【少女たちの星歌】(2)
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(C) Eriko Kawaguchi 2021-11-13
午後から個人戦になるので、控室でお昼を食べる。控室は参加校が多いので、女子と男子に分けられ、各控室内で校名のプラカードを立てた付近に集まり各自用意してきたお弁当を食べていた(千里のは自分で作った)。
だいたい食べ終わった頃、運営の腕章を付けた女性が控室に入ってきた。プラカードを見てこちらにやってくる。
「N小学校の村山千里さんってどなたですか?」
「私ですが」
と千里が手を挙げて言うと、鈴木という名札を付けた運営の人は意外そうな顔をして
「つかぬことをお伺いしますが、あなた女子ですよね?」
と尋ねる。
あちゃ〜と思ったものの、ここは開き直るしかない。
「えっと私、男に見えます?」
「いえ、あなたが男子ではという声があったので。登録証見せて頂けます?」
「はい」
と言って、千里は剣道連盟の登録証を見せる。
《村山千里・平成3年3月3日生・女》
と確かに書かれている。
「確かに女子よね」
その時玖美子が言った。
「疑いがあるなら裸にしてみればいいです」
「ああ、裸になりましょうか?」
と言って千里が服を脱ごうとしたので、
「待って。だったら医務室で」
ということになる。玖美子が付き添い、鈴木さんと一緒に医務室まで行った、
プライバシーに配慮して、鈴木さんは自分では千里の裸を見ないことにして、医務室に入っている女性看護師さんに千里の性別確認を依頼した。鈴木さんはカーテンの向こう側で待機する。
千里が服を全部脱ぐ。
千里がショーツにナプキンをつけているのに看護師さんが気付く。少し汚れている。
「あら、生理中?」
「3日目なんですよ」
と千里が言うとカーテンの向こうで鈴木さんは頷いていた。
そして裸になった千里を見ると、むろん、お股には男のようなぶらさがる物は無く、ほのかな発毛の中に縦の割れ目がある。胸は微かに膨らんでいる。思春期が始まったばかりの女子にしか見えない。ボディラインは完璧に女の子のものである。
「女性体型ですね」
と看護師さん。
看護師さんは「念のため」と言って、ビニール手袋をして千里の胸とお股に触った。偽装でないことを確認したのだろう。
「普通に女性の身体ですよ」
と看護師さんは言った。
「分かりました。でもごめんね。裸にまでなってもらって」
と鈴木さんは言った。
千里は服を着るが、玖美子は何だか楽しそうにしていた。
「千里(ちさと)は時々“せんり”さんと読まれて、男の子と間違えられることはあったね」
と玖美子は千里のヌードをしげしげと眺めながら言った。
「ああ、大江千里(おおえせんり)って男の歌手さんとかいるもんね」
と千里は服を着ながら言う。
「でも同じ字を書く大江千里(おおえのちさと)は奈良時代の女性歌人だよね」
と千里が付け加えると
「いや、大江千里(おおえのちさと)は男だし、奈良じゃなくて平安だ」
と玖美子が言う。
「え〜!?男だったの?」
「そうだけど」
「女の人だとばかり思ってた」
などと千里が言うので、鈴木さんも看護師さんも笑っていた。
「ちなみに大江千里(おおえのちさと)は伊勢物語の主人公として有名な在原業平(ありわらのなりひら)の甥に当たる人だよ」
と玖美子。
(大江千里の父・大江音人は、在原行平・業平兄弟の兄であるという“説”がある)
「でも百人一首に入っている“月見れば千々に物こそ悲しけれ。わが身一つの秋にはあらねど”って、“我が身ひとつ”ではないというのは、お腹の中に赤ちゃんが居て、身ふたつの状態という意味じゃないの?」
と千里。
「そんな解釈は聞いたことない。“わが身一つの秋にはあらねど”というのは、自分だけに秋が来た訳ではない。全ての人に秋は来たのに、という意味だよ」
きちんと解釈できてるのがさすが優等生の玖美子である。
「そうだったのか。じゃ用命天皇の女御(にょうご)で、この時妊娠していたのが、後の牟田天皇だというのは?」
「用明天皇は飛鳥時代の天皇だし、牟田天皇なんて天皇は聞いたことない」
「あれ〜?」
千里と玖美子の大江千里論議?を楽しそうに聴いてから、鈴木さんは「午後からの個人戦、頑張ってね」と言って本部のほうに戻った。
その個人戦では、千里は1回戦不戦勝の後、2回戦・3回戦と勝った。実は相手が弱すぎて負けようが無かった!準々決勝で何とか相手に1本“取らせた”ので、これで負けられるかな?と思ったら、相手が竹刀を落としてしまった。
竹刀を落とすのは反則となる(ある意味ラグビーのノックオンに似ている)。剣道では、武士の魂である刀を落とすとは言語道断ということになっている。
仕方ないので、千里は相手に打ち込んで1本取る(攻める機会なのに攻めなかったら千里が注意される)。その後は、相手は動揺してしまって、勝負にならない感じだったので“仕方なく”もう1本取って千里が勝った。
それで“不本意”に準決勝に進出したが、ここで当たったS小の井上さん(1月の大会の優勝者)は強かったので“不自然に見えないように”何とか負けることができた。
(玖美子が「また手抜きしてる」と言う)
もうひとつの準決勝は玖美子と木里さんで、玖美子は木里さんに負ける。決勝戦は木里さんが井上さんに勝って優勝(1月の大会の雪辱)。3位決定戦は玖美子が“手抜いたらお尻叩き100発”などと言うので、仕方なく真剣勝負して勝利。
そういう訳で今回千里は“不本意ながら”3位になって賞状をもらった。優勝の木里さんは、個人戦で千里と対戦できなかったのが残念と言っていた。
千里は昨年この大会で“うっかり”準優勝している。夏の大会でも3位だった。1月の大会では準々決勝で比較的強い人(最終3位になったM小の吉田さん)に当たったので何とかBEST8に留まれた!? 千里は腕力は無いし、剣道の技術自体もまだまだだが、本気を出すと気合が凄いので“うっかり”勝ってしまいがちである。更に千里自身はあまり意識していないが、ソフトボールの球威を付けるために走り込みをしているので、実は千里は剣道でも1月よりスピードアップしていた。
個人戦が終わってから、表彰式があり、N小は団体優勝で、賞状をもらうとともに優勝盾を渡された。賞状を玖美子が、盾を千里が受け取った。個人戦でも千里は女子の部3位の賞状をもらった(盾を如月に持ってもらっておいて受取りに行った)。
ゴールデンウィークが終わると、運動会に向けての練習がたくさんあった。千里たち6年は鼓笛隊の練習もあるし、千里を含めて女子はチアの練習もある。千里は昼休みに放課後にと、練習に明け暮れていた。
千里は留実子に
「運動会当日、お昼は、るみちゃんの分まで用意してるから、一緒に食べようね」
と言っておいた。
「ありがとう。助かる」
留実子の両親はお仕事の都合で日曜日も休めず、留実子は毎年お弁当代をもらって自分で何か買って食べてと言われていたが、ひとりで食べるのは寂しいよと千里は言い、お昼は一緒に食べようと誘っているのである。それで毎年千里の家で留実子の分までお弁当を作って持って行っていた。それにこちらは“女の子2人”であまり食べないから、食欲が男の子並みの留実子が食べてくれると助かるというのもあるのである。(お昼代はそのまま留実子がもらっておく!)
今年の運動会は5月19日(日)である。
例によって父は
「月曜から漁に出るから日曜は寝てる」
と言ってお休みである。
海に出る人は、体調管理も仕事の内である。機関長が居眠りでもしたら全員の命に関わる。
それで父が来ないのをいいことに、千里は堂々と“女の子”するつりで学校に出て行った。
徒競走(200m)では、千里のことを知らない先生がスタートの管理をしたお陰で千里は女子の組に組み込まれて、他の女子3人と一緒に走って、しっかりビリになる。ビリなので他の子たちから苦情は出ない!
なお、クラスが2つしか無いが、各々の組を2分割していて4組対抗になるようにしている。1組→赤組・青組、2組→白組・黄組。ここで“重要”なことは、千里も留実子も同じ青組に入れられているということである!
千里は徒競走で青組“女子”で走ってビリであったが、留実子は青組“男子”で走ってトップであった。だからこの2人は合わせてちょうど他の組と有利不利が出ないようになっている。
午前中の出し物“スプーン競争”では、男女が同じ人数になるように、一部の男子・女子が2度走るようにして調整している。留実子は“男子”として2度走るようになっていて、それでも留実子の活躍で青組が優勝したので、留実子は男子たちから「花和よくやった」とパンチされていた。
「女の子の顔を殴っていいんだっけ?」
とさすがに恵香が心配していたが、蓮菜は
「男の子同士殴り合うのは普通」
と平然としていた。
千里は、競技に出ない時は、体操服の上にチアのスカートを穿き、ボンボンを持って応援をしていた。正直チアで体力の大半を消費している気もした!?
お昼休みには、留実子が千里一家のところに来て一緒にお弁当を食べる。千里の母は最近になってやっと留実子が女子であることに気付いたのだが、
「やはり“男の子”は頼もしいね。うちも1人は男の子が欲しかったわあ」
などと言って、留実子は嬉しそうだった。
「男の子欲しいなら、私が男になろうか?」
などと玲羅が言ってる。
「ああ、玲羅ちゃんは男でもやっていけそう」
と留実子が言うと
「もう私、訳が分からなくなって来る」
と母は嘆いていた。
「まあ性別なんて些細なことですよ」
と留実子。
「そうよね。気にしないことにしよう」
と母も言っていた。
お昼休みは13:00までだが、6年生は“鼓笛の衣裳に着替えた上で”12:55までに入場ゲートに集合ということだったのだ、千里と留実子は12:40にはお弁当を食べていた場所を立ち、一緒に“女子の更衣室”に指定されている理科室に行く。
そして千里は女子の鼓笛隊の衣裳(飾りの付いた白い上着と膝丈のプリーツスカート)に着替え、留実子は男子の鼓笛隊の衣裳に着替える。留実子の衣裳は、あらかじめ女子の控室であるこの部屋に持って来ている。
千里はファイフの担当、留実子は大太鼓の担当である。
千里や留実子が着替えている時、他に多数の女子がいたが、誰も2人を気にする人はいなかった。もう慣れっこである!
それで入場ゲートに向かった。
各パートごとに点呼して揃っていることを確認し、13:05くらいに鼓笛隊の行進が始まった。
『ヤングマン』(Y.M.C.A.)の演奏をしながら入場していく。
ドラムメジャーの川崎典子を先頭に、カラーガード、トランペットとメロフォン、シンバル、大太鼓、と続いた所でサブメジャー1。中太鼓、小太鼓、ベルリラの後、サブメジャー2。そしてピアニカ(男女半々)、リコーダー(男子)、ファイフ(女子)と続き、その後、ユーフォニウムとスーザフォンが並んで、最後のサブメジャー3という並びであった。最後のサブメジャー(広川佐奈恵)は隊列をまとめ、また隊列が後を向いた時は事実上のメイン指揮者となるので、ドラムメジャーの次に重要な役割である。
留実子は大太鼓をしっかり打つし、千里は他の女子と一緒にファイフを吹いて行進していた。
隊列は校庭を半周して、本部前に整列する。
そして今度は『おどるポンポコリン』を演奏しながら、パートごとにいくつにも別れて、校庭に様々な模様を描く。練習がいちばん大変だった部分である。千里たちファイフのグループはここで偶然母が見ている前を通過したが、母はデジカメで写真を撮り。こちらに手を振っていた。
ああ。私、女の子でいいよね、と千里はあらためて思った。
最後は『明日があるさ』を演奏しながら、退場した。
午後は各学年ごとのパフォーマンスがあった。1年生はよく分からないが、円形の大きな布を各組の児童と先生で持ち、様々な形を作っていた。
2年生は全員カラフルな傘を持ったパフォーマンスで様々な文字を校庭に描いていた。3年生はマスゲーム、4年生はフォークダンスと進み、5年生のソーラン節で運動会の興奮はピークに達する。
千里たちは鼓笛の衣裳から普通の体操服に戻る(例年適当にその付近で着替えていたが注意されたので、取り敢えず女子は更衣室に行くようになった)と、各組の席の前でチアの衣裳をつけてたくさん声援を送った。
ソーラン節の後、各組ごとの応援合戦がある。千里たち青組は赤組の次、2番目にパフォーマンスをした。留実子の大太鼓、上原君のトランペットの演奏も入る中、千里たちチアリーダー組が華麗なパフォーマンスをする。
ボンボンを持って踊り、千里を含む数人が2人(千里の場合は蓮菜と恵香)の肩の上に乗ってそこから飛び降りるパフォーマンス、そして最後は、千里と5年生の美波ちゃんが双方バク転した後、倒立してお互いの足で支え合うというパフォーマンスを披露。これには物凄い拍手が起きていた。
そして最後は学年縦断・組別対抗リレーが行われた。学年毎に距離が伸びていく。1-2年50m, 3-4年100m, 5年女子150m/男子200m, 6年女子200m/男子400m. 男女混合で各学年とも女子→男子とバトンが渡される。
この競技では青組アンカーの留実子が先行していた白組の男子走者を抜いて快走しトップでゴールした(留実子は男子として出場している!女子で走ったのは恵香)。
これで運動会は終了したが、今年は応援合戦で青組が1位だったこと、組別対抗リレーでも青組が勝ったのもあり、青組の総合優勝であった。
その日、アキオの一家では早朝から、たくさんフライドチキンを作っていた。普段料理とかしないアキオも鶏肉を切ったり、粉をまぶしたり、また揚げ上がったチキンを紙の箱に詰めたりする作業に借り出されていた。
「だいぶ出来たな。ユズコ、ランコ、この分、売ってこい」
「はーい」
と言って、妹のユズコ(11)とランコ(9)がチキンの入った箱をお盆に載せ、箱のたくさん入った紙袋も持って、外に出て行く。
続けて姉のユリコ(15)、そしていちばん上の姉モモコ(17)まで出て行った。
下から順に出て行ったのは、調理にあまり役立たない!からである。
「だいぶできたぞ。売りに行ってくれ」
と父が言うが、子供はアキオ以外全員出て行っている。ユズコたちもまだ戻ってきていない。
「娘4人とも出ていってるよ」
「仕方ない。アキオ、お前も売りに行ってこい」
「分かった」
「あ、これ着てね」
と言って母が出した服を見て、アキオは絶句する。
「これ着るの〜〜〜!?」
2002年6月11日(火)には日食があった。
この日食は太平洋上では金環食 (Annular solar eclipse) になるのだが、日本では部分日食になる。留萌ではこのような状況であった。↓国立天文台のサイトより。
時刻 食分
7:03 0.000 食の始め
7:56 0.322 食の最大
8:53 0.000 食の終り
この日は千里たちの学校では日食を見るのに授業開始を9:00に繰り下げることになった。児童全員に日食観測グラスが配られ(商工会の好意)、太陽を見る時は必ずこのグラスを通して見るように言われた。
ところが・・・・
曇である!
これでは全然見ることができないので、がっかりである。みんな
「ああ、日食見たかったなあ」
と言っていた。
結局、授業の繰り下げもキャンセルされ、通常通り授業が行われることになった。
千里はキョロキョロした。
「千里ちゃん、ごぶさたー」
「あ、きーちゃん」
それは2年前の10月に千里が“ちょっと死んだ!?”時以来、何度か会っている天女の《きーちゃん》であった。
「そちらでは日食が見られないみたいだから、代わりにここで見せてあげようと思って」
ときーちゃんは言っている。
千里が東の空を見ると、まだ水平線から昇ったばかりという感じの太陽が少し欠けている。
「今回もまた“ふういん”するの?」
「今回は大丈夫だよ。純粋に日食を楽しもう」
「うん。ありがとう」
「そちらのおばさんは?」
と千里が訊く。
「あんた?私が見えるの?」
とそこにいた80歳くらいのお婆さんが驚くように言った。
「この子には賀壽子さんが見えるみたいですね」
と、きーちゃんは楽しそうに言った(お互いに見えるというのは、両者の霊的なレベルが近いということ)。
「まあ簡単に紹介すると、こちらは留萌の駿馬、こちらは陸奥のおしら様」
と、きーちゃんは分かったような分からないような紹介をした。
「おはよう、可愛い巫女さん。おしら様なんて恐れ多いから私は賀壽子(かずこ)で」
「私は千里です。おはようございます。私、神社で時々巫女さんのバイトしてるんですけど、そんなことまで分かるんですか?」
「巫女には仕事上の巫女と生まれながらの巫女がいるけど、あなたは生まれながらの巫女だね」
と賀壽子さんは言った。千里は意味が分からなかった。
千里はきーちゃんが黒い四角いリボンのような布を肩に付けていることに気付いた。
「その黒い布は何?」
「私が仕えていた黒木警視が亡くなったから、今、喪に服してるの」
「わあ、ご愁傷様です」
「2年くらい服喪したら、また誰かに付くことになると思うんだけどね」
「へー」
この時、きーちゃんは2年後にまさか千里に付くことになるとは思いも寄らなかった。
「ここは・・・パラオ?」
と千里は訊いた。
「さすが千里だね。ここはパラオのカヤンゲル島だよ」
「人がいっぱい。大きな島なの?」
「ううん。普段は人口50人の小さな島だよ。面積は・・・千里が通っている小学校の敷地の倍くらいのサイズ」
カヤンゲル島(Kayangel islet)はカヤンゲル環礁(Kayangel atoll)の4つの小島(islet)の中で最も大きな島であり、唯一の有人島である。面積は98ha。つまり1km
2より僅かに小さい。
「そんなに小さいんだ!」
「それがここで日食が見られるというので、日食を見る人が500人くらい押し寄せている」
「きゃー。よくそんなに入(はい)れたね」
「入島制限したけどね」
千里は考えた。
「そんな厳しい制限しているのに私たち居ていいの?」
「私たちはここには居ないからいいんだよ」
ときーちゃんが言ったのに対して、千里は少し考えたが
「何となく分かった」
と答えた。賀壽子が頷いていた。
きーちゃんは千里と賀壽子に日食観察グラスを渡し、3人とも観察グラスで太陽を見ていた。
太陽が少しずつ昇っていくが、食分は少しずつ大きくなっていく。↓はこの地Kayangel Islet (8.0865N 134.7188E) (*3)での日食の見え方である。
(国立天文台のデータ。時刻は日本時刻=パラオ時刻:パラオは日本と同じ時間帯。日出時刻はStargazerの値)
(5:47日出)
5:57 0.000 部分食の始め
6:20 0.380
6:40 0.699
6:58:41 0.985 金環食の始め
6:59:08 0.989 食の最大
6:59:35 0.985 金環食の終り
(7:03 留萌で部分食開始)
7:20 0.686
7:40 0.404
8:00 0.134
8:10 0.000 部分食の終り
(8:53 留萌で部分食終了)
(*3) islet (アイレット)とは小さな島のことである。英語だとサイズで Island > Islet > Skerry > Rock となる模様。明確な基準があるわけではないが、island:町サイズ以上 islet:工場や学校程度 skerry:邸宅程度 rock:小屋程度以下という感じか。環礁上に出来た島はだいたい islet と呼ばれることが多いようである。但し、珊瑚礁自体ではなく、その上に土や砂が堆積してできた島はキー(cay)と呼ばれる。
なお島が円環状に並んでいるのは、環礁の他に外輪山である場合もある。隠岐の島前などが外輪山である。伊豆諸島(正確には豆南諸島)の須美寿島(すみすじま)とその近くの複数の小島・岩礁も外輪山の島。
きーちゃんがしている腕時計(Baby-G)で6:58 とうとう金環食が始まる。
月が太陽を隠し、既に太陽は三日月のような形になっていたのだが、それが物凄く細くなって、半円状の細いカチューシャのようになったかと思ったら、そのカチューシャの端がぐぐぐいっと伸びて、両者がつながり完全な輪っかになってしまう。まるでブレスレットのようである。
「きれーい!」
と千里は声を挙げた。
周囲でも多数の歓声があがっている(彼らには千里たちの姿は見えない・・・はず)。
「これは天の指輪だね」
などと賀壽子が言っている。
「指輪かぁ。私もおとなになったら欲しいなあ」
「きっと誰かがプレゼントしてくれるよ」
千里はボーイフレンドの青沼晋治のことを考えたが、さすがに2人の関係をおとなになるまで維持するのは無理だろうなとも考えた。
そんことを言ったり考えたりしている内に、天の指輪の一部が途切れ、金環食は終了する。あっという間に輪は短くなり、半円状になり、太陽は細い三日月のような形に戻った。但し三日月の向きはさっきまでと逆である。
周囲で溜息が多数漏れる。
約1分間の美しい天体ショーだった。
「移動しようか?」
と、きーちゃんが言った時だった。誰かが千里の肩を叩く。
「はい?」
と言って振り向く。その瞬間、賀壽子が頭を抱えた。千里も「しまったぁ」と思う。
「Get your fried chicken!」
と小学生くらいの女の子(?)が千里に言った。
“女の子(?)”と思ったのは、千里が彼女の性別に違和感を覚えたからだが、あらためて観察して、女装の男の子だと分かった。10-11歳くらいかな。まだ女の子の服を着れば女に見えないこともない年齢。千里は急にこの子に親近感を覚えた。
「Can I pay by Japanese Yen?」
と訊いてみる。
「ニッポン・イェン、ダイジョブ。いちこ Hundred円」
たぶん日本語はわりと分かるが数詞が不確かなのだろう。いちこ→いっこ、という音便ができてないし。日本語の音便やフランス語のリエゾンは外国人には結構難しい。
「Give me three」
と言って、千里は指を3本立てて彼女(彼?)に示した。そして財布から100円玉を3枚出して渡した。
「コチラニナリマス」
と言って女装の男の子はチキンの箱を3つ渡した。
「メスーラン」
と千里が言うと
「アリガトゴザイマシタ」
と男の娘は笑顔で言った。
チキンを持たされて売りに出たアキオだが、既に妹たち・姉たちが売って回っているのもあり、なかなか売れない。何せ客は全部で500人くらいしかいない。客の人数に対して売り子が多すぎる気もした。アキオたち以外にも、サンドイッチとかフライドフィッシュを売っている子、ポップコーンを売っている子などもいる。みんな近所の子供たちばかりだ。アキオ以外にも女の子の服を着ている男の子がいて、お互い恥ずかしそうに笑った。
でも結構
「Oh! Beautiful Girl」
「Fille mignonne!」
などと言われて買ってもらえる。やはり、こういうのは女の子の格好するのが良いようだ。でも恥ずかしいよぉ!
それで何とか7割方売れて、あと少しと思った時、アキオは不思議な3人組を見た。妙に現実感が無いというか、幻か何かのようにも感じる。雰囲気は日本人か中国人のように思えた。お婆ちゃん、30歳くらいの女性、女の子。親子孫??取り敢えず、その中にいる女の子の肩をトントンしてみる。
その女の子が振り返った。
「はい(日本語)?」あるいは「アイ(中国語)?」と声を出したように聞こえた。
「フライドチキンいかがですか」
と英語で言うと女の子は見透かすような目で自分を見て(ドキッとする。男とバレた?)から
「日本円でもいい?」
と英語で訊いた。アキオは日本語で「大丈夫」と答えたものの、日本語の数詞が怪しいので、日本語英語混じりで
「1個100円です」
と言った(ドルの客には1つ1ドル、ユーロの客には1ユーロで売っている)。
彼女は指を3本立てて「3つちょうだい」と英語で言い、百円玉を3個渡してくれたので、チキンを3箱渡す。
すると彼女はパラオ語で
「メスーラン(ありがとう)」
と言ったので、アキオは
「アリガトゴザイマシタ」
と日本語で答えた(*4).
しかし次の瞬間、3人の姿はかき消すように消えた。
アキオ(*4)は目をゴシゴシしてから、不安になって、今もらったお金が消えてないか見たが、日本の100円玉3枚は消えてなかったので安心した。
(*4) パラオは現在は独立国(但し防衛などはアメリカが代行)だが、日本が統治していた時代があったこともあり、親日国である(親米・親台湾)。
主要2島、コロール島とバベルダオブ島の間に架かる橋が1996年に崩落してしまい、同国経済と生活に大打撃が生じた(新宿区と千代田区が断絶したようなもの)。この時、日本はすぐ同国に支援を表明。まずは仮橋(浮橋形式)を設置して交通を仮復旧させている。更に本格的な橋を再建する資金が無い同国に代わって日本が資金提供。鹿島建設が橋を再建した。この橋は“日本・パラオ友好の橋”と呼ばれている。
パラオには日系人も多いし、結構日本語が通じる。日本語を公用語のひとつにしている地域もある。また、パラオでは、日系人でなくても、日本風の名前を子供につける人たちもあり、アキオたちの父はイチロウである。
この日食を見に行った時の大統領はミクロネシア系のトーマス・レメンゲサウ・Jrだが、先代の大統領は日系人のクニオ・ナカムラであった。この国の初代大統領はハルオだし、第3代大統領はエイタロウである。
千里はキョロキョロした。
「ここは・・・ハワイの近く?」
と尋ねる。
「さすが千里だね。ここはハワイから2500kmくらい北西の場所だよ」
と、きーちゃん。
「あまり近くなかったかな」
と言いながら、千里はチキンの箱を、きーちやんと賀壽子に渡した。
「ありがとう」
「いいのかしら私まで」
「孫からのプレゼントということで」
「そうだね。あんたはうちの曾孫に少し似てるかも」
「曾孫さんがおられるんですか?女の子ですか?」
「うーん。。。たぶん女の子でいいんだろうなあ」
「は?」
千里は太陽を見上げる。
「太陽が欠けてるけど、欠け方が違う。ここではまだ日食前?」
「そうそう。これから金環食が起きる。もう一度楽しもう」
「へー。また金環食になるんだ」
「私たちが月の影を追い抜いたからね」
「すごーい」
千里はふと思った。
「もしかして私たち実体?」
「うん。実は私たちは最初からここにいたんだよ。パラオには幽体だけを飛ばした」
「へー!」
「でも、ここからたぶん一番近い大きな陸地がハワイだと思うよ」
と、きーちゃんは言った。
「小さな陸地だったら?」
「うーんっとね。ここから700kmくらいの場所にクレ島というのがあるけど」
「方位角は?」
「・・・・178度55分 683.6km」
「あ、ほんとだ。きれいな丸い輪っか状の島だね。1ヶ所広くなってて、細い三角形の形してる。そこに滑走路みたいなのがあって、小さな設備もあってアンテナみたいなの建ってる。気象観測基地か何か?」
「なぜ分かる?」
と、きーちゃんは思わず言った。
私、今“環礁”とは言わなかったよね?単に“クレ島”と言ったよね?それなのに丸い島だと分かるの?と、きーちゃんは心の中で自問自答した。
「だって見えるじゃん」
「私には見えない」
「方角と距離を教えてもらったら見えるよ」
「・・・・・」
「どうしたの?」
680kmの先にあるものが見える?680km先の10kmサイズのものって、視角としては6.8m先の10cmサイズのものだから、確かに原理的には見えてもおかしくないかも知れない。いや違う。680km先は水平線の下のはず。自分たちは今高度1000mの所に浮かんでいる。この高さで見える水平線の距離は3.6k×√hで、3.6k×√1000 = 114km にすぎない。だから680km先の様子は水平線より下になり見えるわけない。
きーちゃんはハッとした。賀壽子が微笑んでいる。
そうか。この子はたぶん物理的に光学的に“見て”いるのではない。だいたいこの子、私がハンディPCで大圏コースを計算して表示されたの見て伝えても、その方角を向きもしないじゃん。
「じゃ、千里、ここから231度30分の方位、5669kmの所に何が見える?」
「なんか小さな島が4つ並んでる。もしかしてさっき居た場所?」
「よく分かったね」
「あ、さっきチキン売ってた子が男の子の服に戻ってる」
「あれ、きっと女の子の方が売れるからとか言われて、女の服を着せられたんだよ。女の服に慣れてない気がしたもん」
と賀壽子が言っている。
「そんな気もした。なんか恥ずかしそうにしてたもん。きっと女の服を着て人前に出た経験が少ないんだろうと思った」
と千里も言う。
「もっとたくさん女の子の服を着て、人前に出てたらもっと女の子らしくなれるよ」
と千里が言うと
「ああ、それはいいかもね。いつも着てればいいよね」
と賀壽子が言っている。
男の娘製造計画?
この子が見えるのは“見える”部分だけだろうかときーちゃんは疑問を感じた、更に質問する。
「だったら、ここから208度38.5分の方角、542.4kmの所に何か見える?」
「何も無いよ。海だけだよ。あ、待って。海の下に何かある。大きな山。海の中だけど」
「正解。そこにはハンコック海山がある。頂上の海面からの深さ分かる?」
「うーん。。。どのくらいかなぁ。200-300mあるような気がする」
「正解。あんた凄いね」
「えへへ」
「あんたを船に乗せてたら、絶対暗礁とかにぶつかる心配無いね」
と、きーちゃんが言うと、千里はぶるぶるっとした。
「私、絶対漁船には乗りたくない」
「女の子を漁船に乗せることはないから心配することはない」
と賀壽子が言う。
(きーちゃんも賀壽子も千里を普通の女の子だと思っている)
「そうですよね!」
「あんた船酔いでもするの?」
「幼稚園の時に湾内一周する船で船酔いした」
「ああ、それは深刻だ」
ここ (34.5567N 178.6317W) での日食の状況は下記である(国立天文台サイトの計算結果)。
日本時刻(現地時刻) 食分
7:07(10:07) 0.000 部分食の始め
(7:00 パラオで金環食終了)
(7:03 留萌で部分食開始)
(8:10 パラオで部分食終了)
8:44:06(11:44:06) 0.997 金環食の始め
8:44:14(11:44:14) 0.998 食の最大
8:44:22(11:44:22) 0.997 金環食の終り
(8:47 朔)
(8:53 留萌で部分食終了)
10:25(13:25) 0.000 部分食終り
「あ、始まった」
先ほどと同様に、三日月のようになった太陽が、やがてカチューシャのような半円になり、その両端が伸びて、指輪(?)のような細い円になった。
「ここの金環食って指輪というよりビーズの首輪みたい」
「あんたするどいね。ここで見る日食はギリギリで金環食になったから、月の表面の凸凹で光の輪が切れたりつながったりする。こういうのをベイリー・ビーズ (Baily's beads) というんだよ。そして全体がベイリービーズになる金環食を“かすり日食”(Grazing Eclipse)と言う」
(これがあと少し月が近く=大きくなると“ハイブリッド日食”になる)
「へー。珍しいの?」
「凄く珍しい」
などと言っている内に金環食は終わってしまった。
「あん。もう終わり?」
「この場所は月がいちばん大きく見える場所だったから、継続時間も短い」
「へー。どうして?」
と千里が訊くので、小学生女子に分かるかなあと思いながらもきーちゃんは原理を説明した。
日食は月が太陽を隠す現象である。この時、宇宙空間で、太陽−月−地球上の観測者、が一直線に並んでいる。ここで月は地球の周りを楕円軌道を描いて回っているので、地球との距離も時間によって変動する。月が近くにあれば月は大きく見えるから太陽を大きく隠す。遠いと月は小さく見えるから太陽を小さく隠す。
きーちゃんはノートパソコンを取り出して、パラオとこのハワイ北西海域での見え方の違いを数値で説明した。
パラオ 月の距離38.4869万km 視角1862″継続時間54s
この地 月の距離38.0375万km 視角1884″継続時間16s
(太陽の視角は1890″)
月が小さい方が金環食の継続時間が長くなるというのは、ボール紙にコンパスで円を描き、それを切り抜いてから重ねて動かして説明した。
「なるほどー!」
「だから金環食は中心点から外れた所で長時間見られる。でもこのビーズになるのを見られるのは中心点」
「それで両方見せてくれたのね」
「そうそう」
「ありがとう!」
「次の日食はいつあるの?」
「12月4日に皆既食、来年の5月31日に金環食」
「次の金環食も見たいなあ。日本で見られる?」
「日本では見られない。グリーンランドとかアイスランドとかでしか見られない。人がわりと居る地域ならスコットランド北部で見られる」
「それって夜中?」
地球の裏側で日食が見られるなら日本は夜中かと思うのは筋がいいときーちゃんは思った。
「ううん。日本時間ではお昼頃だよ」
この金環食は北極圏で太陽の沈まない、つまり白夜になる地域(*5)を中心に見えるのである。スコットランドの例えば Culloden で見えるのは午前4:45くらいであるが、この日この地の日出は4:39なので、日出直後に見ることができる。この時日本は12:45である。
(*5)白夜(midnight sun) になるのは概ね65.73N以北(*6)であり、日暮れが起きない=そのまま夜明けになるのが概ね59.58N以北。上述 Culloden (57.489N) はそのすぐ南である。この緯度の日出・日没の計算は難しく、一部のソフトでは白夜になると計算したり、日没はあるが日出は無い!?という不思議な計算をしてしまう。↑は国立天文台サイトの計算。
(*6) 白夜が起きるのは“経験上”65.73N以北だが、北極圏は66.56Nからである。これは日没とは太陽の上辺が地平線に隠れることなので、太陽視半径0.27度分南になるのに加えて、光の屈折作用で太陽が浮いて見える(大気差)ので合計0.83度ほどずれるため。現地の地形や気候にもよるので同じ緯度でも白夜になる所とならない所が生じる。更に年にもよる!つまり微妙な緯度の土地ではその年の気象条件により、白夜になる年とならない年があり、予測は困難である。
「だったら、それも見たーい。きーちゃん、見せてくれない?」
「いいよ」
と、きーちゃんは答えたが、賀壽子がきーちゃんを咎めるような視線で見た。ああ、賀壽子さんにも、この子の寿命がもう数ヶ月しか残っていないこと、だから来年5月には生きていないことが分かったんだ?ときーちゃんは思った。
実際、きーちゃんが千里にこの金環食を見せたのは、これが千里が見られる最後の金環食になると思ったからである。
この約束は果たせない約束だけど、この子に「あんたはその時は生きていない」と言う訳にはいかない。代わりに今年12月の皆既日食も見せてあげよう、ときーちゃんは思うのであった。
「貴子さん、来年5月16日の月食は“私がやります”から」
と賀壽子は言った。
「すみません。お願いします」
「まあ最後のご奉仕かな」
「来年5月には月食もあるの?」
と千里は訊いた。
「そうだよ、5月16日に皆既月食が起きて、5月31日には金環食が起きる」
「すごーい。連続だね」
「食の季節だからね」
「季節?」
「太陽の通り道・黄道(こうどう)と月の通り道・白道(はくどう)の交点(昇降点 Dragon Head/Tail)近くに太陽がある時に日食や月食は起きる。173日に1度の35日間。その時期を食の季節 (eclipse season) と言うんだよ」
「へー」
千里とはふと疑問を感じて尋ねた。
「金環食って太陽だけ?月の金環食?銀環食?って無いの?」
確かに月食で起きたら金環食ではなく銀環食かも。
「それは無いんだよ。言葉で説明するのは難しいから、あとで絵に描いて説明してあげるよ」
「うん、よろしくー」
千里が留萌に戻ったのは、ハワイ北西海での日食が部分食まで終わった後、10時半(日本時間)で、2時間目と3時間目の間の“中休み”の時間帯だった。
「千里、トイレ行こう」
と恵香が誘い、数人の女子でぞろぞろとトイレに行く。千里はどうして女子は連れだってトイレに行くのだろう?と疑問を感じていた。
女子トイレ名物の行列に並んでいて、佳美が唐突に言った。
「日食が、太陽と地球の間に月が入る現象ならさ、月食って、地球と月の間に太陽が入る現象だっけ?」
「地球と月の間に太陽が入ったら、地球も月も太陽に飲み込まれて地球滅亡するよ。月食は、太陽の光でできた地球の影が、月を隠す現象だよ」
と千里は言った。実はさっき同じ事をきーちゃんに訊いて笑われたのである。
「太陽の直径は140万kmだから、地球と月の距離38万kmより遙かに大きいね」
と蓮菜は言いながら、千里を不思議そうに見ていた。
「でも、千里も最近はわりと素直に女子トイレに来るようになったね」
と美那が言う。
「あれ?ここ女子トイレ?」
と千里は焦って訊く。実は、日食に感動していたので、なーんにも考えていなかったのである。
「私たちが男子トイレに入る訳が無い」
と玖美子。
「あ〜れ〜?」
「だいたいスカート穿いてて男子トイレには入れないし」
と美那。
「嘘?なんで私スカート穿いてるの?」
と千里。
「ああ、今日は朝からスカートだなあと思ってた」
と恵香。
「あ〜れ〜?」
(実は千里の代理で学校に出ていた月夜(つーちゃん)がスカートを穿いて登校したので、千里は“中身だけ”入れ替わったことによりスカートを穿いている。月夜は千里が普通の女の子だと思っているのでスカートを穿いた。だいたい千里のタンスの中はスカートの方が多い。千里がスカートで登校しても母や玲羅は何も言わない。ちなみに今日は火曜日で父は出港中である)
6月14日(金)には、遠足があった。6年生は黒銅山である。
遠足の行き先は学年ごとに毎年決まっていて、1年は晴日公園、2年は黄金岬、3年は運動公園、4年は白銀丘、5年は神居公園で6年は黒銅山である。2年黄金岬、4年白銀丘、6年黒銅山は、まるでランクが下がっているようだが、距離は長くなっている。
6年生は標高783mの黒銅山(くろがねやま)に登る。3合目まではバスで行くのだが、登山道はそこから7kmあり、標高差500mは水平距離に換算すると5km分の負荷があるとされるので、実質片道12km 往復20kmほどの歩行に近い。
朝8時に出発し、お昼頃山頂近くの公園に到達できるかなという結構ハードな遠足である。12時の時点で到達できなかった子には、そのまま下山することが勧奨される!(毎年5-6名これが出る)山頂に到達したものの、帰りを歩く自信が無いという子は、先生が車に乗せて下山させる。また最初から不参加の子もいる(学校で自習している)。優美絵などは不参加組で、これには多くのクラスメイトが理解を示した。
「ゆみちゃんは多分半分も歩けないと思う」
千里が優美絵と同じ組で100m走をしたことがあるが、通常“女子最遅”を誇っている?千里よりずっと遅かったのが優美絵であった。彼女は100m走るのに1分掛かった(蓮菜や美那が歩くのより遅い)。
「新田(しんでん)さんが半分の所まで到達する間に花和なら富士山に登るな」
と男子が言うと
「富士山登ってみたーい」
と留実子は言っていた。
班単位での行動になっていて、各班にGPSが渡されており、班内で「機械の操作に強い人」が持つことになっている。全員機械音痴の場合は班を組み替える。以前は班長に渡されていたものの、班長が機械に弱くて迷子になったという前例(千里たちの班!)があったので、ルールが改訂されたのである。
千里は蓮菜、田代君、留実子、鞠古君、恵香、と男子3人女子3人(?)の班になった。
「この班の男女人数は難しい」
と恵香は言った。
「そうだっけ?」
「我妻先生の考えでは、男が鞠古君、田代君、るみちゃんで、女が私と蓮菜と千里」
「それ以外の数え方があるんだっけ?」
と鞠古君。
「戸籍上では、男が鞠古君、田代君、千里で、女が私と蓮菜、るみちゃん」
「結局3人・3人なら全く問題無い」
と蓮菜は言った。
歩き方としては、GPSを持つ田代君と蓮菜が先頭、鞠古君と留実子をはさんで、最後尾を“道に迷いにくい”千里と恵香が務める(鞠古君も留実子も割と危ない)。傍目には、男女・男男・女女と並んでいるかのようである。しかし実際各班では同性が横に並ぶところが多く、男女ハンパになると、男女が前後になり、男女で横には並ばない子たちが多かった(男が前で女が後ろ:逆だと男が女子のお尻を見ることになる)。やはり6年生にもなると性別をかなり意識する。
学校に7:30に集合し、バスで15分ほど掛けて三合目まで行く。昔は学校出発だったらしいが、リタイアが多すぎるので、数年前から三合目までバスで運ぶことになった。バスは1クラス1台だが、千里は蓮菜と並びの席に座った。基本的にバスでは隣は女同士・男同士になるように席を決めている。
しかし三合目までバスで行くようになってから、遠足は最初から山道になった!(以前なら最初平地や緩傾斜の道を歩くのがウォーミングアップにもなった)
千里は4月に根室に行く時に買ってもらった新しい靴を履いてきた。
「千里が珍しく黒い靴を履いてる」
「いや、前の赤い靴はさすがに傷みすぎてて、遠足に耐えられないと思って」
「男の子に“戻る”とかではないよね?」
「え?私が男の子に“なる”訳ない」
「ならいいけどね」
「女子と一緒にいつも着替えていて、さんざん女子の下着姿も見ているのに、今更男になります、なんて言ったら八つ裂きの刑だな」
と蓮菜は言いながら、この子、下着姿どころか女子の裸も見てるけどねと思う。
「八つ裂きってどう8つに裂くんだっけ?」
と鞠古君が訊く。
「頭、右手、左手、右足、左足、胴体、ちんちん、はらわたで8つ」
と蓮菜が答える。
「じゃ私は七つ裂きだね」
などと言って千里は笑っている。
「ああ、八つに裂けるのは男子だけだな」
と恵香も言った。
「歴史上、八つ裂きの刑に処された女性は居ないらしいよ」
と蓮菜。
「それ物理的に不可能だからでは?」
と田代君。
千里たちの班は元気に11時前には山頂公園に到着したものの、少し遅れて12時近くになった班も多かった。
到着後、蓮菜がみんなにチョコを配ってくれたので、それを食べながら休んでいたが、千里が全然疲れている風ではなかったので恵香が言う。
「千里、体育の時間のランニングとかでは遅いのに、わりと体力があるんだね」
蓮菜は“バラ”す。
「千里の体力には、建前と本音があるから」
「なるほどー!」
「か弱い女の子というのは世を忍ぶ仮の姿だよ」
「しかして実態は?」
「男の娘のふりをしている女の娘」
「女の娘って何?」
この日は鞠古君が留実子の分までお弁当を作って来てくれていたので、留実子はそれをもらって食べていた。
「運動会とかだと親から何か言われそうだから控えたけど」
「もしかして鞠古君が自分で作ったの?」
「そうだけど」
「鞠古君、るみちゃんのいい奥さんになりそう」
「ああ、俺わりと料理は得意だから、調理担当でいいよ」
「ほほお」
山頂公園では、「元気がある者限定」で宝探しゲームを実施。半分くらいの児童が参加した。千里たちの班は到着から1時間ほど休んでいたので充分体力が回復しており、6人とも参加した。この班は4年のキャンプの時同様、千里がとんどん見つけ、田代君・鞠古君・留実子の3人で取りにくい所にあるのも取るので、この班だけで7つゲット。「お前ら取りすぎ」と言われながらも、賞品をもらった。
旭山動物園のペア券は田代君、
プールのペア入場券は鞠古君、
シューズの購入券は留実子、
テレホンカードは蓮菜、
図書カードは千里、
映画チケットは恵香、
が各々もらい洋菓子の引換券は引き換えてから6人でシェアすることにした。
充分休憩(?)したところで1時半に下山を始める。これも班単位の行動で各班の中で機械に詳しい子がGPSを持つ。
登る時は、どうしててもペースが遅くなるので、児童の列はあまり縦には伸びなかった。しかし下山は降りるだけなので、走って降りて行く子もある。先頭の先生を追い越して走って行く班には
「お前ら迷うなよ」
と声を掛ける。
「大丈夫です。GPSもありますから」
などと言っていたのだが・・・
千里たちの班は迷ったのである!
「この道、絶対違うと思う」
と鞠古君が言う。
何より、登って来た時はひたすら登る道だったから、降りる時は下(くだ)るだけのはずなのに、彼らの前にある道は、上りになっているのである!
「GPSちゃんと見てたんじゃないの?」
と恵香が言うが
「ごめーん。話に夢中になってて」
などと田代君は言っている。
「この道はその川の先が登りになっているということはさ、いっそこの川沿いに降りて行ったらダメなの?」
などと蓮菜は言うが
「それは絶対危険」
と田代君も鞠古君も言う。
「人が通れる道が続くとは限らない」
「崖があって滝になっているかも知れないし」
「沼になっていて、周囲が通れない場合もある」
「そもそも地面と区別の付きにくい底無し沼とかがあるかも知れない」
「黒銅山程度でそんな危険な場所がある?」
と蓮菜は言うが
「いや、山を甘く見てはいけない」
と田代・鞠古は言う。
「GPSをちゃんと見ながら歩けば、下山道に戻れるよね?」
と恵香。
「それはできるはず」
と鞠古君。
「だったら迷ったことは忘れて、GPSをよく見ながら降りよう」
「それがいい気がする。GPSは大沢が持て」
と鞠古君。
(本当はむしろ引き返すべき)
「分かった。預かる」
と言って、恵香が田代君からGPSを受け取った。
(千里に持たせたらきっと静電気で壊れるとこのメンツは知っているので、千里には絶対触らせない)
それで鞠古君と2人で見ながら、取り敢えず目の前の道は仕方無いので登った上で、その先にあった六叉路!をよくよく表示を確認した上で、右から2番目の道に進んだ。
「これGPS無かったら、絶対違う道に行ってる」
「文明の利器は素晴らしいね」
「この道を300mくらい進んでから、次の十字路を右に行けば、元の道に戻れるはず」
「良かった」
「だったら、本道からそんなに大きくは外れてなかったんだね」
「という気がするよ。どこかに紛らわしい道があったんだろうね」
「右に行って戻れるということは、私たちは本道の左側に居るんだ?」
「人間って分かれ道があると、左側に行きやすいからね」
それで歩いていた時、千里が気付いた。
「あそこにキタキツネが居る」
「あ、可愛い!」
と恵香。
道の左手上り斜面に、キタキツネの姿が見えるのである。
「こんな近くで見るのは珍しい」
「まだ小さい子だね。去年くらいに生まれた子かなあ」
「でもなんで動かないの?」
通常なら人間を見たら逃げるか、逆に人間に慣れている個体なら(餌をもらおうと)寄ってくるものである。しかしそのキツネはその場所から動かない。
「何かに引っかかってるのかも」
と蓮菜が言った。
「ちょっと見てくる」
と言って、留実子がその斜面を5mほど登った。
「イノシシの罠に掛かっちゃったみたい」
と留実子。
「可哀想。助けてあげようよ」
と恵香が言う。
「誰か手伝ってくれ。ひとりではこの罠を開けない」
「俺が行く」
と言って、田代君もそこまで登り、留実子とふたりで罠を開き、助けてあげた。
キタキツネは嬉しそうにして、こちらに御礼をするかのように何度も振り返りながら、森の中に入っていった。
「何とか動けるみたいね」
「良かった良かった」
その後、6人は道を進んで、十字路の所まで来たのだが・・・・
「通行止め〜〜〜!?」
正しい道に戻れるはずの道の所に「崖崩れにより通行止め」という看板が立ち、ロープを渡して通れないようにしてあるのである。
「別の道を行くしかない」
「でもどの道を通ればいいんだっけ?」
とみんなでGPSの画面を見ながら検討していたら、声が掛かる。
「あのぉ、山を降りられるんですか?」
「はい?」
見ると16-17歳の少女である。高校生だろうか?
「私たち道に迷って」
「私も降りる所だったんです。一緒に来られませんか?」
「行きます」
彼女は“小町”と名乗った。
それで千里たちは小町に付いていくことにしたのである。
「あなた、足が悪いんですか?」
と蓮菜が尋ねる。
「ちょっと怪我しちゃって。半月もすれば治ると思うんですけど」
「お大事にしてくださいね」
足を怪我しているというので、千里は唐突に思いついた。
「あなた、まさかさっき助けたキツネちゃんじゃないよね?」
「よく分かりますね!実は私はイノシシの罠に掛かっていた所をさっき皆さんに助けて頂いたキタキツネなんです。御礼に道案内だけでもしますよ」
みんな顔を見合わせている。
キツネの恩返し??
「だったらこれ怪我した所に貼っておくといいよ。薬草を調合してて怪我に効くから」
と言って、千里は彼女に膏薬を数枚渡した。
「ありがとう!」
と言って小町は膏薬を受け取り、すぐ足に貼る。
「あ、消毒してあげるよ」
と言って、千里はオキシドールとコットンで怪我した所を拭いてあげた。その上に膏薬を1枚貼った。残りの膏薬は彼女がバッグに仕舞っていた。
「怪我に効く膏薬とか、オキシドールとか、救急用に持ってたの?」
と鞠古君が訊く。
「いや、必要になる気がしたから持って来た」
「まあ千里はその日必要になるものが全部分かってるから」
と蓮菜が言う。
「でも道に迷うことは分からなかったんだ?」
と恵香。
「小町ちゃんを助けるためにこの道に迷い込んだんだったりしてね」
と恵香が言うと、蓮菜は優しく微笑んでいた。
しかし小町の案内で千里たちは15分くらいで下山道の本道に辿り着くことができた。下山する児童の列の途中(割と先の方)に入ったので、千里たちが迷子になっていたことは先生たちも気付かなかった!どうも結果的にショートカットになったようである。蓮菜たちは話し合い、このことは黙っておくことにした!!
「小町ちゃんありがとう」
「いえ。私こそ助かりました」
「じゃ山を歩く時は気をつけてね」
「はい」
でも結局彼女とは3合目まで一緒に降りて、楽しくおしゃべりをしていた。彼女はキタキツネにしては?芸能ネタなども知っていて、モー娘。とかKAT-TUNとかのことで結構盛り上がった。3合目駐車場で本当に別れた。
それは少し不思議な体験だった。
でもこのグループは、(千里のせいで?)割とこの手の体験はこれまでもしているので、あまり難しくは考えなかった!
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【少女たちの星歌】(2)