【少女たちの国際交流】(下)

前頁次頁目次

 
千里たちのバスケット遊びには勲男君も加わることがよくあった。が彼は千里たちの「ルール」に疑問を呈する。
 
「バスケットってこんなルールだったっけ?」
「違うんだっけ?」
「俺もよくはわからないけど。確かふつうにシュートが入ったのは2点だよ」
「そうだったんだ!」
「じゃ下から上にボールが通った場合は?」
「それは知らないなあ」
「じゃそれ3点にしようよ」
 
ということで、彼女たちの勝手ルールは続いてった。
 
彼は室内での遊びにも参加するが、輪投げでは結構いい点数を出した。 
「今日は1位千里、2位勲男、3位タマラ、4位コハル」
 
「千里はさすが男だよなあ。俺もかなわないや」
などと勲男が言うので
 
「千里は凄いけど、男じゃないよ」
とリサから言われる。
 
「私、女の子だけど」
と本人も言っている。
 
「うーん。まあいいや」
 
このメンツで千里を男の子と認識しているのは勲男とコハルだけで、タマラもヒメもリサも千里は女の子と思い込んでいる。タマラは千里と5年も付き合っているので男の子と気づいて良さそうなのに、タマラはそのあたりがややぼんやりさんの傾向があった。
 

音楽遊びでは、だいたい千里・リサ・ヒメの3人が交代でピアノとヴァイオリンを弾いて、他の子が歌を歌うことが多かったが、勲男はリコーダーを吹くこともあった。
 
「勲男、リコーダーうまいね」
「おまえらも吹けるだろ?」
「私吹けなーい」
「私もあれ苦手ー」
 
実際にはみんな音楽の時間にリコーダーを習っているはずが、このメンツでちゃんとリコーダーを吹けるのは、勲男とリサの2人だけであった。
 
それ以外の楽器では千里がイベントでもらったパンフルート、コハルが何だか古そうな横笛を持っていて、それを吹いていた。
 
「千里もコハルもそんな難しそうな笛が吹けるならリコーダーなんて楽勝だろ?」
 
と勲男は言うのだが、千里はリコーダーを吹こうとすると指の押さえ方が曖昧できちんと音階が出ないし、コハルはなぜかリコーダーでは全然音が出ないようであった。
 
「お前らの吹いている笛はなんていうの?」
「私のはフルート・ドゥ・パンだよ」
と千里。
「私のはフルート・ドゥ・ドラゴンだよ」
とコハル。
 
「なんか難しい名前だ」
 

ピアノはリサの家にアップライトピアノがあり、他にヒメの家と勲男の家に電子キーボードがあって、だいたいその3軒がコンサート会場になっていた。ヴァイオリンは一応千里の所有物だが、リサやヒメが練習に借りていることもあった。
 
「ヒメ、けっこうヴァイオリン上達したね」
「うん。だいぶ弾かせてもらって要領がわかってきた」
「千里、全然ヴァイオリンうまくならないね」
「うーん。私、ヴァイオリンはあまり相性がよくないかも」
 
「そんなに千里のヴァイオリン下手だっけ?俺にはちゃんと弾いてるように聞こえるけど」
と勲男が言う。
 
「千里のヴァイオリンは音は正確だけど、弾き方がむちゃくちゃ」
とリサが言う。
 
「うん。私も自分でそう思う」
と千里本人。
 
「よくわからんな」
 

勲男はこのグループの中で「唯一の男子」なので、けっこう頼りがいもあるのだが、相変わらず乱暴なことをする場合もあって
 
「ほら、ヒメが泣いちゃったじゃん。謝りなよ」
とリサが注意する。
 
「俺今のは悪くねぇ」
「悪くなくても謝る」
「何でだよ?それおかしい」
「とりあえず謝るのが日本流」
「そのあたりがわからんなあ」
 
実はこのグループで唯一日本国籍を持たないのが勲男である。タマラとリサは一家そろって帰化しているので日本人だし、ヒメは日本とブラジルの二重国籍になっているようだ。
 

12月に入って、近所に夕張から引っ越してきた一家があった。
 
その日、千里たちが神社で遊んでいる時にちょうど引っ越しが行われていたので、千里たちがのぞきに行くと、千里たちと同い年くらいの男の子とそのお兄さんだろうか、中学生くらいの男の子がいた。
 
お母さんが千里たちに気づき、弟の方を連れてきて挨拶する。
 
「こんにちは、近所の子たち?この子、小学3年生なんだけど、良かったら仲良くしてあげてくださいね」
 
「あ、私たちも小学3年生ですよー」
 
「私村山千里」
「私早川珠良」
「私松井梨紗」
「私竹本姫」
とこちらの4人が自己紹介すると、彼は
「僕、花和留実子です」
と言ってぺこりと頭を下げた。
 

「留実子君って、何だか女の子みたいな名前ですね」
とタマラが言った。
 
「ごめーん。僕女だから」
「もしかして女の子になりたい男の子ですか?」
「うーん。どちらかというと男の子になりたい女の子かも」
 
「うっそー!?」
 
「でもちんちん付いてるんですよね?」
「欲しいけど付いてない。触っていいよ」
 
というのでタマラが留実子のズボンの上からお股に触ると、本当にちんちんは付いてない。
 
「あのぉ、手術して取っちゃったんですか?」
「生まれた時から付いてなかったよ」
 
「嘘みたい。男の子にしか見えないのに」
「あはは」
 
「ちょっと変な娘で申し訳ないですけど、良かったらお友達にしてあげて下さい」
とお母さんが申し訳なさそうに言うが
 
「あ、私たち変な人の集団だから全然問題ない」
とタマラが言った。
 
コハルが忍び笑いをしていた。
 

留実子は「同類の勘」で、千里の性別にすぐ気づいた。
 
「千里ちゃん、女の子にしか見えない」
 
「ふつうの人ならそうかも」
と言って千里も苦笑する。
 
「髪を長くしているのも女の子に見えやすくするため?」
「それもあるけど、自分は女の子だから髪をあまり短くしたくないというのもあるんだよ」
「あ、何となく分かる」
「るみちゃんは男の子みたいに髪短いし」
「うん。女みたいに伸ばしたくないんだよ」
「分かる分かる」
 
「でも千里ちゃん、その髪留め可愛いね。いつも付けてるみたい」
「うん。私のお気に入りなんだ」
 
「もうずっと女の子みたいにしてるの?」
「物心ついた頃から、私自分は女だとしか思ってないよ」
 
「スカートとか穿かないの?」
「買ってもらえないし」
「ね、僕のスカート良かったら穿いてみる?お母ちゃんが買ってくるけど、僕はスカート穿きたくないし」
 
「あ、貸して貸して」
 
それで千里はこの後、留実子から借りてけっこうスカートを穿いていることが多くなっていくのである。この時期、千里がスカートを穿いているのを見ても千里の母はそれを黙殺していた。
 
またタマラやリサたちは千里を女の子と思い込んでいるので、千里がスカートを穿いているのを見ても何も不思議に思わなかった。
 
「千里、いつもズボンだったけど最近は時々スカート穿いてるね」
などとヒメが言っていた。
 

留実子はバスケットのルールを知っていたので、千里たちの「バスケット」の誤りを指摘した。
 
「えー!? ボールを持って走っちゃいけないの?」
「ボールを持って歩いていいのは2歩まで」
「だったら、どうやってボールを持っていけばいいの?」
「誰かにパスするか、あるいはドリブルするんだよ」
 
と言って、ドリブルをしてみせる。
 
「あ、それもおもしろそう」
 
というので、留実子の参加でやっとこのグループのバスケットは正常化した。また留実子はボールがゴールを下から上に通過しても得点にならないことも指摘した。
 
「えー?それダメなのか」
「そもそも下から上には通らないでしょ?」
「うん。めったに通らない」
「下から上に通したらルール違反で、相手ボールだよ」
「残念」
 

輪投げでは留実子は千里にはかなわないものの、勲男といい勝負をした。 
「留実子、強いな」
「勲男も強いな」
 
と言ってふたりは何だかお互いにパンチを当てている。
 
「どうして殴るの?」
とヒメが訳がわからないふうで見ている。
 
「男同士の友情の証だよ」
「るみちゃんやはり男の子なんだっけ?」
 
「男に準じて扱ってくれるとうれしい」
と本人。
 
「うん。じゃるみちゃんは男の子ということで」
「千里は女の子だしね」
 
「千里はふつうに女の子でしょ?」
「うん。そのつもり」
 

一度このメンツで近くの温泉に出かけたこともある。
 
タマラのお母さんのフィットにタマラ・千里・玲羅・勲男、リサのお母さんのトゥインゴにリサ・ヒメ・ヒメの妹のオトメに留実子、と2台に分譲して温泉まで行く。料金はこの日は各自持参しているのだが、受付で
 
「How many men and women?」
と尋ねられてタマラのお母さん・ヤヨイが一同を見回す。
 
「2 boys and 7 girls?」
と言ったら、タマラが
「Mom, Rumiko is a girl」
と注意するので
 
「あ、そーか。すみません。小学生の男の子1人と女の子8人、それに大人の女2人です」
と日本語で申告してロッカーの鍵を青1個・赤10個もらった。
 
それで勲男だけが男湯の脱衣場に、他の10人は女湯の脱衣場に向かう。 
「ルミ、お前こっちに来ないの?」
と1人だけになってしまう勲男が言う。
 
「ごめーん。僕ちんちん無いから男湯は無理」
と留実子。
 
もっとも留実子は先月まで住んでいた夕張では、実はこっそりひとりで男湯に入ったりもしていたのだが、ここでは友人の目もあるので、取り敢えず女湯に入ることにした。
 

それで勲男以外の9人が女湯に入ったものの、留実子は千里がこちらに居るのを見てギョッとする。
 
「千里、なんでこちらなの?」
「私女の子だもん」
と千里は開き直っている。
 
「うーん・・・」
と留実子は悩んでいたものの、千里が他の女の子たちの前で堂々と服を脱ぎ、裸になってしまうのを半ば感心するように見ていた。千里は普通に女の子用のシャツを着ているし、女の子用のパンティを穿いていた。玲羅がチラっと千里を見たものの、千里はポーカーフェイスだ。玲羅は同い年のオトメとおしゃべりしながら服を脱いでいる。
 
千里はタオルで前を隠していて、絶対にあの付近が他の子の目に入らないようにしている。
 
「うまいね」
と留実子が言う。
 
「るみちゃんにもできるよ」
「今度がんばってみようかな」
 
と留実子が言うとコハルが
 
「るみちゃん、あまり危ないまねはしないほうがいいよ」
と小声で注意した。
 

各自身体を洗ってから湯船に入るが、湯船がいくつもあるので、みんな思い思いの湯船に入っている。千里はコハル・ヒメ・留実子と一緒にミヅハの湯に入った。白濁したお湯でややヌメヌメした感じであるが、肌に優しそうである。
 
「この湯だと身体が見えなくていいね」
などと留実子が言う。
 
「この湯なら男湯にも入れると思ったでしょ、るみちゃん?」
とコハルが言う。
 
「うん。一度突撃してみたいなあ」
「まあおっぱいが膨らんでくるまでなら何とかなるかもね」
 
「私は勲男と別でホッとした。あの子、何かと私につっかかってくるんだもん」
とヒメが言う。ヒメは普段からよく勲男に泣かされている。
 
「まあさすがに勲男は女湯には入れない。ちんちん取っちゃわない限り」
とコハル。
 
「それって、勲男は実はヒメのこと好きなのかもね」
と留実子が言い出す。
 
「うっそー!?」
「いや、好きな子にいじわるしたくなるのは、男の子の普通のこと」
とコハル。
 
「そういうもんなんだ?」
と男の子の心情がわからない千里は言う。
 
「まあ女の子には分かりにくい男の子の行動だよね」
 

「ところでミヅハって何だろう?」
「罔象女神(みづはのめのかみ)でしょ。日本の水の女神の名前」
とコハルが解説する。
 
「日本は神様の名前、たくさんあるね」
とヒメ。
 
「水の神様では宗像の三姉妹神とか、海神(わだつみのかみ)とかもいるし。きっと多数の部族が統一されてひとつの国にまとまっていく段階でそれぞれの部族が信奉していた神様をぜんぶ並列していったんだと思う」
とコハルは言う。
 
「それはいいことかもね。征服したらそちらの神様は廃止されたり、悪魔ということにされちゃう場合も多い」
と留実子。
 
「私はキリスト教徒だけど、日本の神様に関する考え方って悪くない気もするよ」
とヒメは言う。
 
「キリスト教だってたくさん天使さんがいるじゃん。日本の神様とキリスト教の天使さんたちはある意味、似たようなものかもね」
とコハルが言うと
 
「あ、その方が考えやすい」
とヒメは言っていた。
 
「大天使ミカエルがアポロンで天照大神(あまてらすおおみかみ)かもしれないし、大天使ガブリエルがアルテミスで天宇受売神(あめのうずめのかみ)、大天使ウリエルがデーメーテールで木花咲耶姫神(このはなさくやひめのかみ)、聖母マリアはヴィーナス、イシュタル、イシス、サラスヴァティで弁天様、市杵島姫神(いちきしまひめのかみ)かも」
などとコハルが言うが
 
「なんか話が難しい」
と他の3人は言った。
 
「日本の神様の中心っているの?」
とヒメが尋ねる。
 
「最高神は天照大神(あまてらすおおみかみ)。でもこれはいわば社長みたいなもの。その上の会長みたいなのが天御中主神(あめのみなかぬしのかみ)」
とコハルが説明する。
 
「また難しい名前だ」
とみんな言う。
 
「中世の神仏混淆思想では、天照大神は大日如来と同じとみなされている。大日如来は起源的にゾロアスター教のアフラマヅダとつながっているから、キリスト教の神ヤハウエともつながるかもね」
 
「へー!」
 

「でも天照大神って女神様だよね?」
と少し日本神話に関心のあるタマラが言う。
 
「実は天照大神が男神か女神かについては古くから議論がある」
とコハルは言う。
 
「そうなんだ?」
「天照大神は男神だと信じている人も多い。文献的には天照大神が女神とされているのは、日本書紀の中で、素戔嗚尊(すさのおのみこと)が『姉』と呼んでいるところが数ヶ所あるからなんだけどね」
 
「姉なら女かもね」
「男の姉ってあまり居ないよね」
とリサさヒメが言うと留実子は何だか悩んでいる。(この当時は千里は敏和の実態を知らない) 
「その直前に天照大神が男装するシーンもあるし。男装したのなら女ではないかと」
 
「まあ女だから男装できる訳であって、男は男装できないだろうなあ」
などとリサが言うと、留実子が何だか居心地の悪そうな顔をしていた。千里は平気な顔をしていた。
 

「ねね、こっち気持ちいいよ」
とリサが呼びに来たので、そちらに移動する。
 
ここは「露天風風呂」である。露天風呂にしたい所だが、北海道ではそんな物を作っても半年間は使用不能になる。ここはガラス張りでむしろ温室のようになっている。今の時期だと白く雪で覆われた山の風景を見ることができて、開放感もある。
 
ここに入る時、千里は身体の前面をタオルで覆っていた。また留実子もタオルで覆っていた。
 
「僕が前を覆っているのと千里が前を覆っているのは意味が違う気がする」
と留実子が小声で言う。
 
「そうだなあ。少し意味が違うかもね」
と千里は答えた。
 
浴槽は広く、他に客が居なかったのもあり、ヒメがはしゃいで泳いでいる。オトメも泳ぎたそうにしていたが
 
「お風呂で泳ぐのはよくない」
「お姉ちゃんの悪いまねをしないように」
などとタマラやリサは言っていた。
 
「私も泳ぎたいけどやめとこう」
とタマラ。
「私も同じく」
とリサ。
 
「あれ、そういえばシサトはいつも水泳の授業は見学だよね?」
とリサが言う。
 
「私、カナヅチだから」
と千里は言う。
 
「練習しなきゃ泳げるようにならないよ。と1年生の時から私言ってるけど」
とタマラ。
 

「でもうちのお父ちゃん言ってたけど、こうやって裸で入るのは日本だけらしいね」
とタマラ。
 
「ああ、そうなんだっけ?」
「アメリカとかでは水着で入る所が多い。それで男女一緒」
「なるほどー」
 
「中国とか韓国は?」
「さあ、中国人や韓国人の友達がいないしな」
「勲男のフィリピンはどうだろう?」
「あの子、日本で生まれて日本で育ってるからフィリピンのこと知らないかも」
「それは私たちも同じだね〜」
 
「でもその割には勲男は日本語ヘタ」
「まあ家庭内であまり日本語使ってないんだろうね」
 
「うちもほとんど英語だし」
「うちもほとんどフランス語だし」
 
「そういえば、なぜ千里も留実子もタオルなんかで身体を隠してる?」
とリサが言う。
 
「いや別に大したことでは」
と留実子。
「同じく」
と千里。
 

「女の子同士恥ずかしがることないのに」
とリサが言う。
 
「僕そろそろあがろうかな。まだみんなゆっくりしてて」
と言って留実子は湯からあがると脱衣場の方に行った。
 
「るみちゃんは、男の子になりたいんだよ。だから自分のこと男の子だと思っているから、女の子に裸を見せるのを恥ずかしがっているんだよ」
と留実子の背を見送りながら千里は言った。
 
「うーん。でもそれなら、るみは男の子なのに私たち女の子の裸を見ていた訳?」
「身体を見ないように視線を外してたよ」
「だったらいいか」
 
「るみちゃんってちんちん付いてるの?」
「付いてないよ。欲しいみたいだけど」
「ふーん」
 
「でも千里はタオルを取りなさい」
と言ってリサがタオルを取り上げてしまう。
 
「うーん。まあいいけどね」
 
「千里、別にちんちん付いてたりはしないよね?」
「見ての通りだけど」
 
「うん。確かにお股に変な物は無い」
「女の子なんだったら恥ずかしがらなくていいのに」
「千里も男の子になりたいんだっけ?」
「なりたくなーい。私は女の子になりたい」
 
「女の子になりたいって、今既に女の子じゃん」
「まあそうだけどね」
 
玲羅が悩むように腕を組んでいたが、コハルは優しく微笑んでいた。
 

「私、お兄ちゃんのおちんちん見たことない」
と後で家に帰ってから玲羅が言っていた。
 
「そんなの人に見せるもんじゃないもん」
「おちんちんはあるの?」
「内緒」
「でもお風呂の中で見たけど無かったよ」
「おちんちん付いてたら女湯には入れないよ」
「じゃやはり無いんだ?」
「内緒」
 
「お兄ちゃん、トイレも女子トイレに入るみたい」
「女の子の友だちと一緒ならトイレも一緒に入るよ」
「男の子の友だちとなら男子トイレに入るの?」
「私、男の子の友だちって居ないし」
「確かに居ないみたいね!」
 
「それに今日はスカート穿いてた」
「スカート好き〜」
「スカート穿くのは女の子じゃないの?」
「私女の子だもん」
 
玲羅はまた悩んでいた。
 

12月24日(金)。
 
その日はクリスマスイブなので、勲男の家に集まってクリスマス会をしていた。料理作りについては、勲男はあまり戦力にならないので、タマラ・リサ・千里・の3人と各々の母も勲男の家に行き、朝から勲男の母と一緒に料理を作った。 
それでお昼に合わせてパーティーを始める。参加したのは子供たちは先日温泉に行ったのと同じメンバー、タマラ、リサ、ヒメ、オトメ、千里、玲羅、コハル、留実子、勲男の9人の子供と、会社を早退してきた勲のお父さん、そして勲男・タマラ・リサ・千里の母の大人5人、合計14人という賑やかなものである。 
勲男のお父さんが買ってきたケーキをみんなで分け、シャンメリー(おとなはシャンパン)で乾杯。フライドチキンやローストビーフ、それに散らし寿司などを食べながらおしゃべりした。
 
「クリスマスの歌を歌おうよ」
と言って、持ち寄っている楽器で演奏する。この日はリサが勲男宅にある電子キーボード、ヒメがヴァイオリン、千里がパンフルート、勲男がリコーダーを吹いて、他の子が歌うという形で進めた。曲目は「きよしこの夜」「アデステフィデレス」「まきびとひつじを」などのクリスマスっぽい曲である。 

それで「サンタが町にやってくる」を演奏していた時、ドアをノックする音があった。
 
勲男のお母さんが出るが口に手を当てて驚いている様子。異変を察した千里の母が子供たちに
 
「ちょっとあんたたちはそちらの部屋に行ってなさい」
と言って8人の子供たちを奥の部屋に行かせて、ふすまを閉めた。
 
千里たちは「何だろう?」と顔を見合わせながら静かにしていたが、勲男のお父さんの「勘弁してください。子供もいるんです。お願いします」などという声も聞こえる。
 
やがてガチャッという金属が噛み合ったような音が2つ聞こえ勲男の両親の嘆くような声が聞こえた。
 
「Hey what is going on?」
「Isao's parents are arrested?」
「Why!?」
 

その内、ふすまが開く。
 
「イサオ君いる?」
と何だか怖そうな感じの男の人が尋ねる。
 
「君がイサオ君?」
と留実子に尋ねる。
 
「この子は女の子です」
とタマラが言った。
 
「俺が勲男だけど」
と本人が言う。
 
「悪いけど、君もちょっと一緒に来て」
「なんで?」
 
「あなた誰ですか?」
とリサが厳しい声で言うと男性は
「僕は警察のものだ」
と言って警察手帳を提示した。
 

「勲男君。君のご両親は日本に滞在する許可を取らずに10年以上日本に居た。強制退去になるんだよ。君も一緒にフィリピンに帰ってもらう」
 
「帰ると言われても、俺フィリピンなんて住んだこともないよ!」
 
両親が日本で知り合って結婚しているので勲男は日本で生まれ、そして一度もフィリピンに行ったことはない。
 
「さ、ちょっと来なさい」
と言って警察官が勲男の腕をつかもうとすると勲男は抵抗する。持っていたリコーダーを振り回すので腕をつかまれ、彼はリコーダーを落とした。更に暴れて、そのリコーダーが折れてしまう。
 
他の子たちは息をのんで見ている。
 
「子供に乱暴はしないで」
と向こうの部屋に居たタマラのお母さんが言うと刑事は一瞬勲男をつかんでいた手を離した。すると勲男が逃げようとしてヒメにぶつかった。
 
「あ」
 
そのぶつかった勢いでヴァイオリンが「バキッ」という音を立てた。更に勲男はヒメの上に乗るような感じで倒れてしまった。
 
「さあ、面倒を掛けないで」
と言って刑事が2人がかりで勲男をつかまえて、更に暴れる彼を無理矢理外に連れ出した。
 

「ヒメ大丈夫?」
と言って千里はヒメに駆け寄る。他の子も寄ってくる。
 
「うん。大丈夫」
と言ってまだ顔が青ざめているヒメは何とか立ち上がった。
 
「ごめーん。千里のヴァイオリンが」
 
それは胴が完全に割れていた。これはたぶん修理のしようもないと千里は思った。床には折れたリコーダーも転がっている。それをリサが拾い上げた。 

「不法滞在だったんですか?」
と留実子が向こうの部屋にいるおとなたちに尋ねる。
 
「そうだったみたい」
と千里の母。
 
「実はあの人たちがオーバーステイなのは知ってはいたんだけど」
とタマラの母。
 
「在留特別許可を申請すれば通る可能性高いから、摘発される前に申請しなさいと言ってたのよね」
と言って唇を噛みしめている。
 
在留特別許可は、日本国内で安定して暮らしている場合、自分でオーバーステイになっていることを申告した上で申請すると結構降りるのだが、摘発されてから申請してもまず通らない。「順序」が物凄く重要である。
 
「勲男たち、どうなるの?」
とリサが尋ねる。
 
「両親はフィリピンに強制送還されると思う」
「勲男も?」
「たぶん」
 

沈痛な空気が場に満ちていた。
 
「とりあえず残った料理、みんなで分けて持ち帰ろうか」
「うん」
 
全員で手分けして料理を分け、ビニール袋などに入れる。それからテーブルの上を片付けて食器を洗い、また部屋の掃除などもした。
 
それで何か情報があったらお互い共有することにして、その日は解散した。折れたリコーダーは勲男の机の上に置いた。ヴァイオリンは千里が持ち帰った。 

「ヴァイオリン壊れちゃった」
と千里は少し涙を浮かべて言った。
 
「また買ってあげるよ」
「しばらくはいい」
「うん」
 

勲男およびその両親の処遇について、タマラ・リサ・ヒメ・千里の両親が共同で弁護士を雇い、できるだけのことはしたものの、不法滞在での有罪(執行猶予)・強制退去の処分は動かなかった。
 
勲男一家は2月にはフィリピンに送還されることになる。フィリピンへの航空運賃は4家で共同で負担し、国費出国ではなく自費出国の形にしてあげた。これで再入国のハードルが少しだけ下がる。弁護士さんは勲男のお父さんが勤めていた会社の社長と交渉し、ちゃんと退職金を受け取れるようにした。フィリピンでの住む場所については、一家は長い間日本に居て、向こうには知り合いなども無いということだったので、タマラのお父さんがマニラの不動産屋さんに直接電話して安いアパートを借りてあげた。こちらの家の荷物も4家で一緒に整理して、そこへ送った。千里たちも荷物の整理を手伝った。
 
弁護士さんが勲男から千里への手紙を持って来た。
 
《ちさと、ヴァイオリンこわしちゃってごめんな。かわりといってはなんだけど、おれのキーボードもらってくれない?どっちみちフィリピンじゃ電気のきかくとかちがうから使えないだろうしさ。それとかわいいい女の子になれよ》 
千里は最後の《かわいい女の子になれよ》という彼の言葉に少し涙を浮かべてその手紙を胸に抱きしめた。
 
勲男は他にも野球のボールとバットを留実子に、オセロゲームをタマラに、ソフビ人形(主として怪獣)のコレクションをリサにあげてと弁護士さんに伝言していた。そしてヒメには「机の3番目の引き出しに入っている箱」をあげて欲しいということだった。
 

「それが勲男からヒメへのプレゼント?」
「そうみたい」
 
と言ってヒメは困ったような顔をして、可愛い博多人形を見せてくれた。 
「可愛いじゃん」
とみんな言う。
 
「でもなんで私にだけこんなのくれたのかなあ」
とヒメが言うと
 
「それは勲男がヒメのこと好きだったからに決まっている」
とリサ。
 
「私、勲男にはいじめられたり、いじわるされた記憶しかない」
「まあ、男の子もなかなか自分の気持ちに素直になれないんだよ」
「まあお礼の手紙くらい書いてあげたら?」
 
「よし。ポルトガル語で書いてやる」
「あはは」
 
むろん勲男はポルトガル語は分からない。
 

少し時を戻して12月25日(木)。
 
この日、雪子の小学校は2学期の終業式で1月18日まで冬休みに突入する。終業式が終わり、帰ろうとしていたら多枝が声を掛けてきた。
 
「雪子、明日午後1時、ミニバスの練習あるって。他の子には伝えた」
「ありがとう」
 
それで翌日お昼を早めに食べてから雪子は学校に出て行ったのだが、体育館には多枝と斗美の2人しか来ていない。
 
「お疲れさまー。まだみんな来てないのかな」
と雪子が声を掛けると
 
「他には来ないよ」
と多枝が言う。
 
「え?」
 
「私たち良く考えたら、ミニバスなんてやる義理無いしさ」
「もうやめようと思って」
 
雪子はふたりをじっと見つめている。
 
「まあそれで辞める前に雪子に落とし前付けとこうと思ってさ」
「入院する羽目にはならない程度で勘弁してやるから」
 
ふたりはそう言って雪子に近寄ってくる。
 

雪子は言った。
 
「タイマンするなら、バスケでしない?」
「へ?」
 
「1on1って分かる? 片方がドリブルしながら相手を突破しようとする。相手は手を広げたりして抜かれまいとする。抜いてシュートを決められたら攻撃側の勝ち、停めたりボールを奪ったら守備側の勝ち」
 
多枝と斗美は顔を見合わせる。
 
「いいよ。やろうか」
 

それでボールを持ってきて、じゃんけんで順序を決める。雪子が勝ったので先に攻める。
 
雪子がドリブルしながら手を広げてゴール近く、制限区域の台形の線付近で待っている多枝に向かって進んでいく。雪子は右へ1歩踏み出す。多枝がそちらに重心を移動して停めようとする。が、次の瞬間雪子は左側に突進して多枝の防御を抜いた。
 
そのままレイアップシュートに行き、きれいに決める。
 
「くそー。やられた。でも左に来るかと思ったのに」
「フェイントだよ。バスケットの基本だよ」
「うむむ」
 
それで今度は多枝がドリブルしながら攻めてくる。雪子が手を広げて待ち構える。多枝が左に1歩踏み込むので雪子がそちらに身体を動かす。が、次の瞬間多枝は反対側に突進した。それでシュートしようとして・・・・
 
ボールを持ってないことに気づく。
 
え〜〜!?
 
多枝の後ろで雪子がボールをドリブルしながら向こうに向かって走って行っていた。
 

「選手交代、私がする」
 
と言って斗美が出てくる。
 
雪子がドリブルしながら斗美の前で対峙している。雪子が右に1歩踏み出す。すると斗美は反対側に手を伸ばしたが、雪子はそのまま右側を抜けた。ゴールも決める。
 
「フェイントじゃなかったのか!」
「相手の反応次第でフェイントにしたりしなかったりする」
「そういうことか!」
 
雪子が両手を広げて待ち構えている所に斗美がドリブルで近づいてくる。右に1歩踏み出すと雪子の身体がそちらに揺れる。次の瞬間、斗美は左側に上半身を動かす。雪子がそちらに身体を動かす。が斗美は右側に突っ込んだ。 
が、ドリブルしようとしてボールが無いことに気づく。
 
ボールは右側の方に転がって行っていた。
 
「盗られたのに気づかなかった!」
「今のは斗美ちゃんうまかったよ。私も奪うまでの余力が無かったから弾いた」
と雪子が言う。
 

それでこの後、雪子vs多枝・斗美を10回やったのだが、雪子は10回の攻撃の内8回突破して6本ゴールを決めたのに対して、多枝も斗美も1度も雪子を抜くことができなかった。
 
「くそー。なんでこんなに強いんだ」
「しかも私たちは1回交代でやってた。雪子はずっと1人でやってた。疲れも違うはず」
 
「私は6月から始めて6ヶ月、多枝ちゃん・斗美ちゃんは9月から始めて4ヶ月。今は私の方が多枝ちゃんたちより1.5倍してるけど、長くしてればその差は無くなると思うよ」
と雪子は言う。
 

多枝たちが考えるようにしていた時、体育館に現れる人影がある。
 
「クリス!?」
「雪子たち、今日も練習するんだって?私も混ぜて」
とクリスが明るく言う。
 
「うん。3人では数が半端だなと思ってた」
と雪子も笑顔で言う。
 
「取り敢えずシュート練習しようよ」
「そうだね」
 
多枝と斗美も顔を見合わせたものの、結局クリスと一緒にシュート練習を始める。 
そして少しした所で多枝が雪子のそばに来て、小声で言った。
 
「今日は雪子に負けた。だからまだ辞めない」
「うん」
「でもその内、雪子を負かして、私たち辞めるから」
「うん!」
 
と雪子は笑顔で答えた。
 

この日はその後、クリスから話を聞いていた梢恵、他に元々自主練習するつもりだったらしい、5年生の鈴木君と持田さん、6年生の田中君・河合君と川野さんまで出てきて10人での練習になった。2時頃にはコーチも顔を出して指導してくれた。 
10人もいるのならということで紅白戦もする。
 
A.田中・河合・持田・雪子・多枝
B.川野・鈴木・クリス・梢恵・斗美
 
とチーム分けして、試合をする。
 
試合はAチームで司令塔のガード田中君が活躍するほか、雪子も2年生ながら6年の川野さんのディフェンスも抜く活躍も見せ、それをフォワードの河合君や持田さんなどにパスして、彼らがシュートして得点を取るパターンでAチームが圧倒する。40対15になった所でコーチが「試合終了」を宣言した。
 
「森田、ずいぶん腕をあげたな」
とコーチが言う。
 
「ありがとうございます」
「2年生でこれだけのメンツが出てくると、私も安心して卒業していけますよ」
などと河合君が言う。
 
「今ここに出てきている2年生5人が5−6年生になった頃が楽しみだな」
とコーチも言っていた。
 
「君たちよくがんばったね」
と言って河合さんが雪子と多枝に握手してくれた。雪子は河合さんに手を握られてドキッとしたが、すごく優しそうで柔らかい手だなあと思い、少しボーっとして彼を眺めていた。
 

その様子を見て、梢恵が訊いた。
 
「ねえ、雪子、まさか河合さんにラブ?」
 
「え〜!?そういうわけじゃないよぉ」
と言いつつも雪子は顔を真っ赤にしている。
 
「雪子、そういう趣味だったのか」
と梢恵が少し悩むように言う。
 
「え?だって河合さん凄く格好いいし」
 
「うーん。確かに格好いいかもしれないけど」
 

2月下旬になって、ヒメのお父さんが乗っている船が所属する船団が解散になることになった。またタマラのお父さんが転勤になることになった。 
「え〜? タマラもヒメも引っ越しちゃうの?」
 
「なんかロシアの漁獲制限も年々厳しくなってるもんね」
とコハルが厳しい顔で言う。
 
「うちは室蘭支店に行くことになった」
とタマラ。タマラのお父さんは留萌に赴任してから6年。留萌では副支店長だったのだが、室蘭では支店長に昇任するらしい。
 
「じゃ栄転だよね。おめでとう」
「おめでたいかも知れないけど、私自分が産まれた根室の記憶とかは全然無くて。むしろここが生まれ故郷に近かったから、なんか寂しい」
「同じ北海道内だもん。また会えるよ」
「そうだね」
 
「私は名古屋に引っ越し。なんか遠い所で、すごく不安」
とヒメは言う。ヒメのお父さんは今後どこも漁船団が縮小の傾向があるというので転職して名古屋の自動車工場で働くことにしたらしい。
 
「名古屋だと言葉も違うだろうし大変だろうけど、寂しくなったら電話してもいいし、インターネットがあれば連絡取れるよ」
とコハル。
 
「何それ?」
「世界中のどこからでもお互いに連絡が取れるんだよ。蓮菜がニフティのアカウント持ってるから、彼女経由で連絡が取れるはず」
とコハルが言う。
 
「蓮菜ちゃん怖い」
などとヒメが言うので千里が
「私が話してあげるよ」
と言っておいた。確かに蓮菜はぶっきらぼうな話し方をするので、繊細なヒメにはややハードルが高いかもしれないと千里は思った。
 
「でもなんか寂しくなっちゃうなあ」
と千里もリサも言った。
 

千里がヒメとの連絡の件で蓮菜に話すと「OKOK」と言った。
 
「じゃ、姫ちゃんが向こうでプロバイダと契約してアドレス取ったらこのアドレスまでメールちょうだいよ」
 
と言って蓮菜は *****@nifty.com というアドレスを書いてくれたが千里はさっぱり話が分からない。
 
「プロバイダ?アドレス??」
「うーん。じゃ、姫ちゃんのお母さんと直接話そうか」
 

ということで、この件は直接話してもらって何とかなりそうになった。 
「今パソコン持ってないけど、向こうに行ったら買うとお母さん言ってた。退職金もらったから、そのくらいは買えそうだって」
 
「あ、パソコンが無いとできないんだ?」
「まあそうだね。でも今安いパソコンなら12-13万円で買えるよ」
「すごい大金だ!」
「うーん。人によっては大金かもね」
 

「でも私も時々混ぜてもらってたけど、あのグループは面白いね」
と蓮菜は言う。
 
「うん。私はかえって気楽につきあえていいんだけどね」
「なんかいろんな言葉が飛び交ってた」
「日本語の怪しい子が多かったから。英語の方が通じることも多い。リサはフランス語、ヒメはポルトガル語を基本的には使うし。タマラは最初は英語が多かったけど最近は日本語も上手くなったしフランス語も少し話してた」
 
「珠良ちゃん、梨紗ちゃん、姫ちゃん、千里ちゃん、それに悲しいことになっちゃったけど勲男君の5人が主たるメンバーかな」
「そうそう。それにヒメの妹のオトメ、私の妹の玲羅も入ることがあった。他にもジェーンちゃん、エブリーヌちゃん、マリアちゃん、ドーラちゃんあたりも入ってた。ドーラちゃんのドイツ語は誰も分からなかったけど、何とか手振り身振りでって感じだったね」
 
「勲男君が唯一の男子だったのね?」
と蓮菜は意味ありげに千里に言う。
 
「えへへ。だから私はあのグループが居心地良かったんだよ」
と千里も言う。
 
「私も恵香も千里ちゃんの性別のことは理解しているつもりだから」
「ありがとう」
 
「留実子ちゃんは・・・あれどうなってるんだっけ?」
「良かったら、彼女のことは、ありのままに見てあげて」
「うん。今は観察中」
「女らしいとか言ったら彼女を傷つけるから。男らしいと言ってあげるのは褒め言葉」
「男の子になりたいんだっけ?」
「本人もそのあたりは微妙な気がする」
 
「難しいなあ」
「蓮菜ちゃんも男の子になりたいって時々言ってる」
 
「うん、ちんちん欲しい。男に生まれたかった。でも性転換までするつもりは無いんじゃないかなあ。自分でもよく分からないけど」
と蓮菜は言う。
 
「私のあげられたらいいんだけど。蓮菜ちゃん、お医者さんになるって言っているけど、お医者さんになったら私の取って蓮菜ちゃんにくっつけてもいいよ」
 
「くれるならもらってもいいけど、そもそも千里ちゃんに本当におちんちんが付いているのかは凄く疑問だな。実はこっそり取ってしまったりしてない?」
 
「内緒」
 

「でも5人で仲良くしていた内の1人、また2人抜けだと寂しくなっちゃうね」
「そうなんだよねぇ」
 
「今度のおひな祭りさ、良かったら私のうちでしない?梨紗ちゃんも呼んで」
「あ、それもいいかな」
「千里ちゃんの妹さんも連れておいでよ。こちらは恵香と佳美は呼ぶし、美那にも声掛けようかな」
「そのくらいの人数がいたら賑やかだね」
 
「でもおひな祭りだからさ」
「うん」
「女の子のお祭りだもん。千里ちゃん、スカート穿いておいでよ」
 
千里はドキッとした。
 
「こないだから何度かスカート穿いてるの見た。持ってるなら学校にも穿いてくればいいのに」
 
「そうだなあ。でもおひな祭りはスカートで行こうかな」
「うんうん」
 

2月末、ヒナの一家とタマラの一家は旅立って行った。千里はリサ、留実子、蓮菜・恵香と一緒に彼女たちを見送った。
 
3月3日(金)。蓮菜の家に、千里、玲羅、留実子、リサ、恵香、佳美、美那といったメンツが集まった。
 
「凄い。おひな祭りにこんなに人数集まったの初めて見た」
などと蓮菜のお母さんが言っている。
 
「女の子8人と男の子1人か」
とお母さんが言ったのに対して、一瞬恵香が全員を見渡してから
「うーん」
と悩んでいた。
 
「いや、その人数で多分合ってるよ」
と蓮菜は笑って言っていた。
 

「初対面の子もいるかもしれないけど、ほぼ女の子同士だしさ、お互い今後は呼び捨てで行こうよ」
と蓮菜が提案するので全員同意した。
 
「男の子が1人混じっているのではという説もあるけど、多分みんな女湯に入れる気がする」
と千里が言うので、恵香がまた悩んでいた。蓮菜が苦しそうにしている。留実子が
「開き直ってるな」
と言ったが、コハルが
「まあ女湯に入れるなら、女の子の一種なんだろうね」
と言うと、留実子も頷いていた。
 

「ほとんどが小学3年生かな」
「玲羅が小学1年生」
「はい!1年生です。でも呼び捨てでということだったから遠慮無く呼び捨てにさせてもらいます」
「OKOK」
「玲羅の方が千里よりお姉さんに見える」
「よく言われます」
「なんかしっかりしてるよねー」
「玲羅はお姉さんではなくてお兄さんだったりして」
「私、男でもいいですよ〜」
 
「コハルは5年生だったっけ?」
と留実子が訊く。
「まあそんなもん」
と本人。
「コハルっていろんなこと知ってるし、凄く大人びて見えることもある」
と蓮菜が言う。
「実は5年生じゃなくて25歳だったりして」
と千里が言う。
「いや、そう言われても信じてしまいそう」
と蓮菜。
 

蓮菜のお母さんが散らし寿司、鶏の唐揚げ、クッキー、パウンドケーキ、などを作ってくれていたが、女の子たちの食欲がなかなかで、どんどん消費されていく。ジュースもファミリーサイズがあっという間に5本消える。
 
「ちょっと待ってて。何か買ってくる」
と言って、お菓子の大袋を4つ買ってきてくれたが、それもあっという間に消費されて、さすがのお母さんも呆れていた。
 
「よく食べる子は育つというし」
「寝る子は育つでは?」
「そうも言うかも知れん」
 
ともかくも今回の集まりで、急に「外人仲間」が減って寂しい思いをしていたリサも少し気を取り直すことができたのであった。
 

2000年3月15日(水)。
 
雪子の小学校では明後日が卒業式、明日は卒業式の予行練習である。ミニバスのサークルではこの日の放課後、近隣の公立体育館で6年生まで入れた最後の練習をした上で、キャプテンを6年の田中君から5年の鈴木君に、副キャプテンを6年の河合君から5年の持田さんにバトンタッチした。
 
最後に6年生対4−5年生で練習試合をしてから、全員でファンタで乾杯し、締めた。
 

練習が終わってから三々五々に帰っていたとき、決心したような顔をした雪子が河合君のそばに走り寄り、
 
「先輩、少しだけお話ししたいんです。明日の昼休み、もしよかったら校舎裏の桜の木の所でお話できませんか」
 
「いいけど、今じゃダメなの?」
と首をかしげて河合君が訊く。
 
「あらためてお話したいんで」
「うん、いいよ」
 

それで翌日の昼休み、雪子は校舎裏の桜の木の下で待っていた。心臓がドキドキしている。私、ちゃんと言えるかなあ。。。2年生なのにこんなこと言ったりしたら、ませてると言われるだけかも。でも今の気持ちのままで河合先輩と別れたらきっと後悔する。雪子はそんなことを考えていた。
 
考え事をしていたので、河合君が近づいて来たのに気づかなかった。
 
「待たせた?雪子ちゃん」
と河合君の声がする。
 
ハッとして雪子は振り向いて
「すみません。お時間取って」
と言ったが、河合君の格好を見て「へ?」と思った。
 

「どうしたの?もしかして多枝ちゃんと斗美ちゃんに意地悪とかされてる?その件は私も(持田)朱美ちゃんに言っておいたから、何かあったら彼女に相談してね」
と河合君は心配そうに雪子に言う。
 
が・・・・・
 
「どうして先輩、セーラー服なんですか?」
と雪子は訊いた。
 
「ん?今日は卒業式の予行練習がこの後あるから。6年生は全員中学の制服だよ」
と河合君は言った。
 
「でも学生服じゃなくてセーラー服なのは?」
 
「えっと、私一応女だし」
と言って河合君は頭をかいている。
 
「え〜〜〜!?」
と雪子は声をあげてしまった。
 
「あれ?まさか雪子ちゃん、私のこと男の子と思ってた?」
「御免なさい! 手術して男の子から女の子に変わったとかじゃないですよね?」
 
「うーん。ちんちん欲しいと思ったことはあるけど、取り敢えず生まれた時からずっと女かな」
 
「え〜〜〜〜〜!?」
 
「あ、でもバスケとかバレーの女子選手にはほとんど男に見える子けっこういるよね。私もしばしば対戦していて男と思ってたら女だったことあるよ」
 
などと河合さんは言っていたが、雪子はショックでもう頭がぼーっとしてしまっていた。
 
そしてこのようにして雪子の初恋は終わってしまったのである。
 

「んじゃ作戦決行するぞ」
と留実子は千里に言った。
 
「うん。お互いがんばろう」
と千里も答えた。
 
留実子と千里はその日2人だけで近隣の温泉に駅前からの送迎バスに乗ってやってきた。
 
そして受付の所で「小学生男子1人・女子1人」と申告した上で、留実子が男湯に、千里が女湯に入ろうという「いけない計画」を立てたのである。ふたりは戸籍上は「男子1人・女子1人」で間違い無い。
 
今日留実子は普段より男っぽい服装をしている。下着も男物をつけてきたらしい。千里はスカートを穿いているし、むろん下着も女物をつけている。 
ふたりとも(特に留実子が)ドキドキしながら玄関を入り、受付の所に行く。 
「小学生2枚ください」
と千里が料金2人分を出して言った。
 
「はいはい」
と言った最初赤いタグのついた鍵と青いタグのついた鍵を出そうとした。 
が、そこに「あ、違うよ」と声を掛ける人がいる。
 
その人は12月にリサやヒメたちと一緒にこの温泉に入りに来た時にもいた人だと千里は認識した。
 
「この子、男の子みたいに見えるけど女の子なんだよ。ごめんね、間違えて」
と言って留実子の方を見て微笑んだ。
 
ありゃー。留実子のこと覚えていた人があったのか!
 
それで結局赤いタグのついた鍵を2つもらってしまった。
 

「うーん・・・。どうする?」
と取り敢えずロビーで自販機のジュース(千里がおごってあげた)を飲みながらふたりは相談する。
 
千里の手の中には赤いタグのついた女湯ロッカーの鍵が2つある。
 
しばらく考えていた留実子は言った。
 
「僕、やはり男湯に突撃する」
「ロッカーは?」
「こないだ見てたら、ロッカーにちゃんと服を入れずに、そのあたりに置いてある籠に入れている人もあった。だから僕もそうするよ」
 
「なるほどー」
「でも千里はほんとうに1人で大丈夫?」
 
「平気平気。じゃ当初の予定通り」
「うん。鍵は千里が両方持っててよ」
「了解」
 
それでふたりは「男湯」「女湯」と染め抜かれたのれんのある所で手を振って別れた。女湯の入口の所には係の人がひとり座っているが、千里はそこを平然として通過する。(男湯の入口の所には誰も居ない) 

千里はふだん通りにロッカーを開けて服を脱いでしまう。パーカーとトレーナーを脱ぎ、スカートを脱ぎ、女の子シャツを脱ぎ、女の子パンティを脱ぐ。こういう女の子下着は母がたまに気まぐれで買ってくれる少数のものをこういう時に使っている。髪も洗おうと思ったので、愛用している子狐の髪留めも外してスカートの上に置いた。
 
今日はタオルで隠したりもしない。前回タオルを使っていたのは留美子と一緒だった手前である。留実子のロッカーの鍵も自分のロッカーに入れ、鍵を掛けて自分の鍵は手首に付け、浴室に移動した。
 
今日は沢山お客さんがいるが千里は平気である。身体を洗い、髪も洗ってからイザナミの湯につかる。思いっきり身体を伸ばしてから、ふっと息をついた。 
「そういえば私って男湯には入ったことないなあ」
などともうすぐ4年生になる千里は浴槽の中でひとりごとのようにつぶやいた。 
 
前頁次頁目次