを示したものである。11/16-12/31に生まれた子は、満方式と数え方式で2年違ってしまうがその中間を取るケースも多いものと思われる(つまり満2歳で数え4歳の年)。
 
(三歳)_(1)満年齢方式 (2)数え方式 
1990.4.15 1993.11(3.07) 1992.11(2.07)
1990.1215 1994.11(3.11) 1992.11(1.11)
1991.3.15 1994.11(3.08) 1993.11(2.08)
 
(七歳)_(1)満年齢方式   (2)数え方式    
1990.4.15 1997.11(小1-7.07) 1996.11(年長-6.07)
1990.1215 1998.11(小2-7.11) 1996.11(年長-5.11)
1991.3.15 1998.11(小2-7.08) 1997.11(小1-6.08)
 
(七歳)_(3-a)学年満    (3-b)学年数え
1990.4.15 1997.11(小1-7.07) 1996.11(年長-6.07)
1990.1215 1997.11(小1-6.11) 1996.11(年長-5.11)
1991.3.15 1997.11(小1-6.08) 1996.11(年長-5.08)
 
数え方式・学年数え方式を採る場合、12月以降の生まれの人は満年齢1歳で3歳の七五三、“満年齢5歳で7歳の七五三”になる場合もある。
 

なお、北海道では季節の問題もあり、内地より1ヶ月早く10月15日前後に七五三をする習わしである。11月15日では寒くてたまらないのである。
 
玲羅が生まれた時、津気子は、玲羅が1992年7月生まれなので、あまり悩まずに3歳の七五三は満3歳の1995.10におこない、七歳の七五三は満7歳・年長の1999.10におこえばいいかなと考えた。
 
しかしこの手の行事のことがよく分からないので不安だ。姉の優芽子に訊いてみようかとも思ったのだが、経済的なゆとりのある姉に訊くと何だか大袈裟なことを勧められそうで怖い。自分の母(紀子)に訊くと昔の風習を押しつけられそうである。
 
津気子は夫・武矢と相談したかったのだが、平日は出港しているし、土日はひたすら寝ているか会合または宴会に出ているので全く相談相手にならない。それで結局ご近所の横川さんに相談した。横川さんの所には当時小学3年生の女の子がいた。
 
「あら、玲羅ちゃんのこと考える前にお姉ちゃんの千里ちゃんのことを考えてあげなきゃ」
と横川さんは言った。
 
「えっと・・・」
 
どこの家庭でも男の子の七五三なんて適当になりがちだ。
 
しかし千里は玲羅の“姉”なのか?
 

「千里ちゃん、お誕生日いつだったかしら?」
と横川さんに訊かれる。
 
「1991年3月3日なんですよ」
「ああ、早生まれなのね。そしたら数えより満年齢でやった方がいいかもね」
「満か数えかって悩みますよね」
「3歳は満で、7歳は学年でやった方がいい感じになるのよね」
「へー」
 
「1991年3月3日なら、満でやると1994年10月3歳8ヶ月、数えなら1993年10月で2歳8ヶ月か」
「それ割とどちらでもいいかもですね」
「確かにね〜。あら?玲羅ちゃんは?」
 
「1992年7月23日なんですよ」
「だったら、玲羅ちゃんは数えで、千里ちゃんは満ですれば、ふたり揃って1994年10月にできるじゃん」
 
「なるほどぉ!」
 
この時、津気子の頭の中にひらめいたのは、《2人一緒にやれば神社へのお布施(*1)が1回で済む!》
ということであった。
 
これが姉妹であれば、ずれてくれた方が着物の使い回しができるのだが、どっちみち男の子と女の子では、同じ服を着せる訳にはいかない。
 
(*1)神社への奉納金は「お布施(ふせ)」ではなく「初穂料(はつほりょう)」である。また兄弟姉妹をまとめてやる場合は、通常2人分納める。しかし津気子は1人分だけ出してバッくれるつもりである。
 

そういう訳で、千里と玲羅は1994年10月にまとめて3歳の七五三をすることになったのである。実際問題として、P神社の宮司は前任者が1991年末に亡くなってから、1994年春に翻田常弥が赴任してくるまで不在であった。だから千里の場合、どっちみち数えではできなかった。
 
むろん近くのP神社でなくても留萌市内にはもっと大きなQ神社とかR神社もある。しかし「立派な神社だとお布施も高くなりそう」と津気子は考えていた。
 
七五三で着せる着物に関して津気子は姉の優芽子に電話してみた。
 
「ああ、玲羅ちゃん七五三なのね?」
「うん。千里は満3歳、玲羅は数え3歳で一緒にやっちゃおうかと思って」
「ああ、年子はそういう手もあるよね」
 
「でもうち最近不漁で厳しくて、ひょっとして吉子ちゃんや愛子ちゃんが3歳の時に着たお衣装が残っていたら、貸してもらえないかと思って」
 
「あらだったら、あげるわよ。吉子や愛子の子供が3歳になるのなんてまだずっと先だもん。玲羅ちゃんたちが使ってくれるのなら嬉しいわ」
 
それで一度虫干ししてから、七五三に間に合うように送ってくれるということだった。それでその送ってもらったものを玲羅には着せればいいなと津気子は思った。しかし千里はどうしよう?と思う。
 
実は適当な男の子の従兄が居ないのである。津気子の兄・清彦の所には息子が3人いて、一番上の秀彦は千里より2つ上だが、その下に千里と同い年(学年は1つ下)の邦春、千里より2つ下の浩之が控えているので、こちらに洋服は回ってこないのである。
 
武矢の親戚は、武矢の弟の弾児の所には昨年男の子が1人(顕士郎)生まれたばかりである。どうしようかと思っていたら、武矢と同じ船に乗っている漁労長の岸本さんから服がもらえるという話が飛び込んで来た。
 
実は武矢と岸本さんは必ずしも相性が良くない!しかし相性がよくないからといって喧嘩するほどお互い若くもない。それに実はもう60歳を越えている船長の鳥山さん(船主でもある)がひじょうに好人物で、漁労長と機関長が対立しないように、うまく調整している。
 
(多くの漁船では船主が自ら漁労長になるのだが鳥山さんは岸本さんが優秀なのを知っていたので彼を漁労長として雇った。機関長としては武矢が優秀なのを知っていたので同様に雇ったものの、ふたりの相性がよくないのは計算外であった)
 
また武矢と岸本さんは微妙な関係ではあるものの、岸本さんの奥さんと津気子には対立関係は無い。夫同士が衝突しないようにという配慮もあり、毎年お中元・お歳暮を贈りあっているし、旅行に行ったりした場合のお土産もこまめに届けているので、お互い「ツキちゃん」「ヒロちゃん」と呼び合う程度の仲である。
 
それで津気子としては岸本さんからなら着物をもらってもいいかなと思った。岸本さんの所も小学3年生の女の子と小学1年生の男の子がいる。その弟君が3歳の時に使った服をもらえるのだろうと津気子は思ったのである。津気子は岸本さんの奥さんと電話で話したが
 
「誰かにあげられるかもしれないから、といって取っておいたからツキちゃんとこの千里ちゃんが着てくれるなら良かったわぁ」
などと奥さんは話していた。
 
「でも玲羅ちゃんも一緒にやるのなら、玲羅ちゃんの方の服は?」
「それはうまい具合に親戚からもらえることになったのよ」
「ああ、それなら良いね」
 

その年、1994年10月は15日が土曜だったので、この日に七五三をする家が多かったようである。近所のアメリカ人(国籍は日本)のタマラちゃんも七五三をするということで(彼女の一家は一応クェーカーであるが、タマラのお父さんは仏像マニアである!)、可愛い和服を着ていた。
 
村山家では、玲羅用の着物(吉子と愛子が3歳の時に使用したもの)は既に郵送されてきていたのだが、津気子はこれをまだ開封していなかった。そして岸本さんの奥さんは10月14日(金)の午後に
「ついでがあったから持って来たよ」
といって、こちらまで持って来てくれた。しかし金曜日は船が戻って来る日で忙しかったので中を見ていなかった。
 
なお肌襦袢と足袋は先日旭川に出た時にイオンで2人分買っておいた。
 
そして土曜日は「漁協の会合があるから」と言って、武矢は朝から出かけていってしまった。
 

武矢が出て行ってしまった後で、津気子は取り敢えず玲羅に服を着せようと思った。それで姉の優芽子が送って来てくれていた箱を開封する。
 
「あれ?なんで2着あるんだろう?」
と津気子は思った。
 
中には女の子用の着物が2枚入っているのである。被布も2枚、草履も2足入っている。
 
津気子は考えた。先日姉と電話した時に姉は
「吉子と愛子が着た着物を送ってあげるよ」
と言った。津気子はそれを
 
《吉子が着て愛子が着た着物を送ってあげる》
という意味にとったのだが、おそらく愛子は吉子のおさがりを着たのではなく別途新調したのではなかろうか。それで吉子の着た服と、愛子の着た服とがあったので、両方送ってくれたのか!
 
でも2着あっても困るんだけど!?
 
2つの着物は片方が赤で牡丹柄、片方がピンクで桜柄である。玲羅にちょっと羽織らせてみると、どうも赤の牡丹の方が似合いそうだ。そこで赤い着物を着せてあげることにした。
 
津気子は自分では和服を着ないので、他人に着せてあげるのも経験が無いのだが、子供の服だし何とかなるだろうと考え、図書館で借りてきた『こどもの和服の着せかた』という本を見ながら頑張って着せる。
 
何とか1時間ほど掛けて着せることができた。
 

「さて、次は千里だ」
と自分に声を掛けてから、岸本さんからもらった袋の中身を取り出す。
 
「え!?」
 
津気子は大いに困惑した。その袋の中に入っていたのは、黒地に赤い手鞠やピンクの桜、白い雪輪などが描かれ、金糸で金糸雀だろうか?鳥の刺繍まで入った、豪華な着物である。袋の中に見えていたのが黒い生地だったので、津気子はてっきり男の子用の着物だと思い込んでいたのだが、これはどうも女の子用の着物っぽいのである。被布と草履、髪飾りと巾着まで入っているが、被布と草履はピンクで、どう考えても女の子用だ。被布は最近男の子にも着せる人たちがいるが男の子にピンクの被布は無いだろう。そして男の子には髪飾りはつけないであろう。
 
私・・・間違って玲羅用のと言っちゃったっけ?千里用って言わなかったっけ?と津気子は焦って考える。岸本さんの所にはお姉ちゃんと弟君がいる。津気子は千里に着せる着物が欲しかったので、弟君が着た着物を借りられないかと言ったつもりだったのだが、どこかで間違ってお姉ちゃんの着物と思われてしまったのだろうか? どうしよう?と思う。
 

その時、訪問者があった。千里のお友だち・タマラとそのお母さんのヤヨイである。
 
「ツキコさん、およういできました?」
 
タマラは割としっかりした日本語(3歳並みの)を話すが、ヤヨイさんの日本語は、かなーり怪しい(彼女はハワイ生まれの日系3世である)。
 
「あ、えっと、玲羅に着物を着せたところで・・・」
「ああ、じゃ、後が、チサトちゃんにきせるのね。待ってますから、一緒神社に行こう」
「そ、そうね」
 
と言いつつ、津気子はどうしたらいいんだろう?と悩む。いっそ千里はこのまま普段着で連れて行くか?
 
と思っていた時、津気子の携帯が鳴る。武矢である。
 
「おい、すまんが、俺の鞄の中に入っている給油記録簿を持って来てくれ」
「えっと、私、子供たちを七五三に連れて行こうと思っていたんだけど」
「あ、そうか。でもこれも急ぐんだ。七五三は他のお母さんに頼めない?」
「えっと、そんな頼むと言っても・・・」
 
と津気子が口ごもった時、ヤヨイが言った。
 
「ツキコさん、用事だったら、私がチサトちゃんとレイラちゃんも連れていこうか?」
「ほんと?」
「すぐそばだし、だいじょーぶよ」
 
それで津気子は武矢にお友だちのお母さんに頼むことにしたから、そちらに持っていくと伝えた。それで電話を切ってからヤヨイに頼む。
 
「そしたら済みません、お願いします。玲羅はこの服で、千里は今着ている普段着のままでいいですから。こちらお布施です」
と言って、3000円入れている封筒をヤヨイに渡す。
 
「いいよー」
とヤヨイが言うので、津気子は武矢の鞄の中から言われたノートを探し出し、ヤヨイに後事を託してミニカ・パセリに乗ると漁協へと車を走らせた。
 

一方ヤヨイは、ふたりともそのままでいいと言われたので、玲羅と千里を連れて神社に行こうとしたものの、玲羅は可愛い赤い着物を着ているが、千里は普通のセーターとズボンであることに気付く。
 
「おお、チサトちゃん、お着替えしなきゃ!」
 
と言って、部屋の中を見ると、女の子用の和服が2つある。
 
「これどっち着るの?チサト、どちらが好き?」
 
千里は何だかキラキラした刺繍のある黒地の着物のほうが好みという気がしたので「こっち」と指さした。
 
「いいよー。じゃこれ着せてあげるね」
 
元々自分でも和服をよく着ているヤヨイは手際が良い。この日も色留袖を着ている。それでほんの10分ほどで、千里にその黒地に手鞠や桜の模様がある着物を着せてあげた。
 
そしてヤヨイはタマラと千里・玲羅の3人を連れてすぐ近くのP神社につれていったのである。
 

ヤヨイはそれで3人を連れて神社に行き、神社の社務所で
 
「シチゴサン、おいのり、よろしくー」
と言った。
「はい、いいですよ」
と老齢の翻田宮司は言う。
 
「あ、そうそう。これムラヤマさんからの寄付」
と言って、封筒ごと渡す。
「うちのタマラの寄付はいくら出すといい?」
「お気持ちでいいですよ」
「オキモチって?」
とヤヨイが訊くと、さすがに外人さんには分からないよなと宮司も思い
「じゃ千円以上で」
と言ったので
「じゃ1500円くらい出すね」
とヤヨイは言う。
 
「はいはい」
と宮司は笑顔なので、ヤヨイは財布から1000円札と五百円玉を出して渡した。
 
それで巫女の装束を着け、今日は女子高生くらいの感じの年齢になっている小春がタマラ、千里、玲羅と、引率者のヤヨイまで含めて4人の前で大幣を振り簡単なお清めをする。
 
その上で昇殿し、宮司自身が太鼓を叩き、小春が鈴祓いをし、龍笛を吹いて七五三の祈祷をした。千里は小春の龍笛の音を聴き「格好いい笛だなあ」と幼心に思った。
 
祈祷が終わった後、小春が写真を撮ってあげた。ヤヨイとタマラ、千里と玲羅の姉妹、そして4人並んだところをヤヨイのカメラ(カルディアミニ)と、写ルンですで撮影した。写ルンですは、後で丸ごと津気子に渡すことにする。
 
(この当時はまだ普及価格帯のデジカメは無い。デジカメ時代を到来させたQV-10の発売は1995年3月10日)
 

「その時の記念写真がこれ」
と言って千里が見せると
 
「可愛い!」
という声があがった。
 
「ねえ、これカラーコピー取らせて」
と蓮菜。
「いいけど」
 

「でもその話には疑問がある」
と恵香は言った。
 
「なんで岸本さんは女の子の服をくれた訳?千里の服ではなく、玲羅ちゃんの服を頼まれたと思ったの?」
 
と、恵香は今年の七五三の記念品“藁造りの三尾の狐”を作りながら尋ねる。この狐は、小春が千里たちのグループに作り方を教えてくれたもので、なかなか珍しいものである。小春はこの神社に来る前、前任の神社(千歳市の近くらしい)でも子供たちに教えたらしいが、そちらの伝承は途切れてしまっているらしく、現在これを出しているのはここだけかもと言っていた。
 
「ううん。岸本さんはうちは2人とも女の子だと思い込んでいたんだよ。実際、私は男の子の格好で岸本さんの奥さんの前に出たことなかったと思うよ」
 
「なるほどね〜。千里の小さい頃の実態がよく分かる話だ。でもお父さんの仕事仲間の奥さんなら千里の性別を知らなかったかも知れないけど、いくら何でも伯母さんは知っているよね?それなのになぜ2枚、女の子の和服を送って来たわけ?」
 
と恵香は疑問を呈する。
 
「それはよく分からないんだけど、愛子の推理ではこういうことなんだよ」
と千里は愛子が考えたことを話す。
 
「優芽子伯母ちゃんはうちのお母ちゃんから私と玲羅の2人の七五三をまとめてやっちゃうという話を聞いた。2人七五三するなら着物は2枚必要。偶然にも吉子ちゃんの着物と愛子ちゃんの着物と2枚ある。だからそれを2枚とも送ればいいだろうと」
 
「男の子に女の子の服を着せるわけ?」
「優芽子おばちゃんって、のんびりした所があって、わりと何も考えてない」
「なるほどねー」
 

「この写真は誰に見せたの?」
と玖美子が訊く。
 
「岸本さん夫婦に見せただけで、お父ちゃんには見せてない」
「ああ、見せられないだろうね」
「普段着で連れて行っていたら、せっかく着物をくれた岸本さんに悪かったから、これでいいのかも、とお母ちゃんは言っていた」
 
「ふむふむ」
 
「更に開き直って、ピンクの着物も私に着せて、私と玲羅が並んでいる所を写真に撮って、優芽子伯母さんに送ってあげたらしい」
「ああ、完全な開き直り」
 

「それで七歳の時のことなんだけど」
と千里が説明しようとした所で
 
「五歳の時はなぜしなかったの?」
というツッコミが入る。
 
「まあ、そのあたりが微妙な話で」
「へ!?」
 
「まあ最初は5歳の七五三なんて、バッくれておけばいいと思ったらしいんだよね。お金無いし」
「ふむふむ」
 
「ところでタマラは1990年6月6日6時の生まれなんだよね。だから彼女は数え方式だと、年長さんの1996年10月に七五三をすることになった。当時他にもポルトガル人のルアナという女の子、それに日本人だけど病気がちで幼稚園にも出てきていなかった沙苗ちゃんとかも七五三をするということだった。これ当時ここの神社によく集まっていた子供たちだったんだよ」
 
「ほほお」
 
蓮菜がニヤニヤしている。その表情の意味は千里にしか分からない。
 
「それで一緒にしない?とタマラに誘われたんだけど、この時点で私は満5歳だったんだよね〜」
 
「あっ・・・」
 
「それでうちのお母ちゃんとしては、タマラたちの七歳の七五三のついでに私の5歳の七五三をやっちゃおうと考えたんだよ」
 
「なんか、その先の話が見えてきた」
 

早川ヤヨイから「七五三、うちのタマラと一緒にしましょう」と誘われたものの、津気子は千里の服をどうやって調達しようと考えた。取り敢えず千里も(当然玲羅も)連れてイオンに見に行ったものの、羽織袴のセットで18,000円とか25,000円とかで、苦しい家計の村山家には辛い値段である。
 
結局津気子は、普段着のまま連れて行けばいいや、と開き直る。それで帰ろうとしていたら店員さんから声を掛けられた。
 
「七五三でございますか?」
と店員さんはニコニコ笑顔である。
 
「ええ。でも済みません。予算オーバーなので他を見てみます」
と津気子は言った。
 
他をといっても、さすがにイオンより安い所なんて無いだろう。このまま帰るつもりである。
 
「でしたらレンタルなどいかかですか?」
と店員さんは言う。
 
「レンタル!」
 
そうか。そういうものがあったんだ。気付かなかった、と津気子は思った。
 

「どちらのお嬢様ですか?」
と店員さんが訊く。
 
ん?1人は男の子なんだけど。
 
「えっと、上の子ですが」
「下のお子様はまだ5歳くらいですか?」
「ええ。まだ満4歳なんですよ」
「2つ違いですか?」
「はい。学年は」
 
「でも上のお子様の取り敢えず寸法だけでも測りませんか?」
「そうですね・・・」
 
それでうまく乗せられて店の奥に連れ込まれる。
 
「着丈は80cmくらいでいいかな。裄丈は40cm...41cmくらいかも」
などと言いながらサイズを計ってくれる。
 
津気子は和服の知識がほとんど無いので、どこの寸法を測られているのやら、○○丈ということば自体がちんぷんかんぷんである。
 

「でもレンタルっていくらなんですか?」
「3泊4日で1万円から3万円まで、お品のグレードによって変わるのですが、あ、もしイオンカードをお持ちでしたら、2割引になります」
 
「イオンカードですか?だったら作ろうかな」
 
津気子としては1万円の2割引、8000円くらいなら、何とかなりそうな気がしたのである。
 
それで津気子はイオンカードの申し込み書を書いた。すると書きあげた所で
 
「実はイオンカードをお持ちのお客様限定で特価6800円で2泊3日というプランもご用意できるのですが」
と店員さんが言う。
 
「それにします!」
と津気子は即答した。
 
「ただ模様がこの3つの限定なのですが」
と言って店員さんはカタログを見せてくれる。ABCと3つのセットがあり、各々男の子5歳用、女の子7歳用のセットの写真が並んで載っている。むろん津気子は男の子5歳用を見て、Bが好みかなと思ったので
 
「じゃBにします」
と言った。
 
「分かりました。レンタルの日付はいつになさいますか?」
「10月12-13日が土日ですね。ちょっと待って下さい」
 
津気子は早川ヤヨイに電話をしてみた。
 
「七五三ですけど、12日の土曜日に行きます?13日の日曜日にします?」
「あ、ちょと待って」
 
それでヤヨイはどうも夫と話しているようである。
 
「うちの旦那が土日詰まってるらしい。むしろ10月15日火曜日はダメですか?」
「ちょっと待って」
 
それで津気子が平日にも借りられるかと尋ねる。すると店員さんは言った。
 
「平日でしたら特別割引 5980円でご利用頂けます」
「それにします!」
 
そういう訳で、千里の七五三は1996年10月15日(火)にすることになったのである。
 

当日は平日なので幼稚園がある。お迎えは14時なので、ヤヨイと津気子が車を出して、ルアナの母と一緒に3人で子供を受け取り、自宅に戻る。沙苗は幼稚園に行っていないので、お昼を食べて少し休んでから着物を着せ始めたようである。
 
津気子は千里を連れて自宅に戻ると、午前中にイオンに行ってレンタルしてきた袋を開けて着せようとする。
 
その時、津気子は「うっ」と思った。
 
袋に入っていたのは、女の子の七五三衣裳なのである。
 
「うっそー!?なんで女の子用なの〜〜?」
 
どうしたらいいんだろう?と悩む。貸衣装の申し込み書類の控えを確認する。年齢性別の所が《女児7歳》に丸がつけてある。私ここに丸付けたんだっけ?記憶が曖昧だ。自分が間違って付けたか、あるいはお店の人が誤ってここに丸を付けたか。しかしどっちみちその時きちんと確認しておかなかったのがいけない。
 
でも誕生日も平成3年3月3日と書いておいたから5歳なのに、と思うが、津気子は添付されている「七五三時期表」を見ていて、この誕生日の子は「学年数え」方式だと7歳として扱われることに気付いた。満5歳なのに!
 

でも本当にどうしよう?お店に言って交換してもらう?しかしこの時期の衣裳のスケジュールというのはかなり厳しいスケジュールで動いているだろう。交換可能な衣裳があるかどうかは分からない。追加料金とか取られたりして?
 
「おかあちゃん、どうしたの?」
と千里が尋ねる。
 
「えっと、お前の衣裳、男の子の七五三衣裳頼んでいたのに、間違って女の子用が来ているのよ」
と津気子は正直に言う。
 
「まちがいなの?でもこのふく、きれいでいいなあとおもった」
「お前これ着たいの?」
「うん」
 
そういえばこの子はいつも女の子に間違われるし、本人も女の子のような性格で、着ている服もだいたい女の子っぽい。実際、愛子のおさがりの服(本来は玲羅にともらったもの)を勝手によく着ている。
 
本人が着たいなら、着せてもいいか?
どうせ武矢は出港中で、見てないし。
 
津気子が悩んでいたら、もう七五三の衣裳に着替えた早川タマラと母のヤヨイがやってくる。
 
「ツキコさん、そろそろ行く〜?」
「えっと、どうしようかと思って」
と津気子が言うと、ヤヨイは部屋の中にいる千里がまだ幼稚園のスモッグのままであるのに気付く。
 
「あ、着せるのに苦労してた?」
「えっと・・・」
 
「じゃ、私着せてあげるよ」
「そ、そう?お願いしちゃおうかな」
 
実際、津気子は3歳の七五三の時も、玲羅に服を着せるのに物凄い苦労をして、それでも途中で着崩れしたのをヤヨイが少し直してくれていた。ヤヨイは和服が好きなようで、自分でもよく着ている。3歳の時は色留袖だったが、今日も訪問着を着ている。一緒に幼稚園から帰ったのに、その後のわずかな時間でタマラに和服を着せ、自分でも着たのは凄いと、津気子は思った。
 
「OK。任せて」
 
とヤヨイは言うと、千里にまず着ている服をパンティ以外は全部脱ぐように言う。それで千里がパンティだけになってしまうと、それにまずは和装スリップを着せる。
 
しかし・・・千里はパンティ(女の子用)を穿いててもおちんちんの形が分からないのはなぜなんだ?と津気子は思った。あの子・・・付いてるよね?うまく隠しているのだろうか?
 
長襦袢を着せて紐を縛り、着物を着せて帯を締めてくれたが、手際が鮮やかである。さすが普段から和服を着ている人は違う。凄い!と思った。ちょっと、よそ行きの洋服を着せる程度の時間で千里に七五三の衣裳を着せてしまった。髪飾りなども付けてあげると、千里は嬉しそうにしている。
 
「できたよー。いこー」
「ありがとう!」
 
それで少し良い感じのワンピースを着せた玲羅も連れて一緒に神社に行く。
 

神社の境内で、ヤヨイの夫ピーター(日本名平太)、ルアナと母にルアナの妹、沙苗と母と落ち合う。ピーターは羽織袴を着ている。ルアナ姉妹は可愛いワンピースだが、沙苗はピンクの和服である。ルアナと沙苗の母たちも津気子同様、普通のよそ行きの服である。結局親も和装なのは早川夫婦だけである。
 
社務所で宮司に「七五三の祈祷お願いします」と言い、祈祷料を払う。それでヤヨイ夫婦とタマラ、津気子と千里・玲羅、ルアナ姉妹と母、沙苗と母、合計11人で巫女さんにお祓いを受ける。
 
この年(1996年)は宮司の娘・結子さんが来ていて巫女をしてくれていた。娘さんは昨年まで釧路に住んでいたのだが、その年の春に深川に引っ越してきたので、忙しい時期はこちらに来てくれるのである。夫が転勤族なので、1〜2年単位であちこち移動するらしい。
 
それで昇殿して祈祷をするが、結子さんが幣や鈴を持ってお祓いをしたり、奉納する榊を渡すのをおこなった。祝詞をあげる時も結子さんが太鼓を叩くが、龍笛はいつの間にか来ていた小春が吹いてくれた。その日の小春は中学生くらいの雰囲気だった。
 
でも小春は幼稚園にも5〜6歳の雰囲気で姿を見せていた!
 
小春の年齢が不安定なのを認識しているのは、宮司と千里くらいで、他のみんなには意識されていないし、不思議にも思われていない。座敷童というのはそのように、みんなの意識の外に居るのである。
 
多くの人は、普段通っている道のそばに咲く花の高さが10cmであっても15cmであっても、それが違っていることに気付かない。逆に言えばその高さの違いに気付くのが千里のような子なのである。ただ千里はその感覚を「霊感」というのだということを知らない。
 

「結局、店員さんが千里を見て女の子と思って、女の子の服を用意したってこと?」
と恵香が言う。
 
「でも女の子ですよね?とか確認しないわけ?」
と玖美子が訊くが
 
「店員さんが性別の判断に迷ったら訊くかもしれないけど、女の子にしか見えなかったら、いちいち訊かないと思う」
と蓮菜が言う。
 
「つまり、千里はまさか男の子だとは思いもよらないような子だったのか」
と恵香。
「私は千里が男の子だなんて思ったことないよ」
と蓮菜は言った。
 

「まあそういう訳で、これがその時の記念写真」
と言って、千里はタマラ、千里・玲羅、ルアナ姉妹、沙苗とその親たちが並んだ記念写真を見せる。
 
「おお、やはり千里は女の子している!」
と声があがる。
 
「それも後でコピーさせて」
「OKOK」
 
「でもタマラちゃんとか、ルアナちゃんたちとか懐かしいね」
と蓮菜は言う。タマラの一家は今年の春室蘭に、ルアナの一家は小学2年生の時に根室に引っ越していった。タマラのお父さんは会社勤めで転勤だが、ルアナのお父さんは漁船の乗組員で、乗っていた船が廃船になってしまったので、新たに乗れる船を求めて移動したのである。
 
そして沙苗は・・・。
 

「でも実際問題として、私、千里が男の子の服を着ている写真というのを見たことがない」
と恵香が言う。
 
「私も見たことない」
と千里本人も言っている。
 
(本当は見つけ次第全部捨ててしまったので残っていない)
 
「私も千里が男の子の服を着ている所とか見たことないんだよね。だいたい千里といちばんよく接していたタマラやリサたちが、千里を女の子と信じ込んでいたのがね」
と蓮菜。
 
「つまり千里っていつも女の子の服を着ていたんだ?」
「それどころか、タマラやリサたちと一緒に温泉とかに入っているみたいだし」
「まあね」
 
「要するに千里って、小学校にあがる前に性転換していたってこと?」
「さあ」
 
「でも今はもう性転換済みなんだよね?」
という恵香の質問に対して千里は
 
「内緒」
と言った。
 

「千里ちゃんが赤ちゃんの頃の写真とか、無いんですか?」
と蓮菜は千里の家に遊びに行っていた時、千里の母に尋ねたことがある。
 
「うーん。。。このくらいかなあ」
と言って、津気子は古いアルバムを出してきた。
 
「うちカメラとか無かったし、大半が《写ルンです》で撮ったものなのよね」
と言っている。
 
先頭にあったのが生まれてすぐの、おそらく分娩室で撮った写真なのだが。。。
 
「おちんちんが写ってない」
「それ私も気付かなかったんだけど、ある時妹(美輪子)に指摘されて気付いた」
と津気子。
 
「ちょうど足の陰になっているみたいなのよね」
「千里ちゃんって、生まれた時息をしていなかったと言ってましたね」
 
「そうなのよ。あの子生まれて来た時、産声をあげることができなかったのよね。心臓も動いていなかったから、一瞬死産かと思われたらしい。でもベテランのお医者さんが心臓マッサージしてあげて、やはりベテランの助産婦さんが身体を擦ったり、ビンタしたり、最後は『先生貸してください』と言って、激しく揺すったら、そのショックでやっと産声をあげて。だから産道を出てから産声をあげるまでに数分経っていたかも」
 
「千里ちゃんの誕生時間の0時1分23秒というのは、その産声をあげた時刻?」
 
「そうそう。あれは肺呼吸を始めて産声をあげた時に、この世の住人になるという考え方らしいね。だから産道から出てきた時刻は3月2日の23時57-58分くらいかも」
 
「なるほどー」
 
「そんなんで分娩室は超緊張状態にあったから、写真も、生まれて数分経ってから『あ、写真撮らなきゃ』と言って慌てて撮ったらしいのよね。その時偶然千里が足を立てていたから、おちんちんはその足に隠れてしまったみたい」
 
「あの子、生まれた時、お医者さんがへその緒と間違って切っちゃったんだよと言っていたこともありますが」
 
「さすがにそれはないと思うけど。おしめ交換の時にはおちんちん付いているの見てるし。だから少なくとも2歳頃まではおちんちんはあったはず」
と津気子。
 
「今は?」
「実は私も確信が持てない」
「ああ・・・」
 
「あの子、ひょっとしてこっそり自分で切り落としたんじゃないよね?と思うこともあるのよね」
と津気子。
「でもさすがにちんちん切り落としたら、出血を自分で止められないですよね?」
と蓮菜。
 
「と思うんだけどね〜」
 

その週の体育は鉄棒だった。
 
この時期、留萌では外はかなり寒いのだが、この日は小雨が降っていたこともあり、体育館の端に設置されている鉄棒で練習する。下にマットを敷いてから
 
「まずは逆上がりしてみよう」
と先生が言ってやらせるのだが、この時点で逆上がりができるのは男子30人の内の26人、女子(千里を含む)23人の内11人だった。
 
その中の3割くらいの子は補助してもらったり、あるいは前に飛び箱を置いたりすると何とか逆上がりすることができたが、女子5人くらいはどうにもできない。千里もそのひとりである。(千里以外の)男子は全員補助か飛び箱で逆上がりすることができて「後は要領を覚えればいい」と言われていた。
 
しばらく練習してなさいと言われてみんなやっているのだが、先生が向こうの方にいるとみると、少しダレてきて、適当に遊び始める。男子でグルグルと何回転も後ろ回りしてみせる子がいて歓声があがっていた。すると留実子も
 
「ボクもできるよ」
と言って、やはり何回転も後ろ回りしてみせるので
「すげー!」
と男子たちからも感嘆の声があがっていた。
 
「やはり花和は男子だな」
と言われて
 
「うん。ボクは男子のつもり」
と本人も笑顔である。
 

ひとりの女子が
「横回りならできるんだけどねー」
と言って、鉄棒にまたがった状態で横にぐるぐると回って見せる。
 
「あ、それ面白そうと言って他に数人の女子がやってみるが、確かにこれは結構簡単に回転できるようである。千里も
「それなら行けるかなあ」
などと言って、鉄棒にまたがり、横回転してみた。
 
「あ、これできる〜」
と言って千里は嬉しくなった。それで何度も横回転してみると
 
「千里ちゃん、それができるなら逆上がりができるようになるのも、そう遠くない日だよ」
と他の女子から言われる。
 
「そうかなあ。少し練習しようかなあ」
などと言っていたのだが、この時、ふと千里は横回りをしているのが女子ばかりであることに気付いた。
 

「あれ?男子は横回転とかあまりしないのかな?」
と千里が言うと
 
「男子はそれできないんだよ」
と高山君が言う。
 
「え?どうして?」
 
「男子はそれやると、チンコやキンタマが擦れて痛いんだ」
「へー!」
 
「うん、だからこれは女子だけができる技」
などと玖美子。
 
「そうなの!?」
と千里が驚いて言う。
 
「つまり村山は少なくともチンコやキンタマは無いというのがこれで分かる」
などと元島君が言っている。
 
その意見にみんな納得しているような顔である。
 
あははは。
 
「琴尾、お前はチンコ付いてるから、あれできないだろ?」
と田代君。
 
「田代、横回転がしやすくなるように、ちんちん切ってあげようか?」
と蓮菜。
 
例によってこの2人の会話は全員からスルーされる。
 

2000年の七五三は、10月14日が「学校が休みになる土曜日」、15日が日曜だったので、参拝客はこの2日間に集中した。千里と蓮菜も子供用の巫女衣裳を着て受付をしたり、拝殿で舞を舞ったりしてお手伝いした。4年生ともなれば受付程度は充分できる。
 
千里が巫女の衣裳をつけていることについては、もう津気子は気にしないことにしたようである!津気子も千里が小学1〜2年生頃までは男の子用の服を買ってあげていたのだが、千里がそういうのを全然着ないので諦めて、経済的に厳しいこともあり、男物は一切買わなくなった(男物の服は大半を従弟の顕士郎・斗季彦の所に送ってあげた)。それで最近は女の子用の下着を買ってあげたりしている状態である。
 
津気子は幼稚園の頃も時々気まぐれ的に女の子下着を買ってあげていて、千里は当時はその数少ない女の子下着でヘビーローテーションしていた。どうしても足りない時はやむを得ず男物も着ていたが、それはあくまで例外的であった。
 
。。。。と千里は語るが実態は闇の中である。
 
GIDの子が語る「過去の自分歴」はしばしば“粉飾”されている。
 

土曜日には玖美子が4つ下の妹(年長さん)と一緒にやってきた。
 
「くみちゃんとこはR神社に行くのかと思った」
と受付をしていた蓮菜が言った。
 
「あそこは混雑するしね。それにこちらの神様は本物みたいだし」
と玖美子は言っている。
 
「なんか娘がそう言うもので、こちらにお邪魔しました」
とお母さんも言っている。
 
「神様に本物とか偽物とかあるの?」
「たとえば旭川のXX大神宮(*1)とか、どう見ても狐か狸」
と玖美子が言うと、近くに居た小春がムッとする。
 
蓮菜はその小春の反応を見ながら
「まああそこは古狸かもね」
と言った。
 
(*1)天津子の祖母が教会長をしている所である。ここの宗教は組織の上では「XX教**教会」などと称しているが、礼拝施設は「旭川XX大神宮」のように称するし、見た目は普通の神社とほぼ同じである。
 
「R神社の神様は本物ではあるけど、あそこにはいらっしゃらない感じなのよね。あそこは出張所のひとつで、神様は時々巡回してきているだけ」
と玖美子が言うと、小春が頷いているので、どうもそういう神社もあるようである。
 

ちょうど千里は前のお客さんの祈祷で舞を舞っていたので、蓮菜がそのまま沢田一家のお祓いをしてあげて拝殿の横で待機する。やがて祈祷が終わり、2歳くらいの女の子を連れた一家が拝殿から退出する。千里が記念品の袋(御札、御守り、千歳飴、塩・昆布・米のセット、三尾の狐が入っている)を渡して送り出した。
 
それで蓮菜が誘導して玖美子の一家を拝殿にあげる。千里は交替して受付の所に行った。それで次の祈祷が始まる。蓮菜が舞を舞った。
 

千里が受付をしていたら、ある人物がやってきた。
 
「“沙苗”ちゃんも7歳の七五三かなあ?」
「それ千里と一緒に済ませたじゃん。うちの笑梨(えみり)が3歳の七五三なんだよ」
「ああ、もうそんな年だっけ?」
「それでこの土日のどちらかに来るつもりだったけど、お父ちゃんが沖縄に出張になってさ」
「そちらのお父ちゃん、よくあちこち出張してるね。さっちゃんの七五三の時にも居なかったし」
「あの時は3ヶ月くらいの長期出張だったからだけどね。今回は数日で帰って来られると思うから、来週くらいに来ようかなと言っていたんだよ。でも来週もここやってるかなと思って、聞きに来た。ついでもあったし」
 
「大丈夫だよ。念のため、記念品セットも確保しておくように宮司さんに言っておくから」
「そう。じゃ予約だけしておくかな」
「笑梨ちゃんは女の子の和服だよね?」
「和服の予定。何もわざわざ“女の子の”とつけなくても」
「さっちゃんは小振袖でも着る?」
 
「そんなの持ってないよ!」
 
「レンタルもあると思うよ」
と千里は言った。
 
 
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【少女たちの七五三】(1)